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【転換】それはただの中傷か。それとも実態を伴う類型か。視点を変えれば。

まず、内容がかなりアレなので
基本的に
色々と考えて貰える人
心の広い人以外は
読まないで下さい。

勿論これについて異論はあろうコトは承知しているし、
しかし否定されるべき立場を提示せずにいることが
どうしてももやもやとしているから
自ら否定すべき像を明確化するため
自らのためにこの論を述べるのであるという立場を
予め宣言しておきたい。




ちょっと角が立つので明確な名称は出せないんですが

とある掲示板で
「ある先天性異常A」を持つ人達を一括りにして
「虚言癖があり、誇大妄想が酷く、付き合いきれない」
という書き込みがありました。
まあ全く私には関係のない掲示板なのですが。

「先天性異常A」は「虚言癖」を誘発するものであるという根拠は
この時点では提示されていなかったし、
見る限り最後までされていなかった。

この「先天性異常A」は奇形を発現する異常であって
精神的なものではない。
だが複数の人が、虚言癖、誇大な発言、人付き合いの下手さといった
一定のクラスタライズを有する「一見関係のない短所」をあげつらっていた。

そして一部の人が
そう言った関係のない短所をあげつらうことを
それが実態を得ないでっち上げであって
ただの誹謗中傷である。
そう言うことをする人達の人間性を疑う。
障害を持った人に対する心ない仕打ちに痛みを感じない
人間として最低のヤツだ。
と非難していた。



ただの誹謗中傷も知れない。
それを書き込んだ人は本当にそう言う経験の上でいっているのかも知れない。
しかし実際にそれが正しいかどうかは正直どうでもよいのです。
もっと言うならば、
「先天性異常A-虚言癖」という関係性が起こした諍いである必要さえない。

ただ、ここで起こっている出来事から抽出できることに
私が一つ疑問に思っていたコトの小さな象徴性があるような気がして
それがやたらと気になった。



非難を覚悟の上で言いますが
そう言った誹謗中傷発言をする人の存在を無視するわけにはいかないと考えている。
それは罰するとか排除するとかではなく
肯定的に捉える必要性の、という意味で。


「一つの方向性を持った異常を複数の人が認めている」
という起こってしまっている現象。
これについてどう捉えるかと言うことだ。
何度も言うが、これが一人による複数人を偽った自作自演であっても
もはや関係はない。

こういった誹謗中傷に対して行われる非難というのは
人格を疑うであるとか人間性を疑うとかいった
道徳的な観点による。
所謂、
「ハンディを持つ人々への差別的言動に対するタブー視」だ。


私はこの「タブー視」というスタンスに疑問を抱いている。




実際にその誹謗中傷に対する非難が行われているのは
「それをそんな風に言うなんてとんでもない」
という、
逝ってしまえば事実も根拠もない正義感によってのみである。
もしかしたらその誹謗中傷は誹謗中傷ではなく
実際にその人が経験した苦い経験からに夜発言かも知れない。

まず
「そういった経験があっても、ハンディ故に仕方のないことだから」
というタブー視が働く。

ここで付け加えたいのは、私が疑問に感じていたシチュエーションについてである
つまり、
そのハンディはその誹謗中傷とは全く関係のない場合だ。

風邪を引いている人を捕まえて「お前は女装癖がある」
と言えば、全く謂われのない誹謗中傷だが
しかし「それはハンディ故に仕方のないことだ」とはならない。
こういったシチュエーションでは、
ハンディは誹謗中傷への弁解とはなりえない。



つまり、そう言う
ハンディの内容と、誹謗中傷の内容が不一致である場合
実際は
実態のないタブー視によってのみそれが抑制されるという立場でしか
誹謗中傷を非難し得ない。


そうか?
という声が上がろうパターンは

誹謗中傷がまったくもって根拠もなく、
謂われのないことで、
それがこそ嘘であり、
その人を貶める目的での発言である
という場合だろう。

「ハンディに対する言及へのタブー視」とは別であるということだ。



さて、ここに及んで引っ張り出すのが
「複数の人間が一つの方向性を持ってその短所をあげつらっている」
という事実である。
複数人が同じようなことを主張しているのであれば
何らかの類型的な症状が出ているのかも知れないという立場を
否定しきれないはずである。


つまり
先天性異常Aと虚言癖という関連性を
複数の人間が提示してきたことによって
「真実みを帯びる」
ということだ。



だがこういった場合、往々にして
先の「タブー視」が先行し

「そんなこと言うヤツは人間のクズだ」

という風に片付けられる。
そしてそれは概ね広く同意を持って受け入れられ
誹謗中傷はただの誹謗中傷として掻き消される。




私はそこに疑問を投げる。

もし。
そこに類型的な症状があるとするのであれば
医学としては本来見落とすべきコトではないのではないか。


従来関係がないと思われてきた
先天的障害Aと虚言癖
について、
医学的な関係性を見いだせるかも知れないのを
「タブー視」というもので封じ込んで
可能性を閉ざしていないか?



もしその類型的症状が
実際に統計的に多いと認められるのであれば
それは何らかの原因を持ったものだと判断できるはずだ。
虚言癖であれば

ただの奇形を来すだけと思われているが実は精神に異常を来す先天異常なのかも知れない
小さい頃からの経験の積み重ねによる、所謂「教育・発達」過程の問題なのかも知れない

そのどちらであってもいい。
どちらかでない別の原因であってもいい。

もし類型化できるのであればこんな感じの原因が何かあるはずで
それを解明することが
「解決」につながるはずであって
「タブー視」による強制的な保護という手法は
「解決」を遠ざけている場合があるのではないか。



だが人は基本的にそう言う風には考えない。
殊、ハンディキャップについて回るコトであれば
とにかく腫れ物に触れるような感覚で接し
その原因が何であるのかを深く追求しないことが多くないだろうか。




勿論、私達一般人には医学的知識などないし
それを判断することは出来ない。
それでも、そう言った
「そのタブーって、マイナス方向に働いていないか?」
とか
「この人のこの短所って、障害に何か関係ある?それともない?」
って
分からないまでも考えたり、観察したり、
そうした上で理解を示すことの方が重要なんじゃないかと思うんですよね。




だから、
「~障害の人は、~なヤツ多くて、マジ近寄りたくねえ」
みたいな一見ただの誹謗中傷で
ハンディを抱える人を傷つけるだけに見える発言にも
付き合い方はあるはずだ。


勿論理想は
そんな誹謗中傷は根も葉もなく
そう言うことを行っているやつがこそクズ
という結果が出る方が
個人的には胸が空くのですけれど
そう言う考察もなく
歴史的慣習やタブーといった実態のないもので
それを否定することも間違いではないか

と思うのです。

この記事へのコメント

「おそいひと」という映画がオススメです。

Re: タイトルなし

> 「おそいひと」という映画がオススメです。
めっちゃ気になってますアレ!やっぱ見ておくべきですかね!?

DVDを持っているので機会があればお貸ししますよ!

Re: タイトルなし

> DVDを持っているので機会があればお貸ししますよ!
まじですか!ぜひにぜひに!

Re: 【転換】それはただの中傷か。それとも実態を伴う類型か。視点を変えれば。

性悪説……というとちょっと違うか。「人間は差別をする生き物なんだから、差別を力ずくで弾圧することはできない」? いや、この捉え方もちょっと食い違ってる気もしますが。

どうでしょうね。誹謗中傷ってのはどこまで行っても誹謗中傷なんだから、そもそも先天性異常を持ってるかどうかに関係なくみっともないものには違いないと思いますが。
うーん……問題なのは、先天性異常Aを持つ人たち、というカテゴリで誹謗中傷することへのタブー視、か。
そういうカテゴリに対しての偏った中傷が出るということは、そのカテゴリの人たちにそういう疑いがあるということなのだから、その可能性については拾い上げるべきではないか、という?

あー。あれだ。考えてみたのですが。
タブー視自体は、別にいいんじゃないかなー、と思いました。
だって、タブー視したところで、誹謗中傷は無くならないじゃないですか。
タブー視の結果、弾圧に成功して、そういう意見が完全に消え去ったら、それは確かに異常Aの理解が遅れるおそれも出るかも知れませんけど。それは現実的じゃない気がします。
タブー視する動きがあっても、カテゴリに対しての誹謗中傷は無くなりません。なら、誹謗中傷によって気分を害する人間がいる以上、タブー視も無くなりませんよ。
結局、そうやって否定しあう関係は、どっちが間違いとも言えないんじゃないかなぁ、とか。

Re: Re: 【転換】それはただの中傷か。それとも実態を伴う類型か。視点を変えれば。

現実的かどうか、というと恐らくどちらも実現性はないかと思います。

ただ、
「一般的に正しいとされていること」が、
「望ましくない結果」を導きかねないという状況。
それをタブー視という聖域によって励起されているということは
本来的にはタブー視しようとする人達の目的にさえ背反なのだと思うんです。

タブー視という自己目的化は、意味がないのではないかという疑問ですね。

タブー視を取り除き、
誹謗中傷から事実を抽出出来るのであれば
否定しあうだけの関係とは少し変わってくると思います。

勿論、それをいつまでものさばらせるわけにはいかないんですけど
もし解決することが出来たら、
誹謗中傷につながる事実を除去できるかも知れない。

仮にそこに事実がいくらかでもあるのであれば
言い方は悪いですけどその誹謗中傷は否定しきれないわけですよね。

そう言う点を強調して言うなれば
タブー視を聖域として残すのは
誹謗中傷という弾圧を肯定することと同じになりかねないと言うことです。

「AしたところでBにはならないからAには価値がない」
は現実的ですが停滞性が強すぎて私は幾らか疑問が残ります。

勿論そう言う諦めは、私自身生きていて山のようにあるのですけど…。

Re: 【転換】それはただの中傷か。それとも実態を伴う類型か。視点を変えれば。

ああ、論点勘違いしてました。自分の読解力の無さが恨めしい。
単にタブー視するだけじゃなくて、タブー視を神聖化することの危うさ、ということですね。闇雲にタブー視のみを考えることで、結果として誹謗中傷を減らす可能性を潰しているのではないか、と。
なるほどそれならわかります。本当に中傷を受けたカテゴリの被害者のことを考えるなら、誹謗中傷であろうとも、利用できるなら利用すべきだ、と。
確かにそれは、反論の余地なく正しいと思います。

うーん。
しかし、正論で感情論を覆すのは難しい、という、いつものありきたりな結論に落ち着いてしまいますよね。
タブー視してる人たちにそういう視点が必要だからと言って、じゃあ誹謗中傷自体は許していいのか、というとそれは違うわけで。タブー視してる人たちは、許せないものを許せないという、覆しようの無い正義で行動してるわけで。
悪いのはあっちだから、こっちは悪くない。
子供みたいな話ですが、そういう意味では、問題解決に現実的になれる大人のほうが少ない世の中です。
(実際、私だって他人事だから正論吐けるのであって、もし自分が当事者だったらわかりゃしない)
タブー視されてようがお構い無しに、専門家が全部やってくれれば一件落着なんですけどね。そうそう都合よくはいきませんな。

Re: Re: 【転換】それはただの中傷か。それとも実態を伴う類型か。視点を変えれば。

>専門家
そうなんですよねえ。
倫理と技術の分離を行わないと行けないんですよねえ、本当は。
まあそういかないのは確かなんですけど…

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