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【食べ物】たべれるたべれない

私、辛いものとか甘いものとか臭いものとか
そういう食べ物が大好きなんですよね。

特に辛いものについてこういう体験が多いんですけど
「そんなもんよく食えるな」

まずいものとかの話題で
「え、それ、食えるの?」
「まあ、食って食えないものじゃないだろ」


結構多いシチュだと思うんですけど
こういうことを体験するたびに思うのが


「食える」って何なんだろう。



今回の地震では
被災地が雪国なので探そうにも探せないわけですが
その辺の野草で食えるものを知っているか知らないかとか
結構大きいんじゃないかなとか思うわけです。




◆おいしい
そりゃ勿論美味しく食べられるかどうか
って言うところは大きいと思うんです。
砂は美味しくないから砂をかんだような顔になるし
苦い芋虫でもを食べたら苦虫を噛んだ顔になるわけですが
関係ないですね。

美味しくなくてとても食べたくはないものに対して
「まずくて食えない」
という言葉をよく聞くわけですが
食って食えないわけじゃないというのも事実の場合が多い。




◆毒かどうか
どくって言うものの定義もアレですけど
食べて人体に害があるかどうかってところですかね
金属とかビニールとか
そういうもんは消化できないという点で害があるので
これもこの範疇に入れてもいいのかなって。

上記「まずい」の味覚には
人間が進化の過程で毒に対する防御機能として
不快な味と認識するようになった場合もあるようで
割と繋がる部分もあるかもしれません。



◆ぶっちゃけ毒でなければ食える
んですよね。
食って死なないものなら、
食えるものなんですよね。
でも人間は文化的に食えるものと食えないものを区別していて
食えるものというのはものすごく少ない範囲のみをさしていることが多い。
美味しくないから。
食べづらいから。
普段から食べないから。

どうしても釈然としないのが
最後の
「普段食べないから」
だろうかなと思う。



◆食は文化とはよくいったもの
実際のところ、食えるのに食わないものなんてたくさんある。
道端に生えている野草なんて一番身近な例なんじゃないかな。

「文化的に食さない」という「状態」が「食い物であるか否か」を決定付けている。

「中国人は犬食うんだぜ」
「日本人はイルカ食うんだぜ」
「人肉食いって……」

まあそういうところですよね。
別に犬だろうがイルカだろうが人間だろうが
似たようなたんぱく質の塊であって
なぜそれを区別するかなんて所詮文化でしかない。

私自身が海外の文化に余り興味がないからかもしれないが
日本人のゲテモノ食い?の例のほうが自分の知識には多い。

イナゴは食うしアレ蟲だぜ?
ハブは酒につけるけど蛇だよ?
毒のある河豚の肝なんてわざわざ食べたりバカなの死ぬの?
鯛って中国じゃ不吉なんでしょ?どざえもん食ってる魚をおめでたいとか。
蛸なんてヨーロッパの一部以外じゃ食わないみたいだしキモイから
ごぼうなんて食い物扱いじゃないとか。確かに木の枝かじってるといわれても仕方がない。

結局そんなもん。
そもそも日本人牛肉食わなかったけど
文明開化ってまさに文化の変革で食うようになったりさ
単純に文化だけのこと。



カエル結構美味しいよ。塩焼き好き。
すずめバリバリ食べるの好きだしさ。
さっき書いたものだって全部好きだし
犬とかも機会があったら食べてみたい。
鯨ベーコンは食べたことあるけどそれだけだし
もっと色んなところ食べてみたいし。
イルカ食ったことないし。
サルの脳みそとか美味しいのかな。




◆人食べる
もし
クローン人間には人権を認めないということになって
家畜として扱われて
まあそんなことはありえないだろうけど
食用人肉とかできるなら
食べてみたいきはするかな。

今のところ
人肉を食べるというのは
儀式的であるか
飢餓に陥ったやむにやまれぬ状況
あとはまあ一部の珍味として
という食され方があるような気がするけど
もっとポピュラーに、
そう、文化がそういう風にさえなってしまえば
広く食べられるのかもしれない。

ごく一部のそれを経験した人の発言というのは
その特殊なシチュエーションゆえに
味の客観的な観想になっていない気がする。
そもそも、文化的に、人肉を食べるということがタブー視されているためか
その周辺の情報も何らかの形で統制されてしまっていて
余り目にすることがない。

人の肉を食べるというか
自分と同じ種を食べるということは
基本的には生物としてはないことなので

肉なんて全ておんなじ
なんていってそれをmogmogし始めるのは
「横暴な理性」の導く極論的な「人間性」の現れな気はする。

まあその極論が正しいのかどうかはおいとくとして
人間のように
高等な(高等下等という言い方は余り好きじゃないけど)知能を持った生物だけが
自分の肉も他の生き物のの肉とさほど変わりがないという判断を下せるのは
間違いないんじゃないかな。

人肉食いが儀式的だったり文化的だったりするのは
そういう背景はあるかもしれない。



◆反・反捕鯨をするなら
犬を食う文化を否定してはならない。
まあ反捕鯨団体なんて金目当てなんだろうから
そういう風に真正面から言い合ってはいけないのだろうけれど。

そして、もっと言うのなら
犬を食っていいのなら人を食ってもいい
はずだよね。

逆に人を食うべきじゃないという論は
鯨を食うべきではないという論と同じ。

食えるもの食えないものの線引き。
それってなんなんだろうね。


◆やっぱりいきもの。進化の遺産
結局、自身を食うというところにどうしても踏み出せないのは
倫理観に優先度があって最優先の部分に人間自身への不可侵というものがあるんじゃないか。
動物実験はよくても人体実験はダメとか
そういうかんじ。

でもそれって何でなんだろうって言うと
多分
人間という種がここまで歴史を歩んできた中で培ってきた
人間という種を危険に晒さない最低限のルールなんだろう。

あんまり頭のよくなかった時代には
1個体でも自身が減る要素は排除されるべきだったし
そういう文化は(特殊な例を除いて)一般化はしなかったんだろう。

でも今は違う。
他の生物を絶滅しないように養殖して
持続可能性を維持しながら喰らい続ける技術と知識がある。

そうであるならば
人間が本能に刻み付けられながら維持してきた危険性への危機意識というのは
既にアナクロ極まりない考え方だともいえるわけだ。

人間が食用でないなんて、時代遅れ。
……ってところにも行けなくもない。
行きたくないですが、いきたくないと考えるこの感覚も
所詮は進化の過程を引きずっているだけの邪魔な印象なのかもしれない。



・回避行動と痛み
・死体と不快感
これもきっと進化の過程で得られたもので
時には役に立たず
時には邪魔になるだけ。
(一部記事にしたこともあるし、なってない部分もいずれしたいなと思ってます)

食える食えないという「なんとなく」の判断も
実は「理性的」に判断したときどの程度の意味を持つのだろうか。



◆なんらわかりゃしない
結局こうやってつらつら書いては居ますけど
結論なんて出てないのです。
「食えないもの」に対して「ちょっとまって、何で食えないの?」っていう
小さな疑問を考えただけのことです。



SSで
人の肉食ったり
人殺したり
まあまあ非常識なことばっかり書いてますけど
概ねこういう
「なんでその常識がまかり通る?疑問は抱かないの?」
ということの出力が多かったです。
今はだいぶ出し切っちゃった気がしていますから
この先あんまり飛んだSSは書けない気はしていますけれど。
みこう悠長はもう枯れた。



どうですかね、
養殖人間の塩焼き。
レストランで食える日が来るでしょうか。
ちょっと楽しみではあります。

だって、そうなるということは、
世間的に人の肉を食べるということに対する抵抗感は
皆の中から、
私の中からも、貴方の中からも
消えているはず。

食とは文化ですから。

今はまだ、拭えませんけど。

それは
「失ってはいけないもの」なんでしょうかね?
「ただの生物としての過去の遺産」なんでしょうかね?

教育かな?
本能かな?

わかりません。






まあそれでも私はセロリ食べられないんですが。

この記事へのコメント

Re: 【食べ物】たべれるたべれない

お隣の中なんとか共和国なら椅子以外ならなんでも食っちゃうて話だし食なんてお国柄がよく現れた文化の産物でしかないよね。
そういえば、性転換で切り取った肉ってどこ行っちゃうんだろうね。医療施設で処理されるもんだろうからまともなところには降ろしたりしないだろうし、仮に口に出来ても部位が限定されちゃうのがネック。
あと不思議なのは戦争状態で殺しても良いのに殺した相手を食わない状態。まぁ「殺してやる!!」時と「殺してでも食べたい!!」時の指向が違うのは理解出来なくもないけど。

「ちょっとまって、何でセロリ食えないの?」

そのうち食されることが最上の誉れになる時代が来るのかなぁ。

Re: 【食べ物】たべれるたべれない

イナゴは味が…佃煮の味しかしないんだよねwww
ゴボウは米帝じゃ雑草扱いだしwww

芋虫は、蜂の子食えれば食えるはずなんだけど、
まあ、芋虫(カブトムシの幼虫とか)はヤダww
でかいから体液ドロ~感がやなんだろうww
火を通せばホクホクになるらしいけどww

人肉。
雑食(つか肉食)だから基本不味そうだけど、
猿とかと似た味なんだろうか。
(いや猿食ったこと無いけど)

というか、死の概念と言語を理解し喋るものは
食えないwww

細胞を培養して筋組織とかまですれば、
自己倫理的に食べられるかもしれない。
まあ、誰の細胞を培養するかにもよるけど。
あれは?余った切除した方がいい部分の皮!!
皮だけに美味いかもよ~
オレは、んなもの 断 じ て 断 る!!がw

おまけの恐竜肉
まあ、鶏肉に近いと想像。
ワニや蛙が鶏肉に近いため。

そう考えると、やはり人肉は猿肉に近いであろう。
というか、医療学的に豚肉に近いのかもしれない。

食糧危機を救うのは昆虫になってきそうだなww
エビのしっぽとかって、Gの羽と成分同じだしなww

蜘蛛(タランチュラ)の
ケツ部分(タチコマで言う人が乗るところ)
味がエビ見たく美味いらしいけどwww
海にいるか陸にいるかでこうも違うんだなwww

セロリは、白い根に近い部分より
葉?に近い緑の部分の方が臭みは弱いので、
克服するつもりがある場合は、そちらからどぞw

Re: 【食べ物】たべれるたべれない

「自分と同じ種を食べるということは基本的には生物としてはないことなので」についてですけど、自然番組でみたんですが、ハチは「死んだ」仲間を幼虫に与えるそうです。こういうところも、種によってことなるんですかね?

Re: 【食べ物】たべれるたべれない

せろりは最近少し食べられるようになってきてます。段々あの臭みが耐えられるように…。
昔は口に入れただけではいていました。

蟲食については「ザザムシ」ってサイトが秀逸でしたね。
そこまで本気になって喰いに掛からなくても……
見たのは大昔だったんですが、今もレシピは増えているのでしょうか。

虫については共食いは比較的多く見られるようですが
それでも単純に食料として捕食される例はそんなにないみたいですね。
それでも食うか食わないかという点では
「種が違うなら(≒文化が違うなら)あり得る」という結論を見ることにつながりそうではありますね。

Re: 【食べ物】たべれるたべれない

ここまで踏み込んだ疑問を明文化しておいて「もう枯れた」ってのも説得力無い気もしますが、まあ確かにアレな展開のSSも多く書かれてますし、一旦の方向転換もいいんでないかとは思います。まあそれは置いておいて。
どーでしょうね、文化から禁忌がいつか取り除かれるか否か。現代を生きる私たちにはわかりがたいことですが。
しかし、それが本能的な禁忌かというと答えはNOだとも思います。どっちかというと、おっしゃるとおり文化面の話だと思います。
しかし考えてみると、文化面においてその禁忌が取り払われるというのはどういうことだろう。
食材として人、あるいは人型を見ることができる、というのは、二通りの場合があるんじゃないでしょうか。
一つは、食材になる人・人型を、自分と同列の人間とは捉えない考え方(奴隷文化に近いか?)。
もう一つは、自分と同等の人であろうと、食材として見ることができてしまう考え方。
前者ならまだ、現代の大多数の文化と地続きな気がします。人の形をしているというだけで、人を食材にしている意識は無いわけです。
後者の考え方になるとどうなんでしょうね。人権に対する考え方自体が完全に変質してます。自分自身に対してでさえ、現代と同じ意味では人として捉えてないんじゃないでしょうか。

幻想郷の人間は人間型の妖獣を食べられるのかなぁ、とぼんやり考えつつ、そんな痛いSSを書く気概は無いヘタレな私です。

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