FC2ブログ
  1. 無料アクセス解析

【自戒】明度箱分析

例によって
人によっては
不愉快な内容


って書くのももう怠いな。
次から書かない。

夜伽でもそんな注意書きしとったけど
もうしらねえわってなってきてる。

私の作品だと思ったら読まないでくれればいいのに。






むかし
こんな文字列を書いたことがある。

節電アピールで電気を消して
公共部分が暗くなったりする中
そう言うところに通りかかった人へのインタビューなどで
「別に暗くても問題はないですね」
という言葉は、わかる。
それは信用しよう。
私も生活に支障を感じてはいない。

でも
「今までが明るすぎたと思うんです」
だなんて
白々しい。
今までその光度に浸って来たくせに
何か声を上げていたのか?

私は
生活に支障はナイとは感じているが
薄暗いことや照らされていないことに
やはり不自然さを感じることを否めない。

だから
「昔は明るすぎた」
とは、思っていない。

そうやって生きてきたし
そこが明るく照らされていることが心地よく
そうでなく暗くなっているコトには違和感と不安感を隠せない。


本当に皆
「いや、昔は明るすぎたんですよ。これくらいが丁度いい」
なんて思っているのだろうか。
私の感覚がずれているのだろうか。

報道を見る限りは
私の感覚がずれていると思わざるを得ない。

私のような意見は見えない。


可能性は二つ。
・「不謹慎ムード」の延長
・本当に私が狂っている


どちらにせよ、
昔に書いたこのおかしな文章の雰囲気が
私なのか
世間なのか
どちらかにある気がしている。




かねてから
駅とか公園とか共有スペースから
ゴミ箱が消えていることに
少しの気持ち悪さを感じています。

何だろうな。
ゴミの持ち帰りと言うことについて
一部の不自然さを感じるんですよね。

家から持ってきた者から出たゴミなら
持って帰るのが筋かも知れない。

でも
その公園の付近や内部で買った物から出たゴミを
家に持って帰るというのは
なんか違う気がするんだよな。

テロ対策なのかもと思っていたが
それよりは
実態としては

「ゴミを処分するための環境をおくこと自体が
ゴミを発生させる環境であるという」論とか
所謂環境犯罪学に近い思想があるのだという。

環境犯罪学という概念については知っていましたが
言葉についてはtwitter上(という以外の知り合いでもあるけど)の方から教わりました。
本当にtwitterで色んなコトを知ります…。



で。
それは正しいのかも知れない。
効果的なのかも知れない。

でもどうしても
「潔癖すぎる」という気持ちの悪さを拭えない。
昔書いたあの変な文章で言うところの
「片っ端から影を消して回る」という思想に近い気がするんだよね。

だってそれなら
外でゴミを出せるような物を売るなってところに行くのが筋でしょう。

私は利便性を捨てることは出来ない。
でも綺麗事は主張したい。
そんな風に見えてしまう。



環境犯罪学的には
恐らく
「暗がりがある」と言うこと自体が
治安を悪化させる原因につながるのではないか。

暗がりを消すために灯りを設置するのは
実際に提言されていることのようだ。


であるのなれば
環境と利便性の点で論じるなれば
「ゴミ箱はおくべきではない」

「前が明るすぎた」
という論とは
やはり矛盾するきがする。

だから
その双方を肯定する訳にはいかないはずである。
(別にゴミ箱と節電のことで何かを言っている人を見たことがあるわけではないが)



私はゴミ箱の設置自体は環境を悪化させているとは
どうしても思えない
ゴミ箱の清掃について手抜きをすること
が環境の悪化であって
・問題の混同が生じているのか
・「問題の原因消去について」イキすぎた潔癖性が発揮されている
のだと思っている。


言うんだったら
「特に問題はないですよ」
で止めておけばいい。
「前が明るすぎたと思うんです」
は言い過ぎだ。
と思ってしまう。



あの文章は
自分に向けて警告を含めたものでもあったし
世間に対する疑心を出力するものでもあった。

「前が明るすぎた」と「ゴミ箱は不要」は
環境の点で矛盾する論であり
同様に
私が感じている
「明るくないと不安」と「ゴミ箱は欲しい」
も矛盾している。

あの文章で
私の中に内包している
自覚された自己矛盾について
浮き彫りにしたわけですが
まあまだ答えなんて出ていない。


表面的には矛盾がある。
でも
「「前が明るすぎたと」口を揃える潔癖性」と
「ゴミ箱は不要とする潔癖性」は
矛盾しない。
同様に
「「前が明るすぎた」という潔癖性に嫌悪感を感じる」と
「ゴミ箱は必要と思う」は
矛盾しない。

私は
ゴミ箱よりも
互いに互いの心を磨き合う(そして摩耗させる)潔癖性が
不要だと思っている。
前者の矛盾のない潔癖性を気味悪がる。
そんな歪んだ人間だ。

まあ
だから何だというつもりはありません。

支障がないのだから
電気が消えた廊下を歩き
明かりの薄くなった人が常駐しない部屋を通り過ぎ
その奥で結局
日常と同じようにひしめく人間の一人であることを続け
ゴミ箱がないからと
外の弁当屋で買った弁当ガラを
わざわざオフィスの中に持ち込んでゴミ箱に入れる。

そんな日常を繰り返すだけです。
思っていることを実行するかどうかは別なのですから。

でも
思いを聞かれたときに
嘘を言うつもりもありません。

この記事へのコメント

Re: 【自戒】明度箱分析

公園にゴミ箱が無くなったののは、
たしか家庭ゴミを捨てる輩がいたのが原因だと思ったけど、記憶が定かでないwww

スーパーの電灯が半減している事により、
明るいのが苦手なオレ的にはマジでちょうどよい明るさだけど、一般的には暗いだろうな。
あと「あれ?もう閉店時間?」と勘違いをするというのも罠www

関係ないけど、自販機の温度を「常温-5℃」と「ぬるい」にすれば、300万kWぐらい節約できそうだなww
いや、いっそ落ち着くまで常温にすればry

常温→売れない→撤去→台数削減→節電→だが不況

Re: 【自戒】明度箱分析

御神苗の親父さんも言ってたじゃん
「今頃エコロジーだの環境問題だの歪んで野蛮な修正しか出来ない物質文明は他人の文化を迫害してきた罰として自然の裁きを受けろ」まさしく。

なぜ昼夜問わず明るいのか、昼も夜も働く必要があるから、働けるようになったから。生活職業の多様化を認めてないのかね「野蛮な修正」をしようとしている連中は。

誰も傷つかない方法を模索するより大小傷つけてでもいいからピタリとはまったほうがオレはいいと思う。

Re: 【自戒】明度箱分析

うーん。私見ですが、この二択はムードの延長だと思って問題無いと思います。
とは言え、不謹慎云々が関わってるかどうかはちょっと私にはわかりません。
でも似てるっちゃ似てると思います。「美徳っぽいものをとにかく肯定しなければいけない風潮」。
あれです、極端な例ですが、世の中から普通のSTGが消えていって、弾幕STGが流行ったとして、その弾幕STG全盛の流れを褒め称えたいがために、「今までのSTGはダメだったんだ、弾幕こそが真のSTGだ」とか言い始めるやつ……余計わかりづらいかな?
つまり、何かをダシにすれば強調して褒めてることになると安直に考える風潮ですね。極端に言うとこれと似てるんじゃないかな、と。
あ、誤解無きように付け加えると、私はどっちのSTGも好きですよ。下手の横好きですが。

しかしみこうさんはこんな些細なことからここまで物事を考えられるってのは本当に凄いなぁと思います。私なんかは、正常だろうが異常だろうがごちゃごちゃの曖昧なままでいーんじゃねーのというちゃらんぽらんな人間なので、こうして誰かが言葉にしてるのを見ないと考えるのもままならん……
あ、こちらでは初めましての楔です。たまにブログのほうも見てますんでよろしくです。

Re: 【自壊】明度箱分析

そういや節電が意味の無い北海道地区でもあちこち消してますねー
(青函送電線の能力が低いので普段の余剰分で十分)
看板全部とか、道路から見えれる部分全部消されて何度も見落とし誤通過するし。
TVもCMが軒並み"慎まれて"公共広告機甲ばかりになったり。
~しなければならないムードってのは確かに必要以上とも見える蔓延をしてる感じです。

あと停電のために交差点に人員配置や、電気が無いから乾電池を用いるってのもちょっとひどい話ですよね。
乾電池が製造エネルギーの数%も出力しない事を考えると、巡り廻って悪い方に作用しそうなもんだが。

Re: 【自戒】明度箱分析

案外にコメント貰えて驚いてます。
皆さん色々考えていて私も参考になります。

コメントをお寄せ下さい

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://monostation.blog112.fc2.com/tb.php/2211-d0dd3b3a