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【日記】イベントが密集して起こることと、人の認識、それを可能とする波長

海外旅行は好きです。
というか独力で行ったことはないので
好きですとか言うと語弊があるんですけど
香港とかイギリスとかフランスとかの
軽いレベル?の国には行ったことがあります。

でも国内旅行が好きです。
海外旅行よりも好きです。
ただまあ、純粋に好きかどうかというと微妙です。
思い切り遠い海外に未知の文化があり
ところが同じように未知のモノが車で数時間のところにもあるとなると
まずは国内
なんてことになりますね。

海外旅行1回に対して国内旅行10回くらい。
今のところはそう思ってます。

今のところというのは
海外の未知の方が未知度合い?が大きいとわかっていることと
海外の方が日本より広いと言うことがわかっていることの為です。
いずれ周囲の興味を食い尽くすかも知れない。
生きている間には食い尽くせないかも知れない。
まだわかりませんね。


旅行に行って帰ってくると
新しいモノが見えるんですよね。
いや、見えるという言葉について追記させて貰いたいのですが
見えているんだけど気付いていないこととか
つまり認識できるかどうかということでしょうか。
隣にあった全く気付かなかったことに気付けるようになる。

それは旅行先で新しい刺激を貰い
波長をそこに合わせるコトが出来るようになる
そんなイメージ

感じる為のレーダーの波長のチャンネルの多さ。
それを増やすことが出来るという感じかな。







今日はいつぞやのエントリで書いた
「モドゥコン・ブック」を自分用に一冊購入しました。

twitterで知り合った人に
「あの借りてた本、中のブロードウェイの本屋でめっけたよ」
という情報を前に頂いていて
それを今日買いに行ったと言うところです。

ついでに晩ご飯食べて
色々と創作のことについて話して
(コレが軽く2時間オーバー)
更に一人を迎えて笑える話をして終了。

本日はここで帰ってきました。



この本が晴れて自分の手の元に入りまして
いよいよ存分に内容をかけるというモノです。







この本は
肉体改造
(ボディビルディングではなく、切る、描く、付け足すなどの「本当の」改造)
を扱ったもの。

モディフィケーションコンベンションを略してモドゥコン。

度を超えたように見えるピアッシング、タトゥー、スカー
舌を二つに裂く、手や足を切り取る、
あるいは体の中に望んだ形の異物を埋め込み、外部からわかる形で肉体に表す
体の一部そのものを、液体や気体で膨らませる
性器を切り捨てる、望んだ形に変形させる
などの改造を
自分の体へ施している「それ以外は全くの健常者」が
一堂に会するコンベンションの、
その2003年に行われたモノの記録(と広報媒体)である。

この本に出会った経緯も前のエントリにあったとおり。







最初はただの興味だった。
「x51.org」というサイトで
自ら望んで足を切断した男の話を読んだこと。
これは実はもう何年も前の話になる。

それが一つの「旅行」だったのだろう。

やがて「BIID」という言葉をインターネットで見つけ
それを探っていると、
数年前に見ていたx51.orgにたどり着いて「ああ、これ!」となった。

興奮冷めやらず、夜伽でそれを題材にしたSSを投下した。
(特筆しなければならないのは、
非常に浅いレベルでの稚拙な扱い方をしたことである。
コレは厳に反省せねばならない)

そこからは月をまたがずにテレビで障害者サッカーの番組を見、
先のSSを書くに当たって調べた単語がぽろっと自然に出てきて目から鱗を落としたり、
SSを投下した夜伽で知り合いになった方に連れて行って貰ったお店で
(知り合った経緯はこのSSでもなく、連れて行って貰ったお店もそのような感じではない)
件の「モドゥコン・ブック」を見つけたという
気持ちの悪い程のとんとん拍子な出来事の連続だった。


障害者サッカーのコトは誰でも耳にしたことはあると思うし
私よりも経験豊富な人生を送っている人ならば
実際に目にした人もいるだろう。
それくらいにポピュラーなコトで
事実私もその言葉自体は知っていた。

でも、
SSを書く時に調べた言葉がぽろりと出てきて。
(テレビではアンピュティーサッカーと呼んでいた)


そのAmputeeという言葉に反応できたのは
SSを書くにあたって調べていたからで
それ自体も「旅行」だったのだ。







言葉としては知っていたけど
それほどの興味もなく
Amputeeという言葉も知らなかったのに

とあるサイトを見たという大きなベース経験を持ったことで
BIIDという言葉に反応する為の注意力を身につけたのだろう。

恐らくBIIDという言葉はx51.orgを見ていなければ
目に入ってもスルーしていたはずだ。

その後のテレビでの経験
この本に出会ったことは
SSを書いたコトによって強化された注意力の結果であって

更にこの本がとある本屋に売っているという情報についても
その人にとってその場でその本を見たこと
(もしかしたら私のSSを読んだことがあったかも知れない)
そんなことがなければ本を見つけてくれはしなかっただろう。







これほどまでにあっさりと関係ある事物が見つかるというのは
実はそんなモノは身の回りに常にちりばめられていて
単にそれが見えていない
気に留めていない
認識していない
それだけなのだろうと思う。

それはダークマターみたいに
満たされているのに意識も認識も出来ない状態で。

ただ、新しい経験によって、
観測するための波長を新しく知り、
チャンネルとして身につけることによって
そのダークマターの一部を観測できるようになる。
それだけの話なのじゃないか。







重要なのは
・経験は、新しい波長(チャンネル)を使って世界を観測する能力をくれる
・「珍しいこと」など無い。そこかしこにあるけど、チャンネルを増やさないと見えない。
という二点だろうか。

本当に身近にある何かに気付くために
何か新しいアプローチを得なければならないこともある。

身近にあるモノさえ気付くのに
新しい目を身につけなければならない。

そして、そうした新しいチャンネル取得には
新しい経験を積む必要があり
新しいことをして新しいモノが見えるという累乗。

「隣にあるけど今は見えないモノ」が世界中に満たされているとなると
命が幾らあっても足りないというか永遠に興味など尽きないのではないか
そう思うと、長く生きることは楽しいことだなと思う。



とにかく、新しいことに目を向け続けていきたい。
かねてよりそういう風に考えてはいたけど
この一連の出来事については本当に考えさせられた。



新しいコトなんて、見えないだけで隣にあるんだよね、きっと。
だから、新しいこと、常にやっていかないと。

この記事へのコメント

Re: 【日記】イベントが密集して起こることと、人の認識、それを可能とする波長

ベルセルクにもほぼ同じ記述あったなぁ。
「見てない、見ようとしていない、エルフを見つけられないんだ。
例えば人って、何かを見るとき気を留めたものは記憶に残るけど、そうでないどうでも良いものは覚えられない(地を這うアリなど)でしょ。
時々いるんだよ、目の前にエルフがいても気に留められないから見つけられない人。記憶できないってヤツ。
大きな寺院や大都市になぜか多いらしいよ。
堅い世界を持つものには妖精は見つけられない。」

知識をつければ開けるチャネルはあるけど肉体的・物理的な相違で開きにくいチャネルをどう開いていくかが今後の課題の一つかな。
習慣の中に落とし穴がいっぱいありそうな気がする。

Re: 【日記】イベントが密集して起こることと、人の認識、それを可能とする波長

そうですね。気にしない慣習などには確実に穴があると思います。

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