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【電気】節約という正義感

節約の意味を考えてみる。
それは「無駄を省くこと」で
自由なリソースをより多く確保することだと思う。

ああ、またあれかな。
先に断っとかなきゃいけないんですが
この状況下で「浪費しろ」とは思ってません。
その上での記事ですので誤解なきよう。

で。
節電節電って謳ってるじゃないですか。大声で。
アレ違和感あるんですよ、私。

というのはつまり、節電=電気節約なんでしょうけど
現状の切り詰め方が「節約」の範囲を超えている。


たとえば高層ビル。
基本的に窓が嵌め殺しになっていますよね。
アレは空気循環を空調設備によって行うこと前提の設計なので
空調を働かせることは「無駄」ではなく「応需」なはずです。
だったら開く窓をつけてください。

たとえば都心部地下鉄駅の階段。
エスカレーター+階段のキャパでようやく交通量を捌けている以上
エスカレーターの運転は「無駄」ではなく「応需」なはずです。
だったら階段を広くしてください。

勿論それが現実的じゃないのはわかります。
ただ、そういう消費電力提言の謳い文句に対して
「節電」という言葉を使うのが気に食わないのです。



先にも述べたように
節約という言葉は無駄を省くことであって
必要を我慢することではない(不要を我慢することだが)。

気温の調節機能を失いアクティビティの効率が低下するのは「応需」を削減されたからだ。

勿論空調が普及する前の耐久力を人間が取り戻せという話であればその通りですが、
果たして現実的でしょうか?
すでにコンクリートで緑を殺しまくっているビルに(しかも恐ろしく高い)、
緑のカーテンを展開する余地があるでしょうか。
アスファルトとコンクリートに敷き詰められた地面を(しかも恐ろしく広い)、
吹きもしない風を、降れば蒸すだけの雨を願って、
奇跡を信じる子供のように冷却を待つのが現実的なのでしょうか。

「無駄」であるなら削減されても変化は(少なくとも大きなストレスを感じるほどの大きな変化は)ないはず。
だがこれほどまでにストレスを感じる削減を「節約」といい続けるのは

宗教がドグマの下に人を殺し続けることを聖戦と称して神聖視/正当化しているのと同じだと思う。



言葉は「節電」だが、
実態はの「減電」「抑電」「粛電」だ。

それは悪いことじゃない。
関東で電力が足りないのであれば「消費電力を減らす」必要は絶対だ。

だがそれを「節約」によって実現しているわけでもないのに
「節約」という言葉の持つ人に潔癖性を強要するイメージによって推進しているのが気持ち悪んです。

「欲しがりません勝つまでは」位にすればいいのかというとまたそれもアレなんですけど。


・消費電力を抑えることに対する反発ではない
・言葉を正しく使えという主張ではない

では何かというと
本当にただの気持ち悪さなんです。

こう
聞こえのいい言葉によってコントロールしようという
もしくは
コントロールされる側がそれを聞こえのいい言葉にして自分を無理やり説得しようという
その状態が。




「節電」の言葉の側面には「節税」と同じものが混じっていると思います。
つまり企業体の利益にかなう上にそれなりに広くプラスイメージがある。

まあ「節税」って「脱税」のセフトくらいだから
プラスイメージってこともないのでしょうけど
税をとられることがマイナスイメージなのでそれを抑えるという意味では
「脱税行為」でない以上はそこそこプラス寄りなのかなと思います。

この「節電」ですが
CSRだ何だって言いながら企業が推し進めれば進めるほど
経費の削減になるんですよね。

だから電力の使用先?がお客様ではなく従業員である場合
容赦のない締め付けがある。
接客業務を多分に含むわけではない業種については
完全に従業員の勤務環境だけが泥を被る。

その上で仕事は通常通りにやってね、みたいなかんじ。

社会的な外見を綺麗にし
会社の経済に(少なくとも短期的には)好影響を及ぼし
そのケツは従業員が労働環境を犠牲にして持つ。
この構図が凄く嫌だ。




現状、原発事故以外は悪化方向ではない状態へ向かっている。

ああ、こういういい方嫌だな。「収束方向」っていうと
「まだ苦しんでるやつがいるんだ」とか言われるからそういえないし
こういうことにいちいち気を使いながら発言して、
ちょっと失敗したら総叩きにあう政治家って大変だな

そうして見えてきた変化が
運転を止めていたエスカレーターは時間指定で動いているし
地下鉄は既に冷房を利かせ
クーラーは止まっているけど扇風機は回されていて
電力を使用する先が従業員ではなくお客様である場合は割りと締め付けも緩和されている
というもの。

それが「応需」だという落とし処(それを甘えと言う人もあろうが)
なんだろうなとおもいます。



で、こういった現実的/有持続可能性な節電で
電力不足を解消できなかった場合
また
「節電!もっと節電!!」って言うんでしょうかね。

何も見ない考えないでいればいいのかもしれませんが
こうして
「少し元に戻った」のを
「節約観における正気の取り戻し」と一度捉えてしまった以上
再度の消費電力削減のスローガンに「節電」を用いられたら
また違和感を覚えてしまいそうです。


家にあった扇風機を会社に持って行って家が暑くて辛い…。

この記事へのコメント

Re: 【電気】節約という正義感

ω・')ほんと・・・うん。
かといって公の場で声を大にして言っても分が悪いだけで何にもならないこの状況。
「ぐぬぬ」ってなるしかないのでしょうか。

ω')うちの会社は窓の開かないガラス張りビルかつ西と南に面した角でエアコンとめられつつ扇風機禁止だぜ、いぇい!
(景観をそこねるから らしいよ)

Re: Re: 【電気】節約という正義感

>景観をそこねるから らしいよ
前の私の会社でもありましたわ、「景観を損ねるから」。
道具とか智恵とかで解決しようとするのをとめて体一つで何とかしろっていう
根性論(笑)、辛いですよね…。

Re: 【電気】節約という正義感

生活しやすいように街を作り変えていったのにインフラが使いにくくなったらこれもうストライキレベルですよ。
でも面白いことに体を張って耐えてるのって電気を消費する側で電力会社って何も言ってこないんだよね。
あと近い将来電気に変換するエネルギーを食い尽くすって分かってるのに「オール電化でエコ」とかよく分からない販促してたり。
今の現場はもうクーラー付いてたりします^p^

Re: Re: 【電気】節約という正義感

>今の現場はもうクーラー付いてたりします^p^
実際26~28度とかそう言うレベルでは稼働してますよね。

まあ別に事態が事態だから
消費電力を低減しようという動きはいいんですよ。
単純に「節約」っていう言葉で
それをあたかも「とても綺麗でかっこよく美しいモノ」見たいに見せてるのがいやなんですよねえ

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