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寅ナズ聖_未達勘定スクレイパー

せいれんせんのキャラ掘り下げが進んできました。
いまだにこの辺りです。
もう新作に置いて行かれています。


はあ。
ネタも中の人も枯れてきたね。
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 酒の席で多くを飲むことがない寅丸星がこれほど酒を空けるのを、私は初めて見た。
 何があったのか、何もなかったのか、ただのその場の雰囲気とノリだけなのか、日ごろの鬱憤が堪っていたのか、わからない。だが、どちらであったにせよ、見た目に似合わず物腰の穏やかな彼女が、見た目通りの飲み方をしているのには、正直目を見張ってしまった。
 鬼と対等に呑み比べるなんて、他の妖怪にできる芸当ではない。だが流石に敵うはずも無く、見事酒に飲まれようとしている寅丸の姿を見て、鬼の方が情けをかけて降りたのだ。そうでなければ寅丸は急性なんとかでぶっ倒れることになっただろう。

「星熊勇儀、とおっしゃいましたか。」
「なんだい、かたっくるしい。さっきまでみたいに、ただの『オニ』でかまわねェよ。」
「では、勇儀さん。お気遣い、感謝します。あのままではうちの主人が、月の向こうまで意識を飛ばすところでした。」
「何のことだい?あたしァ、あのお嬢ちゃんとアタシであれだけ呑んじまったら、折角の宴に用意した酒蔵が二人だけで空いちまうから"これ以上呑めない"って言っただけサ。変な勘違いをしなさンな」
「……噂に違わぬ人だ。ではそう言うことにしておきます」
「そういうことにしときねェ。その方がその虎のねーちゃんにも、宴会の参加者にも、アタシにも、そんでアンタにも、都合がいいってもんだ」
「こんな飲み方する寅丸は、始めてです。いつもはこんなに呑まないのですが……」
「誰かさんが、いないからだろうサ」
「だれかさん?」
「たとえば、醜態を見られたくない人とか」
「……」

 心当たりは、ある。この場には、聖白蓮が来ていないのだ。他に用事があるとも言っていたし、そもそも自ら酒を禁じているのだ。

「ま、アンタじゃないってことだけは、確かだねェ」

 むっ。

「一言多いですよ、オニ」
「おっ、言うねェ。そンくらいがいいンさ!カカカカ!」

 剛毅な人だ。うちの主人のそのまた主とは、別の意味で人望が厚かろう。我々のような大人しい存在ならいざ知らず、あんな人が『忘れられる』とは、時代も随分と変ったものだ。
 だが、だからこそ、我々がやってきたこの世界は、希望の光に満ちていると言えるのかもしれない。
 私は、昏倒こそ免れたものの意識を糸一本で繋ぎ止めた状態で腰を抜かしている寅丸を、ペンデュラムに引っ掛けて引きずっていく。
 ようやく寝ようが腐ろうが、吐こうが泣こうが構わない、という場所へ連れてくると、寅丸は急に、白蓮、白蓮、とうわごとの様に零し始めた。

「あーはいはい。胸の中の想いより、今は胃の中の重いものを吐き出したほうがいいんじゃないですか?」

 寅丸の口からその名前が吐き出される度、まるで戒めの鉄輪に絡められている様に、胸が締まる。それを誤魔化すみたいに、私の倍ほどもある大きな体の主人を子供でもあやすような仕草で宥める。何だ、この構図は。

「聖白蓮が見たら失望しますよ。毘沙門天の化身の役も降ろされてしまうかも。そうなったらただの獣の妖怪に逆戻りですね。」
「う」

 つい意地の悪いことを言ってしまう。それは面白いくらいに効果覿面で、非常に面白くない。まるで母親か誰かの名前を出されたように、おとなしくなった寅丸。……と思ったら、今度は急に泣き出す始末。ああ、面倒くさい。

「ああもう、言い過ぎましたって。平等博愛を謳うあの人が、そんなことでご主人を捨てるわけがないでしょう」

 私がそう言うと、寅丸は酷く苦々しい顔ををして、ぽつりと呟いた。

『あのひとは』
『はい?なんですか?』
「あの人は、平等なんかじゃない」

 小さい声、でも吐き出すように言った寅丸の言葉を、私は理解できなかった。

「そうですか?あれほど客観的に事物を捉えて等しく物事を判断するのは、この世界には他に閻魔くらいのものじゃないんですか?」
「……違う。全然違う。あの人は、平等なんかじゃない」

 頑なだな。だがその意図がわからない。
 普段は白蓮、白蓮と妄信的に従っている寅丸が全く別人のようだ。

「では、何故あれほどあの者を慕うんです?確かに力はありますし、毘沙門天にあなたを推薦したのも聖白蓮です。しかし毘沙門天の本当の代理はあの魔導師ではなく、寅丸星、あなたなのですよ?そんなに聖白蓮が気に入らないのであれば、私を通せば然るべき稟議も可能ですが?」

 私がそう言うと、寅丸はゆっくりと私に向き直った。その表情、私も人のことは言えないが、ただの獣の妖怪が見せるには何とも複雑な表情。寅丸星、あなたは、何を悲しんでいる。何を泣いている。それほどに心苦しいのであれば、何故あんな背理の魔導師に付き従う。

「気に入らないなんて、とんでもない。私は、あの人が、大好きです。」

 悲しい表情で私の理解を得ない言葉を紡ぐ、寅丸星。だが、そこまで吐き出すみたいに言ってから、糸が切れたように突っ伏して寝てしまった。
 なるほど、毘沙門天が私を付けたのは、よく理解できる。あの魔導師もよくわからないが、この寅丸星も、何を考えているのかわからない。目付けがいなければ、不道徳をはたらくやも知れぬということだろう。
 しかし私の直感ダウジングは、この寺の中から一切の不穏要素の位置を探し当てることが出来ないでいた。







何故、置いていくの?
こんなにも強く抱きとめているのに。
こんなにも強く求めているのに。

何故、別れが来るの?
こんなにも強く繋ぎ止めているのに。
こんなにも強く想っているのに。

あなたがいなければ、薄れてゆくこの絆と力。

お願い。
あなたは私のすべてなの。
あなたがいなくなったら、私の世界は







 この風呂を見れば、この寺に秘められた力の大きさがよくわかる。風呂に見出す力、なんて、ばかばかしくもあるが、強すぎる力が民生に向いたところで、バカなものにしか使い道などないのだ。
 空を飛ぶ巨大な船で、同時に寺院。その上に住居であって台所もあり、こんな檜の大浴場を備えてるなんて、馬鹿げている。これを実現させているのは、宝塔からの遠隔エネルギー供給とそれを制御する寅丸、施設であると同時に船として機能させる村紗船長の能力と、そしてそれぞれをマネジメントする聖白蓮の力の強大さの顕れでもあった。

「あ、ナズーリン。はいってたの」
「はい」

 振られて返答に困る日常会話、と言うのがある。口数が多くないというか会話がそんなに得意ではない私には、それは顕著で、今投げかけられた言葉もその一つだった。
 同じく毘沙門天の使いである雲居一輪。「入ってたの」と言われて、実際に入っているのは見ればわかるし、こうして浴場で顔を合わせるのも別に珍しくもなんともないことで、であれば、「はい」と以外何と答えればいいのか、どうにも私にはわからなかった。
 会話の上手な村紗船長やたまに遊びに来る封獣の娘なんかなら、もっと巧い切り替えしをするのだろうか。寅丸だったら、どう返していただろう。
 コミュニケーションは苦手だ。人の心も、このダウジングロッドでその在り処がわかってしまえば苦労しないのに。閉じれば拒否、開けば許容、その程度でもわかれば、何と楽なことだろうか。
 見た目に似合わず豪放な所がある一輪は、浴室に入ってくるなり頭から思い切りシャワーを被る。吹き出し口に顔を向けて、かぶりつくような浴び方。普段結わえている髪を上げもしないないで、顔から全身に熱い飛沫を受けるとウェーブがかった蒼髪が流れて体に張り付いた。

「髪の毛上げてから入ってくださいよ?」
「細かいこと気にしないの」

 といいつつも、流石にシャワーを止めた後、髪を絞って結わえなおした。その仕草は匂い立つほど女臭い。体のラインは複雑な曲線を描き、柔らかさとハリの強さを共存させている。
 セックスアピールの強い体だな。
 素直にそう思った。
 頭巾など被って体の多くを隠しているのは、仮にも尼としての立場を守るためかもしれなかった。
 こんなラインの体の女性をもう一人知っている。
 ――聖白蓮――
 寅丸も、ああいう体の方が好みだろうか。
 反吐が出るほど下らない感想だった。肉欲など、人の心を結びつけるには役に立たない。ただ、人の体というものが、心と比べても劣らぬほどに一つとして同じものはなく種々様々十人十色で、そう言われてしまえば好きか嫌いかの基準足り得るような気もする。
 自分の貧相な体を見て、少し悲しくなった。

(なにを考えているんだ、私は)

 一輪の体から目を逸らし、逃げるように湯船にぶくぶくと沈む。
 私も、寅丸も、一輪も、村紗船長も鵺の娘も、あの魔導師の魅力に惹かれて団結し、彼女が封印された際にはその解放方法を求めて奔走もした。だが、彼女の元に集った誰もが、その深い場所を誰も知らない。全く得体の知れない、稀代の魔導師。
 ただのブラコン、と片付けられる魔力の桁ではない。それだけでこれほどの勢力をなすカリスマを発揮できるとも思えない。かといって、それ以上の動機も見出せない。毘沙門天とは関わりなく、平等を謳うその教義の意図。それに。
 それに、寅丸星の存在が、私を無性に寺に縛り付けた。
 平等を謳う魔導師が、毘沙門天に対しその代理として推薦された妖怪。
 恐らく聖白蓮の戦略的伏線なのは、間違いないだろう。妖怪と人の水平をなすための、決めの一手として用意されているのだ。寅丸は、利用されている。それが聖白蓮の故意にしろ無意識にしろ、彼女が封印から解放されたことも含めて、寅丸は忠実にはたらいていた。
 聖白蓮が封印された折、全く動じもせず職務をこなし続け、その裏側では業を煮やして再集結した私や一輪をして、結局封印を解き放った。結果として、ではあるが、その行動は聖への従属を証す最大の方法だった。
 悪く言えば、寅丸はあの魔導師に使われているのだろう。そのことを寅丸に進言したとき、彼女はしかし
「そんなこと、わかっていますよ」
とただ一言をおいて粛々と業務をこなし、封印を説く方法を模索し続けた。毘沙門天の目にかなった存在、と言うことに間違いは無かったのだろうけれど、私は「わかっています」と呟いて、仕事をする振りをして俯いた寅丸星の仕草を見逃さなかった。
 それが獣の鉤爪となって私の胸の真ん中に引っかかり続けている。それからずっと、寅丸星から、目が離せないでいた。彼女の部下として遣わされた事を、本の少しだけ、嬉しく思ったりもした。
 当初の私にしてみれば、ただの業務上の監視対象でしかなかったはずなのに。勿論、表面上は寅丸の部下と言うことになっているが。
 寅丸、というか命蓮寺は毘沙門天のフランチャイズでしかない。その権現としてこの寺に住まうのが寅丸星であり、しかし彼女も寺のオーナーたる聖白蓮からその立場を与えられただけの存在。私は聖白蓮、寅丸星ともども、毘沙門天そのものの本意に背かぬかどうか、この寺自体を監視するために使わされた間者に過ぎない。
 私が私で、毘沙門天の遣いにも拘らずただの鼠の妖怪であるの同様、近寄ってみれば寅丸星もただの獣の妖怪であった。虎ですらなく、しかし出自は既にわからなくなっていた。寅丸自身の用心深さもさることながら、聖白蓮が極めて精巧に、彼女が動物妖怪であることを隠蔽しているのだ。
 毘沙門天の権現は動物妖怪で、その寺の尼が寺の実質的な支配者は齢を偽る禁呪に手を出した尼の姿をした魔導師であり、寺が掲げる毘沙門天の本当の使いは鼠の妖怪。
 この寺は、何もかもが等しく偽りだった。

「ねえナズーリン」

 ぴちょん、と水滴が湯船の水面に落ちる音と重なるように、雲居が声を発した。半ば呆れたように私を咎める一輪。
 私は風呂場にいることを忘れるほど、物思いに耽ってしまっていた。

「別に敵中に送り込まれたスパイって訳じゃないし、仲良くなるなとは言わないけれど、惚れちゃうのはまずいんじゃないかしら」
「そんなんじゃ、ありません」
「どうだか」

 咎める、といっても別に強く止めるほどの剣幕ではない。一応留意位しておいたらどうかと言うタッチだ。その証拠に、私が好いてしまった(とりあえず否定はしたが)その事実について、茶化すような笑顔が張り付いている。

「別に人を好きになるな、なんて野暮なことは言わないけれど……ちょっと分が悪いんじゃない?」

 人の気持ちに敏感な一輪は、今の状態を承知しているらしい。その指摘を聞いた私の口から自然に飛び出た言葉は、誰かの言葉と同じだった。

「そんなこと、わかってます」






私と
あなたと
両方が失われてしまったら
私と
あなたと
二人で歩んだ時間は
ただの時間に還元されてしまうの。
積み上げた感情も
紡ぎあげた想い出も
全て等しく、失われる。

全て、等しく。
平等に。







「星、お客様がお帰りです。送って差し上げて」
「寅丸は生憎出ております。私が。」

 いつもと変わらぬと言えばいつもと変わらぬ温厚な表情に、さらに満足そうな色を重ねている聖白蓮。それとは対照的に厳しい顔付きで席を立ったのは、この地に古くからあり、大きな権力を持つと見られる神社の、巫女だった。

「それではごきげんよう、霊夢さん」
「また来るわ」
「次も話し合いだったらよいのですけどね」
「あんた次第よ」

 すごい剣幕、と言うわけではない。鋭く静かなオーラの中に隠された凍てつく負の感情がありありと感じられる。それはもろに聖に向けられているが、当の聖白蓮はあの通り。博麗の巫女は苦々しい表情を浮かべて「失礼」と一言おいて廊下へ出ようとする。

「ご案内いたします」

 沈黙によって私に先を促す博麗霊夢。その気迫は全く関係のない私が横から気圧されるほど。
 博麗神社を建立したと言われている強大な存在、八雲が擁する唯一の巫女。他には禰宜も神主も、何もいない。正確に言うなれば、博麗神社は神社と言いながら一切の神を祀っていないと聞き及んでいる。
 神を捏造し、自分をその地位の近くに据え、たった一人の巫女に奉仕させる。それが八雲という存在のやり方であり、その恩寵を一身に受けたあの巫女の力もまた、恐ろしいものだった。仮にも毘沙門天の遣いを務める私が、歯も立たなかったのだ。あの聖をして、彼女に何らかの考えがあって敢えて退くまでは、対等に渡り合っていたのだから、この世界での安全保障を担う社会インフラとして機能していると言うのも頷ける。
 その巫女が今は、一度は下した相手の居城に足を運び、殺気さえ感じるオーラを振りまきながらも何もせず帰って行く。一方の聖は先の動乱では後塵を拝したというのに今回は満面の笑みを浮かべている。
 一見して、この会談は聖の圧倒的なリードの下に締めくくられたかのように見えるが、私は知っている。これは、聖白蓮が一番恐ろしいときの表情だ。
 ヒトを犯して苗床としていた妖怪を、その巣窟ごと潰滅させたとき。徒に人を喰殺して酒乱に騒ぐ魔獣の生皮を剥いで遺族の前で滅法にかけて焼き殺したとき。利己的な理由で山の神を狩り取った八つの人里の連合を、助けを求める声も聞かず焼き払ったとき。そういうときに聖白蓮は、笑顔という名の無表情を顔に張り付ける。
 その無表情を、あの巫女に向けていた。いや、聖の視線は、二度と博麗の巫女の方に焦点が合うことはなく、ぼんやりとその方を向いているだけ。二人の、命蓮寺と博麗神社の関係は、決定的に決裂したのだろう。
 私は博麗の巫女を案内すべく廊下を先行するが、常に背後に博麗が居ると言うことが恐ろしくてたまらなかった。
 後ろにいるのは、ヒトの形をしていながら、それが全く疑わしい超常の巫女。毘沙門天の遣いでしかない妖獣の私は、恐怖に身を震わせながらそれを先導しなければならなかった。
 だが。

「自分で送ればいいのにね、あの尼。部下に行かせるなんて、そんなに私が怖いのかしら」

 背後から聞こえてきた声は、意外なほどに気色の言いものだった。振り返ると、博麗の巫女はあの凍てつく雰囲気をすっかりと潜め、肩を竦めて、やれやれ仕方ない、と言った様子で小さく溜息を吐いていた。
 呆気に取られて脱力してしまう私。

「え、あ、はい」

 その様子を見るに、負け惜しみと言う具合ではく、仲のいい友人を小馬鹿にして親愛を表現するときのようで。

「あんた、聖霊じゃないでしょ。ただの四つ足の妖怪」
「お見通しですね。そうです、私は毘沙門天の使途ですが、親をどこまで遡っても神族や聖霊の親戚など出てきません。ただの、鼠です。毘沙門天に拾われて、同じく聖白蓮に拾われたただの獣の妖怪が名乗る毘沙門天を見張っている、ただの小間使いです。」

 ヒト相手になら、何としても隠し仰せなければならない秘密を、何故か、この巫女にはあっさりと喋ってしまった。見抜かれていた、と言うのもあるが、それ以前に、先程までの殺気はが今度は、人のガードを解くような柔らかいものに変わっていた。柔らかいと言うより……弱い?超人的な存在に見えていた博麗が、今はただのヒト、見た目相応の少女に見えてしまう。

「不思議な人ですね、あなたは」
「そういう風につくられてるのよ。文句ならどこにあるかわからないマヨヒガへどうぞ」
「つくられている?あなたは被造物なのですか?」
「あらゆる存在も概念も、被造物でしょ。平等に。」
「そうですが……」
「意地が悪かったわね。そうよ、はっきりと聞かされたことはないけれど、おそらく私は八雲紫に造られた自律的なシステム管理機構。あんた達みたいに幻想郷で問題を起こす奴らをとっちめたり、世界の果てにある壁を維持したりしてる」
「ヒトではない?」
「人間よ。入れ物はね」

 何でそんなに悲しそうな顔でそれを言うのだろう。自分の手を握ったり開いたり繰り返しながら、それに視線を落とす博麗の顔には自嘲の笑みが浮かんでいて、私は何も言えなくなった。

「あんた、あの尼の何なの?魔界に封印されていた魔王を復活させた悪の幹部、みたいな立ち位置だけれど。」
「聖は、寅丸の恩人。私は、寅丸の部下。それだけです」
「そ。あんたもあの尼僧の掲げる理想を信じるんだ?あんたも妖怪なら、わかっているでしょう。あの考え方が、危険だってことくらい」
「どうでしょう」
「ま、言わないわよね」
「逆に聞きますが、その危険さが、仮にもヒトであるあなたがあれほど危惧することなんですか?」
「どうかしら」
「そこは教えて下さっても」
「業務上の機密」
「さようで」

 こんなにも話せる相手だっただろうか。前にやり合ったときは確かに会話の暇などほとんどなく、その圧倒的な力に退けられてしまったけれど、先の殺気と今の柔和が、同一発生源とはとても考えにくかった。

「では、一つだけ聞いてもよいですか?」
「答えられることならば。」
「博麗は、命蓮寺との関係を、どのようにするつもりですか?公言スパイといえど、ここが私の住まいなもので。あなたの力で吹き飛ばされるなんて気が気ではない」
「別に」

 博麗霊夢は、事も無げに言い放つ。

「別に、って、先程のあの剣幕は」
「パフォーマンスかな。あいつもそうだったでしょ。頭同士だからね、ポーズは必要なのよ。」
「あなたの下にはそれを示すべき相手は誰もいないでしょう」
「ここにはある。だからあいつがそれをやった。私もそれに応えた。それだけ。」
「そんな高度な政治的駆け引きが必要なもんですかね」
「業務上の機密。」
「またそれですか」
「気付いていないの?」
「あなたのこの寺に対する処断の方が何倍も気になりますから」

 博麗は、ふう、と小さくため息を付いて、言葉を取り直した。

「どうともしないわよ。そんなに価値があるわけじゃない。私にとって、本気でどうにかするに能うる価値を持ったモノなんてなんて、多くないわ。たった一つ、一つだけよ。それ以外、大した価値なんて持たない。その草木も、あの魔法使いも、大差はあるけど、大した問題じゃないわ。すべて変わらないもの。」

 この人は。この人の思想は、聖白蓮の思想に似ている……?いや、どこか違う。同じように見える平等観だけど、違うからこそ、決裂したはずなのだ。

「ま、私のそれを脅かすのであれば、本気で潰すけれど。」
「それは何ですか?」
「質問は一つじゃなかったのかしら」
「手厳しいですね」

 私がそう言うと、博麗霊夢はにやりと笑った。悪戯っぽい表情。自分を人間だといったその言葉に相違はないのだと思わされる。

「とはいえ、個人的な見解の際はかなり大きかったわ。それを、組織全体の差としてみるかどうか、そのさを何らかの形で是正しようとするかどうかは、別だし。半分が同じなんだもの、別に殴り合いなんてしなくてもいいと思ってる。私はね。でも、あの女はどうかしら」
「それが、先程の決別の理由ですか」
「私のじゃないわ。あいつのよ。勘違いしないで頂戴。」

 幻想郷に来て私は間もないが、これほどまでに多種多様な存在がそれぞれのものを抱えて生きている世界には驚かされてばかりだ。見て驚くのだから、外の世界にいた頃はもっとこう、聖の言う平等に近いものが敷かれた世界だったのかもしれない。既にそれをなし終えたから、彼女はここへ来たのだろうか。

「あんたさ、迷ってるでしょ」

 博麗霊夢が視線もくれずに背を向けて言う。

「これでも、探し物は得意のつもりです」
「……そ。なら何も言わないわ」

 博麗霊夢の言葉は的を得ていた。
 我ながらめでたいとも思うが、私はこの世界の、浮ついて落ち着かない感じが、今は嫌いじゃなかった。だからこそ、真一文字にすべての価値を均した世界を、正しいのだと言う自信が持てないでいた。まさしく、迷っていた。
 私の、寅丸への感情は、均された地平などではない。そして寅丸も、同じように地平線の上に摩天楼を築いている。私自身の感情も、そして、それが肯定する寅丸の感情も、かの者の教えには背いていた。
 私は、どうしたいのだろうか。
 寅丸は、どうするつもりなのだろうか。
 私の迷いをどう見たのか口にすることなく、楽園の巫女は「また会うこともあるでしょう」と言い置いて飛び去っていった。







背徳といわれようと構わない。
邪術と罵られようと構わない。

あなたは何故そんなに安らかな表情でいってしまうの?
残される者のことなんて、ひとつも慮っていないのね。
残される方は、先に行ってしまった者を全て受け止めなければいけないのに。

私は許さない。
全て消えてしまうなんて許さない。
あなたがあなたと私の時間をここに置いていくのなら
私はそれを全て拾い集めて背負って生きる。
そのために、時間を取り戻す力も手に入れた。
永遠に、永遠に、あなたと私を失わせない。

いえ、もう、失っているのね。
わかっている。

この世界にあなたはいない。
あなたがいるのは、私の中だけ。
私が生きる時間の中にだけ、あなたは残り続ける。

私は、生き続ける。
あなたを失わせないためだけに。

世界なんて、その入れ物に過ぎない。
あなた以外のすべてに、あなた以上の価値なんて、ない。









「同じ平等を掲げるもの同士、分かり合えると思ったのですが」

 白蓮は博麗を引き合いに出して、そう呟いた。

「博麗のいう平等は、私達のそれとは異なります。実質、平等、ではなく、自然・あるべき調和。妖怪は人を襲い、人はそれを退ける。共生ではなく共存を保つこと。妖怪退治や異変の解決を生業にする博麗の巫女には、相容れないメソッドでしょう」

 いざと言うとき以外は、非常に有能な寅丸。その洞察も、推測も、的を得たものだ。私はその部下として静かに横に並んでその遣り取りを見ている。

「まあ、お寺と神社が競合ではない以上は、洩矢のように焦る必要もないのでしょうけれど……檀家が増えてくれないと私達も困るわねえ」

 この寺の最高議会はちゃぶ台で行われる。聞き及んだところだと、幻想郷にいくつか存在する主権の意志決定は、そのほとんどがちゃぶ台で行われているらしい。
 変わった風習だと思っていたが、なるほどその空気に飲まれてしまえば、自然のようにも思えた。

「まずは地盤作り。布教はその後ね。善も悪も偏った観点が招く独善的な主観。もっと高い視点を持てば、何もかもが同じ価値を持って共存できると言うことを、何もかもが愛すべきものだと言うことを、皆に知らしめなくてはなりません。妖怪だの、悪霊だの、そんな瑣末な差で境界を敷いて互いを排することこそ、愚か」
「いかにも」

 博麗との会談が決裂したのは、聖白蓮にとっても望ましい結果ではなかったらしい。
 この命蓮寺がこの幻想郷に来たのは、恐らく聖白蓮の意志。彼女の理念である平等を広く伝えるため、もしくはそれを伝えられる余地のある世界が、もはやこの幻想郷にしかないと思ったためか。私にはあの女の考えることはわからない。
 ただ一つ確かなのは、この世界の外にいた頃のことは記憶を濾し取られたように覚えていないことで、それでも、恐らく聖白蓮の意志にブレがないであろうことだった。

「幸い、星の力のおかげで、食べていくには困りませんね。生臭な話ですが、命あっての物種です。死んでしまっては、何にもならない。何も成しえない。何も残せない。さあさ、うちもご飯にしましょう?」

 ぽん、と手を叩いて食事を提案する聖。

「みんなに、平等の理念を広げて、争いのない世界を作らないと。この生き方を実践すれば、心の平穏が約束されます。世界も平和に向かう。そのためにはまずみなさんにも理解していただかないと。平等の心を。……ね、寅丸?」

 聖白蓮が寅丸に振ったその言葉に、邪悪な視線を混ぜ込んでしまうのは、私が要らぬ入れ知恵を受けたからだろうか。

「はい。精進いたします」

 素直に、明るい表情で答える寅丸。それは、あなたが遠ざけられていることだというのに。
 それでも、ふんわりとした雰囲気は崩れない。食卓を囲う誰もが心地よい。いつもにこにこと笑って朗らかな雰囲気で辺りを包み込むのは、聖人たる彼女のなせる業だろうか。このぽかぽかと心地の良い雰囲気に包まれていると、つい忘れてしまいそうになるのだ。
 蓬莱人から言いつけられた、忠告を。そして、酔った寅丸が漏らした、あの呟きを。
 この寺は、呪われている。全員が、全員に向けて、刃のないナイフを喉元に突きつけながら、抱き合っている。それ以上の何かは決して起こらない。傷つけもせず、交合うこともなく、ただ、空虚な温もりだけを食べている。
 その停滞が、徐々に腐敗を招いているのにも、気付いているのだ。恐らく既に、全員が。







すべては平等たれ。
何か一つを大切に思えば、必ず痛みが帰ってくる。
平等に、等しく価値を分散すれば、痛みなどない。
失われた価値すべてはその隣にある。
平等たれ。平等たれ。

それこそが、安楽の世界。極楽。
平等こそが、苦しみのない世界。

何一つとして、例外は認められない。
何か一つを大切に想ったから、私は、こんな呪に囚われてしまったのだから。

もう、誰にも、こんな苦しみを味わわせては、ならない。






「寺というのも、静かでいいものだな。この界隈じゃ、神社は騒がしいものと相場が決まっているからね」

 珍しく来訪人があると思ってみてみれば蓬莱人だった。

「不死者ですか。何の用です?」

 銀髪を伸ばした人間。遠めに見れば色白の美女だが、寄って見るとその異常に気付く。肌の白さは病的で、中の血管が透けて見えるほど。血の色が透け色を失った瞳も紅に染まっている。
 藤原妹紅。
 この幻想郷にあって、一、二を争う、イレギュラー。妖怪ではなく人間だと言うのに、それと比肩するか上回る力を行使できる上に、死に切らないなどと、まったく馬鹿げている。

「ちょいと聞きたいんだが、ここはどんな仏さんでも受け入れてくれるのかい?」
「どんな、とは」
「そうだなあ。もう何百年も前に死んで骨の一片も残っていないのとか」
「うちでは確かにそういった制限はしませんが」

 藤原といえば、父親との因縁があったはずだ。藤原妹紅は、認められたかったろうに認知さえされなかったとも聞く。そんな父親でも、供養したいのだろうか。

「うちの親父みたいなクソッタレでも?」
「一般的には立派な人だったようじゃないですか。政治的な意味で。どこでも受け入れてくれるんじゃないですか?」
「いいや、ここがいいな。もう骨も残っちゃいないが、ここがいい」

 なんだか気持ちが悪い。何を含んでいる、蓬莱人。

「そう、住職さんが、もう髪の毛一本残っていない死人を抱えたまま座り込んでるような、そんな寺でないとねえ」

 ……こいつ

「仏になる権利さえ失った畜生に何を言われても感じません。もう一度伺います。何用ですか?ただの見学というのも普段であればやぶさかではありませんが、あのような科白を聞いた後では譲れない立場もございます。」

 いけ好かない奴だ。

「なに。ちょっとしたチュウコクだ。」
「だったらもう少し綺麗な口紅を使った方がいい。そんな血でも流した風に唇も紅じゃ、女の一人も口説けないでしょう」
「ちゅうはネズミで十分だよ」

 はははは、と小気味いい声で笑う藤原。ただの偽悪趣味か。飛び抜けたイレギュラーにも関わらず、人間らしさを失っていないか。

「単刀直入に言おう。お前さん、あの虎っ子のことが気になるんだろう?」
「ストレートにいいますね。ではこちらも隠さずに言いましょう。気になります。ですが、それはあなたの言う意味ではない。私は寅丸星を監視するために付けられているだけだ。あのケダモノの妖怪が、いつ牙を剥いて天に背くかもわからない。それを気にしているだけ。」
「結構。別にお前の言葉の真偽などどうでもいいさ。そんなもの、お前の心の中にだけあればいい。だから忠告しておこう。本人に言っても聞くまい。お前さんの口から、もしくは遠くから見守るのでもいいんだが、気をつけておけ。あの女は、いけない。危険だ。」
「……あの女とは」
「笑わせるな。わかっているんだろう?」
「聖白蓮か」
「長い時間を生きるのは、別に私達の専売特許じゃない。千年単位なら、そこいらにごろごろしてる。だが、どいつもこいつも、その長い時間を耐えるだけの、意志がある。目的がある。相手がいる。従って時間を最優先にしない。だからこそ、時間に耐えられるんだ。お前もあと今の三倍も生きれば、わかるさ。」

 確かに、妖怪はそれが妖怪となるときから目的や意志を持っての変化が多い。だがこの蓬莱人は、いや、人間は、恐らく後天的な何らかの理由によって死ななくなったのだろう。心身ともに人間のまま、時間だけを延ばされた。しかしそうしてなお今もこうしてしっかりした意志を持つということは、彼女の言う何かを後から見つけ手に入れたと言うことか。

「先の直球な物言いはどうしました?全く遠回り、眠くて堪らない」
「ふ、悪い悪い。長く生きていると話もゆっくりになってしまうな。気をつけていたのだけど、改めよう。お前たちの掲げているあの女は、いずれ精神を腐らせるぞ。あの強大な力を持ったまま心を腐らせ、魔物の身へと堕ちれば、大事だ。この世界を挙げて、あの女を消さなければならなくなる。」
「生憎ですが、あの方には千年でも万年でも抱える強い目的がある。そう簡単に堕ちたりはしない。」
「そう。そうだな。だが、それがよくない。平等、だろう?よくないな。とてもよくない。平等とは全てを平均化すること。全てを同質化し、価値の振幅を否定するもの。強い目的、固い意思、叶えたい願い、大切な想い、そう言う力とは相反する。あの女が内包する平等の精神は、永遠とは相容れない。永遠とは、価値観との戦いに他ならない。あの思想は、自らの腐敗を加速させるだろう。だが、問題はそこじゃない」
「違う?」
「あの女が平等を謳うことができるのは、あの女が価値を感じていた唯一の存在……人か、物か、目的か、何だったのかは知らんが、何か唯一無二のものを失ったからではないのか?」

 こいつは、人間か?どういう洞察力だ。それとも、誰かから聞いたのか?

「おどろくない。私の体験談だよ。私もな、ある人間を殺すことだけを目的に生きていて、その目的だけを抱えて死なない体になった。だが、相手も決して死なない体だったんだ。殺すことが叶わない。生きる目的を失って、死ぬことのできなかった私の心は、腐るばかりだった。危うく堕ち切る前に、皮肉にもその女に助けられたわけだけれど」
「輝夜姫、ですか」

 私の言葉に、藤原妹紅は沈黙を以って肯定した。自嘲の入り混じった、でも嬉しそうな顔。

「唯一の何かを失った消去法的な平等は、虚無だ。あの女の掲げる平等は、積極的な平等理念ではないだろう。平等とは名ばかりの、総無価値論。未だに失った何かへの依存は失われていないだろう。でも、それが復活することも無く、故にあの女にとってはこの世のすべてが無価値。それを自分が生きやすいように理想化・美化したのが、平等という言葉だ。私はそう思って見ているけどね」

 私は、息を呑んだ。
 そうか、聖白蓮は最愛の弟を失い、死から逃れるように反齢の術を身に付けた。永遠の命に近いものを得ながら、弟に代わるものはまだ得られていない。平等の理念を押し通そうとする余り、新しいよりどころを得ることも出来ないまま、弟の亡骸だけを抱えて生きている。

「その平等のあり方が、問題だ。これは、幻想郷にいる不死者三名その他の総意。」
「その他?」
「とある神社なんだが……やっかまれているだろう、誰かに」

 洩矢、と言うか八坂か。何故ああも目の敵にするのかと思えば、つまりそう言うことか。

「言いたいことは、理解しました」
「可能性があるのは、あの虎っ子だと思っている。お前さんには気の毒だけどな」
「何が気の毒なんですか」
「色恋に色恋以外のことを挟むのは無粋だと思っているけれど、今回は事情が違う。鼠さんよ、お前さんが虎を邪魔するようなら、お前さんも紅に染まることになる」
「ご心配なく。私は、ただの、毘沙門天の使い。そのような感情は抱いていません」
「ならいいのだけどね。私の言いたいことは、それだけだ。邪魔したね」

 そういい捨てて、藤原妹紅は火遁を起こして姿を消した。全く、妖怪以上だな、蓬莱人どもは。
 ふと、寅丸のいつかの言葉を思い出した。

「あの人は、平等なんかじゃない」

 寅丸は、既にわかっているのかもしれない。聖白蓮の抱える瑕疵を。







泣いているか?
悲しんでいるか?
愛を燃え尽き、恋に沈んだか?

私は平等なんかじゃない。
平等に価値の再配分をするなんてことはしない。
すべての価値を無へ落とし込む水平。

白蓮が大好きです、というあの子の笑顔が私を責める。
私はあの子を選ぶことはないと言うのに。
あの子だけではないわ。
あなた以外の、私は誰をも一切選ばない。

感情は、積極的に不平等を肯定する邪念。
感情の摩天楼がそびえ立つ世界こそ、不安定で不平等の温床。

「寅丸にも、平等を実践してもらわないと」
白々しく遠ざける私を、それでもなお慕うあの子が私には重い。

今はもういないあなたを認めさせるための世界に対する壮大な傲慢。
それが私の思想なんだ。

わかっている。
こんなこと、何も生み出さない。誰も喜ばない。
直接爪を立てて傷つけることがないと言うだけの、濁った潤滑油。

憎悪も嫌悪も存在しないが愛も尊敬もない。
感情の摩天楼をすべてすべて崩しつくして、地平線をなす。
あなたと言う、唯一の価値を認めさせるために、他の全てを、地平線に帰す。

私は邪悪な思想に取り付かれているだろうか。
あなたの亡骸を未だに胸から離すことができずに、それに囚われたまま。
これは、呪だわ。
誰にも解けない、この寺の、呪。







「鼻の下を伸ばして」

 風呂上がりでほこほこと湯気を立てている聖の姿をちらちらと視線で追いかけている寅丸。彼女が身だしなみを整えに部屋を移ったところで、私は毒づいてやった。

「そ、そんなことは」
「どうだか。どうせあのカラダから目が離せなかったのでしょう?」
「違いますっ!」

 面白いくらいに顔を真っ赤にして否定してくる寅丸。わかりやすい肯定の方法だ。

「今更否定しなくてもよいじゃないですか。寝たいんでしょう?聖白蓮と。」
「ね、寝たい、って、そんな言い方」

 ウブだなあ、この人は。

「まああの体つきですもんね。あの人もあの人だ。一番熟れている頃の年齢に保っている」
「聖を、汚いモノみたいに言うのを、やめてください」
「汚くなんて無いですよ。それとも、ご主人は、性は汚いモノだとお思いで?」
「ぐぅ」

 仕事中以外は本当に……可愛い人だ。
 見た目は大柄で、とてもそんな風には見えないけれど、どうしてこうも笑ってしまうくらいに乙女なのだろうか。

「セックスは汚い事じゃないですよ。私の眷属なんて」
「ネズミの例は適切ではないと思います」

 寅丸が慌てて反撃の切り口を見つけたのを見て、私がぷっ、と笑うと、寅丸もつられて笑った。
 程なくして聖白蓮が部屋に戻ってきた。

「いつも仲がいいのね」
「私とご主人が?違います」
「主従としてはそんなノータイムで否定してくださらなくても……」

 ふわり、風呂上がりの女性から立ち上る強烈と言っても過言ではないほどの、色香。寅丸の目がちかちかとしているのが私からでも分かる。

「私、もう寝ますけれど」
「あ、はい。おやみなさい」
「お疲れ様です」

 じゃあね、と手をひらひらさせて部屋を去る仕草は、余計なほどに女らしさを彩っている。甘ったるいほどだ。ただ、それは全く意図されていることではないのだろう。聖白蓮自身は、誰かに媚びを売るような人ではない……筈だった。
 いや、もし、これが弟だったら?

(ばかばかしい)

 そもそも弟とそう言う関係だったのかどうかなど私の知るところではない。私は一体何を想像しているのだろうか。
 それでも、もし、聖の気持ちは既に寅丸に向いているようであれば。
 蓬莱人の憂いは既に解消され、全ては丸く収まる。だのに、私は、どうしようもなくそれが、不快だった。

「聖と、したいですか?」

 視線を投げずに言うと、寅丸は小さく「はい」と呟いた。
 この人は、私を、そう言うことを素直に応えてもいい対象だと思いこんでいるようだ。苦々しい気分が沸き上がる。自分で聞いておいて、酷い。私は醜いな。

「ご主人、目を瞑ってください」
「え、はい」

 ソファに腰掛けたままの寅丸は、素直に目を閉じる。私はその横に座って、肩に手を回した。

「な、ナズーリン?」
「想像してください。今、ご主人の体を触っているのは、聖白蓮の手。あの白い細い手が、体に触って、撫でている。ちゃんと目を瞑って、思い描いてください。」

 私は、懐から小瓶を出して、入った液体を自分へスプレーする。

「あ」

 寅丸の反応が、一気に変わった。
 別に魔法の媚薬なんてモノじゃない。
 寅丸は、くんくん、と鼻を鳴らしてそれを確認していた。私はその答えを、耳元で囁いてやる。

「だれかのと同じコロンです」

 ふわりと香る甘いが爽やかな香り。好きな人が付けていれば、魔法のクスリでも何でもなくても、クラクラくる。
 こんなものを持っている自分が、酷く惨めだった。寅丸の視線があの人に向いているのを知っていて、それを真似するつもりでもあったのだろうか。自分でもそれを常に身につけていた理由はよくわからない。
 だが、実際に使うのは、これが初めてだった。
 こんなことに、使うなんて。
 でも、こんなことにしか使えなかっただろう。最初から、惨めだったのだ。

「びゃく、れん」

 目を瞑ったままの寅丸が、切ない声を上げる。その声が、ぎゅうぎゅうと胸を締め付けて、肺に空気がうまく入っていかない。
 私はその苦しさを紛らわせるように、寅丸のカラダをまさぐった。がっちりした肩。贅肉のない体は、彼女が求める体ではないだろう。勿論私の体も合致していないが。

「は、っぁ」

 肩、腕、脇腹。回すように腰を触って、手を服の下へ潜らせる。

「っ!」

 私は声を一切出さない。手の動きは白蓮を意識して、シナを付けて媚びるように。這わせるように、引き締まった腰回り、なだらかなお腹、臍のくぼみ。アンダーバストに指を触れると、驚いたように身を強ばらせたが、やがて弛緩した。
 それをサインと認識して、私は申し訳程度に膨らんだ寅丸の胸に手を乗せた。
 私の大きくもない掌に入りきる、胸。それを包むようにして、全体をゆっくり回すみたいに、触る。

「……ぁ、ん」

 あの寅丸から、こんな女っぽい声が出るのか。低いのに女の色気を帯びたエキゾチックな魅力にむらむらして、私は止まれそうになかった。
 のし掛かるように、寅丸をソファに倒す。

「っちょ、ナズ、さすがに」
「目を開けないでください」

 私が強く言うと、素直に目を閉じ直す寅丸。一瞬開かれたその瞳はすっかりと潤んでいて、牝の表情になっていた。
 ゆっくり服を脱がせていくが、抵抗しない。眼はぴっちり閉じられたままで、その瞼の裏には聖白蓮の姿が描かれているのだろう。
 お互いに下着だけの姿になる。肌を重ねようとしたけど、私は怖くなって例のコロンを一吹きしてしまった。愚かだ。でもそれは効果覿面で、そうした後で上半身同士をくっつけ合った寅丸は、体の力をすっかり抜いて私のなすがままになってしまう。
 声を出すわけにはいかなかった。寅丸、寅丸、寅丸。その名前を何遍でも口にしたかったけれど、それこそが寅丸を夢から覚ます魔法の言葉になってしまう。
 口に出せないもどかしさを、私は手先にこめる。寅丸の体をまさぐるそれに激情が乗り始めた。
 ブラを外した胸同士を重ねて前後に揺すると、先端が擦れて吐息が漏れる。あの女の胸はこんなに貧相ではないけれど、そんなことを考えている余裕はとうに失われていた。
 開かれそうになる寅丸の瞼を左手で押さえつけて、体を擦り合わせ続ける。右手は寅丸の体のラインを何度も何度も行き来して撫でていた。

「んっ……っふ、ぁぁ……」

 言葉にならない吐息に音を乗せただけのような声が、寅丸の口から漏れている。同じようなものが私からも洩れそうなのをこらえながら、右手を徐々に下半身へ滑らせていく。腰を降り、太腿を回ってから股の間に指を運ぶと、流石に寅丸の体が強ばった。

「っ!ぁ、だ」

 否定の言葉が出そうなところで、私は寅丸の耳を舐める。耳垂を唇で食み、耳輪を下でなぞりながら対耳輪、耳甲介とくぼみを穿り進む。唾液を送り込んで、舌で耳珠をめくってわざと水音を立てるように穿ると、途端に力が抜けて砕け落ちた。

「ふ、ひゃ、にゃぁあ……」

 しばらく耳にキスし続けていると、寅丸の息づかいがどんどん淫らになっていくのが分かった。頃合いを見計らって止めていた指を股間に侵入させると、抵抗無くそれを受け入れる。

(これ、が、寅丸の……)

 自分の胸が許容量を超えそうな位の音を立てている。送り出される血液量が多すぎて、頭がクラクラして逆に貧血みたいになってしまう。
 股間には屹立したモノ。弛緩しきっている体とは対象的に固さを増していた。指で触れると熱く、堅い芯が通っているのに表面は柔らかかった。先端からじんわりと液体が溢れていて、指で触れると長く糸を引くくらいに粘っている。
 あちこちに指を這わせているうちに、その固さが増していく。中程では決して曲がらないと言うほどに堅く勃起したそれから、私は目を離せなくなっていた。

「はっ、ん!くふっぅっ、それ、はぁっ」

 寅丸が悩ましい声を上げて、腰をくねらせていた。寅丸が思い人に対して乙女になっているところは毎日のように見ていたが、こうして牝になるところは初めて目の当たりにした。こんなにもあの寅丸が、こんなにも淫らな存在に化けるなんて。
 それにつられて、私も興奮が高まってしまう。
 私の手は、寅丸のそれを握り、上下に撫でていた。扱いは、よくわからない。でもこうするモノだと聞いたことがあって、先端から洩れている滑りを全体に延ばすようにしながら、その肉竿を擦る。

「っひ!あ、だめ、ですぅっ!それ、それはぁっ!」

 今までとは全然違う劇的な反応。上下擦る度に溢れる滑りは量を増し、それを全体に塗して行くと寅丸の喘ぎはより大きくなっていく。

「おちんぽ、はぁっ、使わないようにしてるのにっ!だめ、ずっと我慢してるのにっ!ダメなんです、それは、だめなんですぅっっ!!」

 禁欲か。
 それも聖白蓮のためだと思うと、憎らしい。私は慕情と性欲に黒い泥を垂らした感情で、寅丸の肉棒を扱き続けた。
 手とそれの間で粘る液体が、にちゃにちゃと音を立て始める。が、それも寅丸自身の声でかき消えていた。

「はっ、く、ぅっ」

 寅丸の手が、ぎゅう、とソファを掴んでいる。手だけではなく腕も強ばらせて、それは何かを我慢するみたいに。
 私はその腕を掴んで手に指を絡める。彼女自身の滑りで汚れた右手を使うことに抵抗を感じて、左手で彼女の手を握ると、思い切り握り返された。耐えている?ちがう、我慢している。
 その手を私の肩に導くと、寅丸は急に両手ともを私の肩に、そして背中に回して、強く抱き付いてきた。強い。これは、きっと、思いの強さだ。誰かを思う、その強さが、この抱擁。

(なに、これ)

 それが自分へのものではないと分かっていても、寅丸に包まれている暖かさと、肌の感触、そして伝わってくる脈拍が、幸福感にも近い心地よさになって私を捕らえていた。
 そして、思い返せば、やはり、悔しい。
 ぎゅっと抱きしめられた姿勢のまま、寅丸の首や胸元にキスを繰り返し、右手は股間をまさぐる。もう彼女も目を開けることを諦めたらしく、それをみて左手は体のあちこちを愛撫して回っていた。
 次第に寅丸の腰が前後に揺れ始め、私の与える刺激では物足りないと訴えてくる。それに応えるように、強く、速く、激しく、手を前後に動かすと、今度は逆に寅丸の腰は後へ逃げた。

「おっ、ほあ、そんな、そんなに、だめですぅっ!我慢、我慢してたのに、崩れちゃいますっ!」

 その強さがいいのだと覚えて、私は右手を休めることなく動かした。亀頭のくぼみに指をはめるみたいに引っかけてから抜くと、寅丸の口がだらしなく開いて変な声が出る。それが堪らなく興奮して、私は止めることが出来ない。たまには緩く、包み込むように、擦り上げて、握りつぶして、穿り上げて。

「だめ、もう、もうだめですぅっ♪我慢してたおちんちん、破れちゃうっ!オナ禁チンポの封印、破られてしまいますぅっ♪手扱きで、手扱きでおちんちん、イっちゃいますぅっ♥」

 次から次に紡がれる淫らな言葉に、私の方が高まってしまう。手に伝わる肉棒の熱は上昇し続け、びくびくと跳ねていた。これは、オーガズムが近いのだろうか。私の手で、寅丸が、果てる。それを考えただけで、私の下半身に熱の塊が膨れあがってくる。
 右手で寅丸のペニスを扱き上げながら、私は彼女の太腿を両脚で挟んで、股の中心を彼女の腰の辺りに擦りつけてしまう。濡れている。私のヴァギナは彼女のペニスを扱き、そのあられもない声を聞いているだけで、いや、私の手で彼女が乱れているという事実で、濡れそぼって解れ、蜜を滴らせて刺激を求め始めていた。
 だが、肉棒の刺激に夢中の寅丸は、私が彼女の体でオナニーしていることになど気付かない。
 でも、それでいい。
 何となく、一緒にイクなんてことは、私には許されていないような気がしていた。

「おちんちんっ♪おちんちんイくっ♥我慢して溜まってたザーメン、出ちゃいますうっ♥んっひ、お、オっぉおおおっ♥っほ、あァっ♥でる、でるでりゅでりゅぅうぅうっ!♥せーしでるぅぅぅうぅうっ♥♥♥」

 彼女が卑猥な言葉を発する度、私の股間で小さな爆発が起こる。擦りつける肉裂に電流が走り、小さなアクメが襲ってきていた。いつの間にか私が彼女の体にしがみついて、流されないようにこらえながら、流されるのを待ちわびている。
 寅丸の体にキスを繰り返し、彼女のペニスへの奉仕を止めることなく、私自身もオーガズムへ向かっていた。

「ん、ほぁああぁ゛あァァア゛アァっ♪でりゅ、せーしでりゅぅっ♥イきますっ♪ちんぽイきますぅっっ!!!♪♥んほぁあああァあぁっぁあ゛あぁあアあああ゛ああっ!!!♥」

 一際大きな喘ぎを上げると、彼女の体が弓なりに反り返って跳ねた。その瞬間どくん、どくんとまるでそれが第二の心臓みたいに肉棒が脈打ち、それと同時に一吹きで天井に届きそうなくらいの強さで、精液が放たれた。

「~~~~っ♥精子、せーし、とまらないですぅっ!♥オナ禁せーし、イキがよすぎますぅっ♪」

 二度三度で収まる射精ではなかった。だくだくと、そんなにどこから出てくるのかと目を疑うほど白い粘液をぶちまけ続ける。放物線を描いて跳び続ける精液と、アクメ声を上げて体を痙攣させる寅丸の横で、私も小さく身を震わせてオーガズムに達していた。
 未使用ヴァギナは解れて蜜を噴き、初めての使用を待ちわびている。本気モードになったウブまんこが、きゅんきゅん寅丸のそれを求めている。
 でも、でも、それは、ダメ。流石にそれは……。
 私はその代わりに、寅丸のペニスを扱く手を休めず、より速く強く、それを責め立てた。

「んひっ!?だ、だめ、イってますからぁっ!もう、もうイキチンポになっちゃってますからぁっ!扱くのダメ、だめなんですっ!!イキ重ねは、おかしくなるから、だめなんですぅっっっっ!!♪んほぉっ!っほぁぁあああっっっっっんっっっっ♥射精、射精続いちゃうっ!チンポ射精とまらなくなっちゃぅぅぅううっ!!♪」
「そんな声、だしたら、聖に、きこえ、ますよっ」

 一言だけ、可愛く蕩ける寅丸を貶めたくて、言葉を耳元においてやると、唇を噛みつぶす勢いで口を閉じ、イキ声を堪えはじめた。。眼も口も閉じ、鼻息は荒く、押さえ込まれた言葉と気持ちが精液になって吹き出すように、私の手扱きに対して余りに素直に精液を吐き出し続けるている寅丸。可愛い。

「~~~~っ♥~~~~っ!!!ッっぁあっ!……っ♪!!っ!!~~ッ♥」

 体とペニスをびくびくと跳ねさせながら、吐精を繰り返す寅丸。声を殺しているぶん快感の行き場が無くなって体の中で増幅しているようで、そのイキ続け方は、壊れたポンプのようでもあって。
 その光景を見ながら、それを自分の手で作り上げていると言うことに恍惚を感じながら、私自身もオーガズムを繰り返す。
 寅丸が、イっている。私の手で、感じて、あんな風に乱れている。私の、私の、私の。
 執拗に繰り返す手扱き。まるでこの手でとどめを刺した相手に、息絶えた後もなんどもなんども刃を突き立てるようなそんな攻め方。それでもそのたびに血ではなく精液を吹き上げて達する彼女の姿に、私は溜まらなく恍惚を覚える。

「っぁ、っっひ、も、もうっ、もう出ませんっ……♥絞り尽くされましたからぁ……」

 寅丸がお腹を上に向けてそれを開け放つようなポーズで、許しを請うてきた。
 流石にあちこちべとべとになってしまうほど射精を繰り返して、もう体は跳ねてペニスの痙攣はあっても、精液は出なくなっていた。たまに透明な液体がとろりと溢れるだけ。
 空っぽになるまで、寅丸の精液を絞り上げてしまったらしい。

「もう、出ませんか?」
「はひ……からっぽ、れしゅ……♥」
「じゃ、じゃあ、いいです、よね」
「ひぇ?」

 だめだ、というのに。分かっているのに、私はもう、止まることが出来なかった。寅丸が欲しい。この中に、寅丸を受け入れたい。つながりたい。たとえ精子が注がれなくても、肉欲が高まってしまって抑えが効かなかった。
 もう精液が出ない、という事実が、私に言い訳を与えてしまったらしい。何処かで、奪ってしまいたいと願う自分が叫んでいたが、それは何とか押し殺した。でも、セックスだけなら、その先に禍根を残すような事実がないなら、私は。
 眼を開けないでください。そう念を押してから、コロンをもう一吹き。そして、腹を上に向けた寅丸の上に乗っかって股間を刺激すると、もう出ないと言うのに固さだけは取り戻すペニス。その上に私の淫裂を添えて、寅丸の胸の上に上半身を投げ出す。

「聖白蓮のだと、思ってください」
「そん」

 何を言おうとしたのかはわからない。でも、それを遮るように、私は腰を落としてペニスを奥へ送り込んだ。

「っっ!ん、っふ、っ!!」

 痛い。これが、破瓜の痛みか。良く聞くような「ぶつりという感触」は無かったが、痛みは相当なもの。感じる、なんてことはほど遠いように思えた。

「はぁっ、な、ナズーリ」
「平等、なんでしょう?誰かを愛するように、私も愛してくださいよ」
「で、でも」

 流石に無理難題だった。
 私はコロンの香りを送るように煽って、寅丸の耳元で囁く。

「白蓮よ、星」
「っ!」

 なにを、私はやっているのだろう。
 空しさが渦巻く。
 でも、それ以上に下腹部を襲う破瓜の痛みが強くて、でも、でも、それよりも。

「っは、っこ、これ、がぁっ、白蓮の、ナカぁっ……♪」

 寅丸が再び性欲に堕ちたのを見て、私は激痛に耐えながらも肉棒を自分の内部へ出し入れする。そのたびに寅丸の声がまた蕩けて、顔もだらしなく崩れていく。開きそうな目をそうさせないために、目の回りにはタオルを掛けた。手で押さえ続ける自信がもう無かった。

「っぐ、っ!くっ……」
「気持ち、いいですっ♪これが、おマンコの中っ、おちんぽ、白蓮の中に初めてっ♥白蓮、のぉっ、白蓮の中っ、きもちぃいですっ♥びゃくれんっ、びゃくれんっ♥」

 寅丸がその名前を言う度に、悔しくて涙が出そうだった。破瓜の痛みなんかより、そっちの辛さの方が、よっぽど大きくて。
 でも、それを堪えて腰を動かし続ける。
 寅丸が、私の体で、私のまんこで、よがっている。その事実だけを貪って、私は混濁する泥の中から幸福感を探し続けていた。
 あそこから、私の愛液と寅丸の先走りとに混じって、血の赤が溢れていた。目を閉じさせていたのは、正解だった。寅丸に、そんな重荷を感じさせるわけには、いかない。

「んっほ、ひぃっっ!♪キツい、膣内、キツいですぅっ!こんなおマンコ、初めてですぅっ!♪おまんこの中、きもちぃいっ!ちんぽとけちゃいますぅっ♪♥」

 寅丸は、聖に拾われる前は五つの山で幅をきかせる力のある獣妖怪だったと聞く。そうであれば、性欲に我慢をすることもなく、思い通りに女を食べていたのだろう。寅丸は、別に初体験ではない。それは、私にとっては救いだった。
 漏れそうになる苦痛に耐える声。でも、それを押し殺して彼女が悶える姿を見ている内に、胸の奥には小さな快感が生まれていた。
 好きな人を、自分の体で感じさせる。
 その事実だけが、今の私のよりどころで、何にも代え難い快感になっていた。

「おマンコのひだひだっ♥からみつくぅっ♪聖にっ、聖に飼われてから私、えっちよわすぎっ、我慢が過ぎて堪え性のないおちんぽが、速攻アヘになっちゃいますぅっ♪でも、でもっ、聖とおちんぽできて、しあわせっ♥聖のおまんことセックスっ♪セックスきもちぃいっのぉぉっ♥」

 涎を垂らしながら私の中をがつがつと抉り上げてくる、寅丸。膣内が焼けた鉄で掻き回されるみたいに苦しい。でも、それも寅丸のアヘ顔を見ていれば、紛れた。それ以上に、気持ちは、気持ちよかった。

「びゃくれんの熟れ熟れおまんこぉっ♥キツキツに調整してあるの、ステキれすぅっ♪とらまるは、とらまるは、白蓮の体に、とけちゃってまひゅ♪白蓮とせっくしゅ、我慢してたのに、もうらめ♥セックス中毒、また発症しちゃいましゅぅぅぅっ♥毎日、まいにちせっくしゅしてないと、駄目な体にもどっひゃいましゅぅぅ♪そしたら、そしたらまた、また私を調教っ♥発情体質の私を調教してっくだしゃいぃっ♪♥♥♥」

 なんだかよくわからない、恐らく二人しか知らないだろう言葉の断片を苦々しく聞きながら、寅丸の腰の動きに合わせて、私も精一杯腰を動かす。

「でましゅ、さっき空っぽになるまで搾られたのに♪また、またのぼってきまひたっ♥白蓮とセックス、体が喜んで、精子追加生産っ♥しゅごいのぼってきてますっ♥白蓮に中出しっ、びゃくれん、びゃくれんっっっ♥♥中出ししましゅ、出来たザーメン、新品のぷりぷりザーメン、中出ししちゃましゅぅっっ♪♥ほっ、ほひぃっ!ちんことけて、我慢きかないっ!アクメ一直線っ、寅まっしぐらでしゅぅ♥♥♥出る、出る射精るっ♪出来たて一番搾りのザーメン、びゃくれんに、なからし、ひまひゅぅぅぅうっっ♪♥♥」
「え、出……っ?」

 寅丸の手が、私の腰をがっちりと掴んだ。逃げられない。
 力強い。荒々しくて、猛々しい、肉食獣の本性みたいな、そんな強さに、私は屈服していた。精液が空っぽだからと始めたセックス、でも射精が出来るなら、私は逃げなければ行けなかった、のに。腰を掴まれて、結合部を動かすことも出来ず、とどめを刺されようとしていた。でも、私の中の牝が、それをよしとしていて、射精を受け止める準備が出来ているかというように、しゅくしゅくと下腹部が蠢いているのが分かった。

(お、オス……すご……)

 くらくらする。性欲に、というよりは、支配欲に、狂わされていた。
 この人になら何をされてもいいと、愛と呼ぶのか分からない感情が、ただただ高まって。

「んっ♥ひぃいいイいぃぃぃ゛ぃい゛いっっっっ♥ほっ、ぉおぉおっほぉおおおっ♥♥♥出る、っ♥射精っ♥中出し、中出しきっもちぃいぃいいいっ♪♥♥!!」

 突き出された腰を受け止めて、私の子宮が、歓喜を始めた。

(これが、女、なのか)

 自分の中に生まれた初めての感覚にとまどいながら、膣内にぶちまけられる液体の感覚に、酔いしれた。それは美酒のように心地よい目眩で、日だまりのように心地のよい幸せ。
 膣を遡って奥へ届く精液が、私の理性をどろどろに溶かす。

「っぁ、ごしゅ……星ぅっ♥」

 私は、肉の摩擦ではなく、抱いている抱かれているという関係とシチュエーションに酔いしれて、オーガズムへ至ってしまった。
 完全に体を寅丸の上に預けて、私は体中を弛緩させる。
 寅丸も、力なく四肢を投げ出して、肩で息をしていた。
 しばらくお互いの鼓動と呼吸の音だけが、部屋を支配して。その中でオーガズムの後の余韻にたゆたいながら、私は寅丸の体温を感じて幸せに浸っていた。



 けれど。
 やがて、冷めてきた感情。
 冷静になってみると、自分のしてしまったことに、大きな後悔と焦りを感じてしまう。
 それは、寅丸もそうだったようだ。
 ピロートークなんてない。そもそもここはソファだ。
 寅丸の体から自分の体重を除けて、起きあがる。私がどけたのを見て、寅丸も上半身を起こした。えもいわれぬ倦怠感。気まずさ。
 お互いに後始末をしながら、しかし視線を交えることはない。いや、正確には寅丸は私の方をちらちらと見ていた。私がどうしてナズーリンなのか、なんでこうしているのが聖白蓮ではないのか、信じられないと言うことだろうか。それとも、こんな事になってしまったのを気に病んで、私を気遣うつもりだろうか。
 気遣いなんて、私には、不要だった。
 すべて、承知の上での行為だったのだから。
 大雑把にだが、服を着直した二人。私はやっと寅丸の視線に応えるように、その方を見てやる。あっ、と声を出しそうな表情で、私の視線を歓迎する寅丸だが、私の最初の言葉は。

「もう出ないって、言っていたじゃないですか」
「え、だって、気持ちよくって……」

 申し訳なさそうにしょんぼる寅丸。
 私のしたことの方がよほど罪だというのに、そんなになられては私の方がいたたまれなくなってしまう。
 私は茶化すように、言葉を投げた。

「そんなんじゃ、本当の聖白蓮の体を前にしたら、大変なことになりますね。」
「びゃ、びゃくれんの……」

 生唾を呑み込む音が、ここまで聞こえてきた。それを実際に見ているわけでもないのに目が白黒している寅丸。愉快だなあ。

「……ちょっとご主人、これはなんですか?」
「あ、その、白蓮のを想像したら、つい」
「まったく、品性下劣ですね。」
「す、すみません」

 股間を手で覆って、隠す寅丸。
 私はすすすと近くによって耳元で囁いてやる。

「もう一回、使いますか?」

 そう言うと、寅丸は小さくコクリと頷いた。
 微妙な空気の中、飛び散った精液を掃除してから、二人で寅丸の部屋へ。
 その晩は、結局あと三回も聖役をやらされ、そこで二人とも疲れ寝てしまった。







 好き合わなくても、セックスは出来るんだな。
 違うのは終わった後の余韻くらいか。私は……ずっとくっついていたかったけれど、寅丸はずっと私の体の表面に違う女の想像迷彩を被せていた。
 私はセックスの間、ほとんど言葉を発することはなく、それは彼女のために、彼女の思いと快楽のために尽くしたいと思う気持ちではあった。寅丸は、それを知ってか知らずか、私を貪り、ピロートークなど無く居心地の悪い空気だけが枕の周りに漂っている。
 寅丸は、私がヴァージンだったことなんて、知らないだろう。そんなこと、知らなくていい。私は、初めてを、好きな人に、捧げた。その事実だけで十分だった。
 最後、ペニスの挿入に感じ始めていた私の体だが、思い人のそれで達することは、無いだろう。
 でも、もう、それでいいと思った。
 私は、最初から負けていたんだから。
 朝。といっても、まだ誰一人として目覚めていない日の出前。どちらとも無く目を覚ました私達は、昨夜のことを思い出して、お互いに後ろめたさを隠しきれなかった。

「ご主人」
「は、はい」
「ご主人は、やっぱり聖白蓮、なんですね」
「……好きです」

 きっぱりと、言い切った。しかもその表情は、こっちがつられて笑ってしまいそうなほどに明るくて。たんぽぽが満開を誇るみたいな眩しさと暖かさを抱いていて。
 この人は。どうしてそんな屈託のない顔でいられる。前に見せたあの悲しい表情は何だったのだ。なんで、こんな風に笑えるんだ。

「今寝た女の前で、それって酷くないですか」
「え、あっ、あの」
「デリカシーがないって言うか。あんなに強く抱いてくれたのに」
「……ごめんなさい。私」
「はっ。冗談ですよ。ご主人が私を好いていないことは、承知の上でしたから。こんな事は、二度と無いですから、安心してください。昨日は、私もどうかしていました。」

 私の言葉を苦々しい表情で飲み込み、時折何かを言おうと口を開くがそれは言葉になることなく口の端から残滓だけを漏らして閉じられる。
 私は、最低だな。
 そうやって苦しんでいる寅丸が、愛おしかった。
 このまま苦しんで、悲しんで、行き場のなくなった感情が自分の方へ倒れてこればいいのに。
 もっと悩んで、聖には受け止めてもらえず、寅丸が自分の感情を高め過ぎ、その支えを失った卒塔婆をぐらぐらと揺らしていればいい。燃焼しきらない熾火のような精神で柱を脆く骨抜きに、そして制御できなくなったそれを倒壊させてしまえばいい。
 私が受け止める。それが出来なければ、倒れて打ち砕かれてバラバラに砕け散った感情の破片を拾い集めてすべて食べてしまいたい。
 だから、もっと、もっと、苦しんで、悲しんで、悶えて、泣いて、喚いて、傷ついて、もっと、もっと、擦り切れて、くたびれて、毛羽だって、傷んで、もっと、もっと、可愛くなればいい。
 思い切り泣き腫らした目、ぼろぼろになった心、行き場のない迷子の想い。「ナズーリンにしておけばよかった」と、後悔の果てにわんわん泣いて、私の足下に縋り付いて来ればいいのに。
 そうやって傷ついて開ききった傷口に私を塗り込んで、二度と消えない傷跡にしてしまいたい。私でなければいけないんだと、寅丸自身に思いこませて、私以外の誰かに二度と靡かないように、心を開かないように。

 寅丸なんて、ズタボロになってしまえばいいのに。

「それにしても、敗色濃厚ですね」
「でも、好きなんです、白蓮が。とても、とても、大好き。私を、私にしてくれた人ですから」

 嬉しそうにいう寅丸の表情を見て、私の中に酷く邪悪な感情が湧き上がってくる。これが、嫉妬か。
 最低の感情。寅丸には憎悪にも近く、聖には嫉妬。
 寅丸の恋は叶うまい。あの女はいつまでも弟の亡骸を抱きかかえたまま泣いていて顔をあげようともしない。寅丸はその背中を見つめたまま声をかけようともしない。
 じゃあ、私は。
 歪な感情の卒塔婆を高く築き上げた私は、どうなのだ。
 私も、寅丸の隣に立っていながら、その手を取ろうともしないのか。
 この寺は、一体どうなっているんだ。誰一人、幸せになんてなれない。そんな教えの寺があって堪るものか。
 これが、「平等」が招いた結果なのか?
 私は毘沙門天の使いとして寅丸の元に遣わされたただの鼠であって、聖白蓮の教えに従う者ではない。それでも、足を踏み入れた頃に感じたあの救われたような抱擁感は、忘れられない。だというのに、今目の当たりにしているこの荒れ果てた状態は、何だ。何が救いだ。ここには包み込む優しさなど、救われる教えなど、何もないじゃないか。あるのは円環する想いの悲しみだけ。誰も選択しない、「平等」という毒が蔓延った廃寺じゃあないのか。

「でも、聖白蓮がご主人のことを、選ぶことは」
「いいんです、それでも。白蓮は、誰も、決して誰も選ばない。平等を権現する、その存在なのですから。平等、なんです」
「違う、あの女は、未だにおと」



「平等なんだ!」



 私が否定しようとしたその言葉を遮るように、寅丸が声を荒げた。元々が肉食獣の出自であるにもかかわらず、その荒々しさを滅多に表に出すことがない寅丸だけに、私は面食らってしまう。

「平等、なんです。あの方の、理念。理想。教え。誰かを、誰かを特別扱いしたりなんか、しない!それが、人間であろうが、妖怪であろうが、獣であろうが」

 徐々にトーンダウンする声。やがて呟くような声色に戻って、ぽつり、ぽつりと、零す小さな囁きへ変ってしまう。

「それが、命がけで封印を解いた協力者であっても、ずっとずっと待ち続けた従者であっても……最愛の弟であっても。平等。すべて、平等のはずなんです」
「ご主人」
「だから、私が好きでいれば、いいんです。私だけが、白蓮を好きでいて、白蓮は全てを平等に愛していれば。それで」
「そんな平等、おかしい」
「そう、ですよね。私も全てを平等に愛そうとしないと、ダメですよね。あーあ、駄目な信徒だ。って、お寺的には私の方が目上なんでした」

 てへ、と茶化してみせる寅丸だが、その表情は先の眩しいものとは違って、濃い影を帯びていた。
 誰も、決して誰も選ばない。選ばせない。何と言う残酷な呪だろうか。
 寅丸の愁いを帯びた、かすかな笑み。少し潤んだ瞳。男の子のようないでたちの寅丸が、声もあげずに乙女心に泣いている。
 それを思うと、今まで言うまい言うまいと幾度も飲み込んできた言葉が、口を突こうとしている。言ってはいけない。その言葉は、言っては、いけない。でも、そうだとわかっていても。

「ご主人」
「はい?」
「私に、しておきませんか?」

 言ってしまった。
 ずっと、ずっと我慢してきた言葉。自分でも封印して、不死者にも止められ、否定し続けてきた言葉。

「えっ?」
「私なら、平等なんていいません。ちゃんと、ご主人を、寅丸星を、選ぶ。そんな寂しい想いなんてさせないし、あの女よりずっと一緒にいられるし、それに」
「ナズ」
「それに、私……私は、寅丸星のことが」
「ナズーリン」

 寅丸に強く制止されて、テープレコーダーに自白剤を飲ませたらさもありなん、という状態になっていた私は、はたと動きを止めた。

「ナズーリンのことは、とても信頼しています。とても、とても気の利く、大切な」

 私の目を覗き込んで、あの屈託のない表情で、続ける。

「大切な、部下です」

 そういって、大きな手で私の頭を撫でてきた。
 この人は、らしくない、ことを、して。
 私は、その手をふいと払って、立ち上がる。

「――そうですか。折角、寺の呪を解けるチャンスなのに」
「その程度で解ける呪なら、白蓮の分を私が解いていますよ」
「ご主人じゃ力が足りないんですよ。折角私が私が知恵を出してあげたのに」

 腕を組んで強がって見せると、はは、と笑う寅丸の声。その方を見ると、少しだけ、少しだけ悲しそうな、ハッピータイガー。
 寅丸の腕が、ふわりと、私を包んで、その口が私の耳元に添えられる。
 鼻や口から漏れるその息遣いは、寄せられて初めて気付いたが、涙を堪える震えを抑え付けていた。

「ありがとう、ナズーリン」

 振るならしっかり振れ、このへたれ虎が。
 あんな悪女に惚れて、自ら不幸を望むなんて。私にしておけば、そんな思いはしなくて済むのに。
 あなたがそうなら、聖白蓮を聖人に留める別の手段を講じなければならないじゃないか。
 悔しいけれど、本当に悔しいけれど、確かにあなたしかいないだろう。

 やれやれ、面倒くさい。

 ま、小さな賢将の面目躍如といったところか。
 文句も言わず、ただただあなたを支えて差し上げよう。

 ああ、私も、この寺の呪に囚われているか。

 どうにかしてあの魔導師から腐った死体を取り去って、ケモノのケツを蹴り上げてけしかけねばならない。

 まったく……

「まったく。この寺の住人は、ほんとうにばかだなあ」

 いいや、馬鹿なのは、私の方か。
 思わず零れた笑いは、自嘲か、それとも、誰かの幸せを願うものか、私自身にもわからなかった。







 寺の軒先を箒がけしながら、伽藍の一角を見上げる。
目には見えないが、それはそれは堆く聳え立つ感情の摩天楼。平等を掲げるこの寺の住人は、誰一人その教えをなしてなどいなかった。
 虎柄の毘沙門天は、自分よりも高く伸びる塔に追いつかんと背伸びをして、そして万物の平等を謳うその魔導師の塔が一番高いのだから世話はない。灰色で捻くれた塔は、虎柄のそれに、小さく寄り添っていた。その周りで得体の知れない変な形の塔や、マストのようなすらりと長いものも混じっている。
 こんな複雑に絡み合う、ウロボロスにもなれず出口の見えない感情の摩天楼。届かぬものに手を伸ばし、ただただその背丈を高くし続ける。こんな狭い空間に、素直にいかない未達感情のうねりが密集して堆く聳えるのは、運が悪かったと諦めるしかないのだろうか。

 はた、と。
 私は寅丸の能力のことを思い出した。

 あ、そうか。
 ああ、なんてことだ。
 歪に高い摩天楼と、寅丸のそれを思えば私は、は、と苦く笑うしかないではないか。

「そうか、そういうことか。はン、本当に、仕方のない主人だ」

 そう、吐き捨てるように、愛しい人を呪った。







「あなたのところが奉る神様は、この世の不平等を黙殺するのですか?」

 もうかれこれ小一時間になる。
 話が進むごとに、お互いの溝は深いことが、よくわかってきた。溝の上に溜まっていた砂を払ってその姿を明確にしようとすればするほど、溝の深さが現れてくるようで。
 私としてはその溝を飛び跳ねて遊ぶもよしと思えるのだが、それはあくまで私の意見。それを相手に押し付けるわけにもいかない。何より、聖白蓮はその溝を溝として明確に刻んでおきたいというスタンスをありありと伝えてきた。

「世界は壮大な不平等が均等にもたらされることによって出来ている。私は人を愛しもするし、憎みもするわ。その凹凸、不揃い、強い摩擦、聳え立つ感情の摩天楼こそが、世界なのだもの。半分はあんたと同じ。でも半分は違う。その半分だけが、私の大切なものよ。神様なんて、その半分に宿っている想いの言い換えでしかないわ。」

 この神社は、何も奉っていないもの。
 炎も氷も、光も闇も、愛も憎も、全ての差を均すのではない。それらが単にゼロサムであれば構わないのだ。そういう点で、彼女との考えには差があった。言葉に直せば同じ「平等」であっても、その質はまるで違った。
 私には、この女のような徹底した理想論は貫けない。それを出来るのは、この聖白蓮の強さの証に見えた。
 だが、先方の想いは違ったようだ。

「私はもう、懲り懲りなんです。いえ、恐怖と言っても同じかも知れない。」
「恐怖」

 強い、と思っていた相手から、意外な言葉が飛び出して、私は馬鹿みたいに鸚鵡返ししてしまう。

「怖いんです。もっと強くならなければいけなかったのに、私は道を誤ったのです。」

 若さを保つための術を会得するに当たり、人間以外の者との付き合いを重ねていく中で平等の理念を生んだものだと思っていたが、違うのだろうか。

「私を慕ってくれる人も、私を想ってくれる人も、必ず死ぬ。大きく膨れ上がった感情を抱えたまま、死によってその大きなものが一気に消滅することが、怖い。」
「あんたは時間的な限界を排除したでしょう」
「ええ。精神と記憶を肉体から切り離し、肉体の時間を巻き戻す術を手にした。私のようにそれから逃れる術を手にする者もあるでしょう。でも、それを相手に強要することは、出来ない。だから、私自身が変わっただけ。恐怖を感じない生き方へ」
「まるで自分は被害者、みたいな言い方ね?」

 私が言うと、聖白蓮は気を悪くするどころか私の悪態を受け入れた。この何を言っても暖簾に腕押しのような、よく言えば流れる水のような感覚。
 だが、だからこそこの人間の明鏡止水を、波打たせてみたかった。この人間の水面下になにを覗き見ることが出来るか、純粋に興味があった。

「否定はしません。元々、平等なんて、私個人の生き方に過ぎなかった。いえ、言い訳、が正しいでしょうか。被害者ぶってもいいのなら、ついでに言わせて貰いましょう。周りが私を教祖に仕立てたんです。その信条は高貴だと、それを貫くあなたの生き方が理想だと。あなたの生き方が、宗教だと。私は持ち上げられただけなのです。」
「私が聞いておいてなんだけれど、虫唾が走る言い方だわ。聞かなかったことにしたい。」

 いくら口汚く言っても、動じない。しかし、その話の内容はより彼女の内面へ近づいている実感はあった。

「結構。忘れて下さった方が私としても好都合です。」
「それならそうと、信徒やあの周りの奴らに言って解放されればいいじゃない?」

 問題はそこだ。徹底的な平等を謳う人物だからだろうか、聖白蓮には「意志」が感じられなかった。平等を広める大きな目的があるだろうに、それをなそうという覇気が薄い。
 それだけ平等というものを体現しているのか、それともこれが、彼女自身の言う弱さのことなのだろうか。

「もう、手遅れです。私はもう背負ってしまった。私は彼らの女神でなければいけないし、それを示す偶像でなければいけない。私は、それが組織の頂点に立つ者の、努めだと考えています。私はそれまでの過程を誤っただけ。その過ちを、他の者に被せるわけには行かない。」

 自分を押し通すということはないのだろうか。自信に満ちた姿からは想像できない、弱い一面を見た気がする。だが、これは他の誰にも見せないだろう。

「難儀な性格ね。誰も得しない。」
「よく言われます」

 あれだけ激しい弾幕を展開してきた気性の持ち主とは、思えなかった。その制御がこそ、彼女を聖人たらしめる所以なのかもしれない。逆に言えば、それに関わらない部分については、今目の前にいる一人の女性がそうであるように、ただただ、人間臭いのだろうか。

「そうまでして水平を望んで、あんた自身はどうなるのよ。それに、大きなお世話かも知れないけど、あんたを巻き込んで不平等をなしたいと思う奴だって、いるんでしょうし」

 私がそういうと、聖白蓮は目を閉じた。それは一見悟ったような仕草だが、同時に逃げるようでもあった。
 瞼を落としたまま、静かに言葉を繋げる聖白蓮。

「一つの塔は、もう何人たりとも手が届かないほどに、高く延びてしまいました。ですがそれはもう主を失い、私が表面的に手入れをしているだけの朽ち果てた塔に過ぎない。問題は、私を目指して背伸びを続けるもう一つの塔と、そこに向かって倒れ崩れてしまいたいと思う、私の弱さだけです。」

 比喩が過ぎて意味が分からない。何かを誤魔化している?いや、そういった悪意も見えなかった。掴みづらい。やはり、水か。
 言葉尻は既に彼女の内面を引き出していた。平等など、美辞麗句に過ぎないと。だが、それでも何か、一番奥底にあるそれが、どうしても届かない感じが、もどかしい。

「言っている意味が分からないわ」
「失う恐怖に打ち勝つための平等という信念は、別の誰かを失う痛みを回避するための方便です。それは、今も変わらない。いえ、今だからこそ、揺らぐわけには行かない。」
「今?」

 この女にとって、すべては過去であるはず。今を感情の中心に据え得るエピソードなど、何一つ聞き出せなかった。
 彼女にまつわる今。今だからこそ、平等を貫く?それは彼女にとって喪失の痛みから逃れる手段であって……。
 かき集めたピースがいつの間にかモザイクをなしていた。それは、そういう風に見えるように私が恣意的にい並べた者にも見えたが、私はどこかでこのモザイクが正解であることを望んでいて。

「あんた、もしかして、もう」

 つい、野暮なことを聞いてしまう。
 聖は自嘲めいた笑みを浮かべて、息をつく。瞬間、立ち上がるオーラは自信に満ちた聖女のそれ。自分をさらけ出しかけていたあの女性は、もういなかった。

「少し、腹を割って話しすぎましたか。要らないことまで喋ってしまいそうですね。」
「……そ、残念ね。それで結局、あんたはどうしたいわけ?私ンとこの神様は、平等なんてクソ食らえ、って言ってんだけど」
「それでは、不平等を正そうともしないこの世界の神に、私はクソ食らえ、と言うことにしましょうか」
「決裂?」
「ええ。それで世はこともなし」
「思ったより人間臭くて、面白かったわ、あんた。」
「それはどうも」

 凄く、魅力的な人物だ。人と人との関わりに摩擦をよしとする私にとって、一個人の中に既に摩擦があるのは、とてもとても好ましい。聖白蓮は、思いの外好きになれるかもしれない。私は好敵手を見つけたときのような気分に、一人で勝手に胸を躍らせていた。

「それではごきげんよう、霊夢さん」
「また来るわ」
「次も話し合いだったらよいのですけどね」
「あんた次第よ」

 次に会うときは、どちらかが泣いている。そんな気がした。






そう。
私は決めたのだもの。自分の気持ちと、生き方を。

世界が変ると言うのなら、変われ。
感情が滅ぶと言うのなら、滅べ。
そのために、今の私が消えてなくなると言うのなら
それはそれで面白い。

私は忘れない、生き続けるわ。命蓮。
私は選ばない、失う痛みは、二度とごめんだもの。
星を喰らうほどの強さは、私にはない。

感情を殺す魔王で構わない。
星を喰らいたいと願う私自身の弱さを、打ち倒す。

別れを乗り越えられぬ弱者の持てる、最後の一線。歪んだ強さ。
それだけを、私は、求める。







人も、鬼も、蓬莱人も、鼠も、毘沙門天も、神も、防人も、この世界は既に平等なのだろう。同時に絡み合い擦れ合う不平等が均等に全てに対してもたらされている世界。
聖白蓮は、理想の実現の場としてこの世界を選んだ。しかし、もしかしたら本当は疲弊の果ての諦めとして、この世界を選んだのかも知れない。
真相を知るのは、聖本人だけ。あそこまで話を聞き出した私でも、それは分からない。
本人にも整理など出来ていないのかも知れない。
あんな風に高く突き立った、それでも天には決して届かない寂しい感情の摩天楼は、ひとしづくたりとて理性じゃないのだから。

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