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【WarframeSS】Warframe_01

Warframeというゲームの設定を使った二次創作SSを書きました。
(2014/08/24:誤字等指摘を頂き、相当量修正しました。)



このゲームの世界観が面白くって
それがSSかこうだなんて思ったきっかけの一つでもあった
(もう一つはほとんどだれも書いていないようだったこと)
のですが

・攻略にかかわらない用語集以外のweb情報を閲覧しないでプレイする
・わからんことは攻略wikiをみないで自分で検証する
・それでもわからんことは回避可能ならあきらめて回避する
・まだコーデックスの内容が全部埋まっていない
・まだ星系開拓がすべて終わっていない
・このゲームを語るにおいて逐一引っ張り出されるニンジャスレイヤーを私は読んだことがない
・このゲームと設定が通じているといわれるダークセクターというゲームを私はプレイしたことがない
・私は東方project以外のssをまともに書いたことがない

という状態の
かなり狭い視野で
かつ
いつも東方SSを書いているときのとおり
独自設定を詰め込むことを全くいとわないで書いています。

ninja play freeとかうたってるゲームだけあって
よくわからんところで和物が出てきます。ほんとにすこーしだけ。
だからと言ってテンノが天皇だとは思ってませんが
(なんかダークセクターのキャラの名前からの流れらしいですが調べてません)
このSS(もしかしたらシリーズ)の主要登場キャラの名前は全部天皇の名前からもじってます。
今回名前が出てきたのは、
ジム、ダイゴ、スイコ、ジット(ブリジット)、ヒメ(高野 姫)。まあたぶん主要キャラは
この5人だけで以降増えないと思いますが、見ての通りの名前です。
高野姫だけすこし特殊かな。


書いていて結構楽しかったです。
エロ入れたかったけど
とりあえずかけるものなのか試してみたかったところなので
入れませんでした。

次があったらエロにします(真顔
次があったら、が何回か続いたら、タイトルをちゃんとつけます。


warframe、息の長いゲームになればいいなあ。


以下、アーカイブ


 私自身、それを正確に覚えていたわけではない。何故、得体の知れぬ――もっと言うなれば、ただの演知体(エンティティ)ではないとも限らない――女の言うことに忠実に従うのかと問われれば、それが私のアイデンティティであったからだ、と、思っている。フリーズスリープから目覚め朧気に残る記憶は、蓮のエンブレムに対する「忠誠」、ただ一言だけだった。

>>グリニアの歩兵が接近しています。単独です。

 女の声は、無機質だ。それこそ本当に演知体(エンティティ:現実実体を持たず、コンピュータ中の電子情報、あるいはプログラムとしてのみ存在する擬似生命の内、高次StrongAIを備えたもののみをそう称する。WeakAIかそれ未満の場合は呆徒:ボットと呼ばれる)なのではないかと思わせるほどに、固く、冷たい。サイドホロビューに投影される姿はバストアップのみでかつ、頭も上半分に蓮を象った奇妙な形の、頭部ハーネスのようなものを着けたまま。私達テンノの間でも、交戦中でなければ素顔を晒す――尤も、目覚めたばかりの私にそんな相手は今はほとんどいないが――ものだが、私はこの「The Lotus」と名乗る女の素顔を見たことは、一度もなかった。

//それ以外の、周囲に生命反応は?
>>200メートル以内、ありません
//了解

 死体は「磁消(デガウス)」すれば、他の兵士に気取られることはないだろう。問題は、どう片付けるかだ。

//こんなシビアな侵入なら、LOKIにすればよかったわ。
>>その通りです、テンノ。しかし、あなたは最も優れたMAG使いの一人でもある。よい結果を期待しています。

 はいはい。胸中で一人ごち、Lotusが示した生命反応の方向から死角になる位置へ身を隠す。扉が開いて姿を現したのは大盾を装備したシールドランサーだった。

(めんどくさいのがきたな)

 前方、あるいは運が悪ければ側面からさえも、まともに攻撃が通らない。Pullで引きちぎろうかとも考えたが、一体に対してエネルギーを消費するのも避けたい。このまま息を潜めたまま、背後を取るチャンスを窺うことにした。
 シールドランサーはその盾の重量故か、俊敏とは言い難い……というか焦れったいほど動かない。こちらを向いたままそうであるのは、こんな時には見つかってしまってもいいから正面から飛びかかって、盾を引っ剥がしてマウントを決めたいと思ってしまうほど、イライラする。1人ってのは毎回、忍耐を試されるようで、つくづく私向きじゃない。でも悲しいかな、私はほとんどの場合、1人だった。

//援軍は来ないの?
>>残念ながら。ジムとダイゴは現在、火星でコーパス要人の確保の任務に当たっています。

 クランに所属することなくほとんどの任務を1人で実行する私だが、それでも単身では困難な場合には臨時で分隊を召集する。Lotus経由で集まるときもあれば、個人のつてで集めることもあるが、ジムとダイゴは数少ない個人のつてのあるテンノだったが、今回は梨の礫。ソロ分隊で任務を遂行しなければならないようだった。
 全体的には他の分隊も参画しているが、縦割り指示が祟ってか分隊間の連携は、個々が行うわけではない。全て、Lotusが指揮していた。

>>他のクランは……
//おーけー、もういいわかったわ。ここの報酬は独り占めってわけね
>>肯定です。

 私はLotusの言葉を遮る。皆まで言うな、私は他のテンノとの関係が余りよくないのだ。

//サービス残業はしないからね
>>目的の遂行後は速やかに退去して下さい
//おーらい

 私はグリニア兵には気付かれない程度の溜め息を吐いて、目の前のそれに注意を向けた。シールドランサーは視線こそこちらを認めていないものの、こちらに向けて鈍重な動きで歩いてくる。すたすたと歩く軽装歩兵なら、物陰に隠れた私に気付かない可能性はあるが、あの速度ではすれ違うことそれ自体に時間がかかる。恐らく気付かれるだろう。何か、後ろに注意を逸らす方法はないか、私は相手の姿は見えないが、こちらの姿も見えない袋小路の空間で、奴の背後頭上あたりの構造物を注視する。

(こんな時に都合のいいものは……)

 ヘルメットの望遠機能を使って、巡らされた梁を見る。そして、それは全く都合よく、まるで用意された演出の様に、そこにあった。

(わお、私ってばやっぱりMAGだわぁ。幸運までPullしちゃう)

 見つけたのは、鉄筋の梁同士を留めようとして、しかし今はすっかり緩んだボルトだった。私はWarframeのパワーを極力抑えて起動する。もともと精密作業など想定されていないWarframeのアビリティを、望遠先のボルト一本、しかもそれを回転させるために半分にだけ作用させることは正直目が覚めてからさほどの期間が経っていないテンノの私にとって、容易な真似ではない。
 だが、私はそれが、出来るような気がした。いや、出来る記憶が、片隅にあったと言ってもいいかも知れない。ある種の確信を持って私はそれを、やってのける。
 ボルトを少しずつ廻し、元々緩んでいるそれを、いよいよ外して、落下。一緒に、そのボルトが留めていた金具一つが落下した。

 かこん、と乾いた大きな金属音が、巨大なパイプの内部といっても過言ではない無機質であると同時にある意味で清潔感を欠く船内空間に響いた。シールドランサーがはっとして音の方へ向き、その原因を探ろうと踵を返して歩き始める。
 グリニアの兵士にとっては、テンノもそうであるし、コーパスの狂信僧兵もまた、敵対勢力である。グリニアの軌道要害船はその性質から常に星域の前線に立ち、攻撃や侵入に備えている。こうして兵士が常にうろうろしているのはそのためであって、しかし、だからこそこうした不自然な物音というのは大きな効果があるのだった。

(そうそう、そっちに向いて、きっと何かがいるからさ)

 盾を構えた歩兵は物音の方向を窺い、そちらへ歩いていく。

(背後にねッ!)

 私は体中のバネを発揮して、しかし物音を立てずに、一気に兵士の背後へ距離を詰める。盾を構えていないシールドランサーなど、ただの軟らかい肉の塊に過ぎない。その一瞬の道程の内に私はOBEXに力を込め、チャネリングモードを起動する。
 兵士が私に気がついたのは、私がすっかりと背後を取って左手が口(と言うか発声器)を塞ぎ、OBEXによって運動エネルギーの蓄積が完了している右手先が喉元に添えられてからのことだった。

「悪く思わないでね」

 クローン技術の濫用によって体のほとんどを機械でのサポートなしに維持できないほどに劣化させてしまった人間。そんなグリニアであっても死の間際に見せる目の色というのはどんな動物たちとも変わらず――ゾクゾクさせてくれる。
 その一瞬は、命乞いの声を発せないほどの須臾。それでも背後の私をみようとするその目の色に私は快感を感じながら、そしてその首元を引きちぎった。

 溢れ吹き出すのは血液なのかオイルなのか、わからないほどにどす黒い。グリニア国民の体はみなこうなのだ。特に戦争のために体を兵器化している奴は匂いまで酷い。真後ろでその体を押さえつけている間、その体は跳ねるような痙攣を続ける。単に噴き出す液体の圧力のためか、あるいは生命維持装置に縋らなければならない歪な命であってもその潰える瞬間の燃え上がりは激しいものだからなのか。発声器の出力部分からは既に出力レベルを上げられない掠れくぐもった音が鳴り、声になる前の空気に赤黒い液体が混じった泡を噴いている。目だけが血走り、割れな弱々しい目、しかしそれは直ぐに憎しみを以て見開かれ、そしてぱっかりと瞳孔が割れたまま動かなくなった。







 グリニアは国を挙げてテンノへの敵視政策を採っている。政策と言うだけではない、それは確かに、個々の心の奥底に根付いたもはや怨恨のようにどろついて渦巻く感情となっている。クローニングによって人口を爆発させ一つの星に収まりきれずガン細胞のように太陽系各星へ広がっていく国と、そのクローニングによって遺伝子レベルで劣化し生命維持装置なしに生きながらえられない肉体の国民。グリニア帝国とはそういった国だ。対し、テンノはテクノサイトウィルスに耐性があるという肉体的な優性と古代先進文明とされるオロキン文明を引き継いだ圧倒的なテクノロジー、それらを以て少数精鋭としてグリニアともコーパスとも対等以上に渡り合う代わりに、母星を失っており国家としては体をなしていない。グリニア帝国という国は、そうした対称性に由来する劣等感と怒りの綯い交ぜになった感情によって、今は支えられているのかも知れなかった。
 しかしそれは多くの場合、一般国民と下級軍人にとってのみのプロパガンダであり、グリニア支配層は場合によってはテンノは交渉可能な対象となっている。それがまた、こうして実際に手をかけ殺していく兵士の大部分が知らぬことを思うと、複雑な心境でもあり、同時に、私に対して純粋な憎悪を抱いていることは殺さなければならない以上は一側面として救いでもあった。
 少なくともグリニアの指導者である「双子の女帝(The Sisters)」は、今はそれを利用してグリニアを一つの方向へまとめ上げている。テンノはグリニアにとって必要悪(支配層が利用する場合もある以上は、”管理下にある”と付け足した方が適切かも知れない)として存在しているようでさえある。戦争とは、いつどこであっても政治のツールの一つとして機能するものだ。

 私は手に掛けた兵士の目から、自分の目を逸らす。彼等の憎しみの一部は、健全で完全な生身の肉体への憧憬と嫉妬に起因するのだ。

(ばかね、こんな体の、どこが羨ましいのかしら。生と存続に執着して、執着して、執着して執着して、そうして辿り着いた純粋な生きる意思の結晶、この生命維持装置と融合した体の方が、よっぽどに生き物だというのに)

 今殺したのは、きっとテンノを純粋に憎んだ下級軍人だ。死ぬ前の、憎しみに満ちた目が物語っていた。いや、殺される前なら、誰でも憎しみを抱くだろうか。
 肉体のほとんどを機械で補わなければならないほどの遺伝子劣化と、生まれたときにそれを補う際に一緒に纏うテンノへの敵愾心。テンノへの憎しみは、その子が生きる上で大きな意味を持つ鎧でもある。テンノを殺すための機械の体を生まれたときから与えられるのだ、その思いの力は、到底計り知れない。その、わずかな肉体的生命と、とても大きな精神的生命の両方が、たった今私の手の中でひとつ、消えた。まき散らされた液体の赤は汚いけれど、それは生きようとする意思の醜悪な美しさを持っている。

 フリーズスリープから目覚めて、Lotusに忠誠を誓う以外にこれと言った目的も生きる意思も持たない私には、グリニア兵士のその死に様はある意味で羨ましくさえあった。

 そしてそんな命を一つずつ摘み取って消していくことが、私にとってはこの上ない快感でもあった。

 命と運命という観点から、私は、彼らよりも優位なのだ。目的も意思も薄弱だが、それだけは、勝っている。歪んだ矜持かも知れなかったが、目覚めたばかりで記憶もなく、ただし知性は十分となれば、どこかで歪むと言うものだ。

 死ぬことと見つけたり、なんて言葉があるが、まさにそれなのかも知れない。私にとっても、グリニアにとっても。そしてきっと、コーパスのオロキン信者もまたそうなのだ。
 そうであれば、私は、Lotusへの忠誠のために死ぬその一瞬の時が、そのときだけが、生きている瞬間になるのかも知れない。それまでは、只管にグリニアの、あるいはコーパスの命を吹き消して、徒な命を楽しむことにしようと思う。

 私は吹き出すものをあらかた吹き出した後、すっかりラグドールとなっているグリニア兵の体を投げ捨てた。

>>見事です、テンノ。その調子で目的を達成して下さい。
//一人やるのにこの調子で、この船には残り幾つの生命反応があるのかな
>>ざっと200ほどでしょうか。広域スキャンでは正確な数はわかりません
//あと200もこんな調子じゃ、やってらんないわ。もっとサクサクいくよ

 いいながら、私はたった今踏みにじった命、その亡骸に対して「磁消(デガウス)」を施す。MAGフレームの広域攻撃アビリティにCrushがあるが、デガウスはその局所小型のものだ。主に殺した相手の肉体を対象として、死体を崩壊・消滅させて痕跡を消すために使用する。デガウスを施された死体は、程なくして青白い光を発して消滅した。MAGだけではない、あらゆるWarframeには、こういった死体遺棄機能が備わっている。潜入任務に特化した強化外骨格故の機能であるはずだが、なかなかどうして、潜入任務ばかりではないのが悩ましい。
 デガウスの後にはWarframeのエネルギーに転用できる青い光球が残される。私はそれを取り込んでエネルギーとして先へ進んだ。

//Lotus、最短距離を示して
>>最短経路を示します。ですが最短経路には多くの警備が
//ほどほどに迂回はするわ
>>わかりました。目標までの最短経路をMapにマーキングします

 私は、何故このLotusの指示に従い、ミッションをこなし続けるのだろうか。フリーズスリープに遮られた記憶の向こうでも、私は彼女に従っていた様な気がする。それはきっと間違いがない。だが、その根底は何だったのか。コーパスが示すオロキンへの宗教のようなものだっただろうか。グリニアが掲げる「双子の女帝(The Sisters)」への崇拝のようなのだっただろうか。思い出せない。
 だから、Lotusに対して必要以上にへりくだるつもりも持てないでいる。幸い、Lotusは私がタメ口を利いても何もいわない――他の仲間に言わせれば私がLotusに敬語を使わないのはあり得ない話らしいのだが――ので、そのようにさせて貰っている。そうした細かいところを気にしないあたりも、Lotusが演知体ではないかと思わされる要因ではあったが、取り敢えず今のところは気にするのをやめている。

>>ジット
//急に名前で呼ばないでくれる?びっくりして矢を落としそうになったわ

 急に、名前を呼ばれて、ぎくっ、っと驚く。
 このLotusと言う女が、テンノに個別性を見出して、別々の個人として扱うことは稀だ(少なくとも私には稀に見える)。元から私が会話をする相手なんてジムとダイゴくらいのもので、まさかのLotusに突然名前を呼ばれて、PARISの矢を弓へつがえながら慎重に歩いていた私は、その緊張感を崩されてしまった。
 ジット、という名前は、実は彼女に与えられたものだった。冷凍ポッドには私の個人情報は残されておらず、名前さえわからない。人によっては冷凍前の記憶も残っているらしいが、私にはそれもなかった。だからブリジット、彼女が私にその名を呉れて、だというのにほとんどその名で呼ぶことはない。ごく稀にこうして呼ぶときでさえ、与えた名前と違う略称で呼ぶのだ。何のための名前だろうか、そもそもLotusにとっては個体識別さえ付けば名んでも呼いのではないだろうか。

>>では、訂正します。テンノ。このミッションで確保すべきアーティファクトは、オロキン時代のフリーズスリーパーです。中身を伴っています。

 言い直されてしまった。フラグ、折ったかな。それより、発言内容だ。

//中身を?
>>あなたはいつまでも単身で任務に当たるので、危なっかしい。私としても数少ない仲間を失うリスクは回避したいのです。それに、私の思考一つを1人の行動に割くのは効率が悪い。あなたはクランを作成し、彼女はその最初のメンバーにと考えています。あなたはきっと、彼女を気に入るでしょう。ミッションの遂行に成功すれば、ですが。

 まだ目覚めていないテンノの救出、それが本当のミッションだったということか。稀に依頼を受けるテンノがいるとは聞いたことがあったが本当にある出来事だったなんて。私は、グリニアに目覚めさせられたところを洗脳前にLotusの指示で自力で脱出したクチなので、テンノに救出されるケースというのは話にしか聞いたことがなかった。

//潜入任務とかゆっておいて、そういう期待の持たせ方は良くないと思うわ
>>申し訳ありません。ですが、機密保持のためです。それと、本当のあなたの任務は、テンノの身柄保護ではありません。グリニアは冷凍ポッドを軌道要害船に保持していますが、これを本国か、或いはそれと同様のセキュリティと機能を保持したFomorian級艦船いずれかへ移送されることになっています。ただ、その情報には確証が無く、現地で解凍、最悪の場合は現場の判断で”解体”の可能性も捨て切れません。あなたには、ポッド回収任務を負った別働隊に先んじて現場に潜入してもらい、そうした事態が無いか確認、必要に応じてグリニアの動きを妨害して貰います。

 本国であっても、Fomorian級艦船であっても、強力なグリニアの施設が備わっている。そこに送られると言うことは、この場でどうのこうのというのを避けたとしても、どのみち移送先で”生きたまま”解体されるか、洗脳を施される――それは確実に失敗して始末される――かのどちらかだ。その前に、救出しなければならない。

 だが私は、任務の内容もそこそこに、Lotusの発言の一端が気になって仕方がなかった。

//彼女、って言った?
>>その通りです、テンノ。確認されている反応は、女性のものです。
//名前は?
>>わかりません。フリーズスリープ状態にあるテンノは一人一人の個人記録までは残されていません。

 また、パトロール中のグリニア兵が見えた。奴がこちらに気付く前に、私はすぐに矢を放つ。矢はグリニア兵の額に突き刺さり、その頭部は赤と白の飛沫に基盤回路の破片を混ぜて、破裂した。一瞬立ったままとなった頭を失ったグリニアの体は、その後ゆっくりと倒れて、デガウスの青い光の内に消滅する。

 ……名前は、直接会って聞くしかないか。

 クラン員というものに必要性を感じないではない。ただ、私は既に出来上がった社会にはいるのが苦手で、短い間に何度かクランを脱退している。でも、一から関係を作っていくのならその限りではないかもしれない。
 それに、それ以上に、自分以外の女性テンノと言うものが楽しみだった。少なくともフリーズスリープから目覚めて以来、自分以外の女性テンノと会うのは初めてなのだ。

>>ジット、あなたのミッション成功を、期待しています。妹分の存在は、きっとあなたの意欲に繋がるはずです
//意欲、なんて言葉、あんたの口からでるとは覆わなかったわ
>>心外です、テンノ。私にも心はあるのですよ。
//その言い回しのせいだって

 私はLotusのいう”妹分”に胸を躍らせながら、またもう一人、グリニア兵の息の根を止める。

 これは、迂回なんて出来ないで最短経路、いっちゃうかも。

 強い期待、その目的に向かって、ただまっすぐに命を刈り取りながら進む。まだアラートを鳴らされる状態には至っていないものの、それは時間の問題かも知れない。気の早い私は、いちいち隠密を保ちながら先に進むことにまどろっこしさを感じていた。血が沸き肉が踊り、気が急いてしまって胸が高鳴るこの感じ。
 この気分を、何というのだっけ。

 そうか、私、楽しいんだ。

 つい、たった一人のグリニア相手にPullを使用して、上半身と下半身を引き裂いてしまう。警報が鳴らされ、グリニアの兵団に囲まれれば、それだけで死の危険と隣り合わせの任務だというのに。それくらいに、今の私は、新しい仲間との出会いを楽しみに、感じていたのだった。

 Lotus対する忠誠というものは、今の私の中では実感のないものだった。ただ、こうして私を精神的に満足させてくれること。記憶の霧の向こうにあるかすかな何かを再度手元に持ってきてくれる安心感。新しいのかも知れない、もしかしたら思い出せないだけで既知なのかも知れない何かを与えてくれることへの好奇心と充足。今の私をLotusの下に繋ぎ止めるのは、そういったものかも知れない。
 ただ、それは全く、不満足を感じさせるものではなかったし、この先においてそれが尽きることもないだろう。だって私の手に届く範囲、私のWarframeのパワーが届く範囲なんてせいぜい目に見える程度のもの。でもこの太陽系は、失われて久しい私の記憶をすれば、無限にも感じられる未知の空間なのだから。
 もう少し、そうだなあ、私が生きている間くらいは、蓮のエンブレムに忠誠を誓っても、悪くはないと思えてきていた。







 船内ドックとは、恐らくここのことだろう。比較的堂々と、ここに至る扉の内一つを開けて、中に入る。傍にある制御コンソールをハックして、三つある扉の内二つの制御を完全に抹殺する。制御を奪ってプロテクトをかけてもいいのだが、万が一プロテクトを破られたときに多正面状況に陥ることを考慮して(私のではなくLotusの考慮)のことだが、同時に私の逃げ場もないという諸刃の剣だ。

(これ、封殺されたら終わるなー……)

 黙って口に出すことはしないが、漠然と恐怖感が募っていく。勿論、それを含めての任務であり、それを含めてのスリルでもあり、それを含めての”忠誠の快感”でもあるのだけど。

 ドック内は、それまでの艦内施設同様、剥き出しの配管や打ちっ放しの板金、機能だけを保ってデザインを全く気にしない構成、だというのに、無機物で構成されているにも拘わらずどことなく有機的な様相で、しかしこのドックは今までのどことも違っていた。どこもかしこも天井が低く、そうでなくとも色んなごちゃごちゃしたもので空間が遮られ広さなど感じられない構造の船内だったのに対して、船を入居させるのだから当然ではあるのだが、ここは広く抜けた空間だった。勿論、それぞれを構成しているパーツはそれまで通り明らかにグリニア製のそれで、曲線が多く機関部や配管を隠そうともしない作りはそのままだ。メンテナンス性を考慮しての組成なのかとも思ったが、どこに行っても現在工事中みたいな場所が多く、メンテナンス性保持という面から見ると常にメンテナンス中なのは本末転倒であるような気がするが、逆に建造中なのだとするとそれはそれで恐ろしい。既に制式採用されて前線に建っている施設が建造中の試験運用みたいな状態だとは流石に考えにくい。この船ばかりではない、星に建造されたしっかりした施設でさえそうなのだ、グリニアのすることはよくわからない。
 施設を構成する部材は全体的にすすけた色で、彩度の低い緑色灰色が多い。こうした妙な曲線が多いパーツが量産されているというのは、ある意味では技術の高さ故なのだろうが、どうにもアナクロを感じるのはデザインセンスのせいだろうか。

 コーデックスに、太古の地球で市民が鑑賞していたとされるフィクションの映像作品があった。今のように太陽系各所に、グリニアが支配する今とは違って健康体の頃の人間ばかりの居住区があるだけではなく、星と同じ規模の人工衛星に人が住んでいるという、オロキンでも成し得なかった文明を描いたものだったが、巨大なロボットが戦闘を繰り広げるという点でもオロキン文明を超越していた。その中で描かれる敵側勢力の兵器の様相は、グリニアのものを予言していたのではないかと言うほど雰囲気が似ており、むしろグリニアは地球のそのアニメーション作品に出現する兵器群を体現しているんじゃないかと、私は思ってしまうほどだ。Fomorian級艦船の量産だって、銀河系という途方もない舞台で「常勝の英雄vs不敗名将」を描いたスペースファンタジーオペラをベースに実行しようとしているトンデモ計画に見える。いずれにしても、太陽系には人間以外の知的生命は見つかっておらず、宇宙人は存在しない設定だった。
 宇宙人が存在するフィクションとしては、まるで生身でWarframeのアビリティを発動したような魔法みたいな力が出てきたり、コーパスの二脚無人兵器やグリニアのサイボーグみたいなのがわんさか出てきて、オロキンの技術でも実現されていない光学近接武器(武器として有意な力を持つほどの光学エネルギーを空間的に限定して展開する技術はオロキンのアーティファクトにも存在していない。光線兵器は放出を常としており、無限遠射程を持つものだけが実現されている)を振り回す英雄が登場するものもあったが、いずれにしても今の現状を当たらずとも遠からず実現しているようで、人間の”思いの力”というのは相当なものだと思わされてしまう。

(この任務が終わったら、ギンエイデンの続き見よう……。帰れたら、だけど)

 ここに来るまで、いくたりかのグリニア兵を消してきた。兵士の通信機からは通信ポートを奪取し、レポートスタブを起動してある。中央管制からは、各兵士は順調(テンノを冒涜する無駄口独り言をきける程度)に見回りを続けているように見えているはずだ。他の場所で警備に当たっている他の兵士が持ち場を離れて実際の場所にいない兵士に気付き、同僚の些細なさぼりを許容せずに中央管制に問い合わせ、その上で中央管制がレポートの不整合に気付いて詳細なチェックを入れれば、それは勿論バレてしまうのだが、その事態はほとんどない。ついでに言うと、それに必要な時間で、任務は遂行される。もしくは、任務上隠密が可能な局面が終了してしまうのだ。
 そうしてほぼ必ず隠密が不可能になる任務の性質上、いつなんどき、私は死んでしまうのかわからない。Lotusからの任務を遂行する以上、死は隣人と言うよりも近い、私の一部であるといった方が適切だった。生きて帰ることが出来たら、また何かしよう、といつも思う。コーデックスにある太古のデータを読むのも楽しいし、そもそも私は片づけが下手でいつも船内が汚い。こんどこそ掃除をしよう、と思うのもまた、その一つだ。でも、私が死んだら、きっと別のテンノがあの船を使って同じように任務をこなし続けるのだろう。

 そうしてみると、目の前に広がるドックの広さは、さながらゲームのボスステージのような、不自然な空間の広がりであるようにも思えた。

>>前方に、アーティファクトが見えるはずです。
//おーけー。視認した。

 グリニアの船内ドック――といっても、中規模小惑星と同じサイズがある軌道要害船に備わったそれは、一般の船舶を複数入渠させられるサイズを持っている。先にも言ったが、ボス鎮座の間にも見える広さだ――に、恐らくポッドの回収に使用したのだろう小型の船が納められていた。その後部収納スペースが開き、カプセル状の装置が顔を覗かせている。望遠機能をいっぱいにしても、強化ガラスの中で眠っているであろうテンノの姿を認識するには、残念ながら至らなかった。

//Lotus、グリニアは少なくとも今すぐにあれを解剖してバーベキューパーティをしようと言うつもりはないみたい。予想通り一旦本国かどこかに持っていくつもりのようだわ。
>>送信して貰った映像から状況は確認しました。よかったです。あなたを先遣したことは杞憂に終わってしまったかも知れませんが。
//まあ、いいってことじゃない。回収班本隊はいつごろ到着するの?なんならこのままあの運搬船をジャックして持って帰っちゃおうか?
>>その船ではグリニアの追撃にあったとき、それを振り切ることが出来ません。ポッドごと、我々の船で引き取る必要があります。
//まあ、そうね。おとなしく待つことにするわ。もう少し、ポッドに近づいておく。出来れば、運搬船は動力を無効化しておきたいわね。逃げられたら困る。
>>そのようにお願いします。

 私はもう少し船に近づくことにする。とはいっても、ドック内は開けていて視界を遮るものが少なく、船までの間に絶対にどこかで体を晒す羽目になりそうだった。グリニアがいない隙を狙って、カメラにも死角になっている方から近づき動力をお釈迦にしておかなければいけない。

(これは存外に面倒くさいなあ)

 まず、あのグリニアの船の設計図が手元にない。戦艦でもなければ重要人物を乗せるわけでもなく、想定の中にもない小型の運搬船(下手をするとあの型式は民生品かも知れない)の情報など、Lotusも掴んでいなかった。調査には”今すぐ”という即応に応えるには程遠い時間が必要そうで、私は実際に近づいてあの船の動力部分を探り、的確に無効化しなければならない。

(制御部分を壊すか、それとも動力部を壊すか……)

 制御部分の方が、方法がわかっているのであれば、スマートだ。破壊しなければならない空間的範囲が小さく、作業を気取られる可能性が低い。対し、動力部分はかなり大きく破壊工作を行わなければ無理矢理にでも航行が可能であることから、ばれる可能性が高い。だが、船の設計図も手には入りそうもない。グリニアの製品というのは粗製濫造される生産体制のためか、コーパスのものに比べて制御機構や重要部位を平気で外部に晒す作りになっているものが多いが、あの船のそれも見てわかるような形になっていることを祈るばかりだった。

(取り敢えず近付いてみるしかないか)

 私は周囲を警戒してグリニア兵のいないことを確認してから、カメラの位置を確認しつつ、数少ない障害物へ走り込む。船まで、後わずかの距離、というところでLotusから入電。

>>テンノ、悪い報せです。アーティファクト回収のために、そちらと、どこかのFomorian級艦船との間にPathが通されたようです。予想よりも動きが早い、この作戦にはグリニアの中でもオロキンテクノロジーの解析を重視する人物が関わっているようです。
//確かに早すぎる。回収されてからまだ時間が経っていないというのに。

 Path、とは所謂アインシュタイン=ローゼンブリッジ、つまりワームホールのことだ。アインシュタインもローゼンも大昔の人間の名前のようだけど、その人となりは残されていない。ただ、残した理論だけが文明が一旦滅びた現在までも受け継がれている(受け継がれているというか、再発見された際に元の名前を付けなおしたらしいが)。
 空間を折り畳むことで三次元空間上に存在する二点の座標を位置を一点に集約する特異点を形成して、瞬間移動にも似た移動を行うための装置、技術、あるいはそうして作成された特異点そのものを指す。
 二次元空間に置き換えるならこうだ。つまり、紙に書いた二点間ABの最短距離は通常であれば線分ABの長さとなるが、この紙を持ち上げ折り曲げて点同士をくっつけてしまえば、距離は見事0となる。これを三次元空間で実現するのが、Pathという技術、制御下に置かれた通過可能なワームホールである。
 グリニアはおろかコーパスでさえも、発掘されたアーティファクトを解析した上でそれ自体を使用しなければ実現できないでいる。現人間には、まだ再現できていない技術だった。アーティファクトを流用して開発されたPathトランスポーターは、コーパスはワープ特異点形成器、グリニアは強襲用魚雷として、どちらも侵略用の軍事兵器としての利用が専らだった。今回相手にする輸送機としてのPathは、有用そうではあるが実用化された例はほとんどない。有効な戦略兵器として用いる方が、今は価値があると見なされているのだ。
 先史、人間が地球にしか存在しなかった時代、アインシュタイン=ローゼンブリッジが提唱された頃には、これを実現するために必要な「負のエネルギーを持つ物質」所謂「反物質」が実現できずワームホールは机上の空論とされていたし、それは今でもほとんどの人間の間で変わっていない。テクノサイトウィルスの大流行でほとんどの文明は滅んだ。アインシュタイン=ローゼンブリッジは現代に再び提唱されて今も再び同じところで頓挫しているのだそうだ。
 しかしオロキンの技術は反物質の生成も可能としている。私は会ったことがないが、Novaと呼ばれるフレームは反物質を操るものなのだと聞く。特異点を正エネルギー物質が通過するときに生じる擾乱への動的補正制御も含めて、Pathは、まさしくオロキン技術の最たるものであった。

 勿論私達の船には、Pathは漏れなく搭載されている。それなしに、太陽系全体をあっちにいけこっちにいけと指示してくるLotusの任務は遂行できるものではない。
 だが、テンノの手元にある技術について、テンノだからその技術の詳細を知っているのかというとそんなことはない。私達エンドユーザは実際にその詳細を把握して、そういった技術を使用しているわけではない。テンノの中でも技術に長けた者達がいて、彼らが、オロキン技術を引き継ぎ再現可能であると言うだけだ。そういう点ではテンノが特殊な人間であるのか、と問われれば些か疑問が残る。単にオロキンの技術解析レベルが高い(あるいは正当に引き継いでいる)だけの、グリニアやコーパスとは何も変わらない人間なのかもしれない。

 私達テンノは、テクノサイトウィルスに対する適合可能性をわずかばかり持っているという、それだけ(それはニアリーイコールで、生殖機能を有している、という意味でもあるが)なのだ。

 さて。
 傍受した情報によれば、このポッドの本国輸送は12時間後だったはずだ。上記のような理由もあって、Pathはそう気軽に使用できるものではない。ちょっと予定が変わったから半日ずらしてくれ、と言われてほいほいと変えられるわけでもない筈だった。高度に組織化の進んだ――それは同時に旧態依然と膠着をもたらす――グリニア軍部にあって、そんな風に予定を覆すほどの力が働いているとは。
 オロキンテクノロジー解析を急くグリニア高官も、今はいると聞く。過去の幾つかの任務で姿、映像あるいは情報の中に名前だけでも出てくる、星域摂政と幾つかの星の重役を兼任し、同時に本国の正規軍と比肩する規模の私兵艦隊を持つとされるCaptainVORの存在が脳裏をよぎった。
 ”あのとき”の記憶が脳裏をかすめ、一瞬気分が悪くなる。

//とにかく、今運搬作業が開始されたら、キツいよ。どうするの?
>>別行動中のアーティファクト回収班は、任務をPathトランスポーターの破壊に切り替え、そちらを優先します。気取られれば相手は我々の目的が冷凍ポッドの略取だと気付くでしょう。確実にPathを反転させて援軍を送り込んできます。トランスポーターが破壊されて敵援軍が途切れ、回収班が到着するまでの間、アーティファクトを防衛して下さい。

 サービス残業はしないってゆったのに!まだ勤務時間の範囲なのかも知れないけどさ!

//ポッドの中のテンノ、生きてるんでしょうね?死んでたら回収がんばる必要ないでしょ?
>>グリニアにオロキンのテクノロジー資産が渡ることは極力避けなければなりません。
//……了解

 どうしても私にここで体を張れと言うことらしい。

>>別働隊が、行動を開始します。警戒して下さい。

「ま、それも悪くはないけどね。隠密活動にも飽き飽きしてたところだし!」

 とはいえ、隠密行動を前提とした装備で来てしまった以上、大挙して押し寄せる――グリニアの戦い方はそういうものだ――兵隊どもの相手をすることになれば、戦力となりそうなのはWarframeのパワーだけだ。PARISもOBEXも、少数の敵を抹殺するには向いているが、大規模な立ち回りには向いていない。どうにか広範囲アビリティで効率的に敵を殺し、エネルギーオーブの回収とパワーの発動を継続サイクルへ持って行かなければ、とかく数で押し潰すグリニアに、私はあっという間に圧殺されてしまうだろう。

(幸い、StreamLineとStrechはめいっぱい積んできたけれど……)

 手に入れたばかりのMODはまだ体に馴染んでいない。効果は現れるだろうが、それを有効に生かし切らなければ、アビリティによる継続戦闘は難しい。
 何でもない潜入任務は一転、極めて難しいものへ変わった。
 ドックの入り口は一つだけだ。最初のしばらくは貫通性を上げたPARISで凌ぎ、厳しくなってきたら、アビリティを使うしかない。正直、まともな策はない。

 艦内に、警報が鳴り響いた。回収班がトランスポーター破壊作戦を開始したようだ。

//トランスポーターの破壊に失敗って言うか、回収班が全滅した場合、私どうなるのかな
>>作戦は失敗となります。その場合、速やかに退去して下さい。
//この、出入り口が現実一つしかない部屋から?

 ついでに言うと、任務の手順上、みっつある通路の内、密閉性が強く臨時作業で数時間内に開通できなさそうな扉二つの制御を完全に殺してあるため、事実上任務実行中にはその部屋の出入り口は一つしかないことになる。

>>健闘を、祈ります。

 別働隊が失敗したら 、そのときは一緒に死んで下さい、と言っているようなものだ。この人でなし、やっぱり演知体なんじゃないのか。Warframeを着ていても宇宙空間では数分しかもたない。ドックをこじ開けて外へ脱出、などというのはムリだった。
 トランスポーター回収班は恐らく四人分隊で活動している。私達テンノは四人を単位として活動し、今の私のようにそれ以下でも作戦を遂行する。但し、四人以上になるのを聞いたことはなかった。そもそもテンノ自体が数が少なく、それ以上の大部隊を形成できないせいだという。グリニアだけでなくコーパスでさえも、何百人体制の部隊を平気で編成するというのに、私達は最大で四人。いかに他の追随を許さないテクノロジーを持っていると言っても、質で凌駕できる数というモノには現実限りがあるのだ。
 だから私達の作戦は基本的に隠密から始まり、極力は隠密の内に終わらせる。今回のようなことは、異例中の異例……でもなかった。ぶっちゃけ、隠密活動のまま終わらせられるミッションなどほとんどない。もっと言うなら、オロキンのテクノロジーも今は解明が進んできており、私達はそれに近づいた人物を抹殺して回らなければならないという後手後手状態でもあった。
 とにかく、今の私に出来ることは四人で活動しているだろう別働隊が、巧く事を運んでくれることを祈りながら、何とかこの部屋へのグリニア兵の進入を阻むことばかりだった。ひとりで。

>>テンノ、多数の歩兵がそちらに向かっています。迎撃の準備をして下さい。

 いよいよ、始まるようだ。その前に私は、ポッドの中を一瞥する。これから体を張って守らなければいけない”お姫様”を、一目見ておかなければ気が済まない。
 霜の向こうにうっすら見える姿はやっぱり、男性とは全然違うもののようだった。こんな曇ったガラス越しなのに、ジムやダイゴとは全然違うのがわかる。女性特有の、ほっそりとした線がぼんやり見えていた。当然Lotusはこういう姿なのかも知れないが、彼女の姿はバストアップしか見たことがない。もし演知体であればあの映像より下は定義されていないかも知れないし、実体であってもあれより下には回路と配線が露出し大規模演算器と接続した部分が見えるだけかも知れない。生身の自分以外の女性というものを、私は初めて目にした。だが、同じ女性テンノである私とも、何か全然違うような気がした。
 ポッドへ歩み寄って強化ガラスの表面を擦り、霜を落として中に横たわるそれを覗き込む。そして私は、私は息を呑んだ。
 遠目に見ていた内は霜の白さだと思っていたそれは、しかし肌の白さだった。低温仮死状態と言うのを差し置いても、私のくすんだ橙色の肌とは、とても同じもので出来ているとは思えない。低温惑星のドライアイス海みたい、きらきら白い肌……触れてみたい。吸い込まれそうな真っ黒い髪、ブラックホールで繊維でも作ったらこうなるだろうか、でも、光を反射する艶があって不思議な美しさをまとっている。比べてみれば、私のざっくり短く刻んだ焦げ茶色の頭髪は、酷く野蛮なものに感じられた。
 横たわる体の輪郭は、同じ女性である筈の私とは、大きく異なっている。なだらかな肩から流れるボディラインは華奢で、腰は誰かが――私が?――抱けば折れそうな程細い。腰からヒップにかけての曲線は、全体としてすらりと細い体をしてしかし肉感的、それに、胸の膨らみは私からすっかり女性の自覚を剥奪するのに十分で、彼女が女性テンノというものであるのなら、私は女を名乗れるのだろうかと不安になってしまう。
 でも。もしこの女性テンノがクラン員として私と一緒に行動するようになったら、どうだろうか。こんな美しい子と一緒に星系を飛び回って、命を天秤に掛けるスリリングな任務を遂行し続けるなんて、わくわくを通り越してキュンキュンしてしまう。
 私は、ひんやりと冷たいポッドのガラスに頬を当てて、まだ息を取り戻していない中のテンノに向かって声をかける。

「もうちょっとでお目覚めよ、姫様。運良く、助かったらだけどね」

>>テンノ、何か問題でもありましたか?
//いいえ何も。グリニアの接近、了解。会敵次第、対象の防衛を開始するわ。あ、扉のシステム、ハッキングできる?もしくはハッキングのインターフェイスを私の手元にバイパス出来るなら、お願い。
>>システムへの進入はこちらからでは浅いレイヤーまでしか出来ません。実際にシステムに意図した挙動をとらせるにはそちらからアクセスしなければ無理です。操作コンソールのインターフェイスをそちらの端末にバイパスする事は、出来そうです。
//じゃあお願い。扉をこちらから操作できれば、防衛は大分捗る。

 程なくして、制御コンソールの画面が、サイドホロビューに投影される。そっちを最大化表示してハッキングを開始した。ハッキング自体はWarframeの支援機能があれば簡単なものだ。敵と交戦中でなければ、こんな簡単なことはない。私はシステムへの侵入を成功させて、ドアの制御権限を奪取(オーバーライド)する。

「まずは扉にはロックをかけておこう。一時しのぎだけど。」

 残りの二つの扉は、一日二日がかりの工事をしなければ開かないようにしてしまっている。敵が入ろうとするならここから、まさか、ドックの口を開けて無理矢理どうにかしようなんてでかいことはしないだろう。尤も、本当はそれをされるのが一番テンノとしてはキツいのだが。
 とかく、今すべきことは、時間稼ぎだ。どんなに些細なことでも、1秒でもこの部屋への侵入を遅らせることが出来るなら、それは残らず実行しなければならない。
 ドアは私が命じた通りロックアウトされて、その証に、インジケータが解放を意味する緑からロック状態を意味する赤へ変化する。そのすぐ後、扉の向こうからグリニア兵の声が聞こえてきた。もう、そこまで押し寄せているらしい。
 聞き苦しい言葉と声。グリニアに、声帯が正常な者はほとんどいない。声帯が正常で生声を出すことが出来る者は、それだけで歌手や話し手としての役割を強制される。特に女性の声帯保持者は、グリニアの君主で象徴たるシスターズの耳を慰める立場となる。だから兵隊には、声を出せる者はいない。聞こえてくるのは、雑音混じりの発声器から発せられる聞き苦しい音声。それに加えてグリニアで公用語となっている言葉は、お世辞にも聞こえがいいものではない。今は滅んだ語族の言葉に、バルバロイという言葉があったという。野蛮な言葉を話す者という意味を転じて異民族を指す言葉だったらしいが、テンノである私にとって、グリニアはまさにバルバロイであるといえた。

(せめて、Warframeに自動翻訳機能でもあればなあ。意味が分かれば印象も変わるのだろうけど)

 ロックアウトされた扉を正常手段で開錠出来ないと踏むと、グリニア兵は扉を無理矢理に開けることを選んだようだ。赤く溶解した範囲が動きそれは円形を描くように動いて、やがて始点と終点が繋がった。
 がこん、とその円形が蹴飛ばされ、扉自体に穴が開く。グリニア兵の銃口がこちらに向くが、こっちはその穴が開くのを今か今かと待ちかまえていたのだ、後れを取るわけがない。

「こんばんわ、が聞こえないわよ、グリニア野郎」

 言ってるのかも知れないけどね。

 私はチャージし切ったPARISを、放つ。矢は、一人目の頭を貫き、二人目の喉元を引き裂き、三人目四人目五人目の胴体を串刺しにして、その向こうの兵士を押し倒した。オロキンテクノロジーの搭載された弓矢、という先進技術なのかアナクロ技術なのかよくわからない武器だが、貫通力に長けていて、こういう場合には一網打尽も狙える。

「次々いくよ」

 次の矢をつがえチャージし、放つ。次の矢もまた、十人近いグリニア兵を無力化する。時折飛んでくる銃弾は、しかしWarframeシールドで減衰してダメージには至らない。もう数十人を無力化したあたりで指揮官に状況の伝達がされたのか貫通力の高い兵器を狭い場所で使われる不利に気付いたグリニアは、次の手段を講じた。
 再び見えるシールドランサー。もうがちがちに盾を正面に向けたままじりじりと進んでくる。

(まあそう来るよなあ)

 でも、気付かれているのなら隠密状態を維持する必要もない、真正面で狙うことも出来る。ここは、わずかに高低差があり、ほんの少しだけ、私のいる場所の方が高い。シールドランサーの盾は、本当にしゃがんだ本人を守るためのサイズしか用意されていないのだ、じっくり狙えば、狙える場所がある。

「制式採用の盾、そろそろ変えた方がいいわよ」

 弓を引き絞り、シールドランサーの陰から降り注ぐ銃弾がWarframeシールド回復量を上回ることに少々の苦みを感じつつ、そこを狙う。

「頭隠して尻隠さず、って言葉、知っている?あんた、頭だけ隠れてないのよ」

 私はじっくり狙った矢を、いよいよはなった。わずかな放物線を描いて矢は、本当にほんの少しだけ、盾の高さをはみ出したシールドランサーの頭を抉る。シールドランサーは倒れ込み、一人分の頭蓋を砕いた程度で減衰するわけもない矢は、そのまま後ろの兵士数人を串刺しにしたのは言わずもがな。グリニアを再び扉の向こうに押し込んだ。
 その隙に私のシールドはすっかり回復した。消耗は極小に抑えられている。

>>テンノ。重装歩兵が近づいています。注意して下さい。
//了解。トランスポーターの破壊はまだ?
>>別働隊は順調に近づいています。
//まだか

 カバーリングしながら、銃をこちらに向けてくるグリニア兵。流石に数が多い。手持ちの矢は残り43本。これの消費を抑えながら戦闘を継続するには、格闘しかない。扉と部屋のラインを突破されてからでは、格闘武器を使っての撃破は厳しくなる。今、距離を詰めるしかない。
 被弾の危険性は急激に増すが、それ以外に方法はない。私はグリニア兵がカバーリングで引っ込み銃口を向けてくる数がもっとも小さくなる瞬間を見計らって、入り口へ突き進んだ。少々の被弾は、仕方がない。アビリティの使用は、その先の話だ。

(エネルギーを全てPullにつぎ込むとしても、無補給で使用できるのは5回までか。一回で30人は始末したいし、エネルギーオーブの回収が出来れば延びるけれど……)

 如何せん、相手の数は無尽蔵だ。勿論Fomorian級戦艦の中にいる戦闘員全てという意味では有限ではあるけれど、そこには4桁近い乗組員がいて、この船へPathを通している船へさらにPathを通している船の数は1隻だけではないのだ。別働隊がこの船のトランスポーターを破壊するまでは、一人で無限の敵を相手する覚悟でいなければならない。
 私は扉付近まで距離を詰め、速度に驚いて対処できないグリニア兵の顎をアッパーで砕く。その振り向きざま裏拳でもう一人の側頭部を砕き、もう一人を天井に向かって蹴り上げるとまるで漫画かアニメのように天井に突き刺さった。銃弾の雨が飛んでくる前に、扉の外でカバーリング。追いかけてくる敵を叩き潰して、あるいはとっさにPARISで貫き、この部屋の境界を戦場の境界として維持する。

「ともかく、一人ずつ、出てきなよ。一人ずつ、殺してやるから」

 扉の境界、曲がり角のむこうへ声を投げる。相手が私の言うことを理解しているとは思わないが、戦いながら喋るということ自体が挑発にも等しい。
 だが、グリニアは思いもよらぬ行動に出る。私がカバーリングで身を隠したとたん、銃弾が、私ではなくポッドに向いていた。部隊員全員分の銃弾が雨霰と飛び、それは明らかに、ポッドを攻撃するものへ変わっている。

「ちょっ、あんた達、あれを解析とか何とかしたいんじゃないわけ!?」

 敵の司令官は、きっと性格が悪い奴に違いないと思った。つまり、あのポッドを回収したいのはグリニア自身だけではない、私達テンノもまた、ポッドの回収を望んでいるということを、逆手に取る相手。私が射線に体を晒せば、幾ら何でももう加熱しきったグリニアの火線、Warframeのシールドもろとも私自身が蒸発しかねない。だが、このままではポッドも破壊される。

「オウテヒシャトリってやつね」

 その言葉の由来は知らないが、とにかく二者択一を迫るときの言葉だと言うことだけはコーデックスに記されていた。地球の、Mariana地方に近い場所に太古存在した国の言葉らしい。私の命か、ポッドか。勿論、私が死んだ後でポッドも回収されるという結果はあるのだけど。むしろ逃げ場のないこの部屋では、その可能性は十分にあった。

>>テンノ、たった今別働隊がトランスポーターの破壊に成功しました。
//こっちへの到着予定は
>>不明です
//だよね

 トランスポーターが破壊されたとはいえ、その間に流入したグリニア兵の数は知れない。別働隊がそれを処理しながら破壊を行ったのか、破壊だけを最優先したために兵士は膨大な量この船に入ってきているのか。別働隊がその数に圧殺されてしまうようなことがあれば、全く自体は好転しているとは言えなかった。
 私とポッドを天秤に掛けさせる嫌らしい戦い方を仕掛けてくる敵の戦術に歯噛みしながら、私は仕方なくヒシャを差し出すことになる。つまり、被弾を回避せず射線上に姿を現して正面から迎撃するということだ。

(もうちょっと後で使いたかったんだけどな)

 私は、オーバーライド済みのドアシステムを呼び出す。ドアにはトラップ機構が組み込まれている。面状に展開されるフェイズドレーザーを照射して通過しようとするものを引っかけるものだ。元々は、通行者スキャンのシステムでしかないが、出力を上げることで通行を邪魔するトラップ――具体的には通行したものの磁場に干渉し、シールドを削ぎ落とす罠――として機能する。元々フィジカルアーマーでの耐久に重点を置いているグリニアの装備相手には、シールド削減はそう大した効果はない。じゃあ、出力をもっと、殺傷力のある水準まで引き上げたらどうなるか?照射口を、面形成ではなく、いくつかの線の形成に収束することで、一時的にそれは可能だ。長時間維持すればオーバーヒートで壊れてしまうだろうけれど、今は一瞬でももってくれればいい。
 いつもは面で広がるのを見慣れたレーザーが、横糸に変わっている。フェライトアーマーを着込んだグリニア兵が警戒しながら入り込むと、高出力レーザー化したスキャンレーダーがそのアーマーを易々焼き切ってしまう。それをみたグリニア兵は先に進むのをやめ、カバーリングしながらポッドへ銃弾を浴びせる。それを確認して、私はグリニア兵に向けて、アビリティの使用を準備する。

「そんなところに隠れてないで、こっちに出てきなよ」

――使用限定を解除、1番、対象の強制磁化と連続磁場形成; Ability Pull = new MAG.Ability(0) 対象=Space(); モノポール=^(形成磁場); ――

「そうそう、いい子」

 目を瞑り、無数のグリニア兵がいる方へ腕を伸ばして力をイメージする。特定の電子の運動だけをチョイスして表示すれば、グリニアの姿が浮き彫りになる。その、電子の運動を一時的に操作して磁力とするのが、MAGというフレームの能力だ。

――A 磁化可否判定 True. B 磁場形成可否判定 True. C 対象取得 True; 実行可否 A && B && C True. ALL GREEN, Ability Available. Proceed?――

 伸ばした腕、手を広げてから、掴む動作。掌の中に、確かに握りしめた感触。対象の電子運動、ひいては彼らの体は今、私の手の中に。壁向こうに身を隠し、銃を乱射し、鉈を剣を構え、或いは部下の兵に指示を出す、有象無象が今、私の掌の中に。

「つかまえ、たっ!」

 そして私は”それ”を掴んだまま、ぐい、と寄せるように腕を引く。虚空を引くにも拘わらず、私の手には"何か柔らかいもの"を掴み引っ張る感触が、確かに現れる。掴んだ肉の(あるいは命の)柔らかさとそれを引きちぎる、Warframeが提供するARだ。
 そして文字通りの手応えを得ながら、私はその実行を宣言した。

――Run Pull. 磁力の嵐に溺れて仕舞え!――

 私が、Warframeへアビリティの起動を指示すると、何十と犇めくグリニア兵が、全て、こちら側へ吹き飛んでくる。グリニア兵の体は私が起動したアビリティで一時的強制的に磁化し、また、同じように私が設置した磁場に対して引き寄せられている。但し通常使用とは異なり、瞬間的破壊的な磁力爆発は起こしていない。あくまでこちらへ強く引っ張るという程度の荷重(と言っても、Gに換算すれば相当のものとなっているが)。そうすることで消費エネルギーを低減したが、荷重を抑えることで失われる攻撃力は、今はドア前のレーザートラップが担っていた。
 絶叫、悲鳴。発声器が響かせるその音声は、生声ではない独特の悲痛さをもっていた。私のPullの餌食になったグリニア兵の、無数の断末魔。ドック内に響く悲鳴は、大量殺戮を物語る多重奏、重なる様は怨嗟の響き、私がやったこととは言え、耳から入り込んでくるグリニア兵の恨みが精神を蝕みそうですらある。
 水が流れ込むかのようにドアに通じる廊下、或いはその向こうに広がる部屋にいる範囲内全てのグリニア兵が、磁力で吸引されて扉を抜けてこちらへ雪崩込んできた。ドックに立て籠もる私を抹殺しようと、貴重なオロキンテクノロジーの塊であるポッドとその中にあるWarframeを確保するため、この扉を越えようとしていたグリニア兵は、私の手招きによってその念願叶い、ドック内にいる。但し、全員、体が惨めに幾つかに分断されてはいるが。
 高出力レーザーの刃が待ちかまえる扉を、私のアビリティで一気に通過させたのだ。当然、こちらに来る頃には切断されたバラバラの姿になっている。私はコーデックスにあった「心太」という食べ物を思い出す。扉を越えてこちら側に来たグリニア兵の姿は、まさに心太と同じだった。地球で採取できる野生の”植物(The Flora)”という生き物を調理すれば作れるらしいが、仮にそれを作ったとしても、きっともう私は食えないだろう。
 ドック内に転がる、手、足、頭の左半分。斜めに三等分されたらしい体の一つ。生身の体をほとんど持たないグリニアだが、こうして切り刻まれると存外に肉が多いのがわかる。堅いフェライト、或いはアロイアーマーの内側に、最後の人間の尊厳と言わんばかりの赤い肉が詰め込まれていて、しかし今はそれが惨めに晒されている。
 レーザーの切断面は高温で焼き切られるため、血液の通ったタンパク質の肉体でも切断面からの出血は少ないのだが、それでも”心太”にされたグリニア兵は今のPull一発で100近かろう、それだけあれば、切断面が焼き潰されているとは言えドック内での出血総量は夥しい。あちこちに転がるグリニア兵の一部だったものからは、黒く炭化した肉の焦げ面から赤黒い血液が噴き出しており、あちこちで血溜まりが出来ている。場合によってはまだ息のある兵士もいるが、長くは持たないだろう。思考用回路、もしくは生身の脳と、手持ちの銃が繋がったままになっている体は一つもなく、ドック内に入り込んできたそれがドックか私へ銃弾を浴びせることはなかった。

 極めてエネルギー効率のいいアビリティ使用での殺傷方法だった。グリニア兵を殺すことに今更良心の呵責はないが、これはあまり気持ちのいい殺し方ではない。それでも、このやり方はこの先任務をこなす上では有用な場面もあるかも知れない。

 勿論、次があれば、だが。自分がこうならないという確証は、ない。

 先行きへの不安を苦々しく思いながらもそれを記憶に留め、今去ったwaveに安堵しながら次に備える。

 このwaveは確かに、劇的な勝利を収めた。だが、残りの兵の数がわからない以上は決して楽観できるものではない、と言うよりは、この程度の損害、グリニアにとっては掠り傷にも至っていないかも知れない。こちらの資源には限りがあるというのに無尽蔵に兵を送り込んでくるグリニア。抵抗がいつまで続くか不安だった。

//次はいつ来そう?
>>すぐです。船内は既にグリニア兵で溢れかえっています。想定では全部で11回の交戦になります。

 11回、という数を聞いて私は愕然とする。一人でそんなに沢山、持ちこたえるなんて無理な話だ。

//回収班は?
>>生存判定は出ていますが、通信はとれていません。回収班も激しい交戦中と思われます。回収班が到着すれば、挟撃の形になるので殲滅は容易いと思われます。持ちこたえて下さい。

 回収班がこっちに向かってる、すぐに到着すると、思うしかなかった。全部で11wave。今までに退けたのが2波。あと最悪9波と思うと、絶望しかない。今までに200位は殺したつもりだが、まだ全然足りていない。

(これ、やっぱ死ぬかな)

 私はちらりとポッドを見る。出来れば彼女と言葉を交わしてみたかったけれど、それが叶うかどうか怪しい。早く回収班が来てくれなければ、私はきっとグリニアの圧倒的な数を前に圧殺されてしまうだろう。
 シールド容量もライフも、今は十分だ。だが、数で押し込まれてしまえばそれは一瞬で消し飛ぶものでしかない。

(ちくしょう)

 ポッドの中のお姫様を一瞥して、私は再びドアに対峙する。もう、この境界を遮るトラップはない。私が伐ち漏らせば漏れなくポッドまで一直線だ。体を盾にしてでもここを塞がなければならない。

>>多数のグリニア兵反応。次のwaveに備えて下さい。

 備えろと言ってもやれることなんてもう残されていない。OBEXを起動し、PARISを引いて待つくらいだった。

(きた)

 曲がり角の向こうに、兵士の姿がちらりと見えた。頭を出した一瞬を逃さず弓で撃ち抜く。断末魔が聞こえるがそれをものともせず屍を踏み越えて怒濤のように押し寄せるグリニア兵。矢をつがえて放つ。貫通弾は一度に数人を屠るが、それでもやはり。流入しようとする兵団は水のように留まるところを知らない。そうだ、弓矢でどうして、水が堰止められようか。徐々に距離を詰められて、いよいよ目の前に迫った兵士を、OBEXの拳と蹴りで撃退する。衝撃エネルギーを増幅された拳は、グリニアのアーマー諸共砕いて吹き飛ばすが、私の拳で死んだ兵士を、それごと撃ち抜くつもりで、後ろの兵士は発砲を重ねてきた。

(拙っ……)

 降り注ぐ銃弾の数は夥しく、シールドを一瞬で消し飛ばす数だった。ライフへ、ダメージが及んだ感じがする。継続的な出血、Warframeの生命維持機能が傷を塞ぐが一時的な処置でしかない。これが余り重なると、やられてしまう。

 私は退いて距離をとり、ドック内へ。一瞬生じた距離を利用してPARISを放つ。一時的に押し返して再び扉付近に境界線を引けたが、グリニア兵はまた怒濤と押し寄せる。

「……虫けらみたいに、わらわら出てきて……!」

 私がついそう漏らすと、現場指揮官と思しきグリニアコマンダーが、翻訳済みの音声と映像を送りつけてきた。

<どちらが虫けらか、これから身を以て知ることになるだろう。グリニア帝国に抗えば、虫けらのように潰されて死ぬのだ。テンノ、死すべし。>

 生身の肉体が少しも見えない重装兵の顔を見たところでその表情を知ることは出来ないが、あいつは違うのだろう。こちらはメットの中の顔をモニタリングしている、という訳ではないのだ。悔しさに歪むこちらの表情を見て楽しんでいると言うことでもない。グリニアは、テンノが憎くて仕方がないのらしい、銃弾一発一発にエンチャントが施されたように余剰ダメージを感じた。
 そうした怨嗟も全て吹き払うように、私はクローン兵の命を乱雑に摘み取っていく。屍が、土塁のように折り重なる。グリニア兵はそれを本当に土塁のように身を隠す遮蔽物に使い、銃を向けてきた。あり得ない、こんな戦い方。グリニアは命をなんだと思っているのだろうか。クローニングという文化がそれを今はすっかりと破壊しているのかも知れない。スズメバチとミツバチの戦いを思い出す。私が、スズメバチか。大量のミツバチに囲まれて、たくさんを殺した挙げ句敗北するのか。
 圧倒的な物量を前に、質は意味をなさない。摘み取りきれない命が、逆に私の喉元に牙を当てていた。

 再びPullを使用する。今度は通常使用、広範囲に渡って磁力そのものでグリニア兵を引きちぎる。Pullでの伐ち漏らしはなく、範囲内にいた兵士は全て葬ることが出来ている。文字通り霧雨のように細かにまき散らされる大量の血が、血雨となって降り注いだ。金属臭が強い、血の匂いが充満する。一気に無数に積みあがる、上半身と下半身がおさらばした死体。だが、それさえも踏み越えて、グリニアはポッドへ至ろうとするのだ。

 殲滅が、間に合わない。

 一矢で複数を葬るにも拘わらず、それを圧倒する数で押し寄せる。前線がドアを抜けられたら、一気に包囲されるな、そう毒づきながら何とか応戦するも、それはあっという間のこと。いよいよ、ドアの境界が破られてしまった。一直線に並んでいなければ、貫通によってグリニア兵を処理できない。溢れ出した水を止める手段は、無いに等しかった。ダッシュで距離を詰め、入り込んできた兵士を一人一人潰す。ちょっとでも距離があれば移動の時間を惜しんで矢で仕留め、近い奴は拳で脳漿をぶちまけさせて倒していくが、やはり、もう、間に合わない。
 背中から、銃弾が浴びせられる。銃の集中砲火を回避するために動き回ってはいるが私に向けられる火線の数はもはやどうにか出来る数ではなかった。Pullで広範囲に一網打尽をなんども仕掛けるが、エネルギーオーブを回収する暇はなく、いよいよアビリティを使用する道も塞がれてしまう。

(じり貧だわ……)

//援軍はまだ!?こっち、もう保たない!!
>>連絡は途絶えたままです。最悪のケースを想定して下さい

 それが私にとっての最悪のケースだっての。

 何人殺した。ドック内に折り重なるグリニアの死体。500近いのではないか。それでも足りない、届かない。彼女を救い出すのに必要な生け贄は、この程度の数ではないらしい。
 目を盗んですり抜けたブッチャーが、鉈を振りかざしてポッドを攻撃する。弓を引いている時間はない、私はそれを阻止すべくポッドの方へかけよりブッチャーの頭蓋を拳で叩き潰した。そうして位置取りを敵の包囲の中央にしてしまったのは、もう、仕方がなかったとは言え致命的でもある。360度全てのグリニア兵の銃口が私に向いた。

 ずらりと円を描いて私を包囲するグリニアランサー、その銃弾がシールドをすっかり剥ぎ取って、もうどんどんライフにダメージが入っている。痛みが、回ってきた。大体、今私を包囲している奴らをCrushで仕留めたとしても、この状況が再び訪れるのにさほどの時間はかからないだろう。つまり。

「ゲームオーバー、かな、これ」

//Lotus、ごめん、むり
>>ジット、今同胞を救えるのは、あなたしかいません。何とか持ちこたえて下さい。

 こんな時ばっかり、名前で呼んで。でも、そうして名前を呼ばれるのが嬉しい。記憶の向こうに刻まれた、”忠誠の源泉”のためだろうか。

//はは、相変わらず、てきびしーね

 でももう、笑うしかない。被ダメも気にせず、私はグリニア兵を一人一人殴り殺していく。飛びかかって頭をつぶし、フェライトアーマーを貫く蹴りで胴を分断する。兵士の半分の銃弾は私に向かい、その内の三分の一は私の体を貫いた。私を狙わない半分の銃弾はポッドを狙っていて、強化ガラスに罅が入り機関部が顕わとなり破壊寸前の有様だ。
 今や、私が1人殺す間に、グリニア兵は3人ドック内に入り込んでくる。体を貫く銃弾の数が生命維持に支障を来す。痛みも酷いが、もう視界がぼやけていた。言うことをきかなくなってきてる体を引きずって弓を放つが、もう頭を外すばかり。正確なコントロールを失い、1Shot1Killがかなわなくなっていた。体に力が入らず、拳蹴がグリニアのフィジカルアーマーを貫けない。スタミナの回復が追いつかず足がもつれ、射線を切れずに被弾も増している。

 ――もう、ダメ

 ただのミッション失敗ではない。脱出可能な状況と任務の内容ならばそれもまた一つの選択肢だが、ここからの脱出は不可能だろう。私が、ゲームオーバーなのだ。
 私は、ブッチャーの死体からエナジーオーブを引きずり出してそれを取り込み、これが最後の見せ場と仁王立つ。グリニア兵からは十字砲火、私の体を次々貫いて出血が激しくなるが、もう血液など頓着するものじゃあない。

「せめてクローンでなくて、オリジン相手に、沢山殺してから死にたかったな」

 この星に配置されたグリニア兵のほとんどは、その複製元(オリジン)が地球かフォボスにいるクローン兵だ。幾ら殺したって、幾らだって複製し直せるのだ。勿論DNA崩壊は進むのだろうけど。ポッドの中の彼女を守ろうと暴れた甲斐は、微塵もない。
 損傷によって冷却液の気化した煙が吹き出すポッドへ、視線を投げる。外気が吹き込んだせいか、ガラス内部は真っ白に曇っている。最期にあのきれいな顔を拝みたかったけれど、それも叶わないか。

「道連れにクローンじゃ、何千人でも慰めにならないよ。ね?」

 私は、宣言する。

――使用限定を解除、4番; 対象の高々度強制磁化 WITH 不均等形状磁体の内部応力と自己強度の均衡破綻を考慮しない, 隣接別磁体との磁界結合を終息条件としない END WITH; Ability Crush = new MAG.Ability(3) 対象=Space(); モノポール対応処理は実行しない; 再帰処理(対象の物的分断,磁化開始 to 磁化進行,-生命活動 is Abailable) as Crush;――

 グリニア兵が止めどなく流れ込んでくる中へ、せめてもの花火を打ち上げよう。右腕で、目の前にある何かを持ち上げるように。重さは、確かだ。ARとして与えられたその重量こそ、今この部屋にいる私と彼女を除いた全ての命の重さ。軽い、これだけの頭数を揃えて、私が持ち上げられる程度だなんて。金属と機械とチューブに体を譲ってまで縋る命が、この程度の重さだなんて。一人一人に備えられた重さは、もっと重いはずなのに。クローン技術が劣化させているのは、DNAばかりとは思えなかった。

「大事な大事な命ならさ、こういう時に散らしてなんぼってもんでしょ?」

 私がその重みを持ち上げると、全てのグリニア兵が宙に持ち上げられる。横になり、逆さまになり、自由の利かない姿勢でぐらぐらと宙に舞う。不安定な姿勢から銃を撃とうとするグリニア兵だが、まずはその銃器が、不規則に配置された強烈な磁場の影響で正常に動作しなくなる。部屋自体も無事ではない。強制的な電子活動のその素材に拘わらずあらゆるものに磁化の可能性を与え得るMAGのアビリティ配下にあって、こうした巨大な磁場形成はアビリティ発動時に対象としたものの破壊ばかりに留まらない。
 対象、そして周囲にある磁化しやすい物質から順次その影響は、始まる。
 あらゆるオブジェクトに、不規則複数の地点に強烈な磁化が起こる。磁場同士の激甚な引力、斥力、特に単体観点における不規則で巨大な内部応力が、そのオブジェクトに絶望的な破壊を強いる。裂損、断裂、破砕、剥落――崩壊。磁力の性質上(モノポール対応処理をしない限り)、磁体はどんなに細分化してもS極とN極をもつため、断裂した磁体は新たな応力自壊を招き、対象が細分化され破砕に十分な磁力を失うまで、砂粒ほどの微細な磁石になるまで、その崩壊は連鎖する。
 
 虚空の重みを持ち上げて、その見えない塊を、ぎゅうと握り潰すようにするのが、トリガーだ。まるで、相手の心臓を右手に捉えて潰すみたいに。

――自分自身の電子に引き裂かれ、摺り潰されろ。Run Crush.――

 私が実行を指示すると、宙に浮いたグリニア兵の姿が、見る見る”引き裂かれて”、”潰れて”いく。銃や着込んだアーマーだけならまだマシだ。自身の肉体が、分子レベルで圧縮されて連鎖崩壊していく恐怖と苦痛とは、いかほどであろうか。もしかしたら、痛覚を遮断するなんて言う機能が、機械化されたグリニア兵には備わっているのかも知れないが、それでも、体が破断し、断裂し、裂損し、損壊していく、その間、仮に遮断できていたとしても痛覚信号が体中から発信されるだろう。主成分が水とタンパク質とはいえ、様々な種類の器官がある体内が、その区別を無視して吸引し、同じ組織内で排斥しあい、内部応力で崩壊していく。有機組織がその組成と意味を失って溶解にも似た現象を引き起こす。循環系が損傷して勿論血液は内外問わずに吹き出していく。脂肪と筋肉は崩壊しながらも区別なく結合し、神経は断裂して別のものと接触してから再び崩壊していく。
 ミクロで見ればそういうわかりづらい変化で表現されはするが、体としてマクロ観点では、このドック内にいる無数のグリニア兵全ての体が、不自然に歪み、隣の兵士とくっつきあい、強すぎる吸引力によって互いに潰れていく。自分の体同士で強烈に疎斥して体が急に引き裂かれる。組成と個体は区別を持たなくなり、オイルなのか血液なのかわからない赤黒い液体と、兵士の断末魔がドック中を満たしていった。圧死と裂死という凄惨な死に方が、このドックの中で一度に100近く、しかも実際に何かに潰されるのではなく不可視の力場によって発生し、血肉を撒き吹き散らす肉体は”それ以外”の観点においては不純物を含まない、見るに堪えない死体になっていった。
 死体は徐々に細かな粒子へ分解されていく。磁化は吸引と疎斥を繰り返しながら最終的に内部応力による自壊へ到達し、それぞれの個体は内部応力によって破壊を誘発しない細かさまで断裂し、こうして小さな砂粒になる。砂粒とはいっても、対象が水を多く含む有機物である場合、それはこうした……ゲル状の”何か”になる。一部、磁化しやすい素材で出来ているターゲット以外のものも少し崩壊し、特にこの部屋の外装や設備少しが、壊れていたが、何より出来あがったグリニアミンチの有様がドラスティックでそんなものは気にならない。それが、Crushの効果の終了を意味していた。

「ざまあみろってのよ、グ”リニア”にしてやったわ」

 中指を立てて舌を出してやるが別に誰に対してと言うこともない。
 Crushの効果範囲の外側にいた兵士があまりの光景に近づくのを躊躇っていたが、全てが合い挽きになったあと落ち着いたらしいのを見て一歩を踏み出す。銃の先だけを前に出して進み、銃が変形しないことを確認すると、それはいよいよもう安全だという合図に変わり、再び兵士の流入が始まった。あちこちからエネルギーを回収して回ればきっともう一発くらいのCrushは撃てるかも知れないけれど、もうエネルギーオーブを回収している間生き残るほどのヘルスは残っていなかった。対して、安全を確認して再びドックに流れ込んでくるグリニア兵の数は、案の定、先程と変わっていないようだった。

「ごめんねえ、わたしじゃ、たすけてあげられなかったわ」

 Lotusにではなく、ポッドの中の”お姫様”に向かって。曇ったポッドのガラスを拭って中の子を見る。本当に、何度見ても綺麗な子だ、こんな子を助けて上げられないなんて、私、死刑だな。どの道ここで死ぬと思うけど。
 あれ、私って、”そういう種類”だっけ?私は、どうせ最期だしいいかな、なんて思いながら、ガラス越しにその綺麗な寝顔に、キスをした……。









――王子様?まさか女の人だなんて――

 強化ガラスの表面に口を付けた瞬間、その中から声が聞こえて、はっ、目を開くと、ポッドの中の”姫様”が目を開いて、ガラス越しに私の顔に触れていた。

「えっ、ちょ、目ぇ覚めてるなんて聞いてない」

 私は慌てて体を離し、口をぱくぱくさせてしまう。顔が熱い。もう死ぬというのに何という間の抜けた……どうせ死ぬならあのまま格好良く綺麗に死にたかったというのに。
 ポッドの密閉は、銃弾によって既に失われており、若干の低温があっただけ。気圧の差は内外になく、それがふたを開けるときに、想像していたようなプシューと言う音はなかった。スライドするようにずれた後、今度は上へぱくりと口が開く。私が入っていたのと同じ型のフリーズスリーパーだ。

「また起きるときがくるなんて思ってなかったです。まさか、あんな形で起こされるなんてことも」

 綺麗な声、硝子みたい。オロキンのアーティファクトは幾つか目にしたことがあるけど、あのデザインの持つ瀟洒な感じをそのまま身に付けているような、そんな振る舞いだ。まつげが長くて、霜が降りてる訳でもないのに瑞々しい瞳と相俟ってきらきらしている。

「……悪いけど、ほんとはそんなコミカルな状況じゃないんだ」

 ポッドが開封された事態に、Crushの惨状を前に勇ましくも幾許かおそるおそると私達を包囲していたグリニア兵は再び警戒心を強くし、銃を構えながらもそれをすぐに発砲する様子はない。
 上半身を起こした彼女は回りを見て、見たこともないであろう姿の人間――そう、体のほとんどを機械に置換したとしても、それは確かに人間なのだ――に少し眉をひそめながらも、向けられた銃という兵器の時代を超えてもさして変わらない姿を認めた上で、朧げには状況を把握したようだった。
 私達テンノが眠りについた理由と、目覚めたその理由。それ以外の”過去”は失われていて”未来”はなく、”現在”をどうにかしなければいけないということ。だとするなら。

「ごめん。私がもっと強ければ、無事お目覚め、ってことだったんだろうけど」

 ここで、死んじゃうかも。私が小さく呟くと、しかし彼女は何か冷静な様子で周囲を見回してから、何事か、小さく言う。

「さっきの」
「え?なに?」

 意味が分からず、聞き返す。彼女は私の方を――その宝石みたいな目で私を――見て、ルビドーみたいな赤い唇。

「さっきの、キス、もう一回、直接」

 何を言うかと思えば、私は慌てると同時に、自分がしたことを含めて少し呆れてしまった。

「は?あれは……」

 彼女は私が反論するのも、まどろっこしい早くして、と言わんばかりに、私の頭を掴んで引き寄せる。そのまま私の唇は、彼女の柔らかいそれに重なって……あれ、私、もしかして、奪われてる……?そう思った後には、唇の間から舌が入り込んできて、私の舌を吸う。息苦しい、けど、それ以上に、どきどきして、彼女が私の頭を引き寄せるのをやめた後、今度は私が上半身を起こしていたはずの彼女を押し倒すみたいにして(記憶の上では初めての)キスを、まるで貪るみたいに。
 このままグリニア兵に撃ち殺されるかなとも思っていたけど、それは無かった。クローン生殖が常になり、男女性別の差がただの出生児のわずかなDNA配列の差とサイボーグパーツの型式の差でしかなくなっている現在の人間の間では、こうした愛の確認行為は忘れ去られている。彼等からすると、不可思議な行為に違いなかった。だからこそ、警戒心をもってそれを見たまま、発砲をしなかったに違いない。
 勿論、私が彼女にしたこと彼女が私にしたこと、つまり女性同士のキスというものが、それをしたがる欲求というのが、生殖機能のある人間にとって正常備わるものでは、断じてないのではあるが。

 だがその選択は、彼等にとって命取りとなる。

 彼女が、いい加減もういいです、と少しだけ肩を押したので、私は体を離す。彼女の目は、キスをする前よりももっと潤っているように見えたし、私もそうだったに違いない。彼女の頬にはほんのり紅が差していて、私もそうだったに違いない。

「エネルギー、補給できました」
「へっ?」

 私が何のことかと目を点にしていると、彼女は私から視線をずらして、ぐるりを囲むグリニアの兵に目をやる。そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。

――無意識よりも暗きもの ユゴスに奇異なる歓びをもたらすもの 時の中に埋もれし旧き偉大な汝の名において 我ここに汝に誓わん 我らが前に立ち塞がりし総ての愚かなるものに 我と汝の力以て 理性に綻びを与えんことを――

 何か歌のような詩のような言葉を並べ、同時に指先で何か文字のようなものを空中になぞっている。指の軌跡は宙に浮いた光の文様となって残り、それは書き進められる内に何か不可読の文字列の様相を示していく。これはきっと、アビリティの起動宣言だ、そう思ったのは、彼女が描く文様の中程に、オロキン文明の文書内で見た記憶のある形のものが含まれていたからだ。彼女は丁度正方形にぴったり埋まる形で文字を埋め尽くし、その締め括りに、それら文字がなす光の正方形空間を、殴り壊した。

(えッ!?)

 彼女は、テーブルの端をだん、と拳で叩くように一撃してそれを砕いたかと思うと、にやり、その赤い唇の端を持ち上げて嗤う。そして粉々に割れて散っていく光の文字列を前に、一言。

――這い寄り、出よ、”こんとん”――

 彼女がそれを言い終えると(そしてそれはきっと、アビリティ起動宣言の完了でもある)、突然、周囲のグリニア兵が叫び声を上げた。何の叫び声なのかは判らないが、とても”まともではない”ような、そんな声だ。

「伏せて下さい」
「えっ?ええっ?」

 訳も分からずにいると彼女は、ぐいと私の体を引き寄せて上半身をポッドの中に倒すように引き込む。顔が丁度彼女の豊かな胸元に押しつけられるふんわり柔らかい心地良さと、急にグリニア兵が叫びだした状況が判らない混乱と半々。
 幸せは幸せだがそうもいくまいと顔だけを上げて周囲を見回すと、グリニア兵は混乱を極めていた。
 否。混乱、などという生やさしい言葉で表現できる状態ではなかった。

 ある者は自分のこめかみに銃を突きつけて引き金を引いていた。ある者は互いに罵り合い、互いの口に銃を突き込んでやはり互いの頭を吹き飛ばしていた。よく聞き取れない言葉の中に「テンノ」の言葉を見出せた何らかの叫びをあげながら、恐怖の形相で互いに銃を撃ち合っている者達もいる。銃だけではない。大鉈を持ったブッチャーは隣の兵士の頭蓋をそれで割っていて、そのブッチャーはスコーチ兵の火炎放射器で丸焦げにされてぶちゅぶちゅと不快な音と肉の焼ける悪臭を漂わせている。鉈やフレイムソードといった近距離の得物で殺し合いをしているのはそう多くはなかったが、それも含めて、グリニア兵は突如として同士討ち(あるいは自殺)を始めたのだ。
 彼等の発声器からは常軌を逸した叫び声が発せられている。まともではない、一部には不安定な笑い声や、愛を囁くような静かでしっとりとした音も含まれているが、その主は例外なく味方か自分を殺していた。それは次々伝染し、最初味方の奇行に驚いていた、彼女を中心として少し遠い距離にいるグリニア兵も、やがて同じように自殺か心中を始める。
 阿鼻叫喚。私がCrushで作り出した光景も凄惨であったかもしれないが、こうして仲間同士で突然殺し合って出来る光景というのは、それがすっかりと通り過ぎた後に残ったのが恐怖か脅迫に駆られて目をかっと見開いたままの死体と”何か”がそこにいて”何事か”をしでかしたのだろうという形跡だけであるにも拘わらず、目を背けたくなる凄絶なものだった。死体は見慣れている。こうしたたくさんの死体も見慣れている。だが自殺と同士討ちの後の死体しか残っていない光景というのは、こうも残留する狂気を臭わせるものだろうか。狂気の足跡、今、ここに何かがいた。何かだ。名状も形容も、名前を言い指し示すことも出来ない何かが確かにここにいて、グリニア兵をこうさせたのだ。起こった出来事が不明である以上に、その生臭さと刺激臭の共存する吐き気を催す光景を前にして、私は言葉を失った。
 私や彼女は何も手を下していないのに、グリニア兵の残りはもうたった数名という感じだ。残ったものもその場に座り込んでへらへら笑ったり、あーとかうーとかグリニア語が判らなくてもただの呻きだろうと判る声をだだ漏らしている。銃はすっかり手の中から落ちて戦闘を継続できる様子ではない。

「一体、何……」

 私が声を上げると、彼女は「もう、大丈夫です」と一言だけ。

 大丈夫だ、と、何が一体大丈夫だと言うのだろうか。彼女のその表情は、「大丈夫」故の"安堵"なのだろうか。グリニア兵が全員自決していく光景を見て、薄ら笑っているその白痴美じみた表情は、果たして「大丈夫」だからなのだろうか?
 私は恐る恐る、彼女へ問いかける。

「それ、Warframeのアビリティ?」
「はい。正常な判断を下せなくなるように、精神の一部を破壊しました。」
「破壊、って」 

 精神の一部を破壊って、あたかも簡単に言うけれど。そんなことが可能なのだろうか。いや、可能だからこそ目の前の光景は現実で、彼女のフレームはそういった力があるもので。
 そこまで考えて、私はコーデックスで読んだ一つの記述を思い出した。

「……NYX、」
「そうです。私のこのフレームは、NYXです。嫌われ者の――」

 彼女がそこまで言い掛けたとき、ドック内に無数に折り重なる死体と生き残ったグリニア兵の常軌を逸した状態に私同様に言葉を失いながら入ってきた一団がいた。5人の、Warframeを着込んだ人影。間違いない、別働隊だ。その中に一人、見慣れた顔がある。

>>テンノ、回収班が到着しました。任務は成功です。








「ジットさん、無事ですか!?」

 ドック内に乗り込んできたうちの一人は、ダイゴだった。いつも通り、その小さい体に見合わない大剣GARATINEを肩に抱えて、きっといつも通りあれで斬るんだか叩き潰すんだか判らない感じにグリニア兵をやってここまできたのだろう。大柄な男が振るっても長大なGARATINEを、小柄なダイゴが振るうと、もはやどちらが振り回されているのか判らないように見えるが、不思議なことにきちんと敵を殲滅するのだから、毎度感心させられるところではある。

「何とか間に合ったみたいですね」

 別働隊は4人だったはずのことを考えると、後から追いかけてきたということか。ダイゴ以外の4人も、いつぞやに任務で見かけた顔だった。テンノは数が少ないが仕事は多い。世間は狭くて、またお前か、ということもしばしばだった。

「無事も何も」

 私はダイゴを含む5人に向けて手を振り、そして死の危機から一旦解放された安堵に気を抜きながら笑って言う。

「これがピンチに見える?幸せ満喫中よ」
「え、あ、うん、そうだね」

 私はまだ彼女の胸元に抱き寄せられたままだった。正直、繰り広げられた死闘とその凄絶な終幕から、素直に今の幸福を享受する心理にはほど遠かったが、とりあえずそういうことにしておく。幸せシチュエーションに、間違いはないのだし。

>>敵残存勢力は組織的戦闘力を喪失しています、脱出して下さい。

 相変わらず機械的で空気を読まないLotusの声が、任務の成功を告げていた。後は脱出するだけ。ポッドの回収は4人の回収班に任せ、私と彼女(とダイゴ)は、さっさとグリニアの軌道要害船をおさらばすることになる。帰途はもう、消化試合だ。Lotusの報告通り、船に残ったグリニア兵はまともな戦闘力を持たないし、遭遇する半分は両手を上げて投降の意を示していた。テンノは捕虜を取らない。かといって下り首を取ることもしない。そうした兵士は全て無視して脱出する。今回もそうだ。任務遂行中は片っ端から殺して回ったにも拘わらず、任務が終わり相手が銃をこちらに向けないなら、全て無視して帰らせて貰う。

 私は帰途につく前に、彼女に声をかける。

「ありがとう、助かった。正直、もうダメかと思ったわ」
「私まだ状況がよくわかってないんです……助けてもらったのはきっと、私の方なんですよね。あの、ロボットの兵隊に、殺されちゃうところだったとか」

 そう、彼女はまだ、フリーズスリープから目覚めたばかり。状況は飲み込めていなくて、さっきのアビリティは臨機応変の対応がビンゴだった、ということだ。

「そうだね、その辺のことはここを脱出したら、Lotusが説明してくれるわ」

>>あなたが説明しても構いませんよ。むしろその方が
//そういうの苦手。それに、私が説明したら、Lotus、私があなたのことをなんて紹介するかしら。鼻フッ
>>彼女へは私からちゃんと説明をしておきます
//そ、助かるわ

「だって。取り敢えず、帰ろ」
「は、はあ」

 ダイゴが先陣、私が殿で、迎えに来ている船の乗降口へ向かうことにする。が、その前に、私には彼女に聞いておかなければならないことがある。

「ねえ」
「はい」
「名前、なんていうの?」

 そう、私にとっては、彼女の名前を聞くまでは、任務は終了しない。だって、それが目的だもんね。

「名前……えっと」

 私が問いかけると、彼女は指を下唇に当てて上を見るようにして考える仕草をするも。

「すみません、思い出せません……」

 そうか。私もそうだった。目覚めたときには自分の名前を含めて余りに多くの記憶が失われている。

「ポッドとかに、書いてないかな。」
「うーんと……」

 私がいうと、彼女は自分の入っていたポッドの中をまさぐるようにあちこちと見ている。そして、これでしょうか、と指さしていたのは、彼女がこの中で寝ていたときに丁度頭の辺りにくるだろうガラス蓋の枠に見える、何か文字のような紋だった。

「高野 姫」
「名前?」
「さあ……」
「だよね」

 文字自体は、先史時代に存在した古代文字のようだった。コーデックスにかければそれが「タカノ ヒメ」と読むことが判った。が、それが名前を示す言葉かどうかは判らない。かといって彼女を示す正しい名前がどこかにあるのか、それとも残されていないのかも判らない。

「これ、名前でいいです」
「え、名前じゃない文字列かもよ?」
「どうせ他にアテもないですし。」

 さっきまで姫様姫様ゆっていたので、この読み方は少しこっぱずかしいところもあったが、彼女がそれでいいというのなら否定する理由はない。

「じゃあ、ヒメ。私はブリジット。MAGがメインかな。ジットって呼んでね。こっちはダイゴ。EXCARIBUR専。」
「EXCARIBURというより地球のヒーローになりたいです。勇者志望です。」
「……っていうバカだけど気にしないでね?」
「ばかじゃないよ!本気だよ!地球をグリニア帝国の悪の手から救うんだ!」

 この剣にかけて!とGARATINEを掲げる。絵面的に、剣が巨大すぎて滑稽だ。

「せめて身長が150cmになってから使おうねー、その剣」
「し、身長のことはほっといて下さい!もう、スイコさんも似たようなこと言うし……」
「あれ、スイコって誰?」
「あ、うちのクランに最近来たひとで、ちょっと訳ありなんですけど。あ、女性ですよ、ジットさん、女性テンノに会ったことないって言ってましたよね」
「今日会ったわ」

 そういって、ヒメに目配せする。

「あ、そうですよね」
「ふーん、そのスイコって人に、お熱なんだ?」
「おねつ……?ち、違いますよ!そんなんじゃなくて、スイコさんはずっと大変な目に遭ってきたから、ボクが」

 その慌てよう、そうですと肯定しているようなものだ。相変わらずわかりやすい少年だな。

「はいはいごちそーさま。今度会わせてね」
「……はい」

 もう何をいってもどうしようもないと思ったのか、ため息を吐いて肩を落とし、しょんぼりと返事をするダイゴ。いつもの流れだ。
 ヒメは終始にこやかに笑っていたが特に一言も発さずに私とダイゴのやりとりを見ていたが、頭の上に「?」が幾つも並んでいるのは手に取るように判った。

「後一人、よく絡む奴に、ジムってのがいるんだけど」
「はあ」

 言ってはみたものの、今それを彼女に詰め込んでも大変なばかりであまり意味があるとは思えなかった。

「まあ、その辺りもLotusに聞けばいいよ」

>>人を便利屋のように言わないで下さい、テンノ。ヒメ、と呼べばいいですか。
//えっ、あ、これ、通信ですね。はい、ヒメと呼んで下さい。

「その人、テンノ、ってしか呼んでくれないから残念だけど」

>>テンノ、それは余りに失礼ではないですか。

「ほらね」

 笑いが起こった。この軌道要害船におけるグリニアの戦闘力は壊滅したと言っていい。この中でもっともスリリングな経験をしたと私は自負しているが、その私がもう、気を緩めて笑うことが出来た。任務の完了は、目前だった。
 帰り道は、短いものだ。隠密を重視して安全な場所を回り道していたのと違い、最短距離をまっしぐら、自分たちの船へ帰るだけなのだから。無駄口を叩いたっていい。帰り道に散発的に発生する戦闘は、それくらいに楽なものだ。ダイゴの剣もあるし、私もおおっぴらに磁力を使える。それに、そういうときにヒメのフレームのアビリティは非常に有効だった。すれ違うグリニア兵に対して「私達は敵ではない」と思いこませることが出来るのだ。もちろん相手が少数という、こうした帰り路などでしか通用する手ではないのだが、それでも負荷は非常に軽減される。

 そうして私達は気が抜けるほど簡単に、船へたどり着くことが出来た。後は各々の船に乗って、グリニアの軌道を抜ければ任務は完了だ。

>>Excellent work, テンノ. ヒメの船はまだ用意できていません。当面、ジットの船を共有して下さい。
//っげ、マジで?すごく……散らかってるんですけど……
>>テンノ、だからこの任務の開始までに掃除をしておくようにと
//任務に関係あるなんて思ってなかったんだもんー!

 私は頭を抱え、船に入って来たヒメは私の船の中の散らかり様を見て目を・、口を×にして無言となり、私は頭の中でぶちぶちとLotusへ愚痴を漏らしながら片づけることとなった。







「ねえ、ヒメ」

 私はコーデックスからローカルディスクへコピーした「ギンエイデン」を見ながら横で一緒に見ているヒメに問いかけた。

「はい」
「あのアビリティの起動方法、なんか意図があってやってるの?結構手が込んだ起動方法だったけど」

 Warframeのアビリティが、パワーであるとかスキルであるとか、テンノの間で呼び方が統一されていないのは、その起動方法の自由度に由来している。
 私のように、事務的機械的に必要な手続きを、規定されたシステム用の単語(予約語と呼ばれる)によって順次宣言して起動しても良いし、そうした一連の手続きを一括して別の文言と置換することによってヒメのように一見全く別の方法で起動することもできる。
 ジムやダイゴに至ってはもっと凝っていて、そうした手順をギアと呼ばれる小型のデバイスに担当させ、自身はなにやらポーズをとって全く別の科白(その時々によって全く違うのでシステム置換できない)を叫んでいる。何か先史時代のフィクションの真似事らしい。そういう観点で見れば、ヒメの起動方法も、先史時代に存在していたという”魔術(を模したやはり何かのフィクション作品のもの)”にも似ている気がした。
 ジムやダイゴの方法、ヒメの方法、一見全然違う様に見えるが、それでもアビリティの起動に支障はなく、またLotusも特に制限はしていなかった。
 Lotus曰く「Warframeの力は思いの力。思想に決まった形はありません」とか。よくわからないが、何でもアリなのだと言ってることはわかった。
 任務に支障さえなければ、私は一向に構わないのだけど……彼らがやってるようなのは、私には無理かなあ。なんて言うか、これは本人達に向かって決して言えないけれど、恥ずかしくて出来そうになかった。

「それと同じです」
「え?」

 それ、と言ってヒメが指を指したのは、「ギンエイデン」の画面だった。非常に旧くて画素数が低く、ノイズ混じりで今更こんなものを見直す奴はいないだろう(もしかしたらグリニアの高級官僚や軍幹部は見ているかも知れないが……)。アビリティの起動方法がこれと同じ、といわれても、しかし私にはぴんとこなかった。

「ギンエイデンが?」
「その作品ではないですが……フリーズスリープに入る前の私は、きっとそういうフィクション作品の何かに憧れて、それの真似をしたかったんだと思います。何の作品かは、もう膨大な資料から探し出すのは不可能ですけれど」

 コーデックスには、電子化された情報、先史からであっても残っているものについては可能な限り全てが蓄積されている。その中にあるフィクション作品と言えば、その数は数えきれない程で、パロディの元ネタを探すなんてそれこそ星を虱潰しに訪ねてみるのと同じ様なものだった。

「そっか。なんか、ジムとダイゴも同じ様なこと言ってたなあ。Warframeってそういうもんだっけなあ」

 そういうもんでなければどういうものかは、私にも判らない。何かを知っていそうなLotusは肝心なところを教えてはくれない。Warframeとは何なのか、テンノとは一体どういう選択下の人間達なのか。それはまだしばらく、わかりそうになかった。

 それともう一つ、あのスリリングな救出劇の日からずっと気になったまま聞けないでいたことがあった。

 今日こそ、それを聞いてみよう。もう、あれから随分と経って、彼女もLotusから色々と教わり、そのせいで私について色々の誤解があったので、それを訂正して納得してもらえたところだ(と思っている)った。

「あ、あとさ」
「はい」
「あのとき、ほら、水星でヒメと会った時さ」
「ええ」

 それは今でも鮮明だ。彼女の唇の柔らかさは、今でも夜思い出してはどきどきする。そんなヒメは、今は毎夜、隣で寝ているのだから正直気が気ではない。あのときのヒメの表情。潤んだ目、染まった頬、交わした視線は脳裏に焼き付いたまま、私の精神も蝕んでいる。NYXを着ていた彼女のアビリティだった?女の私が女の彼女に、こうした感情を持つのは、精神的な破綻があるようにも思えたが、あのとき彼女は「エネルギー補充が出来た」と言っていた。
 キスで、エネルギーを補充する様なアビリティが、NYXにあっただろうか。それにもしそうであればエネルギーは枯渇していたはずだ。私の精神に働きかけておかしな――そうこれは、きっとおかしいはずだ――感情を今も続けて抱き続けていることの原因を、NYXのアビリティのせいには出来ない。

「NYXって、その」
「はい、なんですか?」
「その、き、キスで、エネルギーを回復できるの?」
「出来ないですよ、そんなの」
「そっか、それすごいね、だったらいつもピンチの時にはきす……えええええ?」

 ないの!?
 しかも即答!?
 じゃああのときは何でわざわざキスしてからChaosを発動させたの?

「じゃあ、その、あれは」

 私が聞きにくそうにしていると、ヒメは少し、あのときみたいに頬を薄紅にして、少し困ったような表情で言う。

「モチベーション」
「んえ?」

 なんだかよくわからない答えが返ってきたので、思わず間が抜けた声で聞き返してしまった。

「一応、どういった能力が発動されて、結果、どうなるのかはわかっているつもりでした。そしてそれはその通りに成されて、私達はこうして生き延びることが出来ましたけど、合計で、何人殺したでしょうか」
「1000、近いかも知れないね」
「私とジットさん二人が生き延びるためだけに、1000人も殺す。合理的ではないです。」
「うん」

 そりゃあ、そうだ。幾らグリニアがテンノを憎んでいたとしても、その数を前に正当性を訴えられるとは思えない。

「でも」
「でも?」
「ジットさんのためなら、1000人殺してもいいって、思ったから」

 目を逸らすヒメ。やばい。もう、辛抱できない。

「ヒメ」

 私が彼女に手を伸ばして、もうこのまま抱きしめてキスの雨を降らせてから”抱いて”しまおうかと思ったとき、彼女は私の唇を指先で押さえて言った。

「ギンエイデン」
「ぇぇ?」
「見終わってから」
「え、全部?」
「はい。途中で変な記憶が入ったら、作品がもったいないですよ。」

 私は絶望に苛まれる。

「これ見始めたばっかりなんだけどさ」
「はい」
「チョー長いらしいんだよね」
「それは……残念ですね」

 テンノの日常は、結構忙しい。Lotusはひっきりなしに任務を言い渡すし、帰ってきたら疲れて寝てしまうし、起きたらメールが入っているし。実際こうしてコーデックスにある映像作品を見る暇なんてほとんどない。1太陽周期に、1、2太陽時間だ。そのペースで見ていたら、この作品をいつ見終わるのか、それ自体がまさにスペースオペラ級だ。

「それは、ちょっといつになるか」
「せっかくの不朽の名作が」
「いや、フィクションより目の前の現実から目が離せない」
「戦わなきゃ、現実と」
「意味が分からないけどどこで憶えるのそういうフレーズ」

 私はそのとき確信した、この子は悪魔だ。天然モノだ。そもそも、NYXを恒常的に纏い続けられるのは、どこかネジが緩んでる奴だけだ。それでも、ヒメに対する欲求は、そんなものでは止まらない。一目惚れ舐めるな。
 悪魔には悪魔、私が開き直ってヒメのOKを待たずに抱きついてしまおうとしたそのとき。

>>テンノ、急ですが、依頼です。クラン形成したてのお二人に誂え向きの……どうかしましたか?

「ああ、本当に急だね!お仕事あるのは有り難いよ、おまんまくいっぱぐれないね!!」

 Lotusとヒメと、そろいもそろって、人でなしばかりだなあ!
 私は血の涙を流しながら、Lotusとの映像通信を開いた。

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