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世界観的宗教心

「哲学?違うな。
そんな広義の言葉で括ると、詳細が見えなくなる。」

教授は白衣を……
と言っても、
黄色いヤニと褪せた褐色にあちこちが染まった
ただの作業着を翻して、
コーヒーを注いで差し出してくれた。

「医術。
なるほど、
それは或る一面に於いては、
解の一つだ。
だが正解ではないな。

視野が狭すぎる。」

同じように注いだコーヒーに、
牛乳瓶の底を曇らせながら
ほくそ笑む。

「近付き過ぎても、
遠過ぎても、
物事の本質はその姿を霞ませる。
この古臭い眼鏡と同じだな。」

お世辞にも整ったとは言えない髭のびっしり生えた口許を
歪ませた。

「ならば、かの事件の真相は何なのか?
それこそが今世紀最大の謎。
未だ誰にも解明されてなど、いないのだよ。」

一呼吸置いて、
教授は怪しい眼光を燈した。

「だが。
だがだよ。
大方の研究者はだ。
その方向性に限って言えば、
一つの仮説で論を一つにしつつある。

……宗教だよ。

いやいや。
キリスト教や仏教とは、少し違うな。

信者は、一人。
そして、神は、いない。

ならば何を信じているのか?

それこそが、
世界
なのだよ。

世界に人格は無い。
その姿を決定付ける法則も無い。
第一に、その姿を正しく認識することが、
それが出来ない。

だからこそ、
君や、
多くの人間がそうである様に、
世界の姿に疑問を抱かず平和に暮らすには、
理性を覆い隠す宗教が
必要なのだよ。

自分の見ている世界が、なぜ偶然にも隣人と同じ姿をしていると思うかね?
だと言うのになぜ些細な点に於いて解り合えないのだと思うかね?
人間以外の総ての生物を取上げて、
何故如何な生き物も種としてテレパスを持たずに進化して来たと思うかね?

答えは簡単だ。
世界なんてものは、実体を持たないか、
それとも、複数存在するか、だからだ。

どちらであっても構わないのだよ、宗教的には。

ただ一つ、
自分自身しか信者のいない宗教を作り上げ、
見えぬどころか存在さえ怪しい神を絶対的に信奉する。

言葉に直して表現された「世界」とは、
各々の宗教から切り出して偶然に合致した、
ドグマのグロテスクな継ぎ接ぎに過ぎない。

あの事件はそう、
何らかの理由で、
その宗教を脱退したか、或いは逆にその宗教に於ける解脱の域に達したかの、人間が
症候群的に増加した出来事
だったのではないか。

これが、研究者の見解だ。
といっても、この分野の研究者は、私を含めて
三人しかいないがね。」

そこまで一気に喋った教授に、疑問をぶつけた。

「ん?
君かね?

君は、残念ながら研究者とは言えないな。

なぜなら、君はこの研究室に来た時点で、ただの実験動物だからだよ。」

いつの間にか、体が痺れて動かない。

「これは人間の脳だけをデバイスとして存命させ、
利用する機械だ。
利用、といっても、まだ書き込みは出来ない。
いいだけ読ませてもらったら、後は蛋白質の塊以上の価値を失う。」

教授はゆっくりとした動作で、僕の頭に鋸を入れ始めた。




「さて。
君の宗教は、如何な世界を信じているのかな?
安心したまえ。
解放され、互いにハードワイヤードされた宗教は、
統合されて新しい、より矛盾の無い世界に生まれ変わる。

君は新世界の礎となれるのだよ。

うれしい、うれしいだろう?
私もうれしいよ。

こうして着実に、真の世界を構築していけるのだから!」

狂喜の言葉と
狂気の行為。



「さあ、君の、赤は、何色、だろうね?」



意識があったのは、
そこまでだった……。

始まりのシ

鈍色に垂れ下がる雨雲。
アスファルトを黒く染める雨粒。
濡れるままに濡れ、
吹かれるままに吹かれ、
何かに導かれるままに歩み続ける
一人の少女。

正気を遺し、常軌を逸した
彼女の眼に映るのは
何か。


「世界はステンドグラスなの。
離れて見ればそれらしく、
でも近付いて観察すると何の像も結ばない。
……いいえ。
正確に言うならば、世界なんてものは存在しないのよ。
知ってしまった。
私は知ってしまったの。
世界が脆弱にぼやけ、その姿を失う瞬間を感じたのよ。
世界が実体を持って存在できないのは、

世界が

ココに

あるからなのよ!」


雨の往来。
奇声を上げる少女は鬼気迫る形相で。

拳銃を取り出し
ココ
と指した頭に向けて
弾丸を放った。

わざとそうしたのか
何かに失敗したのか

弾丸は貫かず頭蓋を砕いた。

脳漿が、
飛び散る。

まだ息のある少女。
そうさせるのは激しい宗教的恍惚(ファナティック)。

光を持たぬ瞳をぎらぎらと光らせて、
彼女は細く呟いた。

「せかいは
ここに
あるの
ばらばらの
せかい
かいほうして
ひとつに
せかいを
つくりだすの」

嬉々とした表情のまま、割れた頭蓋に手を突き入れ、

ぶよぶよとした
「世界」を
取り出す。

「……ぁ……」

握り締めた肉塊を天に掲げて、
少女は逝った。

表情のみを見るならば
なんと幸せそうなことか。



正気を遺し、
常軌を逸した少女が見たものは、
何か?

それとも
彼女の末期の言葉の通り、
それを見てしまったから狂気に囚われたのか?

それとも。
ああ、それとも。

彼女がこそ、
正しきものを見ていたのだろうか。
生まれついて光を持たない

その瞳で。

目を瞑って

 例えば私の手を見てご覧、と、そう言って里佳が私の目の前に右手を広げた。本当に目の前だ。手相までわかるし、少し下に視線を下せば、手首にためらい傷のようなものまで見える。きっと遠目ではわからないくらいに消えかけた傷跡だ。
 そんな傷を晒しているとは思えない位朗らかな声が私の耳を撫でる。
「覚えた?じゃあ目を瞑って。」
 言われた通り目を閉じた。
「私の手が思い浮かべられる?」
 そりゃあ。今あれだけ鮮明に見えていた光景だ。目を閉じたまま、その手を掴むこともできるだろう。
動かしてないなら、わかる。」
「じゃあ、触ってみて。」
 思っていたことを言い当てられて、少しびくっとしながらも、まぶたの裏に描かれた里佳の手に触れる。
 柔らかくて温かい感触が、手に伝わった。間違いなく里佳の手だ。
「目を開けていいよ。」
 目を開くと、私の手はきちんと里佳の手に触れている。意図していなかったとはいえ、指と指が絡まるような握り方をしていたことに私は少し恥ずかしくなって、慌てて手を引いてしまった。
「いま、目を閉じながら私の手に触れることができたのは、視覚情報から得られた世界に対するマッピングを、脳みその中の世界に行ったからよね。」
「大げさだけどそうなるね。」
「真の世界ってのを、今こうやって目を開いている状態で見えている世界にたとえると、認識世界ってのは、さっき目を閉じてもらった後に頭の中にあった世界。」
「??」
「うーん、ややこしいか。」
 何か馬鹿にされてる?
「ま、いいや。」
 里佳はすたすたと教室に向かう。
「まったく。里佳の言うことは解らないや。記憶と、世界の脆弱性の、どこに接点があるの?」
 私の言葉を聞いて、里佳が髪をなびかせて振り返った。
「記憶した世界と、現実の世界は、目をつむっている間は何の繋がりも持っていない。でも、何の接点もない世界を、体で触れることができた。じゃあ、実は目をつむっている間だけ、世界が激変していて、触れている世界の変化に気付いていないという可能性は?」
「目をつむっている間だけ?まさか。」
 目を開けたら姿が戻るというのか。じゃあ私が触っていたものは何だというのだろう。
「じゃあ、最初に見せた手は右左どっちだったかしら?」
「右手。ちゃんと覚えてるよ。左利きの里佳が……」
 ためらい傷をつくれるのは利き腕の逆、という言葉を飲み込んだ。
「左利きなのにわざわざ右手を出してきた。」
「正解。でもね?」
 里佳がにやりと笑う。
「だから世界の変貌に気付いていないだけなのよ。握った手は、こっち。」
 里佳は、最初とは別の、左手を目の前にかざした。
「世界は、狡猾よ?」

ファンタジー

「往年のRPGのボスがよくやるじゃない。理由はよくわからないけど、『せかい を ほろぼす のだー』って。」
 そう言うのは里佳。成績は優秀なのだが、人となりに少々難有り。まあ性格が悪いんじゃなくて、何を考えてるのかわからないってやつだ。
「あれはファンタジーでしょ?」
「そうね。でも、あの中にいる人間たちが『ほんもの』じゃないとは限らない。」
 目を閉じて、歌でも唄うように喋るのは彼女の癖だ。
「本物な訳ないじゃない。プログラマが書き換えたら彼らの行動は変わるし、そうでなくても接触悪くてバグったりしてたじゃん、ファミコンなんて。」
「バックから攻めた方がよかったかな。」
「は?」
「運命、ってあるじゃない。」
「あるとは思いたくないけどね。」
「ははっ。違いない。じゃあ、ああ言うものがあると仮定して。私達のこの世界がゲームじゃないとどうして言えるのかな。『一階層上の存在』を神とか『SometingElse』とかって言うんじゃない?一つ一つの出来事は綿密に組み上げられれたイベントの連なりかも知れない。」
「そんな馬鹿な話……」
 余りにも荒唐無稽で、その話自体がファンタジー小説の設定にしか聞こえない。鼻で笑いたくなる。
「簡単な例で言えば一神教と多神教の話にも適用できる。まあ、あれは『一階層下の存在』に考えさせたという形になってしまうのかもしれないけど。ゲームでも漫画でも小説でも、一人で書いているものが一神教的な『一階層上の存在』、アラーだのYHVHだの言われる奴ら。細分化しないならブラフマンとかもそうかな。唯我独尊な人たちね。複数人のチームでつくっているものが、多神教的な場合。ゼウスとかオーディンとかアメノミナカヌシノカミとかそういうの。何人かで世界を管理してる。面白いことに、私達の世界の様に『ある程度細かい部分までうまく機能している世界』には、多神教の数の方が多い。それは細かい設定まで綿密に考えてつくり、維持できる個が少ないから。それは自大規模であるほど、基本的には多い方が、つまりチームである方が好都合。」
「一神教より多神教の方が多いのは、宗教や神話の原点が自然崇拝の名残だからでしょう?」
「そうかもしれない。でもそうと言える根拠はない。まず現状ありきで、矛盾がなさそうに見える、そうらしいといえる理由を後付けした過ぎない。なら、私の言うこれも、同じ権利を持って主張できるはずだわ。単に信じ易いか信じ難いかの差があるだけで、世界の可能性なんてそんなものなんじゃないの?」
 言っていることに矛盾は確かに、ない。というか、この手の事象に関していえば、矛盾云々というよりもそれに至るまでの根拠そのものが希薄すぎる。もっと言うなら、科学的考察そのものがほとんどなされていないんじゃないだろうか。もしそうなら確かに簡単なレベルで矛盾さえなければ間違っていない説になり得るのかも知れない。
「わかってもらえた?だからこの世なんて、誰かが描いた空絵事に過ぎないかもしれない。ううん、無から有が生まれない観点に立つとと、やはり創造者は『一階層上の存在』でなくてはおかしいはず。誰かが何も入っていないフラスコに、赤い土を入れたのよ。」
 昼休みは半分が過ぎようとしていた。
「里佳。」
「なあに?」
「もしこの世界がフィクションだとしたら、どうするの?」
 私の言葉を聞いて里佳がくすり、と笑った。
「何も変わらないわ。これがもし幻想だったとしても、お腹は空くし、怪我すれば痛い。欲しいものを手に入れるにはお金なり何なりが必要だし、それは基本的に労働の対価であることに相違ない。嘘をつくなら最後までばれない嘘を、っていうじゃない。そういうことだと思う。この世はばれない嘘。」
「頽廃的。」
「そうね。でもそう思えば色々なことから解放されるわ。」
「例えば?」
「お腹が空いてるのに、パンを買うお金が入った財布を忘れてきたことを、あいつらのせいにして自己嫌悪に陥らずに済む。」
「それは今朝に限って何故か鳴らなかった目覚ましのせいにするのと何か違うの?」
「何も?だから何も変わらないのよ。チェーンソーで神様をぶった斬る力がある訳じゃなし。」
「チェーンソー……?」
「なんでもない。」
 里佳の言うことは、信じるか否かは別として、ある種の説得力がある。だが、ある疑問が浮かんだ。
「上の人?は下の人のあらゆる事を決められる訳よね。」
「そうなるわね。」
「決めていないことは、どうなっているの?」
 小説なんかでの時間の飛躍。その跳び去った時間は、一階層上の存在が世界を決定していない状態になるはずだ。だが、私達の世界には、取り合えず断絶はない。これは上の人があらゆる人間の全ての時間を克明に記述しているということなのだろうか。そんなはずはない。一体どれほどの情報量になるというのか。
「いいことに気がついた。そこなのよね。それにはいくつかの説を唱えることができる。」
 彼女が言うには、一階層上の存在にはそれほどの力があるか、もしくは。
「世界は確定していない。全ての可能性、を多重に実現した重複宇宙として調律された混沌の中に放り込まれる。全ての可能性といっても、次に現れる記述された世界に対して矛盾を孕むものは生み出されないか、因果接続に失敗して消滅する。」
 いくつか挙げてくれた中で興味を引いたのはこれだった。
「その重複宇宙っていうのは、パラレルワールドのこと?」
「少し違うかな。パラレルワールドは宇宙そのものが分岐して複数存在するってものだけど、この重複宇宙は、分岐しない。宇宙は常に一つだけど、その可能性、つまり変わり得るものの選択肢全てが正しい状態として重なり合った宇宙なの。」
「1+1=2である可能性と1+1=1である可能性が両方正しい?」
 それこそ矛盾してるじゃないか。
「そう。でも、誰かが決めた時点で、全ての可能性が一つに収斂するの。」
「誰かって?上の人は決めていないっていう前提の話だったよね?」
「ええ。決めているのは、強いて言えば、私達よ。」
「それじゃ、意味がないじゃん。」
「……意味?」
 里佳は訝しげな表情で問い返してきた。
「世界の見方が変わるようなパラダイムシフトを望んでるんじゃないの?世界は予め決められている、みたいな。」
「……世界に意味なんてないわよ。もしあったとしても、人間が、自分達が何故生きているのかという意味がわかった更に遥か向うに見えるものでしょうね。」
「……」
「まあ、世界は、私たちが生きるのを投げ出さない程度に自由なのよ。要所要所で決められているだけで。」
「ふぅん……。で、この世界のだれが世界を決めているの?」
 里佳は小さな口の端を少しだけ吊り上げて笑った。
「誰だろうね?運命などあってほしくないと言うなら、それ以上考えない方が幸せかもしれないわよ?」
「はぁ?ここまで話を引っ張っておいてそう来るの?

 避難がましい声を上げたところで、昼休み終了のチャイム。屋上を降りる階段へと続く分厚い扉を引きながら、彼女は言った。
「何度も言うようだけど、世界の姿がどうだと、もし仮に解り得たとしても、私達の生活は何ら変わらないのよ。……せいぜい、少しだけ思慮深く行動出来るようになるだけ。」
「それを私に行って、どうしようっていうの?」
「別に。と、言うより、そもそもこんな話を他人とするなんて思ってもいなかった。そうねえ、ただ愚痴に付き合わされたんだと思ってもらえるかしら。私自身、不思議な感覚だわ。なんか、熱っぽくなっちゃって。ごめん。」
 勿論、謝ってほしかった訳じゃない。それでも、いつも何かを見透かしたような目をして瓢々とした態度の里佳が、困ったように肩をすくめる姿は、つまりそれ位可愛らしかったと言うことだ。
「でも、楽しかった。」
 目を細めてそう言うと、いつものひらひらと舞うような歩みで階段を降りていった。
「……そいえば、里佳って何組だっけ?」
 里佳の背中に問いかけたつもりだったが、その言葉は見事に空を切った。
「あれ。素早いなあ……」
 会って親しくするようになってから随分立つというのに、私は里佳のことをほとんど知らないことに、今、気付いた。