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【レミリア 霊夢 ルーミア】八紅一憂

東方夜伽話に投稿しました。
八紅一憂


最初に書き始めた理由が
「いい加減ねちょこんぺに出してみたいな」
でした。

「色」というテーマだったのですが、
ちょうど色を扱って書きたいテーマが紅魔館の中にあったので
ちょうどいいからそれでかこう、と思い書き始めたものの
書きたいことが多すぎて
テーマ発表1週間で60kbyteに達し、
でも物語は殆ど進んでいないという状況を見て

「あ、これは無理だ。
やっぱり自分で好きに書こう。
サイズも期限も気にせず書きたいようにやろう」

と方針変換してまったり書き進めたところ
400kbyteくらいになってしまって白目をむいています。

もっとも強いインスピレーションを得たというか
この作品の根底にあるのが
石鹸屋の「紅霧紅夢」という曲の歌詞です。
当初扱いたいと思っていた色の題材でコンペに向けて書き始めてみると
この曲の歌詞がまさにぴったりだと気づいたので
いっそ思いっきりかぶせてみたというところです。

「紅霧紅夢」に気づく前は、こんなに膨れる予定ではありませんでした。

「Lの季節」というゲームの
とあるルートで、とあるヒロインが
「桜ってかわいそうだよね。ピンクが嫌いだから跳ね返してるのに」
みたいなせりふを言うシーンがあって、
それがプレイした当初からずーっと印象深いせりふだったので
その考え方(色とは本人が嫌っているもの、という考え方)
をかねてから何かに使いたいと思ってました。

だから、ほんとうはこれ「だけ」を使うつもりでいたのですが…
まあこのざまです。

そんなわけで膨らむことをいとわずに好き勝手書いていくことにして、
ちょうど個人的に石鹸屋の曲を再評価してたところで
いろんな曲の歌詞を見返して
「あっれ、石鹸屋の歌詞ってこんなにいいの多かったんだ」
と思っていたタイミングで
「THE LEGEND OF HAKUREI-CHANG」という曲もまたいい感じに絡めそうだったので
いっそ更に上乗せ。
結果としてこのSS、石鹸屋がテーマみたいなSSになってます。

ルーミアの黒、ゆゆこの墨染めの黒という色をもっと強く絡めたかったんですが
やっぱりストーリーに直接絡まないキャラを
既存のストーリーに乗っけるのが難しくてあんまりうまくいかなかった気がします。

ほかにやってみたかったのは
「カリスマがあるレミリア」
「クズ上司レミリア」
「レミリアの能力のなんたるか」
「メカ箒に乗るガンナー魔理沙」
「永夜抄みたいな2:2をバーチャロンやガンダムみたいな戦術で」
「霊夢がひたすら血反吐はいてる」
「外見だけ大人で中身が従来の白痴美ルーミアかきたい」
「また中二病じみた戦闘シーンがやりたい」
「ラブクラフト大全を読んで感じた"ひたすらくどい文章"」→これはひとつ手前の作品へ切り出した
「咲夜さんが時間停止ととかいうちーと能力あるのに瞬殺される」
「美鈴の強いところ書く」
「やっぱエヴァすきだわ」
「パチェに魔術つかわせたかった」
など。
やってみたかったことをひたすらにたくさん詰め込みました。


ゆっくりと練ったことから、
結果的に
すでに発表されている二作との関連付けが出来たことと
テーマをもっと深く掘り下げることができたことなど
いろいろと得るものもあり
今となっては
「60kbyteと期限内に収めて発表しなくてよかった」
と思っています。

同時に
「やっぱりコンペ向いてないなー」
って自覚しました。

そんなとこ。


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原作
 東方紅魔郷

動機
 ねちょこんぺ(自己没)「テーマ:色」

パクリ元1
 記紀神話
 エッダ
 ドルイド伝承
 仏教教義
 ケイオスマジック
 他

パクリ元2
 東方非想天(東方非想天則)
 紅霧紅夢
 THE LEGEND OF HAKUREI-CHANG
 妖怪ハンター
 Lの季節
 BibleBlack
 VIRTUAL-ON
 機動戦士ガンダム
 GuiltyGear
 ナイトウィザード
 新世紀エヴァンゲリオン
 新・ヱヴァンゲリヲン劇場版
 他

関連作品
 Anecdote of the Y
 原初の闇の神おろし



以下、アーカイブ。
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八紅一憂



 赤子のように抱かれ、私を抱く彼女を紅い目で見据える。彼女の瞳に私が映っていた。彼女は、世界だった。そうして力なく崩れる私を抱く彼女の瞳に映る自身を見る。全て終わってみれば、彼女に抱かれて私をその瞳に移しこんだその刹那だけ、赤く、赤く、私の色に世界を、彼女を塗り潰せていた。
 私は、彼女を、赤く染めることが、望みだった。全てを霧で包み、陽光を避け、彼女と、一緒に歩きたかっただけだった。彼女とただ、私は、傘も差さずに太陽の熱を全身で感じながら、ふたり歩いてみたいと、願っただけだったのに。
 世界を霧で覆い隠し、日光さえ遮ることができれば。
 だが、見た目と変わらない子供じみた願いは、それ故誰も望まぬ忌むべきものとして淡く紅い夢のままで、途切れた。
 温もりを残して、紅い霧が、晴れゆく。







 桜のいろは墨染めがいいわ。
 西行寺幽々子は八分咲きの妖怪桜を見上げながら、それははらはらと言葉を散らした。その意図は知れていたが、私は答える言葉を持っておらず、また持ちたくなく、そういうのは私の逃避行為であるらしかったが、私はどうしても不機嫌そうにする逃避故の沈黙を禁じえなかった。

「えー、真っ黒い桜なんて、まっぴらだぜ。お前も歌人の血統なら、鮮やいだ薄紅色をこそ好いておけよ。なあ霊夢?」

 だから、私に、聞かないで。問う魔理沙へも恨みたいところだったが、それよりも、わかっているくせに、性格の悪い幽霊。心中毒づいてはみるが、それを実際に口に出すことは憚られた。

「風流とは、彩(いろ)ではないわよ。でもそうね、霊夢ちゃんなら、違う見解もあるかしら」

 飄々と嫌らしい質問を投げてくる西行寺幽々子を苦々しい表情で私が見やると、紫がいっとう困った顔で間に入ってきた。紫がそれほどまでに狼狽した表情をするのは珍しいのだが、当の私の方にもそれを物珍しく物見遊山気分で眺めるような気分の余裕はなかった。紅(いろ)について、これを茶うけや肴のように取り上げるのであれば、私は心穏やかではいられない、大きな、だが極めて独善的な理由を、茶碗のそこにこびりついた茶渋のように拭い去ることが出来ないでいたからだ。

「ゆゆ、あんまり」
「平気よ。その通りだから」

 紫を制して、西行寺の言葉を飲み込む。西行寺が扇で口元を隠しながら小さく微笑んだのに対し、紫は寂しそうな表情で目を伏している。西行寺の言葉は私の純白を非難するものに他ならないし、紫は私にその白を着せたことに気を負っていて、でも私はそれを、もう、諦めていた。
 諦めてると言っても厭世気分なんてこれっぽっちも持っていないつもりで、でも周りにはそうは見えていないらしく、つまり私の白というのはもう、私という人格の奥深くに食い込んだ性質、いや「性格」になっているらしかった。それでも、当事者故にそのことを理解している紫は殊更私を大切に思ってくれていて(でもその方法が他の人からは見えにくい)、私も彼女に甘えて紫のくれる甘い時間に白砂糖のようにとろけることもしばしばだった。

「霊夢ちゃんは強いわね。紫も少し見習いなさいな」
「な、何を言っているの?この子ってばまだぜんぜん。私が目をかけていないとすぐにダメになるんだから」
「よく言うわよ、だったら自分で、この幻想郷への漂流物、仕訳をしてみたら?藍さんが可哀想よ。あんたが過酷な労働をしいるから、チョビちゃんまで不憫な我慢強い子に育ってるじゃない」
「ぐう……霊夢、ひどい……」

 ほんとのことじゃない、全く。そう一言押し込むと、紫は黙ってしまった。
 私と紫のまあ、いわゆる痴話喧嘩みたいなものを見て、今度は魔理沙が割って入ってくる。これでも察しのいい奴だ。喧嘩の空気は好まず、自分の立場が拙くなってでもその場を納めようとするだろう。

「どういうことだぜ?こんな色(いろ)の桜じゃ、酒も旨く飲めないだろう」

 魔理沙は自分の服を指さして、吹き飛ばすように、言う。その空気を読まない道化た言動は、彼女なりの、気遣いだ。

「そうね、誰も、好かないでしょうね」
「そうらみろい」

 得意げに親指を立ててみたものの、一拍置いてから表情を曇らせる魔理沙。

「って、私自爆してないか。いや、私は誰にも好かれないのは、辛いぜ」
「でも」

 私は魔理沙の手を取って、でも彼女の方を見ずに、女の子らしいふっくらした手の甲に視線を落としたまま、言う。

「でも誰も、あんたを嫌わないでしょう?」

 西行寺幽々子はにぃと笑い、紫は沈痛な面もちを陰らせていた。








 目覚めは最悪だった。胸くそ悪いほどに、生ぬるい湯を肩まで浸らせ、高温多湿の熱帯夜に籠もる湿気をまとわりつかせた、そんな目覚めだった。

「誰か。戦況を報告せよ。それと、腹が減った。食事と湯浴みの準備を」

 返事はない。

「誰か、おらぬか」

 声を強めてみるが、やはり答えはなく、最悪なのは何も目覚めだけではないらしかった。
 ふん。だいたい、状況はわかる。逃げ出したのだろう。私はのそのそと、山と山のあわい、空と地平線の細い線から夜の闇がそうするように、せいぜい棺を這い出た。肌に貼り付く髪を指で払い、溜息を吐く。

「バカ者共が。逃れられるはずがなかろうに」

 何を発しようとも、誰の声も、返らない。であれば、もう、私が、文字通りの最後の一兵に違いなかった。信頼していた側近も、重用していた魔術師も、誰も、誰も、一人たりとも、残ってはいまい。
 この地下室は、地底に向けて随分と迫り出している。それなりの強度と、相当の難解さを持った、迷宮だ。地上に向けては質素な城で、それは私には必要のない設備ではあったのだが、こうしてみるとなかなかどうして士気に関わることだったのだろう、我が軍の兵力が見る見る殺がれていったのは、何も圧倒的という言葉では片付かない兵力の差ばかりによってのことではなかったと痛感する。
 ふと横を見ると、メイドの一人が口から血を流したまま机に突っ伏している。いつも身の回りの世話をするメイド長が忙しいとき、代わりに私の世話をしているメイドだった。彼女は案の定、死んでいた。死んでから何日かは経っている。腐敗が進んでいないのは、この部屋に篭る夜族の瘴気のせいもあるだろうし、このメイドも私に仕えているという点で外の生物達とは一線を画しているからだ。掴み上げて死体の顔を覗くと、眼球は蒸発し、舌が半分ちぎれている。
 机の脇に視線をよこすと、毎日の戦果を記すためのノートの新しいページが開かれ、そこまでは全く事務的に冷たく、文字を見るだけでもその几帳面さが伝わってくる整然としていた記述だったのに対し、そのページだけその文字が一変して罫線も何も無視した荒々しい、書き殴った様な文字が並んでいた。


Sieg der Million reich!
Sieg vermillion reich!
Heil der Meine Midian Magd!!

 その面積のほとんどが血で染みては乾いて黒ずんでいる。

「反逆者めが」

 そう思うのならば何故命を絶つ、愚か者が。
 自決は弱さの証拠だ。弱さは潜在的反逆心だ。こうして組織を内部から破壊させる。私はそのノートのページを破り取り、八つ裂きにして床へ散らした。
 だが、こうしてこのメイド一人の愚かさを非難するにも意味はなくなったであろう。他の誰も、この城には残っていないのだろうから。他の者は城から逃げようとした。恐らく殺されているだろうが。この者はこの戦況から逃げようとした。こうして死んだが。
 だが、私は最後の一人として、そのいずれも許されていない。

「退けぬ。その道はもう断たれているのだから」

 ここを抜け出し投降した者は、今頃虐殺されていることだろう。
 奴らは捕虜をとらない。とるはずがない。後一人をのみ殺せば勝利となる戦で、紳士協定などとるはずがなく、まして、この戦いは、私達にとっては細々とした生存戦争であるのに対し、奴らにとって聖戦であって、皆殺しがこそ正義にして唯一の戦争であると同時に審判たりえるのだから。
 世を追われ毎夜私に食事を饗していた娘も、審判を逃れ私の下で魔界の門を維持していた魔術師も、城の兵士も番犬も、皆今頃、口汚く罵る言葉が嵐のように吹き荒れる中、生きたままに腹を裂かれ、焼けた鉄でいたぶられ、投降の一縷の望みを半ば愉快に踏みにじられながら串刺しに処され、血を血とも、涙を涙とも、嗚咽を嗚咽とも受け取られずに無惨な最後を、嘲笑と鬨の声の坩堝の底で絶望の果てに、遂げたことだろう。

「……バカ共が」

 世に疎まれ、迫害され、人の社会を追われ、自ら魔に縋り戻れぬ道を選んだのだろうに。
 私はゆっくりと湯浴みをして体を清めた後、何百年か振りに自分で衣服に袖を通し、何百年か振りの戦衣をまとった。鎧を纏い、自らの肌に呪印を刻み、タリスマンとアミュレット、フェティシュをありたけ身につける。最期の杯にととっておいた一杯を指ですくい、それを使って頬に三本線を引いて、呪(まじな)った。
 爪を研ぎながら呪言で精神統一し、グラスに残った一杯を呷る。胃の中でかっと燃える熱を感じて、私は戦意を高ぶらせた。

「安心しろ、私も、すぐそちらへ行く」

 グラスを床に落として割り、ブーツでそれを砕く。
 人間に怨みはない。だが、食事をせねば生きられぬこの身をどうすればよかったのだ。赤の宿命を負わされ、望む望まぬに関わらず受けたこの吸血鬼としての生に、どのように対処すればよかったというのだ。20年に一人の贄を安いとは言わない。それでも。それでも、こうまでも、憎まれねばならぬのか。

「運命とかいうやつがあるのなら、私は、そいつだけを憎む。貴様だけは、絶対に、この足下にひざまづかせてやる。絶対、絶対に、だ。」

 私しか居なくなった私の城。今宵を以て、私さえ、消えよう。
 天命とやらを燃やし尽くすほどに呪って、私という存在を作り上げた神なのか何なのかわからない誰かを呪って、私を拒絶するすべてを呪って、この世に別れを告げる。

「私のために死んだ、すべての者に報いる、弔い合戦だ。勝てないのが、ひどく心残りだがな」

 悪魔と呼ばれるこの身に来世があるのなら、次は運命を変えてみせる。その決意を魂に刻むために。
 真っ赤に染まったこの赤色が、吸血鬼の宿命であるのなら、この色を、次の私は受け入れない。吸血鬼の身などに生まれたからこそ、こんな、孤独で悲しい生を強いられ、こうして惨めな最期を遂げねばならないのだ。真っ赤な血を求めるこんな存在に、血の赤色に、呪いを。
 しかし、最後の吸血鬼、赤の呪縛に囚われるのも、私で終わりだというのなら、それはそれで胸のすく終焉かもしれなかった。

「ノスフェラートゥの王の出撃だ、血と悲鳴とラッパを以て祝福せよ!!」







 異変としてそれが明確に現れたのは、どうやら湖の方かららしかった。
 向こう岸の知れない大きな湖、それは私の神社からは酷く離れた西の彼方にあり、年に366日霧が立ちこめていて、夏冷たく冬には凍る澄んだ冷水とともに如何とも表現し難い妖しさを湛えて幻想的であると人里で評判を得ていながらも、周囲に人を寄せ付けない二面性、それはある種の魔力といってもいいものを、ようようと漂わせていた。
 その、伝えを携えてきたのは、魔理沙だった。

「霊夢、異変だぜ、異変」

 その表情は彼女らしく、それが不謹慎な発言であるとわかっていても隠せない輝きに満ちていて、だからこそそれが彼女を彼女足らしめる魅力であるといって、異を唱えるものはいくたりかを除いてそう多くはないだろう。その彼女がこうして、きらきらと眩しい笑顔で私を訪ねてくるのを見るにつけ、ははあ、これはまた厄介ごとをもってきたのだろうと私も一つ覚悟を決めなければならないところであることは、日頃重ねた腐れ縁にも近い、だが不思議と嫌気の差さない付き合いから、重々に承知していた。

「なあに?昼真っから喧しい」
「もう昼だぜ、喧しくもさせてくれよ」

 へへ、と笑って懐から取り出したのは、天狗が撮影したらしい写真、これを頼んで譲ってもらったようには到底思えない、きっと間違いなく強奪しただろう、一枚だった。

「何も見えないじゃない」
「何も見えないんだよ」

 真新しい割には角が曲がり、辺にはいかばかりかの擦り切れた跡が残っていて、これはやはり文あたりから強奪してきたのだろう写真を見ると、その本来風景なり、人物なり、これを撮影したのが仮に私の想像通りに文であるのが正しいと仮定するのであれば、誰も読まない新聞の一面を飾るような三面記事以下の特ダネ映像なりが写し出されている筈の光沢面には、予想に反して一切何も写っていないように見えた。

「霧だ」
「霧?」

 問えば、この写真にはしっかりと異変の正体が写し出されており、それはこの写真に見ての通り何も見えないほどに撮れている、ということらしく、彼女は得意げな顔を浮かべて私を誘っているようだった。

「真っ赤で濃い、霧が写っているだろう?」
「見えないわよ」
「見えないほど、写ってるんだよ」

 なんだかへたくそで幾らも騙し取れずに食いっぱぐれている詐欺(ペテン)師でも相手にしているような言い草だが、なるほど、これでも巫女の端くれとして神社に仕えている身であれば、感じるところがないわけでもなかった。

「真っ赤な霧が、何処からともなく流れてきて、日光を遮ってるんだ。こりゃあ、でかい異変だぜ」
「楽しそうに言わないの」

 事実、彼女は楽しんでいるだろうことは、その表情と、軽く弾んだ声色、そして既に鬼か魔物でも相手にするのかというくらいに武装を決め込んできている彼女の格好を見ればわかるわけで、だからこそ彼女は私を"誘って"いるのだ、異変解決というデートに。
 異変解決(デート)といって、それを彼女に宛がうには少々、私には抵抗がある。というのは、私は魔理沙以上にその言葉を送るに相応しい相手を既に知っていて、だが、それが誰なのか、理性という全く向こう側を見通すことが出来ない薄膜に阻まれてその名を認識することが出来ないでいたからだった。

「あまり目立ってもらうと、あそこに館があることが人里広く知られてしまうわね」
「そっちが問題かよ?」
「だって、霧って、別に毒霧じゃないんでしょう?それなら、その傍にある館に住んでる輩の方が、よっぽど危険だもの」
「そういうもんかね。まあ毒ガスってわけじゃないみたいだが」
「そういうものよ。毒ガスでもない限りはね。」

 魔理沙はあの館の住人を痛く気に入っており、館の住人の方も満更ではないらしく、私が挨拶といいつつ偵察に出向いたときも、魔理沙は既に館に自由に出入りできる身だった。もっとも、彼女は始めて館を訪ねたときから"自由に"その中へ入っていっていたらしいし、かく言う私も"好きなように"中に入れてもらったわけではあるのだが。

「でも、あながち毒じゃないとも言い切れないかも知れないぜ」
「へえ?」
「この霧に当てられて失神する生き物が大勢いるみたいだ。私はしっかり装備をしていったから平気だったけど、確かにあまりいい感じのする霧ではないな。それに、日照不足は人里には致命傷だろう。きのこがいっぱい取れそうで、私は興味深いところだけど」
「失神?」
「ありゃあ、水蒸気の霧じゃないぜ。そうなら、あんな"まっとうじゃない色"なんかしていない。強い魔力が元で生じた、魔光化合物の大気コロイドだ。直ちに何らかの影響が出るものじゃないかもしれないが、魔力を幾ばくかでも取り込んで存在を維持しているモノは、長い間その中にいたらどうなるのか予想がつかない。」

 マナを体内に取り込まぬ存在など、何一つないがな、と付け足す。

「それに、私ら魔法使いの界隈では、赤はろくな兆しにならない色だ」

 なるほどそういうことであるのなら、少なくとも調査に足を運ばねばなるまいし、また、その犯人が概ね見当がついていることもあり、それは恐らく魔理沙の方も同じ見解を持っていて、だからこそその場合の相棒として、今目の前にいる魔法使いが確かに最適であるだろうことは納得せざるを得なかった。だが、それがまた、一つの憂いの種であることも間違いはなく、仮に私のこれが杞憂ではなく本当の意味で障害となることがあれば、魔理沙にはなんとしてもこの調査を下りてもらわねばならなくなることも私は、おぼろげではありながらも、確かに脳裏に描いていた。
 私は渋々と彼女の提案を承諾し、それを異変として認定したところで博麗神社の議事録としてその登録処理を行ってから一通りの装備を整え、概ね二人とも同じ想定でいる異変の犯人の宛を目指して、異変解決(デート)に出発することにした。







 何処から入り込んだのだろうか。
 門番がそうまじめに仕事をする奴ではないことは承知していたし、昔からそれを織り込み済みでここにおいているのは確かにその通りではあるのだが、全く以っていつも侵入してくる類のモノとは明らかに毛色の違う、なにやら野良猫のようなものが、するりと潜り込んできていた。

「ここ、どこ?」
「お前は誰だ。」

 質問に質問で返しても埒が明かない場合は多々あるが、どうしてもその疑問を投げずにはいられず、不法侵入してきたというのに全く物怖じせずに私に声をかけてきたその妖怪に、私は正体を問うていた。

「ルーミア。」
「ルーミア、聞かぬ名だな。野良妖怪か」
「野良じゃなければ飼い犬?あんた、飼い犬妖怪?」
「ハ!面白い奴だな、お前は。ここは、紅魔館。私の王国であり、私の城だ。だから、私は飼い犬ではない。私にそんな口を聞く奴は久しくいなかった、くくく」

 私が言うのもなんだが幼い顔立ち、その幼気の残る出で立ちにして妙に妖しい雰囲気を持った野良妖怪は、私の背中の羽を見て、らんらんと揺れる珍しそうな目で見ている。

「吸血鬼を知らぬのか」
「きゅーけつき?」

 これだから野良妖怪は、と思ったが、よくよく考えてみればこの世界に私たち吸血鬼とそれを取り巻く輩がやってきたのはここ数年といったところで、そうであるのなら確かに吸血鬼の存在や名前を知らないものがこうして安穏と生きていても、それは不思議なことではないように思えたし、だからこそ私は、今はもう記憶に残っていない何か忌まわしい過去を振り払ってこの世界にやってきたような気も、今となっては、していた。
 私が自己紹介に色をつけたようなノリで吸血鬼の説明と、それがいかに他の存在から恐れられ、貴く尊ぶと同時に避けられ抑圧され封印されてきたのかを伝えると、おお、おお、といかにも馬鹿みたいな顔をして私の話を聞き込んできたものだから、これは私も幾らか気色よくなってしまい、ついつい長々と話し込んでしまった。

「血を吸うのか!蚊か?蛭かぁ?」
「虫と一緒にするな、面白い奴だな!くはは!」

 一通り説明したというのにまさか蚊と同じに思っていたということに脱力してしまったが、こいつ、ルーミアといったか、私にはどうにも彼女に対して、何か私を惹きつける魅力を感じていた。

「私の血も吸う?」
「私は、私を恐れる人間の血しか吸わないぞ。まあ食料としては、その限りではないがな」

 この妖怪は、野良妖怪の中でも随分と人間臭いように思えた。人間臭い、とは、人間のような雰囲気を持っているということではなく、人間の匂い、特に人間の血や肉の匂いを強く漂わせていて、私はそれを食料として摂取しているからこそ気取ったわけだが、それを疑問に思って聞いてみれば、なんとこの妖怪、好物が生きた人間の肉だとのことで匂いの正体にはこれ以上ない明快な答えを以って合点が行ったが、しかしこのルーミア自身が何を正体とした妖怪なのかについては、これはまだ答えを出せないでいた。

「ね」
「なんだ」
「まだ、名前、聞いてないよ」

 ふっ、と思わず噴出してしまった。なにせこの妖怪、私の興味が絶えない妙な存在であって、それを見たり聞いたり、時には触れてみたり想像したりで、とにかくこのルーミアの情報を収集することで頭がいっぱいであったため、私としたことが、そう、私としたことが、仮にも王である私が全く礼を欠いた様子で、名乗ることさえ忘れたままに彼女を値踏みしていたのであって、これはルーミアに対して申し訳ないことをしたと素直に思えるほど、実は私はこの出会いに運命的なものを感じていた。

「レミリアだ。レミリア・スカーレット」
「レミリアちゃんね、覚えたよ!」

 レミリア"ちゃん"!

「あはははははははは!!面白い、お前は本当に、面白い奴だ!!はははははははは!!」

 私をそんな風に呼ぶ奴には、初めて会った。先ほど彼女をして"野良猫のようなもの"と比喩したが、これは我ながら言い得て妙であったと、今にして思えば自画自賛したいところで、この興味深い野良妖怪が発した"レミリアちゃん"という言葉を、私は頭の中で、口の中で、胸の中で、何度も転がしてはくすぐったいその感触にニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべたり、たった今そうしたように大声で笑い転げてみたり、するのだった。

「レミリアちゃん、お友達になってくれる?」
「よし、いいだろう、ルーミア。お前は今日から私の友達だ。お前みたいな面白い奴を傍に置かずして、何が王か。ハーレクインには足らぬがな!」
「友達ー、レミリアちゃん、友達ー」
「ああ、ゆるす。お前は友達だ、ルーミア」

 全く唐突に現れて、大したやり取りもないままにこの妖怪が身近に寄ることを許可するようになったのは、後になってから回顧してみるならば、彼女の持つ特性そのものを私が本能的に察知し、言ってしまうのであれば私が予てから求め続け、しかし一度として手に入れることの出来なかったその特性に、甘えたかったのだろうとも、思えた。






 ここは、どこだ。
 私は確かに、敢えて陽光の下に出撃し、十字軍6万を相手に概ねその命を喰らい尽くし、切り裂き突き刺し引き裂いたその亡骸で築いた山と、しかし吸い尽くした血によって夥しい死体は赤い川を引かない山河に立ちながら、下半身を失ったり右半身を失ったり首だけになったりあるいは男共から汚らわしい制裁を受けた姿で十字架に磔にされた同胞に、その復讐を捧げた。悪魔よりも高慢、死よりも残酷、罪よりも苛烈な、それは神罰の地上代行だと嘯く輩の蛮行に反吐と罵りと咆吼、そして慟哭を浴びせて、ぼろぼろになりながらもぎ取った勝利に鬨の声を上げたところで現れた追加2000の聖騎士に、牙を折られ、翼をもがれ、爪を割られて、片目を潰され、どうせここで終わりなのだと命を削って放った紅槍で1500迄を貫いて、十字を模したハルバートで串刺しを返され、両腕をクレイモアで切り落とされ、聖典の一節を刻み込んだスレッジハンマーで右脚を潰され、賛美歌で再生を封じられ、いよいよ心臓に吸血鬼用にカスタムされたクォーレルを受け、聖印を刻んだカッツバルゲルで首をはねられたのだ。
 無念と無念と、そして無念と無念と無念、無念に折り重なる無数の無念、無念に、私は消えゆく自我の最後まで、私を拒絶し、何者も与えず、苦しみと嘆きをばかり押しつけてきた世界を、神を、呪って呪って、呪って呪って呪って呪い続けて、意識が消えるまで呪った。
 私の命はそこで、終わったはずだのに。
 私はどこかとも知れない広野にぽつねんと、無傷のままに佇んでいるではないか。あれほどの人間を殺し、心臓に矢を受け首を落とされた感触は今でも鮮明に思い出せるのに、私の手には血の一滴の後もなく、胸を貫く矢の傷跡もなく、で、あるならば、ここは地獄に違いないはずだった。

「地獄が、これほどに穏やかとは」

 神が作り出した牢獄に、私は恐らく永遠に繋がれ、無間の苦しみを与えられるのだろうと思っていたのに、この広野にすさぶ風は乾いてはいるが程良く冷えていて、何よりもイデオロギーの鼻につく匂いを孕んでいなかった。ここは、どこだ。地獄にしては大人しく、地獄でないならば、こんな場所が、まだ地上にあったとは。
 一歩踏み出すがそれは幻と消える気配もなく、私の足をしっかりと受け止め、彼方から吹く風が足の長い草を波打たせる。
 黄昏時だった。
 私が今や記憶にしかないあの戦場で、地に吸わせるでなく自ら飲み干した血の赤さを、私から抜き取ってその青に注ぎ込んだよな、仄かに残った青が紫と変化し、風に流される白をも赤く染め上げる夕日。空から滴った赤は、大地をも染め付けて呆然と佇む私諸共赤の洪水で押し流そうとしている。

「く、はは、あっはははははははははははは!いい気味だ!ぶち殺したくなるほど胸くそ悪い、最高の、最高の皮肉じゃないか!ここがどこかなど知らんが……これほどの屈辱が、あるか!!」

 生かされた、など、そんなことではない。死に場所を失ったなどと下らぬ有終の美を望むわけでもない。ただ、この、赤で埋め尽くされたこの場所へ、私は死に直面した上で生きたまま放り込まれ、それをまざまざと見せつけられることによって、何者かの手で、皮肉と侮辱の汚辱にまみれさせられている。
 我ら吸血鬼が、直接的に自殺できない種族だと知って、このような愚弄の仕方をするなどと、それをした誰かを目の前においたなら、考えつく限りの残虐な方法を以て生かし続けてやる。今私は、まさにそうされているのだから。

「あかい、あかい、あかいあかいあかいあかいあかい!!私を飲み込んだこの世界は、私を飲み込んでおきながら、これほどに、あかく、あかく、あかくあかくあかくあかくあかい世界を見せつけるか!何という愚弄、何という侮辱、何という冒涜だ!!畜生、畜生、畜生、畜生、畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生ッッッッッッッ!!!!!!!」

 死よりもなお深い屈辱。
 生かしたまま私を拒絶する、その世界、空に向けて、私は何にもならぬとわかってはいたが、力の限りに、槍を投げ、泣き叫んで吼えずにはいられなかった。

「救いのつもりか、くそったれが!!!お前も、この世界も、私を拒絶して殺した、あの世界の住人とあの世界、それと何一つだって変わらぬ!いや、それ以上だ、クソッタレ、クソッタレだ、私にまだ、まだ、赤色を……この……この、」

 それ以上、何を言っても言葉では足らず、吐き出せぬ感情に胸の中を焼かれて、私はそこにうずくまって泣いた。







 結局のところ、ああした小さな凹凸は時折顔を覗かせてはいたものの、全体としては大凡賑々しく花見は終了し、紫は式達とマヨヒガへと帰り、他の者もその大半が白玉楼を去った後ではいくたりかだけが酔い潰れてそこかしこに落ちているだけで、西行寺幽々子は庭師に片づけを指示しながら、だが自らは未だ桜を見上げて、見る者によっては薄気味悪ささえ感じる薄ら笑いを浮かべながら縁側に腰掛けて花見の余りの食材を口に運んでいた。
 私はといえば、酔って少しばかり煩くなったかと思えばいつの間にかその辺の酔っぱらいと変わらぬようにすやすやと寝息を立てている魔理沙を横に置いて、花見の場所を世話になった礼を言おうとその幽霊姫に対面する。

「いいお花見だったわ。場所、ありがとうね。」
「こちらこそ、いつも人のいない寂しい家が、珍しく賑やかで楽しかったわ。また使って頂戴ね。」

 こちらに向けられる笑顔は、桜に向けられるそれとは打って変わった嫌みのない美しい表情で、その二面性、つまり人とそれ以外に対する二面性であるのと同時に、生と死へに対する二面性が、私にはむしろ小気味よくもさえ見えた。

「紫と」
「え?」

 西行寺が、静かに口を開いた。

「喧嘩してたのね」
「……いつもよ」
「じゃあ、いつものじゃない奴」

 不思議な幽霊だ。
 幽霊とはこの世への強い未練を抱き、それを錨としてこの世へすがりつく存在で、だからこそその未練を達成するために常軌を逸した価値観や行動理念を持っているものだ。だからこそ、これほどに穏やかな幽霊とは、どうしても不思議な存在だった。
 彼女がこの世に地縛するようになった経緯に、どうやら紫も絡んでいるらしいことは、何となく察している。紫と西行寺は、見ている私が嫉妬してしまうほどに、しかし、仲がいいという言葉だとどうにも齟齬がで、何というか、親友、旧友、ううん、仲のよいまま小さな諍いの元に、互いを思いやる気持ちを抱えたまま別れた夫婦のような、そんな雰囲気さえ漂っていた。
 そしてそう、見抜かれたとおり、私と紫は、喧嘩の真っ最中で、それはしかし、夕飯の準備をどちらがするとか、部屋が片づけられない苛立ちだとか、そういうのではなく、私という存在が彼女の娘と同等であると同時に恋人であり、そこに生じる私の幼稚な独立心と彼女の愛情の、些細で派手な行き違いのよるもので、根が深いものであると同時に、それが私の牝の部分にまで及んだ、幼年期障害、とでも銘打てばいいのかとふざけたものに相違なかった。

「わかりやすいわねえ」
「あんたたちみたいに長生きしてないのよ。少しは手加減して」
「霊夢さんじゃないわ。紫」

 また、その顔をするのか。
 そうして私に嫉妬心を植え付けて、この幽霊にそんなつもりはないのかもしれないが、そういう「理解者然とした雰囲気」が私にはたまらなく悔しかった。私だって、紫のこと、理解したいし受け入れたいし、西行寺の用に達観して毅然と待ち続ける強さが欲しい。もしくは、紫にもそうあって欲しい。

「仲が、いいのね」
「あんたに言われると、皮肉が過ぎて強制浄化したくなるのだけど」
「あら。意外」
「いけ好かない幽霊」

 そういいながら、私は湯飲みを膝の上に置いた西行寺の前に立つ。

「私はね、紫と仲が良い訳じゃないのよ。知ってしまっているだけ。そして恐らく、私よりも、紫が。霊夢さん、あなただって、そうでしょう?自分のことについて、自分よりも相手の方が良く知っている、その居心地の悪さ」

 その通りだ。思春期の子供が自分の記憶にない自分の過去や自覚していない自分の性質を親に的確に指摘された特の、やり場のない苛立ち。それも、紫は私を生んだのではなく、1から10まで、部品の片っ端から何から、全てその手で作った継承システムによって、規定しているのだ。居心地が悪いというのを、もはや越えていた。それでもなお、私は紫が愛おしくて、彼女に撫でられるだけで幸せで、女としてさえ喜んでしまう。これも、私が生まれる時点で、定められたことなのか。紫は何もいわない。私もそれを実際に口に出して聞いたことはなかった。いや、怖くて、聞けないでいた。

「そういう被俯瞰感から逃れたくて、博麗として与えられた白を、あなたは逆に利用しているのでしょう?そんな博麗は、私の知る限り、今まで現れたことがなかったわ。だから、紫が、初めて博麗の巫女に、パートナーとして、惹かれているのかも。」

 私は、この身の白など、いらないのに。それを欠片さえ持っていなければ、きっと紫の腕の中で今でも幸せでいられただろう。いや、西行寺の言葉を採用するなら、私は紫をこうして拒絶するからこそ、紫は私を好いているのだろうか。
 だとするなら、悲劇的だ。笑ってしまうくらいに滑稽な悲劇。私にとってもそうだし、紫にとってもまた。

「お見通しね」
「半分はね。でも、半分は、共感よ。」

 紫を挟んだ、私と彼女の微妙な距離感を、どう扱えばいいのかよくわからない。その持て余す感覚の扱いに困って、訪れた沈黙さえ、息苦しい。私は一歩退いて、西行寺と妖怪桜の間に視線の経路をつくった上で、話題を振り替えた。

「墨染めの、桜ね」
「お嫌いかしら?」
「さっきも言ったでしょう。嫌いじゃない」
「あなたは何に対しても、そう。"嫌いじゃない"。でも、それは嘘でしょう?あなたは何色も返さないようで、その実は、白だもの。霧雨の子が、羨ましいかしら?」
「別に。八方美人は、嫌いなの。白と黒なのに、恋色だなんて、都合のいい」
「ふうん。潔癖性は、辛いわよ?」
「もう慣れたわ。それに潔癖症なのは私じゃない。この、システムよ。」

 私は自分の胸の辺りを指さして、吐き捨てるように締めくくった。
 鼻につくほどに強烈な死の匂いを漂わせながらも、この幽霊姫は生者よりもよほど強い「生への意志」を抱えているらしく、それが西行寺幽々子をこれほどに強大な力を持った地縛霊としてこの屋敷に残している要因でもあった。
 西行寺の抱える何らかの瑕疵について、紫はいちもつ抱えているらしいながらもそれを決して人に明かすことはなく、この幽霊の傍にいつも控えていて、掴み処のない幽霊と胡散臭い妖怪のこのペアは、幻想郷においてこれは至極扱いにくい存在であった。
 しかし、私が心中忙しなく気にしている心配事といえば、二人が如何に扱いにくい曲者であるかと言うことなどではなく、この幽霊姫の、自身への興味と生死観、そしてそれをいよいよ何らかの形で行動に移しそうであるという予感についてであり、それは私だけではなく紫にとっても同じであるらしく、私から見れば、西行寺幽々子の一挙手一投足に紫が神経をそばだてているのは見るに明らかな様子ではあったし、恐らく私を見る紫も同様の感想を抱いていることだろう。
 墨染めの桜を勧めた西行寺幽々子の真意は、結局、私と西行寺幽々子、それに紫にしか伝わることはなく、紫はともかくとして西行寺幽々子がそれを知っているのは、間違いなく紫が口を滑らせたのだと私は確信を持っていた。
 滑らせたのか、もしくは何らかの意図があって伝えたのか、私には知れない。紫の抱える幻想郷維持と各存在のバランス調整という業務について、私は紫と一括りの存在として私もその中に含まれることが往々にしてあるが、実際のところ私は末端の実行役でしかなくて、彼女は私にその真意を伝えることは少なく、対し、重要な執行については彼女自身が密やかに行うことが少なくなく、それ故、彼女の行為一つ一つに納得している訳でもなかったし、一つの事案について彼女と対立したことも一度や二度のことではなかった。
 西行寺の幽霊姫が私をみる面白がるような目は閉じられておらず、私はそれを振り払うために言葉を重ねるしかなかった。

「赤を、着ているつもりだったのだけど」
「朱は、違うでしょう。それは紅?いいえ、あなたの血の色であって、あの子の夢の色では、ないわ。わかっているくせに、疑問をぶつけないで頂戴な。結界の如き真白、それが、当代博麗が未曾有の強力な巫女でいられる、何よりもの証拠。違って?」

 違わない。
 私は、拒絶している。つもりだった。
 だが、そうではなかったのだろうか。

「すぐに、元通りよ。今回は特殊な例だし、霊夢ちゃんは別格だけれど、他の"インスタンス"達は、こういうことには慣れてる。そんなに憂うことじゃ、ないわ。残酷なことだけれどね。」
「わかってる。それでも」
「あなたの白は、潔癖で、同時に華奢すぎるわ。自分さえ拒絶するその白のせいで、流れ出る血の赤に気付けない。自分の不幸が、自分だけの不幸だと思うならば、高慢よ」
「だったら」

 私は、きっ、と西行寺を睨み付ける。ああ、ああ、全ては私に非があることであり、西行寺も良かれとそれを窘めての言葉を私に投げかけているに相違ないというのに、私はどうしてか、いや、それがあまりに図星で反論の余地もなく、同時に深く胸を抉り、あいつとの関係について狼狽している私を自分で認識することに耐えかねているからこそ、西行寺に噛み付いてしまったのだ。

「だったら、この世の全てを墨で染めて見なさいよ。何色も返さない、誰も拒絶しない、その墨で。あいつは、あいつはそれをしようとしただけ、ちょっとだけ間違った方法で。でも、私、私は」

 最後は、言葉にならなかった。

「何が出来たというの、あなたに。その白を以って、何が出来たのか、振り返ってみたのかしら?」

 違う。
 私は、私は最後に、赤かったのだ。白ではなく、彼女を、赤子のように腕の中で小さくなる彼女を前にして、白ではなく赤くなったのだ。救いたかったはずなのに、白でさえなく、赤く、残酷に彼女の世界の一点を埋めてしまった。

「本当に、紅かったのかしら。逃避の果てに嗚咽の淵へ沈むのならば、その前に、最後に勇気の一片でも絞って見たらいかが?」
「ほうっておいて」
「自分の血の色くらい、抱きしめて見せなさい、意気地なし」

 死人のくせに、死人のくせに、肉体さえ分離して思念のみの存在、生きているだなんて言っても誰一人として信じてもらえないほどに、死人のくせに、幽霊のくせに、鼻が曲がるくらいに死臭がする地縛霊なのに、なんで、なんで、なんでなんでなんで、なんでそんなにも力強く生をぶつけてくるのよ!?

「人が辛いのを見て、愉快に笑っているのね」
「死人だからと勘違いしないで頂戴。人が辛いのを見ていると、気分が悪いのよ。特に、あなたのように厭世に逃げようとしてる人を見ていると、自分でもよくわからないくらいに気分が悪いの。まるで、自分がそうであるみたいに。さっさと立ち直りなさい、博麗の巫女」

 わかっている、あいつは、私を憎んでなんていない。
 ただ、私だけが、拒絶の白で、血まみれの赤で、それさえもわからないでいるのだ。

「……再入場手続きが済んだら、きっと、やり直せる」
「そうなさい。きっとよ。」

 西行寺が、ふっと空気を和らげる。
 私の頭にぽんと手をおいて、優しく、呟いた。

「迷いなさい。うんと、迷いなさいな。迷うのは弱い証拠よ。でも、私達みたいに過去に依って迷いを捨てた者より、よほど強いの。自信を持ちなさい。」







 いかにも作り物だと言った具合の、彩度が高すぎる赤に染まった空に咆吼して、だわずかばかり残る橙に近い赤の日光の浄化能にじりじりと焼かれながら無力にうなだれていると、なにやら人間らしい奴が、目の前に現れた。
 

「お前が、この世界の、神か何かか、ただの人間に見えるが」
「生憎。あんたの世界で言えば、使徒か、もしくは蛇の使いといったところね。でもま、人間よ、入れ物は。」

 地面に座り込んでいる私からは見上げる姿勢になって、逆光で眩しくよく見えないが、東洋風の衣装をまとった黒髪の女は、私を吸血鬼だと認めてか認めずか、物怖じしない、いや、それ以上にどこか不機嫌そうな表情で私の前に立っていた。

「どちらであっても変わりないな。この世界は、どういうつもりだ」
「さあ?」
「さあ、だと?私にこれほどの辱めを与えておいて、どの口が!」
「私の意思じゃないもの。私はあんたに告げに来ただけ。」
「告げだと?天使か。は、忌々しい」

 確かにただの人間ではないようで、背後から、何か強い力を感じるし、この女自身にも得体の知れない雰囲気があった。

「天使だなんて、そんないいもんじゃないわ。ただ……」

 東洋のシャーマン風の衣装をまとった女は、その不機嫌そうな表情を和らげたかとおもうと、何かを言いよどむ。

「ただ、なんだ」
「ただ、あんたみたいな子供が泣いてたら、声、かけるでしょう」
「こ、子供だと!?私は」

 私は、と、名乗ろうとして、その先の言葉が出てこなかった。私は、私は、何者だったか?名前は、なんだ。わからない。思い出せない!?

「私は、吸血鬼だぞ!それに、泣いてなど」
「吸血鬼も人間も、幼いも老いたるも、ここでは関係ない。幻想郷はすべてを受け入れるわ」

 幻想郷、それが、この場所の名前か。それが、私を酸の毒の中に放り込むが如き世界の、名か!

「受け入れるだなどとよくいうな。よく言えたものだ、この」

 これほどに真っ赤に染め上がった世界に放り込んでおいて、何が受け入れるだ!空も、雲も、太陽も、大地も、草も、花も無視も、風も、湖も、何もかも、何もかもが真っ赤じゃないか!!
 だが落日が進み、太陽と女の位置関係が変わってその姿がはっきり見えると、女は、赤ではなかった。その一点だけがぽっかりと抜け落ちたように、赤では、なかった。その世界において、女だけが、唯一の、まさに唯一の存在だった。

「なんだ、お前は……」

 ふらつくようにいたのは、体だけではなく、意識もだ同じで、そのよろよろとした様で私は、さっきと同じ問いを、口にしてしまう。
 まるで合成写真のように、不自然に赤の名かで浮いているその粒子全てが彼女に従えられてそれを囃す取り巻きのように、周囲から切り取られたみたいに、不整合。周囲の色に染まらぬその様は、私には、神々しさと邪悪さの混在のようにも見え、とにかく胸が躍った。こいつが、こいつこそが、で、あるならば、この世界が?いや、こいつだけだ、こいつだけだ!

「女。私を、ペテンにかけるきか」

 この女、強そうにも見えないのに、一瞬でそれを覆す。まるで紙の裏表のように、人間と超越者が隣合わさっているようで、全く脅威を感じない存在と、得体の知れない威圧感を放つ存在が、ひらひらと入れ替わって私の前で揺らめいていた。もちろん、やり合って負ける気はしないが。

「生憎と、本物よ。この世界は。幻想もまた、現実。生ぬるい残酷。」

 そうか。地獄であるとか涅槃であるとか、或いは天国であるとか浄土であるとか、そういった「行き止まり」ではないらしかった。だが。

「こんな世界に興味はない。私は、お前に、お前だけに、興味がある」

 ほしい。
 素直に、そう思った。
 瞬足で女の懐に入り、私よりも頭一つ背の高いその腕の中で、私は彼女を見上げて目の中をのぞき込むと、それは黒真珠をうるかせたような柔らかな黒であり、その黒の中には一点の赤の欠片さえも見あたらない。

「ちょっ……!?」

 何をする、と突き飛ばそうと込められるであろう力を予想して回避の心づもりで構えていると、しかしそれはいつまで経っても襲ってはこなかった。はてと女をよく見やると、今まで一つもなかった赤が彼女の頬に宿っていて、黒真珠は落ちそうなくらいに見開かれている。

「は?」

 あれだけの二面神性を感じさせた女が、こんな反応をするとは思っていなかった。いや、弱い方の一面が、もろに出たということだろうか。

「く、はははははっ!愉快な奴だな、お前は。神々しいかと思えば、そこいらの小娘ほどに弱い。何者だ、お前は」

 何度目かの私の問いに、女はようやく口を開いた。

「博麗霊夢。そこの神社の、巫女をやってるわ」

 女――ハクレイ、と名乗ったか――は私から目を逸らし、ゆっくりと私の体を引き剥がした。
 私の肩を包んで押し返すその真っ白い手は、その色に見合わない熱を持っている。その熱の正体を、私はよく知っていた。

「あついな?」
「吸血鬼ってのは、パッシブチャームを身につけてるのね。迷惑だわ。」
「夜の者の嗜みだ。女が香水を振り、男が髭を蓄えるのと、同じ。」
「余所でやって頂戴。私はあんたに他の用事があって来たのよ」

 普段ならこんなもの、意識しなくても弾き返せるのに。彼女はそう言って、一歩足を引かせた。

「用向きは何だ」
「この世界の何が気にくわなかったのか、私にはわからないけど、そう悪いところでもないわよ。ようこそ幻想郷へ。永遠の暇つぶしを、楽しんでらして。その出迎えの挨拶、それだけよ」

 女は、自らを使徒に窶した通り、この得体の知れない世界の始祖であるとか開闢であるとか、もしくは守護や継続、あるいは破壊というプロセスに関係しているのだろう。
 だが、私にはそんなことはどうでもよかった。こんなちんけな世界など、興味がない。もはや私の興味はといえば、目の前の赤に染まらない女、その一点に限られていた。

「用は、それだけか」
「ええ。手間を取らせるつもりはなかったの。地上の土地はまだ沢山、って、えっ」

 私はさっきよりも遙かに緩慢な動きで、ハクレイの懐に潜り込む。今度は、抵抗は、なかった。

「ハクレイ、用事が終わったのなら、構わないだろう?」

 そのまま服を絡めて赤く染まった地面に押し倒すと、ハクレイは細い声をあげて、私を受け入れた。







 予感は、あったのだ。幻想郷内外の忘れ去られて名を失った諸々が漂流する名無しの丘の一番高いところで、小さくうずくまった幼い少女、途方もない力を抱え、生きたいと願う強い思念と同時に、行き場を失った脆さを孕んだ、彼女の姿を一目見た瞬間、「ああ、私はこの子とセックスするだろう」と、頭がおかしくなったとしか思えない予感が、私にはあったのだ。
 私はそのつもりもないのに、普段なら絶対にそんなことにはならないのに、外から来た得体の知れない存在に近寄るのと同時に、いつの間にかアンヌリングチャントを解除してしまっていた。荒くれた運命、をさえ、感じた。
 外の世界、西方に名を馳せると言う強大な妖怪、吸血鬼の前に、防護術法なしの無防備な状態で立ってしまった自分を、迂闊、と苦々しく思う。

「きゃっ」

 案の定、と言うのも癪に障るものがあるが、挨拶が終わると同時に、私はすぐさま丘の上で押し倒された。遮る物の殆ど無い、背丈の低い草の茂る堅いベッド。それも、私はしっかりとチャームにかかり、息が上がり、体は熱く火照り、目の前にいる吸血鬼の少女をどうしようもなく求める体の淫らに火がついた状態で、勿論彼女もそのつもりで押し倒してきたようで、不敵な笑みを浮かべて私の上に被さってきていた。

「初対面の女に、そういうこと、する?」
「初対面だから、だろう。無粋を言うな。」

 しゅる、としなやかに体を滑らせて、私の胸の中に入り込んでくる吸血鬼の娘。年の頃合は、同じくらいか私より若いといったくらいだが、体の小ささが幼く見せている。だが、実際のところ私の何十倍も長く生きている大妖怪に違いなく、幼気の残る柔らかな肌、大きな瞳、薄い唇とは裏腹に、どこか爬虫類然とした鋭さを隠していた。
 口の端から伸びる吸血の牙が、鋭いながらも禍々しいと言うよりは、蠱惑的な魅力を醸し出している。私の腕を掴み頬に触れてくる指先は細く、そして蛇や蜥蜴の肌のようにするりと冷たい。吸血鬼らしい真っ赤に染まったオーラを撒き散らして、私を魅了に落とそうとしてくる。いや、それはもう完了しているかもしれなかった。

「この世界で、一番初めに私の餌食になるのが、お前だ。光栄に思え」
「生憎と。私は貴方に吸われても、虜にならないように出来ているわ。諦めなさい?」
「お前、さっきから無粋が過ぎるぞ。ジパングは神秘と美と雅の国と聞くのに、東洋のシャーマンはそれをこれっぽちもわかっておらなんだか。吸血による下僕など、美しくないだろう。」

 幼さの残る容姿に見合わぬ、高圧的な物言いだが、心身の芯から加熱されている私には、今やその声さえもぞくぞくする媚薬で、私のことを覗き込んでくる彼女に対して、私は目をそらすしか出来なかった。

「お前は、美しい。お前自ら私を求めさせてこそ、その美しさに値する、陥落となろう。血は、貰い受ける。私は空腹なのだ。そして、悦びに打ち震えるがいい。私に血も身も心もを捧げる悦びに。」

 しかし、すぐに噛み付かれるのかと思ったが、首筋を舐めたり体をまさぐったり、なかなかそれを使用としてこないのを訝しく思っていると、彼女の手が装束の下に潜り込んで来る。

「ちょっ……?」
「何を今更。チャームを受け、押し倒されて、こうなることを想像していなかったわけではあるまい?」
「そう、だけど……」

 やっぱり、そうなるのか。
 それは諦めと言うよりも、最初に一目彼女を見たときに、電気でも走ったような感覚とともに感じた「セックスする」という予感に、納得していると言うだけだった。
 一目惚れと言うには感動が無く、思い込みと言うには手筈が整いすぎていて、これはいわば、もともとそうだと決められていたと言うような、無機質、つまり、運命のようなものに玩ばれているような感じさえしていた。

「なんで、私なの」

 自分でも馬鹿げた質問だった。もう相手に組み敷かれていると言う状況で、そんな、まるで少女マンガに出てくる世間知らずな主人公のようだ。

「なんで?お前は今迄に食べた食事に、理由を求めたことがあるか?」
「食事?私は、そんなしょうのない理由であんたとセックスするの?ふざけないで。」
「なんだ。ならば何か契りが欲しいか?贅沢な奴だ。」

 契り、ですって?私は、私は、これでも、紫に将来を預けた身だ。そんなもの。他の奴から貰いたくなんてない。だが、当の紫がなかなか相手をしてくれないと言うのが、奇しくも今目の前に立ちはだかる問題になっていて、チャームのせいもあってか、私は、この半ば行きずりの関係にも近い彼女との時間を、貴重なものに感じていた。

「さすがに、シャーマンか。チャームのかかりが悪いな」

 そう呟いてから笑い、そして獲物を見据える表情のまま顔を近づけてくる。

 ――キス――

 そう思って身構えたが、それは私の顔を通り過ぎてゆく。私に覆い被さった姿勢にのまま、耳元に置かれた口が、低い声で囁いてきた。

「楽にしろ、良くしてやる」
「な、に、言って……」

 見た目幼い様から想像し得ない低めのハスキーは、その掠れをして鋭く体へ突き刺さり、低さを持って子宮を揺さぶってくる。チャーム、の一言で片づけられない裏腹な、しかし強烈なセックスアピールに、紫とのすれ違いで燃え上がれずくすぶり続け熾火のまま放置されている往生際の悪い"牝"が、嫌が応にも呼び起こされて、求め始めてしまう。
 ぴちゃ、と軽い水音が耳の中で跳ねた。そして周りを舐め、甘噛み、舌でつつく感触が伝わってくる。びりびりと、それは耳から脳へ直接届けられるのではなく、一旦全身へ響き渡り、各所の快感回路にスイッチを入れてから戻ってきた。

「ん、ふぅっ、ンぁ!」
「契りが欲しければ呉れてやる。ただし、その契約は絶対だ。お前は私に身も心も全てを捧げ、代わりに私が与える小さな快感を得てその対価の少なさに泣きながら、しかし咽び泣いて喜ぶことになるだろう。それでいいのなら、契ってる。」
「けっ、こう、よ……!んっ」

 私がそれを改めて拒絶すると、彼女は私の首筋にひんやり冷たい、だがねとりと粘りのある唾液をまぶし、両手で私の両腕をがっちりと固定した。小さな体が、まるで鉄の塊のように、重くて動けない。首元に当てられた口、その中に隠れる鋭い犬歯の先端が、濡れた皮膚に触れている。
 それがつぷりと私の肌を犯し血を滲ませ、彼女がその気であるのなら、システムが異常を関知して正常系の上書きを行うまでの短時間、私は正真正銘彼女の隷従となろう。それは短時間に留まろうとも私の記録に残り続け、長く尾を引いて……彼女をどこかで求め続けることとなる。紫に繋がれた鎖を持て余しての火遊びにしては、それは、リスキーなゲームだった。
 小さな体の細い足が、私の股を割ってその中央に静かに摩擦を置いてくる。たったそれだけのことで、褌の中央で、泥濘が広がり始めていた。私の、紫に干されて日照った体が、この小さな吸血姫に犯されることを、強く望んでいた。

「いい声を、出すじゃないか。ハク……いや、レイム。」
「や、め」

 下の名前で呼ばれた途端、元から熱かった体がかっとより熱くなる。

「や、だ……」

 抑えるだけで、精一杯。チャームで励起された私の圧倒的な牝性欲が、暴れだす。理性が薄れて、キモチヨクナリタイの呪文が脳内を駆け巡り私を堕とそうとしてくる。
 あと、一押しだった。

「抗うな。私に委ねろ」

 体中の感覚を鋭敏化され、精神を冒されて、私の耳に入り込むその声は、蜂蜜を塗りたくったナイフを喉元に突きつけられているような。ナイフの切れ味に怯えながらも、その甘さを口に含めるには。
 私はかの吸血鬼を前にして拒否するポーズをゆっくりと解き、彼女と視線を合わせぬようにしながら、体を、開いた。

「いい子だ、レイム。」

 ぞくり。
 そういわれただけで、嬉しくて嬉しくて、胸がきゅんと、どうしようもなく高鳴ってしまう。高まってしまう!目の前の少女の挑発的な表情を、私のものにしたくてしたくて、いや、私を彼女のものにして欲しくて、思い切り抱きついてしまった。

「こんなの、ズル、いっ……!」

 彼女が犬歯の切っ先を私に向けるように大きく口を開ける。その様はまま肉食獣の獰猛であり、同時に牝を堕とす雄性魔力。

「どうした?」
「はや、く」

 カラカラに、渇いていた。餓えていた。元からご無沙汰だった身も心も隙だらけだったとはいえ、それを差し引いても、私の下半身は、幼吸血鬼に与えられる全てを、待ちこがれてしゅくしゅくと泣いていた。

「私の行為自体には、肉体依存も、隷属化効果もない。ただ、刹那的な快感をだけ、保証するものだ。もし私を欲するなら、おまえの屈服を以て仮初めの契りにしてやろう。わかったのなら、さあ、レイム。牝犬らしく、舌を出してねだって見せろ」

 非道い。
 いきなり押し倒した上に、人を牝犬だなんて。
 非道すぎて、どきどきする。どきどきしすぎて、くらくらする。
 私、は。

「……名前、くらい、教えて」

 ぎりぎりの理性で踏みとどまったほんの刹那を、チャーム脱出の契機にするでなく、彼女を求める一端に、使ってしまった。もう、だめだ。彼女か、私か、もしくは両方が、満足するまで、二人の間には、セックスしかなくなる。その夜が明けた後、私はその快感を覚えてしまっているだろうか。快感を求める感覚が、彼女を求める感情へと変化してしまっているだろうか。
 だが、それすらも、もう、どうでもよかった。

「レミリア」

 彼女は一言ぶっきらぼうにそれだけを言い、しかしその瞬間私を見抜く視線は、網膜から心臓へ潜り込んで締め上げて、激しい鼓動を強制してくる。

「レミ、ィあ」

 呂律が絡まりかける口で、少し発音に失敗したがそれはそれで彼女の気に入りになったようだった。

「ふふ、好い呼び方じゃないか。だが、私は舌を出せと言ったぞ、レイム。恭順は言葉ではなく、行動で示せ。」

 名前を呼べば、媚薬。名前を呼ばれても、麻薬。
 心臓が押し出す拍動によって、脳味噌で作り出された擬似恋愛ホルモンが体中を駆けめぐって、私の口を彼女の言うままに口を開け、彼女の方へ向かって舌を突き出して見せる。
 いい子だ。また、そういわれて、もし私に尻尾があれば、ぶんぶん振り回してしまいそう。
 彼女は、私が突き出した舌に唇をあて、その赤い肉で口内性器と化した私の舌を、挟み、吸い上げ、それを食べるように彼女の口の中へ引っ張り込んでくる。

「っ♥~~~~~っ♥」

 それだけで、背筋をびくびくと打ち震えさせてしまう。
 そのまま舌を吸われ、唾液を注ぎ込まれ、前歯で甘噛みされ、舌同士を絡め合わせられ、ぞわぞわとせり上がるような快感に、私は完全に骨抜きにされてしまう。

「好い顔だ。牝犬らしい、淫らな顔」

 ぺたんと腰を落とし、手も前に下ろして、顔を上げて口を開け、舌だけを突き出して。それを吸われて快感に咽び、息を荒くして酸欠。開けっ放しで閉じることを許されない口からは涎がだらだらと留まることなくこぼれ、細切れの息の度に糸を引いていた。ただ舌をはまれただけなのに、体の芯を快楽のピックで突き刺されてほじられ、触れてもいない股の間にじっとりと快楽と従順の証を刻み込まれていた。

「愛い奴よ」

 舌が離れ、唾液の橋が延びて途切れると、急激に襲い来る寂寞感。恨めしく欲しがる視線で媚びる私は、彼女の"とっておき"を待たずに、欲するところを隠せず、従順な犬に。
 レミリアは私が、はっ、はっ、と浅く早い息を切らせながらもまだ付き出し続けている舌を、今度は指でぎゅうと摘んで、それを上へ引っ張り上げた。

「んっ、んゔ、ぁ!」

 思い切り上を向けさせられ、そうしてがら空きになった喉元に、熱くて柔らかく、ぬめりを伴った感触。唇と舌が、私の喉を這い回っている。

「ふっ、ぐ、んあ!~~っ♥」

 喉を反らせたまま、私は釣り上げられた魚がびちびちと跳ねるかのように、体を痙攣させる。イっていた。ただ、喉元に口付けられただけなのに。いや、舌を引っ張り上げられるなんて、非道い仕打ちで、私……?

「釣り上げられて、気を遣ったか。ふふ、マゾヒストだな」

 違う、私、こんなんじゃ。
 チャームが体に染み入ってきたせいで、あり得ない果て方をする。彼女が思う通りの性感を、コントロールしていた。既に骨の芯まで魅惑漬けになっている私は、彼女がそうだと思えば、どんな刺激でも快感にされてしまう。今の私は、彼女のするサディスティックな仕打ちを全て、受け入れられる体になっていた。
 だが、彼女が今与えてくる刺激それ全てが、彼女の魅了によってのみ快感になっているというわけでも、なかった。
 紫によってもまた、私は十二分にマゾ開発されていたことを、痛感する。

(こんな、っ、の、くや、しいっ!初対面の相手に、どうして、こんな、行為でっ)

 私の舌は、まだ摘み上げられたままだった。涎が次から次に溢れ、私は忙しなくそれを飲み下し続けなければならない。強く摘み上げられてしまうと、喉の嚥下運動さえ阻害されて、咽せ込んでしまうが、それでも舌を解放されることはなかった。息苦しささえ、今の私には、それがレミィから与えられるものであれば、快感に化けてしまう。
 悔しいと、情けないと思っていても、彼女の支配による快感を否定できない。振り払ってそれを終えることは簡単にできるのに、私の手は自由を与えられているにも拘わらず、地面にぺたりと落とされたまま、時折襲いかかる快感によっては、地面にい爪を立ててそれを受け入れている。

「いい様だな」

 レミリアは舌を摘む手とは逆の手を器用に使って、私の装束をするするとほどく。胸元が開かれ、覗いたサラシを今度は爪を刃物に変えて切り開いていく。

「あ……ぁ」

 私の胸が露出するのに、さほどの時間は要さなかった。まもなくして私の乳房は空気に触れ、自分の体が如何に興奮によって熱を持っているのか自覚することとなる。
 触れられることを期待した乳首は、先端だけではなく乳輪ごとぷっくりと充血して膨れていた。サラシを切り裂いた、それでも幼い、小さく細い指が私の焦れた乳肉に被さると、その冷たさに、びくん、と背を跳ねさせてしまった。
 舌はまだ摘み上げられたままだ。首が疲れて力を抜けば、ちぎれそうでそれもできない。上を向かされている上に、涙でよく見えないが、そんな私の様を眺めるレミリアは、きっとその爬虫類のような、しかしコケティッシュな顔を、妖しく歪めて笑っていることだろう。今になってアンヌリングチャントを解いて彼女に対峙したことを強く後悔、いや、心のどこかで私はその結果に満足していた。

「れ、ひ」

 彼女のサディズムは、いわゆる女王様然としたものではなくて、つまり、名前に様をつけさせるであるとか、服従の口上を述べさせるであるとか、痛めつけて悶える顔を楽しむとか、そういった相手とインタラクティビティには全く興味がないらしく、彼女の嗜虐とは、彼女がシたいように相手を扱い、まったく抵抗させないという、真に純化された一方通行な関係性によってのみ満たされるようで、言葉尻は恭順を示すよう求めるが、その実、そこには私の彼女に対する何らかのアクションが、もしくはリアクションが、次の彼女の行動の判断材料として考慮に含まれている様子は、なかった。

「ふん、憎らしい乳だ」

 支えを失い彼女の掌に滴った乳房は、細くて冷たい指に押し上げられながら形を変えていく。円を描くように全体をこね回されて、粘膜同士でもないただの接触が、体中の神経を集めて加熱していく。

「あ、あぁ、っ」

 胸の先端が刺激を求めて充血を増すと、その様子を待ち構えていたかのように、彼女の指先が、触れる。

「ふーっ♥ん、んぅっ♥ぶ」

 舌が摘み上げられていて、甘い媚び声さえ、無様な嗚咽に化ける。その様をレミリアは愉快そうにみて、笑っているのだろう。まるで炭に火を熾すみたいに、私の内部に赤々と盛り始めた性欲が、使い慣れた性感帯を刺激されてあっという間に炎を上げた。だが、レミリアの行為は私を喜ばせるためのものでは、やはり、なかった。
 私の乳首に触れた指は、私の舌を今そうしているように、引きちぎるような強さで勃起乳首を摘み上げ、あまつさえ捻るように捻って引っ張ってきた。

「んっ、ぐ、あ゙、お゙ごぉぉっ!はーっ、んっ!」

 捻子切るようにしかも彼女はその長く鋭い爪を寝かせることなく、むしろ私の肉突起に突き立てるようにしながら、彼女は私の胸を虐待していく。引っ張られて延び、捻られて根本がくびられ、爪を立てられて皮膚が破れ、さっきまでせり上がってきていた快感が、あっという間に痛みだけに塗り潰される。
 押しつぶし、爪を立てて皮膚パッケージを破ったその穴から、乳肉ゼリーを崩して押し出そうとするように、乳首、乳輪、そして乳房全体を、まるで愛撫とは思えないほどの握力で握りつぶす。圧迫された乳内組織が、痛みに悲鳴を上げ、しかし同時に蜜を生成し始めていた。

(なっ、う、うそ)

 乳虐はなお続き、私の胸はそれをされていない方の胸に比べて真っ赤に腫れて、刺激に対して過敏になっていた。そうして痛みばかりが増幅されるはずのそれは、しかし今ばかりは、すべてが、気持ちいいに差し替えられて。

「ん、っつ、ふーっ♥ふ、ぎ、はーっ♥はぁーっ♥」
「はっは!血が滲むほどに揉み潰されて、普通ならば痛がって泣くだろうところを、レイム、お前は涙を流して身悶えている。使徒が、いい気味じゃないか!」

 私が泣いても喜んでも、レミリアは構わなかったろう。ただ、私の胸を苛めて私に痕を刻みつけるその行為自体を悦しんでいるのだ。
 そして、私は、それに感じまくっていた。

「本当に、乳首をちぎり取ってやろうか?うん?」

 満面の笑みに零下の雰囲気を張り付けて、私を感じさせる。彼女に肌を撫でられれば、剃刀の刃で撫でられているみたいなひりひりした恐怖と快感が走り、私を一周して中心へ響く。
 

「や、めて」
「ああ、もっとしてやる」

 舌を放された。伸びたゴムみたいにだらしなく戻らないそれを口の中に納め直そうとしても、巧く行かない。痛みを伴って縮こまるのを忘れた舌が口からはみ出て唾液をぼたぼたとこぼす。

「あ、ひ」

 再び、舌への口虐。唇で挟んで舌を絡め、甘噛みして吸い上げる。まるでクリトリスの表面になった舌粘膜は、快感に直結して体に突き刺さってくる。レミリアの口の感触。 柔らかくて、熱くて、鋭い、彼女の口。粘膜同士のぬめった摩擦に加えて、過敏性器にされた乳首への絶え間ない刺激も、私の意識を時折ホワイトアウトさせるには十分だった。
 緩急強弱を憎らしいくらいに変化させながら、私の肌を刺激して快感を埋め込んでくるレミリア。私は逆らえぬままに彼女の与えてくるそれに流されて、いつの間にか四肢を彼女の体に絡めて抱きつき、次に与えられる刺激を、体をくねらせてねだっていた。

「ふん、血をくれてやるまでもないな。脆い理性だ」
「はっ♥はぁっ♥」

 浅ましい、自分でそう思えるくらいに牝発情したカラダと、何よりも欲しがる気持ちは、作り上げられた被虐欲求と愛おしさ。人に苦痛を与えるのならば気分も良く、そうして妖怪達に行為を強いて泣かせ喘がせるのは小気味よく心地好いことだったが、私自身がそうされて、あまつさえこうして求める気持ちが止まらずにオンナ媚びしてしまうなんて、にわかに信じがたいことだった。
 それでも、レミリアに与えられるとぎれることのない苦痛と癒着した快感は、その痛みを以て私の深いところへ抉り込んできて、快感を焼き付けていく。
 チャームと未体験の快感の前に、もはや理性はずたずたに踏みにじられ、そうして顔を出した私のカラダの本能を、レミリアは舌なめずりしながら掘り起こして楽しんでいた。

「もっと乱れてみせろ、好き者が。」

 一言言い終えて私を見下す彼女の背中に生える蝙蝠の翼が、細長く形を変えて螺旋を描き、二本が交互に絡み合って一本の柱状をなす。それでどうするのか、想像は容易にできたが、その想像が形をなさぬほどためらいもない早さで、鈍く黒光りする棒状翼は私の股間に突き刺さっていた。

「~~~~~~~~~~~~っ!か、ハひっ……♥」

 性行為用の刺激ではなかった。ただ、"突き入れる"という目的だけをなす行為。翼を束ねた棒は鋭く粘膜襞の間を通り抜け、時折通り抜ける凹凸が媚肉ごと淫液を掻き出していく。胸への捻虐も続いていて、痛覚オブラートに包まれた劇薬快感が、上半身と下半身両方から送り込まれてくる。
 慈悲も思慮もない物理刺激。私は抵抗することさえできず、無様に何度も立て続けに達してしまう。

「ひ、あ……いいっ、痛いのにぃっ、おおぁあっ♥痛いのに、きもちいっ♥」
「ふん。すっかりマゾ豚か。お前がよがろうが泣こうが関係ないが、受け入れて堕落したお前には、その才能があったらしいな?」

 関係ない。その言葉の通り、レミリアは私の反応にお構いなしに、私のカラダを好いようにしていく。いつの間にか全裸に剥かれて、ワタシは無防備に晒け出されていた。
 彼女の行為に対して、いっそ苦痛だけを覚えて泣き叫ぶことが出来ればまだ理性的であれただろうに、なにをされても快感を得てしまうカラダの私は、彼女のするサディズムを巧く受け止めてしまえる女になっていた。

「私も鬼じゃない。私がしたいようにすることによって、お前が痛いと言うよりは気持ちいいと言う方がよりやりやすい。――もっと遊べるという意味でな」

 股間に突き刺さったまま前後に動き続ける杭が、その動きをより大きく荒々しくしていく。その上に勃起した肉豆を、レミリアの指が捕まえた。

「なんだこれは。誰かからシゴかれまくっているようじゃないか。好い奴が、いるのか?」

 紫にされまくって勃起慣れしたクリトリスは、自ら包皮を脱ぎ去って、粘膜であることをやめさせられた表面に淫液を乗せて期待にひくついている。ああ、レミリアにされることなんて、確実に痛くて辛いことなのに、私のクリトリスは余りに順応していて、素直だった。肥大化にまで至っている淫核は、小指の先ほどの大きさに伸び上がっている。こんなに大きくなるなんて、紫相手にノリまくった時でもないと、こんなになったことなんて無い。

「ほう、これは。ははは!よほどじゃないか。クリ肥大に加えて、ここがタコになっている女など、初めて見たぞ?お前のパートナーは不能者か、女か。それともこれは、マゾ豚のイきすぎた自慰の賜物か?ん?」

 答えを聞くこともなくレミリアは、与えられる快感、いや、与えられる痛覚を期待して勃起した私の長大化クリトリスを、望み通りに押し潰してきた。

「あ、やぁああっ!ん、っふ、だ、だめ、そればっかりするの、だ、みぇ、え!♥」
「ふっ、ははは、これほど出来上がった女も珍しい!よくよく巧く育てられているじゃないか、淫売。それが女としての手習いなら、見上げたものだ」

 こんな、つもりじゃなかったのに。完全にこの吸血鬼のペースに飲まれて、見せたくもない本性を剥き出されてしまっていた。
 霊夢って妖怪達や人間の果てまで苛めて楽しんで、でも、本当は、マゾよね。
 紫の言葉が脳裏に響く。紫にしか見せたことのない、被虐欲の塊。相手が紫だからこそ沸き上がるものだと思っていたが、レミリア相手にあっさりと掘り出されてしまい、私はもう、陥落していた。

「そら。勃起クリを捻ってやるぞ。はははははは!」
「お゙っ!おっぎ、ひぎぃぃいぃっ♥ぁっ!勃起しすぎてちんぽみたいになったクリっ!!おあ゙あぁああ゙っ♥あっぐ、そんなに、らんぼうっ♥かき混ぜるのもめちゃくちゃすぎてっ♥だめっ、だめええええええぇっ!」

 翼が変形した杭のピストンも、前後運動だけではなく常に軸を変化させる破壊的な動きに変化していた。その先端は奥と言うよりは壁面に向けられており、突き入れられる度に乱暴に引っかき上げられ突き上げられ、痛覚慣れした膣壁はその無茶な扱いにさえヨガリ汁をまき散らし、臍の下あたりは脈打つみたいに快楽ホルモンを放出しまくっていた。

「ん゙が、あ、ひっ♥お、おごぉほお゙おぉっ♥」

 レミリアに抱きついて、ぎゅうと強く強くだきついて、少しひんやりとした肌と激しすぎる仕打ちを感じながら、私はレミリア、と言い切るのももどかしくてじれったくて、無意識に、、レミィ、レミィとさっき「いい呼び方」といってもらえたその名を、譫言のように繰り返していた。名前を呼ぶ度に、あそこに入れられた杭はより深く強く暴力的に突き上げ、クリトリス、乳首、もしくは舌に、爪か牙が突き立てられる。名前を呼ぶ度にそうされて、暴虐快感を叩き込まれ、名前とアクメが徐々に紐付いていく。
 調教。
 私はまさに、調教されていた。
 声を要する言葉、言葉が擁する彼女、彼女に直結するイメージ、それらすべてが「レミィ」という記号にターミナルされて、そしてまとめてオーガズムにリンクさせられてしまう。

「だ、めぇっ!おぼえ、おぼえちゃうぅっ!♥からだが、れみぃのこえで、なまえで、すがたで、イケるっておぼえちゃうっ♥」
「ふ。想像以上のマゾだな。もう一度聞こう。契りが欲しいか?」

 どくん

 視界が、赤く染まる。網膜に血が滲んだみたいに世界が赤く染まって、熱を帯びる。目の前で私を陵辱する少女の姿が、世界の中にひどく映えて見えた。

「い、いら、な」
「後一息といった感じか。いいさ、簡単に落としてもつまらん。どうせならば精神と肉体の乖離に苦しむところを見たいところでもあるしな?私を思い切り嫌い、だが体が求めて仕方がない、そんな背反に焦がれるお前が見てみたい」

 嫌われることを、この少女はおそれないのか。
 肉体でつなぎ止めるつもりでいるとはいえ、嫌われ避けられる気持ちを、この少女は、厭わないのか。

「きらったり、しない、わ」
「は?」

 何度もハレーションしてトんでは戻る意識の破片をかき集めて、彼女に抱きつく腕の力をより強く締める。私から彼女に向けて口づけを迫ると、レミリアはしたり顔半分驚き半分といった様子でそれを受け入れてきた。

「どうやって、きらわせる、き?私はもう、こんななのに」
「チャームを切れば、精神的依存性はなくなる。肉体には今こうして刻み込んでいる。その分離が起こる。見物だぞ?」
「ふぅ、ん。んぁっ!ん、ヒっ♥すご、っい、こわれちゃ……んっ、はひぃいいっ♥」
「ふん。出来るものなら、私を好いて見ろ。お前の白は、それを出来ぬ証だろう」

 彼女の表情から、熱っぽく私を攻める色が、消えた。逆に今は、鉄の、冷たさ。無表情を貼り付けて、私を、めちゃくちゃに責め立ててきた。
 そこからの攻めは、本当に、無慈悲だった。
 乱暴が過ぎて乳首がちぎり取られそうだった。クリトリスが抉り取られて、手で割礼じみたことをされるかと思った。
 肌の至る所に爪痕を、わざと深々と刻まれ、甘噛みではなく本気で私の肌に咬みつく。肉が抉れるくらいの傷の中に唾液を刷り込んできて、びりびりと激痛が走るが、その奥にさえ私の神経は淫らな性感を垣間見てしまう。それをみたレミリアは、しかしそれでも先ほどのような喜ぶ表情を浮かべることはなく、私の肉体を傷つけて私に苦痛を与えることに執心しているようだった。
 さすがに殺すほどではなかったが、鋭い鉤爪の先端で、乳首は左右とも横に貫かれ、クリトリスは先端から深々と針のようにとがった爪を突き刺された。筆舌にし難い激痛をもっとも敏感になった性感帯に押しつけられて、私の理性の意図は、ぶつり、と音を立てて千切れ去った。
 やば、い。
 走馬燈みたいに、一瞬の正気が私を俯瞰して、後は暴走。極彩色とノイズ、砂嵐と蜂蜜をすべてミキサーしたような大音響に放り込まれて、私は、上り詰めた。

「っ!!!!!っ、あ、ああ゙ああああああ゙あアあああああああぉっぉぉおおあ゙あああ゙ああああっ!!い、いぐ、それだ、め、だっめっへえ゙ええええっ♥っほぉおおおんおおぉおおおおっ、ご、ひいいいぃいいいっ♥いく、いく、いくいぐ、いぐいっぐうううぅゔううぅううぉおおぉおおおおおっん♥♥♥」

 オーガズムの大波が私を飲み込む一瞬手前で、私は彼女に、自分の爪と声で、一矢報いる。

「きら、ってなんか、やらない」

 そう耳元に囁いて、彼女の背中に爪を立てた。
 こんなつもりでここに来た訳じゃない。でも、こうなる気がしていた。運命なんて信じないけど、今だけは、ちょっとだけ、そんなのもいいと思った。







「あなたは、桜を綺麗だと、思うかしら?」

 赤い霧について、おおむねの予測を付けた後で、私はその確証を強めるために、関わりのありそうな人物の元へ赴いて、その状況を確認していた。魔理沙はもう、自分の勘を信じて疑わず、館へ乗り込むための装備を調えるといって自宅にこもっているが、私は、そうはしなかった。必要な装備はすでに揃っているし、いつでも紅魔館へ向かう準備もできていたが、一縷、ほんの一縷だけ、彼女が、吸血鬼の少女、レミリア・スカーレットがこの異変の元凶ではないという桜の花びらひとひらにも満たない望みを持って、私は無意識の内に、自らの予想を否定する要素を探して回っていたのだ。
 そうして、白玉楼へと至った私は、何かを知っているのか知らぬのか、思わせぶりな言葉を吐き続ける西行寺幽々子を問いつめていた。

「まあ、月並みに言うならば。酒も進むし春の風物詩だし、薄紅色が、美しいと思うけど」

 西行寺幽々子の問いに、なにがしかの訝しい気配を感じながらも、私は素直にそう答えた。

「色合いを持って美しいと言われる、そんな存在に、私はなりたくないわ」

 含みを持たせた物言いは、この幽霊姫の受け売りともいえる。その真意は、彼女の実体と性格同様ひどく曖昧で掴みづらい。

「桜って、可哀相よね。綺麗なピンク、綺麗な薄紅、って、みんなからもてはやされているけれど、本人は、そんな色、大嫌いかも知れないじゃない?薄紅になりたくない。ピンク色になりたくない。そう思って、がんばってがんばって、その色を拒絶して反射して、跳ね返せば跳ね返すほど、桜は自身の桜色を嫌えば嫌うほど、自身が桜色に染まっていくのだもの。」

 色とは、その色の光を跳ね返すこと。その色を拒絶すること。身にまとうことでも吸収することでもない。桜は、本当は、青色になりたいのかもしれない。いや、それさえもわからない。
 西行寺幽々子は、目を細め、残酷さを孕んだ笑みを浮かべて扇子で口元を隠し、言葉を続けた。

「桜の薄紅色は、悲劇だと思うわ。だから、墨色で、染め上げるの。何色も反射しない、墨染めに。」

 そんなの、間違っている。
 そう思っても、反論する糸口を私は持っていなかった。

 レミィ、あなたは、何故、世界に赤い霧をまき散らしている。
 その赤で世界を染めて、何がしたいのだ、何が見たいのだ。
 彼女が初めてこの世界に降り立ったときのこと、つまり吸血鬼という強大な力の持ち主でありながら、あのように小さく縮こまって泣いていたあの少女が、外の世界からこの幻想郷にやって来て一体その泣き顔は何故なのかと、不思議でならなかったのを、私は今でも鮮明に思い出せる。
 あの真っ赤な夕日で染まり上がった世界が、どうして彼女を苦しめていたのか、それはわずかばかり残る弱点としての日光の力を受けて苦しんだ故ではなかったのだ。
 彼女が外の世界で何を体験してきたのか、博麗大結界に濾し取られた記憶は、私にも知り得ないが、きっと、それほどに、何者かから拒絶を受けてきたのだ。この幻想郷は、忘却の果てに行き場を失った者達が流れ着く世界だが、そうして拒絶の果てに生き場を失った者も、押し込まれて、来るのだろうか。
 短い間に燃え上がった裏切りの恋心は、今でも燻っている。止めてくれない紫。歯止めをかけられない自分。何もかもが、私を悪い方向に転がそうとしてくる。その締めくくりが、この紅霧異変だ。

「そういえば、この赤色を象徴するような人物が、やって来ていたのだったわね。他の全てを自分の色に染め上げて、一体何のつもりなのかしら?」

 やはり、西行寺もレミィを犯人と見ているようで、それは実際私や、魔理沙、そしてほとんどの幻想郷での実力者の間で共通の、かつ、言外の認識であった。

「あんた、自分ではわかってないかもしれないけど、化け物だから」
「えっ」
「って、周りから言われ続けたら、どうなるかしら」
「言われ続ければ、いずれはその通りだと思うでしょうね。いえ、思わざるを得ない。」
「そうは、思えなかったんでしょう。今、あなたが、否定の可能性を求めてあちこち飛び回っているように。他人の押しつけに、光という存在の押しつけに、今でも抗い続ける強きもの。いや、弱きもの。」

 確かに、私はレミィが元凶ではない可能性を、無意識のうちに探していた。ならば、彼女のあの行為も無意識だというの?いや、無意識下か意識下かなど、関係のないことだ、こうして、他の誰からみても明確な怪異となってしまった以上は。
 その目的は、それすらも関係のないことではあったかもしれないが、それくらい、私には知る権利があるだろうと、恣意的な理屈をこねて、話を進める。

「そういう者は、どうするかしら」
「自分を化け物だと言わない誰かを捜し出す?」
「仲間がいればいいのかもしれないけれどね。孤高の存在は、迷い続けるしかない。でもその結果が災禍となるなら、退治されることになるでしょう。」

 自分が、何者か、正しく理解できるのなら、こんなことにはならなかった。彼女も、そして桜も。
 西行寺は、何か含みと陰のある様子で一言置いて、締めくくった。

「私だって、自分が何者かだなんて、わかっていないもの」

 もう何度も繰り返しているのに。
 最後にそう付け足した言葉の意味を、私はわからないままだった。








「レミリアちゃん、元気ないね?」
「私が?バカは自分の顔を見てから言え。」
「そうかなあ。なんか寂しそうにしてたから」
「孤独ならば、殊更お前の勘違いだな。そんなもの、長すぎてもはや感じなくなった」

 吸血鬼とは孤高の存在であり、いくたりかの従者を従えることや、地を埋め尽くす無数の落とし子を成したりもするが、それらは本質的に道具であり対人関係に発展するものではなく、従って孤独とは吸血鬼の、ひいては私の持つ生得的な宿命であることは、昔から、たとえばここではないどこかからやってくるそれ以前の、記憶にさえない昔の頃からいつも私の隣にあったものであって、故に今更孤独感などと言うものをどうこうと考えるようなものではなくなっている筈だった。

「そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、おんなじだ」

 同じ?この雑魚妖怪が?笑わせる。
 それほどに長い時間を生きていようものなら、もっと強い力を持った存在になっている筈だが、目の前にいる野良妖怪からは、一部の妙な感覚を除いて、その力が強大であるなどと言う感じは、燃えさかる火の中に氷の一欠片を探すようなものに感じられ、私は思わず鼻で笑ってしまった。
 しかし、その一点、微かに感じる一部妙な感覚、これについては確かに未知であるものではあるし、その正体が知れない以上、見くびるのは得策ではないようにも感じられ、その雰囲気を滲み出す色インクのようにじんわりと知らせる彼女の純白のリボンについては、比較的いつも警戒を解かぬように視線を送っているつもりではあった。そのリボンの白さは、高潔ではあるが、それ以上に忌々しい感じがする。破邪の向こうに邪悪を押し込めた、そんな。その白に、私は、博麗を見ているような錯覚を覚える。
 ルーミアはその真相に触れようともせずに、その腹立たしいほどに爛漫な物言いで、私を外へと誘い出す。

「レミリアちゃん、レミリアちゃん、おんもいこ、おんも」
「まだ昼だ。吸血鬼は日光を好かん。」
「そうなの?血吸ったりヤコウセイだったり、やっぱり虫とにてるね!」
「一緒にするな、馬鹿者」
「でもー、やっぱり私と同じ。私も太陽きらーい。痛いもんね」

 私を含めた妖怪の多くは夜行性だが、それは日光がと言うよりは生きた人間の生気を避けての場合も含んでいて、夜行性を主としていながらも昼間っから酒を飲んでいる妖怪はあまた存在するし、かく言う私は、真の意味で夜行性ではありながら、日光への対抗手段は十分に持っていて、その実昼間は館にいた方がおもしろいという理由で出ないと言うだけだ。
 まあ、じくじくと痛いことに変わりはないし、長く陽光の下にいると気分も悪くなるし、日照環境下では人間の数万倍の確率で皮膚ガンを罹患する(ガンが発症するのは私が女故に定期的に気分的に低迷するとき位だし、それでも放っておけば治る)ので、基本的には出たくないのは、間違いない。

「うふふ、でも、いこ。引きこもりのレミリアちゃんに、いいもの見せたげる」
「まあ、どうしてもと言うのであれば構わんが、それなりのものでなかったら覚悟してもらうぞ」

 そういえば屋敷に住まうようになってから、咲夜や美鈴以外と昼間に外にでるのは初めてかも知れない。
 私が珍しく自分の手で、長袖に着替えて長手袋とマスク、それに日傘の準備をせねばならないなとクローゼットを解き放ち、それぞれのコーディネイトを考えて品定めをしていると、ルーミアは、そんなのいいからいいから、と私の手を引いて外に行こうとするものだから、ははあこいつの日光嫌いは大したことではないのだなと内心笑いつつ、久しく体組織の再生処理をしていなかったこともあって、メンテナンスの意味も含めて、たまには悪くはないかと手ぶらで日光の痛みを食らう覚悟で外に連れられていったのは、それだけが理由ではなく、従者ではなく対等な関係をして私に接してくる、もっと言うのであれば、私のことなど適度にお構いなしであるルーミアの不躾さが心地よくて、日光の苦もこの際脇に置いておこうと考えるに至ったからだった。
 館の出先で慌てふためいて、日傘をお持ちしますだのカーディガンだけでもだの、何だのと騒いでいる十六夜咲夜を制止し、色々の準備をしてくれる彼女に、さすがに少しばかりは悪いと思いつつもそれをせず、私は館の扉を開けはなった。

「っ」

 目が眩み、肌が焼け、吸う息にも光の破片が混じっていて抜ける粘膜にも突き刺さり、耳鳴りが始まって平衡感覚が薄らいだ。

「舐めるな」

 唇を咬み、突き刺さる日光に敢えて感覚を向け、走る痛みで自我を固定する。体幹に力を入れて再生を促すと、それらの症状は水槽に落とした血の一滴の朱が薄まっていくように消えた。
 ルーミアはと隣を見ると、彼女は私が再生する様を目をまん丸くして見、自らに当たる日光を全くガードさえしていない様子だったが、しかし彼女の日光嫌いは所詮"嫌い"程度であることを考えれば、実際のところ直射日光に当たったところで別段問題などないのだろうと、彼女が日を気にすることなく私を見ているのを察するに、そう高をくくっていたのだが、驚いたことに彼女の、日陰で過ごす私と大差ないほどに真っ白い肌は、私の目の前で太陽に焼かれてチリチリと焦げているではないか。
 つまりそれは、彼女の日光嫌いが"嫌い"という言葉に留まらぬ紛れもない弱点であったのだと示す光景であったのだが、彼女も、そして当然私も、日傘など持ってはいなくて、私が再生する様を興味を持って見ていた彼女の方が、今度は日に焼かれて痛手を被る番であった。

「オイ!?」

 私がルーミアの方を見、その名前を呼んで様子を確かめると、「すごい!」とか何とか言って、自分が焼けていくのを全く気にしていないらしく、いくらなんでも放って置くわけにはいくまいと館の中に引きずり込んでから、咲夜を呼んで薬箱を取りに行かせた。

「バカか、お前は!」
「レミリアちゃん、すごいね!トカゲのしっぽみたい!」

 こいつは何で私をそういう下等な生物に例えたがるのだろうと呆れるも、そんなことよりも彼女自身の状態の方が懸念される。が、彼女もまあ妖怪の端くれか、さすがに私のそれには遠く及ばない速度ではあるが、すぐに再生が始まっていた。

「すっごい!あんなに早く治ったら、お日様怖くないね!」
「ああ、お前のバカさ加減の方がよほど怖いわ」

 ふと彼女の火傷の傷口を見ると黒い膜のようなものが出来上がっており、再生過程で生じた瘡蓋だと思ったそれはしかし瘡蓋ではなく、肌に対して僅かに浮いており、当の瘡蓋は傷口を覆うように広がっている何か黒いものの下で、別に再生を続けていた。
 私がそれを指先でつついてみると、僅かな弾力があり、心地よい温もりがあり、さらさらと肌を撫で、絹のような感触と水のような感触を同時に持ち合わせていて、それは私のよく知るものだとわかって、私は我ながら滑稽な仕草で驚いてしまった。

「夜。いや、闇か?」

 彼女の瘡蓋を更に上から覆う何かは黒い闇であり、日光による火傷に対してパッシブな防衛機能としてはたらいて、彼女の傷の再生を助けていたのだった。
 しかし、闇は闇でも私の知るそれとは少々違っていて、それというのは、闇とは、光が"ない"状態を示す現象もしくは概念であり、実体を持つものではなく、仮に実体だとするのであればある種の反実体として仮想的に規定するしかないものであるはずが、しかし今私が触れたそれは確かに"実体"を以て存在しており、そうであるならば、彼女の能力は恐るべきことであった。

「そうだよ。だから、日傘なんて要らないんだよ。いこ、おんも」

 私が呆気にとられていると、彼女の方はといえば、今度は抜かりなくと言わんばかりに扉の外を見ている。

「お、おい、体は」
「へーきへーき」

 咲夜が薬箱を持ってくる前に、ルーミアは再び私の手を取る。私の手を握る彼女の手、その隙間から、砂時計の砂がさらさら落ちるみたいに黒いものが零れ出、それは落ちきる前に今度は靄に姿を変えて私たちの周囲に漂ったかと思うと、瞬く間にその密度を濃くしていき、まるで私たちがフラスコの底にでもいるかのようにその靄は球形に象られて満ちていった。やがて私たちはすっかりその黒い靄の球形に沈み、さっき触れた暖かく滑らかで心地よい質量を持った闇にすっぽりと包まれていた。
 まさしく闇である、球体を満たすその体質は、しっかりと外部からの光線を遮り、同時に内部からも同様であるようで、夜目が聞く私や他の夜行性の存在からは確かに日陰から日向を覗き込んでいるような視野ではあるが、そのコントラストの差たるや恐らく夜目の聞かない存在では完全な暗闇に包まれて何も見えない状態に違いがなかった。

「これは、頼もしいバリアだな」
「でしょ」

 じゃあ外へ行こうか、と意気揚々と私が歩みだすと、私は、恐らくルーミアは私の歩みに合わせて一緒に歩いてくるだろうと思っていたのだが、実際歩き始めてみると彼女は全くあさっての方向へ歩き始めたので、私は「え、ちょっと待て」と声を上げてそれを制止する。その頃にはルーミアの体を中心に展開していた闇の坩堝はすっかり私を吐き出してしまった後であり、私は一人再び日光の下に晒されることになってしまった。

「おい、どういうつもりだ」

 しゅうしゅうと焼ける皮膚に再生を施しながら、外から見ると全く黒い塊(私には中で悪びれる様子もない表情で私を見ている彼女の顔が見えるが)にしか見えないそれを呼び止めると、その中から「私、暗いと見えないんだ」と声が飛んできた。その言葉の意味するところは、先ほど私が「恐らく彼女もその類の妖怪らしく夜目が利くのだろう」とした想定をあっさりと覆してくれることとなった。

「見えないだと?それでどうやって外出するつもりだったんだ」

 そういうと、いったん闇を解除したルーミアが私の上に被さるように飛び込んできて、不意を疲れた私がバランスを崩して倒れると彼女は全く倒れこむことを抑える様子もなく、私達は一緒になって崩れて絡まった。

「ちゃんと手をつないでいれば、大丈夫だよ」

 あははー、と。
 笑うルーミアのあどけない顔に、八重歯を隠しもせずに笑う彼女に、酷く、酷く、惹かれたのだ。不意に、まさに不意にだった、その感覚は。こうしてガキのように転んで、しょうもないことに一喜一憂して隣にいる奴に飾らぬ言葉と感情をぶつけて笑いあう、もしくは手をつなぐというたったそれだけの事を、私は何百年もしていなかったのを思い出した。
 錆び付いた、赤茶けて腐食の進んだ、光沢のない鈍色に沈んだ、ぼろぼろに崩れかけているのに最後の一線が断ち切れない、絡み付いて解けない、重い、重い、重い鎖が、彼女に届こうと手を伸ばす私を、しかし、押さえつけて引き戻そうとしてくる。何かの記憶、それは私が憶えていない、私自身の失われた過去か、もしくは逃げ出してきた時間か、空間か、その両方か、思い出すに憚られる何かが。

「私見えないから、私がボンネットで、レミリアちゃんがハンドルー」

 何か色合いのはっきりしない感覚が私を包み込んだところで、ルーミアが声を上げて私を引きずり上げてきたので、私は、はた、と館の門(と、これだけの騒動をものともせずに居眠りこいている門番)の前で、我を取り戻した。

「ふん、それでは原動機がないぞ、馬鹿者が」

 毒づきながらもその声に棘を出せないのは、私に寄りかかって、頬に息がかかるような近さで声を上げる彼女の姿を見て、どきどきと体の中を灼赤が駆け抜ける音に、気分を振り回されてしまっていたからだった。

「闇、か」

 闇はいい。何者も拒絶しない。すべてを飲み込み受け入れる。闇は、いいものだ。

「レミリアちゃんを、まもってあげられるよ、わたし」
「は、思い上がるな、雑魚が」

 彼女の言葉をにべもなく突っぱねるが、悪い気はしない。
 私は、夜を翔る者だ。忌まわしきを否定するには、闇が似合いなのだろう。光では、ない。

「決別しなければ、いけないんだろうな」
「ぅん?」
「独り言だ。気にするな」

 繋いだ手をぎゅっと握って、おい、そっちじゃない、とわざと道を外して歩いては彼女を引いて、その体を引き寄せた。








「夕日だー」

 ルーミアが闇色サンフィルタを貼った窓から顔を覗かせて、赤く染まった空を見ている。

「そうだな」

 夕日は、嫌いだ。特に、こんな風に一面が真っ赤に染まる夕日は、特に。曙光よりはいくらかましだが、それは陽光の持つ破邪の力に対して嫌悪感を持っているのではなく、単純に赤色というものに対する嫌悪感からなるものであって、早朝だろうが夕方だろうが、その色合いに大差はなく、等しく嫌いな空模様だった。

「これから夜になるー、って感じがして好きかと思ったんだけど。」
「生憎だな。私は朝だの夜だのではなく、単純に赤色が嫌いなんだ。」
「ふうん」

 ルーミアは怪訝そうな顔で私を見、そっかぁ、と一言呟いてから、カーテンを閉めた。

「赤が嫌い」
「ああ。この世で一番嫌いだ」
「レミリアちゃんは、素直で正直なんだね。」

 後ろ手にカーテンを閉めた姿勢のまま、彼女は笑った。

「脈絡がわからん。赤色が嫌いだというのが、それほど感心する告白とは思えないが」
「そっかな。まっすぐだなって、思うよ」
「何故そうなる」

 ううん、ルーミアは難しい顔をしてから、口をぱくぱく動かし、何事か言おうとしながらもそれを噤んで飲み込むような仕草で、言葉を遮った。

「何だ、言ってみろ」
「でも」

 珍しい。いつも開けっぴろげにずけずけと言葉を選ばない奴が、何を迷っているのだろうか。

「言え」

 私がほんの少しだけ語気を荒げると、口を尖らせてから、小さく、呟いた。

「だって、レミリアちゃんってば、真っ赤じゃない」

 赤とは、まさに吸血鬼たる私を象徴する色、その運命を染め上げ、こびりついて決して拭えぬ宿命を染め付ける、忌々しい色。
 私は、ここに来る以前、その赤色に咽び、泣き、迫害されて、嘆き、倒れ、絶望したのを、思い出せる。何があったのか、それは思い出せないが、それを忌避する感情と感覚だけが、まるで走行性のように染み付いてとれない。気分が悪く、不快感が支配し、やがておそらく当時と同じ絶望的な感覚に抱かれるのだ。
 私は、とかく赤色が嫌いだった。

「なんだ。真っ赤な私が赤を嫌いだなどと、矛盾していると、笑いたいか」

 いいさ、なれている。今までであって赤が嫌いであることを打ち明けた者は必ず、そう言った。私は赤い衣服を身にまとっているわけでもないし、アクセサリに若干それが混じっているにすぎないが、それは純粋にコーデの問題であって、赤が好きか嫌いかは横に置いての話だ。
 それにしたって真っ赤な出で立ちというでもないが、私はとかく赤いと呼ばれる。永遠に赤くだの幼いだのという、唾棄すべき二つ名まである。赤い上に幼いだと?血を飲みきれずにこぼすだなどと私をガキと見くびっての流言飛語に過ぎない。ただちょっと飲むのに、失敗したことがあるだけだというのに。
 色にせよ年にせよ、見た目の判断が一人歩きしていることに腹立たしさを禁じ得ない。とにかく、私自身は赤と言われる要素が多く、それは意図的にせよ不随意にせよ、回避しがたいものであると同時に、私は赤と言われるのが堪らなく我慢ならなかった。
 だが、ルーミアから返ってきた答えは、意外なもので。

「ううん、さっき言ったじゃない。素直で真っ直ぐだねって。赤が嫌いなんでしょ?レミリアちゃんからは、赤いオーラがぎんぎん出てる。赤が嫌いなんだから、ほんとはそれが、自然なんだよ?」
「……言っている意味が、わからんな。私は赤が嫌いなのだ。赤い赤いと言われるほどに、ムカっ腹が収まらない。」

 世界に、赤色など、なくなってしまえばいい。すべて、すべて、違う色に。
 擦り切れた記憶。生まれ持っての宿命。幾度この色を呪い、返る赤を恨んだか。

「うん。……ごめんね、レミリアちゃん」
「いや、私が言えといったのだ。お前が気に病むことじゃない。こっちこそ、すまん」

 真意こそ読みとれなんだが、彼女の頭を撫でて怒ってなどいないことを示す。事実、彼女に憤ることなど、なかった。むしろ、逆なのだ。私は、彼女に依存しようとしている。わかっていても、避けられそうになかった。

「ルーミア、私はな」

 おまえの闇で、赤も白も、全てを塗り潰して欲しいんだ。
 その言葉を噤んで飲み込み、代わりに「バカは嫌いなんだ。混乱させないでくれ」と吐き捨てて、だが彼女の腕をぐいと引き、私の上に倒れさせる。

「私、赤くないよ」

 ルーミアは、ぽつりと呟いた。

「真っ黒。レミリアちゃんの赤も、全部受け止めれるよ。」

 黒。夜。
 それは、理想の色だ。いや、色ではない。黒とは、色ではなく状態なのだ。私がルーミアから離れられないでいるのは、まさに彼女の言うとおり、闇とは、黒とは、光と色を否定する状態だからだ。

「ルーミア」
「レミリアちゃん?」
「私を、弱虫と、笑うか?」

 彼女は私に倒れ込んだ姿勢のまま、私の顔をのぞき込んで、ぶんぶんと頭を横に振る。

「そんなことない、そんなことないよ!」

 私だって、逃げてばっかりだもん。そう続けて、ぎゅうと抱きついてくる。
 そうか、こいつは、私と同じなんだ。

「ルーミア」

 抱きついてくる彼女の頭をなでる。ブロンドのふわふわが心地よい。

「ルーミア、お前を、守ってやる。光以外のすべてからは、お前より私の方が、巧くお前を守れる。お前の黒の代わりに、お前を守ってやる。その黒が望み、同時に遠ざける全てを、私が代わりに、背負ってやる」
「レミリア、ちゃ」

 だから、代わりに、お前だけは、私に赤色を返さないでくれ。

 私は言葉の代わりに、彼女の唇に、唇を触れた。







 この雑魚妖怪の持つ「闇」という性質が、私を弱い者へ引き戻そうとしていた。こいつの傍にいたい。ルーミアの闇は、すべてを遮断してくれる。生まれて初めて、呼吸と鼓動のペースを半テンポ遅らせるととても心地よいと知った。
 野良妖怪、と彼女を言い捨てた自分を思いだした。こうして館を出、重い鎧を脱ぎ捨ててみれば、生身の私も野良妖怪と何ら変わりはなかった。いや、日の光を防ぐ手段を持たない分、私は野良妖怪より脆いかもしれない。
 現に、木陰で彼女の半身を膝と太股の上に乗せ、抱くような姿勢にいながら、私は彼女の闇に抱かれて強い安心感を得ていた。自分の城よりも、安らぐ。

「色なんかさ、くっだらないよ。光が勝手に決めた、レッテルだもん。私達、関係ない」
「そう、だな」

 ルーミアの髪を撫で、胸を締め付けられるような愛おしさを感じながら、しかし私はあの女のことを思い出していた。

――ハクレイ――

 奴もまた、赤く染まらない一人だった。世界中が反吐がでるほど私を赤で認めていたあの中で、私を迎えたハクレイは、一人、白だった。雪のような白、ではなく、まるで眩い光が目を灼く、陽光が私をそうするかのような飽和した、だがその類がもたらす苦痛はなく、不快感もなく、よって再生や敵愾心を必要とせず、間違いなく赤ではないことに、だが安心しきれないそれ自身が赤のみではないというだけの譲渡的な事実を抱えた上での、白だった。そんなのを、私は、見たことがない。無論、私に膝の上で抱かれながら、その闇で私を抱いているこの妖怪にしても、見たことがない存在ではあるが。

「"私達"って、私だけじゃないよ?レミリアちゃんもだよ?みんなみんなだよ。生き物みんな。色なんて、光が勝手に押しつけてくるものだもん。そんなものにみんな、惑わされちゃってさ。レミリアちゃんが何で赤いの嫌いなのか知らないけど、赤なんて最初っから、実体なんてないんだよ。」
「お前の口からそんな難しい言葉が出てくるとは思わなかったな」
「そぉ?でも、私の本質だからねー。」

 光と色は、同一の換言と言ってもそう遠くはない。闇をその本性とするルーミアにとって、色も、光同様に、自分自身のアンチテーゼなのだろう、彼女が周囲を闇の黒に染め上げて光とともに色のその全てを拒絶するのは、私が赤を拒否するのとは比べものにならない飛躍であろうか。

「何もかも真っ黒がいいの。明るいのは痛いし、別だって、わかっちゃうから、寂しい。暗い方が、お互いの差をわかんなくて、ずっと自然に、一緒にいられるのに」
「別だと、わかる?」
「光が勝手に決めつけてくる色で、お互いの違うとこが見えちゃうの。色なんて、くだらないのに。光が押しつけてくるくだらないもので、それが見えたらお互いに差別し合っちゃうんだよ。それって、すごく、寂しい」
「その色が、私や、おまえの、特性であり、自分を自分として認め、それを他人に示すものじゃないか?」

 一般的に、知性体は自己と他者の区別と認識によって精神的な発達を得るが、確かにそれに対する越権行為を人間は押し進め続け、下らぬ些細な差違をして相容れぬ存在だなどと喚いて殺し合うことが目に余るほど多い。

「色が私の証?ちがうよお。色は、私の、嫌いなものだよ。捨てちゃいたいものだよ。私、こんな色の髪の毛なんかいやだもん。」
「綺麗な色だと思うがな。うちの妹といい勝負だ。あれも、かわいいやつだぞ。」
「ふうん。でも、嫌いだから、ブロンドなんだよ。嫌いだから、拒絶してるから、この色になってるの。好きだったらこんなふうにはならないよ。だから違う色の髪の毛に化けてみたりするじゃん。ただ、そうやって周りから否定し得ない勢いで自分の色を自分のものと言われ続けて生きていくうちに、諦めて、自分でそうなんだって、思い込んじゃうの。挙句の果てにそれが一致しないもの同士で差別しあって、自分の色じゃなくて他人の色を拒絶するの。不幸だよ、バカだよ、そんなの。」

 拒絶のレッテル。押しつけがましい色。赤。
 三つある心臓が、同時にぐぐっと締め上げられる思いだった。

「だが、そんなことを言えば、我々色覚を持つ者は、"嫌い"でしかお互いを認識できないことになるではないか。そんな残酷なことがあるか。私達は、お互いを認め、距離を測り、時にはこうやってくっついて、自分にないものを自分と同じものを相手に見いだして、好き合うために、この目を持っているんじゃないのか」
「そう、みんな"きらい"と"すき"の不一致で認識しあってるの。他人も、自分自身も。好きな色を身につけていても、それが満足と安心をもたらさないのは、そういうことでしょ?そんなの、全部光が勝手に決めたこと。私たちは、もっと違う、もっと深いところ、誰かが決めた下らない物差しでなくて、もっと"ほんとう"を認め合って、差別のない"つながり"で繋がって、そうしてお互いに生きていくべき。光が、光なんかに惑わされるから、だから」

 だから、なんだ。
 彼女が言いたいことは、私には未来を予見するがごとく予想できたが、でも、それは彼女の口をして、彼女自身にいわしめなければならない気がしていた。それが、私の心臓を貫く光の矢であっても。

「惑わされるから、何だ。言ってみろ」
「光なんか、あるから、レミリアちゃんは赤だ赤だって言って苛められるんじゃない。私、見てたんだから。レミリアちゃんがここに来たとき、世界の全てから赤って言われて、泣いてたじゃん」

 見ていたのか、どこかから。ハクレイはそこで私に声をかけ、ルーミアは声をかけなかった。
 話が重くなっているのを危惧して、私は軽い調子で冗談を言うつもりだった。

「ならば、あのときに巨大で絶対の、一切の色を返さないお前の闇を、私に見せつけてみればよかっ」
「ハクレイがいたから」

 だが、私の声を遮って、いつになく強い調子の声が、射かかって来た。

「あの時ハクレイが、私より先に、ほんの少し先に、現れてなければ、私が、レミリアちゃんを迎えていたよ!あの女が、ハクレイが、ハクレイとヤクモが、いつも、いつもじゃまする。ぜんぶぜんぶ、みぃんな闇の真っ黒に染まればいいんだ。光があって色が見えるから、全てのものはお互いにお互いを差別する。争いが起きる。協力なら、一緒にいることなら、真っ黒だったあの頃にだってできていたのに。太陽が、世界を照らして、世界は差別に満たされた。全ての彼我を分けて、認識と理性を以て平和を崩したんだ。何が境界を操る能力だ、何が結界だ、全ての差別なく解け合っていた平和を、自分たちの優位性確保と差別化をはかるために、分離という方法を用いて、世界を本質的な闘争状態に変えたのは、あの二人だ!」

 なんだ、何か、ルーミアの様子が、おかしい。こんな達観したことを、しかも荒々しく檄する奴じゃないはずだ。

「ど、どうした、ルーミア?」
「レミリアちゃんだって、そうでしょう?光に照らし、差を見つけ、隣人との違いを認識したからこそ、苦しんでる。その差別の形が、赤。盲目で、真っ暗闇で、一つだった頃の方が、幸せだった。違う?」
「そうだろう、違わんさ。だが、同時に今更詮無きことだ。私はもう何百年もこうして世界に赤く照らされ続けて生きてきた。相応しく、この名さえ、赤く染めてやった。今更、安寧の時をなど、望もうとは思わん。」

 いいや、望んでいた。
 それは、他でもない、目の前の闇の妖怪の存在と、もう一つ。光を以て赤を返さなかった、あの女。

「ハクレイは、だめだよ」

 その声に、私は耳を疑う。先ほどまでの様子のおかしいルーミアの声と比較しても、更に異様を呈している。声に生気が消え、金属の、ああこれは何だ、悪魔の私から見てもおぞましく汚らわしい儀式に使う、汚染された金属の鐘の音、それを無作為にかき鳴らしたそんな耳障りで嫌悪感を増長する声。その声で、ルーミアは私の内心をくみ取り、その名前を否定した。
 風は吹いていない。だというのに不自然に動く、その忌まわしい声の抑揚に呼応するように風によらずに蠢く、彼女の頭のリボンは、何だ。本来なら可愛らしくも映ろうその真白いリボンが、今は、不本意に閉じこめられたそこを何とかすり抜けるために触手の先端を細い隙間に通そうと足掻いている、不定形の、(私をしてさえ)生理的嫌悪を禁じ得ない不浄窮まりない存在にさえ見えて、不自然な黄色の蠢きは、見ているこちらに吐き気さえ催す汚穢に満ちていた。
 ルーミアは、頭の上にその白い蠢きを宿したまま、低い声で、言葉を続ける。
 まずい。このまま続けさせてはいけない気がする。理由のない危機感が、この私を、襲う。

「だめ。あいつは、白。光。全てを差別する、元凶。ハクレイ、ヤクモ、は、光の毒をもたらした、災厄。誰も、それに気付いてない。だれも、だれも。ここから出られたら、ぬりつぶして、もとのこんとんにもどすのに、でられたら」

 なん、だ、この感覚は。
 私が、恐怖を感じるだと?いや、普通の恐怖じゃない。何かを恐れる、対象を持った恐怖ではなく、未知と不可思議、認知不能の、対象を持たない、恐怖。
 ルーミアが?いや、その"内部"?
 だめだ。だめだだめだだめだ。お前は、像を結んではいけない、結ばせてはいけない。
 何かが顔を出そうというのなら、そのガワに蓋を被せ直すのが手っ取り早い。今は一旦押さえ込み、必要ならば、うちの魔術師に対処させよう。フランドールの時と同じように。
 私はそれなりに自信のある速度を駆使して、その辺で戯れている水属性の妖精を捻り潰した体液(それは大気中の自然マナと反応して即座に魂魄と小さな治癒効果を持つ冷水に変化する)を思い切りルーミアの顔にかけてやった。
 もしこれが器であるのなら、その器を、信じるしかない。
 ルーミア。

 ばしゃ

 そうして上がった声は、高く間の抜けた、元通りのそれで。
「ひゃ!?つ、つめたっ!なにするのぉ!?」
「誰かが知恵熱でおかしくなってるものだから、冷やしてやらねばと思ったまでだ」

 濡れた顔をゴシゴシとこするのを、横からハンカチで手伝いながら、彼女の様子を伺う。いつも、どおりだな?

「うう、ん?なんか、ねてた?」
「熱射病だ。しばらく寝ていろ」

 覚えていないのだろうか、それとも、私がからかわれているか、どちらかは知れなかったが、私は酷く安堵していた。吸血鬼たる私が、いったいこの弱小妖怪の何を恐れたのだろうか、その実体はわからなかったが、背筋に浮いた汗は、たった今ルーミアの顔が冷水に塗れて滴を垂らしているそれにも負けぬほどだった。
 正式な魔法的手続を踏まずに妖精を理由無くくびり殺せば、魂に穢れが生じる。悪魔の私には関係のないことであったが、それを差し引いても、さっきルーミアの中に生じ始めたものは、もっと汚らわしいもののように感じられる。
 彼女の中にある光への嫌悪感は、私よりもよほど根が深いか、それとも何かもっと根源的なものが封印されているかのように感じられた。
 彼女もまた、色を憎む者なのに違いなかった。だが、その根底に、何が潜んでいる?その白いリボンは、一体、何者だ。

「なんか、狭いところに閉じこめられた夢見てたよ」
「そうか」

 狭いところ。何かの比喩のようにも思えて、私にはそれが、私でさえ想起できない奈落の果て、もしくは完全に閉ざされた闇の部屋のように感じられた。彼女の中にある何かがどこかそんな場所に閉じこめられていて、今でも出られないと爆発するイメージ。禍々しく、汚らわしい。

「あんまり太陽の下で活動しすぎたな、疲れたんだ。」
「ううん、頭が重いよお。」
「しばらくこうしていろ。貧血でも出たか?」

 頭。リボン。私はルーミアを膝に抱いたまま、今はただの純白の綿布でしかないそれに触れ、奥を探ろうとする。
 見えたのは、恐ろしく高等で緻密、それはまるで太古の地上に栄えた人間や妖怪と言った存在よりも遙か旧い存在が築き地上にびっしりと編み上げた巨大な都市、摩天楼、もしくは感情の一片のようにきめ細かく、波打ち重なり合い、理路整然と並んで集積された、そのリボンの繊維質、編み上げそのものが、呪言と魔術紋、呪的集積回路、それが旧くなり綻んでいる姿だった。

 ――なんだ、これは――

 膝に頭を預けたままのルーミアを驚かさぬよう、しかし私は驚いてそのディティールを探る。
 少なくとも私の知識ではこの様式の集積基盤の正体は知れなかった。パチュリーならば、わかるだろうか。否、これは、もっと旧い。存在そのものが遺跡だ。そして、その縫い目が綻び、端が解れ、生地が少々傷んでいる。縫い込められた術式に、稀にエラーが生じるのかも知れなかった。

「ルーミア」
「うん?」
「リボン、随分古い物みたいだな」
「うん。私、それ、自分で取れないんだ。触るとね、火傷したじくじくに触るみたいな感じがして、痛くて取れないの。そんな真っ白いの、嫌いなのに。黒がいいよお。」

 なるほど、やはり何か因果があるようだ。真っ白い色が気に食わないのもその通りだが、何より劣化が進んでいる。そうして顔を出しかけたアレは、絶対に現れるべきモノではないような気がする。
 解れた回路を私が修繕できるわけではなかったが、その上から、私なりの蓋を被せることは可能だろう。

「ならば、赤くしてやろうか。そのリボン。」
「えっ!ほんと!?白よりぜんぜんいいよぉ。あ、でも」

 ルーミアは頭を起こして私の言葉に喜び、そしてすぐに消沈した。理由は、わかる。

「案ずるな。赤が好きではないのは確かだが、時と場合はある。」

 時と場合。この場合、さっき姿を現しかけた禍々しいものに比べれば、赤を強いる方が幾らもマシだった。

「じゃあ、赤くする。レミリアちゃんがイヤじゃないくらいの赤にしてね?」
「気にするなと言っていように」

 彼女さえ嫌がらなければなら、その白い古代回路のひび割れを、塗り固めることは簡単だった。もっとも、元々の強度には遠く及ばないだろうが。
 私は掌に傷を付け、その傷口を舐めて出血を促すと同時に、舌先で呪印を描く。再生を抑制し、流れる血液をその真っ白いリボンへ染み込ませていくと、リボンはまるで貪欲に獲物を食らう獣のよう濡私の血液を吸い、その色を純白から鮮紅へと変えていった。
 まるで、このリボン自体が、血液を飲み干しているようでもある。そういえば、ルーミアは人喰をするのだったか。なるほど、もしかすると、彼女が人を食うのは彼女自身の空腹を満たすためではないのかもしれなかった。
 その証拠に、私の血液を飲み込み続けるリボンは、彼女の髪の毛に血の赤をこぼすことなく、その上明らかに自身の質量を無視した量を吸い込み続けていた。だが、それはむしろ好都合だ。私の血液を吸い込めば吸い込むほど、それは私の術式を媒介する手助けとなる。旧くひび割れた魔術回路の隅々、ひび割れの隙間、欠けたプロセスの片鱗、綻んだ封印の一端へ私の血液が浸透する。

「red magic」

 頃合いを見て小さく呪言を呟き、染み入った血液をプロセスへ変換する。

「赤くなった?」
「ああ。真っ赤だ。私の血で染めたからな。私が死なん限りは、ずっと赤いぞ。」
「すごーい!」

 封印の上塗りは成功した。それを知ってか知らずか、無邪気に喜ぶルーミアは、そのリボンに触れぬように、でも手で覆うみたいにして、上目で見ようとする仕草で、似合う?似合う?と聞いてくる。

「恐らく、手で触るくらいは平気なはずだ。解こうとするとそうはいかんだろうがな」
「ほんと!?」

 私が染め上げた真っ赤なリボンに恐る恐る触るルーミア。その仕草は、小動物のようで、ひどく愛らしい。
 触っても平気なことを喜ぶ彼女を静めて膝に抱き、闇の向こうに潜み棲む恐怖、巨大で冒涜的な何かの存在に、私は、もう二度とルーミアの傍に現れないでくれと心の底で、嘆願した。






 抱くつもりが、抱かれていた。

「あ、む……んっ、っく」

 裸、だ……私、が、こんな、外でっ。しかも、燃え上がって、しまっているっ!

「ねぇ、レミリアちゃんの体、みたいよぉ。これ、解いてもいいでしょう?」
「ば、ばかっ!そんなことしてみろ、八つ裂きに……~~~~~ッ♥」

 不意に股間をまさぐられ、淫核に手が触れたた。電気でも流されたみたいに一瞬で体が強ばり、しかし次の瞬間だらしなくゆるんだ上の口と下の口から、涎が、垂れる。

「あ、強過ぎちゃったかな。見えないから、加減がわからなくて」
「こいつ、ぬけぬけ、とぉっ、お、あ、だったら、その手を、お、おぉおおっん♥ヒ、あ、へぁぁ……♥手をぉ、とめっ、りょぉおぉっ」

 足許がふらつき、立っているのが辛くなって、彼女の体に縋り付いてしまうと、彼女の思うつぼだった。受け止めるように私を抱くと、胸、おなか、へそ、アソコを触ってくる。私は与えられる快感に身を捩りながら、一層彼女に沈み込んでいった。
 私は、ルーミアと出かけた外、湖の畔で避暑できる木陰で、なぜか全裸になっていた。彼女もだ。どちらからということもなく、お互いに頭とか肩とか、手とか頬とか、太股とか胸とかに触り合っているうちに、互いに歯止めが利かなくなって転がり落ちるみたいに。今は私たちをすっぽりと覆い隠すようにルーミアの闇が包み、私達がまさかこんなところで裸で体を触り合っているとは、誰も思わないだろう。心地よい木漏れ日の中、爽やかな風に吹かれながら、それに反し、暗く、静かにお互いの体に没入していた。
 私の顔に手を寄せて、ぺたぺたと触り、私の顔の形を確かめるルーミアの指が、顎のライン、頬、鼻、そして唇を見つけだすと、唇を寄せてそこに重ねようとしてくるが、しかしそれも外れて最初のキスは鼻のてっぺんに触れた。はっとしたように一度離れる彼女を、今度は私の方が追いかけて、ここだ、バカ者、と小さく呟いてから、唇同士を触れさせた。彼女はめしいているかのように両手で私とのあらゆる距離を測り、あらゆるものの形を確かめる。
 闇をまとい、それを操ることができるにもかかわらず、彼女は闇の中でものを見る術を知らなかった。私には、彼女が見えずにおぼつかなげに震え、それでも手探りで賢明に私に触れようとする姿が見えていて、愛おしくなってしまう。

「えへへ、ありがと、レミリアちゃん」

 重ねた唇が離れたとき、照れくさがるような声でそういわれた。私はそれに答えず、代わりに上半身をぺったりつけて、胸と胸をすり付け、今度は私の番だと耳元で、囁いてやる。ルーミアは素直に、うん、して、といって体を弛緩させ、私にそれを預けてきた。可愛い。

 私のも、そして彼女のも、胸は小さいけどピンと立った乳首は固く、胸を合わせてその先端同士を触れさせると、溶けるような熱がじんわり広がる。さっきまで触れられて涎を垂らしっぱなしだったアソコには、依然彼女の指があり、同じように私の指先も彼女の中心を捉えていた。

「ルーミア」

 ただ愛おしくて名前を呼ぶと、同じようにレミリアちゃん、と返ってくる。むずがゆくて心地よい。
 触れるルーミアのそこはしっかりと濡れていて、私の愛撫に吸い付くように応えてきた。ぬるりと、熱い。それは私のソコも同じで、上半身をすり合わせ、下半身はよりしなを付けたくねった動きで、お互いの感触を求めて揺れ、。


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 彼女を地面に押さえつけ、組み敷き、唇を降らせて味わうつもりが、彼女の上に乗った姿勢のままだらしなく体を弛緩させ、みっともなく弛んだ表情で嬌声と涎をまき散らし、彼女にいいようにされていた。

「あっ、ん!っ、お、おまっ、え、なんで、こんな……んんっ!慣れ、て、んひぃぁあっ!!♥」

 手が、私の泥濘を、執拗にこね回して掘り進んでくる。あっという間に弱いところを探り当てられて、私は反撃を試みるも、それは全て私がその倍のヨガり声を上げさせられる結果になっていた。

「お、ぁ、ぁ、あっ!っ、こ、このっぉお♥」

 馬乗りになっているのは私なのに、下から指で、掬い上げるように奥をほじくられると、霞がかるような快感が下半身から沸き上がって膨らみ、起こした体がふらついてしまう。どんなにか前に倒れ込んでしまいたいと思う強い性感だがプライドがそれを許さない。私が、抱くのだと、強いこだわりが逆に自分自身を窮地に追い込んでいく。
 私は腰を前に出し、彼女のお腹の辺りに体重をかけないようにまたがっている。手を後ろに下ろし、へそを撫でて下腹部、そして股間へと這わせる。そこは私と同じく全くの無毛で、愛液のぬめりが肌に広がっていた。

「お、おまえだって、欲してるんだ、ろうっ」

 は、と思い出して、焦った。しまった。こんなことになるなんて思っていなかったものだから、爪が延びたままだ。今即座に切ることはできるが、ヤスリがない。私は咄嗟に親指で指の爪をめくり取り、他の指で親指の爪を剥いた。手先に激痛が走るが、すぐに再生を施す。間の抜けた一拍をおいてから、私は彼女の濡裂へ指を送り込むと、彼女が、みていた。

「……平気なのに。優しいね」
「くだらんことに気付くな、バカ者」

 頬を染めたゆったりとした笑顔で私を見上げてくる。そんな目で見るな、顔が、あつい。
 再生したばかりの敏感な指先で、ぬるりとそこに触れると、彼女もまた細い声を上げて身を捩った。

「ん、ぁっ」

 私の股間にある手も、再び動き始める。浅いところを舐め回すみたいに、二本の指が行き交い、くねる。普段自分でしか触れない粘膜に、自分の意思が通わぬ冷たい指が触れる。それ自体は、別に珍しいことではないはずなのに、何故これほどに、熱くなる。
 穴をほじられるのも、それにもまして、彼女のそこが私の指を、痛いくらいに締め付けて蜜を吐き出し続けることに、私は喜びを覚えていた。

「締め付けて、くるな。また、っ、か、かんじている、のか?」
「うん、うんっ、きもちいよぉっ♥」

 私の背後で彼女の足が動き、股がもっともっとと大きく開かれる。淫乱が、と言おうとする私の腰もいつの間にか彼女の胸の辺りまでせり上がっていて、彼女の息遣いを濡れた割れ目に感じるほどだった。体を起こしているのが辛くなった私は、いよいよ組み敷いていたつもりの相手と同じ目線に、落ちた。右手で濡れたワレメを撫で、入り口付近の浅いところをほじってやると、彼女も甘い声を上げて同じように私のあそこを愛撫してくる。唇を啄みあい、申し合わせるでもなく、互いに小さい胸の先端を舐めた。
 奪いたい、とは違う、与えて欲しいという感覚。今までに感じたことがない、むずがゆい感情。して欲しいことを、相手にする、そうして与えられたときの、愉悦。

(こんな奴に、私が、夢中になっているなんて)

 その事実を口に出すことははばかられ、唇を噛んで噤むと、唇が重なってきて舌で優しくこじ開けられてしまう。

「ん、ぶっ、んあ、ちゅっ、ぁむ……♥」
「ちゅっ、ん、あむっ♥」

 唾液を交換し、舌と舌を絡め合わせて、唇を唇で撫でたり捲ったりして、口の周りをべっとりと唾液で濡らし、その間に糸を引いて口を離す頃には二人とも意識がくらくら朦朧と揺れ、余計な思考がどんどんそぎ落とされていった。

「レミリア、ちゃん、かわいい」
「う、うるさい」

 その口を塞ぐためにもう一度口付け、未だ膨らみを見せない胸を掌で包む込むようにしながら、時折その先端に指で触れる。彼女の上に覆いかぶさるように乗り、もう一方の手で再び彼女の割れ目をなぞる。自分の股間を彼女の太腿に押し当てて前後に揺らしてしまっていたのは、"欲しい"がそうさせた無意識だった。
 彼女はと言うと両手を私の首の後ろで組んで、私を抱き寄せてくる。息苦しさを感じるほどに強く抱かれ、見えた彼女は、口を半開きにして息を乱し、目をぎゅっと閉じている。リードをとりたい私にとっては、都合のいい姿勢だった。
 この間、闇の中とはいえ霊夢の前で良いように感じさせられて、さっきまでも完全にリードを奪われていた私は、どうしても次こそ主導権をとりたかった。このまま、私が受けっぱなしだなどと、我慢ならない。
 私はその耳元で「目を、開けろ。私を見ろ」と囁き、その真っ黒い瞳に私の姿を映し出させる。黒い瞳に映る、私の赤い姿。しかしそれはすぐさま真っ黒く染まった。ルーミアが、闇を使って光と色を制御したのだ。

「余計な気を使うな。今はそんな事よりも、もっと感じて見せろ」

 私がそういっても首を振り、彼女の目に映る私の赤は、黒く染まっている。私を気遣っての行為に、愛おしさが、こみ上げた。愛撫する指の動きを、少しだけ強くする。ぬめりが強くなる無毛の湿地をが、いっそう濃い蜜を溢れさせてくる。
 ルーミアが、私の手で、感じている。だらしない表情を隠しもせず、私を求めて股を開いている。
 その事実が私を燃え上がらせ、それが私の下半身へ集まって形だけは未成熟な性器に、熱く熟れた疼き孕ませる。彼女の太腿を挟み、擦り付ける様に動かす腰を、より深く、強く、押し付けてしまう。自分でもわかるくらいに、私のそこもしとどに濡れており、ルーミアの滑らかな肌に淫液を擦り付けていると思うと高ぶりが増し、それはより多くの蜜を湧き出させていた。

「レミリア、ちゃんっ、ふぁ、あ、っん!」
「そうやって、喘いでいれば、いいんだ。可愛いぞ、ルーミア」

 もっと、いい声を聞かせろ。といって、口を小さいながらもぴんと立ち上がった乳首へ運び、その先端に舌を重ねる。唾液をたっぷりまぶして唇ではさみ、たまには前歯で撫でるように甘噛んでやる。そのたびに、きゃんっ、ひゃっ、と可愛く跳ねる声を漏らしながら、浮かされたように私の前を繰り返す。

「ひっ、ん、そこ、あんまり、だめっ、え」

 首の後ろで組まれていた手は、私の口が胸に動いたところで頭を押さえる形になっている。彼女の手が、髪の毛を掻き分けて頭皮に触れ、その指先が時折くしゃくしゃと混ぜてくるのが彼女の快感を伝えてきて、私はもっとしてやろうという気になる。ルーミアの脚が私の腰の動きに合わせて股の底を押したり撫でたりしてくると、私の方も甘い声を上げずにはいられなかった。

「ふっ、ん、はぁっ、っ」
「レミリア、ちゃ、ひぁんっ、そこっ」
「ここが、好きか」

 刺激すると一際強い反応を示すクリトリスを、指の腹で円を描くように押し込み、前後に擦り、指先で摘んでやると、シーツのしわでも伸ばしているみたいに、彼女の脚が強ばり反って開かれた。もう幾度か刺激すると、同じように背筋も反って、齧り付いて食い千切りたくなるような白い咽の曲線がむき出しになる。さすがに齧り付きはしなかったが、私はその白い柔肌に唇を這い回せ、舌で撫で付けながら、顎から鎖骨を行き来する。その間も彼女の陰裂を撫でる手は止めず、淫液に湿りふやけそうな指を、その浅いところへ潜り込ませた。

「あっ、あ、っは」

異物の侵入を、下半身を弛緩させて受け入れるルーミアだが、その声色と表情は紛れもない愉悦に染まっている。

「ナカ、や、こすっちゃ、ぁっ!んっ!」
「締め付けるな?ん?」

 そう言うと、ルーミアの太腿がせり上がり、私の淫核を押し潰してきた。

「んっ、オ……ぁ、こ、のぉっ」

 不意打ちに声を押し出された気恥ずかしさが、彼女の陰部を責める手をより苛烈にさせる。入れていた指を二本に増やし、浅いところに限っていた触淫を少し膣内の深いところへ進める。

「んっ、あ、ああああっ!んんんううぅうぅ!れみ、りあちゃ、はいっ、ひゃぁぁあああっ、ほじっ、ほじっちゃぁぁあっ、んっっっ!!♥」
「おぼこかと思っていたが、ずいぶん仕込まれてるな?誰か、睦の相手がいるのか?」

 上げてしまったあられもない悲鳴に、口をつぐんで私の問いに首だけを振って答えるルーミア。その仕草が、強烈に私の性欲を刺激する。欲しい。奪いたい。同時に、そうして私も深く強く感じたい。

「相手もないのに、中で感じるとは、淫魔の雛にも負けていないぞ?」

 そう言ってもう一段階指を深く入れ、親指の股で同時に淫核も押してやると、彼女の体が跳ねた。

「っは、あ、ああっ!!んっ♥だっ、だって、レミリアちゃん、だもんっ!レミリアちゃんのっ、指だもんっ!」
「えっ?」
「レミリアちゃんが、しひぇくれりゅからぁぁっ♥っは、お、んひゃあぁあっ、ア、ぉ、んおぁあああああっん!♥ナカ、なかいっぱいぃっ♥もっろ、もっろシテいいよぉっ!♥」
「ば、ばかもの」

 私だから感じるのだなどと、言われたことならば何度でもある。城を構えていたときは毎晩違うメイドを抱いていたが、それでも、こんな風に自分を求める相手に、これほど強く燃え上がったのは、ルーミアと、そして霊夢が、100年振りくらいのことだった。
 そうだ。霊夢としたときも、こんな風に夢中にさせられて。
 と。ルーミアが私の頬を両手で挟んで、切なく潤んだ瞳と上気した頬を正対させてきた。まっすぐ見つめる目が、私を捕まえる。

「ハクレイのこと、今は、考えないで」
「……すまない」

 ごまかすでなく、ちゃんと、謝った。彼女は、私の「まよい」に気づいている。それでも、私を包み込もうというのだ。健気だが、しかし、ある意味で貪欲な奴だ。だからこそ、愛おしい。そのわがままが、私には心地よい。

「もっと感じろって、言うんだから……だったら、もっと、キモチよく、して」

 頬を挟んだそのまま、私の顔を引き寄せて、唇を奪われた。すぐさま舌が暴れて、私の舌を捕まえる。

「ぁむ……ん、れぃりぁ、ひゃ んちゅ、ぷ、んっ」
「ちゅっ、ふっ、ん っ!んぶ」

 ルーミアは、私が応じるか否かに関わらず、私を貪るみたいに吸い付いて、咽に届くほどに舌を差し入れてきた。

「んっ、っぐ、ぶっ!んご、ぃぉっ!」

 舌が長い。見た目は幼い人間の少女にそっくりだが、人肉を食らう獰猛な一面を持つ彼女の性質を表す器官だった。どこにそんなに長い舌が収まっているのかと問いたくなるほど、根本は太く、そして長さは私の咽の中程にまで至る。

「えりひあひゃん、れひりあひゃ……♥」
「がっ、ぐ、べ、ぐごぉっ!ぶぐっ、ん、んおーっ!」

 他者どころか自分でさえ食物以外によっては刺激したことのない食道粘膜を、大量の唾液で溢れさせながら愛撫してくる。

「はーっ、はーっ♥」
「ん、ぐっ、ひ、んごっ!♥」

 興奮で息が上がり息苦しいのに、鼻での息を強要され、無様に鼻を鳴らさせられる。屈辱感が、だが、ルーミアの前では快感にもなれた。
 首の内側を、彼女の舌が蠢いている。唇、咥内、舌、顎の裏、喉まるで喉が性器でもなったかのように快感を発してきて、目の裏から後頭部までが、興奮でぼーっと痺れてくる。
 私は喉の奥を媚粘膜にされながら、負けじと彼女の陰部を刺激し続けた。私の手を求めるみたいに、腰をうっすら持ち上げて波打たせ、掌に掬えそうなほど愛液を滴らせ太腿を小刻みに震えさせている。どろっと粘度が高い愛液を膣口から掬い取り淫核に塗り込んでやった。

「んおっ、ほ、んご、ふぉぉっ!♥れりりあひゃ、ひゅぉ、ひ、クリひゃふ、ふごぃほオぉぉっ!♥きもひ、ひ、んおひぃょぉおおっ!♥おっ、ん♥ふヒ♥あ、ぁアっ♥らめ、らえぇぇ♥♥おみゃんほ、クひ、しょんら、ほっ、ヒぃんっ!♥♥」

 彼女は舌を突き出した顔のまま快感を叫び、閉じることのできない口から大量の唾液をこぼした。喘ぎまくる彼女も息苦しくなり、ついに極上のディープキスを諦めて舌を抜こうとするが、私はそれを許さなかった。喉をぐっと締めて彼女の舌を捕まえて離してやらない。

「ぐ、んガ、っく♥ろ、ろうら、にげられ、まひっ♥おみゃへの舌ひんぽ、わらしののどまんほから、にげられなくなっへるろ♥んっ、きゅぅっ、ン♥♥」
「ひゅ、ほ、ア」

 その間もしっかり手マンは続け、みるみる肥大化していく、幼いその姿に見合わないグロテスクな巨クリを、指で作った輪を通して、愛液をローション代わりに扱き上げてやる。
 上下にヌメる愛液を塗り広げ、時折はじいたりつまみ上げたりしてやると、私の喉に挿入された舌が痙攣し、私の咽が強烈に震わされた。

「ぶ、ご、っ、んっ!♥ぅーみぁ、ろうっ、らっ♥ぶじゅ、んぶ、ふごぉっ♥わらしの、ぶ、ごべっ、わらしののろはぁっ♥」
「お、おぉおおおっ♥んおぉおおごおおおおっ♥」
「んっ、へ、ぁぁっん♥ルーミアぁっ!っオ、ほぉぉっん♥ほじ、るなぁっ♥そこ、っお、のろマンコ、長いひたちんぽれ、ほじゆにゃぁぁッ♥ああっ、ヒ、とまら、な、のど、かんじりゅ、へ、んっほ、ホひっ♥きもひぃいの、とまらにゃひっ!♥」

 すっかり性感帯と化して淫感神経が貼り巡った喉の中を、やはりペニスのように摩擦を急いて止まらなくなっているルーミアの舌がぞるぞると乱暴に往復する。
 私は唾を飲む要領で喉を締めて、奥へ奥へと飲み込む蠕動でそれを迎えてやると、いよいよルーミアの目が寄りに寄って体中をびくびくとはねさせる。アクメをキメているのが、抱いている私には一目瞭然だった。彼女がキツいアヘ顔を晒し、舌を私に食まれ、鼻水と涎と涙をこぼしまくって、体を痙攣と弛緩の間で行き来させている。
 その様子は幸せそうで、彼女はその幼い容姿には見合わぬほどに、色情を好むようであった。いや、幼く余計な理性が邪魔をしないからこそ、セックスを楽しめるのだろうか。
 彼女の舌によって膣にもにた性器へと変貌している喉を犯され、私の方も相当にキている。股間でひくつく生殖用のヴァギナは、私がするように同じように彼女にほじくり回されることを期待して濡れに濡れていたが、私は、喉だけで十分に法悦に至ることが出来そうだった。

「ら、らめ、っへ♥らえぇぇっ♥わたしの、おまひゃから、ぐちょぐちょぉっ♥したちんほ、たべられひゃっへ、しごかれ♥♥したちんぽもしごかれひゃってゆ♥♥ぐちょぐちょ、やらひぃおと、しひゃってゅぅっ♥えっち汁、わらひも、えっち汁、とまんなくなっひぇる、っッ♥もっろ、れみりあひゃ、もっろぉォおっ♥」
「いい、ぞ、ルーミあ、もっとわらしの喉まんこれ、かんじれみへろ♥したのくひも、こうしてやる♥♥んっひ、お、のど、のろぉぉぉおっ♥♥♥よくもぉっ♥よくもわらしの奥を、こんんにゃっ♥ずぼずぼしへぇぇ♥おまへの、まんこなど、こうひてくれるっ」

 喉を犯され、胸の中辺りでぬめる舌がびちびち動いているのを感じながら、私はその動きを模したように彼女の膣の中に押し入れた指を、ぐちゅぐちゅ音が鳴るほどにかき回してやる。数度指を中でこねてやると、腕に熱い愛液の迸りが吹き付けられ、ルーミアはうめき声を上げてぐったり私にもたれ掛かってくる。でも、舌を締める喉をそのままにして彼女を抱き留め、舌を飲み込むように刺激し続けると、まるで射精を終えた少年のペニスをそれでも扱き続けたときみたいに、連続絶頂をキメた痙攣を継続する。
 彼女はせっぱ詰まった表情でそれをやめるように懇願する視線を送ってくるが、同時に、その表情は完全に淫乱堕した性感の虜でもあって、容赦なく重ねられる連続アクメを前に、意識を削り取られていた。

「ん、いぐ、まら、まら、イっぐぅぅゥぅぅっっっ!!♥♥いっぐ、おひ、ぃ、っく♥も、やら、れみぃあひゃ、も、らめ、おちんぽ、したちんぽ、ゆるひ……んっひぉおおっ♥いっぐ、おりれ、にゃ、いぐ、まら、まひゃいく!♥いぐ、んっぶ、んごおぉぉっ、ぼぶ、いぐ、んっ♥」

 舌を引かれたまま絶頂地獄に陥っているルーミアの唾液は、彼女自身を窒息させるほどで、その唾液は、痙攣しまくるかの序の口から、私の口の中へと注ぎ込まれていった。

「っぶ、ご、んっ、んんく、んぐっ」

 注がれる彼女の唾液を、彼女の舌ごと飲み込んでいく。舌を食べられる彼女は、更にアクメを重ねて焦点の合わない目をゆらゆらと惑わせている。そして、私が舌ちんぽを飲み込む動きを緩め、彼女のイき様を見ていると、不意にルーミアの体が私に覆い被さり、私の手首を押さえ、脚にも脚を絡めて私を押し倒してきた。

「んっぐ!?」
「こんろは、わらひの、ばんん」

 そう言ってルーミアは、身動きの取れない私の喉にふかぶか突き刺さったままの舌を、思い切り、早く、乱暴に、抜き差ししてくる。

「んご、ごっ、んぐひっ!んい、んっ、んーっ!んうーっ!っぶっん♥」

 未だ性感帯のままの私の喉は、その乱暴な動きに淫らに適応して、再びすぐに会館を爆発させてくる。ルーミアの反撃の番だった。
 私は喉を犯され、私は舌を犯し、指は食いちぎられそうに締め上げられながら、ルーミアの女底をほじり回して犯す。
 互いに際限なくイきまくる女同士の変態セックスは、夜の闇が明けるまで続き、少し明るくなってからはルーミアが闇のベールでそれを惜しんで更に続け、彼女が果てれば私が背で日の光を受けて彼女を守りながら、お互いの体を貪り続けた。








「搾り取られて死ぬかと思ったぞ」
「レミリアちゃんが舌はなしてくれないからぁ」

 まだ、荒い息から熱がとれない。
 お互いに上下に動いて、さっきまで一つだった私とルーミアは、今も一つのふいごみたいに、荒く熱い息を一つにあわせていた。

「よ、よかった、よ?」
「あんなセックスがいいとはな」
「レミリアちゃんだって、イってたじゃない~」
「……ふん」

 私は、私の上から降りようとするルーミアの背中に腕を回し、離れるなと伝えた。ルーミアはいつもの白痴美じみたやわらかい笑顔でほほえんで、触れるだけの優しいキスをくれる。私も、柄にもなく、そんなキスに心地よさを感じてしまっていた。
 唇を離し、ぽてりと落ちてきた彼女の頭を胸に抱いたまま、しばらくの無言の時間。
 やがて、ぽつり、彼女が呟いた。

「光なんて、色なんて、なくなればいいのにね」
「そうも、いかないだろう。人間は、光がなければ生きていけないからな」

 彼女の言葉に半ば放心気味に返すと、ルーミアは、ぷっ、と吹き出した。

「な、なにがおかしい?」
「おかしいよぉ。人間は、だなんて。レミリアちゃん、人間じゃないのに。」

 私が彼女を上から降ろすと、彼女は、まーだー、といってスローモーションでタックルをかますみたいに、再び私のおなかあたりに潜り込んで抱きつき、私を押し倒してきた。かといって次のラウンドが始まるわけではなく、つまり事後のふわふわした時間を受け止めて欲しいというのだ。
 私はそういうのは苦手だったというか、立場上、情事後そうして相手と目線を合わせることがほとんどなかったものだから、彼女にそうされたのがひどく気恥ずかしくて、でも、悪くないと、思って、見上げてくる彼女の視線から逃げた。

「――は。確かに。何を、言っているんだろうな、私は。」

 そうだ。私は、人間ではないのだ。何も気にする必要などない。そも、私は記憶か感情か、もしくはもっと深い何かであるか、あるいはそれが絡み合った何らかの内的な要因、しかもそれはすり切れた布地のプリントのように不鮮明で得体が知れなくはあるが、つまりそういうどこかで、私は人間を、憎んでいた。この世界に来て、その出迎えは最悪だったものの、人間が比較的多くはないという事実は、私を迎えたハクレイの「そう悪くはない世界」という言葉に同意するに至らしめてはいたものの、かといって人間への不明瞭な嫌悪感と憎悪は拭い去られたわけではなかった。
 ただ。

「迫害され慣れ過ぎたかな。自分で言うことではないが、よもや人の世を認めようとは、我ながら、笑止」

 余りに長い間だったそれのせいで、私としたことがどこかで卑屈となっていたようだったし、それを私が振り払ったのをみたルーミアは、愉快そうに笑っていた。
 なんだ。キャラじゃないことを、言いそうになってる。

「レミリアちゃんは、やさしいからなー」
「私を優しいと言った奴は、生まれてこの方お前が初めてだぞ。めくらなんじゃないのか?」
「じゃあお人好し」
「それもない」

 おなかに抱きつくような姿勢のまま、私を見上げているルーミア。その髪を撫でてやると、まるで猫か何かのように目を細めて満足そうな表情で、のどを鳴らした。
 草原でなびく穂並みのような軽やかなブロンドは、少し、内巻きに癖がついていて、手櫛を通すと程良く抵抗があり、梳きがいがある。跳ねた後れ毛を指先で撫でながら、頭、鬢、そして頬へと指先を滑らせると、ルーミアは不思議そうな目でその動きを追う。20年に一度、生け贄に捧げられてきたのは、多くはこんな年端もない幼子であった。贄に同情するつもりはないが、あの頃感慨もなく貪った血肉袋を、これほどに可愛らしいなどと思ったことはなく、目の前で私に無防備な姿を晒すルーミアを、つまり、抱きしめたいと思った。

「運命かなって、思うよ」
「ああ?」

 唐突に、私のおなかにかぶりつくように腕を回したまま、そんな科白を全く臆面もなく視線をこちらに投げながら、口にするルーミア。

「最初にあったとき、なんか、何かに引っ張られるみたいに、紅魔館に、いたの。何かが呼んでたみたいな。レミリアちゃんに、呼ばれたのかな」
「私が呼んだのであれば、不法侵入ではないがな。生憎、門番もメイドもそんなアポはきいていない。」
「そーなのかー……」

 しゅん、と小さくなるルーミア。
 全く迷い猫のように私の前に現れた彼女が、これほどに大きな存在になるなどと、あのときは思っていなかったし、今でもにわかに信じられない。それが運命だなどと舞い上がるつもりもなかったし、だが、定められたものではないからこそ、この出会いが貴重なものに思えていた。

「まー、レミリアちゃんはさ、私を日傘代わりにでも使えばいいんだよ。」
「手を引かねばならん日傘か」
「本物の日傘だって、ちゃんと手をつないでないと、どっか行っちゃうよ?」
「ふん、違いないな。」

 こいつを、道具であるとか、あるいは召使いや使用人のように、思えはしなかった。彼女がどこまでもただの日傘であるのなら、ものも言わぬ日傘の方が遙かにマシだ。ましてや、抱きたいと思ったりなど、するものか。

「道具みたいに傍に置いてもらったら、レミリアちゃんが誰と一緒になっても、私のことは傍に置いてくれるでしょう?」
「随分後ろ向きなんだな」
「そうかなー?一番って、入れ替えたくなるけど、二番目ってあんまり入れ替えようって思わないじゃない?程良い距離感って言うか。一番はさ、すごく期待しちゃうし、重荷を負わせちゃうし、こだわり過ぎちゃうし、だからすぐ飽きちゃうし。でも二番ならずっと一緒にいられるから。ほんとの一番。」

 弱小妖怪のクセに随分と達観したものだ。
 まあ、私にはもっと高貴で強い相手が相応しいからな。お前は二番くらいにずっとおいといてやるよ。というと、ほんとう?ほんとうっ!?と、こちらが面食らうほどに喜びの声を上げた。

「私ね、真っ暗がいいって言う人と初めてあって、初めて真っ暗で一緒に歩ける人と会って、すごく嬉しかったんだ。あとね……えへへ、自分が必要とされるのって、あったかいね」
「お前が必要だなんて、一言もいっていないぞ」
「そうなの?」
「まあ、要らないとも言ってないがな」

 私のおなかのうえで寝そべっている猫然とした妖怪をひっくり返して覆いかぶさるように上に乗ると、お互いに小さい背が丁度よく、顔の上から顔を重ねるみたいに、唇を。

(欲しているさ、お前を)

 我が物にしようとするキスじゃない。ただ、くっつきたい。頭に近い粘膜で、こいつと、触れ合いたい。

「ん……」
「ルーミア」

 好きだ、の言葉を、恥ずかしくてどうしても言えなくて、代わりに唇をくれてやると、それで十分だと言いたげな表情でそれを受け止めて、両手を使って私に抱きついてくる。
 闇に惹かれていたというのは否定し得ない事実だが、今となってはそれは要因の一つでしかないように思え、それというのは、もし今ルーミアから闇の力がなくなったとしても私はこの気持ちを消してしまえる自信がなかったからで、勿論その確証はなかったが、たとえ彼女は闇の力を失ったとしても私の苦しみについて心地よい距離からそれを抱きしめてくれるだろうという確信めいた甘えが、あったからだった。

「私の中身をごっそり抉り取りやがって」
「苦かったけど」
「懊悩(はらわた)だ、苦くて当然だろう。そんなもの、好んで持っていくなんてどうかしている。お前は」

 私の救いだった、という言葉をいい終えるのを自分で待ちきれず、ああ、やはり恥ずかしくて、再び口付けた。彼女の手がするすると下りてきて、頭を、頬を、顎のラインをなぞり、肩から腕を這って、再び背中へ回ってぎゅう、と抱きついてくる。本当は、私がそうしたいのに。
 二度、三度、おまけでもう一度、唇を重ねる感触を、どちらからともなく与え求めて感じてから、彼女の唇が言葉を紡ぐのを認めて、もう一度の口づけを止めた。

「世界のどんな赤がレミリアちゃんを弾劾しても、世界のどんな色がレミリアちゃんを迫害しても、私が、全部、見えなくしてあげる。光なんて、色なんて、全部否定して、レミリアちゃんの全てを肯定してあげる」
「ああ、ああ」

 上手く応える言葉を持てず、うわ言みたいな声を上げて彼女の言葉(それは愛なのか何なのか私にはわからないが)を受け止める。胸の辺りから、じりじりと熱さが広がって、そこから崩れていってしまうみたいな恐怖が心地よかった。
 私の赤は、私が吸血鬼であるという因果に従って、光ではなく闇を拠り所に対否定されるべきで、まるで昔の何某かを忘れようとするかのように余りに女々しく弱々しい思いに駆られ、ルーミアに抱きつかれる感触とそこから伝わる体温を抱きしめ、同時に、抱きしめられた。







 同じ人間同士が、何故、このような暗愚極まる殺し合いを、するのだ。鼠の集団も、虫の群れも、あのような下等な生物でさえ、進んで自らの同類を無意味に殺したりはしないというのに。
 私は人間を、虫や鼠や、けだものや、その辺の石ころ、雑草といった存在よりかは、遥かに評価しているし、高等な精神活動を行う生き物だと思っている。我々力ある者からみて、あれほどコストパフォーマンスに優れた高精神知的生命体は、類を見ないのだと常々思わされていた。我々のような妖怪よりも、遥かに、だ。だからこそ、博麗も、人間と言うハードウェアを採用したのだろう。
 だと言うのに、なぜ、あのような殺し合いをする。歩きたい方向が違うだけだと言うのに、何故、それを根絶やしにしようとする。正義と言う言葉が、優秀な精神体を覆い隠し潰してしまっているようだった。知恵と言うものは、本質を見失うほどの目隠しとなるのだろうか。私には理解できなかった。
 目の色、髪の色、肌の色。掲げる聖典の色、思想の色、神様の色。何か一つでも違うものを、殺してでも塗りつぶそうとする。それは、ルーミアの言った「別であることがわかっちゃう」ということに他ならないのだろう。

「愚かな」

 村には、人がいないように見えた。
 何者かが私の領地を侵し、荒らしまわっているのかと思いこうして赴いてみれば、その結果は私の想像を遥かに超えており、つまり、その土地の人間は、こうして人間同士で殺しあっていたのだ。吹けば飛ぶような命を束ね、その束を二つに分けて、お互いにすり潰しあい、しかし束と束の間にある差は、私には、わずか信奉する神様の服の色と、住まう者達の肌の色が違うだけのように見える。そのような些細な違いが、しかし、彼らにはそれほどに大きかったと言うのだろうか。
 かつて私もそのような理解の範疇を超えた迫害に晒され、土地を追われた。それほどに、この身の赤が気に食わなかったのだろうか。私は人間の一人など指先一つで葬ることが出来る。出て行くも出て行かぬも私の意思一つであり、1対数万のようなアンバランスをしてようやく私は都落ちを喫した。だが、人間同士であればこそ、逆にこのような惨たらしいバランスを形成してしまうのかもしれなかった。

「この二つの肉の塊に、何の違いがある」

 私は地面に打ち捨てられた二種類の死体を交互に見ながら、呟いた。

「これが、色の、毒か。色があるから別れ、色があるから染まり、色があるから誤謬は広がり続け、色があるから摩擦がなくなることは無く、色があるから救いが失われると、言うのか。」

 かつての私と、同じように。

 ふと、何者かが、身じろいだ。
 遥か遠くだ、ここから300メートルは離れているだろうか、既に人のいないように見える小屋の中で、何者かがピクリと動いた。死体のように見えていたそれは一瞬だけ動き、しかし私の姿を遠くに認めて、再び死んだように動かなくなる。
 人間では気付かないだろうが、私には手に取るように見える。300メートルなど、目と鼻の先だ。どのような人間、肌の色、顔立ちまで、ここからでも見える。女だった。あれと同じように、翳ればわずかに青を返す、銀髪の持ち主。こちらを見た瞳は赤く、まさしく、あれとそっくりだ。
 私は、その方へ歩いていく。
 今にして気付いたが、その人間がいるほうに向けて、濃度勾配でもあるかのように、死体の数は順を追って増えていっているように見えた。彼女に近づくにつれて、血を流し死んでいる人間の数は徐々に増えていき、やがて声が届くところへと至ると、死体は1メートル間隔に横たわっていた。それらは全て、刃物による殺傷を受けている。
 なるほど、「違う色」の中でよくよく異端を見せたのは、この女か。おそらくどちらからも蔑視を受け、どちらにも与せず、加えて運よく、いや悪く、人を殺す才能に長け、故に生き残ったのだろう。
 そうしてみれば、先の髪の色でもそうだ、肌の色も白すぎるし、赤い目の色をしてもそうだが、この女、この世界には珍しい色合いの人間だった。

「あの距離でなら見つからぬと思ったか、女。」

 返事は無い。

「安心しろ。私の城には、お前のように違いによって迫害を受け、同じように何人もを殺し、しかし今ではそれなりの幸せを手にして過ごしている人間が、いる。仮初の幸せだがな。お前も、来るがいい。私の城では、全てが赤だ。他の誰とも、違いなど無い。全て、私はそれを、塗りつぶしている。お前もそこに転がっている男も、あそこで死んでいる老婆も、一切合財が、同じ色で、同じ存在だ。もはや誰もお前を差別しない。」

 その台詞は、私がルーミアから受けたもの、そのものだった。やはり、私が望むのは、その塗り潰しなのだ。あらゆる色が、あらゆる差別を生んでいる。
 建物の中へ入ると、隅っこで小さくなって、ナイフをこちらに向けて震えている少女がいた。
 まさに、いつか見た光景と、あれと同じだった。

「来い。お前に居場所を与えてやる。殺さずに済む場所を、違わずに済む家をを、与えてやる。」

 女は、私の言うことを聞き取れないかのように怯え、ついには私に向かって突進し、ナイフを突き立てて来た。私は敢えてそれをかわすことなく体に受ける。いつかにそうさせたときには、退魔の力を持った女だったために予想外に痛くて辛かったが、今回はそういったことは無い。ただの、人間の、女だ。突き立てられたナイフを、女は抜き去ってよろよろと後ずさる。今迄そうして人を殺し続けてきたのだろう。だが私は倒れない。この程度では、痛くも痒くもない。

「あ……あ、あ、」

 私から流れ出る血の赤を見て、女は声を上げた。

「ふん、これほど鮮やかな赤の血を見たことがないだろう?私は今迄お前が殺してきた奴らとは違うぞ。人間のように弱くはない。そして、お前を殺しにきたのでもない。まあ領地を侵す不届き者であれば殺すつもりもあったが、お前相手にそんな気も失せた。さあ、来い。私以外は全て平等、もはや差別に苦しむことの無い私の王国へ。」

 歩み寄り、震える女の手を取る。その手は小さく冷たくそして小刻みに震えていて、とても懐かしかった。私も、こうだった。
 こんな小さな弱い存在が、これほどの苦しみと罪を負う理由が、わからない。

 ルーミアの、言う通りなのだ。
 この憎しみの種が何から来たのか、それは、まさしく光と、それによってもたらされる色に、相違なかった。
 珍しい人間のメイドが増えると、少しの期待を抱いてその手を引いて、私は紅魔館へ引き返す。それと同時に、私は、一つの意思をはっきりと持つに至った。
 我が城の中だけではない、もっともっと広い、そう、この世界全てを、一色で塗りつぶしてしまおう。誰も何も、差別を出来ぬよう、一切を塗りつぶしてしまおう。幸い私にはその力が、ある。
 私は、村唯一の生き残りを抱え、その方に向けて、呟いた。

「お前のような奴が多く苦しむ世界、私は、それを変えて見せよう」

 それは、自分が出来なかった「あの頃」を、やり直したい。赤。私はその運命を、変えてみせるという、願望、決意。いや、決定、だった。







「だめ、だめだよ、レミリアちゃん」

 私のアイディアに、しかしルーミアは反発を示した。こいつなら、賛同してくれると思ったのだが。

「何を言う。日光が届かなければ、お前も、私も、大手を振って外を歩けるではないか。安心しろ、お前が見えなくなるほどにはしない。世界を、真っ赤に染めてしまおうと言うだけだ。夜目のきかないお前でも、十分見える程度にしてやる」
「レミリアちゃん、赤が嫌いなんでしょう?何で世界を真っ赤に染めるなんて」
「……わかっているくせに、今更何を言う」

 日光を遮るだなどと、わかりやすい方便に過ぎない。ルーミアは、私が赤を嫌いで、同時に真っ赤であることに矛盾を見いださなかった、他でもない彼女なら。

「そういう、ことなの?」
「そういう、ことだ。」

 私がそう答えると、彼女は悲しそうに目を伏せ、そのまま私の両手を取って強く握ってくる。

「私じゃ、たりない?」
「……足らんな」

 さすがに、ちくりと痛んだ。
 彼女のそうした言葉を、予想しなかったわけではない。
 だが私の中の懊悩と欲求は出口を求めて、私の中の蛋白質とカルシウムで出来た殻を今にも突き破り破裂させようとしている。これを放っておけば、私は内圧に耐えかねて爆ぜ、ガスを噴出して潰れた風船の打ち捨てられ踏みつけられ、雨風に晒されて風化していくあの無様で物悲しい、何もなしえぬ意味の無い存在に成り果てて、かつて私がそうであったように、やはり屍と区別のつかぬ存在に甘んじることになるだろうことは、明白であった。そして私はそれに耐えながら在る自分を想像することが、耐えられそうになかったのだ。

「ルーミア、お前も、抜け出したいだろう。この、光の牢獄から。色と言う実体の無い迫害から。この束縛の鎖を引き千切り、世界から自己を解放したいだろう。違うか?」
「ちがわないよ。でも、だめ、だめだよ、それは。本当にそれをやったら」
「そうか、お前にはその力が無いのだから、仕方が無い。その力が無いから、無意識に悪に置換しているんだ。大丈夫だ、お前を、私は、救いたい。光の差別を回避できるのだ、私もそうすることで救われる。」

 ルーミア、お前には、手伝ってもらいたいんだ。
 そういって彼女の手を取り直す。ルーミアは、目を伏せたままだ。そんなに、私に、自己への依存を望むか。

「大丈夫、世界が全て一色になっても、ルーミア、私はちゃんとお前のことが」
「そうじゃないよ。ハクレイが、ハクレイが来ちゃう」
「霊夢が?」
「ハクレイを怒らせたら、レミリアちゃん、殺されちゃう」

 霊夢が?私を殺しに来る?
 霊夢は、博麗は、この幻想郷の司法であり警察だ。私が何事か騒動を起こせば、確かに彼女がやってくるだろう。

「霊夢が来る?私を殺しに?はっ、くはははははははは!いい、いいさ、いいだろう!霊夢、お前の白は、私が否定しなければならない最後の存在だ。お前の方から私を殺しに来るのなら、好都合。」
「レミリア、ちゃん」

 ルーミアが絶望の目で私を見ている。
 そんな目で私を見るな。私は、楽しみで仕方がないのだ。
 戦意、といえば易い言葉か、だが、私は霊夢とやり合いたかった。それは恋心であり、敵愾心であり、白への反目であり、この世界のあり方への反論と賛同のない交ぜであり、そしてそれを赤く染めようとする私を葬ってみせろと言う逆説的な希望でもあった。

「私は、霊夢を八つ裂きにして血祭りとし、彼女の体を自身の赤で染め上げてやらねばならない。もしくは、この私を霊夢がぶち殺し、私の赤染を否定するのか。楽しみ、楽しみじゃないか。」

 私は、未来が欲しいのだ。自ら切り開いた、新しい運命を。そのために、霊夢は避けて通れぬ壁なのだろう。

「レミリアちゃんは、ハクレイのことが、大好きなんだね」

 ルーミアが、寂しそうに言う。

「わからない。」
「でも、」
「私がわからんと言ったらわからんのだ。あいつが目の前に現れるのを心待ちにしている私もいるし、実際にあいつと何度も体を重ねてもいる。だが私もろとも全てを否定する白に殺意は禁じえないし、奴の性質と私の性質は基本的に背反だ。人並み以上の愛着を抱いているのは間違いないが、それが好きの気持ちかどうかは、私自身判断が付かない。」

 ルーミアは、何も言わずにただ俯いている。まるで今生の別れを告げられたみたいな、そんな悲しそうな表情で私の前に立たないでくれ。霊夢に対する複雑な感情は、勿論否定するつもりは無い。腹をさばき、内臓を掻き分け、中で脈打つ心臓の動きを眺め、紅く染まり白く戻る肺の明滅を見て、それをアイシテルと表現するかもしれないし、そういいながら恍惚の思いで脈動するそれらを引き千切って殺すかもしれない。

「ルーミア、だがルーミア、ルーミアに対する気持ちは、間違いない。信じてくれ。」
「……堂々と二股宣言だぁ」
「そうだな」
「ふふ、レミリアちゃんらしいや。信じてくれ、だなんて、薄っぺらいなー」
「何とでも言え。私は、私の気持ちに道徳や常識を被せて偽る気はない。」

 私はルーミアを抱き寄せて、その唇を奪う。
 ルーミア、お前には、私はもしかするとそんなに高ぶる感情を抱いていないのかもしれない。お前を欲しい欲しい欲しいと思うことはあっても、その中身を引きずり出してしまおうと言う強い欲求は無いのかもしれない。それが、恋ではなくただの依存であって、それも、もたれ掛かる柱に縋っているのでもなく、お前にそうであって欲しいと願うだけの、甘ったれた感情かもしれないのだ。
 それでも、ゆるして欲しい。そう思う、私を。
 いや、それを願うのではない。私は。私は、それを「そうする者」だ。
 高慢でなくて、何が王か。

「霊夢か、ルーミアか、そんな些細なことはどうでもいい。私は、私が望む私の運命を描く。いや、描き直す。記憶にないもはや思い出せない後悔に満ちた過去の、やり直しだ。ルーミア、私の傍で、私を手伝え。明晰なマギ、瀟洒な側近、屈強なガーディアン、そして最強の妹。駒はそろっている。お前には、特等席でそれを見ている権利をやろう。お前の闇が、必要なときが来る。」

 しょーがないなあ。
 ルーミアは半ば呆れたように笑って、私の額を人差し指で突っついた。

「そう言う高慢さが、レミリアちゃんの可愛いところだもんね。」
「いちいち腹が立つ奴だな」

 言って、彼女の頭をくしゃくしゃする。

「いいよ。私、なーんもしないけど?」
「構わん。お前は、私の傍にいてくれれば、いい」

 あまえんぼ。
 ルーミアの言葉がくすぐったかったが、その通りで反論もできない。もう一度キスをして離すと、ルーミアに悲しげな表情は無かった。
 隣に、いてくれるか。口に出して問えば、あたりまえじゃん、と返ってくる。
 ルーミア。お前には、ほとほと救われているな。

「さあ、来い、来い、霊夢!お前を赤く染めようとする私を見事殺して、赤くないお前を肯定して見せろ!でなければ、この世を全て、染めつくしてやるぞ!全世界ナイトメアの、始まりだ!」







「霧が濃くなってきたわね」

 隣で箒に跨がる魔法使いに声をかけると、彼女はそうだな、と返しながら、地上に広がる惨状を見ていた。
 草木は枯れ果てていた。枯れた草は早くも崩れて粒子の粗い砂に変わり始めていおり、倒木はしかし腐敗さえせず、何か得体の知れない作用によって木質がぼろぼろと崩れていた。土は見るからに不健全な質感に変化し、かつては豊かであった土に、あるいは落ち葉の降り積もった層の中に身を潜ませていた小動物や虫達が、地表に出てひっくり返って死に、或いは今にも死にそうに痙攣していた。岩に蒸した苔や木々の間に生えるキノコは、その根本からこそげ落とされ、こちらは乾燥したように小さく萎縮し歪な形に変化してしまっている。大きな動物は幾許かの耐性があって逃げ出すことが間に合ったのか、その死骸は多くはなかった。だが霧という特性のためか鳥は、ことごとく地に落とされ、泡を吹いて死んでいる。中型の動物の一部も巻き込まれて倒れており、口の端から舌の根をはみだし、泡を吹いて、目玉が眼孔から飛び出すように見開かれて死んでいた。その傍にはその死体が生前嘔吐したようなゲル状のものが落ちていたり、或いは糞尿も巻き散らかされていたが、蠅の一匹も周りを飛び交ってはいなかった。
 それら、恐らく霧によって命を失っただろう有機物、それだけではなく岩や砂と言った無機物にも、つまり辺り一面のすべての共通していたのは、その動かなくなった表面が、目も覚めるような真紅、酸素を十分に含んだ真新しい血液のような赤に染め上げられていたことだった。赤い霧の成分に、色素でも含んでいるのだろうかとも思ったが、そういうわけではないらしく、霧の持つ魔法的な作用によってそれがもたらされているようだった。
 いよいよこの高度でも影響を免れない濃度になってきたなと、魔理沙は手製の解呪マスクと呪阻外套へ魔力供給を始めた。私も祓の印を切ってフィジカルエンチャントを施し、周囲へ符を展開して浄化皮膜域を形成する。

「毒でないとも言い切れない、ねえ。これが毒ガスでなくて何なのよ」
――jfows,djskoreo.awnh?v8kdkawobma::hgiooooo3ajs,ja!osfjsddd/oskall*llvbkw0eopnhm,.lsj――
「翻訳機能バグってるわよ」

 どうやら魔理沙の言葉を独自に解読して念波に変換して相手に送り込む擬似テレパスを組み込むことによって、マスクの持つコミュニケーション障害性を回避しようと言う、まあ確かに画期的なものであったが、どうにもその意志の解読か、送信かが巧くいっていないようだった。相手が私なら、当たり前なのだが。

「ふご、ふごっ、んぐほほっ!」

 端っから喋ることを考えていない高気密性のマスクでは、喋ることなどできるはずもなく、翻訳機能をオフにしたことで、彼女は声とも取れぬ謎の音を口元から発していた。

「ああもう、持ってきてよかったわ。これ口の中にでも入れておきなさい」

 意志の読解や念波での送信といったマジカルデジタライズを伴わず、単純に音声をアナログ信号として送受信する魔法の草が入った小袋を魔理沙に向けて放り投げ、その片割れを私は口に放り込んだ。魔理沙はそれを危なげなく受け取ると、箒を真上へ向け、魔力によって強制的に爆発性推進を生じるとともに水蒸気と魔力の残滓による雲を巻き上げてロケットのように高高度へ飛び上がる。
 まったく、高高度上昇だけにわざわざ仰々しい。この高度まで霧が届いているので、更に上に昇り、その上でいったんマスクを外して「ひそひ草」を口に入れようと言うのだ。

『げほっ、ひゅーっ、ひゅーっ』
『あんた、大丈夫なの?』

 自ら巻き上げた雲の上から伝えられてきたのは、いきなりむせて息を荒げるこえだった。
 次の瞬間、ぼふん、と音を立てて雲を突き破り、彼女は私と同じ視線に戻ってくる。

『上、息できない!』
『この高さはもう、生身では継続的な会話ができるような場所ではないわよ。そのマスクに呼吸補助機能が備わってるだけ、あんたにしちゃ上出来じゃないの?』
『ひでえ言いぐさだな、おい。翻訳も巧くいってるはずなんだけどなあ。リダイレクトはちゃんと聞こえてるのに、聞こえなかったか?』
『まあ、帰ってからもう一度試してみなさいな』

 彼女は気づいていない。魔理沙から私へのメッセージ送信には失敗していたが、私からの言葉の音声情報を自分の思考へ送信して補聴するのには成功していたことに。
 単純に、私の脳内では、一般的な人間と暗号化方式において差があり、魔理沙の言葉を脳波に変換したものが、私にとっては全く言葉にはなっていなかったということで、逆に既に音声として出力されたものをマジカルデジタライズしたものは、そのメソッドも魔理沙の基準で設計されているので、正しく聞こえたのだろう。これが私の頭の中を覗いて意志を取り出すというものであれば、私の言葉も届かなかっただろうし、それをするほど魔理沙の魔力も知識も成長はしていない。それができるなら「覚」という妖怪と同じ力を得ることになるし、彼女は、私を得体の知れない存在として認識するようになるだろう。それが、正しい認識ではあるが、そうでなくて、よかったとも、思う。

『聞こえるか?』
『おーらいよ。それにしてもまあ、重装備ね。』

 マスクやマントだけではない。霧による視界の悪化を見越してとのことで、妙なゴーグルも首から下げているし、久々の大規模異変と言うことで調子づいているのか魔薬の類も大量に持ってきているらしかった。何より目を引くのはその箒で、もはや木製ですらなく、あちこちを金属で補助機能を持たせたり、ガラスや宝石で魔術的な回路を施したりと、もはや箒としての体をなしていないように見える。
 その、先端に開いた空洞とそこに見える旋状溝と、妙なボタンの類は、何だ?と問いつめたい気分であり、しかし聞きたくもなかった。

『霊夢は軽装だなあ。相手は吸血鬼だぞ。伝説の、最強の、魔物だぞ?』
『関係ないわ。いえ、だからこそ、いつもの格好、なのかしら』
『修行って奴か?本番と練習は弁えとけよ?』
『承知の上よ』

 目的地は紅魔館と呼ばれる数年前に幻想郷に現れた洋館で、そこには幼い少女の姿をした吸血鬼が住みついており、幻想郷の他のどの地域とも違う色合いを放っていて、その色合いとはこの霧の色すなわち染め上げるような真紅であることが、この霧の怪異の元凶が館の住人、いや、正確に言うのであればその主人たる吸血鬼であることの示唆なのだというのが、私と魔理沙の間で言外の共通認識だった。

『あの館の構造はあんたの方が詳しいわよね?よく遊びに来ているじゃない』
『霊夢だって随分と来ているらしいじゃないか。少なくとも私と同じくらいは。でなきゃ、一言も何も言っていないのに、申し合わせたかのようにあの館は目指さないだろ?』
『そういうことにしとくわ』

 魔理沙の言葉の通り、私は館の吸血鬼と頻繁に、会っていた。魔理沙はその真相には気づいていないだろうが、レミィ、すなわち館の女主、吸血鬼レミリア・スカーレットには、多少の因縁と、相当の相性の良さが、あったのだった。

『あそこの図書館は蔵書がハンパないからな。外の世界の書物がごっそり輸入だぜ?住んでる奴らも変なのばっかりでさ。あんな楽しいところがあるか。これだけの異変だ。あいつらにごめんなさいと言わせて、あの蔵書の幾らかは賠償として私が死ぬまで借りていってやる』
『それが目的かい』

 魔理沙は気にしていた。いや、気を遣っていた。長いつきあいだからわかる。彼女は子の異変解決のムーブメントが、生死に関わる事態だと、気づいている。生死に関わる、というと、嘘があるだろうか。私と魔理沙、もしくはあの館の住人、どちらかが、あるいは両方が、死ななければならないだろうこと。それは私や魔理沙が、すでにあの館の主の思想を知っていることもあるし、そうでなくともこの赤い霧に触れれば、それが持つ未来への死臭を嫌が応にも感じるのだ。言葉にはならないが、それには、何者かが死ななければならないという運命さえ、感じるのだ。
 それを感じ、わかっているからこそ、魔理沙はそれを知らないような素振りでくだらないことを言い続ける。
 いわゆる「無理に明るく振る舞う」という奴だ。彼女の装備を見れば、その運命に毅然と立ち向かう覚悟が、私にも伝わる。

『私には時間がないんだ。人間は、すぐ死んじまうからな。近道になることなら何でもやるぜ。霊夢だって、生きてる間になんか、しておきたいだろ?』
『別に』

 これから生死を問おうというのに、自分が生き延びる前提の話。ふふ、頼もしいわ、そういうとこ。
 それにしても魔理沙が急いで何を達成したいのか、私にはわからないが、おそらくアリスとの何らかの一件についてだろう。また、魔術比べか何かを挑んで、賭賃に珍しい魔道書でも引き出し、同じように賭けてしまったから、退くに退けないのだ。収集家同士は、どうにも大変そうだ。いっそ二人くっついて一緒に集めればいいに。

『そういう霊夢は何であそこに行ってるんだ?』
『野暮用よ』
『野暮用って回数じゃないだろう。さては、吸血鬼に見初められたな?あははは』
『……』
『マジかよ』
『違うわよ』

 その通りだったが、肯定したいとも、思っていなかった。ただ紫に対する当てつけとして、好きだという割に癪に障ることばかり言う紫の気持ちを確かめたくて、そうしているだけだったのに、今は、吸血鬼の少女との関係を断ち切ろうと思っても断ち切れなくなっていた。紫は、館に行くのをやめろとも言ってくれないし、私自身はまさかと思うほどその吸血鬼の少女との関係にのめり込んでいっていて、もしかしたら私は、このままレミィと一緒になるんじゃないかという運命性まで感じていたのだ。
 そして、この異変。
 私では、彼女の救いにはなれなかったのかと、思い上がった落胆をしてしまうが、それも許してほしい。誰に?
 わからなかった。

『吸血鬼はともかく、あ、相手は女だぞ』
『アリスも女でしょう』
『そうだけどよう。えっ?』

 何を言ってるんだ、私は。

『見えてきたわよ。』

 この話は終わりだ、と、告げる代わりに、魔理沙の視線を紅魔館「があるだろう方」へと促すと、予想通り、紅の霧は湖の中央、すなわち紅魔館を中心に勾配しているようで、館の周辺は視界がほとんどゼロの状態だった。逆に言えばそれは、あの霧がもっとも濃くて何も見えないところに、館があるということの証でもある。

『話は終わりよ。あの真ん中に館がある』
『霊夢』

 魔理沙が視線をこちらによこさないまま、半トーン落とした言葉を投げてきた。

『お前、ちゃんと"異変解決"できるんだろうな』
『当たり前じゃない。私は、博麗の巫女よ。私情は、挟まないわ』
『なあ、霊夢。これは、私情で言うんだがな、お前は少し、物事に私情を挟んだ方がいい。吸血鬼との関係を聞くに、今回、お前には、重いんじゃないのか』
『平気よ。あんたと違って、いつも重いもの背負ってるんだから』
『……だったら、何も言わないぜ』

 そうだけ言って、彼女は対霧ゴーグルを付ける。

『魔理沙』
『あン?』

 やっぱり、私も彼女の方を見ずに、言う。

『ありがと』

 彼女の心配は、もっともだった。そして、暖かいと、感じた。







 魔術師を呼び出した。
 小悪魔から、霊夢がここへ向かっていると言う報告を受け、私は迎撃準備の締めに取り掛かろうとしていた。
 玉座の前に広がる空間、大理石が敷き詰められた床には、魔術師、パチュリー・ノーレッジが描いた魔法円が展開されている。燭台が並び、妖しいかおりのする香が焚かれていた。

「本当は、無垢な人間の子供がいいのですが」
「そのメイドも、一応は人間だ。無垢ではないのが、儀式に支障があるようなら、すぐにでも用意しよう」
「いいえ結構。封印するときと違って、さほどの力は必要ないはずですから。万全を期せば、と言うだけです。私の計算と設計では、この程度の穢れなら、問題なく」

 魔術師は、七芒星と複数の同心円、三角形と円が複雑に絡み合う図形に区切られる魔法円の中心に据えられた祭壇に、メイドの一人を横たえた。
 このメイドは、魔術によるトランス状態に置いた上で芥子の麻酔で体の感覚だけを取り去ってあるのだと言う。意識はしっかりしているが、全ての感覚は遮断され、生命エネルギーを抽出するその直前まで精神エネルギーの磨耗を抑え、結果として純度の高いアストラル光を得られるのだとか。
 高等魔術のことは私には何のことやらさっぱりわからぬが、目的が成しえるのであれば何であっても構わない。

「お姉さま?うわ、パチェ、何してるの?」
「来たかフランドール。少し手伝って欲しいことがあってな」

 私が魔術師の準備を眺めていると、妹が地下室から出てきた。お前ほどの力があれば、別に日光など気にするものではないと言うに、どうにも部屋から出てこない。
 気が触れていると言うのもどうにも度が過ぎた風評で、時たま理解に苦しむ勘違いをする程度で日常生活には全く支障が無いのだが……本人が地下から出てこないとなれば、その誤解を解くのも易いことではなかった。

「なに?なに?お姉さまのお役に立てるの!?」
「ああ、お前でなければ、出来ない。フラン、お前の力が、必要だ。」

 私がそう言うと、妹はぱあっ、っと明るい表情で笑い、私の腕に絡み付いてきた。

「うんっ!がんばる!何をすればいいの?」
「詳細は、パチュリーに聞け。この館を壊しに来る、悪い巫女と魔女がいる。そいつを」

 私は妹の頭を撫でながら、穏やかに、言う。

「そいつらを、壊して欲しい。出来るか?」

 私の問いに、妹は、はしゃぐように飛び跳ねて答えた。

「なあんだ、そんな簡単なこと!壊すのは、得意だもん!この館を壊される前に、そいつらを壊しちゃえばいいんだよね?まかせて、お姉さま!ご褒美はアプリコット・ジャムがいいな!」

 どこにいるの?いつくるの?"イケドリ"じゃなくてもいいんだよね??とまくし立てるように質問の嵐を投げてくる妹。

「待て待て。今そいつらの似顔絵を……」
「お姉さま絵へたくそなんだから、いらないー」
「むぐ」

 お前だってさほど変わらんくせに……。
 可愛い妹を宥めながら、私は、奴らの説明をする。

「赤と白の服を着た、東洋のシャーマンと、モノトーンの装いの魔女だ。会ったことがあるだろう。」
「ないよ、そんなの。しらない。でも、それだけわかれば、じゅーぶん。そいつら、つよいの?」
「だから、お前を呼んだんだ、フラン」

 そういうと、さっきから楽しそうにはしゃいでいる妹は、よりいっそうはしゃぎ始めてうるさいほどだ。こいつの無邪気な子供っぽさは、我が妹ながら、どうにも可愛らしくて、見ていてほんわかしてしまう。これから起こる騒乱も、忘れてしまいそうだ。
 いや、妹がいれば、それは一瞬で片がつくかも、知れなかった。

「パチュリー、レプリカを解錠しろ」
「再度申しますが、制御不能に陥った場合、事態を収拾するのは容易ではありませんよ?」
「妹次第だな。だが、敵の前に放り出せば、それで十分だ。S.L.Cに陥ったときは、そのとき考える。お前頼りだがな」
「そんなところだろうと思いました。まあ、フランドール様自身の件で、賢者の石のレプリケーションはほぼ完成しましたし、それで拘束に足る出力とプロセス記述領域が確保できるわけですから、ああして儀式に協力さえしてくだされば、さほど難しいことではありません。おとなしくさせることが、できれば、ですが。」
「それは問題ない。解決策は用意してあるし、そもそも妹がS.L.Cに陥らなければ、よいのだろう?」
「それは、そうですが。」
「妹もあれで成長している。存外に、杞憂になるかもしれんぞ」
「そうであることを、願います」

 小手調べなど、下らぬことは無しだ。私と妹で、ケリを付ける。私は、弱い奴から徐々に出していって相手に経験値をやるような、優しいラスボスではないのだ。
 パチュリーが妹を呼び、短剣を手渡した。

「魔法円の中にお入りください。私がなにやらごちゃごちゃと呪文を唱えますので、まあそれは気にせず、私が合図をしたら、この短剣で、この娘の胸を一突きにして下さい。」
「それでそれで?」
「それだけです」
「えっ」

 拍子抜けしたのは、妹だけではない。私ももう少しややこしい儀式をするのだろうと思っていたのだが、それでは無理にでも「ここで儀式をしろ、玉座だけは残せ」と儀式を見たいがために駄々を捏ねた意味が無い。

「プロセスの実行は全てこちらで執り行います。ただ、魔術の回路と、アストラル光が外へ漏れ出さないための空間分離設備を兼ねた魔法円の中には、余計な魔術は入り込んではいけませんし、私が中に入るわけにもいきません。フランドール様と、生贄、その両方だけが魔法円の中にあって、魔術プロセスのキックと同時に、アストラル光を生贄から取り出す必要があるのです。フランドール様には、その部分だけ、お手伝い願います。」
「なんかよくわかんないけど、合図くれたら、これでぶすっ、ってやればいいんだよね?」
「その通りでございます。」

 魔術師は、メイドと祭壇と妹がいる大きな魔法円から、細く小径を引かれて分かれた、小さな魔法円の中に立つ。

「よろしゅうございますか」
「うん」

 妹がOKの合図を出すと、パチュリーは自身の立つ魔法円の中で分厚い魔道書を開き、四方に聖水を振る。

「では。これより、賢者の石破砕の儀、ならびに、消沈呪縛解除の儀式、"山猫の供儀"を執り行う。誠誉むべきフランドール・スカーレット、風の短剣を前へ」

 儀式の開始、パチュリーの言葉を受け、普段は子供のように跳ね回る妹が、厳粛なオーラをまとって、手渡された短剣を前に掲げた。
 晒されれば即座に自分をスイッチし、必要な存在となる。妹にはそれだけの裁量があり、しかしそれは彼女の性格や思慮だけによってのものではないように思えた。魔術的なトランス状態に陥りやすい、ある意味での霊媒体質のようなものを、妹は持ち合わせていた。それが、気が触れていると言わしめる要因の一つでもある。シャーマン的な体質を、吸血鬼の身でありながら、兼ねている。そのでたらめな能力、畸形を示す歪な翼をして、しかしその性質は彼女をぎりぎり押さえつけるための格好の手段だったのだ。
 パチュリーが指を鳴らすと、燭台の灯火の全てと蝋燭の幾本かが消え、薄暗い空間が出来上がる。妹と、パチュリーだけが、その薄ぼんやりとした蝋燭の橙の光に照らされて揺れていた。
 パチュリーが、聖水を振り、松の枝を束ねて出来た松明を燃し、妖しいかおりの香を追加で焚き、聞き取れない言葉で何かを唱えている。パチュリーはアソシエイターとして火の棒、水の杯、地の盤を並べ、風の短剣は妹が持っている。

―― 永遠なる主、サバオトの神。
―― 栄光満ち満てるアドナイの神の御名の下に。
―― 更に口にできぬ名、IHVHの神の御名の下に。
―― オ・テオス、イクトオス、アタナトスの下に。
―― 秘密の名AGLAの名の下に、アーメン。


 パチュリーが呪文を唱えながら儀式を進める中、小悪魔がそれを補佐する。そういえば、この手の魔術はパチュリーの本領ではなかった気がする。妹へのシジリングに関しても、今回のその解除に関しても、小悪魔が異界から導き入れたものに違いなく、パチュリーはつまりそれを首尾良く飲み込み既に自分のものとしているようであって、よくよく優秀な魔術師だと納得せざるを得なかった。

―― 生贄の雌羊、汝、悪霊に抗う力の支柱たれ。
―― 生贄の雌羊、堕落せる神々を打ち負かす力を我に与え給え。
―― 生贄の雌羊、反逆せる悪霊達を抑える力を我に与え給え。
―― 嗚呼、救霊の生贄、天ツ御国の門を開き給う者よ。
―― 汝等の門を開けしめよ。汝等の王子達よ。永遠の門を開けしめよ。
―― 栄光の王の入門である。永遠の王とは全能の王。主は栄光の王者なり。
―― 父と子と精霊に栄光あれ。

 十字を切り、炎の棒を掲げて、儀式のクライマックスに至ったことをパチュリーの動作は示していて、妹にもいつものふざけた表情の片鱗もなく、トランス状態にある恍惚とした様子で、刃を下に向けメイドの胸の上に短剣を掲げたポーズのまま、上半身を小さく左右にふらふらと揺らしていた。

―― ZARZARTHZARZARTH NARSATANERDA ZARZARTH.
―― ZARZARTHZARZARTH NARSATANERDA ZARZARTH.
―― ZARZARTHZARZARTH NARSATANERDA ZARZARTH.

 合図、と言うものがあった様には見えなかったが、確かにそれが儀式の締めだったようで、パチュリーの動きが何かに取り憑かれたように激しくっなた。妹の方は更に輪をかけたもので、左右の横揺れだけではなく肩をいがらせたり跳ねたり、頭を前後に振ったりと、常軌を逸する動作に変わっていた。そして、パチュリーが松明を前に差し出すのと同時、まるで申し合わせたかのようなタイミングで、妹の短剣が下に向けて、すとん、と刺し入れられた。身動きがとれず感覚を失っているだけでまだ生きているメイドが、まるで蝋人形か何かのように刃物に対して無機質な様子で、その刃を胸に受ける。ずぶずぶと刀身が胸に深く沈み一番奥まで刺さったところでその刀身と皮膚の隙間から湧出すように血液が溢れ、それはどくどくと噴き出ては、祭壇を流れて床に血溜まりが出来る、と思ってみていたが、それはそうはならず、胸の上に湧き出した血は流れることなくそのまま赤い煙に化けて妹の頭上に立ち登っていた。生命エネルギーと精神エネルギーが化合して、アストラル光の導線を作っているのだ。
 それは妹の頭上あたりで溜り、そして霧散した。

―― AIETH GADOL LEOLAM ADONAI!

 パチュリーが、普段の大人しい様子からは全く想像できないほどの大声で最後の呪文を唱えると、びしり、乾いた破砕音が響きわたった。
 音は妹の跳ねにぶら下がる、石から響いたもの。妹の羽の石が左右外側から順にひび割れていく音だった。
 妹の羽、鮮やかな色の宝石をぶら下げたようなそれは、実際には羽ではない。パチュリーがかつて妹に施した、拘束魔術だ。吸血鬼の中でも畸形児として生を受け、それが能力の強化方向にはたらいてしまった妹について言えば、並みの封印ではそれを押さえ込めるものではなく、でなければ、存在そのものを魔術的密室へ幽閉するか、もしくは自我を持つ前に殺してしまうしかなかったのだが、パチュリーはそれを実に上手く封印した。自身が作り出した賢者の石の試作品、これを以って封印の媒体とすれば、「賢者の石が完全に成功していれば」恐らくは妹を、その暴発を常とする能力の平準化を以って落ち着かせることが出来るだろうと進言してきたのだ。
 実に魔術師らしい、取引だった。私は妹の生存を望み、パチュリーは賢者の石のレプリカ練成の成否を確かめたかった。私にはそれに否を出すほどの知恵はなく、結果として今迄、大きな障害を見せることなく、妹は力を運用し、私は妹とともに日々を過ごすことができていた。
 そして、今、それを再び解放しようと言うのだ。レイム、妹の力を、お前は受け止められるか。これもまた、光によって差別を強要され、生まれそのものを曲げられた、世界の歪みが生体濃縮された存在だ。本人にはまだ自覚は無いが、私同様、いやそれ以上に、光と色を憎むだろう。私は妹の保護者だが、妹は私の代弁者、そして最強の剣だ。お前に、これを、受け止められるか、霊夢。
 芯だけになっていた羽にぶら下がる賢者の石のレプリカには、無数に細かいひびが入り、徐々にそのひびの隙間がすを開け始める。ぐらぐらと不安定に揺れながら、更にひび割れはすすみ、そこに至ってはぼろ、ぼろ、と小さく石の破片が崩れて落ち始めた。そうして割れ落ちて欠けて新しく覗いた面からは、真っ赤な血液が、滴っている。石の不安定が増し、大きく崩れて姿を失った場所からは噴き出すほどの勢いで、それは継続的と言うよりは、一定の拍動を持った断続で、溢れ出してきていた。更に崩壊が進み、八面体を基礎とした整った立体だった石の殆どが歪な塊、もしくは破片にまでなる頃には、石の砕けた面から滴る血液に粘性が生じ、まるでクラゲの触手のように、揺れ、あるいは頭をもたげ始めた。中にはその触手が、明らかに五本の指を持った手の形を、はっきりと表すものも現れている。

「見事御して見せろ、フランドール。お前の力が、全世界ナイトメアを執行するには必要なのだ。」
「あ、あ、ア、ぁあ」

 妹は、背中をそらせて吃音し、身を震わせている。今、あいつの中では、幼少の頃にパチュリーに封印された力の獣が、賢者の石が砕けたことで見えた封印の綻びを契機と見て、解放を求めて暴れているのだ。

「あ、が、ああ゙ああ、ああ゙!!!」

 妹は、背中の歪な翼の付け根から伝わる激痛に、その場にしゃがみ込んで自らの肩を抱いて震えている。嗚咽をまき散らしたまま閉じられることのない口からは飲み下す余裕のない唾液がだらだらとこぼれ、それと同じくかっと見開かれて双眸は血走っている。だが、彼女はまだ、それでも自我を失っていなかった。

「お゙、ねぇ゙さま……お゙ねえ、さま゙ぁ……いたい、いたいよぉ、せなかも、あたマのなかも、ぐちゃぐちゃに゙なるぅ゙、あ、あぁ゙ああ゙あ!」
「耐えろ、フランドール。その痛みを消し去りたければ、侵入者を、壊せ。すぐに治してやる。」

 賢者の石のレプリカを砕かれた妹の羽は、残った芯ももろもろと砂のように崩れてその姿を失っている。蛇のように意志を持って動き出そうとしていた血液の筋は一旦姿を潜め、妹の背中に貼り付いて収まってはいるが、不気味な拍動を続けたままであった。

「ニンゲン、侵入者のニンゲンん゙んん゙んっ!どこ、どこにいるの」
「もうすぐここにやってくる。フランドール。私のために、その力を、御して見せろ」

 床でのたうつ妹に向けて、厳しい言葉を投げる。妹は、床にうずくまったまま、徐々に、徐々に、その痛みを、暴れ狂う力の大きさを、抑え込んでいた。

「おねえ、さまの、おやぐに゙、たつのぉ……このちから、を、私のモノにして、おねえさまに、ほめてもらうのぉぉおっ!!」

 うずくまり丸まる背中から、こぼれ床に溜まるほどの出血。その血は一定時間体外で空気に触れるとしゅうしゅうと赤い霧に霧散してきえていった。背中が描く弧には、時折不気味に不自然に脈打つ凹凸が姿を現し、血に染まった衣服を盛り上げたり凹ませたりしている。
 嗚咽に開かれる口の中に、しかし吸血の牙はない。妹は、強大な力をもって生まれる代わりに、羽、そして牙という、吸血鬼としてのシンボルを欠いていた。巧く空を飛ぶことも出来ず、吸血する牙も持たない妹は、成長することなく死に絶える畸形児。だがそれを私は、パチュリーという優秀な魔術師をして力を封印し、彼女でも口に出来る形に加工された人間を与え続けることで生きながらえさせた。30年に一度の、ほんの小さな血肉を、さらに半分ずつにして、分かち合ったのだ。
 しかしてその理由は、こういう日のために他なら無かった。
 人間を退ける、私を否定する存在を対否定する、そのための駒として、フランドールの持つ力を、逃す手はなかった。
 私は彼女を愛した。目的が何であったのであれ、慈しんで育て、姉として必要な教育も施した。その愛に嘘などない。彼女もまた私を愛してくれているし、つまりこういう局面で利用できる程度には、私の算段は巧く行っていた。しかも彼女自身、力を制御しようとしているというおまけ付きだ。
 霊夢を、ハクレイを退けたあと、我々の王国を築くことさえ夢ではないかもしれない。私は、妹の存在に、この館の軍事において全幅の信頼を持っていた。

「敵、は、てきは、どこ……」
「パチュリー、転送は」
「D.o.o.r.Sの準備は済んでおります。報告によれば侵入者は想定通りの経路を通っている様子。おそらく目の前に転送できるかと。」
「重畳だ。」

 私は頷いて、妹をみる。自我はしっかりしているし、痛みを抑え込んで叫びも時折のものに落ち着いてきている。私の視線を感じた妹は、四つん這いで、出血を止められぬ脈打つ背中を抱えたまま私を見上げてきた。

「はや、く……こわス、おね、さまの邪魔するニンゲン、こわ、すぅっ……痛いの、なおし、て」

 妹の様子を見て、パチュリーが怪訝な顔をしていた。

「本当に使えるんですか?戦力としては、いっそS.L.C状態の方がマシな気がします。力を抑え込んでいるわりに、戦略も戦術も、伝えられません。相手のデータを渡すこともできなければ、暴走していないと言うだけで、戦力として不十分になる可能性が」
「いい。敵の前に放り出せ、それで、十分だ。」

 フランドールの力の源は、そんな甘ったるいものじゃない。そうパチュリーに言い捨て、転送準備を行わせる。

「……実の妹に向かって、そんな扱い。血も涙もないのね、流石だわ」

 その言葉は、近衛魔術師としての発言ではなく、友人としての発言だった。彼女の表情は、命令を淡々とこなすそのときよりも、遙かに邪悪に笑っていたのだ。彼女もまた、人間への復讐を至上として私の側にいる、魔の者に違いなかった。彼女が私に取引を持ちかけ、そうして妹の枷を作り上げたのは、彼女もまた私のと同じ見方をしていた故に他ならないのだから。

「勘違いするな。これも含めて、私は妹を愛しているし、フランドールもそれをして私への忠誠と姉妹愛を感じている。妹とは、どこまでも互いの独善にすぎん。」
「ま、確かにそうですが。それでも蜥蜴のような狡猾さは、顔に出ていますよ。」
「ふん、知識に溺れ、人の道を外れて堕落した魔術師に、言われたくはないな。最近悪魔魔術に傾倒しているのは、汚れた魂から精霊が逃げ始めているからだろう?」
「概ねあっています。でも実際は、"精霊を逃げられなくする手段のため"。やっぱり一番得意なのは、精霊魔術だもの。」

 恐ろしい魔術師だ。魔術の常識さえ、覆そうというのか。悪魔魔術をジャンクションして精霊をバインド、その支配下の精霊を使役して精霊魔術を行使するなど、聞いたことがない。

「で、よろしいですか。転送致しますが」
「フランドール、準備はいいな?転送先に、まもなく奴らが来る。私とお前で、迎え撃つ。」
「う……ん、だいじょ、ぶ」
「一緒に?ふふ、なんだかんだで心配なのね」

 ふん。
 心配なんじゃない、妹の機能性をこの目で確認したいだけだ。

「とばせ」

 パチュリーから余計な突っ込みをもらう前に、転送を指示する。
 彼女が表情一つ変えずに指を鳴らすと、水の幕を張ったように、周囲の光景が曇って歪む。これが晴れる頃には、目の前に霊夢と、そのパートナーが現れるだろう。

「決戦だ、霊夢。いや、博麗。私とお前の、いや、私と世界の、どちらがあるべきか、今宵、決めよう」







「魔理沙」
「ああ、わかってる」

 私が魔理沙に声をかけて止めたとき、彼女ももう低速移動モードだった。

 ――来る。

 予想に反して門番もおらず、迎撃システムも機能しておらず、メイド妖精の妨害さえなく、大理石の廊下を一直線ノンストップで進んできた私達だったが、ここに来て突然現れた巨大な気配に戦慄した。
 魔理沙はブーツを踏みしめ、対紅霧装備を厳重化しながら、跨がってきた鉄の箒の柄に据え付けられたスロット状の隙間に、八卦炉をはめ込む。そしてその側から並ぶスイッチ類を慣れた様子で切り替え始めた。並んだムラサキキセノン・ランプはぼんやりと、やがて煌々と点り、もしくは点滅を始めた。柄から歪にはみ出て並ぶニクシー管の中には水棲妖精から剥ぎ取った髪の毛で描いたフィラメント。その群には、何かの数値、あるいはルーンが青々と光り、それは表示を変えながら、忙しなく青い光をちらつかせている。時折吹き出る煙は排熱処理の水蒸気と、好気マナ化合による排煙。そして周囲にはマナが強制的に振動させられる時に発せられる金切り音「キーニング」の高周波が響き続けていて、それが、その無機質で機械的な外見とは裏腹に、魔術回路を搭載した紛うことなきマジックツールであることを示していた。
 ニクシー管を主に使用しているためか、光をともすのは全て青。結果として赤いランプを設置しなかったのは、彼女なりに感じるところがあったからだろうか。勘の良さだけは、目を見張るものがある。

「実験できる相手だと思ってるの?」
「全く普段着なお前に言われたくないぜ」

 ゴーグルの脇にある、何事かボタンを押して、視界を遮る紅い霧の中、迫り来る巨大な気配に向けて向き直る。
 私も新品の御幣をおろし、護符ホルスターのセーフティを解除して、BUFF護符をフル展開した。
 御幣に呪を投じてその長さを四尺二寸一分に伸長し構えると、魔理沙が驚いたように声を上げた。

「伸びるのか。びっくりした」
「あんたの箒の変わりようの方がよっぽど驚きよ」
「霊夢って符術一辺倒だと思ってたけど、棒術なんか使えるのか」
「杖術よ。人に対しては斬らずに済むし、破魔の力を纏えば魔物に対しては刃物よりよく斬れる。都合がいいのよ。」

 突いては槍、払えば薙刀、打てば刀、地に衝いては盾となり、頭も尻も、刃も峰も関わらず、変幻自在の手足たる得物が、杖。博麗家伝の夢想杖術は、古くから人妖ともに満足に使える武術として門外不出一子相伝だが、私はこれがあまり得意ではなかった。
 符術の方が得意で、どうしても自己補助符でその穴を埋めていた。

――異法夢想天生・纏

 私の周りを同心で公転する五枚の護符が五体それぞれに貼り付く。一瞬だけ各を結ぶ線が五芒星を描いて消え、符自体もまた淡い光を放ちながら、水面に紙が溶けて消えるみたいに薄まって姿をなくした。一枚一枚が、作成に三月を費やし、それも低確率でしか成功しない、特級護符だ。

「あんたがエンチャントに時間を費やすように、私はプリザーブドに時間を費やす。もう一ついうと、あの魔術師は、インスタレーションに時間を費やしてることでしょう。吸血鬼だけが、厄介ではないわよ。」
「インスタレーションなんて、性じゃない。こうして攻められるときにしか使い物にならないからな。まあ、その厄介さは、重々承知だが。」

 現れた巨大な気配に加えて、今私たちのいるこの館全体に、私たちを丸呑みにして効果対象とする大型の魔術空間が仕掛けられていた。あまりにも広大なこの空間は、明らかに「まともにこの館の中」とは思えない。加えて、ただいるだけで魔力が減衰し、気を抜けばそれ自体が傷になりかねない赤い霧は、もうもうと館の中にまで立ちこめている。なにをトリガに起動するのかはわからないが、インスタレーションの形跡も至る所に見える。潰してみようとも思ったが、おそらく魔理沙の魔砲を弾く程度には作り込んであるだろう。
 用意周到、勝負は一瞬。
 魔術師同士の対決とは、準備の作り込み、読み合い、純粋な力の大きさによるところが大きい。その場で対応して組み上げられる魔術には限度があり、臨機応変など、用意してきたものの補佐をするに留まるのだ。
 私はプリザーブドとして符を、魔理沙はエンチャントとしてマジックアイテムを。そしてこれは恐らくあの図書館の魔術師のインスタレーションを施されたフィールド。メイドの時空伸縮と、レミィの赤い霧も混成されて、正直、私達は敵地に乗り込む不利をもろに食らっていた。
 ここは、吸血鬼レミリア・スカーレットの、居城。レミィの家、では、ない。

「霊夢」
「なに?」
「さっきの言葉、アテにしてるからな」
「さっきの言葉?」
「重くないって、さ」

 魔理沙が私の立つ後ろの方へ回り、背中合わせの位置取りを成す。そういえば、彼女と異変解決、実際に同じ現場へ来たのは、初めてだった。

「重くないなんて、言ってないわ」
「おいおい頼むぜ、信用ならん相手に背中を任せるくらいなら、いつも通り一人の方が安全だ」
「重いに決まっているじゃない。それでも、甘ったれたことは言ってらんないのよ、博麗っていうのは」

 私が言うと、そうかい、と呟きながら、結局完全に背中を預けてきた。

「だったら少しくらい、私にも背負わせろよ。お前の背中を追いかけて生きてきて、やっと同じ戦場に立てたんだ。そんなのをハンディキャップとか言われた日には、たまったもんじゃないからな。」
「言わないわよ。そういう科白、ちゃんと役に立ってから言いなさいよね?」
「ったりめーだ。お前こそヘタレてたら、私が全部食っちまうぜ。」

 不気味に空間を伸張された館の廊下の上、気が付けば私達の足下は巨大な魔法円だった。魔光で引かれた擬似レイラインは、通常のインクや血液でドローイングするよりも遙かに高いキャパシティを持つ魔法円となる。インスタレーションが、起動して見せた表情。
 それは、結界。それも、一等強固なものだ。

「これは、あのソーサラーか」
「私の真似かしら。小賢しいわね。」

 小賢しい、と評しはしたものの、その魔術回路を見て私は戦慄する。至る所に精霊の残骸が落ちていて、回路にはその純度の限りなく高いアストラル光が通っているのだ。精霊を贄に捧げた魔術など、聞いたことがない。どういう神経と、キャパシティだ。
 しかし、どうにも腑に落ちないのは、その広大さで、閉じこめ封印するならば、それは必要最小限の大きさのみを持つべきなのに、この魔術結界は、あまりにも巨大で端が見えず天井さえも遙か天に向けて高い。いったい何の結界だろうか。私達の侵入経路を受け止めるための巨大さだとしても、それでも今一歩納得には足らない。

「近いぜ」
「わかってる」

 この魔術的空間を、その巨大な気配が、迫っていた。余りに巨大な空間に理由を付けるのなら、ただ一つ、その可能性を除かれない一つの見解があり、私も、そして魔理沙も、恐らくその最後の可能性を確信し、同時に迫る気配の大きさがそれを求めているだろうことを想起して、陰陽玉と符、或いは八卦炉の填められた箒を握る手に力がこもってしまっていた。
 これほどに強固な決壊が必要な、力が、ふたつ。
 迫る気配は、ふたつだ。ひとつは、よく知った、彼女の色を残していた。
 どこからくる?
 紫相手に修行させられた、感覚を研ぎ澄ませる。魔理沙はというと、箒を握り構えたまま、何か得体の知れないゴーグルと表示板を覗き込んでいた。
 霧が強い。視界に頼ると、不利だ。目を閉じて、感覚だけで気配を追う。魔理沙のマジックアイテムも或いは、そういった視覚の補佐アイテムらしい。魔術師らしい、用意周到さだ。
 来る、近い、と思っても、膨らみ続ける気配はその膨張を止めない。気配の大きさと強さをリンクさせた距離感は、ほぼ役に立たない。余りに、巨大だった。紫に稽古を付けられたときでさえ、こんな巨大なオーラを感じたことはない。
 これが、吸血鬼。
 魔理沙も表示板の放り出して、ゴーグルと自身の感覚での察知に切り替えたらしい。
 まだ、まだ膨らむのか?冷や汗が、背中を流れる。巨大すぎる結界の意味の片鱗を、私達は垣間見た。
 ――と。

「っ」
「消え、た?」

 だが、迫り来る真っ赤なオーラが忽然と姿を消した。結界はまだ維持されているが、生温い空気と不気味な静寂だけが残される。
 いや、これは。

「上だ、霊夢!!」

 レミィ……、レミリア・スカーレット!
 魔理沙が叫ぶ声を反射のトリガに、私は思い切り飛び退く。刹那。反らせた顔の紙一重を真っ赤な爪が縦に通過した。それ自体は回避した、が。

(まずいっ!)

 警戒をしていたのになお不意を突かれ、回避が粗末になってしまった。私は咄嗟に地爆陣の符を地面に垂直かつ爪の伸びた方向に対して軸をずらして起動し、その反動で大きく追加の回避行動を取る。元々ロケット推進用でも何でもなく爆殺用の符。そんな大味かつ大袈裟な仕掛け使った加速によってかかるGの大きさは半端なものではなく、パンプアップされた身体でさえ節々が軋んで悲鳴を上げた。

「っぐ」

 体中の血液が、後から追いついてくる感じ。意識をもぎ取られないように自我をしっかり持つが、視界が一瞬急速に窄まる。
 そこまでして間一髪回避した上からの爪撃には、その延長上に大規模な真空判定を生じており、直接触れていない地面に、長く深々と裂痕が刻まれ、それを追いかけるようにようやく轟音が巻き起こる。
 見れば、追加加速する前に私がいたあたりは、すでに跡形もない。
 レミィは、私を、間違いなく殺す気らしかった。

「霊夢!」

 魔理沙が叫ぶが、私はそれを制止する。気配は二つだ。私に注意を向けるなど、持って行って下さいと言ったようなもの。魔理沙もそれを承知らしく、私が生きていると見れば直ぐにサーチモードへ戻った。

「安心したぜ」
「初撃でやられてたまるもんですか」
「ちげーよ。あいつも、おまえも、本気で殺り合うつもりだってことだ。温い弾幕ごっこなら、本気で準備してきた私がバカみたいだからな。」
「生き残ってからなら、様になるでしょうね、その科白」

 まだ、一方の姿は知れない。残りの存在が魔理沙を狙うとは限らない。私は探知用の札を4枚、自身の回りに展開し、シーリングフィアの一撃を加えた影――レミリア・スカーレット――に注意を払いながら周囲を探知する。彼女の着地硬直は一瞬の隙を作ったが、すぐにその大きな翼を広げて水平に薙ぐことでそれをカバーする。魔理沙と私の両方をレンジに含めた飛水断ちを、魔理沙はキャンセルを仕込んだスウィーブで、私は封魔亜空穴で回避する。
 亜空穴から抜けた瞬間、羽を納めるモーションのレミィに向けて退魔針を放つ。

「はっ。細いな」

 彼女はその針の群を真っ赤な瞳で見据えて瞼を大きく開き、オーラでそれを弾き飛ばした。

「なっ」

 視線と、無加工の妖気だけでですって?妖怪相手に十分なストッピングパワーを持っている筈の退魔針を?……ばかげている。
 私は着地硬直を取られぬよう飛翔で後ろに下がり、キャンセル霊撃を仕込んだ下降ブーストで着地した。吸血鬼も羽を納めて爪の装填を行っている。
 そしてその向こう、遙か遠く向こうに、何者か小さな人影が、現れているのが、見えた。姿は小さい。距離を考えても、レミリア・スカーレットよりも小柄に思えるそれは、しかし先ほど消えた二対の巨大な気配の片割れであった。奇襲を、仕掛けてこない、だと?意図は知れない。だが、抜かるわけにも行かない。

「魔理沙、牽制!」
「いいや、狙うぜ」

 その登場に対して十分な反応速度を以て、魔理沙は既にエイムを完了していた。幾重にも重なった刻印部材(エングレイブド)の輪。一番手前のリングは重力レンズを形成し、シームレスな倍率変更を可能とする。また、一番先のリングと連動し、含まれる画像情報と眼球の運動から対象との距離を割り出すと同時に、曲射弾使用時の弾道を含んだ複数のゼロインを算出する。六重に重なった内側のリングは、算出されたゼロインからもっとも高い出力での命中が望める射撃モードを決定し、得られるレティクルとともにをリングの中空にホログラフィによって描き出していた。
 魔理沙は、箒の枝の先端を、それら全てが導き出している理想的な弾道にあわせて、構えている。
 ややあってから、魔理沙が箒の脇にあるトリガを引いた。

――カヒュッ

 発射された様子ではあったが、いつもの魔理沙の仕掛けとは思えぬほど乾いた小さな音。光を発する弾道も、派手な演出もないそれは、しかし次の瞬間、周囲にソニックブームと轟音を吐き出し、魔理沙の周囲には強制励起されたマナの光がちりちりと鈍く輝いていた。HIT確認はせず、魔理沙は直ぐに次弾を装填にかかる。なるほど、遠距離は、このライフルの独壇場か。
 からんからん、と空薬莢が弾き出されて、排煙。弾道をなぞるように穿たれた地裂が、その強大な攻撃力を物語っていた。
 放たれた弾丸は遙か彼方に現れた巨大な気配の発生源に向けて迫り、そしてつんざく爆発音が響いたと思うと、強烈な衝撃波だけが帰ってきた。

「気を抜くなよ霊夢、来てんぜ!」
「わかってるわよ!」

 相方へのダメージなど気にしないかのように全くそちらの様子も窺わず、レミリアは低い姿勢で私との距離を一気に詰めてくる。翼を持つ者だというのに、その動きは低く、まるで地面を滑るような巡航軌道、しかしまるで動画を早回しでみているように、でたらめに速かった。赤い朿を模した高速散弾を吐き出すと同時に、一旦後方に展開され静止して私の姿をロックしてからホーミングする魔弾を展開しながら、何より彼女自身が弾丸と化けて私に迫ってくる。
 警醒陣を、その間に3枚、4枚と展開して航路を阻害しようとするが、吸血鬼は全く減速しようともせずにつっこんできて、一枚を爪で、もう一枚も爪で、もう2枚はまさに弾丸となった自分の体で、貫き突破してくる。

「なによ、それっ!?」
「はっ、脆い結界だな」

 制止どころか減速さえさせられず私は御幣を構えてその到着に備える。
 ふっ、と目の前でその姿が書き消えた。前方からは散弾が迫っている。

(後!)

 読み通り、次の瞬間後方に彼女の姿が現れ、軸を全く同じに合わせたまま180度回頭したはずなのに全く緩まぬ速度で、爪撃を加えてきた。しかし、丁度散弾との挟撃になるタイミングは、逆にその意図が読めれば位置とタイミングを予測できる。
 敢えて前方、散弾が迫る方向へ進み、弾をグレイズしてから振り返り様御幣で爪を受け止める。

 かこんっ

(えっ)

 御幣に受けた爪は、気が抜けるほどに軽く、まるでノックするだけの程度。前方からの強打に備えて重心をずらしていた私は、一瞬バランスを崩す。吸血鬼はそのフェイントを見せて私を通り過ぎた。一度は見事回頭せしめたあの速度、しかしまたしても見事に振り返り突撃してくる。

「うそでしょうっ!?」

 一度ならず二度までも、逆方向に切り返しているというのに全く速度が落ちていない。瞬間移動にも等しい交差ベクトルでの、一人時間差。相手は左右に振れまくっても正面からだというのに、こちらはその場で振り返ることさえ間に合わない。

「トリックスターだ、踊って見せろ」

 レミリア・スカーレットの声は、低く鋭いが、笑っていた。全くガラ空いた背中に、高速の突爪が、迫る。

「っく」

 刹那亜空穴でぎりぎりの回避と反撃を試みるが、私と入れ替わったダミーを吸血鬼は爪先で軽く切り裂き、あわいに吹き出す札を予想した様子でそれも全て八つ裂いた。

「コンマ1秒も動きが完全に停止すれば、そんなもの」

 刹那亜空穴の出現ポイントは、彼女の斜め頭上。本当は、今は使いたくなかった。有効なタイミングは、今ではなかったのに。
 私は出現ポイントから着地を待たず、自由落下しつつ妖怪バスターを放つ。空対地バスターに御幣の打撃を重ねて地上の吸血鬼へと迫った。

「見え透いているというのだ!」

 不敵に笑う彼女は、既に行動後ディレイが終了していた。あれほど派手に動き回ったにも関わらず、何という隙の少なさか。彼女は頭上から迫る私を上目に見据えながら腰を落とし、足を大きく開いて上半身をひねっている。黒い翼は、外に向いて尖り、刃の硬質。

(まず、い)

 バスターか打撃、どちらかを受け止めてもらえればペースだったが、レミリア・スカーレットはそれをせず、グレイズと無敵反撃を行おうとしていた。だから、今は刹那亜空穴の使いどころではなかったのだ。強烈な地対空攻撃が、確定する。

「デモンキング……」

 対空攻撃のクリーンヒットを覚悟したところで、しかし動きが急に変化し、彼女はそれをキャンセルした。私のバスターは放たれ地面を抉り、私自身は無事着地。どういうことだとその方を見ると、彼女は後退をはじめていた。

「脳漿ブチまけろ、バケモノ」

 遠方から、魔理沙の射撃。またも乾いた破裂音が、一つ、二つ。次の瞬間、さっきまでレミリアが身を捻っていた位置、そして後退したその軌道を追うようにもう一つ、地面に深々と穴が空き、そしてさらに次の瞬間その周囲が崩れてクレーターをなす。
 いつもの魔理沙の射撃と違って弾が全く光を放たない分、弾道が読みにくい。おまけに驚異的な弾速と威力とあっては、箒の柄を向けられると、とりあえず防御姿勢をとるしかない。リロードが遅いのが難点だが、こうしてサポートに徹するのなら、これほど心強いものはない。

「っち。勘のいい奴だ。霊夢諸共食えると思ったんだがな。つけとくぜ」
「恩に着るわ」

 魔理沙がつくってくれた敵の後退。押し込まねばならない。私は、陰陽玉を左右に配置し、符をまき散らす。さらに拡散博麗アミュレットを展開し、辺りを弾幕で埋め尽くした。後退の足を止めた吸血鬼は、迫る一面の隙間ない弾幕を前にして、しかし怯むことなくこちらを見据え、右手に力を込めて赤い光を集める。
 私はグレイズ狩りを狙って亜空穴で一気に距離を詰め、さらに弾速の速い退魔針を重ねた上で、符でフラッシュエンチャントした御幣の打撃を置いた。
 奴の右手に集まった光は、長い槍のような形を成してその手に収まる。そしてそれを掴み上げて降り被り、放った。

「赤い、槍……!」
「は。これは槍ではない。ただのフォークだ」

 放たれた赤い光は、退魔針、博麗アミュレットを一直線に全てかき消して私へ迫ってきた。

「全部、ですって!?」

 私は打撃をキャンセルして咄嗟に障壁用の符を数枚前に突きだし、乱暴に起動する。鈍く光るそれは派手さはないが万難を排するこの護符は、ナロースパーク程度なら一枚貼れば手放しで弾き飛ばせるほどのもの。だが、フォークと称された赤い槍は、展開されていた弾幕を掻き消した上でなお、その2、3枚を突き破って、残り一枚、文字通り紙一重のところで、ようやく消えた。
 なんてパワー。でも、前に出た以上、攻めの手を緩めるわけにはいかなかった。

「突っ込め、霊夢!」

 またしても魔理沙の射撃。奴を狙う弾丸が、その動きを束縛する。薄まる反撃を縫ってレミリア・スカーレットの懐へ潜り込んだ。
 御幣での打撃は手で払われる。左手に導かれる陰陽玉での間接打撃は飛び退いて回避された。ペースかつ近接状態である今を維持するため、飛び退く奴の背後に、こちら側に向けた警醒陣を立てる。左に折れてそれを回避するコースを、最短距離で追えば、速度に勝るアプローチ。陣を避けて移動した距離も、御幣のレンジ内だった。

「はっ!!」

 渾身の力を込めた突きは、彼女の後頭部に突き刺さる……筈だったが、彼女は振り返り、重ねた掌でしっかり受け止めていた。
 攻性祝詞が書き詰められた符でフラッシュエンチャントされているそれは、吸血鬼の掌をしゅうしゅうと焦がしている。

「は!はははっ!楽しいぞ、霊夢!!人間でこれほどに渡り合える奴など、初めてだ!」

 無理矢理掴み取られる、そう察した私はすぐさま御幣を引いた。射撃用の符を放ち、さらに距離を詰める。
 レミリアは、それから逃げることもせず、むしろこちらに向かって距離を縮めてきた。あの速度で突如として迫る爪、そして刃となった翼が、縦横無尽に繰り出される。突き出された手刀を身を反らせて回避し、伸びた腕を手で払っていなす。
 腕をいなして生じた彼女の隙めがけて、逆の手に握る御幣で突きを繰り出すが、レミリアは肘を引くことさえせず、低空飛翔の亜種を織り交ぜてすっと後方へ高速平行移動すると共に、突きだした爪を横へそのまま薙ぐ。御幣は爪に払われ、それをしても消し切れぬ真空判定が目の前を掠めて前髪を斜めに切り散らした。
 低空高速飛翔によるスウェイバックと爪の斬撃。回避行動と攻撃を一体としたアクションは、しかしエンゲージを継続するためにそれを急停止させた着地と姿勢維持によって大きな隙を生じていた。

「一旦離脱すればいいものを、それじゃ隙だらけよ」
「お前から、離れて、たまるか」

 振りきった右腕を戻しつつ後ろへスライドする足下の速度を殺しながら、彼女は不敵に笑った。
 重力と慣性に対してあからさまに不自然な速度で弧を描き、私に飛びかかってくる吸血鬼。一瞬空に静止したかと思うと、足場もない空中から自らを弾丸と化しての突進。ガードしてはガード後ディレイで不利継続させられてしまう。回避結界を発動して防御から流れるように御幣の打撃を繰り出すと、着地の隙で動けぬ一瞬にそれが重なる。布石として設置してあるコウモリ型弾幕が届くまでのほんの一瞬の時間、一撃を加える隙をもぎ取った。

「ぐ、っ……っあ!」

 攻性祝詞をフラッシュエンチャントした御幣の一撃は、物理ダメージよりも魔術的なダメージが大きい。相手が吸血鬼だとわかっている以上、用意するのは極メタ戦術だ。それ専用に拵えた祝詞は、彼女の爪が生物に対して絶望的な壊死を与える力を持つのと同じように、少し触れただけでも彼女に甚大な被害を与え、不可避の浄化へと向かわせる。
 それがヒットしたノックバックは、攻め継続のチャンスだった。苦悶に顔をしかめる彼女は、それにも関わらず戦意を剥き出しに視線を向けてくる。ノックバックからの姿勢再制御が完了していないのを確認し、私は前傾してさらに打撃を重ねていく。
 二撃目が鳩尾、三撃目が腹にクリーンヒットし、ガードの間に合わない吸血鬼を押し込む。
 御幣だけではない。BUFFされた拳も十分に威力を持っている。エンゲージに成功した以上、小回りの利かない御幣はいったん納め、拳と蹴り、そして自動追撃をセッティングした護符で連撃を加える。

「くく、あはははははは!」

 それでも、吸血鬼は、笑っていた。

「見事だ。だが、所詮、ヒトよ」
「!」

 攻め継続できると思っていたが、不意にハイパーアーマーを発動させ、そこから次の蹴りをブロッキング、一瞬生じたこちらの隙に爪の斬撃を繰り出してきたレミリア。しかし既に数発ぶち込まれた後の苦しい姿勢からでは彼女本来のキレは出せず、爪はスウェイバックした私の装束の胸の合わせを裂いたに留まった。腕を振り切ったディレイめがけて再び攻め重ねるが、惜しげもなく霊撃を放ってきた。
 霊撃をガードせざるを得ない私が御幣を前に立て、霊撃の衝撃に耐えると、奴はガード硬直を確実に拾ってきた。再び、腰よりも低い姿勢からの突進。厄介なほどに延びる下段攻撃を、霊撃を上段ガードしていた私は、それを防ぎ切れない。

(マズいっ!)

 私は一か八か御幣を低い位置で高速回転させ、妨害する打撃を繰り出すが、やはり読まれていて防がれる。だが、ガード不利を引き出した私は、たん、と床を蹴り小さく飛び上がり、下段突進から下段ガード姿勢に切り替わったガード硬直中の吸血鬼へむけて、頭上から中段踵落とし。

「甘いわッ!」

 確かにガード硬直だった彼女だが、しかし私を見上げる視線のその背後から、幅広の刃と化した翼が、掬い上げるアッパーのように延びてくる。翼は、飛翔に用いると言うよりはむしろもう一対の腕として機能している。人間の動きを基礎としてはならないが、それ以上に、レミリアの翼の扱いは巧みの一言に尽きた。硬直をカバーする複腕が、伸びてくる。その一撃は踵を相殺、私は着地して至近のレミリアに向き合った。
 だが、翼は、もう一枚ある!
 その動きを察知する前に、着地後すぐ予め置いた護符は功を奏し、もう一枚の翼の一撃を弾き返している。

「く」

 再びのチャンス。ボーナス補助のセルフBUFFと、ここまでの遣り取りで霊値は十分に回収している。このチャンスを引き寄せれば、大規模スペルまで持っていけるかもしれないが、それも易くはない。
 翼の対空を凌がれたレミリア・スカーレットは、握った拳を地面へと突き立てた。
 目も覚めるような鮮紅の円が地面に瞬時に広がり、それが私の足元にも及ぶ。その赤は血液じみた液体の様をして無数の棘へと変形し、上方へ射出される。私はとっさに飛び退いてそれを回避するが、その隙をレミリアは見逃さず、一気に距離を詰めてくる。速度は恐るべきもの、私が一つ飛び退く間に、潜るように五息は迫る。赤い弾丸の逆さ嵐を回避した私だが、彼女の連撃固めを貰うことになった。
 拳。爪ではなく、握りしめた拳、そして足が私のガードの上から降ってくる。真正面から受ければ防ぎ切れないそれを間一髪いなしかわしながしながら、反撃か、それでなくとも回避結界のタイミングを探す。

「霊夢」

 拳の一つを頬に近いところで回避したとき、彼女が空を切る音と一緒に、言葉を置いていった。私はそれに応じるつもりは、もとい、視線の一つだって無駄にはできぬ相手と対峙して、そんな余裕はない。
 だが、彼女は言葉を、置き続ける。

「よもや懲らしめるだの、説得だなどと甘いことを考えている訳はあるまいな。」

 そんな風に手を抜く余裕などない。だが、一撃加えて優勢を得た後に、ことを有利に運ぶ可能性を逃すつもりもなかった。そうして決着する形であっても、構わないと思っていた。いや、むしろ命の遣り取りににならずに済むのなら、その方が。
 右の拳を回避すると、左の爪が襲う。御幣を持った腕でそれを払うと、彼女の真正面が、視線をまっすぐに投げてきていた。

「これは駆け引きではない。交渉でも対話でもない。お前にとってはどうだかわからぬが、私にとっては、存在の護持と生存競争に他ならん。」

 私の一縷の期待を、彼女はあっさりと捨て去った。
 なぜ。
 一体何を見て、そこまで追いつめられているというの。毒霧を広げ、弱点である日光を遮ることが、吸血鬼の未来を作ると、そう言いたいの?
 真正面、開けた空間を見いだして私はその顔を蹴り上げるように天昇脚を繰り出すが、重力が後方にあるような不自然な加速でそれを回避するレミリア。

「私は、霊夢、お前を否定しなければならない。すべてを拒絶するお前を、否定し返し、世界を塗り替える。真っ白のお前を、赤い血で染め上げねば、私は、いけないのだ!」

 叫ぶ彼女は、その叫び故に私のサマソの終了硬直を拾い損ねた。丁度私の硬直終了を待つかのようにしてから、ガードの上から更に連撃を加えてくる。わざと、だろうか。

「光と、それがもたらす色彩、多様性がこそ、全ての争い、差別、迫害、排斥、悲劇と怨恨の元凶だ。霊夢、お前にそれがわかるか。塗りつぶされる側の色に生まれた者達の、不可抗力と無念が!」

 聞いている!答えろ、霊夢、博麗の巫女!
 それが言葉だったのか拳だったのか、判断できなかった。
 腕を立てて上段回し蹴りを受け止める。みしり、と腕に嫌な音が抜けた。体を傾けて衝撃を逸らして流し、腰を落として低く沈んで、蹴りを出し切った彼女の胸元にめがけて、魔力爆発を伴うショルダーチャージを押し込む。がら空きだった上半身に、しかし翼が割り込んできてそのクリーンヒットを妨げた。
 緩衝された爆圧が彼女を長いガード硬直へ固めるが、即座に回避結界を発動してそれを打ち消し、瞬間移動にも等しい速度で爪の薙払い。先読みしてホルスターから放っていた護符がそれを相殺するが、レミリアは勢いを殺さぬまま私の後方へ抜けていく。
 さっきの一人交差。咄嗟に反応した私は飛び上がり、上下反転する代わりに切り返して突進する彼女へ正対する。めくりに出来なかったトリックスターは再び後ろに抜け、更にハイドアタックを仕掛けるが、次のそれが届く頃には刹那亜空穴による当て身割り込みが成立していた。爪が幻影を切り裂き、引き裂かれた映像は水面を揺らすように消えて、夥しい数の護符を噴き出す。それは突進の終わった硬直へ向けて、迫った。
 攻守反転に生じる、一瞬の時間的空白。答えろ、そういわれたのもあるし、吐露され続ける彼女の言葉に、打ち返したい思いがついに口をついた。

「一つしかない、全てが同じ、差を認めないなんて、その方が間違ってるわ。その差を認め、違いを許容しながら、お互いの存在を互いに確立しあうのが、認識を根底に自我を確立する、私達有情の者のあり方でしょう?」

 こんな手に引っかかる彼女じゃないはずなのに、水平に薙いだ爪はよほど渾身であったのか、行動後ディレイは長く、護符の雨をもろに受ける。護符は彼女の肌を裂き、肉を貫き、骨を砕き、爆ぜて全身を焼き、体に貼り付いて更に相反属性によるスリップダメージを付与する。ダメージは相当なはずだった。床に、彼女の体から飛び散った血が、花を咲かせている。だが、レミリア・スカーレットはまだ、立っていた。さすが吸血鬼。やはり、この程度の技でどうにかできる相手ではない。

「差を認めないのは、多様とておなじだろう。むしろ不一致を見つけてはこれ見よがしにそれを拒絶し塗り潰す。聞こえのいい甘言をしてそれをなすペテンこそ、欺瞞こそ、性悪だ。多様性だ個性だと嘯きながら、その実は全一化にすぎん!」

 刹那亜空穴のクリーンヒットを受けて、彼女は上半身を中心に血塗れだが、しかしその気配からはダメージは感じられない。全く力強いオーラを微塵も衰えさせぬまま、指先に赤い爪を伸ばして立て、私の方へと歩みを進める。

「なればこそ、"ただ一人の誰か"が一切の色を、一色に決定すればよい。光を遮り、その力をスポイルし、生じた隙に一色をインジェクションする。光がもたらすプリズム、玉虫色の世界など、万物同士の闘争を助長する種だ。」
「レミィ、あんたが赤だとして、世界が青を選んだら、どうするというの。あんたが赤く塗りつぶすなら、今青い奴はどうするというの。現にあんたは、自らの赤を、自ら嫌っている。その自己否定を覆せないでいるでしょう。」

 流れる血液は飛び散り滴り流れ赤い斑を描く度に、今度はそれらが各々蛆や蚯蚓のように蠢いてはレミィの方へと引き寄せられ、彼女の体の中へと再び取り込まれていた。
 それとは対照的に、右手の爪は蝋が溶けるようにしなだれ折れて液化して、床へ流れている。こちらは再取込対象にはなっていないのか、地面に赤い筋を描いたままだ。その線は彼女が歩みを進めて引かれるのとは別の、線自体が自ら成長するように、長さを伸ばして彼女を中心に渦を描き始める。

「世界が青を選んだら、と言ったな。あり得ぬ。なぜなら」

 赤く粘り地面から指へ続く糸を、握り振りかざすように身を捻ると、それは導火線が火花を散らして進むように、指先から向けて赤い血の筋から真っ赤な鎖へと姿を変えた。

「私が赤を"決定"するからだ。今青い奴にも苦痛は与えぬ。全てを、真に赤く染め上げるからだ。私はそれを"そうする"者だ。私は、私自身の手で、私の未来と運命を切り開く。多様を認め続けて染み着いた"白"に、その末に全てを拒絶する矛盾の"白"に、それを委ねてたまるものか!」

 再度彼女が腕を振るうと、蜘蛛の巣のごとく張り巡らされた赤い鎖が、四方八方へ延びて全天周から襲いかかってくる。私は身を捻り、亜空を抜け、護符で防ぎ、御幣で弾いてそれを凌ぐ。手数が多い。防戦一方を強いられながら、彼女の言葉を噛みしめる。

「あんたが嫌いな赤を、あんたが決めるって?」
「私の好き嫌いなど、もはや意味を持たぬ。」

 彼女は赤諸共「色」を憎んでいる。そして彼女が言う色とは、色彩、光の波長が描く現象それのみを指してのことではない。赤い霧は日光を遮り吸血鬼の身でも外を闊歩するためのものではなかった。彼女は多彩な色を保つ、様々を内包し、それらが拮抗しせめぎ合うこの世界を、否定したいのだ。この世界。それと、そのシステムに食い込む私と紫を、排斥したいのだろう。

「それでも、光は人々を照らし出さなければならないの。隣の誰かの姿が闇に紛れて見えないことが、怖い、人間は、未知の存在と握手できるほど強くはないの。認識というプロセスは、世界の潤滑油よ。闇や一色がそれに取って代わるのを許容できるのは、あんたみたいな力の強い奴だけ。」
「ならば。光が正しいというのなら、この世からお前の作り出した差別も拒絶も、見事照らし出し、自らの目でしかと認めろ!全てあらゆる一切の色を与え、全てを白く染めるつもりか。それとも今のまま差別を助長するのを由とするのか、霊夢、いや、博麗。」

 人の歴史が争いや悲劇を繰り返すのは、ひとかたまりの混沌から様々が分離して生まれ、それぞれの価値と立場、差異と認識を持ったからに、確かに違いない。でも。私が、レミィ、あなたにあれほど激しく燃え上がったあの感情さえ、否定するというの?
 それを口に出そうともしたが、私のそれは、まっとう綺麗な感情じゃない、紫との関係を保ったままの不純なものだったことをして、口を噤むしかなかった。

「答えられぬのなら、博麗、お前と八雲の作り出したこの幻想郷を、私は否定する。貴様等の世界は、間違っている」

 そう言うつもりの沈黙ではなかったが、しかし紫の名がでたことで弁解の意識も摘み取られてしまう。

「すべての色は、否定されるべきだ。赤い色で染めようとする私は間違っているだろう。だが、白く染まり、全てを与えながら全てを否定するお前の矛盾は、もっと、間違っている!博麗、お前のなす白は、拒絶と差別の結界そのものだ!」

 強い意志を持って私の白を塗り替えそうとするレミリア・スカーレットの主張は、私と紫、それといくたりかの存在が彩り作り上げるその世界への反駁と糾弾と拒絶に、確かに違いなかったが、それでも払拭しきれない疑問が、いや、疑問と言うには希薄な印象、欠片、絵の具の滴一つと言った何か小さなものを、私には消し去ることが出来ないでいて、彼女の言動の裏側、思考の側面、瞳の動きから息づかい、一挙手一投足から目を離すことが出来ないでいるのは、次の打撃がどのタイミングでどう飛んでくるのか気を抜くわけには行かないというだけの理由にとどまらなかったのだ。

「あんた、本当に、それでいいの?認識と否定を同一視して、本当に……」
「くどい!」

 何かを、最後に一枚、まだ何かを隠している。それが本当の理由じゃない。
 これが自惚れではないというのなら、私はそんな嘘の匂いくらいは嗅ぎ付けられる程度には、彼女の体臭を覚えたのだ。酸いも甘いもある彼女の匂いを、臥所にて。
 だが、その真意をくみ取れるほどには、繋がれていなかったのだろうか。言葉では何度もつながり、なにより肉体でも何度も一つに解け合ったが、最後一線、紫とのときのような完全な融合感、同一感、統合感を得られなかったのは、なにも私が元々は紫の体の一部であったこととは関わりのないことだったのかもしれない。
 鎖の奔流を凌ぎながら、回避行動の合間に札の弾幕を間に挟む。その小さな反撃を打ち消し、グレイズし、相殺する度にわずかばかり広がる反撃の間を、そうしてそれを繰り返しながら徐々にこじ開けていく。

「ほんと、短い間だったけど、一つになれたと思ってた」
「安い言葉だな。便器に浮いてる奴と区別が付かん。」
「……そうね」

 言葉に直してしまえば、まさしく、安っぽい言葉だった。でも、私は、もっと、もっとそうだと思っていたのに。
 私が少しずつ広げる時間的猶予を、レミリアも見逃さない。少しずつ広げた隙、次の一手を打てるに至って、博麗アミュレットを起動して放つ。吸血鬼はそれを回避することなくもろに喰らい、しかしアーマーを起動し鎖の操作を詰めることで、狭まり始めた攻め継続一気に取り戻した。
 アーマー起動によって受動による隙は打ち消せるが、ダメージを軽減することはできない。極メタ装備を決め込んでいる私の博麗アミュレットは、いかに吸血鬼といえど喰らって無事ですむものではない。
 現にアミュレットを受けその攻性祝詞の攻性の一部が付与された部分は、じゅうじゅうと肉が焼けただれ落ち、嫌な匂いと煙を上げ、深刻なダメージは多量の出血を強いていた。
 それでも、彼女は平然と(少なくともそう見える)立ち、鎖を操作して私をそれで貫こうとしてくる。

「無茶を……」
「痛く、ないな」

 なにが、なにが、本当に、なにが彼女を、そうまでさせるのだ。私が彼女と拳を交えるのを痛むように、彼女は感じてはくれていないのだろうか。

「私、あんたを拒絶なんか、してない。どうして」
「そうかもしれない。だが、霊夢、お前はどこまでも」
「えっ」

 レミリアは鎖の攻勢を一気に強め、私はそれを全く回避するしかなくなる。それを方天結界で防ぎ、鎖操作で大きな隙を作っているだろうレミィを見据える。だが、そこには目の前に迫る赤い吸血鬼の姿。

(能動キャンセル!?)

 グレイズと距離詰め狙いの飛翔は、取りやめるしかなかった。判断ミスでさらに攻め継続を許してしまう。

「お前はどこまでも、八雲のものだったな!刈り取っても刈り取っても、手に落ちぬ。だから、おまえに執着したのかもしれないがな。だが、そんなものは、下らん感傷にすぎん。」

 どういう、意味?
 願わくば、もう一度、じっくりと話し合いたかった。愛ではなかったあの言葉を交わした幾度もの夜のように、でも今度は本当の本音を、聞きたい。

「すべては、初めから間違いだったのだ。どこで間違えたのか、ではない。それが、運命だった。くそ忌々しい、ああ、あの、"運命"とか言う奴だ!染まらぬお前が救いとさえ思ったが、それも、霧と消えた。」

 高速でアーチを描く斜め上からの連撃、減速を見せない飛翔からのスライディング。シビアなガード選択を強いられて、私は霊撃を選択しに含める。攻め継続が長すぎて、削られ続ける霊珠の修復が間に合わない。
 彼女は幾度かに一度、牽制にアクセントを込めるために比較的大きなモーションの打撃を混ぜてくる。それでも驚異的なスピードであることに変わりはなく、割り込むには恐ろしくシビアだ。霊撃をスタンバイして、そのタイミングをはかる。次のチャンスを逃せば霊珠を割られてガードを崩され、もらう打撃は即座に死につながる。
 爪の薙払い。これは脇がしまっているから牽制。宵越しの銭を握りしめたアドバンシングガードで距離が離れたところには、朿の弾幕。グレイズで一気に転じたいが狩りのダッシュ近接を見越して、ハイジャンプから速度を抑えた前ステップ。めくりを期待するが線は薄い。着地を拾う翼のアッパーは下方飛翔の着地ずらしで回避し、割り込みを試みるも攻めを継続される。小ジャンプに天昇脚を割り込ませることができればいいが、はやすぎる。飛び込み打撃ガードしようとした私は、しかしスカされて再び懐に潜られてしまった。

「くっ」
「読みが、甘い」

 レミリアはそのまま投げを仕掛けてくるが、とっさに抜けるも能動キャンセルでさらに追跡してくる。

(はやい。それに、的確……っ)
「霧散させたのは、あんた自身よ。私のせいじゃないなんて逃げるつもりでなくて、あんたが自らの意思で、私を、いいえ、私諸共この幻想郷を否定したのでしょう」
「ああ、その通りだ、博麗。私は導き招かれたこの世界を、否定する。塗り替える。先も言ったはずだ。」

 攻めが苛烈すぎる。早い上に、一つでも取られれば致命傷だ。
 折り返し地点を見極めてターンを握るより、迎撃の大技の方がチャンスがありそうな気がした。一枚のスペルカードを軸に、立ち回りの変調を組み立てる。

「私は、運命を、作りかえる。」
「大層なこと。そんなことまでしなくたって」
「そうしなければ、未来を、掴めぬ。貴様等過去に生きる者に、この閉塞勘は伝わるまい。多様、拒絶、白、全てが、障害だ!」

 攻め継続で繰り出してきたスライディングを地面に突き立てた幣で弾き、小さくブロッキング。退魔針を投げつけ、重ねるように幣で払うが、こんな取って付けのグレイズ狩りに引っかかるわけもなく、距離を取るには至らない。それら全てを翼に薙払われ、幣は弾かれた。ヒットを見込めないも関わらす、私は霊撃を放つ。吹き飛ばすことは出来ないが、広い間合いでのガード強要とノックバック。私は警醒陣を前方に張り、長い後ろステップで無理に距離を取る。

(追って、来い)

 "無理に"ではない。これはある種の罠だった。
 通常の直進と視界を遮る護符。私のグレイズ狩りを読むのなら、これを追って来る経路は真正面ではないはずだ。
 私は、一枚、護符を握り締めて刹那のあわいを、待ち構える長い時間に読み替えて、その姿を望んだ。そして。

(きた!)

 レミリアは、挑発にも近い私の行為に、斜め上の想定内で、答えてきた。
 上。

「くたばれ、博麗。赤く血に染まって見せろ!」

 普通ならば隙を晒すだけの大きな跳躍からの飛び込みを、しかし彼女のスピードとこのシチュエーションでの選択となれば、ある意味では十分に奇襲だ。少しだけ先行して、大量の蝙蝠型弾幕もまとっている。本来なら、また固められてしまうところだが、今回は、違った。
 警醒陣を敷いての後退に安堵したフリを、奴は予想通り拾いにきた。半円を描く高速の飛び込み。本来なら奇襲足り得るそれも、しかし小さいとはいえ飛び込みに変わりはない。
 弾丸の如く私に向かう吸血鬼。その突進に防御行動はとらない。私は、臨機状態にしてあった一枚の符を、地面に叩き付ける。
 符は鈍い光を発して水に溶けるように消える。同時に、空中で吸血鬼の動きがぴたりと止まった。まるで最初からそうであったかのように鎖が現れ、レミリアの体を絡め捕っていた。

「な、に」
「とっときよ」

 隙を確信して下り打撃で飛び込んできたレミリアは、それをグレイズする事ができない。これがとどめにはなるまいが、致命傷かその手前くらいは間違いないだろう。

「八方斎籬、八方榊、八重が鬼尽くる、その八重垣を」

 陰陽玉で動きを拘束されたレミリアは、十分に効果範囲に含まれていた。なおも身動きが取れないことを確認して、私は符へ起爆呪を挿入し、実行する。

「八方鬼縛陣!」

 私の周囲八方に現れた神籬が聖域を形成し、その空間そのものに過剰に強力な祓詞を書き込み、強制的に浄化していく。
 一切の不浄を赦さない不可侵の神域を、邪な者の真下に形成する。そうして生じる属性同士の対消滅は、鼓膜と言うよりも体中の皮膚から伝わる、高周波のような波をして、金属と鋭利な硬質が擦れ合う不快な音を立てる。だが、それも圧倒的な浄化祝詞の前に、対消滅対象の耗滅によって音も消え、吸血鬼レミリア・スカーレットの存在そのものへ干渉を始めた。

「鬼でさえ締め上げくびり殺して浄化する符よ。勝負あったわね」







「あれで勝ったと思ったか!?妖怪を抑え続ける博麗の巫女とはその程度か」

 顎の再生を待って、うずくまる霊夢に言い放った。



 八方鬼縛陣とやらは強力で、確かに今まで施されたいかなるエクソシズムも遠く及ぶまい。刃を出し過ぎた鉋を、しかし止めることなく引かれるように、心身が削られていく。体中至る所に釘を打ち込まれ、関節には楔がうがたれた。
 だが、それまでだった。無傷で出ることはかなわなかったが、端から、霊夢との決戦でこの身の安全を省みるつもりなどない。腕が縛られれば腕をちぎればいい。足が絡め捕られれば足をもげばいい。翼を釘打たれるなら翼を切り落とせばいい。
 両腕を切り捨てて、激烈な浄化プロセスに半身朽ちさせながら、歩みを進めて霊夢へ迫る。
 驚愕の目で私を見る博麗の顔は、闇夜で私の餌食になる普通の人間と変わりなかった。清浄に励起された空間の中、東洋の魔法の杖らしい、紙がひらひらと付いた棒で迎撃してくるが、突き出されたそれを噛み砕いてやると、予想外の防御行動に阻まれた勢いを押さえきれず、博麗は膨大な隙を晒すこととなった。浄化空間の中で全ての抵抗力を失っていた私の顎は豆腐のように一度吹き飛んだが、再生できぬほどではない。下顎がなくなった状態で、打撃を受け止められバランスを崩した霊夢の腹に向けて翼のボディブローを放った。斜め下からでは距離がでる。ボディへのコースは真下から最短距離で突き上げるように、しかし渾身の力で。翼の先の爪を硬質鋭利化させて突き上げた一撃は、人間を基礎とした動きと隙を見せた、霊夢の隙と体を貫いた。



「ぐ、げ……ぁっ」

 うずくまり、それでも耐えきれずにその場に倒れ込む霊夢。目を見開き、下腹部を押さえて掠れ入るような苦悶の声を上げて痙攣している。大きく開けた口からは舌が突き出されて血の混じった胃液が溢れ出していた。
 倒れた傍の地面には見る見る広がる赤い潴。爪を立てた殴打は、腹部を貫き肉を深く裂いている。内臓まで届いた感触が、あった。

「呆気ないな。悲しいかな、これが、人間と吸血鬼の差だ。人間の体は、脆い。何度も無防備に攻撃を受けた私にさえ、お前は一撃でこうだ。そして、これが現実。私は運命を塗り替える。博麗、お前を塗りつぶして。」

 顎に次いですぐに再生した腕。時折小さな蝙蝠がこぼれかけるが問題はなかった。赤光爪を発生させて、構える。その先を霊夢に向けると、痙攣しながら、半ば光を失いかけた目だけがこちらを見た。その脇で、ぞぶり、と空間が裂けるのを私は見逃さない。さっきから時折見る瞬間移動。空間を潜り抜けるような、魔術としても相当高位であるアクションを、こいつは意識を失いながらでもできるというのか。
 さすがだ、霊夢。それがヤクモから継ぐという継目操作の力か。だが。

「ぬるい。見え見えだ。」

 私は霊夢を取り込もうと爆発的に広がった空間の切れ目に、つま先をつっこみ、それがそれ以上広がるのを止める。

「……!」

 そんなにも、驚くことか。

「雲間切れ目を泳ぐ力など、こうで、十分だ」

 私は踏み潰した虫を靴底でさらに摺り潰すように、その空間の切れ目の輪郭を、踏みにじる。それはやがて薄れて消え去り、空間は元あるべき形に引きずり戻された。

「脆いな、博麗の巫女。お前を否定して、私は世界と運命を変える。たとい博麗が、霊夢、お前であっても容赦はしない。」

 爪で自分の左掌を傷つける。滴る血液を地面に広げ、その血を魔法媒介として、赤い鎖を形成して辺りを埋め尽くした。先端には鋭利な鈎を持ち、絡み付けば解けぬ血呪の鎖。

「いいことを考えたぞ、博麗。お前には、生きたまま、この世界が紅霧に染まるのを見せてやろう。お前を助けにきたヤクモも食い尽くしてやる。そうして、何もかもが赤一色、何の差別も隔たりもない、新しい世界に染め上げる。私をこの世界に招き入れたことを後悔すると共に、お前と八雲の独善を悔いるがいい。」

 鎖の先端をまだ動けぬ霊夢に向けて波打たせる。

「拘。」

 私が指示すると、鎖が一斉に霊夢の体に迫り、周囲を取り巻いて、締め上げる配置となり……そして砕けた。一本、二本、三本四本、すべてが砕け散った。

「霊夢、離脱しろ!」

 魔力吸蔵銀(ミスリル)の弾丸が鎖を射抜き砕けた隙に、霊夢は亜空の穴へと飲み込まれて姿を移動させた。魔女の箒、先ほどまでの狙撃に比べてレートが高い。速射モードもあるらしかった。

「小賢しいな、ケイオト。出しゃばるな」
「忘れてただけだろ?甘く見るのも、過ぎれば命取りだぜ、吸血鬼さんよ!妹さんとの遣り取りが熱すぎて、ちょっかいも出せなかったぜ」

 箒を立て、銃口を上に向けてボルトアクションする魔女。パチュリーとは随分と毛色の違う魔女らしかった。

「ならば貴様から、血祭りに上げてやろうか。私と霊夢の、宿命の殺し合いに、無粋な鉄を差し込むな!」
「生憎こちとら、生まれて初めての、霊夢とのデートなもんでね。祝福してくれよ、その薄汚れた魂でさ!」

 人間風情が癪に障る。何が霊夢とのデート、軽薄千万だ!
 私は姿を消した霊夢をサーチし、ケイオトの箒の口を注視する。レバーを使ったリロードは、さっきまでの光景では、高ストッピングパワーの射撃の前触れだ。頭でも狙われない限り一撃で大打撃を被ることはないだろうが、あの射撃精度と威力も鑑みて、流石に敢えて直撃を貰いたいとは思わない。
 私は魔女に注意を払い、霊夢を索敵しながら、未だに姿を見せないもう一人に歯噛みしながら声をかける。
 先ほど狙撃箒の大口径対魔弾丸の直撃を食らっていたが、その程度が致命傷になるような奴ではない。おそらくまだ力の制御に苦戦して、背中の激痛を抑え込んでいるのだろうが、いつまでも甘ったれていられていては、困る。

「フランドール!いつまでそうしているつもりだ!」
「」

 彼方から掠れ入るような声が、聞こえる。魔女と、後衛同士の火線対決を繰り広げていたらしいが、妹にとっては遠距離保持など意味のない縛りだ。封印を解除する以前から、前に出られる遠近両用のオールラウンダーであるはずの妹が、前に出てこないこの白黒とやり合い決着していないのは、つまり、まだ地面に這い蹲って力に振り回されている証だった。

「御して見せないか!また、暗い窖に押し込まれたいか?それとも喜びに満ちた我らの世界に飛び出すか?お前次第だ、フランドール!」

 う、あ、と呻く声が聞こえる。
 箒が妹を狙えば、その隙に一気に詰めて首を刎ねるつもりだったが、なかなかどうして見た目と言動とは裏腹に慎重だ。その銃口は私に据えられたままぴたりと吸い付くように動く。霊夢の反応はまだない。

「使えぬ奴だ。所詮は自力では生きることも出来なかった畸形児か」

 私は言い捨てて、白黒の魔女を先に始末しようと動くが、刹那。
 私の横を、巨大な何かが通り抜けた。実体はない。気配か、いや、力そのもの。それは私を一掴みにするほどに巨大な、掌のような形をしていて。

「い、や゙ぁっ、おねえ、さま、ぁ!みずで、ないでえっ!がんばっ、るか、らあ゙っ!!」

 ふん、甘やかして、育てすぎたか。

「ならば、見事あの魔女を"壊して"みろ、フランドール!お前の力を、見せて見ろ!!」

 私は妹が力を行使したのを見届けるなり、魔女に向かって飛び込む。

「霊夢、出てこなければ、支援役を片追いだぞ。」
「あ゙ああ゙あああああああああああ゙ああ゙あぁあアあああっっ!!!」

 羽の代わりに不気味に無数の腕をぶら下げた骨組み。力を背負うその背中が、痛むらしい。妹は涙を流し絶叫しながら、ありとあらゆるものを破壊する"それ"をでたらめに振り回す。巨大な手と腕のようなオーラが、幾本も私の横を通り抜けて魔女へと迫る。魔女は一つ、二つ、と引き金を引いて手を狙撃するが、それは実体を持たぬ力の流れそのもの。止めることなどできない。それどころか手が弾丸を掴むような仕草をすると、それが超音速で飛び抜けるミスリルの弾丸であるにも拘わらず、それは砂のように姿を崩して消えた。

「!?」

 危険を悟った彼女は箒に跨がり、星の推進力を吹き上げて飛び上がり、続き迫るオーラに群を回避する。私は拡翼してそれを追いかける。人間にしては速い。だが、動きが大味だ。
 高く、高く飛び上がった魔女へ、救いを求める亡者の群のように手を伸ばす妹。そうだ、お前のその力は、私の悲願をなすために欠かせぬ力、同時に過去と悲しみと苦しみと、未来を求めて伸ばす腕そのものだ。
 箒に跨がりそれを荒っぽい運転でアクロバティックに回避しながら、魔女は中空に指で円と五芒星を描き懐から取り出したアンプルをそれにかざす。描いた星が漏らす薄緑の光を受けたガラス瓶の中の液体はそれに共鳴するように眩い光を返し、それを指の又に4つ掴んでいる。

「なんだよこの腕。おっかないな、暴れるない!」

 ケイオトが叫び、明滅する液体が詰まったアンプルを宙に投げると、それらは意思を持った生き物のように高速で飛行を始めた。さっき狙撃の時にかけていた歪な片眼鏡で、妹を視界にとらえ続けている。

「あ、あ゙あああ゙ああああぁあああ゙あ゙あ!!おまえが、おまぁぁああああえええがあああああああああああああああ!!!」

 妹は地べたに座り込み、背中を反らせ、痛みに喚きながらもぎりぎり魔女を見据え、力の腕を伸ばし続けている。
 散り散りに飛び回る緑に光る小瓶は、その手の隙間を器用にかいくぐり、妹の方へと近づいていった。

「フランドール、瓶に気をつけろ。マジックアイテムだぞ」

 だが私の声にも答えず、妹はひたすら魔女を追い続けていた。やがて、そのうちの一つが、妹の傍に転がる。

 脆いガラス製のアンプルは地面に当たると易々砕け、中の液体を広げる。それは瞬く間に気化して、緑色の霧をもうもうと立ち上らせた。赤い霧を覆い隠すほどのそれは、未だに発光を続けていて、広がれば広がるほど眩い。妹の視界が奪われ、力が魔女を追いかけなくなる。目眩滅法で振り回すそれは、私を襲うことはないが、魔女への狙いも的外れなものになっていた。

「煙幕か。なかなかどうして」
「当たれば一撃でも、当てなきゃ意味ないぜ」
「ハ。ならば、私から逃げきれるか?前衛のいない火力支援、なぶり殺すぞ?」

 霊夢はこうまでして出てこないのだ、リタイアだろうか。それとも何か企てているか。

「後衛だと甘くみると、痛い目みるぜ?」

 魔女は、手に持つ箒を両手で構える。キーニングが一際強く響いたかと思うと、箒の尾から彼女自身の身の丈ほどもあるアストラル光の束が吹き出し、まるで大剣の姿を呈した。

「霊夢霊夢と、気にしているようだがな、私だってあいつの後塵を拝するのも、もう飽き飽きってもんだぜ。オーレリーズ!」

 続いて、素早く取り出した符をかじり破って、トリガとなる呪文を叫ぶ。周囲に魔力の塊たる四色の球体が生じた。

「必死じゃないか。霊夢が、心配か?速く決着をつけて、手当をしたかろうな?」
「そうだな、さっさと目の前の吸血鬼を滅してやりたいところだ。私には浄化の力はないからな、焼き尽くすか壊し尽くすしか方法をしらん。痛いぜ?」

 マジックミサイル。流線型をした魔弾は、その生産コストからは破格の威力を持っている。一発一発が大きく地面を抉る破壊力を持ちながら、それを無尽蔵とも思うほど無節操にばらまいてくる。が。

「当たらなければ、どうということはない。先の言葉、そのままお前に返そう。」

 狙いは甘く、弾速も先のライフルに比べれば止まって見えるほどだ。だとするなら、敢えてか。

「だったらかわして見ろい!」

 ケイオトは掌を私に向けて五本の指をちょうどその中心に重ねられた私の姿を指で追うように、握る。マジックミサイルはゆっくりと回頭し、全くタイミングの外れたタイミングでこちらへ迫る。この時間差は、なかなか厄介だった。
 マジックミサイルを回避する私にあわせ、低弾速のそれに自ら追いつく形で、箒魔剣の斬撃を重ねてくる。それを防いで攻勢にでようとすると忘れた頃にミサイルが迫る。

「オーソドックスだな。だが、確かに後衛専攻というわけではなさそうだ。楽しませて見せろよ?霊夢が復帰するまでの余興、退屈させれば直ぐにその首を刎てやるぞ。」
「ふけよ、コウモリ風情がウィッチブレードの錆にしてやるぜ」

 私はウィッチブレードと呼ばれた、箒によるエンハンスドツヴァイハンダの斬撃をデモンズフォークで受け止める。さすがにパワーはあるようで、後衛とは思えない圧力が響く。鍔迫り合いをしている間に、主の周囲を公転する4つの光球が弾をばらまいてくる。自律行動するオプションか。低弾速高誘導のミサイルも含めて、確かに、厄介だ。

 フォークに力を込めてバカみたいな大剣を押し返すと同時に翼を大きく開いて弾幕を展開し、光球から発射されるマジックバルカンを相殺する。

「シッ!」

 押し返す力を込めながら、しかしその裏をかくように瞬時に剣圧を横へ流し潜り込むように直進、魔女の背後へ回って振り向きざまの薙をかぶせようとする。魔女は不意を疲れたいなしに対応しきれず背中を向けたままだ。

「ふん、やはり実践的なインファイトに耐えられるレベルではな……」

 魔女自体はしっかり背中を向け、防御もままならない状態だったが、オーレリーズと呼ばれる光の球の照準は、しっかりと私を捕捉している。槍を引いて飛翔、次の瞬間私のいた場所は4本のレーザーの交点になっていた。

「ちえ、食わせてくれると思ったんだがな」

 彼女の目には怪しげな重ね片眼鏡がかけられている。奴の視界には、自分の目だけではなくあのオプションの解像能も含まれているらしい。
 妹が使い物にならないとなると、二対一になるか。霊夢はしばらく顔を出すまい。妹の薄い弾幕支援ででも、あのケイオト――魔理沙――一人を駆逐するは、易いだろう。

「距離を取らせて、いいのかい?換装"ガンナーズブルーム"」

 レーザーを警戒して微妙に距離を取ったことに、ケイオトは瞬時に付け込んできた。ウィッチブレードと呼んだ箒のソード化を解除し、次はガンナーズブルームと呼ばれる銃と戻ったそれのレバーを押し下げ、狙っているのは。

「妹か。だが、それはお前も命取りだぞ」

 箒が私を狙わないなら、一気に距離を積めて殺してやる。
 翼を後ろに倒し、加速姿勢をとる。

「妹様へ、一撃」
「させるか、雑魚が」

 既にレバーを引いているとはいえ、エイム時間は、隙だらけだ。照準を合わせている内に、放つ前に切り裂いてやる。
 本人はまるで私の方を見ていない。妹にエイムを定めている。

「小賢しい」

 直線距離、反撃を警戒して軸をずらしを含めても、一瞬。尾を尾翼として広げ、微妙な風の抵抗を受けて細かく制御すると同時に、剥き出しのマナをブーストするロケットで自在に加速を加えながら魔理沙へ迫る。箒がこちらを狙わぬ以上、容易い。

「首と体が、おさらばだ」

 移動と斬撃を兼ねた撫斬。だが、3つの光の球が、自律的に射撃を行い、1つに至っては打撃属性の障壁を展開している。
「くっ」

 かくん、と急転回してそれを回避し、再び魔女へ迫る。所詮自律兵器などさほどの驚異ではない。
 しかし、そのほんのわずかな時間差が、ケイオトの射撃を許してしまう。

「ふざけやがって……だが、これで終いだ!」

 直線軌道に空白を認め、一気に爪の撫斬。だが、それも。

「あぶないあぶない。そう急くない、吸血鬼」
「貴、様ぁ」

 私の突進を、奴は瞬時に剣化した箒で弾き返していた。妹を狙った弾丸は、幸い、妹の手ではじかれていたらしいが、いつまでもそれを信用するわけにも行かなかった。一対一、いや、二対一程度なら、こんな奴ら、相手にできる。だが、一人を守りながらなど、無理がある。


「フランドール。いい加減足手まといになるようなら、始末するぞ」
「」

 息を飲むような音が、聞こえた。脅しておけば、無理にでも動こう。あいつがやられるなら、それはそれで重荷が減る。力を制御すれば、よりよい。

「妹さん、ガード値そろそろ限界だぜ。次か、次の次か、クラッシュさせてもらう。」
「させるか。あまり喚くなよ、小童」

 近距離戦に持ち込んで片を付けようとするも、オーレリーズサンシステムが酷く邪魔くさい。遠距離に離れれば奴の魔砲は厄介で、妹が狙われる。至近でハイパーアーマーを発動しようにも、距離が微妙に遠い。発動して反撃したところでガード有利生じてしまう距離だった。
 あの魔女、遠近両用装備をしてきたのかと思っていたが、違う。あれは、中距離支援だ。中近距離で近い敵の攻撃をしのぎながら中遠距離の相方を火力支援する、あまり見たことのない立ち回り。それも、霊夢が離脱した以上役に立たぬはずが、妹があれでは……。
 極稀にではあるが生じたわずかの隙を見逃さず、都度ケイオトは妹への射撃を続ける。

「おっと、忘れていたぜ、すまんすまん」

 妹への射撃を行ったあと、逐一かけられる挑発的な言葉。
 無視しているわけではない。中距離支援である以上、エイムが遠方に向いていても注意は細心を以て私に向いている。だが、それでも、相手にされていない錯覚に、プライドが逆撫でられ、平常心を失いかけていた。

「嘗め腐りやがって」

 妹といい、この世界といい、博麗といい、ケイオトといい、何故、何故何もかもが私の邪魔をする!
 私は常に魔女と妹の間に位置するように動き、射撃を阻害する。私ではなく妹を狙っているのであれば、これでも十分邪魔な筈だ。適度に弾幕を撒き、爪とフォークで近接戦を持ちかける。魔女が痺れを切らしてこちらの相手をするのを迫った。

「あまり邪魔してくれるなよう。せっかく的が動かないんだ。」
「……ふん、どうだかな」

 余裕ぶった口振りだが、汎用中衛とは何をさせられても常にぎりぎりを迫られ、余裕などない戦術距離。現にケイオトの目には若干の焦りが現れ始めていた。
 妹が動き出せば、何らかの切っ掛けで密着戦闘を許してしまえば、射撃からの防御切り替えがわずかに間に合わなかったら。絶妙のバランスで成立しているからこそ、些細なことで崩れる。相方に依存するところが大きい戦術を一人で運用している以上は、避けられない逼迫だろう。遠近ぎりぎりの選択を迫られる以上、シビアな戦闘が継続する。
 私のような近接型は自分の得意な距離感に持ち込むというポジティブな目標を立てているし、遠距離支援も然りであって、それはある意味で運用が楽である一方、今のケイオトが採用している中距離とは、相手の得意な距離に持ち込ませないというネガティブな方針を立てなければならず、相手に強いる立ち回りが特殊である代わりに、常に苦しい立ち回りを求められる。
 何より、あのケイオトの性格には、それに不向きに思える。付け込むならば、そこだ。

「そんなもの、何発打ち込んでも妹には通用せんぞ」

 二対一、片追いどころか味方が足を引っ張る惨事に、歯がゆい思いをしながらブラフをかます。相手の射線を遮りつつ戦闘を強い、妹への射撃を阻害しながらひたすら近距離戦を持ちかけ続ける。
 そう思えば、霊夢の杖の方が余程に厄介だった。こうなっては、私だけがゴールを見ている、根比べに過ぎなかった。

「ああもう、邪魔するなよ、今はお前の相手をするつもりはないぜ」
「さっきから何度打ち込んでいる。妹にその弾丸は通用せんぞ。あいつは普通の吸血鬼ではないのだ。魔力吸蔵銀も、魔力鋳造合金も、吸血鬼用のチューニングでは弱点たりえん。」

 そんなことはない。畸形であっても、妹は正真正銘、純血の吸血鬼だ。日の光には弱いし浄化の力は致命的。

(下賤の眷属だなどと、今はお前を偽らねばならん。許せ。)

 妹の名誉を犠牲にして、しかし私はケイオトの隙を引き出そうとする。
 私を見ろ、私を見ろ、私を見ろ!
 執拗に近接を仕掛ける。ここであいてと同じように中距離に離されてしまえば、相手の土俵だ。いくらでもいなされるように感じるが、その実、意地でも食らいついてやることが、一番効果的な戦術なのだ。私は機会が訪れるのを待つ。弾かれいなされ距離を取られても、しつこくしつこくつきまとう。
 そして、その時が来た。

「ああもう、いい加減にしつこいなあ。しつこい奴は嫌われるぜ?」
「経験則か?くく」
「コウモリらしく、よく滑る舌だなあ!」

 フォークを持った突撃が大剣に弾かれる。射撃とバクステによる距離維持を予想していたが、魔女は剣を構えたまま近接間合いを維持してきた。

(折れたな。それがお前の、命取りだ。)

 わざと距離を詰める飛翔に急ブレーキをかけ、ほんの少し、よろめいて隙を見せてやると、わかりやすいくらいに斬りかかってきた。やはり、経験が足らない。近接慣れしていれば、こんな隙には裏があると警戒するはずだ。

「っ!」

 ここぞとばかりに大振りの強斬り。だが。自分の隙も相手の反撃も、すべて織り込み済みだ。

「ばかめ」

 次の瞬間、私はケイオトの後頭部を見下ろす位置にいた。身を捻って宙に舞い、体軸を地面と水平にまで寝かせて回転した跳躍。そのまま頭の上から舞い降りて着地と同時に下から掬い上げる爪撃へつなぐ。もちろん剣は何もない空を薙ごうと振るわれたまま修正できずにいる。オーレリーズサンシステムの自動砲撃も今は甘んじて受けよう。だが、そのかわり、首を刎ねさせてもらう。

「なっ」
「終わりだ、ケイオト。なかなか面白かったぞ」
「お、オーレリーズ……!」
「ぬるい!」

 上から下へ、柳枝の流れで爪撃を繰り出す。光球から4本の光線が照射されの翼と脇腹を焼くが、先の霊夢の鬼縛陣には遠く及ばない。喰らいながらも無理矢理上半身無敵技につなげて、がら空きの首を狙う。
 腕が伸び、その無防備な皮膚と肉を切り裂こうとしたとき、不意に目の前の空間に暗闇が広がって、更にその奥から青白い光が広がる。

「!?」

 キャンセルはできたが、跳躍から飛翔は間に合わない。
 これは。

――陰陽鬼神玉――

 黒い隙間から捻り出された青白い玉は、見る見るその姿を大きくして、こちらへと迫ってくる。ガードせざるを得なかったわたしは腕をクロスして青白く輝く巨大な光球を受け止める羽目になった。
 防いでも直進をやめぬ巨大なエネルギー弾は、私を魔女から引き剥がし、立ち位置を強制的にリセットさせる。
 間違いない、これは。
 距離による減衰を経て威力の弱まったその球を、力任せに弾き飛ばして、ケイオトと、そして再登場するだろうもう一人に向けて、言い放った。

「お色直しは済んだか、博麗」
「……驚いたわ。あれを、弾かれるなんて」

 空間の黒い切れ目から、ぬっと姿を現したのは、案の定霊夢だった。しかしその腹に開いた穴は、塞がっていない。こちらを見る目は鋭いが、その表情は苦悶の内に蔭っている。鬼神玉を放った右掌はこちらに向いたまま、左手は血塗れの護符を無造作に何枚も重ねた上から風穴の開いた腹に当てられていた。出血は止まっておらず、治癒の効果があるのだろうそれもほとんど意味をなしていないらしい。魔女の危機に臨して、引きずり出された、というのが正しかった。

「くく、いい化粧だな。お前の血の赤は、存外に綺麗じゃないか。命拾いしたなあ、魔理沙。だが、お前が弱すぎるせいで、霊夢は十分な休息を得られなかったようだぞ。」
「だま、れ」

 霊夢は強がってみせるが、口の端からも血が溢れ出している。もう、先程のように動くことは出来なかろう。

「お互いダメな相方を抱えては、満足に戦えぬな、霊夢?」
「ま、りさ相手に、ずいぶん、苦戦していた、じゃない」
「手間取ったのは事実だ。だが、手の内がわかれば、その弱さに付け込むだけだ。なあ、魔理沙。お前にその立ち回りは、無理だ。心も力も、弱い、弱すぎる。お前は、今でも博麗に追いつけないで、そのぼろぼろの霊夢にさえ庇われる、雑魚なんだよ。あっ、ははははははは!」

 私が言うと、ケイオトがいきり立って箒を構えてきた。だが、霊夢がそれを制す。

「挑発に乗っちゃだめ。もう一人がほとんど役に立っていない今の内に、もう一度二人で仕掛けて、片を付けるわ。いいわね?」
「だ、だけど、お前、体」
「平気よ」
「どう見ても平気じゃ」
「言った、でしょ、あんたとは、背負ってるものが、ちが、うって」

 霊夢の言葉に、魔理沙が黙り込む。

「大丈夫よ、あんたが、頑張ってくれて早く終われば、すぐに片づくわ。悔しいけど、私一人じゃ、足りないみたい。片追いできる内に、レミリア・スカーレットを始末するわ。……仕掛けるわよ。」

 出血の止まらない博麗と、戦意を剥き出しにしたケイオトが、視線と闘志をこちらへ向ける。
 二対一。再び不利を強いられるが、私には勝算があった。
 私は感じ取っていたのだ、この、気配を。
 背後から、爆発的に気が膨らむ。来た。待ちわびた、このときを。私達姉妹が、そろって世界に仇をなし、新しい色で塗りたくるその時が。

「くく、あっ、ははははは、待ちわびたぞ、フランドール!ついに力を御し」

 ぞぶり

「だれがつかいものにならないって おねえさまがまもってくれたこのからだ けっかんひんみたいにいうな」

 内側でふくらみ続けながら乱れっぱなしだった妹のオーラは、今は完全に解放された上で、外側へ向けて整えられていた。その殺気は、目の前に二人に向けられており、私を弁護しその名誉を守る発言をしているが、その声色に生気はない。
 何より。

「フラン、ドール……」

 妹の放った力は博麗とケイオトに向かう射線上にいた私を避けようとしていない。咄嗟に身を捻った私だったが右半身を吹き飛ばされていた。妹の持つ"破壊の力"の前で、体の再生を著しく遅らされてしまう。
 S.L.C?いや、力のコントロールは的確だ。意識の果てまで力に振り回されているのか?もしくは……叛意……?妹の方を見ると、その瞳にも生気はない。
 彼女の羽からは無数の腕が垂れており、内何本かは、先ほどパチュリーが砕いた筈の賢者の石のレプリカに似たものを掲げていた。色はすべて青緑。賢者の石ほどではないがそれ同等、いや、それ以上の魔力を感じる。同時にその力が、妹の力の抑制や制御には向いていないこともすぐに察知できた。
 やはり、S.L.Cなのだろうか?
 そのクリスタルは長短組み合わせた明滅を繰り返していた。 

 ……
 01110111000101010010101111
 01110111000101010010101111
 01110111000101010010101111
 ……

 その明滅をみて、それが彼女のメッセージだと気付く。S.L.Cなどではない。妹は、意思を保っていた。私の半身を消し飛ばした行為は、ハンドルの切りそこねだろう。
 叛意はない。私は、妹を信じている。
 私は明滅を繰り返す力の主へ、言葉を投げる。妹は、それを御そうと必死なのだった。

「そこから出たいか、山猫。だが、それには妹に力を委譲し、私に従わなければならん。わかるな?」

 01110111000101010010101111
 01110111000101010010101111
 01110111000101010010101111
 ……

「お前は力そのものだ。力そのものは意思を持っても何も出来ない。それを使いこなす器に、全てを委ねることがお前の望みが成就する唯一の道なのだ」

 妹の破壊の力の腕翼に掲げられたクリスタルは、私の言葉を聞いているのかいないのか、分からぬ様子で明滅を繰り返していたが、妹の様子が落ち着きその眼に力が戻ったことで、私の願いは又一歩成就へ近づいたと知った。







 全く不意に、しかも高速で繰り出され、まさか私を回避しない最短距離で攻撃が飛んでくるなどと思っていなかった二人は、その回避ができなかったらしい。
 私を通り抜けた破壊の手は、霊夢の胸を貫いている。私の右半身がズタズタに粉砕されているのと違い、霊夢の胸に突き刺さったそれは、肉体をいっさい傷つけていないようだった。

「つかまえたぁ」

 子供じみた、幼い声色。妹にはしっかり生気が戻っている。にたりと笑うその顔は、妹が部屋で、与えられた"玩具"を壊すときの、不快極まりないぞっとする、愛おしい笑顔だった。
 霊夢の胸を貫きその背後まで通り抜けた、腕の形をした力の固まりは、妹の腕から延びているようで、妹自身の手も、空中にある何かを掴み取るように伸ばされている。
 妹の背中には、細った骨、そこからまるで液体のように湧いては滴り、再び生えてくる、無数の人の腕。にゅるにゅると下に向けて生えてくる人の腕は、まるで蜘蛛の糸を求めて上へ上へと手を差し出す亡者のようであったが、餓鬼のようではなく、ぶよぶよと水に膨れた水死体のそれのようで、そんな様相にも関わらずムカデの足が整然と動くように指をうねうねと波打たせていて、その悪趣味極まりない姿は封印を解いたばかりの頃の弱々しい姿とは異なり、それ一つ一つが紛れもなく妹の破壊の力が最盛となった姿だった。

「霊夢!」
「っ、あ」

 見開かれた霊夢の目。貫かれた胸の向こうに延びるオーラに押し出され包まれるように、白い光を放つ小さな球。
 "芯"だ。
 妹は、空中に伸ばした手を握るようにしながら、腕をぐいと捻る。右回転。

「あ、あ、あ、あ、かヒ、ぐ、ぎぎぎ」
「霊夢?霊夢っ?なんだよこれ、どうし」

 みるみる霊夢の体が(いや、それは体がというよりも、それを見ている我々の視覚情報の方が、歪な形へ変わっているように錯覚さえする、不自然で不気味に)歪み始める。

「ひっ」

 妹の腕がそうだったように、博麗の体が、胸の辺りを中心に回転させたように、捻れて歪む。
 ばきばきと骨が砕ける音が聞こえ、肉が千切れて筋が弾ける音が響く。元々出血のあったその体からは、まるで「雑巾を絞るかのように」血液が噴き出している。
 隣にいる友人が突然そんな変貌を遂げ、ケイオトは思わず後ずさって声を失っている。

「ぐ、げ」

 一部砕けた頭蓋。辛うじて動くのかその瞳が魔理沙をみた。彼女は、余りのおぞましさに目をそらしたようで、体は霊夢をどうにか救いたいと彼女の方を向いているのに、顔は完全にそらされている。
 生きたまま、人間を"絞る"。さすがの私でも趣味がいいとは思えなかった。余程の力がないかぎり、こんなことは不可能で、妹の持つ破壊の力の、なせる業だった。

「しまい、だ、博麗。妹の力、山猫の力は、絶対だ」
「アプリコット・ジャムになっちゃえ」

 あらぬ方向に、四カ所で曲がる左腕の指先が、ふるふると震えている。助けて、の仕草だろうか。だが、今博麗の体に訪れているのは、死亡予告や運命の提示ではない。既に、今、現在進行形で、物理的に、起こっている、物理的な破壊、だ。私にだって何かできるわけではない。

「ばいばい」

 妹が呟き、手を最後まで握り締める。
 霊夢の体から引き抜かれ剥き出しになった"芯"が、少し震え、砕けた。

 ぱんっ!

 刹那、もう肉と骨と血の区別が付かない赤い袋だった博麗の体が、水風船でも破裂させたように弾けて四散した。
 辺りにまき散らされた血飛沫、その飛沫跡、あちこちに飛び散った肉や骨のかけら。凄惨の言葉では言い表せない光景が、残る。

「れ、れい……えっ、れい、む?」

 その場でへたり込み、霊夢が"破裂した"その後に残った血溜まりに手を伸ばして声を震わせるケイオト。
 あ、だの、う、だのと呻きを上げて、立ち上がる様子もない。

「その程度の覚悟で吸血鬼に挑んだか、愚か者が。」

 吹き飛んだ半身の様子を確認するが、再生速度は遅い。これが、妹の力か。

「お姉さま!」
「フランドール、見事だ。力をこれほど扱えるようになったか。」
「ごめんなさい、体……」

 あれほど不気味だった背中の百腕は、こうしてその力を発揮しない間は見事におとなしいもので、妹の感情や表情と一緒に蠢き波打つ、まるでペットのようだった。

「案ずるな。博麗のように"芯"を砕かれたわけではない。時間がかかるだけだ。」
「うん……。まだ、制御が完全じゃないの。使う瞬間は、やっぱり暴れちゃって」
「鍛錬次第だな。だが、先は明るい。博麗を砕いた今、残るは八雲だ。それも、私とフランドールなら、成し遂げられよう。」

 残った左腕で妹の頭を撫でながら私がいうと、妹は希望に輝いた視線を私に向け、頷く。
 そして、霊夢がいた辺り、より強く血痕の残る地面に呆然と視線を落とす魔理沙に、視線を投げる。

「まだ、続けるか、ケイオト?」

 答えはない。
 今、こいつの血はさぞかし美味であることだろう。右半身を失っている今、それを取り戻す糧としても目の前の人間はうってつけに違いない。だが、それを慌てる必要はないだろう。むやみやたらに血を吸うのも、好みではない。

「霊夢が死んだのは、紛れもなくお前のせいだ。お前がもっと強ければ、こうはならなかったろうな。」

 ざり。

 魔理沙の指が、血で塗れた床を掴むように掻く。悔しかろう、自分の無力故に何も成し得ないことは、悔しかろう。
 だが、私は、お前の何倍も何十倍も、大きさも回数も、お前とは比較にならぬほどそれを味わってきた!
 次は、私が、"そうする"番だ。もう、あんな苦い思いは、ごめんだった。

「お前が生きているのは、霊夢のおかげだ。それを、思い知りながら死に損なった命を噛みしめろ。預かった命、無駄に散らせることもあるまい。」

 今のこいつであれば、片腕でも勝てる。魔法使いの強さとは、準備の周到と意志の力だ。強い意志の力のないケイオトごとき、赤子同然だった。それに今は、妹もいる。

「霊夢」

 足下には、口の付近のものと思われる破片が転がっていた。唇らしい肉、血、歯、顎らしい骨の欠片が砕けて一緒くたになったそれは、あのころ私が夢中になって口吸いしていたものだった。
 この戦いは、私の哲学と博麗の世界の衝突だった。思いの激突だと言ってもいい。であるのなら、こうしてまき散らされた血肉の飛沫と骨の欠片は、確かに、私か、霊夢か、もしくは二人の思いの残滓に違いなかった。
 だというのに、転がる赤い塊白い塊にたいして、さほどの感傷も感慨も、無い。
 私には、そんな風に後ろを振り返っている余裕はないのだ。先を、先を見て、未来と可能性を、運命を切り開かねばならない。思想や哲学のぶつかり合いであったとしても、ただの喧嘩や殺し合いであったとしても、私には、牙と爪にかかった血を拭い払って、歩みを止めるわけにはいかない。私自身のためにも、妹のためにも、共にこの世界に来た被排者たる家族のためにも。

「一つの、区切りか」

 赤く染まらなかった存在は、しかし私を否定するに至らなかった。結局、私の手によって真っ赤に染まり、そう、赤い色を跳ね返すようになった。かつては白く、すべてを返していたそれも、今は、"赤色(スカーレット)"だけを。

 顎の破片を、踏み砕く。それが砕ける瞬間、仄か僅かに違和感を感じた。

「こんな形になっても、祓いの力を帯びているか。流石だ」

 足裏の下で、じくじくと粘りを感じさせる、霊夢だったもの。今となっては、ただ赤いだけの塊だ。

「フランドール、帰るぞ。博麗を下した今、八雲に備えねばならん。お前の力を以てしても、恐らく、侮るべからざる相手だ。」
「はい、お姉さま」

 頷いた妹は、私に手を差し伸べてくる。半身を失っている私を気遣ってのことだ。愛い奴よ。

「すまないな。だが、それには及ばん。気持ちだけ、貰っておこう」

 私は一旦、体を小さなコウモリに分解する。万能性を有した擬似体組織たるそれを再び結合すると、とりあえずは私の体は元の形に戻った。だが、全体的に密度が落ちており、お世辞にも万全とはいえない。単に欠損部分を体全体へ分散させただけなのだ。さっさと城で、休養を取りたかった。

「パチュリー、テリトリを解放しろ。博麗はしと」

 そこまで言って、辺りに漂う異様な雰囲気に気づく。妹も既に気づいており、私に寄り添ってきていた。







 妙な空気。こんな不快な空気は今まで、大聖堂の中でも感じたことがない。

「なんだ、ケイオト、おまえか?」

 振り返るも、魔理沙はといえば、霊夢が破裂した中心地から、後ずさって逃げている。
 で、あるのなら。

「博、麗……」

 違いない。だが、一体何が。
 周りを見回すと、飛び散り飛沫と破片になっている霊夢だったものは、地面を蠢いていた。
 水たまりは波打ちスライムのように流れ、肉片は蛆虫のように脈打ち身をよじって動いている。骨片はがたがたと震えながら転がっていく。

「おねえ、さま」

 妹は、顔をしかめていた。
 間違いない、博麗は、再生しようとしていた。だが妹が顔をしかめ、私も酷い不快感に反吐を吐きそうになるのは、その再生の様が余りにも汚らわしく無様だからだった。

「大人しく死ねとは言わんが、恥を知らぬのか」

 いや、これを霊夢に強いているのは、八雲か。
 吐き気がする、この様は。
 私のように霧を呼び出し復旧するでもコウモリ化で均質化するでもない、情報書換(スーパースクリプション)による再形成でもない。血と肉と骨を集め直し、キメラとゾンビの手法とと同じように、体を作り直す、もっとも下劣で下等な、忌まわしい再生方法。それは下位の魔物の中でも、影でしか生きられず、脆弱で、弱い物達が、強さを得ることも出来ずに手にした下品極まりない下等生物のやり方だ。それを、博麗は、選択し、実装していた。

「不快だ!」

 這いずり回る肉片同士は、偶然に出会えば一塊になる。そうれでなければ、それぞれ大まかに元あった場所(霊夢が弾け飛んだ地点)を目指して動き回っていた。蛆虫や蚯蚓、粘菌やアメーバなどの汚らわしい下等生物を思わせるその様が霊夢の姿だと思うと、胸くそが悪くなって叫んでしまっていた。
 足下を転げる肉を踏み潰そうとしたが、それは映像のように透けて地面を踏みしめる。
 下等存在の再生にも関わらず、そのプロセスにおいては、存在の空間位相をズラすというふざけた真似をしているようだった。これは、八雲の模倣だろうかそれにしても、お粗末で、無様だ。

「見損なったぞ、霊夢」

 再生をそして機内ことへの憤りではない。純粋に、不潔な存在へ成り下がっている博麗への、嫌悪感からだった。
 ひょこひょこと動く無数の血肉骨に、フォークを突き刺し弾を放ち、妹も力を発動するが、全く通用しない。見た目は貫通しているが、立体映像を相手にしているよう。完全に、"あっち側"で、あの汚らわしい再生を続けているようだった。
 普通、あの手の再生能力を手に入れれば、魂の汚れを免れない。呪われ、生体機能に変質をきたし、知能は落ち、魔力の純度も落ちて高度なことは出来なくなる。だが、霊夢はそうではなかった。もっと特殊な何らかによって、しかしまさにこの汚穢を体現しているのだ。
 虫酸が、走った。
 徐々に集まっていく塊は、再生能力としては酷く下等であることを示しており、集まった肉がそれぞれ我先にと元の器官へ戻ろうとしていて、その何かもわからぬ肉塊に、耳が生え、隣に脾臓の片割れが出来ては互いに相手の位置を拒絶し、別の肉塊を迎える。それもまたどこかの爪であって相容れず、骨のまわりに正しい筋がつくのにもまたそんな幾サイクルもを要し、肋骨らしいもののまわりに脈打つ肉がはびこり、血管が何度もやり直しながら這い回ったり、そうかと思えばその裏側では一度落ち着いた皮膚の上から再度肉が被さって、最初からやり直す。まだ行き場のない血管が断面を塞いでいない内から、一部しか出来上がっていない心室がせっかちに血液を送り出すが、その流れはただ血管の先から空しく吹き出すだけで、血管の一部だった別の体組織が地べたを這いずり回ってそこに届くまではそうした意味のない形成行われていく。今のそれは、ひとつの形を目指して形成が進んでいるようにさえ、見えない。その再生の過程は、本当に、下等なものだった。

「れい、む」

 その下等で無様な汚らわしい霊夢の姿を目の当たりにして、複雑な表情と、弱々しい声を上げて、立ち上がれないでいた。
「どうした。よもや霊夢が、博麗が"まともな"人間だなどと、思っていたのか?人間の器であることに間違いはないが、埋め込まれ注がれた中身はまるで別物、魔術的な回路の塊だ。お前とは似ても似つかぬ存在なのだと、まさか、まさか思っていたわけではあるまい?まあ、私も、これほどの下種が混ぜられているとは思っていなかったがな。人間でありながら神にも近い高純度の魔力を扱うと思えば、こんな下等生物の生態を示すなど。こやつは、合成獣かなにかか?」

 存在自体がグロテスクすぎる。このような継ぎ接ぎで調整された存在が維持を担うほど、この世界は歪なのだ。何もかもを受け入れ、その上で何もかもを拒絶する矛盾をして正義を行使するのだ、まともな存在では、ないだろう。

「でも、霊夢は、霊夢だ」

 私を説得するような言葉ではない。自分を納得させ疑いを払拭しようとする魔理沙の言葉は、しかしある意味で正しいと思う。

「そうだ。その、不整合を内包し、拒絶と許容の共存がこそ、霊夢の魅力だ。私は、そんなこいつが大好きで」

 私がそう言うと同時に、肉片はリユニオンを完了し、最終的な再形成に向けて錬成を高速化する。四肢の位置があべこべであったり、内側と外側が逆だったり、最後の試行を行った上で、いよいよその姿を取り戻す。そして、ガラスが砕けるような音を響かせ、眩い閃光を散らして、完成したそれが"あっち側"から移送されてくる。
 目を閉じたままだった霊夢の目が開かれて、もう一度生まれたかという印象を与える清らな表情。

――ディゾルブスペル――

 脳内に響いたそれは、この世界のシステムメッセージに違いなかった。

「そんなこいつが、大嫌いだ」

 生まれ直した霊夢を睨みつけながら、紛れもない本音をぶつけた。

「……いきなり大嫌いだなんて、ご挨拶ね。」

 どこか、私のことなど軽視するように、完全に視線を逸らして、歩き出す霊夢。全裸の彼女は辺りを見回し、砕け散ったときに一緒に四散した、元々服であった布切れを二つ、拾い上げる。一枚を腰に、一枚を胸元に巻き、乱暴に端を縛った。
 下着としての意味はなしていない。隠したいだろう乳房も局部も、少し動けば見えてしまう。だが、それは博麗が、自分が人間であることを示す、一つの儀式かもしれなかった。

「何だよ、いまの。でぃぞ……?」
「一代につき一度だけ自動実行されるらしいわ。私も知っているだけだから、よくわからないけれど。」

 暴力によって命を失った場合、一度だけ復活する、か。まさに、下等な魔法生物に付与されるタイプの性質だった。

「軽蔑、したでしょ?下等魔法生物と同じだものね」

 巫女や、悪魔などよりも、魔女、魔術師。森羅万象を知識として捉え、分析・定義し、操作を実行する、そのの立場であればこそ、下等魔法生物に近いああいった再生方法が如何に汚らわしく不完全であるかを、深く知っているはずで、信頼していたであろう友人がそうだと知れば、その衝撃は一入に違いなかた。

「霊夢」

 それでも、ケイオトが立ち上がり博麗を見た。なんとするか。いや、わかっている、あの二人はそんなことで切れる間ではない。それはむしろ、二人の間と言うよりは、魔理沙が魔術師の中でもケイオトに位置づけられるに至るその理由に、通じるものがあるといえた。

「そんな便利なものがあるなら、さっさとやってくれよ。」
「まり」
「さっさとあれをやっつけて、帰ろうぜ。」

 魔女が、こちらをみる。怯えの色は見えた。それは私にではなく、後ろに立つ博麗へのものであったが、それを振り払って霊夢への過去、自分の積年をポジティブに捉え、あるいは正当化して、前に進むための決意の現れだったのかもしれない。

「お前が紫のファミリアだったとしても、お前が私の目標なのは、変わらない。」

 ケイオトは、手を高く挙げて手を広げる。離れたところに放り出されていた箒が独りでに浮き上がってmくるくると回ってケイオトの方へ飛来し、その手の中へ収まる。その先端を私と妹に向けて、は、敵ながら面白い、さっきまでの怯えの色を見事払拭した強い視線を向けてくる。

「こんな奴らに後れをとってる暇はないんだ。霊夢、お前だって、蚊の化け物みたいな奴に負けるつもりなんて、ないんだろ?」

 視線は霊夢へ向けられていない。だが、霊夢も、魔理沙のこの強い瞳を恐らく感じていて、それに同調する。

「あんな奴の遣いだなんて、二度と言わないで貰える?私は紫の指示命令で動いてるわけではないし、色恋感情であいつのために命はってるわけじゃないわ」

 霊夢が無言で空に九印を引くと、どこかへ消えていた白と黒の交わったデザインの球体が二つ、再び霊夢の脇を固めた。

「魔理沙、あんたに負けるつもりだって、これっぽっちもない。」

 砕いた御幣も光の輪郭線がそれを描き出した末、再構成された。ディゾルブスペルによって解放された何らかによって、霊夢自身と得体の知れぬ強力な武具である球体のコネクションは、より強くなっているようでもあった。
 霊夢は歩みを進めて魔理沙の横へ。彼女がそうするように、霊夢も、私と妹を見据えてきた。

「反撃よ。世界なんて知らない。やられたから、やり返す、それだけ。」

 白と黒の球体は、今までとは違う禍々しさを湛えていた。正邪双方を混濁させた威圧感は、今までに出会った何者にも似ていない。見たことのない力の存在感が、海のように空のように吹き出していた。

「おう、仕切り直しだ。やっこさんも、二人目が出てきたところだしな。でも、霊夢は一回アウトカウントだぜ」
「わかってる。あと一回ずつやられたら、スリーアウトだもの。もう、させないわ。」







 もうさせない、という霊夢の言葉も、はったりには聞こえなかった。ディゾルブスペルとかいう初期化メソッドが実行されてから、霊夢の霊圧は飛躍的に上昇している。隣のケイオトも、精神的に何かを飛び越えたのか、伸びていた。
 気は、抜けない。

「お姉さま。私の、血を」

 決戦。その雰囲気を感じた妹は、私に向けて首元を差し出してきた。普段は決してしない、"同族吸い"。しかも血縁だ。これは、厳にはばかられる行為に違いないが、反面、同じ者同士で、安易な力の増幅ができる術だった。
 私達吸血鬼は、吸った血液から、その血液が持つ本来のエネルギー以上のエネルギー、具体的に言えばネズミ一匹の血液で、町一つの滅ぼすくらいのエネルギーを、獲得できる。血液を媒介に、その保存法則を破ることができるのが、吸血鬼の最たるパワーリソースだ。
 ただしそれを吸血鬼同士で互いにうことは、種族の恥として、強く回避される。また、それを過ぎると精神に病を来すとも言われていた。
 それでも、パチュリーが現れ力添えをくれるまで、牙を持たず翼を歪ませ矮であった妹に、私は自分の血を与え続けた。他に、妹の餓えを満たす方法がなかったからだ。そもそも別個体の吸血鬼がこうして近くにいることが、本来ならばあり得ないことだった。
 同族吸いの禁忌も居住制限の例外も、すべて、描いた未来のため。運命を打ち砕き編み直すための、アクティビティ、旧態依然の踏み越えに他ならない。

「すまない。少し、貰うぞ」

 私は妹の肩を優しくつかんで、その首筋に歯を立てる。
 つぷ、と皮膚を破る感触が伝わり、すぐに舌を滑る血液の味が広がった。私は唾液をその傷口にまぶして、妹の再生力に抑制をかける。唾液は同時に、痛覚を封じ、それを快感へ変える作用もある。

「ん……ぁっ」

 妹はか細い声を上げて、私の背中に腕を回して抱きついてきた。熱っぽい吐息を漏らす妹。抱きついたまま腰をくねらせて、やがて膝を擦り合わせ始めた。背中に回された手は徐々に爪が立ち、ぎゅうと強く締められる。

「おね、さまぁ、これ、す、すごっ、ぃ」

 すごい、は、しかし、こちらの科白だった。
 ほんの少し、ほんの少し口に含む程度の血液だったにも拘わらず、蒸留酒のように燃え上がり、力は熱を帯びて体を駆け回った。受けていたダメージを回復してなお余りある供給。エネルギー源としてだけではない。愛しい妹、文字通り血を分けた妹と、再び血を以てつながる快感もまた、骨身を溶かされるほどだった。溢れかえるエネルギーと甘美さに、私も恍惚の縁に滑りそうになる。

「フランドール、ああ、堪らない。これほどにお前を愛おしいと思ったことはないぞ」

 腰をくねらせる妹の膝を割って太股を押しつけると、妹の腰は私の太股に股間を擦り付ける動きに変わる。首筋に牙を立てる私の耳元では、深い快感を漏らす吐息と声が、その小さな口から漏れ続けていた。
 まだ幼い頃、妹に血を吸われたときの、絶大な快感。求められ与え満たしているという強烈な快感。妹はそれを初めて感じ、私は遠い記憶のそれを思いだし、二人で小さなオーガズムに至る。

「おね、さま、みら、れ」
「見せつけてやれ。どのみち、何も出来はしない」

 もう一口だけその甘美すぎる血を飲み下して、私は口を離す。ぶるっ、と妹の体が震えて、それから背中を掴んでいた手が離された。
 私は妹の頬に触れ、口づけをする。
 妹は、私が何もいわないのに自ら舌を差し出して、口中愛撫をせがんでくる。私はその三角に滑る舌を唇で食み、前歯で甘噛み、こぼれる唾液を舌で掬い取ってその口の中に戻し、互いにそれを交換する。太股に触れる妹のショーツは熱を帯びたぬめりに支配され、太股にその足跡を残していた。

「馴染む。実に馴染むぞ、フランドール、お前の血は」

 そうして、ひとしきり互いの体を絡めたあとで、ようやく体を離し、霊夢と魔理沙の方へ視線を投げる。

「死亡フラグは立て終えたかしら?」
「ふん。無粋だな、ニンゲン。もうしばらく黙っていろ。いや、あのような下等な再生をするニンゲンなど、いないか。」

 軽口を吐く霊夢だが、しかし、その足がべったりと地面に張り付き動く意志を失っているのはよくわかっていた。魔理沙も然り。
 二人の時間を、邪魔はさせぬ。

「フランドール」
「はい、お姉さま」

 私はフランドールを呼び、手を伸ばす。

「私に槍を。そしてお前にも」
「はい。私に剣を。」

 私の手に促され、まだ熱に浮かされたように頬を上気させた妹は私に向き直り、私もそれに正対する。
 私は、妹の鳩尾へ、手刀を突き立てた。手首までを胸の中に埋め込み、その脈打つ心臓を一つ、掴む。
 妹は、私の鳩尾へ、手刀を突き立てた。手首までを胸の中に埋め込み、その脈打つ心臓を一つ、掴む。
 そして二人同時にそれを、お互いの胸から引きずり出す。
 心臓はすぐに再生した。手に握った心臓は、胸から引き抜かれる瞬間血管を引き延ばし、そうして引き延ばされた血管は太くより長く変形する。血液をまき散らすことなく、それは洗練された流線形を形成し、私と妹の掌に収まったまま音もなく瞬時に凝固する。 私の手には、妹の心臓と血液で形成された槍。
 妹の手には、私の心臓と血液で形成された剣。
 二人でこれを使うのは、初めてだった。







「我が手に、グングニル」
「我が手に、レーヴァテイン」

 レミリアと、フランドールと呼ばれた妹吸血鬼が、槍と剣を召喚した。二振りとも、真紅に染まった魔器。それは、吸血鬼どもが今までに吸ってきた、血液の赤さと凶さを示しているようだった。
 レミリアの槍は、そこから更に成長するように、幅広の刃と返しを得、全体が液体のように脈打ちながら生と死を代謝し続ける姿へと変わる。
 妹の剣は一本だった刀身が、木の枝のように幾叉にも分かれ、全体が白い炎に包まれながら、その叉の形を常に変化させていた。
 二人がそれを振り回すと、あれほど強固に塗り込められた結界にひびが入り、割れて裂けた。貫かれた亀裂から、赤い、赤い、真っ赤で大きな満月がにたりと笑って血を滴らせているのが見えた。ゆらゆら輝く赤光が、夜の黒を冒しながら、割れた天井の隙間からどろどろ這い入ってくる。出血の逆さまのようだ。これは、幻想郷が傷つけられたとでも言うのか。

「七支刀?それに、あの槍は……」
「ありゃあ、別の世界の神話に出てくる武器の、まねっこだぜ。真似っていっても、おっかないことに代わりはなさそうだが。」

 魔理沙が、箒を構えながら言う。
 無鉄砲の彼女でも、私のあんな姿を見た上で、更にこんな禍々しいものを目にすれば、怖じ気付くと言うもの。さすがに少しの迷いが、出ているようだった。それでも、毅然と筋を通そうとする彼女の姿は、どこか、レミリア・スカーレットと通じているようでもある。

「ま、お前のそれの方がよっぽどおっかないがな。」

 陰陽玉を指さす魔理沙。

「どうかしら。あの槍。吐き気がするほど死臭がするわ。何人殺してきたのよ。それに、あの剣だって」

 確かに、世界の薄皮を、切り裂いた。その言葉を飲み込む。余りに忌々しい事実に、脳味噌が割り箸でぐちゃぐちゃとかき回される思いだった。
 あの剣は、ここからでも感じるほどに、穢れが酷い。大概の存在は触れる前に腐り落ちるだろう。それを手に持って振り回そうというのだ、あの妹吸血鬼も、大概化け物ということか。放ってきたあの力も、底が知れない。

「品定めは終わったか?そろそろ始めよう。ヘルの手をすり抜けて舞い戻った巫女には、宿り木の枝が似合いだろうが、生憎こんな槍しかない。始めよう。おまえの血を、早く味わってみたい。」

 槍は、主の身長の三倍はある。妹の剣も槍ほどではないが、扱えそうに見えないという点では同じだった。だが、見た目の問題ではないのだろう。あれら業物はかくも赤く、死臭をまとい、禍々しくその存在を誇示している。お互いの心臓から作り出したというのだ、それは、奴らの血の化身、ひいては奴らの本性に違いないのだ。
 魔理沙のオリジナル箒――ウィッチブルームとでも言っていたか――は再びキーニングを発し、臨戦態勢をとる私にあわせて陰陽玉も妖しい光を放ち始めている。
 博麗の巫女が、一生で一度だけ得られるという、"ディゾルブスペル"。究極の解呪術法で、死を司る女神から「ヒト」にかけられた「死」の呪いを一瞬だけ破るものだという。その解呪によって、何か別の拘束回路も同時に解放される仕組みらしい。今までに感じたことがないくらい、陰陽玉との同調が高まっているようだった。
 陰陽玉は、陰と陽、清と濁、光と闇、ハレとケ、あらゆる太極の理の凝集であり、この世を混沌から天と地、海と陸に分けた二極化の秘儀の粋である。白と黒の二色に彩られた内の、白に属する力。これを引き出せば、吸血鬼にはいかな祓にも比較にならぬ、根元からの断絶をもたらすことが出来るだろう。そして、今の私なら、それが出来るような気がした。

「魔理沙、準備は」
「はン、ビンビンだぜ。いつでもあれをファックしてやる」

 魔理沙は箒のレバーを引き、何かのパーツを"取り外した"。

「上等。赤玉まで撃たないように気をつけなさいな。じゃあ、始めましょうか。」
「わぁってらぃ。吸血鬼共に、額で煙草を吸うコツを教えてやるぜ」

 私と魔理沙が向き合うと、吸血鬼姉妹もそれに応じる。障気、殺気、残忍な唇。牙、爪、蠱惑的な相貌。光を反射し凶く輝く赤い光彩、静かに軋みを上げる筋繊維、脈打つ三つの心臓、世への呪い、人への恨み、光への怒り、憧憬、渇望、私への。

「お姉さま、あれを使うわ!」
「ああ、いいだろう」

 レミリアは妹と目配せし、二人は線対称に構え、掌に傷を刻んで口上を述べる。
 スペル起動だ。

「決して忘れぬ。差別され、排斥され、虐げられ続けた日々。幾星霜流れようと、ままのヒトと世界は変わらぬと知った。欲するのは未来だ。今にも過去にも安住の地はない。過去を塗り潰し、私は運命を、望んだ未来だけを、この手で切り開く。怨恨"怒りの日"……!」

「外の世界に出たい出たい出たい、それだけ。今外にあるモノすべて壊してサ、また積み木みたいに作ればいいの、作り方なんて知らないけど。痛くない世界、電球の太陽、ブロックのお城、逆らわないお人形の家臣。食べても食べてもなくならない、クッキー、マカロン、ケーキ、ケーキケーキ!枯渇"深き淵より"!」

 姉妹は剣と槍を交えて十字を作り、同時にセルフBUFFスペルを起動した。そして巻き上がるパンプアップの奔流は二つ渦を巻いて絡み合い、より巨大な流れとなって姉妹の体へと再び取り込まれていく。

「踊れ。『ダンス・マカーブルだ」よ!』

 レミリアの力は身を以て知っている。恐ろしく強大で、ディゾルブスペルで解放を得た私でも、敵うかどうかわからない。だが、力の制御を得たフランドールは、恐らくそれに匹敵するかそれ以上に強敵のであると予想されると同時に、その質について全くの未知であった。
 私は陰陽玉に臨戦態勢を取らせ、杖を構えて出方を待つ。魔理沙もセンサ類をフルアクティブにし、反応速度が速く接近向きにソードオフまでマズルを縮め、バックショット弾を装填したガンナーズブルームのポンプを引いている。
 その魔理沙が口を開いた。

「ヘイ、無粋は無しだ。これで始めようぜ」

 魔理沙はコインを一枚取り出す。一拍全員を見回して異議のないことを確認すると、それを弾き上げ、るかと思ったが。

「あ。なあなあ、霊夢。私達もあれしようぜ」
「は?なに……」

 と、訊こうとしてそれを言い終える前に、魔理沙が近かった。

「んっ」

 びっくりして反射的に身を引こうとしたが、彼女の腕が私の腰を抱いていて、魔理沙の唇が私の唇に重なっていた。
 ほんの少しだけ、舌が入ってきて、彼女らしくもなく控えめに私の舌を撫でてから、それは離れた。
 それでも顔と顔が近いまま、額同士をぶつけて、そして小さく、おなかの底にじんとくる低い声で。

「死ぬなよ」
「あんたこそね」

 極度の緊張感。魔理沙の声が、子宮に響いた。ああ、私の体は、なんて淫らなのだろう。博麗は、子種がなくとも子をなせる。そういってもう一回、触れるだけのキスをくれて、魔理沙は吸血鬼に向き合う。

「待たせたな」
「別れは言い終えたか」
「ああ、あと80年はよろしく頼むってな」
「ハ。お前達のような手強い劣等が、私の世界から一掃されることを願うぞ」
「光を削る力のない吸血鬼と、闇を削って生きる人間、どっちが劣等だか、決めようじゃないか。始めようぜ、その決定をさ。」

 乾いた金属音を鳴らして、くるくると回転しながら弾き上げられるコイン。高く打ち上げられ、上昇加速を止め、徐々に落下へ変化。速度を上げ回転を保ちながら高度を落とし、重力に吸い込まれて床へ、床へ、床へ。
 そして。

 チンッ

 レミリアの姿が、消える。あの長い槍を持っているにも拘わらず、その速度は全く遜色ないらしい。だが見えていないわけではない。仮に見えていなくとも、レミリアの初動は、絶対に決まっていた。

(正面!)

 地べたを這い進むような低い姿勢、しかし瞬間移動にも等しい速度で、懐に潜り込んでくる。
 それは、真っ直ぐ正直、自身と決意に満ちたレミリアならば、確実に選択するルートだった。最初は、真正面だと。

「はァッ!」
「いいぞ、博麗!楽しませて見せろ!!」

 レミリアの爪撃に、真正面から杖の飛水打ちを合わせると、びりびりと肩まで痺れる強烈な衝撃が、伝わってきた。
 弾き返され合う互いの目を見ながら、次の行動を予測する。打撃相殺の反作用を利用して、レミリアは私の右へ、私はそれと点対称に回転しながら距離を維持。エンゲージを続けながらも刹那生じた互いの行動硬直に、私は陰陽玉へ、フランドールを遠隔自律攻撃するよう指示を出す。対するレミリアは、生じた距離で有効になる槍を構えて私へ突進してきた。
 陰陽玉が魔理沙と交戦中のフランドールへ向かうのを確認し、私は杖で槍をいなす。受け流した移動ベクトルを殺さぬまま、レミリアは更に爪を立てて突進してくる。

「繋縛陣!」

 正面に障壁を展開し、同時に腰を落として蹴り上げる姿勢をとりレミリアの突破に備えるが、横からフランドールの破壊の波動が飛来する。

「くっ」

 予測はしていたが、それをもふまえても防御はとりきれない。バックステップでそれをかわしてしまったため、私はレミリアの突進を迎撃ではなくガードせざるを得ない状態に追い込まれる。が、レミリアの行動も魔理沙の散弾で制動されていた。ほんの一瞬、レミリアの足が止まる。その一瞬で、姿勢制御には十分だ。再びレミリアを迎える姿勢をとる。
 そうしている間に、フランドールの方へ飛んだ陰陽玉が自律攻撃を行う。破邪の力をまとった浄滅射撃、あるいは鬼の一撃にも匹敵する打撃を繰り出す、E.R.Lとなった陰陽玉が、フランドールと魔理沙で三角を描くように包囲する。

「ぅん?」

 警戒するフランドール。剣を振るって陰陽玉を砕こうとするが、陰陽玉とて秘宝の類、世界の理の凝集たる欠片だ、易くはいかない。
 陰陽玉の一つが激突による打撃、もう一つがバスターに匹敵する射撃を行い、ウィッチブレードを構える魔理沙を支援する。

「ひゅ~♪こいつは頼もしいぜ。」

 陰陽玉の自律支援に連携するように、魔理沙は弾速が遅く残留時間の長いエメラルドスプレッドを放ち、ブレードで斬りかかる。

「ウザい……!」

 フランドールは空中で頭を抱えるように上半身を丸め、代わりにあのグロテスクな破壊の力の腕翼を大きく広げて上に向ける。刹那、その翼から溢れ滴り広がる無数の腕が、四方八方に散らばって破壊の力をばらまいた。
 陰陽玉の攻撃はそれらに相殺され弾かれ、一旦私の元へ帰還するコースをとる。魔理沙も攻め倦ねて回避一辺倒をしいられていた。

「っく、なんだあれ、近づけないぜ……」

 ウィッチブレードをガンナーズブルームへ変形させ、中距離から射撃で狙おうとするがまき散らされる破壊プロセスが激しく、まともに狙いを定められない。

「でたらめだぜ、あれの一つにでも当たったらゲームオーバーだなんてよ。オーレリーズ!」

 魔理沙のオプション4つが、周囲に輝いた。
 陰陽玉がこちらに戻ってくるまでは、私の獲物は杖一本と符だけ。その中で、苛烈な接近戦を強いてくるレミリアに対応しなければならない。

「鎖よ!チェーンギャング!」

 接近打撃を試みる以外に、レミリアは時間差を以て蛇のように飛びかかる鎖を召喚する。鎖と爪撃の同時攻撃を弾くと同時に退魔針を放ちグレイズを誘って杖の突き。上半身を反らせて針をかわし、杖も腕で払うと、レミリアは頭上に構えた巨大な槍を投げつけてきた。

「グングニル!」
「!」

 攻撃範囲が巨大すぎて、かわすことができない。結界を張り、槍の射線に対して深く斜した角度に保ってその軌道を逸らせて防御する。

「ぐっ、なんて力」

 赤い槍は弾かれ彼方に飛んでいった。最小限の衝撃で弾く想定だったにも関わらず、四重結界をシールド用にアレンジした結界が一撃で破砕する。防いだ槍は、しかし自動的にレミリアの腕へ戻ろうとしていた。

「させるか!」

 鎖を受け流し、槍も今は手元にない。何より。

「お姉さま、魔女の攻撃!」

 フランドールの全方位攻撃に攻め倦ね、支援を決した魔理沙の小型人工衛星砲が、レミリアを包囲する。陰陽玉も戻ってきた。打って出るタイミングだ。

「押し込んで!魔理沙、A.A弾!」
「撃ちたいんだが、ようっ……!」

 レミリアの持つ赤いオーラを侵徹し爆傷させるために劣化アボイタカラで鋳造した、詰めのAntivampireAPFSDSが、魔理沙の武装には含まれていて、これなら吸血鬼でも殺しきれると息巻いた紹介を前もって受けていた。ガンナーズブルームの先端は銃口をあけたまま保たれ、それが装填された状態にはなっているが、それを放つための隙がなかなか現れない。
 フランドールが剣によるインファイトの強制を継続していた。

「レーヴァテイン、暴れろ!」

 鍔迫り合いを続けていた魔理沙のウィッチブレードと、フランドールの凶剣(レーヴァテインといったか)。フランドールが剣に命じると、不規則に枝分かれして伸びた刀身が、さらに生き物のように蠢いて伸び、触れるものを突き刺し切り刻もうとしてくる。

「くっ、気味の悪いものばかり振り回しやがって」

 後方へウィッチブルームのアフターバーナーを噴かして、無理やりに一旦距離を取り、レーヴァテインを避ける。

「人間風情が、やってくれたな」

 6つのE.R.Lによる同時砲撃を受けたレミリアは、体を小さく縮め頭を抑えつ翼の面積を広げて体を包み込むようにして、球状にガードしていた。ガードをといたレミリアの姿に、さほどのダメージは見られないが、それでも悔しげに歪んだ表情から察するに、効果はあったようだった。

「魔理沙、効いてる!続けるわよ!」
「そううまくいけばいいがね。別に夢想天生をブチかましてくれても構わないんだぜ?」
「あんたのA.A弾と同じよ。やりたいのは山々だけどね、準備をさせてくれそうにない、わっ、と!」

 グングニルとは別の、赤い槍(デモンズフォーク)が何本も飛来する。

「鎖よ!」

 赤い鎖を操りながら、私との距離を詰めようとするレミリア。速さは相手の方がずば抜けている。距離をとるには移動ではなく、攻撃によって追い払うしかなかった。
 もしくは。

「起爆!」
「っく!?」

 レミリアの進行方向の先が、爆発する。拡散アミュレットの裏地に仕込んだ常置陣が、その辺りにはおびただしい量撒き散らされている。私はそれを自在に爆破することができた。もちろん地対地にしか使えない迎撃用の符だが、私が地面から浮き上がらない限り、それは十分な障害となる。

「小賢しいな。だが、ここからではケイオトが丸見えではないか。」

 レミリアは鎖を一気に引き寄せて、空中に浮いたそれを振り回してくるりと円を描く。それは瞬時に液化したように血液に姿を変え、空中に赤い血ののスクリーンを作り出す。

「お前たちがするように、私も援護射撃を行うとしよう。」
「させるか!」

 円形の血スクリーンが、何か射撃を行うための準備であることは明らかだった。私は陰陽玉に命じてそれを阻止しようと私と陰陽玉での十字砲火を試みる。
 刹那亜空穴で地対空射撃を行える場所へ移動し、徹甲退魔針を5発。陰陽玉からは敵対射撃の無効化と範囲内敵性への空間破砕を同時に行う"叫声後光"を起動し体当たりを命じる。

「効かん!」

 レミリアは退魔針を受け止めるのではなく偏向させて侵徹を防ぎ、"叫声後光"をまとった陰陽玉を左手で受け止める。受け止めた左腕はみるみる壊死し風化して崩れるが、それにもました再生力で無理矢理に防御を継続し、私のカットを無効化する。

「相変わらず無茶な防御……」

 人間の私には無茶にも見えるが、それをなし得るのは吸血鬼という常識を逸した身体能力、種としての強さだろう。

「バケモノっ!」

 私は杖を構えてレミリアへ吶喊するが、レミリアの支援放火の準備は整ってしまう。レミリアは鎖からの変容によって空中に出来た赤い円形に、指で何事かスペルを書き込んでいく。あれは、魔砲起動用のルーンだ。力、風、幻、いくつかは読みとれたが、ほとんどわからない。

「凶鳥の羽ばたきに打たれて墜ちろ、ケイオト!"鳳砲・フレズベルグ"!」

 ルーンを刻み終えたレミリアは、その起動を命じた。赤く丸い平面スクリーンからその面の前方に向けて、余りに太い光線が火を噴く。

「ごめん魔理沙、カットできなかった!回避して!!」
「オーライ、そんな禍々しいオーラ放ちっぱなしの極太レーザーなんて、見てなくても見えちまうぜ!」

 魔理沙は一瞬ちらりと見ただけで、箒に命じて正確にその射線上から逃れる。
 光線兵器は通常、高威力高弾速である代わりに、直線方向へ向かって照射されるものだ。その射線から外れれば基本的には脅威はない。確かに曲がる光線火砲魔術はほかにもあるが、それは厳密には照射ではなく再帰的随時形成によるプロセスの配列的設置であって、エネルギー対破壊力効率が非常に悪い。ヒット確認が出来ればいい弾幕ごっこであったり、あるいはあの妹吸血鬼のように最初からけた外れのジェネレータを搭載しているか、どちらかしかない。仮にレミリアの巨大なエネルギーがそれを殺傷可能なレベルに実現しうるものであっても、既に励起点にあれだけの高出力が用意されている以上、曲射前提の魔砲プロセスではない。照射系の直線攻撃に間違いない。それは私も、そして何よりそういった魔術が得意な魔理沙も、承知の上だった。
 だが。

「曲がれ!」

 直進すると思われたフレズベルグと呼ばれた魔砲は、レミリアが命じた通り、急激に偏向した。軸をずらしたはずの魔理沙に、再び射線が通る。

「照射系レーザーで、曲射だと!?」

 魔理沙は慌てて再回避行動をとる。間一髪、フレズベルグは魔理沙の体の上を通り抜けたが、帽子が一瞬で蒸発した。

「おいおい、あれでも立派な防具なんだぜ。そう簡単に壊れない自信作だったのに、一撃も耐えないかよ」

 回避行動を取る魔理沙に、フランドールが追い打ちをかける。

「壊れろ……ショルダースパイン!」

 再び破壊の力の腕翼がフランドールの背中から発せられ、大きく回り込むよう四方から魔理沙へ延びる。

「くっ、そ、かわしづらいっ。ブレイジングバリアブルスター!」

 ぐねぐねと曲がりくねりながら、何本もが同時にのびるそれは、弾道が読みづらく回避に神経を使う。だというのに一撃で何をも破壊するのだから、始末が悪い。
 魔理沙は箒を巧みに操り、乗るだけでなくぶら下がったりあえて振り回されたり見ていて危なっかしいアクロバティックな方法で、それをぎりぎり回避し続ける。
 魔理沙自身は私や、吸血鬼、或いは他の妖怪のように空を飛ぶことはできない。正確に言えば、レビテーションではなく、箒に対するサイコキネシスで飛行している。空中で箒から降りている間は、箒の浮遊術式を自分にフィードバックさせているから飛んでいられるが、箒から体を離すと落下する。箒に一定以上の自動制御を持たせてはいるが、基本的に魔理沙自身はそれに乗っているだけ。自身が空を飛べる存在とは、勝手が違いすぎる。それなのにあれほどの細かい制御、機敏な回頭、素早い判断を箒へ伝達する習熟は、彼女の魔法使いとしての才能と、何より努力の賜物だろう。
 本来相手への突撃攻撃を加えるためのスペルを、回避のための加速に使用していた。

「フランよぉ、おまえ、前よりカラダ、小さくなったよなぁ!」
「まえ?まえって何?あんたとは初めて会ったんだ、なにいってるの」
「やっぱ、覚えてないか。いや、その方が好都合か。こうしてやり合わなきゃならんのならな」

 マジックミサイルをばらまいて牽制し、両手の人差し指と親指を直角にのばして組み合わせ、四方形を作ってフランドールの姿をその中にとらえる。

「計器のバグじゃないな。やっぱり小さくなってる。なんだ?会う度に小さくなっている気がするが」
「ごちゃごちゃうるさいなあ!壊れろよ、ファランクスっ!!」

 ショルダースパインの腕の間を埋めるように、フランドールが剣を振りかざす。薙ぐその水平一線に空気の波が発生し、その波に沿って断続的な爆発柱をあげながら、上がった炎が魔理沙に襲いかかる。

「まじかよ、なんだあれっ!」

 ショルダースパインに囲まれた状態で前方を炎の壁に阻まれ、急上昇を迫られる魔理沙。

「ちょこまかと」

 再度破壊の力の腕翼を背中から放ち、今度は剣を上空へ掲げる。揺らめき枝分かれする剣の刃がぼろぼろといくつか崩れ落ち、それが飛翔体となって魔理沙へ。

「物理運動エネルギー兵器もあるのかよ!?オンパレードじゃないか、くそっ!」

 上空で停滞しガンナーズブルームの装弾を切り替え、対物ライフルでそれを一つ、二つ、打ち落とす。装填の間に合わぬもう一つは、換装してブレードで弾くつもりだ。

「弾ききれるぅ!?」

 フランドールは破壊の力の腕翼を更に展開し、魔理沙へ迫りながら指を鳴らす。
 残り一つだった、剣の破片が、8つに分裂して扇状に弾頭を開く。

「ま、まて、反則だろ!?」

 多弾頭マイクロミサイルと化したレーヴァテインの破片は、その複数が魔理沙を射線上に捉えている。

「くっそ、ナロースパーク!」

 マスタースパークを短縮廉化した光線術で、二つを焼きとばすが、まだ足りない。いよいよ二、三が高誘導で迫るのを、ブレードで迎撃しようとしていた。

「気を取られすぎなんじゃない?」
「しまっ、フランドール、後ろだ!」

 私はレミリアの相手をすると見せかけて虚を突き、亜空穴に潜り込んでフランドールへ急接近する。
 レミリアのスピードならば、これでも稼げるのは3秒強か。私は、剣のマイクロミサイルを構えるフランドールの背後から大型博麗アミュレットを投げつけ、退魔針丸をフルオートモードで打ち込む。ファランクスはまだ走り回っているし、ショルダースパインは背中からの発射だから、それに気をつけつつ、魔理沙への攻撃の隙を奪いにいく。
 大型博麗アミュレットと、フレシェットマシンガンはほぼ同時にフランドールに着弾した。アミュレットの術式と退魔針丸の物理運動エネルギーが確かにフランドールにぶち込まれる。だが。

「痛くないなぁ」
「パッシブアーマー!?」
「エイラキャットの力を、なめるなァッ!」

 フランドールは全くびくともしない様子で、魔理沙へのミサイルを操作し、剣を振りかざしていた。
 私に気づいたフランドールは、加えて、後ろに向けて破壊の力の翼腕を放つ。

「く……でも、ダメージは、あるはず」

 相手の注意がこちらに向けば、レミリアも私を追っている以上深入りは厳禁。私は破壊の力の腕翼を回避し、一旦フランドールから離れて視線をはなし、レミリアに注意を戻す。
 レミリアはまっすぐに私の方へ、すさまじいスピードで迫る。すでに手元に戻っている陰陽玉に命じ、高出力の結界シールドを展開。
 来る!
 杖を構えてシールドで減衰したレミリアを迎撃する体制を整える。
 が。

「消えっ」
「ここだ、遅い!」
「なっ」

 次の瞬間、レミリアは私の横で、爪拳を構えていた。

 ――見えなかった――

 レミリアは、この赤い霧の中、自らの体の表面を微細な粒子に分離して大気不沈粒子と化しそれに光学的な細工を加えて姿を消していた。
 レミリアの爪が、私の脇腹へ迫る。

「私の三分の一程度の速度で、抗えると思ったか」
「くっ!霊撃!!」

 霊撃で吹き飛ばす前に、その爪の切っ先が、体をわずかに裂いた。僅かだったはずなのに、真空判定によってそれはばっさりと深く傷口を開き、血が噴出す。激痛。

「ぐ」

 だが、治癒の符を貼る隙はない。爪撃を霊撃で吹き飛ばし、追いかけ、畳みかける。
 戦術的に1on1を続けても、力の差の前に圧倒されてしまう。魔理沙とお互いに支援を送りあい、先のように不意を撃ち続けなければ、勝機はない。
 私は陰陽玉を一つだけフランドールに向けて放ち、もう一つを具してレミリアを追いかけた。

「そこッ」

 レミリアが吹き飛ばされ身を沈めているであろう場所に、退魔針丸を無数に打ち込み続ける。どこにいても逃げられない無数の弾幕を、その地面一帯に掃射。土煙が巻き上がるがそれによって視界が遮られ敵を見失うような失態をおかさないため、先ほどの光学迷彩に抜けられぬ高感度の人感呪符を撒き散らす。
 地面が蜂の巣になるような地上掃射の後、砂煙の向こうにレミリアの姿があった。

「博麗ィィィィイイイイ!」

 現れたレミリアの姿は、衣服はぼろぼろだが肉体にはさしてダメージがあるようには見えなかった。再生能力を備えている以上、その源泉が尽きぬ内はダメージが蓄積しつつも体に欠損は生じないと思った方がいいだろう。
 何とか殺し続け、殺し切らなければならない。
 拡散アミュレットから、通常の博麗アミュレットへつなげて弾幕を張る。大量の札で攻撃判定をまき散らしつつ視界を遮る。

「そんな札、通用せんと言っているだろう!」

 レミリアは雨のように降り注ぎ舞い散る退魔の札に、それぞれ相対する数の赤い楔型弾幕を一瞬で展開し、それらを全て壁や床に縫いつけ相殺してしまう。
 だが、それは、布石だ。

「本命はこっちよ!」

 一瞬遮った視界に紛れ、亜空穴を抜けてレミリアの頭上。長く諸手に持った杖を構える。

「その手には乗らん!デモンロードクレイドル!」
「やっぱりそうくるわよ、ねっ!」

 杖の構えはフェイク。力など入れておらずキャンセル前提だ。対空打撃が届く前に空中でスウェイバック。デモンロードクレイドルをスカさせ、着地を地抄天昇脚のスライディングで奪いにいく。
 レミリアは着地前に反動の強い射撃を無反動化せずに放つことでふわりと着地ずらしを挟んでスライディングを回避し即座に下方飛翔で着地、後続の蹴りをガードする。

「まだッ!」

 地抄天昇脚の後、ガード中のレミリアに向けて即座にバク宙。雨乞い祈りで頭上から襲撃を重ねる。翼によるアッパーでそれは相殺され、着地硬直に刹那亜空穴を混ぜ込むと、着地取りをしようとしたレミリアの爪がクリーンにカウンターをトリガした。

「こざかしいっ!!」

 体が砕けて全てが攻性符へ変化し、レミリアを取り囲む。符には射撃命令を書き込んでいない。その場に、退魔の呪をまとったまま漂うだけだ。グレイズ誘発と視野妨害を兼ねたパーミッションプレイ。レミリアは持ち前の加速グレイズで浮遊符地帯を抜けようとする。
 そのグレイズ狩りに、打撃スペルを、ぶち込む!

「天覇、風神っ脚ッ!!」

 入った!
 一つ、つま先がレミリアの顎を蹴り上げた。リフトが発生したその体に、そのまま二撃目。顎を蹴り上げて開いた鳩尾に、膝。本格的に浮き上がった体へ、さらに三撃目のサマーソルト。胸にニーが入り前のめりに浮き上がった顔面へ蹴りが入る。リフト継続、さらに四撃目のサマーソルトは錐揉みし始めたレミリアの脇腹を縦方向に刻む。締めの五撃目、完全に横になったその体に、空中で回転して浴びせ踵落とし。これもレミリアの背中にクリーンに入り、その体は地面へ強烈に叩きつけられる。地面にはひびが入り、叩きつけられたレミリアの体の周囲はクレーターのように凹んでいた。
 私は油断なく陰陽玉を配置し、杖を構える。
 常置陣を再度敷き詰め、再武装を完了した。だが、符の消耗は、激しい。大技のスペルカードは残り僅かだ。
 八方鬼縛陣と天覇風神脚をもろに喰らい、相当のダメージを受けているはずのレミリアは、しかし、伏した地べたから上半身を持ち上げた。
 こちらを睨みつける目は、見た者全ての精神をを凍てつかせるほどに赤く、凄まじい怒りと憎しみを湛えていた。

「笑、わせる、人間、ごときがぁぁぁあああッ!」

 あれを喰らって、動けるなんて。
 喰らえば大型妖怪でも真っ二つに裂けることが珍しくない、とっときの蹴りだったが、レミリアはまだ動いている。天覇風神脚と八方鬼縛陣、それにフランドールの誤射のダメージも蓄積しているはずなのに。

「倒れなさい!」

 起きあがった付近には一つ、陰陽玉が配置してある。

「行け、明珠暗投!」

 レミリアの起き上がりにあわせて、遠隔起動のスペルを発動する。このまま、起き責めで攻め継続!が。

「遅いわッ!」
「うそっ、隙無さ過ぎよっ!」

 陰陽玉の分身が迫る前に、瞬時に切り返してこちらへ迫ってくる。ダメージがないかのような全く落ちない速度。
 明珠暗投起動後の硬直で、回避が間に合わない。ガードするしか……!

「くっ!ばけもの!」

 レミリアの高速の爪連撃が、ガードの結界を突き上げてくる。

(まずい、霊撃もない。ここは)

 杖で結界の破砕を引き延ばしつつ、レミリアの爪の動きを観察する。

 ――ひとつ、ふたつ、みっつよっつ――

 必ず存在するリズム。それを探しだし、そこに。

(今ッ)

 回避結界で抜ける。が。

「フ。誘われたとも気付かなんだか」
「なっ」

 回避結界を発動させた起点打撃は、恐ろしく軽かった。だが、もう遅い。

――結界狩り!?――

「だから博麗、貴様は人間なのだ!サシで人間と吸血鬼が互角に渡り合えると思ったか!?砕け散れ、"バッドレディスクランブル"!!」

 ガードは間に合う。だが。

("割れ"る!)

 連撃をガードした後の回避結界で、霊力は底をついていた。たといガードが間に合っても、ダメージの低減程度にしかならない!

 激震。
 ガードの上から全身を砕く程の衝撃が襲ってくる。体中の繊維がちぎれ、幾箇所かの骨が砕け、内臓が圧迫されてひっくり返りそうになる。脳震盪で意識が飛びかけるのを必死にしがみついて保つと、目玉や舌が内圧で飛び出そうになるのを感じる。

「ぐ、げぁ」

 目と口を閉じてそれに耐えると、体に猛火が燃え移って焼き尽くしていくように、激痛が広がる。
 どちゃり、と力なく地面に落下した私は、しかし落下の衝撃など些末なほどにダメージを負っていた。
 脳震盪による失神を免れたものの、激痛によるショックが再び意識を私の手から引きはがそうとしてくる。
 何とか体を起こすが、視界が真っ赤に染まっている。眼球に出血があるらしい。意識も靄がかって朦朧としていた。

「何度やっても同じことだ。死ね、博麗。これで本当の終いだ。」
「ま、だね、あいにく、さま」
「減らず口を」

 そう、レミリアが言ったとおり、一対一では敵わない。
 だから、送った支援が、魔理沙の方で効を奏するはずだ。

 ぱんっ。

 レミリアの頭が、前触れもなく突然吹き飛んだ。
 ああもう、憎たらしいくらい、タイミングぴったり。
 動きを停止したレミリアを前に、ほんの少し安堵する。

「お姉さま!!」

 魔理沙の銀弾対物ライフルがレミリアの頭を貫いた……破砕したのだ。

「私を忘れてんじゃねーよ、クズが!」

 送り込んだ自律行動陰陽玉BOTが作り出した隙に、魔理沙がやってくれたのだ。

「わり、い。こっちも手こずっちまってよ。でも、お前の支援が、隙を引きずり出したぜ」

 魔理沙の姿も、ぼろぼろだった。破壊の力の腕翼を幾度となくグレイズし、あちこちの出血を見るに、いくらかはカス当たりを貰っているだろう。ウィッチブルームは幾箇所か砕けて内部構造が剥き出しになっており、上から応急処置のドライバ/スタブ回路符を貼り付けて誤魔化しているようだった。
 レミリアの首から下だけが、立ったまま停止して沈黙している。だくだくと溢れ出していた真っ赤な血も、ひとしきりその足下に水溜まりを広げると勢いを止めた。
 微動だにしない、レミリアの体。先ほどまで吹き荒れるほどだった闘気も殺気も、感じられない。脈動も呼吸も、何も。首から上を失えば、吸血鬼も絶命すると伝え聞いている。
 レミリアは、倒した。

「あとは、そいつだけ、ね。陰陽玉、魔理沙を」

 残りのもう一つも魔理沙の方へ送り、治癒守りをありたけ自分に貼り付ける。

「ぶっちゃけ私逃げ回ってるだけで何もできてねえんだよな。全部霊夢のビットがやってる。おいしいところだけもって行けたのはよかったがな。中距離支援ってのは、辛いなあ。」

 そう苦しそうな笑いを浮かべて、残りの吸血鬼へ視線を向ける。

「だが、支援が二倍、片追いも同じだぜ。行ける!」

 とは言うものの、私は治癒の完了まで今しばらく時間を要すし、魔理沙も消耗が激しい。対して、フランドールはほぼ無傷だった。

「おねえ、さま……ゆるさない、ゆるさない!!」

 フランドールがいきり立とうとしている。陰陽玉の自律支援だけではなく、私も加勢しなければ、魔理沙も消耗しているのだから。

(はやく、はやくっ!)

 遅々とした治癒守りの効果に苛立ちながら、その様子を地上から見上げるしかできない。
 それでも徐々に、徐々に体組成が戻りつつある。ディゾルブスペルによるリミット解除は、私を人間らしからぬ何かを解放しているらしい。Buffをかけ直せば、この状態でも十分戦力になれるはずだ。

(強化護符を一枚、使える程度まで治癒が進めば)

 苦い思いで、魔理沙の姿を追う。

「よう。世界に蔓延る吸血鬼の、半分は殲滅したぜ。残り半分、チョロいもんじゃないか。」
「ニン、ゲンッ……!よくも、よくも、お姉さまを!!ぶち壊してやる、二度と元通りにならないくらい、っめちゃくちゃに壊してやる!!!うああああアああああァあああああァアアああああアああっッ!!!」
「げっ、やばい、だろそれっ!?」

 フランドールが、絶叫をあげながら破壊の力の腕翼をでたらめに広げてまき散らしてくる。右の翼が前方左へ、左の翼が前方右へ展開され、極端に太く巨大化された五本二対のそれが交差することで、その破壊の線は網のように交差し、回避をより困難にする。
 私は、レミリアの死体の側にいたためかその隙間を縫うことができた。だが、魔理沙は。

「くそっ、演算器が壊れてなけりゃ、隙間を算出できるのに!ええい、力業だっ!ブレイジングスター!!」

 魔理沙は斜め上、フランドールの頭上めがけて突進スペルを発動する。

「ちょっ、そんな逃げ方したら、被害が」

 上へ逃げる魔理沙を追いかけるように、照射状に無限遠展開される破壊の力の腕翼が、上方へ煽り上げられる。
 地面を舐めるように破壊の波が地上へ広がって辺り一帯を破壊し尽くし、やがて月明かりに淡く照らされる雲を粉々に散らして天へ向かい、照射がやんだ。

「ニンゲンンンンンン……壊し尽くす!!こんな世界、お姉さまが殺されちゃう世界、いらない、いらないいいいいいいい!!力を、もっと、もっともっともっと力を!!!」

 フランドールが叫ぶと、翼の上で鈍く明滅していた青緑のクリスタルが、輝度を増す。あれが、あの吸血鬼の力の源泉らしい。だが、それがわかったところで、どうにかできるとも思えない。
 ここから見る限り、魔理沙は通りがかりさまに数発、レミリアの頭を吹き飛ばした弾丸を発射している。が、それは途中で減衰し、フランドールの体に当たることなく燃え尽きていた。

『魔理沙!?』

 私は"ひそひ草"越しに呼びかける。

『おお、霊夢、生きてるか?』
『誰かの回避のせいで死にかけたわ』
『だってよぅ、他にどうすればよかったんだよ』
『……そうね。あれ以外に回避コースはなかったでしょうね。次は私も運んでちょうだい』
『重いもの背負ってるってゆってたからな、無理だ』
『死んでしまえ』

 魔理沙の無事が確認できたところで、通信を切る。
 そして、破壊の力の腕翼が薙ぎ払った地上の惨劇を見た。
 魔術師の結界など意味を成さない巨大な爪痕が、地平線まで続いている。まるで猫が爪を研いだ後のように、縦横無尽にできあがった地面の亀裂、それがただの一撃でつけられたものとは、思いたくなかった。

「でたらめすぎる……」

 あれは、吸血鬼じゃない。何かもっと別のバケモノだ。
 そして、私はさらに最悪の事態に、気が付いた。

『魔理沙』
『どうした。トイレタイムならもう少し後だぜ。子守をしないと』
『ええ、どうもそのようね。おっかないことに気づいちゃって、ちびりそうだわ』
『……なにがあった』
『レミリアが、ない』
『は?』
『さっきまであったレミリアの死体が、消えてる』
『妹様が吹っ飛ばしたんじゃ』
『だったら私も一緒に消し飛ばされてたわ』

 二人とも、言葉を失う。
 力を放った後、フランドールが妙な沈黙を保っているのも、妙だった。

『気をつけろ、霊夢。今戻る。動けるか?』
『大分回復した。もしレミリアが生きてたとしても、深手には変わりない。合流には同意だけど、焦らないで。フランドールの様子が変だわ。そっちに気をつけて。』
『ラジャ』

 杖を再形成して、それを突いて立ち上がる。大分回復していた。動き回るのは勿論、射撃戦程度ならもうできそうだった。

「私も立派なバケモノね」

 レミリアの行方不明、フランドールの沈黙によって、にわかに小康状態に陥る。Buffをかけ直し、魔理沙と合流した。

「死体がないな」
「ええ。」
「"ハウンド"にも形跡が映らない。文字通り蒸発か。吸血鬼は死んだら灰になると聞いたが」
「だったらいいのだけど」
「レミリアと違って、今のあいつはどうも防御力が上がっているらしい。弾が通らなかった」
「見ていたわ。同じ弾丸?」
「ああ。弾かれるとか効果がないならわかるが、いや、それでもわからんが、それ以前に弾が届いてない感じだった。途中で燃え尽きていたな」

 魔理沙は、単眼鏡でフランドールを覗いている。体を丸め、腕翼をだらりと垂らしたまま、空中で静止していた。クリスタルだけが、煌々と点滅を繰り返している。

 ……
 01110111000101010010101111
 01110111000101010010101111
 01110111000101010010101111
 ……

「"山猫"……」
「あン?」
「"エイラキャット"って何かしら」
「しらねえよ。考えてもわからんことは、考えない方がいい。」
「そうね」

 レミリアが口に出していた「山猫」、フランドールが口走った「エイラキャットの力」というのが、後頭部当たりにどうしてもちりちりと引っかかっていた。

「待っていても仕方ない。奴が力を蓄えてる可能性もあるわ。方法があるなら、仕掛けましょう」
「OK、方法ならあるぜ。こいつもそろそろ本調子ってとこみたいだしな。」

 ぼろぼろになった魔器箒を、可愛がるようにたたく。

「大丈夫なの、それ」
「お前の体に比べりゃ、屁でもねえ。物ってのは、これくらい傷んでからが、真価ってもんだぜ。可愛くなってくる」
「そういうもんなの?」

 これだから"呪物嗜好家(フェティシスト)"というのはよくわからない。アリスもこうなんだろうか。

「A.A弾に、追加エンチャントを施してぶち込む。」
「虎の子の弾丸ね。効果あるの?」
「ミスリル銀の弾が減衰し尽くして消滅した原因を今追究する暇はないからな。一応、今の装備で一番強力なのがこれだ。これでだめなら、そもそも私達じゃ力技ではどうしようもないだろう。研究して解明する暇があるなら、何とかできるかもしれないが。」
「とりあえず」
「そう、とりあえずやるしかないだろ。万一あれが回避行動を取るのに備えて、逃げられないように結界で封じてくれ。」
「了解。レミリアの行方が気になるけど、今はいない奴のことを考えている余裕は……ないわね」
「そうだな。行こうぜ」

 空中に、胎児のように縮こまるフランドール。先ほど目の当りにした大量破壊兵器の翼は、今は静かに不気味にクリスタルを明滅させている。
 あれが何かの前触れなのか、単純に力の使い過ぎによる一時停止なのかはわからない。ただ、今、隙だらけであることに間違いはなかった。破壊力に優れる魔理沙の魔砲での一撃を試みる。
 まずは私がフランドールの体を現位置固定化することからだ。

「CALL 内向型神籬(博麗結界)。typeを芒星に設定。範囲=現在視界指定を基点に3、height=葦原とする。」

 私は符を9枚取り出し、天に3枚、地に3枚、中津に左右の2枚と、人を示す1枚に指定する。私が指を鳴らすと姿を消し、次の瞬間、フランドールを三角柱に囲う形で3枚配置、その三角柱と各々辺を二等分する形で逆三角の三角柱を形成するよう3枚が現れ、配置される。私の目の前にさらに水平に三枚が並び、中央の一枚に指を触れると、フランドールを囲う6枚が六芒星を描き、それが天地に向けて一筋ずつ光の線を伸ばす。

「実行 "夢境・二重大結界"。」

 天地に伸びた線が、空間を決裂させる。内部と外部は決定的に別な空間として区切られ、内側から外側へのアクセス手段は失われた。対し、外側から内側への侵入は許されており、ミクロな博麗結界を形成した。
 フランドールは何の反応も示さず、小さく丸まったままだ。
 出来上がった固定結界を見て、魔理沙が砲を調整しながら、言う。

「結界ごとぶち抜いても?」
「侵徹は出来ても貫通はできないでしょうね、いくら魔理沙の魔砲でも。」
「そりゃあ面白い。賭けるか?」
「賭けるのはやぶさかではないけど、それより中のあれを貫いて頂戴。ちなみに、これ、制御簡単じゃないの。なるだけ早く終わらせて。」
「わぁってるよ」

 魔理沙はガンナーズブルームへ換装した箒に、尾翼のついた妙な弾丸を詰めながら、呪文を唱えて追加の魔術回路を書き込んでいるようだった。

「バッファに追記:流体挙動の継続強制伸張 as A。バッファに追記:規定Aに対応したL/D比へメタモルフォーズ。バッファに追記:射程距離を2000mから1000mへの犠牲に代えて、侵徹後に侵徹体の一部を炸裂させる特殊置換プロセスを追加。ファイナライズ。」

 魔理沙が空中に紐を結ぶように印を切ると、A.A弾に追加エンチャントが完了する。
 さらに、箒の操作盤をいじりながら「換装:ライフリングを除去」と唱えて、プリインストールされたルーチンを実行している。

「準備いいか?」
「いつでも。」

 歪な片眼鏡の何重ものレンズを覗きながらトリガに指をかけ、にい、と不敵に笑う魔理沙。よほどA.A弾に自信があると見える。

「いくぜ。」

 魔理沙はトリガを引いた。
 轟音が響き、射出されたAPFSDSが飛翔して結界にとらわれたフランドールへ。
 固定結界を制御し、回避運動を始めるフランドールを拘束する準備をしていた私だが、しかしフランドールは全く動こうとしない。やはり、何か異常を来たしているのだろうか。先の10way破壊の力の腕翼によって消耗が激しいのかもしれない。何にせよ、好都合だ。このまま魔理沙のA.A弾に貫かれて、終りにしたい。

「世界を壊されてたまるか!てめえが壊れろ、吸血鬼!」

 APFSDSはサボを脱ぎ捨て、侵徹体が結界内へ侵入。そして、フランドールに弾着するかに思われたが、弾頭は、光る何かに挟まれるようにして一瞬減速し、細長い侵徹体はそのまま粉砕されてしまう。

「ウソだろっ!?」

 魔理沙が眼鏡を外しながら驚愕の声を上げる。

「反応外殻?」
「A.A弾の侵徹流体挙動は、反応装甲系の防御も考慮に入れたつくりになってる。並の反応外殻でも」
「並じゃ、ないんでしょ」
「……もう一発だ!」

 虎の子のAPFSDSが無効化され、口惜しさを隠しきれない魔理沙。

「戦闘中、他の弾丸はきいていたわ。フランドールの今の状態は、完全な防御姿勢なんじゃないかしら。何か、別のアプローチがないと、時間を与えてしまうわね。あれが、回復なのか、何かの準備なのかわからないけれど」
「くそっ、魔法エネルギーも」

 そう言って魔理沙はウィッチブルームにモードチェンジを命じ、マスタースパークを仕込む。
 陰陽玉には、祝詞術式による魔力反応エネルギー攻撃しか備わっていない。相手の防御手段の性質が知れない以上、魔力反応エネルギーによる突破は効果を見込めない。

「西洋妖怪は得体が知れなくて困るわ」
「あの反応外殻を貫けるパワーがあれば……邪恋を試すか?」

 魔理沙が安穏とマスタースパークをセッティングし、私が次の手段を考えていると、不意に、大気中に振動が、それは全体に響きわたるように、しかも一定の規則性を以て伝わる。
 これは、声だ。

――その必要はない――

「きたわね」
「さっきの"おとなしく死んでろ"って、てめえに言いてえよ」

 私と魔理沙は背中合わせに、声の発生源を探して周囲を見渡す。その声は、まさしくレミリアのものだった。

「どこにいやがる」

 そのとき、空中でフランドールが身じろぎした。翼から垂れる無数の腕は指先だけをぴくぴくと蠢かせているが、クリスタルを抱える腕は力強く延びている、クリスタルの明滅は早く強く、繰り返されていた。

「あいつ!」
「まさか、フランドールがレミリアを?」

 フランドールがゆっくりと、縮こめた体を伸ばす。その腕は胸元に何かを抱えており、目を開くと同時にそれを前へ突き出した。
 それは、魔理沙が吹き飛ばしたレミリアの、頭部だった。

「素晴らしい。フランドール、お前の力の本質は、こういったものであったのか」

 フランドールに抱えられた頭部だけのレミリアが、喋る。フランドール自身の姿も相まって、その二人の姿は、あらゆる生物を冒涜したようなグロテスク極まりないものであった。

「因果律を操作する力。破壊の力はその一片に過ぎなかったか。やはりお前は私の血を引いた妹だ。安心しろ、フランドール。お前がその力を存分に操ることができれば、世界を破壊し、その後に望み通りの世界を作り出すことができよう。」
「そう、描いた世界を私の想像から逆再構成<リバースコンバート>するつもりよ、お姉さま。でも、壊すのにさっきのはまだ、疲れちゃう」
「焦ることはない」

 首だけの姉と、背中から無数の腕を生やした妹が、幼い声で会話している。邪悪な童話のような光景。

「頭を抜かれても"小さな死"で済むか。これも先ほどフランドールから貰った血のお陰だな。礼を言うぞ。」
「いいえ。それも、すべて、新しき世界のため。」
「そうだ、赤き清浄なる世界のために。」

 フランドールが姉の頭から手を離すと、それは宙に浮いたまま固定された。
 首からひょろよろと脊椎が形成され、それに這い回るように神経、血管、筋繊維が巻きついて伸びる。まるで木の枝が伸びるように背骨から肋骨、四肢の腕が伸びて、同じように周辺組織が取り囲んで再生していく。

「魔理沙、撃って!」
「お、おう!」

 魔理沙はスピードマスターのチップを噛み砕いて、インスタントタイミングでマスタースパークの使用を宣言する。私は二重結界を維持し、回避行動を阻害しようと試みる。

「魔砲・マスタースパーク!」
「うるさいぞ。少しの間おとなしくしていろ。」

 背骨から伸びた再生途中の翼が前方を覆い、マスタースパークを受け止める。

「クイック起動の魔砲など、恐れるに足らんな。」
「くそっ、何だよあれ、反則だろう」
「私のミスの分、これで帳消しかしら」

 肋骨の間に、内臓が形成される。肺ができ、横隔膜がそれを支えて呼吸が開始される。三つ連なった歪な心臓が生えて肺に血液を送り込むと、土気色だったそのほかのすべての場所に、鮮やかな血気が戻る。そのまま他の器官も再生した後、包み込むようにわずかな脂肪、再び欠陥が通ってから、皮膚がそれを覆い隠していく。空中に固定されていたレミリアの体は、ゆっくりと、フランドールとともに地上へ降りる。

「お姉さま、大丈夫?」
「すまないな、お前のおかげで大事ない」

 加えて、回復した力で赤い霧の中から蝙蝠を呼び出し、それを体にまとうと、服へと変化した。

「口惜しいが、ワンミスだ。これで、あいこだな。」
「てめぇもずいぶんアレな復活したじゃねえか。霊夢に謝っとけ」

 私は密かに二重結界の強度を上昇させていた。二人いっぺんに結界の中に閉ざすことが出来た。これはチャンスかもしれない。

「魔理沙。二重結界が有効な内に、通常の防御も、反応外殻も貫ける魔砲をこしらえて頂戴」
「そうか、まだ奴らはそこから出られないんだな」

 魔理沙が、いくらか声を明るくしたところだった。

「は。こんな白、塗りつぶしてくれる」

 レミリアは再生したばかりの真新しい手を握ったり閉じたりして感触を確かめる。掌に自ら傷を付け、溢れる血液を掌に乗せたまま、その手を結界の障壁に当てる。

「なかなか頑丈じゃないか。それは、この拒絶がお前自身だからだ。違うか!?」

 レミリアが手に力を込めると、結界の空間異相面に塗りつけられた血液の赤が一気に広がり、結界に亀裂が走る。

「嘘でしょう、空間異相を中和するというの!?っぐ……!なんて、侵食」

 結界に亀裂が走り、その隙間からレミリアの血液が間欠泉のように噴き出す。結界に亀裂が走り、それが増えるたび、私自身の皮膚が割れ、肉が裂ける。

「霊夢、何でお前、血、出て」
「この血は私の血じゃないわ。私のじゃ……。これは、あいつが結界を割るのに使ってる、レミリアの血」
「何いってんだよ、お前の体からお前以外の血が出るわけないだろ!?」

 だめだ、あいつをここから出しては。せっかく封じ込めたのだ、このチャンスを、みすみす逃すわけには。

「気丈だな。自らの血が流れるのにさえ気づかないか。いいぞ、博麗。今のお前は真っ赤だ。私の赤に染まりつくしている。っはははははは!貴様の白も、内側からなら、薄いものだな!」

 レミリアはさらに結界の中和を進め、亀裂は見る見る増えていく。そのたびに、私の体は切り刻まれてぼろぼろになっていった。

「霊夢、結界との同調を解除しろ!感覚共有で性能を上げても、もう、止められない!」
「せっかく得た優位よ、逃すわけにはいかないわ。それに、感覚共有は、解除できないの。」
「だったら、結界を停止しろ!あいつ等は私がぶち抜いてやるから、霊夢!」

 体中が、熱い。体が切り刻まれて、噴き出す血液が体を熱していた。痛い。いや、痛くない。結界は、私自身。血も、痛みも、すべて拒絶して――。

「自らの痛みと血とを拒絶し尽くすには、その白をでは華奢すぎるな、博麗。自覚しろ、その赤は、私の物ではない。貴様自身の血であり、貴様自身の痛みだ、霊夢。」

 なに?
 レミリアの口調が。

「霊夢!無理だ、中和が早すぎる!続けてもその間に有効な手だては考えられない!結界を解け!」

 魔理沙が、私の目の前にある3枚の符の固着を箒に備わったマスターキーでぶち破って、乱暴に破り捨てた。

「なん、て、こと。あいつら、どうするのよ」
「どうにでもなる。私と、お前がいれば、あんな奴らどうにでもできる」

 結界との感覚共有が解除され、体を刻んでいた亀裂はなかったこととなった。痛みだけが、じんじんと残っている。

「いよいよ最終だな。お互い、メンバーの1キル同士で勝敗だ。最後の一戦、楽しもうじゃないか、博麗!」
「さっきから博麗博麗ってなあ、私の方が活躍してるんだぜ?吸血鬼の姉さんよ、あんただって同じだろ。妹様の方がずいぶん活躍してるじゃあないか。霊夢、レミリア、お前達、ほんとにやる気あるのかよ?本当は、こんな殺し合いは」
「ケイオト」

 魔理沙の疑問の声に、レミリアが割り込んだ。

「私と博麗の決定に、口を挟まないで貰おう。結果が全てだ。その間に、実力が出し切れなくとも、ミスを犯そうとも、たとえ何らかの情に絆されようと、結果が全てだ。霊夢も、それを承知のはずだ。」

 私には、まだ迷いがある。
 レミリアも、同じなのだろうか。

「……霊夢?」
「知らないわ。私は、やれることをやってるだけよ。言ったでしょ、私情は挟まないって」

 挟まない、いや、挟んでいないことにしなければならない。この問題は、私とレミリアが、行為を持ち合っている同士だったという誠小さきことを引き合いに出すべきようなことではないのだ。
 それが、博麗としての義務であったし、レミリアとしても、私との関係などとるに足らない、ずっとずっと長い間抱えてきた思いなのだろうから。

「恋心なんてね、生きるのに必要はないのよ、魔理沙。」
「そんな悲しいこと」
「お姉さま、博麗と?」
「アプリコット・ジャムを食べられない代わりに、お前の全ての望む世界が作れるとしたら、どうする?」
「……悲しいね」
「いいや、悲しくなどない」
「そう、悲しくなんてないわ」

「「それが宿命なのだから」」

 意は決した。迷いはなくなったわけではないが、結果がどうであろうと彼女の宣戦に全力で応じるのが、私の最善に違いなかった。
 私は、レミリアを終わらせる。彼女の描く赤い未来を、白で弾き尽くす。
 この戦いに、それ以外は、何も望まない!

「グングニル」

 レミリアが言うと、あの槍が姿を現した。

「ケイオト、迷いを口にするのならこの場で貫いてやる。私も、博麗も、その上でやり合っているのだ。口を出すな。フランドール、お前はこの者の言うことをみなくていい。」
「……私は、お姉さまを信じるだけだもん。私が、私が博麗も魔女も、壊してしまって構わないんだよね?」
「ああ、構わん」

 フランドールも再び剣を持つ。

「魔理沙」
「……わぁってるよ。ちぃと迷っただけさ。今は私はお前の銃だ。お前が撃ち抜けと言うのなら、何だって撃ち抜いてやるぜ。」

 魔理沙はウィッチブルームを臨戦態勢に切り替え、距離をとる。私はそれと吸血鬼たちの間に位置取るように、フォワードのポジションで、符を展開した。

「もうコインはないぜ。私の弾で始めさせてもらうからな!点火(ファイアッ)!!」

 魔理沙の徹甲弾が、わずかに軸をずらしたレミリアのこめかみを掠め、地面を穿った。その音が合図となる。

「仕切りなおしだ、博麗!グングニル!」

 レミリアの投擲した槍を結界で受け流し、更に余る衝撃を消すために後ろへ飛びのく。その緩衝を押し込むように、低い姿勢で突進してくるレミリア。赤い楔の弾幕をまとい、サーバントフライヤーを従え、弾幕よりも鋭く早い弾丸と化すレミリア。
 しかもそれをフォローするように、フランドールのショルダースパインが飛来する。

『魔理沙、どっちかに固定せず、隙のある方へ援護射撃して。私の援護に徹さなくてもいい』
『大丈夫か?』
『守りには自信があるの、知ってるでしょ』
『……耐えてくれよ』

「壊れろ、博麗!」

 破壊の力の腕翼を展開し、光の鏃をまき散らすフランドールに向けて、ライフルを放つ魔理沙。私へ攻撃の照準を合わせ、射撃を行うための硬直を狙う形になり、フランドールは紙一重の回避を強いられる。

「あっぶな」

 魔理沙が有利に射撃を行う分、私は不利な防御を引き受けなければならない。
 レミリアの爪、槍、弾幕。フランドールの翼、剣。
 それらを交い潜り、しかし防御回避一辺倒では射撃を担当する魔理沙へ注意、あるいは攻撃が及んでしまうので、要所では少なくともレミリアを攻撃し、魔理沙の方を向くフランドールに対しては、しっかり陰陽玉のE.R.Lを送ってフォローを忘れない。

「フランドール、ケイオトに気をつけろ。隙を見せればたちまち射抜かれるぞ。」
「でも、こいつ、見たらすぐガン逃げするから、腹立つ!」
「それが今の奴の戦術だ。踊らされるな。」
「あんたこそ、私に注意しなくていいわけ?ただの壁のつもりは、ないわよ」

 フランドールに注意を喚起するレミリアに対して、退魔エンチャントした御幣で切りかかる。

「無論だ。これは、お前と私の舞台なのだからな。あの二人は添えに過ぎん。」
「そうね。お互い添えにやられたけれど。」
「はっ!違いない。」

 杖を弾かれ、レミリアの連撃をブロッキング。一旦飛び退いて楔型弾一つ一つにそれぞれそれを相殺するための符を投げつける。

「フォーク!」

 グングニルのミニチュアライズレプリカが、二本、三本と投擲され、私はそれをグレイズ回避する。迫るレミリアの爪をガードし、反撃しようとするとフランドールの翼が飛来するので再び回避。それを追ってレミリアのサーバントフライヤーとレミリア自身が襲いかかってくる。
 蝙蝠の形をした大型の弾を退魔針で刺し殺し、レミリアの打撃を二つガード後に回避結界。そのまま後ろへ飛翔してフランドールの射撃をグレイズする。鏃型弾がグレイズしきれずにいくつか、肌を裂いた。
 まだ、だ。
 レミリアの攻撃はやまない。姿が消えたと思ったら、それは高速での頭上への跳躍。そこからシーリングフィアを叩き込んでくる。レミリア自身の体当たりと、地面から立ち広がる衝撃波をガードすると、フランドールから剣のマイクロミサイルと、赤く鈍く光る球状の弾。マイクロミサイルの着弾タイミングを見計らい跳躍、それに誘われた大玉をジャンプキャンセルで頭上にやり過ごそうと思ったが、それは急激に弾道を落とし、私の足下で炸裂した。炸裂タイミングが早い。キャンセルせず自然落下すれば効果時間をやり過ごせる。

「長いっ?」

 だが、大玉の炸裂持続時間は長く、急遽グレイズ飛翔を開始するが、それでも足から急激に体に広がるのは、痺れ。麻痺効果のある特殊弾らしかった。

(まずい、グレイズしても特殊効果だけは付与されるのか)

 行動に半テンポの遅れが生じる。致命的なフレーム遅れ。
 すかさず飛び込んでくるレミリア。

「っ、常置陣!」

 咄嗟の設置で警戒を誘い、追撃を阻害する。

「こいつは、シビアだわ……」

 私は、先ほどレミリアに一定以上の効果を見せた(油断してごり押しを食らったが)八方鬼縛陣の符を、わざと見える位置に構え、いつでも使えるというブラフを張る。

「一度は破られたものをまた取り出すか」
「次は巧くやるわ。ダメージは、あったでしょう?」

 ブラフはブラフと見抜かれていようが、常に使用できることを見せれば安易な攻めは警戒するだろう。私は今は魔理沙の弾丸を活かすための壁だ。コンマ1秒でも足止めできることは全て手を打つ。実際、これを起動することはできるのだ。全く実のないブラフでもない。

「サテライトアメダス!」

 魔理沙がスペルを発動する。彼女の頭上から、降雨のように密にまんべんない弾幕が降り注ぎ、フランドールの接近を妨げる。あの魔術師のスペルの模造だが、なかなかどうして有効に働いている。そうして生じた隙に、魔理沙は立て続けにレミリアに対して射撃を行う。狙うと言うよりもばらまいて行動を阻害するタイプの制圧射撃だ。

「ちっ、うるさい」

 跳ねるように地上掃射を回避するレミリア。それを追いかけてバスターを数セット放ってから杖の御幣を長く持った薙ぎ。それいなすレミリアへ更に突きを押し込む。

「くっ」

 先端がレミリアの左肩へ入るが、浅い。ダメージはあるだろうが砕くほどにはならなかった。突きのカスあたりはヒット不利を生み出す。ダメージが小さくのけぞりが短いため、長いリーチを繰り出した行動後ディレイを埋めきれない。私が戻しモーションを完了する前に、レミリアの再行動のタイミングが訪れる。

「やってくれたな」

 ほんのコンマ数秒の差が、立場を逆転させる。私は突きの当たりが浅かったのを確認してすぐにキャンセルに移った。追撃は間に合わないので、反撃回避のために小ジャンプで後ろへ着地する。

「!」

 私の背後から、マイクロミサイル。そして、レミリアには銀弾対物ライフルが迫ると同時に、魔理沙が展開したオーレリーズサンシステムがその周囲を取り巻いている。
 お互いにそれを回避し、一旦距離が離れる。

「鎖よ」

 私が距離を置いた場所の背後には、チェーンギャングの鎖が設置してあった。不意打ちのつもりだろうが、私もそれを承知している。

「わかっ、てるわよ!」

 襲いかかる鎖の軌道を、撫で包み込むように腕を伸ばし、十分引きつけてからそれを掴み上げる。

「こっちに、こいっ!」
「腐蝕の呪いがかかった鎖を、素手で掴む、だと!?」

 思い切り、逆にレミリアの不意をついてその鎖を引き、レミリアのバランスを崩させる。右手の掌から二の腕の一部の肉までが壊死して腐り落ちかけたが、動かないほどではないし、動くのなら問題がない。そのまま、レミリアを引き寄せる!

「くっ!」
「もらうわ!」

 感覚のない右手と、左腕で御幣を両手持ちし、無理矢理、渾身の強斬り。魔力による刃がバランスを崩したレミリアの左肩から右脇腹にかけてを、袈裟懸けに切り裂いた。

「っ!あ!き、さまぁああっ!」

 信じ難いことに、上半身をほぼ切断されたレミリアは、しかしそれによって怯むことなく前に踏み込んでくる。

「倒れな、さいよっ!」
「断る!!」

 追い討ちの打撃を入れようとするが、爪で弾き返される。上段に弾かれたその懐に潜り込んで、ボディブローが迫る。

(や、ば)

 防御できない。

 ずん、と音が響くほど深く強く、拳が入る。

「ぐ、あ」

 肋が砕けて、いくつか内臓が潰れたような気がする。喉を逆流する胃液と血液、意識も一緒に吐き出してしまいそうになる。霞がかる視界と自我。だが、ここでやられたら、さっきまでと同じだ。

(あんたのやりかた、まねてやるわ)

 拳を突き出した体勢のまま、私を睨み付けるレミリア。しかしそれは、確かに行動後ディレイに違いない。
 意識の欠片を握り締めて、私は無防備なレミリアの腕へ、一閃。

「な、にっ!?」

 レミリアの右腕が切り落とされる。更に、振り下ろした杖を返して、突き上げる。
 それはレミリアの胸に深く突き刺さり、確かに心臓を貫く感触が手に伝わってきた。

「が、あ゛ああアァ゛ああああアあ゛あああ゛あ゛ああああああっ゛!!!!」

 その後私は力なく崩れるしかなかった。地面に倒れて、口から血なのか何なのかわからないどろどろした液体を吹き出して痙攣する。
 レミリアの方も上半身を切り落とされ、腕を切り落とされ、胸を貫かれ、その場にばらばらになって落ちた。

「は、グれ、イ゛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!」

 ジタバタと動き回るレミリアの各パーツは、蝙蝠化を経て再生しようとする。とどめにはなっていない。だが、それを更に追い撃つための、E.R.L連携だ。私は殆ど見えない視界の片隅にそれを認め、一つだけ自分の傍に置いてある陰陽玉に指示を出し、オーレリーズサンシステムとの連携攻撃を命じた。オーレリーズサンシステムが包囲する水平面をさらに押さえ込むように、陰陽玉は上下の空間を封鎖する。

「なにっ」

 姿を取り戻し、周囲を見回すレミリアは、E.R.Lによって形成されるエンクロージャーフィールド「魔浄閃結」にとらわれていることに気づく。
 魔理沙は、フランドールの剣をウィッチブレードで受け止めながら、人工衛生砲に斉射準備指示。重ねるように、陰陽玉にも包囲射撃を念じる。そして、私と魔理沙はE.R.Lに砲撃命令を出した。

「てぇッ!」
(うてっ!)

 四方からオーレリーズ、上下から陰陽玉の砲撃が中央に封ぜられたレミリアを襲う。4本のレーザー、降り注ぐ破邪の光線雨。レミリアに回避の空間はない。
 封鎖空間を破ることに専念されればたやすい障壁だが、常に降り注ぐ弾幕がそれを許さない。
 回避行動を取るスペースを与えず、レミリアはその弾幕をひたすら相殺し、細かくグレイズし続けるしかない。

「くっ、連携とは、やってくれる……!」
「無事……ではないか。生きてるか、霊夢」

 返事もままならない私は、瞬きで答える。エイム用のスコープ越しに私のそれを見た魔理沙は、小さくほっと息をつき、フランドールを、見据える。
 すっかりとレミリアにかまけていた私達二人は、フランドールに再びあの10wayのチャージ時間を与えてしまっていた。すぐさま陰陽玉をフランドールの方へ送るが、私自身の傷はまだ癒えない。

「っ、そいつはもうご免だぜ。」

 魔理沙は懐から何かゴーグルを出して装着し、上を見上げて問うた。

「"月は出ているか?"」
「見ればわかるでしょ。私たち吸血鬼に、もってこいの夜だよ!きゃははははは!」

 違う、あれは、"呪問"だ。魔術師が、力のリソースたる何者かの注意を引くための、呪文の一つ。

「目にもの見せてやるぜ、吸血餓鬼!」
「うるっさいなあ!死ね、壊れて消えろォオッ!」

 フランドールが10本の破壊の力の腕翼をおぞましいほどに伸ばして魔理沙と私に迫る。

「破壊力なら負けねえぜ。ガンナーズブルームで縮畳した八卦炉の魔力、舐めるなよ!"邪恋・実りやすいマスタースパーク"!」

 箒の先端から、細い光線が一筋発せられる。マスタースパークには似つかわしくない細さだが、その細さこそが、箒によって普段のマスタースパークを強制収束させ、侵徹力を向上させた証に違いなかった。
 その細く鋭い光線が、フランドールの破壊の力の腕翼を幾本も貫き、フランドール自身を射抜く、ように思えたが。

「ざんねん、それ、にせものっ。あはははははは!」

 フランドールの姿は気が付けば二つあり、魔理沙のスパークが貫いたのはデコイだったようだ。

「多重幻影か。でもね。」

 陰陽玉をよこしている私には、そして当の魔理沙には、その射撃がまだ終わっていないことが、わかっていた。
 相互支援で、ジャイアントキリングよ……!

「それでかわしたつもりか?フランドール、お前は強いにゃ強いがさっきから詰めが甘いんだ。霊夢!」
「リフレクション・モードCBL」

 魔理沙が放った実りやすいマスタースパークの先触れはデコイを貫通し、予め射線上に設置されていた陰陽玉に当たっていた。陰陽玉は、その光線に更に加速と誘導性付与の術法を施した上で、それをフランドールへ再射出する。

「な、に!?」

 全く背後の視覚から、意図しないタイミングでの高弾速高誘導の射撃を回避できないフランドール。細い光線に貫かれたフランドールは、ピンで刺され固定されたようにそこから身動きがとれなくなる。
 リフレクト増幅によって、邪恋スパークの先達も、その固め能力が跳ね上がっている。高圧の魔力減衰フィールドを伴うその固定で、翼も剣も距離を取れば驚異ではない程度に押さえ込まれていた。
 魔理沙が月の魔力を蓄積して本射のチャージを完了するまで固定しておくには、十分。

「こん、な、ものぉおおおおおぉおおっッッッッッ!!!」

 フランドールは背中から腕を何本も延ばし、自分の体を貫く光線を、その腕で掴む。五本十本と次々その光の筋を掴むが、体を貫く筋を抜き去ることはできない。

「姉貴の槍より鋭いぜ、お嬢ちゃん」

 ――チャンスだ――

 魔理沙がフランドールにダメージを確定させようとしている。今までの射撃と違い、邪恋スパークはガード不能を強制するスペルだ。今までレミリアにガードの上から浴びせて削っていたのとは違う、決定的なダメージを期待できる。これを、レミリアにカットさせてはいけない。
 私はオーレリーズサンシステムと陰陽玉の射撃の籠の中に閉じこめたレミリアをさらに圧迫するために、杖を突いて立ち上がり、制御を密にする。
 だが、レミリアは爪で二人のE.R.Lからの攻撃を八面六臂防ぐ中、加えて更に赤い呪言を紡ぐ。

「グングニル、ケイオトを貫け」
「なんですって!?」

 いったん弾き飛ばし、次弾に備えてレミリアの手元に戻ろうとしていた槍が、その手に戻ることなくダイレクトに次のターゲットを魔理沙へ定めていた。これだけ濃密な弾幕を凌ぎながら、禁呪クラスの魔器を連続遠隔操作だなんて。
 魔理沙はスペルを実行中で、それを中断するか、槍を食らうかどちらかを迫られてしまう。
 なんとしても、私が、止めなければ。

「魔理沙、続けてなさい!」
「おう、信じてるぜ」

 私の本領は、殲滅よりも、防御。結界の権現、そして"白"の身の力を、今、発揮しなければならない。

「きこしめせ!」

 博麗結界と源泉を同じくする絶対の拒絶から借力する、前置祝詞を唱える。

――そやついや
――のえまずく

――やがごもも
――えきめやた

――がつにえつ

――きく、が。
――をる、き。

 プリセットを完了し、結界呪術を本起動。

「祓給清給。白、万難万物万事汝全てから、虚実絡げて拒絶しろ!"夢想八重潔界"!!」

 八重の絶対領域が、魔理沙を取り囲む。

「貫けぬと、思っているか!"神操、スピア・ザ・グングニル"!!」

 スペル発動によって強化・遠隔操作されたレミリアの槍が結界に突き刺さり、貫こうとマナの化合燐光を飛び散らせる。

「私の槍は、世界を赤き一つに統一する、世界の細胞膜を突き破る槍だ!貴様の分離悟性、白の世界に、ひびを入れ、貫き、真の一つ、真紅に染め直す、運命改変の槍だ!差別による認識に縛られた、下らぬ知性体の、下らぬ運命を塗り直す赤だ!!」
「あんたの世界観は、確かに一理ある。でも、それでも私は、それを認めない!拒絶!レミリア・スカーレット、汝の世界と色と存在自体、すべて私が拒絶する!その槍は、通さない!!」

 しかし、レミリアの槍の威力は、確かにその境界を貫きひとつに染め上げるに足る力を持っている。侵蝕は進み、徐々に結界をこじ開けるグングニル。

「頼むぜ霊夢、槍が入ってきてる。だが、間に合う、十分だ。」

 魔理沙のチャージが、私の結界が破られるよりもわずかに早く完了し、蓄積された月の魔力がいよいよフランドールへ向けて照射される。

「Ready; new Target set Lock(look.Current); this.source=WitchbloomM(My.PetitHakke-Ro) as WB; maspa = new WB.MasterSpark(); WB.ptions.System.out.Warning.* = TheMagics.searchDomain(OR("OFF","null","0",0,"","Ignor","Force"); maspa.target=Target; boost = TheMagic.Enhance(maspa.Generator.output, this.source*1.3); Itrator(Pre.roopcnt, boost);」

 詠唱を完了した魔理沙が、その実行を宣言した。

「maspa.run();消えてなくなれ!"リフレクト邪恋スパーク"!」

 空気が圧縮されて歪み、耳障りな音を響かせる。強制励起された光子が弾けて火花と放電にも似た輝きを散らせた。魔理沙がその発動を宣言すると同時に、箒の先端から直径で私や魔理沙の身長の三、四倍はある太さのレーザーが照射され、フランドールを貫く細い光線を導火線に見立てるように、一気にそれらを飲み込んだ。







「危なかった。あんた、牙がないなんてね」
「ハク……レイぃ」

 リフレクトモードからの特殊連携スペル。破壊力で言えばフランドールの破壊の力の腕翼にも匹敵するだろう光線を、フランドールはしかし生き延びた。
 照射行動後のディレイで動けない魔理沙を回避するように、重篤なダメージから未だ回復できていない私へ、レーザーで体中を焼かれ、肉をむき出しにして血を流し、肌を糜爛させた姿のまま迫ったフランドールは、おそらく私の血を吸い尽くし、私へのとどめと自らの回復にしようと思ったのだろう。
 いや、「思った」は適切ではない。吸血鬼としての本能がそうさせたのだろう。ダメージの蓄積と、傍にある血液の通った有機体。この二つがあれば、吸血鬼は反射的に吸血を行うための行動に直結するらしかった。
 しかし、それはかなわなかった。

「呪うなら、畸形の自分を呪いなさい。この世は、誰がなんと言おうと様々の色で満ち、しかし弱く未来を紡げない色を塗りつぶすシステムで出来ている。あんたは、歴史に選ばれなかった、もう一つの吸血鬼の道。間違っていたんじゃない、歴史に選ばれなかった、それだけよ。」

 一歩、二歩とよろめくように後ずさる吸血妹鬼。そこから覗く歯には牙はない。ずらりと並ぶのはニンゲンの子供の乳歯のような、丸く柔らかい歯ばかり。それどころか犬歯さえなく、前歯が上下二本ばかりある以外は、全て臼歯になっていた。吸血性の妖怪どころか、肉食動物にさえ満たないつくりは、そして、そうでありながらも本能的に私の首筋へ齧り付いてしまった不整合が、彼女が畸形児であることを示していた。
 吸血は失敗し、私からの反撃によって、回復不能のダメージが致命傷をもたらしていた。
 フランドールはよろめきながら、弱弱しい声を上げる。しかし、その声は徐々に邪悪をまとい、覇気を孕み、私へ向けられ投げつけられる。

「歴史なんて、セカイなんてどうでもいいのに。お姉さまみたい頭も良くないから、未来も運命も、よくわからない、どうでもいい。私は、ただ、お姉さまに、ただお姉さまに、選ばれたかった。他に何もいらなかった。博麗、お前を殺せば、そうしたら、お姉さまは……博麗、ハクレイ、ハクレイ、はくれいぃっ!」
「っ」

 その凄まじい怨嗟は、悪霊にも等しかった。いや、それ以上に邪悪で、禍々しいものであったかもしれないが、それをまっすぐ、剥き出しのまま私にぶつけてくる表情を真正面から見てしまった私は、言葉を失い、咄嗟に解呪の符を展開してしまった。並の人間なら、見ただけで正気を失うほどの、おぞましい貌、オーラ。だが、それまでだった。
 私から血を吸うことが出来なかった妹吸血鬼は、致命傷を癒すことが出来ず、また、接近時に追加で私が放った掌底によって抵抗力を失っていた心臓が肋骨肺諸共潰されたことが、彼女へのとどめとなった。

「ガス欠。哀れね。」

 見たところ、人の腕が何十本と生えたようなグロテスクなな翼、そして抱えられたクリスタルは、風を切る力を失う代わりに、エネルギー変換器のようなものへと発達しているようだった。それがこそあの妹を畸形たらしめる最大の要因であり、凄まじい破壊の力の源であることに疑いはないが、牙を持たず血を自給できないあれでは、その強大な力を支えるにはエネルギーの供給が小さく運用が難しかったのだろう。それが、出力ばかり高くて容量の小さなジェネレータと同じで、おそらく実戦投入は初めてなのだろう彼女の、致命的な欠陥だったのだ。エネルギーの使い尽くしは、攻撃手段の欠如だけでなく、再生能力の不能も併発している。
 おそらく吸血鬼であれば回復も難しくはないであろう、魔理沙の魔砲によるダメージも、今のフランドールには致命傷になっているようだった。

「短い稼働時間ね。確かにその力があれば、その間にこの世界中のほとんどを圧倒できるでしょう。ただ、そうはならなかった。」
「みらい、みらい、お姉さま、どうして。わたし、生き残りたいだけなのに、生きていたいだけなのに、どうして」
「どうして、の理由なんてない。選ばれなかっただけ。あんたは、未来に見放された種なのよ。私にじゃない。もっと大きな、得体の知れないグロテスクなモノが、この世界を見下して笑ってる。そいつが、選ばなかっただけ。いいも悪いも間違いも正しいもない。どこまで行ってもただの、気紛れよ。あんたのお姉さんは、それに喧嘩を売ろうとしていて、私達この世界の住人は、それをさせない。巨大な化け物を刺激して、私達全てが消されては堪らないから。理解しろとはいわない。受け入れなさい。」

 膝をつき、くずおれるフランドール・スカーレット。悲壮と怨恨をまき散らして、いよいよ地に伏した。

「おね、さ」

 その様子を見たレミリアは、圧倒していた魔理沙との戦いを放棄してその方を見る。

「フランドール」

 隙を晒したと見た魔理沙は、ウィッチブルームで砲撃。だがそれを一瞥さえせずにかわしたかと思うと、元の位置に残像を残したままの移動速度で魔理沙の懐に潜り込み、気を纏ったタックルで突き飛ばした。

「なっ……!」

 視線さえよこさずにの高速カウンター、魔理沙は防御できずに一気に私の後まで吹き飛ばされ、だいぶ向こう側でようやく姿勢制御に成功した。その隙にレミリアは、鎖を使ってフランドールの体を絡め取り引き寄せている。
 今の高速カウンターには面食らったが、それでも二対一、支援の期待も既に絶たれており、レミリアの消耗も激しい。雌雄は、決したようなものだった。

「あとはあんただけよ。本当の二対一、覚悟しなさい。」

 回復を進めた私が陰陽玉を呼び、魔理沙が箒を構えたところで、突然、今まで体中にのしかかるように漂っていた雰囲気が、ふっと消える。
 結界が解除されたらしい。
 解けた結界の外から、メイド、魔術師、門番が現れた。

「レミィ、お逃げなさい。幻想郷は閉ざされているとはいえまだ未開の地が殆ど。そこで再起の契機を」

 魔術師が、レミリアへ進言するが、レミリアは妹の体を抱き抱えたまま動かない。

「ちっ、何が高貴な夜の者だぜ。不利に陥りゃ無粋極まりない」

 魔術師が放ってきた精霊魔術を魔理沙が後方から射撃で相殺する。

「悪いけど、あんた達、犬死によ。吸血鬼以外は手負いとはいえ私達の相手じゃない。」

 私がいうと、紅魔館の部将格が、瞬時に私達とレミリアの間を遮る一に現れる。メイド長、時間凍結か。

「ぉね、ぇ、さま、」

 まだ生きているなんて、致命傷だったはずなのに。血管収縮だけで、短い時間なら血液を送り続けられるとでもいうのだろうか。それも、体の構造が異様を示すあの畸形吸血鬼だからだろうか。だが、出血が著しい。レミリアが血液を与えたところで、吸血を即座にエネルギーに変えられぬような体を持った彼女ではもう間に合うまい。

「にげ、て。つぎは、ちゃんと、はくれいをやっつけて」

 姉の腕の中で息も絶え絶えのフランドールも、姉に逃亡をすすめる。
 レミリアは、私達の前に立ちはだかる数名に、号令をかけた。

「時間を稼げ」

 一言そう言い、真後ろへ飛翔を始めた。

「敗走か、哀れだな。吸血鬼ともあろう旧い種も、ああなっては名折れだぜ。」
「追うわよ。」
「ああ」

 レミリアは遙か彼方で減速、着地して妹の体を地に横たえた。
 フランドールの額に張り付く髪をかきあげ、頬に触れる。

「おねえさ、ま、にげ、私をおいて、にげて」
「フランドール、その必要は、ない」
「おねえさま、どういうい」

 レミリアは、妹を撫でていた手を離し、突然、大きく開けた顎で、妹に食らいついた。

「ぉね」

 妹の疑問の声はそこでとぎれた。レミリアの歯が、妹の喉笛を引きちぎり、その声帯が千切れたからだ。レミリアはなおも妹の体にかじり付き、皮膚を破り、肉をちぎって、吹き出す残りの血を舐めとっている。空を切るむなしい音だけが、ひゅうひゅうと妹吸血鬼の喉笛から響いていた。
 そうしてまもなく、フランドール・スカーレットは、驚きと疑問をない交ぜにした哀れな表情で固まったまま、いよいよ息絶えた。姉を信頼し、握っていたその手をも、レミリアはもぎ取って口に運んでいる。歯の隙間から血液が滴り、千切れた筋が垂らしていた。その様相は、まさに、獣。

「妹を、喰うなんて」
「お前のディゾルブスペルを大層蔑んでた割に、あいつはもっとゲスじゃねえか」

 やっていることは、不浄極まりない行為。だが、そうしてレミリア・スカーレットが得られる力は、おそらく想像を絶することだろう。

「阻止するわ。魔理沙、砲撃」
「おう」

 私が飛翔し、レミリアの屠食を阻止しようとすると、赤いフォークが飛んできてそれを牽制した。左手で妹の内臓を乱暴に掴み口に運びながら、右手でそれを放ってきたらしい。それはしかし、私だけを狙っての弾道ではなかった。むしろ、その間にいる

「私が食べ終わるまで、奴を止めろ!死んでもだ!!」

 家臣達に向けて放たれていた。

「……承知しました」
「お前等など死んでも代わりは幾らでもいる!だが、吸血鬼は、私は、私が死んだら終わりなのだ!わかったら、博麗を1秒でも長く足止めしてから死ね!!」

 レミリア・スカーレットはフォークを投げつけた本当の目標に向けて、見ているこちらが痛々しく思うほどの言葉を、投げる。

「……ゲスが。だが、これで何の迷いもなくブチ殺せるってもんだぜ」

 魔理沙が箒の先を構えると、いつの間にか目の前に立っていた紅魔館のメイド長。時間を稼げと命じられ、それに素直に従った、十六夜咲夜。
 本来ならば時間停止という反則じみた能力を持っている彼女だが、今ばかりは使い物にならない。

「時間稼ぎには時間停止は使えない。」
「あなた達の首筋にナイフを突き立てれば、この上ない時間稼ぎよ」
「幾ら時間を止められたとしても、特に鍛錬もしていない、ただの人間。本気でやれば、魔理沙の足下にだって及ばないでしょう。」

 レミリアが後ろで妹の死骸を貪っているのを一瞥し、それを確認してから咲夜は言葉を返してきた。

「ただの人間、結構だわ。"私は人間でいたいの"。霧雨、あんたと同じ。」
「とんだ見込み違いだぜ。私を見る目も、目標を見据える目も、残念だが、曇りきってる。」
「さっきの言葉を聞いたでしょう。あんな主人に、従う価値なんてあるの?そこまでしてあの吸血鬼の盾になる理由が、あるの?」
「今長らえている命自体、あの方に拾ってもらったようなもの。私はもう、死人同然なのだもの。私は、あの方の、全てを一色に染め上げ差別を一掃するという思想に、賭けた。お嬢様には遠く及ばないが、それなりに泥水を吸すって生きてきたつもりよ。そうしてみれば、博麗、私には、あなたの作る今よりも、お嬢様の望む未来をこそ、望む。ただの人間、結構だ。私は、私はまだ、人間。人間として、魔族ではない人間として、あの方の為に死ぬ!それが私の、誓いなのだから!全世界ナイトメアは、止めさせない。」
「そう。ならば、死になさい」
「時間を超えてから、言って見ろ、その科白!銀色のトリック、停滞"銀の懐中時計"!」

 次の瞬間、文字通り時間をスキップした瞬間移動で十六夜咲夜は私の前に現れて、そしてしかし、突然血を吐いて吹き飛び倒れた。地面に鮮烈な赤い掠れを描き、その傍らには白銀色に煌めく懐中時計が転がっていたが、その文字盤は歪み割れて壊れていた。
 傍目から見れば、スペルカードを発動した瞬間に突然吹き飛んで血をまき散らし自滅したようにしか見えず、全く意味が分からない。だが、これは魔理沙の仕業に違いなかった。

「な、なん、で」
「時間が止まれば万能と思ったのが間違いだぜ、メイド長。そいつは伝家の宝刀、使い方を正しくすれば、主人の首も取れようが、切れ味にかまけて使い方を怠ったな。そこにはもう、私の弾が置いてある。」

 魔理沙は勝ち誇ったように、箒にのんびりと次弾を装填していた。

「時間が止まっても、運動エネルギーはその物体に乗ったままだ。それに少しでも触れれば、時間凍結を解除した瞬間に、運動エネルギーのベクトルが触れた場所で暴れ出す。お前が霊夢を刺そうと接近するコース、実戦経験の少ないお前では想像できなんだろうが、私には、精々三択程度だ。三つ、その上に弾丸を放っておけば、後はお前が勝手に弾丸に触れて自滅する。それが、この結果だ。弾幕ごっこと実戦は、違うぜ、種なし手品師さんよ。」
「なにが三つよ、数打ちゃ当たる、でしょう、あれだけばらまいておいて」
「うるさいなあ」

 魔理沙が放ったのは3方向への散弾、それも錯視ステルスを施した金属片でなる、より特殊なものだった。私にヒットしない弾道、咲夜が接近するコース上に、その小さな金属片が、運動エネルギーを蓄えた状態のまま、光学的に潜み、まき散らされていた。
 時間を止め、私に体にナイフを突き立てようとした十六夜咲夜は、しかしサボに刻まれた魔術回路より錯視ステルスを与えられた無数の金属片に気づくのが遅れ、時間停止状態でそれに"軽く"触れてしまった。触れる程度だっただろう。何せ彼女から見れば完全に停止したモノに違いないのだ。だが、その接触が、命取りだった。そもそも彼女が生きてきた中で、時間停止を咲き読みした上で「命名決闘法未適用のリアルな殺傷力を持った」射撃をされるような経験は、なかっただろう。時間を止めて落下する皿を受け止める程度の衝撃を感じたことが、せいぜいだろう人生では、移動先に何かが置いてあり、それに触れることが死につながるなどと、想像したこともあるまい。
 魔理沙の言うとおり、実戦経験の差が、モノを言ったのだ。命をやりとりする、この一番で。
 咲夜の体は半身が散弾によって吹き飛ばされ、地面に横たわり疑問の声を上げてからまもなく、死に至った。人間らしい、呆気のない死に方。"まだ、吸血鬼としての血が発現していなかったのが幸いだった。"
 そのまま動かなくなる十六夜咲夜。

「レミリアのように、命と尊厳を削られながら何百年も生きてきた奴とは、比べるだけ野暮だぜ」

 魔理沙にコースを確保され、私は更にレミリアに向けて突進する。この空間伸張はメイドの仕業だと思っていたが、この事態に備えてか、完全にパーマネントとして固着されていた。メイドが最初に出てきて、これを倒せば距離が縮むという希望的観測は、あまり期待してはいなかったとは言え打ち砕かれ、さほど縮んでいない距離を縮めるため、全力での飛翔を続ける。
 飛翔を続ける速度ではレミリアがどの程度妹の体を食い終えているかよく見えないが、吸血によって体力を回復するにはもう十二分な時間を与えてしまっている。
 だが、多くの妖怪行う、相手を食らうことで相手の力を我がものとするそれと同じことを実行しているのであれば、それは粗暴であるとは言え魔術的な儀式であることに代わりはなく、そうである以上、一定の様式を遵守しなければならず、一般的にそれは、代表的な複数の部位全てに口を付けるか、もしくは全てを食い尽くすかどちらかであることが多いことを考えると、まだ手遅れというにはいささか気を急き過ぎであると感じていた。

「あの吸血鬼達の力が累乗だなんて、手に負えなくなる……!」

 ディゾルブスペルによって拘束回路を解除された私であっても、そうして膨れ上がる吸血鬼の力を抑えられる気はしなかった。
 壁を志願する家臣達を退け、レミリアの完食を、阻止しなければならない。
 次に現れたのは、魔術師だった。

「魔女が前にでるか。チャンプブロックもここまでくると哀れね」

 パチュリー・ノーレッジ。そもそも遠距離、もっと言うのであれば、レンジの大きく外側からマップ攻撃を繰り出すのを得意とする類の魔術師が、このような目と鼻の先の距離では何が出来るはずもなかった。
 それでも、十六夜咲夜がそうであったように、意味性の薄弱な時間稼ぎに、命を呈するか。

「こんな私でも、立てたい忠義はあるの。私に居場所を与えてくれた、最高の友人だもの。笑わば、笑え。」

 こいつ、死を悟ってる。
 機動性が高いわけでもない超長距離支援の魔術師だ。ここで緩い攻撃を縫って回避して無視するのも、手だと考えた。相手をするだけ、レミリアが妹の肉体を喰らい力を取り込むまでの時間を与えてしまうだけだ。
 私は魔術師に向けてスピードを落とさずに突進し、何か動きを見せた瞬間に軸をずらしてそのまま通り抜けるつもりだった。
 だが。

「ここを通りたければ、通行料を払いなさい!碧玉の関門、安く通れると思わないことね!エメラルド・メガロポリス!!」

 魔術師の前方だけではない、その周囲一帯の地面から碧色に輝く宝石の障壁が衝天する。

「準備もなく、こんな大規模な魔術!?」

 高速飛翔しても通り抜けるのにいくらか時間を要するだろうほどの広範囲に向けて、物理的な構造物を形成するだなんて、即興の魔術で出来るレベルのことではなかった。少なくとも長い詠唱、もしくはインスタレーションを施しておくか。
 その碧色に輝きを現した範囲を見るに、それは複数体の精霊の死骸に囲われた範囲、つまりさっきまで私たちを閉じこめていた結界の縮小範囲になっていた。なるほど、瞬時に回路を書き換えて再利用したのか。一般の精霊魔術のように願い叶えて貰う原理では出来ず、精霊を拘束し隷従させて使役させる、あの魔術師のグロテスクな精霊魔術故に可能な即興だった。

「くっ」

 突き上げる速度は凄まじく、真下から現れた単純な物理的な攻撃にも拘わらず、しかしそれ故にグレイズも出来ない。鋭利に切り立った碧玉の摩天楼が、私を串刺しにしようと迫る。私はそれを防ぐために、足を止めて防壁用の符を展開せざるを得なかった。一度は地面に垂直に伸びた碧色の尖塔は、しかし方向転換をして全てがその先端を私に向けて伸びてくる。
 霊撃で周囲を砕き、生じた猶予で亜空穴で上へ。さらに得た猶予で上方へ飛翔、全ての槍がほぼ軸を揃えたところで、下に向けてスペルを宣言した。

「宝符"陰陽宝玉"!」

 掌の前に赤い光球が形成され、維持される。碧色の摩天楼は私に迫り、その間にある魔力球を突き破らんとしてくる。だが、それはかなわない。に吸い込まれるように、碧の槍は次々と砕け散り、やがてその勢いを失った。

「上方への離脱により幾ばくかの距離、防御による5秒の時間稼ぎ、1枚のスペルカードの消耗。十分だわ」

 十分なものか。
 命一つ差し出して、その程度、犬死にだろう。
 あの吸血鬼を、なぜそこまでして守ろうとする。そこまでの魅力が、レミリア・スカーレットにあるというのだろうか。
 尽きた碧の剣山を見て、私は通過しようかとも考えたが、また後ろから大技を撃たれる危険性を鑑みる。魔理沙がクリンナップしてくれるかとも考えたが「手だての尽きた魔術師ごときを始末するのに、魔理沙の支援を貰う必要はない」。まっすぐにパチュリーの方へと向かう。

「木を退け土に阻まれる炎よ。そなたを邪魔する土、緑の剣山は消え去った。今こそ荒ぶり、その力を私に見せてみよ。赤の熱光、サマーレッ」
「詠唱が、長すぎるわ」

 接近戦になれていない魔術師、それでも巧くやった方だ。だが、遅い。その背後に回り込み、その体を拘束する。
 何か次のスペルをキックし終える前に、私は魔術師の口を塞いでスペル詠唱を阻害し、手に握った刺突退魔針を胸に突き刺した。肋骨の間を縫うように入り込んで心臓を貫く。

「っ、ぁ」

 刺突退魔針は、細長い針に中空を設けた筒状になっており、刺した後の出血を促してダメージを深刻化させる。だがそれも、心臓を直接突いてしまえば関係のないことだったかもしれない。針の先端からは、中を通った血液が勢いよく吹き出した。

「ごめん、レミィ。もう少し頑張れると思ってたけど。やっぱ、博麗は強いわ」

 ぴゅーぴゅーと虚しく胸から吹き出す赤い流れを見て、魔術師は目を閉じ、おとなしく死を受け入れる。
 やがて失血により絶命する魔術師。がっくりと力が抜け、その体は、23グラムだけ軽くなっていた。
 魂まで悪魔に売り渡したはずでは、なかったのだろうか。
 その体を打ち捨てたところで、エイムを続けていた魔理沙が追い付いてきた。

「手間取った。あの手の魔術師の死体は、闇の者の格好の進入先よ。魔理沙、気は進まないかもしれないけど」
「わぁってる。お互い、魔術に手を出した同士だ。あいつだって、覚悟の上だろうさ」

 魔理沙は、懐から出したフラスコを、パチュリーの死体の上に放り投げる。

「デビルダムトーチ」

 フラスコが割れ、漏れだした液体は空気に触れて瞬時に燃え上がった。青い炎が、魔術師の体を焼き崩していく。最後には幾何かの灰だけが残り、汚れを得た体も霊魂の残滓も、残らないことだろう。だが私達にはそれを見届けている暇はない。

「急ごう、もう半分食い終えてる」

 望遠ゴーグルでレミリアの様子を見ながらそう言い、妹の体を貪る吸血鬼に弾丸を放つ魔理沙だが、それは間に構える"肉の壁"によって弾かれかき消される。やはり、全員、排除するしかないのか。
 次に立ちはだかったのは、魔術師の下で働いていた悪魔だった。

「あの魔女がいない今、もう契約は無効。おとなしくあっちに帰れば目を瞑るわよ。レミリア・スカーレット自体は、あなたには全く関係のない存在でしょう。無駄に死ぬこともないんじゃない?」
「あなたが悪魔をどういう存在と見ているのかなんて興味ありません。しかし、一つだけ、申し上げておきます。我々悪魔の契約は、必ずしも一片の紙切れではない。血を交わしているなればこそ、その履行は紙面通りとは限らないのです。それを情と呼ぶことを、人が認めないだけで。」

 小悪魔の表情は、険しい。いや、これは、憎しみだろうか。私を睨みつけるその瞳は鋭く、しかし青く潤んでいた。

「筋違いだわ。憎むなら、あの吸血鬼を恨みなさいな。あんた達に死ねと、ゴミを捨てるかのように軽く言い放つ、あいつを。」
「何も聞こえない。正論なんて、力が強い奴だけが押し通せる、暴論と変わらない!」

 小悪魔は指先を噛み千切り、血の流れるそれで空中に魔法円を綴る。空中に漂う血液が揺らめいて、それは青緑色の炎へ化ける。小悪魔が息を吹きかけると、青い炎で象られた魔法円に、回路としての意味が与えられた。

「青の契約、"セージ・ザ・メッセージ"」
「っ!?」

 スペルのキックが完了すると、刹那、魔理沙が動きを止め、妙な声を上げる。

「霧雨魔理沙、契約だ。お前に、ありとあらゆるものを砕く拳と、何者によっても砕けぬ不滅の体を約束しよう。お前の存在は、神との決戦に備えた五百万の堕天使よりも強力、神でさえ易々とその行動を縛れぬ存在となる。その代わり、5分後に、お前の魂を貰い受けよう。」

 小悪魔は、自らの指先を噛みちぎり、流れ出した血を空中に固定された羊皮紙に向けて振りかける。

「これは、契約だ!」

 契約、とは名ばかり。その羊皮紙からは、契約を拒否する手続きが、回路ごと焼き潰されている。なるほどこれは、悪魔の契約の履行強制性を逆手に取った特殊な攻撃スペルだった。
 透明度の高いうっすらと緑がかった青白い契約の文字が、蛇のように魔理沙の体を這い回り、印字される。こうなれば、契約と言うよりは、呪いだった。
 攻撃的スペルとして使うために、効果対ペナルティ比は劣悪に抑えられているが、それでも契約期間の短さに見合うだけの能力が、今の魔理沙には付与されている。

「5分間の、鬼ごっこか。追い付いて殺すか、追いつけずに魂を奪われるか。」
「魔理沙、あんたに今かかってるパンプアップ、半端じゃないわ。死んでもその力で吸血鬼を潰して欲しいところだわ。まさか私に勝つために使わないわよね?」
「惜しいな。霊夢に勝てるいい機会だったのに。吸血鬼は霊夢に譲ってやる。因果があるんだろう?でだ。霊夢に勝つ機会は次にとっとくが、悪魔、お前を時間内に消すならこの契約、不履行になるんだろ?」

 魔理沙が箒を向けると、その先端に、既に小悪魔の姿はなかった。

「霊夢は先に行け。5分で片を付けて、5分で追い付いてやる。精々、私に追い抜かれんようにな」
「10分以内にもう後二人倒せって?無茶言うわ」
「だったら急げ」

 正直不安はあった。あんな内容の契約を強いてそれを勝算の一つとするのだ、逃げ切る算段があるのだろうが、それでも、吸血鬼の時限を前にしてみすみす時間を稼がれるわけにはいかなかったし、何より、彼女を信頼せずに残るわけにはいかなかった。

「任せるわ。」

 多くは言うまい。彼女相手にぐだぐだと細かいことを言う必要などなかった。

「また後で」
「おう。」

 軽く目配せだけして、私は飛び立つ。魔理沙は、最初にレミリアをサーチしていた妙な光の板<タブレット>を空中に設置し、両目を覆うゴーグルをおろして箒に跨がる。

「逃げても無駄だぜ。さすがに契約内容に速度は含まれてないようだが、その他のフィジカルは桁外れだ。追い付いた瞬間、血祭りだぜ、後悔しろよ。」

 私が飛翔する逆方向に小悪魔の存在を確認したらしく、魔理沙はそちらへ向けて、「加速するだけ」にキャパシティのほとんどを費やした酔狂なスペルを発動する。

 ――加速"Super Sonic Speed Star"――

 魔理沙らしい、無駄な派手さを伴った、ロケットダイブ。殺気までの射撃も頼もしかったが、こっちの方が、やっぱり、魔理沙らしい。

 逆ベクトルに加速する私と魔理沙は、すぐに互いの姿を認識できなくなる。そのまま私が僅かばかり先に進むと、門番の中華娘が静かに立っていた。
 今までの薄壁達とは違い、殺気の欠片も感じられず、気や気配、オーラ、雰囲気といったものを、完全に制御しているようだった。
 戦闘が高度になればなるほど、読み、機微、察知といった些細なことが重要になってくる。それを読みとるのには、目で見える動きでは遅すぎるし、かといって予測する法則はない。彼女が完全に絶っているもの、それを読むことこそが五感よりも重要なのだが、彼女はそれを払拭している。

「門の中の門番とは、皮肉なものね。」
「私が通さないといえば、そこが門。門がどこかは、私が決めます。博麗の巫女、ここはお通しできません。お引き取り願います。その身か、その息か、どちらか!」

 気を扱う、という抽象的で具体性を持たない呼ばれ方をするこの門番の能力について、私自身もその正体を把握できていなかったが、今私の前に立ちはだかるに全く殺気も闘気も遮断しているそれを体現するように、彼女は普段からその能力の奥底を見せることなく生きていた。

(底が、知れない)

 いつぞやに手合わせしたときは全く相手にならなんだが、メイド長がああであったのと同じく、これは弾幕ごっこと似て非なるものである以上、彼女はこんな日の到来を予期して爪を隠し続けるような強かな性格ではないと思いつつも結果としてそうなってしまったのであるから、紅魔館の門番こと紅美鈴は手の内を知らぬ油断ならない相手に違いなかった。
 できることならさっさと抜いてしまいたいが、スピードに任せた移動が得意なわけではない私には、先の魔術師の時とは違ってそれをやろうという気にはなれなかった。
 能力の正体が知れないのは、厄介だ。戦って負けることはないだろうが、時間が惜しい。亜空穴で、抜けるだろうか。
 ……いや、そんな小賢しいことは抜きにしよう。

「門をノックくらいはさせて貰うわ。荒っぽいノックは、魔理沙相手に慣れっこでしょう?」

 正面突破。後に憂いを残さないために、それは有効な選択肢だ。
 スピードを落とさぬまま博麗アミュレットを投げつけ、そのコースを追うように突進すると、美鈴は腰を落としてそのコースに正対し、ガードもグレイズもせずにアミュレットを右の拳の甲で弾き消す。
 破れたアミュレットの向こうに見える門番の表情は、真夜中の空を凝縮して凍らせたみたいに、冷たい無表情だった。
 アミュレットを払った隙に潜り込むように、距離を詰めて拳を繰り出す。門番の右手はアミュレットを破るのに振られており、まだ構えを取り戻せていない。少なくともガード不利を強いることが出来るはずだった。

「破っ!」
「ち。さすがに近接型か」

 しかし余った左手で、拳は払われてしまう。陰陽玉に指示を出し下段に打撃を加えると、小ジャンプで回避、そのまま空中で蹴りを繰り出してきた。腕を横にしてそれを受け止めている間に自動展開符によるカウンターが生じるが、運動的な防御行動を伴わない"抵抗"によって、かき消されてしまう。
 防御運動を伴わないため、カウンター符を無視して行動を続けてくる。空中にいるまま次の蹴りがくると思ったが、くるりと体を回して一歩引いたところに着地する。

「……ふぅん、よっぽど精神値高くないと、抵抗なんて成功しないんだけど」
「偶然です。クリティカル成功しちゃったので。」

 まぐれか。しかし、その成功を分かり切っていたかのような動きの組立は、納得はいかない。やはり、爪を隠していただけかも知れなかった。
 先の道化た言葉を、しかし無表情のまま言う門番。いつもは丸く大きく開かれた目が鋭く尖り、私を見据えていた。

「普段は巧くいかないんですが、ちょっとこの技を使ってみますか」

 バンテージを整え、拳を握りなおしてから、とんとん、とつま先で地面をたたく仕草をして……その視線がキンとこちらを見た瞬間。

「なっ……!」

 美鈴の拳が、目の前に迫っていた。距離は20メートルは確保していたはずだ。
 私は身を反らせてそれを回避する。

(は、迅いっ……)

 レミリアの速度を超えている。吸血鬼の運動には、早いとはいえ事前に逆方向へ溜める予備動作が存在した。それを読みとれば少なくとも動きのベクトルは想像できる。だが、門番の今の動きには、それがない。それだけで、体感速度は三倍にも四倍にも感じられた。

「あ、成功しました」
「ふざけ、ないでっ!」

 私は拳を回避したその姿勢のままバク転し、手が地面に着いた時点で常置陣を敷き追撃を遮る。姿勢をリカバリすると同時に拡散アミュレットを放ち、距離を確保しグレイズを誘いつつ前に踏み込んで手刀の打撃を重ねた。
 門番は掌を合わせ、それを開いてから越しだめに構えて押し出すような仕草をする。太極拳のような動きから掌から気弾が放たれ、それは拡散アミュレットを一直線にかき消しながら私に向かってきた。

(グレイズ中よ。弾幕なら、無意味)

 私は気弾を回避して門番へ突き進む。手刀は、門番のガードを誘い、その動きを拘束する。一度ガードさせれば、この程度の妖怪、カタメられる。
 ガード不利を重ねながら、手刀、蹴り、拳。ガード上からのノックバックで距離が離れれば、キャンセル掌底を仕込んだ札の射撃へつないで攻め継続を重ねる。やはり、大した妖怪ではない、レミリアに比べれば、雑魚。このままクラッシュを引き出して、浄化してやる。
 だが、ガードの下で私の動きをみる目が、怪しく動いた。私じゃない。焦点はもっと後ろに合っている。瞳の動きも私の動きと同調していない。

――私以外の何かを、背後に見ている?――――

 その視線が、明らかに横を見た。

「!」

 危機感を感じ、攻めの手を止めて後ろへ飛び退く。直後、さっきグレイズて飛去った筈の気弾が、私の元いた場所を薙ぐように拘束で通過する。

「……危なかったわ。まさか、視線だけで操気弾を誘導させるなんてね」
「偶然、巧くいったので」
「偶然、ねえ。それもそうそう続くもんじゃないでしょう。出来ないフリは、十分よ。」
「いいえ、偶然です。ガード判定も随分といい結果が出てくれて、まったく」

 そういって、私の連撃を防いでいたガードを解く。ダメージは一切ないようだった。さすがにあれだけ打撃を浴びせたのだ、それを防いでいた腕や足にダメージがあっても良さそうなはずだが。
 能力?いや、もしそうだったとしても、そもそも大した妖力も魔力もやはり感じられない。

(押し潰す)

 ホルスターから妖怪バスターを抜き放とうとしたとき、再びあの瞬速踏み込みを仕掛けてきた。バスターをキャンセルし、肘を立ててそれを迎撃する。腕に門番の拳が当たった瞬間、それをいなすのではなく、弾き返すように力を込める。弾きに成功すれば、有利を生み出し、そこから再び畳みかけられる。
 がきん、と生身ではなく霊力同士が衝突する金属音が響いて、弾きが成功した。筈だった。

 じえふぁん

 門番が、何事か小さく呟くのが聞こえ、それと同時に、急踏み込みの拳は能動キャンセルされ、小ジャンプからの浴びせ蹴りへチェインされる。

「なにっ」

 逆の腕を額の上に掲げてそれを防ぐ。

 じえふぁん

 また、何か聞こえ、同じように動きがキャンセルされる。蹴りを防いだ腕を踏み越え、頭上を越えた門番は下りざまに全く後方から肘鉄を落としてきた。

「う、そっ」

 私はいちかばちか前方へステップして回避を試みる。間一髪で肘が空を切り、私はステップで一端距離を取ることに成功する。

 じえふぁん

(ま、また!?)

 着地後門番の着地後ディレイがかき消され、私が体勢を整える前に再び螺光歩。
 もう、回避できなかった。
 慌てて身を捩るが、門番の拳は私の左肩に突き刺さる。

「くっ!……ん?」

 門番の体は私の後ろへ抜けて振り返って私を見ている。ダウンしなかった私は肩を押さえて一端飛び退いて、今度は素直に距離を取ることが出来た。

(軽い?)

 肩に食らった拳は、さした打撃ではなかった。あれだけのコンボからヒットをもぎ取られたのだ、一撃で肩を砕かれるくらいは覚悟していたのに、セルフBUFFで強化された身には、全くダメージはなかった。

「……こけおどし、か」

 私は陰陽玉を左右に配置し、勝利を確信した。あれほどまでしても、ダメージなどなかった。やはり、大した妖怪ではない。押し潰せる。

 じえふぁん

 また、あの妙な言葉か。だが、いくら行動が高速でキャンセルでつないでも、ダメージがなければ。

「ダメージロールを再試行」
「は?」

 意味の分からない言葉を吐く門番。次の瞬間。

「! っが、ああああああああっ!?」

 肩が、砕けた。
 どういうこと?食らってからもう何秒も経ってるというのに、いまさら、ダメージが発生だなんて。
 肩から腕の骨の一部にかけてが砕け、激痛が走る。
 なんだ、これは!
 門番は構えをとかぬまま、まだ私の方を窺い、次の攻撃を狙っている。
 先の言葉。気を操るといわれる能力。
 用意され揃えられた事実を並べ逡巡するに、私は一つの仮定に辿り着く。

「……プラーナ」

 私が呟いた言葉に、門番はそれを無言で肯定して見せた。
 それはいわば、「勝てるまでやり直せる」、あるいは「勝てる水準まで力を上乗せできる」能力。
 さっきから、偶然偶然言っていたのは、"偶然"を無理矢理引き出していたということか。治癒の護符を起動して、砕かれた肩に貼り付けながら、その能力に戦慄する。
 プラーナと呼ばれる気の一種、これは生命の神秘、生命が奇蹟を引き起こす力であり、それを解放すれば普段の力では到底届かないことなし得る。不可能が可能になり、不利が有利になる。
 だが、妖怪だろうが妖精だろうが神だろうが、プラーナの短時間での連続解放には限りがある。そも、それを意図的に行えると言うだけでも驚異的だった。美鈴のプラーナ解放キャパシティは桁外れ、恐らく、内包量も膨大なことだろう。これこそがあの門番の能力の真価に違いなかった。

「門の中の門番が、厄介だなんて。でも、あまりやるとまずいんじゃない?正気度が下がってるわよ」

 さすがにあれだけやれば、負荷があるのだろうか。生命の根元に繋がる霊的媒体を浪費し続ければ、魂への直接のダメージとして蓄積する。まずは、自我を失うところからだろう。もしくは生じた歪みから魂へ穢れの浸入を招き、外道へと堕落するか。

「咲夜さんが亡くなり、パチュリー様が死に、妹様も失ったこの館で、もはや私だけ生きながらえようとは思ってません。せめて、お嬢様だけでも。」

 プラーナを解放する度次第に濁り始めている瞳を、それでも鋭く尖らせる門番。やはり、レミリアが指示した通り、決死の防衛なのらしい。
 私は、陰陽玉に一つ、短い祝詞を投入、ディスペルされた回路の内一つを起動し、そのターゲットを門番に指定する。

「いいわ、あんたが生き急いでるのと同じように、私も急いでいるの。次で、終わらせてあげる。あんたのプラーナ、さすがにもう底を突いてるでしょう?」
「さあ、どうでしょうか」

 勝負を急ぎたいのは、レミリアに屠食の時間を与えたくないこともあったが、万一門番がプラーナの高速な自然回復を能力の内に持っていれば、これは長引かせるだけ不利だと思ったのもある。
 砕けた左肩は、まだ癒えないが、死の呪いとその穢れを一度祓った身故か、符による傷の治癒は自分でも驚くほどに速い。動かぬほどではなくなっていた。
 ならば、これで蹴りを付けよう。

「きこしめせ。かの荒御霊は中津国におわしまし、我はその指先が"紅美鈴"を指さんことを欲し、願う。降シ喚ビ宿ラセ。――殺界――」

 狙うは、絶対成功(クリティカル)を、押しつぶすほどの能動判定値。ダメージ判定は伴わず、一撃の成否のみで決するもの。
 門番は呼吸を整え、天と地を指さし、それを自分へ導くような仕草をする。

「正気を失い、尊厳を失い、修羅となって血を啜る魔物となり果てようと、博麗、私はあなたを、倒す。あなたが一撃で決めようというのなら、私も一撃にすべてを賭けます。……解放(jiĕjiĕ)!」

 その身に不釣り合いなほどに大きく、天にまで響かん咆吼をあげて、美鈴はプラーナを解放する。地を踏みしめる足の元は崩れるように沈み、無風だったあたりに嵐のごとく吹き荒れる風は、彼女の気合のよって励起されたものだった。
 爆発力は、レミリアを越えるかもしれない。緊張感が走る。
「あなたの白にはかなわないでしょうけど、私には私の色がある。ここを門とし、構え、私が立ちはだかるその拒絶は、博麗、あなたにだって、決して負けない。吹き荒れろ、"彩華・虹色太極拳"!!」

 全力ではないはずだった。私に打撃を加えた上で、そこに加重されるダメージを増大させるために、内包量全てを解放しているわけではないはずだ。
 そこが、私の付け入る隙、もとい、そこしか、ない。
 私に拳、あるいはつまさきの一撃であっても届くために全てを使っては、私をしとめるエネルギーを爆発させることができない。逆に爆発力だけを目指そうとすれば、その拳が私に届くことはないだろう。そのぎりぎりのラインで生じる配分ミス、それこそが、考え得るウィークポイントだった。

「そんなに解放して、死の呪いが薄れた私をしとめられるかしら。」

 "殺界"の呪詛中にある私には、あらゆる"傷害"は意味を持たなくなる。今の私は、ヤドリギにさえ契約を迫ったようなものだった。それを破らない限りは、いかに鋭い刃物も、スポンジに同じである。美鈴のプラーナ解放は、殺界の防護点を抜くためのものだった。
 同時に、私の殺界も、彼女のそれと同じような性質を持っている。すなわち、触れた者を死に至らしめる、一撃必殺の呪詛。これは、その二つの対決だった。

「来い!博麗の白、私の虹色が、弾き返す!」
「やって見せなさい!万物に与えられた死の約束、今すぐ受け入れる覚悟があるのなら!」

 美鈴の周りに吹き荒れ、私を飲み込もうと渦巻く嵐は、その風ひとつひとつが、大刃であった。あらゆるものを切り裂く虹色の光刃は、私を繊切りに処そうとその中心へと私を深く飲み込もうとしてくる。

「っ!」

 クリティカル成功による無数の斬撃を、私は同じく展開する殺界の緩衝によって相殺し続けた。颱風の中心へよるにつれ、時折消し切れぬ刃が私の身を切り裂く。強化を施された私の体が、まるで木の葉のように一瞬で深々と裂かれ鮮血が吹き出した。ターゲットまで、後一息。奴はこの凶悪に鮮やぐ光刃の颱風を発動するのに、重要なプラーナの大半を消耗しているはず。距離をとらえれば、こちらのものだ。
 颱風の中心には紅美鈴が、太極を司る構えで私を迎えんとしている。体を切り刻まれながらも一歩、また一歩とそこへ歩みを進め、颱風の目へと至る頃には、私の体は鮮血にまみれていた。だが、斃れるほどではない。後一歩。よれば、こちらのものだ。
 そして、七色の光刃の層全てを押し切って、颱風の目へ至った。

「チェック……メイトよ、ビショップ」

 私は、無風を保つ颱風の目へ足を踏み入れ、門番の懐へ。殺界状態より繰り出す必殺の拳が、無防備に届く距離だった。

「もう、あんたを守るものは、ない。やらせてもらうわよ」
「いいえ、まだです。解放(jiĕfàng)!」

 相当人間性を持って行かれているらしい、虚ろに沈みかけた瞳を、それでも爛と光らせて私を睨む。
 さらに解放されたプラーナ。

「バカな。それでは私をしとめきれない。」
「さっきのが、本当のまぐれ成功だったとしたら?」

 なんだと。
 虹色の颱風は、プラーナを使用していない、素振りクリティカルだったというのか?だとすると、颱風の中で更に私に向けて構えていたのは威嚇ではなく……。
 私は、拳を構える彼女に向け、それに真っ向向かい合うように、拳を握りしめる。

「終わらせます、博麗!」
「こっちのせりふよ!」

 お互いの、渾身の一撃。

「"華符・彩光蓮華掌"!!」
「殺界!一撃必殺、羅刹掌!!」







 私の拳から、名もない一柱の力が天へ帰る。同時に、私の背後で門番が、斃れた。

「惜しいわね。無限大まで後一歩、足りない」

 私がいうと、美鈴は地に伏したまま、断末魔を、呟く。

「殺界とやら、消費せしめた。十分。お嬢、さま……ご武運、を」

 どいつもこいつも、私と戦っているのに、誰も私を見ていない。今まで命をもぎ取って踏み越えてきた奴らは、だれもが、ずっと、どこまでも、レミリアのことだけを見て、その視線を揺るがせることなく死んでいく。
 一体、彼女の何がそうさせるのだろうか。紅魔館と呼ばれる大きな館ではあるが小さな社会にいる、極一握りの存在達にとって、この世界とはそれほどに苦痛で、それを塗り替えようと言うレミリアは、命をとしてでも仕えたいと思わせるほどの存在なのだろうか。
 それとも、私の白とは。

「私、もう、レミィを、現象としてみているのね」

 彼女を、あれだけ肌を重ねた彼女でさえも、人格としてみるのをやめている私がいた。
 レミリアを、一人の人格としてみれば、魅力的な存在であることに違いはなかった。私もふつうの女の子で、彼女と一緒にいれば、あのように彼女のためにと思うのであろうか。

「違うわ。私は、博麗、だもの。」

 彼女に抱かれて、紫とは違う抱かれ方をして、剥き出しにされた私が、気持ちよかった。彼女の前では偽りも鎧も要らず、それが彼女の言う"一色"であるというのなら、もしくはそう言う重圧が私の"白"だというのなら、なるほど、彼女に委ねたい気持ちは、私も殊の外、強い。
 だからこそ、私は、レミリアを現象として捉えているのかもしれない。

「でも、これで決めないと」

 美鈴は今はの際に、殺界を消費させたと言っていたが、私は最初から、レミリア相手にこれを使うつもりなどなかった。レミリアとは、もっと、語り合わなければならない。なにを重い、なにを望み、なにを憎み、なにに嘆き、なにを愛していたのか、一撃で決めてしまっては、わからないからだ。
 それは一つ、決意というものに近かったかもしれない。それを抱いて、再びレミリアに向けて飛翔を続ける。
 うすら赤みかった空気は、しかしその彩度故に別段暗さを覚えるものではなかったが、門番を生命から隔離し、もうレミリアまでの道のりを遮るものはいなくなったと思って加速度を増した矢先、それは全く不意に、しかしその様子に私は覚えがある塩梅で、周囲の空気の赤色が、まるで紙が水に濡れていくかのように、濃密な雲、煙、あるいは不安感や眠気が晴天の太陽を突如として覆い隠すのを彷彿とさせる変色を以て、彩度と明度を落とし、適切に言うのであれば急激に黒ずんで、元の彩度の高い赤を忘れて闇へと沈もうとしているのを、私はしばらく進み、レミリアの姿がようよう見え始めてきた頃、ようやくになってから気がついた。







 その様子に覚えがある、と感じはしたものの、それがここで感じられる感覚であるというのは、いささか川辺で山頂を、黄昏時に朝霧を、それが余りに詩的であるというのであれば、塵の山の中に妙に輝きその存在を主張する金属片を見出すような、比喩はできるが説明のつかないことであり、また私はその不整合を認識していて、だからこそ今こうして現れている暗がりについては自分の予想を肯定する気分と否定する気分とが半々であると内省するに至っているのだった。
 そこはかとなく、冷え冷えと足下に広がる冬の底冷えのように私に染み入ってくるのは、その妖怪そのものの力故ではないと私は考えていたし、事実そうしたほど大きな怪異も起こさなければ、すれ違いざまに打ち落とすことくらいはできる実績を私が既に持っている相手であって、然るにその不安感の侵入を、私は明確な説明を持てないままに受け止めることとなっていた。

「闇。まさか、ね」

 私は誰にともなく一人ごちたが、それはまさしく不安感に絞り出された言葉だっただろうし、しかしその、自分がそのような弱く小さな妖怪に対して底知れぬ冷たさと不安感を抱いている事実を私は受け入れたくなくて、私が今呟いた声は、まるで闇を怖がる子供が「怖くない」と強がって漏らすその言葉と幾らも変わらぬようにさえ思えた。
 やがて、赤黒く変色した空気、血に飢えて漂う霧のような闇を割って現れたのは、いつぞやに下した闇の妖怪だった。
 こいつは、レミリアの館の住人ではなかったはずだ。こいつも、取り込まれたのか?

「ただの野良妖怪が、そこまで気張る必要あるの?」

 今まで壁になった奴らとは、どこかが違う。
 そうか、目線。こいつ、レミリアをみていない。いや、レミリアを背中において、私を睨みつけるその視線は、本当の「守りたい」かもしれなかった。
 もしかして、レミリアが、こいつに取り込まれた?
 彼女のリボンが、真っ赤に染まっているのに気付いた。あのリボンは真っ白で、得体は知れぬが大結界と同じ雰囲気を感じる、一つの"有憂猶由"であったのだが。
 あの紅は、レミリアか。

「あんたじゃ、白じゃ、だめなんだ。レミリアちゃんを救えるのは、赤でも、白でもない!」
「残念だけど、色は世界の常なの。あんたの望む無色の黒は、もう、その時代を終えているのよ。大昔にそういう奴もいたらしいけれど、それを取り戻そうなんて、無駄だと悟りなさい。」
「無駄かどうか、やってみろ!押しつけがましい光なんて、色なんて、すべて私が否定してやる!」

 特に恐れる必要もない、小妖怪だ。だが、先に感じた得体の知れない不安感は、何であろうか。レミリアの赤に染まったリボンに、不吉な予感を感じる。

「確かに、色は、それを生み出す光は、差別と争いの原因かもしれない。それでも人は光を求め、闇を嫌う。あんたが妖怪である所以は、人が嫌うものであるからでしょう。あんたの存在は、人から嫌われることによっている。その嫌悪を否定すれば、自分自身の否定につながると、気付きなさい。妖怪にはそう言う矛盾した性質の奴が多いわ。聞き分けなさい。あんたの闇も、あいつの赤も、色と光は、必要悪なの。」
「しらない。わかりたくもない。嫌われることでしか生きられない?それは光と色がもたらした独善だ!レミリアちゃんは、それに気付いてる、聡明な人だ。私の闇が弱くて成し得なかった本当の"つながり"を、レミリアちゃんは作り上げようとしてる。絶対に、止めさせない!」

 彼女の言うことは、もっともなのだ。そもそも、この幻想郷とて、結界によって外界を拒絶することでやっと存在している。拒絶がこそ存在の本質であるという矛盾は、今この地球で大半を占める存在が抱える、原罪のようなもので、混沌から天と地が分かれたその瞬間に、運命付けられたものだ。
 ルーミアはその分離を否定して原初の混沌を望み、レミリアは塗り潰された万物をなそうとしている。
 二人は、似ているのかもしれなかった。
 同時に、私とは、最初から、相容れなかったのかもしれない。
 それを思うと、少しだけ、胸が痛んだ。

「レミリアちゃんをいじめる奴は、ゆるさない」

 幼い言葉に置換された、しかし複雑この上ない様に織り上げ焼き固められた感情の波が、立ちはだかる野良妖怪から迫ってくる。

「レミリアちゃんの赤が食べやすいように、黒く仕込んでおいてあげる。闇色の牢獄、"ディマーケイション"」

 以前に同じスペルカードを使用されたときと、違う。この光の減衰を伴う圧倒的な重圧感は、周囲から光が失われたのではなく、闇が凝縮されて光を弾き返し、その"存在する闇"の質量が、私の体にまとわりつくためだった。
 成長、いや、解放されている?

「リボンが解れかけてるわよ」
「レミリアちゃんに直してもらったんだ。解れてるんじゃない、これが、正しいの」

 白かった、今は深紅のリボンが、不自然に揺らめいている。それは封印であって、見たところ赤もその封印のために施されているようだった。だが、その奥にいる何者か潜みすむ存在は赤の封印術式へ逆流伝導させて以前よりも強く力を漏らし続け、だが同時に赤の魔力に濾過され扱いやすくなったそれを自らのものとすることで、ルーミアは、今はリボンを魔力増幅器装飾(タリスマン)のように扱っていた。

「くろくなれ」

 ルーミアが命じると、闇が周囲のものを"喰い"始めた。大気、マナ、周囲の樹木、岩、土、全てが黒く染まると同時に、隣接するものとその姿の境界を解け合わせ、どろどろと泥のように融解を始めていた。
 紅魔館に来るときに見た、赤く染まった森よりもエグい光景が、広がり始めている。精神活動量が低いものから順に冒されているようだった。

「気持ちの悪い能力ね。随分と進化したようだけど、でも、あんたの力は、私のそれに、本質的に勝てない。」

 私の力は、紫から受け継いだ一片。結界。分離を本質とするもの。黒化し逆行分化を進める力とは、相反する。

「やってみなよ。その白も、滲ませて、濁らせてやるから。白が全ての内包であるのは、独善的な光の原理だ。物質混成の理の下では、黒こそが全て、白こそが虚無。私の世界(ディマーケイション)の中では、博麗、お前の宗教は反転する!」

 そこでは光は遮られ、全ては色を失い、認識は混濁する。輪郭は薄らぎ、形を奪われ、複数と単数の差が埋まる。形の概念は失われ、数の概念は忘れられ、存在の概念は未分化へと逆行進化する。まさに均質に同質、全一にして単一、差別なき混濁、詳らかにされた混沌が、周囲を蝕み始めていた。
 私の体にも影はある。そこに潜む溶解獣が、光が作り上げる自然の結界を踏み越えようとしていた。

「レミリアちゃんが描こうとしている全世界ナイトメアは、レミリアちゃん自身を不幸にする。私に、もっと力があれば、気持ちいい全世界ナイトメアを、作って上げられるのに」

 力があれば、といいながら、彼女はそのリボンの奥底に潜み棲む者から力を引き出し続けている。
 私はこれを識っている。知っているのではない。紫に作られたとき、先代の巫女の記憶とともに植え付けられた、未体験の情報として、保持している。
 あれは、まずいものだ。レミリアの描く世界よりも、数段、まずいものだ。
 あの時、そう、世界が矛によって混沌から形成されたあのときだ。光からより分けられ、分離され、選ばれなかったと言うだけの理由で、邪悪、汚れ、間違い、腐食、負、泥濘、醜く、冷たく、不名誉、黒と決めつけられ、あらゆる罵りを受け唾を吐きかけられ続けた者達。対し。選ばれて抽出された、正しく、美しく、清浄で、暖かく、神聖、創造、白と名付けられて輝かしい未来を約束され者達。底知れぬ遠大な恨みを怨嗟を呪いを抱き吐き出し続ける"選ばれずに迫害され続けた者達"を、彼女は統べている。生命と呼べぬ意志を持った概念達、存在を生み出す際の副産物、擬似生命体達の想いの力を、彼女は扱えるのだ。その者達の背中を、ぽんとひとつ、押し出すことができるのだ。今、光と陰のバランスをぎりぎりで保っているそれに、ほんの少し、ほんの少しだけ、闇の方に荷重を加えることができるのだ。それは、世の概念そのものを崩し得るものだ。境界を不可逆に滲出し、白黒を踏み越える。
 私は彼女の真の力に戦慄した。レミリアが自らの力を以て封印を強化し、何とか押し込めようとしたものを、私もそうしたいと思ってしまった。

「自惚れたことを」
「自惚れかどうか、その白を保ってからいいなよ」

 この世界には、まだ、能動的に照らし出すためのデバイスが設置されていない。境界を創り、それを明確に分けるシステムだけが、闇を水際で押し込めているにすぎないのだ。機会を狙って這い出そうとする闇、擬似生命達が作り上げた越境工作インターフェイスが、ルーミアという妖怪らしかった。それが、レミリアとともに行動しているなど、運が悪いにもほどがある。強大この上ない存在達が、世界を「ひとつ」に還そうという共通の目的で、手を取り合っているのだ。最悪の事態といっても過言ではなかった。

「まさか、こんな伏兵がね」

 私の体にも迫り染み込もうとしてくる闇を振り払い、印を切る。切れ味を研ぎ増してある妖怪バスターは、殊更の特殊戦闘に向けて特別用意したもの。こんなに早く使うことになるとは思わなかったが、ことここに至っては仕方がない。祓の祝詞と博麗の固有祝詞をジョインした特殊符と起動スペルを構え、陰陽玉のリミッタを解除する。殺すのはリスキーだ。バスターで弱らせ、封魔陣で一旦固定、凍結させる。もう、先刻のレミリア戦のような油断はしない。動きを封じ、人が龍をそうする如く、しばし封印すのだ。
 まずは、レミリアの食餌を、阻止することが、先決。

「今まで、銀、緑、青、それに虹色を、私の白と魔理沙の恋色で退けてきた。あとは、レミリアの赤だけなの。邪魔をさせるわけには行かない。ここで黒が出てくるとは思っていなかったけれど」
「じゃま?くす、くすくす、あはは、おっかしいんだぁ。……邪魔は、お前だ、博麗!お前の白が、レミリアちゃんの赤を、拒絶するからだろう!!」

 レミリアを、あくまで立てるか。ルーミアは、まだそのリボンの奥に潜み棲む者を自覚していないらしい。好都合だ、こちらの意図した順序で、対応させてもらう。
 何より私は焦っていた。まさかここでルーミアが現れるなどと思っていなかったし、それが素通り叶わぬ敵であったことは、大きなロスだ。
 さっき紅美鈴を一気に畳みかけるつもりが、それをできなかったことも、焦りの一つだった。時間がない。ルーミアの闇で、レミリアの屠餌進捗は見えない。
 もし今このとき、最後の一口、最後の一欠片を、妹の死体を口に運んでいたら。

「退きなさい、今はあんたにかまっている暇はないの!」

 問答無用で退魔針を放ち、博麗アミュレット幾枚もを投げつける。
 ルーミアはそれをよける様子を見せずに、ただこちらをみてたったままだ。防御も回避もしない?

(もしかして、体の制御ごと、力に振り回されてる?)

 もしそうであれば、そのままバスターを打ち込んで、封魔陣へ取り込んでしまえば。
 針と符が大量にに迫り、いよいよヒット確認となるかと思えたとき、地面に映る、針と符それぞれの影が、投影される地面から、自らを生み出す実体の方へ触手じみた腕を伸ばし、とうとう捕まえてしまった。

「!?」

 そして、岩や木、砂に土、草、ありとあらゆるものがルーミアの命の下に闇に飲まれていくのと同様、針と符は全てその姿を未分化の概念へと還元されてその場に漂う闇と化してしまった。一つとしてルーミアへ届いていない。

「そういうこと」

 私はすかさず次の符を取り出し、投げつけた。これはエネルギーの変換効率が悪く、魔力を退魔の力に変換する際、多くを光エネルギーにロスしてしまう失敗作だ。だが、発光しながら弾道を進むため、自身の影はできない。他のものの影を色濃くはするが、符だけでも届けば、攻撃にはなる。
 だが。

「博麗、あんたは私の闇を勘違いしてる」

 全く同じように、還元されてしまった。

(何故?いま、発光体に、影ができていた……)

「私に命じられた影は、投影源の副産物という立場を脱する。それは存在の背理として、"実際に存在"し始めるわ。光らせたところで、概念の対消滅は、逃れられない。」

 それは、魔理沙が研究していた、あれにその性質を酷似させていた。

(アンチマタ?でも、少し違うかしら)

 詳しい話は知らないけど、魔理沙は反物質と呼ばれる矛盾に満ちた(しかし錬金術的にはよくある矛盾的表現の)それの生成を、だいぶ前に諦めていた。ああ見えて、能力は高い魔女だし、負けず嫌いな彼女が諦めるとなれば、余程のことなのだろう。何かに当たれば対消滅をなすところそれに似ているようにも思えたが、彼女の闇が喰い進むのは、物質に限らないようだった。光でも吸い込み、概念さえ塗り潰す。あの闇は、表象に対する背象とでも言うべきか。反物質のように消滅し膨大なエネルギーをまき散らすのではなく、結合して別のものを生じている。そのふたつはぶつかり結合して"未分化の概念"を生じるらしい。
 発光体にさえ生じる影は、光によって俄に生み出された影ではなく、存在が存在として存在している根元に対する背象、影よりもなお深い影だった。
 私は強力な護符で存在を護持しているが、周りのものは次々に意味を分かたない概念、存在と非存在の境界を漂うものへ、喰われ飲み込まれていた。
 飛道具も得物も喰われるのならば、もはや拳で押し潰すまで。

「何でも飲み込むのね。可愛い食いしん坊も、過ぎれば"おいた"よ?お仕置きしなくちゃあね」
「ふふ、あっははははは!!ねえ!じゃあ、博麗……あなたは食べてもいい人類ッ!?」

 そういって獣じみた口を大きく開けるルーミア。白い肌に異様に映える赤の唇。閉じているときは綺麗に噛み合うであろう犬歯と犬歯は鋭く刃物のように尖り、捕食を望む唾液は原油のようにどろりと黒い。そしてその奥には舌も咽もなく、ただ深淵を臨む暗闇がぽっかりと落ち窪んで無限にも思える黒を湛えていた。黒い霧が、口の端からゆらゆらと上がっていて、その中が、真なる闇でありながら煮えたぎる熱を抱いていることを物語っている。
 この口に運ばれたものは黒の背象に消化され、生じた未分化概念は彼女の力として吸収されるのだろう。おそらく、あのリボンの奥に眠る何者香のために。
 この妖怪、こうまでも邪悪な存在だっただろうか。リボンの封印は、解けようとしているのか?
 猶予はない。もう、即座に浄滅させるべきだと感じた。

「そう。ならば、喰えるものなら、喰ってみなさい!」

 拳にありたけの強化護符を乗せて、ルーミアへの距離を詰める。
 彼女は動かない。まるで固定砲台、いや、彼女自身がこの底なし沼の発生源、これを強大なインスタレーションとみるなら、増殖する影が生きた半自動構成密路であり、魔力供給源は他ならぬ彼女自身らしかった。自身が魔術の一部であること、それはルーミアが妖怪であるよりも魔法生物に近い存在である証拠であった。
 どちらにせよ、動かないのであれば、好都合。距離を詰め、消される前に消すだけだ。いや、それしかない。レミリア戦を前に無用な消耗は悔やまれるが、仕方がない。
 封魔陣をハイドスタンバイし、近接戦闘を仕掛ける。

「絶対に、通さない。ここで、黒く塗りつぶしてやる」
「本当にね、急いでいるの。駄々をこねるのは、後にして頂戴!」

 弱小妖怪と気にも留めたことのない相手と、全力でぶち当たろうという、そのときだった。







「食い終えた、食い終えたぞ、腐れ巫女!」

 ルーミアの背後、闇に遮られてそれを認めることはできないが、私とルーミアとの方向を延長したその向こうから、タイムアップを告げる声が、聞こえた。
 しかも、最悪のシチュエーションで。

「レミリアちゃん!」

 ルーミアが跳ねるように声に反応する。霧が晴れるというよりは、土砂をかき分けて向こうへ出た時のような様子で局所的に闇が明け、その向こうには口の周りと胸元、指先をべっとりと赤い血で染め上げたレミリアがふわり、飛び上がる姿が見えた。

「下がれ、ルーミア。もう十分だ。」
「大丈夫だよ!このまま二人で博麗を」
「聞こえないか。下がれ、と言っている。」

 腑に落ちぬ様子でレミリアの方へ視線を投げ続けるルーミア。レミリアは地上に近い空中に漂いながら、鋭く赤い眼光でルーミアを舐め回すようにみる。そしてまた口を開いた。

「誰だか知らんが、おとなしくその中で見ていろ。これは私と博麗、赤と白、吸血鬼とヒト、私の世界と私ではない世界の戦いだ。私がこうして立ち直った以上は、余計な邪魔立てをすることも、ルーミアの体を蝕むことも、許さぬ。」
「レミリア、ちゃ?」
「自覚がないとは、自我も食われるか。潜み棲む者、貴様は永遠にその闇の底で寝ていろ。私がいいと言うまで、永遠にだ。」

 レミリアが指をぱちんと鳴らし人差し指をルーミアに向けると、瞬時にルーミアの体がカクンと力を失って落下し、レミリアの腕の収まった。

「眠っていろ。お前まで失うわけにはゆかん」

 彼女に背を押されていた闇はたちまちに光に押し込められ直し、一部完全に前意味概念と化した物を除いて、元の姿を取り戻していく。ルーミアの体は力なくレミリアの腕の中に収まり微動だにする事はなかったが、頭の深紅のリボンだけは、風もないというのに、まるでイソギンチャクの触手のように不自然に脈打ちながら揺らめいていた。

「しつこいぞ。"red magic, after touch"」

 汚い物を見るように目を細め、ルーミアの体、いや蠢くリボンの方に向けて、レミリアは指先で中空に血の滴る七芒星を描く。それは赤い光を放ちながら薄れるように消え、それに従ってリボンの動きは弱まっていき、やがて完全に地に臥した。

「一色を望みはするが、ギヌンガガプへの回帰など、私には不要だ。」
「二人がかりなら、有利だったかもしれないのに。彼女だって、哀れなあんたの力になりたかったんでしょうに。あんたの盾になって犬死にしていった奴らも含めて。」

 うらやましい、と、素直にそう思った。
 私は寂しいのだろうか。
 何を犠牲にしてでも、過去を切り捨てて未来と前を歩き続けるレミィ。私は、彼女のそういうところに惹かれていたのだ。恐らく、彼女のために後を捧げた者達も。だが、その窮極が、このような事態であるとは。いや、これを拒絶する私は、やはり過去を守り過去に生きる存在だからかもしれなかった。

「――愛されているのね」

 だが、私が頑なに彼女の未来を遮ろうとし、それが命を奪おうと言うところまで変質してしまっているのと同じく、レミリアの未来への渇望も、歪に成長していた。

「愛など、貴様の結界の前では無意味だろう。ありとあらゆる"拒絶"を身に刻んだ貴様の口から出る愛など、白々しいにも程がある!」
「そうかもしれないわね。でも今のあんたは求不得苦に囚われすぎている。思い通りの未来なんて、誰の手にも入らないのよ。私も、きっと、この世界を作った、あいつでも。」
「他人の教えなど、私を満たすものではない。四諦?諦めるのが苦しみを消す方法だと?ふざけるな。」

 永遠に、幼い。
 年を経ればそれなりに失せるだろう無謀な欲求が、彼女の中にはまだ強く残っているようだった。 だが、それこそが彼女を彼女らしく見せるものであり、その飽くなき欲求がこそ、私が彼女に――おそらくは彼女を取り巻いていたあらゆる者達も同じだったに違いない――惹かれる原因のようにも思えた。

「諦めが救いだなど、そんなものは、負け犬の理論だ。そんな幻想に陥るのは、死んでいないだけの生き物の抜け殻に過ぎない!吸血鬼風情が神だの運命だのに逆らうのは愚かだというか?違うな。違うだろう!求めるのは弱い者の真理だ!欲し望むのは持たざる者の真実だ!それを否定して、何が"私"を私にもたらすというのだ!」

 何も、言い返せない。
 彼女の剥き出しの欲求は、私の奥底に押し込められた原形質の記憶から、何かを引きずり出そうとさえしているようだった。欲求、本能というものにさえ進化する前の、生命が生き延び進化してくるのに必要だった強烈な原動力。死と苦と失を忌避する、反射にも近い感覚。

「吸血鬼は、迫害され、押しやられ、抑圧され、レッテルを貼られ、弱点を増やされ、殺し方は世界中に蔓延し、恐怖され、排斥される色だ。だが、それでも生き延びてきた。生き延び、存在を続け、その過程で更に排除の色を塗りたくられる。この身の赤は、そうして殺される前に殺し、生き延びてきた証だ!この赤を、私は誇りに思うと同時に、身を焼くほどの嫌悪感、屈辱、やり場の広すぎる怒りと口惜しさを抱いて生き延びてきた。いつか、変わると、変えてみせると誓って。」

 隠されず発信されるその欲求は、理性を否定すると同時に生命を肯定するもの。逆に、私達の諦観、社会性、成長がもたらすのは、理性を肯定しながら生命を否定するものであるかもしれなかった。

「これを諦めることが正しいというのなら、私は世界中から八つ裂きにされ、省みられることもなく、弁解の余地さえない悪として死ぬことを強いられる。それが、それが正しいのか!?貴様等光と正義が貼ったレッテルに、都合のいい方便でしかないだろう!そんなもの、壊してやる。全てぶちこわして、新しく作り直す!」

 それは、私が紫からいつも精進が足らないといわれているのと同じ原因からだろうか。私は、これを弾き返すだけの明確な原理を持ち合わせていなかった。

「私の牙は、吸血鬼としてのそれだけではない。神と道徳、教義と理性に抑圧された"ほんとう"を暴き、それを都合よく覆い隠そうとする奴らを噛み砕くためのものだ。そして、妹の力は、その力の部分の権現だった。」
「あんたが殺したようなものだけれどね」
「手段は選ばない。私は必要な力であれば、妹を食らってでも、過去を塗りつぶし、今を変え、そして未来と世界を作り上げる!」

 私がいうと、レミリアの形相が、変化した。
 憎悪、怨恨。垣間見える後悔、自己嫌悪。それを上塗りする、強烈すぎる渇望。
 セックスの時には性欲にとろけ嗜虐の笑みと可愛らしい表情を浮かべ、力を交えれば全てを憎しみで焼き尽くす顔を見せてきた彼女に、初めて「一色では表現できない」複雑な表情を見た気がする。
 その複雑で、一見すれば一つも優しさを持たないその感情は、しかし彼女のために死んでいった者への、そして"世界"への、確かに、愛の形の一つかもしれなかった。

「あれほどの愛されていて、まだ足りないというの。贅沢ね。」

 つい、憎まれ口にも近い皮肉が、彼女を求めて、口をついた。

「貴様も疑ってみれば見えてくる。私が欲しいのは友情でも愛情でも同情でもない。ただ、ただ、未来、それだけだ。貴様等が赤というのならそれで構わない。その上で、私の運命を切り開くまでだ!」

 びょう、と高く飛び上がり、月を背に負うレミリア。漂う、いや、どろどろと溢れ零れ出すオーラは、今までに嗅いだことのないほどの死臭、そしておぞましい力を感じさせる物だった。
 妹を食べて、見たくないものでも見てしまったのだろうか。その様子は、見たくないものを見てしまい、その愛着の矛先を失って惑う子供のようであった。

「この破壊の力を正しく御せば、神々でさえ私に平伏すだろう。博麗、お前であっても、ルーミアの奥底に眠る何者かであっても、私がそれに命ずるのだ。」
「赤風情が、高慢が過ぎるわね。愛するのか、壊すのか、どちらかひとつにしなさい」
「我々吸血鬼の運命は、私が今より切り拓く!博麗、お前とお前の白を、私の赤で塗り潰してな!」

 槍を携え飛び掛ってくるレミリア。
 グングニルは、剣の性質を加えられて長刀のような、ハルバードのような、妙な形に変形している。形などさした意味はないのだろう、妹の力を取り込んだレミリアの力は、想像を絶するものに違いない。
 振りかざされるグングニル。その側面に備わった刃を杖で受け止め、レミリアを見やる。

「博麗を廃し、私は自ら赤く染め上げた世界で、妹の力を利用して因果律制御機構を暴き出し、手中に収める。運命は、私が書き上げ、作り上げ、実行する!」
「あんたのその赤、本当にあなたのもの?本当に、あんたの望んだものなの?」

 鍔迫り合いは、簡単に私が力で押し切られる。その離脱の前に、レミリアに問いかけた。どうしても、彼女の動機が腑に落ちない。

「くどい!赤など、赤など嫌いに決まっているだろう。赤など、私の望んだ世界ではないに決まっているだろう!だが、それでも!」

 それでも、何だというのだ。
 仲間を失い、妹を喰らい、そうまでして作り上げようとするものが、なぜ自身の望まぬものだというのだ。

「私の王国は、滅びぬ。この地に威容を示し、その尖塔は未来へ向けて伸び続ける。私と私の王国を、なんびとたりとて全世界ナイトメアの邪魔はさせない。思い知るがいい、"不夜城レッド"!」

 周囲に立ちこめる赤い霧よりも、一層深く赤い光が、一体を包み込んだ。そしてその空間に、全てを赤く染め、不正マナ結合を引き起こして名前と存在の正常な結合を阻害するプロセスが注ぎ込まれる。

「っぐ、これ……っ!」

 ルーミアが見せたインスタレーション「ディマーケイション」を上回る侵蝕力。闇が光を蝕むように空間自体に満たされその空間自体を腐敗させる、破壊の力の腕翼と、同じ力。姉の手によって完全に制御されたフランドールの力は、まさしくこの世界を分解し尽くす力を持っていた。

「破壊、いや解体だ、博麗、そしてこの世界の。全てのモノが固有する記実結合呪を、解呪する。全てのモノにディスインテグレイトフルデッド。"全世界ナイトメア"の、実行だ!!」

 ありとあらゆる名前が分解され、概念をねじ伏せられ、実体を書き換えられる。

 岩は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 草は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 蝋燭は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 煉瓦は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 空気は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 空は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 雲は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 星は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 紅魔館は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 赤い霧は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 まもりたいきもちは、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 紅美鈴の死体(彩度を失った虹色)は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 いとおしいきもちは、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 小悪魔の死体(賢さを失った青色)は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 ゆうじょうは、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 パチュリー・ノーレッジの死体(狡猾さを失った緑色)は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 ちゅうせいしんは、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 十六夜咲夜の死体(輝きを失った銀色)は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 かつぼうするねがいは、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 フランドール・スカーレットの残骸(狂気を失った杏色)は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 みらいをつかむきぼうは、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 レミリア・スカーレットの憧憬(より鮮やかで活力に満ちた赤色)は、赤という名前に書き換えられ、赤いだけの何かに置き換えられた。
 世界を区分する白は――――
 博麗霊夢は――

「く……なんて、こと……」
「私は死なない、死なない!吸血鬼の存在は最強なのだ!!消し飛べ、全世界ナイトメアの邪魔をするモノは、私の未来を阻むモノはすべて消えてしまえ!!」

 赤(レミリア)の願いは暴走し、尊厳の底を割った彼女は既に修羅化している。
 このまま彼女は、確かに望んだ赤をなしとげ、望んだ全てを破壊し、望んだ全てを染め上げて、望んだ全てを赤く作り直すことだろう。

「させ……ない!私と、紫の世界に、赤(レミリア)、そんな風に暴れるあんたの赤は不要だ!!拒絶、拒絶する!そんな統一、私は認めない!!」

 余りにも強い物質/精神干渉。
 赤(レミリア)の本体に近づこうと足を踏み出すと、踏み出した先は「赤」。踏み込むこともできないし、乗ることもできない。 レミリアの本体に射撃を行おうと御幣を振り上げると、振り上げたモノは「赤」。振りかざすことも払うことも、持つこともできない。
 赤(レミリア)の本体にぶつけようと陰陽玉を呼び出すと、現れたモノは「赤」。投げつけることも射撃を行わせることも、アロマに使うこともできない。

「なんて、なんて、恨み、なんて、望み、なんて、」

 恐怖ではない。
 死を目前としているわけではないからそれを感じることはない。
 悲嘆ではない。
 拒絶は、確かに私の本質ではあったが、それは真実私の望んだものではないから、解け合うことは悲嘆ではない。
 快楽。
 拒絶し続けることの、白の宿命をやめてもいいという甘言を、蜂蜜の甘みだけを体中に塗り込められ漬け込まれしみこませられるみたいな、快楽。
 私は、私も、私だって、誰かと一つに。つながりたい。隔てたくない。
 本意か、もしくは赤(レミリア)に染められているからか、その快楽は凄まじく、白の抵抗力は砂の城のように殺がれていく。


 赤(レミリア)の本体を見ようと視線を向けると、見えたモノは「赤」。見ることも知ることもできるが、"レミリア"とは何を指す名詞だったか。

(だめ、かて、ない。このまま私も、赤く染められて)

 たにんをあいするためのじたにんしきは――――
 白(はくれいれいむ)は――






 赤く解け合う快楽、ぬるま湯に浮かびふわふわとたゆとう心地よさ、赤く染まった平坦でしかし一片の曇りのない空間で、私はかつて"れみりあ"と呼ばれていた赤に、組み敷かれていた。

「私の勝ちだ、白れい。お前はもうじき私に塗り潰され、お前自身も体も概念も、私と、私以外の全てと、一つになる。」

 赤()と私が、ひとつ、に?
 目に見えるのは、真っ赤に染まった姿の赤()だった。

「ひとつ?赤()、ひとつって、どういうこと?私が赤()とひとつにって」
「こういうことだ、博麗、いや、霊夢。最後のひとときだ、あの時のように」

 赤()は私の上に馬乗りになり、自らの掌と、そして私の掌に傷をつける。深い。赤が溢れるように流れいで、それは私も、赤()も同じだった。その傷口同士を重ねるように、私の指に指を絡め、掌同士を合わせて手をつないでくる赤()。

「最後にもう一度だけ、お前が、欲しい。」
「な、にを」
「私の血をくれてやる。私の血を体内に取り込み、体の内部から私に染まり尽くせ、白れい。」

 傷口をでた赤()の血は、まるでそれがジェリー系の魔法生物であるかのように自ら蠢き、私の傷口、そして血管へ侵入してくる。血液凝固作用は吸血鬼の体液で抑制されており、また、その血液はやはり魔法の産物であるのだろうか、私の体内に入っても凝固することなく、むしろ体に馴染んでくる。怖いくらいに、熱いくらいに、そして気持ちいいくらいに。

「あ、熱、い」
「チャームの比ではないぞ。媚薬でもない。これは、毒だ。白れい、貴様の体を侵し、溶かし、解かす、弛緩毒だ。お前の白、結界、拒絶、孤独、すべてとかしつくしてやる。」

 どくん、どくん。
 赤()の血に交わった血液が、腕の静脈を通り心臓へ戻ってくる。心臓に送り込まれてから、それは能動的に成分蓄積され、一定濃度以上に濃縮された後に心臓によって送り出され循環を始めた。

「あ、あ゛、あっ、ぁあ」

 心臓から送り出された、赤()の祝福を受けた血液は心臓から近い部位から順にその成分を細胞へ届ける。活性化され、吸収される成分は神経を侵し、その性質を赤()の思うとおりに作り変えていく。

「や、や゛め……て」
「心配するな、すぐによくなる。」

 まもなく私の中の血液は、赤()の深紅い血によって殆どが置換されてしまった。体中を、液体状の赤()の使い魔が循環し続けるようなもの。体内から冒され、犯されていく。もはや心臓はさした意味を持たない。白銅を続けているが、主幹血管から毛細血管まで、隅から隅まで入り込み私の仲を埋め尽くす赤()が、循環系を代行している。必要なものと、不要だが赤()が思惟するものを注入しながら。
 そして。それは急速に、爆発するように襲ってきた。
 体中を冒し染め上げられた細胞が、爆発、開花、赤い閃光、突き上げられる沈降、白熱する液体窒素が血管から染み出して神経に狂った信号を発信させて、締め上げられる愉悦、弛緩する快感、細い細い張り詰めた絹糸に垂らされた赤()の毒血液は、私を。

「あ、あ゛、お゛お、……ぁお゛おおぁおお゛おオぉぉあ゛ァっ、イっっくぅうううううううつ!」

 絶望的なオーガズムへ強制的に突き落とした。いや打ち上げた。

「あ、ひへ……ォ……」
「まだ愛撫も何もしておらんに、勝手に気を遣りよって。これで刺激を加えたらどうなることか、楽しみだな?」
「や、やめ……赤()、らめ」

 体が燃えるように熱くて、その熱さが快感。赤()に触れられると、その冷たさがひんやりと快感。肌をなでられて指先が滑る感触が快感。
 何をされても、快感へ直結バイパスされて他の何者の感覚も引き起こさない。

「っぐ、やめ、きもちいいの、やめ」

 意識が明滅する。快感が強すぎて神経と脳細胞がその信号をうまく翻訳/認識できていない。でも、体にもたらされる圧倒的な性感が、生理現象として体に絶頂を刻み、快感の許容深度を徐々に徐々に深めていく。

「も、もう、血ぃ、いれないれ、きもちい血、いれないれぇ……ん、ぐひ、ぁぁっぉぉおおおおっ!いぐ、またいぐ、なんにもひれないのに、かってに、かららかっへにイぐぅう゛うう゛っ♥」

 赤()の舌が、私の肌をなでる。唾液が塗されて感覚拡張されている神経がそれの感触に喰らいついて受信し、増幅して送り出す。

「げ、あっ♥す、ごすぎ、へ……ゃ、め」

 びくびく体が痙攣し、オーガズムをキメる海老にえびのように反り返る私の体。私の真ん中はすっかりとラヴィアを食み出し、淫液をたらして雌臭を辺りに漂わせている。
 いっそ早くただの赤に置換されてしまいたい。何も考えず、セックスなしで赤()と、他のすべてとつながって、共有された快感で愉悦の海に沈んだまま戻ってこられなくしてほしい。
 それでも赤()の媚毒血液注入責めは続く。

「んもぢ、いィっ……♥心臓どくん♪どくん♪ってするたびに、体中きもちぃいのおっ!血管れいぷ、細胞レベルで快感埋め込みハッキングで、脳みそ、かってにイぐぅううっつ♥お、んほおぉおおひぃいっ♥また、まらくるぅうっ♥っっっっっっっっあああアあ゛ぁあああ゛あっぁっんんほおおオお゛お゛ぉぉおおっ♥♥」

 赤()の腰の下で、中途半端に自分の腰だけを突き出した姿勢のまま、愛液をより遠くへ飛ばすのが氏名といわんばかりに、私は何回も自動アクメに咽び、白濁した粘液を足の間に撒き散らしてヨガりくるった。

「あガぁっ♥あかくにゃるっ!あらし、赤()のいろにしょまっへ、もっろぎもぢよぐっ♥ぎも゛ぢよぐなっへ、んんっ♥こんにゃ、ふうに♥アクメ顔っ♥だらしなくあいた口から、舌と唾液だらだらたらして、鼻水もたらしへ、しろめむいちゃうくらい、イきたい、イきたい、イきたい、イきたい、イきたい、イギらひぃいぃいっ!」
「そうか、霊夢。ならばどうしてほしい?」
「っ~~~~~~~~~~っ♥♥♥♥♥」

 霊夢、と耳元で呼ばれただけで、再び股間から小噴水を飛ばしてアクメをキメた。だが弛緩している暇はない。赤()にお願いしたい、もっと、もっともっと気持ちよくなって、イケまくっちゃうように、お願いしたいの。

「しゃわ、へ、おみゃんこ、ちくびぃ♥きもちぃとこ、しゃわっへよおっ」
「ふん、堪え性のないダメ雌豚が。いいだろう、存分に気を遣って、汚らしい匂いと汁を撒き散らすがいい。もう、その姿をみてとやかく言う奴はいない。あの日々の夜のように、私の手で悶え、私に懇願し、私の手でイクがいいさ。」

 赤()の指先が、軽く私の胸の先端に触れる。

「っ!?」

 針で突き刺されたみたいな痛みにも似た圧倒的な快感が、何百倍にも増幅されて後頭部を強打するような衝撃を発する。

「お゛、んんほおぉぉぉおおお゛おお゛オおァおおお゛ぉ゛お゛お゛お゛っ!?♥♥♥♥♥」

 それは快感と認識される前に、体を絶頂に導いていた。気持ちいいとかそういう段階を飛ばしている。

「ひ、あ゛……すゴ……しゅぎへ♥」

 その後も赤()は私の乳首を、弾き、摘むように刺激し、押し込んで、引っ張っては、今度は噛み付いた。

「がっ、ご、ほおおおおお゛オおおお゛おおおっ、ん、あ゛へぁ……ぐへええええあええええええええぇぇえっ♥♥♥おおぉおオおおっ、ふぁぁぁぁぉおおおおおオおっ♥♥♥さわ、しゃわられるらけへ、イいっぐぅぅぅうううううううっっっ♥の、ひ、つまっ、づま゛ん゛だりゃ、はヒぃぃぃいいいいっ♥」
「胸でこれか。ならば、ここはどうなんだ?」

 赤()はいよいよ私の腕を押し上げて、私の一番弱いところに攻め入ろうとしてきた。

「や、ら、め、そこォ……♥腋の下、されたら、らめ、ぜったい、ぜったいどうにかなっちゃう♥♥」
「やめてしまってもよいのか?お前の体はもっとイきたがっているのではないのか?拒絶をやめ、何者かとひとつになれる快感を知った体は、絶望的に後戻りできない、快感の向こうにある"これ"をほしがっているのではないのか?」

 甘美過ぎる。
 その言葉は私から拒否の言葉とりあげ、YES以外の回答を完全に塗りつぶしてしまった。

「イ、イきたいっ♥赤()の手で、ソコされて、イって、イって、イってイってイってイってイってイき狂って、頭パンクしてしんじゃいたいっ♥して、して、してしてしてしてぇっ!腋っ、腋イジって、わたしを、完全にはかいしへっ♥赤()♥♥♥」

 ――おそらく、これはおそらくだが――
 赤()の血を体内に送り込まれて、それだけでここまでに堕落して絶頂を求めているわけでは、なかった。
 相手が、白をやめてもいいという誘惑に惑わされていたから、何より、私自身が赤()を欲し、求めて、彼女の手でオーガズムに導かれ、そのまま死んでしまいたいという欲求が、私を完全に陥落させていた。
 赤()の指が、腋の下の敏感な皮膚に触れる。腋毛処理してつるつるの、膣よりも敏感な、腋っ。

「きひゃあああああああああああっ、んっ、んひぃいいっ♥♥♥♥腋っ、わきまんこぉぉおっ!らめ、らめなのっ、そこされたら、わらし、完全陥落♥完全歓楽なのぉっ♥♥♥指先でなでるらけでなくて、押し込んで、ひっかいてぇっ♥♥いぐっ、また、まらいっぐ♥♥ほ、んっほおおおぉおおおおっ♥♥♥へ……あ……ぎもぢよぐ、ないっ♥ぎもぢよぐないのぉおっ♥腋の下、ひろげたくりとりしゅみひゃいっ♥♥腋の下ぁっ、ん゛っ、わきのしら、こしゅこしゅされるらけで、ちんぽ用のおまんこもきゅんきゅんっ♥♥♥きちゃう、キちゃぅうつ♥♥♥ひひゃぁああ♥舐めっ、なめひゃらっ♥♥♥腋まんこなめたりゃらっ♥♥♥もおっ、からだ、が、ひヒゃあああああああっ♥♥♥からだ、はんしゃっ♥はんしゃはんのうれアクメし、んんんんっぅうああっ♥♥かららじゅう、アクメスイッチぃっ♥♥腋アクメしゅいっち、赤()におひゃれはら、一発アクメっ、いっぱちゅあきゅめt♥♥♥しひゃうのぉおおっ♥♥♥りょ、りょうほうっ♥♥両腋しゃれひゃら、しきゅぅっ♥子宮が反応っ♥♥♥妊娠欲求で、子宮口降りてきちゃうぅっ♥♥♥腋まんこじゃ妊娠れきないのに、からだがっ、かららが、っ♥っ♥~~っつ♥♥アクメしまくってる体が、誤認してりゅっ♥♥腋まんこいじって、イかせまくってくれる赤()を、交尾相手って、ごにんしひゃっへる♥♥♥」
「ふ、妊娠か。それも悪くはないが、もはやそんな非効率的な生殖方法など不要になる。そんな一時的な快感など不要になる。この赤に染まればそれはいつまでも永遠に続き、私の子を生むことも点ではなく線として行い続けられるのだ」
「♥っ♥♥っ、しゅて、き、それ、しゅてきぃいっ♥♥赤()っ♥もっろ、もっろしへ、つれへっへ、わらしを、そっひに、つれひぇっへえぇ♥♥♥♥」
「無論だ、白れい。だが、今のままのお前ではダメだ。もっともっと、赤く染まり尽くせ。お前がお前でなくなるくらいに分解され、私の体の細胞と細胞に入り込めるほどにばらばらになってから、そのすばらしい世界をお前にくれてやる。」

 赤()は、私にキスをくれた。
 何ヶ月ぶりだろう。ずっと、これをされたかったのかもしれない。
 赤()のキスは口から入り込んで、喉の奥を通って脳味噌へ真っ赤な快感を注ぎ込んできた。

「~~~~~~~~~~~~~~~~~っつ♥♥っ♥っっっっっっっっっっっ♥♥」

 ぐるん。まぶたを閉じていないのに、視界がまぶたに覆いかぶされて真っ暗になった。

「さあ、時は満ちた。全世界ナイトメアを、はじめよう!」








 ぞぶり。
 「赤」の背中から、「赤」ではないモノが、それを突き破って溢れ出した。
 その名前を、私は知っている。
 「腕」そして「願い」。

「おねえさまあああああ、どおぉぉぉして、どおおしてわたしをおおぉおおお」

 これは。これは、なに。
 強すぎるほど増幅された快感に神経経路がトラフィック異常を起こし、連続オーガズムに脳細胞がバッファオーバーフローを起こしているその向こうで何かが起こっていた。イきまくって頭がおかしくなりかけている私には、身じろぎもやっとで、そこで何が起こっているのかの理解もうまく出来ない。
 焦点が合わない目で像を受け取り、翻訳機能を放棄した脳に鞭を打、赤()が何か無数の「腕」と「願い」に掴まれ拘束されている映像が結ばれた。
 これは、なに?

「う、うるさいっ、往生際が悪いぞ!私の血肉になっておとなしくその力を私によこせばいいんだ!さっさと死滅しろ!この力はお前のようなキチガイには多分に過剰なのだ!私が使いこなして、吸血鬼の世界を作り上げてやる!」

 赤(せなか)から赤(あふ)れ赤(だ)した腕と願いが、赤(レミリア)の赤(からだじゅう)に赤(から)み赤(つい)て、赤(つか)み赤(あ)げ、赤(にぎ)り赤(つぶ)し、赤(お)し赤(つらぬ)き、赤(はかい)赤(し)ようとしていた。
 赤(レミリア)が、赤(あせ)り、赤(こえ)を赤(あげ)る。

「おねええさまあああぁぁあぁ……だいすきだったのにぃぃいい、私が守ってあげるってゆったのに、わたしをたべちゃうなんてぇぇぇええ、ひどい、ひどいひどいひどいひどいぃぃいいいい」

 赤(れみりあ)の赤(はいご)から赤(きこ)える赤(こえ)は、赤(きょうき)に赤(み)ちており、それは赤(れみりあ)赤(じしん)を、赤(どんよく)に、赤(くら)い赤(つく)そうとする赤(にくしょくじゅう)、そして赤(もうじゃ)の赤(ぼうれい)の赤(よう)であった。

「くそっ、邪魔をするな!あの巫女を殺さない限り、世界を赤に染め尽くさぬ限り、私達吸血鬼に未来はない!それがわからぬのかフランドール!はなせ、その手をはなせ、はなせええええええええええええ!!!」
「いっしょに、しのう、おねえさま」

 赤(せなか)から赤(はえ)る赤(むすう)の腕が、赤(かず)を赤(おびただし)い赤(ほど)赤(ふ)やし、赤(れみりあ)を、赤(まるで)赤(く)うかの赤(よう)に、赤(そ)の赤(すがた)を赤(おお)い赤(つ)くしていく。

「フランドオオオオオオオオオオオオオオル!!!!きさまああああああああああああ!!!!!!!」

 レミリア・スカーレットは、赤く、爆ぜた。







 赤に分解され結合を阻害されていた記号と表象、名前と実体、概念と物体は、その阻害要因たる全世界ナイトメアの影響かを離れたことで急速に元の姿を取り戻した。
 「レミリア・スカーレット」は。
 翼は風を受けられぬほどに千切れていた。左腕は肩からもげて再生を封じられバランスを失い、右足首から下を失い足首で歩くしかない。赤い川を作りながら逃げた末、岩壁に留まり背を預けて足元に血溜りを作るレミリア・スカーレットに、私は視線を向けた。
 両手をすとんと下に落とし、指先で亜空欠を開いてそこから符を落とす。札はらはら無数に散らばったが、地面に落ちる前に蝶の様に舞い上がり、辺り一面を無造作に覆い隠した。
 まだ、まだだ。何百、何千、いや、何万も、私は札を形成し続ける。私の背後に見えない壁が無限遠続いているように、吸血鬼に向けて面を成して停止している。籠城中の敵を完全に物量で包囲しているこの様子を、レミリアは何度となくみてきたことだろう。今は人ではなく、退魔の札が、包囲している。
 私の周囲に止まった札から順に、遠方に向けて波紋を広げるように、今度はその札が蠢いた。
 一枚一枚が自ずと脈動し、捩れて震え、紙縒りになり、やがて札一枚一枚が針一本一本へ姿を変える。その間も札の形成を止めることはなく、私は異空間の口から滝の様にそれを吐き出し続け、全てを針へ変え、その先端を崖にに追い込まれた吸血鬼に向けて並べ続けた。
 細く、針の穴を抜くような細さの針である。シールドを、防御を、結界を、貫く力もあれば、入り込む力もある。だが、私はそれをしなかった。無数の退魔針を、夥しい夥しい、私が形成できる全力を以って数をなし、針穴を抜く細さの針を並べて隙間ない壁とする。
 体を蝙蝠の群れに化かす力を、今は消耗しきって仕えない彼女だが、仮にそれをしたとしてもその一匹さえも漏らさずに串刺しに射殺すに、十分すぎる数の針。

 これは弾幕ごっこではない。避けられない弾幕を作ることに、違反性など無いのだ。

「世界を霧で覆い隠して。日光が嫌いだという吸血鬼の性質に、惑わされた」
「……何も、違わんさ。その通りだろう?」

 もはや逃げられないと悟ったか、レミリアは小さく溜息をついて背後の岩に背を預けた。

「こんなことを、したかったわけじゃないでしょう。」

 私の方も、戦闘で貫かれた腹からの出血がまだ止まらない。治癒用の符を貼り付けているが、再生は間に合わず、幾重にも貼り付けたそれは血に濡れて剥がれかけている。肩には彼女の放った槍の支線が貫いた穴が開いていて、動かすたびに押し出したような出血と意識を直接殴りつけられるような痛みが襲ってきた。あばらだってもう何本かが折れていて、それが心臓に突き刺さっていないのが、せめてもの救いだった。左手の指はそのほとんどが骨を砕かれていて、術で感覚をシャットアウトして気を保っているが、もう接近戦に耐えられるような状態ではない。
 その上から、いやというほど叩き込まれた性的絶頂で、身も心もずたずた。満身創痍、満神創痍だった。
 これで、奴に、とどめをささなければ、いけない。
 だが状況は私が圧倒的有利。レミリアはフランドールの残留思念が放った破壊の力の腕翼の一斉射撃を防御さえせずに全て身に受けてしまった。私はこうしてまだ術を使うことが出来るが、吸血鬼はもはや死んでいないだけで、力を失い、ただの見た目どおり幼い少女に過ぎない。放って置けば、失った四肢からの失血で自然と息絶えるだろうが、だがそれをするわけにはいかなかった。
 これは、けじめなのだ。私は、レミィを、裁かなければならない。
 仮にも、幾夜も体を重ね、愛の言葉を吐きあい、それだけではなく気持ちさえも交換した仲だった。それを失うのは、今こうして私の体から血が流れ出ていくこんな傷なんかよりも、よほど、痛い。

「いいや。私はこれを望んだんだ。世界を紅く染め、お前と殺し合いがしたかった。日光を遮ることになど、興味はない。」
「違う、違うでしょう!?あんたは、味方が欲しかった。世界を紅く染めきった後もなお、紅く染まらない存在を探し、何処にいるかもわからない仲間と、つながりたかった」
「……その通りだ。そのために、赤い霧を広げ、何もかもを紅く染めてやった。赤く染まらぬ者が、私を拒絶しないものだと信じて。だが、そんなことは、副産物でしかない。現に霊夢、お前は紅く染まらぬが、白。赤だけではなく全ての色を拒絶する、結界だ。そんな色を目的になど、する筈がないだろう。」
「だから、八紘を一色にしようとしたというの?」
「そうだ。だが、またしても、力が、足らぬか。口惜しいな」

 レミリア・スカーレットは、体幹から力を抜き、もたれ掛かった岩壁に完全に体重を預け、まだ霧が晴れず、ぼんやりと赤い光だけを降らせる太陽を、見上げて呟いた。
 もはや自分の足で立つことも、かなわない。

「闇でも黒でもないのに、紅く染まらないお前を、否定したかった。は。違うな。私は、こんな私を、お前に、否定して欲しかったのかもしれないな。その白を以て。」
「くだら、ないわ」
「お前は、光だ。この世界を照らす、白。全ての色を発する、何者でもありながら何者でもなく、全てを否定する結界と全てを受け入れるこの世界の、象徴だ。全ての色を内包し、多様性を認めたそれは、受け入れられ尊ばれ重んじられ守られ認められる事実。だが、私には、ダメだった。白は全ての拒絶にしか見えぬ。それだけだ。私は、この世界では否定されるべき存在で、だが私は私であるために、私を貫かねばならない。最初から、否定しか、否定するしかなかったんだよ」

 化物は、人の手で、成敗されなければならんのさ。

 一言付け加えて、針の壁を見やる。
 レミリア・スカーレットが見上げた紅い朧陽をも、私は針の壁で覆い隠した。

「それでいい。コンティニューが許されていないのは、博麗、お前だけなんだ。お前は、ずっと、死ぬまでずっと、こうしてこの世界に仇なす者を葬り続けなければならない。それが、私の知っている、博麗霊夢だ。さあ、終幕にしよう」

 レミリア・スカーレットは、重そうな体をやっとのことで岩壁から引き剥がし、再び足と足首で、地に立った。残された右腕に力をこめると、弱弱しく赤い光が集まり、細く消え入りそうな槍をたった一本、作り上げた。

「神槍、スピア・ザ・グングニル」

 悲しいほどに細った、紅い槍が私に向けられて、そして、彼女の手から放たれる。が、私が指示を出した退魔針群に当たり、普段の全力であれば容易にそれを貫き私の元まで迫っていたであろうそれは、むなしく針の幾本かに、かき消された。無数の針は、そのまま、レミリア・スカーレットを迫る。逃げ場はない。
 退魔針はそのまま彼女を串刺しに……すると思われたその刹那。







「ゆか、り」

 私の針は全て、どこか彼方へ消されていた。どんな術を使ったのか、私には知る由もないが、紫ならば。
 命中する目の前で針は全て消滅し、レミリア・スカーレットはまだその細い命を保っていた。

「何のつもり。私は、あんたに言いつけられた職務の一環として、そいつを殺しに来たのよ。それとも、私はもうお役御免ってことかしら?」

 紫は何も言わずに、そのまま私に背を向けて、レミリア・スカーレットに正対する。

「……貴様が、やくも、か、ようやく姿を見せるとは、霊夢に仕事をさせすぎ、だ、ろう……グっ、ガ!ごふ」
「ふうん、存外に、綺麗な色をしているのね。残り、一つか」

 紫の右手は、空間に開いた隙間に差し込まれている。その手が、何処に顔を出しているのか、私には大体予想がついた。

「紫!何のつもりか、聞いているの。そいつから、離れろ、クソババア!!!」
「失礼。霊夢、あなたにこの役は、少々重すぎると思って」

 紫は体を翻し、私に向いた。それによって、レミリア・スカーレットの姿も私の視界に入る。
 レミリア・スカーレットの胸の中心から、赤く脈打ち鈍く光を反射する何かが、顔を出していた。それは向こう側からこちらに向けて、太い管を体に繋いだまま押し出されるように突き出していて、手のようなものに、掴まれている。紫の手だ。

「とどめは、私が刺すわ。霊夢、これは貴方には、禍根となる。この件で、貴方は、貴方の勤めはもう十分果たしたわ。もう、お帰りなさい。後は、私が」

 いつもどおりの表情を浮かべ、紫が私に帰れと言う。だが、今更、今更そんなことを聞き入れられるわけが無い。

「化物を倒す破邪の剣は、人間のものよ。化物同士の殺し合いなんて、何も変わらない。お呼びじゃないのよ!」
「何とでもおっしゃい。自分が今どれくらい酷い顔をしているのか、鏡を見てからまだそれを言えるのならね」

 そんな事、わかってる。
 だって、だって…・・・でも。

「そんなの、関係ないでしょう!?あんたが、あんたが全部悪いんじゃない!!」
「そう、私が悪い。この吸血鬼のことを、理解し切れていなかった。救えたのだと高慢を切って得意になっていた、私の、完全な落ち度。ついでに言うなら、そう、ついで、付け加えるのなら、霊夢、あなたとの行き違いに、素直になれなかった責もある。だから、私が片を付けるわ。」

 涼しげに言う紫の態度が、殺してやりたいくらいに腹が立つ。言葉が出てこない。私にこんなことを、こんな思いを、させて。こんな風になったのは、全部あんたのせいなのに。あんたが、レミリア……レミィのことをよくわからずに導きいれて、苦しめていたのに、おまけに、なに?私とのことは、次いで?ついでですって?私は、あんなに、あんなになのに!……何よその、何よ、何よ!
 ああ、返し刃が私を貫いて、初めて私がどれくらい紫が好きなのか、思い知った。でも。

「片を付けるですって?だったら、だったら私も始末、殺しなさいよ!」
「博麗の巫女を殺すことはできない」
「ふざけるな!!!!!!!!!たのしいか、私達が殺し合っている様を見て、たのしかったか!?この悪魔!!レミィの方が、よほど、ほっぽど」
「申し訳ないと思っているわ。でももう覆らない。ならば、自分の手で、止めをお刺しなさい。自分の気持ちとともに、息の根を止めて」

 手だけがレミリア・スカーレットの心臓を掴み上げている状態で、紫はその場を離れ、落ちていた御幣を拾って、私に手渡す。
 卑怯者。
 卑怯者!
 そうして私とレミィを引き裂いて、私の手で引き裂かせて、また私を丸め込むつもりなのね?
 ずるい、ずるい。でも、逆らえない。
 好きだもの、いや、依存かしら。紫。

「さあ、その手で突き刺しなさいな。あの子の心臓は残り一個。潰れた他の心臓を再生する力はもう残っていない。それで、終わるわ。破邪の剣が人の手に握られるべきものだと言うのなら、まさしくそうして見せなさい」
「あたりまえよ。化け物は、怪異は、人間の、私の手で終わらなければならないの」

 私は、紫から御幣をひったくるように奪い、激痛の走る体に鞭を打ってレミリア・スカーレットに、対峙する。
 レミィは崖にもたれ掛かりもう動けぬ様子で、危うく光を保つ片方の目で私を見上げる。弱々しい。これが、吸血鬼、いや、レミィか。

「霊夢、いい、それで。それでこそ、博麗霊夢だ。」

 なんで、そこで、そんな穏やかな顔をするの。
 魔理沙に言った言葉が、リフレインする。私情を挟まない?バカを言わないで。私、こんなにも、私情で動いているじゃない。
 そうね、卑怯者は、私か。

「妹も、あんたを慕ってた魔女もメイドも、すべて捨て去ってまで描いた未来は、余りにも独善的で危険だった。それがただの子供の小さな夢なら、こうはならなかったでしょうね」
「危険?はは……どうして危険なんだ。私は、私はただ、望む未来を、誰かと、誰かと手を繋いで一緒に外を」
「それ以上泣き言を言わないで頂戴。打ち倒された。化け物は、人の手で殺された。それ以上を、私に見せつけないで」

 私が彼女から目を背けると、逆にそれを追うように、レミリア・スカーレットの目が、私を見つめてくる。見ないで。私には、それに対する答えが、ない。私だってわかっていないのだ。
 レミリア・スカーレットが"手をつなぎたかった"のは、私ではないような気が、今はしていた。いや、私であってはならない、か。それは、私と彼女が、運命的に相容れない存在だという彼女の思想を、私もまた受け取ったからだったかもしれない。
 そうならば、あの、闇の妖怪が、そうなのだろうか。
 浮気な好意ではあったが、それでも嫉妬は募る。あんなに求め合ったつもりだったのに、彼女の死に際でそれを想起してしまうのは、彼女ではなく、私の弱さ故に違いなかった。

「なぜだ、何故。こんなに小さな、ちっぽけな願いさえ、叶ってはいけないというのか。お前達人間は、みんな、誰でもしていることなのに、相手を殺してまで、違う色を滅してまで、やっていることだろうに、どうして、どうして」

 そこまで言って、急に、力なくとも叫ぶ声であったそれが、小さく細く、搾り出すものに、変化した。

「なんで、みんな私をいじめるの?未来も、今も、私の手からすり抜けていく。何も、この手に掴めない。みんな、みんな、きらいだ。私をいじめるみんなも、世界も、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、きらい、きらい……!」

 永遠に、幼き。
 それに打ち勝とうと先に進んだ結果だったのだろうか。私より、よっぽどか、色んなものを見、色んなものを知り、色々を諦め、それでも残った最後の願い。覆い隠せなかった、幼さ。

「今、あんたの手に残ってる、あんたの手を掴んでるものじゃ、不満?」

 レミィの目が、私をみる。頭の上から、足の先まで、弱々しく、でもなるだけ優しく撫でるように。
 彼女の目に、私は、何色で映っているだろうか。

「……ずる、い……言い返せない、恨め、ない……だって、ほしかったのは、ほしかったのは……!」
「望むとおり、未来を、変えなさい。また、私の前に姿を見せるって、生まれ変って、新しい運命を、掴み取りなさい」

 こういうふうに。
 私は、彼女の残された右手を取って、握る。

「あともう少し、あともう少しだけ」

 私の手を強く握って、もう焦点が合わない目をふらふらと揺らして、彼女は呟く。
 願わくば、白でも、赤でもない私で、彼女の前に現れたかった。

 両の手で握っていた、彼女の手。その片方を離して、御幣を握った。御幣の先端を、剥き出しになり、弱弱しく脈打つ彼女の心臓に宛てる。

 そして。

「さよなら」







 破邪の剣携え人が魔を切り裂く。全世界ナイトメアは、失敗に終わったのだ。
 終わってみればそれは、いつもの世界の法則であった。
 赤子のように抱かれ、私を抱く彼女を紅い目で見据える。彼女の瞳に私が映っていた。彼女は、世界だった。そうして力なく崩れる私を抱く彼女の瞳に映る自身を見る。全て終わってみれば、彼女に抱かれて私をその瞳に移しこんだその刹那だけ、赤く、赤く、私の色に世界を、彼女を塗り潰せていた。
 レミィは、そうしたかったのだろうか。彼女を、赤く染めることが、この世界を霧で覆い尽くし、日光を遮ることが望みだったのだろうか。
 違う。
 全てを等しく拒絶し、それゆえに彼女を赤と言わない私に、縋っていたのだ。赤を反射しない、真っ白で冷酷な私に、存在を受け入れさせ、彼女自身が安らぎたかったのだ。それでも、"白"を選んだのは、彼女の失敗だったのかも知れない。
 やはり、日光など、関係なかった。見た目と変わらない子供じみた願いは、それ故誰も望まぬ忌むべきものとして淡く紅い夢のままで、途切れた。
 そして、霧が晴れ、逝く。















「終わったの?」
「ええ、滞りなく」
「滞りなく?あら。とてもそうは見えないけれど?」

 西行寺は、私の隣にしゅんと立つ紫の顔を見て、くすくすと笑った。

「魔理沙ちゃんは?」
「寝てる。危ないとこだったけど、強制契約で持っていかれかけた魂魄の抉れ方が綺麗だったから、なかなか戻れない幽体離脱、って程度で済みそう。」
「あらあら。せっかく面白い魂を拝めると思っていたのに」
「魔理沙はまだやらないわよ。」
「残念」

 本気なのかそうじゃないのか、今一つ読み切れない表情で、西行寺は涼しげに笑っている。

「紫も大変そうね、吸血鬼なんか大きなもの受け入れて?」
「私だって失敗くらいするわよ。完全なのは、博麗と一緒にこなした結果がそうというだけ。今回だって結果はオーライよ。」
「博麗と、じゃなくて、霊夢ちゃんとの、でしょう?」
「冗談。私がどんだけこいつの尻拭いしてると思ってるのよ。今回なんて完全に紫の失態じゃない。」
「はっ?自分のことを棚に上げてよく言うわね?必要な修行の一つもしないで、随分偉くなったのね?ああ、先代は優秀な巫女だったのになあ」

 紫が反論してきたので、むっと、私は更に言葉を返そうと思ったが、それを遮るように西行寺が笑い声で割り込んできた。けらけらと愉快そうに笑った後、目を細めて問うてきた。

「はいはい、その調子だと、あの騒動での喧嘩は、もう仲直りした後みたいね。羨ましいわ、仲がいいこと。で、吸血鬼の子は、どうしたの?」
「再入場手続中。記憶の再濾過と条件付けの変更。」
「まあ。聞いたことがない例外処理ね?」
「人間の長い歴史をして、しぶとく滅ぼせなかった種族よ?こちらの手筈の失敗で機嫌を損ねられては大事になりかねないわ。」
「大事。そうね、今回みたいに?」

 そうよね、と紫が肩を落とす。

「レミリアに加えて、あの闇。」

 ルーミアがこの世界の憂慮事項とは、聞かされていなかった。脳内の情報を検索すれば、確かにそのような記述はあるが、紫はそれを全く気に止める様子もなく、今回のような出来事でもなければ私も読み飛ばす類の情報だった。

「今回は偶然胎動したけれど、あれはまだ数百年は猶予がある。その間に、照らし出す者を設置しなければならないけど、それはまだ、先の話だわ。」

 ふうん。数百年。私は、もういないわね。
 少しだけ、悔しい。それは、あの妖怪を何とかできないことよりも、そのとき紫の横にいられないことの方だった。

「それにしたって、思いもかけず、吸血鬼ほどの大きな存在が、あの封印を強化してくれたわね。」
「おかげで封印が百年は伸びたわ。掛け捨て系のシール魔術みたいだから、彼女に協力を仰げればこの上ないのだけど。」
「血の契りも同じね。彼女ももう、システムの一部だわ。」
「当の吸血鬼は、今は狭間か。でも、閻魔が認めたのだもの。私にはもう何もいえないわ。……あいつ、吸血鬼に即身転生を促したように見えたけれど、そんなことがあるわけもないし。」
「ふうん。四季様がねえ。何か思うところでもあるのか、それとも、四季様でさえ曲がらざるを得ない何か事情があるのか。それはそれとして、紫、まだ四季様とぎくしゃくしているのね?」
「それはそれとしないで。関係ないでしょう」
「そうね、関係ない。霊夢さんがまだ怒ってるのは、吸血姫の扱いに失敗したから、じゃ、ないでしょう。違って?」
「えっ?」

 頓狂な声を上げる紫に、西行寺は、相変わらず鈍いのねぇ、と扇子をひらひらさせて紫を煽る。

「えっ、えっ?何か他に、問題が起こっているの?」
「起こっているわよねえ、霊夢ちゃん?赤い霧なんかよりよっぽど大きな問題が」

 私の心情を察して半ば茶化すような言葉を差し込んでくる西行寺に、私も調子に乗って「そうねえ。紫、気を付けないと幻想郷が滅びるわよ」なんて合わせてしまうと、紫は紫で紅霧事変をただの(?)新規参入者のミスマッチがもたらした危機としか捉えていない帰来があり、それ故私の意図が読みとれないでいるようだった。

「この様子じゃ危機はしばらく去らないわね」

 西行寺。今回の事件についていつほどから真相に気づいていたのだろうか。彼女の本質がいかなる幽体であるのかについては、紫は口を閉ざして教えてくれないが、今回の赤と白、そして黒にもまつわる「自己の認識」というのがキーワードであることに違いはないようだったし、だからこそ、早い段階でレミィの真意に気づいていたのだろう。
 彼女にとって墨染めの桜というモチーフがただの風流としての象徴であるようには思えず、そしてそれが深層において無意識であるとするなら、何か、同じとは言わないが、同様に大きな異変をこの死姫が起こしてくれそうな、そんな予感がしていた。

「いいえ。なにも起こっていないわ。紫が問題として認めない以上、幻想郷にその問題は存在しないのだもの」

 紫と、西行寺。その間にあるつながりは、私に断ち切れるようなものではないらしい。それでも、紫は西行寺からこの事件の真相を、早い段階で受け取った様子もなかった。だからこそ、あのタイミングでの登場だったのかもしれないし、もしかしたらそこに、痺れを切らした西行寺の助言の一つでもあったのかもしれなかったが、どうであったとしても、私にはそれは知り得なかった。

「しらゆきの、すきとかへせど死ら逝き野、しらかみとける、くしのまにまに」

 紫が、小さく、詠んだ。それを聞いた西行寺が「私まだ白髪なんか生えてないわよう」と頬を膨らせる。そうね、まだ。という紫の表情は、ふざけているように見えるが、どことなく寂しそうで、この二人の因縁には入り込めない強い接合があるように思えて、ちょっと悔しかった。

「霧にすみ、あけにぞ染まるあかつきの、已めてくれなゐ、二人きりのさくら」

 悔しさに任せて、西行寺が返す前に私が滑り込ませると、彼女は、あら、と漏らして笑った。

「だって、紫?」
「えっ、これってあの吸血鬼と闇の妖怪のことを詠ったうたでしょう?私?」

 西行寺の言葉に、やはりうろたえる紫。

「あーあ、だめね、これじゃ」
「そうねえ。博麗結界、もう一度誰かに破らせちゃおうかしら」

 私がそういうと、含まれた意図を汲み取った西行寺は、珍しく誰にでもわかるほど表情を崩して苦笑いした。

「私達は、過去ばっかり見て、一歩だって先に進んでない」

 私の言葉の意味を、この二人はどれくらい汲み取っているだろう。全て、わかってくれているような気もしたし、レミィとのあんな出来事を実際に体験した私以外には、わかって欲しくないと言うのも、正直なところだった。

「私達も、先を、見ないと。」

 過去を切り捨ててでも、未来を見据える。
 私も紫も、この場にいる者だけではない。この世界の住人ほとんどが、忘れ去られることへの危機感と消滅への恐怖から過去と現在に拘泥し続けている。対して、レミィだけは、未来を求めて手を伸ばし、何者をも省みぬほど未来を望み、そしてその手は破邪の剣で切り落とされた。
 それこそが幻想郷の性質だったのだろうが、私達はそれを変えねばならなかった。
 私たちには過去しかなくて、悲しいほどに過去しかなくて、妖怪であれ神であれ、人間の先見にも満たない小さな、ほんの一歩先の未来さえ、見えていない。そんなのは、間違っている。
 色も、運命も、方法も、種族も世界も間違っていたとしても、レミィ、きっと、あなたが正しい。

「お花見でも、催しましょうか」

 西行寺が、鬱々とした空気を払うように、明るい声で言った。

「ちょうど八分咲きだもの。そこで、杯を傾けながら、これからのことを話し合うのもいいんじゃない?」

 そうだ。
 未来を考えるのに、下を向いていてはいけない。桜の赤色を、見上げながらが、相応かもしれない。

「そう、ね。そうしましょう」

 ぱん、と手を鳴らし、邪気を祓うように自分の湿気を払って、私も声を上げた。

「折角だわ。うちの酒、全部出すわよ。」

 私が言うと、まあ、と西行寺が笑い、紫が少しだけ陰った笑顔でそれに同意した。
 レミィ、あなたは忘れてしまうでしょう。現世への再入場を拒否された以上、過去を担保する幻想郷に流れてくる他ない。ほんの短い期間、あんたが思い、描き、行動に移した幻想郷は、あんたがもたらした赤を、ほんの少しでも、受け入れなければならない。
 私と紫と、二人は試されていた。私達は、あんたに、応えられるだろうか。
 いや、応えてみせる。応えなければ、この世界とて先細り、長くは保たないだろう。
 もう一度、レミィ、私達を、試して。

「この世界は、意地が悪いのね。ひどく、悪趣味だわ。」
「ええ、残酷だわ」

 紫が、"自分の落ち度だ"と認めた紫が、しかし、そんな言葉を返してきた。
 おまえのせいだ、すべて、おまえがわるい。そのくせなにをいっている。
 そう、罵倒してやるところだったのかもしれないが、私にはどうにもそれができなかった。
 紫は、私に"これ"を、見せたかったのではないだろうか。
 "これ"とは何かと明確に言い当てる言葉を私はまだ持てないでいたが、何となく、この一連の出来事で私が見てきたもの、感じてきたもの、信じ、破れ、嘆き、怒り、拒絶して受け入れ、あらゆる色達の色が色たる所以、赤、白とそれら極彩色、一色の世界、多の軋轢、一の整合性、矛盾、私の存在、紫、パズルのピースでさえ整然と見える生きたモザイクと生きたレイヤーで世界ができていると言うこと、そんな絵の具の混合液をぶちまけできる認識というカンバスが、私の目の前に毅然と存在し、私はそれと向き合わなければならないということに思えたし、紫は敢えてそれを、私の心身全てに向けて、ぶつけてきたのかもしれない。
 なぜ。
 私が、博麗だから?
 私が、大切だから?
 私が、霊夢だから?
 私が、未熟だから?
 私が、結界だから?
 私が、白色だから?
 私が、私、だから?
 それを問うのも野暮で、聞いてもきっと答えてくれなくて、私はただ、紫の隣で紫と同じ方を向いて、きっと違うものを見ていくしかないのだと、思った。

 紫は私の方を見ないまま、小さく、私に言葉を差し出した。

「幻想郷は、全てを受け入れるわ。それはそれは、とても残酷なことよ。」







 目覚めは最悪だった。胸くそ悪いほど生ぬるい湯を肩まで浸らせた、高温多湿の熱帯夜に籠もる湿気をまとわりつかせた、そんな目覚めだった。

「誰か。状況を報告せよ。それと、腹が減った。食事と湯浴みの準備を」
「お嬢様は、8年間おやすみになられておいででした。他の者は変わらずお仕えしておりますが、婦長のみ、1年ほど前に交代しております。」

 返る声に訝しく思いながら、報告を受けた内容を反芻する。
 全く、状況がわからない。私は、逃げ出したのだろうか。私はのそのそと、山と山のあわい、空と地平線の細い線から夜の闇がそうするように、せいぜい棺を這い出た。肌に貼り付く髪を指で払い、溜息を吐く。

「8年寝ていた、だと?」
「はい、お嬢様。」

 メイドの声が、返ってくる。8年寝ていただと?記憶が、曖昧だ。私が最後の一兵になったのではなかったのか。信頼していた側近も、重用していた魔術師も、誰も、誰も、一人たりとも、残ってはいないのでは、ないのか?
 この地下室は、地底に向けて随分と迫り出している。それなりの強度と、相当の難解さを持った、迷宮だ。だが、今は殊更私を混乱させるばかりで、ここが自分の城だなどとはにわかに信じがたかった。
 ふと横を見ると、メイドの一人が机の傍に立っている。いつも身の回りの世話をするメイド長だった。彼女は私が目配せをすると恭しく辞儀をし、口を開いた。

「大変申し訳ございません。お食事の準備ですが、少々お時間をいただけますでしょうか。いかんせん8年ものお時間でございます。その間に、メイドを束ねる婦長は交代し、お嬢様のお食事を常に暖かく保つことを断ってしまいました。ですが、暖かい紅茶でしたら、ご用意がございます。お目覚めに一杯いかがでございますか?」

 婦長が交代した?目の前にいるのは咲夜ではないのか?
 少々くせっ毛気味の、青みがかった銀髪。感情を押し殺したかのようにぺたりと張り付く能面と、その給仕一挙手一投足の隅から隅まで無駄が無く瀟洒そのものでありながら、しかしその仮面の下に隠された感情は熱く、そのスカートの下に隠されたナイフは鋭く、薄れた記憶の底に沈んだ意思は隙あらば私にその感情とナイフを以って報いようとする剃刀の如き娘、これは十六夜咲夜に見間違えるはずも無いのだが、当のこの者の言葉を信ずるなれば、婦長は交代しているのだと言う。いつかに拾った、娘だろうか。
 机の脇に視線をよこすと、毎日の日記を記すためのノートのページが開かれ、事務的に冷たく、文字を見るだけでもその几帳面さが伝わってくる整然とした記述が続いており、読み進めても、私が寝ていたらしい記述しかなく、最初のページまで遡っても婦長が交代する前にまでは遡れなかった。

「解せぬ。お前は、十六夜咲夜だろう。何が交代しただ、馬鹿にしているのか?」
「いいえ、お嬢様。私は十六夜咲夜ではございませぬ。十六夜咲夜は先代婦長の名前。今は不詳私めがメイド達をまとめております。お忘れでございますか、私を赤く染めるといってここに招かれたこと。」

 覚えている。晴れかけの霧のような朧だが。だが詳しくは思い出せないし記憶の混乱が激しい。濾過された記憶断片が結合し切っていなかったし、ノイズも大きい。

「お前は、名をなんと言うのだ」
「私に名前はございません、お嬢様。メイドの長は代々、その就任とともに名を失い、就任とともにお嬢様から名を授かるものと伝え聞いております。事実、私は以前の名前を思い出すことができず、今もって名前を持たないままです。お目覚めのところ恐縮ですが、もし、お手すきになりましたら、私に名前をお与えください。もう、1年も名無しのメイドのままこうしてお仕えし続けている次第でございます。」

 意味がわからん。かといって、眠りに着く前のことも詳しく思い出せない。それは夢だったのか現実だったのか今ひとつ自信が無く、こうして私が目覚めたことそれ自体が、件の記憶が現実ではなかったのではないかと疑わせるに十分なファクターだった。
 私は、何者かに殺されたのではなかったか。この城を守り続け、しかし最期は従者の一人とて残らずに、押し寄せる軍勢に圧殺されたのではなかったか。メイドも、魔術師も、門番も、妹も、全て殺され、私もそのあとを追ったのではなかったか。
 いや、闇は。

「ならば、婦長は、私が眠りにつく前にいたあいつだ、あれはどうした。」
「この屋敷を去った後のことは、どなたも存じておりません。私も、引継ぎを受けたわけではなく、突然姿を消された先代の穴を埋める形で就任したに過ぎません。ですから、いまだ、名前を頂いていないのでございます。」

 姿を消した。それは、死んだと言うことではないのか。掠れて消えかけている記憶の残滓を拾い集めるに、やはり従者たちが散っていくビジョンが幽かに浮かんでくる。
 眠りに着く前の記憶がこれほどに曖昧なことは、初めてだった。仮初の死を迎えたこと自体稀有ではあるが、それであってもこれほどに前のことが思い出せないなどと、自分でも自分を疑ってしまう。
 私が目覚めたら、既に誰もいなかった。
 いや、私をかばって死んでいった?
 記憶の混乱が酷い。糸口を掴んで引っ張ろうとすると、脳の奥に食い込んだ紐を引っ張るように、ちりちりと痛みが走り、それ以上引くことができない。それでもずるり、と引き抜いた一片のガラス片のような記憶に、うっすらと何か悲しみのような色がこびりついていた。それを透かすに、喉の奥から押し出されるように、言葉が。

「……バカ共が」

 誰にか向かって、そんな言葉が溢れてきた。誰にか、向かって。それが誰なのか、私にももう、思い出せなかった。
 世に疎まれ、迫害され、人の社会を追われ、自ら魔に縋り戻れぬ道を選んだのだろう何者か達に、未来を切り開いてやれなかった口惜しさ。切り開いてやれなかった?何のことだ。頭の右奥が重い。
 私はメイドに指示を出し、ゆっくりと湯浴みをして体を清めた後で茶を求めると、メイドがすぐさまソーサとカップを用意し、ローズヒップティーを注いで差し出してきた。

「食事の準備はできていなくとも、茶は熱いのだな」

 私が皮肉を言うと、咲夜そっくりのメイド(というか今もってこれが咲夜ではないとは信じ難い)は頭を下げて申し開きをしてくる。
 咲夜なら、8日ならば茶を暖かいまま保つことができただろう。だが8年は、奴が人間である以上は、無理だ。時間の尺が違う。

「お食事の準備に手間取っておりますこと、大変申し訳なく存じます。しかし、こちらのお茶につきましては、8年前に淹れてから、まだ2秒しか経っておりませぬ。暖かいまま、保っておりましたゆえ、食事については手が及びませんでした。」
「どういう意味だ」
「先代がお茶を淹れましてお持ちするまでに1秒、先代がいなくなって私が交代したときに1秒、途絶えております。」

 時間凍結が扱える?ますますもって、こやつは咲夜ではないのか。しかし、8年もこの茶を保持したことも、仮にこれが咲夜ではないのであれば、疑わしい。起きて口を利いたこともない主人に、そこまで長くそれを維持するであろうか。
 私は出された茶を飲み干した。存外に、渇いていたらしい。王として相応しくない茶の飲み方をしてしまった。

「お嬢様?」
「……風呂だ。支度をしろ」

 風呂に入り、体を駆けめぐる血液の流れを促進すると、体内に蓄積した過去の老廃物も押し流されるような気分だった。もとい、私は混乱し、整理をつける上で矛盾と困惑の種となる不整合な記憶断片、感情の残滓を私自身が流し去りたかったのでもあった。
 風呂をあがる頃には、諦めと決意をない交ぜにしたような感覚に基づいた、一つの緩やかな方針を打ち立てることが出来た。それを、実行に移さねばならない。
 記憶に残った鮮烈な"白"の存在。これを、私は。
 私は、咲夜思しき婦長に服を着付けさせながら、呟いた。口に出せば、それは、実行される。王たる者の、義務だ。

「ふん。まあいい。過去には拘泥せぬ。」

 もう細かいことはどうでもよい。
 もう消え去りそうな掠れた記憶の向こうで、私は斃れる前に何事か決意したのだ。次があるのなら、絶対にと強い意志を以って決した、一つの誓いがある。こうして思い出せないまま、まるで過去に遡って別のレールに乗り換えたような状況をして、この決意のことのみを、まるで溺れるうちに掴んだ細い藁のように憶えているのであれば、もはやそれが一つの真実なのだろう。
 私は、もう一度、問うた。

「お前、名をなんと言う。」
「名前は、ございません。何卒、新しい名前をお与えください、お嬢様。」

 私は立ち上がり自らドレッサーに向かって、婦長に施されたメイクに加えて、シャドウ、チークとルージュをさらに赤く、赤く、引いた。
 クローゼットを開け放って8年振りに自分で王衣に袖を通し、8年振りにドレッサーの前に立つ。過剰なまでの装飾は私に似合いだといわんばかりのアクセサリを身に着けた。

「ならば、お前は十六夜咲夜だ。」

 マントとコロネット、そしてブーツを身につける。最後に婦長がかしずいて持つ王錫を手にとって、それを床につきたててかつんと鳴らした。

「十六夜咲夜」
「お嬢様、十六夜咲夜は、先代の名前にございます。お考え直し下さい。」

 ネイルを塗って呪言で乾かし、テーブルの上、カップに残った一杯を呷る。すっかり冷めていて、苦い。だが、それが今の私には程良かった。
 広間に出て玉座に腰を下ろす。名前に不服を申し立てるメイド長に、それに構わず再び王錫を預け、腰を下ろした王座の肘宛に肘を置き顎を乗せて脚を組み、正面に伸びるビロードの赤い絨毯、それに沿ってずらりと並ぶメイド達と、一歩前に出て私の前に傅く者、つまり今王錫を預けた婦長、屋敷の儀式と頭脳を司る魔術師、その魔術師を補佐する悪魔、人的出納を掌握する門番、そして今私の横に来て腕を絡めてきた妹、そして、私の前で整然と整列するメイド達、彼女達全てを舐めるように見る。
 メイドが答えを求めるように私を見てきたので、私は皮肉る笑みを浮かべて答えてやる。

「いいや、婦長、お前は十六夜咲夜だ。そうだろうが違おうが、そんなことは関係ない。魔術師、悪魔、門番、それに妹、お前達もだ。私は、お前達をして、かつてのあやつらを、咲夜を、パチュリーを、小悪魔を、美鈴を、そしてフランドールを、そして、レミリア自身を、やり直す。異議がある者は出て行け。ここは私の城、私の王国だ。これ以降、私によって切り開かれる未来もまた、残すところ無く私のものだ。」

 三拍子だけ待つ。が、誰も動こうとしない。奴等は腹の立つ笑みを、しかしどうにも悪い気のしない笑みを浮かべて私を見たまま、私の前に立っている。その目を見るに、まっすぐに、揺ぎ無く、赤い赤い私自身が映し出されている。曇りなく赤い、私自身。だが、こやつらに赤といわれるのなら、悪くは無いかもしれない。

「ふん。揃いも揃って馬鹿ばかりだな。自分の過去などどうでもいいというか。いいだろう。お前達がそれでもこの館に、私の王国に住まい、私の下で私に忠誠を誓ってその身も心も私に差し出し捧げ、それを本望とするのなら。私がお前達に何をしても全く後悔を持たず、いかな扱いをしようと私に付き従い、それを喜びとするのなら。ならば、覚悟して貰おう。私は全力をして、全霊を以って」

 玉座を立ち上がり、眼下に広がる一同を見下ろしながら、言い放つ。

「お前達に、私が与える名とともに、よりよき未来を味わわせてやる。私の王国では、その市民について、幸福な未来は、義務だ。異論は認めぬ。」

 何が、運命だ。宿命だ。私がいかに赤い身であろうと、そんな定めに易々と流されたりはしない。運命の糸車があると言うのなら、その糸をも全て真っ赤に染めつくしてやる。そんなもの、私の掌の上で右にも左にも回し、止めたいときにとめ、自在に断ち切りつなぎ結び付けてやる。

「私のために死んだ、すべての者に報いる、贖いだ。お前達が、あいつ等じゃないと言うのが、ひどく心残りだがな」

 いかなる困難が、不幸が、懊悩が、苦痛が、悲嘆が、叫喚が、お前達を襲おうと、私はそれを屈服させ、踏みつけ、掌中握り潰し、それら全てを払拭しよう。私が得、唾棄し続けたそれらを、全て薙ぎ払い、粉砕しよう。

 見くびるな運命!調子に乗るな運命!お前なんか地べた這い蹲ってしまえ!

 悪魔と呼ばれるこの身にも次があった。今度は、運命を変えてみせる。その決意を空に返すために。
 真っ赤に染まったこの赤色が、吸血鬼の宿命であるのなら、この色を次の私は受け入れ、吸血鬼の身に生まれたからこそ、真っ赤な血を求めるめるこんな存在に、血の赤色に、祝福を。
 この世界最初の吸血鬼、赤の呪縛に囚われ楽しむのも、私ではじめてだというのなら、それはそれで胸のすく世界かもしれなかった。

(これで、いいのだろう、霊夢。お前が、そう悪くないといったこの世界、ああ、認めてやるさ。こいつらも、この世界も、私を赤く映し出す全ても、今ならそう悪くないと、お前に同意できる。少々悔しいが、お前が私に望むのは、そういうこと、なのだろう?いいだろう、与えてやる、お前が望む全てを。それが、真っ赤に染まっていても構わないと言うのならな!)

 私が見回すと、悔しいくらいに砕けた笑顔が、それら全てから返ってきた。赤い、それが、赤い色をしていようと、今は、辛くはない。

「どうした。宴の準備が進んでおらぬではないか。私が目を覚ましたのだぞ、全く気の利かない家臣たちだな!蔵を開け放ち、ありたけの酒と食い物を饗して、宴を開くのだ。この世界に、我が王国の富と力を見せ付けろ。ありとあらゆる存在に、酒を飲ませ、肉を食わせろ。よく酒に酔い、よく肉に満たし、よく声を歌い、よく宴を楽しめ。だが、何びとたりとも私より酔うことも、私より食うことも、私より歌うことも、私より楽しむことも許さぬ。全ては私のためだ、私を楽しませ、私を祝い、私を喜ばせるための宴だ。王の高慢さを、この世界に示すのだ。来たもの全てに浴びるほどのワインをかぶせ、この世界を葡萄酒の赤で染め尽くせ。お前達には、私の次に歌い、私の次に酔い、私の次に楽しみ、私の次に食傷することを許そう。わかったのなら、とっとと宴の準備をせぬか。ついぞ最近、どこぞの神社で盛大な花見があったらしいじゃないか。それに劣るような宴を開いたら、全員、処刑だ。わかったな。」

 私がそういうと、皆が、目を輝かせて、準備に取りかかろうと立ち上がる。
 私もそれに合わせて立ち上がり、声を上げた。

「ノスフェラートゥの王の目覚めだ、酒と享楽と真紅の世界を以て祝福せよ!!」

 ふん。私に、またはじめからやり直させるのか。
 疲れたこの体には、まだ陽光は重くて、いま少し、太陽の下を歩けそうにはなかった。だが、お前は、この世界の全ての者の、幸せな先を描けと、私に言うのだろう?

 なあ、霊夢。

 いいだろう、真っ赤な地図を以って、それを描いてやろうじゃないか。私の持っているものを、お前に貸してやろう。真っ赤な、真っ赤な地図を。

「妹が言っただろう、コンティニューできないのは、お前だけだと」







 かくて酒宴は開かれ、各地から大勢の来賓を迎えることとなったが、中には紅霧事変の首魁であることを警戒しながらの者もあって、私はある程度の挨拶周りを強いられることとなった。もちろん気遣いも謝罪もせんが。お前達が否定するから試しただけだ、私が十全悪でなどあるものか。
 それでもこの世界の住人は頭がお目出度くできているのか、もしくはこうして宴に顔を出す奴らは私のことを舐めて何をされても抗い切る自身があってのことか、なかなかどうしてほとんどの者は葡萄酒に酔いしれ手を叩いて騒ぎ、つまり、よく楽しんでいるようであった。私より楽しみやがって、生意気な奴らだ。と、思いとは裏腹に、柑橘系の笑みが浮かんで頬を引き締められない。我ながら気持ち悪いが、悪く、ないな。
 大広間に詰めかけた来客を見渡せる吹き抜けの手すりによしかかり、たまにかかる声に応対しながらワインを傾けて宴の様を見下ろしていると、壁の隅、床と壁の面が交わる直角にごぽごぽと泡立つようなしみが広がってくるのを認めた。沼がメタンに泡を割るような様相を示すその現象は、とても大理石で出来た立て付けの表面に見える光景ではなく、あからさまにあやかしの類の仕業であった。その割れる気泡と広がる染みの色を見て、私はその正体に気づくと同時に、ひどく懐かしい気分、そして胸が締め付けられてあったかくなる。

――あー、主賓が、こんなところでー――
「どうした、皆に混じって飲まんのか」

 私が言うと、染みの広がりが急に早く濃くなり、泡立ち割れる気泡からは霧のような黒い粒子が漂って、急速に辺りに黒を蓄積していく。そうして大きく不定形に形成された黒い固まりは膨張し縮小しを繰り返しながら徐々に人型に練り上げられ、真っ黒だったその立ち姿に、肌の白、唇の紅、髪のブロンドが浮き上がり、最後に異様な存在感を放つリボンは、私が染めたままの赤。それはその奥にいるだろう何者かの気配を抑え込み、毒々しいほど鮮やいで、その姿をなした。

「もう、せっかく久々なのに、そんな言い方。一緒に飲もうと思ってわざわざ来てあげたのに」
「ふん、来てあげた、だと、偉そうに。相変わらずだな、ルーミア」

 そんな姿、想像もせなんだが、悪くないじゃないか。そういいながら、トレイにワインとバーボン、シャンパンを乗せて歩くメイドを呼び止め、彼女に、何がいいかと問う。
 ワインで、と答えたルーミアの姿は、ほかの来賓達と同じく、普段着とは違うめかし込んだ出で立ち。全身黒一色なのに変わりはないが、大きくフレアするロングスカートはレースとフリルで豪奢、覗く足は黒いエナメルのハイヒール。コルセットに締まる腰から背中と胸へつながるラインは白い肌に象られて艶めかしささえ漂い、ざっくりとしたノースリーブにもフリルが揺れて、覗く肩から腕は白く細く、長手袋の黒に吸い込まれているのが勿体ないほどだ。黒のレースで出来た短いヴェールを垂らす帽子は覗くブロンドと、彼女の白いかんばせを際だたせていて、赤いリボンはその黒にけばけばしいほどに鮮やかで、強烈なワンポイントになっていた。
 ワイングラスを受け取り、赤いそれを手で摘んだ彼女は、憎らしいほど絵になっている。

「えへ、似合う?似合う?」
「ああ、馬子にも衣装とは、よく言ったものだな」

 そう言うと、もー、と笑って返してくる。こんな風に接してくるこいつは、ああ、やっぱり変わらずの、彼女だ。妙にこそばゆくなって、顔を変に歪めて笑ってしまう。

「待ちくたびれたよお?ずっと寝っぱなしなんだもん」
「そうか、私は寝っぱなしだったからな。あっという間だったぞ」

 そんなことはない。今までほとんど実感しなかったが、このむず痒くどこか枯渇感を伴った温い感情を振り返るに、私はやはり長い時間仮初めの死を経ていたのだと思い知らされた。

「忘れたとか言ったら、今度こそ食べちゃうとこだったのにー」
「ふん、その馬鹿面、忘れるわけがないだろう」
「えへへ、なんかうれしいな、そのことば」

 かんぱい、と小さく言ってグラスを鳴らし、ワインを口に運んだ。
 一口、二口を煽ったところで、彼女がしんみりと、呟いた。

「……でも、このリボンはずっと赤かったから。帰ってくるって信じてた」
「バカ正直に信じていたのか。ただのインクかもしれぬのに」

 憎まれ口を叩きながらも、手を伸ばして俯きかけの彼女の額に掌を置き、やんわりとそのかんばせを持ち上げる。いつもどおり上を見がちな角度に直してから、ふわふわのブロンドを指で遊んだ。
 リボンの奥にあるものは、今は穏やかだ。彼女の感情に左右されるのだろうか。
 かすれて消えそうな記憶の残滓には、彼女もまたあの日、私の盾となって潰えた存在のように描かれており、そうであるならば、彼女の存在は、館の他の住人と同じようなもの、誰かに取り替えられ、だが私が同一と決め込んでいるだけかもしれなかったし、あるいはそうではなく、私の記憶の方が混濁しているだけかもしれない。だが、こうして指で触れているのは、確かに、彼女だ。信じよう。

「もう、ほとんど思い出せないが、苦労をかけた」
「そんな言葉、ほしくなーい」

 わざと明らげて声を上げる彼女は、私の隣に来て肩を寄せ、頭を肩に乗っけてきた。

「何が欲しいんだ」
「レミリアちゃん。」

 生意気な奴め、と彼女の顎を掴んでこちらに向かせ、その唇に唇を重ねた。吐息が熱いのは、何もワインの酔いだけのせいではない。
 触れるだけのキスでも、8年ぶりの私には、刺激が強いらしい。自分でも驚くくらいたかぶってしまい、彼女のワイングラスを奪い、脇に置いて覆い被さろうとする。が。

「にばんめ」
「なんだ」

 もう一度、今度は貪るように口を吸ってやろうと思ったところで、間に指を挟まれて阻止されてしまった。

「ちゃんと、一番には、会ったの?」
「お前が、欲しいと言ったのだろう」
「……ごめん、でも」
「いい。お前が謝ることじゃない」

 博麗とは、目覚めてから、まだ顔を合わせていない。

「そもそも、王である私がなぜ、出向かねばならん。諸々のことを期に流したといえど」
「レミリアちゃん」

 私が何か言い逃れようとする言葉を、彼女は遮った。

「ちゃんと、会ってきなよ」

 ほんとはね、それをいいに来たんだ。ルーミアはそう言って、私が脇に置いたワイングラスを取り直す。

「このパーティがさ、レミリアちゃんの門出なんだったら、やっぱり」
「わかっている。」
「ちゃんと、いいなよぅ?」
「何をだ」
「もう、それを言わせるんだ?」

 くすくす笑うルーミア。こいつ、ずけずけと私の中に土足で入って来よって、腹立たしいが、心地よい。だからこそ。でも、だけど。

「ちゃんと、好きだって」
「言うものか。死んでも言わんぞ」
「私には言うのに?」
「え、言っていないだろう」
「いってたよう?」
「ほらを吹くな。私は一度も言っていないぞ」
「いってまーしーたー。この唇が、何度も何度も言ってましたー」

 吸血鬼のキスとは思えないくらい、甘いんだから。とけらけら笑っている。
 そういう意味か、と思うと、顔から火が出るくらいに恥ずかしくて、返す言葉をいいあぐねてしまう。ルーミアは私の隣に並び、同じように手すりに背を預けてワインを傾ける。

「また、傍にいさせてよね。他の色なんて、憎らしい光なんて、レミリアちゃんの近くには存在させないから。」
「ああ」

 こんな暖かい闇が、あるだなどと、人間どもは知るまい。
 レミリアちゃんには私しかいないんだから。そう、高慢な言葉を吐く弱小妖怪に、しかし悔しいかな、同意せざるを得ない。
 博麗は、私のものではなかった。憧れに近かったかもしれないし、背反への錯覚もあっただろう。
 ルーミア、やはり、お前が。

「レミリアちゃんのために、がんばるよっ」
「お前がなにをがんばるのだ」

 弾むように明るい声で言う彼女だったが、少しだけ寂しそうな息をついたのを、私は聞き逃さなかった。だが、それに応える言葉を私は持ち合わせていない。
 この館が、百年王国の再建の礎になってくれるだろうか。この世界が、私に安住の地を与えてくれるのだろうか。博麗が、それを、呉れるとでも言うのだろうか。それともルーミア、お前がか。
 ここで、私は、やり直せるのだろうか。

「レミリアちゃん」
「なんだ」
「だいすき」

 ルーミアの言葉が、ずきり、と、心臓に響いた。どんなにか、その言葉に応えようかと口を開きかけたが、私はまだそれをすることができない。いずれ、全てに決着がついたら、そのときには。
 そのためにも、ルーミアがそうしろと言った意味とは違う意味で、私は、博麗に会わなければならなかった。
 私は、先に、博麗との関係を、終わらせねばならないのだ。
「二番目でいいと、言ったな?」
「うん」
「二番目の席は、お前のために空けておいてやろう。」
「ほんと!?」

 頷いてみせると、彼女は諸手を上げて喜んだ。大人びた服装に見合わぬ振る舞いは、いい意味で、白痴美といって差し支えない。

「ああ、ルーミア。お前は私の二番目だ。」

 あたり前だ。
 私は、私が一番、好きなのだから。







「起きたのね」
「ふん、ちょっと昼寝をしていただけだ」

 確かに、年を取ったな。
 幻想郷と呼ばれる世界に来て、眠る前後で比較できるほどまともに顔を見たのは、咲夜と霊夢とルーミアを含め、数えるほどの数。咲夜はあの通り、全く年を取っていない……いや、代替わりしたらしいが、私が同じ人物だということにした。だが、霊夢は、間違いなく8年の年を経た、人間らしかった。
 のんでる?
 ああ。
 言うべきこと、問うべきこと、幾らでもあるのにどれから切り出すべきか、そもそもそれを口に出すべきなのかの整理が吹き飛んで、しかもそれは私だけではなく、彼女も同じようで、結果としてどうでもいい一言を交わした後、居心地の悪い無言の時間にこの場を支配させてしまうこととなった。
 ゆかり。
 霊夢が小さく呟くと、その傍に立っていた八雲が霊夢に心配そうな表情をむけ、もう一度名前を呼ばれたところで、その場を去った。とうの八雲は、西行寺と呼ばれる幽霊に手招かれて酒を注がれている。八雲をあれでいいのか?と問うてみたい気もしたが、どう応えられても何にもならないし、霊夢にも余計な負担を与えるだけだろう。八雲とてそれを耳にしたくはあるまい。この世界の実力者達は、そういう脆いバランスの上にぎりぎりこの世を運営しているようだった。そして、私もその輪の中に入ろうとしているのだ。
 しばらく何一つ言葉を発さず、雰囲気や目で意思をやり取りすることもなく、本当の無言を過ごすうち、霊夢の杯が空いた。

「注がせてくれ」

 私が言うと、彼女は意外そうな顔でこちらを見た。戸惑いがちに霊夢がこちらに向けるお猪口をに、徳利を傾けSakeを注いぐと、彼女はそれを躊躇いなく一気に飲み干した。

「お、おい」
「あんたも飲みなさいよ」

 視線は伏しているが、意識はしっかりとこちらを捉えていて。

「ふん。お猪口がないな。これでいいか」

 私はショットを差し出してSakeを受け、ショットと同じ作法でそれを呷った。洋酒にはない独特の味が喉を焼き、香りが鼻に抜ける。
 パン食、あるいは血液の味に馴染みのある私には不慣れだが、米を主食とするのなら、この味は親しみ深いだろう。
 なかなか面白い味のする酒じゃないか、というと、あんたが振舞ってくれてる奴もね、葡萄で出来ているのかしら?おかげで加減がわからない住人があの様だわ、と大広間で泥酔し半狂乱になって騒ぐ輩と、逆にぐったりと動かなくなっている奴らとを、交互に見て溜息をつく。
 お互いに視線を向けない。向けられない。そうして「視線を放り投げておくもの」を提供してきた彼女もまた私と同じように、私の方を見ることができないのだろう。
 お互いに、言わなければならないことを、言いあぐねている。

「どれくらい、憶えているの」
「お前とのことは、全部憶えてるよ。濾し取られた記憶は、そのほとんどがここに来る前のものだ。だが、その濾過も不完全のようだぞ?私が何をして、その結果何があったのかも、朧げだが憶えている。」
「そう」

 さすがにあんたほど強いと記憶濾過機能もあまり効果がないか、と私が注ごうとするのを制して手酌に切り替えた霊夢が一言呟いてから口付けるのを見て、私もメイドにワインを給させ、その横でやはり視線を宛ても無く放り投げながら、彼女の言葉に答える。

「お前とのことも忘れた方が、よかったのか?」

 我ながら、意地の悪い質問だったかもしれない。彼女は何も言わなかった。

「は。その通りに決まっていたな、野暮だったよ。あれだけの事件に、お前には八雲とのこともあるだろう。いっそ洗いざらい忘れた方が、良かったに決まっているな。」

 霊夢に対する気持ちは、恋心というよりは、依存心に、そしてそれよりは、言い過ぎにも思えるが、信仰に近かった。赤を返さない、私を拒絶しない存在に対する、盲目的な依存心、それは、もし私にもあるのであれば、信心にさえ近かったかもしれない。今まで500年以上を生きてきて、一度も手に入らず、それでもずっとずっと渇望して、やっと、手が届きそうだったもの。
 だが彼女には、私のこんなちっぽけな願いなどよりもよほど重い責務と、そして宿命があるのだろう。あの、ただの人間の体に、そこまでのものを負わせる八雲には少なからぬ疑問はあるが、それも含めて、私との一連の出来事は無かったことになるべきなのだろう。聞くに、この世界には歴史を改竄するシステムを担う者もいるのだという。だがそれをせず、私の記憶のみを濾し取ろうとするには、それにも何らかの意図があるに違いなかった。

「いい機会なんじゃないか、清算する。私はお前には、依存するばかりで、ありもしない理想を押し付けていた。お前は、私をシェルターか何かとして使っていたのだろう?あの夜が続いていて、よかったとは思えない。全部、真白い白紙に戻し」
「いやよ」

 彼女を説得するなどというつもりは無く、むしろ未だ後ろ髪を惹かれる思いの私自身にけじめを自覚させるための言葉だったが、霊夢自身が、それを遮った。

「これでも、人並みには感情、あるのよ。あんたがひとかけらも覚えていないって言うのならフィズる感情なのに」

 霊夢は、吐き出すように告白を続ける。

「なんで、覚えてるのよ」
「仕方が、ないだろう」

 仕方がない。私にとっても、大きな感情の波だったのだ。忘れるはずが、なかった。
 霊夢は、俯いたまま顔を上げない。

「……羨ましかった。憧れてたの、気が付いたら、レミィに。私と紫は、それに西行寺も、この世界の住人は、過去しかみてないもの。過去を引きずって、過去を壊したその破片で、自分が傷付かないように、逃げている。でも、レミィは、いつも先を見てる。過去の自分に背中から殺されても仕方ないほどの覚悟で、未来を作ろうと、必死に足掻いてる。それが、私には、すごく魅力的に見えた。」

 霊夢がどんな過去に縋っているのか、八雲が、西行寺と呼ばれる者が、どんな過去を背負っているのか、私にはわからないし、わかろうとも思わない。霊夢の言うとおり、私にとっての過去は、踏み台として存在するだけだ。それをよりよく越えることしか考えていない。そのために私は運命を作り替えたいと願ったのだ。
 だから、霊夢が過去を腫れ物のよう宝石のように、扱おうというのであれば、私は霊夢と、ついでに言うのなら八雲や西行寺を、どうしてやることも出来ぬし、奴らほど力のある存在に対しては、どうしてやる気も、なかった。

「知らんな。それはお前の都合だ。私がどんな立場だろうが、私とお前は、相容れなかった。もし過去の扱いについて違うことがお前と私の違いだったとするのなら、それでもいい。私が望む夢と、お前の実現したいものの差であったのなら、それでもいい。とかく、私とお前は、背反だったのだ。感情だけでつながれるほど、この世界は甘くないのだろう?」
「でも、それじゃ、あんたはまた同じところに逆戻りじゃない。また、赤く染まり続けるのでしょう?」

 霊夢がこちらを見て、声を強める。が、私はそれに答える気など無かった。これはもう、決まりきったことで、覆らない。私達は、最初から始まってなどいなかったのだ。

「安心しろ、もう、大きな事件など起こさぬさ。お前が言ったとおり、この世界はそう悪くは無いと、今では思っている。」
「怪異なんてどうでもいい。何度起こしたって、私が解決してやるわ。もう怪異にはしない、ですって?そうじゃない、そうじゃないでしょう」

 言っていることが、めちゃくちゃだ。
 強いくせに、ぶれぶれで、そのブレを自分でよしせず、人にも見せない。軸を持ちたがりながらも人を認めたがるせいでそれも出来ない。他人を求めながら拒絶する、その不整合と矛盾が、お前の魅力だな。だが、言ってやるものか。
 霊夢への複雑な感情。私が霊夢に好意と殺意を同時に抱いたのは、彼女のその二面性、陰陽の分離的混在に、見事引きずられたためだったに違いなかった。
 それを思い、秘めて伝えぬと決めたものの、どうしても口をついてしまい、私は代わりにもっと伝えねばならないことを、言った。

「いいや、そうなんだよ。それだけのことなのだ。」

 私は、初めて霊夢の目を、見た。
 言わねばならない、突きつけねばならない。

「お前が、言ったのだろう、運命を変えて見せろと。確かにまだ救われちゃいないさ。私が赴き、訪ねる者すべてが私を紅いと言う。永遠に紅いと言う。世界は色で包まれ彩られ、区別を基礎にした認識が世界を象り、差別の温床になっている。だが、いつまでもそうはさせない。世界が私を受け入れるか、私が受け入れられる存在になるか、どちらか、運命を書き換えてやる。それを教えてくれたのは、霊夢、お前だろう。」

 無言。

「お前は、背負っているものがでかいし、力もあるかもしれないが、所詮は、人間だ。この言葉は避けていたが、どうしてもというのなら、言ってやろう。」

 一拍置き、霊夢をしっかりと見据えてから、言う。

「"大きなお世話だ、ニンゲン。お前にこれ以上、何ができるというのだ"」

 霊夢は、少しだけ眉をひそめ、視線を逸らす。杯の残りを一気に呷り、「そうね」と呟いた。







 それは決別の言葉に、違いなかった。
 レミィから別れを告げられて、こんなにもダメージを受けるとは思っていなかった。
 私は、正直に言って「8年ぶりなんだから、まずは再会を喜びあえれば」だなんて、甘ったれたことを考えていたのだ。

「大きなお世話だ、ニンゲン」

 頭の中で反芻しただけでも、胸が、きゅう、と締め付けられて、苦しい。針金で心臓を締め上げられたみたい。
 言葉にされたことは無いけれど、同じことを、紫から何度も言われている気がしていた。私にできることは、本当にちっぽけで、ただ、神社で日々の勤めを果たし、その結果少し強い力と権力を持っているに過ぎない。博麗大結界を維持するための、使い捨ての生体カートリッジなのだから。
 出会ったのもその勤めの一環でしかなかった。だが、妙な予感がはたらいて数ヶ月体を重ね、好きになった。いや、好きになったつもりでいた。
 大きなお世話とこき下ろす言葉の奥には、私を否定するでなく、人間としての限界を踏まえた上での許容と、やんわりとした白色への拒絶がこめられていた。紫も、私にそう思っているのだろうか。


「相変わらず、真っ白だな」

 レミィが、私を見て、言う。

「白すぎる。だから、自分の弱さに気づかない。まだ過去に拘泥しているのか」

 彼女には、感謝しなければならない。その言葉の通り、私はレミィをシェルターにしていた。過去ばかりみて何か大切なことを見失いかけている私と紫との関係を不安に思う自分から流れ出る血を見たくないために、彼女の赤を利用していたのかもしれない。
 だが、レミィが私の言葉で「運命を変える、を、やり直す」とまでの決意を持ったのと同じように、私もまた、彼女の言葉で、一つ成長したと思う。今レミィが生きている年数の更に1/5程度しか生きられない、矮小な私に、一つの成長をくれたレミィを、私は、やっぱり今でも愛おしく思っている。

「見くびらないでもらえるかしら」
「ほう?」

 私が、反発するように言う答えに、レミィは満足そうに口角を上げた。

「自分の血の色くらいは、わかるようになったわ。8年も放って置かれて、私だって成長もするわよ。」

 西行寺が言った「あなたは全てを拒絶する」という言葉。その意味も、今はわかる。レミィのおかげだ。

 胸は成長していないようだが、と返されたので、余計なお世話よぺったんこに言われたくないわ、と毒づく。そして、改めて言葉を続けた。

「赤よ、赤。白じゃないわ。あんただけを拒絶する、赤。悔しければ、この赤、今度はちゃんと、吸い尽くして見せなさいな」

 そういって、あいたままのレミィのショットに、ワインと呼ばれていた酒を、赤よ、赤、ほら、こんなにも赤いわ、といいながら、注いでやる。

「ふふ、はははははははッ!いいぞ、お前は結界の拒絶と世界の許容の混沌だ。そういうのなら、また、遊んでやるよ、紅白の巫女!我が王国の民が幸せな未来を描くのを、そこから指をくわえて見ているがいい。」


 注いだワインを一口で飲み干して、不敵な表情を向けてくる。何だろう、この方が、レミィらしい。生き生きしていて、これでよかったのかもしれない。彼女が自分で言う通り、彼女の心情が依存であったのなら、それは、レミィを弱らせ、追い詰めていたのは私かもしれなかった。それでも、私のおかげで変われたと言ってくれるのであれば、私が彼女に示せるのは、たった一つの態度でしかない。

「遊んであげるのは、こっちの科白よ、永遠に幼き、スカーレット・デビル」

 ははっ
 ふふ
 一息ずつ笑って顔を見合わせた。私は、少しだけレミィに体を寄せて、彼女が手に持つグラスに、胸のあたりで小さく、自分のお猪口を当てる。
 ちん、と小さく音を立て、赤と白、ショットグラスとお猪口、アンバランスな乾杯を、やり直す。
 そして、彼女をやはりまっすぐに見ることが出来ないまま、でもゆったりした気分、少し浮かんでしまう笑みを隠せないまま、言った。レミィもはにかんだように笑って、小さく答える。

「おはよう、レミィ。おかえり。」
「ただいま、霊夢。」







 幻想郷という名の輪廻空間は、そうしたループの中へ何者をも受け入れながら回り続ける残酷なシステム。
 私が死んでいなくなろうとも博麗の白は代々繰り返され、その白に刻まれるレミリアの赤もまた、彼女自身を変えながら反復し、やがて世界と運命をその意思の通りに緩慢に作り変えていくだろう。
 博麗は、一段階ネストが深いから、今回は私が彼女の切れ目を、見ることになった。だが、それはレアケース。彼女が博麗の切れ目を見ることは、この数百倍の回数にも上るはずだ。
 レミリア・スカーレット。その命が潰え、肉体は滅び、魂は消えようとも、意思と呪いは残り続ける。それは世界と、そして彼女自身さえをも変化させながら無間の時間を繰り返す真紅のエンジン。レミリア・スカーレットという存在とその能力は、過去に縋り閉じたループを繰り返す安定という退廃に満ちた幻想郷が自律進化を遂げるそのために、紫が導き入れた進化の秘法に違いなかった。

 八紅一憂。

 数百年に一度、八年刻みに現れる紅は、一縷の憂いを抱えながらも自らの意思と呪いを回し続け、運命を操り、そして彼女の見る世界全てを、決めていくのだ。



――次のレミリア・スカーレットは、もっと巧くやるでしょう。







レミリア「八・紘・一☆う~!」

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