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【早苗】わたしたちはあいされています

投稿が久しぶりでこっちにアーカイビングするの忘れてました。



いわゆる「セカイ系」というやつで
「私達の見ている世界に実体など無い」
「私達の見ている世界は錯覚でしかない」
「本当の世界は私達が認識できる形とは遠くかけ離れている」
ということを根底に置いた話は
昔から書きたいと思っていました。

まあ安っぽい言葉で言ってしまえば
「EVA世代にありがちな発想」ってところになるんですが。



「真の世界」とはクラスのようなもので、
それ自体は人間からは実体を持ったものとして認識できない。
人間が認識を仲介することでインスタンス化されて初めて
「個の世界」となる。

その「認識」と言う機能が
人間、あるいは自己の外部に向けて知覚器官を有する全ての存在が
唯一世界と自分をつなぐファームウェアであって
しかもインスタンス化される「個の世界」は、その主体によって一様ではない。

別々の世界を重ね合わせたモザイクがいわゆる「共通認識的な世界」であって
実は真の世界からは大きく姿を変えたもので意味も実体も無い。
でも
共通認識によって最大公約数的に形作られているため
人間同士では余り齟齬を生じることは無いので
安穏と暮らしていける。


そのクラスを直接書き換えたり
ここのインスタンス生成をもっと上のレイヤーから操作したりする存在がいて
そいつらだけが「真の世界」の姿を知っている。



なんて突拍子も無いことをこの世界に対してぶつけたところで
どうにも実感が得られないので

そもそも作り物だと言う共通な認識を持った
「幻想郷」を基点にやって少しはわかりやすい形にしてみたかった。

「幻想郷」と「外の世界」どちらが真ということもなくて「水槽」と同じ。
共通の、全く中の住人の人智を超えた存在によって作られていて
ただの気まぐれで作りもするし消えもするし壊れもするし
中にいるキャラクタも安易に移植できる。

世界を三段階(水槽の中、学校生活、幻想郷)に構えて
それら全てに同じ要因を与えることで閉塞感につなげたかったのだけど
まああんまり巧くいってないですね。


世界と言う入れ物の脆弱さ
「我思う故に我在り」さえも疑わしいという不安感
色即是空感に虚無感を添えたようなもの



そういうのを書こうとするとどうしても
「クトゥルフ神話」
というものを避けて通れないようです。


魔法・神話・伝承・魔術・科学みたいな中で使われる単語と
クトゥルフ神話に登場する言葉は全く同列に扱っていたつもりで
今までは単純に使いやすいものをチョイスしていたんですが

いざこういうものを書こうと思うに至って
ようやく人からクトゥルフ神話の原作?を借りて読むに至りました。

もともとクトゥルフを特別好きと言うこともなくて
知識量から言えば北欧神話や天使系の知識の方が
(それはさほど多いと言うわけでもないのに)
よほど豊富です。
別に該当する作品を読んだこともなくて
それを題材にした別の作品を読んだことがあると言うだけ。

なので
このSSを書いている半ばほど(水槽を見つけるあたり)まで進んだタイミングで
「うーん、さすがに読んどいたほうがいいか」と思い
ラブクラフト大全を人から借りて読み始めて
「インスマスの影」「ニャルラトホテプ」
の2作だけとりあえず読んで大筋を完成させました。

肉付けで1ヶ月以上かかっていますが。
長すぎ。

インスマスの影を読み終わったところで
水槽にもう一工夫入れようかとも思ったんですが
その時点でかなり蛇足が過ぎる話になっていたので諦めました。




余談ですが、
ストーリーとしては関係はないのですけれど、
書いているときの感覚としては

夜伽「そのそのはそとのその」
夜伽「セカイノハテ」
夜伽「れ-fuse」
産廃「うえのほう」

に共通する感覚で書いています。
そもそも「外世界モノ」、多いです。

「セカイノハテ」同様
今作は気持ち悪く不快で評価したくない作品として捉えられていますが
評価の高かった「そのそのはそとのその」と
根底を同じくしていると言うことについては
声を大きくして叫びたいポイントであります。


いつもに比べて生地の口上が長くなっていますが
それだけいつも思ってていいたいことの根底に近いことを題材にした作品だからです。
ネチョを外して産廃に投稿するつもりも無かったのは
エロもまた大きなファクターだと思っているからです。



基本、言いたいことは、気味悪がられて、倦厭されますね。
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 助けて 助けて 助けて
 私まだ死にたくない
 熱い 熱い 熱い

 信仰します。愛します。奉じ、祀ります。
 あなた達を神として、服従します。
 ですから、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて下さい。






 加奈子と喧嘩した。
 些細なことだった。
 私の嫉妬が原因。
 加奈子が最近私の知らない女子と仲良くしてるから。誰なのか、って聞いても「昔の友達」としか言ってくれなくて、胸が苦しくなったのはきっと嫉妬で、ほんとにただの友達なの?とか何で私にも会わせてくれなかったの?とか細かいところまで詰問したら「気持ち悪いからそういうのやめてくれ」って。気持ち悪い?だって、だって、だって!
 くだらない、嫉妬だった。女の私が、女友達に、何を強いているんだ。
 私が悪かった。でも、謝れなくて、今日は結局一人で帰っている。明日は?明後日は?
 町は、世界は、すごく広いってわかってるのに、私の世界は未だに学校と家が全てで狭い。心も、狭い。
 もっと広い世界を知れば、そんなくだらない嫉妬に、友達と口論になることも、なかっただろうか。
 私はとぼとぼと下校ルートを歩く。いつもは加奈子と歩いてる道を、今日は一人。自分でも驚くほど、寂しかった。
 その日の夜は、妙に足早にやってきたような気がする。
 空が朱に染まる時間は極端に短く、まるで太陽が何かから身を潜めようとしているかのようだった。昼下がりから夜への変化はまるで、もともと夜に昼の色が上塗りされていて、それを一気に水で洗い流したみたいに鮮やかで不気味だった。
 まだ夏にもなっていないというのに、風が生温い。陽光に照らされず姿を現した闇それ自体に人肌の体温があるみたいで、そしてそれが未練がましく皮膚に絡みついてくる。じっとりとしていて不快だった。
 湿度が高くて、通り雨でも来るのではないか。今日は傘を守ってきていないから、それは困る。
 いっそ全力疾走でもして熱くなった方が、まだ涼しいかもしれない。
 腕に、脚に、頬に、耳に、そして鼻腔に触れる夜の空気は、妙なほどに粘り気を帯びている。じめじめと湿った空気は、目に見えぬ無数の手のようで、それに触られているようにさえ感じられた。
 いつもは風にびょうびょうと哭く電線も、今日ばかりはじっと声を潜めて何か様子を窺っているようだった。
 一歩一歩歩くスカートの裏地が、べたべたべた脚に張り付いてくる。スカートをめくって歩くわけにもいかないので我慢して歩くと、ぬらつく手が太ももからふくらはぎへ下りる。二の腕から肘にかけてもぬるま湯に浸したみたいに湿っていた。気分が悪い。

「早く、帰ろ……」

 時刻は夕方だというのに、もう真っ暗。確かにまだ春であることを考えれば、煌々と明るいことはないと思うが、この暗さはどこか違和感を覚える。そしてこの高すぎる湿度。異常気象でも現れているに違いなかった。
 帰宅部にもかかわらず、どうしてこの時間まで学校に残っていたのか。特に理由などなかった。ただ、放課後その足の速い夕暮れの様に目を奪われて窓の外を見ているうちに、一人また一人とクラスメイトがいなくなり、いつの間にか先生に帰宅を促されて学校を追い出されたという次第だ。最後に下校(先生たちにとっては退勤、と言った方がいいのかもしれないが)した先生も早々に車を走らせ、私は歩きながらそのナンバープレートを見送る形となった。
 今にして思えば、先生もこの妙な感覚に急かされて帰ったのかもしれない。
 今は警備会社の宿直守衛さんが一人であの広い校舎を守っているのだろう。それはたとえ毎日の事であったとしても、幾ばくかの不憫さを感じた。
 だが、その一方で、日中には数百人を飲み込むあの巨大な構造物を、一人(二人なのかな?)で占有するという事実について、それはある意味で羨ましくもあった。
 暗雲。雨が、降るだろうか。本当に降るようなら、百均で傘でも買った方が正解かもしれない。日が暮れた後もなおも見える、もうもうと急に広がり始めた雲は、ゲリラ豪雨の前触れかもしれなかった。
 日が暮れた、闇の時間。あの学校は、まさに守衛さん一人の世界になるのだ。勿論その世界を好き勝手に作り替えることなどできない。ただ、あの無機質な箱の中で、朝が来るのを待ち続ける。冷え冷えとしたそのさまは、学校という箱を出た私に置き換えたとしても、天上を覆い尽くす暗雲に包まれたこの町との構図を縮小しただけのようでもある。
 世界はただそこにあり、その中にいるものは何をどうしようともそれに変化を与えることはできない。堅牢に冷酷に、そしてそれは時として暴力的なまでにスタティックな、壁と壁と壁と壁の狭間。
 私達は、それをどうすることだって出来やしない。私達は、この世界に、いや、世界を支配するもっと大きな何者かに、常に冷やかに嘲笑されながら、肩をひそめて生きているような、そんな気分にさえなる。
 でもそれをどうしても絶対的に存在する確固たるものとして見なす気にもなれなかった。吹けば飛ぶ、その大きな何者かに、ただ消されていないだけの世界。それも、もっと、生肉のような潤いと柔らかさで出来ていて、脆弱で儚い泡のような世界。
 私達はそんな、泡の薄壁さえ頑強な岩のように感じて、その中に押し込められているのではないか。そんな風ふうに、思う。
 生温い空気を掻き分けるように歩き続けていると、はた、とある事実に気づいた。
 カバンが軽い。これは、中身が抜け去っているような。
 カバンのファスナーを開けて中を覗き込むと、見事勉強道具が洗いざらい抜けている。それを見て思い出したのは、自分が今日帰るときに机の中から鞄へその中身を移動していなかったということだった。いや、最後に使ったのは図書室だ。そこに置き忘れている可能性もあった。
 加奈子とのことで頭がいっぱいで、詳しく思い出せない。

「ああ、なんてこと」

 早く帰りたい一心だというのに、忘れ物だと。
 しかも今日は運悪く宿題が数学と英語に加えて哲学にまで出されている。本当に運が悪い。
 取りに戻らなければ、明日の授業は床拭き雑巾のように絞られて絞られてまた絞られることになる。気味の悪い夜をさっさと抜け出したいという欲求は譲れないものではあったが、目の前で展開されるヘロヘロになってテンションガタ落ちの自分を想像したビジョン、それだけは実現を避けたかった。
 私は天を仰ぐように嘆き、空を見る。雲の切れ間から覗いた幾つかの星は、まるで何か巨大なものが空の彼方から私の様子を覗き見ているようで、私は慌てて視線を地上に戻した。
 とにかく、ノートと教科書を取りに戻ろう。暗いし不気味だとはいえ、時刻的にはまだ宵の口だ。戻ったところで30分、この地点への往復として1時間。夜というにはあまりに可愛らしい夜の時間でしかない。私は小さく溜息をついて、学校へ戻ることにした。







「すみませーん」

 私は閉鎖後の学校内へ再入場するために、守衛のいる受付でそれを呼んだ。だが、返事がない。昨今のセキュリティ強化やら何やらで、簡素とはいえ一応の手続きをしてからでないと再入場できないのに。

「こまったなあ。トイレでも行っているのかしら」

 ふと、受付のガラス戸の手前あたりに、妙な形の置物?が見えた。いや、下に紙が何枚か挟んであって重石になっているところを見ると、それは文鎮のようでもあった。
 これは、ガーネットの結晶……に見える。先日地学の授業の中に、鉱物標本として見たもそっくりだ。その中でも特に変わった形をしている。地学の教師が、レアケースとして出現する形として紹介してくれた偏方多面体をした結晶、とかいうやつだろうか。妙に整った正方晶で、ほぼ球形に近い。
 守衛さんが帰ってくるまで、ここで待たなければならない。どうせ暇なのだし、この奇妙な形の文鎮をもう少し観察することにした。

「わあ、綺麗」

 私は素直にそれに見入ってしまう。綺麗なのは、その色合いが、というよりはその切り刻まれた切子面の鮮やかさについて。色合いについては、むしろどうにも腑に落ちなかった。
 真っ黒。
 ガーネットの結晶体に間違いなさそうな形でありながら、それは黒曜石みたいに真っ黒。目を凝らすとひびの隙間に赤い線が見える。隙間から覗いているのがガーネットで、表面は磨かれずに残ったただの岩石だったりするのだろうか。
 最近の都市は、昼よりも夜の方がじめじめして暑い。さっさと勉強道具を回収して家に戻りたいのだが、なかなかどうして主ええいさんは私がこの文鎮をまじまじと眺める行為を止めに現れてはくれそうになかった。

「守衛さーん、まだですかー?」

 それを手に取ってひっくり返したり、漆黒の隙間から見えるガーネットの赤を覗き込んだりしているうちに、私に絡みつく夜の生温かさが増していくような気がした。ぞわぞわと、生温かい波が無数の指になって、脚を、スカートの中を、首筋を、撫でまわすみたいに。
 気持ち悪い。ああ、気持ちが悪い。どこまでも不明瞭で混濁した不快感。冒涜的で、なのにとてつもなく好奇心をそそるその塊。
 太陽のような星が一つと二つと三つと一つ並んだ空とコールタールの大地に、氷の結晶が笑っている。寒く、同時に暑い大気が渦を巻いて潮を巻き上げていた。地を這う無数の蛆虫は、一匹一匹がサルの脳みそのような形を脈打たせて、彼方から此方へと大挙して流れている。それが通った後には鶏の肝臓を磨り潰したような滓がずるずると引きずられて生臭い足跡を残していた。常に鳴り響く鐘の音は、金属音というよりも何か得体のしれない生き物の悲鳴が右から左から響き渡っているよう。
 電気は意味を持たない。伝達はテレパスによっていて、テレパスとは記憶とは異なり時間軸を捨てた既存。共通化された霊的アーカイブに、歯茎と犬歯が生えて雲に突き刺さっている。これは、どこの星だ。まるで見たこともない。これはまるでゆご

「おや、どうしたの?」

 はっ、と手に取っていたガーネットの原石から意識が遠のいて、急速に現実感を取り戻した。なんだ、今のは。とてつもなく邪悪な光景を、私は描いているようだった。今の妄想は、何だろうか。眠い?確かに昨日は境内の掃除をやらされた(私の親は近くにある神社の禰宜)し、夜はゲームづくめだった。疲れているんだろうか。もしかして、今の一瞬、寝てた?
 声で意識を取り戻して視覚情報と認識を関連付けながら落ち着きを取り戻していく。
 目の前、ガラス戸の向こうには、背が高く痩せ型で浅黒の肌をしたおじさん。守衛さんらしい恰好をしているが、普段はサーフィンでもやっていそうな感じ。でもガタイは足りないかな。タイプじゃないけど……すごく惹かれる。

「えっ、あ」

 慌ててガーネットの文鎮を元に戻した。

「忘れ物でも?」
「あ、はい。教室か、図書室なんですが」

 おや、それは大変だ、奥から紙切れを一枚と鉛筆を私に差し出してくる。入場手続きの用紙だった。
 学年と名前、そして入場の目的と、行き先を書いて、それを守衛さんに戻す。
 タバコ臭い。でも、嫌いな匂いじゃないな。

「今日は先生方の帰りも早くってねえ。おおよそみんな帰ってしまったよ。ええと、東風谷早苗さん、と。これ、入校証ね。帰りはまたここに返しに来て。」
「はい、すみません」

 守衛さんから名札のようなものを受け取り、それを簡単に胸ポケットの端にクリップする。これでとりあえず荷物を取りに入ることはできる。

「なるべく早く戻ります」

 私が守衛さんにそういうと、守衛さんは爽やかな笑みを絶やさないまま、答えた。

「慌てることはないさ。ゆっくり、探しなさい」
「ありがとうございます」
「あ、申し訳ないが、節電対応とかなんとかで、もう電気は消えてるんだ。自分でつけて歩いて。」
「はい」

 守衛さんの声を背中に、私は裏口の通用門を通って校舎へ向かった。







「暗くて見えないや」

 時間外入場は裏門からなので、自分の上履きがある玄関は通過しない。通用門のような細い玄関を開けて、中に入った。靴をスリッパに履き替えて、廊下の電気を探そうにも、普段使わないものだからそのスイッチの所在など知らない。もしかしたら職員室とかどっか別の部屋で集中管理しているんじゃないのか。

「まあ、そうだったら守衛さんが何か言うよね」

 玄関先はまだ何とか見えたけれど、その奥はもう真っ暗。懐中電灯の一つも貸してもらいたいところだった。
 時刻はまだ18時半。
 やはり、それにしては暗すぎる気もする。雨でも降るだろうか。昼までは晴天だったから傘なんて持ってきていない。降り出す前に荷物を回収してさっさと帰ろう。
 私は携帯電話のライト機能を使って心許ない光源を作り、スイッチを探す。壁伝いに、部屋の隅の方に、あるんじゃないかと探してみたが、なかなか見つからない。

「……めんどくさい、このまま取りに行っちゃうか」

 どうせ勝手知ったる学校の中だ。携帯のライトがあればなんとななるだろう。私は点灯を諦めてさっさと教室へ向かうことにした。
 通用門から正面玄関への細い通路。職員室の裏手階段につながる急な階段を左手にして、直進する。普段通る、というわけではないが通ったことなら何度もある道も、まったく視界のない状態で歩くと少し不安を感じる。自分の歩く「ひた、ひた」というスリッパの音さえ、なんとも喧しく不自然に聞こえた。
 携帯のライトで弱弱しく照らされた剥げたリノリウムの不規則な縞模様は、視界の悪さからか、ぞわぞわ蠢いているように見える。スリッパの裏地が、ざらざら毛羽立った床に、無性にとられて歩き辛い。
 明るいときは問題ないのに、暗いだけでこうにも不自由になるか。
 非常口表示用の緑色の光だけが、ぼんやりと闇に浮かんでいる。明るいように見えてろくすっぽあたりを照らしてくれないそれを疎ましく思いながら、私は歩みを進めた。
 私の教室は3階。正面玄関前のホールを抜けてしばらく言った左手の階段を二つ上り、上がったところを右に曲がってもうしばらく行けば、教室だ。そこになければ、図書室。図書室は少し遠い。携帯のライトで行くには少し骨が折れるので、出来れば教室にあってほしかった。
 外と同じように、校舎内もあの生温い気温になっていた。湿度も同じように高い。空気自体がぬるぬるしているように感じられて、本当に気分が悪かった。
 人気のない校舎が初めてというわけではなかったが、この気温と湿度と暗さのせいか、どうにも新鮮。初めて来た場所のように心細さが否めない。
 正面玄関。
 あ、ここなら電気のスイッチの場所を知っている。ここだけでも明るければ、二階の踊り場くらいまでは薄ら程度には明るいだろう。
 私はスイッチを目指して歩いていく。確かあの優勝トロフィーとかが置いてある仰々しい棚のうらっかわに……。

「きゃっ!?」

 急に足元が滑ってバランスを崩す。踏み止まろうとしたもう片方の足も滑って、私は転んでしまった。しりもちをつくと同時に両手を床につく。

「ったぁ……え、何で滑るの?」

 何か、ぬるっとしている。
 床についた手を持ち上げて、携帯のライトで照らして確認してみると、油のような透明でぬめりのある液体だった。

「なに?」

 さすがに味を確かめる気にはならないが、鼻を近づけてみると、酸っぱいというか化学薬品のような芳香。これは。

「せ、洗剤?」

 それも、床にぶちまけられていたそれが正しいといわんばかりに、業務用の濃い洗剤のようだ。ぬるぬるとよく滑る。

「もう……なんで」

 確かにいつも床や壁の大掛かりな掃除は、業者を使って放課後に行っている。だからと言って放置してあるのも腑に落ちはしないが。
 私はもう滑らないようにと気を付けながら立ち上がる。上履きならば平気だったかもしれないが、スリッパでは本当に足元がおぼつかない。
 一歩一歩と踏み出す。転ばないように体重の掛け方に気を付けながら。裏地が平坦なスリッパは洗剤の床に張り付いて歩きにくいことこの上ない。

 ひた

 ひた

 ひた

 洗剤がスリッパに張り付いて、自分の足音も随分変に響く。それでも、すこぶる歩きづらいとは言え、ゆっくり歩けば見えなくても転びはしない。

 ひた

 ひた

 ひた    ぺた

 ひた                   ぺた

 もう少しでスイッチ。明かりさえつけば洗剤がこぼれていようが何とかなるだろう。
 足元にしっかりと意識を集中して歩く。

 ひた         ぺた

 ひた       ずるっ

 ひた   ずるっ       べちゃっ

 ん?
 自分の足音が妙に不自然なリフレインしているように聞こえて、ふと足を止める。

 べちゃっ ず

 これ、自分の足音?
 確かに昼間は生徒の声がよく響くホールだけれど。
 暫く足を止めて聞き耳を立ててみるが、別に何も聞こえない。やはり自分の足音が壁に反響して聞こえたのだろう。私は気にするのをやめて、一歩一歩スイッチへ向かっていく。

 ひた          ずるっ                べちゃっ

 ひた     ずるっ            べちゃっ

 ひた                 ずるっ   べちゃっ

 ひた   ずるっ          べちゃっ

 誰もいない学校ってこんな風に音が反響するのか。訝しく思いながらもスイッチがあるはずの棚のところまで歩みを進める。
 おし、後少し。
 滑る床に嫌気を感じ、棚に体をよしかけて、棚と壁の間に手を入れる。この隙間のどっかにスイッチがあった筈……。
 私は奥に手前に上に下に手を動かしてスイッチを探す。

「あった!」

 手に当たる固い感触に、ここまで感激したことがあっただろうか。今度は指を動かしてスイッチの切り替え部を探し出し、そこを、切り替える。
 これで、明るく

「あれ?」

 ならなかった。
 カチカチと何度もスイッチを切り替えてみるが、一向に電灯がともり気配はない。

「守衛さぁん……」

 おそらくもっと根元の部分で送電がストップしてあるのだろう。空調や、特別に設けてある水槽の運用、非常用の放送設備、緊急用の機器以外のラインは、停電状態なのだ。
 電気を自分でつけろ、といった守衛さんには、もはや恨み言しか出てこない。

「もー」

 これで明るくなると希望を持っていたのに、裏切られて落胆する私。
 そういえば乱暴にスイッチを何度か切り替えたが、元の状態に戻したかどうかがわからないので、確かめ、もし変えてしまっていたのなら元に戻すためにもう一度スイッチに手を触れる。

 ぬるっ

「ヒッ!?」

 スイッチに触れた瞬間、何か、水気を含んだ滑りのある、そう例えるならすっかり室温にぬるくなった生肉のような、そんな感触が、私の手を覆った。

「な、なに!?」

 私は手を引っ込めて後ずさる。
 勢い余って再び転んでしまい、強く壁にぶつかった。

「った、な、なに、何よ、今の!?」

 携帯のライトをその方に向けると、棚と壁の隙間の間に、何か水気の光沢を湛えた何かが一瞬見えたような気がした。が、それはすぐに姿を消して、それは再びただの隙間へ戻る。

「なに……蛇?」

 確かに、修学旅行で触ったニシキヘビの感触に似ていたかもしれない。だが、ぬるりとした感触は、この床と同じ。私と同じようにここで洗剤を浴びた何かが触れたのだろうか。生温かかったのは、気温がこんなにも不快指数の高い状態だから?
 蛇が、この校舎をうろついている?
 さっき隙間の奥に逃げたように見える何かは、一体。
 足音が重なって聞こえた件と言い、どうにも気味が悪い。
 私は荷物の回収を諦めることを考え始めていた。

「宿題は諦めよう。忘れて取りに来たけど、清掃作業中で入れなかったってことで、言い訳すればいいや。……もう、帰ろう」

 なんだかよくわからないけど、なんだかよくわからないことに付き合うほど、宿題なんて重要じゃない。言い訳を決め込んで、私は帰ることに決める。元来た道を引き返そうとしたが。

「あ、あれ?」

 元来た道がない。
 いや、これは。

「防火扉……?」

 さっき驚き飛びのいて、壁に強く当たった拍子に、閉まってしまったらしい。開けようと思っても開いてくれそうにない。ともかく、防火扉なら人が潜れるくぐり戸がついているはず。それならば開くようにできているだろう。
 私は背後の棚の方に恐怖心を抱きながら、ぺたぺたと防火扉を触ってくぐり戸を探す。
 だが。

「ない」

 くぐり戸は、見つからなかった。

(あれって必ずついてるものじゃなかったの?)

 建築法だか防災法だか何だか知らないけど、私にはわからない。ただ、くぐり戸がないから、ここから先に進むことはできないという事実だけが、目の前にあった。
 この防火戸自体、私ではどうにも開けられそうにない。確かに避難訓練の時にこんな道は通らなかった。避難経路としてみなされていないのだろう。
 さっきの「何か手に触れたもの」に驚いて防火扉を閉めてしまった自分を苦々しく思いながら、校舎を出る道を考える。まずはそこに見える正面玄関だが、すべて鍵がかかっている。内側からなら開かないだろうか。
 玄関に近づけば洗剤のスリップトラップはない、と思っていたが、ご丁寧にこの辺まで律儀にべったり。ゆっくりと玄関へ向かい鍵おぼしきものを見つけるが、鍵は内側からも手で開閉できるものではなかった。

「なんなのよ……避難訓練の時だって、ここから出ていたじゃない」

 理不尽な状況に追い込まれて、私は苛立ちを抑えきれない。
 窓、とも思ったが、一階の廊下の窓はそのほとんどが安っぽい防犯上の理由で鉄格子を取り付けられている。ただし、教室の窓ならそんなことはない。1階にあるのは、玄関、事務室、正面玄関、生徒用玄関、通用口、食堂、理科室、体育館渡り廊下、武道館渡り廊下。この内、玄関系と渡り廊下系はおそらく鍵がかかっている。食堂、理科室、事務室になら窓がありそうだ。事務室は、正面玄関を右手に抜けてすぐだ。とりあえずそこの窓から出て、守衛さんに事情を説明しよう。

「事務室は、この向こう」

 洗剤トラップの敷き詰められたその向こう側だ。床が滑るのはどうにでもなるが、あの、棚の裏側にどうしても恐怖がぬぐえない。
 あの時手に触れたのは、何だろう。
 何か動物がいるのだろうか。それとも、このぬるい気温だ、なんかの拍子に起こった隙間風かなんかだったのかもしれない。触れられた手を見てみるが、確かに、さっきの滑った感触にもかかわらず、手は水気の一つも与えられていなかった。

「一人で学校肝試しだなんてね。ふざけてるわ」

 強い口調で怯える自分に鞭打ち、玄関前ホールを抜けるために足を踏み出す。
 余計なものは見たくない。
 携帯のライトは事務室の扉の方に向けたまま、他のものにはなるだけ視線を向けないようにして、足元の重心に気を配りながら、一歩ずつ、進む。
 左手に、さっきの棚。耳をそばだてて自分の足音が二重になったり他の音が聞こえないか注意してしまう。

 ひた

 ひた

 ひた

 玄関ホール、半ば。玄関の方をふと見ると、校門の向こうで鈍い光を落とす街灯が遥か彼方の星のようにさえ。人が誰か通ってくれればいいのに。
 いつも何気なく歩いている玄関ホールが、こんなにも広く感じられるなんて。洗剤トラップがなければ駆け抜けてしまってもいいのに。洗剤のぬかるみがなかったとしても、暗闇が、ぬらつく空気が、左手に何かいるかもしれないという恐怖が、時間と空間をゴムのように押し広げていた。

 ひた          ずるっ

 ひた   ずるっ

(ま、また)

 足音ではなかった。
 私の足音に重なるように、濡れた何かを引きずるような音が。後ろから?
 さっきと同じように、自分の足を止めてみる。足音の反響ならば、止まるはずだ。

 ひた  ずるっ

 ひた         ずるっ        べちゃ

 ひた ずるっ  べちゃ

 ひた

 ずるっ       べちゃ

      ずるっ           べちゃ

   ずるっ    べちゃ

 さっきと、違う。

 私が足を止めても、音が、止まらない!

 音は背後から近づいて、徐々に大きくなる。水音が、粘り気を持った液体によるものだとよくわかるほど、その解像度はみるみる高まってゆく。遠くに聞こえていた残響とも思える音は、いつの間にか背後に立つ何者かのそれに変わり、今は耳元に響く生々しい粘性水質攪拌音にまで成長していた。
 何かが、何かが私の背後にいる。それも、ヒトじゃない。仮にヒトだったとしても、声を出さない理由は、ろくな理由じゃない。

「っ!!!」

 滑って転ぶことも厭わず、私は走り出した!
 恐怖が足を絡め取る。もつれた脚で滑り込むように事務室の扉の前へ。体中に洗剤のぬるぬるがつくけれどそんなことはどうでもよかった。

「窓、窓、窓っ!」

 事務室の入り口の扉のノブを捻るが、開かない。

「な、なんで、なんで!」

  ずるっ
          ずるっ   べちゃ
      ずるっ             べちゃ

(なんで、なんでよっ!開いて!)

 ノブを捻りながら扉を前後に掻き動かすが、開く気配はない。慌てながらも整理して考えてみれば、事務室は書類を扱うし幾らかのお金も扱う。高いセキュリティが必要な部屋だ。不使用時は常時鍵がかかっていてもおかしくはない。
 右手から近付いてくる音の方を、見ることができない。

     ずるっ       べちゃ

   ずるっ                 べちゃ

 べちゃっ

(何が、何が、何が私の後ろをついてきているの!?)

 蛇かと思っていたけれど、蛇じゃない。二つ以上の何かが等間隔のリズムを刻んで近寄ってきている。人間のではない、何か別のものの、足音……!
 事務室の扉は開かない。左手を奥に突き当たれば理科室と理科準備室だが、薬品類が置いてあることを考えると、同じように鍵がかかっている可能性が高い。玄関ホールには防火扉で塞がれた道、玄関、私が今いる方と、もう一方廊下があり、その奥に行けば武道館や体育館への渡り廊下(恐らく施錠されているが)がある方へ行けたが、もう、「音」は手前まで迫ってきている。引き返す道はない。
 残っているのは、真後ろの、階段だけだった。
 私は迷うことも許されず、振り向きざまに駆け出す。道ならば、どこでもよかった。

(二階……!)

 階段を上ろうと思ったが、振り向いて、はたと気づく。
 一階のこの場所は、地下への階段と二階への階段の踊り場にもなっている。そして、真後ろは、地下への階段。二階への階段は、もう少し玄関ホールに、すなわち、足音のする方に、寄っていた。
 足音は、無慈悲にも近づいてきている。
 私にはもう選択肢はなかった。

 私は追い込まれるように、地下への階段を下った。

 脚が、絡む。恐怖のあまり正常の思考がどんどん狭まっていく。心拍数が上がって呼吸が増える。息がどうしようもなく苦しくなって、たった一フロア分の階段がものすごく長く感じられる。
 下りの階段は速度の制御が難しくて、下手をすると転がり落ちそうになりながら、必死に転ばない程度、でも最速、のぎりぎりの運転を続ける。足元も何も見えない。携帯のライトではこの速度に十分な光量を得られなかった。
 最後、まだ段があると思って踏み出したところに、もう段がなかったことで、それを下りきった事実を知る。
 階段を下りて突き当たりの壁まで駆け抜け、ライトを背後、階段の方に向ける。が、何者の姿もない。上がり荒れる自分の息と跳ねて暴れる心臓の音に(やかましい、やかましい、しずかにしろ)と必死に説得しながら、迫ってきていた音を耳で探る。

 足音は、消えていた。

「はっ、はぁっ、はぁっ……!」

 ずるっ、っと、崩れるようにその場にへたり込む私。
 体が、震えている。
 私って、こんなに憶病だったんだ。
 いや、でも、あんな目に逢えば誰だって。
 でも、何がいたというの?オバケ?笑わせないで。そんなものいるわけがない。
 だとしたら野生生物か、それとも他にも校内再入場した別の生徒だったのかも。

 そう。ほかの生徒だ。
 真っ暗だからお互いに判らなかった。
 べちゃべちゃ言ってたのは、洗剤のせい。
 棚の隙間で手にあたったのはやっぱり風か何かだったんだ。
 そう考えるのが一番都合がよかった。一番自然で無理がなく、一番身近なものだけで解決できる。そうだ、そうだ、と自分に言い聞かせていた。
 かといって、この階段を再び上る気にはなれない。地下と地上をつなぐ階段は、もう一つある。そこを目指して、そこからのぼろう。

「そうだ、携帯」

 携帯で外と連絡でも取れれば、気が楽になる。私はライトとして使っている携帯電話を翻し、液晶の画面を覗き込む。

 [圏外]

 ですよねー。

 地下だからか、電波が入らない。電波の一本だって立ちやしなかった。
 時間表示を見ると、いつの間にか19時を回っていた。
 いや、まだ19時だった。これが夜中の2時とかであれば、まだ格好も付くというものだが、19時では怖い怖いと言っている自分が情けない。
 とにかく、落ち着こう。恐怖に駆られてまともな思考が出来なかったが、そんなファンタジックな話があるか。
 守衛さんを待っているときもそうだ。急に寝て夢を見るなんて、疲れているのだろう。今だって、きっと何かの思い違いが重なっただけだ。実際にあったのは、床に洗剤がこぼれていたことくらいだった。後の出来事はすべて、思い込み、で解決できる。
 それでもやっぱり、この階段を上がるのは、何となく避けてしまう。もう一つある階段を目指そう。
 立ち上がろうと、床に手をついたとき。さっき思い切り洗剤トラップですっ転んだせいで、下半身と腕がすっかりと洗剤まみれでぬるぬるになっていることに気付く。
 さすがに気持ちが悪い。ノートも教科書も入っていない鞄だが、路上で貰ったティッシュが入っていた気がする。それで少し拭こうか。
 鞄をごそごそと漁る。そういえば、さっきはさすが業務用だけあってか随分匂いのキツい洗剤だと思っていたけど、今は全然気にならなくなっていた。まあ気分的にそれどころではなかったしなあ。
 ふと、鞄を漁るためのライトが、袖、しゃがんだ太股、スカート、ソックスを照らす。違和感を感じて、目を凝らした。

「っ!?」

 洗剤、確かにさっきまでは洗剤だった。泡立ってもいたし、何よりあの芳香。手に着いた床にまき散らされていたぬめりの正体は、洗剤だと結論づけたはずだった。だったのに。
 なぜ?
 なぜ、袖もスカートもソックスも、真っ赤に染まっているの?
 この赤は、何の赤?
 落ち着け、落ち着け、考えるのよ!
 この赤は、「ソレ」じゃない。だってさっき、さっき確かに透明で、洗剤だったじゃない!
 赤いのは、見間違い?
 確認して見直しても、間違いなく真っ赤だった。
 赤い洗剤、赤い洗剤ってのが、業務用に?
 泡立たない。ぬめりはするが、これはもう、泡立たない。芳香性もない。むしろこの鉄臭さは。
 違う、違う、違う。ソレを認めるな。別の理由を、そう、そうだ、転んだ私がどこか怪我をしていて。
 慌てて立ち上がって、体中至る所に触れてみる。幾ら探しても、触り回しても、転んでぶつけた打撲以外の傷は見つからない。見つからない。これは、私のじゃない。
 誰の、誰の、誰の、どうして、何の、これは、この、この、この。

 この血は、何の血なの!?
 何で血なんか流れてるの!?
 床一面に、血って、どういうこと!?

 何の血かもわからないそれを、ありったけのティッシュを使って拭おうとする。

 なによ、なによ、これ!?

 が、赤にまみれたその範囲に対して、その量はあまりにも少なすぎた。

 血、血、血なんて、血なんて!

 それに、制服やソックスの白の部分に染み込んだ色は拭ったところで取れやしない。

 取れない、足りない、落とさないといけないのに!
 どうして!?
 なんで!?
 なんなの!?

 結局、半身のほとんどにぬめりを感じてそれ払拭できないまま、ティッシュはなくなった。

 わからない。
 上の階で、何が起こっているんだ。

 ティッシュで拭っている間に、思考はだいぶ落ち着いた。
 だめだ、考えても明確な答えなんて出ない。
 上には誰かがいた。足音を立てて私の背後からゆっくりと近付く何者かが。そして床は血だまりになっていた。
 その事実だけでいい。
 「何故」は後回しだ。「どうする」?
 私は携帯のライトを階段の方に向けたまま立ち上がる。まずは、もう一つの階段から一階に上がろう。電波がキャッチできれば携帯で連絡を取る。可奈子でもいい、母様でも、警察でもいい。外に出られれば守衛さんに話すのでもいい。
 とにかく、ここにいちゃだめだ。あの音の主が
 私は立ち上がって、東側にあるもう一つの階段を探した。







 相変わらず、地下階は電波が入らない。こんなことなら、χPhoneになんかしなきゃよかった。機能は便利なんだけど電波が弱い。DoCoDeMoがχPhoneを扱ってくれれば、Softbenkiなんかにキャリア替えしなかったのになあ。
 恨めしく思いながら、ライト機能をONにして、液晶のバックライトを切る。
 スリッパを確認したら、その裏側は案の定洗剤ではなくて赤い血液でべとべとだったので、脱ぎ捨てようと思ったが、この暗闇では足下が見えず、思いがけない物を踏んでしまう可能性を考えるとそういうわけにもいかなかった。
 後ろを振り返ってみると、緑色の非常灯に薄ぼんやり照らされた床に、自分の足跡が赤く残っていて不気味。あまり見ないようにした。
 とにかく、もう一個の階段を上ろう。地下には、資料室、ボイラー室、倉庫、などがあるらしいが、実際何の部屋なのかわからない物が多すぎる。学校生活には基本的に関係のない物ばかりなのだ。

「そういえば、地下って、普段閉鎖されてなかったっけ」

 確かに、地下一階に降りる階段は、普段は格子扉で封鎖されていた。
 なんで、開いていたのだろう。
 まるで、私を迎え入れるために、口を開けていたかのように。
 そういえば生物部の部室は地下にあるって聞いた気がするけど、そもそも生物部があるのか、誰が部員なのか、活動実態があるのかさえ、全然知らなかった。

「やめよ」

 不安感が正常な思考を削っている。その自覚はあった。

 理解が及ばないことがあると、どうしても「何故」が先行する。理解できないとわかっているのに、だ。そこにある事実だけで帰納できる結果から対応すればいいのに、演繹できないと納得できずに、そのエラーをスキップすることが出来ず延々と繰り返し、そこから動けなくなる。
 わからないものを、わからないと投げ出すのは、昔の悪い癖だった。投げ出せば0。そこで手に入るわずかな情報だけでも集めて、対応を考えれば0よりは得る物がある。情報が少ないから原因をまで知ることは出来ないが、それは何に関してもそうだ。昔はそうして考えることをやめなかった。
 今は、別の見解をして、積極的な方針を以て考えないことが多くなっている。

「わからないから怖い。怖がる必要はない。わからない、を追いかける必要もない。"なぜ"が知れなくても、"どうする"があれば、進める。ここに留まっていたら、まずい」

 自分に強く、強く、言い聞かせる。
 さっき上で私の背後をつけていた何か。私をどうにかする気であれば、さっき階段を下ってこなかったことには疑問が残る。階段を上った辺りで待ち伏せているかも知れない。はたまた、私が血にあたふたしている間にもう一方の階段へ先回りしているかも知れない。何故?

「何故、はやめよう。考えてもわからない。」

 何かと理由や手がかりを求めてしまう。"何故"を停止することが、こんなにも難しいとは。
 日々生きていて、「何故」を諦めることが、大人になることのように思えていた。
 『考えてもわからない。答えなんかない。ならば事実だけを受け入れて、理由は関知しないようにしよう。結果と原因はバンドルされていて、分離しようとすることがナンセンス。』
 大人になるというのは、そういった思考停止を伴う事のように思えた。そして当の私も、年を取るごとにどんどん"考えるのをやめていった"。
 面倒くさい。そして、何故、などわからないのだから、何も変えられやしないのだ。疑問そのものがナンセンス。
 そうした因果のカプセル化というのは、非常に理に適っているように思えた。そうすることで、他人とと自分、もしくは社会と自分、あるいは集団、世間、他者、世界、いずれでもいい、認識を別にする、しかし主格を持ちうる現存在との間に生じる摩擦を、感じなくて済む。感じなくなるどころか、摩擦を起こす凹凸(つまり疑問)を抱かないのだから、決定的致命的に、これに越したことはない。非常に気持ちがいい。うまく処理できている気分になれる。
 だというのに、ここにきて"何故"をどうしても欲してしまう自分はなんだろう。元々の性分はまだ抜けきっていないのだろうか。
 考えてもわかりはしないという事は明確なのに、更に言うなれば、今まで"何故"を無視することに流されて思考をまるで廃棄物であるかのように自ら進んで捨てて行ったはずなのに、今、どうしても離れない"何故"。
 今こそ"何故"を殺し"どうする"だけを受容すべきなのに、それができないとは。無意識にやれるように訓練し、できるようになったそれが、未だこんなにも難しいとは、こんな皮肉で滑稽な話があるだろうか。

「もうっ……!」

 恐怖。
 恐怖か。
 あれやこれやと"何故"に拘っていた時期が私にもあったのだ。中学生くらいの時期だろうか。今はすっかり失われたその感覚を「好奇心」や「探究心」という言葉に美化していたが、今こうしてみると、"何故"は、「恐怖」の裏返しに違いなかったのではないかと思う。
 いつの間にか芽生えていた自我。調和が取れていたはずの家庭が、それによってアンバランスに崩れていく。未来、自分、周囲、自分以外の何らかの理由(もしくは私自身の原因?)によって上手くいかない全ての事。特に全く見通しが立たない未来について、とにかく恐怖心があったのではないか。だから、何に関しても考えた。
 どうして?
 それは、概ね理解されなかった。
 周囲の人間が疑問を抱かないことそれ自体が、疑問だった。
 なんで?
 だから、すべてがわからなかった。
 何もかもが、怖かった。
 いつの間にか私は、施設での生活を経て、ある神社に引き取られることになった。
 宗教団体は慈善団体だとも思えなかったが、そのころにはもう毛羽立った思いは擦れてある程度ならされてしまっていて、もうほとんど考えるのをやめていた。
 "何故"はそこから急に失われていき、その消失は驚くほど気持ちがよかった。

「そんなこと、こんな時に気づかなくってもいいじゃない」

 唾に変えてその辺に吐き出してしまいたい苦味が、口の中に広がる。
 恐怖。
 それは正体不明な事象に対して感じることだという。
 だが、それは逆なんじゃないのか。
 怖いから、"何故"と思うのではないか。
 恐怖とは、"何故"から生じるものではなく、"何故"がこそ恐怖から生まれる防衛機制なのではないか。

 では、恐怖とは、なんだ?

「だめだって、出てこないで」

 押し込む。
 なんだ?だ?そんなもの、「今感じているこれ」に決まっている。それ以外に何が必要か!

「行こう、考えちゃだめ。考えちゃ」

 脳みその特定の部分を、引きずり出されている気がする。
 私はカバンのつるを強く握って、東側へ歩みを進めた。
 緑色の非常灯が点々と道を照らしてはいるが、やはりどうにも眩しいばかりで明るくない。緑色のカバーを全て取っ払ってしまおうかとも思ったが、流石にやめておいた。
 血腥い。
 自分体についている血液の匂いが、やたらと気になり始めた。鉄臭い、でも生き物の生々しい匂い。
 ひたひたと音を立てながら、非常灯を除いては、携帯のライトだけを頼りに東側階段を探す。後ろが気になる。さっきの様に密かに後をつけられたりしていないか。足音にどうしても神経が集中する。
 緑色の光をぬらぬらと鈍く反射するリノリウムの床。血に濡れたスリッパの裏面が、気に障るほどに滑る。しかし随分と血を吸ったものだ。中の心材までしっかり浸み込んでいるらしく、私の歩く足跡はなかなかインク切れにならない。振り返ってその足跡が闇の向こうに消えていくのを見ると、何かが襲ってくるレールを自ら敷いているようで、どれほどスリッパを脱ごうと思ったことだろう。
 自分の体を見ると、赤い血の上から緑色のハードライトを浴びせられ、私の姿は俄かに人間とは思えない忌々しい色合いに変化している。それが、ひたひたひた、と地下の通路を歩いているのだから、私以外の誰かがいればホラーに違いなかった。
 北側階段は地下1階フロアの中では外れにある。少し歩いてやっと部屋のあるあたりへという具合で、しばらく緑色の松明だけがぼんやりと光る壁だけが続いている。
 その中を歩いていると、どうにも妙な感覚に陥るのだ。この回廊が永遠に続いているんじゃないのかと。等間隔で続く緑火と奥へ奥へと延びる暗闇の幕は、距離と時間を有限の幾重もの反復から、ただ一つの無限へと私を連れ去ろうとしているようで。
 生温い空気は時間がたって気温が下がろうとしているはずなのに、やはり未だにねっとりと高温多湿だった。真っ黒な闇、並ぶ緑、たゆとう私。無限の深淵にぽとりと落とされたような、無限遠へと拡大し、それに引きずられて意識が拡散していくみたいに、私というものが急に希薄になって薄く薄く引き伸ばされて私が私であるという認識を失うほどに薄く伸されているようで、酷い恐怖心があった。
 宇宙?
 地下にいるはずなのに、宇宙に放り出されたようだ。でも、深海に沈んでぶくぶくと水を吸った死体になろうとしているような気もしていて、時折追い抜く緑の光が私を催眠に誘っている?

「眠い?」

 自分に問うてみた。確かに前日は徹夜で寝不足であるのに間違いはないが、眠いどころかとんでもなく鋭敏に意識が立っていて、明確な意識はしっかりとキャッチしている。だのに、この沈没感と浮遊感はなんだろうか。ふわふわとあてどない不安感と、水圧に潰されるような圧迫感。無限に広がるように感じられる空間と、自分が農奴勾配で拡散していくような霧消感。
 忌まわしいとさえ言えるその感覚が、正常な理性を流水のように、ざり、ざり、ざり削っていく。

「あー、あー、あー、あー」

 何かが怖いというより、不安感が降り積もって折り重なって集成された結果としての恐怖。
 自分の存在の根本がこの空間では剥き出しにされた挙句、そんなものに意味はないと自然に(しかも高速に)摩耗して風化していくのをまざまざと見せつけられているような。
 私は、失われていきそうな現実感と自分自身の存在感を意識と世界に錨を下すかのように、意味もなく声を出して自分を刺激しようとした。
 それくらい不安なのだ。声を出すだけの些細なことにさえすがりたくなるほど、この地下一階の暗闇と緑色の回廊は不安なのだ。
 私は、存在している?私が私だと思う私は私の意識の中以外に私の痕跡を私が認識できる形で残している?
 誰かが、私という小さな火を、吹き消そうとしているように思えた。
 誰かが、私という仄かな色を、薄めてなくそうとしているように思えた。
 誰かが、私という僅かな時を、忘れ去ろうとしているように思えた。
 誰かが。
 私を。

「あー、あー、あー、あー」

 足元から感覚が失われている。
 血に濡れたスリッパはそろそろ吐き出しきっただろう頃だというのにまだまだべとついて足を引っ張ってくる。妙だとと思って足元を覗いてみると、一歩踏み出すごとにリノリウムだった床は粘土を踏み込むように沈み、私の足を飲み込もうとしているではないか。それは床材と闇が境目を失ってゆっくりと融合して柔らかくなった有様。
 床と闇が別物だという事を、誰かが忘れようとしているのだ。
 だから、この明らかに別のものは、だというのに一つになろうとしている。一つに。溶け合おうと。

「何故?」

 また、それが、でた。
 わかりやしない、想像だにできやしない。
 これがどういう事なのか。
 あたりに立ちこめる質感を持った闇は、床と、いや、周囲のあらゆるものとの定義を緩やかに溶かされた結果なのだった。それは闇であると同時に、幾分か床であり、幾分か校舎であり、幾分か棚であり、幾分か階段であり、幾分かドアであり、幾分か陽光であり、
 そして幾分か、私自身、でもあった。

「何故?」

 わからない。
 恐怖を克服しようと正体不明を重複しようと思考を巡らすが糸口すらつかめない。
 何故というより何がという疑問は、既に通過前関門の様に私の前に横たわっていながら、それを認識できずに通過してしまったことによる思考アルゴリズムの崩壊という点において、私の意思を離れ私の思考を離れ私の支配を離れていく。

「あー、あー、あー、あー」

 私をつなぎとめて。
 私をつなぎとめて。
 闇と床と校舎と夜と空気と棚と私を、正しく認識して。

「あー!あー!あー!あー!」

 声を矛に変えて、闇に突き立てる。
 認識で、世界を、無理やりに、切り分ける!

「しゃきっとしろ!!!」

 誰に向けた言葉なのか。
 私か。
 むしろやる気のない世界にのような気もする。
 ともかく、張り上げた大声は、溶け合おうとしていた森羅万象を食い止めることに成功したらしい。

「はっ、はっ」

 これが、祓いのなんたるかなのかはわからないが、とりあえず無駄につかれた。
 頭の中をぐっちゃぐちゃに掻き混ぜられた上、それを無理やり振り払う。何だかすさまじく精神力を摩耗したような気がする。ただ短い一言を発しただけにもかかわらず、妙な疲労感と上がる息。

「……こんなことなら、ほんとう、宿題なんかどうでもよかった」

 全く理解不能の出来事に突然頭から溺れさせられたかのよう。舌打ちしながら改めて周囲を見渡すと、絵の具の様に溶け合いかけていた世界は、一応元の鞘に戻っている。
 いや、そんなわけのわからない現象が起こるはずがない。私の方が寝不足でどうにかしているのだろう。いつの間にか理科準備室の前にいた。

 何が無限だ。そらみろ。北側階段からきちんとここまでたどり着くことができた。

 私は誰にでもなく勝ち誇ったように胸を張り、半ば強がりでドヤ顔をキめる。誰も見ちゃいないが。
 理科準備室の向こうが資料室、なんだかわからない部屋、ボイラー室。十字路を左に曲がって第二視聴覚室。右に曲がればトイレ、直進すれば東側階段だ。
 廊下に立つと、理科準備室の中が見えるガラス戸の前からその中へ視線が吸い込まれた。理科準備室には、水槽がある。地下一階フロアが普段閉鎖されていることを考えると、どうも生物部員達が独占して使っている設備らしかった。
 生物部が存在していること、実際にこのような設備がある以上部員もいるだろうことが想像され、「ああ、生物部ってあったんだ」とどうでもいい感想を持ってしまう。
 この水槽は今も電力が供給されているらしく、ほのかな光と常に穏やかな水流を保たれており、(中にいるだろう魚介類の保持が目的なら当然ではあるのだが)私がこんな目にあっているのに安穏と電力を貪って、と内心恨み言を吐いてしまった。

(イソギンチャクと、なんかの魚、かなあ?)

 部屋に入れないので近寄ることはできないが、なんとなくシルエットは確認できる。青白い光を湛えた水槽の中には、イソギンチャクらしきものと、幾匹かのの魚がいるようだった。
 ふうん、海水なのかなあ。などと考えながら、その様子を遠巻きに見る。
 魚は髭の長いナマズのような顔をしていて鱗は薄いようだった。扁平な口には分厚い唇が備わっており、髭をひたひたと蠢かせて底の石やガラスの壁面を探っている。イソギンチャクはその触手をゆらゆらと流水に任せているようだった。
 側面からでは気づかないが、その魚の顔を正面から見ると、それは全て怖いくらいに人の顔のように見える。まばたきをせずに色々のものをじっと見つめる目は嫌悪感をかき立てる。しかも不細工に不気味な、畸形のそれだ。そう思って認識するだけでも気味の悪さにぞっとするような顔の作り。
 何でこんな魚を飼育しているのだろう。なんというか、存在そのものが汚れている。顔が若干人の形をしているというだけで感じる感覚ではなかった。あの水槽には何かとんでもなく背徳的なものが満たされているように見えた。あれは、水ではなく、万物の理をねじ曲げてありとあらゆるものを冒涜し呪いの言葉を吐きかける何らかの存在を液体の形にしたもののようだ。
 その中をぐねぐねと泳ぎ回るのは、人の魂をバラバラに切り刻んで、つぎはぎグロテスクに形作った上で魚に閉じこめたような魚。
 こんなものを滔々と湛えてこんな魚を飼育することそのものがひどく汚れた行為にさえ思える。

「……。こんなところで油を売っている暇はないわ」

 だというのに、だというのにだ。私はその水槽から目を離せないでいた。唾棄され踏みにじられ無視され迫害されるべきそんなものにも拘わらず、水槽は、輝く宝石のように魅力的だった。魅惑的だったといってもいい。人の心を掴んで離さない恐るべき魅力、それは引力に他ならない。むしろ、その忌々しい悪徳にも近いその魅力がこそ、私を捕らえて離さないようだった。

(見ちゃ、いけない)

 本能が警鐘を鳴らす。だが、視線を引き剥がせない。
 魚が一匹、また一匹と、こちらの様子に気づいたかのようにその泳ぎを仰々しいものへと替えていく。私に見せつけるように、水槽の中をわざとらしく大袈裟に、しかもゆっくりと。

(みてはだめ)

 それはパズルのピースが一つ一つはまっていく感覚ににていた。爽快感はない。パズルが埋まってそうして見えてくるのは、禍々しく狂気に満ちた何か恐ろしいもので、それは、見たくない、見るべきではない、何か。
 一匹の魚が、身を翻して、こちらに体を正対させてきた。ぎょろりと左右に飛び出して蠢く目。視線が私の方を向き、気味の悪い人面が私を睨みつけているよう。それは口を大きく開けて喉の奥、鰓の中を見せつけるように。グロテスクに解剖された人の顔。あの魚は、私を認識している!?
 しかもそれは一匹だけではなかった。こちらをあおるように泳ぎ回っていた魚達が一斉にその顔をこちらに向けて私を睨みつけてくる。
 見てはいけない、と、胸の中では絶叫していたのに、とうとう全ての人面魚と真正面から視線を交えてしまった。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ!」

 魚の視線から発せられる放射線が、私の脳へ到達した。破壊される。ぎりぎり縋り付いてきた正常な理性が、再生不能なまでにずたずたに破壊されるビジョンが、何回も繰り返される。そのたびに、後頭部がじりじりと痺れて何か取り返しの付かない不可逆な反応が起こっていることが、自身で容易に認識できた。
 大声を上げて叫びながらも、足が床と同一化して離れない。
 見てはいけない。あれは、魚じゃない。やはり、何かもっと恐ろしい、べつの

「あなた、何しているの?」
「ひッ!」

 突然、自己認識のない声が降りかかってきて、私は口からウキブクロが飛び出そうになる。

「ひ、ぃあああああああああああああああああ!!!!」
「えっ、ちょっ」

 私は膝が砕けてその場にへたり込んで絶叫する。
 が、次の瞬間、視界に入ったものを認識して、急速に冷却されていった。
 へたり込んだ私に懐中電灯を当ててくるのは、物理の教師だった。

「あ、え、えっ?」
「ええと、何かあったのかしら。それとも私に驚いたのか」

 何を最初に伝えるべきか、混乱を極める頭から、適切な言葉を選択できない。
 私はとりあえず、こう答えた。

「両方、です」







 なるほど、こうしてみると愛嬌がある……かもしれない。
 近寄れば反応して、こちらがその仕草をするだけでも寄ってくる。彼ら(彼女ら?)はこちらの行動をきちんと見ているようで、先生が水槽に餌を投げ入れるのを、そうだとわかって早く早くとねだっていたらしい。

「す、すごいですね」
「でしょう?」

 先生は水槽の上から何やら餌を断続的に放り込んでいる。魚たちは投げ入れられる餌を見事順番に口に含んでいく。

「人の姿を見ると餌をくれるもんだと思って期待の眼差しを送ってくるの。可愛いでしょう?」
「いえ、あまり」

 さっきの恐怖心を未だ拭えないまま、しかし目の前にいるのは確かに少々頭のいい魚で、あれだけ孤独と不安に震え上がっていたにもかかわらず、結局校舎内にはこうして人がいた。
 目の前の水槽で泳ぐ魚を、私はやっぱり可愛いとは思えない。なんとなく、可愛い顔という感じの魚でもない。どちらかというと不細工……いや、不気味だった。妙に人間くさいというか。でも目とかちょっとぎょろりとしすぎていて、そのアンバランスさが、気持ち悪かった。

「あなたも餌付けしてみる?可愛げがわくわよ?」
「いえ、ちょっと、いいです」

 げっそりと疲れ果てた私は、椅子から立ち上がる気になれなかった。

「今日はおしまい」

 先生は水槽の中の魚に向けて、手の中に何もないのを見せる。しばらくガラスの向こう側から群がっていた魚たちは、その手の中に赤い餌がないことを見ると、すすす、と姿を散らしていった。
 確かに、頭がいい。犬並みの知能があるんじゃないのか、あの魚。魚類にそんな知性を持った種類がいるなんて、初めて知った。
 餌付けを終えた先生が、椅子に崩れて動けなくなっている私の傍に来た。

「で、血が?」
「あの、いえ、多分見ま血がいで……」

 血が!ちが!!とか言って半ば狂乱状態の私を理科準備室の中に招き入れようとした先生だったが、その魚に近づくのが怖くて、私はその場を動こうとしなかった。引きずられるように連れ込まれて椅子に座らされ、ランタンに照らされた机の上にどこから持ってきたのか缶コーヒーを差し出されてそれを飲むというより流し込むように口に入れた。
 内分泌系レベルで心臓がアクセラレートしていたものだから、落ち着くのにずいぶん時間がかかった。その間に先生は魚に餌付けをして、私はやっと冷却されていく心身をぼうっと客観しながら、その心温まりもしない餌付シーンを眺めていたわけだ。

「あなた、校内報を見ていないの?今夜は業者が校内の床にワックスがけするのよ。あと2時間もすれば始まるわ」

 あ、やっぱり洗剤。
 とか、なんだかすごく冷静に今の自分とさっきの自分を見比べているもう一人の自分がいて。
 携帯の時計はいつの間にか20時を指していた。

「赤く見えたのは何だか知らないけど、とりあえず私が来たときには確かに"一面"薬品で塗れていたわね」

 さっき血にまみれたと思った手足を見るが、確かに洗剤のぬめりが残っているだけで、赤いしみも血腥さの一つもない。薬品らしい芳香だけが鼻をつくくらいに漂っている。

「先生、私の後ろから追っかけてきたりしました?」
「は?」
「……ですよね。なんでもないです」
「なによ、それ?」

 何もないのなら、それはそれでいい。
 でもできれば「わったしー。びっくりした?ねえ、びっくりした?」なんていつものノリで返して欲しかったところだが。
 振り返ってみれば、実際に確認したものは「血液痕」だけだ。音も感触も、今から確認できる証拠としては残留していない。そして、血液痕などなかった。

(全部、気のせい?狸か狐にでも化かされたの?)

 改めて考えると、自分の行動が一から十まで全て滑稽を極めるようで、情けないというかなんというか。もう、何もかも忘れてさっさと家に帰って加奈子に電話で謝って、仲直りしてから文句でも聞いてもらってから布団を被って寝たかった。

「テスト勉強疲れ?何だか支離滅裂なことを言っていたけれど」

 先生が水槽を眺めながら、聞いてきた。
 うちには、変な先生が何人か、いる。私立だから、一般に例外的な部類に入るような先生。teacher、の意味での先生ではなく、doctor、の意味での先生が、4、5人だか、ウチにはいるらしい。目の前で水槽を覗き込んでいるのも、その一人だった。
 金髪ロングで、どう見ても日本人に見えないこの先生は、しかし宇佐見という名前でれっきとした日本人だという。物理学の博士号を持っているらしく、正直、なぜこんな学校で教師をしているのかわからない。本人曰く「嫁がこの学校で働いてるの。それに大学教授よか女子高生毎日みられる高校の方がいいし」とのこと。嫁、ってあんた女だろ。ご主人のことを指してるんだろうか。でも学校の誰も、どの先生が宇佐見先生のご主人なのか、知らなかった。出任せかもしれない。
 こんな訳の分からない人を採用するから、ウチの学校は「変人か天才の行く学校」だなんて言われるのだ。私は至って普通の人間だというのに。

「いえ、大丈夫です。なんか、今日、妙に暑いじゃないですか。それで、感覚が変になっちゃってるみたいで」
「あなたの家って、神社だっけ。いろんなもの、感じちゃうクチ?」
「全然。霊感とかこれっぽっちもないです。」

 神社だからってそういうのも、何ともステレオタイプというか。逆に宇佐見先生らしいが。
 先生はさっきから魚から目を離さない。会話のために時折こちらを見る以外、ずっと水槽の中をのぞいている。

「それにしても、こんな頭のいい魚、初めて見ました」

 本当は、別にそんな魚の事なんてどうでもよかった。
 私はもう、さっさと自宅に帰りたかった。教室か、図書室にあるだろう私の教科書とノートだが、もうそんなもの魚のえさにしてしまっても構わない。
 私は水槽の方に視線を投げながら、安堵と疲労でどうでもいい受け答えをする。魚の事など、本当に本当にもう、どうでもよかった。
 魚に随分と執心しているらしい先生。主電源がストップされてからもこんな、ランタンまで持ち込んでここにいるのだから、余程かわいがっているのだろう。校内でも変わり者と評される先生だ、恋人とデートするよりも理科室にいたいなどと言い出しかねない。
 あたまがいい、私はそういったが、その先生から返ってきたのは、意外な言葉だった。

「ばかよ、こいつら」
「えっ」

 水槽から視線をよこしもしないまま、先生は冷たい声で言う。さっきまでと同じ人物の声とは思えないほどに、酷くひどく冷たい無機質な声。
 だってさっき、餌をねだることをさして自慢げに話していたじゃないか。頭、いいんじゃ……?

「こんな狭いところに閉じ込められて、与えられる餌を認識していて、でも、世界がこんなに広いだなんて知らないのよ。この狭い水槽からせいぜい見えるものが、世界のすべてだと思ってる。自分達が到達できない水槽の外だけど見える範囲を、きっと悔やんでいるかしら。」

 何が言いたいのだかよくわからないけれど、先生は魚が可愛いからこうして夜残ってまでそれを眺めていたのではないのか?

「下手に私たちの姿が見えてしまって、与えられるものを認識している。ばかだわ。それなら全く何も感じないで今いる自分だけを見ている、いやそれさえ感じてるのかも分からない、白痴なそこのイソギンチャクの方が、よっぽどマシ」

 何だか難しいことを言っているけれど、同じようなことを感じたことはあった。
 水槽と、水槽の外。
 教室と、教室の外。
 学校と、学校の外。
 世間と、社会。
 社会と、世界。
 地球と、宇宙。
 加奈子と、私。
 守衛さんに断って入ってきたこの学校が、世界から隔離されているという境界感(ボーダー)。
 今先生が水槽の中を覗き込んでいるように、私たちを覗き込んでいる別の何者かがいるのかもしれない。

 ばかばかしい。ひどく幻想的な話だ。
 ゲームのやりすぎだろうか。そんなに入れ込んだつもりもないのだけれど。

 私たちを監視してる何者かがいたからといって、何だというのだ。その存在を知り得て、何ができる。
 その魚がいい例だ。餌をくれる存在と餌がもらえる前兆を知り得ても、自分で餌を得ることはできない。中途半端な知覚には、なにも意味なんて、ない、のか?
 そんな情報に惑わされて右に左に振り回されるくらいなら、わからない方がきっと……?

「確かに、知っても仕方ないことを知ってしまうのは、不幸です。でも、知らないことはもっと不幸だと思います。」
「なるほど、あなたはそう考えるかぁ」

 先生は少し場所を変えて、流水装置のそばにある何かつまみのような物に、私の視線を促す。

「サーモスタットの操作盤なんだけど、ちょっと改造がしてあってね」
「はあ」
「温度を80℃程度まであげることができるのよ。熱帯魚用に高温設定の奴ってなかなかなくって。作っちゃった。」
「そ、そうですか」

 80℃?
 何故そんな温度に設定できるようになっているのだろう。

「80℃にもなれば、すっかり茹であがってしまうわね。でも魚達はそのことを知らない。さっきの話で言えば、この設定をいじれば自分たちが死んでしまうことを知っていた方がいい、ということになるわね」
「え、はい」

 宇佐見先生はスイッチやつまみ類に手を触れて操作する出もなく触り回している。

「もしそれを知っていたら、私がこうやってスイッチに近づいて触れることをどう思うかしら。ちなみに私にはこれを操作するつもりなんてない。でもこの子たちはどうかしらね」

 魚の方を指さす。
 もちろん魚たちはそのスイッチ類がなんなのか、知る由もない。
 そもそも茹で上がって死ぬ、という状態を知らないだろう。

「温度、上げるんですか?」
「上げないわよ、勿体ない。手がかかるのよ、この子達」
「だったら」
「上げるかもしれない」
「どっちですか」
「何かの拍子にあがっちゃうかも?」

 胡散臭く陰のある表情を浮かべて、私を見る。
 言いたいことが、わかってきた。

「スイッチの近くにいって、スイッチに触れたとしても、温度を上げないことが繰り返されれば、覚えるかもしれません。」

 そうね。と。
 先生は楽しそうに笑う。嘲う?白い肌に金髪碧眼、その笑顔は、どことなく冷酷さを孕んでいるようにも見える。

「じゃあ決して温度を上げないと思っていたのに、上げられたら?」
「死にます」
「裏切られた、と思いながら、かしら」

 裏切られた?誰に?

「温度を上げないなんて、だれからも教わっていない。勝手に信じただけ。裏切られたなんて」

 あれ、なんだろう。
 自分の発言が、支離滅裂だ。
 惑わされている?
 言いくるめられているような。理不尽な感じ。
 腹が立ってきた。

「自分のいる世界の外側にある事実を知覚できれば、それは例外なく"神だのなんだのの思し召し"になるわ。人はそれを勝手に"信仰"するのよ、"大いなる意思"としてね。私は気まぐれにこのコンパネを触るだけかもしれないし、それは事故によって変化するだけかもしれない。その落差は、悲しいわね?」
「でも、それじゃ、私達の信じるものに、意味は」
「自分だけ、信じていればいいのよ。外側なんて、見るだけバカ。だから、そのイソギンチャクが一番賢いのよ、大局的にはね」

 イソギンチャクはその土台を微動だにせずに、流水に触手を揺らめかせている。
 全く我関せずを貫いているが、そもそもそれ以上に思考する脳がないのだ。直近の感覚を知って処理するための神経束程度。だが魚には、中途半端に脳がある。少なくとも、水槽の外に注意を向けるだけの能力を持っているが、水槽の外に影響することは出来ない。チリ一つ動かすことさえできない。

「たとえば、愛嬌を振りまいて、愛してもらうとか。丁度今宇佐見先生が"もったいない"って言ったように」
「そうね。それが信仰という行為の派生になるのでしょう。神への奉仕とでもいえばいいかしら」

 宗教とは、自分を内面から救済するためのもので、とても胡散臭いと思っていた。だがそれが、誰かの機嫌を取るための行為だとしたら。

「世界にはいろんな神様がいて、信じてると救ってくださる神とか、奉っていないと祟られる神とかがいるでしょう?まあ何をしても何もしてくれないのもいるけど。何かを期待しての信仰なんて、どこまでも神様へのゴマスリ。誉められて喜ぶ人間と、人を従えて喜ぶ人間と、いるじゃない。そういうのと何も変わりはしないわ」

 私は、私の手でこの子達の生活を掌握するのが好きなの。と、付け足して笑った。
 なんて、残酷な笑顔だろうか。
 この人は、教師にしていてはいけない気がする。

「私は温度を上げる気がないけれど、私じゃない誰かは、温度を上げて中の魚が死んでしまうその姿が愉快だと、そう思うかもしれないわ」
「最低ですね」
「そうかしら。これが魚だからいいけれど、魚の代わりに、人間にとって有害な害虫だとか微生物だとしたら?」
「そいつらが悪い」
「私たちの価値観ではね」

 何の禅問答だ、くだらない。
 私たちは、私たちの世界で精いっぱい生きている。外側とか神様とか、クソ喰らえだ。
 私は、私の意思で生きている。私の生を、私以外のいかなる存在にだって、邪魔なんかされたくない!

「わかりました。イソギンチャクの方が賢い、という論に同意します。私は、神も運命も永遠も何もかもを、嫌っています。認めたくないです。宇佐見先生とのお話でよく自覚できました。私は、私以外に、私を生かす存在を"知らない"。これでよいですか?」
「結構!たいへんよくできました。決して、知りたがるべきではないわ、決して、決して水槽の外を知るべきじゃない。不幸になるだけよ」

 あはははは!と耳障りな高音で笑い転げる先生。何が、何がそんなにおかしいのだろう。
 と、先生の手が、サーモスタットのコントロールパネルに伸びる。

「えっ」

 そのまま、先生の手は温度調整のつまみを最大まで右へ、捻った。

「ちょっ、先生!?」
「80℃。」
「そんなこと!もったいないって、かわいいって言ってたじゃないですか!」

 私はコンパネに手を伸ばして温度を元に戻そうとするが、先生に思いきり突き飛ばされる。

「"気が変わった"わ。あなたと話していてね。」
「気が変わったって、そんな理由で!」

 立ち上がって設定を元に戻そうとすると、どこから出したのかわからない"傘"の鋭い先端が、私の首と肩と頬の隙間に付きたてられた。あまりに鋭利なそれが体のすぐ傍の床を穿っている。

「"そんな理由で"ですって?そう。"そんな理由"、なのよ。勘違いしないことね。」

 ひゅるり、と離れていく傘。先生はそれを自分のカバンの傍に放って「今日は雨が降りそうだから」と何事もなかったかのように付け足す。
 体と顔はもうこちらには向いていない、だが、横にこちらを見るその目は、酷く酷く残忍な顔をしている……と思いきや、いかにも興味なさげに覚めた無表情だった。どこか、興醒めして飽きてしまったとでもいいたそうな。子供の様に邪気がなく、飽きたそれにとことん無慈悲。
 先生は、椅子に腰かけて机に向かう。

「学会に提出する論文を書かなきゃいけないのよねー。悪いんだけど、あんまり長々とは付き合っていられないの」

 次にこちらを見たその表情は、先ほどまでのフランクすぎて教師らしささえないあの雰囲気に戻っていた。

「論文?」
「この子達の、学習についてだったんだけど、死んじゃったわ」

 くすくすと笑いながら、水槽の中を見る。
 水面にひっくり返った魚たちの白い腹が、照明に照らされてぬらぬらとてかっていた。
 イソギンチャクも、おそらく死んでいるだろう。触手のなびきに生気が感じられなかった。
 先生が気まぐれに80℃の温度設定をしたせいで、あの水槽は、滅んでしまった。なんという不道徳だろうか。なんと忌まわしい。それが教師のすることだろうか。

「……論文を、出せませんね」

 皮肉を込めて言ったつもりだったが、宇佐見先生は相変わらずへらへらと答えた。

「もういいのよ。別の題材は用意してあるし」

 確かに、ただ、魚とイソギンチャクが死んだだけだ。
 だというのに、この、私自身が冒涜されたような、酷い苛立ちは、何だろう。
 犯された。
 男に無理やり押し倒されて挿入れられた時よりも、何倍も、何倍も、忌々しい。恐怖感と喪失感、そして焦燥感。
 口と胸のあたりがひどくムカついて、吐き出せばそれは洗濯糊が濁ったようなものであるような気がした。

「先生は、博士号をお持ちなんですよね?」
「一応は。生物系じゃないけどね。」
「じゃあ、"なぜ"に意味はあると思いますか?」
「嫌な前提を置いてからその質問を、するのね」
「そうですか?」

 もちろんそのつもりで、聞いている。

「意味は、ないでしょうね。でも、価値はあるかも」
「価値は意味じゃないんですか?」
「難しいわね」
「何故、で博士号をとったり、今だって論文を書いたりしているんですよね?魚達が、水槽の外に"何故"を抱いていたかもしれない。でも、それを無に帰すような行為、イソギンチャクを賢いとしたその真意。では、"何故"と考えることは、無意味ですか?」

 私の言葉に、さすがの先生も困った顔をしている。

「私のこれはさ、"何故"の結果では、ないのよ。あいつが望んだから」
「あいつ?」
「嫁。」

 だから、嫁って。あんた腐女子か。なんか変な言い回し。

「ご主人が、博士号を取れっていったんですか?」
「いいえ。」
「意味が分かりません」
「世界を一つに結んで見せろって、言ったのよ。自分では境目を越えられない、一つになんて出来ない、って。自分の世界を、私の色で彩ってみろって。二色の蝶で織りなして見せろって。だから、代わりに、"ひも"で結んでみようってだけ。博士号はその副産物にすぎないわ。」
「ひも?」
「家にすまわせて飯を食わせてやった。」

 だめだ、何を言ってるんだかわからない。
 天才とバカは紙一重ってのは、こういうことを言うのだろうか。
 この人にはつきあいきれない。そう判断した私は、もうさっさとこの場を去ることにした。
 魚を茹で殺したことへの憤りもまだ収まってはいない。ごちゃごちゃとした感情が、

「……そろそろ失礼します。忘れ物を取って、すぐに帰りますので」
「そうするのがいいわ」

 私は、荷物をかき集めてカバンの中に押し込み、携帯だけを手に取って準備室を出ようとする。
 ふと、後ろ髪をひかれた気がして振り返る。
 水槽の中にひっくりかえた魚が、言葉にならない言葉を、投げかけてきているように聞こえた。

 助けて 助けて 助けて
 僕達まだ死にたくない
 熱い 熱い 熱い

 熱されて茹で上がった水槽の中から、見えない手が伸びて私を掴んでいるようだ。魚のひれが指に化けて、イソギンチャクの触手が伸びて、私を絡め捕り、救済を懇願してくる。
 自分では何もできない、小さく弱い者。知りえないはずの情報を、知覚して、そして哀願する。

 信仰します。愛します。奉じ、祀ります。
 あなた達を神として、服従します。
 ですから、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、たす

(幻聴だ)

 私は自分に言い聞かせて水槽から目を話し、ひかれる錯覚を感じる髪と肩を引きちぎって、扉に手を掛ける。

「そうそう」

 だが、先生の声が、引き留めた。

「今日は、随分とあついわね。やたらと蒸すわ。」
「……そうですね」

 だからなんだというのだ。今更。今日が暑いのなんて夕方から知れたことじゃないか。

「それが、何か?」
「ちょうどいいから、教えてあげようかと思って」

 なにをだろうか。
 外側の世界がなんたるか、ひもで結合したご主人と世界のことか。まっぴらごめんだ。

「結構です」
「あら残念」

 失礼します。と一言おいて、私は生物準備室を出た。







 物理の先生に対する、正体の知れない憤りに任せて飛び出した廊下は、こうしてみれば暗いだけで何の変哲もない廊下にすぎなかった。

「何を怖がっていたんだろう。確かに、まだ暑いけど」

 自分がスリッパをぱたぱたさせて歩いているのが、どうにもばからしく思える。後ろから何かがおってくるなんて、あり得ない話だった。
 校舎内のこうして人がいた以上、まったく、何を怖がることがあっただろうか。
 緑色の非常灯も依然煌々と照っており、携帯のライトと合わせれば十分な光量にも思える。
 緑色の光と携帯の白い光を頼りに、廊下を歩こうとする。

(非常灯と携帯のライト"だけ"?)

 私は、今出た準備室の方を振り向いた。
 さっき準備室で灯っていたランタンの光は、ガラスの向こうからはもう漏れていない。
 消した?
 そもそも論文を書くのにランタンですって?

「あの、先生?」

 私は準備室の引き戸を引いて、教室に戻る。
 扉を開けた生物準備室の中に視界を巡らすと、そこにランタンなどなかった。椅子に座ってレポート作業している先生の姿もなかった。さっき目の前でひっくり返って死んだはずの魚は、青緑の薄い光の中でゆったりと泳いでいた。イソギンチャクもゆうゆうと揺れている。水槽が茹で上がっている様子はなく、水循環のモーター音と水音だけが足元に溢れてきていた。

「?!」

 どういう事だ。
 さっき先生が傘を置いたあたりに目を配るが、傘どころか一緒にあったかばんもない。
 引かれた椅子は確かに動いているが、移動しているのは「私が座った椅子だけ」だった。

「せん、せい?」

 教室の中に呼び声を響かせてみるも、こたえはない。水槽の音だけがごうごうと鳴り続いている。
 一歩一歩中へ進み、サーモスタットの操作盤を覗き込むと、確かに80℃を指す目盛りはあるが、温度は32℃に合わせられていた。

(なに、どういうこと?さっき、死んでなかったの?)

 何か「証拠」を探す。さっきまでの先生とのやりとりを証明する、何か「証拠」を。
 缶コーヒー。
 先生からもらった缶コーヒー。飲んだままになっていないか?
 さっき座っていた椅子は確かに座った状態に動いている。コーヒーも、そこにはあった。だがこれは、私がいた証でしかない。先生がここにいたという証拠は!?
 私がコーヒーの缶を持ち上げると、その口からがさがさと何匹もの蠢くものが(恐らくゴキブリ)が溢れ出してきた。

「ひっ!」

 私は缶を放り投げる。からんからんと軽快に、だが暗闇にけたたましい音を響かせて転がり、さらに数匹のゴキブリを吐き出す。
 さっき飲んだコーヒーよ?
 百歩譲って一匹入ることはあるかもしれないけど、今、確実に五、六匹は這いだしていった。暗くてよく見えなかったが、下手をすると十匹位だったかもしれない。あり得ない。
 缶の口を飛びだしたゴキブリは、部屋の隅へと吸い込まれるように流れ、闇の中に消える。

「なん、なのよ……!」

 携帯のライトで缶を照らすと、缶はぼろぼろに腐食していた。印刷面が読み取れないほどに、スチールの面は錆び、腐食して茶色い肌を見せている。

(なん、で?)

 理解できない。
 さっき袖やソックスに付いていた血痕が消えていたのも納得行かないが、魚が生き返っているということは、今度は時間が巻き戻っている?いや、コーヒーの缶は時間を進められている?
 なにが起こっているんだ。

 ――ここにいちゃいけない。

 体の深い部分が、警鐘を鳴らしていた。
 本能、と言えば安い。もっと根源的な、原始的な、未分化ででも具体的な、何か奥底が、私の危険を知らせていた。
 それを疑う必要もない。嘘だろうが本当だろうが、価値はない。こんな部屋にいる必要は

 べちゃ

 ずるっ

「な……に……?」

 記憶に新しい、不快感を掻き立てる、あの水音が、部屋の中から聞こえてきた。
 また、だ。また、あれがやってきたんだ!
 先生と会ったことの方が幻?部屋に入る前と、状況なんて変わってないの?

べちゃっ

          べちゃっ

       ずるっ

べちゃ             っず

 逃げろ。
 逃げろ、逃げろ、ニゲロ!

 胸の中にいる何かが私を鞭打つ。竦む足に電流を流し込んで、強引に体を運ばせる。動け、動け、動け。振り返って数歩、部屋の扉からそう離れた訳じゃない。

(考えるな、考えるな、考えるな、考えるな、考えるな、考えるな、考えるな!)

 瞳を見開いたまま、心の瞼だけを下ろすように自分に怒鳴りつけ、扉へ走る。

 足が、もつれる。何かが、足に絡み付いてくるみたい。泥。海藻。糊。血溜まり。イソギンチャク。魚のひれ。触手。熱湯。意識。世界。信仰。

 ずるっ

  ずるっ ずっ

ぶちゃ
              ずるっ

       べちゃ

 なによ、なによ、なによ!
 邪魔しないで、足を引っ張らないで!!
 あんた達が死のうが茹で上がろうが、私には関係ない!関係ないわ!!魚の一匹、死ぬことに大した意味なんてないじゃない!
 先生が気まぐれで、温度を上げただけじゃない!私は関係ない!!
 水槽に、まだ生きているように見える魚は、皆一様に、いつかのように私を見つめている。左右に不気味にせり出した、虚空を立体化したようなぎょろついた瞳を、皆こちらに向けている!
 水音が、近づく。
 一歩、また一歩、粘る攪拌音を立てて、こちらによって来る。
 足が動かない。何かに抑えつけられているようだし、足の裏に何か強粘着を感じもする。そもそも私の言うことを聞いていないようにさえ思える。
 上半身だけを捻って後ろにみる扉までの距離は、わずかに数歩、だが、それが果てしなく遠い。

 ずっ

       べちょ

    べちゃっ

              ずるっ

   ぶちゅ

 水槽の中の魚の目は、私から逸らされることはない。
 まっすぐにこちらを見たまま、青白い水槽のライトに照らされた奴らは、口をぱくぱくと開閉して私に何かを言い足そうにしている。
 何かを言いたかったとして、まともなメッセージではないのは、間違いなかった。
助けて 助けて 助けて

僕達まだ死にたくない
熱い 熱い 熱い
信仰します。愛します。奉じ、祀ります。
あなた達を神として、服従します。
ですから、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、たすけて

(うるさい)

 おまえ達はただの魚だろう!水槽の中から出られない、こちら側に何一つ干渉できない、小さな世界に押し込められた、哀れな存在だろう!?それが、それが、私をどうにかできるだなんて、思い上がるな!!

ずるっ

 べちゃ

ずるっ
ずる、ずっ、ずる、ずる

 魚の視線は私の足を釘で打ち付けている。イソギンチャクは。イソギンチャクは。
 水槽の中、魚の群の中に見える、赤い肉塊イソギンチャクを探す。その触手は、薄ぼんやりと緑色のライトに照らされて、流水にたゆといながら。

「なにを、している」

 その触手は、延びていた。その体には不釣り合いなほどに、長く、長く、延びていた。よく目をこらせば、水槽の底を埋め尽くすのは小石砂利ではなく、イソギンチャクの触手の肉質ではないか。水面に揺れているのも、海藻ではなく、薄膜の下に赤い肉を詰め込んだ、イソギンチャクの触腕。そしてそれは、水槽のガラス壁面を遡り、水槽の、世界の外にはみ出している。

「なにを、なにを、なにをしているのよ!?」

 イソギンチャクの分際で、水槽から、その世界から這い出そうだなんて!

 ずるっ

        べちょん

   ずるるっ

 ぐちゃ

           びちょ

  ずるっ

 水槽の中で脈打ち蠢くイソギンチャクの拍動と、私に寄ってくる水音は、同期している。それは、どうしようもなく、否定しようもなく、紛れもなく同期している!
 おまえか。
 おまえか!
 おまえなのか!
 私を追い立てて、私をどうにかしようとするのは、おまえか!

「おまえかあああああああああああああ!!!!!!!」

 振り返って教室を飛び出そうに叶わなかった足を、自分でも信じられない力で、地面から引き剥がす。右足、左足、スリッパとソックスにへばりつく粘着性の思念ゲルを、蹴落として振り払い、持ち上げた足は、振り返ることなく前へ。重すぎる足はしかし勢いが付いてしまえば加速。叫びながら、水槽の中の雑魚を蹴散らす絶叫をまき散らしながら、一歩一歩を攻めるように前進して辿り着いたのは、その、水槽の、前。

「魚介類が、魚介類如きが、そこから、水槽から出ようなんて、おこがましいのよ!生意気なのよ!!私に何か働きかけようなんて、思い上がりも甚だしい!お前なんて、その小さい世界の中で、外のことなど知らずに生き続けるか」

 手を伸ばし、指に触れるのは、サーモスタットの操作盤。

「もしくは何も知らずに、死ぬのがお似合いなのよ!」

 一気にそのつまみを右へ、限界まで。知ってる、80℃。
 さっきみたいに茹で上がって死ねばいい。おまえ達魚も、生意気なイソギンチャクも、外の世界になんか目を向けて、手を伸ばそうとした、それがお前達の死因よ。
 熱湯を注ぐためのボイラーが、ぐゎんぐゎん呻いている。だぼだぼと水槽へ注がれる新しい水はぐらぐらと80℃の熱湯。白い湯気をもうもうと上げていた。
 油膜を這った水面に洗剤を垂らしたみたいに、イソギンチャクの触腕が熱湯の注ぎ口を避けるように円形に広がり逃げる。水槽の外に延びた、不気味に長いそれも痙攣なのか焦燥なのか、不格好な動きを交えてもがいていた。洗剤みたいに。洗剤。洗剤?洗剤?!
 魚はビクンと跳ねるように身を翻して、やはり高温の湯が対流する範囲から逃て端へ端へと、追いやられていった。
 足下にまで延びたイソギンチャクの腕が、私のつま先に触れる。

「うるさいって、いっているのよ!」

 私は足を持ち上げて、それを踏み潰した。スリッパを脱ぎ捨てた素足にその肉質は柔らかく、そして弱く脆かった。足の裏で弱々しく脈打っていたそれは、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も踏みつける内に、潰れたまま動かなくなった。
 魚達は、追いやられた、まだ32℃を辛うじて保つ、狭い世界の片隅に身を寄せ合いながら、その目で私の方を見ていた。イソギンチャクの腕を踏み潰して、恍惚の表情を浮かべて快感に震える、私の姿を。
 その閉ざされた世界が高温に浸蝕され、自らの死を悟りながら、恨めしそうに濁ったその目で、やがてひっくり返って水面に浮かび上がるその時まで、じっとこちらを見ていた。
 やがて全ての魚がひっくり返り、イソギンチャクの触手もすべて動かなくなる。死んだ。死んだのだ。私が殺した。この小さな世界を、私は滅ぼした。

「はっ、はっ」

 息が、上がっている。いや、心臓が内部から破裂しそうなほどに脈打っていた。
 気が動転して落ち着いた思考がで気なかったその混乱が、ゆっくりと覚めて解けて霧を晴らしてくる。

「は、はは」

 水槽の中に生きた生き物がいなくなったことを理解した私は、ずるずると崩れ落ちるように、湯気を上げる水槽の前にへたり込んだ。

「殺した。壊した。水槽」

 先生はただの気紛れで殺した。私は恐怖を遮るために殺した。
 どちらであっても、人間の手にかかればたやすいことで、理由は、魚たちには一切関係のないこと。彼らには、私たちの行為を止めることはできなかった。唯一伸ばした腕でさえ、私が踏みつけた。
 サーモスタットを操作した右手につまみの堅さが残っている。躊躇なかった。彼らの事など気にも留めていなかった。私を狂わせる何かから逃れるために、私は80℃で、壊した。

「でも、これで」

 そう。
 ずっと私を追い回していたあの足音の原因は、仕留めた。
 あれは、水槽から出たいというあの魚達の生霊のようなものだったのだろうか。なまじっかガラス張りで外の世界が見えるから、こうなるのだろうか。
 知らないよりは知っていた方がいいと、思っていた。でも、私はこうして、叩きのめしたのだ。裏切ったのだ。

「裏切られた」

 先生が言っていた言葉、だ。
 ならば確かに、見えない方がよかったのだろうか。餌をくれる人の存在など知らない方が、まして、それに愛嬌を振りまいて媚びるなんて、しないほうが、幸せだったのだろうか。

「ちがう」

 私は茹で上がる水槽を冷淡に見下ろしながら、立ち上がった。
 あれほどに私に恐怖を植え付けておいて、何が"媚びる"だろうか。そんなはずは、ない。同情など、せずともよい。

「もう、あんな奴は、いない。私を追いかける正体不明なんて、もういない!」

 気分がいい、ということはなかった。ただのもやもやとした不快感と、わずかばかりの安堵感、それだけだ。あとは、何の感慨もない。殺してしまえば、その事実以上の意味など持たないように見えた。
 つまらない、ちっぽけなもの。命の尊厳などと言っても、道徳心や宗教心にぎりぎり支えられた洗脳に違いないのだ。
 水槽からはみ出した触手を、敢えて踏みつけながら、ふん、と鼻で笑った。
 宇佐見先生の、言うとおりかも知れなかった。小さな世界の一つが消えてしまうことなんて、ただその事実があるだけで、それ以上の意味なんて、ないのかも知れない。今、私は自分の欲求(こいつを止めたい)をなすためだけに、水槽を加熱した。私にとって幾ばくかの価値はあったかも知れないが、その理由に、"何故"に意味なんてなかった。
 やっぱり、考えない方が、正解なのだ。

「私、教科書を持って帰りたいだけ。それだけよ。」

 動かなくなったイソギンチャクに吐き捨てる。
 鞄を肩にひっかけて、理科室を後にしようとしたとき。



ずず

ずるっ

「え」

 また、あの音だ。
 なんで!?イソギンチャク、イソギンチャクは!?
 足下にある触手と、水槽の中のイソギンチャクをみる。それはやはりぴくりとも動かないし、ぐったりと動かないままその死体は緑色に照らし出された。死にっぱなしだ。
 音の源は、私を追い立てる奴の息の根は、止めたはずだ。なのに、なのに!
 ならば、なに?何の音なの!?

ずずっ

       べちゃっ

     べちゃっ       ぐちゃ

 ずるっ

 それは、さっきのよりも、大きい。音が大きいだけではない、なんというか、大きなものが這いずっているみたいな、音に太さがある。
 どこ?どこから聞こえる?
 さっきは廊下にいたときに、背後からだった。今度は?

「はっ、はぁっ」

 運動しているわけでもないのに、息が上がる。頭がくらくらして、正常な思考を失いそうになる。現状を整理できない、巨大な重圧。押し退けることが出来ない。肺に半分まで水が満たされたみたいに呼吸状況に警告が発生し、頭が胸の中心臓の周辺に絡み付いている網状の脂肪塊をこそぎ落とせと開胸欲求を高めてくる。

 な に が

 携帯のライトをかざして四方八方を確認する。網膜にざらついた赤セロファンをかぶせたみたいになってる。全てが赤っぽく変色して明度が下がって解像度の低下。ふらふらブレる焦点は対象を正しく捉えることが出来ずに、その"なにか"を捜し当てることが出来ないでいた。
 心臓の拍動音が喧しい。しかもそれにあわせるみたいに、赤が濃くなったり薄くなったりする。

「なん、なのよ」

 ふと、違和感を感じる視覚情報が飛び込んできた。壁が、妙に、近い。赤茶色をした

ずっ

   ずずっ

 ぐちゃ

 音が、近い。近い、近い!
 だめだ、とりあえず、教室、出なきゃ。ここは、袋小路……!
 振り返って踏み出した足に、柔らかい感触。さっきの、イソギンチャクの触手のに似ているが、もっと、分厚い。

「ひ」

 足を引っ込めてライトで照らすと、蛸の足みたいな、ミミズみたいな、ナメクジみたいな。水気でぬらぬらてかった長い「なにか」が、無数に床を這いまわっていた。それはテレビで見た事のあるアナコンダとかその辺の大型の蛇くらいの太さで、しかもみるみるその密集具合を増していき、あっという間に堆い壁の様に目の前を塞いでしまった。

(まずい。まずい、まずい、まずい、まずいまずいまずいまずい!)

 何だかわからないが何だかわからないものがそこにいるのは、まずい。
 90度回転してその壁を迂回しようとするが、既にすっかり取り囲まれていた。逃げられない、逃げられない。完全に包囲されて、瞬く間に数歩と動き回れる範囲がなくなってしまった。

ずっ ずずずっ ずるっ
べちょっ   ずずっ ぐちゅ
にちゃ ぶちゅ  ずるっ

 前も後ろも右も左も、長い何かに取り囲まれている。不快で忌々しい水音が、絶え間なく私の耳に侵入してくる。冷や汗が噴き出す。視界がぐるぐる回って、心臓が一拍ごとに破裂していた。
 これはなんだ、この化け物は、イソギンチャクの亡霊か何かか。
 驚き後ずさると、背後のそれに背中を当ててしまった。慌ててそれから背中を引き剥がすと、生温かい洗濯糊のように、粘ってべちゃりと糸を引く。流れる空気が鼻をかすめると、吐き気を催すほどの悪臭。卵が腐った匂いに死んだ魚の血合いとガスのような刺激をミックスしたようなそれは、一発で私から落ち着きを奪い去った。

「なに、なん、なの!?」

 鼻の奥と食道が同時に収縮して逆流運動。手で口を押えながらこのミミズの群れのようなものの包囲からの脱出経路を模索するが、もう手遅れに思えた。いっそよじ登って踏み越えて向こう側へ行った方が良いだろうか。触れても大丈夫なのだろうか。どのみちこのままでは徐々に狭められてどうにかされてしまうのは火を見るより明らかだったが、もはや私にそんな正常な思考をする余裕はなかった。ここまでの不安感で無数のヒビを入れられていた精神に一気に負荷がかかり、それは砕けた。
 私の膝からふっと力が抜けて、へなへなとその場にへたり込んでしまう。

「あ、ああ」

 やはり先のイソギンチャクの亡霊なのだろうか。ならば、きっと、私を、殺すつもりだろう。あんな風に、私が殺したのだから。

「こないで」

 膝に力が入らず、立ち上がることができない。へたりこんで床についた手には、洗剤、いや血液、いやもっと不快な粘液。いくらあがこうともぬるりと摩擦を殺されてしまい、這いずって位置を変えることもままならない。

「こないで」

 私が哀願のような声を上げても、その巨大ナメクジの群れは少しずつ私への距離を詰めてくる。
 注意力の欠片さえこそぎ取って失わせる強烈な悪臭。何が起こっているのか理解できない現実感のなさ。断固として無慈悲な前進を続ける巨大ミミズの動きは、私の空間を次々にはぎ取っていく。もう、背中や足に、その一部は触れていた。
 ずぶん、と妙な感触とともに、腰を抜かしていた私の足元が、沈む。
 違う、イソギンチャク、お前は、違う、違う。

「ちがう!ちがう!!あの水槽は、私の下位世界、私達が格別の事由なくとも好きに扱って何の差支えのない、弱く小さな世界!お前達が、お前達ごときが、私達の行為に報いようだなんて、言語道断なのよ!!」

 そうだ、そういうものなのだ。
 宇宙なんて、世界なんて、誰かのほんの気まぐれで存在し、ほんの気まぐれで消され、夢の中にだけ存在し、鼻提灯が割れる目覚めで滅びる、そんなものなのだ。
 だから、あのイソギンチャクを、魚達を殺したことなんて、何も、何も、悪くない。
 私は、いよいよ私を締め上げようととぐろを巻く巨大ミミズに向かって、吠える。

「私は、外の存在よ!お前たちがどうにかできる存在じゃない!弁えなさい!わきま」

 イソギンチャク、コチヤサナエ。
 水槽、教室。

 かくだい。
 そうとう。
 とうかち。

「そん……なぜ?さなえ、私、さかな?」

 そんなはず、ない。
 タイミングが、都合が、よすぎる。あまりにも、私、私。

「くわれた」

 思わず漏れ出たのは、そんな言葉だった。
 さっき私がしたのは、ただの破壊だった。
 さっき私がしたのは、ただの殺戮だった。
 さっき私がしたのは、ただの気紛れで
 さっき私がしたのは、ただの言逃れで
 今私がされているのは、ただの気紛れかも知れないが、捕食、のようだった。
 この入れ替わった"外枠"自体が、巨大な化け物。教室が口で、今は喉か胃かといったところか。私は何か巨大な、外なる存在に、外宇宙の妖怪に、食われようとしている。私が?いや、この空間もろとも。
 がっくり、と、力が抜けた。
 私が水槽を茹で壊したのと同じように、この妖怪は私を抵抗不能な方法で屠殺するのだ。
 魚が水槽で茹で殺されたのと同じように、私はこの妖怪に抵抗不能な方法で屠殺されるのだ。
 逆らえない。私とこの何かとの差に、圧倒的という言葉は当てはまらない。そもそもレイヤーが違うのだ。存在が上層部に属していて、むしろ私と水槽の差よりも決定的なもの。
 そう、例えば、私達と、私達の想像や、作り上げた虚構のような。私達から見れば存在ですらない、そんな。
 私は、存在でさえない。この教室も、世界も、私のいた歴史も、記憶も、存在なんてしておらず、砂浜に書いた落書き程度のもので、波が来ればすぐに消える。
 私は、私でさえない?

「い……いや」

 私、私は。
 触手は、私を嘲いながら、うねうねと波打っている。
 身動きできない私を、概念のまま殺すつもりなのだ。存在としてではない。仮想の存在、非実在客体として、サンプル、思考実験、ただの気紛れ。
 堅い感触を失っていた床が、突如として豆腐のように軟化し、足がその中に埋まってしまう。ずぶずぶずぶ。

「や、やだ……いやだ」

 足が、床に、埋まって抜けない。床?ちがう、床じゃない。なに?肉?
 床だと思ってたものは、いつの間にか柔らかい生肉の層に変わっていた。私の足は、いや、手も、その柔らかく生温かく脈打つそれに、しかししっかりと埋まり込んでしまっていた。引き抜こうとしてもびくともしないのに、その肉塊の中では手首足首から先、はぬるぬるとした感触の中を動かすことができる。
 これは、枷?肉でできた、手枷と足枷だ。それが誘導するみたいにゆっくりと動いて、私の手足を勝手に動かす。

「なん、なのよ、外側のイソギンチャクだとでも言うの!?私をどうするつもりなのよ!?」

 私が何を言っても、返答などない。這い寄る無数の触手は、床に仰向けに磔になった私を、見下ろすように取り囲み、その先端が鎌首をもたげて私に向いていた。
 上を向かされて、教室が完全に教室ではないどこかに連結されていることに気付いた。天井がなく、しかし満天の、しかし禍々しく睨みつけるような凶星が散りばめられた宇宙空間が、見える。星々が磔になった私を見下ろし嘲うかのように、真っ暗だった教室はいつの間にか薄暗い明かりに満たされている。
 だがその明かりは全く安心感につながらなかった。薄緑のその光はどこまでも冷たく、肌に当たるだけでちりちりと不快で、ぼんやりとしたその輝きは逆に不穏な雰囲気を増している。何より、薄明るいと言うだけで、私を取り巻く触手の群の姿を、私が認識できてしまうのだった。

「なに、する気」

 当然、殺す気なのだろう。
 蛇の様に頭を持ち上げて私を囲み、ゆらゆら蠢くさまは、さながら蛇が獲物を品定めしているようでもある。あの柔らかそうな触手にどれほどの力があるのか私には想像できないが、私が小さな世界をスイッチ一つで滅ぼしたのと同じように、この触手(もしくはそれを操っている何者か)もまた、いとも容易く私を殺すことができるに違いなかった。だのに、私をこうして磔にしてずらりと並んだミミズで私を弄ぶのは、何の意図があっての事だろう。
 と、その内の一本が、他とは違う動きを示した。それはにゅるりと一人だけ背を高く伸ばし、その長い長い体を私の背後へ回し、一回りして私の目の前に先端を現した。その先に目があるわけではない。顔の様になっているわけでもない。だが、それは確かに私と"目"を合わせて私の表情を観察しているようだった。
 それが鼻先に近づくと、堪え難い悪臭が鼻へ流れ込んでくる。口呼吸にしてもぴりぴりした刺激臭が喉を焼いた。
 巨大ミミズはその表面から、ひっきりなしにとろとろと何やら粘液をしたたらせている。不気味なほどに粘り気があり、私の肩ほどの高さから床まで、途切れることなく粘液の橋を渡したまま滴っていく。それは次から次へと流れ滴り、磔になっている私の背中をじっとりと濡らしていた。粘液から発せられる悪臭はその濃度をどんどん濃くしていく。粘り気の嫌悪感と悪臭、吐き気がするほどの不快感。身をよじると横にいる触手の一匹がそれを制するように私の脇腹に先端をくっつけ、気持ちの悪い感触をこすり付けてくる。
 表面は粘液の膜で包まれていてその下には柔らかい粘膜がぶよぶよと生肉のような質感を現している。体温は生暖かく、人肌よりも少しだけ暖かい。触れていれば存在感を感じさせるという点で、最も不快な温度だった。

「私を、どうするの」

 どうせ答えのないことは承知していても、現状を把握できない不安感が、そんな言葉を口から押し出してしまう。が、私の眼前にいる大ミミズのが、その先端をゆらりと動かして私の視線を誘導してきた。思わずそれに従って視線を動かすと、大の字に拘束されている私の股間めがけて、無数の触手が群がっていた。鼻などないが、鼻先を近づけている、といった具合。
 その先端は、蛇の頭の様に一度括れてから膨らみ……ああ、そうか。あの不快極まりない形は、男にレイプされたときに嫌というほど見たアレだ。まさしく男性器の先端を模したようなその形に、私は恐怖を禁じ得なかった。

(なんで、この化け物が、私を)

 私は自分が不美人ではない自覚はしている。だからこそあの忌まわしい出来事があったということも、理解はできずとも納得はしていた。だが、こんな化け物にまでそんな対象に見られるなんて。
 触手たちの意思は私にはわからない。だが、本能的に何かが伝わってきたのだった。「こいつらは、あの男たちと、同じだ」と。
 もし外側で私が磔になっている様を見てにやにやと笑っている不浄極まりない忌々しい存在がいるのだとしたら、私のレイプ体験もそいつの仕業かもしれない。だとするならば、私は、トラウマを植え付けられて、あえてここでもう一度それに塩を塗る行為を、"させられている"のかもしれなかった。
 憤りを、感じる。だが、今はそれ以上に。

「やめ、やめて、もう、あんな目は」

 過去の出来事がフラッシュバックする。あのレイプでめちゃくちゃにされた股間は、今でもたまにずきずきと痛む。あのときの屈辱とみじめさ、痛みと苦しみ、尊厳を踏みにじられる悲しみ。目を背けてきた記憶の蓋が、その触手によって無理やりに開封される。
 股間に群がっている無数の卑しい形の肉筒は、レイプ直後に何度も見た悪夢が現実のものになったのも同じだった。

「いや、いや、いやいやいやいやいや……ぁ、ぁあ」

 声が上ずる。心拍数が暴れ出しているのに、体温が急激に下がっている。貧血にも似た症状が眩暈と視野の狭窄を招き、同時にあの時の記憶を呼び起こす感覚だけが、無駄に鋭敏になってしまう。
 私を散々に犯して汚らしい液体を私に浴びせかけた男。何度も拳で私の顔を殴りつけた後に口の中にペニスを突っ込んで小便を無理やり飲ませてきた男。あそこをゴミ箱か何かみたいに扱って、ビンや缶を突っ込んできた男。腕にタバコの吸い殻を押し付けてきた男。お尻の穴に食べ残しの弁当を押し込んできた男。それぞれの顔が、写真を見ているように思い出されてしまう。
 押し込めた記憶が、溢れ出して、心を蝕む。

「いやあああああああああああああああああああああああ!!!!!!離して!離して!!!!!!はなしてええええええええええええ!!!」

 いくら手足を肉の床層から引き抜こうとしても、それはびくともしない。びくびく暴れまわるだけしかできない私の体を、触手は喜んで見下しているようにも思える。そいつらが身をゆらせる度に漂う悪臭は、あの暗く臭い四畳半の地獄に漂っていた匂いに違いなかった。

「やめて、やめて、やめて、やめてやめてやめてやめてヤメテえええええええええええええええええええ!!!!!!」

 暴れても暴れても、私の体が床から剥がれることはなかった。大の字に磔られた私の体。股間に、嫌なぬめりが染み込んできた。おそらく肉蛇のものだろう柔らかい感触が、スカートや下着を掻き分けて押し入ってきて、太股や下腹部、お尻やあそこのまわりにぞわぞわと触れてくる。
 それが私の肌の上で動くだけで、記憶を引きずった嫌悪感と恐怖が噴き出てくる。

「やめて、おねがい、痛いのは、いや」

 股間に異物をいれられたあの時の激痛を、まだ何もされていない内から錯覚する。
 四肢を押さえつけられて、物のように扱われたあの部屋を思い出す。いや、あの時は衣服や布団、箪笥やテーブルの方が丁重な扱いを受けていた。
 狭い世界。私が物以下の存在として扱われた、小さな小さな四畳半世界。手を引いても足を引いても男共が押さえつけて逃げられない。蹴られ殴られ、時には切られて刺されて、犯された。それに飽きればゴミ扱い。子供が虫を潰して楽しむみたいな。
 小さく閉ざされた世界で殺されかけた。また、それを、されるのだろうか。
 震え上がる。歯うまく噛み合わないでがちがち鳴っていた。恐怖が許容量を越えて涙になって溢れ出している。止まらない。

「あれは、あんなのは、もう」

 私の視線を誘導した長い一本が、私の体に一回りしたその長さをもう幾重にも巻き絡めてくる。触れられた部分は漏れなく粘液で湿され、制服の布地がじっとりと悪臭を放つ液体を含んだ。
 ずるずると体を這い回る。その数は最初の一本に加えて次々に数を増やし、何本もの濡れミミズが私の体に絡み付いていた。古くなった豚肉みたいな色のそれは、私の腰、お腹、制服と下着の内側に潜り込んで胸の間、腋の下、首、頬にまでべたべたと臭い液体を塗り込めてくる。ぞるぞる気味の悪い感触を肌に落としながら、擦り付けられるその粘膜じみた濡れ肉を擦り付けてくる。巨大なミミズが体中を這い回る感触は、記憶の中のレイプ体験に加算される新しい不快感と恐怖だった。

「や、め……謝るから、水槽のこと、悪かったから、だから、だから」

 声が、体が、震える。股間を覗き込む無数の男根型ミミズは、いつでも私を地獄に突き落とせると主張するように、接触を強くすることなくただ撫で回すように私の下半身を這っていた。
 涙がぼろぼろと溢れて、子供が感情を整理することなくただやかましく泣き喚くみたいに。しゃくりあげて声は声にならず、視界に映る触手たちは涙で歪んでいるが、それはもはや目に映っていない。映し出されている映像は認識につながらない。
 脳裏に映るのは恐怖と絶望を映像化した抽象的なイメージ。黒くて暗く、紺色で混濁。赤い閃光は激しいのにどろりとしていて、私を頭から飲み込もうとしてくる。生暖かいのに身を切るように冷たくて、とにかくそこから逃げ出したいという原始的な信号を誘発してくる。
 だがそれはかなわない。
 いくら手足を動かしても、体はそこから動くことはできなかった。

 ずる ずるっ     べちゃっ
じゅる       ぶちゅ ずるっ
      ずるっ  ずずずっ

 私を取り囲んで這いずる触手の群れは、堆く分厚い壁を形成している。万に一つも脱出の契機はない。無数のミミズがとぐろを巻いて、私を追い詰めてくる。いよいよ体に絡み付く触手の接触が、圧迫感を増してきた。触り方もただ這い回っているのではなく、明確に「触れている」を私に誇示するような強さ。股間のそれも同じで、滴る粘液を私の割れ目に擦り付けるように先端で撫で回し、腹で前後にこする。

「ひ、や」

 制服の、ブラの下で、胸の間を通っていた数本が、胸の膨らみを包むように巻き付くいてきた。
 触手は、螺旋を描く前後摩擦を加えながら、乳房全体を緩やかに締め上げるように動いてくる。左右の胸とも、不規則不均等に触手に揉み上げられていた。
 ぬちぬちと気色の悪い粘りけが、胸に広がる。生温くぶよぶよした感触に粘液の不快感。これが愛撫だとしても、それは到底気持ちよくなんてなくて。

「やだ、きもち、わるい。くさ、い」

 触手の先端が、乳頭へ触れる。気持ちがよくなくとも敏感なことには代わりはない。より強い不快感が伝わってくる。
 太股を撫で回し、下腹部に涎を落とし続ける触手も同様に、その動きがリズミカルだろうが不規則だろうが、分泌粘液の量が多かろうが少なかろうが、
 股の間を撫で回す触手、腋の下に潜り込む触手、首や耳を嘗め回す触手。体中に這いずるそれらの内、首筋を行き来していた一群の動きが、輪を乱し始めた。肩よりも上を触れる触手は、顔に近く、動きがよく見え、音がよく聞こえ、悪臭がよく届き、動く感触もよく伝わってくる。それだけに最悪だった。
 首周りにいた触手が私の首に巻き付く。二本がしっかり巻き付いて、首をぎゅっと絞めてきた。

「ぐっ」

 締め上げる力は強く、しかし男が両手で私を窒息させようとしてきたのよりも痛くはない。指を突き立てて気道を押し込むような占め方ではないからだろうか。それでも縊り取られるのではないかと思う恐怖心から、涼しい気分ではいられなかった。絞めている場所も窒息を意図しての者とは違うように思えた。二本の触手は、顎に近いほど上と、肩甲骨に触れるほどに下の二か所を締め上げている。

「な、なに」

 自分で発してみて驚いたのは、声を出せることだった。それほど強い絞首というわけでもないようだ。かといって弱いわけでは決してなく、首から上の身動きはほとんど出来ない。

(ただの、拘束?)

 私は視線だけで周囲を確認する。首に巻きついていない一本の先端が、私のうなじあたりに回り込んでくる。

「いたっ」

 首の横あたりに、何か、刺された。血を吸われている?いや、これって……。

(注射?)

 ゆっくりと、首から何かを注入されていた。
 そうか、拘束していたのはこの注射のためで、絞殺す目的ではなかったのか。
 でも、何を?毒?それとも、消化液?麻薬?いずれにしても、犯される以上の不幸が待ち受けているのに、間違いなかった。
 触手の群れは私を拘束し身動きを奪ってからじっくりそれを注入し続けた。クモやムカデが獲物に毒を注入している時みたいに、触手は、私をがっちりと拘束したままほとんど動かない。私も動けず、ただ首筋から注ぎ込まれる何かの感触を黙って感じているしか、なかった。
 どくどくという拍動はない。ただ静かにゆっくりと、おそらく針か何かで針刺して、そこから何かおぞましいものを注がれている。その時間はあっという間だったようでもあるし、酷く長くも感じられた。
 ずるり、と首から太い管を抜き去られた感覚は、献血の注射針を抜かれたときの感覚をそのまま何倍にもしたようなおぞましさがあったが、抜けてみるとすっきりとしたもので、首から抜かれた針の穴の上から、触手は粘液の流れをかぶせられた。少ししみる。やがて首を絞めていた二本の触手が解けて、再び上半身をなでまわす運動に戻った。
 針を抜かれたところに、妙な空虚感がある。どんな太い針が刺さっていて何を注がれたのか、知りたくなかった。だが、後者についてはすぐにその兆候が表れる。

「あ、あつい」

 部屋が暑いのは、承知の事だった。だが、それを差し引いても、暑い。これは、部屋が暑いのか?漂ってくる悪臭に息をつくと、その吐息がすごく熱いのに気が付いた。
 これは、私の体温が上がっている?
 瞬き一つごとにあつさは増していき、やがて暑いが熱いに変化する頃には、体中から汗を吹き、吐息が荒くなるのと同時に、ふわふわと浮遊感を感じるようになった。不思議だ。地面に磔にされているというのに、宙を漂うような感じは、熱に浮かされた証拠だろうか。

「なにを、打ったの、よ」

 腕に、脚に、お腹に、腰に、太ももに、二の腕に、手に、腋の下に、首筋に、頬に、踝に、尻に、乳房に、絡みつく触手の感触がことさら鋭敏に感じられる。音がすごく大きく聞こえて、温度差も、光も、刺激という刺激は全て倍以上に膨らんで感じられた。
 これ、クスリ打たれたときと、同じ感じ。でも、アッパー、ないな。ダウンもしてない。感覚の鋭敏化だけ?何のクスリ?この化け物が私達の世界の者ではないのであれば何があっても不思議じゃない。
 完全に、遊ばれている。子供のころ、青大将を捕まえて頭を石で潰して遊んだり、ガマカエルのお尻に爆竹を入れて火を点けたりしたのと、きっと、同じなんだ。
 凄惨な最期を彷彿として、恐怖に身がすくむ。事実、さっきのような針で心臓でも貫かれたり、首の静脈へ慎重な注射ではなく動脈への乱暴な刺突で十分なはずだ。という事は、もっと別の意図があるのだ。
 私をおもちゃの様に扱う何らかの行為が。
 触手の先端一本一本が、ペニスではなく刃物の先端のように思えてきた。鎌首をもたげて鼻先に突き付けられた先端は、私への死亡宣告であるようにさえ思える。
 いや、もっと、残酷に、違いない。

「はっ、はっ、あ」

 心拍数が急に上がってきた。体温の上昇は収まったが、まるで個人メドレーでも泳ぎ切った後みたいに、熱い。粘液の生温かささえひんやりと心地よく感じられてしまう。ねばねばどろどろとと糸を引き、体のあちこちを流れる悪臭液。でも、何故かその嫌悪感が、引いて行っていた。
 体が熱く、渇きを訴えているからだろうか。水分が欲しいからだろうか。それを体に塗りこめられるだけで、気持ちがいい。臭くて気持ちの悪い感触のはずなのに。

「へ、ん」

 息が細切れになっていく。頭が熱いからか、まぶたの中に溜まる涙が多く感じられた。鋭敏になった皮膚の感覚は、触手が這い回る感触を繊細に伝えてきて、一見ただの粘膜に包まれた一本の細長いものだと思っていたその表面は細かな凹凸を無数に刻まれたもので、その隙間にこの臭い粘液がたっぷりと絡み付いているのだとわかった。粘液といえば、臭いばかりだと思っていたこの粘液も、何処となく甘い香りを含んでいるようで、嗅覚も過敏となった今では、それが鼻腔を通り気道を抜け、肺に満たされてから再び外に出て行く頃には悪臭への嫌悪感はそれのみだけで説明できるものではなくなっており、吐き出した後にほんのひとかけらの心地よさを残していくように変化していた。

「や、やだ、なによぉ……。っ!?」

 自分で漏らした声に、自分で驚いた。
 私はこれから人間からレイプされるよりも凄惨な目に遭わされるとわかっていた筈なのに、首に何かを注ぎこまれて体中の感覚が過敏になって体内から押し出されるように漏れ出た今の声は、まるで、媚びる女のいやらしい声みたいで。
 そんな声が出ること自体が自分では理解不能だった。彼氏がいた頃にさえだしたことがない、男に求めるときみたいな、甘ったるい声。自分からそんな声が出るものだと、思っていなかった。それを、こんな化け物相手に、何故。

(クス、リ?)

 レイプされたときに打たれたいろんな薬のことを思い出すが、それらに共通する兆候はない。媚薬だといって投与されたものは総じて何の効果もなかった。ドラッグについてはこんな風な感覚の鋭敏化を伴うものもいくらかはあったが、気分が高揚して正常な判断をできなくなるか、もしくは暗く陰鬱とした気分の中に、そのような効果があった。その中でセックスされて結果として絶頂が桁外れだったことはあるが、これはそういったものとはいずれとも違う。単純に感覚だけが研ぎ澄まされて、でも私は正常な精神を保ったままだ。そしてなにより。

(欲情、してる……させられてる)

 投薬されて、直接の性行為に至る前から、これほどに"気分"が高まる経験なんて、初めてだった。無性に溜まって理由もなく授業中にそわそわしている、教室の空気の流れや窓から差し込む暖かい日光の果てにまで性感刺激を感じてしまうあの感覚を、百倍くらいにしたみたい。
 後ろめたい焦燥感と寂寞が胸の中に急速に注ぎ込まれてくる。

(こんな、状況で、えっちな気分、なんて、私)

 目を閉じて歯を食いしばり、拘束されても動く範囲で股を閉じる。時折鼻先や頬を撫でる触手の先端を、嫌悪感を持って顔を背けるでなく、それは逃げるときのそれに変わっていた。
 逃げる。見据えると、それを、欲してしまいそうで。
 それらが全てどことなく、特に股の間に集まっているそれは色濃く、男根のような形をしていることを思い出してしまい、目を瞑っていてもそのショッキングな映像は瞼の裏に焼きついて離れない。そのビジョンが、私の体の奥にある女の部分をくすぐってやまない。
 こんな化け物だもの、外の存在かもしれない何かだもの、何をされても不思議ではないのだが、自分の身にはじめて起こることについてはやはり驚きは禁じえない。

(クスリ、さっき打たれた、クスリの、せい)

 体の変調を、クスリのせい、と説明をつけてはいたが、それが、クスリのせい、と言い訳に変わるのに時間はほとんど必要なかった。それを認めた頃には、体は明らかに発情していた。閉じていたはずの目はいつの間にか開かれていて、私は無数の触手の一本一本に色目を使っている。
 上がった体温も、スイッチが入った証だったと今なら素直に受け入れることができる。むずむずと体中、特に自慰に耽るときにいじる、右胸と、陰唇の割れ目、そしてクリトリスが、掻痒にも近い疼きを生み出していた。恐怖に強張っていた体中の筋肉も今はゆったりと弛緩しており、体の内側から湧き上がる性欲を素直に受け止める体制が整っている。触手の拘束にもはや抗うことはなく、もじもじと太腿を擦り合わせてしまうのは拒否ではなく刺激を求めてのもの。
 男根を髣髴とさせる無数の触手。ぬるぬると体をぬらす臭くも甘い香りの粘液。拘束されて抗えない。高まる、性欲。
 生唾を、飲み込んでしまう。

「それで、私を、どうするの?」

 言葉が返ってくることなど期待していない。それでどうするかの答えなど求めての発言でもない。

(はやく、シて)

 私の体は、今や、目の前で揺らめく触手の群れからのレイプを、望んでいた。焦がれていた。
 その肉鞘の群れが私を貫いて私を貶めることを、私は渇望していた。相手が好きな男でも、そもそも人間でもないというのに、私は、目の前の得体の知れない存在を前に、甘い声を漏らす。

「犯、すの?それで、私を」

 言葉一つ一つに、媚びるようなシナが付く。男への、いや、私の女を満たすものなら何でも構わない、それは今は触手に向いていて、体も吐息も言葉も性感も、熱く高まっている。
 無慈悲な触手は私の言葉を理解しない。私が耐えていようが、耐えかねて誘う言葉を漏らそうが、こいつの行動には関わりのないことだった。触手は、ぬたぬたと私の体を這いずり続け、直接の行為には及ぼうともしない。
 ぬめる生温いローションは磔にされた上から大量にかぶせられ、もう制服の生地はすっかりそれを吸い込んで肌に貼り付いている。白い布地の向こうに触手の赤黒い姿とブラが透けて見えていた。スカートの方も粘液まみれで、太股にべとべととくっついている。触手はその粘る制服生地と火照る体の狭間を擦る。
 脇腹をねぶられると、くすぐったさがすぐに快感に置き換えられる。普段人に触られない敏感さを以て、性感を刺激された。背骨のラインに沿って、粘液を塗り広げるような微妙な力加減で行き来されると、数往復ごとにアルミ箔を弾けさせたような快感の起伏が走り抜ける。

「だ、め」

 こんなモノを求めるなんて、異常だ。流されちゃだめ。だめ。だめ、なのに。
 おへそのくぼみをほじられると、股の間から胸の下あたりにかけての筋肉を一度に掴み上げられたみたいな強烈な感覚。そしてそれはすぐに興奮に化けた。胸。包み込むようなとぐろに包まれて、男の手よりもよほどいやらしい、上手な、揉み方。先端の乳首には触手の先端が触れ、粘液まみれにされたところを乳輪ごと押し込むように刺激される。普段から自慰に使っているそこは、快感をより素直に受け入れてしまう。

「はっ、ん、ふぅうっ、ん」

 堪えきれない甘い吐息。
 腋に潜り込んだ何本かは、私の腋の窪みに粘り汁を垂らし込み、つゆだくになったそこを擂り粉木みたいに押し込んで混ぜている。ぬるぬるを円形にかき混ぜられると、普通ならばこそばゆさしかない腋の下が、かっと熱を持ってとろけ始めた。
 太股をぞわぞわ集団で撫でている触手からは、局部に届きそうで届かないもどかしい快感をひっきりなしに送り込まれ、私の腰は、もう、その動きに前後運動で媚び始めていた。

(こんなの、だめなのに、体が、メス媚びし始めちゃってる……)

 抵抗の精神が閉じさせていた口が、いつの間にかだらしなく開いていた。口呼吸が荒くなり、口に溜まる唾液が抑えきれない快感の量みたいで。
 お尻の肉にかぶりついてぐにぐに揉み回している触手は、時折肛門の付近を掠める。アナルセックスなんてレイプされたときに避けて痛かった記憶しかないはずなのに、何故か私は、括約筋を弛めて敏感な弁に触手が触れ、あわよくば侵入し易いように備えていた。

「ね、ねえ、もう」

 もう、何だというのだ。もうやめて欲しいのか。もう、我慢できないというのか。
 崩れ始めていた。
 注ぎ込まれた何かのせいだろうか、恐怖心は失われていた。不安感は期待に変わり、逃げ出したい欲求は性欲に転化されていた。
 むずむずする、体中。オナニーしたい。この際、男とのセックスでもいい。いや、目の前の、これと……。性器と生殖器を刺激して得られる快感を、強く強く乞う。
 四肢にからみつく触手の刺激が強くなるように、体が自然と揺れ始めている。体を脈打たせて自分が性交中なのだと自分に言い聞かせるみたい。

(だめなのに、欲しがってるっ!カラダ、どうにかなっちゃってる!あついのがきもちいいの、ねばねばがぞくぞくなの!)

 肩と口で息をしている私の目の前に、触手の一本が延びてくる。頭部の凹凸がない蛇みたいな、細長い先端がぱっくり二つに分かれて口みたいになっている。その中を私に見せつけるみたいに、開いていた。歯はなく、代わりに唇のような襞が幾重にも重なっていて、その奥に舌のようなものが2、3本蠢いていた。骨のないしなやかな粘膜で内も外も包まれていて、他の触手の例に漏れず甘い腐臭の漂う粘液を絶え間なく滴らせていた。

「んっ!?」

 それは突然飛びかかるように私の顔に延びてきた。開きっぱなしになってる私の口に、触手は飛び込んでくる。

「んぐっ、ぉ」

 子供の腕くらいの太さの触手が私の口の中で先端を蠢かせている。生きた魚の頭を口の中につっこんだらさもありなん。乱暴で、でも痛みはない。生臭い匂いは肺まで流れても鼻から抜けても、心地よかった。ぬるぬる口の中で暴れる度に、首筋に電流が走る。口の中でさえ、私は感じていた。

「お、お゙ぉ、ん、っぐ、っぷ」

 触手にキスされてる。ふとよぎった言葉はとろけかけた頭が触手を求めるあまりのことで。
 その先端が舌に触れ、かつては男に強要されてやった舌の動きを、今は自然にやってしまう。形をなぞるように撫で、口の中のあらゆる液体を拡販して先端へまぶし、口を窄めて頬肉でも撫でる。ちゅうちゅう音を立ててそれに吸いついて、液体は出来る限り口の中に溜込んだ。

(キスっ、触手と私、ディープキスしちゃってる。ううん、これってむしろ、フェラ……)

 口の中を跳ね回る先端は、舌の上、舌の裏、頬に顎の上側をその柔らかい粘膜で執拗に撫で回してきた。触手に口を攻められるのは、男にフェラチオするときの奉仕感と、キスの接触快感の両方が同時にやってくるようで、私はその快感を前にして、たった一本の細長い肉塊にとろかされていた。

「ぁむ……ん、ふ、っあ、んっふ、ぉ」

 前歯の裏側、臼歯の底。舌の付け根から唇の襞まで、隅々をねぶられて、粘液でコーティングされる。唾液が溢れ出し、腐り汁と唾液の混合液をこくんと飲み込むと、食道から胃までもが、媚びて脈動する。

(カラダの、中まで、焦れちゃってる……)

 得体の知れない存在に欲情し、しかもそれが通常では考えられない場所であることに、自分がひどく淫乱に思えて羞恥心が燃え上がる。だが、転がり始めたものを止められる訳でもなく、私は触手が分泌する悪臭粘液を、せがむように吸い続けてしまう。
 触手の表面は柔らかくて、でも少しざらざら。粘液の分泌はそのざらざらを補いつつ、細かな凹凸のために表面に粘液がよく絡むらしかった。舌で先端をつつくと、触手の先端、先ほど目の前でぱっくりと開いていた口のようなものの割れ目に当たった。唇みたいだった。その割れ目に沿って舌をなぞらせる。口の中で、もう一度キスしてるみたい。
 どきどきが止まらない。こんなおぞましいモノに、私、恋い焦がれてるの……?
 触手がその口を小さく開いて私の舌を挟んだ。舌を唇で挟まれたり、甘噛みされたりしてるみたい。

(わたし、とろかされ、てる)

 欲情が、燃え上がって勢いを増している。完全に拘束されている脚を土台にして、腰をくねらせる。私の中心を、今、口にされているみたいに、同じように、かき混ぜて欲しい。
 触手があそこに触れることを、的確にいうのなら、私は口付き触手でのクンニリングスを、望んでいた。

(さわ、って、あそこ、熱くなってるから、さわってぇっ)

 口を攻めてきている触手は、両足の間を抜けてきていた。私は腰を高く持ち上げて、その側面に股間を擦り付ける。高すぎて満足な摩擦は得られないが、股の間でぴこんと勃起した淫核の先端が触手粘膜の表面に軽く触れるだけでも、目の前で火花が散るような快感が、股間で爆ぜる。

「んっ、お、んぶっ!っ♥ん♥んんんっ♥んごぃっ♥あひょこ、んひもひぃっ♥」

 口に触手をくわえながら、浅ましく高く持ち上げた股間からもたらされる快感刺激に、とろけきった声を上げてしまう。
 だって、気持ちいい。だって、すごい!こんなすごいの、知らない!

「んお、ん♥ふ、んっふ♥ん♥んんっ♥ふーっ♥ん、ふっ♥」

 触手はそれに気付いてか、私の股間に触れている側面を前後に動かしたり、スライドさせたりして、私のワレメと淫核を擦ってくる。

「んご♥んっ♥ふ、んぶっ!んーっ♥ふっ、んご♥」

 口の中に触手をくわえたままで、快感喘ぎを止められない。声と息と唾液が一緒に混じって唇の橋から溢れ出す。
 オナニーしてて最高に気持ちいいときの、そのもっともっと上の方に押し上げられた感じ。未体験の快感値を与えられて、私はあっさりとアクメを迎えたしまった。

「んっ♥んぅん~~~~~~~~~~~~~~~~っ♥♥」

 弓なりに背を反らせ、触手のからだに股間を押しつけたまま、固まる。短い時間、失神していたかもしれない。オーガズムの波に流されて、必死にしがみついていたが、耐え方もわからずに脆くも押し流されるカラダ。
 目は開いていたはずなのに、視界になにも映らない。真っ白に色飽和した視覚情報。視神経だけでなく、体中の感覚に流し込まれるオーガズムは強烈すぎて、だが、それが股間を擦っていただけだった事実を思い出して、戦慄した。
 丸めた布団を両足で挟んで、股の間を押しつけるように擦る、得ていた感覚は、それと同じだったはずなのに。いつもそれではもどかしいばかりで決して達することなんて出来ないのに。でも、今のは。

(すりすりだけで、こんな、だなんて……)

 アクメの余韻に惚けていると、口の中の触手が再び動き始めた。一度達したせいで、口の中の感覚も、快楽神経にバイパスされている。口内をぐじゅぐじゅと泡立てられるだけで、下半身とは違う、脳味噌に近いところで生まれる刺激独特の快感が、押し寄せる。
 性器への刺激は沸き上がる快感。頭に近いところだからだろうか、触手フェラでの性感は、叩き落とされるみたいな凶暴さがあった。

(だ、だめ、すごいっ♥一回イった後だから、口の中だけでも、すっ、ご、いっ♥)

 いつの間にか首を前に出し、押し込まれる触手に対して、私は喉を正していた。このまま奥まで、まっすぐに。入ってきて。入ってきて。入ってきて。

「お、んぶ♥んっ、んっ、んふっ♥ぶちゅ、ちゅぅぅっ♥ぁぐ、んっ♥ちゅっ、ちゅぱっ♥」

 しゃぶり付くように、触手フェラに夢中になる私。じゅぶじゅぶ音を立て、恍惚に浸りながら、口吸いだけで再び達せそうな愉悦を楽しんでいると、口の中を奥へ手前へ運動する触手の動きが、ふと、変化する。
 先端が割れ、口の中で、口が開いた。
 口の中で上下に開いた触手の口が、私の舌を挟む。舌を突き出すと、ぞろぞろと奥へ飲み込まれるみたいに、舌が吸われていく。さっきは見えなかったけれど、幾重にも重なった唇のような襞の間には、硬くざらざらしたものが隠れていた。細かい棘が並んだみたいになっている。舌でそっとなぞってみると、それは円形を描いて並んでいるようだった。

「んーっ、ふっ、ふうぅぅううっ♥んっ♥あ、んひぁあぁ……♥」

 体の熱さは増していく。オーガズムの波が引いても、まるで第二波第三波を期待するみたいに、あそこはじゅくじゅくとよだれをたらしている。
 あつい、一度イったから、その快感を、体が憶えてる。もっと欲しい。もっと、もっと。
 自然とフェラにも熱が入り、腰のくねりはイく前のそれよりも、もっと激しく淫らに曲線を描く。媚びきった媚肉襞が、緩んで開いて、涎を垂らしてひくついていた。
 やがて口から抜き去られる触手。
 私は名残惜しくそれを舌で追いかけるが、粘液の糸が舌先から触手の先端へかかったまま、それは引き抜かれた。淫らな架け橋も途切れて落ちると、私は寂しくて寂しくて堪らなくなる。

「もっと、もっと、おクチぃ」

 舌を出して犬みたいにそれをねだるが、触手は、別の形で私の欲求に答えてきた。

「っ!?」

 体が、びくっ、と痙攣した。突然の出来事に、それ以上の反応を示せない。
 ひゅっ、と一瞬吸い込んだ以外、息が、止まる。息を吐き出すこともままならず、ひっ、ひっ、とひきつけたように細かい吸引があるだけ。
 私の口を離れた触手が身を引いた股の間、視線を送ると、私自身の手首ほどもあろうかというサイズの触手が、私の股間に深々と刺さっていた。
 私の陰唇は思い切り左右に押し広げられて、クリトリスだけがちょこんと立っている。もう一本の細い触手の何本かが淫核に絡み付いていた。
 私の下腹部が少し、膨らんでいる。ビール瓶をあそこに突っ込まれたときみたい。でも、あんな痛みは一つもなかった。感じているのは、ただただ、巨大な、快楽の閃光。

「カ、ヒっ へ、ぁえ」

 さっき股間の摩擦で果てたときのそれとは比較にならない。体がばらばらに引きちぎられるような強烈な快感。気持ちいいというのを一足飛びに通り越して、いきなり絶頂状態に突き上げられた。
 こんな挿入が、気持ちいいはずが、ない。
 なのに、なのに。

「イかさ、いきなり……ずん、っへ」

 突然の巨大オーガズムに、カラダが対応できない。硬直したからだが元に戻らず、弓なりに強ばったまま。ぐりん、と目玉が裏返り、だのに手足と首から上は一切力が入らず弛緩したままだ。顎が持ち上げられずにかこんと開かれて舌も垂れ、さっきまで口の中で楽しんでいた粘液混合物が、もう飲めないといわんばかりに、溢れこぼれていた。

(前戯なしの乱暴挿入で、お、奥まで一気に入れられたのに、イっちゃう、なん、て)

 やがて、一拍遅れて、アクメの痙攣が始まった。呼吸はまだうまくできない。先にオーガズムありきの、強制快感が、ティッシュに水が吸い込まれるみたいに急速に体に広がり染み込んでいく。
 がくっ、がくっと揺れる体。細切れの失神によって跳ね回っていた。

「お、ぁ」

 息が出来ないから、声も出ない。絞り出したみたいな嗚咽が、快楽色に染まって口の端から零れ出るだけだった。

(す、ごすぎ、る)

 どこにも焦点の合わない目をふらふらと動かして周りをみようとする。ぼんやりとぼけた画像が、細切れに目から送られてきた。
 私の股間に突き刺さっている触手は、一本。だが、同じように侵入しようと私の股間にあてがわれたまま行き場を失って順番待ちしている数は、数えることが出来ないほど。

(あの数だけ、イかされるの?)

 今、体に流し込まれた快感は、明らかに私の許容量を越えていた。次があれば、頭の回路のどこかが焼ききれるだろうと、容易に想像が付く。それが、我慢できないほどの期待に変成して、心を蝕む。レイプ体験の記憶など、とうに消え去っていた。

「はっ、はっ♥ん、しょく、しゅ、すごぉっ♥」

 首筋に打たれた何かのせいなのか、それとも私が狂い始めているのか。もはや、どちらでもよかった。
 まだ私の股間に突き刺さっている触手は抜けていない。最奥でイボを形成し、膣襞にがっちり咬みついている。前後に運動しようものなら、性欲にとろけきった淫媚襞がそのイボの凹凸一つ一つに引っかかり、地獄的な快感が爆ぜるだろう。
 触手が中で身をよじるように動くだけで、膣が、媚びてうねる。その中を思い切り、強く、めちゃくちゃに、掻き混ぜて欲しい。腰をくねらせて粘膜刺激を求める私。だが、触手はそれ以上の挿入をしてこなかった。
 そして、それを追いかけるように、口付き触手が私のへそあたりを行き来し始めた。

「おへ、しょ……?」

 へそは敏感だけど、でも気持ちいいって程じゃない。性感帯じゃない。もどかしい刺激が下腹部、でも股間に届かない深度で与えられて、私の飢餓感はどんどん高まってゆく。
 ぐぱ、と触手の先端にある口が大きく開き、それ自体が大きな一つの吸盤のようになって、へそを包むみたいに吸いついてきた。触手の舌が、へその奥を舐め回すのだろう、そこからまた未知の快感を刷り込まれるのだろうと思っていたが、それは裏切られた。

「いっ、あああああっ!?いたっ!いたい!!いたいいたいいたいいたい!」

 突然与えられたのは先のような快楽ではなかった。臍の辺りから伝わる、激痛。熱の塊のようにしか感じられない。
 口付き触手の中にびっしり生えた歯がだろうか。臍の窪みに堅い物があてがわれ、それが鋏のように挟み捻り押し込みながら、窪みの底を掘り進んでくる。
 じゃく、じゃく、と繊維質の切断音がお腹に響くのと同時に、鋭くて冷たい激痛が走り抜けた。そして触手はそれを継続する。

「かっ、はヒ……!い、いだい、いだいよぉおおっ!お腹が、おなかが、裂けちゃってるぅうっ!ア、ぐひ、んんぅぅうううっ!!!」

 それがしばらく続くと、切れ目の奥へ奥へと触手は入り込み更に進んでいく。臍の窪みを通過し先端を完全に私のお腹の中に突っ込んだ口付き触手は、その中では大いにその口を開け、歯を立てて、中で暴れている。ぶつっ、ぶつっ、といやな感触が、お腹の中で響いていた。
 ごりごりと触手の先端が、お腹の奥へ押し込まれていく。お腹の中で触手の先端が暴れ回っていた。内臓には痛覚がない。今激痛を訴えているのは、お腹の表面に近い、薄い肉壁だった。

「やめ、やめて、お腹、壊さないで……っあ、ひっ、ぁ!おなか、おなかのなか、直接かき、まぜっ、ぐ、あ、っひっ!やめて、やめてぇっ!お願い、お願いぃっ……死にたくない、わたし、死にたくない、死にたくない、死にたくないぃ!」

 ぶちぶち何かがちぎれる音が、お腹の中から絶え間なく伝わってくる。内臓を、どうにかされているのは、明らかだった。さっきまで、性感と興奮で滴っていた汗が、すべて冷や汗に、変わる。
 お腹の中で触手が蠢いている。恐怖心で身動きがとれない。私の体は、どうされてしまうのだろう。
 だが、痛みは最早なかった。痛かったのは最初だけで、それで済んだのは投与された何かの成分の性に違いなかった。私の胸より下は、妙な空虚感に襲われている。空腹の、ひどいやつみたいな。でも、お腹の中で揺れる液体感は重く、触手が中で泳ぎ回る度に弾力を失った腹部を揺らしていた。

「わたし、どうなったの……お腹の中、どうなったの……」

 やがてちぎれる音が響かなくなった頃、そうして、力なく揺れるお腹を見てみれば、痛くないのではなく、痛みを感じるものが、なくなっているような。声を失い、恐怖に目を見開き、しかし失神できぬまま、お腹の中が、たぷん、たぷんと揺れる液体のような感触を伝えてくるようになったお腹を、見ていた。
 触手はその液体をゆっくりとかき混ぜるように、臍に開けた穴に体を突っ込んだまま、揺らめき動いている。

「しぬ、んだ、このまま、消化されて、私」

 もう、抵抗する気力も、叫ぶ体力もない。イソギンチャクの亡霊に、私は食い殺されるのだろう。逃れる術があるようには思えなかった。よしんばここから出られたとして、お腹の中でぐちゃぐちゃに液化した内臓を抱えて、私は何時間と生きることはできないだろう。

「は、はは……」

 死ぬのなんて呆気ないと、よく聞いていたが、こんな風に、死ぬなんて。痛くない。苦しみももう過ぎ去って、でも、私の身に起こっているのは想像を絶するグロテスク。プツリと途切れるようにではなく、細って薄れるように、消えて、死ぬのか。
 もう、どうにでもなれ。
 私が全身の力を抜いて諦めを示した頃、臍に突き刺さった触手がやや激しく蠢き始めた。お腹の中を掻き回すのではなく、侵入した長さを押し込んだり、抜いたり。ずるずると音を立てそうなほど、私の臍の穴は触手をくわえ込んで放さないでいた。引き抜かれるときには、吸い付くように引っ張り上げられ、臍の穴がめくり上がるように、触手の抜き出しを追いかけている。逆に押し込まれれば、抵抗無くその侵入を受け入れ、穴の縁に摩擦感を残しながらそれを飲み込んでいく。

「あっ、は、ひ……」

 燃えるようだった。
 そうして抜き差しされる触手に、引っ張られ押し込められる、臍穴の摩擦が、さっき痛みに苛まれる前にどうしようもなく身悶えていたあの、飛んでしまいそうな快感が、顔を覗かせていた。

「う、そ、ぉっ、ぐひ、わ、たし、わたしぃ、お腹に開けられた穴で、おへそ穴で、っぇぇえっ!やだ、いやだ、そんなの、こんなめちゃくちゃ、ないよぉっ!」

 だってそれは、腕を折られて感じるとか、ナイフを突き刺されて感じるとか、そんな訳の分からないもの。あり得ない。私、これで死ぬのに。致命傷なのに。お腹の中の生命維持に必要なものをぐちゃぐちゃに切り刻まれて、死んじゃうのに、開けられたお腹の穴で、私、感じ、て……。
 触手が臍の穴を出たり入ったりするその速度を、あげてくる。引っ張り上げられめくれようとする臍穴の縁から、じゅぶ、じゅぶ、と汚らしい水音が響いていた。押し込められれば飲み込む穴は広がり、どんどん触手の太いところまでを、お腹の中へ導き混んでいる。そうして徐々に臍穴を通過する触手の長さは増し、腕の長さくらいは入り込んで、中でとぐろを巻いてから、出て行っている。ぞろぞろと音が鳴りそうな気味の悪い感触を臍と触手の接合部分に残して、中身がすっかりと形を失って柔らかくなった腹に出入りする感触に、私は不快感や恐怖よりも、今は。

「ひぁ、ぁぁ、ふっ、ン!あ、あつ、いぃ、おへそ、あっついょぉぉっ……!触手に、穴開けられて、おへそバージンうばわれちゃってぇ、び、びりびりくるぅっ♥」

 ついにはさっき、おまんこにぶち込まれて涎を垂らして喘ぎまくってアクメをキメた、あの感覚に化けようとしている。異常だ、こんな、お腹に新しいおまんここしらえられて、そこにこんなグロい触手ぶち込まれて、私、どうしようもなく感じてる!お腹をほじられて、おまんこきゅんきゅんいってる!

「おなかぁ、お腹の中、ぐじゅぐじゅぅっ♥へそまんこの奥で、お腹支給が触手ピストンに雌性器化はじめちゃってるぅぅっ♥」

 理性があるかどうかもわからない肉ミミズに向けて、雌媚びを始める私の体。へそまんこへのピストンにあわせるように、お腹を持ち上げて下ろして、動きに合わせてしまう。腰を振る度に、ほんものまんこから淫液の滴が滴り揺れ落ちる。ぱっくり割れた新古品ヴァギナがひくひく動いて刺激を求めているが、今の私は、臍レイプに夢中だった。

「もっろ、もっろじゅぼじゅぼしてえっ♥へそまんこっ、もっと奥まで♥触手ちんぽにお腹の中溶かされて、ぐちょぐちょっ、どろどろぉっ!♥いいの、でもいいのぉっ♥お腹が全部おまんこになって、しょくしゅおちんぽの、おなほになってゆっ♥♥♥ぬいてぇ触手さまぁっ♥もっときもちょくしへえぇっ♥♥あ、しゅ、しゅっご、しょれ、しゅごいっ!♥お腹の中にっはいっ♥ひ、はっん♥はーっ、はーっ♥♥おへそまんこから、触手入りしゅぎっ♥お腹の中に内臓の破片たっぷんたぷんしてるのに、触手挿入おおしゅぎぃっ♥ふくれへる、おなか、膨らんでるぅっ♥♥おちんぽさま、しょくしゅのおちんぽさまが、わらしのナカに、いっぱひなのぉぉぉおっ♥」

 淫猥と言うか、もう、狂っていた。すでに捻子釘が弾けて飛びまくった頭が、ぷちぷちと理性の泡を弾けさせていた。体を溶かされて壊されて、穴を開けられて貫かれているというのに、底からわき上がる感覚はただ「イけそう」だった。
 臍から挿入された長い触手は、引き抜かれることなく奥へ奥へと入り込み続け、奥底に当たると丸まりとぐろを描いてナカで収まりよく押し上げ、私のお腹を妊婦のそれのように膨らせている。
 歯で噛み千切られ、消化液のようなもので柔らかく拡販されてゲル状になった内臓が、それに押し出されるように咽を上がってくる。それを快感の塊である化のように逃がすまいと飲み込むと、今度はそれはお尻の方へと下っていった。

「ぉ、ほぉぉおおっ♥むぐ、っん♥内臓溶解っ♥とろけらどろどろが、おへそまんこに、ぎもぢぃぃい゙ぃいい゙っ♥♥♥もっと入ってきて、もっろ、もっろはいってきてぇっ♥♥おなか、妊婦ママみたいにでっぷりになっちゃってるっ♥のご、おっごぉぉっほぉっぉっぁぁぁああっ!♥ナカで暴れへ、お腹ちゃぷちゃぷゆってるぅっ♥」

 お腹の中に侵入してくる触手の、容赦ない生殖ピストンが、私のへそまんこに性感刺激をぶち込んでくる。私は抗う術も知らずその快感に身をよじり、腹腔内を溶解されて食われているというのに、むしろそのことに歓喜して性感に酔っていた。

「おっほお、んっ♥いっぱい、いっぱい入ってきてるっ♥触手のおちんぽさま、私のお腹の中を苗床ターゲットっ?♥いいわ、いいわぁっ♥おちんぽしょくしゅに、種付けっ、無慈悲ピストンと、乱暴腹腔セックスで、私苗床化されて、早苗床っ♥♥♥触手ちんぽに早苗床にされちゃいますっ♥♥」

 数メートルもある触手が徐々に腹内に入り込み、それが今度はずるずると勢いよく抜き去られていく。臍穴の縁にかかる摩擦が、膣壁を擦り上げる人間ちんぽなんか目にならない火花を散らすほどの真っ白い快感を、頭の中に詰め込んでくる。それが臍穴の縁に先端をひっかけてお腹の薄肉を引っ張り上げると、再び中へ侵入してくる。その摩擦もまた、理性を粉みじんに砕いて熱溶解させてくる。加えて、それがお腹の中で徐々にその存在感を膨らませていくことに、歪んだ充足感と満足感、それは安らぎと喜びと言っていいくらいの、愉悦ももたらしてくる。

「んふ、っ、ふぅううっ、ん♥きた、また、きたのぉっ♥触手ちんぽさま、また私のナカぁっ♥♥どんどん、はいっへ、おなか、またふくらんっ♥♥♥溶けた内臓、食べられてるっ♥しょくしゅのオクチがぱくぱくして、溶解内臓もぐもぐしてるの、つたわってく、んっ!♥♥くる、クるっ、のぉおっ!♥消化吸収されて、捕食アクメっ♥おかしいって、こんなのおかしいってわかっへるのに、かんじすぎちゃうふぅぅぅううっ♥」

 爆ぜる肉感は元より、触手に、化け物に捕らわれ食らわれ取り込まれているという事実が、私の理性を濁らせていた。それだけで、私自身が食われていることを想像するだけで、ぼうっとオーガズム準備に引き込まれていく。
 臍に入っている一本、それとは別に、次があれば潜り込もうとその脇に待ちかまえる触手、順番待ちをする触手、次も次の次もそのまた次も、後がつかえている。
 へそまんこ以外にも、ぱっくり開いた妊娠用のまんこに、張り詰めた肥大クリに、内圧に耐えてひくつく窄まりケツ穴に、勃起したピンク乳首に、涎まみれの口まんこに、その中で媚筋塊になった舌に、豚みたいに音を鳴らす鼻穴に、音さえ快感に変えてくる耳穴に、性器化した腋ヴァギナに、敏感に柔らかい膝裏に、鋭敏化した太腿に、一本一本が淫唇みたいにおちんぽ様を離さない足指に、雄を欲しがって淋しんぼになってる掌に、性触手は狙いを定めて鎌首をもたげている。
 一本一本から、あの、理性を溶かして感覚を狂わせる臭汁が糸を引いて滴り、表面を覆う細かな、あるいは大胆な、凹凸、突起、括れ、襞々、ざらつく堅皮、に私を徹底的に堕落せしめる淫猥液膜をなして、異界門の向こうから薄ぼんやり照らす星影をぬらりてらてらと鈍く反射していた。

「すご、い♥すごい、いっぱいっ♥触手おちんぽさま、こんなに、たくさんありがとうございましゅっ♥ああん、こんなにいっぱい、されたらぁっ、それでホジられて、コスられて、イジられまくってぇ、体中エッチで臭いおシルでぬるぬるにされたあとにっ♥されちゃったらっ♥はあん、そ、想像しただけで、生殖用の方のおまんこが、まだ溶けずに残して頂いてる子宮が、きゅんきゅんひくひくウズいちゃいますぅぅっ♥♥」

 わずか一本から、腹に穴を開けられて内臓を改造されてしまっただけで、これほど甘美な快感の中に堕とされ、もう這い上がれないだろうところまで至ってしまい、そこから与えられる、暴力的なまでの性感、一回ごとに正気度を失い脳髄を不可逆に溶かされるようなオーガズムに悶え喘ぎ突き落とされて昇天して悦びに打ち震えているというのに。
 いったいこれほどの数の触手にもてあそばれれば、私はどうなってしまうのだろうか。自我や意識というものを失って、ただオーガズムに至ったことを示す電気信号を発信するだけの肉デバイスに堕落、いや、解脱できるだろうか。
 それも、いいなと、おもった。
 淫肉ミミズ、触手ちんぽ、言い方は何でもいい、それらは無数に控えており、一本で私をどうにでも作り替えることができる、甘美で残酷な槍、あるいは針である。それはびっしりと四方八方から私を取り囲み、いつでもどこでも好きなように私を貫いてこの狂った時間を終わらせ、あるいはいつまでも続けることができる、残酷で愛おしい拷問処刑具。この空間は、鉄の処女ならぬ、肉の処女に違いなかった。
 私をすっかり作り替え、塗りつぶしたたった一本の触手。それとは別のもう一本、それは私を取り囲む有象無象触手のたったのもう一本でしかない、内側からの耐え難い圧力にすんでのところで耐え続けている尻穴の窄まった皺を舐めるそれが、動きを活発にしてきた。

「あヒっ♥だめ、だめだめぇん♥おシリの穴は、今は、いまはぁっ♥で、でちゃいそうなの、ウンチ出ちゃいそうなのっ♥ホジらないでぇっ、あアぁんっ、先っちょでつんつんしたり、ぬるぬるお汁でアナルの皺のばそうとしちゃらめぇん♥でちゃうのぉっ、ガマンしてるうんち、でちゃぅぅん♥♥あっひ、ほぉぁァっ!らめ、ほんと、にヒィっ♥弛んじゃってるおシリからぁ、でちゃうっ♥触手おちんぽホジ入れられたら、ぶばっ、ぶばってぇぇ♥」

 否定しながらも、それは裏腹誘い言葉。そうして、アナル栓を解放して、脱糞解放快感に身を委ね、流されて自分さえ見失いたかった。それに応えるようにか、それとも私のことなどお構いなしにか、触手は夥しい淫液を脈打つように吹き出し流し、滴らせながら、それをアナル口に擦り付けて潤滑させて先端をほじくり開けようとしてくる。それは押し入り侵入して中に身を埋めようと言う動きではなく、明らかに私の括約筋堤防の決壊を誘い、それを促す動きだった。

「ぅうンっ♥でちゃうぅぅっ……♥そんな風に優しく♥ほじほじぃっ♥♥んおほ、っほぉぉおおっ♥ゆるんじゃ、うふぅっ♥ケツ穴、弛んで、ぶばぶばってぇっ♥中身、なかみふきだしちゃうぅっ♥♥♥」

 触手の先端は筆のような細密肉芽に包まれており、それは一本一本が自律的に蠢いて、アナルの皺の一筋一筋を嘗め回すように、そして無理矢理にとはいかないまでも的確にそれを引き延ばし、その集合地点を押し広げようとしている。絨毛に包まれない先端の弾力の強い肉質は、中心の一点をつつきほじるような動きで、私のギブアップを誘ってくる。

「あ……っ、ん……♥や、ぁあっ……♥」

 耐えるという言葉も足らないほど、それはあっさりと封鎖を解かれてしまった。窄まろうとする力は肛門を通り抜けるものの感触をより暴力的に変化させで、それは効率よく快感に転化されてしまう。

 ぶっ、ぶぶつっ!びちゃ、びちゃっぶ、びちゃ!ぶりゅ、ぶ、ぶぶーっ!

「ほ、ヒっ♥でてりゅ、ウンチ穴から、うんうんがでてりゅぅぅぅうっ!ひっ♥は、はヒっ!とまらない、ケツ穴噴出とアナルアクメがぁぁん♥すっご、しゅごぉぉぉぉっ!♥おへそも、あなるもぉっ!♥イきまくってるっ♥きもちぃいっん♥あっふ、ほぉぉぉおおおおっっ?!おしりにはいっ♥はいっへぇぇ……♥もぞもぞっ♥アナル噴出と触手ピストンでぇっ、しゅご、お、ぃ、あ、ぁへぁぁ……♥とけりゅ、とけひゃぅぅぅっ♥わたひのおなかのなかで、おちんぽさま二本もうねっひぇるぅぅうっ♥♥ウンチ噴出ぅ……、あれ、ちがふ、これうんちじゃなぁぃぃ♪けつまんこから逆流キメてるの、こりぇ、うんうんじゃないぃっ♪」

 体の芯がすべて引っこ抜かれるくらいの噴出感が、すべて肉欲を増幅させる。開き切ってぱつぱつになったセピア輪は通り抜けるゲル状の感触、もしくは突き入れられる柔肉の摩擦によって、完全に雌性器化させられ、その快感の受容器に堕落していた。
 絶頂に朦朧と、霞がかった視界でけつまんこから断続的に噴き出すものを目に入れると、それは排泄物の茶色ではなく、赤や白の斑状に時折黄色い粒が混じった色だった。

「あ、あは、それって、それってぇ♪もひかひてウンチじゃなくって、わたしの、中身なんだぁ♪あは、あははっ!♥すごぉい、もう、私のお腹の中ってからっぽで、ケツアクメキメるだけの肉袋に、なっひゃってるんだぁっ♪すご、っ♥それって、すごいっ♥わたし、アクメ専用筒にんぎょうだぁっ♥きもちいの♪きもちぃいのぉっ♥♥」

 へそから侵入した触手と、ケツ穴から侵入した触手が、せわしなく、しかし繊細な様子で私の中を撫で回し、おそらくまだ残った私の内蔵をこそぎ、吸い、あるいは摘んで剥がし、滞りなく洗浄していく。
 私の中から、消化器官が失われた。まだ生きているのが不思議でならないが、オーガズムの電流で頭の回路が焼き切れている状態だからか、粘液成分のせいか、気にならなかった。それよりもただ、気持ちいい。嫌なことも痛いことも、日々のしがらみも、何もかも消し去って、オーガズムの淵に沈んでしまいたい。
 すっかりすべての溶解済み内蔵を排出しきった私は、より強い快感を求めて、腰を振り始めてしまう。尻を浮かせる旅にべちゃ、べちゃ、と溶けて液化した自分の内蔵が音を立てるが、そのぬるぬるした感触さえ、今は心地が良かった。

「おなかぁ……からっぽぉ♪しょくしゅさま、もっといっぱいはいれますよぉ?もっと、さっきみたいにじゅぼじゅぼ、してぇっ♥」

 へそから貫く触手が、再び私をのへそ穴を垂直に出し入れし始めた。太さを増したような感覚は、より快感に対して貪欲になった臍縁ラヴィアのせいかもしれない。お尻の穴から貫く触手はそれよりも幾ばくかゆっくりとしたピストンでケツ穴をほじくり回してくる。腸は恐らくもう残っていない。だからこそ、何にも邪魔されることなく、まっすぐに奥まで侵入してくる。

「ほ、ぉオオおお゛ぉおお゛お、オおおぉぉぉ゛ぉ゛おオおおおオオぉ、ぉぉ゛お゛おおおお゛おんんンっっ♥き、たぁぃっ♥いきなり、いきなり奥キタっ♥だめ、いきなりすぎて、だめええええぇぇええええっ!!♥」

 それは拒絶の言葉ではない。むしろ、焦がれた感触への歓喜に他ならなかった。
 二本の触手は、お互いの先端を私のお腹の中で擦り合わせているようだった。私の肉空洞の中、睦み、あるいは求め合うように、ついばみあい、絡みあい、擦り付けあって、お互いの先端から溢れる粘液を擦り付けあっている。忙しなく、しかしねっとりとお互いを擦り合わせる触手の動きは、まるで。

「あ、あは♪しょくしゅさまぁ♥わらしのおなかのなかれ、兜合わせしちゃってぅんですねぇっ?♪わかりますぅっ、わかりますよぉっ♥腐女子高生早苗はぁ、ずっと兜合わせしてる♂の姿見るの、夢だったんです♪牡触手さま、BLかぶとあわせっ♥おちんちん同士のキッス、私のお腹の中でなんてぇっ♪素敵、素敵すぎて、早苗、どきどきが止まりませんっ、お慈悲で残して頂いた子宮がきゅんきゅんっ♪さっきからきゅんきゅんじゅくじゅくでしゅぅうっ♥」

 腹腔内でうねうねと絡み合う触手、やがてお尻から入っていた触手が、抜き去られていく。ずず、ずず、とゆっくり、その凹凸を私の肛門縁に覚えさせるみたいにじっくりと時間をかけて抜けていく動きは、しかしどことなく寂しそうで。

「お、ヒぃっ♥ぬけりゅ、触手ちんぽさま、ぬけちゃぅぅぅっ♥ろうしてぇっ、行かないで、行かないでくださあぁいぃ……イかせてくださいぃぃん♥もっとずこずこして、ケツアクメさせてくださいっ♥いやぁっいやぁぁんっ、触手様、振らないで、私のけつまんこ、ご不満でしたかぁっ?締める内臓がないんですっ、すかすか肉オナホでごめんなさぃぃいっ……」

 お尻から抜け去った一本は無数の触手の中に姿を消し、新しい一本が、もうぱっくり開きっぱなしになって入り口がめくれ返ってすっかりグロ肛門になったそこに先端を押し込んできた。さっきと違って、いぼいぼがきつくて堅い、エグいやつ。ぶつっ、ぶつっ、とイボの突起が媚び肛肉を撫でるたびに、首筋で火花が飛んで思考と感覚をブツ切りにしていく。

「あ、んっ♥きたぁ♪新しいおちんぽさまきたぁ♥そっかぁ、そっかぁ、さっきの触手さま、私を振ったんじゃなくって、こっちの触手様に、振られちゃったんだぁ♪私のお腹の中で求愛行動して、でもふられちゃったんでぅねえぇっ♪ふぉ、ぉォほぉ゙ぉぉおっ♪新しい触手さま、さっきのよりもっと、おホヒおぉ゙ぉぉっん゙♥もっと、しゅごぃぃいっ♥♥肛門もへしょも、さっきより、はげっ、はげしぃっ♥♥またべろんべろん、お肉がめくれちゃうっ♪きもぢぃ、んぎもぢぃぃ゙いい゙ぃいっ♥♥イく、いくいくいくぅぅっ♥♥」

 新しく侵入してきた触手の凶悪な形状に、私はあっさりとケツアクメを決めて全身に駆けめぐる快楽電流に体をがくがく痙攣させる。でも、それは私がイっただけ。触手達はこれからだと言わんばかりに、私の腹腔で兜合わせを始めた。

「あ、ちがう。男の子触手と男の子触手じゃない……。おへそから入ってる方、女の子なんだぁ♪だから、雄が、雌に求愛行動してるんだ♪雄蘂と雌蘂みたいに、交配っ、私の中で、せっくす、してるんらぁっ♥あは、私、触手の愛の巣っ♥この中でデーとして、雌が許したら、私のけつまんこで雄がオナホ中出しして、それを女の子がごくごくして、受精♥するんだぁ♥すてきぃ、最高だよぉ、わたし、触手おちんぽ様の生殖道具っ♥一緒にイケて、幸せ充填率300%ですぅっ♥♥♥」

 臍につっこまれた触手はお腹の中で口を開け、お尻から入った方の先端をくわえている。お尻から入った触手はそのまま前後にピストンを初めて、私のケツまんこと同時に口付触手も貫いている。

「ほ、あ、っん♪あはぁっ♥おしりずぼずぼぉっ♪さっきのコより雄々しい触手さま、私のお尻めくり返そうとしてきてるぅぅぅぅうっ♥おまけにお腹の中で、触手同士フェラしちゃって……はきゅっ♪おへその方もしゅごぃぃいっ♥んお、ほぉぉおぉおおっん♥♥♥」

 ぐちゅぐちゅ卑猥な音を立てる尻穴と臍穴。ひとグラインドごとに意識を引っこ抜かれるみたいに小さなアクメに押しやられる。これだけ欲情して、アクメもキメているのに、繁殖用まんこにはぜんぜん触ってもらえない。さっき嫌がってたから?いいの、いまはもう、いいのに。そこはぱっくり割れて唇を広げ、涎を垂らして、奥の雌器官をしゅくしゅくと欲求不満に餓えていた。

「おまんこはっ、おまんこは、がまんしゅるぅっ♥早苗床にされて、わらしのなかに触手赤ちゃんできるまで、おまんこがまんするからぁっ、種付け♥早苗に、しょくしゅちんぽさまの子種、植え付けてっ♥きっといいお母さんになりますからぁ……て、おかあさんは、こっちのコでしたぁ♪ごめんなしゃい、おかあさん、ごめんなしゃいっ♪ハヒッっ♥んご、おほぉぉおっ♥♥♥おこらないれ、まま、おこらにゃいでぇぇぇっ♥♥♥しょんあにめちゃくちゃしたら、しゃなえ、イき死んじゃ……♪おへぁ゙ぁぁ゙あ゙アあアああっ♥ごめんなさいっ♥ごめんなしゃぃぃいいいっ♥♥もうお母さん間違ったりしませんからぁっ♪えっちなオシオキ、もう、ゆるし……ほおぉおおぉぉおおおおおおんっっっ♥♥♥じゅぼじゅぼこわれりゅっ♪へそまんこ縦割れして、もっとやらしいかたちになっちゃぅぅうううっ♪いやぁっ♥いやいやいやぁぁん♥へそまんこがおまんこになっちゃったら、本物まんこいらなくなっちゃうぅっ♪えへ、えへへへ、もういらにゃい、えへ、ほんとはもう、いりましぇえんっ♥♥♥こんなにいっぱいケツアクメでトベちゃうなら、妊娠まんこなんて、いらにゃいでしゅぅぅうっ♥♥♥そのかわり、そのかわりぃっ、おちんぽ、けちゅまんことへそまんこに、いっぱいじゅぼじゅぼぉ……あはぁ、んっ♪ひ?おおおおおおぉぉぉおおっっほへぇぇええええええっ♥♥♥そう、こんにゃ、ヒはっ、こんにゃふう、っい、うっきゅううぅぅぅうっん♪こんにゃふうにケツオメコぉ、ほじって、めちゃくちゃかきまわしへぇぇっっ♥」

 雌触手の好みにあったらしく、求婚行為を受け入れられた雄触手は、私の肉門を引き延ばしながら中で生殖行為に及んでいる。私のお腹は触手が安心してセックスできるための巣のようなものになっていた。

「してるのぉ♪せっくす、してるのぉ♪私としょくしゅさま、しょくしゅさまとしょくしゅさま、セックスっ♥触手と3Pしちゃってるのっ♥♥しゅてき、しゅてきぃぃ♥ぶち込まれてぬぼぬぼされて、セックス中のお腹の中で重複性行為ぃっ♪オナホせっくすっ♥肉オナホセックスに、使われちゃって……んヒょぉおぉっ♥♥空っぽのお腹が、赤ちゃん袋ぉっ♥♥」

 触手が動く度、残された括約筋を絞って締めたり緩めたりしてそれを無意識に喜ばせようとしている私。そうすることで、触手の表面を覆う質感で、アナル快感を効率よく感じ取り、ケツアクメを連続して楽しめた。
 一方、お尻から入り込んできている雄触手は、そうした私の奉仕であるか、もしくは中で逢瀬を繰り返す触手に促されてか、前後運動を停止してひくっひくんっと痙攣するような動きを見せる。柔軟でしなやかだったミミズ体は、それまでの感触を嘘と思えるくらいに固く強ばり、また一回り太くなった。
 これ、おんなじ、だあ。

「キちゃうの?おちんぽさま、しゃせい、キちゃうの?触手ちんぽ、どぴゅどぴゅするのぉ?♥くふぅっん♥もっと動いて、はげしくぅっ♪キてっ、キてキて出してぇん♥生体オナホの早苗のおナカにぃっ♪生殖器触手の求愛せっくすっ♪私にも、私のナカにもザーメンだして、触手交尾で受精キメちゃってくださいぃん♪苗床、オナホ苗床っ♥早苗はぁ、触手おちんぽ様の交尾にご奉仕できて、おほぉぉおおっおん♥♥ごほうしれきて、しぁわせれしゅぅぅううっ♥♥♥」

 一際触手の痙攣が大きくなったかと思うと、突如としてその先端から液体が噴出する。その圧力たるや撒水ホースの噴水圧並で、抜け殻になったオナホ腹のどの部分にも強烈な刺激を与え、それは痛覚ではなく性感として体中の神経を駆け巡っては各所の回路を焼き切り、あるいは狂わせてから、脳髄へと飛び込んでくる。
 ごぼぼぼぼっ、ぶしゅうぅぅうっ!どばっ、どばばっ!と、まるで壊れた蛇口のように不規則に、でも大量に、私のナカに注がれていくのは、紛れもなく触手の精液に他なら内。臍からは行ってきている方の触手は、お腹の中に溜まったその精液を、口をあけてその中へ飲み込み、それが触手同士の成功の姿らしかった。私のお腹は、雌触手が雄触手を愛し、交わい、そしてその精液を味わい、飲み込んで、受精するための生きた道具になっていたのだった。
 私のナカで果てた触手は、痙攣を小さくしながら、ずるずるとケツ穴を抜け出ていく。間髪あけずに他の触手が、アナル穴に宛てがわれ、雌触手はこれもまた品定めの上で精液を受け取るかどうか決めるらしい。私を取り囲み埋め尽くす触手は、恐らくこの一本以外すべてが雄で、この一本の雌アイドルを求めて、求婚をするらしい。

 ――全部が、私のお腹を使って。

 考えただけで、さっき受け取った快感が脳内で容易に、しかも鮮明に再生できて、思い出しアクメをキメそうになる。

「みんな、この雌触手さんの、ファンなんだぁ♪アイドル触手にザーメン捧げたくて、童貞ちんぽウヅウヅさせちゃってるんだぁ♥♥♥みんな、かわいいっ。でも、さっきみたいに、振られちゃうかもしれませんよぉ?振られちゃったら、一人で寂しく、受け入れてもらった雄クンのセックス見ながら、しこしこオナニーするんでしょ?とめられないよね、オナニー気持ちいいもんね、好きな人のエロシーン見せられたら、おちんぽギンギンきちゃうよね。そしたら、そしたら、私を使ってくださいっ♥みんなのアイドルがお気に入りザーメン思いっきり食ザー受精して終わった後の、レイプ事後ぼろ雑巾オナホの早苗のお腹、振られちゃったコの、慰み者にしてくださいっ♥私で思う存分抜いて、気持ちよくなって……ぁぁん、私も気持ちよくしてくださぁいぃ♪アイドルまんこ入ってたエキス入りオナホですっ♥みんなで使いまくっちゃってくだしゃい♥♥♥」

 新しい触手がケツ穴まんこからズブズブ侵入してくる。この子も受け入れられるかどうかは、わからない。すべては雌触手の気分次第だ。でも、私のケツは、違うの。

「有象無象の区別なく、私の穴は弛みはしないわ。雌触手ちゃんに振られても、私の穴はちゃんと使っていいですからね♥ううぅん、でも、でも、早くしてくれないと、やっぱり弛んじゃうかもぉ♪雌ちゃんの後でなんてゆってたら、がばがばケツまんこで抜けなくなっちゃうかも♥だから、だからだからぁ♪い・そ・い・で♥ケツまんこ使い物になる内に、急いで使ってぇん♥♥♥」

 そして新しく受け入れた触手も雌は受け入れたようで、再び私のナカでセックスしている。そうして雄触手が吐き出す精液はやはり強烈な圧力と量で噴き出し、痺れるような熱さと快感をお腹の中全体に感じて、私は中出しアクメをもらった。
 雌触手は私のナカに吐き出された精液溜まりを、大きく口を開けて飲み込んでいく。

「んホ、ひぁ……♥ぁ、ぁ゙、んぐふぅっ♥食ザーぁ♪触手まんこが、ちんちん触手の孕ませ汁もぐもぐしてるっ♪私のお腹も、飲み残しザーメンでどぷどぷ真っ白なのぉっ♪んあ、ひっ、んっひぃい゙いい゙っ♥いっへる、また、イぐぅっ♥♥もう、挿入待たなくても、においらけれ、粘液ぬるぬるだけでぇっ、すんすんだけでイきっぱなしになっちゃぅううっん♥♥わかるっ、わかりましゅぅうっ♪雌触手さまも、雄臭いザー汁ごっくごっくして、精飲アクメしてますっ♥同じ女だから、わかりますぅっ♪だってこんなにすっごいんだもん♥セックス激しくて、こんなにいっぱいおちんぽで、全部が性欲剥き出しで求愛して来ちゃったら、きゅんきゅんして、せっくす気持ちよくなっちゃいますよねぇっ♥♥♥」

 絶頂とそうではない時間は、触手の交代が3回も4回も繰り返されるうちに波をなさなくなり、触手挿入の刺激に慣れきるどころかその逆、その淫臭色付いた空気を吸い込むだけで、絶頂状態を中断することさえ出来ずに、イきっぱなしになっていた。
 お腹の中はすっかり精液で洗い流されて、雌触手に飲み干されてしまった。へこんだお腹の中にはとぐろを巻いて雄を待ち受ける雌触手。精液を飲み続けて少し太くなったように思える。
 胃はあるのかないのかわからないが、げっぷが出て、それはひどい腐臭を漂わせていた。内側から漏れる強烈な匂いが口腔と鼻孔を通り抜け、甘い甘い快感臭へ錯覚させられている。雄触手がお腹の中で射精を繰り返す度、精液が腹から逆流して口の中に溢れ出し、私はそれを幸せの内に口の中で噛んで味わっては、恍惚と飲み下し直していた。

「はぁっ♥ん♥しょくしゅぅ、まだ、いっぱいいるのにぃ♪もうおしまいですかぁ?♥まだ、10本くらいしか私の中に射精してないじゃないれすかぁ♥もう100回くらい、イっちゃいましたけど♥♥♥でも、でも、お母さん触手はもうまんぞくなんですかぁ?わたし、もっと、もっとシて欲しいですぅ……♥」

 もはや逃げる意志などないと悟った触手達は私の四肢の拘束を解いていた。私は手を伸ばして、ケツ穴につっこんできていない触手を捕まえて、手でシコシコシてあげたり、おクチに運んでちゅうちゅうぺろぺろしたりして、彼らのアイドル陵辱欲求を慰めてあげた。でも、なんだか、急におとなしい。
 私の中に入る触手はその勢いを失い、まるで優しく撫でるようにしかアナル穴をホジってくれない。これはこれで気持ちいいのだけど、アクメをキメてアヘりまくりたい私には、生き地獄、イケない地獄、だった。
 さっきまでは息を吐く間もなくオーガズム継続で、意識さえホワイトアウトしていたのに、急にそれをやめられて、満たされていたものが急に抜き去られた寂寞と、不満。

「ねぇっ、もっとぉ♥もっとケツマンずぼずぼしてぇん♥ねえっ、ねぇぇええっ」

 股を大きく開いてつま先でブリッヂをするように腰を持ち上げて、両手で弛みまくったアナルに左右の人差し指と中指を差し入れ、思い切り広げて触手の群の方にそのグロケツ穴を向ける。ごぼっ、と音を立てて雌触手が飲みきっていない悪臭精液が溢れ出してこぼれた。突っ込んだ自分の指から与えられるケツ穴快感に身を焦がしながらも、触手の人外セックス快感を覚えてオナニーじゃイケなくなったアナルは、しゅくしゅくと収縮して淫涎を垂らしては欲求不満に焦れるだけだった。

「おねがい、おねがいぃっ!けつまんこ、ずっぽずっぽって、シてぇっ!ずるい、ずるいですぅっ!わらしの、女子校生ケツ穴に、触手セックス覚え込ませて、容赦なく広げて犯しまくって、びゅるびゅる中出ししまくって、使いすぎのグロアナルにしたのは、触手おちんぽ様たちなのに、いきなりこんなジラしプレイなんて、耐えられませんっ!いいですっ、もう、いいですぅっ!わたし、自分でイきますからぁ♪今のお尻なら、触手おちんぽ様と同じくらいの、これ、入れられちゃいますからっ♪一人でアクメできるもんっ♥」

 私はごろりと仰向けから俯せに転がり、右手をすっかりダラシナく広がったお尻に宛てる。グーを握ったまま、一気に弛みけつまんこに押し込むと、それは予想外に簡単に飲み込まれてしまった。

「ンほぉォおおっ♥♥♥おちんぽさまほどじゃないけど、これ、しゅごいぃっ♥ケツ穴セルフフィスト、イケちゃいましたぁっ♪握り拳のごりごりっ♥空っぽになったお腹の中で引っかかってぇっ♥んっヒ♥ひあ♥っん♥♥抜き差しっ、セルフフィスト抜き差し、しゅっごおおぉぉぉおぉおっん♥♥めくれちゃう、ケツ穴、自分でめくっちゃうよぉん♥ク……ヒぃっ♥きくぅ、餓えたけちゅあなに、セルフフィストオナニーききすぎぃっ♥♥みて、みてみてぇっ♪自分のうんち穴に、自分の手ぇつっこんで、ほぁ、ぁあっ♥とまんない、ケツオナとおまんな、いぃひぃぃいっ!♥♥♥ホンモノまんこも、自分でヌプヌプしちゃおうかなぁっ♪しょくしゅさま、してくれないなら、自分で、女子校生巫女の処女まんこ、ぶちぬいちゃおうかなぁっ♪」

 アナル窄まりを自分の拳で引き延ばす快感。自分の腕をケツ穴につっこむみっともないポーズ。おへそから入り込んだ触手はおとなしく、ケツ穴をむさぼる触手は見てるだけなのだもの、イきたくてうずうずなけつまんこ自分で慰めたって、イイじゃない。
 そう思ってもうひと突き右手をアナルへ深く押し込む。今度はずぼずぼするんじゃなくて、奥の方まで、もっともっと、あ、すご、手首と肘に間くらいまで、はい……。

 ぞぶり

「えっ」

 お腹の奥で、何か握雪音のような、奇妙な音が響いた。それは、お腹から胸部へ、そして体自体の振動で頭部、耳へと届くのとは別に、腕を通じて伝わる部分もあった。お腹の中からの音だ、肛門から手を突っ込んで腹腔オナニーをしていれば、腕を伝う音もあろうと思ったが、それを覆したのは。

「う゛、あ゛、ああああ゛ああアアああああっぁああ嗚呼あ゛ああああアあああああ゛ああぁァあああっ!?!!!」

 右腕から遅れて届いた、激痛だった。

「あ゛っ、いだ、ヒぃっ?」

 慌てて右腕を抜き去ると、そこに、手は無かった。手首から先が、消しゴムで消したように、すっぱりと、なくなっている。

「え……え゛、エぁ!?」

 自分の目に映る光景が信じられず頓狂な声を上げて目を白黒させている間に、思い出したように血が噴き出す。

「あっ、あ、あ゛ああアアああああっぁああっ!ひァああっ、手、てぇぇっ!!!!」

 捥がれた。
 直感的にそう思った。
 へそから突き入れられた触手に、食いちぎられたのだ。

 キイィィイイィイィィ……

 お腹の中にいる触手は、依然その頭を私のお腹の中に入れたままだが、おとなしくなったと思ったオス触手たちが、いっせいに鎌首をもたげてその姿に見合わない金属質の音を立てて私にその先端を向けている。

「あ、あ、」

 威嚇している。
 この子達、私を、敵だと。

「ど、どうして、急に」

 ふと私が殺したイソギンチャク、壊した水槽の世界、魚の恨めしい目を思い出す。
 魚類、産卵、母性。

「あ」

 右腕から噴き出す血は、いつの間にか勢いが収まっている。不可解なことだが、打たれたクスリのせいなのか、お腹を食われている肉体改造のせいなのか、今になって思えば既に生きているのが不思議な状態だ。何があってもおかしくは無かった。それよりも、思い至ったそのことに、私は気持ちが

「そ、そっか……おかあさん、もう、妊娠してるんだ。それとも、卵?」

 左手と、先の無くなった右手首で、お腹を上からそっと押さえると、自分のものではない脈動があった。私の腹腔内でとぐろを巻いているその中心に、きっと赤ちゃんがいる。
 私の右手が食いちぎられたのは、わが子を守る親の強さの証だった。

「ごめんね、驚かせちゃったんだ。私、わかってなくて」

 へそから長く出た触手の体をさする様に撫でると、その表面からいつの間にか篭っていたこわばりがスッと抜け、柔らかな表面を取り戻した。周りで私を威嚇していた雄達も、穏やかさを取り戻す。

「私のお腹、もう、しょくしゅさまのお家だもんね。ちょっと違うか。卵鞘?」

 まだキモチイイが残った体の疼きを抑えながら、ママ触手の子育ての邪魔をしないようにおとなしくする。お腹の中がベビーハウスだと思うと、お尻の穴も安易に緩めるわけにも行かなかった。強制的に緩められた尻穴はもうしっかりと締まらなくなっていたが、それでも懸命に力をこめていると、雌触手が私の中でどくんと脈打った。

「あ、あつ……い」

 お腹の中に、何か液体を注がれている。性感を高められながらもそれを抑えることを強いられている私には、その熱い液体の感触が酷く耐えがたいものだった。

「あつい、よ……疼いちゃうぅ」

 お腹の中に注がれたのは、卵を守るための羊水らしかった。少し粘性があり、それ自体が発熱して卵に最適な温度を保つらしい。すっかり開発された私のお腹の中は、その感触で、発情を促されてしまう。

「ねえ、おまんこシテぇ……おシリじゃなくて、こっちの、私用の妊娠まんこぉ……そっとでいいから、赤ちゃんびっくりしないくらいでいいからぁ♥せめてクリちゃんだけでも、いじってぇ……っ、クリアクメだったら、いいでしょぉっ……おねがい、おねがいしますぅっ」

 私がへそに刺さっている触手の幹を撫でながら媚びた声を投げると、雌触手がずるずるとその体をへそから出してきた。へそ穴の縁が、引っ張られていやらしい肉襞みたいになってそれに食いつき、捲れて伸びる。肉同士の摩擦感が快感を爆ぜさせて、私は再び肉欲に囚われる。

「ひ、あ、っ♥それ、ぇっ、それぇぇっ♥おへそもすぎなのぉおおっ♥んっほ、ぬけ、ぬけてくの、ぎもぢぃぃいいぃいっん♥♥♥」

 雌触手が完全に抜け去ると、私のへそ穴は本物のまんこみたいに肉縁に襞が出来上がっていて、それがひくひくふるえながらゆっくりと閉じていく。その縁からは羊水と、潤滑液代わりになっている何か得体の知れない愛液のような少し白濁した液体が押し出されて、中出しされて溢れた精液みたいにお腹を伝って流れ出てきた。

「お、へしょ……やらしぃよぉ♥♥♥」

 まだ全身を駆け巡り続けている快楽電流。道具として肉体を扱われる苦痛を快楽へ反転させる肉体改造に、私の精神もまた恐るべき順応を見せている。お腹にあいた新しい女性器の快感に私は酔いしれ、そしてそれを与えてくれる触手には、それが雌性だろうが雄性だろうが、肉欲的な愛おしさを抱いていた。

「まましょくしゅ……でてっちゃうのぉ……?もっとぬぶぬぶしてぇ……♥」

 私のおねだりを聞いてくれるはずも無かったが、しかし雌性触手はゆっくりとその先端を私の胸のてっぺんですっかり勃起して刺激を受け売れる準備を整えた、乳首へと這い進んでいく。それはへそを突き破ってそこに穴を抉じ開けたときのように口を開け、その奥から顔を覗かせる舌の先端には極太の注射針のような針管が突き出ている。
 そして、大きく口を開けたそれが胸肉を食んだ。

「ォ、っほヒ!?お、おっぱい、おっぱいも、改造されちゃうのぉっ!?♪その針でぶずって、乳首の先っちょに刺して、ナニするのっ?♥んあ、あっ、あっ、アっひ!♥おっぱいがもぐもぐされてぇっ!脂身たっぷりのエロ乳、しょくしゅでぺろぺろもぐもぐされて……おっぱい全体、きもちぃいっ♥」

 雌触手は私の左胸を飲み込んで、舌を全体に絡める。長い舌が乳肉を縛り上げるみたいに締め上げて、その口の中で乳首の勃起を無理やりに強調させていた。そして、充血して苛烈に鋭敏化した先端乳首を、ざらざらしたの腹でヤスリ掛けするみたいに擦ってくる。

「ぉぉおおオぉをおをっ♥♥♥乳首っ!ちくびしゅっごぉおいぅぃっ!!♥ざらざら舌でエロ乳首っ♥んひ、んっひぃぃいっ♥臭い媚薬唾液がじゅくじゅく塗り込められて、もっと乳首キちゃぅぅっ♥びんびんっ乳首がちんぽみたいにびんびんボッキしちゃってるっ♥あっつい、おっぱいがじんじんあっついっぃぃいっ♥♥」

 触手にねぶられる左胸だけが、アンバランスに性感を植えつけられて、クリトリスのように鋭敏な性器にさせられていく。そして、先に見た棘管が、先端に、突き刺される。

「ひぎぃぃぃいいいっ♥ちくび、ちくびキたぁあっつ♪乳首に強すぎ刺激っ!♥クリトリスみたいに敏感ボッキしたエロ乳首に、とどめのピアッシングぅぅぅうっ♥♥♥イく、イくイくイくイくイくぅぅぅぅううっ!!!♥♥♥クリ乳首に串刺しで、いっぐうううううううううううううううっ♥♥♥」

 中の卵のことなど完全に忘れて、私はアクメに身を震わせた。触れてももらえない私用のまんこが得られもしない刺激を求めてぐっぱり口を開けて愛液をたらし、あまつさえ尿道からは潮を噴き出してしまう。腰ががくがく震えてケツ穴が緩んで羊水が漏れ出る。それを栓で止めるように、♂触手が勢いよく弛んで開いたケツ穴へぶち込まれた。

「ォぉォオオオお゛っほオおおおひぃイいあぁア゛あああっ♥♥♥けちゅまんこおおぉおぉぉおおっ!けちゅまんこもきた、きたきたきたきたきだきたぁぁ゛ぁアあ゛っ゛♥♥左乳首ずきずきぎもぢぃ゛ぃ゛い゛いいぃっ♥♥アナルアクメもんごぉおおおぁあっっっっ♥♥♥」

 変化はすぐに訪れた。
 針で刺突された乳首は雌触手が離れた後すぐに巨大に膨れ上がり、乳首だけで握り拳くらいの大きさにぷっくりと姿を変えていた。それを追うように、乳房全体も大きく膨れて、並より少し大きい程度だった私のおっぱいは、左胸だけがグロテスクなほどの巨乳に変化した。スイカやサッカーボールなんて大きさではない。触手に撫でられるたびに風船のように膨らみ、今やそれは左胸だけで私の上半身くらいの大きさになっていた。それは大きさに比例して敏感になり、与えられる快感も膨らんでいる。大きくなればなるほど、触手にひと撫でされて至るオーガズムの深さが脳髄に刻む致命的な破壊的快楽が膨れ上がっていく。

「おっぱいがぁあっ♥♥私のおっぱい、すごいっ、しゅごいことになっへ……おごほぉおおおおっ♪巨大乳首がぁっ、乳輪もぶつぶつして、乳首の先っちょ縦割れしてぇっ♥グロ乳首がおまんこみたいになってるぅっ♥♥♥しゅごぉぉっん♥風が撫でるだけで、ぞくぞくきちゃうのぉっ!おっぱい改造されて、うれしいっ♥きもちいバケモノおっぱいにされちゃって、きもちぃいのが、もっともっときもちよくなっちゃいましゅぅううっ♥♥♥あっ、あ、ア゛、もう片方のおっぱいも、こんな風にしちゃうの?シちゃうのんっ♥♥♥いいの、両方とも快楽器官っ、おっぱい完全に快楽用のおもちゃになっちゃってる……っ♥♥♥」

 それだけではなかった。両方の胸が地面から持ち上がらないほどに巨大になったと思うと、それだけで普通のおっぱいの全体に匹敵しそうな大きさの乳輪と乳首が、猛烈な疼きと内圧を感じ始めた。

「なに?なになになにぃっ?♪おっぱいの奥っ、縦割れした膣乳首っ、うずうずして何か、何か沸きあがってくるのぉおっ♥♥♥」

 もはや片手でようやく握れるかどうかと言うところまで膨れ上がった乳首を、余りの疼きに耐えかねて左手でぎゅっと握り潰す。

「んっひょぉぉおおおぁぁあぁあっ♥♥♥♥ちくび、ちくびきもぢいいぃいいぃいいっ!♥♥♥乳首潰すの、ぎもぢぃぃぃのおおぉおおおっ!!♥♥♥だめ、だめだめ、これっ♥これ、へんになりゅっ♥♥乳首がぁっ、巨大なクリトリスみたいに、ほんとにアクメ突起になってるぅぅぅっ♥♥♥」

 自分で乳首を握り潰すたびに、意識が吹き飛ぶようなアクメに堕ちる。それを何度も何度も繰り返し、アヘ顔を晒してイキまくっていると、乳首の先端、縦割れした乳穴から、ぶぼっっと下品な音を立てて液体が噴き出した。白濁して粘り気のある、そして甘い香りを漂わせた、それは母乳のような液体だった。人間のそれとは違い、余りに淫らな白濁強粘母乳は、手で握り潰した左からは噴き出すほどに強く湧き出し、手首だけになった右手で床に押し付けるようにしていた右乳首からは、床に液溜まりが出来るようにぶりゅぶりゅと鈍く溢れてくる。
 その噴出もまた乳房アクメの要因になり、私は必死で乳首を握り潰し押し付け、あるいは捻ってまで刺激を
得ようとしてしまう。私は超乳オナニーに夢中になって、乳首から溢れる母乳をもっともっと搾り出してしまう。膣化した乳腺を淫乳汁が通り抜けるたび、快感の最大値が上昇していく。

「ちくび、ちくびぎもぢいっ♥♥おっぱいみるく噴き出すのも、しゅごぉおおいいぃいっ♥♥♥射乳アクメ、たまらないぃいぃいいっ♥♥♥」

 両の乳首からねばねば母乳が溢れ出すようになってから間もなく、私のお腹の中の卵が蠢動をはじめた。羊水越しにさえわかる熱さを帯び、私のお腹の中に植え付けられた卵は、つまり孵化寸前になっているようだった。

「あ゙っ、お、んぉ゙おおをお゙お゙おっ♥ら゙、めぇ♥おっぱい、おっばい゙、ぐるぅ゙っ♥」

 吹き出す、新生母乳は、人間用ではない。明らかに、肉体改造された末、きっと、この子達の赤ちゃん用の。おなかの奥で、孵化を感じた卵達。それは紛うことなくその通りであり、母親触手が私の乳房を改造した理由もそこにあった。
 熱を帯びて息吹を感じるのは、それを浸す魔法的な羊水だけの力に限られなかった。母親に守られ、新たな命をつなげる幼いそれからも、ちっぽけな人間の身に対しては余りあるエネルギーを見せつけられてしまう。

「あちゅぅい……おなか、あっついょぉ……♥タマゴ、あかちゃん、うまれるんだぁ……♥おっぱい、このイきまくりエロ乳首すわれまくっちゃうんだぁ♪」

 雌触手は私の胸を存分に開発して、もう人間の社会では生きて行けぬほどになったそれをみて満足そうに、再びへその穴に身を潜らせてくる。私は秋もせずに嬌声をあげ、ヘソまんこアクメに身をよじらせ、マン汁を噴き、射乳アクメをキメまくって痙攣を繰り返しながら、その進入に恍惚を覚える。
 ヘソの穴をぐりぐりと押し込んで穴を侵入してくる触手に、オーガズムを禁じ得ない快感を覚えながらもその姿を見守っていると、おなかの中にあるだろうタマゴを優しく抱いて守るその姿に、私は感激すら覚えて、こうして触手ちんぽの慰み者、オナホール、射精と受精の合間を埋める肉道具と化して、今や触手の愛の巣に作り替えられてしまった我が身すら、それでよかったと思えてしまうのだ。そのある種異様な快感をしかし否定させぬのは、今持って絶大な快感を与えたまま私を休めることのない、乳首と乳房の敏感巨大化改造の賜物であって、もうそこに陥ったまますべてを忘れたい、もっというのであればベロを出して涎を垂らし、白目をむいてまるで人間の声とは思えぬ喘ぎ声を上げながら腰を振っている自分がそのまま快感漬けのまま命を潰えることが幸せだと思うに至っていた。

「お……あ゙……」

 もう、声さえ出ない快楽と幸福感の縁に沈み、巣俺を私はすっかり忘れていたが、おなかの中のタマゴは着実に孵化を控えていた。震え、熱を帯び、内部からそれを割ろうとつつく音を、再びヘソを潜った触手は見逃してはいなく、再びとぐろを巻いてそれを守るようになっていた。
 成長は、異様に早いといって差し支えなかった。だって、さっき私が営巣に屈服させられ、その奥で複数の雄を迎えて射精を受け止めていたにも拘わらず、その妊娠は直後であり、挙げ句孵化さえももう控えているというのだ。
 巨大な扶養器官と作り替えられた超乳をべたりと床に横たえ、勃起を忘れず射乳を繰り返すそれに、もはや反応さえも体力の持たないオーガズムを植え付けられ続けて、私の精神は崩壊しかけていた。

「あかちゃん♪あかちゃんっ♪」

 雌触手がタマゴをしっかり守っているのと、私がそれを多wのシミに待っているのとは、明らかにその堅牢な精神性においてたがっていた。私のは、ただ、壊れたそれで、しかし今やそれでもかまわないと思えていた。そして、その認識は、もちろん触手達も同じで、この産卵と孵化が終わった後、彼らが私をどうするのかなど、想像に難くなかった。

「あつい……ふるえてる……うまれるぅっつ!♥」

 やがて、腹腔の奥で、卵殻がひび割れて孵化が始まる。私の体が文字通り孵化器となってその誕生を助けている。
 雌触手は孵化するタマゴ達を抱き、あるいはすでに殻を割ってで出ようとする我が子を助け、喜びに打ち振るえているのが、私にも伝わってきた。啐、内側から出でようとする幼生の蠢き。啄、それを助けようとする親の想い。それが交わって、今、卵が孵化しようとしている。

「きた、きたきたきたきたきたきぁぁん♥♥♥」

 淫らな肉体改造を施された私は、神聖な誕生の儀式にさえ下種な肉欲の喜びを覚えて期待を膨らませ、それがケツ道、あるいはヘソ膣を通って顔を出すことにただただ性欲と、そしてほんの少しの母性を感じていた。
 おなかの中で、次々に孵化を繰り返すタマゴ。母親触手はそれの表面を舐め、慈しんでは出口へと導いている。期待している出産オーガズムまで後少しなのだと、うずくからだを抑えながら、私は奥歯をがちがちと鳴らしながら、蠢く腹腔を眺めている。
 殻を破り、孵化して姿を現した幼触手は、おなかの中を満たす羊水を食らって、予想以上の成長を見せる。質量保存の法則を無視したその成長は、私の空っぽのおなかをでっぷりと膨らませ、その赤ちゃん触手が出口を探すことを阻害さえしてしまう。

「お、ぉお゙ぉお゙おっん♥あかちゃん、成長しすぎっ♪おなかの中ぎゅるぎゅる動きすぎでっ♥しゅ、っごぉぉおっ♥おなかのなかっ♥性器化したお腹の中がぁっ♥赤ちゃん触手に蹂躙されっ♥ぐぎゅるぎゅる膨れて蠢いて、はれつしちゃウぅうっ♥ほぉォお゙ぁぁ゙あっ♥だめ、だめぇえっそんなにっ、そんなにしたら、ほんろに、おなか、やぶれっ♥やぶれひゃ……♥でも、でもでも♥♥それでもイイっ♥お腹つきやぶられたら、きっとスッゴくアクメっちゃぅの♥♥赤ちゃん触手にお腹まんこぞるぞるされて、ぶちぃっって破られたら……想像しただけで、きゅんきゅんキちゃう、想像妊娠でなくって、想像アクメっ♥おなかが、おなかが赤ちゃんの形に脈打ってっ♥んぎ、っ♥ほぉおぉおおっ♥♥いぐ、っぐっひ♥♥いぐ、ぎぐいぐいぐいぐっ♥♥♥♥」

 ぶちゃぁっ!

 粘性の高い水音が響いて、私はそれと同時にオーガズムに落ちていた。霞がかる視界の向こうで、私の腹部は突き破られ、その奥からおびただしい数のミミズが溢れかえっている。それらはぞわぞわと思い思いに蠢きながらも、私の腹部を突き破った肉片を、小さな口で食んでいる。

「んほおおぉおオ゙おおお゙おお゙おァぁあおお゙お゙ぉおォオっっ♥♥♥♥♥あ、あああアあ゙あああ゙あアあ゙ああァあああぁぁぁ゙ああぁッ♥♥♥♥♥♥♥」

 背中にびっしりと卵を抱えるタガメを、そのままお腹に変えて、卵ではなく幼虫を抱えているように、仰向けになった私のお腹の上を、赤い肉ミミズが這いずり回り、その感触は、今でも私に強烈な肉欲快感を注ぎ込んでくる。その一匹一匹が私のお腹の上(中?)で身をよじる度に、鋭くとがった快感が、一直線に脳髄へ飛んできた。
 出産アクメではなかった。食いちぎられ突き破られる、激痛変換オーガズム。痛みを感じているのは脳味噌の認識レベルではわかっていた。ただ、それを痛いとわかっていながらも、体中に駆け巡っているのが、抗い難い快感であることもまた事実で、痛みの中で快感堕ちを強要される倒錯に、でもその齟齬がまた快感に結びついてしまう。
 右手首が食い千切られたときと違い、その破裂は深刻なダメージ。出血は収まらず、痛みは引かず、快感は治まらない。
 仰向けにされ、左右にだらりと垂れた私の巨大化した乳房に、赤ん坊触手は群がってくる。縦に割れた乳頭に頭を突っ込み、触手用のミルクを生成するミルクサーバと化したそれを貪り吸って食いついてくる。順番を守らず、四方八方から、乳首だけではなく乳輪にも噛み付いて、吸い付いて、ミルクを求めてきた。
 改造された私のおっぱいはそれに従順に応え、どろりとした粘度の高いミルクを噴き出して、幼生に給仕する。そうして液体が乳腺を通過する度に、巨大なグロ乳から、その大きさに比例した快感が押し寄せてくる。

「っご、お、オぉぉおんっ♥♥おっぱい、おっぱいミルク出して、吸われて、ぎもっぢぃいいいっ♥♥♥もっと♥あかちゃんっ、もっと私のおっぱい吸ってぇっ♥犯してぇっ♥縦割れ乳首まんこの奥に頭突っ込んで吸乳レイプっ♥シテしてしてしてぇっ♥♥♥あっひ、そう、そうよぉおっ!♥何匹も何匹も一片に乳首穴はいってぇっ♥♥オ゛、おっほぉおおおぎいぃいぃいっつ♥♥♥ちくびこわれちゃうっ♥乳首裂けてミルクでっぱなしになっちゃうぅぅうっ♥それでもいい、ぎもぢいぃいがら、それでもいぃのぉおおおおっ!!♥♥♥乳首っ♥乳首ちくびっ♥♥♥」

 左右の乳首の穴には、都合10匹程度の触手の幼生が頭を突っ込んだまま、更に奥へ奥へと入ろうと身をよじっている。そのたびにミルクが噴き出して、触手に乳首まんこをほじられ拡げられる快感と、ミルクが噴き出す快感と、両方が私のおっぱいを焼き尽くしていく。
 お腹が完全に開いた姿でおっぱいを吸い尽くされていく。触手は、私の美味しいところだけを先に食い尽くそうとしているようでもあった。
 血は、興奮で上がり続ける心拍数によって、収まらずに噴き出し続けている。

「は……ん……きも、ちぃ……♥」

 意識が遠のく。貧血、というか出血過多だった。空洞になったお腹の上っ張りが突き破られ、肉ミミズがその場を離れていった後に目に入ってきたのは、破れた腹膜の向こうに見える赤い壁、最低限の筋肉を残しただけの背骨、骨盤、そして残された子宮、卵巣。上の方には横隔膜が残され、鮮やかに血液の色を含んだ肺、は駆動する心臓も垣間見える。
 ああ、さすがにこれは。
 死ぬなあ。
 でも、きもち、いいや。
 私のお腹を突き破り、最高のオーガズムをくれた幼生はお腹の中からすっかりと姿を消してしまった。触手達の群の中に混じって、その一員として育っていくのだろう。

「ハ……っひ……♥」

 私はまだ激痛から生じる快感に咽びながら、しかし確実に薄れていく命を感じでいた。
 お腹の中の惨劇を目の当たりにしたうっすらとした視界を上に向けると、母親たる雌触手が、子を生した誇りに胸を張っている、かと思えば、雄性触手に囲まれて弱弱しく身を縮めていた。
 そして、複数の雄触手が。

ギイイィイイイイイイッィイッ!!

 耳から入って脳髄を貫くような鋭い声を上げて、雌触手が叫んだ。さっきまで雄触手の先端を優しく舐めていた雌触手の口を、雄の一本が無理やりに貫いていた。あの時のような浅い挿入ではない。雌の体の半分ほどにいたるまで、深く、深く、それは貫かれていた。ずぞぞ、ずぞぞ、と奇妙な音を立てて挿入と吐出を繰り返すそれは、吐き出されるたびに、さっきのような淫液ではなく、赤い液体を噴き出していた。
 血。
 雌触手は、雄触手に、暴力的な方法で、貫かれているのだ。
 他の雄触手も雌触手の体を締め上げ、あるいは中ほどにその先端を突き入れて貫き、口のある雄触手はその体を噛み千切って、雌触手を、痛めつけている。

(な……なん、で……お母さん、赤ちゃん産んだのに、どうして、みんな……酷い……)

 数本の陵辱を目の当たりにした他の雄達も、いっせいにその雌を貫き、締め付け、噛み千切り、まさしく殺しにかかっている。
 よく見ればそれは、さっき私のお腹の中で求愛し、しかし吐精を拒まれた雄達だった。
 腹いせ。
 いや、レイプ。
 アイドル触手を欲し、妬み、それが恨みと悪意に変化したその行為に、いったん愛を受け入れられた雄達までも流され、一匹の雌を数百本と言う雄が陵辱輪姦していた。子供を産んで用済みとなった雌は、後は慰み者として犯し殺されるのだろうか。

(だめ……お母さん、死んじゃう……そんなの、酷すぎるよお……)

 私は自分がレイプされたときのことを思い出しながら、その光景を見ながら涙を流した。女とは、こうも悲しい存在なのか。メス、とは。
 そして、は、と気付くと、持て余された雄触手が、さっきそうだったように、私を取り囲んで鎌首をもたげている。
 ああ、私、用済みだし、そっか、おんなz

 ひゅっ

 空気を切る音が聞こえたかと思うと、それは一斉にに私の体に突き刺さり、噛み付き、あるいは穴を穿り、""さっき私が望んだとおりに"、私を犯してくる。
 薬の効果は、メスが産卵を終えたところで効き目を薄れさせていった。先に向精神作用が切れていくのか、触手にそうして食い殺されることを、心地よいと思うことはなく、再び恐怖と絶望が多い尽くしていた。
 だが、肉体の快感変換と増幅は消えていないらしい。
 お腹に残ったわずかな肉を食いちぎられ、四肢を食い破られ、体中に穴を穿たれ、目を貫かれ、お腹の中側から喉を通って口から顔を出す触手に精液を顔にぶちまけられ、耳の穴から入った細い触手が鼓膜を突き破り穿り回し、鼻の穴に入り込んだものは口へ出るでなくのどの奥で返り目の穴を貫くそれと交差して逆に眼孔から顔を覗かせる。右手も左手も右足も左足も、締め上げられて骨まで砕かれ、筋繊維を引き千切られて、いっそもぎ取られた。上半身と下半身がおさらばして、私の頭の上に私の股間が置かれている。
 触手はそうして調理し盛り付けた私を、大きな口を開けて食べていく。骨も皮も肉も全て砕かれ破られて、食べられてとかされていく。

 でも。
 それら、すべてが、快感だった。

(あ、あ……私、食べられて……壊されて、殺されてるのに……体、熱いの収まらない……気持ちいいの、とまらないっ。腕引き千切られてイク、乳房むしりとられてイク、目の穴を穿られてイク、イク、イク、イク、いく、いく、イク、ikuいkuいくiくい……)

 消えていく意識。快感だけが強く残って、自我は消えかけていた。もう目は潰されて何も映していない、鼓膜は破られ半規管は砕かれている。脊髄は砕かれ、脳みそは頭蓋の外にはみだしている。
 そんな中で、うっすらと、人の形が、意識の片隅で形を成した。

 あの、教師の姿だった。

 もう、形を残していない私の体、しかし頭、顎の上は、眼球が潰し外され、耳の穴が貫かれて入るが、辛うじて原形を残していた。砕かれた顎、破れた唇の上に、先生の幻影は、その形の整った唇を乗せる。舌が、入り込んできて、喉の奥へ。喉と鼻の奥の、上っかわの部分に舌の先を当てると、その奥が切り裂かれて穴を穿たれる。まるで触手が私の体に穴を開けるように簡単に、先生の舌先が私の体を穿ち、喉の置くから上の方に穴を延ばして……口付けの奥で、私の脳みそを、吸い取っていった。

 私の意識は、そこで、完全に途切れた。







「ん……」

 目が、覚めた。
 ここは、死後の世界だろうか。
 辺りを見回すと、「ああなってしまった」理科準備室風景。あたりには赤や白のゲル状が塗りたくられ滴り、思い出したくも無いその光景が本当だったのかと思わされるところだが、触手の姿は無い。何より、私が私として意識を保っている。……生きて、いる?
 恐る恐る股間に手をやると、ぬるり、と嫌な感触が、現実だった。それが、愛液なのか、精液なのか、何かの溶解残滓なのか、未知の粘液なのか、それとも血液なのか。確認などしたくなかった。
 股間には感覚がなかった。足は動くが、その中央からは致命的にすべての感覚が抜け落ちている。
 千切られた、破かれた、砕かれた、食われた体は、それら全てが元に戻っている。

 ――夢?

 それにしては、余りに。
 今私の周りに残っているこの光景はなんだ。私の体だけが元に戻されたような。

(おなか、空洞?)

 恐ろしくてやはり確認する気など起こらない。
 体中に、力が入らない。十を込めても三くらいしか体が反応しない。体を起こすのも、ひと苦労だった。

 唇が、熱い。
 触手の群れの狭間に見えた、あの女に口づけられた、唇が、熱い。
 その熱は唇から導線を伝って後頭部へと送られ続けている。頭の中が、軽くなっている。軽い?いや、空虚に、なったような。頭の中から大切なものがすっぽり、抜き取られたような。

(口の奥にされた、あの口づけには、何か、意味が?)

 頭を振ると、頭の中身がプルプルとゆれるような感覚。まだ意識がぼんやりして現実感がない。
 あそこの感覚がなく、体に力が入らないのとは別に、のどの奥に違和感を感じた。
 のどの奥というか、舌の付け根の奥というか。それはあの化け物が(先生が)差し入れてきた舌が、妙に念入りに舌で舐め回し、何かを刺突したスポット。

「やっぱり、レイプ、だたのかな」

 重く鉛を込めたような体を引きずって、立ち上がる。
 見知らぬ男に、力づくで犯されたあの記憶の方が、まだましに思えた。私は、何の相手を、させられたのだろう。
 触手。蛸?イソギンチャク?もっと別の何か?
 わからない。やはり殺したイソギンチャクの怨霊か何かだったのだろうか。

「も、何起こっても、驚けなわ」

 自嘲の独り言を漏らして、床に落ちているカバンを拾い上げる。
 私を犯していた触手の群れは、もういない。私を良いだけ犯して、満足して消えただろうか。

「かえらなきゃ」

 セーラー服にはほとんど布地が残っていない。残された少ないそれは、よくわからない液体を吸ってぬるぬると肌に貼り付いてきた。でも、それも気にならなかった。
 早く帰りたい。こんなところからおさらばして、元の生活に戻りたい。

「かえ、らなきゃ」

 ふわふわとした浮遊感が消えない。気持ちがいいわけじゃない、腐った油の中に浮いているような、むしろ不快。朦朧とした意識にかかった靄が、晴れない。体に力が上手く入らず、歩く足取りもふらふらと揺れてしまう。

「は、は」

 ハンディキャップを抱えた人みたいに、体の関節が変な方に曲がってこわばったままうまく操作できない。それでも、早く帰りたい。早く、こんなところ、出たい。
 あれだけ大声を上げても誰も来なかったのだ、きっと、助けを求められるような人は、いなさそうだった。

「あー、カバンって、重……」

 いつも持ち歩いているカバンが、やたらと重たく感じる。うまく歩みを進められないせいもあってか、肩にかけたそれがひどく邪魔に思えて、ふっと、それを見やる。
 それは、もともと紺色だったはずなのに、真っ赤に染まっていた。
 真っ赤。それが意味することは、解っていたようだったが、私は理解を途中で停止し、思考を開放して答えを放棄した。

「ああ、もう」

 私はカバンを放り投げて、教室を出ようとする。
 面倒くさい。怠い。何もかもどうでもいい。
 ふと、廊下へ抜けるガラス棚の向こうに、宇佐見先生の姿が見えた。ふらふらと覚束ない私を、ガラス越しに覗き込んでいる。
 さっき喧嘩するみたいに別れたけれど、その姿を見ていることに、妙な安らぎを感じる。先生の傍に行けば、きっと解放される。そんな錯覚さえ。
 ガラス越しに私を見る先生は少し笑っていて、何かをしゃべっているようだが、ここからでは聞こえない。

「せん、せ、ちょっと、あの魚、なんなんで、す、か」

 それと、さっきのキス。あれ、どういう意味。私、そんなケないんだけど。あれ、キスしてくれたのって先生でしたよね?化け物の方でした?ま、どっちでもいいや。
 最後まで言う事が出来ずに、ただ、その傍へ寄るために、教室の外へ出ようと足を進める。

「それにしても、蒸し暑、ですね、今晩は」

 下らないことを口にしながら、ドアへ向かう。
 ああもう、脚が上手く動かないよ。
 一歩踏み出すと、つま先の外側縁の部分に体重がかかっちゃう。手は何か指が変に曲がったまま動かないし、背筋も反ってるんだかなんだかよくわからない状態で強張っちゃってる。逆の足を前に出そうとすると、膝が曲がっているのでうまく体重の掛け位置がわからない。
 体をひょこひょこさせながら歩いていると、室温が妙に高い気がした。

「暑い、って、ちょっとこれ、異常です、ね。もしかして暖房、はいっちゃって、ます?」

 やだなあ、節電対応で電気さえつかないのに、暖房なんか使っちゃって。
 暑い。妙に。
 室温の体感はみるみる高まっていき、汗が噴き出すほど。
 確かに夕方どきから妙に暑い日ではあったけれど、これは暖房以外に考えられない。
 暑い。
 暑い。あつい。
 あつい、あつい。暑い熱い。
 ただ扉を目指して歩みを進めるだけなのに、汗だく。まるでサウナみたいだ。
 やっとのことで扉にたどり着き、扉を引く。

「あ、れ」

 開かない。よ。

「せん、せ。鍵?かかってちゃってるる」

 がちゃがちゃ
 あかない。
 あつい。

 先生は、ガラスの向こうから薄ら嗤ったままこちらを見て何も言わない。

 がちゃがちゃ
 あかない。
 あつい。
 あつい。

 がちゃがちゃ
 がちゃがちゃ
 がちゃがちゃ

 あかない。

 あかない。

 あかない。

「あけて、せんせい。この部屋、あつすぎ」

 私が何を言っても先生には届いていないようだった。いや、無視されている?なんだか、悪意のない悪意を感じる。
 先生、これ、何のいたずらですか。

 がちゃがちゃ
 がちゃがちゃ
 がちゃがちゃ

 あかない。

 あかない。

 あかない。

「こんな、こんな、こんな!」

 何よ、まだ、まだなの。
 散々私を犯したじゃない!あんな太い気持ちの悪いものを体に突っ込んで、私をめちゃくちゃにして、まだ足りないの!?
 そう、そうよね。殺したんだもの。殺さないと気が済まないかしら。
 先生だって、殺したじゃない!
 なのに、何でそこから私を見ているの!?

 魚達の、恨み。
 だが、本当にそうだろうか。

 部屋を埋め尽くすほどだった触手の群。その隙間に見えた先生に似た顔。私の意志など関係なく私を引き千切ったそれに、私の気持ちは欠片も届かなかった。無慈悲と言うよりは、興味の外だったかのように、私という存在はちっぽけだと思い知らさ……
 開けてくれない先生。
 私の意志はそこに届かず、出ることの出来ない教室。
 そして、暑い。
 熱い。

「水槽の、外」

 肌が、心臓の表面まで、粟立った。
 先生、あなたは、あなたは、あなたは!
 夢じゃなかった。
 外側のものが、私を、私の世界ごと?

「違う、私は、違う!魚やイソギンチャクとは違う!!自分の意志を、私が私だと思う私を、私という目を以て、認識している!違う、違う、違う、ちがう、ちがう、ちがうちがうちがうちがう!!」

 うまく動かない体に無理矢理指示を出して、ドアを開ける方法を模索する。
 さっきの夢は、ただの余興だったのだ。私をいたぶって遊ぶための、ただの前座。
 命を取り留めて、教室で私がまた目を覚ましたのは、改めて私を殺し直すためだ。それも「私としてではなく」「個としての存在ではなく」「全ての意味の区別を失った未分化な概念として」「この世界ごと」焼き殺すつもりだ。
 それは、私にとっては世界の滅亡、私の死だが、私の世界の外側にいる何者かにとっては、チラシの裏に書いた落書きをゴミ箱に捨てる程度の、意味しかないのだ。

「熱死なんて、して堪まか、外の存在なんんて、私は認めない!宇宙が無限に広がて限りなく薄まろが、ひもで現されようが、ただの作り物だろうが、誰かの手に委ねたしない!私は、私が、私で、私!!!!」

 脳味噌が痛い。
 いや、脳味噌はさっき吸い出された。
 "吸い出された?"
 熱い口づけは喉の奥に穴を穿ち、そこから後頭部への脳吸入口穿孔、ツメタガイみたいに穴、溶かして、吸う。残った皮質が、言うことを聞かない体?

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、、ああああああああああああ!!」

 叫ぶと頭蓋骨の空洞部分に音が反響した。
 認識できたのは、失った脳の代わりに植え付けられた、客観視点のレコード。容量は増加だが、私減少。自我は削れて強制的に半客体化。

「それでも!」

 私は今ちゃんと喋ることが出来ているのだろうか。喋らされている?違う、私!

 先生、いや、なんだかわからないお前達なんかに、私の世界を好きにされても、私というこの私だけは、私のものだ。

「また気まぐれで殺すのね」

 助けて 助けて 助けて
 私まだ死にたくない
 熱い 熱い 熱い
 信仰します。愛します。奉じ、祀ります。
 あなた達を神として、服従します。
 ですから、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、たす
 魚達のメッセージが私のものになって渦巻く。

「うるさい」

 無駄だ、わかってる。
 私は、魚とは違う!……いや、同じ?
 外にいる奴らには、内側からは干渉できない。もう私のいる水槽のサーモスタットは温度を上げられてしまったんだ。助けてといくら願っても、それを信仰しても、それに奉仕しても、内側の運命は変わらない。
 なら、せめて、主体として、この手の内に、納める。私が私として最後にする、私の意志。

「お前の好きになんか、させてやらない」

 どうやって教室を出たのか、覚えてない。そこにあの女はいなかった。どこかへ行ってしまったらしい。
 フロアを上がるところで目にした床。洗剤はやっぱり赤くて血で足元に広がっている滑りは透明の芳香性からどす赤い生臭さに戻っている。
 私の体中にはガラスの破片が刺さってた。開かないドアを諦めて、ガラスを割って出たのか。
 右手を見ると、手首から先だけが、妙に色が白い。いや、"新しい"?
 じっとそれを見ていると、右手から先の白さが、手首よりも根元側の生気を残す色合いを少しずつ蝕んで伸びてきていた。

 にせもの

 私の体は、私のものではない何かで置き換えられたのだ。
 この右手から伸びる「非自」が、全身に回ったら、私は。

「こ、これ……これ……!」

 割ったガラスの破片、その大きな奴を左手にとって、鋭い切っ先を右手に向ける。

 はーっ、はーっ、はーっ!

 だめ、こいつを、この右手を生かしておいたら、私の体にくっつけておいたら……!

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 叫んで、それを掌に突き刺す。

「あ!あ!あ!あ!あ!あ!!!!!あっがああああああ!!!!!!」

 引き抜き、突き刺し、刺したまま抉り、引き抜き、また突き刺し、ガラスが割れて使い物にならなくなったら、その辺においてある適当な理科実験器具で切る、潰す、曲げる、捥ぐ。それでも足りなくて、ガスバーナーで焼いた。

「あ……ぐ……」

 再び?右手首から先を失う。
 でも、これでいい。これで、いい。
 現実感が無い。こんな風に、自分の体を、いやこれは自分の体じゃなかった。そうしなかったら私は完全に私のものではない体にのっとられていた。

「おまえの、すきに、なんか……!」

 痛い。
 痛いけど、それ以上に、熱い。
 空気が私の体を焼いてくる。
 記憶が、連結しない。脳味噌を、あの女に吸われたからに違いない。もうすぐ失われるこの世界と、私という存在。

 理科準備室を出ると、廊下はすでに息をするのにも慎重になるくらいの温度になっていた。
 わかる、火事なんかじゃない。静かにゆっくりとこの教室に、この学校に、熱湯が注がれているのだ。
 真っ暗い廊下にともる緑色の非常灯も、あの水槽を青白く照らす不気味な光源に、今は似ているように見えた。
 焼けるほどに熱い空気は、目には見えないが、ゆっくり、ゆっくりに、私の足下を浸してくる。徐々にその体積を増して、私の周りを満たしていく。毒ガスがひたひたと充満するみたいに、私の周辺を加熱しながら進んでくる。

「ちく、しょう」

 動きの鈍い体を引きずって、一階へ向かう。もう、降りてきた階段で、構わない。
 眠い。
 熱くて痛いのに、急に凄まじい眠気が襲ってくる。でもこれは、眠気なんかじゃない。吸い出され減量した脳味噌が、意識を保つ力を失いかけているのだ。
 ここでそれを、手放すわけには行かなかった。

「どこで、間違えたんだろう」

 背後から迫る、今度は足音ではなく、高温。
 何でこんなことに。何を間違って、こんなことに巻き込まれたのだろう。どうせ死んでしまうなら、何も知らず、ただの天変地異だと思いこんで死にたかった。
 後悔。いや、理不尽への憤り。
 間違いなんて、なかったんだろう。全部、あの女の気まぐれの戯れだったのに違いない。
 あのとき、水槽でじわじわと死に追いやられた魚の気持ちが、これか。
 共感など、そんな安い言葉ではなかった。
 全く同じ状況に置かれて、しかし、私は、それを認めたくなくて。

「世界が燃えてなくなる前に、私はあんたを否定する」

 緩慢な動きで、階段を上る。
 その頃になると加熱した空気が、目に見えるようだった。赤黒くどろっとした粘りのある空気が、スローモーションのポロロッカみたいにせり寄ってくる。熱い空気なのに、下から、徐々に下から、流し込まれる水のように満たされていく。
 私はそれから逃げるように、階段をあがる。一階から二階への踊り場にさしかかる頃には、地下フロアは加熱しきった空気で窒息していた。
 やがて一階も加熱情報で塗り込められてしまった。もう、上へ逃げるしかない。もとい、理科準備室で自分が巨大な水槽に囚われていることを悟ったときから、家に帰る気など無意識の中ではなくなっていたのかもしれない。私は、一心に上の階へと上っていく。
 目指すは、屋上。
 はやく、はやく、はやく。私が私である内に、私は私の世界の中にいる内に。
 教室は水槽だったが、学校も世界も全部水槽なのだ。今更どこへ逃げてもかわりはしない。

「屋上」

 私は階段を這いずりながら登り、屋上へと向かう。
 肌を灼く空気は、ただここにいるだけで全身焼けただれそうなほどで、炎に包まれているよにさえ感じる。
 私という世界が、今、無慈悲に加熱されて熱死しようとしていた。

「あい、て」

 ドアにもたれて、ノブを回す。
 開いた!
 倒れかかるように飛び出した屋上は、見事な夕焼けだった。確かに、私が学校に戻ってきたときには、もう日が沈んだ後だったのに。

「ちがう、これ、火」

 夕焼けのように赤く染め上げられた空は、文字通りに燃えているのだ。世界を焼き尽くす炎で、水槽が加熱されている。直視できないほどにまぶしく、肌に当たる熱気に、皮膚はもうちりちり焦げそうに熱い。
 痛い。熱い。
 それでも、それでもこの痛みも、熱さも、間違いなく「まだ私のもの」だった。

 動かない体を酷使してここまで来た。息が上がって心臓がばくばくいっている。荒い息が喉を刺激して、げほげほと咳込んでしまう。

「げほっ、っげ、ごほっ!」

 その勢いで、喉の奥から、何かが出てきた。それは口から飛び出て地面に落ちる。ぺちゃ、と小さく音を立てたのは赤と白の混じったふわふわしたもの。さっき先生に開けられた穴を通って、何かが頭の奥からはみ出してきたらしかった。そうではないかもしれなかった。
 今更、何が起こってももう、受け入れるしかなかった。

「……」

 喉から飛び出てきた白いもの。だがもう、それが何だろうが、関係ない。どうせ、私はもう、死ぬのだ。
 意識さえあれば、長くもつ必要なんてない。
 私は屋上に出て、コンクリートの足元を踏みしめる。空を仰ぐと、太陽に似た巨大な火の玉が、私を焼いてくる。ごうごうと熱風が私の体を通っていく。放射線が私の細胞をずたずたに切り刻んでいく。私だけじゃない、この世界を、すべて、焼き尽くすか。
 地上の水分が急激に蒸発していた。屋上から見える風景すべてが、陽炎で歪んでいる。

 真っ赤だ、空が。

「こんなにきれいなのに、つくりものだなんて」

 悔しい。
 恐ろしい。
 柵によしかかって、しみじみ世界の美しさと、そして儚さを知った。
 あの太陽が、星霜の巡りなんかじゃなくて、サーモスタットのヒーター、温度調整の八咫烏でしかないだなんて。
 この世界は誰かの描いた空絵事なのだ。
 私と、私の自我も、絶対なんかじゃない。
 もう私の右半身はほとんど動かなくなっていた。脳が欠損しているせいだろう。

「今もサーモスタットのの操作盤もって、私の行動を嗤っているでしょう、センセ?」

 答えはないが、この世界すべての出来事は、把握しているに違いない。あの、膨れた女が、この世界の主なのか。それとも、私の世界の最後を特等席で見て笑うための、インターフェイスなのか。
 どちらにせよ。

「思い通りにんて、させない。私は」

 右半身を引きずるように、屋上の縁の柵へ。
 ありとあらゆるものが熱せられて溶け合い始めていた。しかし、その融合は熱による作用だけにとどまらないようだ。物と物との輪郭が失われて、隣接するものが一つに融和しようとしている。しかもそれは物質に留まらない。概念、思想、記号、時間。すべての隣接が同一へ進行し、それが連鎖を続けていた。
 失われる、壊れる。
 それは一つに溶けあって、原初の混沌から矛の力が失われていく過程のようにも思えるし、誰か寝ている大きな存在が覚醒に向かい、ただ夢が薄れて消えていくだけのようにも思えた。
 それを、その正体を、宇佐見先生は知っているのか。あの女は、知っているのだろうか。
 水槽の外。
 外なる存在がただの気まぐれで世界を終わらせる様を、ただ黙って見ているだけしかできなかったあの魚達。失われる世界とそのシナリオに任せて滅びを共にした魚たちと、私は同じでなんか、いない。

「私は、私が私でである内に、私の意思で終らわせる」

 それが、せめてもの抵抗にさえ、思えた。
 同時に、気が狂いそうな恐怖と不安と未知から、今すぐにでも逃げ出したいという欲求の表れでもある。
 屋上の柵に手をかけ、不自由な体を飛び越えさせて下を見下ろす。植え込みなどがなくコンクリートの地面が広がっていることを確認した。アスファルトは、もう、熱と概念融合の相互作用で柔らかくなっていて、適切ではない。コンクリートは、まだいくらか堅さを保っているようだった。
 背泳ぎのスタートの時みたいに柵を掴んで立ち、屋上の階段の方を向いた。流石に、地面を見ながら飛び込むのは、怖い。

「あなた殺されたりり、してやらない。それがただの気分、何の理由もいだなんて、認ない」

 ふと視線を上にあげると、屋上に広がる熱せられたコンクリート面に立つ人影を感じた。長い金髪が、熱風になびいている。白い肌に赤い光が差して、艶めかしくさえある。
 だが、それが誰なのか、像を結ぶのをやめ、認識をやめ、直観以上に私へ侵入することを、私は拒んだ。これ以上の認識を、得たくない。みたくない。知りたくない!

「あ、なたが何者かなて、知らな。知りたもな、い」

 言葉と記号、記号同士の隣接も失われ始めている。思考を言語に直そうとしてそれさえもうまくいかなくなり始めていた。
 掴まる柵と自分の手も、べたべたとくっつき始めている。動きの鈍い左手を柵から引きはがしたら、手の肉の大半が柵側にくっついていた。血は出ない。代わりにびっしりと詰まった文字のようなものがざらざらと溢れ出してきた。私の一部だ。血と同じようなものか。

「このうつくしくてはかないせかいにしゅくふくがありますように」

 私は柵から右手も引き剥がし、たん、と縁を蹴った。







 宇佐美先生、あなたは、無だ。そしてすべて。大いなる白痴、盲目たる父の意思、ゆびさき。
 円錐形の頭部がにたにたにた笑っている。冷笑している。すべてのものを嘲っている。何もかもが、取るに足らないくだらない存在なのだ、宇佐見先生にとっては。
 ここで行われたのはあまりにも忌々しく口述し得ない、不浄の儀式。私を世界ごと握りつぶした、でもそれはちり紙にも等しいのだ。誰が、何の目的で、このようなおぞましくまがまがしく、不浄で邪悪な、美しく偉大の出来事を呼び覚ましたのだろう。あの女、あの女か。目的など、ないのかもしれない。ただ、気が向いただけ。あの女、あの女の。
 私は知ってしまった、知ってしまった。知りたくなくとも知らされてしまったのだ。
 ああ、あの守衛の男も、あの膨れた女も、フルートの音色に踊る知識を持った肉塊。死を、破滅を、もたらす。私は。私は。私はなぜこんな場所に戻ってきてしまったのだろう。
 こんな場所に戻ってさえ来なければ、その事実を知らぬままに一思いに破滅することができただろうに。わずかな、他の者たちに比べてわずかな不幸は、私の破滅がこの大いなる存在の手足によってなされることを知ってしまったことであり、私と私を取り巻く世界がその大いなる存在の気まぐれ、いや、もっともっと些末な、息遣いか、それともうたた寝あわいの夢の産物でしかないなどと、知ってしまったことに他ならない!
 私という存在は吹けば飛ぶゴミのようなもので、私という主体さえあろうがなかろうが関係ない。ゴミに意志があって、気にするものがないように、世界そのものは、路傍の石にも満たないのだ。
 ああ、ああ、ああ!だが、幸せだ。この不幸の破滅を知った幸福感は、何だ!
 無意識によって作られたこの世界を、意識の炎が照らし燃やし尽くし消滅すると知れたこの瞬間の至福にも似た満足感は!満たされている、満たされている!私は満たされ不幸にして満たされてしまっている!破滅に見出す、あまりにも無価値な私たちとその世界に対して、憐みを抱くことができる自分が、なんと美しいことか!
 偉大なるかな、百万の恵まれたる者共。この世界を満たすあなたの子らは、破滅し忘れ去られ、そうしてあなたに愛され守られることによって、地球の神八百万へと成長し新しい世界を作り出す。
 八。
 われら百万の恵まれたる者共を土へと還し、八百万神へと昇華させるあなたこそ。
 その炎によってこの世を最も汚らわしく美しくやくもの!
 ああ、帰ってくる、帰ってくるのね。
 私達は祝われている。
 目を覚ました忘却の果てに、私達は、祝







ぐちゃ







「早苗?」
「あ、え?霊夢、さん?」
「どうしたのよ、ぼうっとして」

 私は立っていた。確かに自分の二本の足で立っていた。霊夢さんと、そして八雲紫、八坂様と諏訪子様に挟まれる形で。
 あー。
 夢オチってやつ。
 私は、ふ、と小さく自嘲した。変な夢を見ていたものだ。

「これからお花見なんだから。お花見が、ただの酒盛りなのは、神社に関係のない人たちだけ。私も、紫も、あんたも、その後ろの二柱も、忙しいんだからね?」

 霊夢さんが腕を組んで、少し気怠そうな表情で私を見ていた。

「あ、す、すみません。」

 まったく。と溜息混じりに言う霊夢さんの脇に立つ八雲紫。
 何か、変な夢でも見ていたのだ。まだ夏でもないのに、背筋にじっとりと冷や汗をかいている。恐ろしい何かに追いかけられたみたいに凄まじい焦燥感だけが、胸の中で「はやく!はやく!」と何かをせかしてくる。だが、それが何なのかはわからなかった。
 うたたねをした、そのただの夢だったのかもしれない。
 今日は、春爛漫と言った、というかもう初夏にも近い暖かさ。むしろ暑いくらいの陽気が、日差しに乗って来ていた。
 心地よいを通り過ぎて汗ばむくらいだ。

「もう。しっかりしてよ?あんたももう、幻想郷の巫女の一人なんだから」

 しっかり私をサポートして、楽させてよね、なんて霊夢さんが、細く軽やかに、笑う。
 ああ、この人の、いつも飄々とでも涼しい笑顔でいる様子は、なんだかとても安心する。
 胸の中の焦燥が、すうっ、と消えていった。

「ほら、紫。あんたが神様に挨拶して回るの。そういう日なんでしょ?」
「はいはい、わかってるわよぅ」

 この幻想郷には、神という存在は幾らでもいる。それなりの力と権力を持って、それは存在しているが、支配者などではない。八坂様も諏訪子様も、そういった立場を疎んで、ここに着たのだ。ここで神であると同時に、気ままに一住人としての立場を楽しんでもいた。私も、そうだった。むしろ私はこちら側にきてから神になった異端な例だ。だからこそよくわかる。神様という立場に、私が知っているほどの強烈な価値はない。やはり、一住人であるのだ。それはやはり、大変心地のいいものだった。
 神ではないが強大な力を有する八雲紫とて、この幻想郷を開闢したまさにその存在ではあっても、支配者ではないようだった。大いなる存在であるか、その大いなる何者かの端末である分には、八坂様や天人達より幾許か(しかしその差は計り知れぬほど)強い程度だが、やはり支配者ではない。
 それに、支配者であるなどと、想像したくなかった。
 それを祀り、とりあえずは対等に立ち回る博麗もまた、その寵愛を受けた奉仕種族として絶大な存在してはいるが、絶対的な存在というわけではない。
 だが。
 平和の薄皮を被ったままの幻想郷だからこそ、八雲紫は博麗に従い、端末のままでいる。八雲紫をインターフェイスとする本体があるとして、ただの気まぐれによってこの世界が存在しているだけなのかもしれない。それを考えれば、背筋が凍るほどだった。

「早苗。御神酒持ってきて。今日は鬼達もくるみたいだから、賑やかになるわよ。楽しみね」

 私が恐怖を感じそうになるところで、霊夢さんが黄色い声を上げる。その表情は、忙しいのだから、と言った裏腹酒宴を楽しみにする一人の参加者の浮かれ具合。
 救われた、か。
 博麗は、いや、とりあえず、霊夢さんは、そういった恐怖をまき散らすことはしないようではあった。脇に立っている八雲紫も今は明らかに言えば住人であることを楽しんでいるらしく、その強大な力を顕現することはほとんどない。いや、史実にさえ、多くは残っていない。作るだけ付くったが、管理は一人ではし切れていないといった感じかもしれない。
 この幻想郷は、救い、なのだろう。

「ちょっと紫。ぼっさとしてないで着替えてよ。あんたが先に始めないと、ほら、乾坤の神様にも示しがつかないでしょう?」

 霊夢さんは八雲紫に対して正装をするよう促している。そんな様子を見て、八坂様と諏訪子様も、軽快に笑っていた。花見は、この幻想郷の誕生パーティなのだという。
 私もつられて笑ってしまう。この世界は、本当に、心地よい世界だ。

「はいはい、わかったわよう。もう、私ばっかり楽しめないなんて、不公平だわ」
「私だって似たようなもんだって言ってるでしょ。早苗も、他の神様も。」
「はいはい。もう、この世界の管理なんて誰かに任せてずっと寝ていたいわ」
「寝ていたらお酒は飲めないわね」
「そーれーはーいーやーっ」

 だったら早くして、と八雲紫の背中をぐいぐい押す霊夢さん。その袖からぽとり、と何かが落ちた。
 陰陽玉。白と黒の入り交じった姿のマジックアイテ……

「!?」

 いや、それはその姿をしていない。真っ黒だ。真っ黒くて切子面が刻まれた結晶のような、それでいて赤いラインが走ったあの輝く球体は、黒い黒い、真っ黒い柘榴石。あれが、陰陽玉とは、あんな姿だっただろうか。
 そして私はその禍々しい姿をどこかで見たことがあるようなそんな気が。
 目を擦ってもう一度それを見直すと、しかしそれは確かに白と黒の交わった、光沢のある球体に戻っていた。

「あ、あれ?」

 さっきの黒い塊は、何だったのだろう。見間違いだろうか。

「早ぁ苗ぇ、さぼんないで。もう、開催時間まであまりないんだから」
「あ、はい」

 私は霊夢さんに指示されたとおり、御神酒の樽(樽入りの御神酒って……)をとりに行く。
 お神酒の香り……なんだ?お神酒は、こんなにも甘い甘い香りがするものだろうか。この香りは、そうこの香りは、蜂蜜酒のような。この窮めて冒涜的な甘い香りは、間違いない、蜂蜜酒だ。中を覗けばそれは禍々しく美しく輝く黄金色であった。
 これは――
 ふと顔を上げると、さっき霊夢さんの横にいたはずの八雲紫が、目の前に立っている。

「っ!?」

 思わず後ずさる私に、あの胡散臭い笑顔を浮かべた八雲紫は、そっと耳打ちする。

「憶えている?思い出した?いいわ、敢えて残したその記憶(のうみそ)を使って、あなたがここで何をするか、興味あるわ」
「あ、ア、ああ、」

 その声は、いつも霊夢さんにかけているような人間らしさを持った声ではなく、名状し難く不浄極まりない、おぞましい存在のそれで。
 私、会ったことある?ある。八雲紫に。いや、八雲紫ではなかった、その時は。宇佐見蓮子?まえりべりー?だれ?八雲紫も、私がいつかに見えたアレも、千の無貌の一つでしかないというのか。この膨れた女、膨れた女が、八雲紫が無数の端末の一つであるのと同じように、この幻想郷も、無限重畳する分岐宇の一つでしかなくて。そしてそれは無限分の一の価値しか持たない、吹けば飛ぶような。八、百万、八百万。支配者。神。古き者。
 ここにこうして存在している私も、例外ではない。私は。私の命は。私の存在は。私の意思は。そんなもの、何一つ関係ないのだ。何一つ、何一つ、塵屑の価値にも満たない、この者の前では。

「Nyar、る、ラ」
「思い出したところで、改めてご挨拶しますわ。」

 一歩引いて私の視界内に再び収まった八雲紫の姿は。
 黄と黒の長衣を纏った長身の女性。忘れていた。思い出した。八雲紫の姿を、私は見たことがある!
 扇をひらひらとひらめかせながらけらけらと笑っているが、その下に見え隠れする顔、何度かに一度見えるのは赤く瑞々しい唇ではなく、壊れた弓のように歪み、その隙間から無造作に束ねたエナメル質の牙が覗く5つの口。すっと通った鼻筋も、錯視のように稀に蛸の触手に見違える。左右非対称に並んだ猛禽のような3つの目は、瞬くごとに美しい切れ長の目へ姿を戻す。

「ひッ」

 こえが、でない。いしきが、とおのく。

「ようこそ、幻想郷へ。東風谷早苗さん、歓迎いたします。」

 百万の恵まれたる者共のひとつだった私は、かの大いなる者の端末「八雲」の手によって、八百万の神へと、その名称を変えて存在を置換されただけ。
 何も、変わってなどいない。

「自己紹介が遅れましたわ。わたくし、」

 名乗る名に意味などない。千でも万でも別名があるのだ。
 私達は、ほんの気まぐれによって、生かされているだけにすぎない。
 いつ存在として存在し、存在しなかったものとして消されるのか、単に、単に、水泡のような。
 にたり、口か三日月かもわからぬ5つの弧を歪めて、それは嗤った。

「いつかの学校……いえ、水槽の中と同じように、楽しんでらしてね」
「あ、ああ、あ、」

 八雲紫。
 私を見下して、声もなく冷笑している。
 そして私が何か視線を感じて、八雲紫の背後に集まっている花見の参加者に焦点を合わせる。



 参加者全員の目が、"魚"の目の様にぎょろりと蠢いて、こちらを見ていた。



「今日は、妙にあついわね。論文をしたためるには、もってこいの日和だわ。そう思わない?」

「ああああああ あ あ ああああ あ あああ あ あああ あ あ ああ あ あ あ あああ あ ああ あ ああ  あ     あ ああ     ああああ あ あ あああ あ ああ あああ あ ああ ああ  ああ あ あ あ あああ あああ あ あああ あああ ああ あああ ああああ あ ああ あああ あ ああああああああ あ あ あ あ ああ あ    あ あ あ あ あ  あ あ  ああ    ああ あああああ あ あ あ あ あ     あ あ あ  あ   あ   あ あ あ ああ ああ ああ あ あ ああああ あ あああああ ああ ああ ああ あ ああ ああああ ああ ああ あああああああ あ あああ あ あ ああ あ あ あああ あ あ あ あ あ   あ あ  ああああああ ああああ あああ あああ あ あああ あ あああ あ あ あ  あ あ あああ ああ あ  あ あ   あ あ ああ あ あ ああ  あ あ あ あ ああ あ ああ ああ ああああ ああ ああ あああ  ああ あああ あ ああ あ ああああああ ああ ああ あああ あああ ああ あ   ああ あ ああ ああ ああ ああ あ ああ あ ああ あ ああ あ あ あああ あ ああ あ ああああ あ あ         あ   あ  あ あ」

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