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【ミスティア_妹紅】LOrnly sparrow sings her REgret in a LEY in N.Y.

東方夜伽話に投稿しました。

LOrnly sparrow sings her REgret in a LEY in N.Y.
おかみすちーと妹紅のはなし。



背景に
契約的に定義される感情に対して、心象的絶対値を付与した場合に裏返り表現される出力を発信者へリダイレクトさせた際の、反応と情動に対する或る喜<悲>劇な過程について
があります。



だいぶ前のことになりますが、
SHAMEという映画を見てきました。

内容も面白かったんですけど、
ヒロイン(キャリー・マリガンって女優らしい)が歌っていた
「new york new york」のこの映画用のアレンジがすごくよくて
印象に残ってました。

元々この曲は希望に満ちていて、明るい歌だと知っていたんですが
このアレンジは静かで
映画の背景やキャラの設定などとかみ合わせると
とても物悲しい歌になっていて、
「おおお?」
ってなってみていました。


おかみすちーの話を書きたいなとは前々から思っていて
でも先にリグルと幽香のSSでみすちーとリグルの微妙な関係を書いた後だったので
そこで作った設定にフックする形の話を考えていたときに
この曲を替え歌することを思いつきました。


メロディはないですがSHAMEでのそれと同じように、
背景と重ねると物悲しい歌になっているような描写になっていればいいなと思います。

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20130216:誤字を修正しました。
拍手コメントにてご指摘くださった方、ありがとうございます。
それにしても数が多くて私死んだほうがいい。



以下、アーカイブ。
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 気分はいつでも陰鬱としていて、ここ何年もすっきりと晴れたことがない。笑わないわけではないし、楽しいことがないわけでもないが、いつでもそれは刹那の回避にしかならない。昔のように、いつも大声で笑って楽しく遊んで、怖いものなど嫌なことなど何もないように生きていたあの頃が、今は懐かしかった。
 それはいつも、当事者だけが気づかない。若ければ若いほど、自分の若さに、そして、流れる時間の早さに気づかない。無知、無垢、無鉄砲。あの頃は、「今」と同じ時が永遠に続くと、思っていた。そして、私達は「今」を抱えたままで先に進めるのだと、勘違いしていた。
 所謂「なかよしグループ」が、時を忘れたようにいつまでも続くなどとは、確かに理に適ってはいないのだ。時間は残酷に、しかし怜悧にそれを処断する。氷が雪が徐々に溶けて姿を消すように、夜が明けて空が暁に溶けるように、遠くに響く歌声がその残響を記憶に溶けるように、さなぎが溶けて蝶となすように、確実に私達を、蝕んでいった。人間たちよりも長い時間を与えられてはいるが、永遠を生きるほどのキャパシティを持たない私達。結局はそれと同じように、時の流れに浸食されていくことを避けられないのだろう。
 それは、老いのような悪い印象を持つ変化だけではない。成長、成熟のような、正評価される変化であっても、だ。変化とは、必ず失う物を伴うのだ。
 あれだけ仲のよかった私達四人でも、その宿命から逃れることはできなかった。離ればなれになっていくそれぞれを埋めるための、何か別を欲しがって。そうして浸食は加速していくのだろう。
 不可避で自然。問題は、私の気持ち一つであって、だからこそ、問題なのだった。

「いたっ」

 手先に痛みを感じて目を遣ると、ひび割れの手が鳴き声を上げていた。ぱっくり開いた傷口に、冷たい水が滲みる。その小さくとも存在感のある痛みが、まるで年を経た私の心の瑕疵であるように、私を苛んだ。こんなことに苦しむなんて、幼かった頃は考えたこともなかった。
 屋台の作業スペースは手狭で、お世辞にも調理しやすい環境とは言えない。飲用に使える水も限られているし、火の扱いも危なっかしい。まな板を滑らせると向こうにある調味料棚が生存の危機に瀕するくらいには、その世界はミニチュアチックだった。
 そんな余裕のない空間に、仕事には全く役に立たないのに無理やりにでも置いてある、小さな写真立て。木枠の中には、白一色ののっぺりとした平面が映し出されている。写真が、裏返しにセットされているのだった。そこに映っているものを、私は知っている。ただ、ただそこにあるだけで、気持ちのよりどころになる写真。でも、ほかの人に知られるのは嫌だった。不都合があるわけではない。ただ、私のその気持ちを人に知られるのが、なんとなく後ろめたいのだ。
 私が抱えて動けなくなっているその独りよがりな感傷を、他の人に押し付けたりはしたくない。私の問題なのだ。私が、一人で抱えていればいい。
 だから。
 こんなことを始めようと思ったのは、寂しさを紛らわせるためだったんだと、思う。







「よぅ。まいど。」
「あ、おはようございます。すみません、いつも配達してもらって」
「なにを今更。こちとらそう言うビジネスだ、気にしてもらっちゃ困る。確かにちょっと骨は折れるがね」

 骨ならいくら折れても平気だからな、と付け足して、背負子に括られた大きな箱を下ろす。どすん、音を鳴らすほどの重量を、この人は抱えてきた。
 箱の中には、良質な木炭が詰まっている。この炭こそ、私の屋台の人気の要因のひとつだ。

「最近繁盛してるらしいじゃないか。もう隠れ家的な一人飲みの屋台としては使えないかな」
「いえいえ、ぼちぼちですよ」

 この辺の妖怪や人間達はお酒が大層大好きで、風が吹けば酒屋が儲かるほど。そんな中であっても、普段から一人で晩酌をする人は、あまりいない。大勢でお酒は騒ぐためのツールであって、それを酔うためそれ自体に使っているのは一部の人に限られているようだった。
 年を重ねると、お酒との付き合い方が変わってくる。私はそう飲める方ではないが、永遠亭の人々や、名前の知れた妖怪の内いくらかは、「酔うための酒」を少量、嗜むように飲む。
 私の屋台は、そういった少ない客層を相手にした商売。
 藤原さんは、私の屋台に木炭を卸すビジネスパートナーであると同時に、そんな一人酒をしにうちの屋台にいらっしゃる数少ないお客様でもあった。

「でも、来てくれなくなってしまうと、困ります。うんとサービスしますから、贔屓にしてください。」
「はは、上手だな。女将がそんな風に言うんじゃ断れないや」
「上手、ってなんかいかがわしいです」
「悪い悪い。そういうつもりじゃあないんだが、一人で静かに飲めるのがよかったのに、あんまり人が増えるのも居辛いなって、我儘な客の妬みだよ。それに、女将の顔を拝める時間も頭割りになっちゃうんじゃ、楽しみも半減ってものだ」
「もう、上手はどっちですか。」

 いうと、悪びれた様子もなく笑う藤原さん。

「今日も、いらっしゃいますか?」
「ああ、一通り配達を終わらせて、家の仕事が終わったら、一杯やりに来るよ。」

 藤原さんは、永遠亭にお住まいだ。昔は一人で暮らしていたらしいけれど、輝夜姫と和解してからずっと一緒に暮らしているようだった。

「おうちのこと?」
「今日は薪割りに加えて屋根の補修も言いつけられてるんだ。まったく、人使いが荒いったらないよ。」

 肩を竦めて笑う藤原さんだが、言葉尻とは裏腹にその表情は幸せそうだ。
 家庭を持つ、というと巷では男女一対一のことだが、どうにも藤原さんの周囲ではその常識は通用しないらしい。
 永遠亭にはほかにも八意先生、上白沢さん、それに兎さんがたくさんいて、そのみんなで共生しているんだとか。
 お酒を飲みに来るたびにぽつぽつ聞かされる、家庭の話。しっとりと時間を重ねた間にだけ横たわる、濃密だけど穏やかな関係が、私には羨ましかった。
 時間が、その関係性を壊してしまったりは、しないのだろうか。

「じゃ、確かに渡したよ。毎度」
「はい、ありがとうございます」

 私は、人間ではなく妖怪だ。妖怪同士にも性質の差があって、時間の密度もそれぞれに差がある。
 だから、仕方がないのだ。
 でも、藤原さんは、違うんだろうか。蓬莱人は、時間の感覚を、どういう風に保持しているのだろう。
 藤原さんと初めてあったのは、私がまだこんなに小さかったときだ。うまく歌えない、飛び方もおぼつかない、小さな妖怪だった頃。
 私はすっかりと年を取り、その間にあの頃会った人間とは死別している。藤原さんは、唯一、人間として、私を昔から知っている人だ。人間であることに、さほどの意味はないのかもしれないけれど。

「じゃ、あとで」
「はい、お待ちしてますね」

 じゃあまたあしたね!
 そういって毎日顔を合わせていた4人のあの日が、懐かしい。
 妖精の中でも最初から抜きんでて力の強い子だったチルノは、当然のように精霊に変化した。元々博麗神社に近しかったこともあってか、今は自然現象の一端を担うシステムに組み入れられ、精霊レティ・ホワイトロックと双璧をなす、寒冷氷結概念の源泉的存在となっている。
 ルーミアは、旧神の破片として博麗と八雲に監視されながらも、強大な力を誇り幻想郷の軍事バランスの調整役となっている紅魔館にて、吸血鬼と一緒にその役を務め、同時に世界の光と闇の平衡を任されている。彼女が仕事をさぼれば朝が来ないくらいだ。
 リグルはそもそも眷属の王子だった。成長し、十分な力を持った彼は、不在の王の座について自然界のバランス調整に不可欠な存在となっている。ついでに、優雅で怠惰で無関心な妖怪女王、風見幽香に物申せる数少ない存在だともいわれている。
 私一人が、まだ、亡霊みたいに、その思い出から抜け出せないでいた。何の力もなく、昔いたところをぐるぐる回って、今でも抜け出せない。経年による力の成長はないわけではないが、彼らのように出自が特別であるわけでもない私には、彼らのような宿命性突然変化はあり得ない。
 私はこうして、小さな存在として妖怪の生を長らえ、彼らとは違う、ちっぽけな死を迎えて、ただ消え去るのだろう。
 私は、藤原さんの背中を見送ってから、写真立ての木枠の一辺を、ひび割れの痛みが残る指で、そっと撫でた。







「あいてるかい」
「あ、藤原さん、いらっしゃいませ。どうぞ」

 里から離れ、妖怪しかいないような僻地で経営する屋台に、客が来ることはほとんどない。常連の妖怪が稀に来るか、もっと極々稀に人間が来るくらいで、基本的にはお客さんと一対一、多くても三人くらいにしかならない。
 鈍くさくててきぱき出来ない私には、それくらいがちょうどよかった。

「じゃまするよ」

 飾り程度に垂れる暖簾をあげて、藤原さんは小さな椅子に腰を下ろす。

「キープのでいいですか?」
「ああ」

 藤原さんはよくいらっしゃるので、お酒のボトルをキープしてある。コップで提供するより安く、お客さん自身で残量を把握できるように。
 他にここにあるボトルは、鬼さんのと、天狗さんのだけ。後の方はご来店のスパンが長いので、品質の保持が出来ないから遠慮してもらっていた。

 私は、にとりさんにつくってもらった酒用の電気氷室から、鳳凰美田を取り出す。

「どうぞ」

 コップになみなみ注いで差しだし、一緒にお通しとして、のれそれをつける。

「女将もやんなよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。いただきます」

 藤原さんに注いだ分の三分の一位の量を自分のコップに注いで。

「今日も一日、おつかれさまです」
「おつかれ」

 カウンターの内側からで申し訳ないけど、伸ばした手のコップ同士をかちんとあてて、お酒をいただいた。

「女将はまだ私の相手をしないといけないからなあ。おつかれ、はおかしいか」
「いーえ。お客さんとこうしておしゃべりするの、本当に楽しいんですよ。お仕事は、仕込みのほうかなって思います。」

 何か召し上がりますか?と問うと、「魚。焼いたやつがいいな」と返ってきたので、私は少しだけ鞴を押して抑えめにしていた火力を上げてから、氷室から鮎を取りだして、塩を振り、藤原さんの上質な炭火にくべる。
 ぱちぱちと、夜の黒に黄色い音が舞って、この屋台だけをゆったりと包む。赤提灯と、灯火と、炭火の明かりだけで、この世界が照らされているみたいな、突き抜けた天井のない空の下にいるのに、ぽっつりと小さくて狭い部屋にいるみたいな感覚が、好きだった。
 きっと、この屋台に来てくれるお客さんたちもそうで、私はお客さんたちとそんな無限の個室の中で肩を寄せ合うようにお酒を飲んで、語らい、たまに歌わせてもらって、ほんの稀に大騒ぎをするのが、大好きだった。

「ん。女将がすすめてくれただけあって、いい酒だ。それに、のれそれとは、いいものを食えた。」
「お通しは、藤原さんだけ、特別なんですからね。」

 いつもいらしてくれるのだ、少しはサービスしないと。
 藤原さんは、お酒とお通しを交互に口に運びながら、ちまちまと夜の時間を潰す。多く語ることはない。炭が弾ける音と、カウンターに皿やコップをおく音、私が調理する音だけが響いて、言葉はほとんど飛ばない。
 元々無口な人で、こんな風に喋ってもらえるようになるのに、何十年もかかった。何せ私を小さいときから知っているのだ、当時はおっかない人、と思っていた。
 今は、すこし、違う。

「おさかなです。どうぞ」
「ありがと」

 私が鮎の載った皿を差し出すと、藤原さんも手を伸ばしてそれを受け取る。
 藤原さんの手は、お世辞にも綺麗じゃない。いつも炭を作って、売って歩いて、おうちでは力仕事も任されて。そうやって鍛えられた無骨な手をしている。色は真っ白なのに、そのアンバランスな感じが、不思議な魅力を湛えていた。
 器用に箸を使って、鮎の身をほぐす。さっきのざらざらした手の見た目とは裏腹に、その仕草には優雅さがある。藤原さんは元々は人間の貴族だったのだとか。あまり多く聞かせてもらえたことはないけど。
 人間の貴族ってのは、妖怪なんかよりよほど雅で風流で、豪華な生活をしている。もちろん価値観は違うけど、美に対する姿勢は間違いない。藤原さんもそういう血を引いている。その上で、あんな手になるような仕事をして、すごく、素敵に見えた。

「やはり、鮎はうまいな。人里じゃこんな早い時期に鮎には滅多にお目にかかれない。旨い酒に旨い魚、それに器量のいい女将がいるとくりゃ、こりゃ人気がじわじわ出てきても仕方がないか。」
「もう。私のことはいいですから。それに、いい炭火が抜けてますよ。」

 藤原さんの空いたコップに、お酒を注ぎ足す。私はもういい。あまり、強くないし、お客さんのお酒をあんまり飲むのも気が引けた。だが。

「女将もあいてるじゃないか」
「あっ、はい」

 といってむんずと掴んだボトルで今度はなみなみとお酒をつがれる。

「私は女将と飲みに来てるんだよ。遠慮しなさんな」
「ありがとうございます」

 しばらく、しじまが辺りを支配する。お酒を注ぎあって、ぽつりといわれるおつまみを(注文がなくても、空いていたら何か簡単に作って出してしまうのだけど)つくってまた沈黙。
 藤原さんがいらっしゃるときは、こういう静かなお酒になる。私も歳を取ったかな、騒いで飲むのも好きだけど、今はこういう、静かなお酒が、好きだった。
 お酒を飲んでいると、特に静かなお酒を飲んでいると、意識が内側に向いてくる。お客さんによっては、突然隣の人に話しかけたり、自分のことを他人にぺらぺらしゃべりだしたり、外側に向く人もいるけど、私は逆で、お酒を飲むとおとなしくなる方だった。ひたすら自分のことを見つめたり、あれやこれやと過去や将来のことを考えてしまう。飲むとテンションが落ちる、と称されるタイプだ。
 そうして、藤原さんがお酒を飲み、それを見て私も口に運び、を繰り返すうちに、だんだんそのスイッチが深く押し込まれてしまう。

「卵、ちょうだい」
「はい」

 藤原さんから、厚焼き玉子の注文を頂いて、私は卵を溶き、出し汁とほんの少しのお砂糖を加えて、攪拌が過ぎない程度に混ぜる。混ぜる。混ぜる。熱した玉子焼鍋にそれを流し込んで、弱火。
 決してそぞろ気分で手を抜いて作っているわけではないが、料理もまた自分の中に意識を落とし込んでいく内向的な創作行為。酔いもあいまって、意識は酷く内向的に変化していた。
 もうここ何年も、独り善がりな孤独感と、矮小なヒロイズムの間で、私はくだらない薄暗さを払拭できないでいる。
 かつての4人でいることを望み、それが叶わぬことからくる孤独感。そんなものは、時の流れを無視したことではあるし、それ以上に私が3人の人格を否定する、私の独り善がりでしかない。
 そうして傷ついた(ように感じている)私は、こんな風に小さくて狭い自分のフィールドを作り、一日に一人や二人のお客さんに認めてもらって得るほんの小さな満足感に逃げている。
 それらの両方が、本当に下らなくて、そうだとわかっているのに抜け出すことが出来ない。そうであるくらいなら、たとえ一人であったとしても、バカみたいに何も知らずに騒いでいたあの頃の私の方がよかったと思う。
 もし、私にもっと力があれば。自分の思いを他人にぶつける強さを持ち続けられれば。
 あの人みたいに、"私"を守りまき散らす決意があれば。4人を続けることが出来たのだろうか。
 彼を、つなぎ止められたのだろうか。

「厚焼き玉子です、どうぞ」
「ありがと」

 出来た厚焼き玉子を藤原さんは、うまい、と食べてくれた。
 だが、その料理に、私の鬱屈した毒が混じってしまっていることに私は気づいていて、とても申し訳なく思ってしまう。
 再び、濃藍の沈黙が支配する。その後もおつまみの注文があるたびに、私は藤原さんに毒を盛ってしまった。






 六杯目くらいだろうか。おつまみも、最初のお通し、鮎の塩焼き、厚焼き卵、梅水晶、いぶりがっこ、と減った辺りで、藤原さんが、注文以外の口を開いた。

「女将」
「はい、次は何を」
「歌が聞きたい。静かなやつ」

 藤原さんが、酒の肴に歌をご所望になるのは、初めてだった。鬼さんや天狗さんが、元気な歌をノリで一緒に歌うことを求めてくることは多いが、静かな歌を、私一人で。

「だめかな」
「いえ、私の歌でよければ」

 頼むよ、そう押された私は、カウンターを出て屋台を止めた側に音もなく水を湛える川の畔に立ち、藤原さんに向き直る。
 静かな歌。
 なにがいいだろう、と迷うことはなかった。そのリクエストの時点で、歌う歌は、決まっていた。
 静か、と言うよりは暗い歌になってしまうかもしれない。
 昔を懐かしみ、雄飛する友を祝福しながら自らの矮小さを嘆き、忘れてほしい、忘れてほしくない、時の流れを惜しんで、離別するともがきを悔やむ。でも私はここにいて、あなたを待っている。
 そんな、情けない今の私を吐き出す歌。

――

 さあ、新しい空を始めよう。
 今日、私は旅立つの。
 あの場所に、仲間入りするために。
 ああ、希望に満ちた世界よ。

 この一対の翼は放浪者となって、
 私は未知の世界に迷い込もうとしている。
 まさに、あのど真ん中。
 ああ、果てしなき世界へ。

 私はあの地で夜を迎えたい。
 あの、眠らない夜を。
 そして、謳歌を極めたいの。
 ああ、素晴らしき世界で。

 昨日まで見てきたちっぽけな空での憂鬱が、
 今は溶けて消えて無くなっていくわ。
 さあ、新しい羽ばたきを始めよう。
 ああ、帰るべき世界で。

 あの空でそれが出来るのならば、
 私はきっとどこでだって出来るわ。
 でもそれは全て、あなた次第なの。
 ああ、懐かしき世界で。
 懐かしき、あの日の飛び出した世界で。


――

 口に出して歌うのは、初めてだった。
 だめ、だ。思いが、歌と言葉に出し切れてない。出ようとする思いが歌になりきらずに、涙に、なって……。

「ごめん、なさい、お粗末様でした」

 私がそういって締めくくると、藤原さんは立ち上がって拍手をしてくれた。長い、長い拍手。私が涙を拭いて、落ち着きを取り戻すまで、その拍手は続いていた。
 藤原さんは戻ってきた私に、お酒ではなくお水を注いでくれた。私はそれを一口含んでから、ありがとうございます、と返す。

「いい歌声だった。なんていう歌だい?女将の?」
「そうです、といいたいところですが、元は外の世界の歌です。香霖堂で、外から流れてきた七音階楽譜と、ほとんど読めない歌詞カードを見つけて、自分で三十一音階にアレンジした歌詞を書き加えたものです。読める範囲から想像できた歌詞が、あんまりに、素敵だったから」

 素敵、のところだけ、嘘だった。
 こんなに辛い歌は無い。私は、この歌を、自分を慰めるためにアレンジして消えかけていた歌詞を補完した。
 甘ったれた自伝になるかもしれない。それがわかっていても、私は音階数変換アレンジをして歌詞の継ぎ当てをしていく中で、情報を失い穴だらけになっているその歌に、自分の感情を注ぎ込める勝手な補修をして形にしてしまった。
 歌に対する冒涜もさることながら、出来上がったものへの惨めさもある。
 それに、藤原さんに求められて、それをチョイスしてしまった情けなさは、わをかけて大きなものだった。
 私がカウンター越しに、注いでもらった水をあけて気分を落ち着けていると、藤原さんが遠慮がちな声をかけてきた。

「誰か、いい人がいるんだ?」

 藤原さんは、視線を皿に落とし、声のトーンも少し落として、どこか興味なさげに聞いてくる。
 だれか?わかっているくせに。昔のあの4人を知った上で今の歌を聴いて、藤原さんが察せていないはずはない。
 だから、その声のトーンダウンは、興味がないのとは、違う。藤原さんのその仕草って、「私が土足で踏み込むことじゃない」っていう優しさの現れなんだと、長いことお酒の相手をさせてもらった経験から、知っていた。
 だれか、いいひと。
 もう、終わった話だ。

「私みたいな商売女は、相手に背負わせちゃうところが多いですから」
「いるかいないのか、聞いてるんだよ」
「……います。いえ、いました。片思いでしたけど」

 私は何を話しているのだろう。
 好きな人というと望みがあるようだし、好きだった人だと今ではもう好きではないみたいだし、なんていえば、いいのだろうか。行き止まりの片思い、なんて、言葉で美化するほど上等なものでもない。

「そんなことで遠慮するない。それが重いかどうかなんて、相手にしかわからないぞ」

 背負ってみると、気持ちのいい重さもあるもんだ。そういう藤原さんの肩の向こうには、三日月が覗いていた。

「でも、いろんな人に、いい顔しなくちゃなんないし。仮に好意を分かち合った人がいたとして、他の人へ愛想を売るのが裏切りに感じられそうで。」
「なんだ、この屋台はそんなえげつない商売もしているのか。酒の肴に私の体も、ってか?そりゃあ流行るわけだ」
「し、してません!」
「ならいいじゃないか。」
「でも、それ以前にもう、失恋してますから。言ったじゃありませんか、片思いだって」
「そうかい。そりゃあ野暮なことを聞いてしまったな。」

 退いた。
 一気に手を引くこの感じは、藤原さんが潮時を察したときの感じだ。私だけじゃない、博麗の巫女さんや霧雨さん、他の人の話もよく聞いてそれとなく相談に乗る藤原さんの、距離感。甘えてしまう。

「いえ」
「まあ呑みなよ。女将の店で私が言う科白じゃないがな。私持ちだ」
「ありがとうございます」

 そう言って、藤原さんは頬杖を突いたまま、私のコップに、温くなり始めた酒を注ぎ足した。責めるようで押してこない、ぶっきらぼうだけど気遣いを忘れない。藤原さんの不思議なところだった。心地良い。私の深い部分を探り当てて掘り返して、でも荒らさない。そしてそれを黙って認めてくれる。
 私はすすめられるままにコップ酒を呷る。私はそんなにお酒に強いわけじゃない。お店で出しはしているけど、仕事中はお客さんにすすめられてもそう沢山は呑まない。
 それでもなんだか、今日は、飲んでしまった。

「女将はさ」
「はい」
「なんで、こんな屋台、始めたんだい。昔からお祭りの出店で見かけてはいたけど、普段からこんなことするようになったって聞いたときは、驚いたよ。妖怪がすることじゃないしさ」

 こんな風に私のことを聞いてくる藤原さんは、初めてだった。
 多分、私が酔ってるから。無防備に、みえちゃうのかな。
 でも藤原さんなら、悪い心は持ってないって、知ってるから。吐き出してもいいかなと思ってしまう。
 ずるいひと。

「最初は、お祭りの出店が楽しかったっていうのは、あるんです。もともと人に何か振る舞うのが好きですし、歌も、料理も、そういうのとつながってて。でも、ずいぶん後になって、それが言い訳なんだって、気付いたんです。」

 藤原さんは、酒を飲む振りをしてほとんど口に含んでない。動かす箸にあても無く、何かが口へ運ばれることもない。視線はほとんどコップかおつまみに向いていて、時折こちらをちらりと見上げる。
 それは「きいてるよ」のポーズだった。私は、それに促されて先を続ける。

「いつ頃かなあ。いつも仲良く遊んでた他の三人が、実はすごい子達だって気付いて、気が引けちゃったんですかね。だんだん、離れちゃって。そうでなくっても、三人とも別の道を歩み始めてた時期だったし。そうやってみんなバラバラになってくの、寂しくて。」
「人間にも、あるなあ、そういうの。それに、人間ならあっという間に過ぎ去る時期だが、妖怪ならそうは行かないか。」

 人間でも、こういうことあるのか。
 あの狭い社会に肩を寄せ合って生きている人間でさえ、離れ離れになる悲しみがあるのだとするなら、あの歌はもしかしたら私が手直ししなくてもそれを歌った歌だったのかもしれない。勿論、そうではなかったのかもしれない。

「言い方は悪いですけど……死んじゃって分かれた方が、気が楽なことだってあると思うんです。生きていて、お互いに自我があって、選択する力があるのに、それでも離別してしまうというのは、私達の意識が離散を受け入れているって言うことになるじゃないですか。生死が分かつなら、不可抗力が、それ自体を言い訳にさせてくれますけど。」
「そういう、もんかな」
「私、こうして翼を持っていますけれど、チルノやルーミアに、会いに行って合わせる顔が無いです。みんな、すごくなっちゃって。私はこんなことをしていて。恥ずかしい」

 それに、彼にだって、顔を合わせられない。

「こんなこと、ねえ」

 少し、上を仰ぐように視線を泳がせる藤原さん。この小さな屋台を見回しているようだった。
 みんな、すごく大きな存在になって、誰もがそれを無視できなくなっている。
 対して私は、こんな小さな屋台で、今はこうして、たった一人の人と対峙するのが精一杯だった。若い頃は歌を歌ってライブなんかをすることもあったけれど、今はその元気も無い。さっきのように、陰鬱な歌を歌ってしまえば、かつてのように喜んでもらえることも無いだろう。

「私は、いいと思うけどな。そりゃもちろん、こいつらはすごいと思うけどさ」

 辺りを包む宵闇は、ルーミアの支配下だ。
 目の前で酒を冷やし、からんと音を立てる氷は、チルノの分身だ。
 夜の中で、晩春気が早くも時折現れて鳴き声をくれる虫達は、リグルの配下だった。
 私は、いつでも彼らに包まれている。だが、4人でいたあの頃とは、やはり違う。
 藤原さんは、そうした、闇と、氷と、虫をさして、しかし言葉を更につなげてきた。

「私は、女将が一番、凄い力を持ってると思う」

 その目は、嘘を言っていなかった。
 まっすぐ、私を見ている。

「そんなこと」
「歌ってのは、すごいもんだよ」
「……どうでしょう」
「それに、この屋台だってね。ま、夜の闇に怯えるわけでもなく、氷を殊更有り難がるでもなく、虫の鳴き声に風流を感じるより、こうして酒を呷ってる方が幸せっていう、だめな奴から見てのことかもしれないけどね」

 コップに残ってた酒を一気に飲み干して「やっぱ酒だねえ、さけ、はは」と茶化して更に継ぎ足す。
 そうして藤原さんがもう随分と飲んだ頃、向こうの方に何やらこちらに向かってくる人影。お客さんのようだった。








「やっほー、もこ。いっつも一人で来てるって、いい店なら連れてきなさいよ」

 やってきたのは、輝夜姫とその従者さん。タイミング、悪いなあ。こんな顔じゃ、接客できないよ。ぐでんぐでんに酔っ払っちゃってるし。さっき泣いて、お化粧も落ちちゃってるし。

「あ、いらっしゃいま」

 そういって迎えようとした私を、藤原さんは席に推し戻す。そのまま自分の腰を上げて、来た二人に向き合った。

「今日はもう店じまいらしい」
「え?そうなの?」
「すまないが」

 私の代わりに対応してくれているらしい。酩酊が申し訳なさを増幅させる。何やってるんだ、私。
 ぐったり潰れている私を、藤原さん越しに見た輝夜姫は、目を細めて口角を釣り上げる。

「あ。ははあ。そう言うこと。……永琳、帰るわよ」
「お邪魔そうですね。家に戻って、うどんげに何か用意させましょう」
「あっちでも私達、邪魔者かも」
「かもしれませんねえ、ちょっと、困りましたね」
「じゃあ、慧音センセんとこいこーよ」
「姫を邪魔者にしても?」
「私家なき子ぉ!?」

 私が酔って接客できそうにないのを見て、あっさりと踵を返す二人。だが、その振り返りざま、輝夜姫は藤原さんに顔を寄せて何事か呟いた。悲しいかな、私の耳はそれを聞き取ってしまう。私の耳に入る程度には、さほど隠すつもりもない声量だった。

「もこ。うまくやんなさいよ?ウチはお互い浮気OKなんだから。」
「う、うるさい、そんなんじゃないって」

 輝夜姫は、親指を中指と薬指の間に挟んだ妙な手の形を藤原さんに向けている。
 ふざけたような、輝夜姫の笑み。同じく何がそんなにおかしいのか、満足そうな八意さんの表情。ひらひらと揺れる手を見せながら、二人はもと来た道を帰っていった。
 意味が分からないやりとりは、さすが藤原さんと輝夜姫のそれだ。二人の間にある絆は、他の何者でも代替できない物だろう。
 そう思うと、胸の奥がちくりと痛んだ。なぜ?なんで私がそれを嫌だと思うんだろう。
 彼女達には、時の流れによる変化はないのだろうか。肉体的には停滞しているが、精神的に固まっているわけではない。まして藤原さんの精神は、人間のそれだ。それでも、もうああして百年以上あんな風に寄り添っていられるのは、何故だろう。私達と、何が違っていたのだろう。
 下らない。妬ましさにも近い。酔っているから、変なのだろうか。
 何であれ、もう店仕舞いであることに違いはなかった。動けない私に代わって、わかる範囲で後片付けというか、営業中である痕跡を仕舞い込んでくれる藤原さん。
 私の中の鬱屈した孤独感がその根を広げるに従って、私の胸の中に出来上がっていた炎症の火種が、同時に発作を起こそうとしている。
 いけない。そんなの、いけないのに。

「ごめんなさい、お手伝いさせてしまって」
「それはこっちの科白だ。折角の上客だったのに、追い返しちまった」
「私がこんな状態では、お仕事になりませんし。それに、閉店して、欲しかったかも。二人の方が、都合、いいですし」

 だめ。なのに。
 私、こんなに、尻の軽い、オンナ?

「そうだな。付き合わせて、飲ませすぎてしまったな。すまない」
「ちがいます、私」

 たった今、輝夜姫との繋がりを見せつけた人に、何を言おうとしている。
 止めなければ。飲み込まなければ。
 でも、藤原さんだってひどい。こんな枯れた女に優しくして、思わせぶりで、おうちに帰れば待っている人だっているのに。
 そうとわかっていても、寂しさが体中を蝕んでぼろぼろにもろくなっていた。自分の足で立っているのも辛くて、誰かに寄りかかりたかった。
 誰かを愛するだけじゃなくて、愛とは言わない、せめて、体温だけでも、欲しかった。
 からからに渇いて、凍てついて、ぽっきり折れて崩れそうで。
 言ってはいけない言葉を、私。

「私、藤原さんと、"もっと仲良く"なりたいです」
「はは、女将。仲良し、って年はもう、お互い終わっただろう。さっき自分で言ってたじゃ」

 藤原さんの隣に位置を移し、その手に、手を重ねる。藤原さんの手は、力仕事で皮膚が少し厚くなってる。無骨と言うほどではないけど、たくましい。
 悲しいな、水商売でかさかさの、私の手は。もっと綺麗なら、安っぽくとも、絵にはなるかもしれないのに。
 指の間に指を入れてそれをなぞるみたいに。

「お、女将?」
「私を、抱いて、ください」

 私の言葉を聞いて、藤原さんの動きが止まる。

「はは、何を言ってるんだ。冗談は」
「冗談なんかじゃ、ないです」

 藤原さんの目が、狼狽えて揺れた。
 私の押せば潰れる小さい心臓が、破裂しそうに跳ね回っていた。叶いやしないだろう甘ったれた願望。次にかけられる言葉を期待して、藤原さんを捕まえた視線を、離さないまま、その私を解放しようとした藤原さんにしなだれかかった。

「酔ってるんだな」
「ええ、酔ってます。酔ってるから、言える本音も、あります」

 私の気持ちは、藤原さんの言葉に溶かされて、カラダで燃やされたがっている。この人に、奪いつくされたい。
 もう縁がないと思っていた自分の「女」が、藤原さんを求めていた。好きな人を思い続けてしまう気持ちごと、燃やし尽くして欲しい。
 こんなに惚れっぽい女じゃなかったと思ってたのに。いや、今迄だってこういう風に、藤原さんに甘えたくて、ぐっと堪えていたことは何度もあった。でも今日は何故か、それができそうにない。
 止められない。
 相手がいる人だって、わかってるのに。

「女将」

 まっすぐに、見つめてくる。白い肌に切れ長の瞼の中、赤い瞳が私を射抜いたままその槍を抜いてもらえない。
 その目は、哀れみだろうか。私はきっと、哀れな女に映っているだろう。

「自分を安売りして、どうする」
「安売り、そうですね、ティッシュみたいに、使い捨てて欲しいです。藤原さんに、私」
「バカをいうな」

 藤原さんが、語気を荒げる。そんなに強く言わなくたって、バカなことを言ってることくらい、わかってる。

「女将、誰か、好きな人をつくれ。そしたらきっと」
「好きな人?だったら、貰ってください」

 好きな人は、あなたです。
 私はふらつく体を持ち上げ、藤原さんの方へもたれかかった。倒れそうになる私の腕を掴んで、藤原さんは支えてくれる。

「藤原さん。私、ほんきです」

 本気。そうだろうか。
 私はまだ、失恋相手から目を逸らせなくて、代わりのロザリオを誰かに、誰でもいいから誰かに、押しつけたいのかもしれない。
 いや、きっと、そうだ。
 藤原さんに、私は、ひどいことを言っている。礼を欠き、侮辱的な言葉を。
 でも、それでもよかった。
 藤原さんを、輝夜姫から引き剥がすつもりなんてない。私はただ、カラカラに渇き切ったこの体を、何かで潤わせたいだけなのだ。それが清水である必要なんてない。泥水でも、いい。水鳥ではない私の羽根は、水に濡れれば自由を失い、溺れて沈んで死んでしまう。そういう風に、私は、誰かに溺れたかった。

「ほんきなら」
「はい」
「こいつは、いらないはずだ」

 藤原さんは、屋台の奥に手を伸ばし、それを掴んで引き寄せた。








「ほんきなら、こいつは、燃やさせて貰う。」

 藤原さんが手に取ったのは、あの写真立てだった。
 私の過去の凝集、心のよりどころであると同時に、柵の元凶。今こうして屋台を出してお客さんとゆったりとした時間を楽しめるきっかけになったものでありながら、胸の中に晴れないでこびりつく寂寞と不安感の、源泉。
 藤原さんは、それを、焼くという。
 それが焼けてなくなることを、私は想像できない。
 今まで、それに縋って生きてきた。今いる私は、それを以って初めて証明できる。それが無ければ、私は空虚で証すことさえ出来ない、脆い細い薄い小さい存在に過ぎないのだから。

「安心しな、灰も残らない高温でやってやるから。女将の大切な思い出も、こいつと一緒に、灰と消える。」

 静かだ。でも、強くて、一言一言が心臓に刺さる。硝子、槍、炎で、白。熱くて、痛い、喉下に突きつけられた刃の冷たさ。
 その視線は、白い面を向けたままの写真立ての天板に向けられていた。

「いいな?」
「は……い」

 私がそう答えると、袴のポケットに左手をつっこみ、右手で写真立てを持ったまま、屋台から離れる。
 炎が何かに燃え移らないようにと川に少し足を入れたところで足を止め、写真立てを持った手に、火を灯した。
 音を立てるほど勢いのある炎は、藤原さんの売ってくれる炭なんか、比較にならないほど、熱そう。
 藤原さんは、その熱く燃え上がる炎を、ひどく冷たい目で、見ている。
 あの白い面を裏返した面には、彼が、いる。まだ一緒にバカ騒ぎをして遊び、笑いあい、時には一緒に泣いた彼と、私と、ほかの二人も一緒に映っている。
 胸が、締め付けられる。比喩じゃない。ぐうぅっと、ワイヤーで絡まれて、万力で押し潰される。鼓動も呼吸も、苦しく、早く、大きく、不規則。

「あ……あ……」

 炎はあっという間に木製のフレームに移った。
 あの写真は、今はもう二度と再現できない、あの頃の、唯一の思い出。私の、今でも私の、より所だった。
 辺が焼け、面が焦げ、熱に歪んだ表面のガラスが、ぴしり、と割れる。

「い、いや」

 フレームのガラスに、思い出に、私の、想いにヒビが、入って。
 私の、心臓に。
 ぴしり。
 私の、思い出に。
 ぴしり。
 私の、恋心に。
 ぴしり。
 私の、足下に。

 藤原さんが、しまいにしよう、と言って炎の出力を上げようとした。
 私は。

「いや!いやです!こわさないで!こわさないでください!!わたし、わたし!みんな……!」

 無様だった。
 私は藤原さんの持つ写真立てに駆け寄ってその手の中で炎に巻かれる思いの拠り所に手を伸ばして縋る。
 藤原さんに試され確かめられ答えたことを、私は外聞もなく翻して、燃えさかる炎に、火傷することも厭わずに手を伸ばしてしまう。

「だめ、だめ、だめ!!私、私、それがなかったら、生きていけない、死んでしまいます!おねがいです、おね、がい」

 藤原さんは、写真立てを川に落とした。
 私はそれを追いかけ、水中に落ちた燃えかけの写真立てをすくい上げる。
 フレームは炭化し、ガラスはヒビ入り、白い面を向けた写真はそのほとんどが黒く変色して焦げている。

「あ、あ、ああ、」

 写真立てとして用をなさぬほどになったそれの背面を開き、写真を取り出す。
 焦げて色を失った上に水に濡れた写真からは、映し出されていた映像のほとんどは消えてしまっている。真っ黒く焦げて見えるか見えないかになったルーミアの笑顔。半分だけになって誰だかわからなくなってしまったチルノの表情。燃え落ちて完全になくなっている、リグル。それなのに、ほとんど姿を残しているのは、私だった。

「いや、いやだよぉ。なくしたくないよぉ!忘れたくない、忘れて欲しくない、おいていかないで、私だけ、私だけぇっ!チルノ、ルーミアぁ、リグル!!」

 私はぼろぼろになった写真の水を服で拭うが、もう手遅れだった。その写真は、私達の思い出の証は、消えようとしている。
 泣きながら、その燃えて消え損なった残滓を、抱きしめる私。藤原さんは、そんな私を、その炎とは全く正反対の冷たい目で見ているに違いない。
 情けなかった。
 それが焼けてしまったこともそうだが、結局それを捨てることができずに手を伸ばしてしまった自分が、ただひたすら情けなかった。
 飛び立ちたいと歌った翼は、燃え滓を拾うために水に濡れ、飛び立つ力を失ってしまった。晩春の水はまだひどく冷たくて、ついた膝を切るように冷やす。水の冷たさも、夜の闇も、飛ぶ羽虫達も、みんな、みんな、私を嘲笑ってるみたいで、泣いても、泣いても、いくら吐き出しても、楽にならない。
 女将、と藤原さんが私を呼ぶが、振り返る勇気はなかった。何を言われても、痛い、辛い、消えてしまいたい。もし決意できなかった私を、本当に冷たい目で見ていたら、私はすぐにでも舌を噛み切って死んでしまうかもしれない。
 哀れな舌切り雀、滑稽だ。
 私は、崩れ落ちて動けなくなってしまった。







「女将、失礼」

 え、と声を上げる前に、私はひょいと持ち上げられて水から揚げられる。藤原さんに抱えられていた。

「あ、あの」

 おっきい。
 もちろん、女の人の体であることに違いはないし、力仕事も術でパンプアップしてから行っているのだから、がたいがいいわけでもない。ただ、それでも抱き上げられて感じたのは、広さ、だった。
 藤原さんは、何も言わずに私を椅子に座らせて手足と羽を拭いてくれる。拾い集めた枝で焚き火を起こして水で冷えた体を暖めてくれた。

「女将」
「は、はい」

 何を言われるだろう。不甲斐ないと笑われるだろうか。それ見たことか、私の本気などと、指を指すだろうか。
 だが、藤原さんは。

「すまなかった」

 私の前で頭を下げていた。
 藤原さんが謝るとすれば、写真立てを焼いたことただ一点についてだ。だがそれも、私がそうしていいと言ったから。
 むしろ、私の不甲斐なさを、笑うべきなのに。

「やめてください。何で藤原さんが謝るんですか。結局、私は踏み出す勇気を持てなかったんです。こんな翼も、飛ぶ力を持っていない。ずっと小さな存在で」
「踏み出す一歩も、羽ばたく翼も、何より本人の望みとともにでないと、意味なんてない。だのに私は、あんな風に試すような真似をしてしまった。大切な写真を、私は」

 藤原さんは、更にそこから体勢を落とし、土下座しようとしている。私はそれを止めて、一緒に膝を突いた。

「お願いです、やめて下さい。今、藤原さん甘やかされたら、私、本当にだめになってしまう。冷たい侮蔑の目で見てくれた方が、何倍も、気が楽です」
「女将……」

 私は、藤原さんに、濡れた写真を差し出す。藤原さんは、何事かと視線を行き来させていた。

「もう一度、チャンスを下さい」
「え」
「今度は、私が泣いても叫んでも、それを、完全に焼き尽くして、下さい。その、だ、抱いてもらうのは、別にして」

 ここで、私は踏み出さないといけない。今晒した惨状が、きっと私の本質だ。それでいいはずがない。でも、私一人の翼で、それを抜け出せる気はしなかった。

「私を、助けて、下さい」
「助ける?」
「これはもう、思い出なんて綺麗なものじゃないんです。亡霊です。過去の亡霊に、私じゃ、勝てないんです」

 こんなにぼろぼろになった後でさえ、これを、私は破り捨てることも出来ない。腫れ物みたいに扱ってしまう。
 それが大切なもののように感じられるのはきっと呪縛で、それは幻に違いなかった。

「甘えて、ばかりですね」
「そういうときも、あるさ。私だって、昔は随分、輝夜に甘えたもんだ。」
「そうは見えないですけど」
「今だって、あいつがいないと、生きていけない」
「そう、なんですか」

 胸が痛い。
 わかっていても、聞きたくない。

「ま、こう言っちゃ何だが、それは輝夜の方もそうだと思ってるけどね。お互い様だ。」
「いいですね、そういう関係って」
「まあ、悪くない。」

 藤原さんは、私から、写真を受け取った。写真立ても一緒に拾い上げる。

「女将が望むなら」

 もう、私は、ここにいていては、だめなんだ。だめになってしまう。いや、もうとっくに腐り始めてて、その病巣を焼き潰さないと、だめなんだ。

「お願いします」

 藤原さんはうなづいて立ち上がり、私にも立ち上がることを促した。私は肩を抱かれるように立ち上がり、藤原さんに導かれるまま、再び水辺へ足を運ぶ。

 まってて。

 小さく言って私を留め置いた藤原さんは、少し先の小石の敷き詰められた川辺に写真立てをおき、戻ってきた。そして、私の側で腰を下ろす。私も、手を引かれて同じように腰を下ろした。
 膝を抱えるみたいに座り込んだ私のその背中から、藤原さんは腕を回してゆったりと包んでくれる。
 私の鳥の羽が化けた耳の横くらいに藤原さんのヒトの耳があって、それがお互いに触れるとこそばゆくて、暖かかった。私を背中の羽ごと包む腕と胸も、ふわりと暖かい。体全部が、藤原さんに包まれているみたいで、すごく穏やかな気分になる。

「じゃあ、やるよ」

 耳元で、藤原さんの少し低い声が、囁いた。私は、うなづく。
 藤原さんは、私の肩に回した右手を伸ばして、少し向こう側にある写真立てを指さし、そして握るような動作をする。
 ぼっ、と炎が上がり、写真立てを包んだ。
 今度こそ、今度こそ、終わりにしなければ。
 赤く揺らめく炎は勢いを増し、ごうごうと、まるで鞴で空気を送った炎みたいに燃えさかっていく。ここまで熱気が流れてきて、この距離なのに頬と鼻の先がちりちり熱い。
 これは、火葬だ。
 死に損ないの思い出、終わることも出来ず腐ったまま同じところを歩き回り続ける生きた死体、私をここに縛り付ける粘り糸を引く腐肉。
 それらをちゃんと、殺すために、藤原さんに火葬してもらっているのだ。
 もう、あのころの思い出はいらない。無知で無邪気で無限だった若い日々はもう、失われたんだ。
 思い出を不要なものとは思わない。ただ、私はそれを病変させてしまって、殺して焼き潰すしか、なくなったのだ。
 私がもっとしっかりしていれば、年とともに歩むことが出来たかもしれない、大切な、思い出。

「う、ううう、あ、ああっ」

 声なのか叫びなのか嗚咽なのか、もはやわからない音がのどの奥から捻り出された。腐敗液を絞り出したみたいな汚い涙も溢れてきてる。
 炎をあげて(あの写真立て一つがあそこまでの炎をあげることは考えにくく、であるなら、それは藤原さんが熾している炎に違いない)燃える写真立てから目を逸らしたい。それを見ているのが、私のより所だったものが、灰と消えていく様を見ているのが辛い。

「目を、逸らさないで」

 見抜かれたみたいに声をかけられ、私は、はい、と答えた。答えたつもりだったけど、うまくいったかわからない。
 木製フレームも、中の写真も、炎に抱かれて形を失い、ガラスといくつかのネジも赤熱して変形する。

「あ、ああああああああっ!あーっ、あ、あ、あ、あああああっ……ぁ、ぁああ」

 譫言を繰り返しながら、ぶるぶる震えている私を、後ろからぎゅっと抱きしめてくれる藤原さん。回された腕に、私は掴み付いて爪を立て、白い肌に爪を深く突き刺してしまう。

「ちる、の、るーみあぁ……う、あ、ああっ、は、っぐ、あ、あ、ああ、あ、あ、、あああああああああ!」

 暴れだそうとする私を、抱き留めたまま縛り付ける藤原さんの腕。握りしめ、ひっかき、突き刺し、挙げ句の果てに、噛みついて牙を立てる。下半身もばたばたと暴れて、私は悪霊にでもとりつかれたみたい。
 私は、藤原さんの拘束を解いて、どうしたかったのかわからない。写真立てを消火して守りたかったのだろうか。いや、それよりかは、写真立てが炎に巻かれて燃え上がるその熱さが、過去の亡霊を焼き尽くすのと同時に、まるでその炎は私を焼き尽くそうとしているように思えたのだ。
 熱い。痛い。辛い。やめて。やめて、やめて!
 悪霊が浄化される瞬間は、さもありなん。
 救いに向けた道程は、これほどに痛くて、苦しい。

「女将……ミスティア、しっかりしろ!閉息した自分を、打破したいんだろ!?」

 へいそく。
 うすぐらくとじられて、ぐるぐるおなじまいにち。
 あけることのないよる。
 おいつづけてくる、かこ。
 みらいはいきどまりで、かんじょうの、おり。

「見返したいんだろ、あいつらを。」

 見返したい。
 私だってまだ、みんなと同じくらい、頑張れるって。
 私はここにいるって、見せつけたい。

「今も生きてるミスティア・ローレライの姿を、知らせて、気づいてほしいんだろ、あいつに、」
「いわないで!」

 藤原さんが、その名前を言おうとしたとき、私の自我は急にぐらりと立ち直り、苦しみと痛みに叫びをあげる体と、そして心がばりばりと裂けて割れて出血を伴おうと、それをも弾く凛然とした刃物みたいに冴え渡った。

「その名前は、呼ばないでください。私は、もう、もう、彼のことは……!」

 藤原さんは、私の様子を認めた上で、火力を一気に上げる。
 私が自我を取り戻した瞬間に、一気に爆発にさえみる高温で、ガラスやネジをも一気に気化させてしまう。不思議なことに周囲の石や砂、水にはほとんど影響しなかったが、余熱が湯気を上げ岩を割り、熱風を私に吹き付ける。

「――            ――!!!!!!!!!!」

 私は、叫んだ。のどが張り裂け、横隔膜が突き破れて、顎が砕けてしまおうとも構わないと、全霊を込めて、その名前を叫んだ。
 腹の底から声を出したのは、何年ぶりだっただろう。
 藤原さんの炎で蒸発し辺りにくすぶっていた思い出と灰を、私は叫び声で吹き飛ばした。
 水面が波紋を刻み、無風だったはずの夜に抜ける波は木の葉を踊らせる。びりびりと振動にも近い波動が炎の熱気を同心円状にまき散らす。
 それらが周囲を抜け広がり消えたかと思うと、写真立てはきれいさっぱりなくなっていた。

「はっ、はぁっ」

 肩を上下させる私の側で、藤原さんは私をのぞき込んでいた。

「わ、わたし」

 藤原さんの腕はまだ私を強く抱き留めたままで、私はそれが急に気恥ずかしくなって抜け出そうともがく。

「あの、もう、平気ですから、その、あんまりこんなに強く抱かれていたら、私、勘違い……してしまいます」

 が、藤原さんの口から漏れた言葉は、別のことだった。

「すまん女将、女将がなにをしゃべっているのか、聞こえない、ちょっと待ってくれ」
「あっ」

 今の私の絶叫を、耳元で受けてしまったのだ。きっと、鼓膜が破けているのだった。藤原さんは両手で耳を押さえて、掌で耳を強く押すような仕草をする。そうして局所リザレクションを施し終えたところで、藤原さんは私の前にたった。私がずたずたに傷つけてしまった腕も、再生し終えている。

「平気?」
「はい」

 何か大きく変わったということなどなかった。
 相変わらず夜風は少し冷たくて、闇もしんと深くて、再び飛び始めた虫も私を無慈悲に包み込んでくる。胸の奥にわだかまるどろりとした不安感は拭えてなんかいなくて、息を吸えば泡立ち、吐けば粘って絡みつく。写真立てを焼いたところで、何一つだって、変わっていなかった。
 亡霊は、まさに私の中にいる。今も続く陰鬱とした不安感も、写真立てが焼かれている間私が焼かれるようだったのも、私自身が亡霊の飼い主だったことの証拠だ。
 藤原さんに任せて手放しになっていた自分が再び情けなくなる。
 いったい、何に期待していたのだろう。
 私はぽっかりと明いたような空に向かって顔をあげて、零れそうになるものを堪える。
 結局、私は、変われないのか。いや、変わろうとすることを、自分の力でなそうと思う強ささえ持てていなかったのか。

「ごめんなさい、私、やっぱり」
「違うだろ」

 えっ。
 どういうことだろうか。

「もう、女将を縛るものは無い。女将を縛る妄念は、女将の外に居場所を失ったんだ。だから今は、その中に、いるんだろう?」

 亡霊は、私の中へ

「逃げ込んできた?」
「そう思えるかどうかが、スタートラインに立てるかどうかじゃないのかい」

 だったら、言うせりふは、それじゃないだろう。そう言い捨てて、袴のポケットに手を突っ込んだまま、屋台のほうへ戻る藤原さん。

「ああ、準備も無くいい火力つかっちまったから、燃料が足らない。女将、酒がなくなっちまったよ。次のボトルを入れてくれ」

 椅子に腰を落として、空になったコップの縁をもってぷらぷらと振っている。

「――はい、よろこんで」







「落ち着いたかい?」
「はい」

 どうしろとか、どうだっただろうとか、どうすべきだとか、そういうことを、もう一言も言ってくれない。
 でも愛想を尽かされたのではないと、分かっていた。これが、藤原さんの距離感だもの。
 私は、ラベルの無いお酒を取り出して、藤原さんのコップに注ぐ。藤原さんは黙って私のコップを指差すので、私も、もう少しだけ。

「私もさ、永遠ってヤツを手にして、時間を持て余したもんだ。それは憎しみが原因で、皮肉にも憎むべき相手と永遠に一緒にやってくことになった。」

 やはり同じように、視線をコップの底に落としたまま、言葉をくれる。

「輝夜姫のこと、ですよね」

 無言で酒に口を付けて肯定する藤原さん。

「死別した方がましだと女将は言ったが、あれは、その通りだよ。憎しみを抱えながら永遠を生きられるほど、私は強くはなかった。あいつを殺せないなら、私が死んだ方が、ましだと思った。だけど、そいつは甘えだ。」
「甘え」
「ああ。一緒にいることも、別れることも、それを何か別の、抗えないもののせいにした方が、私達有情の者は、楽だと思うんだろうね。」

 私は、離別を死別と比較した。
 藤原さんは、共存を死別と比較した。
 同じだった。

「でも、輝夜はさ、それを受け止めてくれたんだ。どこで赦したんだか、いや、赦してなんかいないんだ。ただ、あいつを愛おしいと思う気持ちが、もっと大きくなっただけで。死のせいにできない苦しみを、輝夜は全部抱きとめてくれた。私も、あいつに対してそれをしてやれると思ってる。」
「羨ましい、です」
「そう、おもうかい?」
「えっ」

 私だって、変わりたい。
 そう願って、それを望むから、この憂患が。

「変わり続けることは、必要だ。女将に流れる時間も、永遠ほどでないにしろ、永いことに変わりは無い。長い時間とは、たといそれが永遠だろうとも、停滞ではない。永遠は行き止まりじゃない。模索し続け、永遠によくなり続ける希望だ。少なくとも、私はそう思ってる。」
「素敵ですね。私も、そう思えるようになりたいです。」
「だから」

 藤原さんが、顔を上げる。

「私を羨ましいと思うのなら、変わって見せてくれよ。私の信念が、私以外の存在を救うことが出来るって、私に教えてくれよ。」

 輝夜は意地っ張りだからな。私にそういうところはぜんぜん見せてくれないよ。
 苦笑いしながら、もう一杯呷る藤原さん。
 そういう二人の関係、かっこいいなって、思った。
 だから。

「藤原さん、あの」
「うん?」

 ちょっとだけ、さっきとはちょっとだけ、違うこころもちで、私はそれを口にした。

「やっぱり、抱いてください」

 妙に、明るい声が、出た。








「溺れるためじゃなくて新しく羽ばたくために、少しだけ、私に、げ、元気をください」
「お、女将、だが」
「自信が、あったら、きっと違うって、思うんです」

 安っぽいな。
 でも、何か、発破をかける爆薬が、やっぱり欲しかった。
 藤原さんに深入りするつもりは、もうない。ただ、女としての自信が、欲しかったのかもしれない。

「安売りとかじゃなくて、その、純粋に"して欲しい"っていうのは、ダメですか?私みたいな、くすぶった女じゃ」

 隣に腰を下ろして、私に変わるきっかけをくれた人を、見る。
 もう何度も見てきた顔。端正だと思っていた顔立ちは、いつもよりもことさら綺麗に見える。力強い手、さっき抱いてくれた腕、もう一度、欲しい。首のラインにも、すらりと流れる鎖骨の凹凸にも、触れてみたい。力仕事で少し硬そうな肩、ブラウスの下に隠れているだろう引き締まった体、想像するだけで。

「私じゃなくても」
「藤原さんが、いいです」

 発情してる。
 自分の口から漏れる吐息が、皮膚よりも熱くなっている。

「面倒は、言いません。それとも、私では、魅力ないですか?」
「い、いや、女将は、すごく、魅力的だ。こんな風に迫られたら男は、黙っちゃ、い、いないだろう」
「男の人なんて、他の人なんて、今はどうでもいいんです。藤原さん、私は」

 肩を寄せて、体重を少しだけ、藤原さんに預ける。
 藤原さんの肩の辺りに頭を乗せて、下から、藤原さんの綺麗で整った顔を見上げる。

「お、女将、だから」

 手を、藤原さんの太腿に乗せて、ゆっくり撫でる。

「自分でも、驚いてるんです。私って、こんなにインランだったんだって。今、私、すごく、どきどきしてます。藤原さんの体温を感じて、おなかの底がじんじん、熱くなってます」

 藤原さんが目を逸らして、黙り込んでしまう。
 太腿に置いた手を、もう少しだけ内側に。もう少しだけ、付け根のほうに。
 自分の胸を藤原さんの腕に擦り付けて、ゆっくりとしなを付けた動きで、無言のおねだりを繰り返す。
 そして、ストレートに言葉にも出した。

「セックス、してください」

 私がそういうと、藤原さんは私の腕を掴んで。

「歯止め、利かなくなるぞ。」
「は、い」
「いいんだな?」

 なんで、そこで聞くの?そこまでしておいて、私をこんなにしておいて、答えを求めるなんてずるい。
 拒否の余地なんかくれなくていい。聞かずに、問答無用で、強引に奪って欲しかった。私の中にはまだ、彼への想いが残っている。好きだ、今でも。自慰の時、彼を思って慰める日も少なくない。でも、それを押し流して欲しい。どのみち叶わぬ寂しい片思いを、見えなくなるくらいに塗り潰して欲しい。
 明日に向かって飛び立つ、ほんの小さな、背中を押してくれる力が欲しい。

「きかないで、ください」

 私は、こうして誰かに、私自身を奪わせるつもりで、あんなことを始めたんだろうか。自分の手で自分の想いに止めを刺せないから、他人に、藤原さんにそれをさせようなんて。私は嫌な女だろうか。
 そうしてそのまま藤原さんに抱きつこうとした瞬間、私の天地は逆転した。

「きゃっ」

 気が付けば私は、長椅子に仰向けに横たえられて、あまつさえ手首を掴まれていた。

「貞淑なひとかと思っていたけど。女将は、ずるいひとだね。」
「……幻滅、しましたか?」
「いいや、むしろいっそう魅力的だよ。このまま私が止まれなくて、それを誰かに見咎められてスキャンダルになっても、全部、女将のせいだ。」

 なん、だろう。この目で見られると、私は、服を着ているはずなのに、全裸にされたみたいになる。丸裸で、抵抗は無意味。恥ずかしいのに、高まる。
 藤原さんの言葉には、いちいち私を焦げ付かせる火の粉がつきまとっていた。
 優しくされても溶け、意地悪を言われても焦げ、私はどうされても悦んでしまうだろう。

「はい。私、藤原さんで、ヤケド、したいです。」
「ヤケドするのは、女将だけじゃないんだぞ。私だって、熱い思いはするんだから」

 そういって、藤原さんは左手で私の手首を両方とも束ねて頭の上に持ってくる。それは押さえつけると言うほど強くなく、促すような動き。私はそれに従って両手をあげ、少しだけ背を反らして藤原さんに向けて少し胸を突き出すような姿勢で、その姿を見る。

「こんなに、扇情的な体をしてたんだな」

 椅子に横たわってバンザイをし、胸を反らせた姿勢では、割烹着で隠れてしまっていた、私の恥ずかしいからだのラインが、浮き出るように藤原さんの前に晒されてしまう。

「そん、な」
「淫乱なのは、ほんとみたいだね」

 藤原さんは右手を滑らせるように、私の服の下へ潜り込ませてきた。お酒の入った藤原さんの体は熱くて、服ごしに寄り添うだけでも、藤原さんを感じてしまって胸が苦しい。

「あれは、その、方便で」

 藤原さんを誘うために言った出任せだ。でも、熱くなっていくからだ、藤原さんにこびてしまうのも、私が淫乱である証のようにも思えた。

「いつもの割烹着と控えめな物腰を、一枚剥いたら、こんなにも淫らな女だったなんてな。」

 淫ら。そういわれて、私はなぜか、うれしかった。もっと言ってほしい。
 藤原さんの顔は不敵に笑う小悪魔のようで、私を丸飲みにする気らしかった。
 私の手を押さえていた左手が離れ、私の両手は自由になったが、私はされるまま両手をあげておく。従順に言うことを聞く私に満足そうな藤原さんは、左手の指を私の口元へ運び、唇を押す。
 舐めろ、ってことだろうか。
 私が口を開けてその指先をちろりと舐めると、ゆっくりと指が入り込んでくる。舌で舐め続けると、それに導かれるみたいに奥へ入ってくる。

「ちゅっ、れろ、ん、ふひわらは」

 もう片方の手は服の下を這い、胸の膨らみを包んでくる。

「もっとラインが出る服を着ればいいのに。こんないやらしい胸、男が大喜びだ」
「藤原さんは」
「うん?」
「藤原さんは、私のいやらしいからだ、どう思いますか」

 指を舐めている口からそれを抜いて、口を半開きにして浮かされたみたいな私の顔を一別してから。

「最高だよ。卑怯なくらい、魅力的だ。」

 そういって、口づけてくる。
 口づけられる直前に漏れた声が、自分でも信じられないほどに、淫らで汚らわしかった。その言葉がいい終えられぬうちに、私は藤原さんの唇を欲しがるみたいに体を、頭を寄せる。
 重なると熱くて、その熱がもっと欲しくて、
私は舌を割って、口の中へ入り込む。熱い。

「んっ、ぁむ、ちゅっ」
「ふ、ぁあ、んじわら、さ……」

 唾液を啜りあい、舌を絡め合って、唇を溶かす。

「女将、綺麗だ。」
「……輝夜さんより?」

 私の言葉に、一瞬戸惑う藤原さん。でも、すぐに。

「ごめん、輝夜の方が」

 少し、ばつが悪そう。でも、私はその言葉を、待っていた。
 私は、藤原さんに抱きついて、腕を強く、強く、絡める。

「よかった。これで、心おきなく、藤原さんに抱いてもらえます。」
「……本当に、淫乱な人だ」

 そういって、もう一度、キス。
 しつこいくらいに口づけを繰り返す。だって藤原さんのキスって、本当に、溶けてしまいそう。気持ちいい。
 藤原さんは私を抱き上げて、抱き上げたまま椅子に腰を下ろす。私を膝の上に載せて背中から私を抱いた。
 翼の付け根に当たる藤原さんの背中。首筋に、吹付くみたいにキスされて、私は上を見るように咽を伸ばして、あ、んっ、と求められる快感を声にする。
 背中から服の下を潜って胸をもみしだく藤原さんの手。乳房全体をゆったり包む動きから、円を描くように徐々に頂点へ迫ってくる。先端は触れられる快感を待ちわびていつの間にか堅くしこり始めていた。

「女将」
「藤原、さんっ」

 いよいよ乳首へ至った藤原さんの手。ぴりぴり強い刺激が、両方の胸に走る。

「は、あんっ」
「本当に、えっちな体だ。それとも誰かに開発された?」
「そんなこと」
「じゃあ、自分でしてるんだ?」

 私は、小さく頷いた。

「自慰くらい、私だって、します」
「こんなエロい体だ、一人の夜は持て余すんだろ」
「そんなんじゃ、ない、です」

 そんなん、だった。
 でもそれは、純粋な発情とは、違うかもしれない。
 毎日、陰鬱とした暗い気分にとらわれて、私は、自慰に耽るときだけが、それを吹き飛ばせる時間になっていた。ここ何十年も、私は、毎日、それも何度も、自慰に没頭していた。
 それを、見抜かれて、私は恥ずかしくて消えてしまいたくなる。

「無為の時間を余りに持て余すと、意識は間違いなく内面に向くもんだ。オナニー依存は、長い時間を抱えた者の先天病みたいなもんさ。女将みたいないい女がそうやって、色気を鋭くしてくんだ。見ているこっちは、その色香に当てられもする」

 そういって、右手だけを胸からはなし、それは、おなかを通って私の中心へ向かう。
 触れられる期待だけで、おなかの底がじゅっと熱く燃え上がって、とうに柔らかく解れた肉を、さらに加熱させて蜜を垂らした。

「そ、こ」
「下着の上からわかるくらいだ。すごいね?」

 藤原さんの手は、胸の時はいきなりブラの下に入り込んできたのに、今度はぱんつのうえから、指先で上下に撫でるみたいなこそばゆい刺激しかくれない。

「はっ、あ、ぁ、藤原、さ」

 指がくれる刺激が欲しくて、私は腰をくねらせ、藤原さんの膝の上で淫らなダンスをしてしまう。

「そんなに腰を振って、女将は本当にいやらしいオンナだ。そんなに、触って欲しいんだ?」

 体中が沸騰するみたいに熱くなって、その熱は全部藤原さんの方に向けて発散していた。
 胸を触られる快感の倍率もぐんぐん上がって、ぎゅう、と握りつぶされるように乳房全体を刺激されると、子宮を絞られるみたいに快感に身を捩ってしまう。
 だから、そこに、一番熱くなってる、ココに、もっと強く、欲しい。

「触って、触ってください、私の、ここ、やらしくなってる、ここをっ」

 いいよ。
 藤原さんが、耳元で低く囁いた。
 指が、布越しに強く割れ目の筋をなぞり、滑りを絡めたその指を、布地ごと押し込むみたいに強く、触ってくれた。

「っ!あ、も、もっと、してくださいっ!指、藤原さんのゆび、もっとくださいっ!」

 指を淫肉にこすりつけられる度、腰が勝手に震え、四肢がはねてしまう。藤原さんの上で、淫らなダンスを続けてしまう私は、でも藤原さんに抱かれている喜びに打ち振るえて、劣情の炎をもっと強くしてしまう。

「これも、好き?」

 布越しとはいえ、その刺激は強烈だった。

「~~~っ!」

 クリトリスはとうに堅く勃起して、布の上を行き来する指を物欲しげに待っていた。やっと触れてもらえた淫核は、わずかな刺激にを強烈な快感に変換して、体中へ愉悦をぶちまけてくれる。

「あっ、そこ、クリっ……!ん、んうぅっ!っひ、すご、い!」

 爆ぜる性感。瞬く間に突き上げられて、私はオーガズム手前に押しやられてしまう。

「はっ、はあっん!藤原さんっ、さわっ、直に、ぱんつのうえからじゃなくて、ほんとにさわっ……あ、あん、あっ……あぁああっ!!」

 私がおねだりすると、藤原さんはすぐに手をショーツの中に潜り込ませて、陰毛をかき分け、ぐずぐずになった淫裂を撫でる。そして、愛液をたっぷり掬って、その、一番ヨワい快感芽に塗りつけてきた。

「あっ、ふ、もっと、もっと、つよくぅっ!強く、クリ、いぢめて、ふぁぁあぁっ!んあ!すご、いっ、きもち、いいですっ!!」
「スゴいな。エロすぎるよ、女将。今の女将を、いつものみにきてる男性客に見せたら、どうなるかな。間違いなく毎日帰ってからチンコキするな。女将、客からズリネタにされて、いやらしい目で見られながら、でも清楚ぶってお客さんの相手を続けるんだ。心の中ではめちゃくちゃに犯してる男性客に、清純な愛想を売る気分は、どうだい?ん?」
「最低、私、最低っ!ズリネタオナペットにされてるのに、純真ぶって笑顔で接客してる私、ほんとうバカっ!でも、でもでもさいこうですっ!みんなに愛されて、私のお店で一杯ひっかけて帰った後、一発私でヌいてからお休みなんて、私、オンナ冥利に尽きますっ」

 最低の言葉をはき散らしながら、快感をどんどん膨らませていく。
 藤原さんの手マンはどんどん激しくなって、クリトリスをいじる親指と別に、人差し指と中指はラヴィアをかき分けて奥へ入り込んできていた。
 ぐちゅぐちゅと淫らな水音を立てる膣穴。熱を持って藤原さんの指を締め付けてしまう。奥へ奥へと肉を飲み込む動きで藤原さんの指を愛撫する膣肉は、止めどなく愛液を垂らして悦んだ。
 指が二本別々に動いて肉襞をこすりあげると、下半身は燃えるように熱くなって腰が揺らめいてもっとホジられることを望んでしまう。

「女将のここ、すごく締め付けてくるよ。私の指を男のものだと思いこんで、どんどん飲み込んでく」
「あっ、ん、私のここ、インラン過ぎて、おちんちん欲しがってるっ、藤原さん女の人なのに、私、完全に発情して、おちんぽ欲しがっちゃってますぅっ!」
「女将のクリトリスのほうが、よっぽど男のチンポみたいになってるよ?えっちな女将は、本当に欲張りだなあ」

 藤原さんは、私を煽って攻める言葉をまくし立てる。同時に、陰部と胸、そして、首筋や耳への口での愛撫も続ける。陰部以外にも、太腿やわき腹を優しく撫でたり、時には甘噛みをくれたり、所在なげに撃ち投げられている私の手をとって、指同士を絡めて手を握ったりしてくれる。
 何をされても快感が振り切れて、背筋を往復する電流が子宮と脳髄を連動させる。藤原さんの手、言葉、体温、全部が私を昂ぶらせて、堕としていく。

「ふじ、わらさんっ、私、わたっ、も、う」
「いいよ、女将。気を遣って。見ててあげるから」

 見られて、私、藤原さんに、イクところ、見られてしまう。一番恥ずかしいところを、見られてしまう。見られたがっている。
 肌が粟立つ。オーガズムを求める体中の快感受容器が、感度最大で藤原さんを感じようとしている。
 膣も、乳房も、耳も、すべてがキモチイイ色に染まって、まるでペンキを頭から被ったみたいに、それだけに染まってどろどろに沈んでいく。
 沸騰する。側頭部にフラッシュがちりばめられて、落ちるみたいな吹き飛ばされるみたいな、まるで空中で羽ばたくのをやめて自由落下してるときみたいな、浮遊感と高速感、落下。

「ふじ……わ、もっと、ぎゅって」
「女将、可愛い。可愛いよ」

 イきかけの、絞り出すような声で、最後のお願いをすると、藤原さんはぎゅっと後ろから抱きしめてくれた。羽、じゃまくさい。服も、肌も、じゃまくさい。せっかく藤原さんがこんなに強く抱いてくれて、体温を感じられて、こんな風に私のいやらしいところを探ってイかせてくれるっていうのに。
 耳元で囁かれる、可愛いという言葉。お客さんから言われることはあっても、こんな風に、熱く、甘ったるく、求めるように言われることなんてなくて、それだけでもう、快感と幸福感がない交ぜになったものを私の中に流し込んでくる。
 そんな風に内面からとろかされてる最中に、藤原さんの愛撫がいよいよ激しくなっていく。
 もう絶頂手前で踏みとどまっていた私は、崖から突き落とされるみたいに、快感のふちに身を投げた。

「藤原さん、藤原さん、もっ、わたし、きもちいの、とまら、な」
「イっちゃえ」

 トドメといわんばかりに、淫核を責めて来る。
 摘んだり、押し込んだり、円を書くように撫でたり。ぬるぬるになってるのは私の愛液のぬめりで、そう思うと感触だけではなく、背徳感にも近い快感が突き抜けて、私を殺しにかかってくる。

「ふじわ、っ、あ、あぁあっん!クリ、くりばっかり、だ、みぇ、だめ、だめだめ!イク、イク、イクイク、イっちゃいます……!あ、あああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 私は藤原さんの膝の上で、背を逸らせて痙攣する。オーガズムの波が私の体を強く打ち付けて、その度に、股間からいやらしい飛沫を吹き散らしてしまう。

「お、あっ……ん、ふっぅんっ、っ、っつ…ぁ」

 しばらく体が動かない強すぎるアクメにさらされて、ようやく落ち着く頃には、幸福感と疲労感に抱かれて泥の中をたゆたうみたいに、藤原さんの胸の中に沈んだ。
 私、一人で、イってしまった。藤原さんは、ぜんぜんなのに、私一人で。

「ふじわら、さん、ごめんなさい、私、一人で」
「いいんだ。最初から、そのつもりだった。女将が気持ちよかったなら、それでいい」

 そういって、藤原さんはもう一度キスをくれた。
 藤原さんにも気持ちよくなってもらおうと思って、首から胸元にキスを啄ばみ、手で体を愛撫しようとしたけど、藤原さんは私の体を持ち上げて横に座りなおさせる。
 スカートの中の後始末をしてくれて、私は少しだけ惨めになったけど、後始末を終えて顔を上げた藤原さんの顔が、すごく恥ずかしそうに、でもうれしそうに、まぶしい笑顔だったから、私はなんだかとてもうれしくなってしまって、もう一回キスをおねだりして、それ以上はしなかった。

「藤原さん」
「なんだい?」

 胸の辺りに、おでこをぎゅって押し当てて、手を繋いで指同士を絡めて、顔を合わせずに言う。

「ありがとうございました。私、きっと、がんばれます。」








 藤原さんから呼び出された。
 もう、お互いあの夜のことを引きずることはないが、それでも呼び出すというのは、何事だろうか。
 場所は博麗神社の神楽殿。こんなところで、いったい、何の用だろう。
 初夏にもなれば、夜はややも騒々しい。
 これから夏に向けて、眠らない夜がその姿を大きくしていく。私はそれを、やはり少し、陰鬱と感じてしまった。
 神楽殿を前にそれを見上げていると、急に後ろから、巨大な妖気が逆巻いた。

「!?」

 私は、何事かと身構えて振り返る。

「こんばんは。セッションは、何十年ぶりかしら。百年くらい経っちゃったかしら?あなたと演ったのって、一度だけだったけど。」

 振り向いたところには、赤を基調にしたチェック柄の衣装をまとい、日傘を差した優雅な女性。

「えっ、風見、さん?」

 目に入ったその人は、まごうことなき大妖怪、風見幽香その人だった。手には、エレキベースが入っているだろうケース抱えられていて、しまった、ピックを忘れてきたわ、などと言って、ひまわりを生やしてその花びらを何枚か毟って懐に入れていた。
 覚えてる。風見さんは、ひまわりの花びらを、ベースのピックにしていた。

「ひゃほー、久しぶり。とりあえずさっさとセトリを貰おっか。シンセはセッティング命だって、言ったでしょ?あの頃からまた"忘れられた音"が次々増えてるからねー。音、超飾るぜぇ?」
「今のあなた、鬱々としてて、私の音にぴったりの声を出してくれそう。ふふ。」
「こら姉さん。そういう趣旨じゃないでしょ?まあ、暗い曲もいいけど、昔みたいな躁騒しい曲も、セトリに混ぜてよ?でないと、私の出番が無いわ。」

 また別の方から現れたのは、プリズムリバー三姉妹。若い頃に、よくセッションをしていた仲間だ。会うの自体、何十年ぶりだろうか。
 そして。

「女将、そういうわけでさ」

 藤原さん。抱えてる楽器は、エレキギターだった。

「あの、これ、って」
「ちょいとディーヴァを頼まれてくれないか。」

 そういうわけも何も、何一つ聞かされていない。
 きょろきょろとみんなを見回して前後不覚に陥っている私に、藤原さんが言葉を付け足す。

「舞台は、博麗神社琴歌神宴。博麗の巫女からの、正式な出演依頼だ。いきなりで申し訳ないが、いっぺん合わせてみようって話でな。」

 その横から顔を出すように、リリカ。

「今回はなんと、風見姐ぇの計らいにより、あのさn……っ痛ぁ!?」
「余計を言わない。あと"姐"って、何かしら?」

 頭にげんこつが落ちて、うずくまった。
 笑う皆。ああ、この感じ。懐かしいな。

「勝手知ったる最高のバックバンドだろ?ついでに私も混ぜてくれよ。」
「こいつ、人間のくせに私を呼びつけるなんて、殺してやろうと思ったのだけど。手強い上に死んでもすぐ復活するって、厄介だわ」

 さすがの女王に首を縦に振らせるにゃ、何回死んだかわからんぜ。と、苦笑いしてる藤原さん。毒づく風見さんも、でも、どこか愉快そうだ。

「久しぶりだからチューニング狂ってないかな」
「ほら、ミスティア、のど、衰えてないでしょうね。トランペットに負けてもらっちゃ、困るわ」
「風見姐ェのデスボ、期待してるよぉ?ミスティアのシャウトと合わせたら、ブッ壊れてて最高なんだか……ったぁ!何でいちいち殴るの!?」
「ドラムでも始めようかと思って。」
「はあ!?」

 懐かしい。
 みんなでごちゃごちゃと、細かいことなんか気にしない感じ。楽しければ、でっかくハジケればそれでいいって、感じ。
 でも、ただ懐かしく昔を懐かしむ感覚だけでは、なかった。もっと何か、新しく、前に進めるような、そんな気がする。
 その少し遅れたように現れたのは、輝夜姫だった。私はその姿を認めて、息をのむ。心拍数が上がり、思考が高速回転し始めた。

「ひゅー、そろってるじゃない?」
「おう、プロデューサーが直々見学か」
「ちゃんとPA(うどんげ)もつれてきたわよ。」

 私、こないだ藤原さんと……。謝らないと。二度としないって、藤原さんは悪くないって、言わないと。

「Vo高め、Viはお姉さん系か。Daはちょっと凹んでるけど、調整次第でしょ。何より、話題性があるし、"伝説"の臭いがするわ。ね、年増アイドル」
「え、は、はい」
「女将、今のは返事をしなくていいぞ。」

 輝夜姫が私の前にたつ。詰問されるだろう。責められるだろう。ああ、でも、甘ったれていた私が悪いのだから、と恐る恐るその方を見ると、輝夜姫は悪戯じみた顔で私の顔をのぞき込んできていた。

「私のコレをたぶらかしたんだから、いっとういい神楽(ライブ)にしなかったら、承知しないわよ。」
「えっ、あの」

 輝夜姫は、藤原さんに向けて「たしかに、同じね、私達と。あのころのもこと、おんなじ顔してる」と付け足して少し離れた、私達全員を見渡せるところへ下がる。
 先の風見さんの言葉から察するに、これを集めたのは藤原さんのようだった。さっき言っていた、博麗神社の神楽としてこのメンバーでライブを演る手筈は、まさかの輝夜姫。

「さあ、さっさといっぺん見せてちょうだい?」
「割烹着シャウト、新しいね」
「さすがに着替えるでしょう。服装にもTPOってものがあるわ。これだからただやかましいポルターガイストは」
「いやいや、赤黒チェックのふりふりドレスでベース抱えてデスかます奴だっていないでしょ」

 てきぱきとセッティングを始める各員。だが、私はまだ、現状に取り残されていた。また、取り残される。
 そう思って焦っていたとき、藤原さんが、寄ってきた。

「さあ、またあのころの、"絶唱のローラ"を、見せてくれよ。」

 随分昔に、周りに茶化されて付けられたあだ名だった。でも、今はそれも気持ちいいかもしれない。
 舞台を見ると、私達はやれるよと、あんたはどうするのだと、みんなが私に手を差し伸べてる。

「みなさん……」
「女将。いや、"ローレライ"ミスティア。後はあンたが、踏み出すだけだ。」

 そう、か。今からでも、遅くないかな。いや、今だから、まただから、いいのかも。
 私の歌声があの三人に届けば、あの頃とは違う形で、また会えるかも知れない。
 私は、みんなの手を取って、立ち上がった。

「……じゃあ私、新ローレライ伝説、つくっちゃいます!私だって、あの子達に、負けたくないですから!」

 おもしろくなってきた、ひゅー、そうこなくちゃね、バカがまた一人増えた、とみんなが、跳ねる。
 頬が弛んで口がむずむずと言葉を急いた。
 やだ、私、まだこんなに。
 おなかの底から声を上げたい、というよりも、脳味噌と口が伝声管でつながったみたい。ふたを閉めててももう、漏れちゃいそうだった。この間、川辺で絶叫したときの熱が、冷め切ってないみたいだった。
 いよいよ我慢できずに、私は大声で叫んでしまう。

「Hey, mf'er!へこへこママに腰振ってる暇があったら、そのギンギン感度のマイク貸してみろ!こっち来てスピードキメて寄った目で、思っきり頭振ってトんじまえよ!てめえらクソjunkieにぴったりのDamn Songで、ユルんだケツ穴突きまくってやるぜ!yyyyyyyyyeeeeeeeeeeeeeeah!!」

 ああ、きもちいい!
 いつか、あの日藤原さんの前で歌った歌も、リメイクしよう。
 今の私の気分みたいに、今の私の羽ばたきみたいに、やり直すんだ。

この記事へのコメント

Re:【ミスティア_妹紅】LOrnly sparrow sings her REgret in a LEY in N.Y.

おっと、あの監禁SSと繋がってたんですか。今作ラストのセッションするシーンでなんか引っかかってたのですが、そういうことだったのですね。
監禁SSのほうでは、「もしかしてリグルは幽香のこと……」という可能性にはだいぶ後になってから気が付いたのですが、ならミスティアとリグルの関係がどうなのか、ということについては想像が及んでませんでした。今作と合わせて考えると、色んなところがスムーズに繋がって、色んな可能性について想像できそうです。
しかしそうすると、一番報われてないのはリグルなのかも知れませんね。幽香が割と自業自得だった上に表面上は今も他の妖怪たちとは上手くやってるのを見るとなおさらそう思えます。
もしくは、あの監禁SS~今作までの間にさらにリグル主体でひと波乱あって、リグルと幽香の関係がもっとリグルが望むような方向に改善されてれば別かも知れませんが……しかし幽香の本質が変わってない前提だったとするとそれはありうるんだろーか。
などと、色々と考えさせれられました。

ところでツイッターのほうで、「またSSののっけから自己紹介して」とginzowさんに言われた、みたいなツイートがあったと思うのですが、
あのSSの冒頭読むと、割とたくさんの人が「これは多かれ少なかれ、みこうさんの経験が反映されてそうだな」というのはわかるんじゃないかな、と思ったり。
まあ、「どのくらいダイレクトに反映されてるか」というのは実情に詳しくない人間からすると想像の域を出ませんが。毎回そう思うわけでもないですし。

Re: Re:【ミスティア_妹紅】LOrnly sparrow sings her REgret in a LEY in N.Y.

これは私の悪い傾向なんですけれど、リグルが好きな割りに主体として扱わないんですよね。
環境とか地形、契機や火薬の一つとしてみなすところがあり、それでも人物にたとえろと言われれば、FF5のバッツみたいな、キチンと能動する割に一言もしゃべらない(性格ではなく、システム的に)みたいな、そんなキャラになりつつあります。

確かにリグルは報われていません。
それはまだリグルを中心とした公転の速度が速く、遠心力が強いためだと思ってます。
本当は幽香とリグルを一対一でドラマの舞台に上げて決着させるつもりでいたのですが、監禁SSでミスティアが想像以上の動きを見せてくれたので、これは巻き込もうと思った次第です。
したがって、ミスティアのキャラの掘り下げガ進むまで、幽香とリグルの間を進展させるわけにはいかないという、非常に打算的な動機で動かしているのも確かです。

ただまあ、余りにすべてを語ってかっちり決めるよりは、設定共有以上続編未満くらいのゆるい関係でSSを重ねていく方が、読んでいる人は(楔さんが"色々と考えさせられました"とおっしゃるように)面白くなるんじゃないかなあと思ってるので、何処まで作品間の文脈を埋めるかは、気分次第といったところです。

自己紹介については、私ははなからそのつもりで書いているので、むしろ伝わればよいとおもってます。
作品を面白いといっていただける人には「だったら私と遊んでよ!」というところも、ありますw

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