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【霊夢_紫】そのそのはそとのその

腋毛とかそういう属性。の。
やっぱりほら、読まない方がいい類のエロです。
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 煩わしい音が響いている。乾いた音、叩く音、割れる音。
 私はチョークが黒板に文字を紡ぐあの音が嫌いだ。無機質で温かみの無い、だというのに滔々と世界を描いていくあの音が。
 違う、そうじゃない。世界はもっと暖かくて、有機的で、生々しくて……生きているんだ。
 机に肩肘を突いて、窓の外に視線を放る。ガラスを嵌めた木の窓枠は、四隅にスキマが浮いていた。風が吹く度がたつく窓枠の向こうに、現実感の無い風景が広がっている。錆び付いたサッシ、傷のついた硝子、歪んだ窓枠と風景。乾いた風景。灰色に沈んだ、世界。

 不意に私の名前が呼ばれた。

「これを他の奴らに解いて見せてやってくれ」

 歴史が専攻だと自称する数学教師が私を指した。冗談じゃない。何だってあんな無機質な――石灰だなんて――もので、その真理を。それは各々が自分自身で出すべき答え。人が人に教えるものじゃない。人によって解が違うのだから。

「わからないか?」
「……わかります」

 がが、と音を立てて冷たい椅子を押し下げて、黒板の前に進む。こんな、冷たい暗黒。無機質で平べったい虚無。この前に立っていると吐き気がする。
 私は早くこの場を去りたい一心で、左上に書いてある数学の問題を見て、「私の」答えを白い文字に焼きなおしていった。白く、脆い世界が、そこに出来上がる。

「流石だな。」

 教師が嬉しそうに頷くが、私は嬉しくなんて無い。この仮初の細い糸をこの教室にいる全員が渡るなんて無理だと、何故誰も気付かないんだろう。私の導いた答えは、私一人分の重みにしか耐えられない。この脆弱な解釈をこの人数で共有するなんて、危険だというのに。

 私は自分の席に戻ると自分のノートに目を落とした。これも、黒板と同じ。世界を冷たく解剖する、その道具でしかない。

 とにかく嫌気が差した。

「先生」
「どうした?」
「具合が悪いので保健室に行って来ます」
「……そうか。付き添いは、いらないな」

 話の分かる人だ。私は、失礼します、と言って教室を出た。

 一つ一つの部屋には三十も四十も命が詰まっているのに、廊下に出た途端顔を出す寒々とした寂しさは何なのだろう。薄い木の板一枚で隔てられた空間に、それほどの差があるというのか。こんな薄い壁で、世界を区切れるのだとしたら。
 私は私だけの世界を作るだろう。私を不安にさせない、私だけのための世界を作るんだ。この薄っぺらな壁で。そして私はずっとそこに閉じこもる。ずっと。ずっとだ。

「はあ。病気ね」

 また下らない物思いに耽ってしまった。時折、ぎ、と軋む木の床を歩きながら、自分の幼稚さを嗤った。どうしても抜けない、痛い妄想癖。誰にも言えない。言えないはずなのに、昔誰かに話した気がする。

 誰だっただろうか。
 本当に話したのだろうか。

 今の自分を冷静に見る限り、こんなことを人に言う訳が無いとは思う。実際に、それが何時だったか、誰だったか、全く思い出せない。幼い頃に親にでも打ち明けた記憶だろうか。
 思い出せない。過去の記憶、殊、もう思い出せないようなことは普段からどうでもいいと考えているのに、どうしてもそこだけが引っかかる。小さなささくれのように、それは目立たないのに逐一引っかかる。
 保健室のドアを引くと、それに気付いた校医が椅子を、きぃ、と回してこちらを見た。

「あら、また貴方」

 毎度の事なので、校医も私に病状など尋ねない。勝手にベッドでも使っていけという態度が伝わってきた。

「まだ一時限目でしょう?」
「はい」
「残り、どうするの?まあ、貴方には退屈なのかも知れないけれど。」
「後で考えます」

 ふう、と溜息をついて私の方から視線を逸らし、なにやら手をつけていた仕事の書類らしきものへ目を落とす。

「ベッド、借りますね」
「どうぞ」

 視線も遣さずに返事をする校医。
 綺麗な人だ。スタイルはいいし、清潔感がある。ただの三つ編なのに野暮ったさを感じさせない。何より、この人は、賢い。ああいう大人に憧れる。でも、少なくとも私のように授業をさぼっている奴はなれないだろう。
 ベッドに腰掛けると、やはりぎしっ、と軋んだ音が響いた。細いパイプと跳ねもしないスプリング。学校らしい安っぽいベッドは、それでも、だからこそ、嫌いじゃなかった。ふかふかで跳ねるベッドは、地に足が着いていない感じがして、寝ている間にどこか知らない場所へ連れて行かれるのではないかと、馬鹿馬鹿しい不安が襲ってくるのだ。自分の体重を素直に感じられる、安っぽいベッド。薄い布団。そんなのが、好きだ。

「毛布。掛け布団がいい?」

 顔は笑っているがぶっきらぼうな様子で、私に訪ねる校医。私は毛布を受取って、横になった。具合が悪いわけではない。でも、酷く怠い。体が怠い。気分が怠い。空気が怠い。すべてが、だるい。
 白いカーテンが閉められる。薄い布一枚で仕切られた狭い世界に閉じこまって、安堵の溜息を漏らした。

「今更答えてくれるとは思わないけれど」

 カーテンの向こうから声が聞えた。

「悩みがあるなら、言いなさいね?」
「はい」

 結局その日は教室と保健室を何度か行き来するだけで潰した。
 広すぎる世界。でもその根本の仕組みを殆ど知っている世界。そこにいるだけでちくちくと痛いのに、どろりとしたぬるま湯に浸かっているような。落ち着かない。私の居場所はここではない気がする。
 私だけの世界が、欲しい。
 安心して閉じこもるための、私のためだけの、世界が。







 伸ばされる手。その手を掴もうと伸ばされたもう一つの手は、しかし届くことはなかった。自らそれを伸ばすのをやめたからだ。
 変化と未来に恐怖し、今と過去と現状と膠着を望むのは、それを固定し維持するために作られた性質故か。
 なぜ。
 叫ぶ声。扉は閉じられようとしていた。その隙間から垣間見えるのは、悲しい笑顔。
 忘れない、忘れたくない。ずっと、ずっと、待っている。
 それは恐らく就されることの叶わぬ矜持。
 貴方のいない世界なんて、灰色の風景だというのに。叫んでも届かない。伝えた心は、その細い線をも毟り千切られた。
 そして、扉が閉じられる。
 そこに扉があったことを、もう誰も覚えていない。






 校舎から吐き出される黒いセーラー服の群れを見ていると、それらはからすの群れのようだ。私はその群れの中から一人を見つけ出すために、少し離れた場所でその光景をぼうっと見ていた。
 ふと足元から伸びる黒いものに目を落とすと、日が沈むにつれて見る見る細く長く伸びてゆく様が見えた。自分という存在が引っ張られて薄くのされていくような錯覚を受けて、気味悪さと怖さについ、影から目を逸らしてしまう。

「お待たせしました」

 目を逸らした先に、待ち人が現れた。私より拳一つ分背が高いが、妹。

「遅かったのね」
「すみません。生徒会の野暮用が。」

 自堕落な私と違って妹は人望も厚いらしく、人から推されて生徒会の名簿に名を連ねている。

「帰りましょうか」
「ええ」
「今日もサボってばかりだったんですか?」
「ええ」
「また、考え事ですか?」
「ええ」

 良く出来た妹だと思う。私なんかより遥かに。彼女が姉で、私が妹だった方が、きっと色々と丸く収まっただろう。私が勝っているのは全国模試の順位くらい。何で私が姉なのだろうか。そんなのは私の方が先に生まれてきたからに決まっているのだが。そんなことで決定される安易なヒエラルキー。それをグロテスクと感じないように、私は普通に育つことが出来なかったらしい。

 夏も終わりだというのに、まだセミが木の幹にしがみついてけたたましい声を上げていた。私には木にしがみついていると言うより、そこから転げ落ちまいと、必死に命にしがみついているように見える。
 哀れね。あの子達も、そして私も。酷く、哀れ。
 斜陽の赤が雑木林の合間を縫って私達を照らしている。襤褸い舗道のアスファルトはお世辞にも歩きやすいとはいえず、精々自転車でお尻を痛くしながら走れるかという程度。この村には自動車だって数えるほどしかない。
 電柱と電線が風景を四角く切り取り、そこから出られずに泣いている空が、声にならない声を上げているように思えた。生まれては消える際限のない不安のように、雲が漂っている。もうもうと姿形を変えて、私を包み、窒息させようとしている。
 微妙に歩調が合わない私と妹。同じ革靴の中にある、真白いソックスと、校則違反の柄物のソックス。あんなに仲が良かった筈なのに、今はボタンを掛け違えたように、どこかかみ合わない。一緒にいたい、あの頃みたいに、二人でお腹を抱えて笑えたらと思うのに、この舗道に走る鈍い亀裂のようなものが、二人の間に走っていた。

「先に帰っていて。」
「え、でも」
「お社に、寄っていくわ」

 私がそう言うと、妹はそれ以上は何も口に出さなかった。何処と無く悲しげな表情で舗道に目を落とし、私の横に並んで歩いている。家路とお社への道が分岐するまで、あとわずか。

「十九時までには帰るわ。」
「分かりました」

 言い終えたところで道が二手に分かれた路地が見えてきた。真っ直ぐ進めば家路。脇の林間を抜ける獣道にも近い道を行けば、社。

「じゃ」
「ご飯、用意しておきます」
「お願いね」

 分かれ道の股には、セミの屍骸がひとつ、ひっくり返っていた。







 こんな所に社が建っていることに気づいたのは、最近になってからだった。小さい頃よくこの辺りで走り回って遊んだ筈なのに、何故気付かなかったのだろう。
 さり、と均されてもいない、荒れ放題な白砂利を踏む。鳥居は根本しかなく、上の方はとうの昔に朽ちたらしい。見上げたところで見えるのは空だけだ。賽銭箱だったのだろうその四角い箱には、賽銭ではなく草が生きるほどの土砂。その奥には本尊だろうか。それほどの時間を感じさせているというのにぴったりと閉じたままの観音扉があった。
 私は砂利を踏みしめながら、境内を奥へと進む。古の建造物が雑草と土に支配された園は、神社らしい清浄さを最早留めてはいなかった。あるのはひたすらに荒廃と退廃。寂寥。寂寞。そしてその中にある

「きれい……」

 黒板やノート、チョークや鉛筆ではない。電気でも鉄でも、コンクリートでもアスファルトでもない。だからといって森ではない。水でもない。雨でも風でも土でもない。そこにあったのは、融合。融和。親和。そして生きている死。
 人工の建造物と自然の構造物が、折り重なって死んでいる。社や草木が生きているのではない。それらが死んでいるのでもない。そうあることで、老朽が、崩壊が、消滅が、そう言う概念そのもの達が、死が、生きているのだ。
 私の世界を作れるのだとしたら、こういう世界にする。滅び行く中にしか生まれない生を掻き集めて、滅び行く者達だけの楽園を創る。そして一緒に私も消えてしまえたら、なんて幸せなんだろう。
 社の縁側に腰を下ろした私は、はは、と短く笑った。うら若い女子高生が、なんて思想だろう。自嘲だった。

 ここに来ると、とても落ち着くのだ。そこは私の安らぎの園。誰もいない教室に一人きり、その空間を自分のものにしたときのように。保健室のベッドの上、カーテンで仕切られたその中で息を立てているときのように。
 そこが、私の世界であるかのように。
 同時に、とても懐かしい。懐かしさを感じるということは、やはり記憶にない幼い頃、ここを知っていたのだろうか。もしそうなら、きっとその頃は妹も一緒に遊んでた筈だ。聞いてみるのも手かも知れない。

 放課後から十九時までおよ三時間。特に目的も無くここに来て、何をするでもなく時間を過ごす。ここを見つけたばかりの頃はそうでもなかったが、だんだんと、自宅にいるよりもここにいる方が落ち着くようになっていた。この社には何か不思議な力があるに違いない、と、我ながら可笑しなことを考えてしまう。
 朱の水を表面張力させたように光を零す山際。太陽が沈んだら、あの赤が零れてくるのではないかと毎日毎日見ているが、一度だって溢れ零れ出したことは無かった。あの赤が溢れて洪水を呼んだなら、私はどこかに流されていけるだろうか。ここではないどこかに行きたいと願うのに、こびりついたようにここから離れられない自分が恨めしい。誰か、力づくで連れて行ってくれないだろうか。
 最期の吐息のような細々とした木漏れ日が、一筋私の目の前を通り抜けて柱か何かの残骸に突き刺さっていた。何気なくその方へ視線を投げると、赤い光の指す先には、何かが刻まれていた。

「文字?」

 思わずその残骸の傍へ駆け寄る。しかしそこへ辿り着く頃には、光は完全に失われ、闇が辺りを覆い始めていた。文字がもう少しのところで読めない。手でなぞってみるが、それで文字がわかるほど深い凹凸は残っていなかった。それに私が指を走らせるたびに表面の木質が崩れてしまうほど。

「なんて書いてあるのかしら……」

 もう一度、それを傷めないように優しく指を乗せると、その辺りがほのかにあたたかかった。

 ――生きている――

 そう思って社の全貌を見上げようとしたが、やはり、すっかりと夜の外套に包まれたその姿を見ることは出来なかった。

「かえろ」

 幻想のときは終わり。現実に戻って、その園を背におとなしく家路に着いた。







 土曜日、私は地元の郷土資料館へ向かった。勿論あの社の事を調べるためだ。妹に来るか聞いてみたが、今日は野良猫の世話をする日なのだそうだ。
 鉄筋どころかモルタルですらない、ただの木を組み合わせただけのお粗末な建物が、この村の郷土資料館だ。あることは知っていたが、入ったことなど無い。そもそも観覧が出来るのか、人がいるのかも知らない。

 恐る恐る入り口らしき扉を押すと、大丈夫なのかというくらい建て付けの悪い扉が、ぎぎぎぎと悲鳴を上げながら開いた。

「ごめんください……」

 薄暗い。裸電球がてん、てん、とぶら下がっていた。窓から光は差しているが、部屋の中を照らすには至らないらしい。漂う空気はひんやりとして、頬を撫でられるたびに不思議な清涼感が問いかけてきた。いかにもな雰囲気に驚きながら、そのまま入ってしまっていいものかと辺りを見渡す。

「へえ。来客とは珍しい。……と思ったらこいつは驚いた。まさか君がこんなところに来るなんてな。」

 板張りの廊下の曲がり角。その向こうからにゅっと顔を出したのは、見慣れた数学の教師の顔だった。

「そういう先生こそ、なんでこんなところに?」
「いつも言ってるだろう、専攻は歴史だと。私はここの学芸員みたいなものだ。」

 その廊下をこちらへ向かい、そうか、良く見ればこれはカウンターなのかという台の向こうに立った。

「その、ちょっと調べものに」

 特に何かを聞かれたわけでもないのに、答えてしまった。

「見ての通り、おんぼろでな。それなりに貴重な物もあるんだが、如何せん保存状態がよくない。役に立てるかどうか分からないぞ。」
「学芸員なら、色々ご存知なんですよね」
「……まあな」

 学芸員なんて大層なもんじゃないが、と付け足す、いつもの表情。学校でのそれと同じだ。天職なんだな、と少し羨ましく思う。

「この村に、朽ちた大きな社があるのをご存知ですか?多分、神社だと思うんですが」

 私がそういうと、数学教師……今は歴史教師か……は口角を上げてこちらを見た。

「ああ。ああ、ああ。そういえば君の家はあの近くだったな。知っているよ。あるのは知っている。」
「あれは、ただの朽ちた神社なんですか?確かにこの村は過疎化が進んでますけど、神社が打ち捨てられるほどではないと思うんですが……。」
「もし捨てられたのであれば、そこにどんな理由があったのか。歴史的?政治的?宗教的?背景が気になる。そういうことかな?」
「そうです」

 正確にはそれがわかれば、何かに近づける気がしたからだ。理由も背景も、私にはどうでもいい。ただ、あの美しい生と死の境界が、あの園が、一体何故なのか。それを見た私の水を打ったような興奮が、一体何故なのか。燃えるような静謐が、一体何故なのか。それが分かればそれが分かると思ったから。

「いい目だな。私の授業もそんな目で聞いてくれれば嬉しいんだがな」

 苦笑いしながら、私の前の廊下を進んでいく。付いて来いということらしい。

「展覧目的の博物館ではないからね。見ていて面白いものはほとんど無い。大半が紙媒体の資料だ。地図。政令。天候記録。戸籍に鬼籍。風土記。誰が書いたのか分からない日記。本物かどうかも分からない古文書。どれもきちんと読めば面白いものだけどね。」

 廊下は一本真っ直ぐに伸び、そこから左右にドアが備わっていた。恐らくそれら一つ一つが資料室のようになっていて、歴史の化石が整然と並んでいるに違いない。
 教師はその中から一つの扉の前で、立ち止まった。

「その歴史は、この中だな」

 扉を開けると、予想通り。棚がずらりと並び、その棚には書物やら、箱やら、剥き出しの遺物やらが整列していた。

「この辺が、そうかな。あとは、これでいいか。」

 その中の二つを手に取り、奥の机へおいた。

「まあ、座れ。言いたいのはとても簡単なことだ。」

 促されるままに、明らかに学校から勝手に流用したであろう椅子を引き、腰掛けた。

「これが、大体二百年前の地図だと伝えられている。まだ政府も企業もまともな地図を作っていない頃だから、村の内部資料って所だろうな。君の言う神社があるのは、この辺り。」

 地図には、何も記されていない。社どころか、その頃はこの村がそこまで範囲を広げていないように見える。

「こっちはまあ、大体三十年位前の、公的な地図だ。それには、ほら、記してあるね。」

 小さく遺跡を示す記号が記入されている。神社のではない。ということは、二百年前~三十年前の間に建立されたのだろうか。

「あの朽ち方を見て、その程度の年代のものに見えるか?」
「この地図の不備では?」
「ま、それが自然だな。だが、その頃、ええと、いつだったかな。最新で言うと百二十年位前と伝わる地図までには、あの社は一切記入されていないんだ。ところが、政府が全国一斉に自治体で作らせた地図にはしっかり記してある。」

 私に見せるためだろうか、教師は地図をいくつか持ってきた。確かに言うとおり、一時期を堺に急に記入されている。だがその境目が妥当かというと、あの朽ち方から判断すると、建立の時期が明らかにおかしい。

「戦争」
「ここら辺一体は疎開を受け入れるくらいの場所だった。空襲も何も、無かったと伝わっている。」
「じゃあ、なんだと……」

 私が問うと、教師は広げていた全ての地図を閉じて、口を開いた。

「わからない。」
「期待させておいて。」
「期待は裏切ってないと思うがな。あの社が、全く普通の神社だったと、君は知りたかったのか?」

 確かにそうではない。あの不思議な感覚の理由を、知りたかったからだ。極普通の神社だったならば、そう、それでは説明が付かない。

「知っての通り、この村のお年寄りは口が堅い。何故か昔の事を多く語ろうとしない。」
「確かに、そう、ですね」
「この地図の境目に、何があったのか、知っているのかもしれないと聞いてみたこともあるが、誰も憶えていないという。」
「はあ」

 安っぽいミステリーの香りがしてきた。確かにテレビで見る秘境ミステリーのロケーションに比べると、この村は……もっと辺鄙だ。だが、だからと言って。

「村の人たちが、意図的に隠していたとでも仰るんですか?」
「一番楽に片付けるのであれば、そういう結果が望ましいな。そして面白い。」
「そう言えば。人も住んでいないのに何故あの辺りの地図まで作ってあったのか疑問ですね。」
「まさしく、そうだ。村の地図と国土地図を作るのには大きな差があるというのに、だ。」

 そういいながら、既に地図を片付けていた。几帳面な、この教師らしい。

「歴史と事実の食い違い。これこそが歴史の醍醐味じゃないか。人の手で細かく作られ、細かく削られ、細かく忘れられ。だのに大きな目で見ると、誰かが操作しているんじゃないかと思うくらい、恣意的に抜け、恣意的に歪み、恣意的に伝わっているようにしか見えない。」

 ふと、気になったことを口に出した。

「……妖怪」

「ふむ。いい着眼点かもしれない。越してきて浅いからかな、それに気づいたのは。」
「先生はこの感じ、わかりますか」
「生業だからな。一応アンテナは立てているつもりだよ。」

 妖怪。
 恐怖の対象。悪戯者。気紛れな授恵者。
 時と場合によって様々に捉えられ方は変わるが、いずれの場合も非日常的な有象無象の総称でしかない。
 私がそれに気付いたのは、この村に引っ越してきて、ふらふらと散策する位に慣れてからのことだった。
 あの社をはじめとして、妖怪を筆頭にする超常的な存在を感じる場所はいくつもあるが、逐一『妖怪』『物の怪』『あやかし』などという言葉が顔を出す。その出現頻度そのものもおかしいが、この村で『妖怪』というと、何かとても狭い範囲の群対象を指しているような気がするのだ。
 人に聞いてみたりもした。だが返ってくる妖怪の定義は、私の持つそれと一緒で、何ら変わりはないように説明される。
 だが私はどうしてもその違和感を拭いきれない。この村では『妖怪』と言う言葉が固有名詞のように捉えられている気がして。何匹か、何十匹か、何百匹か。そんな極狭い誰か達を指して使われている様な気がして。

「この村で『妖怪』と言うと何を指すんですか?」
「根底にあるものはおそらく同じなんだろうが、民族学的か宗教的な歴史の経緯でその言葉の体質が変化したんだろう。漠然とだが、幾つかの代表的な存在に対して、ある種の親しみを込めた言葉になっているようだな。『妖怪』といいつつ、西洋の妖精と同じような感じに。何らかの理由で存在感を極大にした一つもしくは少数の存在が『妖怪』の言葉を代表するようになったんじゃ無いだろうか。史跡や歴史に散見される言葉の使われ方から見ると、そういう気がする。これは本来の意味での『妖怪』から比べると相当変質した言葉になっている。」

 流石に、『歴史好きの数学教師』というだけはある。私がぼんやりと抱いていた疑問とその原因をずばりと言語化して明示してくれた。智頭を片付けながら先生はそこまで言って、そして私に向き直る。

「で、結局何が気になっていたんだったっけ」
「何を祀っていたのかとか、まあ、神社としての正体が。」
「そうか。資料には残っていない。現在に至っても名前も特に与えられていないようだし。私が以前調べたときは、固有名詞の一つすら見つからなかったよ。文字か文様の一つでも見つかれば、違うと思うんだが、如何せんありきたりなものしか見つからない。怪しいのは『妖怪』という言葉だが、印象の域を出ない。」

 文字。
 そうだ、あの文字を読み直さなければ。

「先生。私、そろそろ」
「そうか。役に立てたんだか立てなかったんだか分からんが。」
「十分です。有難うございます。」

 再び教師に連れられて、入り口へと戻る。そういえば、この資料館の中は、あの神社と同じように落ち着く。古臭い雰囲気がそうさせるのか。それとも狭苦しいのがそうさせるのか分からなかったが。

「有難うございました。それにしても、歴史の教師になった方がよろしいのではないですか?」
「お前が歴史を語るのは良くない、と言われていてな。まあ、こうして変わり者が現れると、つい語ってしまうんだが。」
「保険室の主ですか?」
「さてな。」

 良い休日を、と言って私を送り出した教師を背に、扉を開けて外に出る。じりじりと日差しが照り付けて来た。セミが命乞いをしていた。この建物の薄っぺらい木の板壁が、こんなにも夏らしさを遮るものかと、不思議だった。

「結界ね、まるで」







 夏の炎天下の中、ここに来るのは初めてだった。驚いたことに、日陰にいればさほど暑くない。それどころか涼しいくらい。樹木の陰と水分が、熱を和らげているらしい。揺れる木の葉がちらちらと陽光を散らし、廃れた社を斑に照らし出している。
 私は早速に、見失った文字を見に行った。
 当然その柱か何かの残骸に足が生えて動くはずも無く、それは先日と同じ場所に同じ有様でそこにあり、あっさりと見つかった。
 よくよく見ると、表面に赤い塗料の破片がところどころにこびりついている。それ以外の部分はただの朽ちた木目。鳥居のような佇まいの何かだったようだ。そして削り出すように、何かの文字が辛うじて読める。全貌ではなく、下半分のように思えた。更にその下の方は、また潰れて読めない。

「……『麗』、かしら……?」

 れい、れい、とその言葉を口の中で転がしてみる。何か、何かが一緒に出てきそうな。

「はく……れい」

 ハクレイ。
 その言葉が何を指すのかわからない。ただ、明確に意味を成す同じ発音の単語を知らないのに、何故かその言葉に違和感を感じなかった。

「ハクレイ。ハクレイって何?」

 自問してみるが答えは浮かばない。それでも何かもやもやとしたものが現れ、私の視界を逃れるように身を隠しているようだ。
 じわ。じわ。と。
 涼しいのに違いはないがさすがに日陰を出れば暑いものは暑い。
 『麗』の文字があるその場所にしゃがみ込んだまま、ハクレイを追いかける。黒いセーラー服は日差しを増幅して私を溶かす。
 どろ、どろ、どろ。
 意識が溶けた生ゴムのように混濁する。泥濘する。その奥底に何か凝り固まったものが見えてきたので、それを取ろうとして混濁した泉に手を突き入れるが、届かない。届かない。指の間をすり抜ける。それはきっととてつもなく大きいというのに。すり抜けてゆく。

「私、何を。何を思い出そうとしてるの」

 ぐにゃりと視界が歪む。急に血圧が上がり、呼吸が浅くなる。指先が冷えて言うことをきかなくなったと思うと、平衡感覚が薄らいでその場に膝を突いてしまう。口の中が乾き、舌が頬にぺりぺりと貼り付く。
 なんだ、これは。
 その何かをすくい取ろうとしたばかりに、手に余るものが私を突き破って這い出て来ようとしている。

 意識が、引きちぎられる……いや、引き寄せられる……?

 縋るように『麗』の文字に掌を当てる。その文字に、誰かに救いを求めるように。しかし息苦しさに爪を立ててしまうと、朽ちた木質は脆く崩れた。文字の周りに深々と爪痕が穿たれる。
 貧血、にしては動悸が激しい。不整脈、にしては向精神苦が大きい。絶え間なく襲いかかる不快感と息苦しさに耐えていると、不意に背後から気配が。そうすることに意味があるかは分からなかったが、自由を失いかけている体に鞭を打って私はその方へ振り返った。が、誰もいない。そうして振り返っているその後ろの正面に。

「!?」

 絶対に誰かがいる。目には映っていないが傘を差した人の型のシルエットが私を覆い隠すように陽光に象られていた。
 倒れ込むよう元の方へ向き直ると、一瞬、長い金髪をなびかせてドレスのような衣裳をまとい、日傘を差した人の姿。が、眩しい逆光に一度瞬きをすると、次の瞬間にはそこには誰もいなかった。

「今のは……」

 知っていた、その姿を。だが懐かしいとは思わない。どういう感覚なのか、よくわからない。視覚が捉えた映像を、さてどう判断すべきかと悟性が悠長に演算をしている間に、ずれた焦点がようやく元に戻り、息も整ってきた。気が付くと、私は『麗』の文字に手を必死に押し当てていることに気付く。その文字に、ハクレイという言葉に、一体何が詰め込まれているのだろう。
 貧血と幻覚。無関係とは思えないタイミングだが時間的近似性以外に接点を見出せないのも事実だった。

「か、かえろ」

 そもそも超常的な何かを、半ば面白半分で期待していた節はあったが、直面し、対峙してみると恐ろしさが先行した。十分も歩けば人里、午後とはいえ日はまだ高い内から、こんな不自然な出来事に遭遇するなどと。とつぜんの体調不良に加えて、幻視なんて。
 もう、ここには来ない方がいいかも知れない。
 そう思いながらよろよろと立ち上がると。

「な、にこれ……」

 その判断は遅すぎた。
 いつもそうだ。周りからありきたりに月並みに、陳腐に安易に、天才、などと言われるこの頭は、肝心なときにろくな判断をしない。今だってそうだ。なんでこんなことに首をつっこんだんだ。妹と一緒に猫と戯れていれば、こんなことには、こんな所には連れてこられなかっただろう。
 こんなところ。
 すなわち、どこか別の世界。
 死がざわめいていた。半分側で。生が蠢いていた。半分側で。一帯の光が、豊穣な死を照らして消し去るために片方側に集まり、逃げた闇が、弱々しい生を貪るために片方側に集まっている。
 社がちょうど左右に分けた中央辺りに強烈な光の帯をまとって境界を成し、その左右で偉容を豹変させていた。死の集積する片方側の姿は美麗。荘厳な社の出で立ちはそれが威厳ある神格の威光を受けたものだと謳っていた。生が鬱積する片方の側には退廃。みすぼらしい社の出で立ちはそれが忘れ去られた何かを追悼もできないでいる様を嘆いていた。
 元々朽ちていたとはいえ、こんな巨大な切れ目も、光の漏れ出す亀裂もなかった。社だけではない。辺りの空間全体が、その境界に囚われて分離している。
 喰われた。
 まさしくそう思った。
 同じものが置いてあるだけの、ここは異世界。この世界に私は飲み込まれたのだ。

「歪だわ」

 半分に分かれた概念は、それぞれが見事にミスマッチだった。熱い氷と冷たい炎。そんな風に、歪。
 でも、これは、これこそが私が住みたかった世界。創りたかった世界。そうか、この世界は生きていて、時として私のような歪な人間を喰らうのか。そう思った瞬間。

 『反転』した。

「ふふ」

 何故にこぼれた笑みだったのか。希う世界へ来られたことか。怖いもの見たさに後悔する自嘲か。それとも気が触れたか。そのどれでも良かった。今の私は最高に

「気持ちいい……」

 最高の世界に抱かれて、私は至福、というよりも恍惚へ至った。先程までの戦慄など向こうの世界に置いてきたらしい。
 踏みしめる骨の破片が、吹きすさぶ疫病風が、網膜に焼き付く血の川が。地を埋める豊かな土壌が、頬を撫でる草いきれが、瞳に映る清流が。全てが私の五感に粘性の高い快感を流し込んでくる。
 この社は封印だったのか。いや、捕食のための口か。どちらであったとしても最早出ることは叶わないだろう。……と、思ってしまうのは、この空間が余りに居心地がよいから。出たくなんてないから。こうして喰らった獲物を取り込んでゆくらしい。

「いいわ。どうせここから出す気なんて、無いのでしょう?」

 誰に向けられた言葉でもない。聞いているのは自分だけだろう。私は妖しげに眩い光を放ち続ける社へと向かう。向こう側では気になりながらも結局開けなかった奥の扉。見ればその合わせから漏れ出すように光は生まれているではないか。朽ちた側に財宝が盛られ、清い側は見事なまでに空虚な賽銭箱を乗り越えて堂を進み、その扉へと手を伸ばす。
 その扉に触れた瞬間、イメージが膨らんで爆ぜた。イメージとは、イメージだ。何も表さず、しかし全てを表すイメージ。頭の中で吹き荒れてその外側を引っ掻き傷つけ、暴れ回っている。

「あ、あああ、あああああああああああああああああ!!」

 映像。音声。五感。一瞬。発生。膨張。爆発。連続。
 『麗』の文字に触れたときと同じだった。違うのは、今度は明確に『博麗』という記号が浮かび上がったこと。わき上がるヴィジョンが余りに強烈で、現実と紐付けが出来ないこと。
 さっき『麗』にそうしたように、無意識の内に、その中に救いを求めて扉を押し広げた。

 がたん!

 自分でも驚くほどの音を立てて扉は左右に開いた。そしてその中にあったのは外の騒がしさとは対称的なまでの、凍ったまま動かない、貼り付いて剥がれない、静寂。仄暗い板間は、自分が知るよりも遙かに広大な面積を広げている。

 誰かがこの奥で私を呼んでいる。

 一度だけ、だが自分の名前だからこそ聞き逃さない。とても聞き覚えのある声だが妹のものでも親のものでもない。これが、私を喰らう最後の仕掛けか。

 ……ならば敢えて進もう。

 学校のそれよりも遙かに古い筈なのに、僅かな光さえ反射する程に磨かれた板張りの床。一歩踏み出すと、しかしぐにゃりとひしゃげた。崩れたのではない。その床は生肉のようにぬるりと柔らかかったのだ。少し湿っている。
 水平方向には何も見えなかった。恐ろしく広い。後ろを振り返るが、扉は消え、ただ永遠に広い板間に放り出されている。
 一歩、一歩と宛もないのに導かれるように歩みを進める毎、変化は訪れた。むず痒く、いずい。煩わしくて、うるさい。疼きに耐えかねるように、私は腕時計を外した。靴を脱いだ。スカーフを棄てた。靴下も放った。体にまとうもの全てが邪魔とさえ思える開放感に、戦慄すら覚える。粟立つ肌は、法悦のそれに似ている。
 脳内をからからと鳴らして転げ回る記号の群は健在で、けたたましく私にイメージを浴びせ続けていた。それは徐々に、徐々に。水底に沈んだ遺跡がせり上がって水面に顔を出すように、徐々に、その正体が見え始めた。

 私は、ここを、この神社を知っている。

 嘗て大切にしていたものがそこにあるような気がした。
 新しいものを見る目から、知っているものを探す目に切り替わった瞬間。
 胸の奥にもう一つ顔が出来てそいつはげらげら笑っている。掌が六本に分かれてそれぞれが跳ね回る。空気はぽんぽんと破裂しながら穴という穴から私に入り込んで私を笑い転げさせるのだ。瞳の中に真珠が出来上がって頭に上り、大脳皮質の皺でスマートボールを始めた。奥歯が勝手に歌い出している。
 狂ってる。この飛翔感は、狂ってる。そう思いながらも踊り狂う感覚を制御できない。

 楽しい。楽しい、楽しい楽しい。
 気持ちいい。気持ちいい、気持ちいい気持ちいい。
 くるくる狂う、来る、来る。

 セルロイドの境界の内側をざりざり引っかき回すイメージが、ついに現実の記号を結び始めた。取り餅にむしり取られる不可抗力で、否応なく連れてこられた記号が言葉に変容して口をついた。

 れいむどこにいるのどうせひまなんでしょう

 脳内に沸き上がった言葉の中に見知らぬ単語が一つ混じっていた。
 レイム、とはなんだ。いや、誰だ。

 今度ははっきりと自分の意志で言葉が出来上がった。その二つは結びつけられるべき言葉だと、何かが訴えかけてきたのだ。
 ハクレイレイム!そう、それよ!それは何?それは誰?

 不意に気配を感じて背後を振り返ると、今まではなかった筈の、祭壇のようなものがあった。ぼんやりと光を湛え、その中心に何かが背中を向けて座っている。その肩は不規則に揺れていた。
 あれが、ハクレイだろうか。だとするとあの社はこれを祀る神社だったということだろうか。

「あなたが、祀られた者?嘗て崇められ、今や忘れられた、神?」
「維持、修復、補強、壊させない、壊させない、維持、維持、補強」

 答えはない。
 言葉遣いは女性。しかし声は。大凡人間とは思えないものだった。低いのに耳を引っ掻き、小さいのに妙に響く。軸が複数以上あり、喋る度に何人かの混声のように聞こえた。そして何より私と会話などしていなかった。抑揚のない声を響かせながら、その背中はかくかくと揺れる。

「あ、あ、壊さないで。壊れてしまう……」

 丸めていた背が伸びて立ち上がるのかと思うと、腕が。
 二の腕の長さが上半身の二倍はある。腕を伸ばすと昆虫の脚を思わせるフォルム。そんな腕を二本伸ばし、腕で体を引きずる。脚は魚のヒレのように一本になっており歩くことなど出来そうにない。後ろから見る後頭部と上半身は人間のもののようにも見えるが、総体としてそれは。

(ばけ、もの……)

 それはとうてい神になど見えない。
 ぺたぺたと腕を床につき、その体を引きずってどこかへ進んで行く。柔らかい床に、ひょろながい腕を伸ばし、滑る下半身と黒髪を摺っている。
 ずる。ずる、ずる。
 祭壇からずりずり這いずって遠くへ至ると長い腕を天井へ掲げてなにやらぶつぶつと呟いていた。あれは……祝詞?
 あんな姿の化け物が上げる祝詞なんて、呪われているに違いない。私は耳を塞いで、しかしその異様な存在が奇妙な動きで天井に手を伸ばして蠢いている様から目を離せなかった。
 見ると天井の片隅に、天井を塗り潰す漆黒に比べると幾分か色の薄い部分があった。そこからじわりじわり、そしてぽたりと赤い滴がしたたっている。
 ききききき、と音でも立てそうな歪な動き。生々しい生き物が見せる、歯車の折れたブリキ人形の動きには、言葉に出来ない不気味さがあった。祝詞を上げながら、何かを祈るように薄くなった闇に向かって何かの動作をしている。
 ぴたり。
 そしてファインダーが切り取ったようにそいつの動きが止まり、やがて祭壇の方へ戻って行く。が、逆方向へ戻るのに体の方向は変わっていない。不気味なことに、その動きはそいつがそこに行くまでの動きを、そのまま逆回しにした様な動き。引きずっていた筈の尾びれも髪も、進行方向へ伸びているのだ。
 天井の闇が薄くなっている部分は、真っ黒く塗り潰されていた。赤い水も止まっている。

(なによ、これ。気味が悪い。)

 祭壇の中心に戻った紅白の化け物は、肩で荒い息をしていた。ぜろぜろぜろ、と水気を含んだ息遣い。やがて魚と生卵が腐った臭いが流れてきて、鼻孔を犯し始めた。奴の体臭だろうか。
 これが私の望んでいた世界の柱だと言うのか。こんな、不気味な、ものが。それを最適な言葉を、私は知っている。

 即ち、『妖怪』。

「ゆかり、ゆかり、私、待ってるから。私一人でも、ここを守るから」

 呻くような、妖怪の声。だが紡がれた言葉は、切なく泣いているよう。何かと思ったが、その様子を見るに私に向けられた言葉ではないようだった。依然、肩を震わせて祭壇の中にいる。
 奴には私の姿が見えていないのだろうか。背後にいるからとて気付いていないわけでもないだろうに。それとも餌のことなど気にも留めないか。
 だが、未だ頭の中を渦巻く、プリミティブな記号の断片は何だ。頭蓋の中でぶよぶよと収縮して互いに吸着離別を繰り返し、それでも言語化できないこの意味は何だ。本能よりも浅く、記憶よりも深い場所を漂うそれは、何だ、何だ。何だ。
 あの祭壇を見ていると、いや、祭壇の真ん中にいる妖怪を見ていると、その動きが活性化する。もう少しで、もう少しで形を成すというのに寸でのところで霧散して、それは認識の網をすり抜けるのだ。
 頭が怠い。他のどの部分の感覚も鋭敏化し、道の場所に飛ばされた今を、五感を全開にして受け止めようとしているのに、頭だけが酷く気怠い。吐き気というほどのものでも無い吐き気、頭痛というほどでも無い頭痛、違和感というほどでも無い違和感。そんなもどかしい感じ。記憶というほどでもない記憶。

 記憶?
 私、知っている?

「……ハクレイレイム」

 先ほど頭に浮かんだ一つの単語を、ポツリと実際に声に出す。
 瞬間。扉の外で洪水を起こしたイメージの爆発の破片が、急速に集まり始めた。重く垂れ下がろうとしていた頭が急にクリアに、いや、気持ちの悪いほど鮮明に。意味を持たなかったイメージ達が、時間と空間に展開されて意味を得る。まるでパズルのピースの裏に磁石がついているように、それらは在るべき場所へ吸い込まれるように収まってゆく。
 知っている。私は、この世界を、この場所を、そして、あの妖怪を。

 博麗霊夢を。







「えっ」

 その日、予てより考えていたことを、霊夢に話すことにした。

「来るもの拒まず。そう設定した私が甘かったわ。妖怪達と、それを受け入れられる人間のための世界だったはずなのに、何でもかんでも入ってきて、妖精、魔法使い、悪魔、幻獣、神の果てまで住み着くようになった。例外と特例を設け、解釈の変更によって何とか辻褄を合わせてきたけれど、中で起こっている混乱は如何ともし難い。限界なのよ、幻想郷が。」

 八雲と博麗。この幻想郷を幻想郷として形成すための存在。幻想郷を作り出した者。いまその二者の間で話し合われているのは。

 幻想郷の破棄。

「正直、予感はあったのよ。いつ紫が口に出してくるか、待ってた部分もある。」
「だったら話は早いわ。私は近い内にこの世界を閉じるつもり。霊夢、一緒に、幻想を出ましょう。二人で、幻想郷の外で新しい人生を。その後で新しい幻想郷を作り直したっていい。」
「私の考えが正しいのなら、幻想郷と外との境界を越えるとき、記憶と名前の一部を失うわ。それでも一緒でいられるのかしら」
「そうよ。恐らくその通り。だから、離れないように……」

 私は、霊夢を、抱き寄せた。

 きっと、私と霊夢の線は、博麗大結界程度で揺らぐような細く弱いものではなかったと思う。きっと、外の世界に出た後も再びであって、同じように愛し合えると。

 でも、私が幻想郷を閉じるそのとき。

「霊夢!?どうして?」
「ごめんなさい。私、やっぱり怖い。紫と出会って、紫と時間を重ねて、紫と愛し合った時間と場所と記憶は、やっぱりここにあるの。それを失うかもしれない恐怖に、勝てなかった。」
「そんなもの、また外で取り戻せばいいわ!」

 穿たれた結界の抜け道は、もう、閉じられようとしていた。一緒に幻想郷を出る約束をしていたのに、私は外に、霊夢は、まだ内側にいた。

「私、ここで待ってる。一人でも幻想郷と博麗結界を守って、ここで紫を待っているわ。ずっと、ずっと、向うでも私のことを紫が思い出して迎えに来てくれるまで」
「霊夢!」
「じゃあ、ね」

 霊夢は、泣いていた。







「約束通り、迎えに着たわ、霊夢。」

 私は全てを思い出した。もう、迷うことはない。

 私が思い出したことを察した霊夢が、体をこちらへ向けた。顔を俯けたままいるのは、恐らく醜く変わってしまった顔を見られたくまいと思ってのことだろう。

「やっぱり私一人で維持することは出来なかったわ。見て、このグロテスクな世界を。色々のものの意味が溶け合って、あらゆるものの境界が曖昧になってしまって。形なんてあって無いようなもの。そして、私も。一人で結界を維持するのに、体が変質してしまった」

 そんな姿になっても、私には霊夢が笑っているのがわかった。それも、悲しい笑みだ。

「貴方と一緒に、前に向かって歩き出せなかった弱い私に課せられた、宿命なのね、きっと。ぬるい過去と思い出にどっぷりと浸かって、私はこれからもここから動けずにこの世界とともに溶け合って、私はきっとここで死ぬわ。」

 人間ではなく、ましてや妖怪ではない。無理な負荷に耐えかね、今やバグだらけのシステムとなった霊夢に、肉体的な死は訪れることは無いだろう。霊夢という存在は、必死に修復を繰り返しても崩れ朽ちてゆくこの世界とともに、干満に消滅するのだ。

「折角迎えに来てもらったけれど、この通り。私はここを離れることが出来ない。この壊れた世界から。だからやっぱり、紫は、紫の望んだ世界で、望んだ生き方をして。貴方を拒んだ私には、もう、それを祈ることしか出来ない。少しの間だけ、『あっち』との扉を開けられるから、紫は紫の帰る場所へ帰って。」

 ふと後ろに視線をやると、私がここに入ってきたときのものと同じ扉があった。その扉が、小さく、私が通れる程度に開いていた。

「さあ、紫。」

 霊夢は私を促す。

「霊夢。あっちの世界はね。時間の流れがとても速くて、生きるだけで精一杯なの。何かを深く考えたり、何かをじっくりやったり、そういう暇が無いくらいに時間の流れが速くて、何もかもが不満足になってしまう、それくらい時間の流れが速いの。でも、だからこそ皆が必死に生きているわ。考えるべきことを見極めて考え、やるべきことを見抜いてやり、よりよく生きるために、その短い時間を必死に、必死に生きている。誰も彼もがそうだから、皆、お互いに認め合ったり、刺激し合ったり、とても素敵な世界よ。」

 私は扉に手をかけた。

「それでも」

 そして、その扉を、くぐることなく、閉じた。

「紫、なん、で……帰れなく……」
「霊夢のいない世界は灰色だった。冷たくて、硬くて、無音で、詰まらない世界だった。そんな世界で生きている意味は、無いわ。」

 扉が姿を消す。
 私はそれを気に留めずに、霊夢へ向き合った。

「もう一度、この世界でやり直させて。今度は、きっと、巧くやるわ。霊夢、貴方と一緒に、貴方のいる場所で、貴方のいる世界を作りたい。それこそが、私が本当に望んだ世界。」

 私は、久しぶりに『力』を使った。記憶の奥底に封印していたそれを使い、霊夢の姿にまつわる人妖の境界を操作して霊夢を人間らしい姿へ遷移させる。
 人の姿を取り戻した霊夢は、泣いていた。笑いながら、泣いていた。ぼろぼろと大粒の涙を溢れさせて、声を上げずに泣きながら、確かに、笑っていた。
 私はその肩を寄せて、抱きしめる。私より少しだけ小さい彼女の背に手を回して、私はここに、霊夢もここに、二人ともここにいると互いに知らしめ合うように、抱きしめた。







「長かったなあ。もう二度と、ないって諦めてた。」

 しみじみ、というにはあっさりした口調で、霊夢は私を待ち続けた時間の長さを吐いた。ふふ、と少し自重を混ぜた笑いを浮かべて、私を見ているその瞳の黒さに、ああ、待たせていたその長い間も、きちんと生きていたんだなと、愛おしさが沸く。

「恨んでる?」
「まさか。紫こそ、怒ってるんじゃないかって。あんな風に、別れて。」
「そんなことないわよ」

 不謹慎とか。安っぽいとか。はっ。笑わば笑え。再開を果たせばそれかと笑わば笑え。それでも私は霊夢を抱きたいし、霊夢に抱かれたいのだ。それに、霊夢もそう思ってくれている。

「私も人間じゃなくなっちゃった。でも、今はちょっとそれが嬉しい。」
「下手をすると私より長生きするわね」
「ただの人間として幻想郷を出ていたら、妖怪としての現存在を捨てた紫と一緒にただの人間になれていたのかしら。」
「多分ね」

 ああ、それはそれでやっぱり良かったのかな、なんて口に出して笑っている霊夢。
 彼女は元々幻想郷のシステムに違いはなかったが、その容れ物は人間で、機能面を残して次々に入れ替わる存在だった。代々変わる『博麗霊夢』だが、なぜこの霊夢にだけ強烈に心が惹かれたのか、わからない。
 頭のよさを取り沙汰されることが多い私だが、そんなこと。本当に大切なことなど、私には何もわかっていないのだ。『嫌いになるには理由がある。でも好きになるのに理由なんてない。』なんてくさい台詞も、でもそれも真理だと今なら思える。

「姿だけは人間に戻してもらったけど」
「ん?」
「少しは成長したと思わない?」

 さらしを解きながら言う霊夢。ただ、その視線はそっぽ向いており、頬が赤く染まっていた。何が可愛いって、つまりこういうところ。別につんとする訳ではないけれど、どこか素直じゃないというか強がっているような捻くれているような。そんな霊夢も、二人っきりになるととても可愛らしいところを見せる。
 あんたなんて、隠したところで隙間から全部見ちゃうでしょ、なんて言いながら。ええ、霊夢のことなら何だって知りたいと思う。

「少しは、ね」
「むう。」

 そう言って私も胸をはだけてやると、霊夢は、さすがにかてないなあ、と口をとんがらせながら抱きついてきた。その霊夢が耳元で、小さく呟いた。

「よかった。また紫のあったかさ、感じられて。よかった。」
「霊夢……」

 私も霊夢と再会出来てよかった、とはしかし、照れくさくて言えなかった。その代りに口づけると、彼女もそれに応えてくれた。
 唇で唇をはさみ、その柔らかさを堪能してから、舌を割り入れる。遠慮がちに口を開いて私を受けてくれるその歯を、舌でなぞると、すこし、切ない声が漏れた。前歯の切っ先を撫でて、可愛く尖る犬歯の先へ。その形を舌で記録するように執拗に包んで唾液を交える。そのまま奥歯まで進み、臼歯の凹みを楽しむ頃には、彼女の舌にすっかり仕返しされていた。そうして交わる互いの舌。唾液。その滑りと吐息。愛おしさ。
 背に回した指を滑らせて、背骨の筋を象る。ぶる、と彼女の背筋が反って震えた。

「霊夢ってば、相変わらず全身が性感帯なのね」
「そ、そんなことないわよ」

 否定する側からその耳たぶを甘噛みして唾液を耳へ塗してやると、可愛い声を上げて体中の関節が砕けて崩れた。

「んあ、や、みみ、だめっ……ぇ……ん」

 とろんと潤んで垂れた瞳。熱っぽく浮かされた頬。そこにキスの雨を降らせて、可愛がる。彼女が待ち続けた空白の時間を、埋めてあげたい。指と指を絡めて、そこから思いを伝えるようにつよく、つよく握り締める。

「ゆか、り、好き、好き、好き。ずっと一緒にいたい。もう離れたくないよ。」

 それが、彼女の本当、だったのだろう。ぽろぽろと玉の涙を零し、しかめた眉と上ずった声のまま笑っていた。切ない、切ない、その表情は、私の心臓を貫いて、脳を鷲掴んでいる。

「霊夢、私も」

 彼女の瞼に唇を寄せ、目頭から目尻にかけて舌を這わせてその涙を飲み干す。長い睫の一本一本がわかるくらいに丁寧にその眼を舌で拭ってあげた。
 しょっぱい。
 彼女の海は、酷く塩辛く、悲しい味がした。
 そして、ほんの少し、甘い。

「全部、脱いでしまいましょう?」

 私が促すと、小さく、こく、と頷いて私の下着に手を伸ばしてきた。ならと私も霊夢の下着に手を伸ばす。白く清潔感のあるそれは薄く、濡れることでその下にあるものの姿を透かして映し出していた。とても、淫靡。

「紫の体って、えっちで、好き」
「んもう」

 彼女は私の胸に顔を埋めて悪戯っぽく笑う。その黒髪を梳いてやると、猫のように目を細めて私にしなだれかかってきた。ごろごろと喉でも鳴らしそうな様子で私の肌に頬を摺り合わせてくる。私は太腿を彼女の股の間に割り込ませ、その付け根に押しつける。

「んあっ」

 くち、と音が鳴りそうなほど粘性の高い湿り気が、太腿から伝わってきた。彼女は目を逸らしたまま私の胸の中で小さくなっている。変わらない。あの頃のまま変わらず、そのままの、私の霊夢だ。

「かわい、霊夢。」

 霊夢を抱き寄せ、耳たぶに舌を這わせながら呟いてやる。そして彼女の腋に、指を進める。

「ゆ、ゆかり、そこぉ」
「ふふ、本当に私との時間を守っていてくれたのね。異形になり果てた後も、ここの処理は……」
「だ、だって、紫が、そうしろってぇ」

 霊夢のこんな甘ったるい声を、私以外の誰が知っているだろう。それだけでもむらむら来るというのに、この子ときたら。

「嬉しいわ、ちゃんと、ね」

 私が指を忍ばせたそこは、びっしりと毛が生えたまま処理されず、しっとりとした湿り気に支配されていた。その奥を人差し指と中指でこそいでやると、霊夢は顔を真っ赤にして頭の上に腕を上げ、両の手で肘を掴むポーズをとる。むわっ、と鼻を突く臭いが漂った。

「何年手入れしないでいたの?」
「わ、わからないわよう」

 目を合わせてくれない。女として羞恥この上ない有様を晒す彼女の腋を、だが私は宝石のように愛でる。びっしりと乱雑に腋毛の茂る園に指を這わせてその奥を掻き混ぜてやると、霊夢の背筋がぴんと反ってぞくぞくと震えた。

「相変わらずね」
「ンうっ、あ、はァん」
「私も……」

 さりさりと音を立てる腋毛を弄ぶだけで霊夢は甘い声を上げ、奥の肌に爪先を潜らせると、その倒錯した快感に咽いだ。
 昔のまま変わらぬ彼女の様子に満足して、私はその林に鼻先を突っ込んだ。むせ返る恥臭が、私の鼻孔を強烈に犯す。鼻を通って後頭部の辺りをどろりと溶かし、そのまま脳味噌全体と肺に広がってゆく。

「霊夢の、ワキガっ……いいにおい、嗅いでるだけで、かんじ、るうっ」

 一嗅ぎで脳髄がとろけた私は、そのまま夢中で霊夢の腋を貪る。中毒性のある臭いを常に吸引しながら、腋毛の束を口に含んで、その風味が口に広がるのを楽しむ。縮れたそれを舌でなぞって存在を認識する度、私の陰部がじっとりと濡れて口を開いてゆくのがわかった。

「や、わ、きぃっ!手入れも処理もしてない汚い腋っ!紫に犯されちゃってる、食べられちゃってるのぉ!」
「んぶ、ちゅ、霊夢の臭い腋、いいっ!伸び放題の腋毛、かわいいわっ!ん、ちゅうううっ!」
「んほぉおおおあああん!らめ、腋に舌いれるの、だめへえっ!不潔な腋、ワキガぷんぷん匂う腋、きもちひぃっ!」

 くくっと白い喉が反り、背筋を震わせる霊夢。それでも頭の上で組んだ腕を解かずに、もっともっとと腋を晒してとろけきった嬌声を上げていた。私自身も、霊夢のワキガを嗅いで解れて涎を垂らし放題になったヴァギナに一気に四本の指を突き入れてオナニーに耽っていた。
 霊夢の腋の臭いは、私の理性を一瞬で腐敗させて、私を色狂いの雌に堕としてしまう。それも強烈に劣情が高まって、他の何者にも代え難い性感が高波となって私を押し流す。もう、これじゃないと、イけない。
 私の蜜壷は、その臭いに催淫されて指を受け入れ、ぐぼぐぼと下品に空気が混じる水音を響かせて快感を叫んでいた。

「へァぁ……霊夢のワキガおかじゅにして、オナってる、私、くしゃいわきの臭いで感じる変態、へんたひぃっ!こんなので、まんこぐじゅぐじゅになってびんびん感じちゃうのおおおっ!!」
「腋、わきまんこ、本物のまんこより感じるのっ!紫にクンニされひぇ、わきまんこかんじしゅぎるううううっ!きもひい、きもちいひ、ワキガ嗅がれて恥ずかしいのも、腋毛ぼーぼーになってるとこ見られて恥ずかしいのも、紫ならきもちいっ!!はみ出た腋毛食べられて、わきまんこの奥、唾液だらけでべとべとにされるのも、ぜんびゅ、ぜんぶきもひいのお!」

 叫ぶ霊夢の顔は、とても女の子の、いや、人のするものではなかった。唾液と涙と鼻水でべとべとに塗れ、焦点の合わない瞳をふらふらと漂わせながら、だらしなく口からベロをはみ出していた。そして、私もそんな下品な顔をしながら、霊夢のワキガに酔いしれていた。

「霊夢、私っ、そろそ、ろ……っ」

 限界が近い。お腹の下がきゅっと締まって、熱を孕み始める。四本の指に絡まる淫液が白く濁り始め、頭の中が絶頂のイメージを掴んで離さない。そればかりが脳内で増幅して、それを求める余りに霊夢のワキガを更に吸い込んで、陰部へ突き入れる指の動きは更に加速する。霊夢の腋の奥、少しの塩味と刺激のあるそこを、ひたすらに嘗め尽くし、その匂いと味に没頭し、そしてそれは、淫らに、高く、深く、大きく、揺れる、絶頂へ。

「いひぃいいあ!わき、わきまんこ、わきまんこ嘗められるの、もう、もうだめ、イっちゃう!わきまんこアクメしちゃう!ワキアクメ来る、くりゅくりゅのおおおっ!」

 そして二つの終わりは、一つに収束する。

「「いっちゃううううっ!」」

 世界中に届くかと思うくらいの声、それも人としての尊厳を捨て、ただただ性感に堕した者の歪な嬌声が、響いた。
 霊夢の割れ目がぴぴっ、と白い液体を飛ばし、太腿と背筋をびくびくと痙攣させている。
私のまんこも指でぐちゃぐちゃにかき回されてはみ出した陰唇まで、がどろどろと淫液で濡れている。思い切り突き入れた指のせいでぱっくりと割れたその中、愛液の淫らな糸が交差するその奥に子宮の入り口が見えるほど。
 法悦の果てに放り出された私と霊夢は、折り重なったまま荒い息を上げている。霊夢は未だに腕を頭の腕で組んだ姿勢。私は腋に顔を突っ込んで、口の端から霊夢の腋毛をはみ出させたまま。

「きもち、よかったょぉ」
「ええ、わた、しも」

 倒錯したセックスの余韻に、二人、しばし揺られ、漂っていた。



「ごめんなさい」
「えっ」

 互私と彼女の距離は拳一つ分がいい、っていう、あの距離で、霊夢は私に向かって謝る。私には何のことだかわからない。というかまだ思い出していないことがあるのかと思うと、それすらも脆弱だ。
 だが私の憂いを否定するように、違う、私のこと、と呟いてから言葉をつなげた。

「私、紫を信じられなかった。幻想郷と外の世界の境界で、記憶を全て失っても繋がっていられると信じる強さがなかった。」
「霊夢、それはもう……。それに私だって、貴方がここを守り続けていなければ忘れていたかも知れない。今になって振り返れば、藍や橙、それに他の幻想郷の住人が、私がいた世界に私と同じように暮らしていた。でも、それを妹だと思ったり自分の教師だと思ったり、結局何一つ思い出さなかったわ。結局私は、貴方のことを忘れていたのよ。……情けない。」
「でも。実際に記憶を取り戻せなかったとしても、それはそれでよかったと思うわ。私が、紫を、いとおしい人を、その繋がりを最後まで信じ抜いたという、その事実と経験は、得ることが出来たはず。それは私の宗教にだってなる真実だというのに、それが出来なかった。それが悔しくて、悲しくて、自分が情けなくて、歯がゆくて、だから私はせめて紫との歴史を思い出を、妖怪になり果ててすら守ろうと思った。それは、私の贖罪のつもりだったの。でも紫の中にはしっかり私の時間と想いが堆積していた。だから、ここにまた、来れたのよ、きっと。」

 そこまで一気に、胸の中のわだかまりを排出するように吐露し、だから、ごめんなさい、と小さくしめた。
 私はその言葉一つ一つにキスをして抱きしめたくなったが、だが内容一つ一つに答えようとは思わなかった。霊夢が待っているのは、ただ一つの言葉だと思ったから。

「待たせちゃったわね。ただいま、霊夢。」
「おかえりなさい、紫。」

 満面の笑み。こんなに屈託のない眩しい笑顔を、私は見たことがない。
 私は、満足していた。
 外も内も、全て見知った後で、再びここで霊夢と一緒にやり直せる可能性が得られた。
 それだけで、十分だった。
 板張りの床は、二人が元に戻ってもまだグロテスクに滑ったままだ。私がメンテナンスを放棄したせいで、幻想郷に住人はいない。その姿も意味を成さぬ程に溶け合い、正に混沌。そう、その世界をやり直すのだ。
 もう、私が望んだ世界の姿は決まっている。後はその姿になるように用心深く天の沼矛でかき混ぜて結界で区切るだけ。彼女と二人でなら、その結果出来上がるのがどんな世界だろうと、後悔はないだろう。
 もう、外の世界に焦がれることはない。
 あの心地のよい園に焦がれることは。

この記事へのコメント

後半ねt・・・
とても楽しませてもらいました!
特に前半はオもろかったです
  • [2009/06/15 16:28]
  • URL |
  • バッッッイロン(bairon)
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

おあ
blogの文章カテゴリにコメントいただいたの初めてなんじゃないだろうか。

>後半ねt・・・
ねたですが、こういう趣向なものでw
腋と言えばここまでやらないと腋とはいえないだろうと。
ここまで愛せてこそ腋フェチ。
ていうか匂いですかねw

>とても楽しませてもらいました!
>特に前半はオもろかったです
有難うございます。
幻想の外ネタは一度書いてみたかったんですよ。
そもそもセカイ系とか厨二が大好きなので。



東方夜伽話にも記していないネタバレ?を一つ。

このSSは
サークル「AlstromeliaRecords」のアレンジ曲
「NecroFantasia」
の歌詞から
敢えて桜の姿を払拭して、
ゆゆゆか色を消したところから
インスピレーションを得ました。

まあそんだけです。

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