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若きサイラ

「別働隊の数は!」
「濃霧に隠れての侵攻ではっきりとはしませんが三万は固いかと……」
「三万……」
 もはや別働隊というレベルの数ではない。本陣と同程度の兵力だ。だとすると、ルニカの軍が対峙している本隊五万が、暖簾に腕押しな戦術をとっているのも合点がいく。この別働隊こそクラクサの本命。如何ともし難い数の差を少しでも埋めようと前線に兵力を集中した為に、リタ様のいる本陣はほぼ丸裸だ。そこに三万の軍勢が当たってはひとたまりもない。
「隊列を返せ!別働隊を迎撃す……」
「お待ちください」
 私の号令を遮ったのは私の歳を差し置いても幼い少女。
「今、ルニカ軍を離れるのは危険です。わが軍勢五千では三万の軍にジュウリンされるだけ。加えて前線の分裂はより深刻な戦況悪化を導きかねません。」
「……お前は?」
「イリーン・リア・イリアと申します。本作戦よりサイラ様の軍に配属されました。」
「どこの隊?」
「リィン隊です。」
 まとう軍服と襟章から、「リィン」がこの者のことだとすぐにわかった。自分を含め、こんな年端もない子供が隊長だということは。
「御伽者(テイルズ)か。」
「はい。」
 何の能力があるのかは知れない。ただ、今問題なのはそんなことではなく「リタ様の本隊に隊軍が迫りつつある」いうことだけ。
「ではどうしろというの?」
「……我々の戦争をするのです。この歴然とした数の差を戦術や戦略で覆すのは無理です。」
 イリーンと名乗ったこの少女の瞳には、固い決意と、そして幾許かの悲しみが映し出されていた。力に目覚めた御伽者(テイルズ)とは、総じてこういうものだ。だが逆を返せば、彼女も既にしかるべき覚悟を決めているということでもある。
「我々の、戦争……?」
「うすうす感付かれているのではないですか?私達の力は神から授かった神聖不可侵なものなどではないと。私達は兵器なのだと。信仰の対象であるならそれでも構わないでしょう。しかしそれは力の持つ側面。力とは、即ち力そのものです。力を何に使うか、それは火を見るより明らか。サイラ様、貴方の力こそそれを最も忠実に体現したものではありませんか。」
「……」
 そんなことは言われるまでもない。だが、それをしてしまっていいのか、私にはまだ判断できないでいた。リタ様は何も言ってはくれない。戦争で力が必要ならこの力を使わない手はない。それでもリタ様はそれを戦略に含めず、ルニカもまた同じだった。
「ダメだ。この力は人を導き、人を温め、道を照らし、未来を切り開くための力。人を殺すことになんか使ってはいけない。」
「ならば護る為に使ってください。ただ壊すためではなく、護る為に。」
 そんなのは詭弁だ、と言おうとした刹那。背後に強烈な気配を感じ、振り返る。
「サイラ、行きましょう。」
 背後に現れたのはルニカ。周りにルニカの兵がいないところを見ると一兵の護衛もつけずに来たらしい。
「ルニカ!?軍はどうした!」
 連れて来れるわけがないでしょう?などと、気の抜ける応え。
「馬鹿な!指揮官不在であの大軍がもつものか!」
「だから、さっさと片を付けに行くんです。」
「さっさと片を付けるって、まさか」
 私の物言いに、ルニカは意外、といった表情で口を開いた。
「当たり前でしょう?何のための力ですか。」
「何のって……この力は破壊のための力じゃない。護る為の力よ!」
 意図せずにイリーンの言葉が口を突いた。そして。
「わかってるじゃないですか。この力はリタ様を護る為に、使うのです。」
「リタ様を……護る……」
「そう。それが私達の生きる意味。そして初めてそのときが来た。」
 リタ様に三万の相手をさせる気?と付け足して、ルニカは私を見た。その目を見て私は確信する。
「イリーン」
「リィンとお呼び下さい。」
「では、リィン。貴方、誰かに回されてきたわね?」
「あは。ばれちゃった。実はルニカ様です。」
 ルニカらしい、もったいぶったやり方だ。
「もう少し時間をかけて納得してもらうつもりだったんですが……」
「時間?そんなもの、ないんでしょう?」
 怪訝な顔をするルニカとリィン。
「大軍相手にリタ様を護るのには、ルニカの能力じゃ盾にしかならないわよね。」
「……言ってくれますね」
「盾だけじゃ、護れない。護るには槍だって必要、よね?」
 リィンがぱちんと指を鳴らした。ルニカもまんざらではない様で、普段の澄ました雰囲気が少し和んだ。
「時間ならもう十分に貰ったわ。三万くらい、余裕よ、余裕。」
「三万って……三万ですよ?」
 お飾りの将として軍の後方にいるばかりだった私は、この手で直接人を殺めたことなどない。勿論仮初の決心をした今も、この力で人を殺すということに抵抗がないわけではない。ただ、それ以上に。
「リタ様を、お守りするわよ!」
 この力をリタ様のために生かせる。それだけで無限の力が沸いてくるような気がした。
「サイラ様。本陣に向かわれるのでしたら私をお傍に置いて下さい。きっとお役に。」
 リィンが急に部下らしくひざまづく。
「御伽者(テイルズ)ならばここで隊を……」
「お願いします」
 功を急いでいるのだろうか。いるだけの武将として私を後ろ指さす者が多いというのに、なんだって私についてこようというのか。
「この子はね」
 訝んでいると、ルニカが口を開いた。
「最初は私の下に配置するつもりだったんですが。そしたらなんて言ったと思います?」
「るるるるるルニカ様」
「私はサイラ様の下でしか働くつもりはありません、って。御伽者(テイルズ)とはいえ配属されたての新兵が、この私にそう言ったんです。」
 リィンが、あわわわ、と言いながらルニカと私を見る。ルニカの方はといえば言葉とは裏腹に楽しそうに喋っているではないか。
「だからあの役目を負わせて貴方の下に置いたんですが、色々と失敗してしまいましたね。」
「とんだ見当違いね。こんな人望の無い将の下に付きたいなんて。それとも下刻上狙いかしら?」
「違います!私はっ!サイラ様が……」
 小さな私を見上げるもっと小さなリィン。傍目から見ればこの上なく微笑ましい光景だろう。しかし彼女の目にそんな可愛らしいものはなかった。まさに真剣の一言に尽きるその表情からは、嘘や戯言の破片も感じられない。
「私が、何?」
「……」
 リィンは、そこまでの威勢が夢だったかの様に静かになり、口をぱくぱくとさせるばかりでそれ以上の言葉を紡がない。……ルニカは笑っている。
 物語や何やらを元に推し量るならこの先の言葉は一つに決まっている。ただ、私とリィンは初対面だ。その言葉が適当とは到底思い難かった。
「……まあいいわ。なら遅れないで付いて来なさい?」
「はい!」
 私が許可を下すと彼女は跳ね返るように顔を上げた。
 この場にいる御伽者(テイルズ)は全員リタ様救援に向かう。私が離れている間、隊を指揮する者が必要だった。と言っても、それが誰なのかは決まっていて、実際には私がいようがいまいが、サイラ隊の士気には何の影響もない。
「リルイ頼めるかしら?」
「お任せ下さい。身命に代えて、隊を守ります。」
 副官、と言っても幼い私が将故、実質的に隊を取り仕切っていたのは彼女だ。部隊内でも珍しく私を買ってくれている部下の一人。年上だけれど。
 リルイがいなければ私は自分の隊に指示を出すことも叶わないだろう。それ程までに、私への兵の忠心は低い。兵達は私ではなくリルイのために戦っているのだ。だというのに。
「サイラ様、自信をお持ちください。貴方は自分で思っているよりも遥かに優れたお方です。」
「子供に向かってお世辞はやめて」
「ほんとうのこ……」
 そこまで言って、私が笑っているのを見たリルイは微笑み返して口を閉じた。
「この一戦でサイラ様への周りの見る目は必ずや一変します。ご武運を!」
「大袈裟な……」
 私が苦笑してみせると。
「私もそう思いますよ。悔しいな、私より先に見抜いてる人がこんなにいっぱいいるなんて」
 リィンが残念そうに、そしてその言い草がこそ大袈裟な風に、言う。
「みんな、どうかしてるわ。」
 私がリタ様の元で立派な武将になれるかなんてどうだっていい。兵の忠誠も。リタ様が私を見てくれているかも。ただ、私は私にできることで、リタ様への忠義を尽くす、それだけだ。
「急ぐわよ。リタ様には指一本触れさせない!」
 巫女として祭儀用の些細な火と、多少の熱光線を扱えるだけだった私が、全御伽者(テイルズ)随一の破壊力を持つ存在に育つのに、それからさほどの時間を要しはしなかった。何故なら、そのとき、私が護ろうとした当のリタ様は……。

プリズンブレイク

「御伽者(テイルズ)というのは皆そんな体なのか?」
 全裸で鎖につるされた私の前には、鞭を持った男。余りに絵に描いたような尋問の図に、我が身に起こっている事とはいえ笑い出しそうになる。
「……さあ。そんなに経験豊富じゃないんでね。他はあまり知らない。」
 当然、私が特殊なだけだが、素直に答えるのも癪なのでしらを切った。
「……ふん、女だからと期待したんだが、それでは乗る気分も乗らない。」
 そういうと尋問官は鞭を放り投げ、加えて鎖の戒めまで解いた。
「どういうつもり?あなたくらい、一瞬で殺してここから出られるわよ?」
「俺を殺すのは、確かに他易いだろう。ただ、ここから出るのは難しいだろうな。強さとかではなく、物理的に。」
「……?」
「ここはSSSUの監獄じゃない。SSSUが結ばれる遙か昔にここにあった小国がつくった監獄だ。これが面白い用途に使われていてな。SSSUに併合された後もこの建物だけが残ってSSSUに引き継がれているくらいだ。」
 男はそう言いながら私に椅子を勧め、自らの上着を一枚こちらによこす。確かにこいつを殺してこの部屋を出ても、外がどうなっているのかがわからない。無理な脱走を試みるのはもっと後でいいだろう。夜、満月でなくとも狼化すれば、あの程度の鎖ならば引きちぎることができる。その状態を自ら悪化させるのは避けたい。
 私は男の差し出す上着を羽織り、素直に椅子に腰かけた。
「物理的に、って、出口がないわけじゃないんでしょう?」
「ない」
 男はきっぱりと言った。
「入り口はあるが出口はない。」
「それは入ったら必ず死ぬっていうこと?」
「比喩的にはそうだが、現実的にもそうだ。外界との通路は三重に設けられているが、それらのいずれも、内側から開けることはできない。外界との通信も外からの一方的なもので、しかも滅多にない。」
 男は煙草に火を点けた。吸うか?と箱の口を向けられたが、首を振って断る。
「あなたは、どうしてるのよ。他の職員も。」
「ここの職員は、全員ここの虜囚と兼任だよ。たまにある外からの通信はその辞令がほとんどだ。」
「呆れた。何のための監獄?」
「さあな。外の奴らからすれば何かの実験なのかもしれないし、単なる血を流さないごみ箱なのかもしれない。ただ、監獄とは、そういうものなんじゃないのか?閉じ込めておくことが目的ならな。だからここは、極めて純粋な監獄と言えるのかもしれない。」
「じゃあ貴方は私に何を『自白させる』つもりだったの?どうせ外に結果を伝える手段もないのに。」
「『もっとして』」
「は?」
「と言わせるつもりだった、お前が普通の女ならな。そのカラダは、全く惜しい限りだ。長官権限振るってまでの、待望のご対面、だったんだが。」
「そういうこと……。お生憎様、普通の女じゃなくて。でもこれはこれで、それなりに使い道はあるのよ?」
「成程、Regionsは人口の八割が女性だと聞く。ならば、確かに。」
 男は、くくっ、と小さく笑って、俺は御免だがな、と付け足した。
「で、私はこれからどうすればいいのかしら?」
「好きにするといい。こんな施設だ、何もすることはないだろうがな。」
「やることならあるわ?」
「ほう」
「脱走。止める?」
 長官を名乗った男は、声を上げて笑った。
「脱走を宣言するなんて面白い奴だな。これはいい。言われたのが初めてだから答えるのも初めてだが、ここの職員には監視業務は与えられていない。業務は大まかに分けて二つ。外部から指示があった場合に対象の尋問を行うことと、この施設を内部から維持することだけだ。脱走が不可能だと踏んでのことだとは思うがな。」
「ふぅん……」
「止めないさ。むしろ方法があるならリークして欲しいくらいだな。」
 私をここに放り込んだ奴らは、私が御伽者(テイルズ)だと知っていて放り込んだ筈だ。ならば、その力があっても脱出できない自信があるのだろう。だが。
「物理的にと言ったけれど、そのほかの手段でなら多分簡単に出られるわよ?」
「はっは。御伽者(テイルズ)ってのは幽霊か何かなのか?」
「まあ、私の知る限りはもう一人そういう真似ができる奴がいる。私はそいつほど巧くなくて、元に戻るのに数カ月使ってしまうだろうからやりたくないのよね。」
「おいおい、マジかよ。」
 男が煙草を口から落とす。
「手を出そうとした女がどんな存在か思い知った?」
「見てないから何とも言えんが、本当なら逆に食われるところだったと言うべきか。」
「あはは、言い得て妙ね。私は人間でも食べるわよ、たまにだけど。」
「マジかよ」
「冗談よ」
「……冗談に聞こえないぜ」
 できればそんなことにパリティ生成からの再構築などしたくはない。実際のところどうなのかはわからないが、再構築に数カ月を要する以上に、寿命を削ってるんじゃないかと思うくらいの肉体的な減衰感を伴うからだ。とはいえ、もし仮に本当に脱出不能な構造であれば、使わざるを得ないだろう。
「『尋問』がないならもう行ってもいいかしら?」
「ああ」
「他の職員もあなたと同じくらい、職務怠慢な人だと助かるわ」
「勤勉さは知らんが、その体でも構わないという奴はいるかもしれないな、職員と虜囚合わせて、男女比は半々くらいだ。余りその『経験豊富じゃない』体で風紀を乱してくれるなよ?」
「相手次第ってところね」
 私は部屋の扉の傍に置いてある囚人服のようなものを着る。ご丁寧にl女性物の下着まで用意されていた。そして部屋を出ようとしたとき。
「一つだけ忠告しておく」
「……多分聞くだけになると思うけれど」
「言うだけだ。それ以上はしない。」
 男は部屋にある妙なマークを指差して言った。剣に蛇が絡み付いている図だ。アスクレピオスの杖をそのまま剣に置き換えたような感じだが、どういう意味があるのかはわからない。
「この印がある扉は開けない方がいい。どちらかと言えば精神的な意味で。」
「よく意味がわからないけど、聞くだけ聞いたわ。……それって、開けてもいいってことよね?」

リタ、キキ、そしてその他

「憑姫(LunticFanatic)……?」
「そう。だから貴方は奴の力を受け継いでいる筈よ。連れ児の私にはないけれど、貴方のその任意性狼憑(ウールヴヘジン)は明らかに月の力を受けているわ。」
「そん、な……」
 ならば記憶にある暖かな日々はなんだ。おぼろげに残る優しい母が、あのレミナスカイだというのか。
「月は裏がえってしまったのよ。決して見る筈の無かったその裏側が、何故か現れてしまった。
「……」
「もう、戻らないわ、あの母さんには。」
 私よりいくつか歳を経ている桃姫(TheEmpress)には、そうか、より鮮明に元の母の姿があるのか。
「別に……別にレミナスカイを倒す意志に揺らぎはない。ただ」
 忌みながらも頼ってきたこの狼(ちから)の源、ひいては私自身の起源が、あのレミナスカイだということに、やり場のない虚脱感を抱く。
「ただ何?血を憎むなら、あの頃のままいっそ自らを憎む?」
「原因にかかわらず自己卑下は、そう簡単に拭えないわ。そんなに現金じゃない。そうじゃなくって……」
 色々に思いを巡らせるも、結局は自分が道化だったことに帰結して口をつぐむ。
「……もっと早く伝えるべきだったわね。」
「母が母なら、姉も姉ね。」
「ごめんなさい。キキには何も知らないでいて欲しかった。自分の手で終わらせられるならと自惚れぼれていた時期もあったわ。」
 リタは、姉は自らの掌に視線を落とし、その手を何度か結んで開いた。その手でしてきたこと、その手に残ったもの、指の間を抜けたもの。無頼の私とは違う道を征ったリタには、私には思い及ばない重さが、その手に残っているのだろう。
「……そうじゃない。自分のことしか考えないで、自分を追いかける者がどれくらい成長してるかなんて、考えてもいないのね、ってこと。知らされなかったのは、まあ、いいのよ。そのお陰で、私は強くなれた。この力のことも、ある意味で自分に決着をつけられた。あんたを追いかけることでね。」
「……そうね。」
 こんなに強くなっちゃて驚いた、とリタは少し苦い笑顔で、小さく付け足した。
「それに、こういう形の方が、親衛隊の結束は強まったんじゃない?」
「親衛隊?」
「あれ。」
 遙かなたの岩陰で、数名の人間がこちらの動きを探っている。
「っふ」
 言われて気付いたリタは、口を手に当てて噴き出した。
「親衛隊って。まあ、似たようなものかしら?」
 岩陰にいるのは、サイラ、ルニカ、レニ、リィン。隠れてるつもりなのかもしれないが、岩の向うでこちらを見やすい位置を競って押し合っているのが丸見えだ。
「あの子たちはどうして、そんなキャラじゃないのに、集まるとあんなにかしましいのかしら。」
「かわいい、の間違いでしょ?」
「……そう思う?」
「でなければ、欲情してるかのどっちか。」
「なんでそうなるのよ。でも、両方とも当たらずとも遠からずってところね。」
 くすくすと含みながら、みんなかわいい、とリタは肩をすくめた。
「皇帝の伴侶はどの子かしら?」
「全員」
「うっわ、言いやがった。でも、こうしたらどうなるかしら?」
 そう言って、戦闘時程のスピードでリタに迫る。
「!!」
 油断していたリタは回避もままならないままに。
 ……私に唇を奪われた。
『は!?』
 驚嘆したのはリタだけではなく、岩の向うの4人もだった。驚きの余りに完全に姿を晒している。サイラに至っては転んでいた。
「どういうつもり?」
「あああっ、いや、決して盗み見するつもりは……」
 あわてて弁解するレニだったが、リタの言葉は当然そちらに放たれたものではない。
「可愛さ余って憎さ百倍、の逆バージョンってとこ?」
「ああ…・・はいはい」
 リタは人差し指で軽く下唇を押さえてから笑った。
「ちょっ、結構本気なんだけど!」
「カィにもそんなこと言って迫ったのかしら?」
「カィは関係ない」
「そう?」
 やはりふふっと笑ったリタは私の発言を、頭の悪い妹の戯言と捉えているようだ。
「まあ、サイラとリィンが離反したときは辛かったわね。」
「恨んだ?」
「少しだけ」
「……ふふっ」
「な、なによ」
「何でも」
 何もかも私の上を行くリタに悔しい思いをさせたというだけで、実に胸のすく思いだった。
「あ、あの……」
 サイラ達四人がこちらによってきた。控えめなレニに比べ、サイラは相当な剣幕だ。
「リタ様、説明してください。」
「聞いていたのではないの?」
「聞いていました。ですがアカウンテビリティがあるのではないですか?」
 リタに向けられたサイラの声が震えている。
「……そうね。」
「結局私は……私達はリタ様とキキの関係に振り回されていただけなんですか!?」
「そうよ。キキと私が対立していたから、貴方とリィンは離反した。そして私とキキが和解し、結束したからそれにくっついてまた戻ってきた。姉妹喧嘩に巻き込まれていただけなのよ。」
「ちょっと、わざわざそんな言い方……」
 リタの、敢えて気分を荒立てるような言い方にどきりとする。
「姉妹喧嘩!?勝手すぎやしませんか!私、リタ様にお別れを言いに言ったとき、どんな気持ちだったのかおわかりですか!?」
「結局、国どころか大切な仲間も繋ぎ止められない、人の気持ちのわからない皇帝だったってことよ。」
 リタにしては珍しく、話すときに相手の目を見ていない。ここ最近の出来事なんて、クーデタを起こしたり人を殺したりするのに比べれば大したことがないと思っていたのだが。
「しかも紅童(BloodStained)と、妹と、き、キスだなんて」
 それまでで一番声を荒げて言ったのは、こともあろうに。
「サイラが怒っているのは、私達への扱いや秘密ではなくってそのことなんです。紅童(BloodStained)が一方的に奪ったようにも見えましたが。」
 サイラの剣幕を抑えるように割って入ったのは、リィンだった。
「サイラったら、あっちにいたときは、リタ様とキキさんの間で辛かったから元の鞘で良かった、まで言ってたんですよ?それが、いきなり……あっはは」
 リィンに図星を突かれたのか、サイラは急に塩らしくなる。
「そ、そんなんじゃ……」
「あらあら、そうなの?そうだったなら気にしないで?あれはこの子の悪戯だから。」
「だっ、だからそれなりに本気だってば!」
 私がそう返すと、笑い声が上がった。
「熊狩(Iomante)が可哀想ですわね。」
「そうよね」
 レニとルニカがけらけらと笑っている。
「だから、カィは……」
 やはりかしましい。
「で、レミナスカイの話じゃなかったのかしら……」
「ああ、そう言えばそうだったわね」
 あの四人に囲まれているとリタ自身キャラが変わっていることの気付いていないようだった。

お茶会

「間に合わないのよ」
「は?」
 紅茶を注ぐルニカが視線だけをこちらに向けて怪訝な声を上げた。
「貪欲アルゴリズム、かしらねえ?」
「……個の力が強いものを優先的にに集めることがですか?」
 肯定する代わりにルニカの用意した紅茶を口にする。
「恐縮で申し上げにくいのですが。」
「今は午後の憩いの時間。今位ただの人に戻らせてくれないかしら。意見があるなら遠慮なく。尤、貴方には普段からそうするように願っていた筈だけど?」
 言い淀むルニカを促すと彼女は、見た目に似合わずさらりとケーキを平らげてしまったサイラに代わりを差し出しながら言った。
「御伽者(テイルズ)のみで凝り固まってしまったこの社会集団が、逆に御伽者(テイルズ)を敵視する集団と和解するのはもはや難しいと……こう迄してしまっては、我々の持てるリソースは力しか残されていないのではないでしょうか。」
「SSSUはリタ様の信念をわかっていないだけだ!」
「私の信念は手段でしかないわ。人間を一つにまとめるための方便なのよ。」
「政治理念なんて多かれ少なかれそう言うものじゃないんですか?」
 弁護したいのか攻撃したいのか。サイラは、もう少し地に足がつけば、私の代役としても悪くはないのだけれど。
「そうかもしれないわね。」
「リタ様は政治家になるにはまっすぐすぎます」
「サイラにまっすぐといわれると、なんだか誇らしいわ。」
 思わず破顔した私につられて、ルニカまで含み笑いしている。
「ええええええ、もしかしてバカにされてますか?」
「むしろ誉め言葉だと思うわ……あはは」
 さすがにサイラが膨れっ面になる。
「ごめんなさい。サイラは私に似てるのかもしれないわね。」
「はいっ!?」
「同感ですね。だからお目をかけてられるのかと思ってましたが。」
「あら……贔屓が出てしまっていたかしら……」
「ええ。お二人のそれと同じくらいの」
 といってケーキを指さす。
 切り分けられたショートケーキは、一見した程度ではその差がわからない。むしろ不自然なくらい瓜二つだ。
「ごめん、おんなじにしか見えない……」
 サイラが弱り顔で声を上げる。
「何が違うのかさっぱりだわ」
 私も見ただけではわからない。味が違うのか、中に隠れてるイチゴの数とか。
「クリームの量も中のイチゴの数も、まったく同じにつくってあります。失敗してなければ。」
「きっちょうめん……」
「何が違うのかしら」
「リタ様の方が後に氷室から出しました。」
 他にも何か言うのだと思って待っていたが、何もない。
「え、それだけ?」
 横から疑問の声。
「ええ。」
「なあんだ……」
「何を期待していたの?サイラは」
 ルニカがクスクスと笑いながらサイラを見る。
「……べつにぃ」
 膨れっ面のままフォークを突き刺してケーキを口に放り込む。ちょっと、その大きさを一口?
「ルニカはどう思う?」
「もう少し落ち着けば、私より傍役が適任でしょうに。」
「そうじゃなくって、REGIONSの今後。ふふっ」
「え?あっ、すみません……」
「そ、そうよ、変なことをいわないで」
 こういうそそっかしさは、ルニカには珍しい。あまり反りが合っているとは言い難い相手からの突然の賛辞に慌てるサイラと二人で取り乱していた。その光景があまりに微笑ましく、私まで笑ってしまう。
「まあ、ルニカには同感だわ。もう少ししっかりさえしてもらえれば、私が死んだ後に私の代わりになるでしょうね。……似てると感じたから、拾わずにいられなかったのだとも思うし。」
「縁起でもないことをおっしゃらないでください。」
「冗談よ。」
 紅茶を口にして、私は静かに言う。
「私は死んだりしないわ。志半ばでなんて、絶対に。だから、貴方達の力を、少しでいいから貸して頂戴。」

憑姫

「満月でなければ私が無力だとでも?」
 赤い唇をくっと吊り上げて、レミナスカイは笑った。「残念でした。」
 冷たい目で紡いだその言葉に魔力が篭っていたかのように、重ねて後方から叫び声が上がる。
「……ぁ……ぐぁ!」
「あらあら。体が『欠けちゃった』わね。」
 恍惚の笑みを浮かべて、レミナスカイは言う。
 片や苦悶の叫び声を上げる者は、右手からゆっくりと、「なくなって」行く。
「……に、これ……っ!」
 一般人ならショック死するだろう激痛と出血にあって、自我を保っているのは伝説(レジェンズ)ではなくとも流石に御伽者(テイルズ)と言ったところか。
「何よ、これ……!」
 側にいた命灰(Bloomer)アッシュが、慌てて対処を試みるが「朔」は止まらない。
「ごめん!」
 傷口から何かが進行しているのだと見たアッシュが手刀で残った腕を切り落とす。が、それでも消失は止まらない。
「くっ……」
 命灰(Bloomer)が焦りの表情を浮かべる。原因か、対処法か、そのどちらかを懸命に模索しているのが誰の目にもわかった。命灰(Bloomer)をして治療を惑わせるのだ。絶望的なことは火を見るよりも明らかだった。
 やがて「朔」が心臓に達し、大量の血を巻き上げて、息絶えた。その後も「朔」は進み、彼女の体が完全に消えるまで止まることはなかった。
 月が欠けるが如く、相手の存在を削り取っていくというのか。
「……それだけ?」
 私は一歩踏み出して三日月を背に浮かぶレミナスカイに言い放った。
「ターゲットの消滅?そんなことなら私だってできるわ。大したことないんじゃない?」
「あなたは……灰被(Chinderella)ね?そうね、貴方の炎を以ってすれば、人一人消し去るくらい造作もないかもしれないわね。」
「あんたを消し去るのだって、簡単。」
「どうかしら?」
 士気の低下だけは最小限に抑えなければいけない。大したことないなどと、微塵も思ってもいない。私ごときが一人で倒せるのならば、九年前に決着はついている。それでも、それが虚勢であっても、張っておく必要があるのだ。
 幸いモナドだけは豊富にあるようだ。集まってくれている兵と御伽者(テイルズ)には申し訳ないけれど、私を含めた伝説(レジェンズ)レベルでないと歯が立たないだろう。今のメンツでは私の炎が通らなかった時点で打つ手なしだ……。
(リタ様も行方不明、SSSUの襲撃で兵廠がダメージを受けて木偶(Pinocchio)シリーズの補充も見込めない。戦略的に重要なルニカもリレジスタライズ中……。狙っていたのか、こんな機会を……?)
 癪に触るが、紅童(BloodStained)でも熊狩(Iomante)でも、いてくれれば前線の維持ができるのだが……。
「どうしたの?撃って来ないの?」
「お望みならいくらでもやってやるわよ」
 私はモナドの収斂を始める。モナドを集積してマナに変換し、マナからフロギストンに練成、更に縮重したそれに指向性を与えて初めてレーザーを射出するに足る出力となる。威力は折り紙付きだがいかんせんチャージ時間が長い。前衛のいないこの構成は、かつて紅童(BloodStained)と戦ったときの苦い戦況を思い出す。
「そんなにのんびりしていたら的よ?」
 レミナスカイがせせら笑う。
(……?)
 空の彼方から何かが、来る。何かはわからないが、嫌な感じがする。空気が沈んで重くなり、光が歪んで全てが赤味がかって見える。
(まずい……?)
 レミナスカイの攻撃に違いなかった。来る何かの前触れだ。
「下がって!」
 兵達に後退を命じるも、しかしそれは遅すぎた。

しゃむしーる

 レミナスカイの口が、そう動いたように見えた。
 次の瞬間には音も無く空間が切り裂かれる。後ろを振り返ってみる範囲全てが、紙をカッターでめちゃくちゃにかきむしった時のように切り裂かれていた。岩で固く締まった地面が城でも壊したのかと言う位に瓦礫に荒れている。無論、切り裂かれえぐられた地面がそう見せているのだが、目の前に広がった光景はしかしその荒れ方よりも、赤く染まった色の有様の方がこそ、その風景を異様な光景たらしめていた。
「な……」
 阿鼻叫喚とはこのことだ。切り裂いた刃の軌跡に忠実に切断され……。
 耳や指が落ちたものは救いだ。傷が浅いから。
 首や心臓付近から切り裂かれたものは救いだ。ひと思いに逝けただろうから。
 不幸なのは、命灰(Bloomer)や疽奪(Sacrifice)に手当を受けている者達。
 腕がない、脚がない、腹に穴があいた……。
「満月でなければ力が出ない?笑止。三日月には三日月の持つ意味があるわ。それに、今日は・・・・・・本当に三日月の夜だったかしら?」
 調べはついている。今日は三日月だ。昨夜も少しだけ痩せた三日月だった。そんなことよりも腑に落ちないのは。
「なぜ私たちを的に入れなかった!?」
「入れたわよ?あなたたちの力が強いから弾かれただけのことよ。……多分ね?」
(わざとだな……)
 レミナスカイはわざと私たちを的に入れなかった。何の意味があるのかは解らないが。
「後悔させてあげるわ!」
 私はチャージの完了した手をレミナスカイに向ける。奴は今の今まで一歩も動いていない。私のコン心の一撃をどう受けるのかで奴の防御性能がわかるはずだ。
 その場で受け止めるなら、私達には為す術が無い。この場を破棄して逃げるしかない。動いて私のレーザーを回避するなら、私の攻撃が通る可能性がある。……しかし、願わくば、どちらでもあってほしくはない。
「燃えてなくなれ!!」
 私は「三日月」を指さして臨界を解放した。
 きぃぃぃぃぃいいいいいいいいい!と空気が歪む音を響かせて、許されたチャージ時間で限界まで縮重させたフロギストンが光線をなす。
(太くなくていい。細く、やつの守りを貫ける、細いレーザーを……)
 原理的に言えば、一本のレーザーの継続照射より、断続的に発射される短いレーザーの連続照射の方が貫通力は高い。だが、私はまだその技術を身に付けていなかった。
 放出されてからレミナスカイの距離に到達するまでの極僅かな時間にも、縮重を試み、そして光が奴の姿に届いた。