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【幽香_リグル】契約的に定義される感情に対して、心象的絶対値を付与した場合に裏返り表現される出力を発信者へリダイレクトさせた際の、反応と情動に対する或る喜劇な過程について

久しぶりのSS。
東方夜伽話に投稿しました。

例によってろくでもないSSなので
「読まないでいただいて結構スタンス」。

というか
読んでもらうためのSS書こうと思うと
何もかも嘘になるのでそんなもんかけない。
やれる人がやっててください。

「産廃行け」はもう褒め言葉だと思ってる。
「無断リンク禁止」と同じくらい面白い言葉だなあって見てます。
まあ、今回の作品は産廃に池といわれる要素はないと思ってるんで
何の危惧も持ってませんが。

「SSを読ませて欲しい」
「読んでいて楽しいSS以外いらない」
って思う方は私のSSは本当に読まないほうがいいと思います。

私よりも読みやすいSSを
私よりもっと巧く書く人なんて
いっぱいいるじゃないですか。





幽リグSSはどうしてもかけなくてずーーっと悩んでた。
だからこのSSも難産を極めました。

何で書きづらいって、
カップリングとしては強いし大好きなのに
システム的・背景的なつながりが一切ないので
感情を走らせるための燃料が乏しいんです
私のアイディアの出し方では。
キャラの設定的にも、つながりそうでつながらないものだと思ってます。

花と虫って象徴的な連結の一面を持ちながら
それは別に幽香とリグルをつなげるには弱い。
何かもっと別の要因が欲しいですね。
それを作り出せなくて、難産でした。

だから
幽香がリグルに対して監禁、サディスティックに対応している冒頭と
最後何かをあきらめて開放する終末だけが先に出来上がって

・何の感情を動力にして話を進めて
・何の原因で幽香が諦めるのか

という
いつもだと最初に決めてしまう要素がスッポリ決まっていなかった。
正直目的もなく書き始めて、
普段は途中で見えてくる目的が見えないままずっと書いてて
いつの間にか酷い道に出ちゃった感じ。

私の文字書きスタンスとして大きな失敗なわけで
SSの動機そのものが存在しないというのと同じ状態。

何度も「このSSは破棄しよう」と考えましたねえ。

もう一本幽リグSSを書いていてそれとマージしてしまおうかとも思ったけれど
なんとなく
「こういうシチュエーションでもきちんと作品書く」
っていう縛りで無理やり書いてみた。

書きあがってみると
やっぱり無理やりに感情の説明をつけた後ろめたさがあって
それが読み取れてしまわないかとびくびくしています。

無理やりにつけた、とはいっても
日常の疑問を織り込んだものなので
それなりの血肉として付与できたのではないかなあと思ってます。

心配なのはリグルとみすちーのお互いの二人称かなあ。
見てて「うえっ」ってなるくらいばかっぷるな呼ばせあいしたかったんで。
「かぐや」「もこ」とか「かなちゃ」「すわこ」とか結構二人称作るの好きです。

っていうかみすちーって呼ばせ方困る。
「みすちー」って第三者から見た愛称、見たいなにおいがするので
個人的には呼び合いに使うにはNGなんですよね。

「ミスティ」はちょっとスタイリッシュで、ラブラブなふたりにはダメだし、
その割には他人行儀さがないので遠い二人にはちえない。

それよりも「ローレライ」っていう立派な"人名っぽい部分"があるので
呼び方としてはそっちを使わせたくなるんですが
まあ、呼ばせづらい。

「ローレライ」の愛称は、と調べて、
一番「うわ、よそでやってくれw」って感じがしたのが「ローリー」でした。

みすちーのキャラ付けって進んでなかったんですが
今回で少し、固まりました。
ぽわぽわした可愛い系で、
でもどっかで者に構えているところがあって
ステージの上では性格変わる。

まあよくある設定なんですが
よくあるものをアウトソーシングしても納得できなくて
自分で作らないと気がすまないって言う人間の
効率の悪さが見えます。


で、このSS
出来上がってみたら
Coccoのベビーベッドの歌詞ととても親和性の高いエンディングだったので
あとがきに付け足してみた。

もし私のSSが好きって方がいたら
Coccoの曲、おすすめなんで聞いてみてください。
メジャーな人だけど、万人にすすめられる人ではないですね。
もし私のSSが好きって方がいたら、って前置詞は、まあそういう感じです。
私のSSが許せるくらい懐の広い人なら聞けるかも的な。
歌詞が痛くて大変よいです。




あとまあ、くだらない遊びをSSの中に織り込んであります。

以前ナズ寅のSSを書いたときに
聖の存在を環境ギミックとして捉えて扱っていたんですが
結局なんとなく良心の呵責があって最後に聖に語らせてしまった。
これはちょっと読者側に譲歩しすぎたかなあ、陳腐だったかなあ
と思ってたんですが、
結局それの評価がよかった部分もあったようで
「これを意図的技術的制御下に置くべきだなあ」
ということで
今回はリグルには基本的に黙ってもらいました。
先のSSで
・聖が本心を一切話さなかった場合どうなるのか
・今回も同じように環境ギミックが発言した場合どうなるのか
を見極めるための実験です。
また、その二つの結果を交換するための仕掛けを内部に保持してあります。

気になる人は探してみてください。



以下、セルフアーカイブ。
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 リグルが私の足を、舐めている。全裸で後ろ手に指錠を嵌められ、目隠しされたまま鼻息を荒くして、ざらついた長い舌を私の教えた通りに蠢かせてくる。指の間を丹念に行き交い、爪の間を舌でほじくる彼の舌。

 私は彼に、涎を啜り上げることを許していない。垂れるまま垂らして、同時に床にこぼすのを叱りつけると、唾液が滴る前に舌で掬い、足に塗りつけるようになった。それでも溢れる唾液をこぼさずにいるのは無理で、指から指へ愛撫を移動するときには、だらりと太く粘る滴が床へ延びる。そうなる度、彼は脅えた視線をちらりとこちらへ向けるが、私はそれを毎度叱るわけではなかった。どうしていれば、その失態を許してもらえるのか、体に覚えさせるためだ。だから、こぼしたとしても、それまでの足指フェラが満足行くものであれば、私は一瞥睨みつけるだけで許してやっていた。時には全く咎めないまま、それを続けさせる。

 そうして彼の唾液で足がべとべとになるのが心地よくて続けさせたいのが、私の本心だった。



「かわいい、かわいいわ、リグル」



 彼の頬は唾液の溜まりで軽く膨れている。指の一本、時には彼が覚えたアクセントとしての二、三本を口に含んで舌を這わせる度に、私は意地悪く足を動かしてやる。それを追うように彼の口と上半身は揺れ、口から指と唾液を漏らさぬよう、その膨れた滑稽な(あいらしい)顔を歪めた。



「しかも好きじゃない女相手にに、こんなことをしてるなんて、本当に情けない男」



 堪らない。足指には粘膜なんてないのに、彼にそうして愛撫されることに、剥き出しになった快楽中枢をぞぶりとなぶられるみたいな、快感を得ている。

 別の女を愛する、彼にされるのが、堪らない。自分の為じゃないそのプラスチックな行為が、堪らない。

 私は、足の指の、裏側の括れたところが好きだった。そこをほじるように舌でされるのも。背筋にぞくぞく抜ける性感。指をペニスに見立てたフェラチオ、男がペニスのここを好きだというのが、よくわかる。

 指を動かしてやるのは、その指を舐めろと言う合図。組み上げた左足の、小指を舐めていた彼は察しよく右足の動きを認めてそちらへ移動しようとする。指から口を離すときに唾液をこぼさないように口を窄め、指を吸い上げるみたいにする唇の柔らかさが指の括れを撫でると、それだけで達しそうになった。背筋のぞくぞくが下半身に溜まってかっと発熱する。



「ん……ふふ。そんなに鼻息を荒くして。一日過ごして蒸れた私の足がそんなに美味しいかしら?」



 彼は答えない。それどころか不満そうな気配を全面に出して、視線を逸らす。

 リグルも弱小妖怪とはいえ、れっきとした眷族の王である事に変わりはない。何を言っても私が意地の悪い言い掛かりを付けて罵倒する事を悟っているのもあるだろうが、それ以上に小さくとも彼なりのプライドが、ぎりぎりのラインで服従しきるを許さないのだろう。

 足を引いて、愛撫を遮る。今度は彼の口を割り広げるように押し込む。溜まらず開いた口から。だばぁ、と唾液がこぼれた。だらしなく汚れた顔を、私に足蹴にされて歪めながら、でも、その目は今度は私の方を向いていて。

 親指と他の指を縦に開いて、リグルの口を広げさせる。残りの唾液が全てこぼれるが、言葉はこぼれてこない。頬を染めたまま、それでも反抗的な視線。



「答えなさいな、リグル」



 口に含むもののない彼の口は、足を引けば真一文字に結ばれた。結ばれたまま、なにも発さない。視線だけは、ぼろぼろになりながら一握りの誇りに縋って「殺せ」という戦士のようで。

 これほどに惨めな格好、哀れな構図、救い様のないシチュエーションにあって、まだ何かを守っているのだ。だからこそ、私は。



「訊いているのよ、くそ虫!」



 唾液の乾ききらない足を伸ばし、その顎を思い切り蹴り上げた。

 低くくぐもった小さなうめきを上げて、彼は後ろへ倒れこむ。



「美味しいか、訊いているの。答えなさい?」



 弱弱しく起き上がる彼の頭を掴んで、地べたに押し付ける。顎を蹴り上げ、今度は地面に押し付けられ、どちらかのタイミングで舌を噛んだらしく、口の端からは勢いよく血が流れている。ふん、下等生物はすぐに再生するでしょう?

 事実血溜りは一定以上大きくなることはなく、口角を濡らす血はすぐに乾いた。よわっちいのに、再生能力だけは人並み以上。よわっちいのに、最後の一粒崩れないプライド。

 それが堪らなく、私の嗜虐欲(こいごころ)を刺激してくる。



「あんたは私のおもちゃなの。おもちゃは持ち主を楽しませるためだけに存在するし、そうでなければ壊されて捨てられるだけ。いいのかしら、捨ててしまって?壊されてしまって?」



 床に押し付ける力は抜かない。顎は開くはずもなく、私の質問に答えられるわけもなかった。



「いいのかって訊いているのよ!愚図!」



 頭を解放すると同時に、脇腹に一撃見舞ってやる。

 ぐげっ、と声なのか音なのかわからないようなものを立てて、彼は後ろに吹き飛んで再びひっくり返った。私は元座っていたソファに腰を落として、彼を見る。

 何かの内臓が破裂したのか、咳き込むたびに血を撒き散らすリグル。咳き込んで、咳き込んで、血を吐きながら私を見る目は涙目で……でも、まだ屈服していない。どこか睨み付けるような鋭さを持った眼光が、私に向いている。

 いいわ。いいわいいわいいわ!だから堪らないの、だから虐めたくなる(だいすきな)の!

 その目の奥のダイヤモンドを私のものにしたくて、それが叶わないなら粉々に砕きたくて、私はあんたを手元においているのだから。今迄飼ってきたどんなペットもどんなおもちゃとも違う。

 こんなにも強く長く、私にどきどきとぞくぞくを与えてくれるのは、彼が初めてだった。



「氷精はもう意思を持たないほどに分割したわ。闇の妖怪は、一度目を覚ましてもはや別人。残る夜雀はどうかしら?あんたの大切な、大切な夜雀。彼女、最近人間ではなくて植物食に傾倒しているらしいじゃない?死へ誘う歌声も聞かなくなった。どうやらあんたに人を食べるのはやめようといわれたのが原因らしいけど。」



 最近人間食をやめる妖怪が増えている。リグルだって例に漏れない。妖怪は、人を喰って大きくなれるというのに。今いる奴らだって、人を喰ってきたからこそなのに。くだらない宗教心なんて、捨てさせてしまいたい。

 彼の、私を見る目が鋭く尖る。

 彼の大切な物は、そうとわかる度に一つずつ、さながら花びらを一枚ずつ摘み取るように、取り去っていった。これからもそうする。最後、裸の蘂だけになるまで、それをしてやってもいいと思う。いいえ、蘂でさえ、くびってやってもいい。



「皮肉ねえ。あんたがそう言ったせいで、あの夜雀があんたを想っているそのせいで、私はあの夜雀を念じるだけで殺せてしまうようになったわ。人を食べない上、アイデンティティの死歌も紡がずにいては妖力も下がる一方だし。皮肉ねえ、皮肉ねえ!?」



 これは夜雀にのみ言えることではないが、植物の種が体内にさえ入っていれば、私はそいつを内部から破裂させることができる。もちろん力の弱い存在程度にしか通用しないが、人を食べるのを止めて植物食に甘んじている弱小妖怪なんて、おあつらえ向きと言えた。



「人質、そう人質ね。あんたの『こころがけ』が担保。わかるでしょう?」



 一度胃の中の種子に命ずれば、それは即座に根を伸ばす。成長スピードに応じた貫通力を以て体の内面を貫きながら隅々に根をはわせ、口か鼻か目かから幼い葉がでる頃には全身の神経を根が刺激して激痛に転げ回っていることだろう。培地として生きた肉体を食らう植物は、それだけでも妖力を得る。それが妖怪であればなおさらだ。幼い妖怪は無邪気に宿主を痛めつけ、自分の血肉としてそれを喰らい続けるのだ。そこまで行けばもう私が手を貸す必要はない。その植物が勝手に宿主の中で成長し、痛めつけながら膨れ上がり、最終的に内部から無数の根や枝を貫きはみ出して破裂させる。絶望的な状況の中、しかし脳は根が届きにくく、宿主は最期まで意識を持ったまま、自分の体が植物に食われ吸収されていくのを激痛に苛まれながら、為す術もなく見続けることになる。さっさと心臓を侵蝕されて死んだ方が、いくらかましだ。

 リグルは、それを知っている。私がそうしなくとも、自然界には虫に対してそうする菌類が存在するのだから。その苦しさも残酷さも、知っているからこそ、この脅しは彼には有効だった。



「なあに?その目。あんたまさか、まだあの雀を想っているの?無駄よ?あんたはこの茨の城から出ることなんてできない。」



 彼の前まで歩み寄り、血のあとのついた白い肌を剥くように、髪の毛を掴んで上を向かせる。おびえの中に反抗の光を消さない彼に、極力甘い声で、語りかける。



「よしんば出られたとしても、彼女と接吻の一つでもかわして見なさい?愛の言葉の一つでもかわして見せなさい?」



 彼のメープルシロップでコーティングされた山椒みたいな視線に真正面から向き合って睨み付けてやると、弱弱しい声が漏れた。



「しま、せん。ここから出ようとも、ミスティアと会おうとも、思いません。ボクは、幽香さんのモノです、幽香さんのために生きて、幽香さんの望みに何でも応えます。だから」



 模範解回答よ、リグル。私に服従するその言葉を、そんな反抗的な目のまま零すのが。そうして私を昂ぶらせて、あんたに思い知らせる言葉を我慢できなくするあんたの態度が、最高なの!



「そんなことをしたら、あの夜雀、殺してあげるから。綺麗な花が咲くわよ?見物ね!」



 その言葉、私が言わなくてもリグルはわかっていた。それを言わせたくなくて、本心でもないあんな言葉を彼は撒き散らした。でも、でも、その様が、どうしようもなく私を興奮させるの!嫌々ながらに心に沿わないことをさせるのが、それが深ければ深いほど、私に向いて直接であればあるほど、気持ちいい。あんたを私のものにしたくて、私のものにならないあんたを壊したくて、結局言ってしまうの、あんたの一番望まない言葉を。



「妖力を吸った花で、サラダでも作りましょうか。大丈夫。後天的にあやかしの花となった草花は暴走して、例外なくその骨も肉も残さず平らげてくれるの。宿主がいなくなってすぐに飢餓状態で枯れてしまうから、その前に収穫しないといけないの。いわゆる珍味ね。おいしいわよ?一緒に食べましょう、リグル。」



 長い舌を握って引っ張り、答えを許さない。涎をぼたぼた滴らせる惨めな顔、でも瞳の奥の棘だけは絶対に鈍らせないままの彼に、私の性欲が燃え上がって堪まらなくなった。



「大切な物を守りたければ、あなたには私の傍しかいきる場所はないの。私を楽しませ喜ばせる以外に、生きる術はないの。王位継承もなく王が死に、虫の社会に混乱が起こるのも避けないといけないしねえ。わかったかしら、リグル?わかったかしら!?」



 ここまでコケにされても声を荒げることもせず、唇を噛んで拳を握り、細い糸にまで痩せた最後の意志にのみ縋って耐えるだけなのは、彼自身の出生に原因がある。

 虫、という嫌われ、蔑まれ、忌避され、情けの一つもかからない、哀れな存在にしてその王。力が強ければ違ったかもしれないが、如何せんまだ幼体。幼いとはいえ、元々七日で一生を終えるものさえいる眷属にあって、十分に長い時間その苦渋を味わいながら、妖怪へと変成したのだ。そんな環境で形成された妖質は、彼に諦観と不屈を同時に与えることとなったに違いない。

 何をしても反発しない。小さく縮こまって防御するが、そのくせ決して折れない。反抗する心を抱きながら、絶対にそれを爆発させない。矛盾に満ちた哀れな妖怪としての生を続けている。

 だからこそ、こんな風に、想う女に義理も通せず、関わりない女に罵倒されて、憎い女に飼われる惨めな存在になるのだ。だからこそ、私を焚きつけてやまない、欲望の対象足り得るのだ。



「所詮は虫けら。いくら足掻いたところで、いくら成長したところで、踏み潰せばそれまでだものねえ!?」



 顔を伏せるリグル。力なさげにうなだれているが、きっとその目は遺恨に染まっているだろう。それを想像するだけで、どきどきが止まらない。吐息が紅色に染まる。脚を舐めさせて、いたぶり、その反抗的な態度に私自身が煽られて、いよいよ我慢できない。



「あんたは逃げられない。こんな意志薄弱のゴミ虫は、一生私を楽しませるだけの、おもちゃなのよ。わかったかしら?わかったかしら!?」



 彼の頭を脚で踏みつける。容赦しない岩も砕かんくらいに力を込めると、さしも頑丈なリグルも苦悶の声を上げる。それでも絶対に「助けて」とは言わない。今日の今日まで、一度も命乞いを聞いたことがない。どんなに痛めつけても、ほんとに殺してしまおうと思って、一晩中殴り続けたときも、決して。

 こんな恋心、間違ってる。子供じみていて、何も生まない。愛なのか、執着なのか、もはやわからない。何でもよかった、彼を、つなぎ止めておけるなら。そうして私の欲情を、無理矢理に処理させるのが、最高の快感だった。



「わかったのなら、私を犯しなさい」



 ソファに腰を落として、股を開き、彼に見せ付ける。だがリグルはこんな臭い肉孔に興味はない。あいつが好きなのはミスティア・ローレライ。あの夜雀をだしにして彼をつなぎとめ、彼をいたぶるにつけて、彼の思いが私ではなく彼女のほうへ流れ続けていくのを、私はイヤと言うほど思い知っている。

 その彼に、不本意な性行為を(私には本望の性行為を)迫るそのこともまた、暴力(あいよく)を滾らせるファクターだった。



「ぐずぐずしてないで、早くなさい!役勃たずのちんぽなら、切り捨ててしまってもいいのよ!?」



 全裸で後ろ手に指錠をされたリグルの格好も滑稽だが、股を開いて陰部を指で割り広げながら怒号を飛ばして命令する私も相当に滑稽だ。



「は……い」



 のろのろと私の方へ寄ってくる彼の股間には、情けなく勃起した小さな淫棒。笑ってしまうほどに小さくて皮が被ったままのそれを、でも、私の女はどうしようもなく求めていた。



「あんなことをいわれて、あんなことをされても、浅ましく勃起するのね。お利口なおちんちんだこと。それとも、ああ言うのがいいのかしら?」



 近づいてくるそれを嘲いながら、ぞくぞくするほど期待する。

 陰唇を広げて彼を待つ私の前に立った途端、愛撫もせずにいきなり挿入してきた。



「んうっ、ゆう、あ、ああっ」

「はっ、っぁ、いきなり、入れるなんて、最低!いつまで童貞気分なのよ、ダメ男!」



 名前を呼んでくれると思ったのに、噤まれた。悔しい。呼んでくれれば。あんたに名前を呼ばれるだけで、私の感情は、性感は、一気に登り詰めるのに。でも、そうやって名前を飲み込んだ彼がまた、いとおしかった。呼んでくれないその事実が、それを噤んだ彼の感情が、恋しかった。

 指錠は外していないから、私の股を割って股間を当てるには私の胸の中に倒れこまなければならない。彼は、私の乳房に顎を乗せて、私の方をやはりあの目で見ながら、それでも性欲にとろけたとろりとした表情で、私の中に入った肉棒を摩擦している。



「んっ、あ、成長しないのね、本当、クズ、っだわ」



 前戯をせずにすぐに挿入してきた彼を罵倒はしたが、私のそこは彼に足を舐められている時からすでにぐずぐずに濡れ崩れていた。ついでに言うなら、彼が不本意な服従の科白を口にしたときには、一度軽く達している。

 触れられる前から感じまくっている私を、彼はもう知っている。こんな風に彼を蹴り飛ばし殴りつけ、罵倒しながら自分を犯させることなんて、もう数え切れないくらい繰り返しているのだ。いまさら、彼自身に隠し立てなどできない。



「好きよ、リグル。どうしようもないクズ男。好きな女への想いも貫けず、興味のない女にセックスを強要される、情けない男……!」



 それは、紛れもない私の本心だ。私は、このいとおしい男を情けない男に貶めて、辱めて、痛めつけて、私のものにするか、それともそのまま壊してしまいたかった。

 私の上で身を捩るように腰を振るリグル。私のあそこはいつも自分でも驚くくらいに、彼に反応した。



「っは、ぁ、んっ!あんっ!どう?どうなの?私の中は、好きでもない女の中は!?好きでもない女にセックスを強いられて、おもちゃにされて、どんな気分なの?ねえ!?」

「キツくて、きもち、いい、ですっ」



 小さく掠れた、悲鳴にも近い彼の声。短いその言葉は、嫌々ながら押し出された歯磨き粉チューブの中身みたいで。

 キツイはずないと思っていた、私の膣。今までに何人もの人間も妖怪も、おもちゃにしてきた。何度も肉棒を銜え込み、激しく犯させた。すぐにつまらない木偶になったそいつらで用を足すために、エグい道具も何度も使わせた。そうしてもう使い過ぎに等しく緩くなったそこが、リグルの貧相なモノを挿入してさえ自分でわかるほどに締め付けている。それは、彼への愛欲がそれほどに高まっているという事実。それをまざまざと私自身に示していた。



「んっ、ふぅっ!あ、あああっ!っは、はっ、もっと、もっと激しくしなさい!もっと、もっとよぉっ!!」

「あ、っう、ん!ん!」



 女の子みたいにか細くて高い声。手を後ろに拘束されて芋虫みたいに不自由な腰使いが、それでも激しさを増してくる、彼が動く度にその顔が、大きいばかりで邪魔くさい乳房に埋もれて、その狭間からかわいい声が聞こえてくる。下半身から頭のてっぺんまで、リグルが、私の肉におぼれている。さながら頭を押さえつけて顔を池にの水面に沈められているような彼と、それを強いている私。



「ん、あっ、!ああぁああっ!いい、わ、そこ、リグル、りぐるぅっ!!惨めね、手も使えない状態にされて、それでも女に奉仕を強要されるなんて、本当しょうのない男!」



 彼の頭を両腕で抱き、両足を開いて彼の体をはさむみたいに絡み付ける。私のために体を捩って性器の摩擦を強め、息を荒くしているリグルへ、恋物語(ごみくず)みたいな恋心がどうしようもなくあふれ出してくる。いとおしい。いとおしい。私に最後の一線で靡かない、クソ虫が、どうしようもなく。



「もっと、もっともっと、もっろよ!男らしいところ、少しくらい見せてみなさい!?っは、ん、っ!それ、とも、私なんかに割く精力はない?残念ね、それを拒否できないほど弱いあんたが悪いのよ。悔しくないの?女にここまで言われて、粗末なモノをへこへこ動かして、好きでもない女の機嫌を取る自分が、恥ずかしくないの!?」



 浅ましいのも情けないのも私の方。でも、認めない。全部この男のせいにして、反吐が出るほど情けない男に貶めて、何も残らない、プライドも気概も何も残らないただの肉バイブにしてやりたい。そのバイブで自分を徹底的に犯したい。

 それと同時に一番私を感じさせるのは、決してそうならない、蜘蛛の糸のように細くつなぎ止める何かに縋って落ちることのない、彼の有様。私の手に、後一息、落ちきらないリグル・ナイトバグ。

 指の長さにも満たないちっぽけな肉のナイフ。それが私の致命傷だった。それを抜き差しされるだけで、私の中の「女」は、覿面に彼の「男」を求めて反応してしまう。精神を削り抉られて、剥き出しの欲求を抑えられない。

 膣は蠢き、やがて注がれるだろう子種を待ちわびて、奥へ奥へと飲み込む運動をやめない。こんなにも締まるのかと自分でも驚くくらいに収縮する膣壁が、本気汁を散らして、ぐぼぐぼと汚らしい音を立てていた。



「恋人を思い描いて、憎い女の体を使ってオナニーするしかないなんて、最低の男ね。男のくせに女に拘束されて、奉仕させられて、ペットみたいに飼われて、恥ずかしい男。情けない男。卑屈な男!……愛おしい男」



 絡めた脚を使って、彼の体に私の体を打ち付けるように腰を跳ね上げる。食いしばる膣はぬる汁摩擦が強すぎて、ビリビリきていた。でも勝手に私の欲望を突き走るそこは手加減なんかできなくて、ペース配分を知らない交尾を続けてしまう。

 彼の前髪を乱暴に掴みんで、贅乳に埋もれる顔を上げさせる。彼は目を閉じていた。私を刺す鈍な棘視線を、向けてさえくれていなかった。今、彼の瞼の裏にはあの夜雀が映っていることだろう。彼がその短小ペニスを勃起させて必死に腰を振り、抉っている媚肉は、私のものではないのだ。彼が息を荒げて欲情しているのは、瞼の裏の幻にであって、私ではない。

 私はこんなにも乱されているのに、彼は、私を一瞥さえしていない。



(ああ、あんたは、私を欠片ほども好いていないのね。当たり前よね、こんなところに監禁して、好きな女を殺すといって縛り付けて、不本意なセックスを強いて。あんたは私を嫌ってる。リグル、私を悲しい目で見て。冷たく冷えた目で。私に何をされても屈服しない芯で、私の陵辱を丸ごと犯して!)



 ぞくぞくする。背筋を走る電流が、クリトリスを撫でて子宮の奥へ。私は、マゾヒストだ。相手を良いように扱いたいという点ではサディストかもしれないが、この倒錯した性欲は、紛れもないマゾヒストのものだった。それも、彼に心を奪われ、彼の想い人を知り、こんな生活を始めてから、初めて気づいたことだった。



「もっと強く、犯しなさい!憎らしい女をレイプするみたいに、激しく、無惨に私を犯しなさい!!絶対にあんた達を、二度と会わせない。あの鳥を殺してしまっても、良心の呵責の欠片だってないわ。憎いでしょう、私が!?」



 それであんたの気持ちが別の誰かに向かわないなら、私に向いていなくたって構わない。そう、体は私の処にあるのだから、それ以上は贅沢だもの。

 彼の指錠を外してやる。リグルは期待通り、私の望んだ通りに、両腕を使って、体中で私に抱きついてきた。そうする以外に、彼には選択肢がないのだから。身を捩って危険から逃げ回る芋虫のような動き。でも、それさえも抱きしめたくなる。そのままくびり殺してしまいたい。

 背中に回った彼の掌の感触に、体中の快感神経が粟立つ。体中の回路がスイッチする。彼を、求める。すべてのダムが決壊して、垂れ流し。つまり正直になってしまう。



「リグルのぉ、リグルのちんぽっ!欲しがってるの、子宮が、欲しがってるぅ!もっと、もっとシなさいぃいっ!リグルっ!情けないヘタレ男に、どうしようもなく恋してるまんこに、もっともっとおちんぽしなさい!」



 股の間から響く卑音は、やむことを知らない。空気を巻き込んだ粘液攪拌の音。彼の腰と私の腰、彼のペニスと牝穴がぶつかり擦れ合って、私の理性を削り取っていく。神経と感情しか残っていない、歪で淫らなイキモノに落ちていく快感が、私を塗り潰していった。



「はーっ、はーっ、りぐる、ぅっ!りぐるぅ!この短小ちんぽっ!へたれオス!もっと、もっとしっかり私を、私をおををっ!!」



 どうされたいのか次の言葉が浮かんでこない。犯させれば満足なのに、どうされたいのか、それ以上がわからない。

 彼に、落とされる。落とさせる。崖の縁に立って、自分を突き落とさせるのだ。拳を振るって、無理矢理に自分を殺させる。殺さなければ殺すと脅すみたいに。そうしたい。そうされたい。

 そんな、自傷みたいな恋心で、自殺みたいなセックスだった。だって、だって、それが気持ちいいの。

 真っ逆様に落ちる、その制御不能が欲しい。

 絶頂に向かってまっすぐの意識。すがるように彼を見ると、閉じて投影行為に没しているはずの彼の目が、開いた。

 見ている。私を、あの冷たい目で。



「っに、みてっ、んのよっ!アっ、ん、そんな、っ目で!殺されたいのっ!?口答えの一つもできない、チキン野郎のくせ、っひ、に!悔しかったら、悔しかったら、私をめちゃくちゃにするくらいの気概、みせなさ、いぃぃっ!?どうせ女なら何でもいいんでしょう?そのクリトリスみたいなちんぽつっこめるなら、そうね、女でなくても、っ、あ、あんたには男にぶち込んでもらう方が、似合いでしょうねえぇぇえええっ!!!」



 その目に覗かれれば、一溜まりもなかった。足下の地面が突然消滅したみたいに、そう、突き落とされる。前触れのない、完全な垂直落下。

 下半身よりも心臓のあたりから、毒が回って行くみたいに広がる快感。体に穴が空いてそこからぼろぼろ崩れるような、毒薬めいた絶頂が、私を呑み込んできた。



「りグ、るぅゔううゥ゙うゔううゔううぅうウううぅっ、あ、あっ、ん!んっは、ぁあああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっ!!!」



 とどめを刺されながら、私は腕を伸ばして彼の首を絞める。



「ぐ、げ」



 くぐもった音を漏らすリグルの喉。男のくせに咽頭角の膨らみさえないしなやかな首を、握り潰さんばかりに絞める。息か血か、効率よくせき止めるような絞め方はしない。する余裕も、ない。





 首の骨をそのまま砕く寸前まで握力を込めると、気道も血流も潰された彼は、私が絶頂に意識を沈めるのに無理矢理引きずり込まれる。セイシの無理心中。



「あ……、か、ヒ」



 白目を剥いて泡を吹いている彼は、気を失う前に射精した。朦朧とけぶる意識のもやの向こうで、叩きつけるほど大量の精液が、私の中に注がれる。弱く、力では生き残れない矮小な存在が数で未来を繋ごうとするその哀れないき様を、私は子宮で受け止めて絶頂する。

 死んだかもしれない。手に伝わってきた鈍い感触は、それを彷彿とさえさせるものだった。

 でも、そんなことは気にならない。私の恋心は、彼が私のことなど見ていない方が、気持ちいいのだ。だから、彼の生死になど左右されない。死んでいた方が、いいとさえ思うときも、ある。

 それでも、自分を情けなく思う気持ちが最高に達するのは、彼が望まない射精に脱力して小さくなっている、その背中を見ているときだった。

 それを見ていると、私は彼を無理矢理に起こして、セックスの続行を強要してしまうのだった。















 この感情を「好き」に落とし込むのがイヤだった。

 もちろん「好き」ではあるのだ。それは間違いない。たとえ歪んでいようと整っていようと、これは好意だ。

 だけど、それを「好き」という言葉の型に当てはめて、そこからはみ出せなくなるのが、いやだ。

 言葉には重力がある。

 ぴったりと、その言葉の示す枠に当てはまり、そこに留まろうとする強力な磁力がある。空間の、いや、つまり感情の窪みだ。そこに落ち留まることが心地よくて、落ち込んでしまうと登り出ることが出来ない。



「リグル」



 彼に奉仕させながら、私は彼の名前を呼ぶ。ベッドに腰を下ろしている私と、床に四つん這いにさせられている彼。大きく股を開いたその間に顔をつっこで口で私に奉仕をする彼の顔は窺い知れない。

 彼をこうして空間的に繋ぎ止めておきなら、私はしかし、ある種の停滞を恐れていた。

 それこそが、言葉の持つ曖昧な、それでいて岩窟のように強固な、呪いの泥沼に思える。

 「好き」そんな甘い言葉に、幻想を抱くのは、イヤだった。その感情はあまりにも広汎で曖昧、人によってその内容も感覚も、その表現も、何もかもが違うというのに、全く同じ言葉で表現されるのだ。

 私の感情は、私の中では紛うことなく「好き」。でも、その形は私の口から出て誰かの耳に入ったとき、別物になる。言葉は、暗号だ。決して同じものを正確に表現できない。

 その「好き」を、相手と共有なんて、出来るはずがない。

 恋愛小説(クズ)に少女漫画(ゴミ)の中だけだ、そんな幻想が通用するのは。そんな世界が欲しければ、レバーの壊れた便器に頭から突っ込んで目を開いてみればいい。

 ほうら、見て見ろ。同じものを好きと言い、互いに好きの言葉を交わした奴らが、脆くも崩れるその愉快な姿を。その形の中に、違うものがあったからだ。受け入れられない不純物が、「好き」という言葉の中ではオブラートにくるまれて許容される。その角のない馴れ合いの言葉が、「好き」に違いないのだ。

 「好き」の言葉に放り込まれた概念とは、「私が気持ちいいと思うもの」というだ、オナニーティッシュで膨らみ続けるゴミ袋と、毛ほども違わない。

 「好き」という共通記号はクソ溜で大浴場を作ってその中で自慰に耽るようなもの。

 もちろん私のリグルへの気持ちは、そんなものじゃない。

 だからこそ、この気持ちは出力されることなく、彼の気を引こうなどと思わない。

 いや、もっとそれを純化させるために、私はこうして。



「歯の一つでも立てて抵抗してみなさいよ、情けない男」



 ひたすらに貶める。

 それを喜ぶような卑下たな男じゃない。そうだったら、好きにはならなかった。

 それに反発できるほど強い男じゃない。そうだったら、好きにはならなかった。

 無能な男が、好きだ。

 強い男が、好きだ。

 でも、弱い男は無能ではない。

 だが、リグルはその両方だった。同時に両方でない。

 だから、リグルしか、いなかった。

 私の「好き」は、私だけのもの。他の何者の声も必要ない、助けもいらない、同情も、共感も、何もいらない。そうされればされるほど、私の「好き」は、濁って形を変え、偽物になり果てる。

 おまえ達の「好き」に合わせてやるつもりなど、微塵も思わない。

 私は、私が思う通りに、私が好きなものを、好きであればいい。

 他の何も要らない、むしろ邪魔だ。

 同じものを好きで繋がる仲よりも、同じものを嫌いで手を取る同士の方が、どうしてか可塑性を以て長続きする。

 どうしてか、どうしてか、「嫌い」の方が説明可能性が高いのだ。

 いや、「嫌い」が高いのではなく、「好き」が低いのだ。

 綺麗な感情尊い感情素晴らしい感情気持ちいい感情澄んだ感情欲しい感情正しい感情持つべき感情暖かい感情それはなんだ。道徳観?宗教観?尊んで遠ざけるその感覚は。その中をどうして解剖して正体を暴き、適切に判断しようとしない。

 言葉を尽くし、行動を尽くし、あらゆる行為を以て私の「好き」を伝えても、おまえ達は違う。もやもやした曖昧な言葉の汎性をしてそれを捉え、私の言うことなど聞く耳も持たない。挙げ句の果てにおまえ達の勝手な思いこみの下に生まれた齟齬を指して「価値観の不一致があった」とか言い出すのだ。



「あんたは、私を好かなくていいの。恨んで嫌って憎めばいい。私はそれを望んでいるのだから。でも残念ね、あんたは私のコウイを拒否できない。弱い。弱い弱い弱い!だからあんた、なのよ」



 彼の返事など聞きたくない。拒否も以降体も否定も許容も、何の価値も持たない。

 私は彼が好き。

 私はそれを伝達可能な形にしないことで、私の感情の完全性と彼への恋慕を、守る。誰にも触れさせない。たとえ、彼本人にであってもだ。



「愚図。あんたの下手くそな愛撫じゃ全然物足りないわ。」



 私は彼の前髪を乱暴に掴んで立ち上がらせた。そのままベッドに引き倒して、私はそれを横目に枕を引き寄せ、誘うようにシーツを体に絡める。

 女みたいな悲鳴を上げて倒れたリグルが、顔を上げたその方に股を開いて、再びそのまんなかを投げ出す。



「せいぜいその粗末なものを使って満足させなさい?出来なければ、腕を引きちぎって彼女の前に送りつけてやるわよ。それとも、逆が好い?」



 泣きそうな顔のまま、でも決してその芯を明け渡さぬ強さを守りながら、彼は私の目を見ないまま、覆い被さってきた。



「……ばかなおとこ」



 唇を、押しつけた。

















 なにをきっかけに終えたのかは覚えていない。彼がどう感じていたかなんて知らない。

 ペニスが擦れて痛みを訴え始め、もう勃起しなくなってからは、指を使って奥を抉らせた。床に漏らした小便を無理矢理に嘗めさせもしたし、止まらないマン汁で顔がふやけるくらいに顔面騎乗でオナニーした。触れなければ勃起するが、触れれば痛みに萎縮するそれは、私をどうしようもなく焦らすのだ。いくら繰り返しても終わらない、リグルへの正対しない欲求。

 それにどう折り合いを付けて行為を終えているのか、いつも自分でもよくわからなかった。いや、わかってはいるが、理解できない。気が付けば私は茨の格子越しに、膝を抱えて小さく丸まる彼の背中を見ている。

 敗者が丸めるその背中に、私はまた手を伸ばしてたくなる。私を怨嗟するだろう彼の背中に、額を付けて後ろから抱きしめたかった。こっちを見てくれなくていい。見られたくない。私だけが好きで、彼は私を憎んでいる。そんな一方通行が、よかった。

 振り払うほどの力のない彼に、心底嫌われながら抱きついていたい。自分でも訳が分からない感情だった。それを、自分で理解しようだなんても、思っていない。それでよかった。それが、よかった。

 そんな恋慕を振り払うみたいに踵を返して、彼に背を向ける。いつもそれは、私が完全に彼に陥落する一歩手前の距離であるようにも思えた。

 それを、私はどこかで恐れてまだ出来ないでいる。彼に、自分を崖から突き落とさせるポーズを取りながら、命綱を手放さない。

 卑怯で臆病な私の、たしかに、らしいやり方だったかもしれない。そう、一番、”まし”なやり方だった。たった一つの冴えたやり方、なんて、こうまで根腐れした感情には、きっと存在しない。愛しても、殺しても、足らない。



「リグル」



 触れるだけで触れる者を切り刻む呪いのこもった、その茨の格子に、私は自分で触れてしまった。指先が、血塗れになる。その痛みもしかし、目の前のものに比べれば取るに足らないものだった。自分で、彼を閉じこめるためにしいた檻だったのに、まるで今は逆のよう。

 いつも、どんなにひどい仕打ちで彼を虐げ、私がそれを終えても、おやすみの一言を言わずにその場を去ることが出来なかった。そう言わなければ、夜が終わらない気がして。いつまでも彼を求め縋る自分に、段々と気づいてしまうことが痛くて、それを終えるための、やくそく。

 檻に向けて呼びかけても、その奥からこたえは、ない。

 終わりには、満足よりも不満足を見いだすことの方が多い。こうして彼に憎悪を抱かれることが望みであるにも拘わらず、それが何度も絶頂を誘う快感であっても、いつも苦しくて、吐きそうになって、泣きそうになって、逃げるようにそれをやめていた。

 敗北感。

 言葉になおせば安い万感。何に負けているのかさえ、もはやわからない。私はただ一つに勝てればいいのに、そのために全てに負けたって構わないのに、彼にまつわることには、ただの一つだって勝った気分になったことはない。

 でももう、その敗北感も、辛酸さえも、心地のいいものだった。それがこそ、私の彼への想いであって、彼に恋する強さでもあるのだ。

 私は、苦くふやけた顔をぶら下げたまま、約束の一言を告げる。



「……おやすみ」



 やはりこたえはない。

 背中を向けたままの彼。今振り返られたら、私はこの情けない表情を見られてしまうだろうか。

 それだけは嫌だと思うのに、どこかでそれを待っている自分が。自分が。自分が。自分、自分私、ワタシ自分ジブンわた

 まずい。

 爆発、沈殿赤熱・濁流。内圧。

 まずい。

 荒れる、抑鬱、抵抗・焦燥…亀裂、突破。

 まずい!

 慌ててその場を去る。リグルに悟られぬよう、静かに踵を返し、背を向けてからようやく表情を崩し、平静さを装った歩調で部屋を出て、足音を立てぬ早足で距離をはなす。

 十分に離れてから私は、銃口をこめかみに突きつけられたままの逃走に必死になるみたいに駆け出した。右手で口を押さえたまま、もう、限界。

 突き破るように扉を開けて、私はトイレに駆け込んだ。















「~~~っ!がふっ、げほっ、ぉ」



 便座を上げる余裕もなかった。彼の精液と、昼に食べた人間の混じったものが、胃から逆流してきた。止まらない。嗚咽と呻きの間に、粘った水音が混じり、ぼどぼどと便器の中を埋めていく。

 彼をあんな風に自分のものにして、思い通りに掌中とした敗北感。形だけの勝利、自己嫌悪。いきすぎた感情。壊れ始めていた。



「げほっ、げほっ……っ!う」



 夜を越えるのに彼の愛撫がなければ駄目だし、彼からの愛情があってはならない。その行き違いでなければ感じられないし、感じるほどに痛くて苦い。

 行き場がなくて、どこかへ行きすぎる、曲がりくねった激情。

 便器の中には、黄色の中に赤い斑点のある、ゲル状。これは、感情の膿。私を拒絶して、私が拒絶した、私自身だ。相容れない矛盾した何かが、私の中で分離して弾き出されたものに相違なかった。



「うっ、ぉぉ゙ぉぉぉぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉ゙ぉえぇっ」



 嘔吐物の悪臭が、私の汚らしさを象徴しているようだった。腐った臭い。べたつく感触。脱色されてふやけた何か。飛び散る飛沫は、咀嚼した頃のまま砕けた肉片。消化しきれない。取り込めない。受け入れられない存在。



「お、んおあっっぶ、っげえぇぇ゙ぇぇぇえぇ゙っ!げほっ、ぶぼごぉぉぉっ」



 本来上から下へ流れる道を、胃液にまみれた刺激物が逆流してくる。流し込まれたものを今度は全て仕返してやると言わんばかりの抗えない内圧。

 食道の内壁を逆撫でながら、私の正気を侵略してくる。いや、人を愛しながら突き放すことを快感するいまが、狂っているか。おまえが、おまえが正しい。だが。



(飲み込まなきゃ、飲み込まなきゃ、飲み込まなきゃ、のみこま)



 口を手で押さえ、逆流して溢れたした嘔吐物を口中で押さえ、それを再び飲み込もうとする。が、敵うはずもない。

 押し出される圧力に負け、爆ぜる吐瀉。口を押さえる手を押しのけ、指の隙間をすり抜けて、どろどろと生温かいものが吹き出していく。出て行く。逃げ出していく。

 便器に顔を突っ込んで、吐いても吐いても拒絶し逃げだそうとし続ける私を、私は為す術もなく吐き出し続ける。

 私が、私を御せなくて、なにが、なにが!



「げほっ!っ、っげ、がはっ……」



 もう胃の中に何もなくても、もう他に矛盾する何かを見いだせなくても、私の中は私を拒み続けている。何かを考えれば全てが胃をかき混ぜる。全てを、拒むつもりか。

 違う。私は、拒絶なんかしたくないのに。こうあればいい、これでいい、これ以上望んだりしない!なのに、なのに私は、それを許してくれないのか。

 受け入れ、飲み込まなければいけないのに。

 胃液だけが、絞り出されるように、垂れる。舌を引っこ抜いてしまいたいほどの逆流感。それでも胃と食道は収まらない。そんなに、そんなに絞ったって、本当に吐き出したいものは、胃の中になんか入っていないのに。



「はあっ、っう、っは」



 トイレの床にへたり込んだまま、動けなくなる。息が、荒れる。気分が乱れて、落ち着かない。制御できない。

 違う。吐き出したくなんかない。全部、全部受け入れなければ、いけない。慕い続けて、拒絶されて、交差しない快感を好く自分を、自分が嫌うなんて。

 焼けたような痛みが、喉と口の中に広がる。洗面所でうがいをして息を整えたとき、鏡に映る私の顔は、それは酷いものだった。



「そんなに嫌わなくたって、いいじゃない」



 自分のために抱き育て貫いてきた感情の揺籃に、牙を向いて拒絶される。ほかの誰に嫌われるも微塵さえ痛くないのに、自分だけは、私だけが、幽香だけ、どうして。

 鏡に映る、いつかの記憶よりも少し痩けた女に、懇願するように手を伸ばす。それは冷たくて、いつものように私を冷ややかに見ていた。















 騒霊楽団ライブfeat.LoRa。なんて銘打ったミニライブが開催される。

 この間の大地震は、博麗神社を倒壊させただけではなく、人里にも甚大な打撃を与えた。

 あれからしばらくも経ち、追悼と慰撫以外のエンターテインメントが人々に受け入れられるようになったこともあって、慰問、という名目をひっさげてそれは開催されようとしている。

 歌い手は、ミスティア・ローレライ。演奏は、プリズムリバー姉妹。タイトルに掲げられた「LoRa」とは、歌い手ミスティア・ローレライのことだ。プリズムリバー姉妹は彼女をいたく気に入っている。姉妹にとって、彼女はただの歌い手という以上に、何か特別な存在らしかった。確かに希有な存在ではあるが、その真意は私には知り得ない。



「御機嫌よう」

「こんにちはぁ」



 ステージを前にして、私は彼女と顔を合わせることになった。偶然を装いはしたが、実のところ、私は彼女に会いに来たのだった。

 リグル・ナイトバグが行方不明であることについては、誰もが知る事実だった。だが、誰も探そうとはしない。探そうとする者は既に消してあるし、何より、彼が虫という嫌われ者の王である事実が強く起因していた。

 虫達が暴れ出さないこと、季節にあわせてサイクルしていることなど、虫なりの秩序を乱さずにいるのは、行方不明ではあってもどこかで生きているという何よりの証拠であった。

 だから、誰も大事にはしない。誰も探さない。誰も惜しまない。彼がどこで何をしていようと、いや、もしかしたら虫達の混乱から彼の死や危機が伺い取れたとしても、助けに行く者はいないかもしれない。彼は、多くの者にとって、嫌われ者に違いなかった。

 誰も彼を捜そうとはしない。不審に思っても行動を起こさない。そもそも心配などしない。氷の精を瓦解させ、闇の魔物を小動物並の入れ物に押さえ込みんだ今、目の前にいるこの女を、除いては、誰も。



「久しいわね。いつ以来かしら」

「前の、間欠泉騒動以来でしょうか」

「元気そうね。いいことだわ」

「そういう風見さんは少し……痩せました?」

「あら、うれしいわね」

「あ、いえ」



 やつれた、のことだろう。自覚はある。

 表向きは、リグルとはあくまでもただの顔見知り。それは、目の前のミスティアと彼の間にかつてあった、周囲から苦笑いさえされるほどの仲の良さの記憶に後押しされて、概ね私の思うとおりに伝わっていた。

 誰も、私がリグルのことを好きだなんて、気づいていない。あれほどに冷たく当たっているのを、誰もが見ている。まして、監禁しているだなんて、誰も思わないだろう。それは、ミスティア・ローレライについても、そうだった。彼女もまた、私のこういには気づいていない。



「楽しみだわ、また騒霊とのセッションが聞けるなんて。」

「皮肉ですか?」

「とんでもない。この世界の音楽は、綺麗にあつらえられた音ばかりでいけない。美麗で、耽美で、でもおとなしくて力に欠けている。あなたのやるあんな音と、あんな声も、もっと認められるべきなのに。」



 恋敵、ではあるのだけれど、私は夜雀がときたま叫ぶ歌が、興味深かった。いや、歌そのものというよりは、そういう出力を厭わない姿勢、だろうか。

 やかましく汚いと嫌がられる、彼女と騒霊によるユニットの、風流と整合性、配慮に欠いた音楽性は、私の内面を引きずり出されるみたいで悔しくて、不快で、気分が悪くて、だからこそ向き合うに価値があった。

 静かに丁寧で繊細なものは、美しい。だけど、そんなものじゃ表現できない激情がある。熱がある。躍動がある。

 細部の描写ができず、整合性の取れないものは、ごまんとあるのに、認めない。おそらく、認めたくないのだろう、そういう瓦礫に鏡像として映る、自分の中の汚さが。

 自覚なき死のゆらめき、絶えぬ月影のささめき、明鏡止水のはくあい、友との転生のやくそく。

 対し。

 天地を分かつかいびゃく、焼き尽くすげきじょう、吼え猛るじゅうせい、紫電一閃のろうごく。

 そういう捉え処のない暴れ回るようなモノを積極的に描いているのは、彼女の壊れたシャウトと、騒霊達の狂ったサウンドの方だった。

 私の抱えている歪な感情。逆立ち、私自身にさえ牙を剥きかねないそれを、彼女の歌がこそずるりと引き抜き見せつけてくるようで。見つめ、受け入れ、受け入れねばならない、針山の感情。諸刃の想い。それと向き合わせてくれる、ヘビーで鋭利な音楽。体中にぶつかってくる音波が、私を打ちのめそうとしているように感じられて、気持ちよくて身が震えるのだ。好敵手と対峙するときのような、心地の良い負の感情。

 もっとも、この世界の住人には、そういう「雑音」は、お気に召さぬようだけれど。

 忘れ去られて流れ着いた、そんな存在ばかりが方を寄せ合う世界だからだろうか、その拒絶は、人を喰わぬ妖怪達に瀰漫する平和ぼけした宗教心と、似ている気がした。



「これでも本当に楽しみにしているのよ。初めて見たときは、普段の姿と割烹着姿のあなたしか知らなかったものだから、本当に驚いたけれど。」

「あの、あれは……。でも、好きなんですよね、ああいうステージ衣装。でも、似合わないですよね」

「そう?でも、どちらでもいいんじゃないかしら。似合うかどうかは二の次でいい。ステージでは、あなたの行為すべてが『表現』になるのだから。衣装もメイクも、曲も歌詞も、歌声と同様アウトプットであり、パフォーマンスであり、あなたなのよ。」

「そういっていただけると、嬉しいです」



 まったく、この弱々しく華奢な小鳥が、ひとたび舞台に上がれば、あんな図太い音楽を乗りこなすのだから、小気味の良さは否定できなかった。

 そして、そういう私から彼女への本物の興味は、リグルの件について隠し仰せるに都合のよい蓑だった。

 だが。

 何故私はこうしてわざわざこの女の前に赴いたのだろう。巨大に膨れ上がった感情に火を付けないように覆い隠して、こんな些細な好意を伝えるためか?

 違う。私は。

 激情。

 彼を求める、荒々しく制御不能で矛盾に満ちた感情。それを確かめたかったのだ。

 彼女を殺してしまったのなら、それも一興。そうでなければ自分の丈を測る物差しとなろう。彼女の歌にみる自分の内面もまた、一つの義務感のように思える。

 恋敵でありながら自分の鏡。この女とは、向き合わなければならない。そうと、悟られないままに。



「こんなことを言うのも、変なんですが」



 私が真意を花びらに覆い隠していると、ミスティアは控えめな様子で声をかけてきた。



「珍しい、と、思うんです。私の歌が好きだなんて」

「嫌いよ」



 私は間髪入れずに答えた。好きだなんて、一言だって口にしていない。それににたような感情を抱いているのは間違いがないが、それは想像されている好意とは遠くかけ離れたもの。歪んでいるかも、しれなかった。



「あ、そ、そうですよね。ごめんなさい」



 凍り付くミスティア。さすがにこうまで言ってから嫌いと切り捨てるのは酷だっただろうか。だが、好きだなどと、安易に表現する気にはならなかった。



「嫌いだからこそ、向き合う価値があるのよ。『好き』の世界にまみれて自己満足の内に瞳を濁らせれば、歩みは止まる。歩いているようで、泥濘の中で無駄に足踏みしているだけ。」

「は、はあ」



 言っても、無駄だっただろうか。ただの「嫌悪感」として伝わっただろうか。それならば仕方がないし、彼女に対する悪い感情は、ある側面において紛れもないでもある。



「りっく……リグルが、いつもあなたの話をするんです。凄く嫌われてるって。でも、きっと違うんですよね?おっしゃりたいのは、そういう、ことなんでしょうか」



 ふうん、そういう風に、言っていたか。



「彼がどう思っているかなんて、関係ないわ。あなたのものなんでしょう?」

「……どうでしょうか」



 彼女の表情が、自嘲にかげる。

 何を。あれだけべったりくっついていて、今だってリグルは檻の中で彼女のことを思っているに違いない。彼女も、そうだろう。

 彼女は私に背を向けて、少しばかり空を仰ぐようにして呟いた。



「好きって、遠い感情ですよね。なんか、得体が知れない」



 表情は知れないが、この女から、そんな言葉が飛び出すとは思いもしなかった。



「彼のことが好きなんじゃ、ないの?」

「好きです」



 ふわり、振り向いて言うその口調は物憂げに仄暗い。



「だったら」

「だから、もう、終わりかなって」



 この女、なに、を見ている、?。



「好き、って伝えたら、相手の好きなとこも嫌いなとこも、全部好きになって受け入れないと駄目なじゃないですか。」

「そういう部分も、あるでしょうね」

「それって、凄い、なんて言うか、逃げみたい。」

「逃げ?」

「相手との関係において、それと、何より自分からの、逃げ。」

「それって、立ち向かわなければ、出来ないことじゃないの?」

「嫌いにかまけて見ないよりは、マシですが」



 まっすぐにこちらを見ていうその言葉は、歌ではないのに、人を殺すような呪いにまみれている。恨み辛みの呪いではない。直視すれば、あらゆる世界を信じられなくなる、精神毒性。これは、彼女が歌を歌うときの、顔だ。



「あばたもえくぼ、なんて、そんなの勝手に押しつけないで、って思うんです。嫌いになるのに理由はあっても好きになるのに理由はない?そんなのただのご都合主義。好きって言ってれば気持ちいいんだわ、あいつら。でも、それって、ものすごい目眩。好きって言葉の宗教が、道徳観にくるんで色んなものを見失わせてる。私、りっくんのこと、大好きだけど、同じくらい嫌いになりたいんです。そうでないと、なんか、そこで止まっちゃいそうで。でも、なれないんですよね。どうしても、好きで」

「相手に伝えて共有ようとした瞬間、腐る」



 私が一言口を挟むと、はっ、とした顔でこちらを見る。



「そう、そんな気がして。そうなっちゃうと、行き止まりになりませんか?」



 私は言葉を返さずに緩い肯定を示す。少し違う、が、大体同じか。でも、微細の差違を説明するのが面倒で、強く頷きはしなかった。

 でも。いいわ、楽しい。この女の、この豹変振りが、私には興味深かった。これこそが、彼女の音楽性だろうか。

 彼女も、こんな見てくれでも妖怪、いい毒だ。この毒が、彼女の死歌の源泉か。



「好きって、すごく、免疫不全症候群。」



 私が、その様子を聞いていると、は、と気付いたように言葉を止めて、ごめんなさい私ばっかり、と顔を真っ赤にしてうつむいた。

 私は話を逸らすように、しかし核心を紐解く一端を敢えて目の前にひらつかせてやった。



「そういえば彼、最近見ないわね」

「ええ、でもまあ、よくあることなんです、時々ふらっといなくなって、またひょっこり帰ってくること。外の世界で絶滅した虫とか、それに関わることを”報せ”で感じて、迎えに行くらしいんです。一言言ってくれればいいのに」



 そういう彼女の表情は、まさしく愛おしい者を想うときの表情で。夫の帰りをいじらしく待つ妻のようだ。でも、きっと彼女の好きと私の好きは一致しない。だから、それを羨ましいなどとは、思わない。まあ、彼女の様子を見るにつけ殺してしまいたくはなるけれど。



「腐っても王、ねえ。あんなよわっちいのに。それにしてもずいぶんと見かけないじゃない。案外もう誰かに殺されてしまっているかも?」



 私が必要もないヒントを出すと、だが、彼女は表情一つ乱さずに、口を開いた。



「りっくんは、強いですよ。きっと、誰にも負けない」



 意外な答えが返ってきた。

 そんなこと、わかってるわよ。

 ざくり、と何かが刺さる。



「って、風見さんみたいな方に言うのもおかしいですよね」

「そうね。ちゃんちゃらおかしいわ。あんな虫と、比較させる方が腹立たしい」



 私が言うと、少し困ったように笑う。何よ、言いたいことがあるなら仰いなさいな、と言うと、言いづらそうながらも、彼女は言葉を続けた。



「りっくんは、風見さん、あなたにも、きっと負けない。」



 冗談めかした言葉、には聞こえないそれを、不適な表情でも、不遜な表情でも、ない表情で。それは、言葉に似合わない穏やかさ。

 信じているんだな、そういう彼を。

 わかってる、リグルが誰にも負けないなんてそんなこと、痛いくらいわかっているわ。



「あの虫けらが、私に勝てるとでも?」



 感情を抑え込むなんて真似、滅多にしないのに。殺してその事実を土に埋めてしまいたいほどに図星。



「勝てないと思います。でも」

「もういいわ」



 もう、たくさんだ。

 でも、思ったほどに後味は悪くない。私は、こういう話をしに、彼女の前に来たのだ。



「あなたが『りっくん』にぞっこんなのはわかった」

「……すみません」



 あいつが決して折れないこと。それは私が一番よくわかっているつもりだった。

 だからこそ彼が、好きなのだ。

 今の私がそれで全てである以上、今の私は、それが、全て。



「時間」

「えっ?」

「そろそろ準備しなくても?」



 あっ、と声を上げて、ミスティアは跳ね上がった。



「すみません、なんか、私ばっかり話しちゃって。」

「いいえ。とても」



 そうね、なんて言えばいい。

 適切な言葉が見つからない。



「とても、おもしろかったわ」



 他に何とも言いようがなかった。



「あの」

「なに?」

「風見さん、音楽とか、興味ないです?」

「なかったらあなたの歌なんか聞きにこないわよ」



 意地悪く言うと、はにかんだような表情で、あ、そ、そうですよね、と笑う。



「風見さんも何か、やりませんか?なんか、きっとこう言うの、好きになってもらえると思うんです。演奏でも、歌でも。あ、風見さんの声ならボーカル映えそう。でもベースも恰好良さそう」



 適当なことを言って、この女。

 悪い気はしなかった。



「……考えておくわ」

「ぜひ!じゃあ、ステージ、楽しんでください!」

「下手なもの見せたら、今の話はなしよ」



 てきびしいなあ。彼女は苦笑いして準備に消えた。















 彼女のリサイタルは、期待に応える出来だった。

 あのおとなしい普段から豹変したスタイルと歌唱は、昔古くさい「ローレライの魔」からの脱却、力の昇華のようでもある。

 リグルとくっついてからだろうか、こんな歌を歌うようになったのは。彼の存在が、彼女を変えたのだろうか。

 「死ね」「敵だ」「うるさい」の引きずり込む魔力は、リグルと出会い、プリズムリバーと一緒にプレイするようになってからは、「聞いて」「だって」「わかって」「どうして」のメッセージに変わっていた。

 深める方ではなく、伝える方に、変わったのね。

 私とは、相対する感情の扱い方だった。

 私は、伝えることを拒絶した。そうすることで、自分の感情は偽物になる。どう私が言葉を尽くして行為を尽くして感情を精密に出力しても、それを受け取った相手の中で再生されるのは、偽物。私の感情のコピー。

 仮に寸分違いのない複製が出来るのならまだいい。絶対に劣化コピーになるのだ。それでわかったつもりになっていざ符合するとエラー。だから私は伝えない。

 さっき話した限り、彼女は彼女で似たような抑圧を感じているらしかった。

 だが、それでもあんな風に、歌うか。

 伝えたいと、変わったか。

 それが、リグルと繋がったやり方の、正解か。

 勝者と敗者の差か。

 認めたくない。

 いいえ、あの二人は、いずれ、崩れる。絶対に、絶対に、わかりあえずに。違いに求める気持ちが深いほど、そのパリティエラーは許容量を縮め、わずかな差違で致命なはずだ。

 私のやり方は、間違っている。だが、伝えたいとあがくことは、感情から見て、もっと間違っている。

 まだ、あいつ等の結果が、でてないだけだ。



 ――必死に、自分に言い聞かせていた――



 目を背けるべき事実。それを解剖して適切に自分を説得するための材料収集。

 ミスティアの歌を聴きにきた、元々の理由は、それだったはず。だが、話してみて見えたのは想像を超えた深み。

 どうしてか、今の彼女の方が、魅力的に見える。

 私とは、相容れないのに。

 そう、この興味か。



「やっぱり、あの女もあの歌も、嫌いだわ。」















 彼の目が、私を見ている。



「何?私のことが憎いかしら?」



 虚ろなのに強い視線。磨耗したガラスのよう。

 彼は何も言わず、私に抱き付かれるがままにされている。ひんやりと冷たくてきめの細かい肌が、どこまでも許容しながら最後の一歩をどうしても拒絶する様を、私に見せ付けているようでもあった。



「いくら憎まれても構わないわ。いくらそんな目で見ても、哀れみの気持ちなんて、良心の呵責なんて、これっぽっちも生まれないわ。あんたは、私のおもちゃなのだから」



 そう、構わない。その目に、永遠に心が篭っていなくても。いいえ、そのほうが都合がいいわ。

 私の気持ちは、私だけのものだ。私の気持ちにあんたの感情が介在するなんて、生意気だもの。リグルが誰を好きだとか、私を好きだとか嫌いだとか、そんなのは関係がない。どこまでも関係がない。

 私がリグルを好きなこの気持ちは、私だけのもの。他の何者の干渉も受けない。絶対に純粋な、揺らがないパーマネント。



「あんたは私が満足するまで、ずっと、ずっと、ずっと私を満足させるためにいればいいの。あんたがくだらない、弱くて、情けなくて、不甲斐なくて、無価値で、何者の尊敬も集めず、信仰も、畏れも、関心も得られない、虫けらでいればいるほど、私は気持ちがいいわ。クズ。」



 私から逃げる者をこうして繋ぎとめておく方が簡単だもの。擦り寄ってくる相手との距離を測るなんて、無理。私の距離感を無視して近寄ってくるやつなんて、真っ平だわ。 好いてくる奴は鬱陶しい。嫌われている方が好き。

 リグル、もっと、私を嫌えばいい。誰からも嫌われるあんたに、嫌われる私がこの上なく快感なの。



「ほら、ねえ?もっと足掻いてみなさいよ。ここから出たいでしょう?あの娘に会いたいのでしょう?だったら努力してみなさいよ。できないの?もう諦めたの?情けないわね、ほんっと、情けない男!」



 彼の前髪を掴んで上を向かせる。ぶちぶちと髪の毛の何本かがちぎれる感触が伝わってきた。座ったまま私を見上げる、突き刺さる無色透明プラスチックの視線にぞくぞく感じながら、それを再び押し倒す。がつん、と床の固さに高等部をぶつける音が聞こえたが、構わずに今度は彼の両手をまとめて掴んで上に上げさせる。右腕で両の手を上げさせられたリグルの姿は、まさに拷問にあう姿、虫ピンで生きたまま標本に留められた姿のようで、愛おしさがこみ上げてくる。

 空いたほうの手で彼の頬を掴んで頭を固定し、そのまま額を撫でてから、人差し指と親指で彼の上瞼と下瞼を軽く押える。目を開けて色というメッセージを悟ったらしい彼は、私が指を瞼から離して頬に手を添えて撫でている間も素早く瞬きをする以外ずっと見開いていた。

 見開かれた瞼の奥に、濡れて煌く球面と、そこに描かれる白黒のコントラスト、中間色の濃緑。それを覗き込むように顔を近づける。流石に驚いたのか、その瞳は何かから逃げるように左右に細かく揺れた。くりくりと動く瞳の様子が、堪らなくかわいい。私は上瞼の二重のラインをなぞる様に、舌を這わせた。



「……」



 何も言わない彼は、ただ、私にされるがまま、両手を上に押えられている。抵抗はしない。

 左目の上瞼を舌で舐め、男の癖に長いまつげを唇で食んで引っ張る。彼は少しだけ顔をそらした。



「動くと、間違って目玉を潰してしまうかも」



 顔と顔がくっついた距離でようやく聞こえるような掠れた声でそういうと、首が据わった。

 この目が、瞳が、私を捕まえて離さない。蔑んだ様な瞳に、私は絡めとられて、それがこそ愛おしく感じていた。

 欲しい。どきどきする。ぞくぞくする。彼の瞼を周回するように舌を這わせて。唾液を塗りこめる。唾液をどろどろと垂らすと、瞼がぴくぴく瞬いて閉じようとする。



「開けていなさい」



 私が言うと、ゆっくりと目を開ける。涙を流すように、目尻から私の唾液を流していた。てらてらとぬめりの強い光が瞳をコーティングして、潤んでいるみたいで、綺麗。磨り硝子の濁り、それが、私から身を守る最後の鎧なのだ。そう思うと、それが堪まらなくかわいい。



「かわい」

「っひ……」



 舌を伸ばして、その瞳の中心を、舐める。彼は忠実に瞼を開けたままそれを受け止めたが、声が漏れるのを止めることはできなかった。

 弾力の強い、柔らか味を持ったガラス球を、舌の先に唾液を補充しながら、舐め回す。涙の塩味も、アクセント。



「っ、く、あ」



 リグルが苦しそうに声を上げる。押さえつけていた両手を離すと、彼は耐えるように床に爪を立てはじめた。カリカリと床を引っかく音が聞こえる。それと対照するように、足もぴんと伸ばしたまま力んでいる。

 手を解き放たれても、私を弾き飛ばしたり、しないのね。本当に情けない男。

 目玉の表面を舐められる感触に、息を殺して耐えるリグル。かわいい、かわいい、かわいい。

 瞼を閉じられない以上、瞳から入力される画像情報は、強制だ。そこを舌で直に舐ることは、すなわち、私の舌が彼自身を嘗め回すその光景を強制的に脳みそに叩き込むこと。それに、人に触れられるわけではないどころか、瞼以外にそこに触れるものがほとんどない新雪のようなその曲面を無理やりに「私」の感触で染め上げるのも、堪らない快感だった。

 彼は息を殺してそれに耐え、身悶えている。私が瞳の頂点に舌を当て、その山頂を下るように撫でると、呻きを殺したような息遣いが私の首元にかかってくる。二つの異なるアーチを描く曲面が出会う円形のコースをゆっくりと円を描いて舐めると、彼はついに声を上げた。



「や、だ、そんな」



 苦痛を滲ませた声。でも、それが。



「黙りなさい」



 彼の嫌がる声が、下半身にざくざく刺さってくる。化学反応を起こしたように火照るあそこを持余しながら、上がりそうな息を押さえつけて、リグルの眼球を舐め続ける。

 下瞼の中に潜り込ませるように舌を押し入れて、肉と眼球の間の圧迫感を舌で楽しみながら、溢れる涙と唾液の混合液を掬いだして瞳の中心に被せる。隙間を舌でこそぐ度に、彼の体が不快感と違和感と痛みに悶えている。白目の部分を舐めると、血管の感触が舌先から伝わってくる。彼が眼球を動かすとその動きも感じられた。

 角膜表面に、瞼の奥の粘膜に、私の唾液を染み込ませて行く。口に溢れる唾液を止めることなく眼孔へ流し込む。唇に当たる睫のこそばゆさも、首元にそよぐ彼の荒い息も、耳に入り込んでくる彼の苦悶の声も、そして舌先から伝わってくる彼の眼球の柔らかさ、ぬめり、そこが直に見られていると言う露出自覚も、一つ一つがデイジーチェーンで繋がっていく。ターミネータは私。

 そして何より、そんなことをされてまったく身動きを取れない情けない男、リグル。全て、全てが快感だった。



「ああ、ああっ、腑抜け男っ、かわいいわ、かわいいわ、リグル」



 こんな男の世話なんかしない。頼られたって支援しない。助けを求められても蹴落とすだろう。でもそんな惨めな男だから、リグルが好きだった。私を嫌って恨んで憎んで、もっともっとあの女のことを恋焦がれればいい。



「りぐ、ぅ……」



眼球舐めに没頭してしまう。それが過敏な場所であることを忘れて、潜り込めそうなところにぐいぐい舌を押し込んでしまう。



「あ、っぐ、いた、い!」



 可愛い。本当に。

 上半身の体重を手で押さえるのをやめ、彼の胸の上にもたれる。舌を突き出すようにして見開かれた眼球を嘗め回した。手が離れたのに気づいて目を閉じようとすると、舌を強く突き入れて抉じ開ける。徐々に抵抗は薄まり、やがて再び最小限の瞬き以外はしないまま目を開けているようになる。



「ぁむ……れろ、……おいしい、わ、リグルの、めぇ……んっ」



 彼が苦しげなの表情をあげたて身悶えるのを見ていると、股間に伸ばした手が我慢できない。スカートを脱ぎ捨ててショーツの上から淫裂をなぞると、そこはすでにぐっしょりと濡れていた。



「っく、ぁ、ひ」



 声を殺している。

 目玉を舐められるのは、初めて?そう胸の中で呟きながら、彼の様子を楽しむ。

 私は両手の指を使って、あそこを掻き回していた。彼が苦痛の吐息を漏らす度、その音は私の耳を通って背筋を駆け巡り、腰の辺りで熱を帯びた後に、愛液に化けて溢れ出してくる。

 右手の人差し指と中指でクリトリスを挟んだり摘んだりして刺激する。その動きを真似るように、舌で彼の目玉を撫で回した。

 左手の中指と薬指を膣の中に差し入れ、浅い所で曲げて自ら弱いところを擦りあげる。その動きを真似るように、舌で彼の眼孔を抉り回した。



「はぁっ、リグル、リグル、リグルっ」



 息が、上がる。

 彼の上げる息は苦痛のもので、私の漏らす息は快楽のもの。その二者の交わらない関係が、私を更にに昂ぶらせた。



「こっちの目も、」



 私自身が芋虫になってしまったように這いずって、もう片方の目に下が届くように移動する。口を離してみると、舐めていたほうの目は真っ赤になっていた。私の唾液によって妖怪としての本性が顔を出し、黒目の部分に複眼のセル分割が起こってきている。白目にも新生血管が張り巡らされて、複眼化が起ころうとしていた。

 そうして彼を裸にすることに快感を覚えながら、もう片方の目に、舌を伸ばす。



「好きよ、リグル。大好き。あなたが私を嫌うことが、私の生き甲斐。っ、リグル、リグルっ、……!」



 腰が、笑い始める。立っていた膝も砕けてがくがくと震えていた。たまらない。リグルに触れているだけで、こんなにも、女。雌。どろどろ。

 すごくみったくない格好で、まんこを弄り回している。這いずって、両手を股間に潜り込ませて、男の顔を嘗め回しているのだ。男は私のことを嫌っていて、それなのにされるがままになっている。私のおもちゃ。こんな風に淫らでだらしない女に対して、拳一つ上げられない、哀れな男。情けない男。

 ぞくぞくした。

 彼を服従させていることが。

 取るにも足らない存在に、自分が完全に振り回されていることが。

 そんな相手に無様な格好で自慰をしている自分の矮小さが。

 ぞくぞくした。



「ああ、っ、ん、すごい、わ。わかる?こんなに、濡れてるの。あんたの目玉を舐めて、あんたが嫌がっているのを見て、私、こんなに濡れているの」



 右手の人差し指に愛液をすくって口に啜り、唾液ごと彼の眼孔に流し込んでやる。



「見えるでしょう?私の、エクスタシー、見えるでしょう?」



 何度かそれを繰り返していたが、まどろっこしくなって、愛液でふやけた指で、直接彼の眼球に触れる。

 身震いしたり、反射的に瞼を閉じようとするその様子が、私の股間を余計に熱くする。



「抑圧されて表面化できない憎悪と恐怖に濁ったその瞳、たまらない。リグル、好きよ、好きよ、好きよ」



 彼の頭を抱えるようにして唇を瞼に押し付け、もう片方の目に愛液まみれの指を押し込む。

 時折跳ねる彼の背筋は恐怖と反射と苦痛によってで、時折漏れる彼の嗚咽は憎悪と嫌悪と不快によるもので、それが欲しくて私は何度でも眼球愛撫を繰り返し、そうして漏れ出る彼の反応で、感じまくっていた。

 沢山、沢山唾液を流し込んだ。

 沢山、沢山愛液を流し込んだ。

 彼の視界が溺れるくらい。

 彼の眼球が溢れるくらい。



「リグルの目の中、すっかり私。あはっ。どう?どう?女が精液を中出しされるのってこういう侵襲なの。この犯されている感覚。染め上げられる感覚。不可逆で不快で侵略的で、すごく快感でしょう?」

「う、あ……」

「あんたは、違うか。男じゃわからないわよね。でも、それでいい。わからなくていい。嫌いでしょう?痛いのは、気持ちが悪いのは、恨めしいのは、抵抗できないのは、私に傍にいられることが。嫌いでしょう?ねえ、嫌いでしょう?」



 私がそう、性感のままに言葉を漏らすと、急に彼の手が、私の腕を掴んだ。



「っ!?」

「そんなに、言って欲しいのなら、言ってあげます」



 彼の目が、今まで舐め回していた彼の目が、完全に複眼化する。妖怪としての本性が、でも、殺気をまとわぬ妖しい気配を逆巻いて、渦巻いて、一帯にたちこめていた。

 私はぞくりと悪寒に襲われて、彼の手を振り払えないまま、その目を直視して。

 その言葉を、聞いてしまった。















 嫌い?

 あの目の豹変は、何だ。

 嫌い?

 瞬膜のように瞳を覆っていたあの濁りの奥に、姿を現したあの目は、何だ。

 嫌い?

 その瞳に宿る感情は、何だ。

 嫌い?

 その言葉の、真意は、何だ。

 嫌い?

 剥けた視線に絡み付いてきたのは、覆い隠した言葉。だが、その翻訳は、容易に読みとれた。

 嘘を吐け。

 嘘を、吐け!

 やめて。それ以上したら、あんたが隠していた感情を、私は受け取ってしまう。



「やめなさい、」

「嫌いです。あなたみたいな、身勝手な人」



 なんで、何で出力した!?

 その「嫌い」は、私が求めているものではない!

 黙っていて、その感情を、かくして出力なんて、しないで!



「僕は、幽香さんを」

「その目を、やめなさい!潰されたいの!?殺されたいの!?ねえ!」

「あなたが嫌いです。」



 黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れだまれ!



「私を嫌えと、言ったじゃないですか」

「うるさい!それじゃ、ない!!!」

「嫌いです。もう、我慢できない」

「だまりなさい!!クソ虫!本当に、本当に殺すわよ!?」



 腕を掴んで、肩から先を、引きちぎる。ぶつぶつと繊維がちぎれる感触、骨が外れて鈍い音。それでも、彼の視線が揺らぐことはない。ぶち、ぶち、血が?体液が?噴出す。その青色。青。血じゃない。青色は、私が拒絶したそれと同じ、感情が密かに解き放たれて、言葉が嘘。やめろ、それをそれを出力するな!伝えるな、こっちに出力するな!その言葉は、その気持ちは、私が欲しくないものだ!!



「力じゃ、解決できない。人の気持ちを曲げることなんて」

「黙れ!!嫌いって、嫌いって言わないで!!!!!!」



 彼は、まるで大樹のように動かない。堂々たる佇まいには、王然としたものさえ感じる。



「嫌いなものは、嫌いです。」

「だまれッ!!!あんた如きが、私を嫌いだなんて……っ!」

「何度でも、言ってあげます。嫌いだ。」



 彼の言葉が、命名決闘法にまつろわぬ弾幕になって、突き刺さってくる。

 耳を塞いで回避しようにも、その目が。複眼となって私を無数の目で見ている。一つ一つの個眼からぬるりと瞬膜のようなものが捲り取られて、一つ一つの奥にある眼点がぎろりと一斉ににこちら見据える。

 その奥から”それ”が降り注いでくる。ガチガチと顎を鳴らす、そのマントの奥でうぞうぞと無数の虫が蠢く羽ばたく足掻く、音が、耳を押さえる手の、指の隙間から入り込んでくる。



「嫌いだ」



 聴覚が、



 ――嫌いだ――



 視覚が、



 (  だ)



 私の中で再生される。

 ――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――好き――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――リフレイン――嫌い――







 防御できない。漏れて来る。その大量が、一つ、漏れて来ている!



「やめて!それを、今すぐに」

「幽香さんが、 いだ」

「やめなさい!!!!」

「ボクは、幽香さんが、嫌 だ」

「黙れ、っ」

「風見幽香が、大  だ」

「黙れ、!だまれ、ダマレ黙れ、だまれ!」

「世界で一番、あなたが、  です」



 掴み掛かって、もう片方の腕を引きちぎる。複眼の表面に爪を立てて、それを撫で潰す。フックを見舞って顎を砕き、舌を引きちぎって投げ捨てた。

 それでも、彼は動かない。仁王立ちのまま死んだわけでは、ない。彼の心拍に合わせて各損傷箇所から体液が噴出している。その勢いは体積以上のもので、内部ですでに強い再生が起きていることを示唆している。

 胸に手刀をつき立てて肋骨を左右に砕き開いてやろうと思ったが、それはかなわなかった。



「やめて」



 私の方が、もう、満身創痍だったのだ。



「もう、やめて」



 手刀のために引いた肘のまま、膝を折る。

 血溜まりに膝を突いて脱力すれば、もう、崩れるに任せるしかなかった。体が言うことを聞かない。失望と、敗北感が、あまりに強すぎて。蹲って動けない。



「おねがい」



 声を出すことさえ、かなわない。息を無理に引き伸ばして細く細く弱くなったような声だけが、ようやく漏れる。

 リグルの腕は再生を始めていた。再生力の強い彼にとって、予め千切りますと断ってからのたった一度の四肢切断など、大した損傷ではない。

 彼は、最初に私に向けてその瞬膜を取り払った剥き出しの眼を向けたそのときの姿勢のまま、床に蹲っている私を黙って見下ろしている。私の足元には彼の流した体液が、荒涼と溜まりをひろげていた。その色は、赤。どこを見渡しても、赤だった。青色なんて、一滴もなかった。

 胸の中にぐねぐねと密度の高い糸状のものがとぐろを巻いて暴れている。それは太くなったり細くなったりして脈打っているが、太くなったときの圧力が、胸を破裂させそうなくらいに強い。内圧を制御できない。それが口から出てくるのか、目から出てくるのか。

 どちらにせよ、押さえ込まなければならない。飲み込まなければならない。受け入れなければならない。赤色も青色も、どうでもいい。さっき見えた青が幻だったとしても、私は、それを。



「おねがい、もう二度と、私のことを、  と、言わないで」



 その言葉と一緒に、何か別のものを吐き出しそうだったが、辛うじて抑え込む。蹲ったままの私をどう思ったのか、私にはわからない。言葉通りに捉えてくれるなら、それはそれでいい。

 彼は黙って踵を返していた。口を押さえたまま地面に近い位置で視線を上げると、再生に不要な損傷部分がぼとぼとと本体を離れて落下して、血溜まりに波紋を落としている。滴る様はまるで。

 私は蹲る姿勢から、倒れこむようにぐしゃりと血溜まりに崩れ落ちた。彼の足ももう見えない。彼がこの部屋から出ることはかなわないが、それでも私の見上げたS(i/e)かいの中には、彼はもういなかった。

 舌を出して、赤い水溜りの水面をすくってみる。それは、目玉を舐めたときと同じ味がして。



「みとめ、ない、みとめないわ」



 まるで、それは、

 いや、青くなんて、ない。認めない、その可能性を。















 もう、だめだ。

 何がだめなのか、自分でもわからなかった。だめな要素が多すぎて、整理がつかない。混じり合わないウェットインウェット。色合いを溶け合わせずに、でももはや分離も叶わない鈍い色彩が、私の感覚を惑わせ続けていた。

 敗北感なら、もう痛いほどだったはずだ。なのに、刃の鈍った剣で滅多刺しにされたような痛みと苦しみは、今、余りにも鮮やいでいる。

 苦しい。苦しい。悔しい。苦しい。悲しい。血が出ていないのが不思議なくらいだ。ワイヤーできつく絞められた心臓が脈打とうとしている。そのたびに口から吐き出しそうになるのは、やり場のない感情の、嗚咽だった。

 花のように、私はどうしてなれないだろう。美しさを誇りながらもじっと待ち、静かに実を結ぶ花のように、私はどうしてなれない。……いや、なれるつもりだった。確かに、なれるつもりだった。彼に会うまでは。

 でも、もう、だめだ。



「こんなことなら、館に引きこもって寝ていた方が、幸せだったのかもね」



 鮮烈に朱に染まる空は、体の代わりに溢れる血のようで激しく、まぶしく、痛い。揺らぐような様がもの悲しくて、消え入る様が寂しくて、最期燃え上がる炎のようで、哀れだった。



「外にでた時点で、何かが変わっていた。でも、ヘタクソなのね」



 もう、だめだ。だめなんだ。

 毎晩見せつけられた、あの瞳。揺るぎない彼女の信頼。私のやり方は、間違っていた。間違い。そんなことは、最初からわかっていたはずなのに。あんなやり方が、実を結ぶなんてこと、ないって。

 彼に吐き出された「  」の言葉。その言葉の意味さえ追いきれない。どちらの意味であったとしても、それは鋭い。まさに諸刃だった。

 私はポケットから、木で出来た鍵を取り出す。茨の檻を成す結界核の媒体。それを夕日に透かしてみたり、掌でで転がしたり。このちっぽけな木片が、ここ数ヶ月の私の全てだった。傘を手放してもこの鍵だけは誰にも見せなかった。人を換金していたという事実が明るみに出る立場上のものを危惧してのことではない。この鍵が、私の恥部、全裸にも勝る剥き出しだったようにも思えて。でも。



「幕引きね」



 それを夕日の方、空高く放り投げた。宙に舞う木片を見据えて、傘を開く。



「とっととどっかに、行ってしまいなさい!!!!」



 その小さな木片を焼くには余りにもあんまりなオーバーキル。いいえ、全然足りない。何百回、何千回、何万回焼いたって、足らない。

 空を裂くなんてもんじゃなかった。久しぶりに無制御でぶっ放した魔砲は空を埋め尽くしている。掌の上にも乗るちっぽけな木の鍵を、それでも足らないと、思った。

 無反動オプションをつけずに全力メイザーなんて、何百年か振りのそれを放ってしまった。何十メートルも後ろに押し下げられる。地表を抉るように二本の筋が引かれて、それはやがて一本に。私自身が反動に耐えきれずにひっくり返ってしまったのだ。軸を失った魔光は夕日に白くうっすら見える月を掠めた。

 地上から月への挑発行為として、月地問題に発展するかもしれない。だが、そんなこと、どうでもよかった。

 どうでも、よかった。

 メイザーに全妖力を注いでしまい、体に力が入らない。起きあがることも出来ない。



「……あー。脚、いったかも」



 ちらりと下半身をみたら、膝が前に曲がっている嫌な光景が目に入った。妖力が残っていればすぐにでも再生するのに、今はそれも叶わない。途方もない痛みが、遅れて下半身から脳へ上ってきた。



「いった……ぁ」



 抉れた地面の土に、半ば埋もれるみたいに空を見る。体が動かなくて、空以外見れない。

 木鍵は跡形もなく消え去った。分子レベルに分解されて、炭素とか何とかになってその辺に漂っているんだろう。どちらにせよ、もう魔力媒体としてのキャパシティはない。あの地下の茨の檻も、その支えを失って枯れて朽ちていることだろう。

 もう、リグルを繋ぎ止める鎖は、ない。どこへなりとも、行ってしまえ。どこに行くかなんて、知れたことだけれど。



「は、はははっ、あははははははは!バカみたい!バカよバカ!世界一の、大バカだわ!あっははははっはは!……くそ虫」



 夕日の空が揺らいでいる。水面に映るそれみたいに、ふるふると。これは、この痛みは、脚の痛みだ。そう、脚の。バカな自分を哀れんで、自分で泣くなんてはず、ない。ないんだ。

 頬を伝って口に入り込んでくるそれは、彼の下に跪いて舐めたそれと、同じ味がした。

 伝えようとした私が、馬鹿だったのだ。

 欲張った。出力さえ、私にはおこがましかったのだ。















 それでも花粉のひとかけらほど位になら、期待していた。彼が恐怖によって、私のものになっているという、淡い淡い期待。だが、勿論そうはなるまい。そんなに弱い男なら、惚れなかった。

 そんな小さい薄いものを裏切られたところで、別に何も感じない。期待とは別に、うざったい理性が、それを否定するのだから。



「りっくん、おかえり」



 リグルを迎えたミスティアは、どこに行っていたのとか、心配したんだからとか、そういう開口一番でてきそうな言葉を一つも言わなかった。

 全てを悟っているのか、完全な信頼の下なのか、腐りきった私にはわからない。



「ただいま、ローリー」



 もう何ヶ月も音信不通だった恋人を久しぶりに迎え、迎えられ、二人の間には感激とも安堵とも違う、穏やかな空気が流れていた。

 お互いの手を握りしめて、その温もりを確かめ合うみたいに。探していたものをようやく見つけた、でも、失われてはいないと信じていた、その中間みたいな穏やかなものだった。



「どこで、彼を」



 ミスティアが、視線をくれぬまま、私に問うて来た。

 だが、私がそれに答えあぐねている内に、リグルが滑り込むように、答える。



「ちょっと西の方に新しく幻想入りしてきた虫のリーダーがいて、話し合っていたんだ。頑固な人で、手こずっちゃった。幽香さんには、それを手伝って貰って」



 植物の魅力は、虫にとっては無視できませんからね。とこちらに相槌を求める。

 私を、どこまでも追いつめるか。そんなフォローを当人からされてしまえば、何一つ口を挟めなくなる。

 二度と私たちの間に首を突っ込むな、そう言外に言われているようだった。

 ええ、と答えると、ふうん、と、ミスティアの方も疑うそぶりはない。弱小妖怪達が往々にして持ち合わせる、そんな子供のような素直さが、私には目も眩むようで。

 りっくん。ローリー。お互いに名前を呼び合ってゆったりと微笑みあう二人。

 私は、それを求めていないはずだった。彼の視線の真後ろから、誰かを見つめるかんばせの背後から、抱きついていたいだけだったのに、その光景が酷く心臓を刻みつけてくる。



「幽香さん」



 リグルが、こちらに向き直って私を呼んだ。三人称ではなく、二人称として名前を呼ばれたのは、彼を監禁して以来だったかもしれない。

 私の胸が、未練たらしく、高鳴る。

 もう、だめだというのに。



「なに、かしら。リグル」



 名前を呼び返す自己満足のためだけに、そんな風に名前を付けて、返事をした。

 リグルはじっと私をみている。あの、揺らがない目で。

 そう。結局、折れなかったのね。あの私をみるその視線は、何一つあのころから変わっていない。ずっと、私は蔑まれて哀れまれ拒絶されて、今もそれは変わらない。



「お世話に、なりました。」



 深く、頭を下げる彼。ミスティアもそれに並んで私に向かって頭を下げるが、彼女はその真意を酌んではいまい。

 リグルの最高の皮肉に、私は最後の楔を胸に打ち込まれたようだった。



「彼は半年間、私と一緒にいたわ。朝も昼も夜も。四六時中、寝ても覚めてもセックスしてた!私の言うことに一つも逆らわず、私の足を舐めて、股を啜って、私の体で数え切れないくらい射精した!この中に、この、膣内に、溺れるくらいに!」



 私が手を下さなくとも、彼の裏切りを知るだけで彼女は、伝説通り川にでも身投げをするかもしれない。

 だが、どれだけ言ってやろうかとも思ったがとうとう、言えなかった。



「こちらこそ。楽しいひとときだったわ。」



 先に目を逸らせたのは、私の方。腕を組んで、強がったような仕草は、真相を知る者と知らない者の両極端しかいないこの場では、ただの滑稽であった。かもしれない。



「では、そろそろ失礼しますね」



 ミスティアがそう言うと、リグルがその手を取って一緒に飛び立とうとする。



 引き留めて、鳥を殺して、また檻の中に。

 どくん、どくん、網膜に赤が染み出しそうなほど、心臓が強く打つ。



「リグル」



 喉が、おかしな乾き方をする。喉の粘膜がはりついて、少し声色がおかしくなってしまったかも。

 私の呼びかけに、二人が振り向いた。

 不意打ちなら、この距離なら、一瞬。

 ミスティアを消し飛ばしたら、リグルは怒ってくれるだろうか。今度こそ、私に殺気を向けて牙を向けてくれるだろうか。そこまですれば、そう、ミスティアを目の前で殺して、その肉を食らってやれば、最後の最後まで、突き抜けた悪意を向けてくれなかった彼が、私に



「……お幸せに」



 小妖怪程度なら、一撃で消し飛ばせる妖力拳を握りしめて、しかしそれは隠したまま繰り出さなかった。出来なかった。

 あんまりに、彼が幸せそうな顔だったから。

 えっ、とミスティアが顔を真っ赤にしている横で、リグルは少しだけ、ほんの少しだけ悲しそうに瞼をおろし、口を開いた。



「ありがとうございます」



 できな、かった。

















「紫、トイレかして」

「あなた、よくウチにトイレ使いにくるけど、自分チにないわけ?」

「あるわよ、トイレくらい。バカにしないで」

「じゃあ何でマヨヒガエントランスの結界を破ってまでウチにくるのよ!」

「ウチのトイレが汚れるじゃない」

「はあ!?幽香、解呪プロセスも経ずに力づくで結界ぶち破るから修復大変なのよ!?」

「ディッチャなんか端からさせる気ないくせに」



 後ろでギャーギャー騒いでいる紫だが、どうせ掃除するの、あんたじゃないでしょ。

 便座を上げて、吐き出す。吐くものなんてほとんど入ってはいないが、胃液だけが脱出を主張してくるのだ。

 ひとしきり吐き気をやり過ごしてからトイレを出ると、紫が手招きしていた。白湯が入っている、と。

 招かれるままちゃぶ台につくと、紫は心配そうにのぞき込んできた。



「あなた、大丈夫なの?吐いてばかりじゃない。病気とか、体壊してるとか」

「大丈夫よ。私が内蔵弱いのは知ってるでしょ。今に始まったことじゃない。」

「あなたの生前の都合なんて、そのときの業で中身が弱いだなんて、知ったこっちゃないわ。そうじゃないでしょう、ここ最近の吐き方は」



 大丈夫。そうだけ言い、白湯の礼にそこの一輪挿しの花を元気にしてあげて席を立つ。



「もう、治ってるのよ。原因も絶った。心配しないで」



 釈然としない紫に、本当にトイレを汚すためだけに来たのね、と苦笑で皮肉を言われながら立ち去る。

 私の吐き気は未だに収まらないままだ。ただ、もう、あの頃のそれとは、違う。

 吐き気の正体が変わっていることを、私は自覚していた。



「これ、あんたが入れたの?」



 数口だけ口をつけた白湯を指す。



「ええ?そうだけれど。熱かったかしら」

「ううん、ちょうどよかった」

「もうすぐご飯だけど、食べていく?」

「結構。炊き立てのご飯の香り、吐き気が増すの」



 私の言葉に、紫が、眉をひそめた。



「幽香、あなた、」















 花畑に戻り、木と木の間に吊したハンモックに身を横たえる。



「ふう」



 リグル・ナイトバグ。

 彼を想って苦しみ、歪んだ愛情に身を焦がして吐き気を催すことは、もうない。

 私は仰向けになって、私はそっと、おなかに触れた。



「名前は、何にしようかしら」



 それだけで、もう、十分だった。



 私の感情と、同じ。



 私だけが、愛せばいい。

















大嫌



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【Cocco】ベビーベッド

この記事へのコメント

Re: 【幽香_リグル】契約的に定義される感情に対して、心象的絶対値を付与した場合に裏返り表現される出力を発信者へリダイレクトさせた際の、反応と情動に対する或る喜劇な過程について

なるほど、Coccoの自虐的だったり痛々しかったり、たまにアッパーなくせにやっぱりネガだったりな作風はみこうさんのスタンスと通じ合うものはあるでしょうね。
釘バット以来の幽リグSS、個人的にも楽しませていただきました。
(正直な話、もっと救いの無い話かもと覚悟して読んでたためか、予想以上に話自体は綺麗にまとまって、落ち着くところに落ち着いたため、驚いたというのもあります)

で、私が気になったのは、やはりというかなんというか。
幽香のリグルへの好意について、理由やきっかけなどの説明が無かったところでしょうか。
勿論、この手の感情は理屈っぽく語ればいいというものでもなく、事実、そういう説明を省いた作品は他にも存在するので、私の嗜好の問題かも知れません。
しかし、そういった説明が無かったことから(おそらく、リグルから幽香への感情の説明が無かったことも含めた結果)、「ああ、このSSは、この幽香とリグルの二人の関係とその感情こそが一番大事な大前提で、他の物は後から付随するものなんだろう」というのは、ぼんやりと感じました。

行為(監禁等)についての理由は語られてましたね。そちらは――幽香の好意を前提として良しとしたなら――納得できました。

>自分で作らないと気がすまないって言う人間の効率の悪さ
これは多かれ少なかれ、みんなあると思います。みこうさんは特に効率悪いのかも知れないけど。
私の場合は、よそで見た二次創作からもイメージをもらって、自分で書くときもだいたいそれが反映されるのですが、
書く前に、あれこれ設定や心理描写等を加えて、そのキャラのイメージに、自分が納得できる説明を付加する、
そうすることでキャラクターをより強固にする、あるいは、キャラクターをアレンジする、ということはあります。
効率悪いから悪いということも無いんじゃないかな。自分で作ったものが多ければ、キャラクターはより強固になると思います。

>遊び、ギミック
自分はまさに、ナズ寅の時は聖の心情説明で強く納得した側の人間だから、今回はやや消化不良だったのかな。
ただ、このSSの場合、リグルの心情語る意味がそこまであるかと言われると困りますね。
聖ほど独特の理由で動いてるわけじゃないですし(いや、読む限りはそうだろう、ということで。実は違ってたりするかも知れないけど)。
でも前述のとおり、リグルから幽香への感情がどうなのかが見えなかったのが、ややもやもやしたというのも無くは無いです。

何が正解と言えるものでもないのかも知れませんね。難しい。
ところで、ギミックについては全くわかってなかったりします。頭固い人間ですいません。



ちょいちょい誤字があった気もします。
探して指摘してもいいんだけど、それがギミックに関わってる可能性もあるんだろーか。
とりあえず今から探してみます。プリントアウトしてあるから探すのは楽だったり。
(余談ですが、リグルSSが週末に投稿された場合などは、だいたいプリントアウトしてます。月曜夜までに読まないといけないので、やっぱりそっちのほうが早いですからね)

Re: Re: 【幽香_リグル】契約的に定義される感情に対して、心象的絶対値を付与した場合に裏返り表現される出力を発信者へリダイレクトさせた際の、反応と情動に対する或る喜劇な過程について

私がCoccoの歌詞についておこがましくも言っていいのであれば
「鬱やネガティブではなくて、目の前にあるものを見ようとしているだけ」
(結局鬱やネガティブに放り込まれるわけですがw)
っていうところは、何か通ずるところがあるのかもしれません。
とはいえ「共感」というものはなくて
「あー、こういう風に出力する人がいるんだなー。っていうか何で他の人はしないんだろう」
という感じで見てました。

個人的な感覚だけでいえば、救いのない話に落とし込むつもりはいつもなくて
「露骨ではない」理性的なハッピーエンドを心がけているんですけど
鬱・グロ・電波と評されることが多いですねw
昔のSLGのルート分けで言うところの
「BADエンド」というより「TRUEエンド」みたいになってるんでしょうか。

幽香がリグルを好きな理由は、正直考えてもいないで描いていました。
また、いろいろのものに対してそれなりのロジカルな筋道は必要だと思っていて
それをしても幽香の気持ちの理由付けをしなかったのは、
「その答えを私が出すつもりがなかったから」の一言に尽きます。
読者にゆだねる、といってしまえば月並みになるんですが、そういうことです。

この作品に限らないですが
この作品について特筆すべき点があるとするのなら、
私が文章を書くスタンスと、SSのテーマに共通点があることでしょうか。

あまりこうして種明かしをするのはよくないと思いますが
幽香は自分の気持ちを、ひたすらに自分のものとして扱い、伝えず抱え込むことで純化しようとした。

これと似たような感じで、
私はSSを書くときに、
「これは物語の中核に据えるファクターであっても作中絶対に明言しない」
と決め(ようとす)るラインがあります。

ナズ寅のSSについては、それを我慢できず聖にしゃべらせてしまった。

「その話の真実がどこにあったのか」
そんなものは、登場人物だけが知っていればいいことで、読者はそれを都合よく垣間見れているだけ。

それを「絶対に見せない」ことで、物語の「答え」は失われるが「選択肢」は増える。

私はSSを読む人に「答えを知ってほしい」のではなくて
「選択肢を想像してほしい」と思っているところがあります。

「SSを描いて伝えたいことが、私の場合、主張ではなく疑問」であるのもそこにかかってきていて
SSそのものが疑問提示であって、
可能性を見出してくれる読者さんの答えが聞きたいと思って描いている部分もあります。

そういう期待を持った創作ですので、
こちらから「答え」もしくは「一つの答えに収斂されるようなヒント」は提示されるべきではない。

重要な部分は「外部との接続を薄く持った空白」として置いておくというのが
私の理想系なんですが…
どうしても「種明かししたい欲求」が働いてしまって、
読者に「問いかけ」ではなく「答え」を与えてしまうんですよね。

それを回避したくて今回実験的にリグルには黙らせたというのがあります。
それでも失敗して、やっぱり「好き」を混ぜ込んでしまったし
タイトルは明らかに答え。

本当は
「あの聖何も言ってなかったけど、きっとこう思ってるに違いない…だから、だから救いがある」
と都合のいいように想像してほしいんです。
それは私が想定していた答えと違っていいし、むしろ違っていることを望んでいて
できることならその「違う答え」を聞かせて欲しいのです。
(そんな場はSS投稿というメディアには用意されていませんが)

どうも自分の理想を自分が貫けずに答えを書いてしまっています。
まだ心が弱い。

リグルに極力しゃべらせなかったのは、そういう「隠蔽」が目的であって
そもそもそれこそが「一人称」の究極の姿だと思っています。

一人称がきわまれば、相手の台詞など必要ない。
全て、主人公の思考と言動だけで、ものごとが運ぶ。

話が回りくどくなりましたが、
幽香がリグルをあのような形で好いたことについて、
私の中では
「好きあっていた昔」があって
「幽香の"好き"という感情への高すぎる理想」が由来している
と設定はしていますが、
それはこうして聞かれれば答えますが
作中で語る必要がある事実ではなった。
もっと言うなら都合よくでっち上げていただきたい。

ということです。

リグルから幽香への気持ちが見えなくてもやもやしたのなら、
それは私の狙い通りであり、
もしもっとこの作品に付き合うつもりがあるのでしたら
そこは「何でだろう」と、かぱりと嵌るエピソードを一つ作り上げていただきたい。
それが、答えです。


私が「今」思っている疑問主張感動について、
それをぶつけるよいエピソードがひねり出せないとSSを書こうと思わない
SSをかかなければキャラの掘り下げがすすまない
ということで、
結局私のそれなりに高い情動によってのみキャラの掘り下げが進むという
非常に弱い動力源でSSをかいています。
その結果、どういうキャラになるのか、
もちろん他の二次創作の影響もあるんですが
そういった
「どこかで自分の分身として動いてくれる」要素をもったキャラになってくれないと
動かせないんです。
だから、どうにも、効率が悪い。

話を作ることが目的なら、
キャラに自分の細胞を移植する必要なんて、欠片ほどもないんでしょうけれどね。
私は「話を書くこと」それ自体にはさほど魅力を感じていません。

どこかで自分であって主張であって疑問であって感動であって
だからこそ
反発されたり嫌われたり叩かれたりするのは当然で
ある意味でそれも期待通りと言えます。
八方美人な生き方してるつもりはないので、
きっとぶつかって反目することも多いのだろうと割り切っているというか
それが「作品によるコミュニケーション」だと思っています。
そこで綺麗なものだけ貰おうとしたら
おそらくそれは詐欺師の生き方を学ばなければならない。

ギミックについては
一つは「ベビーベッド」を再生してラストあたりを読み直してもらえると
少し面白いだろうということと、

もう一つは最後の方に不自然なものがあるので、
それを見つけてもらえればきっとわかると思います。

そしてそのギミックは、
上で言うところの「隠匿されるもの」を紐解く(非常に簡単な)仕組みになっています。
実験段階というか試しにやってみたことで
いずれこの手法を大きく取り込んだ作品も書いてみたいと思っての施行です。
また、これまで述べたとおりそれは「隠匿されるもの」であって
知れずのままであれば、それはそれでいいと思っています。

誤字多いんですよねー。
直す気があまりないって言うか、書きあがったら推敲もチェックもせずに勢いで投稿しちゃうので…
できればかいている最中にちゃんと見つけたいです。
一部で意図的に違う文字を使ったりすることもありますが、
誤字っぽい演出文字はあんまりやれてないんじゃないかなあと記憶しています。

モノクロレーザーが地震で壊れて以来
印刷ができずにいます…
まあもともと印刷してチェックなんて大それたことせず
携帯で書いてそのままアップという体たらくでしたが。





と、ほぼ全裸になったような種明かし!

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