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【うどんげ_てゐ】脱兎サイトを覗いてそれを撃て

東方夜伽話に投稿しました。

脱兎サイトを覗いてそれを撃て



永遠亭周りでいまひとつ固まっていなかった、
うどてゐ。

うどんげについて、
大分思うところは昔からあったものの
余り固められずにいたのですが
これで固まりました。

例によって独自設定とオマージュ満載です。


八紅一憂ほどではないけど、
また長すぎて読まれないコースかもしれませんし
そもそも内容がアレなんですが
まあ、もういいかなって。

因幡の白兎の話をそれなりの形で絡めたかったので
それなりに満足してます。


あと、
今回初めてiphoneでの執筆に着手したので
それもまた一つのチャレンジでした。





以下、アーカイブ。
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 《ペインテド》へ銃口を向けた瞬間、その姿は映像スイッチを切ったようにはたと消え、代わりに現れたのはその追獣(ドローン)だった。《D.ブルー》と《ピール》は左右から挟み込むように現れ、《ピール》を前に出して前後に並んだ。
 迎撃は予測の範疇。私は落ち着いていた。大丈夫、今の私はこの上なく冷静(Cool)で研ぎ澄まされ(and Keen)ている。
 私は軍支給のサバイバルナイフを構える。それはCQCを前提として鋸刃の部分を自ら研ぎ潰してあった。こんなことなら鹿弾でも持って来るべきだったが、作戦想定に含まれていない以上、仕方がなかった。
 《追獣(ドローン)》とは、主の術式によって高度な性能を付与され、使役される魔法生物属の生き物で、私達と非常に似たものだ。私達との大きな違いは、私達は"自律"であって"生物"だが、ドローンは"擬似自律"であって、狭義の意味では"生物"ではないことだ。マナ固定化の術式と魔力を、"緒"を使って主から直接受け取り、そうしなければ即座に崩壊する半生物。自分だけの力で生きられず、繁殖することもできないので、多くの場合、魔法生物よりも下位の存在としてみられる。ただ、この二匹には"下位"という言葉の持つイメージのほぼ全てが当てはまらなかった。
 私達は《ペインテド》へ到達するまでの最大の難関として、何度も、強固に、情報注入された。教育や記憶ではない。本能と同レベルの特権情報として、この二匹のドローンへの警戒レベルと、その対処法を、頭に注ぎ込まれていた。
 《ピール》はシミュレーションの通り、敏捷さで場をコントロールするヒットアンドアウェイ主体の中近距離タイプ。《D.ブルー》は《ピール》の後ろで術を練っているところから、同じく想定通り、後方から支援する中遠距離タイプらしかった。だが、その両方を同時に一人で相手にするシミュレーションを受けたことはない。想定はいつもチームでの行動で、一人で生き延びる方法は叩き込まれたが、一人でもチーム想定の作戦を継続するような訓練はしていない。
 今回ばかりではない。私達は複数で運用されることを想定して設計されているのに、いつも想定を大きく下回る数で作戦継続を余儀なくされる。仕事は減らないのに人数は減り、一人の負担が増えるから作戦行動の精度が下がる。その悪循環だ。今回にしても、私達は、こうした強襲によって一気に《ペインテド》のみを相手にすることだけを想定して送り出された、悪い意味でのスペシャルフォースなのだ。
 仲間はいない。他の挺進部隊員は、降下直後その半数が地上の獣に食い殺された。残り半数地上固有の疫病にやられてほとんどが死に、統率されていない野良のけだもののゲリラ戦に次々命を落とし、《ペインテド》へアプローチするまでに私以外全員がやられた。
 私が生き残ったのは、能力故ではない。私が生き残った事実の原因は、私以外が死んだからと言う事実によるところが大きい。能力の差など、この事実を変えるに足る必然要因ではない。あのとき死んだ部隊員と今生きている私が逆でない必然性は、微塵も存在しないのだから。
 《ペインテド》には常に追獣(ドローン)が付従っており、それも相当の存在であることは、ブリーフィングで知らされていたが、それを”真面目に”相手する想定は考慮に含まれていない。作戦は急襲から一瞬の隙を勝利へつなげるものだったが、その作戦自体が現場を知らぬ軍部の暴走に近いものだったのだ。

 それでも、やるしかない。

 死んだ仲間の弔いだなどと考えたわけではない。隣にいた、私と同じ顔をした兵士の死など、何の感傷もない。何も感じないように、私は自分を塗りつぶした。それに耐えられなかった仲間達は精神を病んで自殺や共食いを繰り返した。私は狂った仲間を殺すために、自らを狂わせた。戦場では、正気など死因でしかない。
 私はただただ、作戦の遂行だけを目指していた。そのために味方が死んでも、私の命が危険に晒されても、何も感じない。

 私達は、そういう存在だから。
 私達は兵士で、命令に従い、作戦を遂行するためにいる。
 私達は、奴を殺すために製造された特化自律兵器であって、ばらまかれたその様は効果を絞った生物兵器散布のようなもの。こうして運良く目標へ到達すれば脅威を持つが、目標指向性の過ぎる兵器であることは、今私一人しか生き残っていないことが物語っている。だというのに、作戦遂行可能性の低下による転進は作戦上考慮に含まれておらず、交戦以外の選択肢はなかった。

 私は構えたナイフの刃先に、まず《ピール》を捉えたが、正面から《ピール》、《D.ブルー》の相手をしている余裕は私にはなかった。そもそも、私に与えられた命令は、目標たるコードネーム《ペインテド》の"漂白"であり、その他への興味は、人為的に阻害されている。
 切り込んでくる《ピール》をナイフで迎え撃ち、ガバメントで《D.ブルー》を牽制しながら、ソナーを神経接続モードに切り替え、私は消えた《ペインテド》を探す。
 《ペインテド》とそのドローンのコネクションがいかように維持されているのか、我々の手にその情報はなかったが、近くにいることは間違いないだろう。ドローン達の皮膚にはトライバルパターンのような形に青紫の光が薄明るく流れて明滅している。付近にいる主人から特殊な術式によって強化を施されている証拠であると同時に、二匹が間違いなくドローンであるという証だった。それはタトゥと言うよりは、集積回路のパターンのような紋様を示し、それは奴らが我々が想定しているような原始的な呪術によった文明ではなく、高度に進歩した魔術を使用している証でもある。
 いや、それは文明などではなく、それを束ねる《ペインテド》のみが持つ力かも知れない。それ故に《ペインテド》はこの地で絶大な力を誇り、そうしてまとめ上げられた集団をして、我々に牙をむいたのだ。
 《ピール》の速度はすさまじかった。《D.ブルー》の術錬成も高速で正確だ。

 私がこの敵地で一人生き残ったのは自らの能力のおかげではないと思ってはいるが、しかし必ずしも運ばかりのせいとも思っていない。私には《ピール》の動きが見える。目ばかりによってではない。感度・情報更新速度・伝達速度に優れたソナー、無段階調節可能な筋繊維鞘、低水準処理段階から完全に最適化された並列演算神経節は、《COSMMOS》以後は過剰装備としてグレードダウン、ver0.93e以降ではボイドされたが、こうした局面では《ピール》と《D.ブルー》を同時に相手をしながら索敵を行う余地を残してくれていた。
 鋸刃を研ぎ潰し、ワイヤーソーを取り外し、刃を薄刃にすることで、サバイバル用途を捨て戦闘に特化させたナイフで《ピール》の爪を弾いて逆に切り返し、手傷を負わせていた。中距離から支援火術で支援する《D.ブルー》へは詠唱中に銃弾を放つことでそれを阻害する。
 ドローン達を仕留めることが目的ではない。私の目的は、あくまで《ペインテド》だ。他は逃げられぬ程度、殺されぬ程度に相手をし、私はただただ、目標を探し、狙う。
 ソナーに反応があった。反射影の形状は間違いなく《ペインテド》。
 隠れているつもりだろうが、私のソナーは奴の隠密よりも幾分か高感度らしかった。
 術を二、三阻害された《D.ブルー》は、術の錬成をやめ、《ピール》と共に近接戦闘を仕掛けてきた。一対多数のCQCは、だが、訓練では血を吐く程叩き込まれたし、比較的得意だったが予想外だったのは《D.ブルー》が術よりもむしろ格闘の方が得意だったことだった。シミュレーションにもなかったし、教習でも考慮に入れられていない。《ピール》に比べてスピードは無い分、それよりも鋭く重い攻撃を繰り出し、変幻自在のフェイントを織り交ぜてくる。詠唱スキップ可能な簡易術式を積極的に取り込むスタイルに加えて、《ピール》とぴったりに息のあった連携は、通常の私では対処できるものではなかった。

 瞬時に形勢を返され、防戦を強いられる。目の前に、ターゲットがいるというのに手出しが出来ないまま、《ピール》の爪と《D.ブルー》の拳を防ぎ続けるしかなくなった私は、ソナーを中域索敵から自動捕捉モードに切り替え、そうして生まれた余剰エネルギーを私は仮想熱量空間へ蓄積していく。ジェネレータによるエネルギー生産は消費を上回り、黒字生産されたエネルギーを見計らいながら、"眼"をスタンバイする。
 充填率が一定を上回ったところで、私は、私を他の挺進部隊員と明確に区別する固有兵装器官を活性化させた。
 極端にアクセラレートされた演算速度は、判断能力の向上と言うよりも、相対外時間の伸張をもたらす。運動性能は十分に担保されており、それを遺憾なく利用するに足る。
 《ピール》の 爪は一薙の後に見えない二薙目があるのが特徴で、多くの場合一撃目を回避してもそのダブルアタックは防ぎきれない。だがそれが、今なら見える。
 ゆっくりと延びる爪の一発目を回避すると、全くその陰に隠れて死角となった角度から逆の手の爪が重なっているものだった。単純だが、もっとも効果的な一人時間差攻撃。
 それを見切ることが出来たのは、アクセラレータによる反応速度向上よりも、それと共に発動した固有兵装器官である"眼"によるところが大きい。"眼"の神経干渉ジャマーによって、その太刀筋がブレて、むしろ全く的外れなところを狙っていたためだ。
 私がするりと《ピール》の横を通り抜けたとき、奴の視線は、まだ"さっきまで私がいた場所とも違う場所"を見据えていた。奴には私の姿は位相がずれて映っているのだ。
 私にはその隙を縫って懐に入り込み、《ピール》の薄そうな装甲の間に割り入れるようにナイフの刃を差し込んでそれを正確に90度捻って傷口を重傷化させることが出来たが、今はそれをしない。"眼"の活性維持限界は長くない。《ピール》が視線を本当の私に合わせることが出来ぬままであるのに対し、《D.ブルー》は、私の位置を把握して《ペインテド》との間に立ちふさがった。だが、視線はこちらを向いていない。私の精神干渉ジャマーは五感は言うに及ばず、第六感までをも狂わせる。それをして目の前に立っている《D.ブルー》は、何か超越的な力を持って私の位置を察したのだろう。だが、把握は出来ていない。目の前にいる《D.ブルー》の横も通り抜けると、奴もまた《ピール》と同じように私の位置を把握できぬまま立ちすくんでいるだけだった。
 同じように、一撃を加える余裕はあったが、《ペインテド》優先の私はその横を通り抜けて、一直線に姿を消したままの《ペインテド》の方へ駆け抜ける。奴の目には、私と奴の距離はいかほどに認識されているだろう。この"眼"を無効化されたことはただの一度もないが、《ペインテド》は別格だ。
 私は可能な限り急いで、しかし一分の油断もなくその反射影の示す場所へ疾走する。いかな《ペインテド》といえど、"そこに存在しないこと”にまではできないようだった。速度を殺さぬまま奴へ飛びかかる。
 "眼"は《ペインテド》にも効果があったらしく、奴は私との距離感を正確に把握できず、飛びかかり膝蹴りと共に奴に馬乗りになるのを回避する動作が一瞬遅れた。私のフライングニーは奴の体のどこかしかに当たり、バランスを崩した《ペインテド》は後ろに倒れ込む。消していた姿が現れたが、再びその不可思議な能力を使用されぬ内に私は左腕の肘から先を捨て、右腕で《ペインテド》の頭部を地面に押さえつける。腕の半ば程の断面に9ミリパラベラム遊離硬化緋廣鋼弾頭のガトリングの銃口を出現させ、有無を言わさずそれを乱れ撃った。瞬間ガトリングは、《ペインテド》の上半身を粉々に砕き跡形もなく吹き飛ばしながら腹、胸、右肩、首へと移動し、頭部へと上る。頭部へ照準が移ったタイミングで、オートローダーへ弾種切り替えを命じた。ヤマキネティック。《ペインテド》用の専用弾頭だ。このような近距離で使用する想定はないが、当たれば同じだ。
 左腕から響く発射音に変化があり、弾頭の切り替えが完了したことを知らせた。この弾丸なら《ペインテド》の息を止められるのだと、教わっている。それを頭部に連続で打ち込み、頭蓋も脳も目玉も形を残さぬほどに粉砕した。《ペインテド》の下半身は動かない。奴のような超常の存在が失った場所を再生させるとき特有の組織活性もみられない。

 終わった。そう思って立ち上がり、機能を停止しただろうドローンに目を向けたところで、"眼"の持続時間が切れた。
 ドローンは主の固定化術式の束縛から解き放たれ、ただの獣と何らかのマナ固定媒体に戻っている。

 はずだった。

 ドローンは機能を停止しておらず、《ピール》と《D.ブルー》は私の背後を取る。

 ばかな。

 奴らは間違いなくドローンだった。"緒"も見えたし、回路パターンも現れてた。
 だがドローンは、全く起動停止をする様子も見せないまま私を背後から羽交い締めた。身動きができない。
 首だけを捻ってドローンの様子を見ると、その姿は《ピール》と《D.ブルー》ではなかった。

 私は息を飲んだ。心臓が、ぐん、と大きな拍動を伴い、血圧が上昇する。動悸が荒くなり、その姿を、我が目を疑った。
 落ち着け、これは、これは《ペインテド》の何らかの術だ。幻影だ。私を惑わそうとする、奴の奥の手だ。そうに違いない。

 さっきまで獣のものだった二つの顔から視線を引き剥がし、私は上半身が粉微塵に砕けて血溜まりと肉片、それを引きずる未だ形のある下半身だけになった《ペインテド》へ目を向けた。

 死んでいる。死んでいるはずだ。

 やめろ。何だ。何なんだ。お前は、《ペインテド》じゃなかったのか?何で、何でお前が、奴の姿を。
 ドローン達の姿もそうだ。何で、何でお前達が。
 これは、《ペインテド》の術なのか?
 私は平常心を失って、大声で叫ぶ。腕を振り払おうともがくが、ドローン、いや、私と同じ姿と顔をした"それ"は、表情を崩さぬまま、その冷たい目を私に向けている。頬に刻まれたナンバーは、私を残して死んだ仲間、"妹達"のものだった。
 《ピール》と入れ替わった妹は、航空挺進の降下中に対空砲で右半身を吹き飛ばされ、着地(落下)する頃には息絶えていた。《D.ブルー》から変容した妹は、降下後ゲリラ戦を展開する地上のけだもの達に不意討たれて、骨も肉もないほどに食い散らかされて死んだ。どちらも私がその死の瞬間を目の当たりにした仲間だった。
 何で?何で私の邪魔をするの?生きている私が憎いの?見殺しにしたと思っている?だって仕方がないじゃない。パラシュート降下中に庇うほどの自由はないし、無能な指揮官の降下指令のタイミングじゃ、自分の身を守るのですら危うかった。その後のゲリラ戦術相手では、私が喰われても不思議はなかった。道の疫病で死んでいたのは私かもしれなかった。
 運が悪かった、運が悪かっただけよ!私は悪くない、悪くない、死んだあんた達が悪い!

 ほんとにわるくないの?

 声というよりは、意味の色を帯びた音。空気を震わせ鼓膜を通過して心臓を押し込みながら意味を頭に染み入らせるそれが、"そっちの方"から届いた。
 死んで、いない?
 仲間の死霊に腕を絡め取られて身動きが取れないまま、死んでいるはずの《ペインテド》の方を見る。その姿はさっき目を疑ったその姿のまま、ずる、ずる、ずる、と既に肩さえもなく、脇腹辺りの余り肉で繋がっているだけの動くはずもない腕を、まるでその腕にだけ別の命が宿ったように歪に震えさせながら脈打ち、べた、べた、と繋がる体を引きずって私の方へ向かってくる。血墨の筆で描いたように、地面には酸素に触れた血液の跡が引きずられ、それがこちらへ延びてくる。

 ひがいしゃぶってるあなたは、ほんとうにかがいしゃではないの?

 これが私に苦痛を与える術なのなら、私は奴をしとめ損ねたのだろうか。いや、しとめた。確実に、奴の活動は停止していた。死んでいた。だが、何だ、あれは?
 指が不自然な方に曲がり、引きずる肉塊の重さに耐えずそれを折り千切りこぼしながら、私の方へ。
 左右を固める私と同じ顔の妹達は、表情を歪めていた。その表情の波長は、"憎悪"。そう、やはり、私を憎んでいるのだ。あそこで一緒に死なず、生き延びた私を憎み、こうして引きずり込もうとしている。

 ――悪霊。

 それに違いなかった。地上は故郷に比べて怨恨が粘性を帯び易いと聞く。腐り、変質し、悪霊化しやすいらしいと聞く。まだ研究の進んでいない地上の性質について、私は致命的な誤りを犯したのか?妹達がこうも私を恨み、憎み、そうして私を殺そうとするだなんて。
 私を締め上げる妹達の腕が、首へと這い上がってくる。崩れ落ち壊れかけているぼろぼろの体組織に構うことなく、私の首を強く絞める。それは第二あるいは第一関節で逆方向に曲がり、私の首に鈍くくぐもった破砕音を伝えてきた。左右から伸びる手は自壊を厭うことなく的確に私の気道と頸循環支を圧迫してくる。主格神経節のガス交換が滞って意識レベルが低下し始める。

 《戦力増強指針》の対象となった、私達は「死を恐れ、生を求める」。
 ならばやはり、妹達の恨みなのか。

 だが、妹達だけではない。
 目の前で背を反らせて指で地面をひっかきながら蠢く《ペインテド》だったものは、いよいよ私へ近寄ってきた。
 下ろし金で豚肉をひくように、地面へ怨恨と血痕を擦り付けながら、靄がかった意識の向こうで、奴は私に迫ってくる。
 ガトリングで微塵と吹き飛んだ上半身の断裂面が、まるで肉食獣の口のように私へ向く。
 その断面には、びっしりと、小さな顔が並んでいた。どれも子供、血塗られていて、目が、鼻が、耳が、もしくはごっそりと右半分がなかったり、額から上が割裂して中のものがはみ出た、それはいずれも小さな子供の顔が、まるで群生する胞子体、越冬する幼虫、密集する液胞のように不規則に並んで蠢いて、それぞれが私を見つめて怨嗟を吐き散らしている。

 忘れもしない。私はその顔一つ一つを今まで忘れたりなどしない。忘れられるものか。
 仕方がなかった。軍命だったのだ。逆らえば惨たらしい拷問にかけられるか、そうでなければ深いところへ染み込む薬の再教育が待っている。私達は無感情にそれを実行するしかなかった。強迫化と条件付与は、全ての疑いと良心、理性と条理を塗り潰してしまった。
 私達は子供を殺しながら、自分の心を殺し続けた。私は、不幸にも私は、それがほんの少し、他の姉妹よりも巧くて、幾らか不器用だっただけなんだ。

 何が歪んでいたのか?
 何が狂っていたのか?

 問いも答えもそこにはなかった。なかったんだ。
 私は命令を実行しなければならなかった。生き延びなければならなかった。そのために邪魔になるもの全てを間違っていると決めなければ、私が間違うことになるから。

 押し倒された私の上に、ぼろ肉雑巾がずるずると覆い被さりその重さを伝えてきた。破砕面にこびりついた無数のかんばせが血を流しながら私を見、呪詛を吐きかけて私を引きずり込もうとする。その無数の顔の中央で、一際禍々しく私を睨みつけるのは……。

 ――サリ・ア……?

 失われかけた意識の手前で、私は目を見開いて声にならない絶叫をあげた。







 指が、私の首根っこを掴んだ。子供の細い指は白くて小さくて、どことなく丸みを帯びている。力はなく、少しひんやりしている。

 ――ん、せん

 私は上に覆い被さられていた。その重量は軽いとはいえ楽ではない。上に乗っかった上、あまつさえ上で飛び跳ねるのだから、私は否応なく意識と、目を。

「れーせん!」

 見開いた目が捉えた映像は、瞼の裏で展開されていた現実味のない記憶とは裏腹にひどく鮮明だった。だが、その鮮やいだ視覚情報は逆に疑心を増し、襖の向こうから幾部屋かを抜けてここまで雪崩込んでくる光に、暗い記憶よりももっと夢想的で、現実味を欠いた印象を抱いてしまう。

「てゐ」
「やっと起きた。」

 ふらふらと、現実感がない。てゐの顔の柔らかく丸い輪郭を、心配そうに私を覗き込む栗色の大きな瞳を、目で撫でるように追いかけてその入力信号を解析してみるも、その分析に励起された演算器は全量の三〇%程度に思われた。導き出された情報を内省装置に送っても誤りはないようだったが、その結果を受けて何らかスタンバイした神経節もやはり三〇%程度に感じられる。
 感覚の表層のみが機能して、浅い反応しかできない。与えられる情報、内から生じる感覚、それら全てが分厚い透明樹脂板の向こう側のよう。そんな現実感のなさが、私を支配していた。

「大丈夫?うなされてたよ?」

 大丈夫、出したはずの声は空気を含み掠れた音だった。私は唾を飲み込み、てゐ、と発音して喉を整えながら、彼女の顔を見る。

「ほんとう?だってれー」
「てゐ」

 心配そうに言葉をけしかける彼女を制して、割り込む。

「勝手に部屋に入らないでって、言ったでしょう?」
「でも、なかなか起きてこないし、うなされてるの、部屋の外からも聞こえてたし、それに」
「それでも」

 再び、強く、彼女を制止すると、てゐは押し黙って上目のまま私を見つめる。手で私の布団を握って、言葉は止めるけどここからは離れないからと、意志を表現するみたいに。

「昨日ちょっと眠れなくって。うなされてたのは、大丈夫だから。ちょっと――いやな夢を見ていただけ。しょっちゅうだし、もう慣れてるわ」

 怒ったわけではない。ただ、触れてほしくない。

「寝起きは、機嫌が悪いから」

 そういって、彼女の手を取って引き寄せ、首もとへ手をやる。

「勢い余って、変なことしちゃうぞ~」

 そういって、肩から首をくすぐってやると、てゐは頓狂な声を上げて飛び跳ね、笑い出した。

「きゃ、はっ、れーせん、ちょっ」

 くすぐる手をおなかや脇腹にまでずらすと、身を捩って笑いを堪える。指先が服の布地に触れ、皮膚を圧迫しない程度の力加減でてゐの体をくすぐり回すと、彼女は飛び退こうとしたのでその背中を抱き寄せて逃げられなくしてから、さらにくすぐり続ける。

「ほーら、私、寝起きは意地悪いから」
「きゃはははははっ、ちょ、っ、れーせ、そういうっ、ひっ、うひゃははははっ!はっ、むり、むぃっ、れーせん、ひゃ、ひゃははっはっひ、も、だめだって!」

 てゐの笑い声が、愉快なものから、段々とせっぱ詰まったものに変化してくる。一度は私に止められた脱兎を、今度は強く何度も試みるが、私は放さない。抱き留めた腕で背中を、もう片方の手で体中をくすぐり回す。

「ふひ、ひゃ、はっ、あ、ひ、はっ、ひゃははははっ、れーせ、ひゃははははは!っふ、あ、あひ、くすぐるの、っひ、ひははははっ!も、くすぐ、はははっははははっ、ひ、ぃ、っ!ぁっ、も、らめ、くすぐうの、あはははっはははっははっひあ、あふっ、ひひひひひはははあはっ!ふぅっ!!あ、もう、や、やら、れーせん、くすぐゆの、も、ぉっ!」
「わかった?私の寝てる部屋に勝手に入ったらダメだって」
「わ、わかったぁ、わかったよぉ……ひゃはははははは!ごめんなさい、っひ、ごめ、っひゃあはははっははははは!」
「笑いながら謝っても反省してるようには見えないなあ」

 私は意地悪を言って、くすぐる手を休めない。ふらつくてゐを抱き寄せて、うなじや顎の下、いつの間にかツンと上向いた胸の先端に、指先が触れるか触れないかの刺激を与え続けた。

「そ、そんな、ぅひ、ひっ!だって、れーせんがくすぐっ、ひゃははははははっひ、っ、ひぃっ!っ、っふ、はひ、むり、れーせ、も、むり、ひ、はひゃ、むりぃっ!は、はは、っひ」

 くすぐり続けると、てゐのメープルシロップとマロンの洋菓子みたいな瞳がどろりと濁り、焦点を震わせた。逃げようと私を振り払う動きをしていた腕はいつの間にか私にしがみついて、酸欠で水槽の金魚みたいに口をぱくぱくさせて必死に酸素を求めている。

「ひ、っくひ、れ、せ、やみぇ……はっ、はヒ、はひゃ、ひ、ははっ、か、ふぅっ、ふぅっ!はっ、ははひっ、おね、が、れせ、ひひひはっ、ゆるし、ゆるしっへぇぇ♡」

 膝が笑って、立っていられなくなったてゐは、私の上に覆い被さってきた。浅く細かい吐息を刻むと同時に、涙と涎で顔をくしゃくしゃにしている。酸欠で、笑いが嗚咽と混じり合い、窒息寸前の中で、しかしてゐはどこかうっとり惚けたように頬を染めている。

「くすぐられて気持ちよくなっちゃうなんて、てゐったら、ヘンタイさんなんだから」

 だめ押しにくすぐり続ける。腋の下にすっかりと手を入れて指先を細かく震わせる。膝のお皿をスカートの布越しにくすぐり、手を口元に持って行くと、飲み込めずにこぼれるままの涎でべとべとになった唇と舌が私の指を飲み込む。舌の先、縁と歯茎に指の腹を当てて舐るように撫でると、唾液は滝のように溢れ出してくる。それに迫る勢いで流れるのは、窒息の苦しさで絞り出されている涙。栗の目が細かく震え、酸素を得られない切迫がそれを大きく見開かせているが、しかし全体としてそれは快楽に澱んでいる。

「はひ、っひ、はは、っ、れ、せぇっ♡くるひ、はっはっ、ひあ♡」

 吐き出す空気が肺にわずかも残らない状態で、それでもくすぐり笑いを強要する。苦痛がしかし強制的に笑いで上塗りされ、嗚咽も苦痛も切迫も、全て全て笑いに沈んでいく。
 やがて、身動きが取れないほどに酸欠に引きずり込まれたその体が、しかしどこにそんな力が残っていたのかと言うほど強く跳ね、絞り出した最後の息と声が響いた。

「っ、れ、せ……♡け、はっ、ひ、ひあ……っ、ぉ、っぅ……っは!♡っん♡、っ!あ♡」

 ぶるっ、と震えたと思うと、抱きついている私の体に、生温かいものが触れ、それは彼女の股を割って間に入っていた太股から、一気に広がって下に敷いてあった私の布団を濡らした。太股に注がれ続ける温水は、最初の躊躇いを諦めてからは勢いを増し、びちびちと音を立てるほど。

「はーっ、はーっ、れ、れーせん……わた、し♡」

 失禁に、しかし惚けるでもなく、その放出によって、体内に折り畳まれていた快感が酸素を得て膨れて爆ぜた。

「わた、し、くすぐられておしっこ漏らしながら、いっ、いっちゃ……う♡」

 失禁放出のやまぬまま、てゐは私にしがみつき直し、まるでオーガズムの波に体が押し流されないようにぎゅう、と強く私のパジャマを握りしめる。荒い息はくすぐりがやみ酸素を十分に得られるようになってもなお深く細かい。
 震え、私の太股を挟んだままの彼女の太股が、ぎゅうっと強く閉じられ、私の肩に顎を乗せて絶え絶えの息を刻みながら、その大きな到来を大声で告白した。

「っは、れーせ、んっ、キちゃ、う♡私、キちゃう、キちゃうぅっ♡いく、いっちゃうよぉぉっ!♡いく、いく、いくいくいくいくぅぅっ!!♡♡♡」

 私に強くしがみついたまま体を強ばらせ、ぶるぶるっとアクメの痙攣を終える頃には、かわいらしい放出も終わって、私に乗っかったままの彼女のおまんじゅうは、太股の上でひくひく震えていた。

「ふぅ、んっ、はぁっ、はぁ、れーせん……」

 お漏らしそれ自体をどうというより、てゐは、法悦の余韻に浸って心地よさそうに、黒目がちに潤んだ目を私に向けたまま、ようやく落ち着いてきた呼吸を徐々に深めながら私に体重を預けてきた。

「これに懲りたら、朝は部屋に入ってこないでね?」

 返事はない。
 私は小さく息をついてから、てゐの両脇に手を入れて、彼女を立たせた。

「消臭消臭、と」

 私は部屋の隅に置いてある霧吹き器を手にとって、しゅっしゅっと、てゐと、布団と、私自身に吹きかける。入っている噴霧器に触れた使用者がイヤと感じる匂いを察知し、霧吹かれた液体へその匂いを消す効果を付与する魔薬周辺器具だ。中に入っている液体はローズエッセンスをエタノールと水で溶いただけの変哲のないものだが、ふわりとローズの香りを漂わせると同時に、立ちこめていたつんとすえる匂いは一瞬でなりを潜めた。

「ほら、てゐ。洗濯は私がしておくから。部屋に戻りなさい。」

 ぽんぽんと頭をたたいて部屋から送り出そうとすると、てゐは私のパジャマの裾を摘んで私を見上げてきた。

「……れーせんに、おはよう、したいよ」
「てゐ。今日はよかったけど、こちょこちょじゃ済まないかもしれないんだから」
「こしょこしょじゃなくって、なにするの?」

 聞いてくるてゐは、本当にそれが分からないのではなく、分かっていて聞いてきているようだった。その証拠に、私が視線をくれると、それから逃げるように俯く。

「わかってるでしょ?」
「でも。あれ以来、一度も"あんなこと"されてない。れーせん、もう治っ」
「治るものですか」

 てゐを、後ろ向かせて背中を押しながら、私はてゐに言うと言うよりも、自分に言い聞かせるみたいに、言った。

「もう、治らない。それに、私はこれを、忘れるわけにはいかないの。」

 忘れるわけにはいかない。忘れるはずもない。妹達。子供達。これは、私が犯した罪なのだから。
 てゐを巻き込みもした。今では遠い記憶だが、お互いにそれを忘れることはないはずだった。
 私は指先で、てゐの上半身を、シャツの縫い目をなぞるように撫でる。その仕草を見、肌に感じた彼女は、びくっと身を震わせた。拳を握って目を閉じている。

「今までやらなかったのは運が良かっただけよ。万が一でも、てゐにまたあんなこと、したくないもの。ね?」

 言葉尻は優しく。でも、そこに込める声色と言霊に、あの日の私を織り込んだ。今でも記憶装置と情動回路の狭間にそいつは潜んでいる。その間を通り抜ける電気信号に、余計なものを混ぜ込んでくる。忘れることを許されず、赦されることも許されない。私はそれをいつで呼び出せるし、奴はいつでも不意に現れる。
 小さく拳と膝を震わせているてゐ。口もへの字に曲がってきつく閉じた瞼は眉間にしわを寄せている。もう一度、漏らしてしまいそうな勢いだ。

「わかった?」

 私は声色を戻しててゐの頭を撫で、それを抱き寄せた。もう大丈夫という代わりに、背中を軽く叩いて癖毛の髪をわしわし撫でて、彼女を立たせる。
 大きな目はすっかり潤んで涙が今にもこぼれ落ちそうになっている。軽く鼻まですすっていた。

「おへんじは?」
「――はい」
「よっし。勝手に部屋に入ってきたのは頂けないけど、寝坊しちゃったのは私の落ち度だわ。起こしに来てくれたことには、感謝しないとね。ありがと、てゐ」

 そういうと、彼女はまるで花が咲く姿を時短再生するみたいに表情を明るくかえて、うん、と頷いた。それとは裏腹に、涙が瞼からこぼれる。

「30分寝坊かー。姫様たち、ご飯まだかーって、うるさいでしょ」
「朝ご飯はもこーがつくってたよ」
「あらら……貸し一つかぁ」

 生活力のない姫と、生活力を発揮する気のない師匠と、しっかり者に見えて低血圧で朝ほとんど動けない上白沢先生を前にして、藤原さんは意外に家事が得意だった。そのくせ力仕事もさせられるんだから本当に苦労人なのだが、本人はそれも楽しそう。せめて家事は私がやろうと思って言外に分担していたのだが、今日に限ってはやらせる形になってしまった。

「ま、姫様はその方が嬉しいか」
「見た目が悪いとか庶民の味とか色々いいながらおかわりしてたよ」
「そんなことでしょうね」

 その光景は余りに想像に難くなかった。自然と頬が弛む。

「シャワー、浴びよっか。着替えもっといで」
「うんっ!」

 てゐは、跳ねるように廊下へ飛び出して、間違って茶の間へ向かい、翻って自分の部屋へ向かった。

「ふぅ。お洗濯もしなくっちゃね」

 てゐに描かせた世界地図を眺めながら、私は汚れたパジャマを脱ぎ捨てて、服を持って体を濯ぎに風呂へ向かう。てゐはもう素っ裸に仁王立ちで私を待っていた。

「おっそいよぉ」
「誰かさんが布団汚すから」
「だ、だって、あれはぁ……」

 恨めしげに上目で私を見上げるてゐ。その頭をくしゃくしゃして、私はパジャマを脱いでてゐをお風呂場へ促した。私もその後ろから追い、てゐをいすに座らせる。私ももう一ついすをとってそれに座ると、いつも通り向かい合わせになった。

「ねえ、れーせん」
「なあに?」

 シャワーのカランを捻り、噴き出すお湯を頭から被っててゐは、顔を両手で掻くように拭って、言葉を続ける。

「本当に"もう治らない"の?」

 さっきのことか。

「ええ。もう、治らないわ。一生治らない。」
「病気?死んじゃうの?」

 てゐは私に頭を洗われながら、私の顔を覗き込む。

「んー、どうかな。病気ではあるけど」

 死期が早まることは、ないと思う。この病の原因は、まさにそれなのだから。

「お師匠さまは、なんてゆってるの?」
「何にも」
「えっ?お師匠さまもわかんないの?わぷ」

 私はてゐのシャンプーを流す。ざばー、と彼女の頭にお湯をかけながら、自分の"病気"のことを思った。

「何にも。」

 てゐがさっきと同じように顔を拭うのを見ながら、師匠の表情を思い出す。
 何も言ってはくれない。これの診察の時は、決まって私の目も見てくれない。どこか逃げ出したい空気を押し込めながら、問診を繰り返す。
 師匠には、何も言えないのだ。私の"病気"について、師匠は、いや、師匠だからこそ、何も言えないのだ。

「つぎはれーせんのばん」

 てゐが私の背中を流す。頭は背の問題もあるので自分で洗うけど、私はてゐに背中を流してもらうのが、苦手だった。
 てゐは今ではもうすっかり慣れてしまって何も言わないが、背中にはあまり見られたくない傷がある。背中だけじゃない、沢山ではないが、あちこちに傷跡が残っている。背中にはその中でも一番大きな傷が残っているのだ。
 傷が治ってしまう姫様や藤原さんを羨ましく思わないでもない。二人とも美しい外見の持ち主で、それが永遠だなんて私にはあまりにも甘美に思える。それでも、私はこうして傷跡が残っている方が、幾許か気が、楽だった。

(安っぽい十字架か)

 くだらないな、と思い直して私は頭からシャワーを被って、そのぐずぐずと泡立つ想いもろとも洗い流した。







 ――逃げよう。

 そう思ったのは、彼女に会ったからだった。

 石灰と鉄で四角く区切られた、まさにいきものの骨のような世界は、まるで私に生きるための光というものを示してはくれず、希望という言葉はまるでそれ自体が薬物によるトランス状態が見せる悪性の夢のようにさえ、この社会は教え、囲い、逃れることを拒み続けている。
 私達は異常者なのだと、誰もが言う。死んだ目で言う。そうしてこの鈍色の大地と堆く堆積した血の一滴だって通っていなさそうな渇いた骨の破片みたいな構造物のほんの片隅に佇んでこの地の果てに、あの空の向こうに、何かもっと、もっと、「」なものがあるのだと信じてやまない私は、全くその対極をなし、生と死の境界を失ったわけでもないのにまるでそれに興味を持たず、ただただ無為に時間を消費してはくだらない文句と意味のない呟きを繰り返すだけの死んでいるのか生きているのかもわからないあいつ等からみれば、どうやら異常者なのらしかった。
 「」は「」だ。それを表す言葉を私は知らないが、それは私がまだ無知で、狭い世界しか知らず、もっと言うなれば私が育った環境の中、そう、死んだ白い骨の摩天楼と冷たい照明の合間にある荒涼とした社会においては、誰もそれを私に教えてはくれなかった(あるいはだれももう知らなかった)だけで、それはきっとどこかにあるのだと信じている。もしかしたらこの足下、目の前、すぐ頭の上に、「」はすでにあって、それを知りたくても知ることが出来ない私を、くすくすと笑っているのかもしれなかった。
 他の兎達は餅をつき、月人の世話などをして毎日暮らしているが、彼女たちに何か楽しみのひとつでもあるのだろうかと問うてみれば、何を言っているのかと怪訝な目で見返されて異常者扱いされてしまう。腐敗というステップは一足飛びに越えられてしまい、一気に白骨、風化へと向かうこの社会には、成熟もなければ腐敗臭を漂わせる変化さえなく、むしろ腐っていくその変化の激烈さに、私は興味と、あるいは情熱や敬意まで感じてしまう。
 この星にうぞうぞとはびこる、死にたがりのくせに進んで死のうともしない獣を、私の手で縊り、裂き、矧がして剥いて、殺したその肉を眺めていたいとさえ思った。究極まで褻枯れを忌避して祓い続けた、晴已社会においては、死体はひとつでさえ即座に敏感に発見され徹底的に洗浄されてしまうのだから、私は日常生活において腐敗という劇的で汚らしい美しさに満ちた変化を目の当たりにすることはできないでいた。

「これ、やっといて」
「はい」

 月人が私に命じた。
 洗濯物らしい。簡単な作業だ。もう何千回と繰り返した洗濯、目を瞑っていても出来る作業、それでも、嫌気がさした。

「なに、その反抗的な目は」
「いえ」

 なら、他の兎にやらせればいいだろう。他の子達なら、不満も言わず日がな一日でも洗濯をしているだろうに。

「私達は忙しいの。あんた達兎の寝食を賄うために、働かないといけないのだから。」

 そんなことをいって、どうせ男を誘って交尾することばかり考えているんだろう。

「はい」

 この星の生き物は、気が遠くなるほどの寿命を持っている。昔は違ったらしいのだが、穢れを遠ざけ続けた結果こうなったのだという。
 穢れを嫌い、清浄を掲げる社会のくせに、セックスだけは不可侵を守られたみたいに残っている。雄の精子はヤる気がなく、雌の排卵も300年に一度でしかも受精可能な期間は2週間程度。妊娠自体への忌避はないが、期間が合致してもほとんど妊娠しない。本能に直結し今なお強い快楽を伴うセックスという行為は、この星の生物の数少ない娯楽の一つとして玩具化していた。婚姻契約と恋愛感情と性的交渉は分離され、サービスにも商品にもコミュニケーションにもなっている。
 ただ、死産だけは、強烈な印象を以て禁忌とされている。障害児の可能性があれば"細胞である内に"中絶し、死産であれば母胎は次の排卵が始まるまでは喪に服して体を祓い清め続ける。
 この星にはあらゆる最小不幸に応じる準備があった。反社会的思想も長い子供・幼体期間に徹底的に除去され、ありとあらゆる幸福は不幸とならぬ程度には満たされる。
 セックスはその一つでただちょっと人気があるにすぎないのだ。

「まったく。こんな兎、買うんじゃなかったわ。他の兎達は素直で、くだらないことなんか何も考えないで仕事をするのに、あんたは何なの?」

 主人がヒステリーを起こす。
 ヒステリー。怒りもまた、この星においては重要で希有な激しい情動の一つであり、その躍動に主格は精神的なカタルシスをさえ覚えて、現代人はそれに対してしばしば依存性を見いだすというのも、今日のもっぱらの学説だった。

「申し訳ありません」

 私はとりあえず頭を下げた。
 仕事が嫌なわけではない。主人が特別嫌いというわけではない。奴隷階級と言っても貧困に喘ぎ人権を剥奪されているほどではない。
 ただただ、あの骨の摩天楼、刺激臭のする水道水、命を覆い隠す黒いプレート、眩しいばかりで何も照らし出さない光、死んだ空気、人、その"同じゴミ溜"の中にある総てに、陰鬱とした感情と閉塞感、そこから逃げたいと思っても行く場所のない暗澹たる感覚、それを絶望と言うには余りにも生温いが、生温いが故に身を切り自らを傷つけ殺すことはないという事実によって火山灰のようにしんしんと降り積もっていく鬱積した感情が、私の視界と、精神を暗く濁らせていたのだった。

「これも」

 主人は臭い雌の匂いがこびり付いた下着を、洗濯物に加える。
 奴隷階級の月兎は、恥入る対象ですらない。法律上は平等だが、事実上の階級はもう何千年も残り続けており、兎達もそれをどうにかしようだなどと思っていない。諦観、とは恐ろしいものだ。
 この灰白色の日常は、この先も永遠に続き、この星のいきものの価値観はこの無菌状態の停滞を至上として、まるで脈打つ心臓それさえもやかましいと言わんばかりの冷たい静寂に包まれている。他の兎達の中には、この無感動と、表層だけの笑いが幸せなのだと私に"啓蒙"してくれたものもあったが、何一つとして私の世界は開くことはなかった。
 いや、閉じることはなかったと言うべきだろうか。
 見上げれば広がる、あの暗涼とした海の向こうに素晴らしい希望、あるいは激情を駆る感動、見たことのないもの、存在、幼稚で狭量な私に新しく成長を与えてくれる何か、「」、そう「」があるに違いないと、私の世界は大きく開かれたまま収拾を見ないのであって、仮に彼ら自称賢い兎の高説を聞いて現状が変わることが正しいというのなら、世界は閉じられるべきなのだ。
 だがそうはなっていない。彼らの誰も、私の問いに答えてはくれないし私をねじ伏せたり諦めさせたりもしない。確かに死んでしまうこともなく、苦しみも悲しみもなく、最小不幸は約束されて不快を感じぬように設計された、ここは理想郷であるはずなのに、それが、どうしても、受け入れられない。幸せとは何だろうか。
 私は遙か延々と続く骨の摩天楼に囲まれたこの街から、いやこの星から逃げ出したかった。
 それでも、私は洗濯をするしかない。なんてことはない、辛さも何もないが幸せもない、何の感慨もないルーチンワークだ。
 私は携帯ラヂヲを鳴らしながら、洗濯機の中に主人達の服を放り込んでいく。
 ラヂヲからこぼれてくるのは毎日毎日全く代わり映えのしないニュースと何百年もタイトルと旋律だけが変わって中身が何も変わらない面白味のない音の羅列ばかり。
 洗濯物を放り込んで蓋を閉め、そのスイッチを押したときだった。
 まるで空気そのものに突然色が付き、重みを増して凝固し、人のかたちにくり抜かれて型からぽろりと落ちたみたいに、私の目の前に現れたのが、彼女だった。
 彼女は、怯えていた。酷く震えて恐らく綺麗な玉の白肌だろうそれを青白く冷やしている。その様は、まるで私がこの灰色の世界を恐怖しているのに似ているように見えたのだった。







「あら、薬、減ってますね。風邪?」

 薬箱を開けて中を確認すると、頭痛を抑える竹晶痛消散と、消化器のはたらきを整える尋露端丸が減っている。沈花感冒丹はごっそりなくなっていた。

「ああ、ちょっとねぇ。風邪っぽいんだ」
「熱?」
「熱はないんだけど、おなかの調子がよくないの」
「あんまり沢山症状があったり、長引くようなら、診せに来てね。常備薬じゃ、対応しきれないこともあるし」

 私は、自分の薬箱から竹晶痛消散、尋露端丸、沈花感冒丹を取り出して、おうちの薬箱へ補充する。
 こうして巡回訪問して常備薬を整えると同時に、そのお家の人の様子を確認するのが、私の仕事だった。薬売と訪問診療、簡単なデイケア、配達やお遣い。お手伝いといった何でも屋さん。私が里と関わりを持つようになったのは、そうした行動がきっかけだった。そう言ったヘルプを必要としない若い人間達からも、今では随分と……信用してもらっている。

「それと、何か必要なものはない?丁度街に出るから、ついでに買ってくるよ」
「いんや、大丈夫。気持ちだけ貰っとくよ」

 彼女は笑って答える。もう長い付き合い、ということになるのだろうか。少なくとも老婆と呼ばれる年齢となった彼女のことは、生まれる前から知っていた。
 風邪っぽいといってはいるが、元気そうだ。見たところ、波長も大きく狂ってはいない。少し休めばよくなるだろう。

「いやあ、ワニが来てくれるようになってから、助かるねえ。まだ若かった頃は、よけいなお世話だ、って思っていたけど、もうすっかり孫もワニさんと同じくらいの見た目になってしまったし」
「そうだよー?私は人間より長生きなんだから、しっかり有効に使って貰わないと、勿体ないんだからね?」
「ふぁはは、肝に銘じておくよ」

 ”ワニ”。今ではもうすっかり使う者のいなくなった呼称だ。月とは違って世代交代が激しいこともあり、言葉の変化が早い。彼女やその前までの世代では、まだ私を”ワニ”と呼ぶ人もいたが、それももう消えようとしている。
 元々は、何か別のものを指す言葉だったのらしいが、私がそう呼ばれたのは、どうやら私は南の方から来たものだと思われていたかららしかった。”ワニ”とは、当時、南方からの渡来物を指す言葉で、しかしそれすらも薄れて精々他所から来た人を指す程度に使われているようだった。
 私を”ワニ”、と呼ぶのは、かなり年配の人に限られている。いずれそう呼ぶ人もいなくなるだろう。
 彼女ももう、人間にしては相当な年齢だ。今年で73だっただろうか。私は彼女を生まれた頃から知っているが、こうして世話を焼きに顔を出すようになったのはここ数年のことだ。私は彼女のお母さんも知っているし、そのお父さんも知っている。そのお父さんとお母さんも同じように生まれた頃から目にしている。彼女だけではなくこの里の人達皆がそうで、永遠亭の皆が私と同じであった。私はずっと彼女達に薬を売る訪問販売のワニであって、そうして里の人たちと信頼関係も築いてきている。
 信頼関係の構築ということは、実際は、私にとっては大きなストレスだ。師匠もそれは知っているはずなのに。いや、知っているから?師匠はまだ、私に”それ”をさせるつもりなのだろうか。
 師匠とて、あのブラックオプスが、愚策だったことは認識しているはずだ。それでもなお、私に、里に溶け込めというのなら、私は上等上手くやってのけてみせよう。それでも。それでもあの時のようなことは、二度と。

「ワニ?具合でも」
「大丈夫、平気。昨日、食べ過ぎちゃって。医者の不養生ね」

 胃の中のものが逆流しかけたのは、嘘ではない。ただ、思い出したくもない記録とそれにリレーションされた感情信号がなかなかブレイクしない悪性ループに陥り、処理限界に近付いてフェールセーフがはたらきかけただけだ。
 私の様子を気遣う彼女が、話題を切り替えた。

「そういやあの子はどうしているよ。えっと、最近とんと姿が見えないから忘れちまったよぉ。あれ、若い頃に何回か会ったことのある兎の」
「ああ、てゐ?」
「そう、そう。」

 何故てゐが兎として伝えられ、私にはワニという名称が付いたのだろうか。見た目の可愛らしさの問題かもしれない。当時てゐは今よりまだ小さかった。一方玉兎の私は生まれた時からそう今と外見が変わらない。比較すれば別の名称で伝えられても仕方はないかもしれなかった。
 てゐと私が月から地球へ逃げてきてから、1000年近くが経っている。その間に地球の様子は大きく変わっており、私とてゐの間にあった出来事も、今では私とてゐからは切り離されて別の伝承になっていた。

「てゐもあんまり変わってないわ。いつまでもやんちゃで、”おねえさん”を気取る割に幼いんだから」
「”おねえさん”」
「そ。一応、てゐの方が年上なの。」
「へえぇ。妖怪ってのは本当によく分からないねえ。人を食っちまうのもいれば、こうして世話を焼いてくれるのもいるし」
「……人間だって、そうじゃない」
「はは、確かに」

 てゐの方が年上、とは、あくまで私の製造年月日よりもてゐの方が早く生まれたというだけで、実際は心身共に私の方が年老いている。
 ただ、肉体はともかく精神――或いは霊的存在根(レジストリ)と呼ばれる何か――にも経年成熟というものがあるのなら、それは無視できないのかもしれない。

「おばあちゃん」
「なんだい?」

 こちらを見るおばあさんの表情に刻まれたしわ一つ一つ。月でここまで老いた身体をもつ者はいないほとんどいない。王族や貴族でもこれほど老いる前には死んでしまう。自殺、する。

「どうしたんだい」
「ううん……」

 人間は、生きる時間が短いから忘れたい過去など発生する確率が低い、とでも言うのだろうか。そんなことはない。単に、月の民とは感覚が違うだけなのだろう。そのしわ一本一本に刻まれた時間には、きっと楽しかったことも悲しかったことも、忘れたいことも、全て織り込まれているのだろう。
 私も、ああいう風に、過去を抱きかかえて年を取ることが出来れば、何かが違ったのだろうか。
 そして、時間に任せて過去を流してしまえる人間を、私は羨ましく思った。

「長生き、してね。」
「どうしたんだよ、急に。私はまだまだやりたいことがあるからね。簡単にゃくたばらんよ」

 おばあさんが、笑う。
 地球の人間の長老には、長生きしろ、というのが習わしらしい。月ではそんなこというはずもないのだが、これも風土の、寿命の長さの違いがもたらす差異だろうか。

「ワニも先生も長生きだからねえ。羨ましいさ。孫の娘、そのまた娘、いつまでも見届けたいよ」
「長く生きることに、飽きたりしないの?」
「世の中にゃ面白いことなんてごまんとあるじゃないか。わにさんと会えたことだって、長く生きてたからこそ、今こうして昔を語り合えるのだって、そうだろう?それとも、私なんかと喋るのにも、もう飽きちゃったかい?」
「いえ、そんなことないわ!」

 私はすぐに否定した。心から、そんなことは思っていないからだ。だが、私達以外の月の民が、そう言った会話を詰まらないと感じているだろうことは、その長い時間における無気力な生き方をみるに、否定し得ないのだった。
 何故、月の民は寿命に見合った精神を持たないのか。肉体と精神の乖離があるのだろうことは、語られている。肉体と霊的存在根(レジストリ)の分離については、月では今でも研究段階だが、それはもう千年以上研究段階のステータスのまま変わっていない。研究の最盛期は、月の民もそこまで寿命が長くなかった頃、再評価がなされたのは戦時中、私達玉兎を製作していた間。だがもう、誰も継続はしていまい。意識を永らえることに、月の民はもう、飽きてしまっていた。
 その中で、それでも生に執着するのは、他でもない《戦力増強指針》の被験者だけになっていた。私の精神回路を作り変えた《戦力増強指針》とそれにまつわる追求は、悪魔の研究だったのだろうか。

(私は、死が、怖い。死ぬほど、怖い。)

 この星では自然なことだが、永遠亭に帰れば、月に戻れば、その恐怖は精神異常者のそれに違いなく、私も、てゐも、月にいた頃は多かれ少なかれ、そう言った扱いを受けていたのだった。
 だからこそ、私とてゐは、今こうして、この土地にいるのだ。







「戦争?」

 私は、毎日灰色の川水でシャツを洗って家人に小間使いにされているとは言え、それなりに安穏と生きているのだ。そんな物騒な言葉は一度だって耳に入ってきたことはないし、この目で見たこともない。戦争とは殺しあうことだろう。命を失うような危機が、日常の隣人になっているとは思えない。
 ならばこの目の前に突如として現れた月兎は、何者だろう。何を言っているのだろう。いきなり空気から形が出来たように現れて

「お願い、匿って。もう、人を殺すのはたくさんなの」なんて言うのだから、いくら私でもまともではないことくらいわかる。
 危ない人、か?
 私も、周囲からは狂人扱いを受けているが、これほどに支離滅裂なことを言ってるとは思っていない。

「戦争なんて起こってたら、私だって知ってるはずだよ。なにゆってるの」
「戦争が非戦闘員の存在するフィールドで行われるのは、大昔の話よ。現代戦は、空間的にも情報的にも非戦闘員のフィールドから切り離されて行われ、その事実は現在形として知らされることはない。総動員施策を採るなら別だけど、それ以外の場合はプロパガンダとしてしか戦争の情報は流れない。特に、月人には知らされても月兎は知る必要がないとされることもある」
「あ、そ……」

 あんただって兎だろ。

「誰と戦ってんの?見えない敵?」
「見えないこともあるわ。奴等の技術は月のそれとは全く異質で想像がつかない。」

 ダメだ、危ない人だ。
 何か銃みたいなの持ってるし。服装もなんか都市迷彩っていうの?変な模様の服、しかもあちこち破れたり綻んで傷んでて、グローブとか帽子とかも何だか普通じゃない。自分の身を人に見せたがらないような感じが漂ってる。
 ただ、この目の前の兎が青白く冷えて身を震わせ、何かに怯え切っているのは間違いないみたいだった。その様子は、何故か、ひどく生々しく、私の心臓に絡み付いて舐め回すみたいにその存在感を示してくる。そう、例えていうなら、私が内蔵を口から吐き出してそれをその辺にぶちまけたとき、そうして目の前に広がる内臓嘔吐物が生温かく脈打ったままあるのが、彼女そのものであるかのようにさえ、私には感じられていた。

「わかったよ、まあ、その、戦争が起こってるとして、あんたはここに、何しにきたの?巻き込まれるのだって真っ平御免だよ」
「しばらく、ここに、匿って……お願い。ご飯は要らない身体だし、お家のお手伝いもするわ。このお家は大きいから、家人も兎の出入りなんて把握していないでしょう?お願い」

 頭を下げてくる兎。それにしたって、偉そうだ。

「今更兎が増えたところで、確かにこの家の人は何も言わないと思うけど、あんたのその態度が気に入らない」
「失礼、しました。」

 私がそう言うと、今度は逆に慇懃なほどの態度で頭を下げてきた。それは、礼儀、というよりは辞儀のようであって、ああ、軍隊のそれみたいだ。
 兎の社会は緩い。別に上下関係もなく、皆なーなーで、仕事仲間に新しく一人が増えても誰も何も言うまいし、気にも留めないだろう。主人をコロコロ変える兎だって沢山いる。態度が気に食わんと言ってしまったものの、そんな風に形式ばったものでもないのだ。ここにいたければここにいればいい。

「いるのは多分大丈夫だけど……匿うってのは難しいと思うよ。前のご主人と何かあったのなら、主人同士が何かのやり取りをして伝わっちゃうかもしれないし」
「構わないわ。今は、取り敢えず。」

 一般玉兎のソナーは無効化できるし、と何やらよくわからないことを言っているが、まあ私は来る者を追い払うほどの権力を持ってるわけでもないし、月兎は月人の関係のように密なネットワークを持ってるわけでもない。「すきにすれば」といいやると、恩に着る、と付け足してきた。
 そういうと、背負っていた大きな背嚢を地面に下ろす。がしゃ、と無機質な金属音が響くと同時に、足元からその重さを示す振動が伝わってきた。まさか、本当に火器でも入っているのだろうか。

「戦争って言ってたけど、私達には何にも」
「さっきも言ったけれど、現代戦は隠匿されて行われるわ。政治と強く結びついていて、広義の代理戦争と化してる。組織同士というよりは、組織をスポンサーに持つ武装集団同士の戦い。軍は、国家をスポンサーに持つ武装集団というだけよ。敵がそのやり方に乗ってくる以上は、こちらもそうして扱う。そんな紳士協定がなかった戦争も、あるけれどね」
「……」

 本格的にトチ狂ってるようにしか見えない。
 戦争が実際に起こっているのかどうかは私には判らないけど、何かそう言った火種があるとするなら、執政府の内部で、王党派と摂関家派の分裂があるという噂くらいしか、私は聞いたことがない。それも、あらゆるものへの無関心が蔓延る社会においては、全く見向きもされていないことであって、その真偽や実態についても全く興味が持たれておらず、下らない噂話の一つでしかなかった。

「戦争って言ったって、相手は何なの?内乱でも起こってるっていうの?」
「相手は、あれ」

 そう言って、頭の上、海の向こうに見える青い星を指差す。

「……は?」

 さっきからこいつの言っていることの意味がわからない。やっぱり妄想戦士とかその辺りなんじゃ?

「地球の軍勢が、侵攻してきてる。」

 頭が痛くなってきた。星間戦争だなんて、もう誰も読まなくなった苔生したような古臭い小説じゃあるまいし。

「はいはい。じゃあ戦士様は地球の侵略者を相手に、敵をばったばったと薙倒す英雄なんだ?」
「信じなくても構わない。どの道私はもう、もうあそこには、軍には戻りたくない。もう、あいつらが何と戦っていようが関係ない。」

 また、怯え始める変質兎。身震いし始めて、体温低下があるのか肌が青く沈む。唇は即座に紫に変わり、赤い瞳は不規則に揺れて定まらない。蹲って自分の肩を抱くみたいに、小さくなってぶつぶつと呟き始めた。
 不安定、という言葉がピッタリ合うような、手に負えない気性。かくいう私とて、似たようなものではあるけど。

「もう、まっぴらなの。こんなの、間違ってる。間違っているの?わからないの。軍は私をどうしたいの?人を殺し、自分が殺されるかもしれない場所に行く私達に、何故、tanacrofobioを植え付けたの?なんで戦闘車輌に人並みの思考力と倫理観を与えておきながら、それに反するような作戦を遂行させるの?私達は、何なの?私は、私は」

 ああ、こいつは。
 よくこの年齢まで殺処分されなかったものだなあ。
 こういう手合いは確実に社会幸福不満罪で取り締まられ、恐らくするとこれほどに周囲に”疑問”と”不安”を撒き散らしてそこに理性的な制御が無いのであれば、即座に保健所に連行されるだろう。
 青白く冷えた白皙、血走った赤い瞳。私にはよくわからないが辺りに撒き散らされているこの、不穏な”波長”。
 なるほどこういう奴がいるのなら、私程度の反社会的思考は取るに足らないのかもしれない。
 主人に反抗的、社会への納得が済まず、あらゆるものへの諦観が持てない私にさえ、目の前に現れた女のことは、気持ちが悪く見える。関わってはいけない類のやつだ。
 だが、そうだと思っていながらも、私は、このキチガイ兎が発した言葉に、一発で撃ち抜かれてしまったのだ。

「私、ここから、逃げたい。ここじゃないどこか、誰の目にも触れなくて、私のことを知る何者も存在せず、誰も私を苦しめない、不安も疑いも持たずに済むここじゃないどこかに、逃げたい。逃げてしまいたいの。消えていなくなりたい。」

 逃げたい。消えたい。
 それは、私の”このあたり”に蟠っているものを、何か不思議な薬品で凝固させて言葉に直したみたいな、魔法だった。
 そうして導かれた意味に対して、私の中で更に起こる反応現象。紡がれた私の思いはするすると、口の中から溢れて言葉になった。

「……でも、逃げたくても、消えてしまいたくても、死ぬ勇気なんか、ないんだよね。生きることは、本当は気持ちがいいって信じてるから」

 私がそういうと、目の前の兎が跳ねるように顔をあげてその真っ赤な瞳を私に向けてくる。

「っ!?」

 その真っ赤な、紅玉よりも血塊で赤錆よりも夕日な瞳を覗き込んで、視線が交差した瞬間、脳味噌がミキサーにかけられたみたいに思考と言葉と記号と意味が分解されて粉々に巻き上がった。
 私が反射的に目を逸らすと、彼女もまた目を伏す。そして彼女はそのまま、ぼろぼろと地面に涙のあとを刻み始めた。
 月には、こんな風に考える人はいない。疑問を持ったり不安を感じたりするのは幸福不満であり、罪であり、それ以上に精神異常であって、穢れを嫌う潔癖なこの社会においては、廃除されるべき存在なのだ。恐らく彼女の病状は、私よりも深刻なのだろう。こんな風に、泣き出してしまうには、それほどの感情を持つには、大きな傷があるに違いない。

(おんなじ、だ)

 目の前で泣き崩れるキチガイ女に、私は何らかの銃弾を食らったに違いがなかった。たったさっき現れて少し言葉を交わしただけのキチガイ相手に、こうまで、自分の中身が目の前にあるような、嫌悪感を伴うほどの共感を抱くなんて。私の中にある何か名状し難い不安感、失望、いや攻撃性かもしれないそれを引き寄せる、磁力のようなものが、この兎にはあった。これが恋心ならば、一目惚れというやつかもしれないが、生憎そんなロマンティックなものではないらしい。
 私が返した言葉は、まさしく私が私に向けた言葉だったのだ。今まで、私は頭が悪いから、モヤモヤして胸と下半身で渦巻くだけだったどろどろした不快猜疑は、目の前の兎が言葉に直してくれたのだ。初めて自分の目に見える、手に取れる、そうすることで解剖して分析して、やっと向き合うことができる、亡霊から事象へ進めることができた。

(このひとは、おんなじ、だ)

 ここへ、逃げたいと言って突然現れたこの兎は、本当に何かと戦っているのだ。敵は見えないかもしれないし、私に見えないだけでこの女の言う通り隠れているだけなのかもしれない。そう言った何かとの戦いに折れて、逃げようというのかもしれない。
 私は、猜疑や不安を感じながらも、こうして文句ばかり言って埋没している。灰色で骨ばかりの死んだ社会に宣戦することなく、その逃げ方はみみっちい。こいつみたいに、思い切り「逃げたい!」と大声で叫ぶことさえもしないで、賢しい振りをしているだけで。
 この兎は、もしかしたら、私を何処かへ連れて行ってくれるかもしれない。私のさもしい反社会的思考を、何らか決着をつける手伝いになってくれるかもしれない。
 攻撃、あるいは撤退。それを望んでいるのは、この人だけではない。私だってそうだ。この狂気兎が、私の、福音なのかもしれない。

「ねえ」
「な、なに」

 取り敢えず私は、まだ何かに怯えたままほろほろ泣いているかのじょに、彼女が目の前に現れてから、その不自然な出現方法と理解不能な発言それらよりも、ずっと気になって仕方なかったことを、口にした。

「……変な耳」







 月面の迎賓館で定期的に行われるパーティは、博麗・八雲が共同して地上のどこかに主催するものと、その様相は同じように見えた。
 既にコンセンサスが得られている命名決闘法は、古に八雲が森羅万象に対して契約を結ばせたものだといわれているが、真偽のほどは定かではない。地上で行われる酒宴とは、少女たちの社交場でもあると同時に、この合意の再確認の場でもあった。
 対し、八雲による第四次月面戦争突入直前の騒動、所謂「キュービ危機」とその鎮静を境に催されるようになったのが、月新首都の迎賓館で行われる、この立食会だった。
 結果として、月と地上の間の紛争において武力に訴えた場合においてでも、それが個人間の諍いを発端とする場合、個人的決闘ではなく命名決闘法に基づいたルールで解決するというコンセンサスを、月(正確に言うなれば、綿月摂関家による現月面執政府の実効支配地域を指すが、現在地上に追放されている帝を君主に掲げる旧王党派の支配地域についても、地上にいる帝が合意を表しているため、月全体と地上における永遠亭の支配地域も含む)からも得られたという点で、月面戦争の危機感を煽った八雲の「地上幻想郷以外の存在にも命名決闘法を強いる」という目論見は成功だったとも言える。
 地上の妖怪、人間、その他有象無象が月新首都のこの館に一堂に会しているというのは、月と地上の間においてもその認識に違いはないという意識合わせの場として、八雲に利用されていた。それは、八雲・博麗勢力の力のみではなく、月世界に復権を狙う旧王党派による水面下の圧力もあってのことであり、必ずしも招いている綿月執政家の好意による親交の証としてのパーティであるとは限らなかった。
 そこで行われているパーティは、談笑、交流、などであると同時に、暗渠に巣喰う政治という言葉が脈々と流れる魔窟と化している。現に八雲紫は、右に博麗の巫女、左に式の八雲藍を侍らせて警戒しているし、豊姫様と依姫様も、おそらくカスタムされているだろうレイセンシリーズの二体を従えて警護させている。
 私も藤原さんとともに姫様の脇を固めていた。私にインストールされている要人警護プログラムは、もはやこの立食会以外で使われる機会を失っているが、それでも常に最新化は怠っていない。警護のレイセンは私にとってはいるもいないも同じだが、厳に警戒するべきは綿月姉妹本人達の動向。お二人の力の絶大さは知っているし、お二人には姫様を"どうにかする"動機がこれでもかと言うほどにあるのだ。師匠が顔を出さないのは名目上は屋敷の業務によることになっているが、実際は主催である綿月姉妹との駆け引きとして連れてこなかったのに違いなかった。

「輝夜」

 姫様に声をかけてきたのは、霊夢さん――博麗の巫女――だった。

「ごきげんよう、輝夜姫。こら霊夢。主人より先に声をかけては駄目でしょう?」
「誰が主人よ。私は式じゃないわ」

 霊夢さんは、不機嫌そうだ。私は八雲と一緒にいて機嫌が悪くない霊夢さんを見たことがない。
 かく言う私も、そうだった。さっきから、頭痛が酷い。拳が勝手に握られてじっとりと汗をかいている。瞬き一つすることさえ出来ないまま、p八雲紫の姿を注視してしまっていた。脇にいる博麗の巫女や、八雲藍の動きも逃してはならないのに、八雲紫から目を離すことが出来ない。

「永遠はお楽しみになってますか?」
「ええ、お陰様で。あれから誰かも一緒に過ごすようになったし。もう少し静かなら、申し分ないのだけれど。」
「騒音の原因には、貴女の不始末も含まれていてよ?」
「そういえばそうね。」

 飄々と笑う姫様は、すでに藤原さんが警戒心を以て見ている方へ、ひらりと振り返る。その先には。

「騒音って、私達のこと?」

 依姫様と、豊姫様。
 横隔膜が縮み上がって呼吸が浅くなるのを、SVCで強制的に平静へ押さえ込む。

「"も、含めて"と言ったのよ。健啖ね。」
「どうも。鈴仙、新しい飼い主はどう?」

 豊姫様の手が、私の頬に触れようとする。言葉尻と動きは私を思ってのことのように見えるが、一点だけがそうではない。致命的な一点が、私を、嘲笑っていた。表情。突き刺すような視線が私の眼底を抜いてくる。

「よくしてもらっています。新しい弟子に迎えて頂きましたし、過去には誰か他にも弟子がいらっしゃったようですけれど、姿が見えない」

 私は触れようとする豊姫様の手を払って、突き刺す視線を真っ向から受け止める。

「こら、うどんげ。おいたしちゃだめよ?永琳だって来たがっていたのだから。私が無理に仕事を押しつけちゃったせいで、悪いことをしたわ。旧知の顔にも会いたかったでしょうに」

 ケラケラと笑う姫様だが、いつもの笑顔よりも口角が3ミリ余計に上がっている。警戒の証拠だった。
 私はもう、月の住人ではない。月の執政府から見れば、旧王党派ということになるのだろうが、私は政治になど興味はない。現政権も旧王党派も関係ない。姫様に遣え、姫様をお衛りするだけだ。
 そう、決めた。たとえ、姫様が――

「貴様等はまだ同族でそんな下らん争いを続けているのか」

 現れたのは、紅魔の首魁、吸血鬼のレミリア・スカーレットだった。従者一人と闇の妖怪を従えている。

「旗の染め色ばかり気にして、その旗を振る者が同じ存在だというのにわざわざ色分けして何になる。分離し、混色すれば濁り沈殿するだけだろうが、バカ者共が」
「そういう紅魔がもっとも急激に軍拡を推進しているのを、我々は懸念事項として取り扱っています。折角こうして同じ場所で言葉を交わせるのだから、我々はこの均衡を大切にすべきです。もう少し慎重に考えていただきたい。」
「そうして外からの新興勢力を追随させない魂胆なのだろうが、バランスを重んじるというのなら、その言葉、自分に突き刺さっているぞ。月が地球の警察でも気取るつもりか?」

 高慢な物言いに、事実、軍事勢力として頭角を示す紅魔の頭は、しかしもっとも争いに消極的であるというのが、各組織の概ね一致した見解だった。しかし、だからこそ、扱いにくい。動きが読めず、手を打ちにくい。狡猾に主導権を握ろうとする。それこそが、紅魔のやり方らしかった。有能な魔術師が参謀を務めているのだというが、指導者が余程有能でない限り、魔術師に頼る国は荒廃するのが世の常だ。
 八雲、綿月、蓬莱山、紅魔、そして向こうには天人と魔界の使いもいる。先の月面戦争時の主役にさらに嵩増しした顔ぶれ。あれほどの争いを繰り広げておきながら、こいつ等は生きている。
 姫様も含めて、彼女達はこんな立食会など開いてまた茶番を演じている。死んでいない。私の周りにはあれほど濃密に死の匂いが立ちこめていて、いつ死神のぬらついた手が私の肩を叩いてくるぶしを掴み引きずり込んでもおかしくなかったというのに、事実そうして消えていった仲間たちがいたというのに、彼女達は。

「大丈夫か、イナバ?」

 いつの間にか顎を噛みしめて、警戒偵察用に形成し散布してある視覚素子を、会場を俯瞰できる位置に移動して全員を凝視していた私は、藤原さんに声をかけられて我に返った。掌には自分の指先の跡が残り、いつの間にかホットスタンバイとなっていた各部位の運動システムが無用な熱を保っている。

「あ、いえ。大丈夫です。」
「輝夜達ならもうほっといても大丈夫だろ。空気が和んでる。奴ら権力者の頭の中は訳が分からんな。休んでいたらどうだ。目に見えて体調が悪そうだぞ。」
「平気です。そうやって姫様と二人っきりになろうなんて、見え見えですよ?」
「ははっ、それだけ言えれば心配ないな」

 藤原さんが背中をぱしんと叩いて姫様を、私とはちょうど逆側からガードしている。私はもう一度気をしっかりと保って背筋を伸ばし、この立食会の護衛をやり遂げようと決意した。
 過去の記憶情報を消去出来なくなっているせいで、余計な精神負荷がかかっていた。見たくもない記憶が常にシステムに捕まれていて消去できない。忌まわしい《戦力増強指針》に基づいた処置のせいだった。
 私は、まだ、戦争を終われていなかった。

「私はただの流刑人だもの。覇権争いはそっちで勝手にやってちょうだいな」
「よく仰いますね。今でも王党派は東北以北で十分な勢力を保っています。蓬莱山輝夜、あなたを旗印にして。火と血で平らげてもいいのですけど、綿月政権は、穏健ですから。」
「吹きなさいな。ほぼ征服王朝のくせに?」

 各コミュニティの筆頭同士が、毒を吐きあって腹を探り合うのを横目に、護衛同士は気が抜けてくる。言弾を飛ばし合っている内は、逆に安心なのだ。

 綿月姉妹のサイドを固めるレイセンシリーズの目が、私に向いていた。じろじろと私をなめ回すみたいな視線は、護衛対象を持った警戒の視線とも違う。

『なに?』

 彼女達の通信をハックして通信を送ると、レイセン2機はびくんと跳ねるように背筋を立てた。

『さっきからじろじろ見て、何のつもり?』

 レイセン2機は主人に気づかれぬ程度に驚き口をぱくぱくさせている。

『ちょっと、暗号化設定ちゃんとしたの?』
『したよぉ』
『じゃあ、なんで』

 玉兎だけが玉兎同士で使える通信。それの機密性が高い奴をこの2機は綿月護衛の特別機として与えられていたらしいが。

『聞こえてるってば。あなた達のひそひそ話なんて、オープンチャンネルも同じよ。真乱数公開鍵に手を加えただけでしょ?進歩ないのね、月の技術』

 そうまで言ってやると、レイセン2機の精神波に乱れが生じた。さすがに動揺しているか。

『別にどうかしようなんて思ってないわ。ずいぶんじろじろ見るから、何かと思って』

 首脳同士の会話は、皮肉の言い合いから、幻想郷の濾過機能についてにシフトしていたが、私には興味なかった。私やレイセンだけではない。霊夢さんも藤原さんも、八雲藍もメイドさんも闇の妖怪も、今や思い思いにサンドイッチを食べたり、地上でそうするように雑談を交わしている。捻くれ者の主人達同士が、会話のレールに乗ったのならば、もう何か起こることはないと知ってのことだった。

『耳が』

 レイセンの片割れが、ぽつりと、漏らした。

『は?』
『耳が、立ってるなぁって』

 耳?確かに上方に形状記憶されたアンテナは、《COSMMOS》より後期の玉兎(チューンド)からは過剰性能とコスト過多として不採用となっていて、他のすべての玉兎は目の前の2機と同じように"耳が垂れている"。玉兎の間に限って言えば、"立った耳"は、いわば《COSMMOS》の象徴だった。

『月には、もう"耳の立った玉兎"は存在しません。私も本当に目にするなんて思ってませんでした。まさか、蓬莱山輝夜に随行している玉兎が、"耳の立った玉兎"だなんて』

 耳を疑った。
 存在しない、といったか?

『存在しない?』
『はい。他の《姉様》は全て死んだ……と言われています。少なくとも月には残っていません。』
『死んだ?』

 戦中、私達《COSMMOS》は普及展開されることも史実に刻まれることもない実験技術の塊、特務車輌としてブラックオプスに投入され続けた。しかも、チームでの運用を想定して設計された筈の機体だったにも拘らず、当時各方面で劣勢だった形成を取り戻すためバラバラの単独で運用され、まともな休息もケアもないまま過酷な状況に晒され続け、結果として戦後まで生き延びた(殺されなかった、と言うよりは、運良くガタが来なかった、というだけの場合が多いが)のは私を含めて数機だけだった。
 その私も月に帰ることはなく、地上へと脱走したのだが。

『故障?それとも、逸史として消されたとか』
『自殺したと言われています。少なくとも表向きは。でも、《姉様》を殺せるようなひとは月にはほとんどいません』
『……バカな』

 戦時は苛烈な運用を極めたが、それでも生き残りはいたし、月に残っていればおそらく今でも軍の中核をなす戦力だろう。今日では非公式ではあるが戦後補償でメンテも受けられる筈だ。目の前のレイセンシリーズがきっちり整備されているところを見ると、整備を受けられれば死ぬことなどないように思える。
 だが、なぜ?
 みろ。あの戦争の首謀者どもは、ああして生き延びてまた生温い諍いに興じている。だというのに、私達は。何だというのだ。やはり、月兎など、ただの奴隷階級なのか。玉兎となってもそれは変わらず、ただの使い潰される道具だったのか。

『まあ、自殺なんてよくあることですし。病気で死ぬより自然ですよ。』

 月では死因の第一位が自殺だ。平均寿命は気が遠くなるほど長いが、それでも上下する理由は医療や食糧事情のためではなく、社会情勢による。生きることに飽きた奴から順に自殺するだけなのだ。生に飽きるかどうかは、社会情勢や風俗に、大きく左右されるのだ。
 だが、私は違う。私達は、あなた達とは違う。
 私達は、他の月の民と違って、"死を恐れる"のだから。
 自殺など、する筈が……

『《姉様》』
『なに?』

 レイセン2機が、私を見ていた。

『これは綿月姫様方、というか月人にも知られてない、月兎の間だけのことですが』
『”ラビットストリーム”?』
『ええ、まあ』

 幾度かの戦争を経て月民の間にも変化が現れた。その一つが、月人と月兎の格差だった。元々月兎は月人の奴隷種族ではあったが、人権は保証され、労働といっても餅を突いたり月人の簡単な雑務をこなすだけだった。だが、兵役においてその扱いに明確な差が現れると、種族間の溝は一気に深まった。
 少数の月人が多数の月兎を従える社会構造では、月兎側にばかり徴兵が回り、かつ最前線に立たされた。基本的に死をいとわない月民にとって、最前線で戦うことはさほどの負荷とはならなかったかもしれないが、作戦上の連携密度を要されたり司令部と戦線で人口比が違ったりしたことはコミュニケーションの偏りを招き、終戦を境に月兎は独自のネットワークを築くようになった。
 戦争を境に多くを月兎に頼る体質に変化した月人も、月兎のネットワーク形成に対抗するように横の繋がりを強め、結果としてに種族間に溝が生じることになった。
 月の社会学者達は、月兎達独自のネットワークをラビットストリーム、月人のそれをムーンフェンスと呼んでいる。
 これは種族らしいまとまりとしての種族を大きな括りにしていなかった地上には見られない変化ではあったが、一方では地球では既存コミュニティへの核化が進んだ。

『多くの月兎は、私達のような玉兎(チューンド)に憧れを抱いています。そして、その頂点にあるのは、《COSMMOS》である《姉様》です。それは憧憬というより信仰にも近いです。"耳の立った玉兎"に、お目にかかれて、私、すごく感動してます。』
『……は?』

 何を言ってるのかよくわからなかった。
 《COSMMOS》が、憧れ?信仰?

『月兎でありながら、月人よりも力がある。戦争では一騎当千、その存在がなければ戦争に負けていました。《COSMMOS》の存在は、兎達の独立心を支えています。月にいる兎には、それにあやかって、ファッションで耳を立てている子も多いです。英雄なんです。戦中に生まれた玉兎もそうですけど、それ以上に、《COSMMOS》は』
『《COSMMOS》なんてものは、都市伝説だわ。兎達に芽生えた独立心が生み出した架空の存在よ。軍にそんなものはなかった。』

 《COSMMOS》なんてものは実在しなかった。それが、史実だ。

『私も、そう思ってました。――今日、こうして《姉様》の姿を見るまでは』

 《戦力増強指針》も、その前研究としての《COSMMOS》も、月の公文書にはその存在は残されていないし、関係者も否定している。それを裏付ける事実はなく、仮に彼女が言うとおり私以外の"耳の立った玉兎"がいなくなってしまったなら、それは逆にその事実を証明するものもいなくなっているということだ。他の《姉妹》達がそうであったように、私もこのことを口外するつもりはない。だから、歴史上、存在しない計画と兵士なのだ。

『もし《姉様》が、蓬莱山輝夜と一緒にいる脱走兵が、現存する最後の《COSMMOS》だって知れたら、兎達の間に知れ渡ったら、ああ、なんてこと。こんな感情、生まれて初めてかも知れない。これが、"わくわくする"って感じなのかしら』
『だとしたら、何だというの』
『もしそれが皆に知れたなら、兎達の多くは旧王党派に流れるでしょう。』
『なっ……』

 私が月を脱出して地上で暮らしている間に、《COSMMOS》への神聖視が始まっているとは思いもしなかった。しかもそれが月人と月兎の緩やかな対立を現政権と王党派の対立に関係つける可能性を持っているなんて。

『どのみち、《COSMMOS》なんてものは存在しないし、もしいたとしても幻想を抱きすぎでしょう。そんなに力がある存在なら、現存一機なんて状態になる筈がない。兎達の独立心が生み出した、理想の幻影よ。』
『それでも構いません』
『は?』
『そんなもの、実在しようがするまいが、関係ないんです。私達月兎は元来気ままで浮ついた気性の生き物で、玉兎もそれを元に作られたにすぎません。先の戦争で危機的状況に陥った原因はそこにあります。だからこそ、兎達には団結するための精神的基盤が必要で、精神基盤であるからこそ、実在する必要はない。』
『愚かな』

 それは、先の戦争が勃発した理由とさほど変わらないではないか。お互いに実体のない旗を振り合い、目的自体が虚飾である殺しあいをした。八雲の目的は別にあったのかも知れないが、少なくとも現場の意識は「清き清浄なる月のために」というスローガンが根底にあったのだ。今にして思えば、何も清浄などではなく、月のための戦いでさえなかった。背後で動いていたのは首謀者達の政治遊戯(ポリティクス)であって、実際に傷つき血を流し命を落とした者達の想いとは遠くかけ離れていたのだ。

『この会合が終わったら、私、軍を抜けます。《姉様》と同じくなりたい』
『やめなさい。軍を抜けるなんてできる筈がないわ。増して、あなた方は豊姫様依姫様の近衛でしょう?逃げ出す前に、消されるわよ』
『いいえ、そうはなりません。その実例が、目の前にいるのですから』

 言い返せない。
 私はまさに作戦行動を放棄して地球へ脱走して、紆余曲折あったとはいえ蓬莱山輝夜の元に居着いているのだ。彼女が死を厭わぬと言う以上は、その行動を止める筋合いは私にはなかった。

「そうしていがみ合ってるように見えても、永遠亭が一番地球に近い月であることに変わりはないわ。輝夜姫には、我々に対して、信用に足る行動を示して貰わないと」
「はぁ?そうやってまた戦火を煽るのね。それが幻想郷でもっとも古きシステムと言われる比那名居のやり方なの。さもしいわね?」
「自身が内乱の導火線であるくせに、大きな口を叩かないことね。月都との友好の証として前帝の首を執政府に突き出したっていいのよ?八雲に対して利害は一致しているし」

 とっさに通信を遮断して、物騒なことを言う天人と姫様の間に割って入る。

「寝て桃を食ってるだけの天人の考えることにしては、好いアイディアですね。妥当な取引でしょうか」

 今度は藤原さんが綿月姉妹との間へ。すると、次の瞬間、そばにあるテーブル一つが、音を鳴らした。驚き飛び上がった食器が幾つか床に零れ、縮み上がったグラスが倒れて失禁している。

「天人、下らん火種を蒔くのはよせ。どうせお前では蓬莱人三人の"首を差し出す"ことなどできんだろう。」

 ふん、と苛立たしげに顔を背ける天人。
 食器とグラスを脅かしたのは、レミリア・スカーレットだった。

「何のために、月だなど、こんな辺境に出向いてきたと思っている。この街の匂いは最低だ。歩く死人の匂いがぷんぷんする。こんなゴミ溜の街に、チンピラが酔った勢いで道端のゴミ箱を蹴飛ばす様を見にわざわざ来た訳じゃない。」
「そちらこそ随分と失礼ですわね」
「失礼かどうかはこの世界の実益とは関係がない。その範囲で率直な意見を言ったまでだ」

 レミリア・スカーレットに向けて、この魚の死骸みたいな匂いはどこからするのかしら、と返す豊姫様。レミリア・スカーレットに同意するように言葉を流し込んできたのは、八雲だった。

「レミリア・スカーレットの言う通りよ。私達は、この会合をもっと有効に活用しなければならない。これは多くの犠牲の上に築かれた、脆弱な平和だ。だからこそ、共通の利益のために、"おままごと"でも"学級会"でもやってのけなければ、首脳としての品格が問われましょう。」

 ……前大戦の大戦犯が、何を偉そうに。
 反吐が出そうな会話を、シャットアウトしたかった。だが、その戦争を、私も多くを殺して潜り抜けた。その上でこうしてここにいるのだ、同罪だろう。

「イナバ。おい、イナバ」

 藤原さんに声をかけられて、その方をみる。

「もういい、それを下ろせ。」

 えっ、と思わず声を上げてしまった。よく見ると、飛び跳ねた食器も倒れたグラスも、粉々に砕けていて、私は無意識の内に銃を構えていた。ついでに言うと、残弾が二発、減っている。
 レミリア・スカーレットは射線を回避するように一歩退いて私を見ている。

「まあまあ、臆病な兎さんね?」

 揶揄するように言ったのは天人だった。

「何があっても動じないボディガードなんて、信用できない。臆病くらいがいいのよ。まあいつかのように逃げ出されては困るけれど、事実あそこでレミリア・スカーレットが"しでかした"のであれば、私以外の全員は退場だったでしょう?」

 大儀だわ、うどんげ。と姫様はフォローを入れてくださったが、これでは警護失格だ。

「すみま……せん」

 冷や汗が、止まらない。
 それは、粗相をしたことよりも、緊張状態で大きな物音を聞かされたせいだった。動悸が収まらない。呼吸が浅く細かく刻まれて、銃を持った手を下げられない。

『《姉様》?』
「イナバ。大丈夫か?さっきから様子が変だぞ」

 《妹達》も藤原さんも、怪訝そうに私を見ている。

「昔は優秀な兎だったのだけど、錆び付いたかしら。敵性認識システムが狂ってるんじゃない?」

 依姫様が冷たい目を向けてくる。
 銃を、銃を下げろ。それは敵じゃない。ただの食器とグラスだ。血じゃない。ワインだ。砲声じゃない。テーブルが倒れた音だ。ここは、ここは戦場じゃない。
 SVCさえ弾かれて、厳戒モードを解除できない。
 私を支配しているのは、ただ、恐怖だった。テーブルが倒れ、食器が乱れただけの音に対して、恐怖を覚えている。側に敵化し得る者がいる緊張感の中、張り詰めた制御を破綻させるのにはこんな些末な物音でよかった。
 理性では、敵の攻撃ではないことは、わかっている。それでもスイッチが入ってしまった私の体は、誰か何かの微動それだけで危険を感じそれを排斥しようとしてしまう。
 アイカメラはあらゆる方式で周囲を探り、たとえそれが、本当に敵でなくても、私の過剰反応は留まろうとしない。

「うどん……」

 姫様が、私の方へ向き直る。
 挙動に不調が現れていた。
 戦時でも滅多に使わない厳戒モードは、敵性認識システムと運動系をブリッジさせて主格神経節の複雑な処理を介さずに敵を排除し自身は生き延びる行動を、高速かつ余計な思考を持たずに行うもの。
 そのシステムに不調が現れている。
 猜疑心。知的有機体ではそういわれる感情に非常に近いものが、暴走している。それも、理性から切り離されて、直接行動に現れてしまっていた。

「近寄らないで!!」

 やめろ!それは、違う!今は、今はもう、違う!!
 体へ発砲停止の制御命令を発するが、拒絶される。脳と腕の神経接続遮断を試みるが、拒否された。こちらに向き直り、私に寄ってくる姫様を、私のシステムは敵と誤認していた。
 極度の緊張――その理由は私には明らかだったが――によってぐらついていた精神に、レミリア・スカーレットが立てた大きな音が、一時的なパニックを引き起こしていた。

 姫様?ちがう。狙うべきは、姫様じゃない。いるだろう、ほら、あそこに。見えるだろう、撃つべき死神が。

(あの死神を撃て)

 思考でも言語でもない処理としての意味が、主格神経節の中を渦巻いて複数の制御系を乗っ取っていく。

「おい、イナバ」

 私の目には見えるあの死神に銃口を向けてしまった私を、取り押さえようと飛びかかってきた、藤原さん。
 藤原さんが体を挺して奴への射線を遮るが、その肩の向こうに垣間見えたその顔が、言った。確かに言ったのだ。切れ長の目をさらに細めて、いやらしいにやにや笑いを向けて、私を、いや、私の記憶を、煽った。

 ――ほうら、撃ってみなさいな。

「やめ……ろ!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 どすん。
 どすん、どすん、どすん。

 死ね、死ね、しね、しねしねしね!私は、私は、私の戦争はまだ、終わっていない、終わっていないの!!
 やめて、やめて、やめて、やめてやめてやめて!やつは、やつは、この戦争はもう、終わっっている、終わっているの!

 藤原さんの肩越しに見える、奴の顔を睨みつけながら、私は何度も引き金を引く。

「イナ、バ、やめ、ろっ」

 マンストッピングパワーだけを追求した私の弾丸は、命中後貫通することなく、距離に関わらず一定侵徹で炸裂するようになっている。すぐ側で聞こえるこの炸裂音は、射線を遮った藤原さんの腹が、肩が、太腿が、腕が、胸が、私の弾丸で砕け散る音だった。

 止めるからだ。作戦を邪魔するから、作戦行動の阻害要因は、排除するだけ。邪魔を、邪魔をしないで。
 なんで?藤原さんが守るべきは、姫様でしょう?なんであいつを庇うの?別の目的があるの?それとも私の邪魔をしたいだけなの?
 姫様だって何を考えているのかわからない。何故私をここに連れてきたんだ。ここには"私の敵"が多すぎると、知っているだろう。
 他の首脳陣も何を考えているのかわからない。この世界を、私とその周りを、どうしたいのだ。大戦時の生き残りなんて邪魔で厄介者、この場で消そうとしているのかも知れない。客観的に考えて、姫様にだって私を特別取り立てる理由はない。むしろ邪魔なはずだ。
 レミリア・スカーレットは何故あんな音をたてた。天人に苛立ちを隠せなかったと見せかけて、何かの作戦開始の合図なんじゃないのか。フルカスタムレイセン2機をひっさげて来た綿月姉妹も何のつもりだ。脱走した私をいよいよどうにかするつもりか、いや、お前など不要だと見せつけるつもりか。

「レイセン、あれを止めなさい」
「「は」」

 依姫様が、レイセン2機に対して破壊措置命令を下す。

 くだらない。くだらない!
 玉兎ごときがいくら束になっても、私をどうにかすることなどできない。私は、お前達を越えた存在として整備され続けてきた、私自身そういう存在として今でも自分を作り続けているんだ!

 レイセンが腰に下げるサーベルに細動エンチャントを施して私に切りかかる。が、私が信号一つを送っただけで機能を停止してその場で立ちすくんだ。下半身の運動機能をクラックして主格神経節からの接続を断った。

「うそ……!」

 信じられないという顔をするのは、レイセン2機だけではない。豊姫様依姫様も、この2機には相当の自信があったらしい。
 お二人は、いや、姫様だってきっとわかっていない。私達は、精神構造まで機械化されたとしても私達は、私達は、いきものなんだ。どんなにセキュリティを強固にしても、玉兎は《妹》だ。増して、彼女達は私に畏敬の念を抱いている。そんな自らセキュリティホールをあけた精神をねじ伏せるのは、造作もないことだった。

――ほら、私はここよ。

 いよいよ弾丸が頭に当たってリザレクション中になったの藤原さんを突き飛ばして、そこにいる(いる、そこにいる!見えるもの、私には、奴が見える、笑ってる!!)その姿へ向かって踏み出す。

『パッケージと会敵。状況、当機のみ残存、損傷なし。作戦行動、FaseYへ移行する。』

 もう受信する者の存在しないチャンネルで、私は通信報告していた。誰も、私の報告を聞くことはない。私だけが、一人で続けている。
 終わらないのだ。私の戦争は、奴を殺さない限り終わらない。いや、きっと、殺しても。
 世界は変化し続けている。戦争は終わって平和が訪れている。私だけが一人で戦争を終了できないまま、あの泥沼の中の闇から逃げるために、自分を歪めて生きてきた。変化できず、同じところを回っている私は、また、あの頃みたいに、変わらないといけないのに。
 奴の幻影は私を嘲笑ったまま、撃って見ろといわんばかりに両腕を広げている。その中央へ銃口を向けた。にたにた笑いをやめない。戦力的な余裕ではない。ここから動けないでいる私をみて、蔑んでいる。
 うるさい、うるさい!
 殺して、変わる訳じゃない。でも、私はそうするために作られて、そうするために生きてきた。それは儀式。奴を殺すか、殺されるか、私にはそれしかない。
 引き金に指をかけ、それを引こうとした瞬間。

「1178号!」

 "私"を指す言葉が叫ばれた。
 私のシステムは声心認証を介してそれを受け取り、受信モードがダウンする。ホットスタンバイのパブロフシステムが権限を掌握した。錆び付いた、忌まわしいシステムだが、今ばかりは、救いだった。

「1178号車、銃を下ろしなさい。」

 姫様の声が、超特権として私を停止させて制御する。

「パブロフシステムなんてカビ臭いもの、まだ載っかってたんですね?さすが旧式。しかも蓬莱山輝夜の声心でのセットなんて」
「その旧式に、お前のところの新型は何も出来なかったようだがな。」

 リザレクションを終えた藤原さんが、停止した私の手から銃を取った。

「通信方式と制御系にセキュリティの穴があった。改善の余地は認めますわ。」

 憎々しげに藤原さんと私を見る豊姫様に目もくれず、藤原さんは私の体をあちこち調べ始めた。

「細かいことはわからんが。難儀な体してるんだなお前」

 すまん、状況が状況だ。武器はいったん回収する。体を改めさせてもらうからな。
 そう言った藤原さんだったが、姫様がそれを止めた。

「大丈夫よ。うどんげは"制御不能にはならない"。」
「だが」
「それに、うどんげから武器を取ったら"何も残らない"わ。」
「なら、ちゃんと抑えておけよ。イナバが兵士として優秀なのは、命令を聞けばの話だ」
「だから、とまったでしょ?」

 あいよ、とぼやいて藤原さんは私から離れた。
 私の体を停止させたのは、私の体を動かしたものと同じ力だったように感じる。

「部下が失礼をしたわ。臆病な子なの。あまり刺激すると、たとえば、不意に私に"おいた"しようとしたりすると、頭をがぶり、よ。」
「月兎が、古の獣か」
「力がある者には二種類いるわ。その力を周りへ誇示して表へ出よる者と、その力を使わずとも周りが恐れる為に臆病なまま陰へ消える者。歴史に名を残すのは前者で、この会合はそのためにある。うちの部下は、後者なの」
「はっ。ずいぶんと部下を"信頼している"んですね?いつか寝首をかかれますよ」
「寝首なら、毎晩かかれているわ。……ねえ?」

 そう言って藤原さんへ視線を流す姫様。藤原さんは平静を保ったままだが、ひとつふたつ、強い鼓動が生まれたのを私の目は見ていた。

「壊れた一式は永遠亭で補償します。それ以外の部分は"示威行為"とでも思ってください。」
「彼女を脅かせたのは私だ。下らんことで貸しを作りたくないし、兎如きに恐れをなすつもりもない。」
「では、お言葉に甘えて。永遠亭は貧乏なもので」
「月でも最長老級の兎を2匹従えて、竹林の兎達に知恵と武器を与えて組織化しているくせに、どの口が言うの?」

 私の"あの頃"の名前――00年式主力戦闘車輌1178号車――――を、姫様が呼んだ。
 地上に逃げてきてからその名前で呼ばれたことは、一度もなかった。月にいた頃は、顔を見ることさえかなわない存在だった。だというのに、私の体は"その声"にしっかり反応し、SVCさえ受け付けなかった制御系の暴走を止めたのだ。
 他のシステムは自分で更新し、あるいは追加している。ただパブロフシステムはそうしていない。principal権限を奪取してもなお自分でアクセスできるレイヤーにないからだ。これが綿月様方の声心で登録してあったのなら、削除したいと願うところだったが、奇しくも私はこの地上で再び姫様の下に仕えているのだから、削除したいとは思っていない。
 ただ、あの頃から全く手入れしていない、"かび臭い"システムであることに変わりはなく、他の部分のアップデートを繰り返し続けているとはいえ、私はあの頃から何も変わっていないという証だった。

『00年式の、1000番台……やっぱり、《姉様》は零式主力』

 レイセンの通信。声が震えている。

『私は型落ちの84年式歩兵駆逐車よ。』
『でも、あんな電子戦技術、84年には』
『00年式のMBVなんて、存在しないわ。』

 嘘を吐いた。彼女たちの解析システムでは、見破ることは出来まい。ただ、それはシステム上の話であって、生身のそれとして、巧く嘘をつけたかどうかは、疑問だった。








 今頃、村は騒然となっていることだろう。
 村中から可愛がられていた若者は今、無残な姿でベッドに横たわって息絶えているのだ。
 もう、やり方は体が覚えていた。勿論主幹神経節への電気信号による記憶作成と擬似体験、その上での再三のシミュレーションは済ませてあるから、最初から”憶えている”状態ではあったが、外界への再生とあっては必ずしもそれと一致するわけではない。その乖離を尚埋める実体験を、私は十分に得ていた。

 ――この、忌まわしいオペレーション――

 地上の妖怪のほとんどは、一般の月の民とさほど変わらず、脆い。皮膚を全て剥ぎ取れば、失血によって容易に命を落とす。

 ――それでも私は軍命に逆らうことが出来ない――

 相手が妖怪であったとしても、”私の立場”はその行動を巧妙に手助けしてくれる。雌型として作られた身体は、こうして有用に使われていた。月では既に消えかけている「性別」という概念は地球ではまだ根強く生きていて、妖怪でもそれは変わらない。
 子を成す機能はあれどそれをその通りの用途に用いる機会はあるまい。私の身体は任務のために与えられたものに過ぎない。戦闘車輌の内でも戦闘を重視する奴は雄型の体を与えられていて、重量型にせよ軽量型にせよそれに期待された(それが玉砕であっても)戦果を残し続けている。強行/隠密偵察と破壊工作を主とした私も、それに見合った成果を残し続けているしこれからもそうであらねばならない。
 それが、私の存在意義なのだ。

「私ね、みんなには内緒だけど、徴兵されてるんだ。」
「へえ、凄いじゃない!サリ、力を認められたのね」
「まあね。しっかりお勤めしないと。ミユキももうちょっとがんばんなきゃだめよ?」

 牙のある口を大きく開け、切れ長の目を細めて嬉しそうに語る彼女。
 徴兵は、誉れなのだ。妖怪として力と分別を持つ十分な齢に至っていて、かつそれに見合った力を持っていなければならない。そうと認められた者だけにひっそりと伝えられ、兵士となる。
 誰が認めるか?それは誰も知らない(私は知っているが)。
 徴兵制は法制度ではなく、神話である。兵士となった妖怪は、誰にも断りなく、あるいは極々限られた信頼出来る者にだけそれを伝えると、その日に忽然と姿を消す。
 まるで神隠しにあったかのように。
 兵士当人だけではなく、誰もがそれを受け入れている。

 ――きもちがわるい――
 ――だが、最高にきもちがいい――

 徴兵の誉れを私に嬉々として伝えるサリは、この妖怪の群落ではアイドルのような存在だ。皆から愛され、力もあり、将来を(徴兵されることも含めて)嘱望されている。
 群落に残ってくれればいつまでも皆のアイドルだし、姿を消せば兵隊さんに行ったのだと祝福されるだろう。
 彼女と仲良くなり、並々ならぬ信頼、いや、最早行き過ぎた感情をして彼女の懐に入り込んだ私の元には「あいつ徴兵されたと漏らしてなかったか?」と嬉し半分訝し半分に聞かれることも少なくない。そして、それは今こうして目の前で聞かされている通りであった。
 信頼を得たのは彼女からだけではない。こうして彼女が気を許した私は、村の誰からも同じように信用されていた。
 他所者(わに)にも拘らず。

「兵隊さんに行ったら、会えなくなるの?」
「ミユキが私と同じように力をつけて、”あっちがわ”に来れば、また会える。……そうしなよ」

 彼女の唇が、私のそれを奪った。触れるだけで優しくて、でもとても熱い。

「いつ?」
「三日後」
「……急過ぎるよ」
「ごめん。でも、ミユキには、伝えときたくて」

 うん、ありがと。離れた唇を惜しんで見せて、その腕を抱くようにして、胸元に滑り込む。広く開襟した胸元に手を当てて、その肌を撫でた。私を抱き返す腕のしなやかに伸びる様、その肌に私も手を絡めてその感触を楽しむ。

 ――反吐が出る。この風習も、私のオペレーションも。――
 ――でも、気持ちいいから、我慢できる――

「一晩、だけ、私との時間、つくって欲しいな」

 彼女は答える代わりにもう一度、今度はもっと溶けるようなやつを、くれた。
 頬擦りしてキスを再三ねだり、腕を彼女の上着の下に潜り込ませる。脇腹、背中、滑らかで綺麗な肌が私の手のひらに吸い付いてくる。
 私が”彼女の素肌が好き”であることを、彼女も知っている。……そういう行為を求めていることに関しては、誤解を以ってわかってもらっている。

「今夜、うちにきなよ。誰にも見られてはダメだよ?」

 秘め事は、皆の知るところであって最早欠片とも秘められてはいない。だが、それでも秘密の仲を装うことは、二人のスパイスになっていた。

「うん」

 素直に頷いてみせると、頭を撫でてくれた。

 ――だが、”ミユキ”は今夜限りだ。

 実行は、その夜となった。
 何処かから流れてきたワニは、人々に幸福をもたらす兎”ミユキ”としてこの群落で皆の信用を得たが、村で力を認められて徴兵されるだろうと期待される者を惨殺し、今夜姿を消す。
 群落に、猜疑と不安と落胆だけを残して、私は任務を続ける。
 地上の妖怪の多くはネットワークを持たない。私のような存在がいたことが他の場所で知られていた事はないし、仮にそうであればすべて殺す。

「今度は縛って、目隠し?なんかミユキのイメージじゃないなあ」

 もう何回戦目か、だ。すっかり汗といろんな液体まみれになった私とサリの体。
 彼女は何も知らずに私の前で全裸になり、手錠でベッドに縛り付けられて目隠しされている。
 想像した私も、また濡れてきた。

「見える?今、私の視覚情報を、サリの頭に映してるの」

 視覚素子をサリの視神経へ着床させて私の目に見えるものをそのまま同じようにサリが見られるようにする。

「やだ、自分のやらしい姿が自分で見えちゃうなんて、恥ずかしい。肌、黒くてみっともないね」
「それがいいのに。サリの肌、大好き。綺麗な褐色。つやつやでしっとりしてる。食べちゃいたい」

 恥ずかしがる彼女の肌を撫で回して、このあとの行為に興奮する私も。はやく、したい。

「ミユキのイメージ、変わった」
「嫌いになった?」
「いや。大丈夫。ただ」
「うん?」
「もっと早く知りたかったよ」

 早くだなんて、無理だわ。群落全体から信頼を得ないといけない。それには皆から信頼のあるサリをおとした上で、恋人であることを周りに見せつけなければならないのだから。
 徴兵の報せを受け取るまで待ったのは、単に私の趣味だった。
 そうして高い気分から絶望に変転した瞬間が、一番綺麗だと、思うから。

「じゃ、はじめよっか」

 彼女は私の視界を共有し、自分の視覚は目隠しによって封じられている。今の彼女は私の見ているものを強制的に見せつけられているようなものだ。
 ハメ撮りビデオを見ながら、鏡を目の前においた、そういうプレイの一環だと、サリは未だに思っていたが、私がカバンから取り出したものを視覚共有によって知った時、流石に声色がかわった。

「綺麗な肌ね、サリ。ずっとずっと、こうしたいと思ってたの」

 取り出したのは手斧だった。彼女もそれを見ている。

「ミユキ、あなた、まさか」
「気付くの、遅いよ。私は月の兵士よ。サリみたいな、士官前の子を刈り取るのが任務なの」

 どんな罵倒も、耳には入らない。
 どんなに暴れても抵抗しても、私には及ばない。
 皆そうだった。これからもそうであり続ける。
 殺さなければ、殺されるのだから。

「私のことが好きだって、嘘だったのね。騙していたのね」
「いいえ、本当よ。サリのこと、大好き。その綺麗な肌が好きって、何度も言っていたじゃない。」

 死にたくない。死ぬのは怖い。敵が死ぬのは平気。敵が死ぬのは痛くない。私は、生きていたい。だから、殺す。
 殺し続けることが、私の生なの。

 生きたまま皮を剥ぐのには理由がある。死んでしまってからでは急速に肉や血液が固まってしまうため、剥離作業が困難になる。また同じ理由で、折角の綺麗な皮の品質が落ちてしまうからだ。
 殺すのが義務であり生きる手段だ。ならば殺すことに付加価値を与えたいと思うのは、自然なことでしょう?

「サリの皮、愛したいの」

 まず手首足首を、手斧で切り落とす。
 痛みに絶叫する声は、相反波長をもつ空気振動を発生させて打ち消しているので誰にも聞こえない。テレパスも然り。外部に無線で通信しようとすれば、”波長”を使わずにそれを行うことは不可能である。私にはそれを漏れなく察知し掻き消す能力がある。
 ナイフを取り出して、そこから丁寧に剥いでいく。皮下脂肪に刃をいれて、皮を傷めないように、逆に中身に刃が当たるのは全く気にしないで、丁寧に。細かいところは、刃先を使い、それでも困難な場所は一旦肉ごと切り取る。
 途中まで叫び声を上げ続けていたサリは、しかし今では一言も声を発さなくなった。死んでいる訳ではない。絶望と激痛に”どうにかなって”しまったのだ。こうなるのはサリだけではない。今までの対象も、ほとんどがこうだった。時折痙攣するように手足を動かすが、空気に触れているだけでも激痛を生じるだろう剥き出しの肉は血を滴らせている。白い筋や脂肪、赤い血管や肉が露わになるに連れて、剥ぎ取って行った皮が大きくなって行く。

 作業も終盤に差し掛かり、残りは顔だけ。

「きれいだよ、サリ」

 勿論綺麗なのは剥ぎ取った皮の方。まだ皮と中身が一緒にいるその顔の、唇のあたりに、キスをする。

 ころして

 小さく慄いた唇が、す木の葉が落ちるような声で言った。

「ええ、殺すわ。そういう任務だもの」

 荒くなってきた息は、皮膚呼吸を失ったからだろうか。妖怪の種族ごとにこの経緯は違うし、地上の妖怪の生態については、月でもあまり解明が進んでいないので解らない。

 はらはらと涙を流すサリの瞳。もう私の姿を追って動くようなこともなく、ただ時折まばたきをするだけ。
 顔は、綺麗な顔は尖刀で剥いで行く。
 あ、とか、う、とか喉から漏れるだけの小さく掠れた声が、聞こえる。その細かな空気の振動に、恨みや絶望の破片が混じっているのを感じると、私の興奮は下半身から溢れるくらいになってしまう。

 ――殺対象に同情など覚えるな。これは軍命だ。殺さなければ殺される。心を凍りつかせるか……あるいは笑ってできるように自分を変えろ。

 私はきっと間違ってる。でも世界と自分を比べて、世界はもっと間違っている。でも、私には世界を変えるほどの力はないし、正しくあれば潰れてしまう。だから、自分をもっと間違わせるしかない。

「ほら、綺麗に剥げたよ。サリ。私の好きなところだけを抽出した姿。なんて綺麗なの」

 私を愛して堕ちた村のアイドルは、私の前では全く無防備だったのだ。言葉通りに全裸で、私を抱きに(私に殺されに)ベッドの上でその蠱惑的な肢体をくねらせてイキ、正体を明かした私の手で、激痛と怨恨と絶望を吐き出しながら、逝った。

「さよなら」

 そして最初で最後の、彼女との心からのセックス。

 汗と愛液に湿ったシーツは今は、真っ赤に染まっている。
 行為を前にして脱ぎ捨てた服の横に、彼女自身を置き、もう一枚”彼女が着ていたもの”を、折りたたまずその形が分かるようにベッドへ広げて置いた。
 じくじくと、股の間に広がるぬめりが、存在感を強めた。こうして生行為を利用して対象を”一皮剥く”ことに順応した身体は、その両方の意味の行為に感じるようになっている。
 あれほど私を愛し、私を求め、貪る様に私を抱いた彼女が、今は、この私の手で剥かれたのだ。

 私が剥いたのだ!

 少し褐色がかり美しかったあの肌は今は、”中身と分離して”横たわっている。私を受け入れるようにかいなを広げ、無防備な姿をシーツにへばりつかせている”彼女”の上に、私は飛び込んだ。
 ぶつり、と千切れる音が聞こえたが関係ない。剥ぎ取った皮に口付け、舐め、口に咥えて、自らも全裸である肌をその褐色の皮に擦り付ける。
 呼吸が上がり、心臓が不自然に脈打つ。興奮、発情していた。
 私より力があるような妖怪ではなかったし、普段リードを与えていたのは彼女の気性に合わせてのことであったが、容姿……いや、この肌は私の好みだ。程よく弾性があり、褐色だがシミのない美しい肌。口にキスをする度、その下にある首筋に見える肌に噛り付きたかった。抱き付いて背中に腕に肩にお腹に手を回した時、身体中の肌に私の肌を擦り付け、触りたかった。

 ――オペレーションが先なのか、この狂った性欲が先なのか、最早わかりはしない――

 どちらであっても理性機構は警告を吐きまくっている。だのに、狂った私はそれを止めようとはしなかった。むしろ進んで快楽を飲み込み続けている。
 狂った?
 いや、狂わせたのは、私自信だった。
 そうでなければ、こんなオペレーションを続けて行くことなどできなかった。
 戦果をあげながらも、《姉妹》が次々とリタイアして戦線を去る中、私はその弱さゆえに、ストレスと手を携えてしまったのだ。

「きれい、きれいよ」

 既に”中身”は息絶えている。聞く者のいない、色付いた感嘆を私は漏らして、彼女の背中に手を回す。しなり、手に吸い付いてくる”彼女”。太腿の辺りを掬い上げ、私はそれをぐずぐずに濡れた股間に擦り付けると、火花みたいな快感が弾けた。

「っ」

 びりびりする。陰唇と陰核に”皮”を擦り付けると、下腹部が泣き出す。何も咥えていないのに、奥へと導く蠕動とそれを円滑にする汁がねっとりと滴って”彼女”を濡らしていく。

 ――これは任務なの。仕方が無いの――
 ――だから、もっと。もっと――

 誰への言い訳か。私自身か。
 信じてくれた人を裏切り、好意を踏み躙って刈り取る。
 彼女がくれた想いは私がせっせと水を与え続けた見返りであって、殺すことも屠殺に等しく回収だ。それは、任務による無意味な殺生に幾許かの言い訳を(私に)することでもあったし、こうして共に過ごす夜を私が病的に好んでいることも、見出した価値の一つの答えとして外れてはいない。
 股間に押し付け擦りボロボロになった彼女の太腿に替えて、剥ぎ取ったマスクをあそこにあてがう。何度もキスした唇。私への愛の言葉を紡ぎ、甘い吐息を吐き出し、時に涎を滴らせていたあの唇が、私の陰唇を舐めている。

「あ……あぁ……っ!」

 声が、喉をついた。いや、自分のものとは思えない嬌声は、子宮の呻き声のようでもある。くくっ、っと中身が押し下げられる感覚はまるで嘔吐の様でもあるが、むず痒い疼きが甘く沸騰して吹き出すみたいな抗い難い性欲の顕現でもあった。

「きも、ちいっ」

 広げられた腕と脚、それに体を自分の体に巻き付けて、彼女の首筋に噛り付き引き千切ってしまう。

「もっ……と、ぉ」

 陰裂からどろどろ溢れてくるのは、愛液と、どす黒く穢れた私の歪性。これ程に倒錯した自慰があるだろうか。これほどに気持ちのいい自慰があるだろうか。

 生きたままナイフで皮を剥ぐのは任務の一環だった。
 その殺し方を指令されたわけではない。ただ、「出来得る限り残忍な方法で」と注釈されただけだったが、それを幾通りか試行し、これを初めて実行した時、いや、試行している中で、頭のネジが外れてしまったらしい。
 肉と皮をナイフで分離し出来上がった二物を見比べた時、私は、”どうしようもなくなった”。いても立ってもいられず今ほど上手く剥げたわけでもない殺対象の生皮を身体中に巻きつけ、千切った腕の皮を丸めて、いつの間にか蜜を滴らせてひくついていた膣の中に押し込んだ。襲ってきた快楽は引き攣った声をあげた上に失神してしまうほどで、私はもう必ずこの殺し方でオペレーションをこなしていた。
 彼女はもう10……何人目かもう数えていない。私はその数だけ死皮と戯れ交わり達して、その残骸を作戦行動のターゲットたる集団の中に放置した。

「ステキ、すてきよぉっ」

 ベッドの上で、狂ったようにまだ僅かに肉の残った皮膚を愛する私。
 私を”ミユキ”と名付けた妖怪は、私がこうして兵士になる前に摘み取った。私が信頼を勝ち得た上で彼女を殺し、また彼女が殺されたことはこの群落においても周囲の存在へ、精神的不安を残すだろう。

 ――地上の兵站を後方より攪乱する。

 その方針の一端として、私は地上でスパイと破壊工作を行っている。そしてそれは、今は性欲を満たすための手段の一つでもあった。
 だが殺す理由は、軍命が、ではない。それは今や殺す口実であり、殺すことが生きる手段だからなのだ。

「っ。~っ!あ、ぁっん」

 千切って丸めた皮の切れ端を、膣の奥へ押し込む。無様に入れた嵩のぶんだけ、押し出されるようにふきこぼれる愛液。
 私を愛してくれた妖怪を、裏切り無残に殺して性欲の捌け口にするのが、堪らなく興奮した。 

 ――ああ、興奮、する。

「ぅ、ぁ……ぁ、い、イ、くぅっ」

 ベッドの上の抜け殻を、股間に押し付けて、口の中に噛んで、自分勝手に愛して私は果てた。

 サリ・アの存在は、私の中で甘く痛い傷として深く刻まれる事になる。
 何が、他の殺対象と違ったのか。それは、解らない。







 メンテナンスのほとんどは自分で行うようにしているが、今回の様な制御系の深刻な場合は、師匠も検査に加わる。
 検査、とは言っても、師匠はその原因を「すべて知り尽くしている」わけで、検査というよりはチューニングの方が正しい表現だろう。ただ、それでも直せないものはあるらしかった。

「姫を、敵性認識?」
「すみません。ストレス値が」
「……log出力設定、警告にしてあるのに凄い量ね。通常行動で、これだけの警告が出るなんて」
「死にたくない、ですから」

 私は師匠へ皮肉を込めて言う。師匠はまるで聞こえなかったかのような顔をしているが、無理もない。対応できないのだ。

 死なぬ身となった者に、死の恐怖の何たるかを思い出せという方が無理な話だ。

「この間の以外でも随分、警告表示が出ているじゃない」
「ええ。でも、仕方が無いです。この身体も、もう随分使ってますから」
「身体の問題ではないわ。あなたの身体は擬器交換で幾らでも最新化できるから、経年劣化は実質しない。問題は、ソフトウェアの方でしょう?」

 頚椎ジャックに刺さったプラグはケーブルを伸ばし、幾本かに分岐して何やら液体の入ったガラス筒に電極を出している。師匠が何か操作するたびに色が複雑に変わったり中に浮いた結晶が形を変えたりしている。一種のモニター機能らしいが私には読み解くことが出来ない。恐らく文字よりも情報集積度が高い高水準記号なのだろう。

「tanacrofobioの除去、まだイヤなの?原因はそれだとはっきりしているのに」

 私は無言で肯定する。

「私は、月の民が死を恐れないのは、長すぎる生に見合った精神的活動がないのと同時に、その覚悟を持てていない精神と肉体の乖離による、ある種の心身症の症状だという仮説を立てているわ。」
「それは、前にお聞きしました。」

 その臨床例として、私は格好なのだろう。

「……まだ、私は、心が、ソフトウェアが未熟です。事実上老いを知らないこの体に、死を恐れるようにチューニングされた《霊的存在根(レジストリ)》が、まだ、適応できていません。適応できるのかもわかりません。でも、私は、私は」

 私は、どうしたいのだろう。
 師匠や姫様、藤原さんと同じく永遠を生きる覚悟がない訳ではない。ずっと一緒にいたい。永遠が、欲しい。今の生活には満足している。ただ、そうして永遠を望む理由が、死を恐れるtanacrofobioの影響であるとしたら?
 私の思考の迷走は、今日に始まったことではない。師匠もそのことを知っているし(それを”症状”と見ているのかもしれないが)、だから師匠はそれ以上の言及を控えた。

「取り敢えず、半固定抵抗の抵抗値を強めに変えておいたわ。敵性認識に関わる反応が緩やかになる代わりに、これ以上強くすれば人格に異常を来たしかねない。敵性認識機能は悟性回路の処理をスキップする前提構造になってる。悟性でブロックできない以上、inputの直観演算器の返却値にローコンプレスをかけて絞るしかないわ。直観を絞ると不必要に外界認識が鈍化する。これ以上の調整は、できないわ。根本を修正しない限りね。」

 敵性認識機能のコメントアウトが可能か聞いたこともあるが、敵性認識機能は危険回避反応とブリッジされているらしく、それはできないと言われた。とにかく、正常稼働を阻害する要因(今は強いストレス)を解消する他に無いらしい。
 根本の修正を、とは、tanacrofobioの除去のことを言っているのだろうか。
 元はと言えば、tanacrofobioは師匠が私に、正確にいうならば、00年式主力戦闘車輌の内の型番が1000番台の玉兎に、付与したものだ。
 《戦力増強指針》。戦争中、死を恐れないこと(師匠がいうには”精神的基盤のない上での”が条件として加筆される)は短期的な戦力にはプラスに働いていたが、長期的には戦意・士気の低下や組織行動のばらつき、防衛戦の稚拙さに現れ、長引くほどに戦況に影響が現れた。それを打開するために、打ち出されたのが《戦力増強指針》と呼ばれるキャンペーンであり、それに従って実行されたのが、「意図的に”死を恐れるように”調整された玉兎」という実験的、引いては私達《COSMMOS》の一つの側面だった。
 死を恐れる強迫化、殺さなければ殺されるという根底の下に軍命には逆らえない条件付与を施された結果、戦果はめざましかったが今の私のような高ストレス状態に陥る玉兎がほとんどだった。
 ストレスにより戦線を離脱する玉兎が増えると戦線は脆弱になる。矢継ぎ早に軍部は《戦闘ストレスコントロールプログラム》を打ち出し、戦地におけるストレスを制御を行おうとしたが、実態は敵への一時的な責任転嫁であったり盲信化によるマインドコントロールに近い誤魔化しであり、根本的な解決を見ないまま、ストレスを内包したまま前線に立ち続けることになった。
 作戦行動の中には人道に反するものも多く、殊私達《COSMMOS》は非公式の存在且つ最新技術の塊であって、そういった”ブラックオプス”を優先的に対応させられた。また、元々は同じ《COSMMOS》での組織行動を前提とされていたにも拘らず、戦況の悪化はそれを許してはくれず、なれない単独配備となったのもストレスの要因であったと思う。

 その処置を受けた帰還兵は、戦後(私は脱走後)、深刻な心傷を負っていることが判明した。

 ――すなわち、P.T.S.D。

 それら全てを発案し、指揮したのが、他でもない、当時月で権力の中心におり、陸軍衛生相の長官を兼ねていた、八意永琳だった。
 だから原因は師匠にあると言える。師匠もそれを知っているし、それが犯した罪の自覚もあると、深刻な表情で懺悔をされたこともある。
 もちろん師匠がいうように、死の恐怖を与える要因(選択的tanacrofobio因子)を除去すればそれは済むことなのだが、問題なのは、私がその除去、つまり根本治療を拒んでいることだった。
 師匠の目には、私が、まだ師匠を赦していないのだと、そう映っているだろうか。

「師匠」
「なあに?」

 私が師匠を見ると、カルテに目を走らせている振りをして目を逸らしたままこちらを見てくれない。

「他の《COSMMOS》は、全て自殺したそうです。先日の、レイセン達から聞きました」

 師匠は何も応えない。
 軍が非公式とはいえ組織的に行った処置だ。師匠でなくとも、tanacrofobioの除去はできたのだろう。恐らく、これは単なる私の憶測だが恐らく、数少ない生存した他の《COSMMOS》達は、私と同じ心身症に悩まされ、tanacrofobioを除去したのだろう。
 そして、死を恐れなくなり、自殺した。

「私も、そうなってしまうんでしょうか」

 恐らくはなるまい。但しそれは、私がこのP.T.S.Dに屈して、tanacrofobioの除去を行わなければ、の話だ。
 私は、死を恐れている今の自分が、それ程嫌ではないのだ。それを植え付けられる前にはなかった、生きているという実感が、今はあるというのは紛れもない事実であって、私は死を恐れる「能力」を貰った、それによって今は、師匠や姫様と一緒に生きて行きたいと思えているのだという、確信がある。
 他の《COSMMOS》が自殺によって全滅しているのは、正しくその裏付けであって、だからこそ私はこれを内包したまま、生きて行きたいと願うのだ。
 だから。
 私は、師匠に「人殺し」と言いたい訳ではない。でも、師匠は私が師匠を責めていると思っているみたいだった。

「”そう”させないために、私は、あなたの前にいるつもりよ」
「姫様への贖罪ではなくてですか?」
「……何事も、理由は一つではないわ。むしろ、一つではないからこそ、それに支持された言動は真実たり得る。信じて欲しい、としか言えないけれど」

 すみません、信じてないわけじゃないんです。そう付け足してから、師匠が抜こうと手を伸ばした頚椎ジャックを、髪をどけて差し出す。

「死んでしまいたいと、思う?」

 ぽつり、師匠が漏らした。その声は酷く細くて、まるでスライドグラスのように脆薄なものだった。

「何言ってるんですか。私は」

 私は、ジャックを抜いてその膝下に戻された師匠の手を取って、答える。それは紛れもない本心で、でも、きっと師匠への想いを表すには、少し刺々しいかもしれなかった。

「――私は、これで、唯一の師匠の”成功例”に一歩近付いたんですから」

 師匠の手はとても冷たくて、まるで生きていないようだった。







「姫」

 早朝だというのに、お師匠さまが何か切迫した声を上げていた。

「姫。お願いが」

 姫様を呼んでいるらしい。大声ではないが、刺すような雰囲気が伝わってくる。私は何事かと襖を開けて様子を伺うと、こんな時間だ、起きていたのはお師匠さまだけのようだった。私は偶然おしっこで起きたところだったけど、普段なら気付かなかっただろう。

 なあに?こんな時間にぃ。姫様が眠そうな目で受け答えるが、お師匠さまの表情はそんな様子ではない。

「お願いって、何よぅ。珍しいわね、こんな時間であることも含めて、極レアね?」
「そのレア度に免じてで構いません。うどんげを、止めておいてください。」

 止める?

 覗き込んでいる私の様子に気づいたお師匠さまが、私を見て、れーせんが起きてるか聞いてくる。

「まだ寝てると思うけど……私もおしっこで起きただけだし」

 お師匠さまは胸を撫で下ろしたような表情の後で、姫様に向き直る。

「うどんげが起きたら、私がいいと言うまで、玄関に出ないよう”命令”して下さい。」
「……何事?」

 お師匠さまの切迫具合を見た姫様が、流石に顔色を変える。お師匠様は、平伏していた。あんな永琳は初めて見たかもしれない。

「姫、何卒、00年式主力戦闘車輌に対する総帥権の行使を。」
「……それは、お願いではなくて、腹心としての進言でしょう?」
「いえ。友としてお願いします。そうでなければ、私は、うどんげに」
「なら、呼び方が違うでしょう」

 姫様が、少し笑いながら、お師匠さまを見て、言った。

「”輝夜”、お願い」
「ふふ、いいわ。状況、教えて?」

 姫様が言うと、お師匠さまは私にも聞くように言った。

「てゐ。あなたも、玄関先には出ない方がいいわ。」
「え、わたしも?」

 お師匠さまの切迫と、れーせんと私に向けられた、玄関に出るなという指示。
 どくん。
 心臓が突き破られそうだった。
 間違いなく、あの関係だ。
 でも、何故?あれは私とれーせんの間にある出来事であって、それに関わる第三者的なものが、”玄関先に”転がっているという道理がわからない。

「うどんげの件とは別に、厄介な政治的な出来事になるかも知れないわ。これは、戦犯に対する、現月執政府の、何らかの主張に違いない。」

 てゐはそこにいなさい。
 お師匠さまが私にそう言い残し、れーせんの部屋に向かう。きっと姫様がれーせんに何か命令を言いつけるんだろう。
 玄関先にあるものは、何なのだろう。私とれーせんの間にあることなら、月がどうのと言っていたことだから、きっと私の”逃亡教唆”のことだ。だったら確かに見たっていいことはない。
 それでも、気になってしまう。好奇心、というやつらしい私の欲求は、抑え難い猛獣のようなもので、檻の中で大人しくしてくれそうにない。だからこそこうして今は地球にいるのだから。
 二人はれーせんの部屋に行ってる。見るなら、今の内だ。
 私はよせと警鐘を鳴らす予感を押し退けて、玄関先へ急ぐ。話し声はれーせんの部屋の方だ。さっさと行って……。

「……っ!?っぐ、げぇえっっ、っぶ」

 玄関の戸を開けて行きなり目に飛び込んできた光景を見て私は一瞬で嘔吐した。
 一目見てすぐに去って見なかった振りをするつもりだったのに、吐き出してしまってそれが出来なかった。お師匠さまと姫様が、やって来る。

「てゐ。見るなって言ったでしょう?」

 お師匠さまが、呆れた声で言っていた。
 うん。見るべきじゃなかった。言う通りだったよ。ごめんなさい、ごめんなさい。
 目を離しても、一瞬で銀塩板に焼きついた映像みたいに、鮮明に、取れない。

「まあてゐは”強烈に嫌な思い出”程度で済むでしょうけど、うどんげは吐く程度じゃ済まないでしょうね。状況は、よくわかったわ、永琳。そして、月の意思も。この子達には見覚えがある。」

 この間の月都での会食で、綿月姉妹に付き従ってた子達よ。
 姫様がそう言うのを、嘔吐感の向こうで聞いた。

「襟章が、引き千切ってある。何かしら」

 姫様が”それ”を物色しながら言った。

「恐らく、脱走しようとして……」

 脱走。
 その言葉を聞いて、吐き気が増した。朝起きたばかりで吐く物など入っていないというのに、胸の内にある何かを吐き出そうと体が反応していた。収まらない。胃液と唾液だけをただただ押し出し続ける私の体。
 脱走という言葉だけではない。その玄関先に転がっていたものの”状態”は、私に徹底的にあの記憶を思い起こさせた。

「皮が、剥いであるのは?」
「それも、月の、当て付けでしょう。私と、うどんげへの」

 玄関先に転がっていたのは、皮を剥がれて赤白い塊になった、れーせんや私と同じ、二人の月兎だった。

「この子達は、私が天文密葬しておくわ。うどんげがまだ目を覚ましていないようなら、”命令”を解いて。」
「りょーかい。ほら、てゐもこっちいらっしゃい。白湯でもいれたげるから。」

 私は、吐いたものを処理してから、茶の間に顔を出す。姫様が白湯を作ってくれていた。

「私がこんなことするの、珍しいんだからね?感謝して飲みなさいな」

 ふふ、と笑って着席を促す。

「れーせんは」
「まだ寝てたから、そのままパブロフコールは解いてきたわ。……大丈夫?」

 うん、と頷くと、姫様は小さく息をついて、私を見ている。

「ねえ。もし良かったら、聞かせてくれない?私、知らないのよね。鈴仙とてゐがどうしてそこの竹林にいたのか。めんどくさい話は懲り懲りだからって詳しく聞かずにいたけど、ちょっと、そうもいかなさそうだし」

 私は、白湯を一口飲んで、考えた。
 何から言うべきだろう。どこまで言っても大丈夫なんだろう。どう、説明すれば――

「てゐ。大丈夫。ここは”あの”月ではないわ。何より私も、永琳も、鈴仙だって、もう罪人なのだもの、今更私達に、てゐを咎める権利なんてないわ。」

 ま、私は罪だなんて思ってないけどね、と付け足してから笑う。

「思い出しながら、順番にでいいわ。お願い、聞かせて欲しいの」







「いっしょに、ここを逃げようよ」

 私が彼女にそれを持ちかけるまでに、そう時間は必要なかった。
 私はもう彼女の怯え切った目に共感を得ていたし、きっと同じなんだろうなんて盲信めいた感情を抱いていた。

「一緒に?」
「うん」

 冷え切った目。赤いのに、炎や血の熱さを少しも感じない。でもその奥で、何か強い情動があるように見えた。見えた、というのは私の願望だったかもしれない。私は、彼女に、そうあって欲しいと思った。
 もう、こんな場所は懲り懲りだった。ここにいたら私は、ほら、こうして今も私を取り囲み、冷え冷えとした石灰色の構造物の中に吸収しようとして来るこの薄気味悪い死にっぱなしの世界に取り込まれてしまうだろう。そんなのはまっぴらだ。
 私にはこの大きな星を変える力はない。自分が変わってしまうのも嫌だ。だって間違ってるのは私以外だもん。こんなところで化石みたいな無機物になって行くのを、甘んじて受け入れられるほど、私は、”普通”じゃないの。
 だから、どこかに逃げるしかない。

「どこに」
「……あっこ」

 私は、海の向こうを指差した。

「えっ」
「地球だよ。あそこなら、私達を縛るものは何もない。何にも強制されない。あそこに溶け込めばこんな世界の常識はいらない。」
「地球は、敵の」

 彼女は狼狽えていた。無理もないか、彼女が妄想戦士か何かは知らないけれど、それと戦っていると思い込んでる以上は、敵地に変わりない。

「知ってる?地球にも、私達みたいな兎がいるらしいよ。結構可愛がられてるんだってさ。」
「それは知ってる。地球兎は普通の獣であって私達のような知高位的生命とは」
「だからいいんじゃん。あっこに帰化しちゃってさ、地球の兎達を束ねて、やり直すんだ。私と、あんたの、思い通りの世界をさ。殺さなくてもいい、もっと楽しい、そんな兎社会を」
「殺さなくても、いい……」

 彼女が一体どんな瑕疵を抱えているのかわからないけど、きっと私と同じで、”逃げ出したい”筈だ。ここではない何処かに逃げて、今を切り捨てたい。だからこそここに匿ってくれと言ってきたのだ。
 何故ここだったのか?そんなのは、運命ってヤツでいいじゃん。同じ”狂ってて”、”逃げ出したい”者同士、引き合ったんだ。

「脱走兵は、処刑される」
「だから、敵地が都合いいでしょ?」
「司法取引の道具にされるかもしれない」
「講和の意志があればね。あるの?」
「……頭、いいね」
「狡賢いってゆって?今だって、あんたを脱走の足に使おうとしてるんだし。まあ、利害は一致してると思うけど」

 彼女は本当に軍に所属する兵士なのだろうかと改めてその姿をみると、あの襟章は、確かにテレビでよく見る兵隊さんが付けてるものだっだ。
 あの襟章は、偽造するだけでも結構な重い罪になったはずだし、だとすると、ただの妄想戦士が、そこまでするだろうか。

「でも、どうやって」
「期待してるよ、戦士様」

 本当の兵隊さんかどうかなんて関係なくて、問題なのは、私をここではないどこかへ連れ出す力があるのかということだった。

「地球に行ければ、私は、この狡賢い頭を使って、地球の兎達に取り入ろうと思う。多分出来る。出来なきゃ、ここでくたばるも同じだし。あんたが私を連れ出す力があるってなら、乗って悪い話じゃない。どう?」

 彼女が言うには、地球まで一気に移動する手段は持っていないらしい。だから、小さなワープを何度も繰り返すしかないんだそうな。丁度、海の上に突き出た飛び石をぴょんぴょん跳んで数えるみたいに。
 別に方法はどうでもいい。実際に行けるのかが重要で、それ自体は確かに行けるということらしかった。

「……司令部に見つからずにワープを繰り返すには、広域レーダーの波長を狂わせて私達が見つからないようにしないといけない。都合がいいのは、探査周波数を私が狂わせ易い値に設定する予定の、13日後。」
「オッケー。その辺は任せたよ。私にはどうしようもないから。信用してる。だから、あんたも私のこと信用してよ。向こうについたら、向こうの住人との交渉は、私が絶対巧くやる。」

 浮かれていた、と言われればその通りかもしれない。まだ会って数日しか経っていない得体のしれない相手に、ここまで信用をおいてしまうのなんて、普通はおかしい。でも、それは彼女の方もそうだった。お互いに妙な歩調の同期がある。それは、きっと、巧く行く証だって、思った。

「”あんた”じゃ呼びにくいしさ、名前教えてよ。あ、ちなみに私はちゃんとした姓名無いよ。ただの奴隷兎だもん。周りからは”てゐ”って呼ばれてるけど、その程度の名前かな。」
「名前……?車体固有番号なら、00年式主力戦闘車輌1178号。月人や普通の月兎みたいに名前はない。玉兎はみんな、そう。」
「そ、そうなんだ。じゃ、略して”れーせん”ね。おけ?」
「え、う、うん」
「よし、じゃ、れーせん、13日後に向けて色々準備しなくちゃね。私達の、新しい出発、楽しみ!」

 13日後、私達は月を飛び立ち、幾度かのワープを経て、現地時刻4月17日18時07分41秒、地球へと到着した。

――事件が起こったのは、着陸後しばらくしてのことだった。







「てゐが、月兎だったなんてねえ。道理で地球の兎の妖怪にしては狡賢いと思ったわ。」

 姫様が言う横にお師匠さまが座る。

「永琳は知ってたの?」
「ええ、まあ。てゐを介抱したのは、私ですから。そのあとでここに連れてきたので」
「介抱?着陸事故でもあったの?」

 お師匠さまは私を見て、無言で問いかけてきた。話してもいいのか、と。

「ここにきてからしばらくは、その辺の竹林でささやかに暮らしてたんだけど……」

 別に隠すようなことじゃない。今はもうそのことについて、れーせんをとやかく言うつもりもない。ただ、恐怖だけが身に染み付いていて、話し辛いだけだ。
 私が話を続けようとしたとき、お師匠さまが割って入った。

「それについては、私から話した方が補足できる部分が多いと思うわ。」

 お師匠さまの気遣いだったのだろうか。取り敢えず、確かに私の知らないことも知っていそうであったから、話をお師匠さまに渡すことにした。

「私が輝夜に蓬莱の秘薬を与えた咎でここへ放逐される前、職務的な理由で知り得たことだけど、戦時中、うどんげには、特別な任務が与えられていたらしいの。」
「特別な任務?」
「そればかりが彼女の任務ではなかったみたいだけど、それが特異過ぎて目を引いたわ。スパイ・破壊工作員として敵地に潜り込んで、現地で地球側の兵士になりそうな妖怪を、現地の妖怪に精神的ダメージを与える形で殺す、というものだった。」
「……は?」
「彼女が、戦闘員としと殊更優秀だったのは知っていると思うけど、彼女の深部に在るのは、その時の出来事らしいの。私が立案して軍部に提出した計画が元で作成された特別な玉兎にうどんげが含まれていることと、それが原因でうどんげが今P.T.S.Dに罹患してる話はしたでしょう。直接彼女の精神に傷を与えた出来事は、恐らくその任務での経験。」

 だんだん、恐怖の核心へ近付いてくる、ぞわぞわとした不安感。結論を知っているのに、いや、知っているからこそ私は耳を塞ぎたくなった。

「皮を、剥いでいた?」
「そう。」

 冷や汗が噴き出す。それでも、きっとれーせんが壊れちゃってるのに比べれば、私の恐怖なんて、些細なことなんだ。勿論、れーせんは皮を剥がれた経験なんてないのだろうけど。

「そういう指令だったの?」
「そこまではわからないわ。ただ、”可能な限り残忍に”というものだったとか」
「反吐が出るわね。その時の将軍は……ああ、こっちにくる前に殺してしまったのだっけ。ああ、洗いざらい吐かせてからにすればよかったわ」
「何で、皮を剥ぐことに拘ったのかはわからないわ。彼女のログを見ても、もう、混濁がひどくて読み取れなかった。」

 お師匠さまが黙ったのを見て、私は、割り込んだ。

「れーせんは、それが”好き”なの」
「好き?」

 姫様が、私に目を向ける。お師匠さまは目を背けた。
 これは、お師匠さまも知らないことだと思う。

「れーせんは、地球に到着してからしばらくして、地球の兎の信用を獲得して兎達の信用を得た私を、混迷した精神の中で、きっとその任務の対象と勘違いしたんだと思う」

 そこまで言ったところで、姫様が目を見張った。

「永琳が”介抱した”っていうのは」
「皮を剥がれて瀕死だったてゐを介抱して、ここへ連れてきた。私には月兎だと、一目でわかったので。もう竹林の兎達の中に溶け込んでいたから、わざわざ過去を晒す必要もないと黙ってたわ。そのあとの経緯は、知っての通り。私達は彼女に知恵を与え、竹林の兎達のリーダーでいてもらっている。」

 鈴仙は、と息を飲む姫様。
 ”それが好き”っていうのは、と私の言葉を待つお師匠さま。

「れーせんは、私の皮を剥ぎながら、その、私を、犯したの」

 言葉を失った二人。
 永琳は苦々しい表情に加えて幾らか納得するような表情を浮かべた。

「でも!でも、私、れーせんのこと、今でも大好きだよ。だって、私をここに連れてきてくれた人だもん。れーせんに会えなかったら私、きっと、自殺してた。あの灰色の月の都で。」

 自殺、という言葉にお師匠さまは強く反応し、何かを言いかけて飲み込んだ。

「そういうことは、本人の前で言ってあげて。」

 姫様は、お師匠さまに視線を向ける。何か説明することは、という目だ。

「うどんげの性癖が歪んだのは、恐らくその任務で強いストレスを受けたからでしょう。そのストレスと……狂気と友達になってしまった」

 私の経験と、お師匠さまの知識を足して見えてきたのは、れーせんの本当の闇だった。慧音先生の歴史書にも、月の歴史は書かれていないだろう。
 そして、それに一番驚いているのは、近い位置にいながら、そのどちらも知らなかった姫様だ。

「P.T.S.Dの治療は、どうなの?」
「本人が、根本治療を、拒んでいて。理由は……きっと、私への怒りでしょう。こんな身体にしたのは、私が官僚在籍中に提唱した《戦力増強指針》と《戦闘ストレスコントロールプログラム》のせいだ、八意永琳が悪いのだ、と」

 お師匠さまは、うどんげ、と小く呟いて、がっくりとうなだれていた。







 いつもと変わらない朝。
 覚えてはいないけど、夜の間に主格神経節は、再びあの過去の経験を整理しようと稼動していたに違いなかった。
 私は、茶の間に顔を出す。朝ごはんを作らないと。

「おはようございまーす」

 襖を開けると、何故かみんなもうちゃぶ台を囲んでる。

「あ、あれ、今日はみんなおはやいですね。そんな催促するみたいに席に着かれるとプレッシャーが……」

 何か、変な空気が漂ってる。

「あ、す、すぐご飯作りますから」
「飯はいい。ちょっと座ってくれ。」

 藤原さんが、少し暗い表情で私を席に促した。
 藤原さんがいて、この雰囲気。
 ああ、姫様に銃を向けたことが、問題になっているのか。私は、処分されてしまうのだろうか。軍規に基づくなら、即射殺ものの行為だ。これからこのちゃぶ台で、軍事法廷が開かれるのだろう。
 私は、静かに正座した。

「こないだ、私を撃っただろう。ほら、月行った時」
「はい。身体のコントロールを失い、あの場の来賓に銃を向け、止めに入った藤原さんに、5発、撃ち込みました。腹部に3発、胸部に1発、頭部に1発。」
「く、詳しく覚えてんな。そんときの傷だけどさ、ほら、私は、アレだから、すぐ治っちまうんっだよ。いや、正確に言うと死んでもすぐ復活するっていうか」

 藤原さんはシャツをたくし上げて、上半身の私が撃った辺りを見せて、もう傷がないと主張している。

「もこ、口下手なんだから黙って頂戴」
「ぉ、ぉぅ」

 しゅん、と収まる藤原さん。何が言いたかったのだろうか。

「永琳と、てゐから、あなたの過去を聞いたわ。」

 二人から。つまり、全部ってこと。
 別に隠していたわけじゃない。てゐと師匠が話を持ち出せば、いつでも直ぐに結びつく話だ。ただ、何と無く知られるのは嫌だったから、自分から切り出さなかった。切り出せなかった。
 私は、溜息をつく。今更、そんなこと掘り返して、どうするというのか。何も変わりはしないのに。

「どうなさるんですか?病人を家に置いとく訳には行きませんか?精神異常者を姫様の周りにいさせることが不安ですか?今は永遠亭の重要な家族で兎のリーダーであるてゐを殺されては堪らないと仰いますか?キチガイ兎は気持ち悪くて見たくもないですか?」
「てゐ、何も、そんな」
「じゃあ何だって言うんですか!?こんな風に雁首揃えて私の過去を共有したよって、公開処刑にしたいだけじゃないんですか!?今更なんだっていうんですか、そんなこと!そりゃあ姫様に銃を向けたこと、申し訳なく思ってます。立食会で騒動になって、迷惑かけたって思ってます。もしかしたら私の知らないところで政治的に酷い不利を被ったかもしれないって、心配です。でも、なんとか、私なりに何とかやってるじゃないですか!まだ何か言いたいことがあるんでしょう!?それってなんですか、どうせイカレタ兎帰還兵に対する哀れみとか奇異とか恐怖のじゃないんですか!?」

 やばい。感情が、止められない。こんなこと叫んだって変わらないのに。皆の気を悪くさせるだけで、何にもならないのに。

「どうせ、どうせ、あなた達は……!」
「うどんげ、勘違いしないで。私達はそんな風に思ってないわ。あなたは悪くない。私の、私の提唱した指針が」

 そうです。
 でも、でもそれは、今では良かったと思ってる。そうして死を恐れるようにしてくれたことに、今では感謝している。
 だというのに、私の口をついて次から次に溢れ出す言葉は、それとは全く違う――でもそれもまた一つの本心であるが圧殺されるべき言葉――だった。

「師匠。私は薬師としてあなたを尊敬し、今でもそこに至りたいと願っています。ですが、ですが師匠。いえ、八意永琳。あなたが戦中提唱し、実行した《戦力増強指針》、それに《戦闘ストレスコントロールプログラム》は、最低のものでした。最低です。月史上最低の政策です。戦勝側だから何も問われなかっただけで、負けていれば戦犯レベルです。天才と言われるあなたの頭を"天才"に留めるのは、その臨床に匹敵する机上論故です。」

 師匠は何も言わない。目を合わせてもくれない。
 どうして?
 医者として、科学者としての矜恃あるのなら、私程度の言葉、見事論破して説き伏せて見せて欲しい。
 違う、違う。そんなことを言いたいんじゃないの。私は、私は……!

「私のこの"L.R.E"を"症状"だと言うのなら、師匠、あなたは一体"なにをしている"のですか?ねえ、師匠。私は今、何と戦い、何を殺せばいいのですか?何に脅え、何から逃げればいいのですか?師匠、ねえ、ねえ師匠!?」

 人を信じることができない。
 物陰に、曲がり角に、高所に、私を狙う銃口が、刃が、潜んでいる。
 雷鳴は爆撃音、鳥の羽ばたきは銃声、子供の笑い声は悲鳴、雨音はECMノイズ、猫の鳴き声は嗚咽、全ての足音は軍靴の音に姿を変える。
 光は身を晒す不安感であって、夜の闇に沈み相手よりもより鋭い感覚で察知することにだけ腐心してしまう。
 会話には誘導尋問や催眠が潜んでいると思ってしまうし、笑顔は企みの仮面にしか見えない。

「うどんげ、もう、戦争は終わったの。永琳だって……」

 師匠に助け船を出す姫様。だが、あなたもだ。"あなたも"だ!
 あの時私に助け舟を出してくれた姫様に。だから、そんなことを言いたいわけじゃないのに。

「姫様は戦時、何をなさっていたのですか?八意一族に自らを利用させて、あなたは戦争の間、なにをしていたのですか?ええ、わかっていますとも。あなたは政治家だ。戦争は外交カードであって、踊る舞台は政治遊戯(ポリティクス)だったのでしょう?私たち兵士はさながらチップの一枚、ベットを繰り返してその高みに何を見、何を得、不死の御身は表舞台から陰へ移って今、"なにをしている"のです!?」

 先の月面戦争について、月都は戦勝側だ。だから姫様も師匠もこうして安穏と、追放という名の隠居に甘んじてられるのだ。
 でも、それが、それが今の幸せじゃないか。穏やかに暮らせるなら、それだっていい、この永遠亭をそういう立場で守っている姫様は、すごい人だと思うのに。

「わかりますか?玉兎は月の尖兵、しかも月人よりも軽んじられた人種故に、率先して《戦力増強指針》の実験台にされた挙げ句、前線では《戦闘ストレスコントロールプログラム》で調整されて消耗品のように使い続けられた。強烈な強迫観念と洗脳で、心はズタズタにされているんです。それは、政府、軍、医療従事者、すべてが有機的なシステムになってまで名分を伴わない空虚な大儀の下に戦争を継続したからでしょう!?」

 泣きたい。
 どうしていつも、私は、滅茶苦茶なことを言い、伝えたい気持ちを歪めてしまうのか。
 そうか、私は、そうなることを、選んでしまったから――

「れーせん、ちがう!ちがうよ!私、れーせん大好きだもん!私を救ってくれた、大切な人だもん!」

 泣きながら、抱きついてくるてゐ。
 そんなことは、私だってそう。てゐがいなかったら、他の《COSMMOS》と同じように、tanacrofobioを除去してもらって、自殺してたに違いない。てゐは私にとっても幸運の人だった。
 私は立ち尽くして、何をどう表現すればいいのかわからなくて、言葉って面倒臭いって思って、今は全く月の見えない朝の空を窓の外に見ながら、啼いた。
 わんわん、情けないくらい声を出して、身体中の水分が涙になって干からびるんじゃないかってくらい啼いた。
 ただただ、情けなさと困惑が、心を整理させてくれなかったから。

「わかってる。戦争はもう終わってるって。今はもう平和で、月も地上もみんな笑っていられる時代なんだって。頭では。頭の中では!でも、でも、ああ、そこの曲がり角に待ち伏せされている!あそこの高所にはスナイパーがいて……!」
「れーせん!」

 視界が揺れる。カメラアイの絞りが狂ったみたいに、視界が広がったり狭まったりしていた。
 「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」と言って、震える私にてゐが抱きつく。てゐの体では、私を包み込んでこの震えを、恐怖と狂気を止めるには、余りに小さすぎた。

「狂ってるのは、私。大丈夫なんて、気休めを言わないで!!」

 てゐを突き飛ばしてしまう。
 こんな風にしたいわけじゃないのに。
 てゐが私を思ってくれているのはわかる。その優しさは身に沁みるほどだし、でも、逆にそれが辛かった。私の体は、まだ《COSMMOS》のまま、あの戦地にある。足掻いても足掻いても、どんなに自分を言い聞かせても、私に終戦は訪れなかった。
 体が強ばって、これ以上の強迫性緊張に耐えられそうにない。呼吸は荒く早くなり、息を吸うほどに苦しくなる。吐き出すことができない。
 吸って、吐けず、吸って、吸って、少しだけ吐いて、吸って、吸って、吸って。
 視界が赤く染まる。網膜に血が漏れ出してる。

「はっ、はっ、っひ、はぁっ!……っ!っっ!」

 過呼吸が収まらない。体の自由が利かなくなっていく。
 戦闘、死、奪い、殺す。民間人、非戦闘員。猜疑、敵、ゲリラ。銃声、刃、罠。不信。
 終わらない、私の戦争は、まだ、終わっていない。

「れ、れーせん!?大丈夫!?永琳何とかしてよ!」

 そんなの、いい。
 師匠にだって、私の戦争を終わらせることはできない。
 だって、師匠が、まさに師匠が、私を戦地に送り出し、私を終わらない戦争に放り込んだ、その人なんだもの。私はそのために作られた、兵器なんだもの。
 手先、顔、足のつま先、末端が冷たい。血流が狂ってる。アンテナが停止してレッドアウトした視界を補助しなくなっていた。

「かが、み、かがみ」

 L.R.Eの向こう、辛うじて見える世界は、血染めのそれに違いなくて。
 救いなんてない。
 変わるのは、世界じゃない。戦争は終わっていて、血で染まった世界は私の妄想だ。
 狂っているのは、私。私の波長を、調律し直さなければ。
 私はふらふら立ち上がって真っ赤な世界を見回す。
 あった、鏡。
 部屋にある鏡に向き合って、それを覗き込む。巧く力の制御が出来ず、掴んだ鏡の端が砕けて、冷えた掌と指に突き刺さる。痛みはなかった。
 震える手で端を持つ鏡の向こうに映る、私の赤い目。私の病質。でも、縋れるのは、それだけだった。師匠の薬も、家族の温もりも、時間の流れも、地上への逃避も、私を救ってなどくれない。私は私自身の手で私を変えることでしか生き延びられないんだ。
 時代が移り、社会が変わり、世界の姿が穏やかに変容しても、私の目に映るそれは、あの凄惨な戦地、全てを疑い全てが敵で何一つ信じることが出来ないあの場所から一歩だって歩き出せていない。
 そう。あのとき私がそうしたように、また、私はそうしなければいけないんだ。狂った世界に自分を適合させる。世界はたとえ歪みグロテスクで狂っていようと、そのあり方それ自体が"正しい"のだ。それに適合できない私がこそ、狂っている。調律し直さなければならないのは、私自身だ。
 それ以外に、どうしろというのか。
 鏡の向こうに見える赤い瞳が、その赤を禍々しく深める。血の朱に染まった視界に狂った紅が流れ込んで、それは強い内圧を以て視神経を遡り、脳髄へ溢れ出した。
 くる、くるくる、くるう。
 頭蓋骨の中に、生温いのに気の抜けていない炭酸水と腐った生卵を流し込んでホイップするみたいな感覚。脳味噌がぐずぐず溶けて、ばらばら。高位精神と本能が境界を失って、思考用の記号断片が分解される。記憶素子は結合阻害、変質、ときに失効して望ましい姿を目指そうとする。可塑性。混ぜ直し、"あるべき姿に"狂っていく精神。歪な表面は凹凸とざらつき、あるいは不意に現れるなめらかさと鏡面。その不規則でグロテスクな形質は、全て私の外部に合わせた形だ。

「うどんげ!?」

 鏡に噛り付いたのは一瞬のことだった。でも、それで十分だ。すぐさま私をそこから引き剥がした師匠の姿は、しかし、もう、赤くはなかった。

「あ、師匠。ごめんなさい、発作が出ちゃって。もう、大丈夫です。」

 普通の受け答えをする私に向かって、師匠は驚いたような目で私を見た。

「うどんげ、あなた、大丈夫?正気?」
「正気?正気って、なんですか?」

 横にいるてゐが、恐る恐る私に近づいてくる。その目は、脅えに染まっているが、それを理性が覆い隠して私へのアプローチを試みているようだった。

「れー、せん?」
「てゐ、ごめんね、さっきは突き飛ばしちゃって。」

 てゐは答えない。
 私が手を伸ばして、てゐの額に触れる。
 「ひゃっ」と声を上げたてゐは、不安そうな上目で私を見ていた。

「てゐ、熱ある?」
「ううん」

 首を振るてゐ。そして、「れーせんのて、すごく、つめたい」と悲しげに呟いた。

「あっ、ごめん、血がついちゃったね。私、なにしてんだろ。あはは」

 師匠が、私の顔を覗き込んでくる。

「……"目"を、自分に使ったの?」

 悲しそうな表情。
 どうして、そんなに悲しそうなお顔をなさるんですか?
 だって、私、こうしてまた、やっていけるようになったんです。姫様も師匠も尊敬してますし、てゐは大好き。慧音先生や他の兎達だっていい人ばかり。またここで、歩けるようになったんです。
 私は、そういう風に変わることを、選んだ。
 あのとき、罪悪感や悲しみを宗教に変えたみたいに、私はまた、自分を作り替えた。
 それだけ。
 だって、生き延びることは、変化するってことでしょう?

「ええ。おかげで、今、最高に気分がいいんです。」

 晴れやかな気分で師匠へ向き合うと、師匠は私の血塗れの手を掴んで優しく包んでくれる。そして、頭を抱いて胸元に寄せて包み込んで、言う。

「ごめんね。ごめんね。あなたは被害者なの。悪くないわ。私のせいで狂気と友達にさせられただけなのよ」







「てゐは私の頭がお釈迦になったと思った?」
「えっ、あ、そ、そんなことないよ!」

 その夜、私はれーせんの布団の中に潜り込んだ。寝ようと入ってきたれーせんはびっくりして、でも笑って頭を撫でて、それからキスしてくれた。
 れーせんだよね?まだ、私のこと、好きでいてくれるよね?
 思わず抱きつきながら言っちゃった変な質問。

「うん。大好きだよ、てゐ。生きてくってことは、変わるってことだと思うけど、てゐを好きって思う気持ちは変わんないから。……てゐは?」
「だぁいすき!!」

 キスして、っておねだりしたら、おねだりした分だけ、ちゅってしてくれる。えへへ、って笑ったら、頭撫でてくれる。私を救ってくれた、おうじさま。わにさん。

「れーせんっ、れーせんっ」

 ただ名前を呼ぶだけで嬉しい。なあに?もう、なあに?って笑ってくれるのが嬉しい。

「私よりお姉さんなんでしょ?そんな甘えん坊でいいの?」
「いいの。れーせんも、私に甘えていいんだよ?」

 って言うと、れーせんは私をぎゅって抱いてから「もう、いっぱい甘えてるよ」って囁く。きゅんってする。

「ね、れーせん……シて」

 れーせんの耳たぶに甘噛みしながら、れーせんみたいにあるわけじゃない色気を精一杯振り絞って、行為をせがむ。体はお子様だけど、性欲はちゃんとあるんだから。

「うん」

 れーせんは、優しい声で私に答えて明かりを仄かな程度に落としてからおでこにキスをくれる。

「おっかない獣は、可愛い兎ちゃんをたべちゃうぞーっ」
「きゃはは」

 くすぐるみたいに体中を触り、指先が触れる程度だったそれは、すぐに指と掌で肌をしっとりと包む愛撫へ変わった。ふざけるみたいだったれーせんの声色も表情も、すぐに変わる。私を見る目はいつの間にか肉食獣みたいな目、私の背中に回されている腕は包むそれから掻き抱くそれに変わっている。強く、強く求められる、愛しい人に。
 胸が高鳴った。

「たべて、れーせん」

 答えはない。
 代わりにさっきまでとはぜんぜん違う、貪りつくみたいな口付けで応えをくれた。すぐに舌が入ってくる。もっと、もっとと口で言えない私は、れーせんの首根っこに腕を回して、離さないよ、もっと強く、と訴える。

「んっ、ふ、ぁむ……」
「れ、しぇ」

 二人とも、鼻ではもう呼吸が間に合わなくて、荒い鼻息に混じって、たまに口を離して空気を求める。でも、それさえも惜しいとすぐにまたくっつけ合って唾液を交えて舌を絡めた。
 れーせんの肌は少しひんやりしてて、あっつく火照ってる私の肌に心地よかった。でもれーせんは興奮してないわけじゃないみたい。その証拠に、私を床に抑え付ける腕の力は、獣みたいに獰猛で、その獰猛さは私を求めてくれる強さの現われなんだって思うと、すっごく、濡れた。

「れーせんの舌、えっちだよぉ。お口の中、ぐちゅぐちゅされて、どきどきしちゃう」
「てゐのお口も、すっごくやらしい。私の舌、食べちゃって離さないじゃない。これじゃどっちが獣だかわかんないよ?」

 言葉尻は静かなのに、猛獣が精一杯目を細めて優しく言っているみたいな、そんな感じ。いいのに、そんなんじゃなくって、思いっきりしてもらっても。
 頭を手櫛で梳られて、胸が早鐘なのに、山彦みたいに穏やか。大好きって言葉じゃ全然足んなくて、求める体が一番素直で。れーせんも、なのかな。そうだったらいいな。
 でも、きっと、れーせんが本当にしたいのは、あの時みたいに私を本当に剥いちゃうことなんだろうな。私がもし、お師匠さまみたいに死なない体だったら、いっぱいさせてあげるのに。体中の皮膚を剥ぎ取られて、体中が炎に焼かれるみたいに痛くっても、私の皮で気持ちよくなってるれーせんに抱きついて、きっと私も気持ちよくなれるのに。

「ごめんね」

 ぽろりと、零れてしまった。
 れーせんは、何も言わずに、私の手を取って。

「……ぁ」

 私の手を自分の股間に触れさせた。すっごく、濡れてる。私の手を股間に押し付けて、更にその上から、私の手を押し込む。柔らかくぬかるんだれーせんのあそこに、私の指が押し込まれて沈んでいく。

「く、ふっ、ん」

 れーせんの手に押し込まれるまま、指をあっついぬめりの奥に滑り込ませていくと、でこぼこしたトンネルの更に奥の方で、私の指は少し硬い肉に挟みこまれる。強く、締まってくる。

「れーせん?」

 見上げると、呆けたみたいに口を半開きにして潤んだ目で私を見ているれーせんの顔があった。さっきまでの私に食いつきそうな猛獣の表情じゃない。

「大丈夫、だから。あんなのじゃなくって、てゐが、欲しい、から……っ」

 そういって、もう一押し私の指を、指で更に深く押し込んでくる。まるで指を強く手で握られてるみたいに、ぎゅうっ、っと締め付けてくるれーせんの膣。切なく、どこか危うげに頬を染めて、目を閉じたまま何かに耐えるみたいな顔。
 私は押し込まれた奥の方で、指の先を、動かした。指を締め付けられたその奥で、締め付けに抗うみたいに、指先を曲げて指の腹でその壁を押し返す。

「~~~~~っ!っ、あ、てヒっ……!んっ!!」

 口と目をぎゅっと閉じて、私の指を食いしばったまま背を仰け反らせて、高い声を掠れさせたみたいな吐息を深く勢い欲吐き出してそのまま、ちょっとのあいだ体を強張らせて止まる。指を飲み込んだ膣は、締め付けたまま私を奥へ奥へと取り込もうとするみたいにぞろぞろ蠕動している。
 イったんだ、れーせん、私の指で、イったんだ……。
 ごくり、生唾を飲み込んでしまう。
 オーガズムに身を強張らせ、表情を悦楽とも苦痛ともとれる形にしているれーせんの様をみてると、私のおなかの下の方にきゅっと何か強くとぐろを巻くなにかが現れる。

「れーせん、れーせん、私もぉっ」

 指を食いしばったままの膣からずるっとそれを抜き去る。名残惜しく襞が絡み付いて愛液がぬめる。私はそのぬらつく指先で、れーせんのクリを触る。

「っひゃ、だ、め、いまわぁっ……!」

 すっごくだらしない顔のれーせん。クリをいじる指を動かすと、イっちゃったときの顔よりも蕩けて、鼻の下を伸ばしたまま半開きの口から涎が落ちる。

「れーせんっ、これ、これちょうだい……しってるんだから、私、れーせんがひとりでシてるのみて、しってるんだから」
「ふぇ……っ、ん!あ、し、しごいちゃっ!クリ指先でこしゅこしゅしたら、ダメっ、我慢できなくっ、おさえらんなくなっちゃうよぉっ!」
「おさえないでっ、れーせん、私、それがほしいんだもん。れーせんいっつもひとりで慰めてる、そのすっごいの、私に使ってよぉ」

 れーせんがやめてと身を捩って逃げるのを追いかけるみたいに、私はれーせんのクリの先端を押し込んだり摘んだり、二本の指先で挟んで扱いたりすると、やがて腰が砕けたみたいに逃げるのを諦めて大股を開いて私が弄るのに任せて腰を浮かせて、さっき私がほじってた蜜溝からだくだくと牝匂のする汁を溢れさせてる。

「だめ、だめだよぉ、てゐのちっちゃいあそこには、はいらないってば……っきゃ、ふ!クリ、んぁ、クリ扱いたら、ほんと、ほんとに、おちんちん我慢できなくなっちゃうってばぁっ」
「入らないかなんて、そんなの、ためしてみないと、わかんないよぉ?」

 開かれっぱなしのれーせんの股にシックスナインするみたいに覆い被さってクリを弄りながら、私は自分の濡れた割れ目を指でくつろげる。月にいた頃に主人の月人に何度か慰み物にされた以外に他人を受け入れたことの無いそれを、私は、れーせんに使って欲しくて、れーせんのモノにして欲しくて堪らなかった。

「も、もうっ、人がいろんなコト我慢してるのに、んぁっ!そんな風に、っ誘惑ぅ、して来るんだ?ぁんっ!」
「うん、誘ってる、れーせんの孕ませ棒、誘導しちゃってるよ。欲しいんだもん、れーせんのおちんちん、欲しいって、私のおなかがきゅうきゅう泣いてるのぉ。私、れーせん大好きだし、れーせんも、私のこと好き、だよね?」
「だいすき、らいすきよっ、ハひっ、ほんとう、クリ、だめっ、暴発っ、おちんぽ変化、暴発しちゃうってばぁっ♥」

 れーせんのクリが、ぴくんぴくんって震えてる。一回り、大きくなった気がする。私は肥大化を抑えきれなくなりかけてるれーせんのクリ豆に、ちゅっちゅって口つけて、たまに歯を立てると、私のあそこに当たるれーせんの吐息が激しく熱くなってるのが伝わってきて、余計に興奮する。

「んっヒ!クリキッス、らめっ♥ほんと、本当にダメだってばぁっ!前歯で甘噛み扱きなんかされひゃら、おっ、ぉおおっん!クリイキする前に、勃起ちんぽになっちゃうってばぁっ♥」
「してよぉ、ねえ、いっつもひとりでシコシコしてるあのおっきいメスチンポに、してよぉっ♥欲しい、欲しいんだもん、れーせんとおちんぽセックスしたいもん♥」
「だ、だからぁ、てゐのキツキツおまんこに、私のバキバキちんぽなんか入れたら、入れたらぁっ!もう、もう歯止めきかなくなっちゃうの!てゐの無毛なのに濡れ濡れのロリまんこに、無慈悲なピストンちんぽがっつんがっつんしちゃうんだからぁっ♥そんなの、てゐの可愛い体じゃ、耐えられないよぉ♥♥♥」
「いいの、いいのぉっ、無理やり、れーせんに無理やり挿入されたいのぉっ♥合意レイプっ♥気持ちはオッケー、体はコジ空けなおちんぽ挿入で、れーせんに無駄種付けされちゃいたいのっ♥ずっと、ずっとずっとずーっと、挿入セックスおねだりは我慢してたけど、もうだめ、もう我慢限界だよぉっ♥れーせんの猛獣オチンポで、れーせんに独占宣言されたいの、れーせんは私のおまんこ専用のおちんぽで、私のおまんこはれーせん専用のハメ穴だって、契約セックスしたいのぉっ♥ほらっ♥んちゅ♥ほらぁっ♥クリおっきくしてっ、いっつも両手でぐちゅぬるシゴキしてるちんぽに勃起♪それっ♥いっぱいくりちゅっちゅするから、勃起♥おちんぽ勃起っ、はやくぅっ♥♥♥」

 れーせんのおちんぽが欲しいって言いながら、私はれーせんの顔の上で股を開いてぐちゅぐちゅ音が鳴るくらいオナニーしてる。れーせんを誘惑するつもりだったけど、こーふんしすぎて、マジオナニーになってる。
 イっちゃいそうなくらい指で引っ掻き回して、れーせんの顔にマン汁垂らして、アクメ目指して全力疾走しちゃう。
 れーせんの股間ももう、おまんこ汁で濡れ濡れになってるし、唇に含んでいじめてるクリはまるで射精するおちんぽみたいに激しく脈打ってる。もうすぐ我慢決壊、フル勃起のおちんぽになるんだぁっ。目の前でいきなりおへそに当たりそうなくらい反り返ったおちんちんになって、フェラ強要かな、それとも持ち上げられて子宮の入り口とおちんちんの先っちょ、いきなりキッスさせられちゃうのかな。
 どちらにしても、限界おまんこに、早く勃起変化おちんぽをお見舞いして欲しくて、媚に媚びてしまう。

「もう、ほんとに、知らないんだからねッ!」

 急に、れーせんが上半身を起こして私の体を抱き上げたかと思うと、しりたぶにぐりぐりと熱い突起物が押し当てられる。期待に胸を膨らませて持ち上げられた体の下を見ると、小指の先程度の大きさまで肥大を我慢していた勃起クリが、瞬時にフル勃起おちんぽに姿を変えて、私のおまんこに狙いを定めていた。

「ふあぁっ!?いっ、一瞬過ぎるよぉっ、これじゃ、準備がぁっ♥♥♥」
「散々誘ったのは、てゐの方なんだから、問答無用っ!それっ♥」

 れーせんが、掛け声を上げた次の瞬間、れーせんのぶっといおちんぽは、私の細い膣道をこじ開けて、その先端を子宮のおクチにごつんとぶつかって、あまつさえそれをも押し広げようとしていた。
 半拍遅れて、挿入の衝撃が下腹部から脳天へ一気に突きあがった。

「ぐピぇへェぁっ♪♥♥♥」

 なんか、生き物っぽくない声を上げて、私は貫かれた。私の腰を掴んでたれーせんの腕は、それを離さないまま、一旦奥まで進んで行き止まりを見たおちんぽとおまんこの接合を更に押し込んでくる。
 ずぼぶ、と変な音がして、もう一段階、私の体が、沈んだ。
 恐る恐る視線をお腹の方へ向けると、ぼっこりと、まるでビール瓶でも入れたみたいに膨れてる。

「あア、れーせんの、カタチぃ……♥」
「き、きつ、いぃっ♥オクまで、い、一気に入れちゃったからぁっ♥てゐのキツキツおまんこどころか、妊娠用のイケナイところまではいっちゃったぁっ♥っはん、動けないっ、ちょっとでも動いたらすぐイっちゃって、孕ませ汁噴いちゃうンっ♪」
「おごっ、ごりごり、イチバン深いトコ、犯されちゃって、るぅっ♥れーせんのびくびくするの、つたわってくるのぉ、先っちょのエグい傘開いて、私の中抉り取っちゃおうとしてるの、わかるのぉっ♥♥♥」
「て、てゐ、うごいひゃ、うごいひゃらめ、ぬけちゃ、ぎっちぎちに不可逆侵入しちゃった、勃起チンポ、ぬけちゃうっ、カリがめくれ……♥をっふ、ヒぃっん♥おちんぽ、らめ、イっひゃう♪こんなキツい穴、すぐイかされ、っひゃぁああっ♪」
「う、うごく、ね?れーせんのおちんぽいっぱいいっぱい頬張ってる、ロリマンコと、未熟子宮で、れーせんのイキたがりおちんぽ、食べ尽くしちゃうからっ、絞り尽くしちゃ……んぎぃっ♥♥♥えぐれっ、おちんぽっ、れーせんのおちんぽ強烈すっ、っぎ♥カエシの利いたカリ高デカマラっ、ぬいたらっ、おまんことれちゃいそうっ!しきゅうがっ、ほじりだされちゃいそぉだよぉっ♪」

 仰向けになって私の子宮の天井を突き破らんばかりに押し上げてるれーせんのおちんぽを食いしばりながら、私はそのまま立ち上がってそれを抜き出し方向へ扱こうとする。ぎちぎち広がった膣道の中ほどまでれーせんの一番イイふくらみが降りてきたところで、また座りなおす。一番奥まで飲み込んで、横隔膜が歪んじゃうほど押し込んでから、再びゆっくり立ち上がろうとする。
 上下の動きのたびに、下腹部に炎なのか電気なのか砂糖なのか蜜なのか分からないような快感が爆ぜて、目の裏から後頭部に向けてちかちかと明滅しては全て幸福感に気化して吐息になって漏れていく。
 れーせんも動くたびに苦悶なのか快感なのか分からないような表情で、変な声を出して腰を上下に振ってくる。私の動きとは関係のない突き上げが、不規則な摩擦を生み出して、もう何がなんだか分からない交尾になってるけど、それがもっと気持ちよさを引き出してくる。

「れ、せん、きもち?わた、しの、ナカ、っぐ、きもひぃ?」
「きもちい、きもちぃいっよぉ♥きつきつなのに、ぬるってて、絞られて吸い付かれて、だめ、ほんっと、もう、もう、いっちゃう、ずっとひとりえっちで欲求不満だった不完全燃焼蓄積ザーメン、てゐの未熟女体の中に、節操なくぶちまけちゃうっ♥♥♥」
「イイよっ♪だし、てぇっ、本気孕ませ汁、キていいよっ♥私のココまだ、妊娠できないからっ、中出しし放題っ、だよぉっ♥♥♥どんなに特濃精虫たくさん放出されても、ビクともしないもんっ♪アクメはいっぱい出来ても、妊娠率0パーだからっ、兎の∞性欲、飽きるまで中で射精してっ♥♥♥ほらっ、ほらぁっ、射精してっ、れーせん、ロリータ兎の生膣、無防備子宮で、こゆぅい精液、どぷどぷだしてぇっ♥♥♥」
「それぇっ、しょれぇっ♥ぼっこりになってるロリ下腹部、上から抑え付けて膣圧増加、ひゅっごぉっ♪つぎっ、次のピストンで、私のおちんぽ♥発情ちんぽ爆発しちゃうっ♥♥♥ゆっくり、ゆっくりぬいてぇ……い、入り口近くまで、抜いてからぁ……♥♥♥」
「抜けちゃう寸前で止め、て、お腹の上から、思いっきり手で押さえてるから♥トドメの一突きっ、必殺のチン突き、ちょうらいっ♪れーせんっ、さあっ、トドメっ♥一緒にアクメ、しよっ?♥ほら、突き上げっ、ぐっげへあぁあああああっ♥♥♥き、ぎだぁああっ♪んっほああああっ♥強烈っ♥お腹やぶけちゃ、おっきいの、おっきいおちんぽで♥おっきいアクメ、キちゃふぅっ♥♥♥」
「ずるって、ずぼずるっぇ♥思いっきり突きあげちゃったぁ♪亀頭も竿も思いっきりキツく、コスられ、ひぇええっ♥オっほぉおおっ♥で、でるっ♪変異卵巣にたっぷたぷ溜まったオス汁♥フタナリちんぽから、てゐのロリマンに思いっきり♥射精っ♪いっぐ、イっぐぅううぅううううううっ!!♥♥♥」
「んひはぁぁああっ♥オチンポアクメと子宮アクメが♥同期っ♥一緒に♥イくのぉぉっ♥♥♥」

 私の中で、まるで水風船が破裂したみたいに精液が暴れだす。隅々まで精液で洗浄されて、引き伸ばされた膣壁と子宮内壁に活きのイイ精虫が噛り付いてレイプ対象の卵子を捜すけど、いないの。私の中、まだ妊娠可能な卵子作れないのっ。
 強烈なアクメ酔いにふらついてれーせんの上に倒れこむ。私のお腹の中ではまだポンプみたいに精液を注入し続けるおちんぽが暴れてる。その度に私もイキ重ねちゃって、意識がどんどん白く上塗りされていく。

「れーひぇん、れーしぇんっ……♥」
「て……ゐ♥」

 朦朧とする意識の中で、キスを求めて口を捜す。身長差がある私とれーせん、口をくっつけようとすると、おちんぽが抜けちゃう。ぎちぎちに噛みあった膣とカリだけど、キスがしたくて無理やり引っこ抜くと、ずぼっ、ってなんか凄く下品な音がして、次の瞬間ぶっぶぶぶっ、って私のお腹の中から精液が噴出す。まだ射精を繰り返してるれーせんのおちんぽは、私の上に精液の雨を降らせて、頭も背中もべとべとにしてくれた。その愛の雨に幸せを感じながら、やっとれーせんの口にたどり着く。

「れーせん、きしゅ、キスして……」
「んっ、っちゅぅっ、あむ」

 一旦口を離して、れーせんの虚ろな目を、私も虚ろな目で覗き込む。上がって浅く刻まれる呼吸で、私はれーせんに、思い切って言う。

「唇の皮、少しだったら、剥いて食べて、いーよ……」

 下唇を、れーせんの上唇と下唇の間に挟むように差し出すと、れーせんの前歯が、それを強く噛み千切った。

「っ!」

 激痛が、走る。でも、それを噛んだ瞬間、もう一発大きな射精が背中に降りかかってきて、私も、れーせんも、泥みたいに眠ってしまった。







「てゐ、てゐ」

 眠い目を擦ると、目を開けたられーせんの顔があった。ばつが悪そうに笑っている。
 そういえばすっごく、「臭い」。それに。

「いたっ……」
「ごめん、我慢できなかった。でも、てゐが悪いんだよ?あんな風にされたら、皮、剥いちゃうよ」

 そっか、下唇を食い千切られたんだ。
 まあ、私も月兎の端くれ。ほっとけばすぐに治るとは思うけど。

「ちょっと、ヤりすぎちゃったかな」
「ちょっと、ね」

 えへへ、と笑うと、また、キス。
 ちょっと唇にしみたけど、それよりも嬉しい。
 れーせんが、れーせんでいてくれて、嬉しいよ。

「れーせん」
「うん?」
「だいすき。ずっとずっと」
「私も。大好きよ」

 もう一回、キス。

「ね」
「なあに?」
「……また、どっかに、逃げよっか。今度はもっともっと、遠く」

 れーせんは、少し考えたような風にしてから、ちいさく笑って、答える。

「てゐは、ここはもういや?」
「ううん、私は、ここ、大好きだよ。だって、みんな、いるから。れーせんが、いるから」
「私も、おんなじ。」

 そういって、頭を撫でてくれた。
 もう、逃げなくったって、いいんだ。ここにいて、いいんだ。
 いや、最初から、どこにいたっていいんだ。
 ただ、そこに納得できるか。
 そこにあわせて、自分を変えられるか。
 それだけだったんだ。







 師匠は「うどんげは、狂気と友達にさせられた被害者だ」と言っていた。
 でも、それは違いますよ。
 だって私は、あの時もこうして、自分を、自分自身で変えたんですから。
 被害者なんかじゃないです。後悔なんてないです。
 私は、死を恐れるようにしてもらったからこそ、生きていたいって、皆と一緒にいたいって、今も思えているんですから。

 私が撃ち抜くべきだった的は、変われなかった自分自身。
 それを教えてくれたのは、みんなですから。

 私は、永遠亭の皆さんが、大好きです。






「ちっ、今回は悪役に甘んじてあげますわ」
「次は私が師匠といちゃいちゃ……」
「次は私よ、何言ってるのよ」
「はぁ!?ふざけないで!」
「よろしい、ならば戦争だ!」

「本妻の慧音センセ、一言」
「ぐぬぬ、出番がないどころか寝取られフラグか」















――――――――――――――――――――――――

【戦力増強指針】
 月帝の軍部が提示し、陸軍衛生省が実行した、兵士の戦意昂揚キャンペーン。キャンペーンと言えば聞こえはいいが、実際に行っていたのは強烈な強迫観念の外部刷り込み、いわゆる洗脳だった。
 月人と同じく月兎もまた長い寿命を持ち、月帝都の慢性的社会問題ともいえる停滞と閉塞による無気力化と防衛機制の希薄化によって、兵士の士気は「死を恐れない」を通り越して「進んで死ぬ」へと至っていた。
 開戦当初は危険を省みない攻撃による快進撃を続けていたが、組織の瓦解や指揮命令系統の不伝達、何より防戦に弱く長期戦闘に向かない性質が露呈し、戦力は急激に低下、戦況が一転する。
 そこで打ち出されたのが、精神干渉によって「死への恐怖」を植え付け、かつ、「生き延びるには殺すしかない」という強迫観念を与えることで兵士の精神的な下支えとし、戦意を高揚する計画だった。
 最初に対象となったのは、月都でも労働階級で月人より下層にあった月兎という人種の中でも兵士として特に調整を受けた玉兎だった。
 元々月人に労役を与えられるサーバントだった月兎は、しばしば倫理を半ば踏み越えた扱いをされる奴隷階級であり、この《戦力増強指針》の実験台として初期にそれを施されたのは全て玉兎の兵士だった。
 《戦力増強指針》によって死を恐れないラインと死を恐れるラインを巧みに戦争用に操作された上、体そのものが個体間で高度に互換性のあるパーツで構成された玉兎へと作り替え、それによって兵器化と大量配備が容易だった兎の兵士は、この《戦力増強指針》によってめざましい成果を上げる。最終的に数千個程度の玉兎の兵士に対して施され、《戦力増強指針》の実施は幕を下ろした。月人の被験者は現れなかった。また、別記にある《戦闘ストレスコントロールプログラム》ではストレスレベルが飛躍的に上昇し、P.T.S.D発症率の上昇が顕著化してしまう欠点が報告され、大型キャンペーンとなることはなく、実験程度で終了した。
 《戦力増強指針》を施された兵士は有効戦力として各地で転戦を余儀なくされ、他の兵士に比べて過酷な環境で高い稼働を強いられることとなり、終戦後に現存していたのは数十人程度と言われている。
 戦後、人権問題に強く抵触する計画だったため月執政府はその存在を公式に認めることはなく、どの玉兎に施されたかのまとまった資料は残されておらず、自分がそうだったと名乗り出るものもいないため、その指針自体が架空のものなのではないかとさえ言われ始めている。
 条件付けと強迫化の施術を体系化したのは、八意永琳だと言われている。
 また、植え付けられる死への恐怖のことを”選択的tanacrofobio因子”、或いは単に”tanacrofobio”と呼ぶ。



【戦闘ストレスコントロールプログラム】
 StressContorolだけを切り出し、SCと略される。
 長い間無感動の中で生きてきた月の兵士達は、しかしその停滞した価値観の中に突然現れた特殊な環境に精神的ダメージを負う者が少なくなかった。自分が死ぬことに関して、自分と同じ姿の月兵士が死ぬことに対して全くの鈍感であった彼らは、しかし、全く姿の違う相手を殺し、あるいは味方や状況を強く疑い、作戦によっては虐殺と略奪を行うことへの耐性は持っておらず、戦線でのP.T.S.D発症率は、軍部の予想を遙かに上回っていた。
 《戦力増強指針》で兵力が瓦解した状況をぎりぎり持ちこたえた軍部が、陸軍衛生省へP.T.S.Dの打開策を提示するように命じ、提出された方策が《戦闘ストレスコントロールプログラム》である。
 戦闘で負ったストレスを和らげ、ストレスと精神ダメージによって戦線離脱する兵士を減らし、効率よく戦線に戻して再び戦わせることを目的としている。
 ストレスコントロール、という題目を掲げてはいるが、そこで行われているのは、戦争だから殺してもかまわない、あの行為はおまえの責任じゃない、というマインドコントロールだった。
 《戦闘ストレスコントロールプログラム》にて治療対象となった者は多かったが、中でも《戦力増強指針》にて死の恐怖を植え付けられた者のストレスレベルは、そうでない者と比較にならない程高く、軍部は高い戦力ポテンシャルを持ちながら戦線離脱率が高いという背反に頭を悩ませ、陸軍衛生省に《戦力増強指針》対象者のフォローアップ用に《戦闘ストレスコントロールプログラム》の特別メニューを用意するよう指示した。
 《戦闘ストレスコントロールプログラム》は治療行為であって、その処置は任意であり、かつ一旦負傷兵として戦線から退いた上で自己申告した者だけが処置を受けることになった。戦地の中で転戦を余儀なくされ退却のない戦地に配置された者の中には、治療を受けられずにP.T.S.Dの症状を悪化させる者も多かったが、それ以上に、治療を受けることが出来て完全にマインドコントロールされた兵士の精神病質は眼を背けたくなるものがあったと言われる。
 《戦力増強指針》の対象であり、《戦闘ストレスコントロールプログラム》の治療を受けた者は、猜疑心が病的に強くなり、殺さなければいけないという強迫観念を持ち、他者への責任転嫁が激しくなり、また心身症のような症状を示す。戦地で生き残り任務を遂行する「個」としては優秀な性質足り得るが、社会生活を送ることが困難であると言われるが、戦後《戦力増強指針》《戦闘ストレスコントロールプログラム》双方の対象となった帰還兵はごくわずかで、問題は社会的に顕在化していない。
 《戦闘ストレスコントロールプログラム》は陸軍衛生省が行った正式な治療行為であり、その存在は公式である。治療を受けた者の中には治療による後遺症を訴える者、あるいは不足であった旨や、それを差し引いても戦争に対する弊紙の扱いに不当性を主張するものも多く、長寿である月民の間ではこの先長きに渡って解消されない社会問題となることが確実視されている。

【玉兎(チューンド)】
 月兎の中でも、その奴隷階級という性質に基づいて、心身の一部を兵器として作り替えられた自己増殖可能な部分有機機械種族であり、月兎の亜種として扱われる。多くの場合、個体間の差は徹底的に排除され、規格化された体躯をもち、互換性のあるパーツは個体間で流用できる。また、兵器として強化された運動能力と、人型を保つ必要のない有機機械の特性を利用して、効果の高い専用武装などを運用できた。
 雄雌の区別はあるが、生殖について、雄性配偶子を作ることはできるが、妊娠はできない。玉兎は常にハーフであり、その形質は劣勢である。後天的に調整された形質について、子孫への遺伝は、まだはっきりとわかっていない。
 月人からは素の月兎よりも見下されがちのサーバントだが、素の月兎の多くは玉兎に対して密かに憧れを抱いている。


【COSMMOS】
 Chirdren of Orbrabbits Soldier with Mind and Mechanical Organic System.
 選抜された玉兎の兵士に対して洗脳とマインドコントロール、専用戦闘用パーツ装備させ、かつそれに必要なチューニングを行った個体。また、その総称や部隊名としても使用される呼称。部隊員の数は不明。全く非公式の部隊であり、記録も残されていない。軍部の各部署による超組織的プロジェクトであり、各の部署が持ち寄った技術や計画の集成実現体。短期計画で、計画終了後各部署がその成果を持ち帰ることを目的としていた。
 《戦力増強指針》の前身となる精神干渉や、玉兎をより高度な組織化兵士とする計画や、特別用途の玉兎を別途作る計画、玉兎用の専用武装の開発推進、多対多高速暗号通信の新技術開発、旧態依然とした軍組織体制の見直しなど、その目的は多岐にわたる。
 各個体の戦闘力については、実験中・開発中の新兵器を内蔵器官として備え付けられ、戦闘に特化したパーツチューニング以上に、その固有兵装器官の活性化による圧倒的な戦闘力が注目された。また、ハードウェア的な進化としては、この後にレイセンという高度戦闘用玉兎が開発され、急速に部隊化・実戦配備されることとなった。
 構造面でレイセンを含む玉兎と区別する場合、玉兎は機械化が一部であるのに対し、《COSMMOS》は体組成90%以上を機械化(義体化)しており、サイボーグかアンドロイドか程の違いがある。《COSMMOS》の器官で、機械化されていないのは脳の一部だけであり、身体劣化がないため霊的存在根(レジストリ)も劣化しない。
 生殖器はあり妊娠はできるが、胎児を育成する機能がないので、雌性生殖を行うと100%流産する。機械組成によって有性雄性配偶子は生産でき、擬似器官による放出もできるので、雄として社会に適合する可能性は期待されたが、《COSMMOS》は絶滅したとされている。
 《COSMMOS》には、00年式主力戦闘車輌の1000号台の型番を与えられている。当然00年に制式採用された主力戦闘車輌は公式には存在しない。
 てゐがうどんげより年長だというのは、うどんげが比較的新しい戦車であることを指している。


【レイセン】
 レイセンという言葉には広義性があるが、ここでは戦闘用サーバントとしての玉兎を指したレイセンについて記述する。
 玉兎の兵士のことであるが、特に規格化が徹底され統合整備が進んだ型番のことを指し、この場合、単にレイセンというよりもレイセンシリーズと呼ばれる。
 00年式主力戦闘車輌の内1000号台の固有車体番号を与えられた車輌(《COSMMOS》)は、特別な技術投入が行われ、専用兵装を多数有しており、その上《戦力増強指針》の対象であったため、その特殊性やめざましい戦果から話題に上ることが多く、その際に"零千"と呼ばれ、それを前身として量産体制が整えられた玉兎の兵士への通称へ転じた。
 実際にレイセンシリーズと呼ばれるものの中には、M187A4系突撃銃、84年式歩兵駆逐車、06年式汎用輸送機などが含まれるが、単にレイセン、というと、玉兎の兵士全体を指すことが多い。それは、そこに費やされた技術の多くが《COSMMOS》由来のものであり、オリジナルとなった彼等の名称が代名詞へ変化したためである。



【戦後】
 戦中の特殊な状況下において軍・政治組織は大きく改変され、帝の権力が削がれて軍人名家であった綿月家が急速に躍進した。共和制を維持してはいるものの議会の権力は形骸化し、事実上軍部の独裁となっている。軍は綿月家が牛耳っており、綿月家は戦争を経て皇帝をしのぐ権力を手にした。皇帝の神聖視を排除し、民主化を謳うようとする綿月一族の狙いはダブルスタンダードの強行でありながら戦中の混乱で既成事実化して受け入れられた。
 戦争勃発の責任者(当時まだ戦中であったため"戦犯"とは呼ばなかった)を皇帝とした綿月一族の過激なやり方には、戦後の落ち着きと共に反対の声も挙がっている。 戦中、対抗勢力の排斥に躍起になる軍(綿月家)は、戦争開始責任者として皇帝に、大政譲与するか死を選ぶかを迫り、皇帝は次期皇帝の座に綿月家の息のかかった外戚を据えた。月人は往々にして死を恐れないので、皇帝はあっさり死を選び、次期皇帝を傀儡に出来ると考えていたが、綿月家の思惑に反し皇帝はあろう事か戦争時の敵地(地球上)へ亡命する。また、皇帝の後見人、ブレインとして力を保っていた最有力文官貴族である八意家の長女で事実上の頭領である八意永琳(現頭領の父親はほぼ現役を退き、実務は八意永琳が行っている。)は戦中から忽然と行方不明になっているが、皇帝を追って地上へ出国したと言われている。
 これによって実権はほぼ綿月家へ移ることとなったが、綿月家に対する抵抗勢力(旧王党派)は地下へ潜り、レジスタンス行為を継続している。八意家は未だに強い勢力を保っており、レジスタンスと繋がっているとされているが綿月家はその尻尾を掴めずにいる。綿月家は皇帝を作ることはできるが、尚も前皇帝を正式に戦犯とした上で、更に八意永琳をその幇助罪に問うことで八意家を権力の対抗馬から放逐しようとしている。現在放逐されているのは、蓬莱の秘薬を作成した罪とそれを服用した罪であるが、それ自体は既に永遠にも近い寿命を持った月の民の間ではさほどの罪ではない。
 旧王党派の一部はゲリラ化し、月帝で致命的な社会・治安問題となっており、戦争に勝利したものの大きな禍根を得ることとなった。
 また、奴隷種族だった月兎達が戦争で自立した立場を覚えたことで、急速に独立心を芽生えさせており、玉兎を中核に据えた一揆を組織したり、中には独立を宣言する反乱、テロが起こるなど、社会不安の種をまいている。



【和邇】
 "わに"と発音されるものが、太古何を示していたのかの手がかりは残っていない。一説では大型の水性生物を指していたと言われるが、時を経て南方から伝来したものを指す言葉へ変化したと言われている。
 また、"わに"の他に"おに"という言葉も存在し、西方から伝来したものを指す言葉だったという説がある。
時を経て、"わに"も"おに"も余所者を指す言葉へ変質し、さらに二者の違いは人か獣かへと変化した。
 太古、うどんげは地球へ逃亡した際、人里から離れた竹林に住み着いた。里の人はうどんげを"わに(外から来た獣)"と呼んだ。和邇はその後、一部の有牙の大型水棲生物を指す鰐へと変化した。
 余談だが"おに"は隠邇であり、人の形をした余所者を指した。その後に有角人型の人外を指す鬼へと変化する。




【因幡の白兎】
 和邇を騙して海を渡った因幡の白兎が、怒りを買って皮を剥がれるという逸話が人里に残っているが、これはてゐがうどんげに脱走教唆して月から地上へ脱走させたのに便乗しててゐ自身も地上へと降りたこと、《COSMMOS》としての強迫化と条件付与によって自我を失ったうどんげが、てゐを敵性存在と誤認して皮を剥いだ事件を人々が伝えたものである。
 うどんげは自我を取り戻した後逃亡したが、皮を剥がれて瀕死となっていたてゐは、それ以前に月から地球へ逃亡していた永琳(と輝夜)に助けてもらう。
 その後、てゐから事情を聞いた永琳と輝夜はうどんげを探しだし保護した。《COSMMOS》として心身に異状を来しているうどんげに対して、永琳は自分の罪だと告白した上でその治療を申し出、以後うどんげも永遠亭で暮らすようになる。

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Re: Re:【うどんげ_てゐ】脱兎サイトを覗いてそれを撃て

コメント、そして読んで頂いてありがとう御座います。
ご指摘の誤字等、一両日中に修正しておきます。

含みをお察しいただいた点については、ご明察、です。
あの辺の単語の回収をしなかったのはミスかなあとも思います。

tmboxのお遊びも聴いて頂いてるようでようで、
あればかりはおふざけもすぎるのでむず痒い限りです。
ssのテーマになりそうなものだったり、
楽器の練習課題だったりするもの、
気に入った曲の
の三等分といったところですね。
もうちょっとうまく歌いたいものです。

残りの件については、直接コンタクトを送ります。

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Re: Re:【うどんげ_てゐ】脱兎サイトを覗いてそれを撃て

こちらこそ、作品へのコメントありがとうございます。
twitterやblogコメント、拍手で感想をいただくことも多いし嬉しいんですが
やっぱり夜伽に投稿してる以上は夜伽にコメントをいただけるのが一番嬉しいです。
それに加えてblogにいらしてもらえるとは、作者冥利に尽きます。



SVC、LRE、ともにその認識であってます。

SVCはIT用語として一般的でオリジナルでない
LREも東方用語として緋想天(則)プレイヤー間にて標準に用いられていた言葉なのでオリジナルでない
ので設定用語に追記しておりません。

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