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【文チルノ】snow dAnce

前述のアリスに殺される合同を書き始めてしばらくしてから書き始めたものです。
締め切りにわわれたりすると急に違うことしたくなりますよね。

SSって大体2~3本平行作業になります。
作品の逃避に別の作品を書いて、その逆をやって、
で片方が加速し始めるまでかわるがわるって感じ。

これはまだ合同のSSが完成してなくて暑くてうだうだいってたら
何故か急に「snow dAnce」が頭をめぐり始めて
動画を見てたらふってきました。

内容は、元ネタとなるflash動画丸パクリです。

元ネタのことを除いてしまうと長い割には特にかたることもなく。

もうこの動画はじめてみてから10年くらいたつんだなあと思うと
自分がいまだにあんまり成長していないことにがっかりします。

このSSにも成長という側面を含めてみました。
そういえば似たようなアプローチでみすちーのSSを書いたこともあったなあ。

登場しているレミリアも前に書いたSSのレミリアを踏襲していて
書けば書くほどキャラが勝手に動き始める(しかも一般的なキャラ解釈と違う方に)というのも
よくもありわるくもありという感じでしょうか。



特にえぐかったりぐろかったりって言う要素はないんですけど
内容がほとんどパクリで出来上がっているので
「よまないでください」は健在ということで。

たぶん私のSSはこの注意書きが外れることはないだろうと思いますね。
もちろん読んでほしくないわけじゃないんですけど、なんか言われたときの回避策であることは間違いないです。

pl法と定型注意書きみたいなもんです。



【元ネタ】
・YUKINO/snow dAnce
これはそのままです。内容そのものがこの動画と曲に寄せてあります。

・鯨(Buzy)
書いている途中でテーマが似ていると感じたので
改めて取り入れなおしたもの。
クジラと海、星というシンボリックな記述の中に
自己嫌悪、三角関係と、年をとるということの変化について
この歌はうっすら歌っているような気がします。
作品はチルノ一人称ですが、
この歌の内容は、チルノ、文、レティ、全員に細切れになって分布しています。

・Armored Core 4
あまり設定のないyukinoの世界を実際に詳細に記述しようとすると
これに行き当たりました。
何か大きな正義を殺し続けないと自分たちの生きる道を切り開けない
そんなにっちもさっちも行かない世界は
AC4の地上の状況ととても似ていると思いました。

・DARIUS
東方がシューティングであることを前提とするなら
yukinoに登場するエメは歴代ダライアスに登場する「グレートシング」以外
何に置き換えられるでしょう。
ちなみにダライアス原作のグレートシングは別に氷とか使いません。
yukino主導の起用でしたが、
buzyの鯨を想起したのはこれのせいで、
筆の推進剤を見つける発端となった設定でもあります。
作中での行動とかはどちらかというとEVAのラミエルでしたね。

・EINHÄNDER
これはあんまり絡んでません。
作中でアインハンダーといわれている神様の由来として使っただけです。
これもシューティングゲーム由来です。
アインハンダー=一本腕。
ということで、作中でアインハンダーとかたられているのはお空、
その創造主とされているプラスティックスティックスは神奈子です。
すわかなは諏訪に居座っていますが、
お空は人の暗い記憶に導かれて広島にいったようです。



以下、アーカイブ。
 みんな、ともだち、いる?
 あたいにはいない
 しゃべらなくなったからかな
 わらわなくなったからかな
 さみしいよ
 だれか、あたいのともだちになってくれるかな……。







 雪が降ってる。真っ白。みんなみんな凍って、白一色に染まってく。氷点下は人を寄せ付けず、雪は光を閉ざして真っ暗、冷たい。吹き荒ぶ吹雪はわずか手を伸ばせば届く距離さえ、無限の道程に変えてしまう。
 冬。いつもなら年の半分のそのまた半分だけの季節が、もう3年も続いてる。しかもいつもよりとっても寒い。あたいが寒いって言うんだから、みんなはもっと寒いんだろうな。
 でもその前までは、10年間秋だった。真っ赤。落ち葉が落ちきって、新しい葉っぱが出てくると最初から赤くて、最初から色付いた薄が地面から顔を出す。ずっとずっと秋で、実りを育む夏が来ないから、外に暮らす人が沢山飢え死んだ。
 他にも、大地震で何万人も死んだり、突然の大風で街が丸ごと一つ消し飛んだり、地面が巨大な蛇の群に変わって人が住めない地域になったり。どんな些細な悪さでも、死を以て償わさせられる呪いがかかった子供が産まれたり。
 全部、"かみさま"の仕業。みんながふとした一瞬で殺されてしまう恐怖に怯えながら暮らしてる。
 あたいは今、学校に行きながら国を守るお仕事をしてる。"かみさま"が人間とか妖精とか天狗とか河童とかを滅ぼそうとするから、"かみさま"を殺す……「送る」って言うんだけど、そういう仕事をしてる。"まほうつかい"って職業。
 この間、秋の"かみさま"を送った。姉妹神だったけど、両方とも文が殺しちゃった。それからずっと続いてた秋は終わったけど、今度は冬が終わらなくなっちゃった。
 この世界はただでさえエネルギーが足りてない。生きていくのに電気は必須なのに、電気がまだ足りてないんだ。だからどんどん世界を作り替えて、電気が足りるように、みんなが気持ちよく快適に便利に生きていけるように、みんなで力を合わせていたら、"かみさま"があたいらを滅ぼそうとしはじめた。
 今まではみんなを守ってくれて、恵みをもたらしてくれていた"かみさま"は、みんなの敵になった。あたいらは"かみさま"を「送って」生き延びることを選んだんだ。
 昔、"かみさま"がくれた力は、私達が何度も何度も改良を施して、今では"かみさま"に通用する力になってる。私達妖精とか、妖怪は、ほとんどの力を失って、代わりに人間達の科学の力で増幅させてる。
 私達は無力で弱い小さな者として、"かみさま"に抵抗しながら、明日を生きようとしてるんだ。
 あたいは"まほうつかい"。今、そう言うお仕事をしてる。







 止めたんだ。そっちは、違うって。
 でも、行ってしまった。
 きっと、そっちが正しいんだって、信じたんだ。
 あたいには、何も言えなかった。
 今だって、この湖の果ては空に続いてる。勿論、星はもう見えないけど。
 ねえ、行ってしまったそこには、何があるの?何を見ているの?そこは、一番遠く、星からだけじゃない、みんなからも……あたいからも、一番遠いところなのに。
 鯨なんて、いなかった。あたいらが壁を壊して海へ至ったとき、海には鯨なんて生き物はいなくなっていた。鯨だけじゃない。ほとんどの海の生き物は、陸の生き物に先んじていなくなってた。
 こんな世界(うみ)に絶望して、どこかへ行ってしまったんだろうか。
 そして今。陸の生き物も、ゆっくりと消えようとしている。






「ん、っは、ァっ!」
「はっ、ひ、あんっ」

 あたいとは対照的な、からだ。細くて、しなやかで、腰は細いのにおしりがおっきくて、えっちなからだが、あたいに覆い被さって、跳ねるみたいにくねりながら、あたいをかき混ぜてくる。あたいも、彼女の深くを混ぜると、黒い翼を大きく広げて色っぽい声を上げる。あたいも、触られて、やらしい声を、出してる。
 あたいはちびで、全然色気のないからだしてて、文とは全然違うのに。文はいつもあたいを、ぬいぐるみみたいに抱えて回る。人気者だから、あちこち駆け回る。あたいを引きずって学校中を飛び回る。
 あたいは、人気者じゃない。友達らしい友達はいない。バカだから成績もビリっけつで、文以外に声をかけてくる人はいない。文があたいを引っ張り回す理由はよくわかんない。
 そして、学校が終わると決まって新聞部の部室で、えっちする。ほとんど毎日。
 いつ日課になったのかわからないけど、現像室で文に求められて、断る理由なんかなくて……断るのが、怖くって。他に、誰もいないから。一緒に世界を守るお仕事をしてる同士だし、嫌われたくない。
 あたいも、きもちいし、文と一番近くなれる気がするし。
 でも、あたいと文は、友達じゃ、ない。きっと違う。何で一緒にいるのか、なんでえっちしてるのか、聞かれてもあんまりいい答えは出来そうにない。

「チルノさんっ、もっと、奥っ……ん!」
「あ、やぁぁっ!びりびり、クるょぉっ!」

 新聞部なのに、写真部顔負けの暗室。赤く染まったうっすらとした光。床に家から持ってきた毛布を敷いて、体操着の袋を枕代わり。少し堅くて痛いけど、石膏ボードのひんやりが、火照ったからだに気持ちいい。赤く暗い部屋はお互いの羞恥心を覆い隠してくれるだけでなく、色合いのせいか、妙に興奮をかき立ててくる。狭い狭い部屋なのに、暗いことでそれは逆に長所に転化されて、ずっとべったりくっついて、えっちするにはもってこいだった。
 最初に文に抱かれたのも暗室だった。新聞用の写真を現像してるのをしげしげ見ていたら、後ろから抱きしめられて、耳を食まれて、キスされて、気が付いたらぱんつ下ろされてて、文も履いてなくて、そのまま、最初は毛布も何にも敷いてない床で、文に庇われながら、アソコを撫で合って、唇を啄み合って、でも好きとかそういう言葉は一つもなくて、あたいが導かれるみたいにイくと、文はあたいの手を取って使って、イった。やっぱり好きとかそういう愛の言葉はなくって、でも、あたいはそれでよかったし、それを言っちゃったら、あの暗室に自分で明かりをつけてしまうことになりそうで、出来なかった。文も、何にも言わないであたいに抱きついたまま、暗室にしばらく寝転がってた。
 次からそのときに文があたいの手にさせた動きを真似してシてあげてる。普段の文からは想像できない、すっごくだらしない顔。あたいもきっと、文にされて、ああなってるんだ。

「文ぁっ……あたい、あたい、もうッ!」
「いいですよ、チルノさん、イって下さい。私も、い、イき、そう、でぇ……ッ!」

 窓のない暗室は時間感覚も狂わせてくれて、放課後えっちを始めてからどれくらい経ったのか全然わからない。あたいらは、お互いのイった回数で時間を数えていた。

「は、きゅ、ぅぅんっ!」
「~~~~~っ!!」

 あたいは股間に差し込まれた文の腕を太股で挟み込むみたいにして、背中を丸めて縮こまってオーガズムの波に耐える。文は逆に背を仰け反らせて、股を思いっきり開いて誰かに見せつけるみたいに震えてから、崩れ落ちる。
 二人で一緒に波を見送って、荒くなった呼吸に翻弄されながら、しばらく赤くて暗い天井を見る。
 この世界にはもう星なんかなくって、宇宙線が直に降り注ぐ空は綺麗なものではなくて恐怖の対象。人が暮らす範囲には、全部屋根が付いてる。光も風も作り物で、でもそれがあたいらが生き延びるために選択したもの。だから、こうやって閉じこまった天井を見上げるのも、そんなに悪いもんじゃないって思える。
 先に沈黙を破ったのは文の方。上半身を起こして、乱れたセーラー服を直さないままあたいに覆い被さって、でも体重は一切かけない、唇だけ重なるキス。

「ん」
「ぁむ」

 啄むだけだったのに、二回、三回、触れ合う時間がだんだん長くなって、吸い付き合って、いつの間にかまた舌が絡まって、あたいの腕は文の背中に回ってて、どちらが何を言うわけでもなく、また始まる。
 暗室の中で、どれくらい経ったのかわからないまま、あたいらは両方とも欲しがるのをやめるまで、何度もイかせ合う。好きの言葉は、ない。
 女同士のセックスって、こういうものなのかどうなのか、あたいにはわからない。きっと文も知らない。友達じゃないから、遠慮いらない。えっちまでシてたら、もう友達って感じでもないし。でも恋人じゃないし。

「今度は、チルノさんが、上」
「うん」

 文は敬語のまんまだし、あたいの気持ちはこんなだし。
 こんな関係も、イヤじゃない。あたいには友達はいないから、唯一のつながり。でも仕方なくって訳じゃない。好きじゃ……ないけど、嫌いじゃない。
 きっと二人の関係は、"文とあたい"以外の何でもないんだ。







 みんなは「ともだち」っていうのがいるみたい。
 あたいにはいない。
 文も、「ともだち」ってのとは、違うみたい。 前に「文は、ともだち?」って聞いたら「違うと思います」って答えられたし、たぶん違うんだと思う。あたいも、なんか違うって思うし。
 学校に行けば、みんな「ともだち」同士で一緒に笑いあっていて、同じ知識を共有しあってそれを楽しんでるみたい。あたいには、わからない。ばかだからかな。知識が同じくらいになっていればいいんだって、がんばって勉強したけど、やっぱりわかんない。勉強したせいで、余計なことも知っちゃって、見たくないものも見ちゃって、聞きたくないことも聞いちゃって、それが「ともだち」を邪魔してるみたいで。じゃあみんな、どうやって「ともだち」になったんだろう。
 昔のほうが、まだ「ともだち」に近い人がいた気がする。れいむが生きていたころ。あの巫女がいたころは、いろんな人と喋ってた。ばかなあたいを相手してくれる人もいたし、ばかなりに、遊んでもらっていた気がする。
 でも、どこまでもどこまでも、手を抜いて付き合ってもらってる気が堪らなくて、れいむがいなくなっちゃった辺りでぱったりひとと付き合うのをやめちゃった。離れてみれば、やっぱりあたいはばかにされていただけで、友達なんかいないってわかった。れいむと知り合うもっと昔にそうだったみたいに、湖の上で何も考えずにふわふわ浮かんでいるだけの存在に戻った。戻ろうとした。……でも、できなかった。その間に、余計なことを知りすぎた。昔みたいな真っ白には戻れなくて、レティに相談してもレティの言ってることはよくわからなくって。
 そのまま時が流れて今。やっぱり友達はいなくて、文だけが何故か、近くを飛び回っている。
 地球は未来を閉ざされて、あたいは雪だるま式に増える知識をもてあまして、ばかにもかしこくもなれない一番ばかな状態で、いまだに一人のままだった。







「来ましたね」
「また、殺しちゃうの?」
「『送る』です。……お仕事ですから」

 部室に備え付けられたテレビが映像を回転させながら、進行する"かみさま"の映像を中空に描いている。しかし撮影数が不十分らしく、モニタされた映像はただの板、しかも映像が吹雪に遮られて、ただ白い板が回転するだけの虚しい立体映像だった。

――樺太に停滞していた新たな"かみさま"は、柱体を中心に猛烈な寒気を及ぼしながら平均時速60キロメートルで、南下を開始しました。中心気圧は816ヘクトパスカル、柱体周囲の気温は摂氏マイナス103度。存在高度は海抜5メートルで風速も気温も距離減衰して緩やかになっていきますが壊滅的な損害が出ており、関東接近を許すと――

「誰ですかね、こんな情報リークしたの」
「えっ」
「ニュースですよ。これ、政府が情報統制布いて封鎖されるはずのデータですよ。こんなものマスコミにまかせたら、尾ヒレ背ヒレは付くわ、パニックを煽るばっかりで役に立たないわで、ろくなことになりません。」

 文が「テレビ止めて」と言うと、テレビの音声センサが反応してスイッチが切れた。
 部室にはあたいと文しかいない。新聞部なんて、今日日絶滅した学校活動だ。勿論正式な部じゃない。あたいも正式メンバーじゃない。文が立ち上げて、教員から教室一つを取り付けて彼女のプライベートな空間にしちゃってる。
 そもそも、この学校の人間コース以外のカリキュラムはあってないようなもの。同種族でさえバラバラに変化して、知的レベルも年齢も大きく離れていくまとまりのない人外は、学制そのものが不適合で、人間以外にとってはただの集団生活による効率的な行動把握機構になっている。
 昔は湖の畔で対して人と関わらずに生きてたあたいにとって、この学校というシステムは息苦しかった。学校内で言う友達というのは今までの感覚と違う。凄く距離が近くて、近いと思って飛び込んだら今度は入り込めない、微妙なテリトリーの複合体。ばかなあたいには扱いきれない。

「ササメユキ」
「ん?」
「っていうんですって、今度の"かみさま"の仮称。霧雨さんが言ってました。」

 霧雨家の当主は今、CIPHERの人間代表補佐をしてる。人間代表は勿論博麗の巫女。八雲の庇護を失っても尚強大な力は、"かみさま"を除けば群を抜いていた。昔、れいむとまりさがそうだったように、ううん、そこから始まったのかな、あの関係は。
 湖の畔で暮らしてた頃に知り合った人間は、誰もいない。あれからあたいはまたひとりで湖の上で何をするでもなくふわふわ浮いてることが多くなった。あの頃に知り合った人間も妖怪も、特殊過ぎたのだ。
 普通、こうして学制などを布いて強制的に集めでもしない限りは、他の種族同士の交流などほとんどない。種族によっては、同族とさえ会わない。今、学生がもたらしている集合を、あの頃はれいむがやっていたんだろう。
 あの頃。妖精は、比較的群れる方だけど、あたいはそうじゃなかった。今にして思えば、学校で巧くやっていけないのは、群れる傾向にある妖精のくせに一人で生きてた頃から、わかっていたことなんだろう。
 何もしないでただ漂ってる、あたいは他の妖精と群をなさず、一時に知り合った人間や妖怪の仲間と交わる内にやたらと身の丈に合わない成長をしてしまったみたいで、学校でも他の妖精ともどうにも相容れなくなっていた。
 仲がよかったリグルやルーミア、ミスティアも、今は何となく疎遠。学生は、種族によってクラスを分ける。妖怪と妖精は、やんわりと区別されていた。
 急にひとりぼっちに戻った。でも、もともとはひとりぼっちだったから、今更何とも思わなかった。教科書には、そういう心の持ち主を「つめたい」と評すると書いてあった。まさに、あたいは、つめたい奴なのだろう。――もっとも、今のあたいは(あたいに限ったことではないが)氷の力をほとんど失ってしまってはいるのだけれど。
 そんなあたいを、何故か文は学校に来てから急に近くに置くようになった。文自身は学校の中で、あたいとは逆に友好関係を広めたクチだ。あたいもそうして広がった新しい一人に過ぎないんだろうなぁ。文があたいに会いに来る時以外、あたいは別に文を探さない。あたいは今でも一人が楽だと思っているし、探して要らないことを知ってしまうのもイヤだから。
 あたいはぼうっとテレビの方に視線を投げている。真っ白い板は何も映すことなく回転し続けていた。音声だけは漏れているが、無味乾燥にふわふわ浮かんで回り続ける白い板は、まるであたいみたいだ。何のためにある。誰に意味がある。自身は何も考えていない。ただの白。くるくるまわる、白。在ることそのものに意味があるとさえ感じていない無知性。
 またああいう白痴の存在に戻れるなら、いっそその方が楽なんだろう。人のつながりも自分の無知も、その自覚を得る中途半端な知性が邪魔だった。一人で、今と同じ一人で何も感じず湖の上で小さく氷り浮いていれば、楽だったのに。なんで、時は等しいのだろう。あたいには流れなくていい。なんであたいを勝手に成長させるんだろう。これから先、無知を感じる知が、無知を覆う知になるとは思えない。あたいが、一人でなくなる保証なんかない。
 あたいを毎日飽きもせず抱く文も、いつかはあたいのバカさ加減に呆れて離れていくに違いない。いつか、飽きるだろう。
 目の前でふわふわくるくる回るだけの白い板に、あたいはなりたいと思った。

「こんな報道をしては、政府は市民の要求に強制されて、準備不十分の戦闘を強いられます。その尻拭いは、私達CIPHERがする事になるというのに。フォールの時の失態を忘れたのでしょうか、……マスゴミが。衆愚の声なんて、有事にあっては強烈なノイズ、ただの足枷でしかないというのに。」

 あたいが陰鬱と目の前の無意味な立体映像に視線を放り投げていると、文が口を開いた。昔は新聞というメディアを扱う身分だった烏天狗だが、技術の進歩と共にその立場を薄れさせた。今は、誰でも情報発信できる。やろうと思えばあたいだって出来るのだろう。やりたいとは思わないけど。
 網の目を越えて、もはや布目のように編み上げられたメディアは、もはや水も空気も通さずに沈殿と腐敗を始めている。文は、かつてのプライドを義憤に変えたように、声を荒げていた。
 この前の"かみさま"はフォールと呼ばれ、全世界に秋を10年間継続させた。当時コロニーの外に過ごす大多数の市民は備蓄食糧の配給を受けることが出来ず、夏が来ないまま餓死者が増えていた。
 政府も黙っていたわけじゃない。東北の山中にフォールの柱体があることを突き止めてはいたけど、全く攻めてこない"かみさま"は初めてで対応に苦慮していたのだとか。
 だがそれを嗅ぎ付けたマスコミが、餓死者の惨状をネタに市民を煽り、政府に攻性対応を迫った。市民の声を抑えきれなかった政府は、"まほうつかい"を動かしてパワープレイでフォールの神送りを強行しようとし、そして大損害を被った。
 学生まで神送りの戦力にかり出されている現状は、フォールへの対応の最中から採用された徴兵制度のせいだけど、それ自体明らかにフォールに不用意に手出しをした損害によって戦線を維持できなくなったからだ。

「そろそろお呼びがかかると思いますよ。」

 文が言い終わった瞬間、彼女の携帯電話が鳴った。

「"ハンズフリー"」

 文が電話に向かってそう言うと、携帯電話の背面プロジェクタから立体映像が展開された。

『文、しょうしゅ……またチルノといるの』

 映像に映し出されたのは文と同じ烏天狗、姫海棠はたて。
 何を隠そうあたいは今、文の膝の上、腕の中、に、いる。服は着てるけど。

「悪いですか?」
『べっつに。招集。マスコミがまたやってくれたおかげで、ワリ食いそうよ。』
「私達が新聞を配っていたときの方が、遙かにマシですね。すぐ行きます。」
『前回のフィニッシャには、期待かかってるわよ。それと、チルノは……ちょっと問題になるかも。今回はベンチかも知れない。とりあえず二人とも、急いで来て。』

 まくし立てるような口調の姫海棠。
 前回、フォールにとどめを刺したのは、文だった。動員学徒なのにフィニッシャになり、偶然とはいえこの悪しき徴兵制を肯定してしまった、と文自身は唸っていた。
 姫海棠との通話が終了すると、文はため息混じりに立ち上がって鞄を取る。

「行きましょうか」
「えっ」

 人と一緒に行動するなんてほとんどしたことがないから、かけられた言葉の意味が一瞬分からなかった。

「あ、その、あたい、一回家に帰るから……」
「そんな時間無いですよ、緊急招集なんですから。バイク出しますね」

 いつもこんな感じで、伴連れになってしまう。下らない知を持ってしまってから、全く人といることが苦手になって、一人でいたいと思う、事実誰かと一緒にいてもまともに会話が出来ずに気まずい時間ばかりを量産するあたいは、それでも文に引きずられて、文とだけはいる時間が多かった。

(なんで、なんだろう)

 "なんで"。
 昔はこんなこと思わなかった。今は、これが、邪魔をする。こんなもの、いらないのに。
 あたいの詮無き疑問をよそに、文はあたいの手を引いて部室を出ようと促す。
 文はそのまま部室の入り口付近に掛かっているキー――今時、物理錠でエンジン起動するバイクなんて珍しい――を指で引っかけるように取った。
 CIPHERの日本本店までは、文のバイクで30分強。ただ、今日は20分足らずで到着した。公務を名目に思い切りトばせた文は楽しそうだった。
 あたいは死ぬかと思った。







「ササメユキは、3年間樺太に停滞していたにも拘わらず、急に南下を始めた。現在も雪を伴う大風をまとって移動中。ご多分に漏れず京都を目指してるわ。」
「佐久コンプレクスで迎撃すべきです。」

 東風谷の巫女が、地の利があります、と付け足すと博麗は眉をひそめた。

「東京に寄られると大打撃、最短距離を取られると諏訪が刺激される。二重苦ね。」

 東風谷の祀神は、今はあたいらの敵だ。だから、東風谷も博麗同様、パワーソースを失い、僅かな人々からの信仰そのものを糧にしてる。それでも、あたい等CIPHERの"まほうつかい"の中では凄く強い。なんせ、元"かみさま"なんだ。

「東風谷には諏訪の抑え込みを継続していてほしいのだけどね。こうなったらいっそ東京側へ来て関東が死滅した方がマシかも。」
「ばかばかしい、とも言えないですよね。諏訪にはでかいのが二柱潜んでるから、共鳴でもされたらたまったものではないですし。」
「日本海側ルートは望み薄いしね。」

 何があっても首都京都だけは死守しないとダメで、相手が広範囲に常時破壊をもたらすタイプなら、手前で迎撃しなきゃいけない。仙台では戦力の配備が間に合わない。残り、常設要塞のある池袋、佐久、甲府、敦賀位しか防衛線に使えそうな場所はなかった。

「……池袋に誘導する。」
「マジで?沢山死ぬよ?」
「全滅よりマシだわ。」

 自衛隊がサポート、"まほうつかい"精鋭がアタッカーなのはいつもと同じだ。問題は、対フォール以降アタッカーに学生が多く徴用されることだった。

「生きて帰れるでしょうか」
「さぁ」

 博麗等CIPHER幹部を掲げた御前会議で戦術が決定される中、あたいら兵士はその様子を見てるしかない。意見することは出来るが、誰もしない。
 何をしても結果が裏目に出て、その言葉の責任を負うことになる。責任は生じないけど、沢山死ぬ結果への自責は強い。そうして、誰も有効な手だてを提示できないと思い知る。
 だから、決断はCIPHERの幹部達に委ねられきっている。
 あたいらCIPHERは"かみさま"に抵抗する集団で、"まほうつかい"はその中でも攻性な役割を担っている。そんなあたいらでも、このざまなのだ。
 生きて帰れるかの絶望的な展望に毎回泣き出したり、最悪自殺を図る者までいる。何故、そこまでして抵抗しようと思うのか、あたいにも答えはわからない。死にたくないから抵抗するのに、その手段を人に委ねて絶望して。
 もっと直情的に、素直な思想で、自分で生きるか、諦めて死ぬか、どうして出来ないんだろう。みんなも。あたいも。もっともっと、バカでいいのに。

「でも、今回の"かみさま"はチルノさんと相性がいいじゃないですか。チルノさん、寒さ平気なんですよね?」
「行くとこまで行ったらあたいだって凍死するよ。今のあたいは妖精だった頃の属性なんてほとんどなくしちゃってる。文だって、今はスーツを着てないと空飛べないでしょ。まあ、それで50K下回らない限りは平気かな」
「それは凍死しないってことですよね」

 "かみさま"が世界中から力を取り上げた結果、あたいら妖精みたいな非生物を元にする存在は、電気の助けがないと存在そのものが変容したり薄まったり、酷いと死んだり消えちゃうようになった。あたいについて言えば、電力励起タリスマンを身につけていないといけない。
 妖精だけじゃない。元来の生物であっても、もう書物や記録でみる「肉体一つで生きていける」者はいない。体を電気と機械に置き換え、補われることに種自体が適応した今、例えば人間でも下肢は退化しており基本的に義体化しなければ歩行機能はないし、電気がなければ記憶の短期揮発を防げなかったり、人工心肺がなければ循環さえままならなかったりもする。
 自然の力を食いつぶして、文明でそれを補おうとして失敗したこの世界の、行き止まり。地下資源は掘り尽くした。宇宙資源を求めて戦争が繰り返され、空に蓋をした。あたいらはゆっくりと死滅に向かっている。
 それでも、あたいらは生きることを望み、腐敗に耐え、神の裁きに抗っている。絶望に目を背けて、手の届くところにある日常を守ろうとしている。昔の人は変化し続けることを美徳としたらしいが、それは恵まれた世界の優しいゆりかごの範囲での話だと思う。停滞と固定、安定と停止が、命を守るもっとも実績ある方法。変化によって得られる可能性は、あたいらみたいなちっぽけな者には、わからない。だから、代わりに"かみさま"がやろうとしているんだ。変わることが正しいなら、あたいらの"生きたい"は打ち砕かれるべきなんだ。打ち砕かれないといけない。納得して放棄するのではなく、ぶつかって否定されないといけない。
 間違っているのかも知れない。けど、正しければ納得できるわけじゃない。死にたいと思うまで、生きたいと思うのは、生き物なら当たり前なんだから。
 "まほうつかい"は、そのための槍なのだ。折られるために存在する、脆い槍かもしれない。自覚しているつもりでも、今一つ決心は弱い。誰かに強制されて、自分以外の誰かの責任において、自分を殺したいと思う自分がいる。不可抗力に殺されて、言い訳の付随した逃避に甘えたがってる。生きることを放棄するのさえ自分の責任下で行えない。生きたいから?ただ考えるのが面倒だから?
 どっちにしても、あたいはもっともっと、バカでいたかった。死ぬことさえ怖くないバカなら、あるいはバカ正直に生きることに邁進するなら、きっとこんな胸くそ悪い疑問も何も抱かなかったに違いないのだから。

「今回、チルノには下がって貰う」

 突然博麗に話を振られたが、正直、毎回どうでもよかった。比較的力が残った妖精だからと"まほうつかい"に、アタッカーに、編入されてはいるが、あたい自身強い意志を持っているわけじゃない。それは誰もが同じだった。この世界の誰も、強く生きたいとも、正しく死にたいとも、思っていない。生きていたいと思う理性は戦うことを肯定し、どこかで死にたいと思う感情は絶望的な戦況を受け入れる。なんていびつ。そして、それに気付けば、出撃しようがするまいが、変わらないのだ。
 時を経て、無駄な知を得て、あたいは変わってしまった。昔みたいになんにも面倒くさいことに気づかないで、日々を過不足なく生きていた身の丈にあった存在ではなく、多くを望み、高慢を言い、不満足を垂れ流すようになってしまった。中途半端な賢さ、諦めや折り合いで飲み込んだまま忘れる狡さを知ってしまった。上手くできないけど。でもきっと、本当はそうなるべきじゃなかった。そんなもののどこが高等知性だろう。あたいはバカだ。でも、昔のままのバカだった方が、きっと幸せだった。
 生き方の選択肢を間違ったのかなあって、思う。

「チルノさん?」

 隣にいた文があたいを覗き込む。何となく目を合わせたくなくて視線を逸らし、その先にいた博麗に返答した。

「……はい。」
「今回は市街地への被害低減に回って頂戴」

 今回の"かみさま"は、どう見ても氷雪冷気型。電圧励起した時のあたいと同じ。さっき文に言った通り、あいつの攻撃に対する耐性があたいにはあるが、"かみさま"のそれはあたいとは訳が違う。あたいのアタックは、"かみさま"を元気にする恐れがあるのだ。
 博麗の采配は、間違ってない。ただ、やっぱりたくさん死ぬだろう。政府が避難命令を出してはいるが、東京の人口を一度に逃す程の交通インフラを、今の電力自給率では稼働させられない。交通機関に電力を回すから、循環以外の空調はストップして、逃げられなかった人は、凍死する。ササメユキの冷却は、対流や伝導を介さない範囲直接冷却。保温や断熱は意味をなさない。加熱する電力もない。運が良かった奴か、金を持ってる奴か……あたいらみたいな軍関係者みたいな特別扱いだけが、生き残ったり逃げ出せることになるだろう。

「フォールの時と同じメンツで行くわ。各自、減反動レールDARTの使い方をさらっておいて」
「あれってもう配備されてるんだ?」
「池袋には輸送中のが通過中だったの。貨物引っ張り出してフラゲさせて貰った。」
「レールDARTは伝導率高いからなあ。なるほどチルノが今回後衛な訳だ」
「そういうこと」

 前衛で暴れられなくて残念、可哀想に。なんて思っていない奴もいる。死線から遠のいた兵士に対する、敵意にも似た視線。そもそも物理属性の攻撃を食らわない限り、ササメユキ相手にはあたいは死ぬことはないのだろうから、その視線は的外れなものだったが、生き死にを賭けた逼迫にあっては、そうとは映らない。大多数のそれはそうではないが、何人かの視線は明らかにあたいを疎んでいる。

 じゃあ、あたいはいなくていいよね。
 そう言いおいて、この針の筵みたいな逃げ出すように踵を返したとき。

「粍波カメラによる敵体の受像が完了しました。リフィギュレーションします。」

 恐らく自衛隊員だろう男の声が聞こえ、全員が中央のモニタリングデスクを見る。ブリーフィングルームを出ようとしていたあたいも例に漏れない。そして描き出された3D映像を見て、強烈な寒波と聞き薄々と感じていた厭な予感が、その通りであったと思い知った。

「レティ……」

 本来雨や雪、砂塵に影響されにくいミリ波取像。そのミリ波さえ遮る雪魔の吹雪の中、ぼんやりと立体映像化されたその姿を、あたいは忘れはしない。もう随分と風貌は異なり、禍々しいまでの神性を放っていて顔立ちも体つきも全然違う。昔の彼女を少々知っている程度では同一性に至ることはないだろう。現に文は気付いていない。でも、あたいにはわかった。レティのことを忘れるはずなんて、なかった。

「え、レティさん?」

 あたいが呟いた言葉に、文は反応した。だが、目の前で大勢を凍死させて回る"かみさま"を、よもや昔の知り合いとは思えないだろう。姿形は全然違う。顔つきだって、神々し過ぎて同じ人物とはとても思えないのだから。
 CIPHERに、他にレティを知る人はいないみたいだった。誰でも会える普通の妖精だった頃、精霊になって全然会えなくなった頃。大昔のことだ、知る人もほとんどいない。
 しばらくあわないと思っていたら、精霊になっていた。そうして精霊になってからは、全く次元の違うところに行ってしまった。あたいのことなんてきっと忘れてるだろう。精霊になってあたいには会えない存在になってから、やがて電気と機械が世界を占めるようになった。それからずっとどこにいたかも、何をしていたのかも知らない。そっち側に行って、権精霊になって、"かみさま"に並座するほどになっていたなんて。

「あれ、レティさんなんですか?」
「わかんない。そうだとしても、違うかも」

 あたいがこうして様変わりしたのと同様にレティも変わってしまったのだろう。あたいや文の中にいるレティかどうかと言われれば、違う可能性の方が高いに決まってる。
 会えなくなっていたのは、あたいら小さな存在にとって権精霊という高次の存在への経路は断たれたも同然だったからではあるが、それ以上に権精霊に昇華したことで、「レティ」という命名が失われていたからだ。名前がなければ、そこに至る方法は失われる。権精霊としての真名は、あたいらでは知り得ない。

「チルノさん」
「なに」

 あたいが何か出来るというわけではなかった。"かみさま"となったレティとでは、対話など望めるはずもない。それに、あの頃のレティのまま、あたいのことを知っているレティだったとしたら、今のあたいを見てさぞがっかりするだろう。輪をかけてバカになったのねと、笑われるだろう。合わせる顔なんて無い。

「諦めてますか?」
「……は?」

 あたいの肩を掴んで立ち去るのを止める文の目は、妙に真剣で、いつもへらへら飄々としてる彼女からは想像も出来ない。
 諦める、って、何を?
 あたいが何のことかわからないまま視線を泳がせ、肩を掴む文の手の力の強さに戸惑っていると、文は姿勢を正して挙手した。戦術に対する進言?

「伊那さん」
「射命丸、何か?」

 博麗は文に視線を向けて、何かと問うた。

「チルノをアタッカーチームに加えて下さい。」
「は?」

 文が博麗に進言したことに、あたいが声を上げてしまった。

「チルノはアタッカーとしてはたらけないと」
「私のバディとしてスウィーパーをお願いしたいんです。私とチルノさんは学徒動員兵ですから、二人一組で丁度いいかと」
「学徒ったって、あたしの10倍は生きてるでしょうに。まあいいわ。チルノは射命丸にしか懐いてないみたいだし」
「えっ」

 博麗にはそういう風に映っているのか。いい迷惑……とは言わないけど、人と一緒にいることがすっかり苦手になっているあたいにとって、人と一緒にいることに墨付きを貰うことは、どうにも居住まいが悪い。

「ササメユキの属性攻撃を防げるかもしれない優位性は認めるけれど、射命丸、消費電力に見合った働きを期待しているわよ。前回のフィニッシャとして、意見を尊重するのだからね。」
「無論です」

 チルノにディフェンダーを、と博麗は自衛隊員へ指示を出した。
 ディフェンダーは攻撃力をほとんど持たない特殊な武装で、細長く四角いフライパンみたいな形をしてる。通称"フライパン"。とにかく頑丈なのと、"伝導率"を意図的に変更できるから、物理、属性両方の攻撃に対する抵抗手段として優秀……なんだけど、消費電力のワリに攻撃力にならないからすっかり使われなくなっている。ポテンシャルは高いが使いこなす手が足りていないのだ。
 自衛隊員から受け取ったディフェンダーを両手持ちしてみる。見た目はただの四角い板に取っ手が付いただけのもの、全く恰好は付かない。

「いつかみたいにそれに氷をまとわせてグレートクラッシャー、やってもいいんですよ?」
「相手は氷雪系でしょ」
「珍しい武装にありつけたのに、もったいないですね」

 今回はベンチウォーマーならぬベンチクーラーの予定だったあたいを前線に引っ張り戻した文が、笑っている。

「……何のつもり?」
「腐ってても仕方がないですよ」

 元から頭が良くって今でも人気者のあんたに何がわかる。あたいには何もわからない。わからないんだ。わからないことをわかってしまって、何も信用できない。
 文みたいな後ろで何を考えているのかよくわからない奴に深入りできるほど、あたいの頭は性能がよくない。浅く浅く付き合う以外に、わからないのだ。何を考えているのかわからない。あいつが軽口で笑い飛ばすそれを、あたいがやれば加減を知らずにザックリ行ってしまうかもしれない。その逆に、入れ込んだところで手痛く裏切られることに、気づきもしないんだ。

「どういうつもりかしんないけど、文とあたいは、ただのクラスメイトでしょ。何も知らない同士の」
「弱いところならいっぱい知ってますけどね」
「大切なことは何も知らないでしょ。えっちしてたって、言わないし聞かないし見ないし知らないし、わからない。」
「レティさんのことも?」

 文が何を言いたいのかわからない。レティとあたいの間の関係が、文になんの関わりがあるというの?

「関係ない」
「とりつく島もないですね」

 文は皮肉気味に笑って肩を竦める。

「わかんないよ」

 もはや会話を切り上げようと踵を返していた文の背中に、投げつける。

「どんなに大好きでも、こうなっちゃうんだ。なにがわかるもんか」

 文は振り返らない。

「バディ、期待してますよ。私はササメユキを、全力で殺しにいきます。」

 "どんなに大好きでも"
 その言葉の意味を、文は正しく受け取っただろうか。だからこそ、いつもつとめて"送る"と言っていた彼女が、今は"殺す"と言ったのだろうか。文があたいに執着する理由はわからないし、自惚れて本当の慕情だったとして、今度はあたい自身が気持ちの整理をつけられもしない。
 見上げる空は不自然な雪雲の合間に、あたいらを地上に閉じこめる忌々しい"天蓋"を覗かせている。行き止まり。閉塞。停滞。閉じこめられたこの星のひと達は、きっと皆こんな感覚の中で生きてる。他人の行為も暖かい感情も感じられなくなって、閉ざされた未来、塞がれた大空に諦めて、うつむいて生きてる。
 レティが絶望して捨てていったこの場所で、あたいは生きている。そして、レティが動き出した。あたいは、それに抵抗しなくちゃならない。やりきれなくなる。
 文があたいにどういう感情で向き合っているのか、あたいは、知るのが怖いのかもしれない。それにどう答えていいのか、わからない。

「なんで」
「……敵だからです」

 違う、その"なんで"じゃない。でも、問うたつもりの"なんで"への答えだったとしても、文の答えは同じだったのかもしれなかった。







 "風雪に係る準1級災害警報"が発令されているというのに、気温は氷点下をかっ飛ばしているものの風は穏やかで雲もなく、池袋の空からはDefenceGridがいつもよりよく見えた。
 随分昔、地上の資源を奪い合い使い尽くした人達は、宇宙に目を向けた。でも、それを互いに牽制しあって、他の人たちが宇宙に出られないように、お互いに空に蓋をした。お互いに空へのアクセスを封じて、空に浮かぶ空の蓋を、誰も取り外せなくなった。蓋にはいろんな形がある。地対宙動体を片っ端からCOILで焼き落とす衛星もあるし、半永久的に氷製のデブリを撒き続ける施設、本当に物理的に天井を作っているものもある。どれかを壊そうとすると集団的防衛が発動して他の蓋がそれを阻止するのだ。その制御は今は戦争や荒廃、天変地異ですっかり失われている。空の向こうにあるプログラムに、アクセスできないまま有機的すぎる宙対地防衛システムができあがってしまって、地球は未来もろとも閉じこめられた。最後に宇宙と繋がったのは、地上に幽閉されていた輝夜姫が月へ帰った時だったけど、それももう300年以上も前の話だ。蓋よりも向こうからならきっとそれが破壊できる、月文明が地球を救ってくれるという希望的観測が、一部で宗教のようにさえなっていたが、少なくとも300年は、そんな動向は感じられていなかった。
 今池袋の空に見えるのは、網の目に張り巡らされた光学センサが捉えたものへ空対空迎撃BOTが攻撃を仕掛ける仕組み。迎撃と言って撃ち落とすのではなく鹵獲し、攻勢を分析して自らのメンテ資材にするというグロい奴だ。

「あんなのを考えた奴は、よっぽどの変態だろうなあ」

 そういっているのは、元地底妖怪。かつては地下で凶悪なB兵器をしこたま作っていたらしいが、疫病という疫病は医学に解明し尽くされ、今は何の変哲もない化学オペレータになっている。こいつもれいむがいたころに地上とつながりを持ったクチだが、あたいとはほとんど接点がなかったし、今だってそうだった。

「蜘蛛のあんたと、変わんないじゃん。網張って、獲物を待ってる」

 少し離れたところ、そいつの輪には入らない距離でひとりごちる。

「えっ、網?」

 一人でいたつもりが、またいつの間にか傍にいた文が口を挟んできた。

「DefenceGridっていうから網はあると思ってたんですが、見えるんですか?」

 鳥目には、見えないか。って、そういう問題ではない。

「あたいは、元は氷の妖精だかんね。熱を回避するためか、少し、赤外線が見えるんだ。あの網は赤外線センサなんだね。案外ローテクだ」
「本当ですか!?それって凄くないですか!?」

 そもそも人間が見える範囲外の赤色を赤外線と言うだけのことであって、人間以外が他の光を見えること事態は不思議ではない。電波が見える奴だっている。

「赤外線の何がすごいってのさ。蛇だって持ってるよこんなもの」
「いや、まあ、そうですけど」

 あたいら妖精は、人間からは幻想的な存在として捉えられているが、それ以外の観点においては、実に低級な生命として認知されている。低級、と言うよりは、稀薄、と評した方がいいかもしれない。生命というよりは現象に近く、存在と言うよりは痕跡に近くて、ウィルスよりも非生命に肉薄している。太古の欧州で蛆や黴は汚物から自然発生するものだと信じられていたのと同じだが、違うのは、"それが現実だと言うこと"。現にあたいは冷え冷えとした湖の上に、"いつの間にか"浮かんでいた。自然発生し、何か些細なことで消える稀薄な現象。群れて活動するのはそれ故で、"現象"を導く"原因"の分布に従って生息しているに過ぎないのだ。

「妖精みたいな低級生命にそんな機能があるなんて、驚き。ってところだね。」
「いえ、そんなつもりじゃ……」

 妖精は低級な存在だから。僅かな高等機能を持っているだけでも、驚かれる。実際には大したことがなくっても、妖精だからと言えば、特異なのだ。
 妖精の中でも特に長生きで力もあって、CIPHERでアタッカーをしているともなると、その見られ方も歪だ。小さな成功は煩わしいほど取り沙汰され、失敗はすべて「妖精だから」。あたい自身はそれで良いと思ってる。でもそれは、自分がその低級存在であるということと周囲からの扱いへの諦観、自嘲によるものだ。
 望んでいるわけじゃない。

「そう?だって文の知り合いなんて、赤外線感知どころか、目が望遠MRIみたいなもんじゃん。あたいなんか比べて何が凄いの?所詮妖精って思ってるから、そうなるんでしょ?」

 文は黙ってしまう。あたいの指摘は、きっと間違っていないけど、大きく取り上げ騒ぐほどのことではない。それを揚げ足取って、返してしまう。いつもだ。
 だって、それは、本当のことだから。文が全幅の好意を以てあたいと対等であるはずがない。絶対に、見下しと優越感の上に立つものだ。

「チルノさん、私は、そんな風には」

 妖精という稀薄生命にあって、何の因果か足並みを踏み外して偏った成長を経たのがあたいらしかった。あの湖に、氷属性の妖精はあたいだけ。あの湖付近に分布する氷現象の因子を独占凝集して出来たのが、あたいらしかった。そうして一人で生まれて白痴のまま膨れて。時は残酷に、あたいを成長させた。
 一人が楽で、意志の疎通が下手で、誰かといるのが苦手で。学制の環境下でうまくやっていけない予見は、あたいが一人で生まれてきた妖精だと言うところまで遡れるような気がしていた。
 こんな風になってしまうなら、一人でくるくる回っているだけで楽しかったあの頃のまま、成長なんてしたくなかった。知能なんて、中途半端に延びて欲しくなかった。今だってバカはバカなのだ。何もわかりはしない。
 成長とはほとんどの場合不可逆で、得たものを失うことはない。それを望むと望まざるとに関わらず、経験と知識は蓄積を続けていき、見たくも知りたくもないものに気付いてしまう。それが、苦しみの種子であっても、知恵の実は馨しく甘美で、涙を流しながら食べてしまうのだろう。それこそが、愚かだというのに。仮にそれに気付いていたとしても。
 必要とされる知識はいつでも無限で、なのにあたいの頭はちっぽけな有限。知らぬわからぬ愚かさを包み込む賢さには、届かない。
 あたいは、バカだ。やっぱり、所詮は妖精なんだ。
 どこまでも人とそりが合わない。近くにいてくれる、文に対してもこうなのだ。そんな自分を変えることが出来なくて、あの頃のあたいが今のように変われたのだから、ここからまた変われる筈という希望も、何となく持てないでいた。

「ごめん、今のは、ないね。あたいが悪い」
「……いえ。チルノさんに冷たくあしらわれるのは、慣れてますから」

 白い息を吐きながら笑う文の表情は、明らかに苦笑い。
 あたいは、冷たい奴なのらしかった。自分では感じない。ササメユキがもたらすこの寒さで、文も、あっちにいたヤマメも、防寒スーツを着込んでいる。関東地区はCIPHERや自衛隊に電力の大半を食われていて、避難が間に合わなかった一般人はこの苛烈な寒さから逃れるすべもなく、刻々と凍死している。暴徒が街に火をつけて回ったが、自然に鎮火してしまった。関東は、ササメユキのもたらす大寒波で壊滅。そんな中、タリスマンで妖精としての氷雪耐性を復旧しているあたいは、普段着のままだ。
 冷たさを感じない。わからない。これと、同じなのだろう。でも、一度電気を切れば、自らと同じ形の刃で死ぬのだ。

「ディフェンダー」

 文が、何かを言おうとしていた。徐々に"かみさま"の足音が近づくように、風が強く、雲が多くなってきている。切れ切れの雲の合間から吹き籠め時折強くなる吹雪は、堅く鋭利に区切られた摩天楼の間でびょうびょうと哭いて、あたいらの会話を遮ってくる。

「なに?」
「それを、一番うまく使いこなせるのは、チルノさんだと思います。妖精だけじゃなくて、人間も、妖怪も鬼も悪魔も全部ひっくるめて、CIPHERの中で一番。使い道に乏しいですけど、伝導率の高さだけが持ち味のそれを使いこなすって、凄いと思います」

 さっきの、弁解のつもりだろうか。

「でも、"かみさま"よりは」
「何言ってるんですか」

 文は力を失いかけてもなお保つスピードで、あたいの懐に入り込んできた。

「これから、殺すんですよ、その"かみさま"を。」

 すごく近い、えっちするときみたいな顔の距離。手は、ディフェンダーの柄を握るあたいの手を包んでいる。

――射命丸

 レシーバが、博麗の声を伝えてきた。

「何ですか、伊那さん。今いいところなんですよ」
「おい」

 あたいがつっこむと、文は笑った。
 なんだかほっとしてしまった。

――最終ブリーフィングを行うわ。チルノもそこにいるのなら、連れてきて。

「りょーかい」

 文が答えると通信が終了した。文はレシーバをしまってあたいをみる。

「行きましょうか。」
「……うん」
「バディ、頼りにしてますからね。私は神風特攻しか能がありませんので」

 文はあたいの歩調にあわせるでもなく、本部へと向かう。あたいは、まだ文の手の感触が残る甲を見つめて、文の後ろ姿に重ねる。

「文」
「はい?」

 何かに背を押されるように、声をかける。胸の中にぎっしり詰まった消化不良の感情の塊。咽の奥に手を突っ込んで、ナイフで胸の間を引き裂いて、指を押し込んで爪を立てて、こそぎ取って吐き出したい。劣化した樹脂みたいな弱くてぼろぼろなのに確かにその中を圧迫してくる不快な粒状固形の感覚。あたいを責める正体の分からない強迫。風雪の金切り声はやがて激しいのに沈み込む歌声になってあたいを後悔と罪悪感を以て苛む。

「文」
「……どうしたんですか」

 嘔吐感にも近い排出欲求は、社会性なんかではない。水蒸気の粒と粒がくっつきあって大きくなり凍り付いて雪になる、そんな風な関係性において、あたいは誰とも結合せずに単分子のまま一人でその姿を守りたいと願う。そのための斥力が、裏がえって処世術としての社会的欲求になるのなら、あたいは唾棄すべき思想の持ち主に違いない。
 言葉が胃の中を充たし、逆流を強いる。胃酸にも似た思いが胸の中を灼き涙が出そうだった。

「ごめんね」
「だいじょうぶですって」

 文は苦笑いに、努めて明るく振る舞うフィルタを更に覆い被せて、あたいに向かって手をひらひら。何ともないとのジェスチャーではあるがあたいの吐き気は全く収まらない。
 この風雪の歌は、あたいのものではない。ササメユキの起こす風ではあるけど、それを取り込んで罪悪感に変換するのはしかしあたいの頭の中、胸の中、体中に詰め込まれた下らない時間と、不足な知性では解決できない無力感。

「あたい、ばかだから。ごめん」

 ばかだから。
 本当のことではあるが、それもただのいいわけに過ぎない。
 大人になる罪。老けていく罰。あたいという存在は、時に流されて劣化している。
 あの頃、レティと一緒だった一瞬のキラメキ。今訪れた、永遠の空白は、塗りつぶされることはないだろう。あたいらには、白しかないのだ。
 時という呪い、地球に生まれそれを貪ることでしか生きられない小さな者の、いわれ無き運命。死ぬことも生きることも叫ぶことが出来ず、身動きもできない。

「ごめん」

 謝って、赦してほしいんじゃない。
 本当は、忘れてほしい。
 ごめんって言う言葉も、卑怯に思えた。
 忘れてもらえれば、どんなにか楽だろう。全部。今あったことだけじゃない。昔あったことも、今こうして知り合ってることも、全部忘れて、消えてしまって欲しい。
 でもそれは無理なんだ。
 何に対して謝るのか。文か。あたい自身か。地球か。それすらもわからない。
 何があたいを責めているのか、何について責めているのか、それもわからない。
 そんな風に歪んだ考えになってしまったあたいが、直進する風を忘れない文に、何を八つ当たりしている。恥ずかしい。幾ら時間が経っても、あたいはバカのままだった。
 さっきみたいに、さっきだけじゃない、ずっと昔っから文にいやなところを見せてきたんだもん、それを無かったことには出来ない。文もきっとそれに完全に目を瞑ることは、もう出来ない。
 知るってことは、不可逆な変化だから。あたいと文の間に生まれた小さな波は消えることはなく、後は敢えて目を背け見ない振りをして、どうにかごまかし御するしかないのだ。
 もし文が、これがあたいの自惚れでなくて、いや、自惚れた上でも言って許されることなら、この先もあたいの近くを飛び回るつもりでいるのなら、あたいは文にそういう煩わしい重荷を負わせたことになる。
 本部に向かって歩いていた文は、その場で足を止めてトランスミッタ"だけ"を取り出す。レシーバは起動しているらしいが、ユニフォームに留めたままだ。

「伊那さん。作戦に支障を来しかねない懸念事項と接触しました。これよりその払拭を目的とするサブオペレーションに入ります。メインオペレーション開始時間までには完了させますので、ブリーフィングは結果だけをデータリンクでよこして下さい。以上。」

 放置されたレシーバから博麗の声が聞こえていたが、文はトランスミッタのスイッチと共に、レシーバのスイッチも切った。再び風の音だけが周りを支配した。白い闇が覆う。
 文はその場から引き返して来て、あたいの前に立った。
 
「シましょっか」
「えっ」

 その場で、口付けられた。
 腕が肩の上から背中に回されて、吸い付くみたいに掌が這い回る。
 あたいよりも背が高い文は俯くみたいに、それに吸われるあたいは見上げるみたいに首をあげて、お互いの唇を離すまいと体ごとくっつけあう。上から包むみたいに抱かれて、体と腕と舌と吐息を絡めて、それからやっと離れる。

「で、でも、博麗、ブリーフィング……」

 博麗に、呼ばれていたはずだ。博麗だけじゃない。作戦の最終確認なのだから、他の奴らもいっぱいいるはずだ。こういう時に足並みを揃えるのが、学制の目的なのに。それに、仮にも日本の命運がかかっているのに。
 あたいが続きをしようとする文に制止の声を上げると、文は再びキスをしてきた。今度のは触れるだけ。すぐに離れて、その目はあたいの目を見ている。

「静かにして下さい――作戦行動中ですよ?」

 聞き返す暇もなく、また口を塞がれて、舌で口の中を蹂躙される。ぼうっと気が遠くなって、文にしがみついてしまった。
 文の強い"求め"は、いつもあたいを金縛りにかけるみたいで、目の奥から頭の中と胸の奥に糸のように入り込んで絡み付き、締め付けてくる。これから死ぬかもしれない、もう周りでは民間人がばたばた死んでいるというのに、「あたいたちは生きたいとねがった」。生きてる証を、目の前に生きている相手にぶつけたい衝動。
 火を点けたのは文だったけど、あたいの胸の奥で燻ぶる火種も冷たい炎を上げようとしている。

「そこ、はいりましょう」
 
 文はあたいをひょいと横に抱き上げて、すぐ横の飲食店へ入る。店の戸はロックされておらずすんなりと進入できた。店の中(東京中全てだが)は電力供給がストップしており灯りも空調も死んでいる。目を凝らすと、隅には布団や毛布、店の制服やエプロンを大量にかぶったまま凍死した死体が二つ三つうずくまってルイベになっていた。店の人ではないようだ。逃げられなくて、諦めた人たちだろう。

「……あたいらが、殺したんだ」

 CIPHERや自衛隊が、電力を占有しなければ、暖房が使えるはずなのだ。ササメユキの柱傍で襲い来るだろう冷却に対して既存の暖房が役に立つかはわからないが、少なくとも時間は稼げたに違いない。入ったこの店だけじゃない。きっと聳え立つ摩天楼の細切れの部屋一つ一つが、凍り付いた人を抱く霊安室に変わっているのだろう。
 あたいは目を瞑ってそれを見ないようにするが、知らぬ振りはさせないと死人が訴えるように瞼の裏にその姿が描き出される。もう忘れることはない。
 まただ。望まぬ、不可逆の変化。
 あたいをカウンターの上におろし、そうするとあたいの方が視線が高いから、文はあたいの腰あたりに腕を回してあたいを見上げるようにして、言う。

「殺したのは、"かみさま"です。そして、私達は彼らを生きながらえさせたかもしれない電力を使って仇を取り、より多きを救うんです。」

 文は店のインターフェイスを起動して侵入し、電力要求を行う。"まほうつかい"は電力配給が最優先に設定されている。あたいらのアカウントで要求すれば、店の暖房を一部稼働させることが出来た。小さな灯りもついて、部屋は、死と隣り合わせの休憩所に変化する。
 文はするするとスーツの胸元を開き、そのまま上半身をはだける。

「ほんとに、するの?」

 文は何も言わず、無言が肯定と示すように、カウンターに腰掛けているあたいの下半身を脱がし始めた。腕だけを伸ばしてあたいの胸元を指先でつつき、脱ぐように主張してくる。文の口は……あたいのまんなかを、舐めていた。

「ん、ふぅっ……あ、ゃ」

 腰が、浮く。すぐ傍にあたいらの戦いに巻き込まれて死んだ人たちがいて、これからその弔い合戦が始まるというのに、あたいは、文の口戯に、濡れ始めていた。
 指を噛んで声を我慢しようとすると、文はあたいを目だけで見上げ、脱げと指示してくる。あたいは、むずむずと動かしたい腰を抑えて、文と違って薄いままの胸を晒した。

 ちゅ、くちゅ、ずずっ

 恒常防護レギンスのスリットをずらして愛撫を続ける文の口は(あたいのあそこは)いつもよりも下品な音を立てている。感じている。
 毎日のように部室で抱かれて、すっかり覚えた文があたいを抱くやり方。こんな状況なのに強烈な欲求に後押しされて、そしてこんな状況の感覚をすっかりと押し流してしまう。快感の記憶が、日常を強制的に連想させてくる。
 文の少し細長い舌が、あたいの奥に侵入する。昔みたいに何も知らない訳じゃない、すっかり"おぼえた"女の子の部分が、奥の方から舐り上げられて悦んでいた。

「ぁ、やぁぁっ……ん! あっ、くふ、ぅぅっ、あ!」

 波打ちくねるのを止められない腰が、だんだん浮きっぱなしになる。カウンターの縁に手を突いて、文の口にあそこを押しつけるみたいに体を反らせてしまう。ほとんど膨らんでないくせに、先端だけは覚えた感覚を求めて尖る胸を、文は腕を伸ばして摘まみ上げてきた。アソコから口が離れる。イきそうだったのに、快感の発生ポイントが急に下から上に変わって、気持ちいいのは大きく鳴り続けながら、オーガズムがにわかに遠ざかる。

「や、あっん!」

 駄々っ子みたいな声が漏れた。それを少し恥ずかしいと思いながら、でもあたいは欲しい文からの刺激を求めて、カウンターに腰を落とし、体を支えていた腕を文の頭の上に乗せて、股間に文の顔を押しつける。

 ぶちゅっ、ぐちゅ、ちゅぅっ

「き、ひゃ、あ、んっ!きもち、い」

 文はあたいのその行動を予見していたのか、口が当たった直後から間髪なく強く吸い、舌で内壁を舐め、唇で淫核を啄んでくる。

「びりびり、っ、クるぅっ!あや、あやぁっ」

 前にのめり込むみたいに、文の頭を股間に押しつけて、その名前を連呼する。あたいが文の名前を呼ぶたんびに文は強い刺激の愛撫をくれて、あたいはそれが欲しくてとろけた声で文を呼ぶ。名前を呼ぶと気持ちよくて、気持ちいいと名前を呼んじゃって、そのループがやっぱり気持ちよくって。
 まるでオナニーだ。そうして考えてみれば、文とのえっちはいつもオナニーだった。あたいが気持ちよくなりたくて文を「使って」。文が欲しがるから、あたいが奉仕する。お互いにお互いのオナペットで、その相互関係が、でもイヤな感じがしてなくて。文はあたいをこんなに気持ちよくしてくれるし、文があたいの手で、口で、えっちな声を上げてみっともない顔になってるのを見るときゅんってして。そういうの、やっぱり恋人でもないし、友達でもないし。ましてこんなシチュエーションでイきたがってるあたいと文は、やっぱり普通の関係じゃあないと思う。
 でも、そんな歪な依存も、快感のエッセンスだった。

「文、いき、そ、あや、っあや、っ!」

 全身が、一気に浮遊する。文の口ひとつで、あたいの全身が操られてる。文がやめればあたいは切なくて、文がくれればあたいは刹那の幸福(ぼうきゃく)に浸れる。

「チルノさん、かわいい、かわいいです」

 文が一瞬だけ口を離して、刺激の間欠が切なくて、切なさを埋める文の「かわいい」。言葉が胸の深いところで暴れて、あそこをくちゅくちゅされるのと同じくらい気持ちいい。

「あや、やだ、そんなの……切ないのおっきくなるよぅっ」

 あたいがそう言うと、中をほじる文の舌が強くなってあたいは一気に押し上げられる。もう焦らしはない。文はあたいをイかせるためにスパートをかけてきた。燃え上がった体は文の愛撫をすっかり受け入れて、それに応えるみたいに独りでに跳ね、くねり、声は甘く漏れて抑えられない。

「あっ!ん、あや、きもちいっ!あやぁ、あやぁぁっ!んっ、ふぅんっ、いきそ、あや、いきそぅだよぉっっ!」

 文はカウンターの上で跳ねるあたいを押さえつけるみたいにして、クンニをやめて今度はキス。切なくなるあそこには細くて長い指が3本入り込んできて、中を一気に充たす。それぞれが別の生き物みたいに中をかき混ぜてくるものだから、きゅぅぅっって、下半身が締まっちゃう。締まるとよけいに文の指を強く感じてしまって、声がでそうになる。けどその声は唇ごと文の口に飲み込まれてしまう。あたいのエッチな汁の味が、文の唾液の味と混じってあたいの口の中にひろがる。生臭くてお世辞にもいい味とは言いたくない自分の愛液の味も、文の味と混じっていれば愛おしいし、被虐欲みたいなものに導火線が引いてあって、それ伝いに……ぞくぞくする。

「チルノさん」

 キスと一緒に、呉れる視線。人外で、こんなに真っ黒い目は珍しい。黒い瞳はすっごく強くて、見つめられるだけで抱かれてるみたいな錯覚に陥る。

「あや……!」

 下半身が、跳ね上がって、腕が、勝手に、文に、絡み付いて、声が、文を、求める。
 そして、爆ぜた。

「~~~~~っ!!」
「チルノさん、私で、イったんですね」

 オーガズムの大きさに絶叫しそうになるところを、その声もろとも文の口に飲み込まれた。イってるときのキス、氷に熱湯をかけるみたいな溶解、強烈、抗えない。
 唇を重ねにきた文の首根っこにかぶりつくように腕を回して強く抱きつく。イってる最中も優しくあそこを撫でてきて、ひくついてエッチな汁を垂らすあたいを宥めるみたい。

「~~っは、ふぅんっ……あや、ぁ」

 熱に浮かされたまま、文に抱きついたまま、気持ちのいい感覚のまま、友だちでも恋人でもないまま。
 わかんない、まま。
 波が引いて、意識もはっきりしてくる。言うことをきかなかった体もやっと元通りになってきた。
 いつもの通り、今度は、あたいが……

「こんど、あたい」
「時間ですね」
「えっ」

 文の言葉に、時計に目をやると、さすがに会敵予測時刻から戦闘準備時間を差し引けば、もうぎりぎりだった。
 文はあたいの「あとしまつ」をしてくれた後で、触れるだけのキスをくれる。

「お預け、くらっちゃいましたね。……切ないです」

 ユニフォームの特殊レギンスに手を入れてもぞもぞしてる文の格好は、間が抜けている。でもそれってきっとわざとだ。その証拠に、ほんとにシてるときと文の表情、ぜんぜん違う。ほんとにほしいとき、そんな整った顔、しないもんね。

 ぷっ

 そう思うと、急に笑えて、噴出してしまった。

「ああーっ、いまの、ひどくないですか!?一人だけ気持ちよくなってぇ!」
「ご、ごめんごめんっ」

 さっきの「ごめん」とぜんぜん違う。なんか、こういう「ごめん」を言い合える「ともだち」が、あたいにはまだ遠いような気がして。カルく笑えるのが、全ていいこととは思わないけど、何でも重く取り合うのは、それ以上に「ともだち」としては疲れすぎちゃうし。そういう距離感って言うか按配って言うかさじ加減って言うか、これだけ長くいてやっと、文とならわかりそうな感じがしてる。それでも、今度は一緒にいた時間が長すぎて、重ねたからだが強すぎて、気が付いたら通り過ぎてるんじゃないだろうか。

「チルノさん」
「うん」

 文は電力供給の停止手続きを行いながら、あたいがスーツを着直すのを手伝ってくれる。文自身は、もうすっかり着こなしていた。文のほうが体に凹凸があって大変そうなのに、逆にあたいみたいなすとんと平べったい体に合ったスーツはなくって、大変だなんて、なんか不公平だなあ。

「ササメユキを殺したら」

 文は、ササメユキに対してのみ、妙に「殺す」という言葉を使う。今までずっと努めて「送る」といい続けてきたのを、あたいはよく知ってる。――そんなにも、レティが憎いのだろうか。昔、何かあったのだろうか。

「この会戦、生きて帰れたら、続き、してくださいね?」
「……うん」

 運よくか、運悪くか、あたいと文はCIPHERの中でも長命な方だった。"まほうつかい"やアタッカーの中であたいらと同じく生き延びてるのは、リグルと、メディスン、さっきのヤマメくらい。オニとか幽香とか昔から凄く強かったやつは吸血鬼なんかの特別以外は逆にさっさと死んでしまったし、アリスとか雛とかこないだの姫海棠みたいに前線に向いてないやつは後方支援に回ってる。
 後ろに下がることもしないで、でも死ぬこともなく生き延びているあたいらは、まさにそういう生き方を選んできたって、そういうことなんだろうな。

「生きて帰れたら。また、部室で」
「はい。いっぱい、"タメて"おきますね」
「……ばーか」

 店の隅で凍っていた死体は、暖房と……もう別の何かの熱に解かされて、ずるり、と布団の山から崩れ落ち、あたいらに空ろに濁った目を向けていた。
 あたいは顔をしかめて目を背けてしまう。直後、死者に対して、ひどい仕打ちをしたと、後ろめたさに襲われた。冒涜。挙げ句、殺したのはあたいだってのに。
 ふわり、後ろから、包むように抱かれた。文だ。頭の上で、囁くみたいな声を呉れる。

「誰かが、名のない詩を残していくでしょう。こんな時代ですから、生きている私達には、死んでいる人の全てが、正体のわからない"責め"に見えます。でも、それは生きてる私達が、生きている内に、晴らさなくてはならない業。彼らが生前何を思って生きていたのか、何を叫びながら死んだのか、私達には想像しかできない。その詩の痛みは、わからない。その想像は、私達自身が後ろめたく思っている、自分自身の叫びなんです。だから私達は、生き続けなければいけない。彼らに報いるために、私達は、"自責"をこそ払わないといけないんです。それを中断させるのなら、"かみさま"でも退けて生き残る。"かみさま"を送ることが報いなら、やっぱりそれをするでしょう。私達は、『選んだ』んじゃないですか。だから、こうして、戦おうとしているんじゃないですか。」
「そう、なのかな」

 わからない。
 "かみさま"に抗うことを、そういう風に捉えたことはなかった。敵討ちなんてつもりもないし、今生きていたい積極的に死にたい訳じゃないと思う安っぽい感覚が、鎧をまとっているだけだと、思ってた。今でもそうだ。文みたいに、「どうして戦うのか」その信念はあたいにはない。

「いきましょうか。……伊那さんに怒られちゃいそうですね。きっと、実戦で、見返しましょう。」
「うん」

 文が店を出る。扉を開けた瞬間吹き込んできた猛烈な吹雪は、ササメユキの上陸を物語っていた。文はその中を、進んでいく。スーツが稼働してるとはいえ、あたいみたいに氷雪属性もないのに、身を切る冷気をまるで平気といった風に。あたいが「責められてる」「後ろめたい」と思っている「死んでしまった誰かの残滓」を、文は推進力にしているようだった。

(強いんだね、文は)

 文の背に向けて手を握るようにしても、捕まえることも届くこともない。
 どうして。なにが。どうすればいい。たりない。
 今まで自分の出自を恨んだことなんて無いけど、それでも、妖精じゃなかったら、もっと違っていたのかなと思うようになっていた。
 一人でいることには慣れているつもりだったのに、れいむやその取り巻きと一緒にいた時間が、消えない痣みたいに残っているようだった。こうして、文との「別」はより強く感じられる。体を重ねて近くなるにしたがって、その奥にある磁石が実はSとSだってことに気づいてしまいそうで、怖い。
 でも、こんな風になったタイミングで来襲する"かみさま"が、レティの後身だなんて。
 やっぱり、世界があたいを責めているように思えて仕方がない。あたいが何を思い、何を言い、何をするのか、全てをじっと見て、何かを判断しようとしているんじゃないか。
 文を追って外に出る。強い風の中に、強烈な魔力が混じっている。今は"かみさま"以外からはすっかり失われてしまった、今は電力で何とか保っている、力。あたいは誰かに何かを言い、何かにどうにかしなければいけない気がする。無為に長く生き、足らない知能を与えられて、何かがあたいに何かを求めているようで。
 語るべき言葉を探して見上げてた空には、雲が分厚く渦巻いて世界を埋め尽くさんばかりに雪を落としてきている。そこはかとなく湧き上がる孤独に堪えながら、あたいは、目の前の敵(もやもや)を倒すために飛ぶ。
 それしか、ばかなあたいには、できることはないんだ。







 電力の使用を厭わない戦線にあって、夜の池袋は普段の数倍明るく照らし出されていた。まるで西暦2000年代の、人類が繁栄を極めていた頃を取り戻したかのよう。ネオンの代わりに伝導線、ヘッドライトの代わりにサーチライト、雑踏の喧噪は作戦指示の声。質の悪い2D映像に僅かばかり残る、夜を感じさせない街の姿を、いま、東京中を犠牲にして、歪な形に復帰させていた。
 人の背丈ほどにロールされた太い送電線、移動式の返電施設。遠隔給電によってあたいらのスーツや伝導器へ電力が送られている。それは東京中の僅かな血液をそこにかき集めて動かない体を無理矢理動かそうとする情けない姿であって、"かみさま"に必死で抗う満身創痍の虫けらの愚考かもしれなかった。

「聞いた?アインハンダーが再臨したとか。」
「あれは元々、被造神だから創造主を送らない限りは、息の根を止めきることは出来ないって、伊那が言ってた」
「"プラスティックスティックス"?本当に、あれを送れば一緒に消えてくれるのかな。そもそも"かみさま"を消すことなんて、本当は出来ないんじゃ……」
「希望と言う言葉には願望と可能性の両義があるが、片方でも欠いてはいけない。疑うな。私達に、選択肢なんてないだろう。」

 "かみさま"の生態はわかっていない。前身と知り合いだったという人もいるけど、その情報は全く役に立たないということだった。圧倒的な力と、不明な勝利条件。相手が殺しにかかってくるから殺し返すとい安易な方法論に、もう何万人も死んでいる。
 ササメユキについて、あたいは知り合いだったことを博麗に伝えたが、それによって何か作戦が変わることはなかった。それどころか、面倒に巻き込まれるかもしれないから、あまり言いふらすな、と戒めを受けた。別に口止めをされたわけじゃないけど、あたいは周りとあまりうまくやっていけているわけではないし、敵と知り合いだったとあれば溝が深まると察してのことだろう。
 つまり、ササメユキがレティであったかどうかなど、関係がないのだ。
 ササメユキは、低空浮遊型だと報告を受けている。地上数メートルから十数メートルを、浮遊しながら進行してくるようだ。ビルを越えるほどの高度には至らないのと、物理的な破壊をあまり行わない習性から、ビルの合間を抜けてくるという想定であたいらは作戦を立てていた。

――ササメユキ、警戒線へ到達。

 誰かが報告の声を上げると、博麗が、咥えていた煙草をもみ消す。どうせまたふかし始めるのに。

「総員、配置に付いて。」

 トランスミッタに向けられた博麗の声は、さすがに固い。北面のラインへ到達したのなら、ここまで後1時間と言ったところだ。いよいよ臨戦態勢に至った。

「吸血鬼の準備は?」
「姉妹ともいけます。」
「レミリア、"かみさま"とやらに、反旗を翻すのは今よ。」

 博麗は、レミリアに向けて合図する。たぶん……"まほうつかい"で今一番強いのは、あの吸血鬼の姉妹だ。単騎でもすさまじい力を、姉妹のコンビネーションが増幅させている。それは、神も自然も属性もない、種族固有の純粋な力によるもの。大きく衰えたとはいえ、誰もが敵じゃなくてよかったと思っている。

「わかっているさ、伊那。万事、巧くやるよ。妹もそれを望んでる。なあ?」
「うんっ!"しすてむ"をぜーんぶ壊して、私達は自由になるんだよね?」
「そうだ。神だけじゃない。八雲、天孫、マヤも、私達力なき者を封じ込めてきた化け者共全てだ。」

 誰もが死の影に怯える中、彼女達はそれを楽しんでいるようだ。それは、彼女達の能力と言うよりは、存在自体が持つ性質なのかもしれない。
 フォールとの会戦はマスコミと衆愚の相乗効果で最悪の人海戦術ごり押しを強いられたが、あたいら"まほうつかい"は基本はしっかりした作戦に則って戦う。その際、レミリアの配下で動くことが多かった。レミリアは、能力も実績も、紛うことなきエース。今回も例に漏れず、あたいらはレミリアの指示で"かみさま"を削るのが役目だった。

「もしそうして"かみさま"を全部排除したとしたら、あんたら吸血鬼が概ね最強になるのよね。この世に住まう全ての中で、二人だけが。」
「……この世に住まう全てによるこれほどの結束と、こんにち神さえ狩る戦力をこうして見せつけられて、それを敵に回そうとは思わんよ。私達はただ、よりよく過ごせれば、それでいい。私達だって、今や電気と機械と文明の子だ。それに、お前の遠い血縁と約束したものでな。この世界の未来、我々の手に掴むと」
「11代も前の当主との約束、律儀に守るなんてね。でも、それを聞いて安心した。小さき者、人間代表、博麗として、安堵を伝えておくわ。」
「フン。互いに平和にありたいものだ、共通の敵を失った後でも」
「そうね」

 吸血鬼姉妹は、"クラースヤナ"と姉が名付けた棒状の伝導器を得物にしている。指向性に優れた伝導を実現しており、「消費電力を抑えたと言いながら実は短時間しか起動できない」「当たり所が良ければ最強」みたいなピーキーな代物。元々は制式採用試験で「現地運用後検討」という事実上の没伝導器だったのを、彼女が好んで使うようになったものだ。制式装備ではないのにそれを使い続けられるのは、エースとして相当のわがままが通せるスカーレット姉妹の特権だったし、事実、彼女らほどあれを使いこなせる者はおらず、その性能を理論値近くまで引き出し確かな実績を上げていた。

「スカーレット姉妹、いつでも出られる。」

 その様子を目だけで確認し、博麗は他のメンバーに声をかける。

「吸血鬼姉妹の作戦補佐は、阿闍梨が行う。レミリアが指揮不能になった場合はあなたが代わりに指揮を執る。」
「吸血鬼さんの傍で行動するのなんんて初めてです。私ワクワクしてきましたわ。」
「厩戸王は後方で支援を。但し、吸血鬼も阿闍梨も抜かれた後は、あなたがThe Thin Red Lineを引き継ぐ。」
「シミュレーション通りですね。布都、屠自古、頼みますよ。」
「我にお任せを。」
「やってやんよ!」

 博麗の声は、文にもかかった。

「命令違反ぎりぎりで勝手に動くのは、あんたの専売特許ってね。06代目の巫女から随分伝えられてるよ。今更それをギャーギャー言うつもりはないわ。いつの時代も人妖の間(あわい)にいる天狗の意地、見せて頂戴ね」
「前と違って、今回は一兵卒ですよ。役割以上の功績なんか上げようがありません。」
「ふ、どうかしらね」

 ときに、と博麗が文に言葉を付け足す。

「さっきレポートのあった"割り込みの作戦行動"だけど、結果報告を受けてないわ」

 そう言われた文は、少し離れたところでディフェンダーの点検をしていたあたいの肩を引き寄せて、回り込むみたいに。

「ちょ、んっ」

 何考えてんのこいつ、こんなときに、そんなこと見せつけて、何のつもり……。
 気が付いたらもう終わっていて、唇が離れるときだった。

「そんなこったろうと思ったわ。でも、その熱でもこの寒波を退けることは出来なかったみたいね?」
「これから、退けるんですよ」
「そのビッグマウス、さすがマスコミの血が流れてるわね」
「この口が大きいか、正直か、判断するのは池袋が救われてからでいいんじゃないですか?」
「その前提が大口だって言ってんのよ。ほら、部隊長が行っちゃうわよ」

 博麗が目配せをする先には、翼を広げて飛び立つ吸血鬼姉妹の姿があった。

「武運を」

 うなずく文。

「チルノさん、行きましょう」
「ん」

 ササメユキを、レティを殺すための作戦が、始まった。







 うみ、っていうものが、あるんだって。湖がもっとおっきくなった奴。見渡す限り、水なんだって。
 そこには、くじら、って大きな生き物がいて、自由に浮かんで生きてるんだって。

 おっきいって、どれくらい?こーんくらい?

 あの雲くらいかな。

 えー。ちっちゃいじゃん。あたいの手よりちっちゃい。

 近づいてご覧なさい?

 ――でけえ!すっげーえ!こんなおっきい生き物がいるの?うみってすごい!

 くじらになって、自由に綺麗な世界を、泳いでみたいわね。全部水面だから、空が映って、上も下も星空。体中星空に包まれてふわふわ浮いていたい。

 今でもできるじゃん。

 ……チルノはね。でも私は、もう無理かな。老けちゃったから。







 ビルの3~5階は全て軍によって一時的に接収され(と言っても持ち主はほとんどの場合そこにはいないか生きていないが)、ソナー類がぎっしりと設置されていた。視界は数メートル、パッシブ範囲効果タイプの"かみさま"相手には数メートルの距離は無限にも等しい。

「故郷ではこんな雪は降ったことがない。口惜しいが、短距離索敵が困難だ。フラン、離れるな。」
「はい、おねえさま」
「アタッカーもツーマンセルで探索を補い合え。小型故に逆にどこから来るかわからん。機動待機モードで索敵を継続。セル同士の距離を離しすぎるな。」
『了解』

 レミリアは本部と通信して広域探査を依頼する。

「在柱反応はある。この近くの筈なんだが」

 大型な"かみさま"は進行するだけでもどこにいるのかすぐにわかるが、小型のものは目視が困難。人のサイズまで小さいと、探索はソナー便りと言っても間違いではなかった。さらにこの濃密な吹雪と体温を持たない体は、ソナーの働きがあっても見つけだすことが難しい。

「射命丸」
「はい」

 レシーバからレミリアの声が聞こえる。姿はここからでも微かに見えるが、風雪に遮られて声はレシーバ便りだ。

「どう思う」
「と、いいますと?」
「私なら絶対に屋内戦に持ち込む。」
「街一つを使って待ち構えていた。罠だらけかもしれません。」
「建物の中に仕掛ける罠は、必然的に威力もその程度だ。街ごと吹き飛ばす兵器であれば進行中の山中で幾らでも使えた。街で使う必要はない。それを差し引けば、私だったら一対少数に持ち込みたいがね」
「自分が個体能力がずば抜けた吸血鬼なら、尚更、ですか」
「個別撃破はどんなときでも有効だ。数で劣勢ならその差を縮めることが出来、個の力が圧倒しているなら、より有利に終わらせられるだろう。」
「"かみさま"は今まで交戦を意識したような行動を取ったことがありません。ただ目的に対して……この言葉が正しいかどうかは疑問ですが、悠々自適マイペースに、殺し続けます。」
「教科書通りの答えだな」
「……ありがとうございます」
「褒めてないぞ」
「わかってますよ」

 では、とレミリアが付け足す。

「目的、とはなんだ。我々は何故京都を守る」
「"かみさま"が京都へ来るから。京都は首都で、この日本の心臓部です。」
「答えになってないな」

 レミリアが呆れ声、でもどっか楽しそうに言う。

「京都には何がある。諏訪へ向かわない理由は何だ。東京にわざわざ来たのは何故だ。罠だと感じているというのがおまえの見解なら、何故この池袋に入り込む。」
「残念ながら私は一兵卒で、戦術はともかく、戦略については。まして、裏で何が動いてるのか、政治的な力のなんてのは、わかりませんよ。」
「ふん、今同様、地位はないが権力はある、の具現だったそうじゃないか。かつて天狗社会の裏を知り尽くし多くの妖怪に関わる政治も動かしていた女狐がよく言う。」
「狐じゃなくて鴉ですけど。」
「鳥だから忘れたとでもいいたいか。そんなタマではないくせに。私は元来余所者でこの地の道理には未だに疎い。どうせ、おまえら老人どもには、わかっているんだろう。」
「こんなうら若いレディに老人なんて失礼ですね」
「失礼がマスコミの専売特許だと思ったら大間違いだ」

 溜息を吐く文。あたいにはこの二人が何を言っているのかさっぱりわからない。でも、今この場にいる三人って、あの頃からずっといる三人なんだな。

「チルノさんは、どう思います?」
「えっ」

 文が、急にあたいに話を振る。

「ササメユキはどうして池袋に来たのか。」
「誘導したんじゃないの?」
「素直に誘導に乗るような"かみさま"が、今までいましたか?そんなこと、出来る訳ないってのがCIPHERでの見解ですよ。」
「え、だって、誘導を指示したの、博麗じゃん」

 戦術決定御前会議で、確かに池袋への誘導を持ち出したのは、博麗だった。
 その博麗は「誘導など出来るはずがない」と思っている?

「"だから、チルノさんに聞いているんです"。」
「は?」
「ふ、ははは、そういうことか、射命丸」

 やはりおまえは女狐だ。レミリアは笑い声を上げてクラースヤナを待機モードへ遷移させる。

「探す必要などない、お前はそう言いたいのだろう」
「肯定です。」
「奴は、奴が、探しているのだな、t」
「フォールにとどめを刺した、私を。そうです、誘導は、餌があったから出来たんです。京都に行く"かみさま"も、諏訪に留まり続ける"かみさま"も、何かひとつを求めて移動している。その他の全てを殺しながら。」

 何か妙な違和感がある。会話の流れにさざ波が感じられた。
 今、文は無理矢理レミリアの言葉を遮らなかったか。レミリアは遮られた先の言葉を呑んだが、そのときの表情の変化は、邪悪そのものだった。
 まるで、昔よくあたいをバカにしていたときのような。今も、そうなのかもしれないけど。

「総員、データリンクで示した陣形をとれ。」

 レミリアが、データリンク経由で示した陣形は、文(とバディを組んでいるあたい)とスカーレット姉妹を中心に、距離を置く「鳳天舞の陣」だ。

「チルノさん」
「あ、あや」
「頼りにしてますからね」

 文があたいに少し硬い笑顔を向けたその直後。

「お出ましだ。いや、違うな。幾ら探しても見つからず、包囲を抜けて突然現れた。ずっと、我々は貴様の中にいたんだな。」

 レミリアがゆっくりと文の方を振り返る。文の肩越しに見えたのは。

「く、くじら……」

 絶滅したと言われている海の生き物、最大の哺乳動物、鯨が空を飛ぶ姿だった。

「お、大きい」
「あれが、くじらというものなのか?旧態ネットワークアーカイブでしか見たことがないが」
「たぶん」
「くじらは、海の生き物と記されていたが」

 そう。くじらは海の生き物だ。でも、一頭……一人だけ、心当たりがあった。

「おかに、のぼったんだよね」

 間違いない。ササメユキ……レティだ。

「まさかこの吹雪そのものが、ササメユキだったとは。このくじらの化け物はさしずめアバターと言ったところか」

 実在のくじらは濃紺と白といった落ち着いた色だが、6車線の高架幹線道路の上をゆったりと流れるように進む巨大な鯨は、青や白、黄色にアクセントで赤をまとう、まるでおもちゃのような配色。

――現時刻より、ササメユキあらため、目標をグレートシングと呼称する。作戦に変更はない。作戦要綱内の一括置換を行う。……戦闘開始。

「きれい」

 博麗の通信をよそに、あたいはその姿に見入っていた。あたいの好きな感じの色だった。

「チルノさん、来ますよ!」

 見とれていたのは、配色故か、その巨大さ故か、それとも、目の前にいるのが、レティだという認識のせいか。文の言葉に我に返る。
 悠然と進む鯨の姿に、下手な手出しが出来ないアタッカーの先陣を切って仕掛けたのは文。
 レミリアとフランドールは、手出しをしてない。後ろにいる超人阿闍梨も、その後ろで指揮を執る、人に与した神霊も。それは、作戦の内だった。
 文は一発レールDARTを撃ち込み、その巨体へ小さな抉れを作る。

――DARTは効果ありだ。消費電力に対して付与損傷が大きい。いけるぞ。

 レシーバから聞こえる博麗の声。文はそれに何か答えるでもなく、レールDARTを構えたまま目の前のグレートシングへ声を投げかける。あたいはその横に立ち、ディフェンダーを構えた。

「ようこそ、ひとの里へ。歓迎しますよ、"かみさま"。いえ、権精霊と言った方がいいでしょうか」

 文が言うと、グレートシングの大きくまん丸の目玉が、文の方へ向いた。その真っ黒な目は、何かを、思い出す。
 そしてその目が文からあたいへと向き、今度はあたいをじっと見つめた。
 そうか、この目――

『おまえ』

 突然、頭の中に言葉が"現れた"。あたいだけじゃない、周りの全員にも見えているようだった。

――ひとの言葉ですって?

 届いていたのは前線だけじゃなく、本部の博麗にも見えていたらしい。

――"かみさま"に、私達小さな者にも理解できる意思があるというの?

 伝達された内容は、あたいら小さな者にも理解できるものだったが、その伝達方法は、あまりにも俯瞰だった。その場に居合わせないものにさえ届く、強制的なブロードバンドは、超越的存在を示すものだ。

『山の神、秋の姉妹を殺したのは、お前か。』
「ち、ちがうよ!」

 グレートシングにかけられた言葉。それは余りにレティではなくって、反射的に答えはしたものの、なんだか凄く、悲しかった。
 あたいが感じたレティの痕跡は、どこにあるのだろう。くじらを望んだ、あの日あんな風に話をしてくれたおねえちゃんは、あたいを「おまえ」なんて呼んだことはないし、そんな冷たい声ではなかった。
 やっぱり、"かみさま"は、"かみさま"なのだろうか。

「あたいじゃ……ないよ」

 まただ。また、責められているような、窮屈で罪悪な、胸の軋み。
 前に進み続けるグレートシングに対して、レールDARTの射程範囲、でも一定距離を保ちながら移動するあたいらの陣形。池袋から東京、横浜まで延々と続く巨大な幹線道路は、グレートシングを迎える着陸滑走路のようでもあり、それに沿って移動し続けるグレートシングとあたいらアタッカーの形は、包囲と言うよりは護送に近くなっている。
 勿論戦意を喪失しているわけではない。周囲のメンバーは全員レールDARTを構え、スカーレット姉妹はクラースヤナを臨戦モードに切り替えている。阿闍梨は一喝伝導器「A.M.スーツ」を起動し、厩戸王は鈴の音を立てて伝導器「トキハツキスガリノタチ」を抜く。

「とどめを刺したのは、私よ。」
「文……!」

 文はあたいの前に立ち、グレートシングとあたいの間を遮る。

「彼女達は、"かみさま"という存在は、私達下界の者の生活を脅かっしていまのす。私達は力を得ました。大きな存在の奴隷から、這い上がります。私達天狗は、人間は、妖精は、力なき小さな者は、もっと自由に、もっと強く、この世界に羽ばたくんです。」

 そして、それにはあなたが邪魔です。
 文はそう付け足して、レールDARTのトリガを引く。この短い時間で勝手に改造を施し三点バースト制御を勝手に解除している文のそれは、巨大な鯨の化け物相手には丁度いいのかもしれなかった。この強制冷却効果の範囲内では銃身の加熱も気にならず、跳ね上がりによる命中精度の低下も的がでかい故に問題とならない。
 フルオートで横撃ちの雨のように飛ぶレールDARTは、実は希代の巫女と謳われるれいむの武装を模倣したものだ。あたいも、随分やられたっけ。三点バーストではさほど感じなかったそれを、フルオートで撃ち続けられたDARTからは強烈に感じてしまう。
 だがそれも、グレートシングが防御行動をとることで無効化されてしまった。無数に飛来するDART一本一本の軌道上に、敢えて物理的な干渉を受け破壊可能な氷の破片を何層も配置することで断続的に減衰させ、実際に着弾する頃には、DARTはほとんど破壊力を持たないただの針となっていた。着弾時のストッピングパワーより貫通力を向上させたレールDARTでも、着実で正確な減衰防御を破れない。
 ひゅう、と口笛を吹く文には、その行為とは裏腹の焦りの表情が見える。
 文の射撃に従うように、レミリアが手で合図を送ると、周囲を取り囲むアタッカーは全方位からレールDARTを斉射するが、全方位から無数に降り注ぐ針の雨を、しかしグレートシングは正確無比に減衰防御を実行してそれを全て叩き落としてしまう。
 陣形のおかげでほとんどの攻撃は文に向いているが、そうではないものは次々と他のアタッカーの命を奪っていく。一瞬にして全細胞を冷凍された者、一部を冷凍されて一瞬で壊死を迎えてそこを失う者。物理攻撃とは違う恐ろしさが、グレートシングの冷気にはあった。

『猿真似で「力を得た」だなどと、言語道断だな。愚か者が。この世界を汚す者よ、消えろ』

「猿真似って、言った……」

 あたいは、グレートシングが放つ冷凍光線を回避しながら、呟いた。
 れいむのアレを、知ってるって、そう言ったのだ。
 レティの記憶、残ってるんじゃないだろうか。そんな希望的観測が脳裏をかすめるが。

「チルノさん、お願いします!」

 文の声が現実へ引き戻す。グレートシングの冷凍光線が、文を集中的に狙っていた。冷凍光線は発射後一旦上空へ屈折し、そこから下方へ向けて対象を誘導する。それだけではない。一度回避し建物や地面に当たると、まるでアーカイブでみた"いるか"という生き物のように跳ねるような軌道を描いて再度襲いかかってくる特殊な弾幕、さらにはドリルのように障害物を貫通して直進してくる斜線を遮りづらい弾も展開してきた。
 あたいの、しごとだ。
 弾幕に阻害されて攻撃が出来ない文に代わって防御を一身に引き受けるのが、スウィーパー、それに真価を発揮するのがディフェンダーだ。
 あたいは、ディフェンダーの出力を最大に設定し、素の状態ではほとんど使えなくなっている氷結能を送り込む。小さな氷の伝導を開始したディフェンダーは、アンプされたそれを纏い起動を完了する。
 あたいは前に出、文にまっすぐ進んでくる一本の冷凍光線めがけてディフェンダーをかざした。冷凍光線を氷結属性を纏ったディフェンダーの中央に当てると、建造物に当たったときのように一旦は弾けて別弾道を描こうとするが、急速に減衰して消え去った。防御効果は予想以上だ。

「さすが、見込んだだけありますね」

 あたいの後ろで文が口笛で喝采するが、そんなのに反応を示す余裕はあたいにだってない。

「文、狙って」

 ディフェンダーを構え、文へ攻撃を促す。グレートシングにレティを見いだしていないわけではない。だからこそ、自分で攻撃をしないスウィーパーの立場に集中して、砲手である文を補佐しようと、思えた。

「りょーかい。チルノさんに、かっこいいところ見せないといけませんね」
「いいからッ!」

 あたいが叫ぶ(ツッコミではなく本気で危機感があったけど、文がどう捉えたかは知らない)と、がしゃん、と金属同士が擦れ合う音が聞こえる。ボルトアクションのAMRモードに切り替えたようだ。

「これだと私、動けませんからね。信頼してますよ」

 天狗の立風露を維持しながら、そこにバイポッドを設置してレールDARTの照準を合わせる文。そんな狙って下さいと言わんばかりの位置での狙撃、あたいに全幅の信頼があってのことだろうけど。

「もうっ!」

 鳳天舞の陣で元より狙われやすい上、戦術的に手出しをしない部隊長達。グレートシングの攻撃は文へと集中した。
 文程じゃないけど、あたいもスピード型だ。十分な電力供給を受けた電力励起タリスマンの力もあって、速度は足りている。それに、周囲のアタッカーの援護射撃によっても、破壊可能なドリル弾は減量されている。あたいはグレートシングの弾幕へ先回りし、ひとつひとつ着実に弾き、無効化し、叩き落とす。
 十分、文を守りきれる!

「セット」

 文は、目標を捉えトリガを引く前の合図を発した。通常射撃モードのレールDARTとは比べものにならない弾速が予測される。グレートシングもそれに気付いてか、より分厚い減衰防壁を展開する。

「甘い」

 だが文はトリガを引く前に、固有伝導器「仙鉄扇」を扇いだ。

――猿田彦の先導!!

 文の巻き起こした風はまっすぐにグレートシングへ向かって長い渦を巻き、真空状態のトンネルを通して氷塊の減衰壁を貫いた。その上、真空で空気抵抗を受けないDARTは大気圏内の様な減衰を受けず、より強力に届くようになる。この機転が、フォール戦でフィニッシャとなった文の強みだった。

「トリガ!」

 そして発射されるレールDART。これはもう、れいむが使っていた退魔針を超えている。どちらかっていえば、まりさの魔砲だ。
 轟音は着弾の後に響き、まるでそれが着弾の音であるように感じるが、真空に遮られた発射の音が、猿田彦の先導の効果終了とともに届くようになって遅れたものだった。
 AMRモードのレールDARTは、グレートシングに明らかなダメージを与えていた。弾着部分に巨大なクレーターが抉れ、その中心には更に奥へ侵徹した穴が見える。
 グレートシングは、出血していた。クレーター部分から大量に溢れるのとは別に、貫通したらしい向こう側からも、血液らしい赤いものが吹き出ている。

「れ、てぃ」

 あたいが思わず漏らした言葉を、文はかき消すように、声高にグレートシングへ宣言した。

「冬の権精霊、あなたにも他の"かみさま"同様、消えて貰います。全てを雪と氷で閉ざし、多くの命を奪う極寒の冬は、"かみさま"の力は、この世界にはもう必要ないのです。私達は、自分の力で生きることを願っています。あなた方の助けを得られず滅んだとしても、もう、後悔はないんです。」

 チルノさん、次を撃ちます。防御、お願いします。
 文の声が聞こえた。
 あたいは目を瞑り、グレートシングがレティであることを脳裏から追い出しながら、ディフェンダーを構える。あの効果なら、数発撃ち込めば、グレートシングをしとめることが出来るだろう。市民は、沢山死んだが、兵士の被害はフォール程じゃない。このままケリが付けば……。
 ディフェンダーを構えていたあたいだったが、グレートシングからの攻撃は薄かった。代わりに、先ほどまで出血していた傷が、まるで映像の逆再生のように元に戻っていく。

「再生が、はやい……!」
「文、はやく!」
「そう、言われましても」

 AMRモードのレールDARTは、給電の問題で連射が出来ない。しかも、電力の大半は、別のことに食われているのだ。余剰電力はほとんどなかった。
 グレートシングの再生はあっという間に完了してしまった。全く元通りの姿となったグレートシングは、それまで通り弾幕を展開……いや、次は陣形の意図を察してか、周囲を重点的に狙い始めた。対象が一人なら守りきれるが、拡散してしまうと、ディフェンダーは無力だった。たまに文に向けて飛んでくる攻撃を弾くが、被害は拡大するばかり。アタッカーが次々と凍死して落ちていく。

「あ、あや」
「……辛いですが、作戦通りです」

 そう、これも、作戦の内だった。
 願わくば最後まで囮が有効であって欲しかったが、今一歩、足らなかったのだ。

「時間稼ぎ、ご苦労。チャージ完了だ」

 レシーバから聞こえるレミリアの声。吸血鬼という悪魔の声が、今は救いの天使のそれに聞こえた。そう、あたいらは"かみさま"に楯突く、悪魔の子なのかもしれない。それでも。

「こうしておいしいところだけ持って行くと皆から反感を買いそうだ。次は、私も前で戦おう。死んでいった者達に、報いる。」

 スカーレット姉妹が背合わせに寄り、得物を構えた。

「クラースヤナ、貫通(グングニール)起動。フラン」
「クラースヤナ、破砕(レーヴァテイン)起動。おねえさま」

 スカーレット姉妹は、同時に別々のモードで伝導器「クラースヤナ」を起動する。そして、それを連結させて、投擲。

「神だかなんだか知らんが、邪魔する者は、どんな手段を使ってでも消す。それが小さき者達、我々吸血鬼のやり方だ。思い知って、消えろッ!!」

――紅霆!!

 一閃、真っ赤な光線がグレートシングへ向かう。光線兵器用の鏡面氷防護壁を展開するグレートシングだが、クラースヤナはそれを易々貫き突き刺さる。深く侵徹し、しかし貫通する前に、それは内部で強烈な破砕効果を巻き起こした。
 内部から破壊を促され、グレートシングは粉々に砕け散った。赤い飛沫が、スカーレット姉妹の技の影響なのか、それともグレートシングの血液なのか、どちらかなのさえわからない。
 吹雪はすっかりやみ、気温は急激に戻りつつある。グレートシングの姿は、ない。

「……やっ、た?」

 文は警戒を解くことなくレールDARTのトリガに指をかけたままだ。

「伊那、電力は」
「少しオーバーしてるけど、何とかなる。関西からも回してもらってるわ」
「重畳だ。前線優先で動いてくれる指揮官はやりやすくて助かる。」

 博麗からの返答を受け、レミリアは改めてトランスミッタへ指示を出す。

「警戒を解くな。厩戸王、指揮を渡す。攻性監視を行え。クラースヤナの再充填が終わるまで、今回私達の出番は終わりだ。阿闍梨は監視よりも負傷者の手当を。再臨に備えろ。」
「了解です。アタッカー総員、陣形を変更してください。給電優先対象は、射命丸・チルノのペア。射命丸、チルノの防御は想像以上に有効でした。グレートシングに再臨の動きがあれば、レールDARTより仙鉄扇を。電力の過剰使用を許可します。但し、セカンドオペレーションに変わりはありません。シミュレーション通りに動いてください。私達は回避と撹乱に徹します。屠自古、規定のポイントへ拡散電種を設置。布都も、規定のポイントへ火種の準備を。」

 広島でアインハンダーが再臨し被害が拡大したという報告を受け、あたいらは二段構えの作戦を講じていた。もう一度現れても、再度送り直せるように後の警戒を怠らず火力を備えるようになっている。
 といっても、さすがに初度と同じだけ撃つわけにはいかず、二度目の戦術は"かみさま"も消耗しているという希望的観測の元、省エネな殲滅作戦になっていた。ただそれが効果を持つかどうかは、誰にもわからない。

「再臨、するでしょうか」
「わかんないよ、そんなの」

 でも、あたいにはなんだか、これで終わりではないような感じがしていた。
 それは、敵がまだ生きているという悲観よりは、友達がまだ生きているという希望に近くて、やっぱりレティへの思いを払拭できていない自分がいて、文に対して後ろめたくて、しっかり彼女の方を見られないでいた。
 友達?レティは、友達だったんだろうか。わからない。あの関係は冷たい同士なのにぽかぽかしていて、甘ったれたあたいを包み込み、あるいは突き放してくれたレティを、あたいはまだ、どこかで求め続けていた。

「チルノさん」

 文が、声をかける。そうだ、文はあれがレティだったって知ってるんだ。あたいとレティのことも、何となく知っていて、だから気を遣って……。

「文。あたい、きにしてない。わかんないもん、レティと、何だったのか。もう、確かめる方法も、ないし」

 文が、あたいを抱こうとして手を伸ばす。が、やっぱり何かを思ったようにその手を止めて抱き締めてはくれなかった。

(へんなの)

 変だと思ったのは、文の行動ではない。
 手が伸びてその先の行動を予測したのにそれがそうならなかった途端、なんだか急に腹が立ってきた。いや、怒ってるのと違う。このいらいらって、何だろう。変な感じがする。
 こんなのを、レティ相手にも感じたことがあった。そのことを伝えたら「あまえんぼ」と額を指で弾かれた。
 よく、わかんなかった。

「文、ごめん。あたい」

 俯いて、文の方を見られない。
 やっぱり、責められてる気がする。これは、文にじゃない。……自分に?
 ふと、風が、頬を撫でた。文が何かするのかと思って見るつもりでもなく顔を上げたが、文はあたいの前で黙ってあたいを見ていた。

「あ、や?」

 撫でた風は、冷たくて、でも包み込むみたいで。

(冷たい、風……?)

 あたいは、上を見上げた。

「チルノさん?」

 冷たい風は、上からだったように思う。さっきグレートシングがいた高度を見るが、何もない。だが、地面には「何かの影」が落ちていて。

「射命丸、チルノ、上です!総員戦闘態勢!!」

 厩戸王が叫ぶ。彼女の指す方――それは、低空飛行タイプでは絶対に到達しないだろうと思われていた高度――に、グレートシングは、再臨していた。

「屠自古、布都、配置に。アタッカーは敏捷性に電力を割いてください。セカンドオペレーションを実施します。技術班、準備は?」

――出番がないと思ってたよ。ない方が良かったんだけどね。いつでも入ってきていいよ。

「射命丸、チルノ、お願いします。」

 厩戸王は、配下の二人をあたいらの等距離につかせる。本人は本部とグレートシングの中間地点に位置取り、トキハツキスガリノタチを構えている。
 高高度に浮遊するグレートシング。あたいは、また沢山死ぬという恐怖と同時に、ひどく安堵を覚えていた。

(レティ……!)

 あたいは、もしかしたら紙一重、こっちにいるだけかもしれない。ばかだから?力がないから?理由はわからないけど「ひどく、あっち側に惹かれていた」。ササメユキを見たときから、グレートシングになっても。今だって、その姿を見て、すごく、うれしくて。

 連れて行って欲しい。
 強さとか、おそらく滅ぶこっち側からの離脱じゃない。
 学校のみんなや、"まほうつかい"のメンバーより、「ともだちになってほしい」と、思っていた。
 綺麗な色。力の強さじゃなくて、芯の強さ。自然との調和。
 妖精としての本能がそうさせるのかもしれないし、この地上での閉塞感を打ち破ってくれるかもしれないという"甘え"があったのかもしれない。

「チルノさん!?」

 あたいは、再臨したグレートシングに向かって飛び上がっていた。

(たかい。こんなにたかいところ、ひさしぶりにきた)

 ぐんぐん高度を上げて、グレートシングの目の前へ。今攻撃されたら、ディフェンダーの起動は間に合わない。あたいの属性防御も貫通して、すぐに消滅してしまうだろう。
 それでも。

「レティ!」

 すぐ目の前に、グレートシングの口、鼻もある。その息遣いが、あたいに吹き付けた。
 ひゃっこい。
 あたいがひゃっこいって思うんだから、相当ひゃっこいんだろうな。
 髪も服も吹かれて靡き吹き飛ばされそうになるが、なんだか心地いい。

「レティ、あたいだよ、チルノ!ねえ、レティでしょ!?」

 グレートシングは何も答えない。

――チルノ、下がりなさい。危険よ。
――チルノさん、何してるんですか!?

 レシーバから博麗と文の声。でも、耳を貸す気になれない。どうでもいい。

「ねえレティ、やめて、街を壊さないで。殺さないで。」

 あたいはディフェンダーも投げ捨てて、グレートシングの唇あたりに大の字になってくっつく。
 グレートシングは、予想外にも息を抑え気味にし、あたいの言葉に応えてきた。

「破壊するな、と?汚染された大地。死んだ海。閉ざされた空。死にゆく星。お前たちがこの世界にしてきたことは、破壊ではないのか?」

 その通りだと思う。
 空を見上げても星なんか見えなくて、やっとたどり着いた海は真っ赤で死んでいる。大地のほとんどは砂漠で、ライタブルベークライトのドームに囲まれてぎりぎり生きてるだけの世界を作ったのは、あたいらだ。水を取り合い、食料を奪い合い、空を潰し、互いに殺し合う。終わった世界。

「それでも、あたい、死にたくないよ。レティが、あたいらを殺して星とともに生き延びようとするのと、あたいらが死にたくない一心で"かみさま"と戦うのと、おんなじなんだよ。」
「ならば、どちらかが死ぬまで殺し合うしかないだろう」
「本当に、そうなの?同じ方を見てるのに?わかんないよ」

 レティは、どこか悲しそうな目であたいをみる。

「ねえ、レティ。ううん、"かみさま"。ともだちになってよ」
「なれるわけがない。これから、より激しく殺し合うことになる。私が死んでも、次がお前達を滅ぼしにくる。お互いに、歩き出したのだ。私は海には戻らない。干からびた大地から、それを犯す者達を退け、世界を救う」
「レティは、くじらになったんでしょ!?海に浮かぶために、変われたじゃん。あたいらだって」
「くじらになったが星は見えない。まだ、道半ばだ。それは、お前達小さな者も、同じ。この対立に、合流はあり得ない。」

 レティの言うことは、正しい。
 じゃあ、あたいが間違ってるのかな。あたいとか、博麗とか……文とか。みんな、生きたいって思うのは、間違ってるのかな。

「あたい、バカだから、難しいことわかんないよ……」

――下がりなさい、チルノ。命令違反よ。

 博麗の声が、ひどく冷たく聞こえた。
 あたいが冷たいって思うんだから、絶対冷たいんだ……!
 あたいを追って、文が上昇してきたのが見える。

「チルノさん、離れてください、それでは、攻撃できません!」
「どっちかがどっちかを滅ぼすなんて、間違ってる!!」

 あたいは、グレートシングの鼻先にしがみついたまま、叫んだ。なんだか、こんな風に腹の底から叫んだの、久しぶりかも。

――奴等を滅ぼさなければ、私達が滅ぼされる。見なさい。今だって、山の向こうで何千人も餓死と凍死で倒れているのよ!
「でも……」
『人も、人に近付き過ぎた妖怪も、妖精も、天狗も河童も、この世界を蝕み滅びへ向かわせる病質だ。病巣は、取り払わなければならない。我々はこの世界を守る。』

 さっきまでと違う。"ブロードキャスト"だ。ってことは、さっきまでのは、あたいにしか聞こえてなかったのかな。さっきのを聞いたら、きっと戦いたくないって人、いると思うのに、どうして。

「世界を守る、ですか?そっくりそのまま、同じ科白をお返ししますよ!」

 文があたいらと同じ高度に来て、仙鉄扇を構える。

『愚かな人間ども。人間が、この世界でもっとも偉大な生き物か?』
「……当たり前です。人間って言うか、そういう"小さな者達"が、この世界で一番、大きいんです。」

 レティは、頭を振ってあたいを払いのけた。

「レティ!」
「旧い"かみさま"のお節介は、私達には不要です」
『思い上がった人間どもめ』
「ちがう、ちがうよ、あたいらは……」

 レティの目前に、急激に分子の停止領域が展開され、それが膨れ上がる。素粒子の膜帯さえ停止する、真の絶対零度。間に合わない。それに、巨大すぎる。
 そのとき一発、グレートシングへ弾丸が撃ち込まれた。

「あなたが殺したいのは、私じゃないんですか。フォールにとどめを刺した、チルノさんと、仲良くさせてもらってる、私じゃあ?」
『虫けらが』

 今の流れに、あたいが、何の関係があるって言うの。
 疑問は拭えなかったが、ともかく挑発に効果はあったようで、グレートシングの意識が文に向く。チャージを中断して、文の方へとゆっくりと進み始めた。

「ほら、四季神仲間の敵討ちなら、私をやってみてください。追いつけるものなら。」
『天狗の分際で』
「やめて!文も、レティも、こんなの」

 グレートシングの弾幕が、文を襲う。あたいは呆然とそこに浮かんだまま、二人が飛んでいくのを眺めていた。

「ほうら、こっちです。ああ、妹の方の断末魔は今でも耳に残っていますね。もう忘れられて力のない神様だって言うのに、"天狗の分際で"ですって。今のあなたと同じ科白。その天狗に秋神の姉も、そして妹も、こうして消されたんですよ。ざまあないですね!あははははは!」
『貴様……!』
「文、やめて!レティも話を聞いて……!みんな、どうしてそんな風に……!」

 その場から動くこともできず、ただ絞り出すみたいに叫ぶ。でも、なにも、とめられない。あたいは、むりょくだ。

 チルノへの送電を止めて。
 しかし、あの高さでは

 何故か、博麗の通信が聞こえる。他のもだ。レシーバの電源は切ったはずなのに。

 止めろと言っているの!スレイブはホットスタンバイしてあるんでしょう?
 №9のスレイブはリグルです。既に№9の規定の配置についています。が、彼はまだ精神的ダメージに蓄積が……
 構わないからチルノへの送電をさっさと止めなさい。
 №9への送電を遮断。系を№11へ切り替える。

 電源が、遮断されたようだ。

「きゃあっ!」

 時空歪曲是正装置が機能を停止し、あたいは引力に惹かれて落下した。着地直前に安全装置が起動して、ダメージはない。けど、このやりとりから爪弾かれてしまった無力感は、もっといたかった。

「チルノ、あまりハラハラさせないで頂戴。ただでさえグレートシングと属性が近似なんだから、不用意な行動をとられると、あんたが妖精でも、一緒に消さなければならなくなる。」

 博麗が、そばにいた。
 あたいはその方を見れなかった。今見たら、殴りかかってしまいそうだから。樹脂製の地面に爪を立てて、唇を噛んだ。

「せめて、あいつらのやりとりだけは、聞き届けなさい」

 博麗は、電源が生きているレシーバを、あたいに放ってよこす。苦々しく思いながらも、あたいはそれに耳を寄せた。







「こっちですよ、冬将軍」
『ゆっくり体温を奪って楽に殺そうと思ったが、やめた。凍傷で末端が腐り落ちて死ぬように調節して殺す』

 文が、グレートシングを誘導しているようだった。低空の、摩天楼の隙間に再び誘い込む。しっぽやひれの端がビルにあたって砕けて倒れた。さっきまでの立ち回りと違う。物理的な破壊を、グレートシングも厭わないらしかった。やっぱり、レティは、文を殺したくて池袋に来たんだろうか。

「それが、できるものならどうぞ。さあ捕まえてみてください。」

 弾幕を紙一重で回避する音が聞こえる。ここまでその冷気の余波が及んでいた。電源をもらえていないあたいのスーツは保温効果がなく、その冷たさがもろに肌を撫でる。氷属性のあたいでなければ、それだけで凍り付いてしまうだろう。

――大火の改新!!
――入鹿の雷!!

 氷雪系が嫌う炎を巻き起こす技を、街が燃えることも厭わずに放つ。同じように、立ち並ぶビル全体を帯電させる。ほのおといかづちがグレートシングを導くコースを形成する。破壊。たとえそれが絶滅を退けるためであっても、自ら浪費して作り上げたものを、自らの手で破壊する愚行。
 レティのことばが、胸をえぐる。

「そうそう、こっちこっち。そうら、こっち」

 文も、博麗も、どう思ってるんだろう。あたいらがいきることは、正しいの?
 間違ってるとは思わない。でも、でも、相手を殺すことは、それに含まれるの?正当化されるの?
 わからない。
 あたいは、ばかだ。
 考えても考えても、ぜんぜんわかんない。
 感じることをことばに直すこともできなくて、思った通りに今は動くことさえできない。

(くやしいよ。なさけないよ。なんにもわかんなくって、なんにもできなくって、あたい、ほんとうに、ばかだ……!)

――こちら射命丸。最終地点に入る。

 文が川を越える高架を潜り、その下へグレートシングを誘導する。そしてそれを抜け、追いかけるグレートシングが凍り付いた川面と橋の間から顔を覗かせたとき。

『!?』

 四方八方から光線が飛び、くじらの巨体へその先端が突き刺さる。まるで張り巡らされた蜘蛛の巣のように密集し、縄というより網のようになってグレートシングを捕縛した。

「捕縛成功!河童の科学を舐めんなよ!?」
「その網は私の糸あってのものでしょう、一人で鬼の首取ったみたいに」

 技術班の捕縛罠だった。身動きを封じられるグレートシング。身をよじり、雹弾を放って捕縛装置を砕こうとするが、数が多い。その間に、ゆっくりと文が振り返る。

「チェックメイトです、四季神。権精霊もここで終わり。"かみさま"から貰った力、私達はもう、自らの手で制御できます。あなた達"かみさま"の役目は、もう終わったのです。」

 捕縛装置は徐々にその怪力と射撃によって解除されては行くが、文の伝導器はすっかりチャージを終えている。再臨直後の"かみさま"に、ダメージ蓄積や再臨酔いがあるのなら、文の技は再びグレートシングを、今度こそ消し去ることだろう。

(あや、あや、だめ!殺したら、殺されるからって殺したら、同じだよ!お互いに殺意があるわけじゃないのに、お互いに生きたいって思っているだけなのに、殺しあうなんて!)



 人が嫌いだなんていって、本当は気持ちうらはらで意地悪なあたい。
 人とうまく付き合えないなんて、本当は昔の自分が情けなくって、嫉妬を隠せない惨めなあたい。
 友達も恋人もわからなくて、隣にいる人の大切さももやもやとわからなくて、隣の恋人を妬んでるあたい。
 なにより、自分を愛せないあたい。
 わからない。
 わからないのかな。
 わかりたくないんじゃないの?
 こんな甘ったれたあたいに、レティはだから嫌気がさして。
 都合よく不快なところに触れない文は、だからあたいは気持ちいいって思うだけで。
 ばかだ。
 なんにもわかってなくて、だらだら流されるだけで。
 考えてもわからないのに、考えようとして、結局周りに流されて。
 思いは、決まっているのに。
 説明できるほどのアタマなんて、要らない。
 この気持ちで、十分なのに。

 いやだ!
 ころしあうのは、せつめいなんてできないし、りくつなんてわからないけど、いやだ!!



――――天上天下の……

 文の仙鉄扇が光るのが、ここからでも見える。

「こんなんじゃ、だめ。だめだよ!!!」

 叫んだら。
 思いっきり、おなかのなかのものを全部吐き出すみたいに叫んだら、ふわり、軽くなった。
 軽くなって、あたい……








「やめて文!撃っちゃダメ!……レティ、あたいが、まもるよ。こんなの、間違ってる。」

 気がついたら、グレートシングの前で、両手を広げていた。文の射線上。さっきグレートシングの弾から文をまもったみたいに、今度はレティを、まもる。

「チルノさん、退いて下さい!」
「やだ!!文のばかぁ!!」

 発動が宣言された文のスペル。無理やりに射出を遅らせているみたいだけど、きっとすぐに限界が訪れる。仰角変更で逸らそうとするが、普段使わないオーバーチャージでの発動に力を振り回されて、それもかなわない。
 文のスペルは、グレートシング……それに、あたいに向けて放たれようとしていた。
 ディフェンダーもなく、電力供給もないあたいに、文のフルパワーを止められるとは思えない。それでも。

「伊那さん、チルノさんの送電を切って!」
「もう、切ってあるさ。……ばか妖精、取り込まれたか」

『どうした?人ひとり殺せずに、世界を護るために私を消すだなど、よく言えたものだな。』

 グレートシングは、挑発するように文へことばを飛ばす。

「チルノさん!おねがい、どいてください、おねがいです……!」

 泣きそうな顔。文は、仙鉄扇に停止指示を出し続けるが、システムから拒否されていた。文のあんな顔、はじめて見たかも。
 でも、殺すって、本当はそういうことなんだろう。
 文だって自覚がなかったわけじゃないと思う。でも、目を背けてて、生きるために仕方なくて。

「いいじゃん、あたいが消えたって、世界が消えるわけじゃないよ。」

『愚か者が』

 そのことばが誰に向けられたものなのか、わからない。
 グレートシングは、捕縛網を引き伸ばして前に出て、大きく開けた口であたいを喰おうとする。

「あ……」

 グレートシングの顎にサーチライトの明かりが遮られる。だんだんと影が閉じていって、あたいは……。

 ばくんっ

「ち、チルノさん!!」

 冷たい光に包まれる。グレートシングの口の端から、すべてを凍らせる光が溢れる。

「権精霊、貴様、よくも!」

 文は、きっとその光を見て、あたいは絶対に凍死していると思ったに違いない。
 意識の向こうで、スペルが発動するのがしっかりと聞こえた。

――天上天下の照國・Extend!!

(ごめんね、レティ。あたい、まもれなかったよ。ごめんね、ごめんね)







 グレートシングに飲み込まれて、元々冷たいあたいの体は更に冷え切っている。
 もうそろそろ電子も止まるんじゃないかな。
 こうして意識を保ってられるのが不思議。
 それに、冷たいのに、なんだかあったかい。包み込まれてるこの感じ。
 これって、あ、そうか、これって……

 さん――のさん

 なんか、遠くから声が聞こえる。
 せっかく抱かれて気持ちいいんだから、邪魔しないでよもう。

「チルノさん!?大丈夫ですか!?」

 えっ。

「チルノさん、よかった、よかったです!」

 気がついたらなんか文に抱き締められてる。
 これ、どういうシチュエーション?
 辺りを見回すと、あたいと文は川辺でびしょぬれになってるみたいだった。
 体はきんきん冷え切っていて、あたいの体以外はほとんど凍りついている。
 おかしい、電源が切れているのに、昔みたいな氷の力。しかもうまく制御できないくらい、溢れ出している。

「文、あたい今、すごく冷たいから。はなれて」
「やです。もういくら冷たくされても離れませんから!」
「そ、そういう意味じゃ」

 ほんとに、凍傷になるから!
 って言って押しのけると、文は、その、すごいきゅんってくる顔で泣いていて、思わず目を逸らしてしまった。

「やっぱり、冷たいですね」
「あ、いや……」

 なんか、さっきまで緊迫していたような気がするのに、いつもどおりのしょうもないやり取り。
 あたいは、たらない頭を掘り下げて、何があったのかを思い出す。
 そっか、あたい、命令違反して、グレートシングをまもろうとして、飲み込まれて、文のスペルが発動して……。みんなを裏切って、大変なことをして……。

「あたい……」
「いいですから、今は、いいですから」

 文は、あたいが凍りつくくらいに冷たくなっているのにも拘らずもういっかい、抱き締めてきた。あたいも、もう突き放すつもりはなかった。文の消え入りそうな体温が、伝わってくる。ここ何時間かで起こったいろんなできごとが、ぐるぐる頭の中で、回り続けた。頭が、ぱんくしそうだった。

――文は、レティを殺した。

 あたいの、海を、殺してしまった。

「あやのばか」

 仕方なかったのかもしれない。あたいらが生きていくための引き金を、文が引いただけだ。

「ばか」

 憎いわけではない。でも、すとんとゆるせるわけでもない。
 ぐにゃぐにゃ渦を巻くわけがわからない感覚を、あたいは整理できない。

(あたいの、ばか)

「ごめんなさい」

 わかってる。仕方がないことだって。
 あたいら小さき者達は、どこかで大きく道を踏み誤って、もう、合流できないところまで来ているんだ。そうなったのがよかったのか悪かったのかじゃない。そうなった以上、どうして行くか。そして、あたいらはこの道を選んだんだ。
 死した者が紡ぐ名もない詩は、やっぱりあたいを責めているようで。はたはたと涙が溢れてきた。
 文が、それを、拭ってくれる。
 いいんです、いいんですって、何がいいのかわからないけど、あたいの涙を拭ってる文だって、ぼろぼろないてるのに。

「レティ……。レティが、まもってくれた」

 CIPHERが想定していた以上に再臨後のグレートシングは弱っていて、文のフルパワーはそれを消し飛ばすばかりか向こう側のビル群を幾つか派手にぶち抜いた。
 そんなもののど真ん中にいて、あたいはこうして無事だ。ぜんぜん怪我なんかしてなくて、文が心配してることがちょっと気の毒なくらい。

「守ってくれたも何もあったものですか。グレートシングは……」

 やっぱり責めるような顔をするんだね。
 そういうと文は、ごめんなさい、と顔を伏せた。ああ、やっぱりあたい、まだいやな奴だ。
 いやな奴ついでに、あたいは文に、たぶんこういうことなんだろうってことを、伝えることにした。

「レティは、あたいに力をくれたんだ。この世界の"かみさま"じゃない担い手として、あたいら小さき者達を試すって。」

 グレートシングに飲み込まれた後、確かに頭の中に懐かしいレティの声で、そのことばは伝わってきた。

『チルノにもきっとわかるときがくるわ。ばかかもしれないけど、ばかだからこそ感じたそれを、きっと大切にしてね』

 そのことばを、敢えて文に伝えようとは思わなかった。これは、ばかなあたいだけが、しっかり抱きとめればいいことば。
 レティの、ことばだもん。

「送電が無くても飛べたのは、精霊の力だって言うんですか?」
「そうだよ。今だって、あたい、ほら。弱くなったはずの冷気の力、スーツの補佐なしにまともに使えるんだ」

 文の目の前で、氷を作り出してみせる。300年位前にすっかりなくなった力を、レティの雫を受け取って取り戻していた。

「自然の力、科学以外の、たいせつなもの」
「チルノさん……」
「あたい、みんなの敵かな。"かみさま"の力を持っちゃって、みんなから嫌われちゃうかな。でも、あたい元々ひとりぼっちだし、平気。あたい、ひとりで、誰も傷つけないで、何も壊さないで、レティの力を守ってく。ひとりで平気。」

 寂しさは、やっぱり拭えない。今までどおりに、一人で過ごすことになるんだろう。ううん、もしかしたら、"かみさま"の力を受け取った者としててやっぱり消されちゃうか、よくっても一生モルモットかもしれない。

「私は、また"かみさま"が現れたら、同じように"かみさま"を送るでしょう。」
「じゃあ」

 そうだよね。それが、選んだ道だもん。

「でも、チルノさん、私が、私があなたのともだちになります!ひとりぼっちなんて、言わないで下さい……みんな、そう思ってますよ。"かみさま"の力を持ってても、チルノさんは、チルノさんじゃないですか」

 この前聞いたら、即座に違うって否定したのに、なんて都合がいいんだろう。

「わかんないよ」

 やっぱり、わからない。
 整理のつけ方はわからないし、そのことばにどうやって向き合えばいいかもわからない。
 そうして目を背けたら、文が、いきなり覆いかぶさってきた。部室で、えっちするときみたいに。
 でも、その表情は部室でのそれとぜんぜん違っていて。
 なんか、焦ってるって言うか、慌ててるって言うか。怒ってるっていうか、でも泣いてるみたいにも見えて。
 どうしたの、って聞こうと思ったら、文が、口を、開いた。

「わかんないわかんないって、じゃあ訊いて下さいよ!私はいつも訊いてましたよ?『チルノさん、どうしたんですか?』、『チルノさん、痛くないですか?』、『チルノさんはどう思いますか?』、『チルノさん、昔なんかあったんですか?』、『チルノさん、私のこと……』。でもチルノさんは何一つ答えてくれていない。チルノさんは自分のことをバカだバカだって言いますけどね、私だって何もわからないんですよ!?一番知りたいこと、ぜんぜんわかんないんですよ!?ずっとずっと知りたいって思ってるのは、チルノさんだけじゃないんですよ!?わかってないくせに?ええわかってませんよ!バカにしないで下さい!私だって、何にもわからなくて怖いままなんですから!勝手に幻想抱かないでもらえます!?私は、何回も、何回も、何回も何回も何回も、言ってましたからね!でももう言いません。チルノさんみたいな分からず屋に、もう二度と言うものですか!最後に一回だけ、言ってあげます。でももう、金輪際言いませんから!私、チルノさんがんむっ……っぐ」

 こうやって、文のすることを押し切ったのって、はじめてかも。
 上に被さってる文の顔――それはいつの間にか、またぼろぼろぼろぼろ泣いていた――を、ぐいと引き寄せて、あたいはそのままキスしてことばを遮った。
 文が、また、きつくきつく抱きしめてくる。

「いたいよ」
「あっ……ごめんなさい」

 腕をゆるめて、体を離す文の手首を掴んで、もう一回引き寄せる。とらまえた手首を胸元に寄せて、その中央へ押しつけた。

「いたい。文のせいで、ここがいたい。責任、とって」

 今度はあたいの方から、文に抱きついた。

「いいたくないなら、いわなくていい」

 こうして危機に瀕さない限り、大切なものが見えない、あたいらはやっぱりばかだ。

「やっぱり、いいたい、です」
「うん。ききたい」

 文は、泣きながら笑うなんて変な顔をして、ゆったりと言ってくれた。

「チルノさん、すきです」

 ばかなあたいだけど、でも、文のそんなことばが、じんって、熱かった。







 ながいながい冬は、いよいよ終わりを告げようとしている。
 そういえば何百年か前、れいむがいたころにも冬が終わらないときがあったっけ。
 あの時も、なんか、こんな切ない事件があったのかもしれない。そうだったとしたら、やっぱり、博麗は強いなあ。
 降雪も今はまばら。奇しくも四月の春らしい時期に、樺太にい続けたササメユキの影響は途切れようとしていた。あたいにとって、ちょっと辛い季節が来るなあ。昔みたいに氷の力が戻ってるなら、なおさら辛いことだろう。でも、それもどこか憂鬱というほどではなかった。

(レティ。あたい、ともだちができたよ。いっぱい。みんなすっごく優しい。ひとりぼっちじゃないし、本当はみんな、誰もが一緒に過ごせたらいいのにって、思ってる。これから、みんなが一緒に生きていけるような世界になればいいのにな。あ、そうそう。ともだち、今日またひとり増えるんだ。転校生が来るって先生がゆってた。楽しみ!)

 窓から視線を戻すと、ちょうど先生が入ってきて教壇に立った。

「おーし、みんな座れー。今日はビッグニュースがあるぞ。転校生だ。しかも、可愛いぞぉ。おっぱい大きいからって男子は余計なちょっかいを出さないように。」
「センセーが一番セクハラ」
「先生結婚してからホント締まりがないよね」
「うるさいなあ。新婚期間くらい甘く見てくれよ」

 教室に笑いが起こる。あたいも、一緒に笑えるようになっていた。きもちいい。

「入学したときからずっと"新婚"って言ってる。『新婚旅行に月に行く』なんて、もう何年いい続けてるのォ?もしかして、種子島離婚?」
「ああもう、私が悪かったから勘弁してくれ。じゃ、入ってこい。自己紹介だ。」

 先生が入室を促すと、真っ白い髪の、背の高い子が入ってきた。
 ……あ、あれって……。

「……っておい?」

 先生は教壇の前に彼女を促すが、彼女はそれをまったく無視して教室の中を進み、途中で折れて机の列の中へ。え、こっちに、くる?
 確かに転校生が座る席はあたいの隣だけど、まずは普通、前で自己紹介してさ……。

「センセがセクハラするから怒ったんじゃない?」

 また、笑いが起こった。ばつが悪そうにする先生。
 転校生は、自分の席にまっすぐ向かって座る、のかと思いきや、あたいの目の前で立ち止まった。
 こうしてみると、この転校生、やっぱり、そっくりだ。
 あたいは、恐る恐る、何を考えているのかよくわからない真っ白な転校生に向かって、声をかける。

「あ、あたい、チルノっていうんだ。他の子と違っておっきいけど一応、妖精。……あんた、自己紹介、しなくていいの?」

 あたいが言うと、転校生は氷みたいに固かった表情をふんわりと緩めて、あたいに笑いかける。

「レティ・ホワイトロックです。精霊やってます。よろしく。」
「「は!?」」

 声を上げたのは、あたいだけじゃなかった。教室のちょうど逆側に席がある文も、あたいと同じように立ち上がって変な声を上げていた。
 レティ、って何か悪い冗談?でもこのことは、博麗と文位しか知らない、あれだけ人が死んだ後では、重要な機密情報なはず。

「ちょっと、どういうつもりか知らないけどサ、他人騙るなら、もっと別の人に」

 さすがに動揺を隠せない。文も気が気じゃないとこちらを伺っている。
 そうして、笑っている真っ白な美少女。彼女はいきなり腕を伸ばしてきて……

「んっ!?」

 抱きつかれて、キスされた。
 は?え、これ、どういうこと?
 もしかして、ほんとに、レティなの?
 教室中に、黄色い声が沸き起こる。その中で、一人怒声をあげたのが、文だった。

「ちょっ、あなた、私のチルノさんにいきなり何するんですか!?離れて下さいよ!」
「「「「"わたしの"?やっぱりそうなんだぁ~!」」」」

 文のカミングアウトは、黄色かった歓声を、ピンク色にまで変えてしまう。
 ああもう、文のばか、こんなとこで何言ってるんだよう!
 さすがの文も勢い余っての叫びだったようで、言った後になってから慌てて口を塞いだ。

「……あ」

 だが、時既に遅し。教室の注目の半分は、今度は文に向いた。
 先生が「おまえら、おちつけー」と半ばやる気のない様子でなだめている間に、唇を離した転校生――本当に、レティなのだろうか――はそっと、あたいの耳元で囁いた。
 ちから、ちゃんと使えてる?

 それは確かに、あの日のことを覚えている証拠だった。



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丸パクリです。

【元ネタ】
YUKINO
snow dAnce(the music laboratory cube)
鯨(Buzy)
Armored Core 4
DARIUS
EINHÄNDER

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