FC2ブログ
  1. 無料アクセス解析

ファンタジー

「往年のRPGのボスがよくやるじゃない。理由はよくわからないけど、『せかい を ほろぼす のだー』って。」
 そう言うのは里佳。成績は優秀なのだが、人となりに少々難有り。まあ性格が悪いんじゃなくて、何を考えてるのかわからないってやつだ。
「あれはファンタジーでしょ?」
「そうね。でも、あの中にいる人間たちが『ほんもの』じゃないとは限らない。」
 目を閉じて、歌でも唄うように喋るのは彼女の癖だ。
「本物な訳ないじゃない。プログラマが書き換えたら彼らの行動は変わるし、そうでなくても接触悪くてバグったりしてたじゃん、ファミコンなんて。」
「バックから攻めた方がよかったかな。」
「は?」
「運命、ってあるじゃない。」
「あるとは思いたくないけどね。」
「ははっ。違いない。じゃあ、ああ言うものがあると仮定して。私達のこの世界がゲームじゃないとどうして言えるのかな。『一階層上の存在』を神とか『SometingElse』とかって言うんじゃない?一つ一つの出来事は綿密に組み上げられれたイベントの連なりかも知れない。」
「そんな馬鹿な話……」
 余りにも荒唐無稽で、その話自体がファンタジー小説の設定にしか聞こえない。鼻で笑いたくなる。
「簡単な例で言えば一神教と多神教の話にも適用できる。まあ、あれは『一階層下の存在』に考えさせたという形になってしまうのかもしれないけど。ゲームでも漫画でも小説でも、一人で書いているものが一神教的な『一階層上の存在』、アラーだのYHVHだの言われる奴ら。細分化しないならブラフマンとかもそうかな。唯我独尊な人たちね。複数人のチームでつくっているものが、多神教的な場合。ゼウスとかオーディンとかアメノミナカヌシノカミとかそういうの。何人かで世界を管理してる。面白いことに、私達の世界の様に『ある程度細かい部分までうまく機能している世界』には、多神教の数の方が多い。それは細かい設定まで綿密に考えてつくり、維持できる個が少ないから。それは自大規模であるほど、基本的には多い方が、つまりチームである方が好都合。」
「一神教より多神教の方が多いのは、宗教や神話の原点が自然崇拝の名残だからでしょう?」
「そうかもしれない。でもそうと言える根拠はない。まず現状ありきで、矛盾がなさそうに見える、そうらしいといえる理由を後付けした過ぎない。なら、私の言うこれも、同じ権利を持って主張できるはずだわ。単に信じ易いか信じ難いかの差があるだけで、世界の可能性なんてそんなものなんじゃないの?」
 言っていることに矛盾は確かに、ない。というか、この手の事象に関していえば、矛盾云々というよりもそれに至るまでの根拠そのものが希薄すぎる。もっと言うなら、科学的考察そのものがほとんどなされていないんじゃないだろうか。もしそうなら確かに簡単なレベルで矛盾さえなければ間違っていない説になり得るのかも知れない。
「わかってもらえた?だからこの世なんて、誰かが描いた空絵事に過ぎないかもしれない。ううん、無から有が生まれない観点に立つとと、やはり創造者は『一階層上の存在』でなくてはおかしいはず。誰かが何も入っていないフラスコに、赤い土を入れたのよ。」
 昼休みは半分が過ぎようとしていた。
「里佳。」
「なあに?」
「もしこの世界がフィクションだとしたら、どうするの?」
 私の言葉を聞いて里佳がくすり、と笑った。
「何も変わらないわ。これがもし幻想だったとしても、お腹は空くし、怪我すれば痛い。欲しいものを手に入れるにはお金なり何なりが必要だし、それは基本的に労働の対価であることに相違ない。嘘をつくなら最後までばれない嘘を、っていうじゃない。そういうことだと思う。この世はばれない嘘。」
「頽廃的。」
「そうね。でもそう思えば色々なことから解放されるわ。」
「例えば?」
「お腹が空いてるのに、パンを買うお金が入った財布を忘れてきたことを、あいつらのせいにして自己嫌悪に陥らずに済む。」
「それは今朝に限って何故か鳴らなかった目覚ましのせいにするのと何か違うの?」
「何も?だから何も変わらないのよ。チェーンソーで神様をぶった斬る力がある訳じゃなし。」
「チェーンソー……?」
「なんでもない。」
 里佳の言うことは、信じるか否かは別として、ある種の説得力がある。だが、ある疑問が浮かんだ。
「上の人?は下の人のあらゆる事を決められる訳よね。」
「そうなるわね。」
「決めていないことは、どうなっているの?」
 小説なんかでの時間の飛躍。その跳び去った時間は、一階層上の存在が世界を決定していない状態になるはずだ。だが、私達の世界には、取り合えず断絶はない。これは上の人があらゆる人間の全ての時間を克明に記述しているということなのだろうか。そんなはずはない。一体どれほどの情報量になるというのか。
「いいことに気がついた。そこなのよね。それにはいくつかの説を唱えることができる。」
 彼女が言うには、一階層上の存在にはそれほどの力があるか、もしくは。
「世界は確定していない。全ての可能性、を多重に実現した重複宇宙として調律された混沌の中に放り込まれる。全ての可能性といっても、次に現れる記述された世界に対して矛盾を孕むものは生み出されないか、因果接続に失敗して消滅する。」
 いくつか挙げてくれた中で興味を引いたのはこれだった。
「その重複宇宙っていうのは、パラレルワールドのこと?」
「少し違うかな。パラレルワールドは宇宙そのものが分岐して複数存在するってものだけど、この重複宇宙は、分岐しない。宇宙は常に一つだけど、その可能性、つまり変わり得るものの選択肢全てが正しい状態として重なり合った宇宙なの。」
「1+1=2である可能性と1+1=1である可能性が両方正しい?」
 それこそ矛盾してるじゃないか。
「そう。でも、誰かが決めた時点で、全ての可能性が一つに収斂するの。」
「誰かって?上の人は決めていないっていう前提の話だったよね?」
「ええ。決めているのは、強いて言えば、私達よ。」
「それじゃ、意味がないじゃん。」
「……意味?」
 里佳は訝しげな表情で問い返してきた。
「世界の見方が変わるようなパラダイムシフトを望んでるんじゃないの?世界は予め決められている、みたいな。」
「……世界に意味なんてないわよ。もしあったとしても、人間が、自分達が何故生きているのかという意味がわかった更に遥か向うに見えるものでしょうね。」
「……」
「まあ、世界は、私たちが生きるのを投げ出さない程度に自由なのよ。要所要所で決められているだけで。」
「ふぅん……。で、この世界のだれが世界を決めているの?」
 里佳は小さな口の端を少しだけ吊り上げて笑った。
「誰だろうね?運命などあってほしくないと言うなら、それ以上考えない方が幸せかもしれないわよ?」
「はぁ?ここまで話を引っ張っておいてそう来るの?

 避難がましい声を上げたところで、昼休み終了のチャイム。屋上を降りる階段へと続く分厚い扉を引きながら、彼女は言った。
「何度も言うようだけど、世界の姿がどうだと、もし仮に解り得たとしても、私達の生活は何ら変わらないのよ。……せいぜい、少しだけ思慮深く行動出来るようになるだけ。」
「それを私に行って、どうしようっていうの?」
「別に。と、言うより、そもそもこんな話を他人とするなんて思ってもいなかった。そうねえ、ただ愚痴に付き合わされたんだと思ってもらえるかしら。私自身、不思議な感覚だわ。なんか、熱っぽくなっちゃって。ごめん。」
 勿論、謝ってほしかった訳じゃない。それでも、いつも何かを見透かしたような目をして瓢々とした態度の里佳が、困ったように肩をすくめる姿は、つまりそれ位可愛らしかったと言うことだ。
「でも、楽しかった。」
 目を細めてそう言うと、いつものひらひらと舞うような歩みで階段を降りていった。
「……そいえば、里佳って何組だっけ?」
 里佳の背中に問いかけたつもりだったが、その言葉は見事に空を切った。
「あれ。素早いなあ……」
 会って親しくするようになってから随分立つというのに、私は里佳のことをほとんど知らないことに、今、気付いた。