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原稿時期なのに、絵柄鬱。

あーもー、どーしよーもねー。
どーしよーもねーよー。

親しい友人とかには既に話したことあるんですが。

もうね。
山月記(中島敦)の中の李徴の気持ちが痛いほどわかる。
語るに口惜しいのは、

私は李徴と違って元々才気がある人間ではないこと。

彼の言う「このまま失ってしまえば楽になるかも知れない人の心」というのを、
私は「自分の目指す絵柄を、依然目指し続ける気持ち」に置き換えてしまうのです。
獣に成り果て、血まみれの兎を掻き喰らう姿は、
「自らの目標を忘れて、こぢんまりと上手い絵を描いてそれなりに受ける」状態。

まあ、私の場合は兎に逃げられる気もしますが。

山月記を読んで、尊大な羞恥心、臆病な自尊心という言葉を見たときに
今の私はまさにこれなんだな、と高校(中学?いつ読んだか忘れた)に思ったのに、
結局進歩がない。

>第一流の作品となるのには、
>何処か(非常に微妙な点に於て)欠けるところがあるのではないか、と。
   先にこれを目指すのも、凡人以下の私には間違っている気もする。

>作の巧拙は知らず、とにかく、
>産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、
>一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死に切れないのだ。
    烈しく同意。
    とはいえ、やはり、李徴の用に才気があるわけではない自分は完敗。


あーもー、どーしよーもねー。
どーしよーもねーよー。

アンインストールでき(初心に帰れ)ない程に、
アプリケーション(描いている間に積み上げてしまったモノ)は、
システム(自意識)に食い込んでいる…。

あーもー、どーしよーもねー。
どーしよーもねーよー。