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【TRPG】ダブルクロス3rdをやる機会を得…そう

先日TRPGでSW2.0をプレイして
同じ面子でダブルクロス3rdもやっているらしい。
SW2.0と違い、こっちはサプリメントなしで運用しているとのことで
ルールブックだけなら900円弱*2と安いのでさっさと買ってみました。

実はルールブックを買う前、
SW2.0の会議で集まったりしたときに
途中から完全にダブルクロスの話になって
私はさっぱりわからないので一人で蚊帳の外喰らって微妙な気分になりつつ
その話を聞きながら一人ひとり完了していないSW2.0のキャラ作成を進め、
その後ダブルクロスで盛り上がる会話をBGMにBFやってたわけですが

そのときに聞いていた話の限り
昔にやったビーストバインドだったかな、
のシステムに凄く近そうな感じがするなあと思って聞いていました。


で、
この間SW2.0をプレイして
「SW2.0のセッションは暫く開催されません!」
「なんだってー!」
「GMが不在です」
「oh...」
「というわけでダブルクロスしませんか」

という流れでルールブックを購入するに至った次第です。




で、実際届いてみると。
まあ文庫版のルールブックなので
感想自体はSW2.0のルールブックが届いたときと同じですかね。
でもこっちのほうが巧くまとまっているような気がしないでもないけど
キャラメイクに必要な情報が1と2に散らばってたりやっぱり微妙。

一冊なら「前後する」ですむが
二冊だと「あっちとこっち交互に開く」なので
そのストレス差は結構大きい。

後やっぱりカラーイラストで見たいかな。
イラスト自体はSW2.0の表紙が私の最高に好きなイラストレータだったのでここは覆らない。

(絵を見て「おお!」と思ったら名前が違っていたので
「そっくりさんか、でもいい!」だったけど
名前が違うだけの同一人物だった)

こっちはどこ狙ってるのかよくわかる絵柄。
ゲームの世界観とかその辺りもあいまって、
本当にピンポイントに市場狙ってくる感じが
イヤらしくもずるくもあり、すばらしい。



ぺらぺらと開いて
SW2.0のときにそうだったように
とりあえずキャラメイクをしながら世界観を勉強しようとする。

「あ、まんまビーストバインドだな。表紙のカバー挿げ替えたら気付かないレベル」

で。
ソラリスだのオルクスだのブラムストーカーだのエンジェルハイロゥだの
なんかすっげー聞き覚えがあるんだけど
実は手元にはもうビーストバインドのルールブックがないので
その言葉をビーストバインドで聞いたのか別で聞いたのか覚えていない。

私がTRPGの殆どをブレイドオブアルカナと天羅で過ごしていた。
以降、だんだんと皆で集まれなくなってきた辺りで
GMが色々と入れ替わりながらそれとともにシステムをあれこれやっていきながら
薄れていった背景がある。

だから、最後のほう「何をやっていたのか余り覚えていない」のだ。
思い入れが強いといえるほどやっていなかったのだ。

覚えているのはぎりぎりビーストバインド。

で、実際に調べていたら
ビーストバインドには

ソラリスだのオルクスだのブラムストーカーだのエンジェルハイロゥだの
「そんな言葉は出てこない」



あれ?
もしかして、やったことあるのかな。
読めば読むほど
ビーストバインドと分離できない。

よくよく調べてみたら
私がやっていたビーストバインドは、
トリニティかと思っていたら初代だった。
(ビーストバインドトリニティは、ダブルクロスと作ってる人が同じらしく
同じ印象があるなあ、っていう理由をそこに見出して決着していた。)

が、
種族とかにおんなじのがあったような気がしたのは
記憶の混濁でしかなかった。

それでも
ダブルクロスのルールブックを読んでいて
似てるなあ、と言う印象が抜けなかった。

抜けないなら抜けないであの頃を思い出してやるだけの話であって
別に似てるからいい悪いと言うつもりは毛頭ないのですが。



で、読んでみたところ

「ブリード……ああ、ああ?
ああ、なんかピュアだのダブルだのトリプルだの
混乱していた記憶はあるなあ」

ってな訳で
実は昔プレイしたことがあったらしい。
ルールブックを皆で一冊ずつ買うことさえしなくなって
回し読みをしていた末期くらいだ。

それが3rdだったかどうかはわからない。

Web情報を見る。
「“リヴァイアサン”霧谷雄吾……ああ、ああ!見たことあるよこの名前!」

やっぱりやったことがあったらしい。
そうして記憶を手繰りなおすと
多分、2,3セッションしかやっていなかったとおもう。
なんか、何やればいいのかしっくり来なくて
適当にソラリスピュアとかやってた記憶があるな。

若干の回復能力と
後は全部交渉系スキルで固めてた気がする。



ビーストバインドとの混同は
多分
ブラムストーカーと吸血鬼
エグザイル+ノイマンと寄生体
もしくは
社会的立場の明確化、人外としての能力のハザマであがく
とかその辺りで結合していたらしい。
記憶とは曖昧なものだ。



ああ
キャラメイクで四苦八苦した記憶がよみがえってきた。
と言うのも
どうにもイメージどおりのしっくり来るキャラが作れなかった記憶がある。
なんていうか、ドイツもコイツも戦闘技能しかねえとか思ってたイメージ。
戦闘技能でもいいんですけど、小ざかしいスキルがないとか思ってたような。
ばーん!でどーん!ってかんじのが多くて。
普通はそう言うのがいいですよね、ええ。



今回やり直すに当たってはどうだろうか。
リセットされた頭で見直したら新しく何か発見があるかもしれない。
その辺も含めて楽しみである。

前半に出てくるシンドロームはとりあえず却下。
あからさまに戦闘向きなにおいが強すぎてイヤ。

オルクス・ノイマン・ソラリスあたりが楽しそうだなあ。
能力と生活が繋がってそうなのがいい。

引き篭もりニートのオルクスとか。
「勝手に俺の部屋に入ってくるんじゃねえよ!でてけよ!!絶対はたらかねーからな!」
エロゲオタクのノイマンとか。
「嫁?800人くらいかな。まだ両手で数えられる程度だし。全員の性感帯知ってるよデュフフ」
化学部の根暗副部長のソラリスとか。
「はあ?男と女がから子供ができるより、HClとNaOHからNaCLとH2Oが出来る方が百倍萌えるわ」










話は変わるけれど、
ダブルクロス3rdについて事前に色々調べておこうと思って
Webを開いたら
こんなブログ記事が出てきた。


なんか確かにそう言うイメージはある。


私がやっていた時代はまさに
TRPG冬の時代といわれる頃で

古参プレイヤーが大半を占めながらも
新しい時代を担うのは新参の新しい価値観を持ったプレイヤーたちである
という非常にアンバランスで歪な時代だった。

でも私はそのバランスがかなり好きだった。


当該blogで語られている
「エフェクトの組み合わせの凄さと、最後の戦闘」というのは
非常に頷ける部分があって
私の周りも皆そのためにキャラを作っていた。

でも面白いのは

そうじゃないプレイヤーが混じっていて
それは古参に属するプレイヤーでもあったし
私のように主流を嫌う変な性格のヤツが私以外にももう一人いたこともあり
私の卓では探索フェイズは依然きっちり重視されていた。



1セッション4、5時間に及ぶこともあったが
最後の戦闘は実は1時間に満たなかったり。
基本は延々とクエストである。

皆コンボや戦闘力を重視にキャラを作るのでやりたいことは明確。

最後のバトル以前の小さな小競り合いでは
本気を出さずに
「ああ、このキャラってこういうことをやりたいんだな」っていう小出しがあったり
戦闘ではないシーンでも
「これ戦闘用のスキルなんだけど、コレ使って隠密してから追跡するわ」
「ああ、そんなスキルあんのか……説明を見る限り使えなくもなさそうだわな」
とかあって
戦闘をメインにキャラを作りながらもそれをチラ見せして自己主張と
他人のキャラを眺めて楽しんだりして冒険パートを楽しんでいた。

GMもそのアンバランスさを理解していて
だから双方を満たすシナリオを作ってきてくれていたし
同時にそれがGMの負担として過負荷の一途をたどっていたのも事実だった。


それゆえか
PLがGMに譲渡して何てことも幾らかあったりしたのも事実で
多分皆その歪さに気付いていて
だからこそその負担を軽減してでも場を楽しくすることに積極的だったんだろうと思う。
勿論ネタとしてGMを苦しめさせて笑うこともあったし、
そこは連続したセッションを大きな目で見たときの空気感かなあ。

そのGMが優秀だったのだとは思います
アドリブ巧かったし、
ある意味でマゾだった。
(PLがGM苦しませにかかっても笑って対応してたし、
かといってシナリオでの腹いせには来ない)
プレイヤーの希望を巧く汲み取ってシナリオを作るし
何よりそれを楽しんでいた。

私は何度かやらせてもらうことがありましたが
無理でしたね。
とかく人を楽しませる能力がない。
アドリブは出来ないし、
その頃から悪い意味で文章書きだったのか
シナリオを書き込んでしまっていた。
私にはGMは無理だ。GMできる人はそれだけで尊敬する。




でも
この辺をどうやって保つかと言うのは
新参古参時代の流れとか
そう言うのは側面でしかなくて
本来的には、
「わかりあってるか」
だと思うんですよね。

TRPGとはよい意味での「馴れ合いゲーム」であって
気心知れた仲間内でやるものだと思うんです。
もっと言うのであれば
そういう関係を築くのを目標にプレイするゲームであると思うんです。



単純に強くなって敵を倒したいのなら格ゲーなりMMORPGでもやっ…



H&Sを望む人でも
どこかしら、システマチックではなく敵を倒すだけではない何かを求めているから
TRPGを選んでいるのだと思うのですよね。
そいうかそういう希望的観測の元にTRPGを推している。

TRPGは究極に社会性の出るゲームだと思っています。

それは、本当に「コンボで敵をなぎ倒すだけの卓」になったとしても、
それはそういう社会が出来上がる何らかの契機があるはずで
ルールブックとしてはそこまで縛っていないのですから。

勿論やりやすいやりにくいはありますが。
クトゥルフのシステムでH&Sとかネタ過ぎますし。

「うおおおお!銀の燭台だ!コレでゴーストに勝てる!」
「灰皿、硝子の灰皿を装備してティンダロスの犬に殴りかかっ……うわーっ!」
「聖書で打撃って弱点攻撃にならない!?」

いや面白そうですけど。





「~と~組み合わせたらツエーww」
「いやいや、それって~なシチュだけでしょ。それなら~のほうが強いしwwww」
っていう会話に終始するTRPGってのは、正直なあ、という気はします。

MMORPGや格闘ゲームで、そう言うのには飽きているので。
というかその辺のゲームですら
強さの追及はそこそこにしてしまうタイプの人間なんですよね、私。

勿論強さはそれなりに求めないといけないんですけどね。
どこを落としどころにするのかが重要で、
そのポイントの割り出しも相当に空気を読む能力を要する。
もしくは、相手とわかりあうための時間(≒馴れ合い度合い)。

「強いことより面白いことやったモンが勝ち」が通用するゲームが、やりたいのです。
それが出来る最後のフロンティアとしてTRPGと言うのが、私の中にあるのです。

で、
基本的に同じ面子と何回もやれるほどに馴れ合いが生じてこれば
その辺の融通と言うのはきくものだと思っています(きかない場合もありますが)し、
同時にそう言うのを求めている人が
「今でも」「そういう」TRPGを楽しんでいるのだと思いたいです。



人を殺すなら、実質殺し方に選択肢などない。
シチュエーションによって最適解は存在し
それ以外は選択するべきではない。
だが、快楽殺人者は、必ずしもそれで飽き足りるのだろうか。

ゲームとは、快楽だ。
密室殺人を遂行することだけが快楽とは限らない。
殺し方にこだわりを持つことこそ快楽となる場合もある。
そういう問題だろう。





前述の通り
私はそういう意味では過去
かなり幸せな環境でTRPGというゲームを知ることが出来た。
そうであっても断裂を感じるのであるから

私も歳をとったってことですね。



TRPGに限った話ではなく、
実際、親しくなるために時間を過ごさねばならないのに
会社から帰ってくると
時間的に、
若い人たちは既になんかの話に盛り上がっていて
流れが掴めず入り込めないのでそのまま放置
なんてことはよくあります。

(そもそもコミュ不能者なので4人以上のチャットが
文字であっても声であっても苦手なのも問題。
会話のターンの取り合いを見ていると辟易してしまうタイプで
コレはある意味で「発信」を重視される現代に取り残された性格。
オンセに対して苦手意識があるのはそれが原因でもある。)

こうあるべきだこうでなければならないというのは置いておいて
今こうなのだからついていかなければならないと言うのは確実にあり
それはつまり「新しいプレイヤーとしての楽しみ方」なのだろうと思います。



私は若い人にどこまでこのプレイスタイルについていけるだろうか。

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