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【日記】20120508

暇です。
会社内でベンチウォーマーです。
年内に辞めちゃう予定なのでどうでもいいんですが…。

ああ、ほんっとよくねえな。
東京にいたい。



本題



下のエントリにも書いたけど、

七瀬葵とか
昔大好きで食い入るように見ていた絵だったなあ。
丁度ゲーセンに入り浸ってた時期も重なってて
ネオジオフリークとかゲーメストとかその辺のころに
七瀬葵のナコルルリムルルとかよく目にしていた。

ナコルルを書かせれば日本一という二つ名は伊達ではなかったわけで
……お世話になったものです。
(いろんな意味で)

七瀬葵とかCARNELIANとかいえば
昔どんな絵が好きだったのかというのがもうバレバレなわけですが。

今も好きと言えば好きですけど
みつみ絵と並んで大好きすぎて食いすぎて
食いすぎたせいで飽きたと言えば飽きたというか。

でも、今でもアナログでこれを見せられればまた印象違って
「きれええええええやりてええええ」とか思っちゃうんですけどね。
あの時代のチルドレンですから、仕方ないんや…。

コピック、ドクマといえば当時のあこがれ画材です。

社会人になって手に入れられる経済力を得て
生活も時間も自分の裁量で決められるので
今なら改めてあの頃やりたかったことを、って。

でもまあ回顧しているだけで
あの頃できるようになることと
今追走してできるようになることの意味って
全然違って
後者ってあんまり意味はないんですよね。
「あ、おやじバンドってこういう感覚なのかな」って思います。


結局私の中にはそういう
物理画材の絵を見て育った血が流れてるんだなあ
と思う。


物理絵を見たときのドキドキ感は
CGですごい絵を見た時とは別物
(どっちがいいとかでなくて別物)

なんかキュンキュンくるのは
やっぱり年を取って若いころのいろいろを思い出す
回顧厨的なところがあるのかと
そういわれてしまえば否定できない。



でも
あのころの絵師さんって
今CGメインでやってても昔は物理画材で書いていて
今でも物理画材ちゃんと使えるんですよね。

そういうのって、カッコイイと思います。

「俺自分のPCないと色塗れない」
っていうのより

外とかでも
「え、うーん、そこの文房具屋(とか百均)で適当にそろえれば、まあ描けるけど…」
って、めちゃかっこいいと思いませんか。

それって、
今日の"ドージン"では「一切求められていない力」で
(結果として付く場合はあるかもしれないが)
そっちを伸ばしたいだなんてのは
いわゆる同人界隈で「絵師」というところとは目指すものが違う。

「色紙をあらかじめ描いて用意して持っていく」なんてのも
その表れの側面を持っているんじゃないかなあって思います。

後述もしますが
色々と諦めたり評価されうる土壌もないと思ったりと色々と
「同人活動」的には価値を持たないところに
自分は絵をかく行為の価値を見出してしまっていて
だから、私は

「絵描きは辞めた」

と公言しているわけです。
「もう絵を描かない」だなんて一言もいうつもりはないです。

自分の絵が使えそうなシチュエーションがあれば、
当然有効な範囲で使っていきますが
「同人絵師です」なんてスタンスで絵をかいていないという意味ですかね。

それはある意味で自分への戒めみたいなところが強くて
完全に趣味に落とし込んでもうそれを意識しなくてもしみついてしまえば
こんな公言もしなくなると思いますし
自然に絵で何か作るようになるかもしれません。

まあそれにはあと10年かかるかなあ・・・。




F&C周辺
七瀬葵
CARNELIAN
なんてべたべた過ぎてべたべたな絵が好きで絵を練習し始めて
(描き始めたのは別の動機)

でも周囲を見回した時に

「なんだこれ、皆おんなじもんかいてんじゃん…」

って思ってそこから無理やり路線変更しようとしたんですけど
もう血が染まっちゃっててどうしても抜けなくって
それでも無理やりに抜いてこんな感じになったりならなかったりしてますが
とにかく
そういう葛藤が「絵を書くこと」を義務感に放り込んでしまって

いつの間にか「好きなのかわからないけど書いている」になっちゃったという点で
絵人生で一番影響されていますね。

その巨大な奔流に抵抗しようとして受けた傷によって
ぼろぼろになっているという意味で未だに影響が抜け切れていない。



当時そういう葛藤の末に好きになったのは
AM-DVL
田島直
吉澤友章
冬目景
あたりでしょうかね。

もう冬目景以外目新しい活動がない…。




今は多様化が進んでいろんな絵が出てきていますし
昔流行ったような絵柄も復権しているように思えます。
そういうのは本当にいいことだなと思うと同時に
流れに翻弄されて結局何もなしえなかった自分の無力さを痛感するわけです。




今の時代に生まれた人は絵をかく場合において、幸せだと思います。
CGはありとあらゆる「趣味」の中で、
・経済性
・作品公開容易性
についてほかの追随を許さないほどにすぐれています。

価値観も多様化して
それぞれにそれぞれの価値を認められた環境下で絵を描けるのだから
好きなものを信じて進むことそれ自体に価値が持てる。

本当に、良い時代になったと思います。


何かコピックドローイングペンのセピア滲み線を見て
くだらない感傷に浸ったりしたのでした。

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