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【咲夜_アリス】非交叉線分の恣意的連結に因る文脈間欠性の擦消

レミ咲を書いていた気がするんですが、
いつの間にか脱線して
なんかよくわからないままに行き止まりになってしまいました。

エロが足らない。
エロを書こうと思わないで書き始めると迷走しますね。
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 私の手には、常にナイフが握られている。
 メイドにナイフなんて、仕える主人に食事を給仕するときくらいしか使わないと思っていたのだけれど、これがなかなかどうして、いつも肌身離さず握っている。
 特に奇異なのは、そのうちの一本か二本が必ず聖別された銀製なのだ。自分で持っていて不思議だというのもおかしな話なのだけれど、銀のそれを懐に収めておかないと、酷く落ち着かないのだ。それは、裸にナイフでいるか、下着だけでいるかと問われれば、迷わず前者を選ぶ位に。それが何故なのか、私には思い出せない。
 思い出せないが、知っていた。

「お嬢様、お食事の準備が整いました」
「今日は満月よ。真っ白の満月。二人分足りないのではなくて?」

 私は、ヴァンパイア・ハンターだったのだ。
 聖別された銀は、亡霊だとか、ゾンビだとか、悪魔だとか、狼男だとか、そういう者達への対抗手段だ。人間が生み出した文明の証であり、加工しやすく、武器として形成しやすいというのは、ヤツらの弱点としては唯一。大蒜だの十字架だの日光だの滅法だの、そんなものよりもより暴力的で、金属とはいわば武器としてシンボリック。そして相手がヒトの心の闇に巣食う存在であるなれば、シンプルでわかりやすくシンボリックで説得力のある武器こそが、最大の武器なのだ。「銀」で「ナイフ」もしくは「剣」であるとか「弾丸」でもいい。そういった「武器」らしい武器であることがこそ、武器足りえる。これが「にんにく」の「ハタキ」では、どうしようもない。
 吸血鬼のような、強大なバケモノ相手であればこそ、より強いイメージが、必要なのだ。
 要は、信心、なのだろう。そう考えればなんとも情けないというか、それを下着よりも下に身につけている私は、何か大切なものを下らない偶像に奪われた抜け殻、中身もなく、薄っぺらな教義の下に夜族を殺して回る殺人人形のようでもあった。
 この銀のナイフは、かかるヴァンパイア・ハンターだった私の、名残。
 名残、というのは、だった、というのは、つまり私はすっかりと牙を抜かれたそれだということ。私はヴァンパイア・ハンターとして連なる血筋にありながら、今はこうしてメイド服をまとい、主人に仕える忠犬と成り果てている。私が仕えるその主人は、滑稽、これは酷く滑稽な話だが、吸血鬼なのだ。
 赤い月の下、その暴虐を振るい恐怖より生命力を吸い上げる不滅の夜族。夜の王の中の王。それを討つために、しろかねの月より遣わされた筈の私は、今はすっかりと敵にからめとられて、身動きが取れなくなっていた。否、もはや身動きをとりたいとも思っていなかった。

「今日は、お客人でも?月が赤い夜には、確かに大勢で召し上がりますが、今夜は」
「ええ、今日は重要な客人がいるわ。」
「申し訳ございません、では、二名分追加いたします。その方はパンとライスどちらを御所望でしょうか。今把握なされていなければ直接お客様に伺いますが」
「自分に聞きなさいな。」
「自分で、でございますか?」
「自分に、よ。」
「は……。お客人とは、私の存じ上げる方でしょうか」
「咲夜が、この世にもう一人いるならそういう意味にでもなるわね」

 私が仕える吸血鬼は、殊、特異な能力を持っているという。未だにそれを使っている姿を見たことはないが、この地域の伝説曰く、人の運命を操れる、らしい。
 私が私についての情報を「知識」としてしか知らず、これを経験として身につけられていない、いわば違和感のようなものは、それのせいなのではないか。私は、この土地に吸血鬼狩りに訪れ、そして……。
 いや、もはや詮無きこと。私は記憶にない古い私について、私だったらしいという空冷たい私の情報に振り回されるのを、とうに諦めていた。何よりここは居心地がいい。これが、我が主人の、お嬢様の仕業だとするなら、それはそれで良いだろう。幸い、私が牙を抜かれたからといって家からおかしな刺客が来るわけでもない。そもそも私は本当にそんな子供が考えたヒーローのような存在なのだとも思えない。逆にあのお嬢様なら取って付けたようにそんな胡散臭い設定をしそうでもあった。

「あ、ああ……。え、いや、しかし。ああ、あともう一名は」
「いい加減に思い出したらどうなの」
「は……?」
「こんな夜には、思い出さないかしら?」

 幻想郷には二つの月がある。赤い月と白い月。勿論本当に二つあるわけではなく、その上る高さによって色合いが変わるだけだ。だが周期的に夜になって現れたときから既に真白い満月で、真っ白く真天にあるままに夜が明ける日と、逆に真っ赤な月が夜になってから上り、赤いまま地平線に惹かれるようにふらふらと迷って夜が明ける前に赤いまま沈む日があるということ。
 主人が月夜を着飾る吸血鬼で、ここはそれを頂点に掲げた階級社会が敷かれた屋敷。紅魔館では、つまりそのような理由で、月の運びが重要なイベントだった。
 純銀のナイフに満月が映り込む輝きを見ると、酷く罪悪感に苛まれる。普通ならば、月並みにいうなれば、綺麗、とでも形容しそうなその輝きを、私は憎々しく感じてしまうのだ。
 喩えるなら、宵闇に紛れて、後ろめたい行為に耽るときに、窓から差し込む明る過ぎる月明かり。
 私の体は求め、指はそれに応え、心も体も渇き渇き、そしてわずかに潤うその行為を告発する光のようで。
 闇に溶け込む怪物を討つ誇り高き血族、それが私に与えられた私の情報だった。だのにその内側はこんなにもぬめった雌で、まだ大人になりきらない身体は日増しに丸みを帯び、匂い立つ女へと変化していく。一夜として慰めに溺れない夜はなくて、声を潜めて身体を縮こまらせ、それでも花弁と花芯だけは大きくめくり拡げて悦んでた。少女と雌を使い分ける私が酷く汚らわしいものに感じられて、秘め事が終わり荒い息遣いの中で脱力する私に差す白い月影が、見ていたぞとその私を、笑うのだ。責めるのだ。……見ているのだ。
 だから、こんな月の夜、私は努めて思い出さないようにする。

『あの真っ白い月の夜のことを』







 逃走、というとパトカーのサイレンや追っ手の怒号が四方八方から響いて、サーチライトが縦横無尽に駆け回りそうなものなのに、私のそれは余りにも静かだった。聞こえるのは私の心臓の音と、切らす息の音、そして自分の足音のみ。
 何から逃げているのか?姿の無い追跡者とは、まさに私が相手にすべき本来の敵であったはずだ。なのに、私は逃げている。全速力であの白い月に照らされながら。
 家出とか、そういうものではない。正確には一切そういった性格が無い訳ではなかったが、私は列記とした姿のある追っ手から逃げていたのだ。サイレンの音の代りに、微かに聞こえる無数の吐息が、サーチライトにはあの月影が成り代わり、私をすっかりと包囲していた。
 これでも金融再生都市だなどと銘打った現代の大都会だというのだろうか。華やかで近代的、明るくて安全なのは、表一辺倒の僅か薄皮に過ぎない。
 霧の街倫敦。
 実はこんな街よりも余程霧深い街がいくらでもあり、肩を並べる金融市場など今日日米国にも中国にも中東にも東亜にもあるというのに、まあ今夜も吸血鬼が夜を闊歩し、狼男が吼えるような中世のファンタジーから未だに足を洗えないでいる未練たらしい街。
 私が置かれている状況は、まさにそのアナクロニズムの権現だった。
 路地に入れば浮浪者もいる。ゴミは散らかり汚臭を漂わせ、猫が食ったのか烏が食ったのか人が食ったのか、猫の死体も烏の死体も、さすがに人の死体は無いが、転がっている。電灯は行き届かず、中世ならばガス灯の一つでもと思うがそんな気の利いたものさえない細い小径を、ぜいぜいと息を切らせて駆け抜けた。
 浮浪者ならば、逆に安心だ。私が逃げたいのは、中途半端に社会的地位のある男達。今私を追っているのも、そいつらだった。こういうのも何だが、私がそういう風に扱われているという情報は、それなりの地位の者の範囲に限られる。奴等はまるでカッフェでエスプレッソと煙草を傍らに政治を語り、経済を予想し、教養をひけらかして、学問を高説する、社交場の、いや、「夜の」社交場の彩りとして、私を使う。いや、私の、体だった。
 嘗ては闇を払い怪物を討つ者の家系として、多くの名家から密かにその権力を約束され、地位はさやかなものの、絶対の信頼の上に築かれた家、だったのだという、私の家は。それが今はどうだ。そもそも吸血鬼なんかいるはずが無いだろう。狼男なんて、百万が一実在したとしても今時姿を現すメリットなんて無い。悪霊を盛り立てていた教会の力は宗教然とした信仰を失い、人々の心の闇は化物ではなく欲望と人自らへの憎悪という形に姿を変えた。もはや、エクソシストもバンパイア・ハンターも、無用の長物なのだ。それらはそういった力があったからではなく、申し合わせられた需要に応える社会的システムの一環として歯車化の下に存在する歴然とした職業だったのだ。
 現代の倫敦で、いや、世界で、そんなのは流行ゃしない。おまんま食いっぱぐれた私の家は、大昔の栄光に縋る唯の貧民に過ぎなかった。形だけは貴族扱いで、その実は、私の体の汚れ方を見ればわかるだろう。
 ジーンズにスニーカー、Tシャツにパーカー。男の子みたいなチョイスは、自分自身を誤魔化すためであって、男共の目を逸らすには至らない。男共は、服を着ていない私の方が、見慣れているのだから。人並みの着衣は与えられている。だが特に下着に限って言えば、過剰なくらいに与えられた。使い捨てになるものもあれば、二度とどころか一度も身に付けないものもあるが。
 私は女である自分の身を呪っていた。それはこんな立場に落とし込まれた社会システムの付け合わせとしての女性蔑視を含むと同時に、私自身がどんどん「そういう」身体になっていくことの恐ろしさと気持ち悪さと、そして気持ちよさへの、呪いでもあった。
 細い道を駆け抜けて私を追い詰めようとする吐息を、するりと抜けて見せる。奇術師ぶったつもりの私は太い表路地へ抜けることにした。人目の多い明るい通りなら、奴等も下手に手出しは出来ない。表通りには明かりを煌々と照らす店もあり、道端にはストリートミュージシャン、ジャグラー、人形師、似顔絵描なんてこれまたまあ幾許か古い香りのする風景が、しかし賑やかに並んでいる。
 はずだった。

「お嬢ちゃん、こんな時間に出歩いちゃいけない。パパとママに連絡はしてあるのかい?」

 路地を出た目の前に「サイレンを鳴らしていないパトカー」が止まっていて、仰々しくも一台の中から四人も警官が出てきた。この警官は……。不意を疲れた私は路地に逃げ込む道も絶たれて取り囲まれてしまう。
 卑下た笑みを浮かべる警官が、私の腕を掴んで車内へ押し込もうとする。声をあげて抵抗しようとするが、口を押さえられてそれも塞がれてはそれもかなわない。少年犯罪が未だに絶えない古い大都市では、こんなことが茶飯事……でもないが、そこそこよくあること。誰も私が拉致されようとしているとは思ってみてはいないようで、つまりそういうガラの女に、私は見えるのだろう。
 もう懲り懲りだ。名前ばかりの貴族。何故その名前に縋らなければならない。プライドまで売って、身体まで使って、その名前に、そこまでの価値があるのか。男共の白い汚液はもう十分すぎるほどに飲み込んだ。胃で妊娠できるなら、もう何十回もしてる。お尻も同じだ。前だけは、面倒ごとを避けてか滅多に使われない。もしくは気持ちが悪いほどにきちんと避妊する。だが、精液が身体の内も外も、べっとりと汚れ、渇いたそれが黄ばんでひび割れるほどになっているのに変わりは無い。染み込んだそれは身体だけでなく心にまで滴り始めていて、つまり私はそう、もう壊れかけていた。
 家にも血筋にも頼らない私というプライドだけが最後の一線を保ち、だがその細い線さえも、他でもない私自身のオンナが突き崩そうとしていた。私も今年で齢十四。聞くに、身体が、子供から女へと変化してくのだそうな。初潮はもうだいぶ早い段階で終えてしまった。父も母も既に亡い私を取り囲んで、男達は、私の出血を祝った。その頃にはもう何度もレイプされていて、嬉しさなんてなかったけれど。
 私の口を押さえる手に噛み付いて、無駄だと思いながらも叫び散らす。

「っざけないで!私は、あんな家の名前は、要らないっ!お前等に施される必要なんか無いわ!だから、だからほっといて!これ以上、これ以上私を」

 これ以上、私を、女にしないで

 その言葉を飲み込んで黙った隙に、警官の一人が私を抱えあげた。
 パトカーの中に押し込まれる、と感じたそのとき。不意に警官の後ろから声がかかった。

「はいはい、お客さんを連れてきてくれたのは良いけど、そろそろ手伝ってくれない?」

 声の主は、私より幾つか年上と見える女性だった。セミロングのブロンドは白い肌とマッチしていて、引いたルージュの赤が生々しいほどに赤い。薄気味悪いほどの美しさ。美麗、とも違う。妖艶、でも無い。なんていうのだろうか、人形や宝石、陶器や硝子細工の持つ無機質な綺麗さがへばりついていた。

「何か、御用で?」
「お客さん、人形劇、見ていくのでしょう?」
「はあ?」

 何か訳のわからないことをいっているが、ははあ、表どおりのジャグラーだ。服装はゴシックテイストだが、周囲には木偶人形が何体も転がっている。

「私達はこれからこの子を保護して親御さんに」
「親」
「は?」
「私、その子の。」
「冗談はよしておきな。お嬢さん、流石に君くらいの年齢の子を補導しようとは、大人の配慮込みで、言わないけど、あんまり絡むようだとこっちもせざるを得ないんだ。君がこの子の親?」
「客引きに行っていてくれたのよね?いやよねえ、最近はおひねりが足りなくて」

 私とあんたが親子だなんて、どこの誰が信じるよ。欠片も似てないわ。

「この子は貴族のだよ。道端のジャグラーと関係あるはずが無いだろう。」
「貴族。まあ、貴族ねえ。それは私達のような存在あってのものでしょう?そうでないのに貴族を名乗っていたなんて、滑稽だわ。暫くだけど、その子を迎えに来たの。流石に親って言うのは嘘だけどね」
「平民あっての貴族ってかい。そりゃあそうだ。俺達だって貴族『様』には随分とお世話になったよ。今はその『恩返し』をしているというわけだ。」

 訳のわからないキチガイ女が時間を稼いでくれている。この隙に逃げ出そうかと思ったが、なにやら足が動かない。私の意識は、男共に拘束されているということよりも、目の前の女に注がれてしまっている。
 目が離せない。綺麗だから?違う。もっと、もっと根源的な。一目惚れ?馬鹿を言わないで。違う、違う、もっと、混濁した泥みたいな感覚。自然に身体に力が入り、緊張感を解くことが出来ない。
 その感覚の正体を探り当てることも叶わぬままに、私はただ緩んだ拘束に従ったままでいた。

「この子の親とは知り合いでね。子供の戯言に構っている暇は無いんだよ。ほら、どいたどいた。」

 私を捕まえた警官が、キチガイ女を突き飛ばし、私を車に押し込めてカタをつけようとする。
 無理やりに抱えられた男の腕の中で、つんと鼻を突く匂いを吸い込んだ。男の匂い。夜の匂い。私を狂わせる、毒霧。セックス。レイプ。精液。女。男。アルコール。薬。精神から冒して吐き気を催させる匂いが、記憶の断片を、硝子の破片のままに散りばめて、脳の中に撒き散らす。鮮明に映し出される痛み。硝子越しの快感。乱反射して見えない悲しみ。ハレーションする憎しみ。鋭く尖る快感。割れる自我。
 それを否定する、巨大な――

「あ、あああぁああ嗚呼嗚呼嗚呼ああああアあああああァァアああああああッ!!!」

 焦点がずれる。意識がチャンネル分解してスライドして歪む。剥離する言葉と意味を背なで感じながら、剥がれた向こうの闇を見るのが恐ろしい。極彩色の赤色が、視界に洪水を巻き起こしている。否定、否定だ。それは内包できない!証、∵を。それと背反の、命題を刻め!
 自分で発し、自分で聞く叫び声だけが、自分と自分をつなぐ千枚通し。でも足りない、足りない、声じゃ、釘付けに出来ない。もっと強いピアスが。もしくは、¬!

 ざく

 気がつけば、警官の脇腹にナイフが突き立っていた。横に寝かせた刃が肋骨の隙間を縫って奥へと侵入している。肉を掘る感触。刃で弾力のある柔らかさを抉り進む感覚が指から手、手から腕、腕から肩、肩から胴へ伝わって全身に導火線を張り巡らせ、マグネシウム粉末のストロボフラッシュで、記憶の鏡像から意識網膜に忘れていた記録を転写する。
 握ったナイフの柄は突き刺した後に捻られていた。空気を送り込み傷を深く、致死性のそれへと進展させる方法を、私は、いや、私のどこかが知っていた。
 およそ90度。記憶のスイッチを捻るのと同じだけそれを回した後で、私ははたと意識を取り戻した。私の頭の上で、警官の一人が信じられないという目を私に向けている。見開かれて血走っている。それを見て私は、恐ろしいと思うと同時に、とても愉快な気分が芽生えていることに気付いた。楽しい。爽快で、胸がすく。刃を捻ったこの手応えが、ねっとりと甘い水飴で、心臓にどろどろと滴りかかってくる。これは、そう、これは、快感。びりびり来る。全身を灼くストロボは身体の芯にじりじりキモチイイ。体中のどこにも無い性感帯を、剥き出しにして弄繰り回しているようだった。

「あーあ。そのナイフを使う相手は、人間じゃないでしょうに」

 人形遣いの女が、仕方が無い、と言いたげな顔で、快感を持て余して前後不覚に陥っている私を見ている。
 その横で、自分の仲間にナイフが突き立てられている後継を目の当たりにしたもう一人が、状況を把握して声を荒げた。拳銃を取り出して、私を狙いをつけようとする。残りの二人もそれに続く。

「この、クソガk……」
「世話が焼ける子だわ、全く」

 男共が銃口を私に向けると同時に、女は右手を水平に差し出して、一言。

――怪奇:青い血の女と"あれ"――

 突如、女の周りに転がっていた人形が(そう、今になって思えば、突然現れた通りすがりの女だったのに、何故か足元には既に人形が複数転がっていたのだ)一斉に、勝手に飛び上がって男達に飛び掛る。
 どういうわけか小さな人形ごときを振り払えずにうろたえる男達に人形は、腕から生えた刃物を突き刺していともあっさりと殺してしまう。それは殺人というには余りに淡々としていて、人形を操っているらしい女の持つ無機質な美しさと奇妙な合致を見せるその有様が、凍えるような恐ろしさになって襲い掛かってきた。
 恐ろしさに周りを見渡すと、さっきまで賑やかだった繁華街のネオンの中に、人は誰もいなかった。誰一人、誰一人だ。何故?何が起こっているの?この女は何?

「……ひっ!」
「何よ人聞きの悪い。あなただって殺したでしょう?」

 そうだった。私は、私は人を刺して……この手で!

「違う、違うわ。アレは、バケモノだったの。闇に紛れて人を食うバケモノ!邪悪で低俗な下級夜族!私は、私は悪くない!」

 そうだ。
 こいつら、ぜんいん、わたしを犯すことしか考えていない、低俗な……

「しっかりしてよ、あなた、"血族"なのでしょう?」

 女の人形はいつの間にか唯の人形に戻って地面に転がっていて、何度目を擦ってみても腕は刃物なんかではなくセルロイドの粗末な手に違いなかった。でもこの人形達と同じように横たわっている警官"らしき"男共は、確かに息絶えて……あれ、血は?刃物でやられたのに、血は?

「な、何よ、私はあんな家のこと知らない!父も母ももういない。生まれた頃からおもちゃにされて、名前ばかりの貴族としてアイツの家に飼い殺されているだけだわ!」
「ははあ、道理で。暫く振りに来てみれば、随分と居辛い街になったわけだわ。ガス臭いし、金物だらけ。魂も精霊も抜け殻でマナも少ない。いないのね、あなたの、獲物が。」
「私の獲物?ウチの?そんなもの、端っからいないわ。いるわけ無いじゃない、吸血鬼?ばかばかしい。そんなもの、いるわけが」
「あら、いるわよ?」
「は。こんな時代にオカルティスト?流行らないよ、そういうの。さっきの人形だって何かの仕掛けが」
「いるわよ、今、あなたの目の前に」

 女の口の端から、鋭い犬歯が覗いている。見ると死んだ男達の死体は真っ青な炎に包まれて燃えていた。それは不気味なくらいに真っ青で、流れ出た血液のように低く地面を這って広がっている。その青い炎の光は辺りを薄青に照らし出し、この街の一角を別の世界のようにライトアップしていた。いや、この人っ子一人いない通りは、既に魔界との辻と化しているのではないのか。

「今時闇に紛れて美女の血液ばかり吸う吸血鬼だって、流行ゃしないのよ。都会派の吸血鬼はね、食事は食事と割り切るわ。そしてあなたのような綺麗な血は、食事ではなくて、蒐集対象なの」
「お前」

 まさか本当に。
 この付近の空間ごと、"仕掛けた"とでも言うの?

「まあ新参者の吸血鬼ってことになっているけれど、あの有名なヤツと大して変わらないのよ、私?」

 この女から、視線を逸らすことができなくなっていた。手に握っていたナイフが、そういえば一体どこから持ってきたものだったのか思い出せなかったが、それを握った手に力がこもる。吸血鬼を名乗る女の青い目を、その幻視力に打ち負かされぬように真正面から見据えた。
 

「そうそう、思い出して頂戴。あなたは吸血鬼を打ち倒す存在。まだ使いこなせていないのでしょう?その能力」
「そんな、そんな非科学的なもの、存在するはずが無いでしょう!」
「なら、あなたの家は何のためだったの?自分自身を否定するのがそんなに気持ちいいかしら?それに、あなた自身感じているでしょう。私を目の前にして、湧き上がる何かに。ほら、私、今、人を殺したわよ?一度に三人も。さして旨くもなさそうな血だったけれど、きちんと頂いたわ。この子達の中にしっかり保存してある。きちんと調味してから頂くわ。」

 女がひけらかすように自らの行為を語るのを見ると、腹の中で何かが暴れ出すのを感じた。どす黒い、蛇のような、だけどもっと獰猛で執念深く、高潔であると同時に邪悪。それは殺意にとても似ていて、でももっと不気味に脈打つ熱を帯びている。

「その銀のナイフが妙に手に馴染むとは思わない?それで人を刺した感触に、興奮したでしょう?それでイけそうだったでしょう?違う?」
「ち、がうっ」

 女がつかつかとブーツを鳴らして歩み寄ってくる。私は一歩退くのが精一杯で、身動きが取れないでいた。女の不気味なまでの美貌が目前に迫り、呪われたサファイアみたいな目が私の目を丸呑みにした。

「違わないわよ。ほら、感じなさい」

 女はナイフを握った私の手を掴み、その手のまま、ナイフの切っ先を

「なっ……なにを、して」

 自分の腹に突き刺していた。

「っ、ほら、どう?気持ちいいでしょう?"本物"に刺すのは、堪らないでしょう?」

 ほんの少しだけ眉を動かすが、平気な顔をして、私を妖しく笑ってみている青い瞳。碧玉の瞳に射抜かれならが、私は、手から伝わるその感触が体中に高圧電流を流す前兆を感じ、ほんの一瞬だけ戦慄に目を見開いて、そして。

「あ゛っ……お、オあぁっ……!?な、に、こっれぇぇええっ……」

 膝の力が抜けて立っているのさえ危うい。それはただの脱力によるものではなくて。

「ヒぃいっっ……!お、ぁ、かひっッ、や、やめ、へえェっ……!!」

 突き抜ける高圧電流は、私の女だけを器用に通り、その軌跡に凄まじい快感を焼結していった。膝が笑って、崩れ落ちそうになるところを、女に抱きとめられた。

「覿面ね。あなた、たった今童貞捨てました、って男の子みたいな顔してるわよ?……さぁ、もう一回味わいなさいな」
「やめっ、やめへ……っ!こんな、こんなので、ろうひてッ……んひぃっ!」

 女が薄ら笑いながら、私の手を引いてナイフを抜く。刃が肉を擦る感触だけで、私の脳味噌の深いところがスパークして焼ける。痙攣を始める私の体をしっかりと抱きとめたまま、続けざま違う場所にもう一度ナイフを突き立てる。
 深い。今度はさっきのとは比べ物にならないくらい奥まで突き刺さって、そして、あまつさえその刃をぐいと捻る。一度じゃない。二度、三度、回すだけではなくて掻き混ぜるみたいにして、私のナイフを細い体で弄んでいる。

「っはあっ、どう?ねえ、どう?私の体、気持ちいい?ねえ、っ!私にぃっ、突き刺して、気持ちいい?気持ちいいの!?」

 女の声が上ずっている。ナイフを突き刺した傷口からは、赤い血がどくどくと溢れていて、とても無事ではすむ量ではなさそうだった。それでも女の顔は紅潮し、私を支える軸も、心なしか震えていた。
 この女の様を、私は知っている。私もよくしていることだった。私は、ナイフの代りに自分の指を使う。腹に突き刺す代りに、女性器に突き刺す。今この女が私の手を、ナイフを、そうしているように、何度も何度も突き刺し、抜いて、掻きまわし、抉り、つまり、この女のしていることは、私のオナニーとそっくりだった。

「きもっひ、ぎもぢぃ゛っ゛!なんでっ、なんれへええェェエエえ゛っ゛!オぉっ、いぐっ、っぁ゛、ナイフ、ナイフ刺すの、らめ、おがじぐっ、あたま、おかぢぐぅっ……」

 体中が弛緩して、瞼が沈む。目玉は寄って焦点を失い、上を向いて白目を晒した。顎は開き、舌が口の中に納まる力を失って垂れ出す。びくっ、びくっ、跳ねるように痙攣を繰り返す身体は背を思い切りそらせて、受け止めきれない快感に蹂躙されていた。

「吸血鬼を切り裂くのがあなたの本来。それが快感。あなたは『そういうイキモノ』なの。覚えなさい、この、快感を。身体が知っている、血が記憶している、この快感を」
「イ、くぅっ……!ないふさしれ、イっひゃう……ぅっ!こんに゛ゃの、こんらろおがひいィい゛い゛っ!!れも、でもきもひぃいのぉおおっ!イク、いくイクイくいクいくぅぅうううっ!!」
「このナイフの感触を、魂に刻み付け(soul scalpture)なさい、っ!」
「んひぃい゛いいぃいぃイィィイっ゛ぉっ、オぉっ、んほおおォおお゛ぁああぁ゛あアあぁああっ!!」

 思考回路という者が本当に存在するのなら、ぶつぶつと音を立ててそれがちぎれていた。巨大なオーガズムの波に飲み込まれて、身体は言うことを聞かない。痙攣は止まったが、弓なりに反ったまま彫像のように固まった四肢。股の間からは弛緩した隙間から小水が勢いよく噴出して石造りの路面に水溜りを作っていた。
 やがて体中の力が抜け直し、女の身体に抱かれたまま、ナイフを突き刺した腕もだらりと垂れている。でも、その手からナイフが落ちることは無かった。

「いたた、少し、やりすぎちゃったかしら」

 その私を抱えて別の場所に座らせて、私の身体を拭いて服を着付けなおさせる女。ナイフを滅多刺しにした腹の出血は、まだ止まらず、ぼたぼたと赤い滴りを落としている。が、それでもあれほどめちゃくちゃにしていたことを考えると、その出血量で収まっていることも、ましてやこうして自由に動き回れるのも、尋常なことではないように感じられた。

「おま、え、本物……」
「さっきからそう言っているでしょう。所謂古典的な吸血鬼とは違って、新参の都会派ってところだけれどね」

 気がつけば街を行く人波も戻っている。私は路地の片隅に力なく座り込んだ子供として風景に溶け込んでいて、女もまた、それをしゃがんで覗き込む道端のジャグラーに戻っていた。
 変わったのは、一丁向こうで、謎の焼死体が発見されたという『現実』と『幻想』の融合だけ。

「しっかりしてよね。あなたの存在が、ヨーロッパの怪異達を救うのだから。私達だけで『あっち』側へ行くのは容易い。でも、それを討ち倒す『人間』も一緒でなければ、先細りの延命でしかないわ。」

 ああもう、マナが足りない。酷い文明ね。
 女はそうぼやいて、出血が止まらない腹に手をかざしては何か言葉らしいものを呟く。ぽう、と微かな光が現れるが、それもすぐに消えてしまった。

「わたし、は」
「暫くその肉欲に溺れるがいいわ。振り回されて、翻弄されて、暴走して、付き合い方を覚えなさい」

 女はすっと立ち上がる。出血はほぼ止まっていた。

「そしたらまた迎えに来てあげる。あなたのための最高のステージを用意しておいてあげるわ。」

 私は、混乱する頭の中ではちゃめちゃに飛び交う紙片を一旦全て脳の片隅に追いやって、人形を片付けて立ち去ろうとする女を呼び止める。

「名前」
「うん?」
「名前くらい、教えていって」
「あなたの名前を、私は聞かないわ。きっと次に会うとき、あなたの名前も変わっているから。だからそのときに、教えてあげる。あなたは私のことなんて、覚えていないかもしれないけれどね。」
「なによ、それ」

 言っていることの意味がわからない。『あっち』ってなによ。私が一体何を救うって言うの。吸血鬼なんて、本当にいると思ってなかったし、もう何もかも訳がわからない。疲れた。こんな疲れる夜は、初めてだ。
 名も名乗らぬ自称吸血鬼の女は、今度こそこの場を立ち去っていった。

「またこんな月の夜に会いましょう、可愛いヴァンパイア・ハンターさん」

 立ち上がりざま、私は唇を奪われた。挨拶くらいのつもりだったのだろうけれど、重なった唇がとんでもなく熱くて、それが離れた後も暫くの間じんじんと熱を孕んだまま冷めなくて、私は、酷く狼狽してしまった。
 立ち上がる気力もわかなくて、私は、真っ白い月をただ見上げて、その場に座り込んだまま動けないでいた。
 取り残されたようで、泣き出したいほどに、惨めな気持ちだった。







 私は殺した。私を釘付ける、忌まわしい男共を。そこを飛び出して、夜へ潜り込んだのだ。
 あの女の言う通り、ナイフで切り裂く快感を求めて私の体は中毒症状を起こした。でも、この街に、吸血鬼はいない。あの女が本物だったのかどうかはもう知る由も無いが、いくら夜を彷徨っても、私が求める者に出会うことはなかった。
 それでも身を焼く禁断症状が、私をいよいよ殺人鬼へと仕立て上げてしまった。夜な夜な快感を求めて、切り裂く肉を求めて歩き、仕方なく人を殺して自分の身体を鎮める毎日。

 こんなんじゃ、こんなんじゃ足りないの。
 もっと、もっと深い快感が欲しい!

 この快楽に溺れ、やがてそれを手懐けろと、女は言った。私があの夜私を置いていったのは、この身に余る快楽と、最近芽生えてきた"妙な力"を制御出来るようになるまでの、いわば猶予(いざよい)だったのだろう。
 今の私は、あの女に操られて人を殺し続ける殺人ドールに他ならなかった。

 まだなの?
 私のために用意されるステージって言うのは、まだなの?
 気持ちよく、なれるんでしょう?!

 それでも私は感謝していた。これほどに身を焦がす欲求不満と中毒症状に苛まれながらも、あの薄汚れた仄暗い黄昏時に閉じ込められていた私を、こっちに来いと手を引いてくれたのは、あの女だった。
 殺すべき相手を探しながら、それを見つけられずに霧の街を彷徨いながら、適当な人間を殺しながら、私は、ただただ、あの女にまた会える日を、待ち続けていた。

 私の夜は、まだ、明けそうに無かった。







「と、仰られましても……」
「もうっ!じれったいなあ!」

 お嬢様が痺れを切らして叫ぶ。両手を挙げて牙をむき出しにして、がーっ、って言いそうな勢いで飛び跳ねている。

「相変わらず仲がいいわね、あなた達。本当に主従関係なの?」
「お、来たわね」
「これは、アリス様」

 これから夕餉時だというのに。
 もしかして、食事に迎えられた客人というのは、アリス様のことなのだろうか。

「はろはろー。やっぱ一人飯より大勢よね。呼んで頂いて有難う。」
「ま、同族同士のよしみってやつね。」
「ちょっとちがくない?」
「え、同族?」
「あー、西洋系ってこと?」
「そういうことにしておこうかしら」
「……ああ。して、では、何故私も同席を許されているのですか?」
「だから、西洋系」
「まあ、そういうことにしておこうかしら」

 なんだかよくわからないまま、私は主人と主賓と自分の分の食事を用意して、珍しく賑やかな夕食を楽しんだ。

「そういえば、咲夜さん」
「はい」
「まだ『改めて名乗って』なかったわよね?」

 はい?

「私の名前は、アリス・マーガトロイド。あなたは?」
「……何のジョークなのか、わかりかねます。」
「名前を聞いているのよ」
「咲夜、もっと瀟洒になさいな」

 この人達、さっぱり訳がわかりません。

「い、十六夜咲夜、です?」
「こら。何で疑問系なのよ」

 お嬢様から突っ込まれるが、私は、アリス様とのその遣り取りに、何故か妙な満足感を得ていた。
 昔からわからなかった子供の頃の小さな謎が、ぽろりと解けたみたいな。そしてそこから感じる充足感。安堵感。達成感。なんだかよくわからないけど嬉しくて、心地よくて。

「やだ、咲夜、泣いてる?」
「えっ」

 何故か、ぼろぼろと涙がこぼれていた。
 泣くような感情が高まっているわけではない。ただ、ただただ、溢れるように涙が流れて。

「たっ、たまねぎがですね……!」
「ちょっと!吸血鬼相手にたまねぎ使ってるの!?」
「あっ……」
「あ、じゃないわよ!!平気だけど」
「ならいいじゃないですか」

 お嬢様との下らない掛け合いも全く日常茶飯事で。
 アリス様は、そんな私達を、優しそうな目で見ていた。

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Re: Re: 【咲夜_アリス】非交叉線分の恣意的連結に因る文脈間欠性の擦消

有り難う御座いますー。
サクサクさっきゅん。逆にささせられちゃうというのをやってみたかったんです。

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