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【てゐ】ER東方~てゐがオナニーするだけの話~

なんか色々に思うところを詰め込んだら
なんかよくわからないSSになりました。
作業オナニーってのを表現したかったけど、巧く行かなかった。
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「留魂湯を!あと忘我香も!生食もありったけ持ってきて!」
「何事?」
「いいから、早く!」

 永琳の様子は尋常ではなかった。あのように鬼気迫った表情で指示を出す彼女を見るのは、出会ってからまだ数度に留まっている。
 留魂湯とは強力な昇圧剤だ。軽い低血圧状態に使うような代物ではなく、その名の通り、命を留める必要性に応じて投与される薬品だ。血管を収縮させて強制的に血圧を上昇させる効果があり、心停止などの応急によって用いられる。忘我香は麻薬の一種だが永琳はこれを強力な鎮痛剤として転用している。鎮痛効果は強いが、同時に呼吸抑制力も強く、必ず補呼吸術符と一緒に用いられる。
 二者とも、滅多に使われることの無い薬品だ。それほどの何かが起こったというのだろうか。
 白衣は脱ぎ捨てられていた。いつも着ている白衣では雑菌が多いと判断されて、より抗菌性・対汚染性の高い薄黄色の上着に着替えた姿が想像できる。その証拠に、微膜皮手袋の封が切られ、マスクも同様に開封されていた。
 私は永琳のただならぬ様子に応じ、指示通りに留魂湯のアンプルを薬品庫から浚うように持ち出す。指示は受けていないが、恐らく研究室の一角に設けられたクリーンルームへ持って行くべきだろう。私も彼女がそうしたであろう様にディスポガウンを着用し、マスクを着用してクリーンルームの前へ向かった。手を洗い、うがいをして手袋を着用する。気圧調整された二重扉を抜ける途中で留魂湯のアンプルを洗浄する。薬品庫にある薬品は、そもそもこんな急な使用を想定していない。クリーンルームに入るのにアンプルごと洗浄するのは、かなり荒っぽい方法だった。生理食塩水はクリーンルームに備え付けられている。そのパックを抱えられるだけ抱えてから薄黄色いマナ・ランプの光に照らされたクリーンルームを奥へ進むと、ガウンをまとった永琳がいた。

「れい、せん……?」

 永琳の目の前に横たわっている"もの"を見て、私は言葉を失った。それは、骨と肉が不規則に入り混じったもの。血が流れ出ていて、皮膚なのか脂肪なのかわからない質感のものも見えた。
 私はこれを見たことがある。
 「死体」だ。
 永琳はその肉とも骨とも付かない塊の上に乗っかった頭思しき部分とそれをつなぐ辺りへ輪状甲状靭帯穿刺を行っていた。気管カニューレを穿刺しているのを見ると、確かにあの辺りが首なのらしかった。が、芳しくないらしい。穿刺したところからは呼気ではなく血液が洩れてきている。肺の内部に出血があるのだろうか。そもそもまだ生きているということに驚きを覚える様相だった。
 永琳が挿管の先にシリンジを据えて吸い出してみると、それはあっという間に血液で満たされた。肺が血で溺れてしまうのを防ぐためにもう二枚の術符とデバイスを準備している。一枚は血液除去、一枚は忘我香用に用意した呼吸補助の術符に、永琳が即興で手を加えて応需に改造したものだった。機材は、ドレナージ用のもの。基本的に硝子とゴムのチューブで出来ているが、要所要所でびっしりと術式集積回路が刻まれている。

「まだよ!うどんげ、しがみついてなさい!」

 永琳は気道穿刺を行い、二つの術を制御しながら、その肉塊に向けて言葉を投げている。しがみつけ、とは生きていろと言う意味だろうか。胸部にも穿刺し、ドレナージを行う術符とデバイスの挿入を準備していた。
 が、私にはとてもそれが生き物には見えなかった。頭らしい部分の上に、一本だけ、アンテナが残っている以外、それを鈴仙と認める糸口は無い。
 四肢の内、残っているのは左足だけだった。脇腹はぽっかりとなくなっていて、筋なのか内臓なのかよくわからないものがはみ出していて、その間から骨が見えていた。それを除いても全身の皮膚はほとんど失われ、水疱や糜爛を呈し、ところどころ壊死に至っている。じくじくした血液と滲出液が常にシーツを濡らし、流れ、しかしそれらが、「まだ生きている」と訴えるように小さく脈打ったり蠢いたりしていた。

 死んでいるよりも痛々しい。

「永琳、薬、持ってきた……」
「そこに置いといて、手伝って頂戴。」

 いつになく厳しい声色からは、その表情の固さも想像に難くない。私は永琳の横に立って彼女をサポートするスタンバイを取った。
 実際に永琳のオペを見るのは初めてではないのだが、最近ではめっきり見なくなった。そのほとんどを行うようになっていた優秀な助手とは、今まさに目の前で死にかけている血肉だった。



set EMS = 緊急メンテナンスストレージ as GR
展開 同時実行,multi-thread(保符,温符,察符) arry保護符
arry保護符(0) = True
arry保護符(1).s = convK(EMS.鈴仙(-1).s)
状態 as grid = 監視 * source=arry保護符(2),2ms,active
it = itre(状態)
if it__*__ not equal GREEN then system.out.alarm(EMS.汎用.警告0001)
Set EMS.鈴仙(-1).ExInf (Read(状態.Registry保護符(*))),3
封符(鈴仙(-1)),*,*

for True continue and(除血 as DRANAINAGE, 呼吸 as PEEP) loop

RUN

OK、OK、警告を無視、承認、OK

 永琳は術符を同時に複数展開しながら、外科的処置も同時間軸上でこなしていた。展開している術符一つ一つが命に関わる高等術式だ。優秀な魔法使いで一つ、ようやく使えるようになるそれを、聞き取れただけでも六つ同時に稼動させながら、滅菌や切開、止血の外科手技を施術していた。まさに神業。

「感染コントロールを継続しておいて」
「はい」

宣言 抗符:あんちびお
RUN

 対する私に維持できるのは、せいぜい一つ位のものだった。
 いろいろのものが魔術で行えるのは確かだが、それを精密に行うのはまた別の話。私も鈴仙もそしてたまには永琳も興じる弾幕ごっこにおける魔術に比べて、遥かに高精度でデリケートなのが、医療用の魔術だった。魔術おいて、出力を増強することはさほど難しいことではない。エネルギーさえつぎ込めばいいのだから。また一定を超えない限りは、効果を及ぼす時間的もしくは空間的範囲は、広い方がコントロールは楽になる。ただ、精密制御となると、制御する空間的範囲が広がれば広がるほど累乗的にスキルレベルを必要とし、故に見た目に地味な割りに高等技術となる。
 医療用に術を用いるというのは、理論的には効果的だが、そのキャパシティを生かすだけの能力を持った人物はほとんどいないのが現状で、実用レベルに至っているのは、私の知る限りでは目の前でオペをしている永琳くらいのものだった。
 鈴仙も、私も、見習いレベル。全く、単機で患者に向き合えるだけのスキルは持っていないのだった。
 こうして間者に向き合うとき、永琳と、鈴仙や私は、家族と言う立場を失う。主治医と助手に徹し、態度も言葉遣いの公私も、現にその混同を慎まれなければならない。

「死ぬんじゃないわよ、うどんげ。あなたは、特別なんだから」

 永琳の声は、しかしいつもの毅然とした医者らしい威厳を幾許か欠いていた。私の目から見るに、その神業を持ってしても、目の前の鈴仙を救えるとは、考えがたい。それほどに、無残な姿だった。
 それはもはや"怪我"ではない。一体何があったのかは知らないが(予想は付くが)、身体のほとんどが失われているのだ。むしろ、生きているほうが、不思議だった。長細く赤黒く変色した肉に、丸いものが一つ、細長いものが一本生えているだけのそれを、生きた玉兎だと認識するには、私の経験はまだ浅すぎて。
 口の利ける状態ではない鈴仙が今どういう気分なのかはわからない。そもそも意識などあろうようにさえ見えない。永琳は浄精(消毒剤の一つ)で丁寧に消毒を施しながら、出血の酷い箇所に止血を施していく。全身にわたるその作業を終えると、宙に張り付いたように展開されている察符の描く文字列を確認する。
 「がんばれるわよね」と呟いて、今度は肉骨の中央辺りに指を当てた。指先からは極細い青色の光線出力されていて、表面から少し浮かせた状態で指をまっすぐに走らせると、光線が当たった通りに肉の表面が綺麗に裂け、内部のものが顔を現した。
 内部での出血がひどい。まず肋骨が粉々に砕けて肺に突き刺さっていた。これが心臓にも刺さっていて、胸腔内に血液が溜まっているのも無理はなかった。術で強制的に心肺を機能させている状態を脱するため、開胸手術を行い、止血をすることが最優先となった。

「深く切開するわ。このままじゃ投与した強心剤が負担になる」
「はい」
「血圧は」
「低く遷移、2000-3000。上下は安定してますが、値自体は下方閾値を下回っています」
「ルカリウム濃度」
「低下中です。まだ下がります。」
「酸素飽和度は?」
「血液の送気能自体には異常ありませんが、血圧の低さが容態安定の阻害になっています。」

 永琳は淡々とその情報を吸収しながら、術の判断を下していく。
 私はこうして大切な人の「命」を「値」に分解していくことが、正直怖かった。永琳は平気なのだろうか。不老不死だから?命を無機質に解剖して、小さなパーツに分解して、観察する。永琳程の医術というのは、永琳程の特殊な立場に立った者の、ある種異常な境遇でなければ至れない領域なのではないか。人を分解することへの抵抗の低減。永琳は命を命と思うことが、出来ているのだろうか。
 肺に突き刺さった骨を抜き取って、傷ついていた肺静脈の止血を行う。求められるままに鉗子やメスを手渡し、レポートを記録し、溢れる血液を吸引しながら、輸血を行う。私は、永琳にオペレーションに集中してもらうための脇固めを淡々と行っていた。永琳がそうであるように、結局、私も、淡々と。
 胸腔ドレナージによって血液を排泄し、出血箇所に治癒術法を施そうとする。が、永琳は処置が一筋縄ではいかないことを、告げた。

「だめね。他の損傷も酷い。胃と腸、脾臓は取り出して。体外で治療して戻せそうなら戻すわ。他の臓器を優先するわ。まず心臓と肺を」
「はい」

 取り出して。戻せそうなら戻す。
 永琳はさらりとそう言った。確かに、確かに、ただ生きながらえさせるのであれば、今はなくてもいいのかもしれない。それでも、それでもそれは、鈴仙の一部なのに。
 永琳と鈴仙の手術の仕方には大きな差があった。鈴仙はもっと「血の通った」方法でやる。それは、大部分は技術の差であり、鈴仙では胃も腸も取り払って治療をするような技術がなく、恐らくこの自分自身を目の前にしたら手を施すことも出来ずに死なせてしまうだろう。その点で永琳の方法が必ずしも冷血であるとは限らないのだけれど、私の感情は、そんな理知的な判断を下せなくなっていた。
 だって、鈴仙は。
 永琳は私からハサミやメスを受け取りながら、てきぱきと臓器をとりわけ、かきわけ、止血して、取り出していく。見事綺麗に胃と腸の一部は一旦取り出され、羊水の中に保存される。開腹した鈴仙のおなかの中にも常にその羊水は流し込まれ、それは設置された排泄弁を通って鈴仙の身体を出て浄化槽で除染してから再び鈴仙の身体へ。臓器への損傷を減らすと同時に手術に耐えうる時間を延ばす溜めの措置として使用されている。
 薄青色にぼんやりと発光する、術式によって加工された人工羊水は、生体組織の劣化を防ぐと同時に、その中の時間の流れを急速に減衰させる。これに保存されたものはほぼ鮮度を失うことなく留置される。その隙に、本体の治療を行おうというわけだ。
 非常に理にかなっている。恐らく術の制御精度に間違いがなければ、最善の方法だった。
 それでも、その青く染まった液体にぼんやりと浮かんで漂っている消化器官も確かに鈴仙なのだと思うと、切り取られて分離したこれに対して、どのような感情を抱けば良いのか、わからなかった。

「てゐ」
「あ、はい。すみません」
「心臓に施術が必要だわ。無血・静止視野を確保するために心臓を一旦止めるから、人工心肺の設営を手伝って」
「え、あ、はい」

 心臓を止める?
 永琳の言うことは私には全く未知の言葉に聞こえた。
 心臓を止めるって、それって死んじゃうんじゃないの?
 永琳の手術に立ち会ったことは何度かあったけれど、そんな言葉を聴くのは初めてだった。鈴仙はどうのだろうか。

「あの」
「なに?」
「それって安全なんですか?」
「このまま放っておくよりは、確実に安全だわ」

 確かにこのままでは鈴仙は助からないだろう。でも、だからと言って、その扱いは余りに"物的"過ぎる気がして、どうしてもすんなりと納得することが出来なかった。
 それでも、鈴仙という存在をこの世に残すには、もう、こんな冷酷な方法しかないのだろう。


展開 同時実行,multi-thread(吸引,除水,吸引回帰,自己血回収,心筋保護) arry人工心肺
pac arry人工心肺(*)
RUN

 永琳が見たことのない回路術式を実行している。その表情は真剣そのもので、これが容易な手技ではないことを示していた。

「抗凝固剤投与」
「はい」
「送血・脱血管を挿管する。吸入。体外循環開始。」

 永琳が宣言すると、鈴仙の身体から真っ赤な血が、硝子の管をくるくると通って術式装置を彩り、色んな施術をされた後で再び身体の中に戻っていく。心臓と肺の機能が、鈴仙の身体から取り外されたんだ。
 今、鈴仙はあの身体ではない。あの身体は魂をつなぐための糊でしかなくって、私が息をしたり、ご飯を食べたり、そうやって生きていくための能力は身体から奪われて、この回路と装置に委任しちゃってるんだ。
 その血液の動きはまるでストローで飲み物を飲んでるみたい。私が投与した抗凝固剤のせいで、鈴仙の血は硝子の管を廻っても固まることはない。今の鈴仙は、転んで膝をすりむいたとしても、その血が固まって止まることがないのだ。
 鈴仙の身体はどこまで分解されていくのだろう。
 寒々とした感覚が、鈴仙を見る眼球から伝わって、胸、背筋、脳みそに広がっていくのがわかった。

「体外循環を確認。大動脈を遮断するわ。心停止指示液投与。人工心停止実施。低温、pH、浸透圧維持。」
「はい」

 私が指定された薬品を投与すると、鈴仙の心臓が、止まった。次いで、低温化の処置を施し、酸素使用量を低下させる。

「てゐ」
「」
「てゐ」
「あ、はい」
「あなた、大丈夫?ぼーっとして失敗したら、助かるものも助からないわよ?」
「だっ、大丈夫です!」

 鈴仙がどんどん別の何かに変わっていくような恐怖。私は、それに囚われてしまっていた。
 大丈夫かどうかは、自分でもわからなかった。手術そのものを終える気力自体は、ある。ただ、それは、言い方は悪いが、あくまで作業として完了することについてだった。それが、鈴仙を助けるためであるとか、失敗すれば鈴仙が死んでしまうとか、そういう事実は除かれている。……それを含めて考えてしまうと、私は、この部屋からすぐにでも逃げ出してしまうだろう。

「永琳を信じる」
「ありがとう」

 ありがとう、だなんて。言ってほしくなかった。
 私は、それを作業として純化して、それ以外の「面倒くさいこと」を全て永琳に投げ捨てたのだ。
 命とは何か。生き物とは、身体とは、魂とは。鈴仙とは、何か。そういうものの思考を私は一旦諦めて、全て永琳にまかせっきりにしてしまったのだ。責任の放棄であり、私自の意思の薄弱だった。

「計器から目を離さないで」
「わかりました」

 永琳は私の不調を気にしてか、私から器具を受け取らず自分でそれを取って手術を始めた。私は監視術符の示す値を見ながら定期的に薬品を投与し、時たま指示がある以外、永琳が手術を行う環境づくりだけを行うことになった。







「とりあえず応急処置はしたわ。経過の監視と、感染コントロールと呼吸補助は維持。定期的に留魂湯と忘我香、環境維持剤類と栄養点滴を投与して、体力の回復を待ってから次の段階に進むわ。」
「はい」

 体力。
 四肢のほとんどを失い、内臓の一部まで失っているこの姿のどこに「体力」というパラメータがあるのか、私には全く想像できなかった。滲み出続ける血の量だろうか。さっき見た肉の蠢動だろうか。首に開いた穴から洩れる呼吸だろうか。それとも単にそれが事切れたときに初めて見える陽炎のようなものなのだろうか。
 永琳に今それを聞くわけにも行かず、ただただ、計器の前に無機質に並ぶ数字を眺めては、これが鈴仙なのか、という言葉を口の中で転がした。
 それはとても、口の中で冷たかった。

「循環中の人工羊水の汚染度は?」
「217pptです」
「そろそろ変えておきたいわね。ストックはある?」
「この研究室にはありません。でももしかしたら、鈴仙のところにはあるかも……」
「今の内に確認してくるわ」
「私が行って来ます。あるとしたら、検討がつきます」
「じゃあ、お願い」

 あなたの方が、詳しいだろうしね、と付け足して、少し笑った。ああ、鈴仙が搬入されてきてから、いつもゆったりと笑っている永琳の笑顔が全く絶えていた事を、たった今思い知った。
 人工羊水の汚染については、その管理が面倒くさくなるだけで、余程汚染が進まない限りは使用不可能になると言うこともない。ただ、万全を期するための交換と言うことだ。
 部屋を出るときに、永琳は遠隔呼鈴を渡してくれた。何かあったらすぐにこれで呼ぶから、戻ってきて、と。私はそれを首から提げて、鈴仙の部屋へ向かう。
 永琳は監視術符をクリーンルームいっぱいに設置して、私と一緒に一旦部屋を出た。

「うどんげは煙草、嫌いだものね」

 口を付けようとした煙草を再び箱に戻して苦笑いする永琳。その顔には、永琳には殆ど見ることのできない、不安と焦燥の色が見える。監視符から送られてくるセンサー情報を眼前びっしりに並べた状態で、永琳は力なく椅子に腰を落としていた。

 鈴仙の部屋は永琳の部屋からさほど離れていない。隣、と言うわけではなかったし、そもそも二人とも研究室を抱えていたので、まあ3分位は歩く距離だった。本物の月を隠そうとした永琳の大魔術。それをミニチュアライズしたものを使って、この屋敷は小さな平屋の外見の中に広大な空間が折りたたまれて格納されている。いつまでもうどんげと一緒の研究室でなくて、てゐも自分の部屋がないとね、なんて、永琳に茶化されていた。
 鈴仙の部屋。見慣れた戸、開けなれた感触。
 こうして、全てのものは依然として日常を淡々と刻み続けている。たとい、その主人がどんな状態になっても、外界とはそういうものなのだ。鈴仙がいなくなってもこの部屋はあって、私が死んでしまってもこの屋敷はあって、もっと言うと、輝夜も永琳もずっと生きていて。
 不死者が「置いていかれる」とよく表現されるけど、置いていかれるのは、こっちなんだ。有限がそこで止まっても、無限は進み続ける。一緒に歩むことが出来ない。そして、今は、その有限同士でさえ、停止と進行が離別しようとしている。そんなのは、ごめんだった。

「鈴仙……ここは、この部屋は、まだ鈴仙のものなのに。鈴仙の匂いがしてさ、鈴仙、鈴仙……。」

 つい最近までまで何かの研究をしていたのだろう。机の上には走り書いたメモがあって、1/3くらいは今の私にも判るようなことがかいてあった。転がっているペンも、書きかけのメモも、少しずらされている椅子も、スイッチが入りっぱなしの保温器も、スタンバイ状態の遠心分離器も、洗って干してある試験管やシャーレも、出しっぱなしの顕微鏡も、折り目が癖になった書物も、何もかもが鈴仙だった。
 ここでは、まだ、鈴仙は元気にやっている。
 動きを止めた、鈴仙の心臓。その様を、私は思い出していた。
 鈴仙の胸の中で眠ると、とく、とく、と心地のいい音が響いていたのを。鈴仙のえっちはいつも優しくて、終わった後もふわって抱いてくれて。最後にくっついたまんま眠るのが習慣で。心臓の、たった今その動きを止めた心臓の、その温かい音が、私の宝物で。
 心臓が止まると同時に、血流を失った肺の色が黒ずんでいった。心臓と肺を廻るはずの血液は全て、硝子の器のほうへ流れてきている。今、鈴仙の心臓も、肺も、偽者に取って代わられたんだ。鈴仙の身体が、どんどん、別のものになっていく。
 あの部屋にいる鈴仙は何なのだろう。私を抱いてくれた腕はなくなり、深い吸い込まれるような紅玉の目は瞼を失って剥き出しになり、ヒビだらけに曇っていた。感情表現が少し下手な本人に代わってありありと喜怒哀楽を表現してくれる耳も片方しか残っていないし。
 私が抱いていた、最後の鈴仙も、硝子の機械に取り出されて今は動いていない。話しかけても応えてくれないし、第一応えるための口には、唇と頬肉は殆ど残っていない。
 あの状態で、生きていると言えるのか。
 私にはどうしても理解が出来なかった。
 永琳が動かしている、術式、装置、どれか一つでも欠けてしまえば、鈴仙の生命活動は停止する。鈴仙は一人で生きていくことが出来ない体に成っていた。永琳の助けがあれば生きていける?いや、それ自体が既に「生きている」と言うには疑問が残った。
 もしこの状況を鈴仙が自覚していたら、どう思うだろうか。
 私の中で、鈴仙に対する歪んだ同情心が芽生え始めていた。

「鈴仙、苦しくない?辛くない?」

 鈴仙の椅子に座って、どこへともなく言葉を投げてみる。
 勿論返答はない。出来るはずがないのだ。
 今、鈴仙の意識は、永琳の魔術回路誘導剤と向精神沈静術式によって、封じられている。鈴仙の身体に襲い掛かる激痛は、意識下では地獄に等しいと言うことらしかった。
 だが、この負傷が治癒すると言う気も、私にはしなかった。身体には、足が一本と頭しか残っておらず、不均衡被曝と思われる症状によって一部体細胞の再生も停止している。こんな状態で、治療が望めるのだろうか。
 意識はないけれど、苦痛なのではないか。もしかしたら辛いと口に出来ないだけで、物凄く痛がってるんじゃないのか。もしあのまま延命装置でただただ生き長らえさせるだけしか出来ないのなら、いっそ止めを刺してあげたほうが。
 私は恐ろしいことを考えている。
 でも、でももしかしたら、本当に、殺してあげたほうが、鈴仙は楽になるのかもしれない。
 あの血とも肉とも骨とも付かない塊に、再生治療を施したとして、どこまで戻るのか、私に甚だ疑問だった。そして、もし、戻らないのなら。意識を取り戻して、目を覚ましたとき、自分の四肢の殆どが失われてると知ったら。
 魔術回路を永続的に刻印した人工全能幹細胞。E-iPS細胞を使えば、失われた部位を取り戻せるかもしれない。だがそれはまだ確立されていない技術だった。
 蓬莱の秘薬に用いられた知識を限定的に抽出する。それは永琳が未だに中和剤を作ることが出来ないでいる蓬莱の秘薬に対する、「蓬莱人」という名の病質に対するアプローチを、さらに飛躍したものだった。
 永琳をして、その確率は低い。
 成功すればよし。だが、失敗すれば、鈴仙の体はあのまま、そしておそらく自力での生命維持は不能。

「……尊厳死」

 自分の口をついて飛び出た言葉に、私は自分で驚愕した。
 殺す?鈴仙を?
 私は鈴仙が好き。いつも一緒にいたいし、別れたくない、離れたくない。だのに今呟いた言葉は、鈴仙の命を終わらせるという、真逆の言葉だった。そんなのは、イヤだ。絶対にイヤだ。私の手で鈴仙を殺すなんて。永琳がやったら、永琳を一生恨む。
 でも。でも、もしE-iPS細胞の移植が失敗して、あのままだと言うことになれば。
 人工羊水に全身全てを保存し、E-iPS細胞の完成を待つ?いや、人工羊水は全身のような多臓器多器官多細胞の保存には使用できない。いっそ蓬莱の秘薬を投与する?あの秘薬は現状ではRNA機能を持っていない。DNA設計図からの複製ではなく、投与時の細胞の構成の現状を、つまり、今の鈴仙を、復元してしまう。それではだめだ。
 永琳がE-iPS細胞を使うかどうかはわからない。が、鈴仙を助けるにはおそらくもうその方法しかない。実験さえ巧く行っていないそれを、使わざるを得ないのだ。

「E-iPS細胞着床が失敗したら、そのときは」

 私は、自分の肩を抱くように小さく縮こまって、その先の言葉を飲み込むしかなかった。

「あ、羊水……」

 私は人工羊水を探しに来たのだった。小康状態にあるこのタイミングでだからこそ探しに来れたのだが、いつ永琳から緊急呼び出しがかかるかもわからなかった。
 なんとなく感じる気怠さを吹き飛ばすようにして、私は羊水が置いてありそうな場所を探す。鈴仙の部屋にも小さなクリーンルームがもうけてある。あるとすれば、そこだろう。
 それは幸いにすぐに見つかった。こんなもの、滅多に使わないから普通ならば奥にしまい込んでしまいそうなものだけど、そこは鈴仙の真面目さに違いなかった。
 見つかったのは3パック。今循環利用している量には及ばないが、新鮮なものを足すことによって汚染度は大分低下させられるはずだった。
 このパックに、ほんの少し、針の先ほどでも、保存阻害剤を注入すれば、鈴仙は楽になれる。
 恐ろしい考えが頭をよぎったが、それを何とか振り払った。だめだ、それは、殺人と一緒だ。
 私は見つけた3パックを抱えて部屋を出ようとした。

「鈴仙?」

 呼び止められたような気がして振り返るが、そんなはずもなく。ふと視線を投げた方向に、鈴仙のベッドがあった。

 小さい頃よく潜り込んで寝ようとしてベッドに入ってきた鈴仙をびっくりさせた。
 その度に仕方のない子、と言って一緒に寝てくれた。あったかかった。
 いつの頃からか、そうやって一緒のベッドで寝ることにどきどきし始めて、ある夜、私はそこで"女"になった。してもらった。私がお願いしたんだ。
 身体が急に大きくなり始めて、大人の兎と同じに向かい出したのはその頃から。
 それからはそんなにこのベッドで寝ることはなかったけれど、ここで寝ると言うことは、つまり、そういうことで。

 私はふらふらと誘い込まれるみたいにベッドの方へ向かい、ぽふっ、とそこへ倒れこんだ。

「鈴仙の、香り……」

 鈴仙に抱いてもらうとき、いつも嗅ぐ匂い。鈴仙お気に入りのフレグランスと、ちょっとだけ、実験用の薬品の匂い。「ちょっと待って、ごめんね」って申し訳なさそうに言いながら、手に付いた薬品とかその汚れを落としてから、気まずそうに笑いながらまたベッドに戻ってくる鈴仙は、「"大人"の先輩」なのに可愛くて。

 好き、なんだなあ。すごく。

 数値と装置に分解された鈴仙を、私はもう鈴仙として見ることが出来なくなっていたのかもしれない。まだ、生きて――それをどう定義するのかは人によると思うけれど――いるというのに、私はなんだか、もう失ってしまったかのように悲壮感に包まれていた。
 永琳が渡してくれた遠隔呼鈴をすぐにわかるところにおいて、ベッドの中で着衣を緩めた。鈴仙を思い出してしくしくと泣き始めていた身体を、私はこの緊急時に不謹慎にも、慰めようとしていた。

 鈴仙に初めて抱いて貰ったその幾日か前に、私は自分の指をして、少女ではなくなった。
 永琳や輝夜、それと妹紅や慧音が、そしてたまに鈴仙も交えて殆ど毎晩何処かの部屋から聞こえていた嬌声が、とても信じられないくらいに痛くて、同時に、とても悲しくて、終わった後には空虚な感じで、真っ黒な後ろめたさがあって。
 でも、抱いてくれた鈴仙の手が、言葉が、視線が、吐息が、そして挿入されたそれさえも、凄く優しくて。終わった後に抱きしめてくれる腕が、胸が、温もりが、凄く優しくて。もっと鈴仙のことが好きになって。この人に貰ってほしかったなあって、自分で少女を捨てたことに、少し後悔した。
 その日以来全く変わってしまった私と鈴仙の関係は、それでも毎日が嬉しい、楽しい、大好き、で埋め尽くされていて、私の体も急に大人びてきて、鈴仙が私にどぎまぎしている様が、おっかしくて
 ……嬉しかった。

「鈴仙、好き、だよぉ」

 さっきまで鈴仙を救うために動いていた指が、今度は鈴仙を求めて、鈴仙を模倣して、蠢く。
 鈴仙との記憶の再生。現実からの逃避願望。恋心のように綺麗なものでもなく、欲情のように汚いものでもなく、今の私が追い立てられているオナニーは、ただの逃避だった。
 ストレス回避の為の、機械的な自慰行為。快楽によって脳味噌からストレッサーを追い払いたい。それは、異物を吐き出す咳やくしゃみ、もやもやを吐き出す溜息と同じ反応だった。
 もちろん恋愛感情や性欲がないわけじゃない。鈴仙じゃなきゃこんなことはしなかったと思うし、オーガズムには性欲が必須だった。

「シてぇっ……」

 鈴仙はいないが、語りかけるみたいに求める声を上げる。
 鈴仙のベッドの中で、私はスカートをたくしあげてショーツを降ろした。
 上着の裾をあげて、中のブラジャーも上に退ける。
 右手で陰唇の縁をなぞりながら、左手は胸をまさぐる。

「胸、おっきくなったでしょ?鈴仙に抱かれてから、私、どんどんエッチな体になってるんだからぁ」

 なぞる淫裂は徐々に濡れ始め、その谷間は割れて綻び始めている。乳輪と乳首は固くなり始めて、鋭敏になっている。
 ラヴィアをなぞる指を何往復もしていると、息が上がって腰がくねりだした。
 演じてはいるけど、実質雰囲気も焦らしも何もない。ただただオーガズムがほしくて性器を刺激するだけの淋しいオナニーだ。
 淫液が指に絡むくらいに溢れてきたところで、それを掬ってクリトリスに塗りつける。唾液をつけて始めるよりも、徐々に溢れるそれで濡らす方が、私は好きだった。

「んっ、はぁ、はあっ、くふぅん」

 包皮の向けたクリトリスは、自分でするとき以外にも、鈴仙によくおねだりする場所だった。

「鈴仙、ぬらしたよ?クリ、おっきくして剥いて、エッチなおつゆで準備したよおっ?いじって、クリちゃん、苛めてぇっ」

 鈴仙の枕に鼻先をつっこんで、その香りで自分を高める。まだ開発が進んでない胸は諦めて、右手で膣をホジりながら、左手の人差し指でクリをこねる。
 掛け布団を折り曲げて、抱き枕のように抱きつく。
 その上に乗っかかり、左手でそれを抱え抱いて、俯せに跨ぐように股に挟む。淫裂を布団の表面に擦りつけるように腰を前後に動かしながら、右手も同時に股に巻き込んで、時折強くヴァギナを刺激した。

「んっ、ふーっ、っんぁ、はぁあっ」

 まるで鈴仙を跨いでその上で腰を振るみたいにして。
 どんどん擦りつける速度が速くなっていく。
 大きく開かれた股は、低い位置での股間への摩擦を可能にして、鈴仙の掛け布団のカバーはみるみる淫液で湿っていった。
 ぬらつく液体でしっとり濡れたそこと、愛液を漏らし続ける牝谷の間に潤滑液は豊富で、擦りつける合間に指でクリを弾いたり膣を掘ったりする度に、背筋にビリビリ快感が走る。
 上半身はベッドに押しつけられて、脹らみ始めている乳房は歪み、しこり始めている乳首を押しつぶす快感も沸き上がっていた。

「れ、せんっ、ふうっ!ん、ふうぅっ!はあっ!んっ!!」

 枕の中で喘ぎ声が止まらない。息が上がり声が漏れ、唾液が零れて枕をぬらしている。それでも快感だけを求めるオナニーは構うことなく高ぶり続ける。
 両手を体と跨いだ布団の間に差し入れて、両手の指をフルに使って雌裂を弄りまくる。
 勃起クリトリスを指で摘み、弾き、捻って押しつぶす。それがポンプみたいにそのたびにマン汁が開いたヴァギナからあふれ出て、そのぬめりを使って膣へ指を突き入れる。中で鈎にしたり、数本まとめて前後にピストンしたり、奥の奥まで押し込んで、子宮の入り口を刺激したり。
 とにかくアクメに至るための最短経路で、自分自身を容赦なく責め立てる。

「んっ、っほ、ぁあっ、ん!鈴仙、れーせんっ!!っイ、くっ!」

 膣がきゅっと締まる。
 アクメまであと少し。
 私はこのオナニーを愉しむつもりなんて無かった。ただ、本当に、快感で色々のことを忘れたいだけで。
 一瞬でよかった。一瞬の快感が、欲しくて。

「っく、ぅっ!イ、っつイク、イくぅうううっっ!!」

 四つん這いの姿勢のまま、背を三日月のラインみたいに反らせて、そのまま硬直した。ヴァギナが収縮すると同時に股に挟んだ布団に広がるぬめりの感触が一気に広がる。愛液が断続的に噴き出していた。

「~~~っ!ッ!っは!ん、ぅっ……、はぁっ、はあぁっ」

 体が弛緩して、再びベッドの上にどさり、俯せに倒れる。荒い息が収まらない。
 本当に、刹那の快楽。一瞬しか訪れない幸福。
 鈴仙を思いながら、自分を慰めて、私は、またすぐに虚無感に襲われる。

「れい、せん……」

 今、鈴仙を失ったら、私はきっと今みたいな一瞬の幸福しか得られなくなる。オナニーとかセックスとかだけじゃない。どんなことをしても、きっと慢性的に充足感は得られない。幸福はやってこない。
 大好きな人を失って、あまつさえ、助からないならこの手で終わらせてしまおう、だなんて。きっと私は生きている間、ずっと、ずっとずっと後悔し続ける。
 ベッドの上で突っ伏して、息を必死に整える。脱力した体。力が抜けて弛緩しているのは、気持ちもだった。鈴仙が危ないっていうのに、私は何をしているのだろう。
 こんな恥ずかしいことをしている自分が、酷く矮小な存在に思えた。

「鈴仙、私……どうすればいいんだろう。わからないよ。永琳、どういうつもりなんだろう。鈴仙って、鈴仙の命って、どこにあるんだろう」

 私はのっそりと起きあがって、後始末をする。服を着て、呼鈴を首にかけ直して羊水を持って部屋を出ようとする。
 ふと、メモが置かれた机の上にある、写真立てが目に入った。
 鈴仙と、私が、並んで写っている。その後には永琳と、輝夜。隅っこには首根っこ捕まれて逃げようとする妹紅を捕まえてフレーム内に留まろうとする慧音が写っている。

「……おっかしいんだ」

 竹林でせこせこ生きていた兎が化けただけの存在に、こんなのは、身に余る幸せだ。
 それが今、崩れようとしている。鈴仙だけの話じゃない。
 輝夜は月の内乱を平定するために帰ったまま、戻ってこない。連絡もない。輝夜の立場と、妹紅の関係、幻想郷。鈴仙があんな目にあったのは、その絡みに間違いなかった。

「どうすれば、いいんだろう。なにも、なんにもわからないよ」

 ただの竹林の兎。そんな立場に逃げようなんて、もう思わなかった。鈴仙が何らかの形でその問題に関わるなら、私は、鈴仙の味方になる。そう決めていた。
 だから私は、鈴仙を、全力で助けなきゃ行けない。
 悩んでいても仕方がない。もう、ことここに至っては、動くしかない。

「賽は、とうに、投げられているね。シアワセうさぎの本領、見せなくっちゃね」

 空元気でも、実のない自信でも、なんでも、原動力であれば、構わなかった。







 人工羊水を持っていくと、永琳は何かを計算していた。

「羊水を持ってきました。ちょっと少なかったですが、汚染度の低下にはなるかと」
「ご苦労様。中に入れておいて」
「はい」
「それと、さっき摘出した臓器、溶解プラントに捨ててきて。」
「えっ?」
「計算してみたら、E-iPS細胞を使って作り直した方が、安全だわ。それは溶解処理で破棄する。羊水の不足分も、摘出臓器保存に使っていた分を浄化して補えるわ」

 永琳は、何を言っているのだろう。
 それ、鈴仙だよ?
 溶解処理って、どういうこと?
 細胞再生技術の確度は、まだ覚束ないって、永琳自分で言ってたのに。そんな軽く。

「だって、これ、鈴仙ですよ」
「うどんげから取り出した臓器よ。そこにはうどんげはもう居ないわ。うどんげは、あっちにちゃんと、いる。」

 さっき鈴仙の部屋で胸に誓った決意は、行き場を失おうとしている。
 鈴仙は、鈴仙は何処にいるのだろう。
 永琳の言っていることは、正しいのだろうか。鈴仙の形をした別のモノが出来るのは、私はイヤだ。

「ちがい、ますよね?だって、さっき切り取ったばかりじゃないですか。元に戻すって言ってたじゃないですか」
「可能なら、ね。でも作り直した方が、確実なの」
「作り直すって、鈴仙って、そんなものなんですか?、鈴仙は、つくりものなんですか?」
「うどんげは、本体にちゃんと"ある"わ。それはただの部品よ」

 部品。
 その言葉が引き金になって、私はついに永琳に飛び掛っていた。

「永琳は、不老不死だから、そう思うんでしょう?命を命と思ってないんだ!だからそんな風に!!」
「違うわ。てゐ」
「違わない!蓬莱人は、命を忘れたんだ!もう、人なんて蛋白質のロボットだとか思ってるんだ!永琳の恋人だって、死ぬような人じゃない。姫も死なない。この家には命がないんだ!この家は、はおかしい!」
「違う!!!」
「っ!?」

 つんざく声に、私は体を固めた。信じられない、まず抱いた感情は、そんなつまらないものだった。
 いつも温厚な永琳の、そんな声を、私は初めて聞いたかもしれない。
 永琳は真っ直ぐに私の方を見ていて、その視線は、放たれた声に全く引けを取らないほどに強いもので。

「蓬莱人だって、痛いの。失うのは怖いし、悲しいものは悲しいわ。それに、うどんげだって、てゐ、あなただって、私の大切な家族よ。失いたくない。私は、うどんげを助けたいの。失いたくないの。そのために、私が出来ることなら何だってする。全力を尽くしたいの。私の技術を信じないのは、構わないけれど、それだけは、信じて頂戴。」

 永琳の目には、涙が溜まっていた。
 私は、何か勘違いをしている。
 命。
 命の姿って、何なんだろう。

「うどんげ、あんなに私の扱きに耐えてたじゃない。こんなことくらいで……根性、見せなさいよ」
「永琳」

 鈴仙を救えないかもしれないもどかしさに、爪を噛んだらしく、いつもはとても綺麗な指先がぎざぎざになっていた。
 永琳の目の前に、鈴仙の、私でも不要とわかるような情報までがずらりと表示されていた。その中の生命活動の危機を示している項目について拡大したままにして、永琳は肩を落としている。
 頭が良いから、情報を、とにかく現状を示す情報を片っ端から見ておきたいのだろう。自分が安心するために。私みたいに馬鹿だと、容態が小康状態であるというだけでも安堵する。安いな、私。
 さっきから目にしているじゃないか。あの永琳が、こんなに取り乱している。これが、冷徹なだけの人間の仕草には、見えない。
 私と、永琳の間には、命というものの考え方に、少しばかり差があるのかもしれない。それでも、もっと、もっと大きな想いは、共通しているはずだった。

 ――鈴仙を、失いたくない――

 永琳は、永琳のやり方で、それを実現しようとしているのだ。私には、私のやり方でそれを実現しうる力が、ない。
 ただそれだけの話なのだ。
 永琳の気持ちに、私の正義を押し付けて、勝手に非難していたんだ。

「ごめんなさい、私……」

 永琳は何も応えず、ただ、文字列の前で顔を伏せたまま、祈るように手を組んでいる。一言「輝夜……。姫、はやく戻って来て下さい」と呟いたのを、私は空耳だと思っておくことにした。
 鈴仙は、私の大好きな人は、きっと、助かる。私が信じないで、どうするんだ。
 私は、まだ子供だ。歳ばかり食って、身体も大きくなって、色んなことも知ったけど、そんなの何の役にも立っていない。永琳も、きっと今、同じことを感じてるんだろう。

 不意に、アラート音が鳴り響いた。永琳が維持していた監視用術符の発する緊急呼び出し音だ。元々低く推移していた血圧が、またカクンと落ちたのだ。
 表示された警告表示を見た永琳が、跳ねるように立ち上がって、オペ室に入っていこうとする。その前に、その目が、私を一瞬だけ、見た。

「てゐ」

 わかっている。さっきの私の言葉を気にしているのだろう。
 私は、永琳と同じように跳ねるように立ち上がって、振替って私を見た永琳を追い越すくらいの勢いで処置室へ駆け込む。そのすれ違いざまに、私は永琳の手を取った。

「行こう。鈴仙が私達を、待ってる。私も永琳も、鈴仙を待ってる。難しいことは、その後でいいや」

 永琳の目が、ぱぁっと輝いた。人としての輝きだ。
 永琳は、全然、"命"を忘れてなんか、いやしない。

 私、ばかだったよ。不老不死って言っても、不老不死なだけだもんね。
 命であることに変わりはないもんね。
 だから、永琳はお医者さんをやってるんだもんね。

 "命であること"に全力なのは、諦めが許されない蓬莱人だからこそ、なんだよね。信じるよ。

「絶対に、助けるわよ」
「はい!」







 あの時、尊厳死なんて、考えなきゃよかった。
 こうして、努力の末に、もしかしたら奇跡か何かだったのかも知れないけれど、鈴仙は助かった。
 命を繋いだのだ。
 命を安易に終わらせる必要なんて無い。
 苦痛を終わらせること自体は非難できないけれど、必死に生にしがみつくことだってきっと非難は出来ないはずだ。
 永琳のやっている医療って言うのは、永琳の永遠の命と同じなんだ。
 終わらない。だから、諦めない。
 それが、永琳の"命"なんだろうな。








「れいせんっ!!」

 意識が戻ったと言う知らせを受けて、私は居ても立ってもいられずにICUに飛び込んだ。
 部屋の中央のベッドに、鈴仙は、いた。
 顔も身体も皮膚も、失われてしまった手足も驚くほど綺麗に再生している。E-iPS細胞による再生技術を用いて皮膚や臓器を、それに再生技術を元に作成された高度に元に姿に近い部分義体を、移植されていた。耳アンテナは優先度が低かったから、性能はそのままでちょっと姿の違うものがついているけど、それでももうすっかりと鈴仙の姿だった。
 私は鈴仙に飛びつこうとして、流石にまずいと思い直す。抱きつきたいのをこらえてうずうずしてしまう。

「てゐ、心配かけたわね。手術、手伝ってくれたんだって?」
「私は何もしてないよ。全部、永琳が」
「師匠、ありがとうございました」
「まあ、いいデータが取れたわ。」

 相変わらず鈴仙に大しては素直に接しない永琳をみて苦笑いをしながら、しかし私は素直に鈴仙の気持ちを受け止められないでいた。
 そう、私は一度は「鈴仙を殺すべきだ」なんて考えたのだ。あの思考の残滓が、発言の残り香が、ざくざくと自分の胸に突き刺さる。
 私は、鈴仙に感謝されるような立場ではなかった。

「ありがとう。てゐは命の恩人ね」

 ありがとう、だなんて。言ってほしくなかった。
 オペを行ったあの日、私は永琳からも同じことを言われ、同じ気持ちになったのを思い出す。
 私は、よくよく人を騙す悪い兎だった。

「身体、痛くない?」
「平気よ。義体も拒絶はないみたいだし、再生移植したものも定着してるみたい。」

 じゃあ、ぎゅってしても、いい?
 後ろで見ていた永琳が、わざとらしくスリッパの音を立てて部屋を出て行った。
 鈴仙の目が永琳を見送り終えたところで、その腕が小さく開かれて、おいで、と言っていた。

「れーせん、れーせんっ」
「てゐ」

 なるだけ負担にならないように、ゆっくり鈴仙の体に腕を回すと、同じように優しく包み返してくれた。

「」
「どうしたの?」
「ううん、いつもの鈴仙だなあ、って思って」
「どこもいつもどおりじゃないわよ。だいぶ、変わっちゃった」

 確かに体温は同じだった。回される腕の長さも、絡まる指のしなやかさも。吹きかかる吐息のくすぐったさも、私を映す瞳の赤も。何もかもが元に戻っていた。
 それでも、私の脳裏には、青く染まった溶液に浮かんだ臓器の姿が、刻まれていた。それを消化して廃棄した行為が、こびりついていた。手足を失っていた光景が、焼き付いていた。

「ううん、ぜんっぜん。すっかり鈴仙じゃん。あ、耳以外ね」
「ふふ、よかった」

 自分の不安を打ち消したくて、鈴仙にキスをしようとしたが、まだ抵抗力が弱いから粘膜接触はダメ、と遮られてしまった。
 人の細胞は、60兆もの細胞で出来ているが、その殆どは数週間で新しいものと入れ替わるのだと言う。人の体は「元のまま」でなどありえない。内臓の殆どを作り変え、手足を義体に変え、失われたそのほかの部位も全て作り直して移植したといえ、それはその「交代」が、早まって一度に行われただけだ。そう自分に言い聞かせようとする私。
 心臓は入れ替えていない。一旦停止して再起動しただけだ。それでも、こうして抱かれて伝わってくる心臓のその音。

「鈴仙」
「うん?」
「早く元気になって、えっちしよ?」
「もうっ、昔のてゐの方が可愛かったなあ」
「ああ~、ひっどい!」

 私には、大好きだったその鼓動さえ、酷く遠くに聞こえるように感じられてしまうのだった。
 鈴仙が新しくなったのかどうなのか、それは誰にも決められないことだろう。同時に誰にでも決めうることなんだろう。
 私はきっと、新しい鈴仙を感じていて、それでも鈴仙のことが大好きで。これからは新しい鈴仙と、もっともっと、嬉しい、楽しい、大好き、を重ねていきたい。
 そう、鈴仙の遠い心音を聞きながら、考えていた。







 命って、何なんだろう

 心臓の拍動かもしれない
 新陳代謝かもしれない
 生殖可能性かもしれない
 脳波の揺らめきかもしれない
 口から紡がれる言葉かもしれない
 他人の願望かもしれない
 本人意思表示かもしれない
 記憶の残存かもしれない
 霊魂の存在かもしれない
 存在していた歴史かもしれない
 自己認識かもしれない

 きっと答えなんてなくって
 それぞれがその姿を自分なりに捉えて
 そのなか全力で生きていくんだろう

 私は、まだ、生まれていない
 命の意味を、決められていないのだから

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