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【紫_霊夢_幽々子】Anecdote of the Y

こんな妖々夢のバックボーンもありかなと。

博麗神社例大祭8にて
サークル「陰陽亭」妖々夢合同
「東方入試シリーズ 西行寺家政大学 近年三ヵ年大学ガイド 傾向と対策 問題/回答 2011」
(どこまでタイトルなのかわかっていません……)
に寄稿させてもらったSSです。

あ、非エロです。笑わないで、笑わないでぇ・・・・・・

pixiv小説に転載しました。
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 桜の散る様を綺麗だと、最初に言ったのは誰だろうか。
 消えてしまう儚さが、泡沫の如き刹那が、それがそんなに素晴らしいというのなら、何という虚無主義だろうか。私はそれをよしとしない。私は、そこまで、悟ってなんかいない。私に言わせればそんなもの、虚無主義である上に、敗北主義に他ならない。
 生を仮住まいとして何も為さぬなら、この世は何故こんなにも痛みと苦しみと、そして幸せを味わうように出来ている。仮住まいらしく、何も感じず何も得ず何も生まず何も為さぬ生であることを、私達はなぜ恐怖する。
 それは生としての本能故だ。私達は、私達が生きている今をこそ見つめ、格好悪くたってそこに縋り付くことを望み、そしてまさにそうあるべきなのだ。死を望むなんて、有限を美化するなんて。その方が、よほど聞こえのいい不徳だ。気持ちのいい罪だ。甘い甘い毒だ。
 命が消えても記憶に残り、生前の姿が行き続けると言う理想。しかしそれは、幻想に過ぎない。死者は何もしえない。どこへも進むことが出来ない。生前やり残したことを完遂も出来ない。ただそこから眺め、過去を振り返り、嘆き悲しむだけだ。無意味だ。死んでしまっては、何もかもが、終わりだ。
 命を失い、しかしなお主体としてそこに存在する。生きているように振舞うは生きていない何か。そこに留まり、ただ眺め続ける存在。
 人はそれを、幽霊、と呼ぶ。
 私はそんなものには興味がなかった。進むことを終えた、語弊を恐れずにいうなれば、それは生の廃棄物。いきものの死体の屍骸。
 でも、それでも、私はただ一度、その存在を望んでしまったのだ。
 ――西行寺幽々子――
 私の行為に、いや、あらゆるものの行動に、正も悪もない、それでも私のその行為は、私の価値観において、正しかったのだろうか。今でも答えは、出ていない。



 彼女はただ眺めていた。
 しんしんと降り積もり行く綿雪を、戸を開け放ったそこに佇んだまま、ただ、ただ、眺めていた。

「   」

 私が小さく問いかけても彼女は振り返らない。ただ、降り積もる雪を眺めて、そこに佇んでいる。雪の白と、明暗を分かつ墨染めの黒と。鮮やかなモノトーンが世界を極彩色に煌かせている。雪と墨の世界の中で、時間が止まったように、ただ彼女の息遣いだけがその生を示していた。
 生。
 西行寺幽々子は、幽霊である。生きてなどいない。死んでいる。生はない。それでも意思を持ち生きた人間のように振舞い続けるのは、歩みを止めて留まり、それを見つめることを選んだから。
 西行妖。
 幽々子は知らない。自らが何を見つめ続けているのか。こうしてひらひらと舞い落ちる雪を眺めながら、だが彼女は何故そうしているのか自分でも分かっていない。

「幽々子」

 私は再度問いかけた。ほんの少し、大きな声で。何故小声でなければなかったのか、分からない。雪たちが奏でる音のない合唱を、私の声で塗り潰してはいけないと、そう感じたような気もした。

「あら紫。来ていたの。いつもそうやって来るものだから、気付かないわ」

 地平の向こうから、世界の血管に血が通って、全ての白黒が元の色を取り戻す。彼方からこちらへ向けて、モノトーンとマルチトーンの境界が音を立てて駆け抜けた。

「気付いていたくせに、何をいっているのよ」
「気付いてないわよぅ」

 ぷす、と膨れる幽々子の頬。今はその白皙にもわずかに朱が差して、その美しさに艶かしさがさえ上乗せされている。

「気付いていたら、もっとおしゃれして出迎えたのに」
「おしゃれって」
「最近寝てばっかり。滅多に遊びに来てくれないのだもの。起きてるのかなと思ったら霊夢のところへ行っちゃうし」

 ととと、と、歩み寄ってくる幽々子。漂う色香は死へ誘う甘い芳香。耐えられる者には強力なチャームとなり、耐えられぬ者には即死の毒霧。西行寺幽々子は、生前疎んでいた自らの力を、今は半ば楽しんでさえいる。それは生き続けて進むための気力を、死ぬことでようやく手に入れたと言う矛盾だった。
 しかし彼女は自らの停滞を知らない。自分が何故あの屋敷から離れることが出来ず、あの桜に強く惹かれるのかも分からない。
 そして彼女は今、それに興味を持ってしまった。

「ねえ、今日はゆっくりしていけるのでしょう?」

 この死姫は本当に屈託がない。あの頃の、暗く沈んだ様など想像もできない。彼女は、今の方が幸せなのだ。死後の方が幸せだなんて、認めたくはないのだけれど。

「紫、私、春を集めることにしたわ。」
「春?」
「あの桜、毎年咲くのを待っているのだけど、咲かないのよね。葉は茂るから死んでしまっているわけではないようなのだけど、花だけが咲かないの。春を沢山集めれば、きっと咲いてくれると思うの。あれだけの桜ですもの、それは見事に咲いてくれるわ。それにあの桜が咲くと何かの……んっ」

 私は、彼女を抱き寄せて口付けた。
 西行妖に興味を持った幽々子。だが、彼女はそれが持つ意味を知らない。知っては、ならない。
 それは奪うようなキスだった。幽々子にそんな口付けをするのは久しぶりだったかもしれない。肩を抱いて彼女を寄せた手を今度は腰へ。もう片方の手を彼女の頭の後ろへ回して、しっかりと捕まえて彼女の甘い唇を吸う。唾液とその音が口の中で混じりあい、吐息と舌が絡み合った。やがて離れた私と彼女の頬はすっかり上気していて、今度は言葉も交わさずに視線を交わす。
 もう一度キスしようとしたところで、彼女の手がすっと私の前に入ってきて、その人差し指が、私の額を押しとどめた。

「ゆかり?どうしたの?」
「……何でもないわ」

 二回目のキスは、阻止されてしまった。
 私は幽々子にキスをして、何を求めていたのだろうか。自分自身への堰であったような気もするし、彼女の気であったような感じもする。
 そうやって自分も、そして彼女さえも誤魔化そうとする自分が酷く愚かで、悲しい存在に思えた。

「何でも、何でもないわ」



 外はまだ寒い。
 例年ならそろそろ雪解けが始まり、昼には地面がぬかるんで、歩き難いったらないわ、なんて悪態を吐いていようという頃である。春の遅延によって世界はまだ真っ白い雪に覆われたまま、いまだ雌伏している。
 春が来なければ花は咲かず、花見もできない。夏の遅れは作物の育成に響き、人々の暮らしに何らかの影響を及ぼすだろう。だが、私達の興味といえばそんなことではなく。

「寒い」

 の一言に尽きた。
 この寒い中でも霊夢は、一日に一度は戸を解放して、社内へ外気を取り入れる。本人は軽く外套を被ってはいるものの、それが防寒に十分かといえば全くそのようには見えない。おお寒、なんていいながらもそういった慣習を絶やさない律儀さは、彼女が確かに博麗の巫女であることの小さな証でもある。羽織りはしていても巫女装束一枚にさらに一枚重ねただけの格好でこうして社務を行えるのは、それだけの精神力の賜物でもある。

「知っているんでしょう?春不足の原因」
「さあ」
「いいわよ、別に何かしてくれるとも思っていないし」

 幽々子がどう思っているのかは知らないが、私と彼女の関係は淡白というか、比較的さめざめとしたものだ。それは霊夢の立場上の問題もあるし、私の性格が彼女に合わないからというのも否めない。

「今回の件に関しては」
「なに?」
「少し、迷っているの」
「あんたが?珍しい」

 霊夢が社務の手を止めて顔を上げる。
 そうね、珍しいわ。と放り投げるように言葉を返す。
 本当はそんなことはない。いつだって迷い続けていて、自分の心根がこそ一番境界を操ることが困難なものだなんて思っているのだけれど、珍しいと取られてしまうのでは、それも致し方ないか。
 私は、幽々子が春を集めたことによって春の訪れが若干遅くなり、それを受けた霊夢たちが寒い寒いと春を集めているのは知っていた。それによって、一時的に幻想郷内の春が極端に減り、春集めが競合することも、知っていた。
 ただわからないのは、その事態にどう向き合うかだけだった。

「霊夢」
「なに?春を集めるのを止めるというのなら無駄よ。この春の遅延は既に幻想郷で異変として認められてしまったわ。私は動かざるを得ないの」
「わかっているわ」
「じゃあ、何をしにきたのよ」
「……わからない。迷っているように、見えているのでしょう?その通りよ」

 ふうん、と呟いて、何を思ったのか霊夢はそのまま社の奥へ消えてしまった。
 やがて出てきた彼女は、湯飲みに茶を淹れ差し出してきた。簡単な茶菓子もついている。霊夢が腰を下ろした板張りの縁側に、私は少し間を空けて座った。霊夢の淹れてくれたお茶は、全く変哲のない、むしろ安物というくらいのお茶だ。下手をすると朝飲んだやつの出涸らしかも知れない。でも、それでも、十分だった。

「暖まるわ」
「寒いからね」

 幽々子と接しているときとは、違う空気が流れていた。
 幽々子といるとき、私は焦ってしまうのだ。何故だろう。彼女は私を置いていくことはない。彼女も私を求めてくれていて、私は彼女のことは隅から隅まで知っている。霊夢は、全くその逆だった。だのに、幽々子といると焦ってしまい、霊夢といると不思議と落ち着く。落ち着くというか、なだめられている気さえする。
 距離感か。
 霊夢は誰も拒絶しない。人間も妖怪も幽霊も霊獣も、一切拒絶しない。但し、誰も近づけない。付かず離れず。霊夢は分け隔てなく誰にでも優しくて、万人に対して何にでも冷徹だった。
 博麗結界を維持する生体システムとして構築してから、もう何代目になるか。ただ、こんな不思議な博麗は、初めて見た。それは結界を守るための力を自分に対しても被せてしまい、他者に対して結界を展開しているかのようでさえある。
 そう、霊夢は、私に似ていた。

「ま、あんたが話したくないんじゃ、私もどうしようもないわ。」
「何か話したら、どう変わるところだったのかしら?」
「そいつをふんじばって、春を頂く」
「何か変わっているの?」
「変わってないわね」

 くっくっ、と笑う霊夢。釣られて私もくすりと笑ってしまった。

「そうね、事情によっては、私のところに集まっている春を、あげてもいいわ」

 霊夢の申し出は、意外なものだった。

「私は別に集めていないわよ」
「でも、一枚噛んでるんでしょう、どうせ?」

 その通りだ。だが、どのように噛んでいるのか、自分でも今ひとつわからない。私は幽々子が春を集め切るのを阻止したいのか。それとも。
 霊夢が春を集め、幽々子の誘いに乗ることが、私には一番不都合だった。二人は出会わない方がよく、出会ってしまおうとも齟齬を抱いたままでいてもらわなければならない。
 ならばここで、霊夢の持っている春を私が確保してしまう方が……。
 桜の開花を阻止するのであれば、それが確実な手だった。桜を咲かせるにしても、私の一存に運ぶことが出来る。
 それでもまだ、私は迷っていた。

「まあ、その辺の妖精達もまだまだ春を抱えているようだし、精々集めておけばいいのじゃないかしら?事情が変わったら、また来るわね」
「気持ちが変わったら、の間違いでしょう?」

 さあ?と返して私は博麗神社を後にする。
 そうだ。事情などもう動きやしない。変わるのは、私の覚悟だけの話だった。



 命を一息に死に追いやり終わらせる能力。能力、といえば聞こえがいいがそれは指向性を持たずには彼女の周りに付きまとい、近付くだけでも死を誘う。暴発を常として、何かにそうさせられるように突如として誰かの命を吹き消す、いわば性質に近かった。
 気性といってもいい。小さなストレスによっても放たれる死の蝶は、晩年、それを気に病んで不安定だった彼女の心をして、ほんの小さなことで放たれるに至り、それがまた彼女を追いつめ、その相互作用は輪廻の如く循環した。
 誤解を恐れずに言うのであれば、彼女は晩年既に正気ではなかった。
 彼女の死は、力を憂いての最後の正気のものであったか、それとも正気を病み、それを喰らい成長し始めた狂気の仕業故だったのか、今以て私には判断できない。
 だがどちらにせよ、末期の彼女はひどい有様だったのを、私は知ってしまっている。
 出会った頃は美しかった肌はくすみ、頬はこけ、目の下の隈は完全に沈着していた。まともな言動は減り、ただ死の幻影に怯えながら、外界を遮断していた。
 歴史を刻むわずかな者達がそれをどう伝えるつもりかはわからないが、私は、富士見の娘の死に対して、それを美談にする気には、なれないでいた。

「殺さないで」
「大丈夫よ、逃がすから」

 夜明かりを灯していれば、虫も寄ってくるのが自然というもの。
 彼女は虫が嫌いだった。それも、異常なまでに。目に入ればそれが巨大な化け物であるかのように逃げ惑い、視界に入れないようにと必死になる。
 潔癖性の行きすぎた奴、みたいな感じだ。絶対に虫など部屋に入れさせないでと、今になって思えばそれは既に冒され始めていたのだろう。
 大層嫌う割には、決して殺すことはない。ただただ、逃げ惑う。必死の形相で、こんな小さな羽虫一匹から。

「外へ逃がしたわ。もういない」
「ほんとう?」
「ええ。」

 他にも色々なものから逃げていた。老人、病人、怪我人。一部の書物や、談話もひどく嫌った。

「そんな話やめて!」
「た、ただのおとぎ話……」
「それでも嫌なの!出ていって!!」

 知り合ったばかりの頃、私にはわからなかったが、時間を重ねる内に、わかった。
 それらに共通していたのは『死』だった。

 虫を嫌うのは時間的にであれ、物理的にであれ、余りにあっさりと死んでしまうから。簡単に自分の元に死のイメージを運んでくるからだった。聞きたくないと耳を塞ぐ話は会談や人死の出るもの。老人病人も同じだった。

「近寄らないで。それを近づけないで。それを私に見せないで。やめて、やめて、やめて!私の傍に、死を持ってこないで!力が、成長してしまう!」

 彼女との別れが近付いた頃には、彼女は死をイメージするものを目にすることを、狂気じみたほどに嫌っていた。恐れていた。それは、自分の忌み嫌う部分を意識したくないようにと、必死に目を背ける防衛機制だったのだろう。
 やがてそれが命を奪った後のものだからと、ろくにものも食べなくなり、目を閉じ、耳を塞いで日々を過ごすようになる。こうなれば周りからの目は、立派な狂人だ。自分の力が誘う死の臭を自覚し始めたときたとき、彼女の自殺は約束されていたのだろう。
 私が彼女に近づいて親交を深めることができたのは、私が妖怪であって死の香りを漂わせていなかったからかもしれないが、最期にはそれすらも救いにはならなかった。
 また彼女は末期、不老不死に対して異様な興味を示していた。自分の身の回りのものを全て不老不死にしてしまえば、何も恐ろしいことはないと考えたらしい。その考え方そのものが既に狂気にとらわれている。権力を恣にした覇者とは別の理由で、自分ではなく周囲に不死を願うとは、これもまた皮肉なものだった。

「西行が咲いた年は多くの命が失われる。私の力が、たくさんの人を殺すのだわ。違いない。段々力を制御できなくなっているのは、私の中の何かが爆発する前触れだったのよ。西行が満開になったとき、私の力が膨らみ爆ぜて、みんなを殺してしまうのよ!そう、そうなのよ、絶対そうだわ」
「落ち着いて。西行妖と人の死については因果関係ははっきりしていないわ。言い伝えの時期は飢饉と疫病も流行っていて」
「そんな悠長なことを言って、人が死んでからでは遅いのよ!わかるもの、自分の中で、化け物が成長してる。命を食う悪魔が、西行の満開を合図に私の体を突き破って、暴れ出すのよ!」

 西行妖の伝説を知る彼女が、その花が咲き乱れたと聞き、自分の力が際限なく溢れ出すのだとそう思いこんだ。妄言を吐き続け、奇行を繰り返す彼女に、周囲の同情も薄れて行った。たとえ西行が人の命を奪おうとも、それはあなたの力とは関係がない、という私の再三の説得にも応じず、彼女は私が目を離したわずかな時間に、西行妖の元で自刃したのだった。
 殺さないで。その一言の言霊だけが、死んだ彼女の周りにむせ返るほどの濃密な呪を以って漂っていた。その呪がある種の結界となって、それは確かに西行妖を外部から遮断してはいる。ただ、私には西妖が満開になったところで、それ自体が人の命を大量に吸い上げるような災厄にはならない予感がしていた。
 実際に西行妖の伝説を真正面から信じていた者は少なく、桜の木の下には死体があって云々というあの手の話の規模の大きなものとして捉えられているに過ぎなかったのだ。そうである以上は、そう、彼女の自殺は気を病んでの、狂人の奇行に他ならなかった。
 しかし伝説の真偽はどうあれ、西行妖は確かに、この娘を死に追いやったのだった。そして彼女の亡骸は西行妖の下に埋められ、桜の木下には死体が埋まっているという逸話も現実となった。
 しかしそれは、西行妖のもたらした災禍であるとは思いにくく、やはり、死の力に振り回され精神を病んだ癲狂の女の、哀れな所業でしかなかったのだ。



 霊夢との一件の後、何となく気疲れした私は藍のご飯を食べて橙と遊んだ後庭に出てのんびりと夜風に当たる。
 マヨヒガにも、『桜のような木』はある。それを眺めながら、ぼんやりと、この春遅延異変について考えていた。
 私にとってこれは異変でも何でもない。何が原因で誰が犯人で、何が起こっているのかもすべて知っていて、ついでに言うと誰が解決すべきなのかも、決まっていた。
 桜のような木は、夜風に流れてさらさらと鳴り、薄紅色の花弁をはらはら散らしている。これは私が桜に、ことに西行妖に似せて作った人造の妖怪桜。明確な意志は持たないが、地脈の気を吸ってそれを糧に付近にある結界を強化する性質がある。
 これを、博麗神社の北側に植えようか、と考えていた。
 西行妖は、一度満開になると枯れてしまうだろう。その代わりに植えるのもいいかもしれない。
 私は、幽々子が自覚なく行っている自殺行為を、手助けすることになるかもしれない。

 ゆかり

 どこかから声が聞こえる。この声は、霊夢か。
 まったく、この私を逆に呼びつけるなんて、あなたくらいのものだわ。まあ、彼女に結界技術の延長としての境界操作能力を授けたのは、確かに私なのだけど。
 私は亜空穴を掘って声の方へと顔を出した。

「なあに、不躾に呼び出して」
「いつも不躾に入ってくるんだから、いいじゃない」

 ごはん、たべたの?と、ぶっきらぼうに聞いてくる霊夢。

「誰かさんと間違っている?」
「そうね。作ってくれる人がいりゃあね」

 すわったら?ええどうも。なんて、やりとりでコタツに入る。みかんは、ないか。

「悪いわね、みかんもなくて」
「いいえぜんぜん?で、呼びつけておいて何?まさかほんとに夕飯の誘いだったってことはないんでしょう?」

 私がコタツの天板に肘を突いて聞くと、霊夢は少し言いにくいことを言うような顔で、口を開いた。

「あんた、あの幽霊の友達でしょ?何で春集めを阻止しないの?」
「どうして私が?」
「だって、あの桜が咲いたら」
「代わりの桜は用意してあるわ。もっと活きがよくて毎年ちゃんと満開になる。花見には事欠かないわ」
「そうじゃないでしょう」

 知っているのか。

「あちこち春を集め回っててさ、よけいな情報も集まっちゃうのよね。正直私には、どうでもいいことなんだけどさ。ほんっと、どうでもいいこと」
「どこまで?」
「表面的なことは、大体全部じゃない?あの幽霊が成仏してしまうって、それだけのことでしょう?」
「そうね、それだけだわ」

 だん、とコタツが揺れた。

「いいのかどうか聞いてんのよ」
「だから――迷っているわ」
「迷ってる、ですって?」

 ふざけるんじゃないわよ。と、今にも食いつきそうな顔で私を睨みつけていた。

「魔理沙とか、アリスとか、あいつ等が私の一存で消えるなんてことがあったら、私は絶対にそうしないけどね?あんたは違うんだ?やっぱり、合理的に考える?幻想郷に必要かどうか。いともも容易く何でも殺せる彼女を、争いの火種だと考えたりしてる?」
「ちがうわよ」
「じゃあ何で?何で彼女の消滅を望む可能性が、幾何かでもあんたの中にあるわけ?ねえ?何に迷っているわけ?どうせ私のことだって、結界の維持のために気にかけてるだけで」
「消滅ではないわ。成仏よ。」
「同じよ」
「同じじゃないわ!」
「っ!?」

 私が声を荒げたことに、驚く霊夢。怪訝そうな目でこちらを見て、その真意が吐き出されるのを待っている。

「同じじゃ、ないわよ。死は、彼女が望んでいたことだもの」

 私は霊夢の手をとって、目を閉じて。と伝える。何?といいながらも霊夢はそれに従っておとなしく目を閉じ、肩の力を抜いてその何かを待った。
 私は霊夢に向けて幽々子の生前の姿のイメージを伝える。重ねた手を通じて、霊夢の中へ、直接私の持つ記憶を注ぎ込んでゆく。
 美しく可憐で、歌聖の娘として育った佳人の姿。
 彼女と親交を深めながら、その悩みを打ち明けられた顛末。
 病み始め、狂い始めた彼女の世界。何もできない私。
 閉ざされ塞ぎ、狂ってしまった彼女の悲哀と、その悲惨な姿。
 狂ってしまった彼女に対する一族の扱いと、死んだ後のあの上っ面だけの悲しみの言葉。
 結末は美しくなんてなく、ただただ醜いだけ。
 何もかも伝えた。当時、私は彼女に少なからぬ好意を抱いていたことも含めて、全て、全て霊夢に伝えた。それは、必要な情報伝達であったというよりは、私自身の甘ったれた愚痴であり、救いを求める哀れな行為だったのかもしれない。
 ただ、霊夢に、救いを求めていたのかもしれない。情けない話だった。

「これ、が」
「彼女の生前よ。似てないでしょう?」

 今の幽々子の性格とのあまりの乖離に、そして、狂人となってしまった彼女のあまりの変貌に、霊夢も言葉を失っている。

「生前の彼女は自らの力を疎んじ、自ら死を願った。結局西行妖と予測された災禍の関連性については裏付けはなく、つまり彼女は純然たる自殺願望の元に自刃したこととなるわ。だから」
「……だから?」
「私は間違いを犯したのかもしれない。死を望んでいた彼女の魂を、この世に、あの屋敷に、あの桜の元に縛り付けてしまったのは多かれ少なかれ、私の責任でもある。あのような苦しい生をあのまま終えてしまうことが不憫に思えて、亡霊としてまやかしの生に落とし込んだのよ。」
「やり直してほしかった?」
「そうかもしれない。でも、それは、彼女の生前を冒涜する行為だったのではないかと、未だに、私は……」

 死を操る力を継続はしているものの、その容姿以外において、彼女は生前の要素を何一つ残していなかった。陽気で明るく、暢気で気楽。その能力を厭うどころか半ば楽しんでさえいて、それは、たとえば神という何かが、一度忘れ去られた後に再び現れるとき、万人が望むような恣意的に好意的な姿に変容してしまったそのグロテスクさに近い気がしていた。
 あの幽々子のような姿を、彼女は望んでいたのだろうか。そうなりたくて、自らに刃を付きたてたのだろうか。
 彼女の魂だけをここに縛り付けたのは、ただ私が『彼女の不憫を晴らしたい』という酷く独善的な自己満足をなすためだったのではないのか。

「だから、私は、迷っているの。彼女が西行妖に興味を示したのは、死を、成仏を望む魂の叫びなのではないかと。今でも死にたがっていて、体に戻ってともに朽ちたいと、本当はそう思っているのかもしれない。幽々子は、いえ、幽々子の魂は、死にたがっているのかもしれない。」
「それは、あなたが決めること?」
「今の幽々子が決められることでもないわ」

 そうだけど。霊夢は口ごもる。

「私は彼女が死ぬ前の、ひどい有様を知っている。もはや誰も知らないだろう千年前の、死を願い、自ら果てるに至ったあの、精神を病んでぼろぼろになった彼女の姿を」
「それは十分に見せてもらったわ。そう思っているなら、殺せばいいじゃない」
「でも……だから、迷っているのよ」

 幽々子は西行妖の下にある死体とその封印を暴くことで自身が消えることなんて考えてもいないだろう。だが、その根底に、彼女の意思のさらに深いところにある願いが、そこへ向いているのかもしれない。西行妖に幽々子が興味を持ったのは、自分を終わらせたい願望の顕現かもしれないのだ。

「じゃあ」

 霊夢が、押し出すように、口を開いた

「じゃあ、その選択、私が共犯になってあげるわ」
「共犯?」
「私は春を集めて、さっさと春にしたいだけ。あの幽霊がどうなろうが知ったこっちゃない。あの幽霊の持っている春を手に入れたら、さっさと幻想郷を春にするわ。だから紫、あなたはそうしようとしている私から、春を奪えばいい。使う前に私から奪って、もし私から奪うことが出来たら、彼女を終わらせればいい。」

 そう簡単には渡さないけどね。と、付け足す。

「覚悟があるなら、迷いが消えたなら、私から奪えるはずよ。」
「……考えさせて頂戴」
「別に答えなんていらないわ。あの幽霊から私が春を奪った後に、そっちから仕掛けてこればいい。それだけのこと。」

 元々私がつなぎ止めた命、とはいえ、命を一つ終わらせようと言うのだ。信念と覚悟は、なければならないだろう。迷いなど、確かに論外だ。
 言葉は、要らないのだろう。元々近すぎず遠すぎず、そうしてやってきた仲だ。
 じゃあ、そのときまで。
 ええ、そうね。
 軽く言葉を交わして、私は霊夢と別れた。

 霊夢。ありがとう。



「ゆか、り」
「ゆゆ……」

 その夜の彼女の口付けは、妙に熱っぽかった。先日私が突然キスしたことのお返しのつもりかとも思ったが、どうも、違う気がする。
 私の唇に重ねられる幽々子はさくらんぼの赤、上気する頬は桜色。熱っぽくて柔らかく、なのに強く私のそれを吸ってくる。

「ぁむ、んっ」
「はっ、む、ちゅ」

 並の人間ならばそれだけで昇天するほどの快感と死の香り。幽々子は私の背に手を回し、あなたも死からは逃れられないと死神が宣告するかのように、私を逃すまいと私に抱き付いている。死を誘う接吻は甘美で、私に絡みつく白い四肢は艶かしく、細すぎない体つきは逆にエロティックで、美しいを通り越して既に妖しく、その様は一度お互いに果てた後だというのに再び私の熾き火を煽り立ててきた。

「幽々子、今日は、ずいぶんね」
「そう、かしら」

 私は彼女にもう一度、触れるだけの軽いキスをしてから臥所を抜ける。少し不服そうな彼女はもっとしたいのに、と小さな恨み言を漏らすがしつこく追ってくることもない。

「なんか、焦っているの」
「え?」

 幽々子がぽつりと漏らした。

「紫、私のこと抱きながら、他の人のこと考えてるでしょ」
「いいえ。幽々子のことだけを見ているわ」
「うーん、いや、別にいいのだけれどね?別に紫の恋人とかそう言うつもりでもないし。ただ、なんか、私のことを見てるのに……私って、誰かに似ている?霊夢に似てるとは思わないのだけどなあ」

 似てない。
 富士見の娘と、幽々子は。全然、全然、全然似ていない。でも、私は思い出してしまうのだ。赤と言えば青、緑と言えば紫というように、幽々子を見ていると、かつて好意を寄せたあの娘のことを、どうしても思い出してしまう。だから、私は、幽々子に彼女を重ねているのは、事実だった。
 狂ってしまう前は、いや、壊れた後も度々体を重ねて、酷く狼狽した彼女を、狂気ではなく恋心とか劣情とかそう言うもので塗り潰してしまえると思った自惚れもあった。
 私の肌に爪や歯が突き立てられただけだった。その一時は快楽に沈めることは出来たけれど、私も一緒に沈んでしまっては意味がなかった。彼女の方が目覚めは早く、私が私を取り戻す頃には彼女はすっかりと元に戻って死の影に怯えているのだ。

「大丈夫、気のせいよ。」
「大丈夫も何も、別に紫が誰と睦み合っていようと関係ないもの。ただ、私とたまにでも寝てくれれば。」
「それも相手によっては厳しくなっちゃうかもよ?」
「そんな相手は、縊り殺してあげるから平気よ」
「やめて頂戴……」

 冗談よ、なんて、普通のヤツなら目が笑わないままに言うのだけれど、幽々子は本当の笑顔で言う。しかも冗談ではなく本気で思っていてもだ。死の能力を使うことに、さほどの憂いはないのだ。似ていない、全然、似ていない。
 幽々子は装束を着付け直しながら、付け足した。

「でも、焦っているのは、本当なの。何か、おかしいわ。西行が咲き始めてからね、この感じ。やっぱり何かが起こるのだわ」
「焦りがある?」
「早く咲かせたいのかも」
「ふうん」
「成仏、したいのかしらね」
「えっ?」

 耳を疑った。
 幽々子の口から、その言葉が?まさか。知っているというのだろうか?そんなはずはない。

「ほら、桜の木の下には、死体が埋まっていて、って話、あるじゃない。」
「え、ええ」
「あれだけ大きな桜ですもの、よほど綺麗な人が埋まっているのか、よほど沢山の死体が埋まっているのか、どちらかじゃない?」
「そうかも知れないわね。妖怪となった桜ですものね」

 はぐらかされたのか、それとも本当にそう思っているのか。彼女の考えは知れない。

「紫、春が、足りないの。手伝ってくれない?」
「いつもちょっとやってダメだったらすぐに諦めるのに、随分と」
「何か、決着が付く気がするの。ずっと、ずっと昔から保留にしてあった問題を掘り起こして、やっと解決できる。西行妖の内側から、誰かが読んでいる気がする。私も、西行妖に惹かれている気がする。何かに手招きされている。だから、どうしても満開に咲かせてみたいの。今年は幻想郷内の春の量が例年よりかなり多いわ。こんなの、向こう何十年もないと思うの。今年、咲かせないと」
「……気が向いたら、マヨヒガの辺りにある春も持ってきてあげるわ」
「ええ、お願いね」

 はっきりした。
 幽々子は、西行の根本にある彼女の死体から、求められている。招かれている。そして幽々子の根底もまた、それを望んでいる。
 彼女は、終わりたがっているのだ。
 今はそれは、像を結ばないぼやけた事実としてそこにあるだけ。目を背ければそれは見えなかったこととして過ごせるだろう。私にとっても、幽々子にとっても。
 閻魔に掛け合ってまで縛り付けた霊魂だ。
 それは、しかし間違っていたのだ。

「幽々子は、死にたいという人が目の前にいたら、どうする?」
「気持ちよく殺してあげるわ。それが望みなのでしょう?」

 幽々子の口から、彼女の言葉が出てくるとは思っていなかったが、私にはそれで十分だった。

「死にたい人は死ねばいいわ。生きたい人は生き続ければいい。なのに時間は平等に与えられ、平等に流れる。望むと望まざるとに関わらず、死に神は平等に現れる。この不平等の方が、残酷だわ。」
「そう、よね。」

 どうしたの、いきなり?なんて笑いながら私を見ている幽々子。その屈託のない、あどけない表情が、だがそれ故に、あの娘の真意と幽々子の様の乖離を、ありありと掘り出すのだ。
 富士見、わかったわ。私は、あなたを、終わらせる。



 異変解決の詰めに動いたことで、幽々子は霊夢に破れ、春を全て奪われた。
 幽々子が霊夢に勝っていれば、それは彼女の魂の懊悩がそうさせたのだと結論付けて終わるところであったが、霊夢はそれをも破った。今の霊夢は「それでも生き続けることへの肯定」の権現なのだ。
 だから今、霊夢がそうしてくれているように、私もあの約束を違えぬため、十分な春を携えた彼女の前に立ちはだかる。

「ごきげんよう、霊夢」
「あら。どう?事情は変わったの?」
「いいえ、何も」
「そう。じゃあ、集めた春を使わせてもらうわ」
「事情は変わっていないけれど、私の気持ちが変わったの。もう、迷いはないわ。」

 いい顔してるわ、今の紫。霊夢が不敵に笑って私に言い放った。
 余計なお世話よ。返す私の胸は躍っていた。

「博麗霊夢。あなたの持つ春を全てこちらへよこしなさい」
「いやだといったら?これ以上春が来ないのは、正直勘弁ならないのよね」
「ことが済んだらすぐに春になるわ」
「信用できないわね、黒幕の言葉なんて」

 霊夢と先日交わした約束。それはお互いに口に出さない。
 あの約束は密約であって、そう、それは私と霊夢の間での密約であるだけではなく、私と霊夢自分自身の中でさえ交わされたことを伏せる暗黙の了解。
 私は幽々子にこれ以上の苦しみを与えないように、だが霊夢はただ春を呼ぶために、春度を奪い合う。そこでは幽々子の処断についてのことは争点として明示されていない。それは意図的に伏せられ、それによって、この勝負がお互いが全力でぶつかるための口実となって機能していた。いや、お互いの、ではないく、私の、かしらね。霊夢はもう一人の私を代弁してくれているに過ぎないのだ。やはり私は、甘ったれだ。
 全くその了解に障らぬままにいた霊夢だったが、一言ぽつりと、弾幕勝負を始める前に、苦笑いした。

「あんたに想われているのね。あの幽霊が羨ましいわ」

 残念ね、霊夢。
 私が思っているのは、いつも貴方のことなのよ。

 私が何も答えないのを答えとみたか、霊夢は空間に符の陣を敷き詰めて試合の合図を示してきた。私はそれに応じるように、富士見に幻想の死(Necrophantasia)をもたらすため、同じく弾幕の陣を敷いて霊夢に対峙する。
 勝った方の正義が、通る。どちらが勝ってもそれが正義。でも、敗れたほうが悪でもない。ただ選ばれなかった結論として残るだけだ。
 私と霊夢の間で春を奪い合うその裏で、生と死の境界(BorderOfLife)が、せめぎあう。




 桜の散る様を綺麗だと、最初に言ったのは誰だろうか。
 消えてしまう儚さが、泡沫の如き刹那が、それがそんなに素晴らしいというのなら、咲き誇る美麗も、咲き続ける永遠も、同じように、しかちそれとは違って、素晴らしいのだ。
 幽々子は、まだ、幽霊として『生きている』。富士見の某は死んでしまったが、幽々子の美しさは、彼女のそれとは、違うのだから。
 ただ、富士見の娘が晩年望んだ『不死身の誰か』という存在が、この幻想郷には何人か存在している。それと出合った時、幽々子は一体不死者に対して何を見るだろうか。幾許かの不安は、まだ、染みのようにこびり付いたまま取れないでいた。

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