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【漫画】買いました漫画。

ちょっと前のも含めて。


【ドリフターズ 5】
今更シーンを一つ一つ一つ取り上げてああだこおだいう作品でもないですね。
推しキャラは与一、と見せかけて5巻でキッドの株が急上昇です。
「にゃんこにゃんこ」

「違う時代から英雄が集まってくる」
っていうネタ自体は出尽くして手垢まみれのもの。
差別化の方法としては
2巻当たりからずっと
「1vs1バトルメインのヘルシングで扱わなかったマスコンバットをやりたいのだろうな」
と思ってみてます。

が、なかなか始まらないというか、
トヨヒサ陣営の地盤固めに乗じて世界観固めを続けている状態がいつまで続くのかなと
ほぉんの少しだけ懐疑が出てきました。
まあ最終的には綺麗に焼け野原にしてくれるのでしょうと大局的には安心していますが。

(マスコンバットはロマサガ用語ですが、
1vs1にたいして単に多対多を視点にした戦闘と言う意図をもって使いやすい言葉だなと思っています。
戦争モノとか戦略モノとか軍隊対軍隊と書くと、
戦術戦略兵站なんかを視野に入れそうだったり左記の微妙な差があって
全部を包含できなかったり余計を含んだりして不便なのでいまだにこの言葉を使っています。
もっと広い意味でというか既存の意味に縛られると面倒くさい面が出そうなので
もう使用者のいない言葉で個人的に概念持ちしている、と言う感じです。
一般的に使われる「ネームド」という言葉に対して
私は「ネームレベル」と使い続けるのと似ていますかね。
使用者が残っていない言葉なので意味合い的に融通が利くというところもあります。
各分野のオタクに監視された言葉を使って揚げ足取りされるのが嫌なので)



【デッドデッドデーモンデデデデデストラクション 5】
ドリフターズのもそうですが、これもちょっと
「この先どうなるんだろう」
(キニナル!ではなく先行きに若干の不安といういみで)
があります。
世間に漂う深刻なのに陳腐化した社会問題、って観点から
何かに切り替えたいのだろうなと言う、ターン中の停滞を感じる。
これも4までで世界観というか話の色合いは出し尽くしたかなと言う感じがあるので
この辺で切り替えが出るのだろうな。

この辺の切り替えには、
惡の華で夏祭の巻の前後に感じたような居心地の悪さを感じるかもしれないなあ
とある程度の予感と、
やはり大局的にはそれなりのところに落とすのだろうという気はしていますが。


こう考えると私はやはり4,5巻くらいで終わる漫画の方が好きなのかもしれない。



【少女終末旅行 4】
繰り返しになるようであれですが
これも3で停滞感出ていたので
(日常系反復するように見せかけて話を進めているが、
どちらがいいのかは先に進んでみないと判断付かないな、という感覚)
4でミサイルやら潜水艦やら、熱的不安定性除去機能としてぬこきのこが出てきて
ナウシカを感じています。

関係ないですが、このつるつるしてないカバーって
絵柄と相まって温かみがあっていいですね。
あと赤色だと終末感でます。

ユーの魔理沙感つよくて
「こいつ可哀想に死ねば可愛いな」とか思ってたら
丸のみされた瞬間にガッツポーズしましたごめんなさい。
別に死んでほしいわけではないですが死ぬと可愛いと思います。

1巻当初から「とてもレイマリ+もこてるだな」と思ってみてます。


【応天の門 6】
どちらかと言うと絵のために買っている漫画。
出てくる
・ジト目ショタ
・美女(≠美少女)
の絵が好きですが
・渋いおっさん
・汚いおっさん
・美女じゃない女の人
など、萌漫画ばっかり見てると出てこない絵が
それでも魅力的だという微妙なラインの作画で出てくるので
ページめくるたびに「うはー」ってなります。

加えて今回は宦官が出てきました。
ただきれいな女性絵に対してその記号を付けるとか
ギャグキャラに落としてオネエにしちゃうのではなく
見事な中性絵でした。
私自身が文章で女装ネタを多く書くようになったのもあり
また「うはー」と。

それが宦官であると改めて視線を送るコマには
堀の深い顔やうっすら出たのどぼとけに視線を送る描写があり
やはりそこの差を書いてこそなんだろうと改めて思いました。

実は複数ある進行中の東方SSの中に宦官を扱うものがあったので
改めて気を付けようと思った次第。


水彩で描いてるのだろうなと言う表紙絵にも目を引かれます。
画集をかってもいいかなあと思ってしまいます。
私は水彩絵の具がうまく使えないのでまだ先のベしますが。

もう一つ面白いのは
この本にはノベルティみたいな感じで
シールや栞が挟まってついてくるんですが
香り付きだったりなんですよね。
日本(というか中国)のお香の香り。

今回は
「伽羅の香りがするステッカーシール」
とか、少なくとも少年誌では見たことも無いノベルティ。
白檀とかは其れと意識して嗅ぐ機会もありますが、
伽羅を伽羅と意識して嗅ぐ機会はありませんでした。
いいですよねこの香り。

自分が多く視野に入れる領域とは違うところの本なので
いつも文化の違いに感心してしまいます。


推しキャラは融。
もう出てこないと思ったらまた出てきてうれしかった。


番外
【幻想的な背景を描く】
絵の技法書。
元々見たことのある人の絵での技法書だったのと
背景が書けないのと
自分で書くときにはとにかく細かく画面を埋めるのが好きなので
こういう背景は目標にいいかなと思っていたところだったので購入。

ですが、
恐らく工数が非常に多いものを複数作品、
そう厚くない本に押し込んだせいか、
「元々描ける人の"うんうん"を促すが、全然わからない人には全く参考にならない」
という技法書のお手本みたいなものでした。

せめてあの厚さの本で
1作品だけのメイキングを追ってくれる本になっていれば
良かったなあと思います。


「Shadeでパース取ること多いのでShade買ってね」
がメッセージなのでは?と思わされてしまいました。


絵を描くときに傍に置いといてチラ見の参考にするにはいいかもしれません。
多分そういう使い方をします。



おわり。

【ゲーム】世界樹5をクリアしましたが…。

世界樹の5が終わりました。
いやだいぶ前に終わってたんですが
なんか終わった瞬間にしょげ返って
記事にするのをほっぽってました。

なんかいろいろ、残念でした。


前提として私は
ゲームやるときは
1回目のクリアか
クリアの存在しないゲームでは自分が満足するまでは
web情報を見ないで進めます。



【良かった点】
キャラメイク要素が強くPTへの思い入れを強くできた。
オッドアイにできるとか細かいところがあったり
気軽にキャラの声や色を変えられるので楽しかった。
色々やってると配色バリエが増えたりノービス?なグラにできたり。

正直言ってよかった点はこれくらいです…。



【悪かった点】
二つ名システムのせいでキャラ育成方針(所謂「型」)を強く縛られる。
二つ名習得の瞬間に完成想定を覆され全再編成させられたり、
全体を通すと習得可能スキルは単に半分になっているだけで
自由度は担保されているようでされていないというか減っている。
そのため、条件後のレベルキャップ開放に対する見返りが少なく
「しなくてもいいかな」と思ってしまう。

種族縛りがだるい。
種族と職業のステータス適正が必ずしも噛合っていないため
考えれば考えるほど転職前提で新人を入れるため
グラフィックとかみ合わないキャラだらけになる。
こうするならグラフィックは完全にフリーにしてほしかった。

上記だけで、良かった点を覆しかねない。


前作までは開始時にPT方針を決めるとき以外に
休暇転職新人勧誘はほとんどしていませんでした。
でも今作は、
ゲーム中それらを何十回したかわからない。
そのたびにキャラの思い入れが途絶え
キャラ育成しなおしで時間が取られ
何のゲームやってんだかわからなくなってしまいました。



今作でついにストーリーと言う言葉が消滅した。
「新」系に譲ったと言えば聞こえはいいが……
いきなり「はい、この箱庭で遊んでね!」
っていう同人ゲームと同じ水準に。


職業のコンセプトがすべて前作までの焼き直し。
しかもインフレ調整気味。
例えば召喚枠の別枠確保によって、
召喚系の縛りがかなり緩くなり運用が安易になった。

ハーバリストの回復スキルがあまりにも潤沢、
「あったらいいな」が何でもある。しかも燃費良すぎ。

ついでに言うと状態異常への対抗策が
ハーバリストのリフレッシュくらいしかない。
状態異常耐性向上はレベルMaxにしても2/3位で効くので
はっきり言ってフロアによってはお手上げ。
ハーバリストがいるとリフレッシュは非常に低コスト。

はっきり言って、これを入れたら死なないレベル。



敵のバリエーションや行動パターンが
「難しい」ではなく「面倒くさい」に。

シリーズを重ねた作品は往々にしてこうなるのだが
(そういう観点では5まで行ったのだから必然かもしれません)
「難しい」と「面倒くさい」の境界の調整に失敗していて
やっていて「またこれかー……ダル」って思うことが多い。
堅い上に属性耐性もあるとか、
ほぼ毎ターン全体攻撃してくるとか。



また、あんまりにも全面的な障害設置で
「レベルを上げる」しか方法がなくなりがち。
例えば炎NUKE撃ってくる敵が出てきたからと
次は炎耐性を用意して挑むと
同じフロア少し進んだところに別属性のNUKE撃つ敵も出てきて
最終的に3属性全部対応しなきゃダメですとかなって
「だったら対応策考えるんじゃなくてただレベル上げるわ」
ってなる。

まあその勢いで上げすぎたのか
ラスボスが余裕すぎてラストバトルの緊張感も無く
拍子抜けでしたが。




上記のデメリットを一挙に解決するのは
「速攻・爆発」PTにしてハーバリストを入れること。
つまり、ド安定のガチ構成で「やられる前にやる」を実行する。
面白味(これは人それぞれだが)のないPTにしかならないので
行き詰まってPT編成してると嫌気がさしてくる。

ネタ構成はネタ構成で、インフレ調整もあって
はまるとバランスブレイクするだけ。
(上記の通りweb封印でやってるので)意図せず間違って
その「はまるとバランスブレイク」なPT作っちゃうと
それもそれでなんかつまらなくなってしまう。

実際に自分がクリアした時もシャーマン5人構成でした。
その前はネクロマンサー5人だったのですが
なんかHP5000くらいの幽霊を安易に作れてしまったので
全員クビにしました。


クリア時。
前3人
2人はブラニーシャーマン。
適当に強化をかけつつ、MP譲渡最大。
1人はセリアンシャーマン
MP譲渡最大と、神おろし。
武器は汎用性重視で弓。

※MP譲渡スキルは対象が二人いると
MP譲渡総量が消費を上回るため
3人で運用するとMPが永続的に回復できる。
これは前のドクトルマグスにもあったかな。

後2人
2人ともルナリアシャーマン
強化中回復と強化時回復。
状況に応じてアイテムスキルで攻撃。

全員:
的中だけ消費最低で止め、回復は的中で行う。
(実はここにもインフレ調整あり。
前作のプリンス/プリンセスでは、
同効果の強化では回復は発生しなかった。
しかも対象は一列だった。
今作は全体の上に、
同じ強化を幾ら重ねても回復する)

通常攻撃手段に乏しいので、
後列はウィンドロッド・氷牙の剣・スコピオロッド等
低消費の属性アイテムスキルを使う。
状況に応じて火を吐く弓とか杖とかに変える。

前は、
世界樹の敵の配置上
後列を優先して倒したい局面が多いため全員弓。

速度がなく準備の居るPTなので
堅いとか早いとか連携してくるとか状態異常多いとか
そういうのはシステム上どうにもならないので
もう相手にせず逃げる。

で、
ラスボスに挑んでみると
神おろしがバランスブレイカーでした。
もうなんだかなって感じ。




とまあいろいろあって
買ってしまったので
とりあえず無理やりクリアはしましたが
中盤以降結構苦行でした。


おわり

【雑記】Windows10Mobile(MADOSMA)で長文テキスト編集できるか③

結論から言えば、
今のところ
サードパーティのtxt編集可能アプリを使うより
WordMobileを使うより
OnenoteMobileを使うのがいいなと思っています。


いかはだらだらその経緯。


以前記事に書いたnyama's Text Editorですが、
いくつか惜しい点があり
改善されればよさそうだなと思っていたのですが
5月から更新がないので
恐らくこの先も大きく変わる事は無いだろうと思い
個人的にお蔵入り。

もうドキュメントそのものをどう書くかからは目を逸らして
一つ二つ前の記事にある通り、
Onenoteによる文書作成を試みています。


現在
・デスクトップ/win10
・携帯/win10mobile
・タブレット/win8.1
で運用しており、
それぞれの環境でonenoteが動くこと
アウトライン化アプローチが可能であること
がキーになっています。
ついでに言えばブラウザでも扱える。

ページをつかんであっち行けこっち来いと
容易に入れ替えできるのが個人的においしいです。
一般的なアウトラインエディタとしての機能を満たしています。

20161103.pngデスクトップ版(PC)
書くときは全体表示にしてメニューなど全部隠しています。

wp_ss_20161102_0001.pngMobile版(携帯)
書くときには強制的に全体表示となる。元よりそうあってほしい。

スクリーンショット (1)UWP版(タブレット)
書くときは全体表示にしてメニューなど全部隠しています。


とりあえずデバイス的なシームレスは満たしてくれました。
タブレット/携帯電話で使用できるため、
空間的なシームレスも満たしてくれています。
機能的にも3種ともほぼ同じものが乗っているため
いずれを使ってもそんなに作業の差はありません。

・ページ内の1行をつかんで移動することはmobile版ではできない
・スペルチェックがうざいがmobile版ではオフにできない
・wordファイルへのエクスポートはデスクトップ版でしかできない
など些末な差です。

機能的に大きな差があるのは
「セクショングループ」の扱いのようです。
これをまともに扱えるのはデスクトップ版だけで
MOBILE/UWPともに
表示は出来ますが制限があるようです。

MOBILE/UWPともに
セクショングループを作成したり、位置を移動したりは出来ない。
(中に含まれるセクションやページを表示したり編集は出来る)

セクショングループについては
複数の環境で扱う場合には使用しない方がよさそうです。


で、
onenoteのもう一つのメリットはサイズ分割の観点です。
mobile版(携帯電話)で現れますが
txtファイルの扱いがゴミクソのw10mは
20kbyteくらいでデバイスが悲鳴を上げます。
SSなんかかけません。

先のnyama's Text Editorで実装されていた素敵機能
「ファイルの分割表示」を
容易に再現できるようなんですね。

Onenoteはファイル実体としてはノートブック単位に作成され
セクション>ページ>サブページ
を含みます。

デスクトップ版では、
セクションはexcelで言うシート
ページとサブページは分かれているようで別れてはおらず
ただセルの列が違うとかそういう程度のもののようです。
サブページに下げるというのがタブ挿入と考えれば
確かにそんな感じの動作にも見えなくもありませんがさて

mobile版でよくよく使ってみると
ファイル実体が同じだと思っていたのに
メモリ内に落とし込んでいるのは
ページ(あるいはサブページ)一つ分だけのようで
1ページ内を短めに納めれば
アウトライン化/デバイスシームレス/どこでも編集
が可能じゃないですか。

textではクソみたいに小さいサイズしか扱えないし
大き目のサイズを扱おうとするといらん機能がてんこ盛りで
融通の利かないWordを使うしかないなんて
つまらん環境よりよほどいいです。


一番最初にonenoteを使ってみた際には
アプリ自体がひどいもんで
文字幅けるわ落ちるわ重いわで
話にならなかったんですが
だいぶましになったおかげでこいつが一番かもしれません。


但し、ONENOTEは
テキストエディタ/ワープロソフトではないので
厄介な問題もあります。

①全角スペース入力不能
日本語で段落つけに使用する全角スペースの問題。
mobile版では全角スペースを入力できない。
物理キーボードを使って
全角モードでスペースキーを押しても
半角スペースが入力されます。

これはONENOTEの問題ではなく、OS全体の問題。
全角スペースを扱えないのは
個人的に日本語を扱う点でかなり大きな欠陥だと思っていますが
同時に昨今のIT機器上では全角スペースの入力など
軽んじられるだろうことは想定済みです。

実はiosでもそうだったのですが、
「s」から辞書登録で変換して対応していました。
ですがw10mは未だに辞書登録機能がない
ガラケーにさえ劣る状況
なので対応不能です。

現在私は「␣」という謎文字(一応、すぺーす、から変換できる)を使っていますが
辞書登録機能がない点はいかんともしがたく
4文字も打たないといけません。
予測変換でもせいぜい「すぺ」くらいまで打たなければいけません。
非常に煩雑です。FBも送っていますがどうにかなる気配はなし。
さっさと何とかしろクソMS


②全角スペースの問題その2
①で全角SPをコピペすればよいものを
わざわざ「␣」なんて文字を入力しているのには理由があります。
ONENOTEでSSを書いて最終的に完成した時には
まずDOCXへエクスポートすることが想定されますが
この時、行頭の全角スペースが削除されます。
全角スペースは文字ではなく
ただの空白記号とみなされているようです。
日本語の機微をわからない人が設計しているのが
ありありと伝わってきますね。

何か別の文字に置換されるなら一括置換で元に戻せますが
削除されてしまうのでは手の打ちようがありません。
なので、別の文字を挿入しておく必要があり
苦肉の策です。
別に「@」でもなんでもいいんですが、
一応編集時の見た目としてね。

さっさと何とかしろクソMS


③行頭の謎文字
②のエクスポートの問題ですが
空行の先頭に対して半角スペースのような文字が必ず挿入されます。
これは正規表現の一括置換で削除できるのでマシですが
何なのだという感じです。


④エクスポートの単位
前にも書きましたが、
完成した際にはdocxへエクスポートします。
その際、エクスポートできる最大単位は
セクションであってノートブックでは不可能です。


なので理想を言うと、
セクションが作品単位となるべきなんですが
それだと直下にページとサブページしかないため
いろいろと融通が利きません
(サブページはインデントをいくつもつけられるので
利便性を気にしないなら複数回ネストすればよいのですが)。

上に乗っけたスクショでは、ノートブックが作品単位です。
なのでセクションごとにエクスポートして
あとからくっつける作業が必要で
そのためトップカテゴリのセクションは乱立させられません。
これは非常に残念な仕様です。

この仕様のために、
作品の作り方や投稿がwebであれば投稿の形式、
あるいは製本が前提であればそうした最終形を
よく考えてからノートブックの構造を作っていかないと
頓挫します。

最初はセクションごとに大きなシーンを作って書こうと思っていたのですが
それをすると完成後にドキュメントにするときに詰むことに気づいたので
慌てて再構成しました。

もし気づかないままセクションが30とか出来た後で
txtなりdocxなり一つのドキュメントにしたいとなると
もはや目も当てられません。

ONENOTEはevernoteのMS版みたいな位置づけで
様々な情報をひたすら蓄積していくことで威力を発揮するアプリなんですが
エクスポートの単位が制限されると
加工後のことを考えて
インスタントに蓄積していくことが躊躇されます。


⑤OnenoteMobileはフォント種類の設定ができない

ので、
Mobileで編集した後のノートを
デスクトップで開くと
文字列の一部だけが変な(たぶん游系に強制)フォントになって
混じる。
デスクトップかタブレットで見つけたときには
ページ単位でフォントを統一するワンステップが必要になります。
気にしなければいいことですが、かなり気になります。



⑥そうはいっても1ページには数kbyteくらいしか書けない
ここにはもう絶望しかありません。
OS全体に漂う絶望感なのでもう仕方ないというか
さっさと何とかしろクソMS






こんな感じに、
気を付けなければならないことは多々ありますが
長文を書こうと思う時、
欠点があるばかりで特に利点がないwordを使うよりは
欠点はあるが別の機能が見込めるonenoteの方が
精神衛生上マシかなと思っています。

30kbyteくらいの短いSSしか書かないなら問題ないのですが
私は短い話が書けないので
まあ
身から出たさびという感じもしますが

SSを書くのにこんなに難儀しなきゃいけないのが辛いです。

【携帯電話】OnenoteがマシになったのでSS作業用にノートを組み立て

前に、Windows10MobileでSSを書く手段として
Onenoteを上げたうえで「使い物にならない」と結びましたが
あれからいくつかバージョンアップがあって、
先ほど試してみたところ、
少々のサイズのテキストを張り付けただけで落ちる
という事は無くなったようです。

Onenoteには、
もし仮に満足に文字列入力が可能になるようだったら
デバイス×場所シームレスに、
アウトラインっぽいブレイクダウンをしながら
文字を書いていくことを期待しています。

アプリの挙動いかんではtxtよりも
こちらを優先したいと考えているところではありますが
まあ今のところはまともに使えそうに見えないです。

幾らか文字列を張り付けても落ちる事が無くなったので
今書いているSSの作業をonenoteでできる形に
一旦張り付けてページ分けしてみました。
勿論バックアップはとってありますが…。

wp_ss_20161028_0001.png

他の人の描き方がどうなのかはわかりませんが
私は
当該作成単位を更にいくつかの細分単位に分けて
その日の気分でノリのいい細分単位を書いていきます。
日によってあっちだったりこっちだったりするので
しばらくするとこれはもっと前に、あれはもっと後に
みたいなことがよく起こるので
アウトラインでの作業は長い間憧れ
(でもいい実現手段がなく実行していなかった)
でした。

もしonenoteがちゃんと稼働するのなら、
携帯電話でもクラウド上のアウトライン的なドキュメントを編集できることになるのと
何よりonenoteは上に下に移動するのが非常に楽です。

wordへエクスポートできることも確認しているので、
まあmobile版の機能いかんによっては
本当にonenoteでSS書くという暴挙に出たいと思っています。

【世迷言】理解などない

先日、故あって高校時代の同級生と話してきました。
下手すると15年ぶりとかそういう。

少し回りくどくなるんですが
当時の私の学内の立場を説明しときますと
所謂「底辺いじ(め)られカースト」内にいて、
主にその中のメンバーと仲良くしているけど
上位階層の人とも摩擦を生じない程度には上手くやっていた
みたいな感じ。

「底辺いじ(め)られカースト」内にいたメンバーの
上位階層からの扱いは惨憺たるもので
まあ、云ってもステロタイプな言葉になるだけなので
その程度のものだとだけ書いておきます。


まあカースト内で
私は上の人ともそれなりにやり取りができていた
というのもあって
先日の再会となった。

私も別にもう「ンな昔の事気にせんわ」って感じなので
素直に懐かしくて楽しかったのですが
そうでもない人と言うのはいるようです。


当時上位階層にいた人は怨恨も何もないのですから
10年以上経てば自然と気にしなくなるもので
そうした同窓会的なモノに下位の人間を誘ったりもするのですが
下位の人間の中には水に流せない人もいて
結局来なかった人もいます。
私が窓口になっているケースもあり
「イヤ」と言われた内訳も知ってたり知らなかったり。



で、いろいろ楽しく話したんですが
ふと昔の話になって、
ちょっといじめられ風味だったクラスメイトの話になった。

元々隅に追いやられ気味だった彼が
授業中に吐き気を催してぎりぎりまで我慢して
ついに我慢できなくなったところで
教室のゴミ箱に吐いたって出来事があって
それを振り返ったのですが。

今となっては笑い話ではあるんですけど
話題に上った元上位階層のメンバーは
彼がなぜそんな風になったのか
最後まで分からなかった風でした。

・なんでいきなり教室で吐き気が?
・吐き気があったのにあそこまで我慢した理由がわからない
・しかも教室のゴミ箱とかなぜ?

と言う感じ。

歳を食った、もっと言うなら、進学校だったのだ、
今や私が一緒にいるのも辛くなるような
学校->職業についているやつばかりだ、
頭もいいのだし私のような狭い社会ではなく
いろんな社会を見ているのだから
たとい自分が下層に属した経験が無くても
そういうのを想像できるようにはなるのだろうと思っていた。

けど、もしかすると
中流以上の人の中には
最下層民の思考/行動アルゴリズムと言うのが
本当に絶対にわかない人がいるのかもしれない。



「マジでわかんないの?」
って喉元まで出かけていたけど
ここでそれをいっても全員敵になるだけなので
やめておいた。
空気的には昔をネタにして笑っているだけなのだから
青臭い正義感だすこともないでしょう。

私がそうだったように
この場にいない彼も
もしかしたらもう水に流しているのかもしれないのだから
当事者じゃない私が彼の代弁をと言うのもおこがましい。


でも
なんかそこで悪い意味で腑に落ちた。
酷く合点がいったわけです。



いじめについて、
その抑止として「寛容たれ」ということを聞かされるが
やはりそれは無理な話だと思う。

教室と言う社会は全員が
意図するしないにかかわらずデフォルメキャラだ。
毎日数十人程度の狭い箱の中で生きていて
そこで人間関係をこねくり回すのだから
どうしたってキャラがデフォルメされる。

広く均質が進んで
無個性の方が重要な大人の社会に出た人間は
どうにも忘れがちなことだが
あんな、実在する漫画ワールド、滅多なものじゃない。
一度忘れた大人には
きっともう思い出すことが出来ないのだろう。

そんな中で「寛容」や「理解」なんて
本当になせることなのか、私は疑っている。


現に目の前で
余程に頭のいい連中
しかもすでに、いじ(め)る悪意なんて持っていない
ニュートラルにあって
しかも社会にまで出ている連中が
最後まで無理解の中にいた。

今に至って理解を示す必要なんてないから
そこから変化なんていまさらしないだろうけれど。



先の話に少し振り返ると
「彼は、いじ(め)られていて既に精神的に萎縮状態にあり、
吐き気を理由に教室を出ることでさえ
また自分がいじ(め)られるネタになることを恐れていた。
もし自分が必至で我慢して通り抜けることが出来たなら
それが一番被害が少ないに違いないのだから
そうすべきだと判断したのだろう。
でもそれに失敗した。
失敗した結果またひどくネタにされ
委縮はさらに進行した。」
と、いう何段階か踏んだわけだけど
上位階級の人間にとってみれば
その一段一段がきっとファンタジーなんだろう。

私が上記の事をいったとしたら
頭のいい上位階層の人間は
「失敗したリスク考えたら我慢しないだろ」
って間違いなく言う。
でもそんなんじゃないのだ、理解できないのだろうけど。

中流階層以上に所属している人間に
下層人間のそうしたアルゴリズムを知ってもらうというのは

「光のスペクトルをして赤の外側にまだ別の色があるからそれを知れ」
みたいなものなのかもしれない。
彼らの中では「存在しないもの」なのだろう。
理解は無理で、寛容は無関心という形でしか実現できないのではないかと思う。

言葉で言われればわかるかもしれない、
でもおそらくファンタジーの世界なのだ。




「原因はいじめられる方にもある」
という言葉は不寛容の悪のセリフとしてとらえられがちだが
「原因はいじ(め)られる方にもある」と
「責任はいじ(め)られる方にもある」は別である。
原因と責任を混同したうえで
理解と寛容を推進しようというのなら
それは笑止千万だ。


上記の話で、私は
吐いた彼が悪い(≒責任がある)とは思っていないけれど
原因は彼の方にあるのだと思っている。

スクールカースト的な階層分離という「現象」に対して
因果という形で「原因」を見出しそうとするなら
そこに責任と言う道義的な見解をねじ込むべきではない。

解決を目的として因果関係を解剖しようとするのに
真っ先にそれは邪教だと思う。

責任と言う宗教なり医学なり科学なり魔術なりを適用するのは
仕組みが分かった後の話だ。

つまり先の
「おそらく絶対的な無理解」という
根底的環境の上にのっかった
彼のおかれた萎縮状態というのが原因だ。

これを
「いじ(め)られる方に原因がある」と言わずして
なんというのか。

無理解の方に原因を寄せるのは、
論理的には可能だが現実的には不可能な
「絶対値で反転」のような芸当だろう。

「責任」は、確かに無理解の方にある「かもしれない」。
「かも知れない」というのは、
それを決定するのは何らかのイデオロギー次第だからだ。

その「無理解」が何故なのかを詳らかにしない限り
責任と言う言葉は持ち出すべきではないだろう。

だから
「いじめる方に責任がある」
「いじ(め)られる方は悪くない」と切り込むのは
こんにちのような状態で持ち出すには
少々暴論染みていると考えている。



私は
恐らく
「いじめる方に責任がある」「いじ(め)られる方は悪くない」
と叫んでいるほとんどの人間は
前段の「無理解」の中で
正義自慰でいっているだけだと思っている。
「いじめる方に責任がある」「いじ(め)られる方は悪くない」
は、ぶっちゃけ「当たり前すぎる」。
原因が責任の所在とは逆位置にあるから厄介なのだと
そんなことは、はっきり言って誰だってわかっている。

逆に実際に底辺にいたことのある人間が口にしてしまうと
自己弁護味を帯びたひどく軽薄な言葉になるのだから
この二者の理解はきっと得られないだろう。



私は元来
人間同士の理解と言うことにひどく悲観的らしい。
妄信的に理解できると思っている人の楽観の方が
私にとっては不思議なところなのだけど。
無理解の中でどう折り合いをつけるかが重要なのであって
そこに責任や正義を持ち出すと
たちまちに酷く歪になるとは感じないのだろうか。

何か社会的に統一的な方法で
「いじ(め)られ」をなくせるという風潮があるように見えるが
私はその方法ではだめだと思っています。

尖ったデフォルメキャラが
ごったまぜのおもちゃ箱の中にいるような教室と言う社会に
そんな画一的な思想で均す方法が通用するとは
私にはどうしても思えないのです。


という下層人間の自己弁護。


あ、ねんのため重ねておきますと
私自身は今更そんなことで怨恨を持ったりはしていません。
純粋に、今でも友人として扱ってくれていることには
それなりの感謝を抱いているくらいです。
住む世界は違いますけどね。