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【雑記】思ったことをつらつら書いているだけ。内容は無い。

愚痴。
起承転結や論拠すらない愚痴。


東方夜伽周辺の動きを見てのエントリです。
夜伽見てない人がよんでも意味がわからないと思います。

こうやって書くと「これだから東方は怖い」っていい出す人が居るかもしれませんが
それは以下の話の表層しか見ていない結果です。

何の作品だって、どこの匿名だって
同じ可能性をは孕んでいながら
しかも使っているのは同じレベルの人間でしかない。
----------------------------------------------------------------------
匿名掲示板とか。
匿名性が高いもの。

怖いっていうか積極的に避けてしまう。

東方夜伽にSSを投下するようになって
(ちょっとここ一月企画系の原稿がいろいろあって出来てないけど)

それに付随する匿名掲示板のスレを二つ知っている。
一つは昔からあるらしい(新参の私には起源など知りえない)。
一つは作者が多めで新しめ。

後者は作者が多いというのは明らかなのに
「作者」(もっと言うならおそらく近々に作品を投下した作者に限定されるだろう)という
極めて狭いサンプルの中にあって
それでも匿名を貫くことに一つの気持ち悪さを感じる。
これってどうあっても
「素性を気にせず気軽に書く」ではなくて「素性をあえて隠す」方に働いている。
不特定多数が本当に多数であるならどうかわからないが
不特定多数といいながらもせいぜい数十名まで絞れるのに、だ。

とくに、
夏コミで合同誌を作る人たちは
オフで実際に顔をつき合わせたことがあるので
ある程度以上の社交辞令やリップサービスもあっただろう。
そういう名前を名乗る場面では「すき」って言っておいても
匿名ではあっさり「きらい」と言えるわけだ。
そう考えると匿名掲示板は恐ろしい空間である。

私自身の感覚としては
そういうことをする人たちには全然見えなかったんで
悪意を持って背反する態度は取らないとは思います。

初対面ですもの、社交辞令はまあ、幾らか絶対にあったと思いますが。

で。
だがそれでも
その作者がごっそり居るスレで
誰一人名乗って発言してないのは
何か気持ち悪い。
何がといわれればよくわからない。
匿名掲示板なんだから当たり前。
でも


私は基本的に
実際に顔を合わせた人になら、聞かれれば本名を教えます。
実際にあったあとは匿名性を払拭するべきだと思っているので。
そうすることが、本当に相手に会ったことだと思っているので。
折角、わざわざ会おうと正方向の動機を以って会った以上、
一人の人間として、対峙したいので。

本名があって、みこう悠長という名前があって、更に名無しがある。
ぶっちゃけ名無しにまで落とす価値が見出せないし
勿論場面によるが、そこに正方向の価値創出があると思えない。

古いほうのスレはRom専も多いだろうから
ハンドルが無いのは仕方ないかもしれないが
作者が多いほうのスレはそれは絶対に無いわけで。
ま。それが私の肌に合わないというだけの話です。


みこう悠長というハンドルネームは勿論半分匿名だが、
一定以上の自己同一性を持たせて使っている。
かなり太いラインで本名と繋がっている。
本名からは隔たっているが、非常に薄い膜だ。
だからあまり匿名という気がしていない。
使用期間も既に人生の半分を超えている。
本名との差は、用いられる場面一つの違いであり
場面によっては、必要であれば別に片方を隠すものでも無いという使い方をしている。

だから、そういう私はきっと、匿名掲示板が肌に合わないんだろう。




だから匿名掲示板は滅多に見ない。
発言者が無責任に発言することが許容された空間の言葉に
懐疑を払拭できるものなんてほとんど無いだろう。
極めて少ないスレッドを
極めて低い頻度で見るにとどまっている。

で、
その極めて低い~をさっき踏んだんだけど。

昔からあるほうのスレが荒れていた。
荒れていたって言うか、下らない話題で持ちきりになっていた。
もう落ち着きを見せているけれど。
もともとは作品へのコメント欄が荒れていたようだが。
その流れがスレにも流入していた感じ。
なんていうか、馬鹿なヤツが数名以下いたようだ。

荒れる作品書けば荒れるというのは私は実験済みだし
(臨界前核実験的な感じ。本当に荒れたわけではない。危機回避的にちゃんとスルーされた)
それがわかっている以上は、それを消そうとも思わない。
先述のことを踏まえて、
実験後に結果がわかったあとは街灯の作品の作者名表示もきちんと「みこう悠長」に戻した。
(ちなみにもっと言うと、下げ表示はしたが、
 このブログには投稿当初からその作品が転記してあった。)


もう少し前まで遡って読んでみると
コメントを名前ありで残すことに反発を覚えている人もいるようだった。
主張はわかるけど
それと別問題として
匿名性のデメリットと無責任さを天秤にかけると
やっぱり記名でコメントするのを非難するには足らない論拠だとも思う。
まあ気軽に書けるっていうポイントが殺されるので
記名にすべきかどうかというと一概に言えないけれど。

記名にしたって荒れるときは使い捨ての名前で荒れるだろうし。
所詮は意識の問題なんだろうなあ。
匿名でもきちんと発言に言霊を込めてするかどうか。
して無いんだろうな、一部の人は。

スレを遡って読んで
幾らか自分の名前が出てくることもあった。
けど、匿名なのでまったく感銘も受けない。
思ってもいないことで褒める言葉を書く物好きは居ないだろうけど
匿名の中に人が居るように思えない私の感覚では
それすらも素直に受け止められない。
匿名でさえなければ喜んでいただろうに、とさめざめ思う。





非常にナーバスな話題だが
先に述べた「実験作品」にて
とある発言をした方に、少し至らない部分があって
私ではなくてその方が叩かれてしまった経緯があります。
その人は作品をいくつかアップしていた方で(多分当時私より多かったし古かった)
きちんと責任を持って記名でコメントしてくださった。
それに対して
それを叩くコメントは須らく匿名で
そのたたきに耐えかねてその作者さんは作品を全て消してしまった。
その方の発言は私を非難するものでしたが悪意は無いように見えた。

正直に、語弊を恐れず、非難を覚悟の上で言いますと
私を非難したその方こそ、夜伽に残るべきで
もしその人を叩いた匿名の中に作者が居たなら
その人こそ消えていただきたい。
作者でなくても見習うべきポイントがあることを知っていただきたい。
発言に対する責任を意識しての記名コメントである以上
それに対する非難も記名ですべき。
だが誰一人していない。
しかも叩き方が罵詈雑言レベル。
(ちなみに夜伽ではコメントへのコメントは禁止されているようですが…。)

人を試すような作品をアップしたことは良いことではなかったかと思いますが
(かといって私の文章として、割と自分の感性で書いています。ああいうの書くの好きなので。)
人の汚い部分と、すこしの綺麗な部分が如実に出た出来事でした。


こういうのを受け、
更に悪意も無く作られた場所が匿名に守られ助長された悪意によって荒れ
そばにある空間も同じものに汚染されたのを見ると

なんだか悲しい気分になると同時に
「所詮は」と思ってしまう。
そして傍目から客観視するとその「所詮は」の中に、
紛れも無い自分も含まれている。
そこにどうしても落胆せずに居られない。

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