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【霖之助_紫_魔理沙】比喩か理性の邂逅、リンクしたまま離散する悲しみの雨を

下書き記事のままだった・・・。


こいまりで出した本。
5冊くらいしかはけなかったので公開させてください。

多分にオリジナル要素を含みます。

本では文字色を

喩か理性の邂逅、リンクしたまま離散する悲しみの雨を

としていましたが、夜伽では弄るの面倒でしてません。
まあタイトルで遊んでみたってところです。
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 「よろしく」と言われて、僕はその「よろしく」をどういう「よろしく」と受け止めていいのか、いつもわからないでいた。嫁にとらせるつもりもないのだろうし、かといってあの人のことをよく言う口も持たないようであったし、そうである以上、勘当したまま彼女を連れ戻す様子もない。「よろしく」と言われて、その度確かに娘を気にかけているような言葉尻ではあるのだが、その真意が全く見えなかった。
 人の心も道具のように手にとるように見えればなんとも楽であったろうに。しかし、それはなかなかどうして読み辛く、雲のように風に流され、形を変え、掴み取ることができない。
 掴み処が無いという点で言えば、今その「よろしく」のいずれかの意味に該当する関係にある妖怪も、全く掴み処がなく、これもまた困ったものであった。困った、というと過言ではあるかもしれない。僕はその状態に嫌悪感をもって対応しようとも思っていないし、むしろ楽しんでさえいた。わからない、というその一点においてのみ、見ないようにしているだけに過ぎない。ただそれは、僕と彼女の関係において特有なことではない。ある一点について目を背けることで、その他全てに整理をつけるトレードオフというのは、人であれ妖怪であれ、多かれ少なかれ、行っているものだ。

「おはよう。今お茶を淹れるよ」

 小さな声を立てて上半身を起こした彼女は、眠そうな目を擦りながら、ん、と答えた。白い四肢に絡まる見事なブロンドは、全裸の彼女をしかし全く淫らなものに見せない潔癖な魔力を帯びているようだった。
 しかしそれは、彼女の自在。淫らになるもならぬも彼女次第であって、今覚めた眠りのその前夜の彼女は、淫乱を絵に描いたような存在だったのだから。抱けば折れそうな細く薄い体も、緩くウェーブしたブロンドも、今と同じなのに、全くの別物。すべてが性的で、すべてが猥褻物だった。今は、そうだな、たとえるなら、シルクやビロードといったところだろうか。
 昨夜と打って変わって、というのは、かく言う僕もだ。彼女より先に目を覚まし、朝食を用意して、お茶を淹れるよ、だなんて冷静ぶって。昨日は思い出しただけでも恥ずかしいほどに燃えたというのに、太陽が昇った明るさがその罪を照らし出すのを避けるように、ひたすらに冷静さを保っている。もしかすると彼女もそうなのかもしれないが、それは僕からでは窺い知ることはできなかった。
 僕らは昨夜、睦み合った。睦み合ったいえば聞こえはいいが、その実は、今思い出して加熱する諸々を必死に冷却している通り、互いに貪るような獣のようなセックス。それは今彼女が掴んで胸元を隠しているそのシーツの乱れようからしても察することができた。裏返った上に、上下逆。でもそれを掴んで自分の裸を隠す程度には、「元」に戻っているのだ。

「こういうときは女性が先に起きていて欲しいと思うのが、男というものなのだけどね」
「逆を考えている女だっているってことよ。そういいながら、いい香り。いいお嫁さんになるわね、あなた」

 するすると寝床を抜け出して僕の横に立つ彼女は、一糸まとわぬ姿だ。味噌汁の蓋を開け、上り立つ湯気を嗅ぐって、おいしそ、と呟いている。

「僕がいいお嫁さんでいる間に、さっさと服を着て顔を洗ってきて」
「湯浴みがしたいわ」
「冷めてもいいなら、どうぞ」
「むー、背に腹は代えられないわ。ご飯を食べたら、お湯を借りても?」
「短めになら、どうぞ。長居されると、ちょっと、困るんだ。いや、いても構わないのだけど、昨日の夜からいた、というのはなしにして欲しい。来客があるんだ。」

 我ながら女々しいか。
 彼女は、ああ、と言ってからゆったりと笑って、続ける。

「霧雨の娘さん?」
「そういうこと。悪いのだけれど」
「これじゃ、まるで間者ね、私」
「申し訳ない」

 申し訳ないと思いながら、何故寝てしまったのだろうか。

「律儀よね、あなた。それも余計なほど。そういうところ、嫌いじゃないけれど、ちょっと悔しいかな」

 律儀、といえばそうなのかもしれない。ただ、それでは彼女に退場を願うこの言動は不一致だが。それでも、仕方がないのだ。

「悔しいとはどの口が言うのかな。まあ、よろしく、と頼まれているからね」

 こうして紫さんと関係を持っている以上、「よろしく」の中に、伴侶としてという意味は含んでいない、と、少なくとも僕は思っているのだろう。霧雨さんがどういうつもりで言っているのか、今以て僕にはわからないのだが。
 わからないというのに、こういった状況を導出してしまう僕の振る舞いは、身勝手極まりないだろうか。
 僕は、魔理沙をどう捉えているのだろう。問題は、そこに帰結する気がした。







『半妖って、どんな気分なの?』

 答え難いというか答えられないことを聞いてくるのが、彼女だった。

『どんな、と言われても。あなたは自分が人間でいることに対して何か特別な感情でも抱いているのですか?』
『ええ』

 それが当たり前であるかのように、彼女は言い放った。

『つまらないわ。人間なんて、やめてしまいたい』

 何をして、彼女にそう思わせるのか。僕にはわからなかった。今もわからない。彼女は確かに人間で、人間同士の家庭を築き、人間の子供をもうけて、人間として死んだ。彼女は一体何を求めていたのか。しかし、人間として生を全うした彼女の内面を、僕は、何も知らない。

『魔理沙を、よろしくね』

 僕の、妖怪達よりは短く、ヒトよりは長い命は、今、その一言のために費やされていた。魔理沙という存在に、香澄さんの何かが託されているなんて、そんな気がして。

「もう、十二年になるんですね」
「ああ。君は歳をとらないね」
「とるんですよ、これでも」

 今際の際に至っても、香澄さんは何一つ死について口にしなかった。立ち込めていた霧がすぅっと晴れるように、その命は終わり、消えてしまった。死んだらどうして欲しいなどと一つも聞かぬ内の、薄れ行くような逝き方だった。
 この辺りは旬を迎えると沈丁花が一面に咲き乱れる。小さく慎ましやかに組まれた墓石は、その花に抱かれるようにしながら静かに佇んでいた。
 沈丁花は、香澄さんの好きな、花だった。

「あの子は、どうしているね?」
「相変わらずですよ。風のように飛び回っています」
「全く、誰に似たんだか、親の顔も見に来ないとは」
「奔放なのは、霧雨さん譲りでしょう。それに……」
「うん?」
「いえ、何でも」

 香澄さんにもよく似ている、その言葉を僕は飲み込んだ。
 霧雨さんとはもうだいぶ長い付き合いだ。それこそ、魔理沙とのそれよりも長い。魔理沙のお父さんなのだから当たり前ではあるが。
 香澄さんはこの人の奥さんであり、つまり、魔理沙のお母さんだ。僕は嘗て香澄さんに淡い思いを抱いていた。その頃には既に魔理沙は生まれていて、霧雨さんと僕は商売仲間のようなもので、交流もあった。
 霧雨さんは、僕と香澄さんの関係を見透かしているようでもあったが、それでもなお、僕とこうして会い、同じ日に墓参りをすると言うのはこれはどういうつもりなのか、全く図りかねる。

「あの子を、よろしく頼むよ」

 両親共々からそう言われて、僕はどうすればいいのかわからなかった。だが、僕が香澄さんから同じ台詞を言われていることを、霧雨さんは知らないだろう。
 僕は僕の周りにいるあらゆる人を裏切っている気がしていた。







「よっす、こーりん。きたぜ」

 ノックもせずにいきなり扉を開けるのは、もはや彼女のトレードマークのようでもあった。

「あらいらっしゃい」
「げっ、紫、またいるのかよ」
「最近外から流れてくるものが多くて」
「前までは式にやらせていただろうに。まあ別にいいんだけどな」

 結局紫さんがいる間に魔理沙が現れて二人は対面することになった。といっても別にお互いに悪しく思っていると言うわけでもなく、魔理沙は僕と紫さんの関係を知っているわけでもなく、ましてや僕と魔理沙の間にだって何もないのだから、どうということもない。

「私を『また』というのなら、あなたはもっと来ているのでしょう?」

 紫さんは魔理沙に言葉を返す。悪意は感じられないが、言葉尻は挑発。この人はいつもこうだなあ。

「へへ、私とこーりんはそういう仲だからな!」
「どういう仲だい。紫さんもいるんだから、へんな誤解を与えるような言い方はよしてくれよ」

 紫さんの軽口も、てきとうを言って後先考えない回避をする魔理沙には余り意味はないようだけれど。紫さんはくすくす笑っている。人を小ばかにしたような笑い方だが、これは実は本当に面白がっているときの笑い方だと、彼女と関係を持つようになって初めて知った。

「そういうこーりんは、紫とコイナカなんだろう?」
「何を言っているのよ。人を、男の形をしていれば何でもいいと思ってるみたいに言わないで頂戴」
「誰もそこまで言ってないが……酷い言われようだなこーりん。何をしでかしたんだか知らないが、紫を怒らせるとマジで消されるぜ?」
「あ、ああ。気をつけるよ」

 僕が否定する前に、紫さんがばっさりと斬って捨ててしまった。その上なんだか僕が悪者になっている。女性って怖い。

「なー。またこないだの花見みたいな、でっかい飲み会やろうぜ」
「……私にいっている?」
「お前以外にあんなに顔の広いヤツがどこにいるよ」
「呼びかけたってくるのはいつもの面々でしょう?」
「それでもいいんだよ。たまには珍しいやつが来てくれるかもしんないだろ?たまにでいいんだよ。毎回新顔だらけだと逆に疲れちまうぜ」
「随分とおっさん臭いことを言うのねえ。っていうか、あなた、未成年でしょう?」
「幻想郷じゃ15歳以上は飲酒OKなんだぜ。母様みたいなこと言うなよ」
「お、お母さんって」

 魔理沙がはっとした様に口を押さえる。

「っとしまった、口が滑っちまったぜ。ああっと、歳だとかそういうんじゃないんだ」

 悪びれてはいるが、深刻そうな感じでもない。というか、僕にも何のつもりの発言なのかわからなかった。

「いや、なんとなく前からさ。紫って母様に似てるんじゃないかなって思ってたんだ。口が滑っちまった」
「そうなの?」
「え、どうかな」

 魔理沙は鋭い。僕は努めて平静を装ったが、巧く行ったかどうかは怪しかった。
 僕が、紫さんとずるずると関係を持ち続けているのは、彼女が特にそれをやめようとしないこともあるが、つまり、魔理沙の言うとおりだった。
 僕は、嘗ての想い人を、紫さんに重ねているのだ。
 似ている、というと語弊がありそうだ。顔が似ているんじゃない。何処か、はかなげなのに芯があって、謎めいているのに存在感に揺るぎがない。掴み処がなくて、なのに僕を掴んで離さない。そういう雰囲気のようなものが、香澄さんと、紫さんは、似ていた。

「こーりんもそう思うだろ?なんか、何考えてっかわかんないところとかさ、綺麗なブロンドとかさ、背が高いところとかさ」

 何より、雰囲気かな。と付け足して、魔理沙は僕の方を見た。

「僕に聞いてくれるな」

 僕が香澄さんを好いていたことは、紫さんは知らないし、魔理沙もきっと知るまい。

「母様のことは、こーりんの方がよく知ってるからな」
「そんなに似ているのかしら?」
「……似ていないよ」
「そうかあ?」
「魔理沙の方が似ているに決まっているじゃないか。」
「そりゃそうよね。似ていたら、私と霧雨が似ていることになるわ」
「あっ」

 自覚なしで言っていたのかこの子は。
 だが、紫さんの言うことは、当たらずも遠からじ。魔理沙と紫さんは、僕には裏と表のように見えるのも事実だった。

「ま、まあまあ、忘れてくれよ。ガキの戯言だい」

 魔理沙にしては珍しく失敗を恥ずかしがるはにかみ顔で、手を振っていた。

「そうね、宴会。酒宴は年に何度あってもいいものだわ。今回は霧雨主催ってことで、人を集めてあげましょうか」

 紫さんは魔理沙が慌てているのを察して、話を切り替えた。
 実に意外なことだが、紫さんと関係するようになってわかったのが、紫さんと魔理沙は存外に仲がいいということだった。
 紫さんの含んだものの言い方に、魔理沙は正面から向き合わないというか、逆に真正面からしか向き合わないというか、そういうのがいいらしい。逆に紫さんも、そういう魔理沙の物言いに気持ちよさがあるらしい。
 紫さんと特別仲がいいと思っていた霊夢は、逆に紫さんのことをわかりすぎている感があって、親友というより戦友の趣さえある。さっぴくに、見れば魔理沙と紫さんは、これは確かにいいコンビのようにも見えた。
 二人が並んでいると、二人の質の違うブロンドが、ある意味では調和の取れた様で、背の高から性格、言動に至るまで、凹凸かみ合っているようにも見えて、そして、僕の恣意的な観点で言うと、二人とも香澄さんの面影を分け合ってるようにも見えた。

「おう、頼むぜ。変な事企んでなければ、頼りになるいい姉さんだな!」
「人を母親呼ばわりした後は姉扱い?」
「母さんって呼ばれるのとおねえちゃん手呼ばれるのどっちがいいよ?」
「どっちもどっちね、魔理沙ちゃん?」
「なっ、ち、ちゃん……っ?」

 紫さんにちゃん付けで呼び返されて、狼狽する魔理沙。
 彼女がそれに戸惑う理由は、普段呼ばれなれてない可愛い扱いされたその呼び方に対してだろうし、紫さんもそういうつもりで呼びつけたのだろうけれど、僕の中では少し違って。

「ぷっ」
「くぉら、そこ!笑うな!」
「わ、悪かったよ、ふ、くっ」

 魔理沙ちゃん。
 それは、魔理沙がまだ幼かった頃に、香澄さんが魔理沙を呼んでいた言葉だった。魔理沙はもう覚えていないだろうけど。その言葉が紫さんの口から飛び出て、魔理沙が慌てている。
 その光景が、微笑ましくあり、同時に、痛く沁みた。







「よー!飲んでるかぁ、りんのすけさぁん!」

 最早誰も酌などしてくれない。
 こうして僕の背中をバシバシと叩くのは、魔理沙……の口調かと思ったが霊夢だった。普段はなんだかんだ口が悪くても相手への配慮を忘れない彼女でさえこの有様だ。

「ああ、飲んでるよ。君は飲み過ぎじゃないかと思うんだが」
「ぁあぁ?んなこったねっぇよ!りんのすけさんが飲み足んないんじゃないのぉ!?」

 とは言うが、やはり酌はしてくれない。代わりに彼女の杯の酒を口に放り込まれた。

「きゃはは!いいのみっぷり!いい男はチガうねえ!ハァ~、はくっれい、じんじゃのぉ~――」

 エイヤッサだのホイサッサだの、なんか訳の分からない歌を歌いながら、霊夢はそのまま向こうへ行ってしまった。
 結局僕は手酌でお猪口を満たしつつ、ちびちびとやっている。

 かくして開催された酒宴は、魔理沙の目論見通りに大盛況。紫さんの声は地底から天界にまで及び、そこら中からお祭り好きの酒飲みが集まって、飲めや歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎ。
 理由など要らない。強いて付けるならばそれ自体が理由だった。
 まあいつものことではあるが、これが女の子達の有様なのかと我が目を疑う。全員が超小型の台風だ。女子会こええ。

「ごきげんようック、森近ひゃんッ」

 ふらふらと現れたのは、紅魔館のメイド長さんだった。こちらもまあ酷く酔っているようだ。あのクールビューティが、赤い頬に表情を崩してふらふらし、他の子に比べればましとは言え、呂律も回っていない。

「あ、ああ、こんにちは」
「そのせつゎ、どぉもありがとぅござまひた」

 しかもメイド服で焼酎の瓶を片手に持っているのだから尚更変な光景に見える。
 その節、とは、以前深刻そうに店に来て、人間と妖怪の差だの何だのと問答をしたときのことだろう。あのときの彼女ときたら、自分でトレードマークのナイフを自分に突き立てそうなオーラさえあったというのに、随分と、今は、まあ。

「レミリアさんとはうまくいっているのかい?」
「ええええ?察しの悪いシとですねえ!いまゎ、めーり……っと、これはひみつですよぉ!?アリスだってそこにいるし、聞かれたらまずいんれすから!!」

 マシじゃなかった、これは酷い……。
 本人のために余り話を聞いてあげない方が良さそうだ。
 十六夜嬢が余りに酷い状態なのを嗅ぎつけ、それを見かねて引きずって帰るのが件の紅美鈴その人だった。腰が低い割に酒に強いらしい彼女は、まあ所謂酒の席ではそんな役回りの人物、というやつらしかった。年がら年中そんな役回りにいるようにも見えるが。ちなみに名前の挙がったアリスはというと、向こうで霊夢と訳の分からない踊りを踊っている。
 それに向かって鬼が酒の肴の豆を撒いて、鬼が豆撒くんじゃねえよwwwなどと周りから囃し立てられていた。その横で閻魔が死神に押し倒されていて、河童がきゅうりきゅうりと叫んでいる。もはや意味がわからない。
 人間妖怪魔女魔法使い。幽霊妖精神霊獣。死神悪魔吸血鬼。天人閻魔鬼河童。鴉山犬蟲人形。ありとあらゆる有象無象が、その存在の区別なく酩酊に羽目を外して、この場では騒ぎまくっていた。
 人非ざる者達と、それに交わるわずかな人間。この空間は多くの人間の住まう世界とは、全く別物だ。あらゆる享楽があり、享楽以外に存在しない。浮き世、という言葉が存在しないか、もしくはその最たる世界どちらかである。
 元々は、そう、元々は、彼女もこんなところに交わらない普通の人間だったのだ。それをこちらへ引きずり込んだのは、僕に他ならなかった。
 こちらの世が悪いという意味ではない。ただ、普通の女の子として生を全うするはずだった子の道を、変えてしまったのではないかというお節介な責任感を持ってはいたのだ。
 それは、僕自身の浅はかさであったかも知れないし、あの人の、ある意味での親としての思慮のなさが幾許かはあったかも知れない。人間ではあるが元々魔術に造詣の深かったあの人は、自分が人間であることに飽いていた。だからこそ僕のような存在に興味を示し、僕が近付くことを許した。そして、奇しくもその娘は……。
 あれ、そういえばどこにいる?
 お祭り好きの彼女のこと、幹事でもあるし、探せばすぐに見つかるだろうと酒宴集団を目で撫でてみるがその姿はない。
 僕は何となくその姿を探しに宴会の席を立つことにした。

「へえ、これが世に云う魔女の刻印」
「違うぜ。私のは特別なんだ。世に云うやつじゃないぜ。普通は洗礼とそん時の儀式で意図的に刻むモンなんだけどな、私は生まれたときからついてたんだぜ。奇跡の子さ」
「またまた」
「ああ、信じてないな!?」
「いいえ、そんなことは言ってないわよ?でも、生まれたっての魔女って言うからには、その、ねえ?」
「まだ魔女として覚醒してないんだよ。私はまだただの人間で、小さな小さな魔法使いさ。私はこれからもっと強くなるんだぜ」
「外の世界で中学二年生辺りの子供が罹患するという」
「違う!断じて違うぜ!」

 その姿は程なくして見つかったが、意外なことに紫さんも一緒だった。集団からは少し外れた柳の木の下、ここなら集団を一望できる、これは何とも痛快な眺めであった。しかし、幹事と主催が場を離れて二人で楽しんでるとはどういうことだ。まあ、この世界のお祭りとはそれ自体で機能する、それ自体が妖怪のようなものだった。走り出してしまえば後は御する者など要らないし、制御など端から効くものではなかった。
 魔理沙は服の胸元をはだけて、紫さんに晒していた。あれは、彼女の「しるし」がある場所だ。彼女にとってはそれなりに重いシンボルであるはずなのに、紫さんにそれを見せてるということは、魔理沙はそれだけ紫さんを信頼しているということなのだろう。

「結構、重いんだぜ、これ」
「おもい?」
「私は実家を捨ててるからな!」

 もっとも、彼女がその過去をどの程度昇華しているのか、僕には知る由もない。もしかしたら家を飛び出した過去なんて、もう笑い話でしかなくて、あの印もただの力の源くらいにしか考えていないのかも知れない。
 二人の親しげな輪を見るに、何となくそれを乱すのも気が引けて、僕はその場を後にして宴会の席に戻った。何となく酷く飲みたい気分になって、既に壊れている面々に混じって、僕も浴びるように飲んだのだった。
 紫さんと魔理沙が、仲よさげに話しているのを見て、僕は酷く複雑な気分だったのだ。僕は、心のどこかで、魔理沙と紫さんが別の世界で生きていてくれればと思っていたのだ。それは、僕が未だに、香澄さんの存在を恣意的に二つに切り分けて、片方を魔理沙に、そしてもう片方を紫さんに、勝手に被せているだけだ。そして、二人が交わらなければ、僕は二人とそれなりに仲良く――両方ともを選ばないという卑怯な立ち回りで――やっていけるのではないかと、希望的観測の下にで過ごしていた。

「なんか、紫になら、話してもいいかなって」
「買いかぶりすぎ」
「そうかあ?これでも結構、いいヤツだと思ってるんだぜ?」
「いい、の前に、調子の、とか付くんでしょう?」
「たまにな!都合の、とか、いなくても、とか付くことあるぜ。たまにな、たまに!」
「ひっど~い」

 だが、そうは行かなくなったその証拠を突きつけられているみたいで、二人が一緒にいる絵を目の当たりにすることに、強い抵抗感があったのだ。
 だが、彼女達は急に近づいていた。それはもしかしたら分離を望んでいた僕自身が原因であったのかもしれないし、全くの偶然であったのかもしれない。はたまた、卑怯な僕を戒める、何者かの意思かもしれない。
 僕は、その船の定員が二人だということに気付きながら、それでも僕以外に二人を乗せてしまったのだ







 仕事用の眼鏡が何処かへ行ったので店の周り、宴会の跡地、家の中など丹念に探したのだが、どうにも見つからない。最近足を運んだ場所で後探していないのは、あそこだけだった。
 沈丁花はまだ咲いていた。それに抱かれる墓標も変わらずそこにあった。前に霧雨さんと添えた花はもう枯れていて、僕はそれを拾い上げて処分することにした。
 新しい花を添えようかとも考えたが、こうして眼鏡を紛失しなければまたここに来るのは半年後かそれ以上だったことを考えると、今手の中にある枯れて死んでしまった花をもう一度添えるだけになるのかと思い、なんとなくそれはしないことにした。
 これだけの沈丁花に囲まれているのなら、わざわざ切花を持ってくるのも、もしかしたら無粋かもしれない。
 香澄さんなら、霧雨さんに「あなたが会いに来てくれれば、何も要らないわ」なんてあの眩しい笑顔を零し、僕はそれに嫉妬するのかもしれない。
 我ながら、卑屈だ。

「眼鏡を知らないかな?もしかしたらここに忘れていったのかもしれないと思ったのだけど」

 墓石に向かって言うでもなく、かといって誰もいない場所でいう言葉でもなく。
 僕は先の墓参りで自分がたどった記憶のある辺りをさらいながら、あちこちと視線を配らせる。言葉と意識は墓標のほうに向いていて、これでは眼鏡が視界に入ってきても見つからないかもしれなかった。
 それが原因であったのか、それとも本当にここにはないのか、僕は眼鏡を探し当てることが出来なかった。

「探し物は、これかしら?」

 途方に暮れ、仕方ない帰ろうと思っていたところに、聞きなれた声が飛び込んできた。

「紫」

 視線を上げた先には紫さんがいて、その手にはまさに探していた眼鏡が収められている。彼女はそれを僕に差し出してきた。

「ご丁寧に、墓前に供えてあったわよ?まるで生前あなたがかけていた眼鏡をお返しします、って言わんばかり」
「ああ、そうだったのか。探していたんだ。ありがとう」

 とそれを受け取り、その通りだよ、と付け足す。

「あら、本当にそうだったの。ごめんなさい」
「いや、いいんだ。自分でも未練たらしいと思うしね」

 その眼鏡は僕が店で品物の鑑定をするときに使うものだ。別に何の眼鏡を使おうとも名前も使い方もわかることに差はないのだけれど、あるだろう、使い慣れた道具というのが。つまりそういうことだ。単純に、形見がそれを兼ねてしまっているというだけで、でも、それを兼ねてしまうくらいに僕の未練は粘着質なのかもしれなかった。

「なんで、ここに?」

 そう。何で紫さんがここにいるのだろうか。

「その眼鏡を見つけていなかったら、同じ言葉を返すところだったわ。あなたのいないタイミングを狙ってきたつもりだったのに」

 互いの姿を認めると、自然に隣同士に並ぶ僕と紫さん。もうお互いに距離を牽制し合う仲でもなかった。

「どんな人なのか、知りたくて。お墓に来たって、何もわかりはしないのだけどね」

 それは、努めて渇いた声色にした、紫さんの声。一歩進んで、墓前にしゃがみこむ。手を合わせるわけでもなく、ただその墓標に刻まれた文字に視線を投げ出していた。

「なんか、勝てそうにないから」
「……勝つ?」

 口のない死人は最強よねぇ。なんて茶化した声で独り言ちている。

「いつになったら、独り占めできるのかなって、思って。あなたを」
「えっ、紫、君は」

 恋人なんて望んでない、体だけでいいと、言ったじゃないか。 今になっていきなりそんなのは、騙し討ちだ。
 そう言いたいのを、飲み込んだ。
 紫さんとて、僕なんぞに恋慕的な好意を持っているだなんて思っていなかった。ただ、男、として使われているのだと。僕もそれで十分だったし、お互いにそういう関係なのだと思っていた。
 でも、本当のところ、紫さんは、違ったのだろうか。

「ごめんなさい、変なことを言ってしまったわ。でも、あなたが悪いのよ、こんなところに忘れ物をして。眼鏡と、気持ちと。ここで鉢合わせなかったら、こんな居心地の悪い空気にはならなかったでしょう?」
「そう、だね」

 でも、それが彼女の本音だとするなら、僕はそれを見間違いだと言い聞かせるわけには行かなかった。

「僕は、もっと軽い気持ちだった。紫もそうだと、僕は思い込んでいたんだ。」
「いいのよ。私が、そういう風に言っていたのだし。さっきのは、無しにして頂戴。口が軽すぎたわ。相手があなただから、気が緩んじゃった」

 困ったような笑い顔で忘れろという紫さんは、しかし何処か悲しげで。

「まだ、僕は彼女の死から立ち直っていないんだ。情けない話だけどね。」
「それと、霧雨の、娘さん?」

 無言でいる様子を肯定と受け取ってくれたらしい紫さんは、そういうことかあ、と空中に投げた。

「魔理沙の存在は、僕には大きすぎるんだ。だから僕は紫に逃げたいんだろう。どこまで本当の好意で君に寄り添っているのか、僕自身が自信を持てない。君が僕に体だけの関係を持ちかけてきたとき、それは救いだったよ。」
「これからも、それで構わないわ。」
「さっき違うといったのに?」
「それは、私の問題よ。」

 彼女の言うことは合理的だが、しかし僕は僕自身の気持ちと彼女の気持ちの間に齟齬があることを重く受け止めてしまっていた。

「君が好きの気持ちで接してきているのに、僕はそうじゃないかもしれないんだ。フェアじゃないよ。」

 だからといって、ここで紫さんとすっぱり別れるということもイメージできていたわけではない。決意のない告白とは、まさにこのことだろうか。
 だけど紫さんはそんなこと気にしないわと宥めるように言ってくれて。

「気持ちなんて、100%じゃないわ。人は、純粋じゃない。気持ちだけとか理想だけとか、そういうんで動ける生き物じゃないもの。置かれた状況、取り巻く環境、動かせない周囲。そういうものの中で決められた型に適応するように育っていく気持ち、意思、感情。それを何とか『自分』だと自分自身に説得し続けて、それを自由だと盲目して、生きていくものよ。」
「でも、紫は、それでいいのかい?本当の気持ちが欲しいとか、思ったりしないのかい?僕の、君への好意があるとしたら、それは状況が鋳型になって焼きあがった安っぽいものかもしれないというのに」
「しがらみに形作られる受動的な感情、いいじゃない。生きている、って匂いがして大好きだわ。私はあなたに100%の純情なんて求めない。私を選ぶのが消去法であったとしても、構わないと思ってる。」

 消去法。
 それは、死人でもなく、その血縁者でもなく、一等好きなわけでもない、でも生きている手の届く相手をなし崩しに選ぶ失礼な方法だった。それでも彼女はいいというのだろうか。そんな風に彼女を繋ぎ止めておくこと自体が痛く卑怯なモノに感じられてしまう。
 だがその言葉を先手を取って持っていったのは、紫さんの方だった。

「私は卑怯よ。私はきっと、ずっとあなたの傍で待ち続けるわ。いつか、あなたが綺麗な感情を求めることに疲れ、輝く宝石を求める手を止めて、そこから届くせいぜいのガラス球でいいと諦めるのを。私は、ただそれだけの女だわ。」

 綺麗なもの、とは、香澄さんへの慕情を指しているのだろうか。それとも。

「僕の、魔理沙に対する感情だってそう綺麗なものじゃない。ただ、僕にはそれを手に取るだけの甲斐性がないというだけで」
「甲斐性って、なに?」
「えっ」
「好きか、好きじゃないか。それだけが重要なんじゃないの?そうやって躊躇することの方が、鋳型で焼かれた出来合いの感情なんじゃないの?」

 紫さんの、言う通りだ。それは、わかっている。でも、だからといって。

「面倒くさいわよね。面倒なほど律儀なあなただからこそ、なのかも知れないけれど。否定はしないわ。苦しいわよね、そういうの。似てて、繋がってて、でも別物。一緒にいれるけど近づけない。」
「紫の、言う通りだよ。返す言葉もない。」

 情けないな、僕は。
 人間と妖怪の親を持ち、今は、人間と妖怪の間で揺れている。

「ねえ」

 墓の前でしゃがんでいた紫さんが立ち上がって、僕に向かい合った。

「キスして」

 女性としては比較的長身の紫さんだが、流石に男の僕よりは頭半分くらいは小さい。彼女は腕を回せるほど近く僕の目の前に立ち、真っ直ぐに僕を見上げている。

「えっ」
「キス」

 目を瞑ってそれを待つ、と言う感じではない。はっきりと目を見開いて、待ち構えている。それは言外に、私を見て、と言っているようでさえあって。

「ただの、カラダよ」
「違うだろう」
「違わないわ」

 紫さんの視線は揺らがない。僕を責めているか?その問い質すような視線が、僕を刺している。
 紫さんのことを、好きなのは間違いがない。そういう風に見つめられて、押し倒したいくらい僕の胸は早鐘を打っている。ただ、この気持ちに自信がないだけで。

「して」

 僕は一歩踏み出した。
 それは、人が向かい合う距離ではなくなり、寄り添い、抱き合う距離。

「霖之助、さん」

 その唇が紡ぐ僕の名前は、まるで僕の名前ではないように、艶かしい。それを言い終えるか否かの内に、僕はその口を自分の唇で塞いでいた。肩に手を乗せて、抱くと言うほど掴むと言うほどではないけど、捕まえたまま、キスを「深く」していく。
 香澄さんの墓前で、僕は、紫さんと口付けを交わした。後ろめたさは……もう、なかった。

「ん……」
「っん」

 僕の中で、いつの間にか香澄さんの存在は、紫さんと、そして、魔理沙に分裂していた。香澄さんと言う想い人は、この墓に抜け殻。もう記憶にいるだけの美しい死者になってしまっているのか。
 それは死者の美しい記憶をそのままに引き継ぎながらグロテスクに変容し、僕を責め続けることとなるのだが、今の僕にはそれを知る由もない。

「ぁ、んっ、ふぅっ、っちゅ、んんっ……」
「ゆ、かり」

 唇が結びついた瞬間、彼女の体は強く僕に絡みついてきた。腕は背中に回され、体もぴったり密着している。金糸のようなブロンドが手に絡み、揺れる度に芳香を漂わせて誘う。僕もそれにつられる様に、手を肩から背中に回して、あまつさえ、腰にも。
 口同士が溶けてくっついてしまいそうなほど激しいキスが、未練がましい糸を引いて離れたあと、その濡れた唇がゆっくりと動いた。

 ――欲しい

 紫さんの決定的な一言が、僕を拘束する。

「で、でも」
「……そこ」

 紫さんが目配せする方には、林にも満たない木立を含む小さな茂みがある。紫さんに導かれるか、自分が紫さんを導くか、どちらともないようにふらふらとその方へ進んでしまう。
 人目を遮るようなものは何もない。ただ、この辺りに人は殆ど来ないと言うだけで、数本立っている木は手をついて支えにする以上の意味を成しはしなさそうだった。
 紫さんは、その木一本に手をついて、後ろを向く。そして肩幅を超えるくらいに脚を開いて、肩越しに僕へ視線を流した。
 誘っている。魔術でもないのに、強烈な色香。
 僕は夜の灯火に飛び込む小さな羽虫みたいにふらふらと、突き出された腰に手を回す。

「乱暴で、いいから」

 右手でスカートの裾を掴み、太腿の辺りまでたくし上げて見せ付けてくる紫さん。僕は、それを受け取って、僕がスカートを完全に捲り上げると、レースで縁取られた純白のショーツ。そしてその中央が湿り気を帯びているのが見て取れた。
 そのシミの中心に指を重ねて優しく擦ると、紫さんは体を強張らせて木に付いた手に頭を乗せて顔を伏せた。シミはじわりと大きく広がって、あっという間に指に移るくらいにじっとりと濡れた。

「濡れているね。キスだけで、こんなに?」
「い、言わないで」

 掠れた声は、その妖艶な姿とは裏腹に、驚くほどに乙女の恥じらいを含んでいて、どこまでが演技なのか、僕には計り知ることが出来ない。
 逸る気持ちを堪えて、ショーツの上から撫でる指の力を強くする。白く綺麗な曲線を描く背中、臀部、太腿へのラインに指を絡めて撫でながら、局部添えた指を、ぐっと押し込むと滑る愛液が溢れて指に絡んだ。その深さを保ったまま、濡れた布地の上から前後に動かして刺激すると、紫さんは可愛い声を漏らして身をよじった。

「くっ、ふぅ、っん!あ…」
「あんまり声を出すと、誰か来てしまうよ」

 僕がそういうと、慌てて唇を噛んで声を殺す紫さん。それでも時折、嬌声が鼻を抜けて漏れている。
 僕は指に絡み付いた愛液を、彼女の尻たぶに塗りつける。ぬるりとした感触を尻肉に擦り付けると、彼女の引き締まったヒップが少し緩んでして柔らかに揉みごたえのある肉へ変わる。みだらな分泌液を自身の体に塗りつけられた倒錯に、体が弛緩したのだ。そうして紫さんのむっちりした尻肉に指を埋めながら、もう片方の手でショーツを分け、その湿った茂みを露わにする。
 直接ふれたその花びらはじんじんと熱くぬめり、既に蜜をしとどにもらして綻んでいる。

「そういえば、紫は、どこが好きなのだったっけ。忘れてしまったよ。教えてくれないかな」

 僕が意地悪くそういうと、紫さんは、いじわる、と小さく漏らしてから、恥ずかしい口上を述べた。

「あっ、愛液を」
「マン汁」
「~っ、ま、マン汁を、っく、クリトリスに、塗りつけて、それでっ」

 彼女の言う通りに、溢れる蜜壷から粘液をすくい取ってクリトリスへまぶす。そこはもう自らの勃起によって包皮がめくれて中身が現れ、コリコリと心地よい肉突起になっていた。

「っ、ふぅううっ、くううっん!あ、ひ、ひんっぅっ!」

 愛液を塗り、再び掬って塗り、を繰り返し、まるで先走りでぬるぬるになった男のモノのようにぬめる媚粘膜となったそれを……そのままにして紫さんの次の言葉を待つ。

「はーっ、はぁあっ、そ、それで、それを」
「それって?」
「まめっ、おマメちゃんを」
「まめ、じゃないだろう、こんなに大きく勃起して。やり直し」

 あえて羞恥を煽るように、いやらしい言葉を口にさせる。彼女の肌は雪の白皙から、櫻石のそれに変わっていった。しっとりと汗ばんで、香り立つ色香はくらくらするほど。

「くりっに、クリトリスに、さわって」
「うん」

 指先で、勃起したクリトリスに触れる。だがやはりそれ以上はせず、彼女の告白を待つ。彼女が望みを言うまで、僕は何もしない。彼女が行為をねだり、僕がそれに応えるそれだけだ。ただ、彼女にはとびきり恥ずかしい思いをしてもらい、そしてそれが、紫さんのお気に入りだった。

「思い切り、こねて!つぶしてぇっ!しごいて欲しいの、男のちんぽみたいに、チンズリするときみたいに、指で思いっきり強く、コスってぇっ」
「そんな声出したら人が来ちゃうったら。それとも、見られながらがお望み?」

 木に手をついているのは、羞恥心を擽り、それを膨らませて快感に連結するには好都合だった。顔を見られていないという些細なことでさえ支えになり、仮面をまとったときのように、大胆に「告白」してくれる。そして、それ故に紫さんの理性は朽ち木のようにもろもろと崩れてゆく。
 これは、紫さん自身が望んだプレイの一つだった。
 人が来る、という言葉に紫さんはふるふるとかぶりを振るが、興奮が高まって欲情を強くしているのは如実に伝わってきていた。
 紫さんの恥ずかしい告白に応えて、僕はその肉突起を指で摘み上げる。

「っひぃいいっ!っは、んっほっぁぁああっ!」

 一度だけじゃない。小指の先ほどにまで膨れ上がったデカクリを、押し潰すように摘んで、こよりを作る要領で捻ると、紫さんの膝が崩れ落ちそうになる。僕がその尻をに平手を打って、立ち上がるように促すと、クリトリスをイジる僕の手に愛液の滴をしたたらせて、何か声のような音を口の端から漏らしながら、がくがく笑う膝をこらえていた。

「ほら、これが望みだったんだろう?たくさんして上げるよ」
「んっ、っひ、いっ、ひぃぃいいいっ、おほぉおおおっっっっ!!んぅぅうっ!クリ、くりきもちぃいっ!もっと、もっとしてぇえっ!」

 僕の方に突き出された桃尻を振って、悶える紫さん。その声は辺りに響き、もはや恥も外聞もない。そもそも香澄さんや霧雨家のあり方の問題もあって、人里離れたところにあるこの墓が、今は好都合だった。

「んっは、勃起したエロクリっ、くりくり弄られてっ、んひぃいいっ!伸ばされてる、クリがぎちぎち引き延ばされて、エロってるのぉおっ!らめ、クリ粘膜が、弄られすぎてクリ粘膜強くなっちゃうっ!オナニーダコ出来てるデカクリが、もっともっとかたくなっちゃうのぉっ!っへ、んっへぇぇええぁあぁあっ、爪ぇ、クリ肉に爪たてひゃ、らめぇっ!えぐれるっ、こりこりクリ肉が、えぐれりゅのぉおおっ!」

 とても女性の声とは思えないほどの、獣じみた絶叫。木に突いていた手は、体が倒れないよう必死にすがりつき、抱きつくような姿勢になっている。まるで木を相手に媚びを売って腰を振っているように見えるその淫らな光景は、しかし全て僕の手によって。紫さんもそれを求めていて、悲痛に聞こえる言葉尻の叫びも、吹き出す愛液に裏付けられた、度を超えた快感になっているのだと確信していた。

「いつまでも、クリを虐められて欲しいのかい?僕はそれでも構わないのだけど」
「素敵っ、それもすてきぃっ!クリが壊れてぇ、延びっぱなしの勃起しっぱなし肉塊になっちゃうのも、しゅてきっ!そしたら、常時勃起クリになったら、情事おねだりにちゃんと応えてもらうからっ、責任とって、デカクリ育成のブリーダーになって貰うのっ!ああっ、わたし、私女としてじゃなくて、クリの付属品っ!エロクリ性具に付属する肉塊が、わたしになっちゃうのぉっ!クリトリスとエロ欲望に支配された、ただの肉人形っ、紫、クリトリス中毒のエロ雌豚っ!」
「そうか、それがいいならそうしてあげるよ。挿入はなしだ」

 挿入はなし。そう言うと紫さんは涎と淫語をだらだらと下に零し続ける俯いた頭を跳ねるように起こして、こちらを見た。泣きそうな目。欲情とお預けの狭間に置き去りにされて、達するも冷めるも出来ぬ地獄に、僕に容赦を求める、でもその実情け容赦ない責め苦を求める、雌の目で、しかし必死にそれはだめ、それはダメと訴えている。

「いや、いやあっ!して、してぇっ!おちんぽしてっ!!私のクリチンポじゃ、おマンコに入らないのっ!ゆるゆる食いしん坊まんこ、まんぞくできないのっ!おチンポ欲しがって涎だらだらっ、欲しがりすぎてぱっくりしちゃってるエロ肉ワレメ、可愛がって……ううん、構って、構ってくれるだけでいいの、可愛がってくれなくてもいいの!作業でいいっ!私の淫乱メス穴、やっつけ仕事でアクメさせてくれれば、私は満足なのぉっ!」
「じゃあ、聞かせて。紫はどうされるのが好きなのか」

 僕が静かな口調で問いかけると、しかしそれとは全く対象的な、焦燥感と逼迫感を滲ませた強い声色で、紫さんは応える。

「おまんこっ!おマンコに、あなたのおちんぽ、いれてっ!勃起、勃起してないなら、手でも口でも使って奉仕するからっ!お願い、勃起ペニス、私の準備万端恋い焦がれまんこに、ぶち込んでっ!ちゃんと締めるからっ、使いすぎで、ああっ、ごめんなさい、最近あなたじゃないとイけないから、オナニーが過激になっちゃって、指だけじゃなくてセルフフィストに発展しちゃったのぉっ!だから、だから、おマンコがばがばっ、だって、あなたがあまり使ってくれないから!私は何時でもあなたの前では濡らしてあるのに、いつでも即ハメOKに準備してあるのに、素知らぬ顔でお預けするんですもの!家に帰って全力オナニーしちゃうわよおぉっ!だから、ガバガバになってるかも知れないけど、ちゃんと頑張って締め付けるから、雌豚の世話だと思って、おチンポ咥えさせてくださいっ!淫乱の下の口に、おちんぽっ!あなたは動かなくてもいいの、私が欲しいのだから、自分で、自分で動くからっ!ただぶち込んでくれたら、後は自分でするからぁっ!おちんぽ借りたオナニーで、いいからぁっ!お願い、おねがいおねがいおねがいっ!おちんぽシテぇっっ!!」

 目を見開いて、それは狂気じみた切望。媚びを売ると言うよりもはや哀れみを買う程で、そして僕は紫さんのそんな様が堪らなく好きだった。
 大きくまたを開き直す紫さん。男を誘う開脚、というよりは、そのガニ股に開かれた脚は下品で下劣、その間から滴り、太腿を伝う淫液の様も全く汚らしく、普通の感覚の男なら相手にすることを躊躇するだろう。
 この女は、頭がイカレている。そんな印象を禁じ得ない紫さんの痴態は、しかしこの上なくクールな誘惑。熱烈な雌性欲求とそのアピールは生々しく、男に愛されたい女のそれとは別で、女の生殖だけを切り出したエロティカ。それに彩りを添えるのは、男を喰うという立ち位置ではなく、あくまでシテ貰うという姿勢の貫きだった。

「勃起なら、しているよ。安心して。ちゃんと使ってあげるから。下品でイヤらしい、あさましい雌の紫は、これが欲しくて堪らないのだよね?これで、どうして欲しい?言ってくれれば、ちゃんとシてあげるよ。僕はラブドールじゃないからね」
「ああ、ああっ、奥、奥なのっ!一番奥っ!膣の奥がちりちり熱くて、チンポ欲しがってるのぉっ!浅いところなんて要らないっ!奥だけがっつんがっつん、掘ってえっ!」

 いつも紫さんとするときは、慣らし運転など不要だった。キーを入れて捻れば、いきなりMAXスピードで、オーバーヒートまでベタ踏み。
 欲情というか生殖欲と表現した方がいいかもしれない紫さんのその様を目の当たりにした僕のペニスも無遠慮に勃起していて、乱暴でいいから、という彼女の誘い文句を免罪符にして、それは全く思慮のない最奥挿入だった。先端ががちりと奥の堅いものに当たると、だめ押しに押しつけて抉るようにしてからゆっくりと焦らし気味に引き抜く。雁首が入り口のラヴィアに引っかかるぎりぎりまで引っ張ってから、再びねじ込むように挿入。それを繰り返すだけの稚拙な責めだったが、紫さんはそんな性戯にも体全体で応えてくれた。

「おぉおおっぉおおおっ!!っほ、んんんつ!!奥が、奥がぁあっ!キモチイイところ、容赦なく抉られてぇっ!おしつぶされひぇええっ!欲しがり口開けっ放しだった躾のなってないまんこに、躾っ、ううん、躾なんていいから、種付けしてぇっ!子宮がきゅんきゅん下がってきて、種付け準備しちゃってるっ!タマゴが口を開けて精子を待ちかまえちゃってるのっ!おほっ、んんぉぉおおおっっ!でもっ、種付けの前にぃっ!膣肉ぐちゅぐちゅ泡立っちゃって、子宮のお口とおちんぽのお口が、まんこの奥地で出会ってキスっ、するたびにっ!天国見えて来ちゃう!ぅんっ!はぁっ、はあぁあんっっ!」
「何処ががばがばなんだい。それどころか食いついてはなさないじゃないか」

 紫さんのそこは包み込むような抱擁感がありながらも、がっちりと襞を際だたせて僕の肉棒を掴み続ける。引き抜くに襞の凹凸がペニス全体を擦り上げ、突き上げれば亀頭にざらついた感覚。かき混ぜようと動けばぬめる愛液と柔らかな粘膜がねっとりと射精を求める肉棒に絶頂を促してくる。貪欲、という言葉が精神方向の言葉であることを忘れさせるほどに、その雌肉壺は、性的肉欲的に貪欲だった。

「マン汁ぐちゅぐちゅゆって、んんっ!!っ!泡だって、るぅっ!奥のトコが欲しがって降りてきて、こしゅこしゅされるまんこ肉、もっともっとって、肉のびらびらいきんで立てちゃってるぅっ!ちんぽでずっぼずぼされて、私の、紫の雌が、雌が、よろこんでるっ!もっと、もっとぉっ!きもちいいっ、あなたとのセックス相性、さいこうっ!こんな素敵なチンポ、ほかにしらないっ!もっと、もっともっともっとをおおおををっんっ!!んふうぅぅううっ!!キちゃった、はしりだしちゃったぁっ!イきたがりのエロまんこキちゃったぁっ!イきたいっ、おマンコピストンされて、アクメしたいっ!お願い、おねがいぃつ!イかせてっ!おもいっきりおマンコかき混ぜて、奥の快感スイッチおしまくってぇっ!肉襞ごしゅごしゅ、してぇっ!!精液っ、精液欲しいのっ!ザーメンでどろどろぐちゅぐちゅになった白濁まんこでアクメしたいっ!」
「っく、締め付け、キツいっ……そんなに、ほしいのかい?男の、臭い精液がっ」
「欲しい、ほしいほしいのぉっ!ザーメン精液スペルマ精子白濁チンポ汁男液子種汁っ!注いで、そそいでぇっ!もう、もうっ!激しい、ごりっごりマン肉抉りで、もう、イキそうなのっ!早く、早く射精してぇっ!中で、膣内で、どぷどぷ、たっぷりだしてぇっ!!」
「いいよ、中出ししてあげるよっ!でも、僕より先にイったら、なしだっ!」
「えっ、そ、そんなっ!もう、もうキちゃいそうなのにぃっ!あなたの先走りがまんこにじわぁってしみるだけでも、軽くアクメしかける位、絶頂直前ぎりぎり我慢マンコなのに、こ、これ以上我慢なんてっ!むりっ、むりぃっ!!早く、早くイって、はやくぅっ!っ!っち、ちがうの、ちがうのぉっ!ピストンはやくはだめぇっ!私さきにイっちゃうぅっ!射精っ、しゃせいしてぇっ!早く精液ちょうだいっ!中で、中でどばどば精液っ、わたしのマンコ袋、ザーメン溜めにしてぇっ!こってりプルプル精液っ!中に注いでぇっ!!おマンコの中が、ザーメン臭くて、他の男が誰も見向きもしない雌穴になっちゃうくらい、スペルマ塗れにしてぇっ!!マーキングっ、精液マーキングっ!あなたの精子でわたしの肉穴にマーキングっ!あなたのものだって証をぉっ!肉便器の証拠、のこしてぇっ!だから、だからぁっ!早く、はやくぅうう!ザーメン、ざーめんっっ!中出しっ、ザー汁中出ししてぇっ!はやく、はやくぅっ……でないと、私、もう、もうイっちゃうのぉっ!ザーメン注いで貰うまでアクメ我慢できない、堪え性のない甲斐性無しマンコぉっ!ごめんなさい、ごめんなさいぃっ!わらし、わたし、もぉっ!もうだめっ!頭の中、イクことしか、考えられなくなってるっ!おマンコから、キツい快感、爆発するの、体がそなえちゃってるっ!アクメ来るっ、きちゃうっ!いく、ごめんなさいぃっ!お願い、先にっ、私先に、イっちゃうけど、お願いします、おねがいしますぅっ!私がイったあとでも、子宮えぐって、中に濃ゆいザー汁、そそいでやってくださいぃっ!餌付けだと思って、飼い主より先にイっちゃう、躾のなっていない雌豚に、ザー汁注いであげてくだゃいいっ!ん、んっふおおおおっ!来る、イクイク、いくいくっ!!あ、はあぁあっ!止め、止めぇっ!クリ、クリ握りつぶしてぇっ!殺して、イキ殺してぇっ!!!!」
「っく、クリ中毒の、ザーメン依存症がっ!!」

 僕は、紫さんのクリトリスを、引きちぎるくらいの力で潰して引っ張った。

「んんんっっっほおおおおおおおおおおおおおおおおおぁあああああぁああああっっつっっっ!!!!!!いひぃぎいぃいいいぃいいいっっっっ!!!ぎもぢぃいいぃぃいっ!いぐっ、いぐいぐいぐぅぅぅうぅぅうつうううっ!!」
「ぅぉおっ!し、しまっ、るっ!」

 紫さんが大声でアクメを叫ぶと同時に、その膣肉は絞り上げるように収縮して、元々イくのを我慢していた僕にとどめを刺した。射精。尿道が限界まで広がる感覚。許容量をオーバーするほどの勢いで吐き出される精液は、肉管を通過する度に刺激を残し、絶頂の連鎖反応、射精の再帰作用を促す。空っぽになるほど、底が見えればそれを押しつぶしてでも最期の一滴まで出し尽くそうとする、ペニスの最奥。体の中身が全て鈴口を通って紫さんの中にぶちまけられているような快感の前に、僕も意識を明滅させながら達した。

「ぁ、ざー、めんっ……」

 中出しを認識したらしい紫さんは、それを幸せそうに細めた目で見ているが、悦びの声をさっきまでのように叫ぶ元気は失われているようで、そのまま草むらの中に倒れ込んで荒い息の中に沈んでいた。
 僕もひとしきり射精し、中でしぼんだペニスをぬるりと紫さんの中から抜き取ると、力なくへなへなとその場に腰を落としてしまった。

「はーっ、はぁっ、はあっ」

 まだ日の高い内から、しかも外で、こんなこと。
 僕は懐紙を取り出して紫さんの股の間を拭いてあげる。幾ら拭いても、その間からは白い液体が溢れだしてきてきりがなかった。
 ようやく綺麗になったという頃にあっても、紫さんは目を覚ますことなく、今は可愛く細い寝息をすうすうと立てていた。

「いいきなもんだよ」

 寝息を立てている紫さんに向けた言葉のつもりだったけど、それはそのまま僕の方に帰ってきた。こんな、香澄さんのお墓の傍で。
 紫さんが誤って告げた胸の内を、僕はどう受け止めればよいのだろうか。
 その整理さえついていないのに、僕はまた、紫さんと体を重ねてしまったのだ。
 僕も絶頂後の虚無感の中、眠りの沼の中に沈んでしまいたかったが、流石にそう言うわけにも行かない。紫さんを着付けて、上っ張りを一枚その上にかけてあげる。
 そして、すこし周りの様子を確かめることにした。
 何となく感じていたのだ。人の気配を。仮にも半分は妖怪で、人の身よりは感覚は鋭敏だ。紫さんがああも大声を上げていたせいで、逆にこちらが気取ることが出来なかった。
 墓石の前の石畳に足を踏み出してみる。
 ふと、石畳に落ちている木の枝が、妙に気になった。それは第六感的な予感だったのかも知れない。
 僕はそれを拾い上げ、日にかざすように目をこらすと、それは非常によく乾燥していた。意図的に、そうしなければ、このようにはならないだろう。その辺の木の枝が落ちたものではないように思えた。
 手に取ってその乾燥した表面を人工物であると意識した瞬間に、それは伝わってきた。
 これは、道具だ。
 手に取りそれに意識を向けたときから、その木の枝は僕に訴えてくるのだ。その名前と使い方を。
 勿論この木の枝がそれ自体で道具であるとは考えにくい。流れ込んでくる情報も弱々しく、それは道具の持つ意志の残滓というレベルであって、僕はそれを風邪の前で揺れる蝋燭の火を守るように、読み取る。

 ――箒。地面を払うようにして使う。

 この木の枝は、箒の一部だったらしい。道具の残留思念が読み取れる以上、本体からこぼれ落ちて間もないものであることは想像に難くない。
 そして、箒をして思い出す人物、ここに来る可能性のある人物、そして、この場から慌てて逃げる可能性がある人物について、僕には一人だけ、心当たりがあった。

「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」

 まだ、行為後の余韻に浸っている紫さんが問いかけてくる。だが、僕はそれに答えることはなくて、これから来る出来事を知る由もなかった。







 いつも通りに店に来ている魔理沙。どうもそわそわと落ち着かない様子で、さっきから何かを言おうか言うまいか迷っているようだった。
 それを僕は何事なのか、見当は付いている。だが、こちらから切り出す話題でもなく、僕の方も調子を狂わせながら、店の中を片付けたり、あっちにあるものをこっちに持ってきたりと、別にしなくてもいいことをして気を紛らわせていた。
 何とも居住まいの悪い空気が、ずっと続いている。なのに魔理沙は帰ろうともせず、ついでに言うと、何故帰らないのだろうと歪んだ考えが浮かんでしまうほど、僕の方もその場にいづらかった。
 魔理沙が来てからかれこれ二時間。いつもの下らない話題に、輪をかけて下らない会話に、それさえも尽きた後、魔理沙はようやく言い辛そうな言葉を吐き出そうとし始めた。

「あの、さ」
「なんだい」

 今日はいい天気だな、などとごまかしの台詞を盛らしそうな位斜め上を見上げて、でもそこには天井しかないのだけど、その姿勢のまま、魔理沙は言葉を続けた。

「紫と、そう言う関係だったんだな」
「そういう?」
「その、見ちゃってさ」

 僕は黙って、魔理沙の方を見ないようにしながら、真正面に捉えないことで続きを促す。

「こないだ、母様のお墓の近くで、その、し、してた、だろ、紫と」
「見られてたのか」

 我ながら白々しい態度だが、見られていたのを知っていたと言うわけにも行かない。魔理沙の方を見て反応を窺うが、さっきまで僕が正面に捉えていなかったのと入れ替わるように、今度は彼女が僕の方から目を逸らしている。

「軽蔑したかい?香澄さんの前で」
「母様は、関係ないだろう」

 魔理沙は頭をばさばさとやりながら、なにやら言葉なのか気持ちなのかを整理しているようだった。

「ああ、いや、私は、こーりんと紫の関係を言ってるんだ。母様は」
「そうだね。悪かった」

 魔理沙の顔が赤い。あの時、ただ出くわしただけじゃなく、きっとしばらく見ていたのだろう。僕が紫さんに誘われるまま腰を使い、声を上げて交わる僕たちを、魔理沙はどういう目で見ていたのだろう。
 魔理沙は、いったんは香澄さんの名前を否定しておきながら「でも、でも」と口の中で転がして、こう続ける。

「紫って、やっぱり、似てるかな、母様に」

 魔理沙は、香澄さんに対して、どういう感情を抱いているのだろう。物心が付いたか付く前か、そのころにはもう亡くなっていたのだ。
 だが、魔理沙の感情がどうであれ、別の人間と同一視されると言うことに対して、確かに気分がいいわけがないだろう。そう言う点では、僕は今目の前の魔理沙に対しても、そしてあの場で抱いてしまった紫さんに対しても、デリカシーのないヤツであったかも知れない。

「紫さんは、香澄さんには全然似ていないよ。魔理沙の方が似てる。大きくなって、どんどんそっくりになっていってる。でも、性格は全然違うかな。香澄さんは、そんなにやんちゃじゃなかったぞ」
「わるかったなー」

 似ていないよ、の後に、胸の中で、外見はね、とこっそり付け足した。
 やんちゃ呼ばわりされて膨れている魔理沙だが、気を取り直したようにカウンターに被さるみたいにして僕を見上げてきた。

「せっくすって、気持ちいいのか?」
「おいおい、いきなりなんてことを言い出すんだこの子は」
「こーりんは、母様とどこまでの仲だったんだ?ああ、私はこれでも実家を勘当されてる……ってコトになってる身だぜ。忌憚ない話を聞きたいな」
「何もないよ。僕の、一方的な恋慕だった。あの人は、元々、僕という存在には興味がなかったんじゃないかな。魔理沙はどう聞いているか知らないけど、香澄さんは、人間をやめたかったらしいんだ。オカルティストだったのはその影響で、単にそれを活かして呪医をやっていたらしい。半分妖怪である僕は、香澄さんにとってはサンプルとしてうってつけの存在だったんだろう。ある程度、人間から別の存在に移行する手段は、技術的には出来上がっていたらしい。でも、踏み出せなかったんだろうね。どうなるのか分からないから。僕は、その観察対象だったんだ。人間であり、妖怪であり。香澄さんは、人間をやめたがっていてその技術は既に手中にあった。だから、霧雨さんと一緒になったとき、あらぬ噂が立ったし、魔理沙、君だって」

 人間をやめる、という話は香澄さんだけが例ではなかった。ハーフである僕もある意味ではそれに含まれるし、魔理沙は既に自分の意志でそれを行うことが出来る立場にある。この間店に来て行った十六夜嬢も、同じ事で悩んでいた。
 この世界では、種族というパラメータは、垣根以上のさしたる意味は持たないのだろう。でもしっかりと生物としての差があり、だからこそその差異に苦しむ人がいる。
 香澄さんも、その一人に過ぎなかったんだろう。

「私は私だ。生まれたときから魔法使い。今は魔女の卵。でもそれは母様は関係ないぜ。」
「そうだね。君は、本当に真っ直ぐに育っているよ。あんな複雑な環境で」
「逃げ出したけどな」
「そう言う時期もあるさ」

 魔理沙に対して抱いている好意は、親心に近いものがあると、僕は僕自身を分析していたつもりだった。今だってこうして、昔幼かった頃の魔理沙を引き合いに出しながら、まあ説教臭い話をしてしまうのだから。

「母様のこと、少しだけだけど、覚えてるんだ」
「まだこんなに小さかった頃だよ?」
「ああ。でも、覚えてる。母様、よくこーりんの話してたんだ。」
「へえ」

 初耳だ。あの人は、まるで僕に強い感情を示さなくて、だから僕はガラスケースの中に咲いている花みたいに思っていた。

「私が焼き餅を焼くくらいだぜ。まー、嬉しそうな顔で話すんだ。父様はどう思ってんだろうな、きっと気付いていたと思うけど。こーりんは手を出さなかったし、母様も必死に隠してたんじゃないかな。」

 そんな、こと。
 いや、だからといって、何がどうなるわけでもない。それこそ憶測でしかないし、いざとなったとき、香澄さんが本当に愛しているのが霧雨さんだと言うことも、彼女が亡くなるそのときに、痛感した。
 彼女は、最期、僕のことなど一瞥もしなかった。ずっと霧雨さんの手を握って見つめ合っていた。僕が入る隙など、ありはしないのだと思っていた。
 魔理沙の言うことは、信憑性に欠く。しかし、十分な破壊力を持って僕の心臓を打ち付けてきた。

「こーりんは、私と母様、性格が似てないって言ったけど、好みの男のタイプは同じだったみたいでな。多分、間違いないぜ。」

 そう言う変化球を投げるか。そもそも言葉自体が、彼女なりの戦術なんじゃないのか、などとひねくれた思考さえ浮かんでしまう。
 それくらい、僕の中で香澄さんという人との過去の思いでは大きいのだ。

「そうだな、母様に似せるには……『こんな風にすればよいかしら、霖之助さん?』」
「っ!?」

 カウンターの内側に入り、壁によしかかった状態で体の動きに綾を付ける魔理沙。髪を下ろして、上目に僕を見てくるその容貌は、恐ろしいほどに香澄さんにそっくりだった。それこそ、戦慄するほどに。

「ふん。私はな、私と母様を重ねて欲しくないんだ。私は私だ。母様の影を引きずらないで、一人の女としての私で、勝負したいんだよ。」
「勝負?」
「紫とかな。母様とかな。それとも、お前とかな。……気付いてんだろ?好きなんだよ、こーりん」

 魔理沙は僕の前に立って真っ直ぐ、その黒曜石にサファイアを混合させたような深い瞳で僕を射抜いてくる。嘘をつかない瞳。そしてこの瞳の前では、嘘はつけそうになかった。

「こーりん、紫にしてたこと、私にも、してくれ」
「ま、魔理沙」

 僕の前に立ったまま、両手でスカートを捲りあげた。ショーツは、下ろされていて、うっすらとブロンドの陰毛が茂っている。全く使ったことがないだろうそこは汚れなく、それが性器であることをさえ疑うほど。
 だが、その静かな様は、全くの嘘なのだと、薄皮を被ったざらつきなのだと、まだ僕は気付いていない。

「セックス、したい、こーりんと」

 そんなウブな体を晒して牝の台詞を紡ぐ口唇は、その言葉とはアンバランスに薄くて、顔を真っ赤にして、目を潤ませて行為をせがんで来る様は倒錯的なコケティシズムを漂わせている。
 が、本人からは全くその魅力を生かす余裕など感じられず、ただただ、小動物のように震えて庇護欲だけが掻き立てられる。
 それは絹を被せられた打ちっ放しのコンクリートだった。

「ガキの頃から知ってるヤツじゃ、勃たないか?私じゃ、魅力に欠けるのか?それとも、両方?」

 泣きそうな目は、恥ずかしさとか、欲情とか、そう言うんじゃない。それは悔しさか、焦りか。

「魔理沙、やめるんだ」

 やめるんだ、といいながら、その姿から目を離すことが出来ない。香澄さんにそっくりで、でも性格はちょっと似ていなくて、美女という訳ではないが、十分すぎるほど可愛い女の子。いつも傍にいて、全くそういう風に感じさせることがなかった子が、それを裏切るように僕に。
 魔理沙の声は、それでもしっかりと、女性だった。垣間見えたのは、切り立った岩肌に流れる清水で、浸食は鋭い。

「こーりんの手で、女に、なりたいんだ」

 真っ直ぐに僕を見ていた視線は下へ落ち、僕の服の裾を摘むように、魔理沙は俯いた。

「乱暴で、いいから」

 紫さんが言ったのと、同じ言葉だった。彼女が見ていたという僕と紫さんの行為、彼女は、最初から聞いていたのだろうか。そうして目の当たりにした光景が、彼女を変えたのだろうか。こんな風に少女と女性を、中間性のない二極として生じさせたんだろうか。

「魔理沙、早まるんじゃ」
「早まるよ!早まるに決まってるだろ!好きな男が、他の女とセックスしてて、それが、最近仲良くなったヤツだったりして、焦るに決まってるだろ!」
「それが、カラダなのか?」
「ああ、そうだよ。だって、黙ってれば気持ちが貰えるのか?気持ちなんて、人の思い一つのことだろう。そんなもの、熱さなければ沸騰しない、冷やさなければ氷らない、傾けなければ流れもしないし、光を当てなければ計り知れない。そうだろう!?」
「落ち着くんだ、魔理沙。君は」
「落ち着いているよ!」

 空気を震わせるのは、声だけではない。彼女の思いが、マナをさえ戦慄させている。
 生まれ持っての魔女。感情の高ぶりが、空間中のマナを不正共鳴させている。摩擦して甲高く、重苦しく響くその音とは、「精霊の叫び(スクリーミング)」という、才能を持ちつつ相応の鍛錬を与えられない魔術師の周囲に散見される、稀少現象(レアケース)だった。

「紫とこーりんがセックスしてるなら、追いつくしかじゃないか!私だって、私だってこーりんのこと、好きなんだぜ!?それとも、私は、もう、負けてるのか?」

 魔理沙が抱きついてくる。紫さんにそうされたときのように魅力的な肉感があるわけではないが、僕自身、魔理沙に対する好意は否定できるものではなかった。いや、それは、香澄さんに対する気持ちの腐ったヤツかも知れない。
 彼女に抱き付かれると同時に彼女の周りで軋みを上げるマナに包まれ、怒り狂う精霊に抱かれているようにさえ感じられる。腹の奥底に鳴り響く唸り声と鼓膜を突き刺す叫び声が、魔理沙の感情の荒ぶりを代弁していた。

「抱いて、くれよ、こーりん。私は、戦いたいんだ。紫と、お前と。同じところに、立たせてくれよ」
「同じところ?」
「こーりんとセックスしたって言う、事実。説得力。現実。紫と、戦う、権利。乗車券。いや、批准書か。今の私じゃ、舞台にさえ上がれない。紫のライバルにすらなれなくて、こーりんの対象にすらなれない。そんなの、イヤだぜ」

 魔理沙は、凄まじい焦燥感を得ているようだった。鬼気迫った様子は、カラダを求める欲情ではない。だが、彼女の言うとおり、心を欲してのことでも、ないようだった。
 僕は、魔理沙の内側を軽視していたか。もっと可愛らしいもので、もはや子供だとは思っていなかったが、このように突き刺し乱れるものであったとは、考えていなかったのだ。こんなに激しく熱く、鋭く切り立った崖、目の覚めるような鮮明。そう言うものが、魔理沙の中に見えた。

「こーりんと、一つがいい。ちがう、寄り添う二つがいい。いや、寄り添わなくても。お前を、取り込みたいんじゃないし、私を捧げたいんじゃないんだ。二人三脚なんて、綺麗なものは要らない。四本の脚があったら不均等な4つ打ちリズムでいい。わかっ、よくわかんねえな、でも、そう言うことだぜ。」
「君は、僕が見ていた魔理沙と、いつの間にか入れ替わっていたのか」

 だが、僕は、その魔理沙の原色の激しさに、急激に引かれていくのを感じた。中間色を持たない自身の内に軋轢と矛盾を抱えながら、谷と崖を残してそれを均さない、1と100を用意して50を為さない。そうして一つではなく無数を抱え込み、それらの矛盾を暴れさせながら全てを檻の中に押し込めている。飼い慣らしているのではない。苦しみ、藻掻き、傷つきながら、その軋轢を敢えて追放しない。

「ああ?気付いていなかったのか?鈍いヤツだな。さっきから言ってるだろう。こーりんが好きだって。抱いて欲しいって。セックスしたいって。そう思う前の私を見てたなら、お前の目は曇ってるなあ。」

 皮肉に笑っているが、何処か泣いている魔理沙。

「何度でも言ってやるよ。わかってないならわからせてやるよ。私はお前が好きなんだ。欲しいんだ。くっついて、こうやって抱き付いて、お前の体温が欲しくて、セックスしたいんだよ。面倒くさいしがらみなんて、こりごりだけど、それと好きとは別じゃないか。お前が紫のことが好きなのと、私が紫のことが好きなのと、私がこーりんを好きなのと、別じゃないか。でも私は、そのうちの一つだけが、唯一私を私にしてくれるんだと、思ってるんだ」

 僕に抱き付いて、恋の色をした原色の束を僕にぶつけてくる魔理沙。叫びは声と精霊のそれで、それは感情の暴虐であって、香澄さんの持っている、僕が好きだった香澄さんの持っているものではない。魔理沙が、生まれついての魔理沙であって、家を飛び出して一人で生き、勝ち得、負けて刻まれ、塗り潰してきた魔理沙。
 背伸びして、僕の唇に、押しつける。
 僕はバランスを崩して倒れるが、和らげようなんて気はないらしい。それに覆い被さって、手の届くところに落ちてきたそれに、荒々しく吸い付いてくる。

「こーりんがイヤなら、貸してくれ。ただ貸してくれ、カラダを。私は、お前に満たされたいだけなんだ。それくらいの我が儘、聞いてくれてもいいだろう?」

 魔理沙は僕の上で乱暴に服を脱いでいく。脱いだ服はまさに脱ぎ捨てるという風にその辺にチラされ、そして僕の服も次々にはだけさせられていった。
 今の魔理沙は、胸が苦しくなるほど魅力的だった。香澄さんの分身としてではなく、全く別の輝きを持って僕の目を眩ませる。
 僕の方も、既に躊躇はなかったのかも知れない。ただ、そのときに、紫さんという存在が、頭の片隅に鈎爪を効かせた恋心に似た何かとして存在し続けることに対して、僕は無痛症になっていた。

「魔理沙は、どうやって大人になりたいんだ?」

 その言葉の真意を、魔理沙は敏感にキャッチした。感覚の鋭い子だ。だからこそ。

「思い切り、痛く。乱暴にして欲しいんだ。奪って欲しい。我が儘だけど私に言い訳をくれ。お前のことを好きな私を、お前の手で私に刻みつけて、消えない刺青にして欲しいんだ。トラウマにして、こーりんが紫を選んで私が寂しい一人になっても、他の男と寝る度に絶対に思い出す無惨なセックスを、私に教え込んでくれ。」

 魔理沙に何かを手渡された。ナイフだった。
 だが僕は既にそれを異常な行動だとは思わなくなっていた。
 それは象徴であって具象ではないのだ。それをして何をしてほしいというのか、僕には十分に伝わった。
 無言のまま、僕に覆い被さっている魔理沙をはね除けて逆に組み敷く。長いブロンドが床に広がり、白い肌が傷つけられるのを待っていた。

「なんて刻んで欲しい」
「お前の名を」

 僕は、ナイフを魔理沙の左乳房の肉に、添える。そして少しずつ力をこめ、その柔らかな感触にナイフの先端を埋めてゆく。小さく凹み、酔う面を押す金属片。やがて押し込まれる力が皮膚の強度を超えると、ぷつっと先端が肉の中へ入り込んでいった。
 ほんの少し、先端が皮を裂いて肉と出会ったそれくらいの深さのまま、ナイフを魔理沙の乳房の上で走らせる。横に引けばつぅっ、と赤いラインが血を滲ませて鮮やぎ、捻ると抉れた肉のくぼみに血が溜まった。
 僕はそれを駆り、魔理沙の胸に自分の名前を刻み入れてゆく。
 ナイフが一画を削り取る度に、魔理沙の体は快感に震えるのを抑え付ける強ばりに固まり、口からは恍惚の声を耐える吐息が洩れる。

「こんな行為で、感じているのかい」

 僕が問いかけると、魔理沙の顔は一瞬で羞恥に赤く染まり、瞳は涙を湛え、小さく開かれた口から、ごめんなさい、と紡がれた。
 そのいじらしくも淫らな様子に、名前を刻むナイフの切っ先は少し深まってしまう。痛みと出血を増した彫刻は、だが彼女に与える快感の鋭さと深さも増しているようだった。

「ふぅっ!ん、きざ、まれてるっ……こーりんの、なま、えっ」

 泣きじゃくる子供が、言い訳するときのような震えた声。その声で、僕の刻印を喜んでいるという告白を受けて、僕の方もどうにかなりそうだった。興奮する。

「今、何を刻んでるのか、分かるかい?」
「わかるっ……わかるよぉっ!今削ってるのは、しんにょう、だ、森近の、ちか、のしんにょうっ!」
「正解だ。いいこだね」
「ふぅうっ!んんっっ!!な、ナイフの先が、刺さるのぉっ!突き刺さる度に、ちんぽが入って来るみたいで、文字が走る度に、ピストンされてるみたいでっ!名前が残るのが射精されてるみたいでっ!!お前のものになってる、私、記名されて、るぅっ!もっと、もっと深くしてくれえっ!」
「あんまり動いたら、手元が狂うよ」
「いいんだっ、深くていい、もっとばっさりやってくれていいのにっ!」

 傷口に色が残るような線量をすり込んでいる訳じゃない。処置さえ失敗しなければ、刺青のような明確な跡が残ることはないだろう。でも、僕はそれが少し、寂しいとさえ感じ始めていた。刻む名前の疵痕に、たとえば鉛筆の削り粉でもすり込んでしまえば。この疵痕は、魔理沙に刻まれた僕の名前は、傷が癒えても残り続けるだろう。
 想像して、僕は高ぶってしまった。

「こぉっ、こんなっ、せっくすはじめてっ!ナイフが、体を裂いていくのが、きもちいいっ!こーりん、こーりんっ!もっと、もっとぉおおっ!」

 魔理沙は両腕を広げて、もっと、を体現しながら僕にそれをねだる。確かにこの程度の浅い傷であれば、体中に刻んでも死にはしないだろう。傷口に色をすり込む妄想と合わせて、彼女の体中にに自分の名前を刻みつけることを想像して、僕は、その倒錯した欲望が大きくなっていくのを感じていた。

「つぎ、次の文字、来た、きたぁあっ!!りんっ、りんのすけの、りんっ!ふぅうっ!はあぁあんんっ!!もっと深く、痛くしてくれぇっ!跡、残るくらいが、いいんだっ!んっ、くぅううっっっ!」

 性行為とはほど遠いその行為は、しかし彼女の正看を確実に掘り起こしているようだった。僕を見る目は涙を湛えて潤んではいるが、それは痛みによるものではない。頬は紅潮して桃色に染まり、吐息は熱と湿気を帯びてじっとりとその強い性感を顕現していた。
 板張りの床に爪を立てて、カリカリとひっかいているのは、強すぎる刺激を体外に逃したくてだろうか。僕は彼女に馬乗りになっているが、背後に位置する下半身はもぞもぞと蠢いてなまめかしくくねっているのが目を向けずとも分かっている。恐らく、彼女のあそこは濡れているだろう。
 これは、確かに、セックスで、だが僕は彼女の女性器を触る気は毛頭無かった。

「これで、イけるかい?」
「い、いけるっ、ふうっっぅっん!いけるぅっ!このままだったら、あっという間、名前を最期まで貰う前に、イきそうっ!変態だよな、お前のものにされてるのが、こーりんの名前を刻まれてるのが、キモチイイんだっ!!っつぁああぁああああっ?!ふ、ふかいっ!すごぉいいいっっっ!!」

 魔理沙が求めるままに名前を刻む。それ以外にも、徒に彼女の体に傷を付けてみる。魔理沙のまだ幼さの残る綺麗な肌に、ナイフという暴力の象徴でその疵痕を刻み続ける行為が、背徳的な快感を増大させた。乳首の下辺りに、横真一文字の切れ目を入れる。名前を入れるように繊細なタッチではない。ただ切り裂くと言うことだけが目的で、故に、その傷は少し深い。その深さに、魔理沙は喘ぎを大きくして身をよじり、快感を訴えていた。

「どんどん、わたしが、どんどんこーりんのものになっていくっ!ぞくぞくするっ!最高だよぉおっ!名入れ、一カ所じゃなくて、もっと色んなところにしてくれえっ!普段から見えるところでも、かまわないからっ!お前のものだって、私はこーりんのものだって、証をぉっ!!」

 僕のものになることを望む魔理沙。でもそれは本当はそうじゃないだろう。僕の名前を体に刻みつけるのが目的というよりは、僕の名前を自分の体の一部に奪うのが目的なんだ。彼女が僕のものになるための記名ではない。僕を彼女の元に縛り付けるための逆マーキングだった。
 そうだと分かっていても、僕の欲求は留まることが出来ない。ナイフを握る手を動かし、それに喘ぎ声を上げる彼女を見つめ、僕自身の満たされてゆく欲望に、満足を覚えていた。

「っ!っっっ!~~~~ぁあっ!!キ、きたぁっ!きちゃうっ!やっぱり、さいごまでがまんできなかったぁっ!いま、今ののじだろっ!のの字で、こーりんに、ののじ、のの字描かせて、私、きちゃう!最後までして貰ってないのに、記名アクメ、きちまうよぉっ!!ぉっ、おおおぉおっ!!いく、いくいくいくっ!最後まで描いて貰わないと、お前のものになれないのに、我慢っ、我慢できないで、イっちまうよぉおおっ!!っぁああああああああああぁあぁあっ!!!」

 之、の字を刻み終えたところで、彼女の体が一際大きく跳ね上がり、絶頂に達したことを告げた。僕は最後までその名前を刻みつけることなく、その行為を終えた。
 絶頂の淵に漂いながら荒い息を吐き続ける魔理沙。僕は魔理沙を抱え上げて、奥の自室へ運び、布団に寝かせる。深く、などといってはいたが、そんなに深い裂傷を与えてはいない。それは、理性がぎりぎり止めた部分だったのかも知れないが、赤い傷の殆どは既に傷口が塞がりかけていた。
 ああは思いながらの行為ではあったが、やはり跡が残るのは望ましいことではない。仕事柄生傷が多い僕に八意女史がくれた軟膏を、彼女の傷口に塗り込んでいく。効果はてきめんで、それは薬品と言うよりは魔法の薬の如く、一瞬でその傷は癒えてしまう。魔理沙の胸に刻まれた野蛮な文字も、すっかりと消えて元の綺麗な肌を取り戻した。

「ぁ、こーりん」

 脱いだ服も着付けてやろうと、それを拾って持ってきた頃には、彼女は目を覚ましていた。

「ごめん。変なことを」
「あぁ……消しちゃったのか……」

 本当に残念そうな声。でも、それを刻み残し続けるほどの甲斐性は、僕にはまだ持てない。
 魔理沙は上半身を起こし、僕から服を受け取って「さんきゅ」といいながら、それを着付けていく。
 全て元通り。
 とは行かなかった。
 それでもあの行為の直前に見せつけられた彼女の中に秘められた獣のような原色の恋色。感情。それに引かれる僕は、紛れもなかった。
 紫さんの存在が、僕を、苛んだ。邪魔だというのではない。両方とも、大切で、だがその共存が可能だという希望的観測は、恐らくもう通用しないのだろう。
 それは、紫さんと魔理沙が、知り合いから友達に変わってしまった時点で、運命付けられた終焉の形。ただ、それがどちらに転ぶのか。
 僕のやじろべえはアンバランスだった。
 僕の前で俯いていた魔理沙が、ふと視線を上げて口を開いた。誰とも無く紡ぐ言葉は、漠然と僕に向けて放たれた言葉に違いないのだけど、真っ直ぐ僕を見ないその様子は逆に僕を責めているようにも見えて。

「紫と、いや、私が持っている、私の中の紫と、決着を付けなくちゃいけないんだろうな。邪な恋ってのも、あるんだな。それを否定できなくて、色んなものを振り回して、傷つけて、迷惑千万な恋だって。」

 彼女の目は何処か遠くを、そしてそれはおそらくは、ここにはいない紫さんか、もしくは世界を一周して彼女自身の背中を見ているようだった。







「霖之助さん」

 屋根を叩く雫の音がやけに大きい、大雨だった。元から客など滅多に来ないこの店だが、紫さんも魔理沙も来ていない。トキもいない、珍しく静かな日だったが、雨音以外にノックを響かせたのは、殊更慌しさを滲ませた声だった。

「霊夢。どうしたんだい、こんな雨の日に、そんなに息を切らせて」
「魔理沙が、いないの」

 いない、とはどういうことだろう。元々霊夢と魔理沙とて、片時も離れない仲と言うわけではないだろう。

「いないって、出かけているだけじゃないのかい?」
「今日は、魔理沙の家の……」

 と、言っていると、再び店の扉が開いた。

「霖之助君、いるかな」
「霧雨さん」

 入ってきたのは、霧雨さんだった。霊夢とは違って落ち着いた様子だったが、そもそも霧雨さんがウチの店に顔を見せること自体が普通ではない。
 この店に魔理沙がよく来ていることは知っているし、魔理沙が実家との関係についてどういう風に触れ回っているのか霧雨さんも承知していて、その上で放任しているのだ。余程のことがなければ霧雨さんのほうからはいらっしゃることはない。
 一番近い人が来たとあって、霊夢は口を閉じて説明を霧雨さんに譲って店先に立っている。だが、何か落ち着かぬ様子でちらちらと窺っているようにも見えた。

「ウチのが、邪魔をしていないかと思ってな。今日は、皆で集まる予定の日だったんだが、顔を見せなくてね。今まで一度もすっぽかしたことなんてないものだから、少し心配になってしまって。子離れできぬ親かな」
「そうですね、今日は。いえ、ここには来ていないです。」
「ふむ、そうか。全く、予定があるのなら連絡をしろと言うのに。いつまでも子供で」

 魔理沙のことだから、数日遅れてでも「わりぃわりぃ」とかいいつつ律儀に顔を出したりしそうなものだ。その点ではまだ、大事にする段階でもないような気もしないでもない。

「ここに来たら、伝えておきます」
「頼むよ。騒がせたね、失礼するよ」
「お気になさらず。こんな雨の中、お疲れ様です。お気をつけて」

 淡白な人だ。
 ここに魔理沙がいないとわかると、さっさと帰ってしまった。僕が匿っているかもしれないのに、何も疑わないなんて。
 いや、僕が匿っているのなら逆に安心と思われているのだろうか。
 それは、大きな間違いだと言うのに。僕は……。

「ほんとに、来てないの?アリスのところも、レミィのとこにもいないの。」
「突飛な子だからなあ。どこどこにいなければ非常事態、って言い切れないし」
「そうだけど、今日は、あの日よ?」

 基本的に魔理沙は、「実家から勘当されている」ことになっている。
 僕や霊夢やアリス、もしかしたら紫さんは知っているかもしれないが、これは実は正しくないのだ。
 魔理沙は生まれついての魔女だ。だが、それは望まれてのことではない。
 霧雨さんの生まれは、元々は人間の世では名家である綾椿家であった。対して香澄さんの家は霧雨という名もない庶民。
 周囲の反対を押し切って綾椿家に嫁入りした香澄さんだが、元々呪医を生業にしていたせいもあって、生まれながら魔女の刻印を持っていた魔理沙の出産を経て、周囲の目は厳しく、血縁から根も葉もない中傷や暴言、心無い仕打ち、容赦のない村八分が始まったそうだ。
 そこで霧雨さんの男らしいところは、名門綾椿家を捨てて、霧雨姓を名乗り家を出たことだった。
 数少ない理解ある人たちの協力もあって、霧雨姓を名乗った後商店を経営するに軌道に乗るのは早く、魔理沙はそれなりに裕福な家で育つことになった。自分の出生と、家の事情を知ることなく。僕と霧雨家の関係もその頃、魔理沙が生まれて間もない頃からだ。
 その後、あまり体が丈夫ではなかった香澄さんは亡くなり、魔理沙は実家の事情を知ることになる。
 両親の名誉のことを彼女なりに考えてでもあるし、小さな反抗期でもあるだろうし、自分の存在の根源を実家に求めるべきなのかの迷いもあるだろうし、つまりそう言う理由で魔理沙は家を飛び出し、周囲には「勘当されたんだぜ」と触れ回っているだけなのだ。
 霧雨さんが言っていた「皆で集まる予定の日」とは、そうして家に帰らない魔理沙の行動を縛らない霧雨さんの、魔理沙に課した唯一つの約束で、年に一度決まった日に必ず一度家に帰って来いと言うもの。そこで、霧雨さん以下、一部理解のある血縁に顔を合わせ、商店の現状と家の状態をキャッチしてから、次の一年また好きにしろと言うのが、霧雨さんの放任主義だった。
 今日は、香澄さんの命日。僕が霧雨さんと一緒に墓参りに行ったのはこの日を避けてのことで、その理由は、今日が魔理沙と霧雨さんの面会の日だからに他ならなかった。
 今日、魔理沙は顔を出さなかった。ただのすっぽかし、とは少し考え難いが、これをどう捉えるかは、まだ大騒ぎするには尚早な気もしていた。
 だが、霧雨さんがいる間、そわそわしていた霊夢が、口を開く。

「実は、魔理沙、紫とやりあったらしいの」
「えっ」

 背筋が、凍った。

「ごめんなさい、霧雨さんがいる前では、言えなかったの。理由は知らないけど……理由がわからないから怖いのよ。いつもの弾幕合戦っていうのなら、笑ってみていればいいのだけれど、博麗神社の記録に、二人の命名決闘法宣言のログが残っていないのよ。」
「紫さんのこと、君は何か知らないのかい?」

 霊夢は小さく首を振った。

「私、たまに紫のことがわからなくなるの。時たま、妖怪としての本性を剥き出しにすることがあって。本来、紫は、人間を食べる妖怪だもの。私は……ちょっと例外だけれど、魔理沙とか咲夜とか早苗とか、隣にいて緊張感を持たない方が、本当はおかしいのよ。」
「それは、承知しているよ」

 確かに紫さんは、人を食う妖怪だ。そして、これが自惚れでなければ、そうして魔理沙を消す動機も、ある。

「それにしたって、いきなり魔理沙を食べる理由はないのだけど、ログがないのに、やりあってるのを見たって言う天狗の言葉が気になるし、現に魔理沙は重要な予定をすっぽかして現れない。ウチにもここにもアリスのところにもレミィのところにもいない。河童も知らないって。いやな予感がするの」

 霊夢には、これらの出来事の関連性が皆目見当が付かないだろう。でも、僕には冷や汗が止まらないほど、いやな予感がしていた。

「ここに紫は、来ていない?」
「いや、来ていないね」

 どちらかでも来ていてくれれば、まだ幸いだった。今日に限って二人とも来ていないと言うのが、僕には恐ろしくて。

 紫、君が?
 魔理沙、どうしてそんなことを?

「私、妖怪の山に行って天狗に話し聞いてくるわ。魔理沙か、紫が来たら、よろしく」
「わかったよ」

 霊夢は来たときのように慌しさを携えて、店を出て行った。雨音が刻む静寂が、再び訪れた。だが、今は上がる心拍数が、煩くて堪らない。
 努めて冷静に霊夢を帰したつもりだったが、それはきっと失敗していただろう。ただ、霊夢では、それは単に魔理沙への危機感として映ったに違いなかった。
 僕が、問い質さねばならない。魔理沙でも、紫さんでも、どちらでもいい。探さなければ。
 僕は店を閉め、戸締りもそこそこに傘を手にとって、店を出ようとした。宛ては、ある。もう霧雨さんは見に行ったかもしれないけど、入れ違いになった可能性もある。もし、いるとするのなら、あそこしかない。
 香澄さんの墓。
 魔理沙がいるとしたら、そこしかないと思った。もしかしたら紫さんが。
 家を飛び出そうと扉を開けたとき、目の前にいたのは。

「……紫さん」
「今晩は。ご機嫌如何?」

 思わず後ずさってしまう。魔理沙を、どうにかした可能性があるのだ。もしかしたら最悪の結果が告げられるか、もしくは僕も……。

「どちらにお出かけか知ら」
「いや、出かける用事は一旦無しだ」
「そう。じゃあ、お邪魔しても?」

 一度は閉じた部屋を開放し、紫さんを軒先へ招き入れた。それ以上入ってこようとは、しない。

「魔理沙を、知らないかい?」

 僕は、単刀直入に、問いかけた。

「知って、どうするの?」
「結果による」
「ケンカしたの。わかるでしょ?」

 それは交わらない二本の線であってくれればと願う希望的観測を、現実があっさりと破ってしまったと言うだけの話だった。それが交わり実際に火を上げたという事実を前にするなれば、僕にはその理由が痛いほどに理解できてしまった。

「好きなんですって、彼女、あなたが」
「……知ってる」
「よかったじゃない」

 よかったじゃない。
 紫さんのその言葉は、一体どんな真意を持っているのだろう。真正面から祝福してくれているとは到底思えない。

「ねえ。私達は選んだわ。」
「選んだ?」
「私は、あなたかあのこか。あの子は、あなたかわたしか。お互いにお互いを選ばなくって、二人で同じものを選んでしまって、ケンカになったの。」

 紫さんは、小さく溜息をついて、続ける。

「私、こう見えて、あの子のこと好きだったのよ。妹って言うか、娘って言うか。実際にそう呼ばれて笑い飛ばしたこともあったけれど、今になってみれば、言い得て妙だったのかも知れないわ。彼女も、私のことを慕ってくれてた。本当は人に言いたくないだろう、出生の秘密とかも教えてくれたわ。」
「ああ、伝わってきていたよ。君たちは、仲がよかった。僕も驚いていた。」
「でも」

 紫さんが、切り返す。

「でも、私達はそれを捨てたの。霖之助さん、あなたのために」

 寒気がした。それは、恐らく、彼女がケンカと称するような軽いものではないのだろう。
 僕は、そんなに重たいものを背負っていたのか。
 いや、それはわかっていたはずだった。ただ、その重荷を足の上に落としてしまって、やっとその重さを自覚したに過ぎない。
 彼女と目を合わせられない。目を合わせられないのは、今目の前にいるのが魔理沙であったとしても、だろう。紫さんは狼狽えている僕に向けて更に言葉を重ねてきた。

「彼女から、伝言を預かっているわ。」
「伝言?」

 紫さんは僕に真っ直ぐ向き合って、口を開く。

『母様の墓の前で、待ってる。私を選んでくれるなら、迎えに来てくれ。』

 やはり、魔理沙はそこにいるのか。
 僕は紫さんの肩越しに、外の様子を窺った。
 雨は酷さを増して、その音をより大きく響かせ、飛沫をより濃くしている。

「彼女、傘を持ってなかったわ。今頃、ずぶ濡れでしょうね」

 その雨を背にしょって、紫さんは言った。それは魔理沙と雨をして僕を挑発するような発言。しかし、その声色はヒビの入ったガラスのようで、不快感など感じなかった。
 彼女は、この状況を、どう思っているのだろう。本当に、僕を奪いに来ているのなら、こんな悲しそうな声で魔理沙の濡れた姿を言うだろうか。
 どういうやりとりがあって、彼女は魔理沙の言葉を僕の元に持ってきたのだろうか。
 魔理沙は、僕に、自分を選んで欲しいと言っている。紫さんではなく、自分を選べと。しかしその言葉を紫さんに託すというのは、魔理沙が紫さんを信じている証であり、それを携えて僕の元に来て、正しくその言葉を伝える紫さんもまた、魔理沙の思いを裏切らない仁義のようなものを守っている。
 これほど信頼し合っている二人が、しかし別れなければならないのか。
 自分の業の深さに戦慄していると、紫さんが一歩近づいてきた。

「いかないで。ここに、いて」

 儚げな声。それは演技でつくられた声ではなかった。
 紫さんの腕が、僕の腕に絡んだ。強く、強く、僕の腕は掴み取られて。女性の力だ。妖怪としての力は微塵も感じない。女としての非力な、でも全力で、彼女は僕を掴んでいた。臥所の中以外でこんなにしっかりと僕を捕まえたのは、初めてかもしれない。

「でも」

 今、僕はこの場を去り、魔理沙の元へ走ろうとした。それは、しかし紫さんを捨て、魔理沙を選択しようという僕の選択の無意識がさせた行動だったのだろうか。
 彼女は、それを、引き留める。

「あなたが行かなくても、霧雨のところには誰かが行くわ。あの子は、人気者だから」
「まるで紫が、嫌われ者みたいじゃないか」

 紫さんは、目を合わせない。俯いたまま、僕の腕を掴んでいる。

「あなたに好かれなければ、世界中から嫌われているも同じだもの」

 こんなにしおらしい紫さんは、初めて見た。その理由を僕は痛いほどわかっていて、だから逆に安易な言葉をかけることも出来なくて。
 人同士というのは、どうしてこう、ままならないのだろうか。どうしてだれも苦しまずに、つながれない。

「霧雨のところには、霊夢が迎えに行くわ、きっと」
「あの子は、普通の人間なんだ。周りに人間がいなくて、必死に背伸びして。大人しく霧雨家にいれば、きっと普通の女の子に育っていただろうに、僕が、香澄さんと親しくして、魔理沙をこんなところに引っ張り出して、あまつさえ、僕は」
「私だって」
「え……」
「私だって、普通の女よ!あの子みたいに若くないけど、人間じゃないけど、私だって……」

 腕にこもる力がぎゅっと、強くなる。

「前に、待ち続けるなんて大口叩いたけど、ダメみたい。この手が、あなたを離そうとしないの。体だけでいいなんて見栄を張ったけど、ダメみたい。あなたの、気持ちまで欲しくなってる。」
「紫――」

 伏せられていた顔が、すっと上がり、僕を見た。
 泣いていた。
 綺麗な顔がくしゃくしゃに台無しで、凄く、綺麗だった。

「すき」

 一言紡いだその言葉が、今まで彼女から貰っていたどのそれよりも脆くて繊細で綺麗なな宝石みたいで、それはまさに今目の前で僕の腕を掴んでいる紫さんの様子そのもの。

「紫、僕は」
「嘘吐きで、ごめんなさい。私、今なら、香澄さんに似てるって言うことも、利用してしまいそう。あなたを留めるためなら。あの子が香澄さんとの決別を謳うなら、私はそれをするわ。卑怯といわれても。」

 彼女の手が、僕の手を、その豊かな胸の上に導く。僕の掌を乳房の上に被せるようにして、その上から逆の掌で、僕の手ごと柔らかい胸を、揉みしだく。

『霖之助さん、好きです』

 紫さんは、香澄さんにあった事がない。その仕草は、悲しいほどに、香澄さんに似ていなかった。そうして香澄さんの真似をしてまで僕を留めようとする紫さんは、いつもの凛とした女性というよりも、怯えた小さな少女のようで。
 似ている似ていないに関わらず、その様子は、僕を酷く揺さぶる。卑怯、彼女はそういったが、まさにその言葉が相応しいほどに、紫さんのその振る舞いは、蠱惑的だった。

「紫、君がこんなことしても」

 ――抱いて

 紫さんが、体にしなをつけて、胸を押し付けてくる。腰を押し付けてくる。僕の首筋に舌を這わせて、唇で吸い付いてくる。
 僕を見るその目はいつも寝るときの妖艶な女妖怪……ではなかった。
 彼女自らが言った通り、紫さんは、普通の女、だった。
 その誘う行為は娼婦のそれで、でも、表情は羞恥とそして切迫した恋心に焦れている、ただ一人の普通の女。そのアンバランスさが壊れそうな様が、逆により彼女を魅力的にしていた。
 これは彼女の演技ではない。それは、せめて短い間でも彼女と熱く体を交わし、照れ隠しに言葉を交わし、幾許かでも心を交わした、紫さんに対しての、僕の確信だった。
 僕は壁に押し付けられて、それが床であればまさしく押し倒されたというに等しい状態。紫さんは僕の首筋に鼻先を差し入れて、ちろちろと舌で撫でてくる。僕の手ごと胸を揉むその力を強よりつよくして、僕の掌には彼女の乳首が固くなっているのさえ伝わってきている。

「霊夢が、あの子を救うわ。霖之助さんはここで私を抱いて……私を選んでくれれば、面倒ごとは全て解消する。あの子は、人間同士で繋がって、霖之助さんは過去のしがらみとは決別できる。みんなで幸せを按分できる」
「紫は、一人勝ちじゃないか」

 霊夢が純粋に人間であるかという点について幾許か疑問が残ったが、今はそれは瑣末な問題だろう。ただ、無意識に打算的な交渉をしてしまうのが、紫さんらしかった。
 とはいえ、そうされたからといってそれを返す言葉を口にした僕は、流石に後悔した。こんな状況で、責め苦を負わせる必要なんてないのに。
 紫さんは悲しそうな顔で、僕に目を合わせることなく、呟いた。

 勝ちなんかにはならないわ。あの子に、嫌われたもの。

 それは、方便だったのだろうか。僕にはとてもそうとは見えない程に、その表情は悲痛で。
 それは意外なものだった。紫さんが、魔理沙をそんなに

「紫は、魔理沙のことを、どう思っているんだい」
「恋敵。当たり前じゃない……」

 そう言った紫さんはしかし、でも、と小さく吐いて続けた。

「でも、それだけじゃないのかも。保護者気分だったときもあるし、友達だったときもあるし、もっと近いものを感じるときもあるわ。キスしたことだってあるもの。いっそ嫌いになれればって、思ったわ、あなたを間に挟んだときに。でも、本当に、憎めないの。可愛いの。ずるい。みんなに人気があって、ずるい。誰からも嫌われなくて、ずるい。あなたに好かれて、ずるい」

 ずるい。
 その言葉は、本来僕に、しかも罵倒するようにぶちまけられる言葉なのではないか。それを、紫さんは魔理沙へ投げかけ、でもその実、その言葉は紫さん自身を追い詰めているように見えた。
 ずるい、ずるい。繰り返すたびにその声は小さくなって、最後には吐息を搾り出すような声に変わっていた。
 紫さんの手は、僕の脇腹の辺りの服を掴んで、力いっぱいなのに酷く弱弱しい。僕を誘うような動きはいつの間にかなくなっていて、泣き出す寸前の、紫さんはただの女になっていた。胸に顔を埋めて、時折鼻をすする音が聞こえる。
 泣き出す寸前ではなくて、紫さんは、泣いていた。

「わかってるわ。あの子を、選ぶのでしょう?」
「すまない、と思ってる。紫の優しさにつけ込んでしまって」

 そう僕が、正直な気持ちを口にした瞬間。

 パンッ!

 平手が飛んできた。
 唖然としている僕。
 でも彼女の泣き顔は、一層酷くなっていて。

「振るんだった、もっとこっぴどく振りなさいよ!そうやって、優しくして、あなたは気持ちいいかもしれないけど!いっそ嫌えるくらいに!どいつもこいつも、優しすぎるのよ!!」
「……」

 何も言えなかった。

「最低」

 その言葉は、僕に向けられたものだろうか。むしろ紫さん自身に向けられたもののようにも聞こえる。その証拠に、その言葉を発した紫さんは、僕を掴んでいた手を放して、ナイフに刺された後のようにふらふらとゆっくり僕の体から離れていった。
 壁にもたれかかった僕と、その逆の壁に倒れ込んだ紫さん。狭い廊下の両端で、でもこうして離れた僕と紫さんの距離が、今はその通りだったのかもしれない。
 肩を落として顔を背けたままの紫さん。こちらを一瞥ともすることなく、その唇がぽつりと言葉を紡いだ。

「行って」
「え?」
「あの子のところ」

 俯いた彼女の表情を、ここからでは窺い知ることは出来ない。ただ、その綺麗なあごのラインを水滴が滴り、細い肩は小さく震えていた。
 もしかしたら、魔理沙の言葉を、正直に持ってきた行動の時点で、紫さんは僕を魔理沙のところへ寄越すつもりだったのかも知れない。

「紫のこと、好きだった。それは、本当なんだ、信じて欲しい」

 それでも言い訳がましい自分が不甲斐ない。でも、紫さんを好きだった日を、僕だって否定したくなんかない。どうして、こうなってしまったんだろう。一から十まで、いや、十一まで、それは僕が悪者であるような気がして、誰かに赦しを請いたい気分でいっぱいだった。

「じゃあ」
「……なんだい」

 さいごに、キスして

 涙のような声。

「でも」
「うらまないから。とどめだと思って、私の息の根を止めて」

 紫さんが、向こうの壁際で、目を瞑っていた。紫さんは顎を少しだけ上げて、それ以上身を寄せない。香澄さんの墓前で同じ言葉を口にしたときの彼女とは、明らかに違っていた。
 紫さんは僕に任せるといった風で、僕は割れ物に触れるときのように、それに手を伸ばす。
 遠い。
 たった二、三歩の距離が、星と星とを隔てている距離のように感じられる。
 やっとのことでたどり着いた紫さんの肩を優しく掴んで、その唇に、唇を重ねた。
 触れるだけの、キス。
 そのキスは、涙の味がして、こんなに悲しい味のキスは、初めてだった。
 離れた唇が小さく割れて、彼女が呟く。

「ありがとう」

 こんなに悲しい「ありがとう」も、僕は初めて知った。

「あの子を、よろしくね」

 また、よろしく、なのか

 その言葉は、僕を縛り付ける有刺鉄線のようだった。呪われた茨の冠だろうか。巻き付かれる方も、そして巻き付ける方も傷つき、血を流し、悲しみを忘れることを赦されない。僕の背負うべき罰のようで。
 恋敵だと言い放ち、それをも半ば否定して見せた紫さん。その言葉を裏付ける、それは優しさだったのだろうか。それが彼女の懐なのだろうか。敗北の宣言なのだろうか。紫さんの心情は、僕にははかれない。
 僕がその言葉に一瞬打ちひしがれていると、紫さんはそんな僕を鞭打った。

「早く、気が変わらないうちに、さっさと行ってよ……!」

 吐き出すような、叫び。言葉と一緒に、血まで吐き出しそうな痛みが、それを受け取った僕を苛む。耳をから心臓へ一直線に肉切り包丁で乱暴に裂くようで。いっそそうして殺してくれれば、それで気が済むのなら、それでもいいとさえ思った。でも、紫さんは、僕に、そんな甘えさえ許してはくれない。
 僕は、その場を去った。
 魔理沙を、迎えに行かないと。
 そう思って踏み出した足だったが、僕の姿はきっと逃げ出すみたいな情けない後ろ姿だっただろう。

「……さよなら」

 濡れた、声。
 背中に被せられた言葉が、僕を打つ冷たい雨を吸って鉛のように重くなっていくのを感じながら僕は、その鉛の雨の中を走った。







 彼女はまるで立像か何かのように、雨の中ひっそりと佇んでいた。激しい雨が彼女の頭に、肩に、当たって跳ねている。髪も服もすべてがびしょ濡れで、帽子も箒も地面に落ちて泣いていた。
 香澄さんの墓標に向かって、ただ立ち尽くしている魔理沙の姿。
 僕は、決意を、魔理沙に伝えなければならなかった。それは、魔理沙をすくい上げるためでもあるし、僕自身の決着のためでもあるし、僕をここへ寄越した紫さんの意志でもあるのだから。

「魔理沙」

 背後から声をかけると彼女は、跳ねるように顔を上げた。それは、悪戯をして叱られる第一声を覚悟し、そこにその通り声がかかったときのような。

「こー、りん」
「傘」
「紫は」
「ずぶ濡れじゃないか。帰ろう」
「なあ、紫は」

 答えるわけにはいかなかった。どちらにしても、彼女を傷つける。僕が紫さんを置いてきたのだと告げれば、魔理沙は身を引くなどと言い出すだろう。かといって当然まだ関係を持つなどといったところで仕方がないし、僕も、そのつもりはなかった。
 紫さんを気に留めて自分の状況よりもそれを僕に問うのは、彼女の優しさなのだろうか。二人は、本当に袂を分かったのだろうか。先ほどの紫さんといい、目の前の魔理沙といい、お互いを気遣う気持ちが痛いほどに伝わってくる。
 しかし、今の僕には、紫さんについて口にする権利があるようにも思えなかった。
 僕は、魔理沙に、ぶつかっていくことしかもう、出来ることはないのだ。

「そう、か」

 僕は何も言わないが、魔理沙は僕の片方の頬が赤いのと、首に痣がついているのを両方見てから、何も聞かずに俯いた。その両方が、急に焼けるように発熱する。
 魔理沙に傘を受け取る様子がなかったので、僕がその頭の上に傘を掲げる。魔理沙は何も言わないままその傘を押し返して拒否したので、僕も傘を畳んで一緒に濡れることにした。魔理沙は一瞬やめてくれという目を向けたが、すぐにそれを引っ込めた。
 僕は魔理差に歩くよう促し、せめて雨宿りが出来るところへと導く。

「私は、悪い女だな」

 ぽつりと漏らしたその声は、雨の打つ音に消え入りそうなほど弱々しい。ずぶ濡れになった髪の毛が、額に、頬に、首筋に、貼り付いている。

「母様の面影を利用して、こーりんを奪ったんだ」
「魔理沙、それは」

 ちがう、と言えない自分の弱さを呪った。
 僕は、魔理沙が生まれたときから知っている。すくすくと成長していくのも見ていたし、みるみる女の子になっていく様も、目の当たりにしている。何より、その容姿がどんどん香澄さんになっていくのを、僕はまざまざと見せつけられているのだから。
 せめて、魔理沙が香澄さんの娘でなければ。せめて、香澄さんが生きていれば。せめて、紫さんが……。
 魔理沙。僕は、君なんかよりも余程酷い仕打ちを、紫さんにしてしまった。罰せられるべきは、僕だ。そして、それがまた、魔理沙にも重荷を負わせてしまっている。

「紫は、ああ見えても、本気だったよ、お前に。」

 何も、言えない。

「わかるんだ。同じ人を好きになった女同士だもん。あいつ今、絶対泣いてる。あの紫が泣くなんて思えないか?賭けてもいいぜ。あいつは、あいつは、いま、絶対……っ」

 そういう魔理沙の方が、泣いている。雨に打たれ、頬には幾筋もの水糸が引かれている。でも、その中にあって、彼女の涙の筋はひときわに青かった。
 紫さんが本気だったことは、僕にも痛いほど解っていた。あの人が、あんな風になるなんて、僕にはぜんぜん予想できなかっただけに、その様は僕の気持ちも深く抉り取った。だが、魔理沙は、おそらく、もっと深く傷ついているに違いなかった。
 僕が考えている以上に、紫さんと魔理沙は、強く繋がっていた。それは、僕が香澄さんという存在を間において結び付けていた独善的な連結では、なかったのだ。
 彼女達は、深く信頼しあいながら、深まり、対立して、そしてそれを僕が切り裂いたのだ。最悪の形に。
 紫さんは、魔理沙を責めてなんかいない。その言葉が何度も喉元までこみ上げてきたが、今、それを僕が告げたところで生ぬるい慰め以上にはならないような気がして、それを言うこともできなかった。

「こーりん、私、こーりんが好きだ。」
「……僕もだよ」

 彼女を抱きしめる。頭を抱いて、体をぎゅっと僕の体に押しつけて、間にある面倒くさいもの全てを押し出してしまいたかった。この、二人の間にある、押し出してしまいたいものが、紫さんの言ったしがらみに違いないのだ。僕は、彼女の言葉を振り切って、魔理沙の元へ走った。だから、これを後悔するわけには行かなかった。
 胸に抱いた頬は冷え切って氷みたいで、僕の体温を全部注ぎ込んで暖めてやりたい。
 でも、魔理沙の冷たさは、僕を拒絶するような凍てついた鉄のそれだった。くっついて凍り付いて離れない。痛くて痛くて、でも、剥がせない。付いたままでは凍傷になり、剥がせば剥がしたで、血が溢れるだろう。

「好きだよ、魔理沙」
「こーりん、でも、でも、私、こーりんに迎えに来てもらって、こうして抱きしめてもらって……お前に選んでもらって」

 彼女は言葉を言うか言うまいか迷い、僕の胸に顔を埋めてから、吐き出すように言った。

「なのに、嬉しくないんだ……!すごく、悲しくて、すごく、痛いんだ!苦しいんだ……!」
「魔理沙」

 彼女は顔を上げない。

「ごめん。ごめん、こーりん、好いてくれてるのに、ごめん……ごめん、ごめん……ゆかり、ごめん」

 辺りに漂う沈丁花の香りが、香澄さんの亡霊のように立ち込めていた。僕はまだ、生前のあなたに、みんなのよろしくという言葉に、何も報いることが出来ていない。
 雨はいつの間にか上がっていた。
 雲が切れ、間から覗く青空は白々しいほどに綺麗で、僕を、責めているようだった。

この記事へのコメント

Re: 【霖之助_紫_魔理沙】比喩か理性の邂逅、リンクしたまま離散する悲しみの雨を

せつなくて胸が締め付けられるような愛情と それによってのみ呼び起こされる種類のエロス……! もうホント すごく良かったです

Re: Re: 【霖之助_紫_魔理沙】比喩か理性の邂逅、リンクしたまま離散する悲しみの雨を

有難うございます。
しかし最近エロく出来なくて苦悩中です。
火田さんとかミヤネさんとか、爪の垢ください。

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