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【WEB】引用と自分の言葉と自己証明とtwitter

■前置き
当然twitterを使っている人からすれば
先週今週の週刊ポストの記事は
「叩かれている」と言う印象になるのだろう。

記事は読んでいないし、
正直週刊誌が何を言っていようと気にならないので
読むつもりもないのですが
見出しの中に一行だけ気になったものがあった。

「リツィート信者が社会を歪める」
だかなんだか。

別にこの記事には触れません。
単純に自分の中のもやもやに対して
メスを入れようと思ったきっかけとして
この記事の見出しがあると言うだけです。

あと、別にこれを読んでこうしろなんていうつもりはありません。
世迷言カテゴリは全部そうですが

自分の天邪鬼な部分を露出するだけの
グロテスクなカテゴリです。

ご了承くださる人だけお読み下さい。



■インターネットの最近と私の最近
WEBサービスがどんどん便利になってく昨今ですが
それにしたがって
「情報収集」が容易になっていきます。

人並みの知識にいたるまでの情報であれば
インターネットを使えば
誰でも簡単に入手できるようになりましたねえ。


そして手軽ゆえに
私自身かなりこういう使い方をする。
それは、
欲しい情報を得るためではなく

自分と同じ考え、主張、をしている人が
世界にどの程度いるのかを数量的に推し量る手段。
としての使用。

自分のことであるが故に
ある程度の自制を設けなければいけないなと思っています。

インターネットの検索に引っかからないことは
世界に存在しない、もしくは、間違っている
という考え方に陥らないように。

正しくても数量的に少ない場合は
検索結果の上位には出てこない。
間違っていても数量的に多いことは
検索結果に登る。
それを理解してはいるが
やはり多数決の論には威力があるんでしょうね、
私のような意志の弱い人間にとって。


私のこういう性質とは別に
インターネットが普及することの負の資産として
「自分に都合のいい情報ばかりが集まってくるために
逆に見識が狭くなる矛盾した情報過多になる」
というものがよく叫ばれていますが
それは正しくそうなのでしょう。


価値観は様々に多様化し離散していると言うのに
知識水準は一定に近づき
それぞれは
その一定水準の中に納まる狭い情報のみを掴んで
それを世界だと信じ込むような世界になると言うのは
ファンタジックだが近い将来の未来像なのではないだろうか。



■検索サービスは、情報の収集以外の側面を持つ?
さて、そういった
情報社会への懐疑、
(というといいすぎだが
情報社会万能感への懐疑とゆった方がいいかもしれない)
を私が持っている故に
偏屈に見ているところがあると言うのを
まず念頭において読んでいただきたいのですが


昨今の情報収集とは
情報収集ではない側面を持っているのではないか。

先に私が自分の欠点として述べた
「自分を肯定する証拠として検索結果を使う」
と言うのは
情報収集と言うよりは
その裏づけの土台として使っている。

また、
その次に述べた
自分に都合のいい情報を収集する傾向にあるということについては
それは情報収集ではなく
自己の表現として検索結果を使っている。

知らないことを知るためではない
検索結果と言う「存在証明」に縋ろうとしている姿が
これらの現象ではないか。

「我思う、故に我あり」
ではなく
「検索結果に表示される、故に我あり」
というところまで、極言できるのかもしれませんね。



■便利なWEBサービスに多い機能
情報の収集・蓄積系のWEBサービスで目立つのは
・リンク
・引用
・ブックマーク
である。
まあ当然のことなんですが。

とにかくwebで見つけたものを
そのメディア・ファイル形式の垣根を出来るだけ下げて
何でも自分のお気に入りとして保持しておけることが
一つのステータスになる。

そういったwebサービスを頻繁に利用する人は
別に情報を集めたいというわけではないことが多い。

気になったもの
面白そうなもの
感心したもの
何でもかんでも収集して蓄積してゆく。

「本棚をみればその人がわかる」
というのと同じようなことを
web上で実現しているのがそれではないか。



■web上に自分のアーカイブを作る
そうして蓄積されていく情報や知識は
何かに活用されることを期待してと言うより
web上に存在する自分のアバターを育てる感覚に近いのではないか。

自分はこういうことに興味がある
こういうものが好きだ
こういうことをやっている

それらの情報をwebサービスなどを活用して
外的特徴を帰納的することで出来上がる
web上の自分を実現する快感があるのではないだろうか。

web上で自己同一性の確立を図る。
もしくは
リアルワールドで既に出来上がった一つの自分とは別な
もっと自分が望んだ自分をそこに作り上げていく。


今日の「情報収集」にはそういった側面があるきがしている。



■web上であっても、自己実現は大変だ
色んな情報が簡単に手に入り
リアルワールドの自分との紐付けを必ずしも行わなくてもいい
匿名性の高い世界においてであっても
自己実現は容易ではない。

難しいのは「自分の言葉を持つこと」だ。

何か自分で物を作る技能がある人は
その技能が「自分の言葉」足りえる。

勿論文字通りに言葉を以って自分の言葉とする場合もある。
その方がわかりやすい。
特殊技能も要らない。

だから殆どの人は
web上で言葉を使って自分を発信している。

それでもその言葉をうまく扱うのは難しいのだ。
言いたいことをうまく言うというのは
とても難しい。
言葉をうまく扱えて、それが高みに上れば作家として仕事にさえなる。
それくらい難しいことかもしれない。



■難しくても、簡単にやる方法は、ある
では
そういった才能を持たない私達は
どうやって自分の言葉を発するか。


勿論拙くても頑張って自分の発信したいことを
言葉に翻訳することが多い。

ただ、
情報社会になって急激に増えてきた情報発信の形式が

【引用】

である。

これ自分の表現したいことを誰かがとてもうまく表現したなと思ったときに
自分の言葉を使わずに
自分を表現できる
非常に便利な機能だ。

この機能自体は大昔から存在したが
webの普及した情報社会に突入したことによって
【引用】を使用するためのコストは
元々低かった上に更に低くなり
「検索」によって
引用したい言葉に出会う確率が跳ね上がった。



■自分の言葉を使わずに自分を表現する
前述の通り
web上に自己実現の根底を作り上げる傾向があること
そして
そのための表現を
自分の言葉ではなく他人の言葉によって行う傾向を
それぞれ示唆してきました。

この二つが合わさると

人の言葉を借りてそれを横流しするだけで
web上に自分を作り上げることが出来るような錯覚に陥る。

錯覚だ。

所詮借り物言葉で本当に自分が表現できるわけがない。
いや、情報と言う無機質な観点で言えば
可能なのかもしれない。

だがそこに自分の言葉はない。か、少ない。

問題は、それに慣れ親しんで行くと
「自分の言葉を本当に失ってしまう」
ということだ。



■私の周りでのtwitter
週刊ポストの見出しを見て
ああ、やっぱりそういう観点もあるよね
と思ったのは
既にtwitterを使っている人なら
ここまで読めば想像がつくかもしれない。

Retweetと言う機能は
これまでに述べた
他人の言葉を借りて自己表現をする方法に
非常に近い。

もう少し付け足すのであれば
webページをブックマークした際に
それを自動的にtweetする機能。
それも同じだ。
他の人の記事を自分の発言として投げている。
最たる例はtumblerとtwitterの連携だろう。

悪いことじゃない。
誤解を受けそうだからもう一度ゆっておく
悪いことじゃない。
むしろ
情報社会の流れとtwitterの機能をフルに活用した
賢い人たちだ。

だが
私はそれを完全に受け入れることが出来ない。
最初に述べたような懐疑を抱いているからだ。
自分の言葉を大切にしたいアナクロな人間だからだ。

勿論ブックマークもRetweetもする。

それでも
自分の言葉として何かを
しかも渾身のそれをすることを。
心のそこから思っていることを。
引用ではなく自分の言葉で言うことを。

失わないようにしないと。



■結局は気の持ちよう
どうするの?
といわれてできることなんて
自分の言葉を失わないように気をつけながら生きていく
と言うだけのこと。

使うwebサービスや
それに付随した機能についても
どこかでライン引きをして
実使用、もしくは意識の上できっちりと覚悟を決めて行う。


現在、私はその自制として
tumblerは使わないようにしている。
何でもかんでもweb上から集めた知識で満足してしまいそうだからだ。

勿論webで情報を収集することは悪いことではない。

そうして集めた知識を
きちんと咀嚼して自分の言葉に置き換え
正しく身につけることが出来るなら
それが理想的だし

恐らくtumblerを使っている人は
それが出来る人たちなのだろうと思う。

私はそれが出来ず
ただ集めて満足し
もしくは受け売りの知識を身につけるだけ
になってしまう程度の能力しかないので

そのサービスは私にはまだ早いと考えています。


自己紹介くらい
自分の言葉で出来るようになっておきたい。
それだけです。


■結局
普段から抱えていたもやもやとしたものが
「リツィート信者が社会を歪める」と言う一文で
(中身も読まずに)
こうしてはっきりと姿を持った。
と言うだけの記事でした。

この記事へのコメント

Re: 【WEB】引用と自分の言葉と自己証明とtwitter

引用か~僕はなるべくしないようにしてます。

こればっかやってるとレポートとか描けなくなるんですよねww

Re: 【WEB】引用と自分の言葉と自己証明とtwitter

引用してしまっています。
なんでもかんでも自己肯定の手段にしていますね。

自分のことばなんてどこにあるのか。

自分のことばを作るためにツイッターを利用しているのかもしれません。
ないから引用し、そこから探す。自分のことばを。

Re: 【WEB】引用と自分の言葉と自己証明とtwitter

【偽蓮さま】
>レポート
正しくそういうことだと思います。
入力・分析・出力のプロセスを自分の中に形成しなくなってしまうと言うか。

【半月さま】
結果と過程、どちらが先にあっても、どちらも間違いではないと思ってはいます。
つまり、引用などの集積によって帰納的に象られた自分を、
ある一定のところできちんと振り返って認識し、
その後能動的にその自分を扱うことが出来るのなら、
それもアリだと思っています。

絵で言えば最初は模写から初めて、
最後まで模写で行くのではなく
技術がつき始めた途中で自分の絵に切り替える
みたいな感じでしょうか。

twitterの「ダダ漏らし」と揶揄される性質について、
この漏れ方を自分で制御するのも
一つの修練なのかなと思っています。

twitterを始めた当初は何でもかんでもtwitterに放流してblogの更新頻度ががくっと落ちましたが
それではいけないと
何をどちらに発言すべきかの切り分けを行って持ち直してきました。
twitterに流す言葉は川のように流れて消えまうのでアーカイブにならないんですよね。

そういう点で、
blogと言うところに
(もしくは私の場合は
絵を投稿する場所、文を投稿する場所などにも)
web上のアバターを作ろうとしているのは
認めざるを得ないところです。
それを作るときに、せめて自分の言葉を。
そしてtwitterではその型が残らないことを考慮して。
それに対応すべくtwilogというため池を設けてはいますが、
ここから何を救いだせるのかは今のところ見えていません。

SSのねたなんかが大量に放流されているので、何とか抽出できたらいいと思うのですが、これがなかなか……。

流すだけのダダ漏らしではなく、
有意義にブレインストームの場所として使えれば
これは大変に面白いと思う。
そういう場所は、今まで身の回りにはなかったので、
出来れば生かして生きたいです。

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