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【慧音】遍在拡張知性

ジェネリック投稿。

世界と
実体と存在と認識と
歴史と時間と
慧音と永遠と
幻想郷


慧音にも永琳に見合った永遠を持ってもらいたかっただけです。
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遍在拡張知性(Knowledges of Enhanced Intelligence for Nowhere or Everywhere)。

これを存在せしめているのは
世界に遍在する「認識する主体」である。

「主体」がなす認識は一つの「世界」を構築し
主体が別の主体と交わることで
その主体が持つ「世界」同士が一つにマージされ、
情報強化される(普遍的妥当性を得る)ことで
「共有された世界」へと姿を変えてゆく。

但し、「世界」というのは本質的には時系列を持たない。

「世界」とは
実体を認識した主体が作り出した「表象」の集合体であるが、
(認識された「実在」が「存在」である。
もしくは、「存在」状態が認識されていることを「存在している」という)
主体がその瞬間に認識していることによって
微分時間上に存在しているだけである。

こうした世界の実装方式においては
あらゆる「実在」が「客体」として存在を継続(≒証明)できない。

これを補うために外的知識として「世界」とは別枠に「過去」が設けられている。

「主体」が得た(認識した)情報全てを「過去」へとエクスポートした場合
「過去」は「別の世界」となる
(厳密に言えば、「世界」と同じ情報項目を持つ「世界のコピー」)

微分時間上に存在する世界(「現在」と呼ぶ)は
「過去」と結合されることで初めて時間的継続性を持つように振舞うことができるようになり
ひいてはそれこそが「世界」が時間軸を持っているように見える所以である。

「世界」を構成するのが無数の「実在」達であり
実在達は自らの存在を証明するため(自己認識のためと言い換えることもできる)に
「過去」を必要とした。
一瞬前の自分が証明できないと、自らの存在を帰納できないためである。

そこで実在各々が生み出した
「過去」を生成する「事実(≒認識)のエクスポート機能」同士が
その実在達のバックグラウンドで徐々に融合し共有され
「過去」の生成を最適化し始めたことによって生まれたのが
遍在拡張知性である。

主体達の共有資産としての形而上デバイスであり
世界から一切の主体が失われない限り、遍在拡張知性は消滅しない。
故に、逆説的に遍在拡張知性は、
時とともに存在しうるようでいて、
時間と共にしか存在し得ない。


「時」とは概念である。
その実在は証明されておらず、
その存在を仮定した場合においてのみ
世界のシーケンシャルな因果/作用/運動/関係を説明するため用いられている
(それは理論的な世界を肯定するための口実といってもいい)
いわば仮想概念である。
主体に認識された「時」を「時間」と呼ぶ。
時間は有限だが、時は無限であるとされている。

遍在拡張知性が過去を能動的に収集することがある。
その行動には以下の機能があるとされる。
・過去を主体達の意識に刻みつける
・過去を主体達の意識から抹消する
実際は収集行動自体によっては何の処理もされず
過去は単に処理待ち状態におかれるだけである。
一定の時間的スパンで行われる過去情報整理JOBによって
最終的な処理が行われる。

背反しうる複数の「過去」があれば、
その中から一つを選択して「正史」とし、
それ以外を「逸史」として論理削除する。

論理削除された過去の一つは一切の有機的機能を失い
いかなるモノにも干渉することもされることなく
「逸史」というストレージの中に蓄積される。
それは索引を持たない情報であり、
どれか一つだけを必ず選択する方法を持たず、重複を常とする。
故に「逸史」は「世界のコピー」としては機能しない。

情報的競合による逸史化以外にも
遍在拡張知性の独自の判断によって逸史に格納される事実も存在するが、
これは遍在拡張知性の全くの独断によってのみ行われる。






遍在拡張知性には人の形をしたアバターが設置されている。
これは遍在拡張知性の子機として自律しているが、
遍在拡張知性は自身で十分な近く機能を有しているため
このアバターはインターフェイスとして機能しているわけではなく
何故設置されているのか明確な目的は不明である。

最近、イレギュラーな主体が出現し
その主体の認識は
もとより不滅にほぼ等しかった遍在拡張知性を真に不滅とする結果をもたらした。
遍在拡張知性のアバターは今、そのイレギュラーの傍に存在している。

自分を生かし続ける主体へ引き寄せられる。
遍在拡張知性もまた、生命体の本能に近いものを有していたのだろう。
アバターの出現は、遍在拡張知性の生存本能の現れだったのかも知れない。

……ただの戯れかもしれない。

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