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【文椛】Night of Might

夜伽に投稿校しました。

Night of Might

結構昔にイベントで頒布したけど2冊しか頒布されなかった本のSS。

実は高名な絵師様に表紙と挿絵をお願いしていたのですが
(私としては作品にフィットしてて舞い上がっていたものの)
ブースに置くと萌えタイプの絵ではないからかぜんぜん手にとってもらえなくて
SS本なんだから本当は私の知名度とかもろもろでその辺は請け負わなきゃいけなかったのに
そうならなかったという
絵師様に申し訳なくて、あまり存在を思い出したくない
苦い思い出のSSです。

石鹸屋の「ナイト・オブ・マウント」の歌詞と私なりの解釈がSS内にちりばめられています。

私の中のあやもみはこんなところがベースにあって
後はこれを自分でオマって遊んでる感じです。
拙作「文はたてにも短くて」はこれを強くベースにおいています
というか、本当は、「Night of Might」は「文はたてにも短くて」もよりもだいぶ前に出来ていたSSです。
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「言っときますけど」

 私の上に乗ったまま、私の方は見ているけど目は見ないで、椛は口を開いた。

「嫌いですから」

 横たわる布団は熱を帯び、互いの体も火照っていて。それに晒された部屋の空気もまた、じっとりと熱い。その中で裸で抱き合っているというのに、それは冷ややかな刃物のようで、だからこそその冷たさが鋭く身を切った。その切り口の痛みが心地よく、同時に酷く苛立つ。

「わかってるわよ、いちいち言われなくたって。私だって犬に尻尾を振るつもりもないし、首輪をつけるつもりもない。」

 獣臭い狗が。白狼天狗の分際で何が「嫌いですから」だ。犬天狗からの好意など、こっちから願い下げだ。

「射精し終わったんなら、降りてくれない?」

 私が軽く睨みつけると彼女は、小さく舌打ちして私の上から降りる。ずるっ、っと入っていたものが抜けると、ぬめる水の感触が股間に残って酷く気持ち悪い。
 いいだけ私の中に射精してすっかり小さくなったペニスを、彼女は拭いていた。

「ははっ、惨めよね、その行為。萎んだそれを後始末する格好。酷く滑稽だわ」

 私は体を起こさないまま、その光景を嘲る。射精するまではあんなギンギンに勃起したペニスを振り回して、必死に腰を振っているのに、出すだけ出したら小さくなったそれを慰めるみたいに拭いて。笑えるわ。

「私の腰に足を絡めてよがっていたのは誰ですか。あちこちキスマークとひっかき傷だらけなんですけどね?自慢するつもりはないですが、この萎んだものでヒィヒィ言ってたのも、文さまでしょう?」
「ふん。犬が一丁前に口答えか。まあ、否定はしないけれどね。それと、自分ばっかり処理してないで、少しは気遣いでも覚えたら?出しっぱなしで、後で女の子を労らないとか、最低だわ。さすがケダモノ。」

 私が毒づくと、向こうから湯で濡れた手ぬぐいが飛んできたので、それをキャッチして自分の股間と、お腹、お尻を拭う。

「文さまこそ、後始末終わったなら出て行って貰えますか。この山は白狼天狗、もっと言うと、貴方の嫌いな犬走椛のテリトリーです。」
「鴉天狗どうのこうのより、犬走椛の嫌いな射命丸文に、出て行って貰いたいのでしょう?」
「ご明察。ならば話は早いですね?」
「本当、思いやりの欠片もないのね。呆れるわ」

 無理矢理腕と足の力だけで立ち上がって、崩れる前に翼の飛翔に切り替える。腰が砕けてバランスが取れないから、飛翔もふらついて覚束ない。

「ったく。そうならそうと言って下さい。持って行きますからそこに寝ていて結構です。」

 あんたの世話になるのが癪だわ、と呟いて再び布団の上に墜落する。情事が激し過ぎてか、体に力が入らない。

「口先ばっかり格好付けて、大して強くもない。鴉天狗の象徴のような人ですね」

 彼女は脱ぎ散らかした服をまとめて持ってきて、これで全部ですか?と問う。無言で受け取って着替えようとしたが腰が立たないので巧く行かない。

「人の話聞いてましたか?口先ばっかり格好付けて、って言ったんです。無理なら無理と言って下さい。」

 一瞬たりとも私の目を見ようとしないまま、てきぱきと私を着替えさせる椛。
 畜生。こんな形でこいつの世話になるとは、慚愧の極み。

「礼も言えないんですか、鴉天狗ってのは」
「誰のせいで腰砕けになったと思っているの?」
「最初は文さまが誘ったんです。」

 クソ犬が。
 その顔面に唾を吐きかけたい一心だったが、正直こうなると予想できなかった自分にも呆れはある。

「腰が落ち着いたら、さっさと帰って下さい。大天狗長選出会議が迫ってるんです、お互い、二人でいるところを見られては厄介でしょう?」
「言われなくてもそうするわ。」

 私は言うことを聞かない下半身に鞭を打って起きあがる。世話になったわ、と小さく言い置いて、彼女の屋敷を出ようとした。

「次は、こちらから出向きます。」

 その言葉の意味は何だったのだろう。また会おうという別れの挨拶なのか、今回はこちらがリスクを犯して出てきたことに対する埋め合わせの約束なのか。
 どちらにせよ、互いに概ね良い印象を持っていないのは確かで、それでもこうして頻繁に会っては体を重ねている。

「どうしたいのかしらね」

 釈然としないのは私なのか彼女なのか。考えるのが面倒くさい。そんな結論の導出は、彼女だって望んではいないだろう。
 セックスできれば、いいのだ。
 私はようやく言うことを聞くようになってきた翼を駆って、その白狼天狗の縄張りを出た。







「鬼がいなくなったのは、痛手ですね」
「実質我々天狗と鬼で維持していたようなものだからな。もはやヒトの流入は避けられまい。」
「スクは確か分離論を支持なさっているのでしたか?」

 スク、とは隣に立つ大天狗長の敬称だ。瞬駆、と書くらしいが、詳しいことはわからない。スク、という呼称そのものに敬称が含まれているのでスク「様」とは呼ばないのが普通らしいのだが、とにかく、本当の名前を含め、大天狗長の素性や詳細は、私ごときの一介の天狗が知り得るものではない。なぜスクが私を目にかけてよく傍に置いてくれているのか、その真意も、よくわからない。パーソナルデータとしてわかっているのは、梨が好物だと言うことくらい。

「そうだな。そういうことになっている。」
「総意、ですか」
「まあそういうことだ。俺自身はヒトと巧くやるのが筋だと思うんだがね。鬼がここを去ったのも、そうして「領界」が弱くなったことも、時代の流れなのだろうと。だが、他の奴らが黙っちゃいない。俺は大天狗長として、白狼天狗の民意を総じて動かねばならんのだ。」

 妖怪の山はもともとヒトを寄せ付けない場所であった。それは、山が地上とは別の世界であるとヒトが信じていたからだが、山とヒトとの間交流があるわけでもないのに、そのような印象をヒトが強く抱いているのは、山に住まう妖怪が共同で、そのような幻術を用いて山を覆っているからだ。その幻術の効果範囲を「無意識下禁忌領界(タブーテリトリ)」と呼ぶ。
 山で有力な部族であった天狗、鬼族、神霊などが共同で維持していたが、有力部族であった鬼が山を捨てて姿を消して以来、その効力は目に見えて弱くなっている。無意識下でヒトが山を避けるよう操作するその術が薄弱となり、山には幾ばくかの自覚のないヒトが侵入するようになっていた。

「スクは、白狼天狗なのに、珍しいですね。実際に白狼天狗の民意と離れた意見を持っているということも驚きです。」
「まあ、そうだな。元々俺が大天狗長になるに当たって支持を受けた理由と、今回の領域薄弱化の問題は、別問題だ。今回支持者の意見と一致しないというのは、俺一個人としては不思議なことではないんだがな。」
「それでも、白狼天狗は分離論の筆頭論派。民族的歴史を鑑みてもかなり、異端、というか」
「実際に俺が長いものに巻かれていないかというと、強く否定は出来ない。周りは鴉天狗ばかりと、いくらかの他部族。ほとんどが不可分論者だ。政治的場面で影響がないかというと嘘になるからな。それに、俺が個人的に不可分論者であっても、白狼天狗の意見を覆すほどの発言力は、ない。」

 実際に山に自覚なきヒトが侵入した場合、それにどう対処するかについて、天狗の立場は今、まっぷたつに分離していた。
 「分離論」と「不可分論」。
 妖怪の山、殊、そのうち天狗の領域について、その不可侵たる印象を、無意識下禁忌領界(タブーテリトリ)の影響から分離し、他の何らかの方法によって代替できるのか否かについて、議論を呼び、もはや部族内紛の様を呈している。
 術の影響とヒトの不可侵意識は不可分であり、術の薄弱化によってヒトが侵入することは不可避、故にヒトとの新しい関係を築くべきだとするのが「不可分論」。逆に、その影響を分離できるとし、不可侵意識を別の方法で維持しようとする論を「分離論」と呼ぶ。
 不可分論は鴉天狗が筆頭となって主張し、他の多くの部族も賛同している多数派。一方の分離論は白狼天狗が筆頭となって主張している少数派だ。

「でも、代表民主主義に則るなら、それでもスクの意見を通すべきでは。その結果罷免されるにしても。」
「俺が不可分を口にしたらどうなると思う?」
「白狼天狗達の支持を失い、大天狗長も罷免される」
「そう思うか?」
「えっ、白狼天狗は分離論者ですよね?ならスクの意見とは対立するのでは」
「だが大天狗長の会議では歓迎されるだろうな」

 白狼天狗と鴉天狗はこの二論の対立により、部族対立が深刻化している。
 かつて天狗同士、妖怪同士、または妖怪とヒトの間が、今のように平和な融和、もしくは平穏な分離を成し得ていなかった頃は、戦闘派の白狼天狗は強大な力を持っていた。複数の天狗部族が統一された後も、それが武力による統一の側面が強かったこともあり、かつて天狗内では随一の有力部族であった。しかし平和が訪れた今日、戦闘派で政治力の低かった白狼天狗は次第に衰え、社会性が高い鴉天狗などにその座を取って代わられていた。
白狼天狗は「地位はあっても権力がない」の代名詞となり果て、その存在価値を「シビリアンコントロールを受ける、有事の際の軍事力」としてのみのものに抑制されている。

「大天狗長会議はすでに不可分論で染まっている。お前達鴉天狗の政治的勝利だ。」
「……ありがとうございます?」
「まあ怒るな。煽りたい訳じゃない。そこで俺が白狼天狗として不可分論を口にすると、会議は大喜びだ。対立を沈静化する糸口になるのだからな。だが、俺という頭を失った分離論者たちは、白狼天狗はどうなる。分離論を掲げた民意が選んだ白狼天狗の大天狗が、大天狗長として会議の信任を得ることはないだろう。元々俺たちは頭まで筋肉で出来てるような種族だ。殺し合いも厭わない血気盛んな奴らだ。そうなると白狼天狗達は、もはや誰の束縛も受けずに」
「実際に対立が血を伴った抗争に発展すると?」
「会議はそれも含めて、俺が不可分論を口にしてそれに賛同することを喜ぶだろうな。内乱の鎮圧を名目に分離論者を一掃できる。だから俺は、内と外を使い分けなければならない。」
「そんなこと、私に漏らしてどうするんですか?しかも私は当事者の鴉天狗ですよ?」
「おいおい、そいつは酷いな。聞かれたから答えたまでだぞ」
「……そうでしたね。」

 白狼天狗出身の大天狗だというのに、本当に捉え処の無い方だ。こんな話を聞かされるのも、任務だ何だというときに鴉天狗の私を連れていく理由も、本当によくわからない。普通なら自分の部族の後輩を部下として重用するのが習わしだからだ。

「スクは、どうして私に目をかけて下さるのですか」
「有能だからだ」
「私を部下として連れるのは、白狼天狗の民意に背かないのですか」
「有能な者が登用される。そのことに文句はないはずだ」

 いつもそう返される。
 だが、納得は行かない。納得できるほど、部族対立は甘くはない。それをスクも納得づくで、だからこそ個人の意見を押し殺して分離論を唱しているのだから。

「さすがに、白狼天狗出身で大天狗長にまで食い込んでる方ですね」

 私の、賞賛とも嫌味とも取れる言葉を、スクは背中で笑った。







 暗室。
 赤い明かりだけ頼りの小さな、だけど私の空間。仄暗く、心許ない赤だけが、ぼんやりと全てを映し出す。
 全て?いや、都合のいいものだけだ。写真の現像に影響を与えない薄い赤光。日の光はこの子達には眩しすぎ、故にそれを避ける。この輝度の低い光を、この子達は認識しない。この世界を照らす光を、写真達は、見ることが出来ない。知ることが出来ない。感じることが出来ない。赤い光に照らされた全てのものを見ることが出来ない。それが出来るのは、私だけなのだ。私には見え、写真達からは完全な暗黒。それが、この空間だ。私に都合良く映し出された空間。それが、この世界だ。
 赤い暗闇に満たされた世界。都合良く認識された歪な世界。それが幻想郷と呼ばれる妖怪だ。暢気さと胡散臭さを体現したその巨大な妖怪は、文字通り私達を一呑みにし、その中に住まう私達に平和の幻を見せている。あらゆる争いは代理戦争か代理決闘によって解決を占い、血を見ない温い方法で勝敗を決する。
 それが、この巨大な妖怪が自らの体内で巨大な力が暴れ回ることを恐れ、自己防衛機能を働かせた結果だと言うことに、気付いている者は少ない。私とて壮大すぎる虚妄だと笑いたくなる。
 そして赤い幻は、そろそろ私達の目に暗闇をかける力を失おうとしているのだ。仄暗い世界の、見えづらい暗がり。翳り。闇と光のグレーゾーン。そこかしこで密やかな暴力性が蠢きその身じろぎの音を静かに響かせている。この幼虫が羽化し、その存在に霧をかけられなくなったとき、この妖怪は私達をどうするのだろう。この巨大な妖怪を形作っている結界とやらを維持する者達は、どのような方法でそれを納めるのか。再び隠しおおせるのか。
 それとも、ゼロに戻すのか。

「目に見えるこの平和を本物だというのなら、私の手に残るこの感触がこそ、幻。そうだというのなら、徹底的に幻を見せて頂戴。一部の疑いもなくぬるま湯の平穏に浸して、他の汚い部分を一切一切一切一切何もかも完全に完全に完全に全て隠して。」

 暗室を満たす赤い光をも、なくしてくれ。でなければ。
 現像を進める写真一枚一枚を、現像液に浸しては吊してゆく。ぽたりぽたりと滴る液は、綺麗に澄んだ血のようで。まさしく世界に飛び散ろうとしているそれにさえ見える。
 その内の一枚に写された、少女。彼女の視線は、写真の向こうから私を見つめ、胸の内に広がる不安と思惑それすらもそこから見抜いているようでさえあった。

「過去まで見抜かれそうね。怖い」







「何ですか、この写真は」

 うっ。どこで入手したのだろう。

「いつの間に撮影したんですか」
「見ての通りよ。あなたのパトロール中に。」

 そこに写し出されていたのは、私のお気に入りの被写体「犬走椛の肉体」。色々なアングルから様々なシーンを収めた、複数枚の写真を、被写体自身がひらつかせて私に問うている。

「どういうつもりですか。こんなもの」
「だって、綺麗なんだもの」
「……」
「ああ、誤解しないでね。貴方が綺麗なんて言ってるわけじゃないの。貴方の肉体が綺麗だと言っているの。」
「安心しましたが、感心しませんね」

 フレームに切り取ったその一瞬の時空に閉じ込めてあるのは、流れ飛び散る汗、それを宿す肌、飛び散らせる躍動感。体のバネ、それをもたらす筋肉の流れ、飛び跳ねる力強さ。真一文字に結ばれた唇と、千里を見抜く鋭い眼光。
 殊、強く切り出していたのは、その筋肉だった。
 肩から力瘤を溜めて肘に至り、巨大な青竜刀と盾を易々と繰る腕。ノースリーブの装束に覗く背中から肩、腕、手へと流れるように脈打つその曲線は、荒々しい美を宿している。大地を蹴りその体を軽々と駆る脚。引き締まった太股から張った脹ら脛、そして地を踏みしめ躍動をもたらす足へと繋がる、一連の流れ。決して大柄ではない四肢を支え、運動性のキャパシティを最大限に引き出すのは、ぶれない体軸を埋め込んだ無駄なく引き締まった胴。その全てから漂う強かさ、しなやかさ。そして、暴力的なまでの野性。
 私は、犬走椛という一人の天狗が持つ、肉体という機能美に、魅せられていた。それを写真に収め、眺め、悦に浸るのが趣味だといっても過言ではない。細かな筋肉の蠢き一つ一つがセクシャルな映像で、エロティシズムの漏出。それを切り取った写真は危険なまでに中毒性の強い、強烈なポルノグラフィだ。

「よく撮れていますね。私じゃないように見えるほど、力強い」
「あなたかどうかは知らないけれど、あなたの肉体であることは確かよ。」

 人称か肉体か。そこには大きな隔たりがあって、お互いにとって、それは非常に重要な差だった。私達は、お互いの存在を憎たらしく思うと同時に、お互いの肉体を愛おしく求め合っている。

「ふん。エロガラスが」

 椛が私を毒づくのを、それ故に、私は否定しなかった。もし今の私と彼女の立場が逆であったとしても、彼女とて黙っただろう。
 私と彼女の関係は、冷え冷えとした嫌悪感と、ぐつぐつ煮える情欲。そしてその間で相対的に位置づけられる、確固たる信頼だった。信頼、というと綺麗すぎる。利害が一致しているが故の信用、という方が正しいだろうか。そこに好意はない。求める行為はあるが。

「ま、私も嫌いじゃないですけどね、文さまのカラダ。」
「お互い様ね」

 プレイメイト、とも違う。それこそ間食程度に摘み食うセックスは大いにありだと思うし、私自身そういうセックスは大好きだ。時折自分の体を目的のための手段として使うこともある。誰かに触れたいから、オーガズムでリフレッシュしたいから、「女」が武器になるから。そんな些細な理由でするセックスを、私は望んでさえいる。
 でも、それとも違うのだ。何となく欲しいという、ライトな感覚ではない。犬走椛の肉体への欲求は「そんなものとは比べものにならないほど強く大きい」のだ。山で彼女とすれ違うと、その場で押し倒してめちゃくちゃにしたくなるし、同時にぼろぼろに犯されたくなる。時間も場所も恥も外聞もプライドも何もかも一瞬で全ての価値を失うほど。犬走椛の体を目の前にすると、私は私でなくなる。私に備わる性は性としての核を残して他全てを失う。
 私は、椛を前にすると、一匹の雌になり果てるのだ。

「こんな写真で、満足なんですか?」
「あなたがどこかのエロガラスと同じ程度に盛った雌犬なら、たりない、と返そうかしら」

 私が鼻で笑って彼女を流し見ると、その姿は一瞬でかき消えた。次の瞬間、鼻と鼻が触れ合う位近くて、そこから急にスローモーション。ゆっくり寄せられる唇が、私の首筋にやはりゆっくりと重なる。唇を奪い、口を割って舌を差し込みたい衝動を抑えていると、唇は彼女の方から離れていった。だが、先に求めたのは椛の方で。

「私も、したいです」
「ふふ、年中発情期ね。雌犬?」
「文さまのカラダが悪いんです。」
「いい、の間違い?」
「自惚れ、うっざ」

 でも、その通りです、と続けて私を押し倒そうとする。肩を掴むその荒々しさ。獣の目。耳をくすぐる熱い吐息。私が、雌が、剥き出しにされる。

「あ」

 と。私を落葉のベッドに組み敷いた姿勢のまま、椛はそれを止めた。

「怖じ気ついた?」
「はっ、鴉も吠えるんですね。……大天狗長選出会議までは、外ではやめておこうかなと」
「ケダモノが、らしくないわね」
「まあ、私もそう思います」

 目を背けて上半身を起こす椛を追うように、私も起きあがる。

「今夜、お邪魔しても?」
「本当、安眠の邪魔ね。」

 断りなんか入れないで好きなときに来ればいいじゃない。と言い捨てて、ふわり、飛翔する。椛の方も踵を返して森へ消えた。
 変に燃え上がってくすぶり、しかし火が点ききる前にお預けを食らった私の体は、その熱を持て余している。衣服こそ乱れていないものの、私の核は中途半端に裸に剥かれたような状態で。

「白狼天狗ごときが……私を、焦らすなんて。弁えろ、クソイヌめ」

 彼女が姿を消した森の方めがけて唾を吐き捨て、私は一刻も早く勤務時間が終わるのを願いながら任務をこなし続けた。

「幾ら彼女が真っ白でも、あの人の代わりになんて、ならないというのに」







 彼女がやってきたのはその日夜遅く、所謂草木も眠る何とやらの時刻の、その少し手前。
 季節は晩秋。そんな時間にもなると気温はぐっと下がり、つい先日まで大合唱だった虫達の声も今はそぞろの様子。肌寒さに一枚羽織っての執筆作業の最中だった。

「こんばんは」
「いらっしゃい」

 昼間に、断りなんか入れずに来い、と言ったのは、気恥ずかしさがあるからだった。行くと言われて了承する、そのやりとりが恥ずかしいのではない。何が気恥ずかしいって、わざわざ来ると言われたら準備をしなければならないことだ。私たちの間でそれは、セックスの準備に他ならなく、一人でせっせとその準備をするその時間が勘らなくむずがゆいのだ。

「準備万端ですね?梨があれば尚よかったんですが」

 整った寝床をみて、彼女は笑った。わかっていてそういう台詞を吐くのが、いちいち癪に障る。

「床が良かった?さすが獣」
「いいえ。口も態度も最悪なのに、面倒見だけは妙にいいなと思って。鴉天狗の処世術ですかね?」
「素直に褒めてもいいのよ?なんならあんたが見てる前で、ああ布団は一つでも枕は二ついるわよね、下着の替えは、あったあった、なんてやってもいいのだから」
「それはごめんですね。反吐が出ます。」
「わかればよろしい」

 ふん、と鳴らしてから筆と硯を洗おうと席を立つ。椛はただ立ったまま、私のその様子を見て何かを言いたそうにしている。

「なによ」
「あの、お湯を借りてもいいですか」
「え」

 もう何度も寝ているが、そんなことは、初めてだった。

「その、ちょっと交代の子が体調崩して、私がずっと警邏してたんで、来る前に入れなくて」

 鴉天狗のそれと違い、白狼天狗のパトロールは常に地べたを這って歩いたり走ったりで行われる。私達鴉天狗は高いところから俯瞰することで、白狼天狗の索敵能力に対抗しようとしているが、敵にも探知されてしまうことに加えて、そうであってもなお、偵察力は白狼天狗に敵わないでいる。
 歩く、走る、といっても白狼天狗におけるその運動量たるや、我々の想像するような生半可なものではない。それを丸一日通してきた今の椛の筋肉は、きっと柔らかく解れた上で強く引き締まり、熱を帯びてから程良く冷めた状態。
 お湯を貸して下さいという彼女。脹ら脛からくるぶしの滑らかだが少し強く波打ったライン。引き締まって硬さを宿した、それでも綺麗な肩。服を着たままの彼女の、それでも垣間見える素肌にさえ私の劣情は反応してしまう。
 熟れたままその汗を濯がない生の肉体が目の前にあり、しかもこれからその体とセックスできる。昼に期待させられて焦れた意識がその欲求に拍車をかけて止まらなくなった。

「あんたに貸す湯なんて、ないわ」
「きゃっ!?」

 言い終えるのを最早待ちはしなかった。言いながら椛の腕をぐいと引いてバランスを崩させ、そのまま布団に押し倒す。言い終える頃にはもう彼女の装束の合わせを解いて、首筋から胸にかけての雪原に口付けて吸っていた。

「や、ちょっと、文さま」
「めんどくさいのよ。ヤりに来たんでしょう?清潔さとか、いちいち要らない」
「がっつき、すぎですっ。汗だくのままでもいいんですか。泥臭い犬でも」

 椛が私の下で足掻くが、抜け出せない。いや、抜け出さない。彼女ほどの力があれば私を振り払うなど造作もないはずだが、それでも私の胸には汗ばんだ乳房の、脚には筋が張り加熱した太股の、掌には慎ましく膨らんだ乳房の、感触。
 いやなら逃げ出せばいいわ、という言葉を、でもそれも卑怯に思えて飲み込んだ。代わりに

「でもいい、じゃないわ。それがいいの」

 と耳元にそっと置いてやったが、意味は大して変わらなかった。
 一言で大人しくなった椛の上半身を乱暴に剥く。全く目を合わせようとしない彼女は、少しむくれたような表情のまま、顔を横に向けている。私はそれも気にしないで首から肩のラインを唇でなぞり、唾液を足してから舌で今度は鎖骨の膨らみを外側から内側へ。左右のそれが出会う中央の窪みに、強くキスして吸い付く。
 唇や舌が肌を行き来する度に彼女の喉がくっと伸び、灼けた素肌とその白さのギャップを強調する。
 悔しい。こんな、白狼天狗なんかに夢中になってしまうことが。それが彼ではないことが。身を焼くほど悔しい。

(ぜんぜん、違うのに)

 肌を文字通り嘗め回すと、彼女の言うとおり汗の味が口に広がった。しょっぱく、ほんの少し酸っぱく、それ以上に土にまみれたその臭いがきつい。汗臭いと同時に埃っぽく土臭く、草いきれを孕んだその臭いを思う存分吸い込む。そんな異臭であってもそれは犬走椛の臭いに紛うことない。同じく汗ばんだ素肌にまぶされた味も、犬走椛の味だ。
 彼女の肌に舌を這わせ、その臭いを嗅ぎ、肉の感触を楽しむにつけ、そのあらゆるあり方に劣情を禁じ得ず、だが、同時にあの人との違いをまざまざと見せつけられては落胆にも似た感情を抱いてしまう。それがなお、犬走椛という存在を、性対象以外として認められない大きな要因でもあった。

「ぜんぜん、好きじゃないのに」

 吐き出すように私は言い、椛もそれに無言で同意する。
 彼女の生真面目さが嫌いだ。任務に忠実なのは悪くはないが要領が悪い。言われたコースしか辿らない。やり方も変えない。ただ上の指示のまま。彼女の能力が嫌いだ。千里の先も見抜くなんて、誰かのそれに似ていてひどく腹が立つ。自分が見抜かれているみたいで、いちいち邪魔くさい。彼女の背格好が嫌いだ。不要に大きくて鈍重そうなのに、動き始めれば俊敏で何より力強いそのギャップが、見ていて苛立つ。彼女の正直さが嫌いだ。地位はないが、故あってそれなりの権力を持つ私に、ずけずけとものを言うその態度。嘘を吐かないのはいいが、癪に障る。彼女の生意気さが嫌いだ。本人にそのつもりはないのだろうが、白狼天狗としての誇りのようなものがあるらしい。もはや何の意味も持たない血筋だが、私にとってもっとも嫌いなのは、その血を引いた彼女の出生だった。
 どこをとっても、セックスの相性以外は、嫌いなところばかり。こんな性に合わない女。しかも白狼天狗。
 日に灼けた肌にくっきりと残る白と褐色のコントラスト。その灼けた部分の色がどうしても「彼」を想起させて、でも私の目の前にいるのは大嫌いな牝犬で、それが余計に腹立たしくて、だからもっと椛が嫌いになって。
 それでも体の相性だけは、戦慄するくらい、良くて。悔しくて。

「あんたのことなんか」
「私だって、文さまのこと、噛み殺したいです。なんであなたみたいな品のない天狗が、狡賢いだけの天狗が、我々白狼天狗よりも格上なのか。鴉天狗なんか、全員殺してしまいたい。喉笛をかっくらって、血飛沫を見られたら、今迄で一番気持ちよくイけそうなのに。」

 私の愛撫を受けて、時折甘い声を混ぜながらもその憎悪は本物だ。伸びかけた犬歯と眉間によるしわの深さ、そして獲物を探してさまよう肉食獣のごとき眼光が、それを物語っている。
 彼女が私を勢い余って殺すかもしれない可能性について、私自身それを否定できぬまま体を重ねていた。本当に何の確信も、かけらだってない。彼女が私の体に飽きたなら、彼女が射精すると同時に、私は血雨をまき散らして絶命しているかもしれない。彼女の烏天狗に対する憎しみは、実際それにあたうる程であることを、私は良く知っていた。
 それでも私は、彼女が首筋に振らせてくるキスの雨を、そこが食い破られるかもとわかっていても喜んで受ける。彼女が唾液とたっぷり湛えた口で耳を嘗めるのを、そこが噛み千切られるかもと知っていても悦んで受ける。
 だって。椛が点火するこの炎は、自分の起こせる風なんかじゃぜんぜん消えそうにないのだ。私が消そう消そうと必死に風を送っても、それは火の勢いを強くするだけで。こうして息を荒くして彼女の体にかぶりついては、その股間で屹立するものを求めて私の中心は涎を垂らして焦れるのだ。
 ほんうとに噛み付きそうな顔で私を見る椛。
 彼女の憎しみの根元を、私は知っている。そして、彼女さえ知らないその真実も、私の手の中にある。

「今に、見ていろ。鴉天狗など無惨に食い散らかしてやる。文さま、あなたも」
「おおこわいこわい。白狼天狗らしくよく吠えること。……調子に乗るなよ、四つ脚の分際で。お前くらい、私一人でも殺せるのよ。」
「へえ。やってみましょうか」

 瞬間、椛の瞳の奥の瞳孔が三日月型に尖り、犬歯が口の端からはみ出すほど伸びた。体中の筋肉は鋼のように堅くなり、私の下に横たわる肉体は粗暴の具現と化す。
 椛が見せた臨戦態勢。その肉体が、私を熱く燃え上がらせていた。しなやかだが固く盛り上がった筋肉の動き。それを体に感じるだけで、動悸が激しくなり息が弾む。あの、優美さの欠片もない粗野な力強さこそ、私の性欲の対象だった。白狼天狗の中でもとりわけ濁りない純白の毛並み、温和しく優しそうな小顔。しかしその赤銅に灼けた肌と炎のような凶暴性が、堪らない。

「やっぱり、遠慮しておくわ。今は、無粋。今夜は私を違う意味で食い荒らしに来たんでしょ?」

 自分から言い出した癖にとぶつくさいいながら、それでも同意を表する椛。

「油断すると喰われますけどね」
「そうね。こういう風に?」

 私はショーツの輪に親指をかけて、するりとそれを脱ぎ捨てる。既に濡れたあそこが晩秋の外気に触れてひんやり沁みた。同じように椛の下着にも指をかけるが、勃起したペニスが引っかかって巧く脱がせられない。
 ブラウスの前を開けようと思ったが、いちいちボタンを外すのが、自分のものであるにも拘わらず、ひどく煩わしい。ああ面倒くさいと口ごもり、指先に小さな窮奇を生じさせてブラウスを縦に裂いた。一緒にブラの前紐も切ったが、焦りが手元を乱して胸元に少しの裂傷が刻まれる。が、そんなこと、気に留める余裕はなかった。早く、早くこの肉体を味わいたい。
 椛の股間に手を潜らせると、彼女は少し腰を浮かせて私が脱がせる流れに合わせてくる。彼女の片足からそれが抜けると、跳ね上がるように赤々としたペニスが顔を出した。下半身を晒させた手をそのまま肉棒の先端にかぶせるみたいにして、それを握ると、にち、と含む水音が掌越しに伝わってくる。それをゆっくり、ゆっくり、先端から零れる滑りを少しずつ塗り広げるみたいに動かす。

「っは……ん」
「いつみても、こいつだけは立派よね」
「っ、っく、ふ」

 椛は切なげな吐息を漏らすものの、声を上げることはなく、視線も勿論私を見たりはしない。
 私も彼女の目を見つめるなんて熱っぽいことはせず、ただただ上半身に接吻の雨を振らせては、その甘い肌理を楽しんでいる。普段からハイネックの装束を着ていることもあり、彼女の胸元から首、顎にかけてはキスマークを付け放題だ。その代わり、なまめかしい曲線を描く肩やふくらはぎに跡が付くようなことは出来ないのが口惜しいが。跡を付けることは、彼女のその部分を征服したという自分への慰めに近い。心も気持ちも別に欲しいと思っていない以上は、そうして体に残す痕がこそ、その証拠なのだ。
 すっかりと手で塗り広げていた先走りが全体にまぶされ、ぬらぬらと鈍いてかりを宿した頃合いで、それを自分の秘所にあてがってそのまま腰を落とす。力を抜いて根本までくわえ込んだ後、今度は締めながらゆっくりと引き抜いてやる。

 ぐじゅ

 挿入だけでいやらしい水音が囁き、淫蜜が、じゅわり、と押し出され溢れた。それを引き抜くと、今度は延びた肉ビラが名残惜しげに肉棒にからみつく。雁首のところに引っかかって、奥の肉襞ごと掻き出されるみたい。
 ねっとりとしつこさをさえ感じさせるそのゆっくりとした一往復だけで椛の表情は緩み、口は声と吐息の中間みたいなものを吐き出して半開き。しかめた眉は、しかし苦痛のものであるはずがない。

「う、ぁ、前戯もなしで、こんな濡れて……淫、売、っ」

 余裕なさげに毒づく椛の視線は、なおも私を射抜かない。代わりに下着の支えを失って重力に引かれながら、しかし形を保つ私の胸に、その目は釘付けになっている。唇の奥に、乾いたそれを潤しながら、同時に溢れるそうになる唾液を押さえる舌が、蠢いている。いつもみたいに私の胸にしゃぶりつきたくて仕方ないのだ。股間に突き刺さるペニスはさらに固さを増して、私の最奥に無遠慮に居座っている。遠くを見るような虚ろな目で私の胸を見て、それでも自分から手を出すことを自尊心が許さず、興奮だけが高まりながら、その間で覚束なく揺れているのだ。
 私の方はといえば、彼女のことをそう笑えない似たようなもので、数往復もすれば下腹部に力を入れる余裕はなくなり、体重を支える膝が笑い始めてしまった。肉棒が淫壺の中でびく、びく、と震えるその些細な刺激にさえ、私のソコは熱に晒された飴細工みたいになってゆく。
 私も幼稚なもので、彼女への、蔑み見下している彼女への、性欲に崩れた様を簡単には晒したくないなどという気持ちが、思い切り腰を振って思う存分椛の体を貪りたいという衝動とせめぎ合っている。崩れるのは時間の問題だなんて、自分でもわかっているのに。

「あんた、だって、っ、こんなにガチガチにして……たいしたモンじゃない」

 彼女を焦らすゆっくりとした動きで腰を上下に揺する度、彼女だけでなくお互いの吐息が絡み合って、太く、強く。それに引っ張られるみたいに、二人の息も、動きも、性欲も、快感も、どんどん大きくなってゆく。スパイラル。
 快感が、性欲が、椛の体を欲する気持ちが強くなればなるほど、椛の人格のことを嫌いになってゆく。それは体に流されまいとする些細な抵抗かも知れなかったが、欲する通りに彼女とセックスすればするほど、溝は深くなっているような気がした。
 その筈なのに、口から出る言葉は、裏腹。どうせ彼女と別に気持ちの奥底から好き合いたいと思う気持ちももはやなく、そうであれば肉欲それさえ満たせればいいのだ。そうして心と体はどんどんと乖離してゆく。

「うご、いてよ」

 股間につきたった快感の元を、それでは物足りないと動くよう、せがんでしまう。はっ、と口を噤むが遅い。私から求めてしまった。だが彼女はそれを追求せず、無言のまま私の太股に触れて、それを掴んで押さえる。私の動きがゆっくりだのと同じく、そうして下半身を拘束してもなお椛の突き上げは非連続で強くない。

「焦らす、気っ……?調子に乗らないでよっ!」
「いいんで、すよ、っ文さまがうごいてもっ」

 だがその椛の声にも余裕はなく、時折掠れて鼻息が混じっていた。彼女の手がついに私の胸に触れる。いや、触れるなんて優しさではなかった。遠慮がなく、私のことなんて考えてもいない身勝手な揉み方。指が肉に埋まって形がひしゃげる。指の跡が痣になって残りそう。

「い、いたい、わっ」
「その方が、いいんですよねっ」

 そういわれて黙った私のその反応に満足してか、今度は人差し指と親指で固く立っている乳首を挟み、こよるみたいにひねる。
 別に痛いのが好きな訳じゃない。ただ、そういう風にして喜び、興奮を増す椛のその様が、劣情を掻き立てるから。
 それでも、もう何十回もこんなセックスを、飽きることもなく続けているせいで、粘土の端でもねじ切ろうかというくらいの力で捻られているのに痺れる快感が胸肉の深いあたりに溜まっていく。そんな痛いくらいのさわり方が、炎になって胸から体中に広がり、すでに淫蜜でぐずぐずにふやけて劣欲の発生源になっている性器と一緒に燃え上がる。

「ん、ふぁあっ!」

 あそこから熱されながらも、未だ燃え上がるのを止められてきた体が、ついに悲鳴を上げた。自分でも気持ちが悪いと思うくらいに媚びた甘い声が、快感に押し出されてしまう。
 相手が椛だと思うと悔しいを通り越して気持ちいい。

「やっと、聞け……」

 私が思わず出してしまった声を聞いて、彼女の視線がやっとこちらに向いた。そして、次の瞬間には。

「や、やあぁっ、うそ、わた、しっ」

 私の方を向いた視線はすでにトロンと溶けていて、いつもの鋭く射抜くそれなんかではなかった。むしろ、いつもセックスの時に見せる、それで。
 びく、びくと、小刻みに震えて達したのは、椛の方だった。鼻の下をだらしなくのばして、半開きの口から浅い吐息を漏らしながら、私の中に精液を出していた。よほど射精をオーガズムしていたのだろう。それは射精した、と言うよりは、精液が漏れてしまった、という方が近いくらいの情けないもので、それが不意に達してしまった彼女を一層慚愧に駆らせている。

「イったのね」
「ち、ちが、これは、今のは」
「私が声を出しちゃったから、気が緩んだ?」

 彼女は悔しそうに唇を噛んで、また目を逸らせてしまう。
 私は股間の間でまだ全く衰えずに固さを残す彼女のペニスをずるりと引き抜いた。体の中心から芯が抜かれるみたいな寂寞と同時に、動きを抑えていた私はそれを抜くときに不完全燃焼の悪質なガスみたいな快感を感じた。どさくさに紛れて抜く直前に最奥まで突き刺してから、自分の媚壺を抉る角度で一気に引き抜いてみたが、私にはまだ足りなくて。
 感じるのも悔しければ、一人で先にイった彼女を恨めしくもあった。ペニスを引き抜いて緩く開いたままの膣口に手を寄せて彼女の漏らした精液を、そこを締め付けるように力を込めてひり出す。掌にとろ、と零れてきたそれは、彼女の精液と、私の本気汁の混合液だ。それを、先に果てた憎らしい奴の顔に塗りつけてやる。

「や、ちょ」
「ふふ、いいわよ、それ。あ、胸を触っただけでイっちゃうお子さまには刺激が強いかしら?」
「くっ」

 顔が真っ赤なのは恥ずかしさからか、怒りからか、それとも劣情からか。どちらにしても頬を染める彼女のその顔が可愛くて唇を寄せる。

「あ、文さまの顔が」
「なに?」
「乳首摘まれて感じてるときの顔と声、えっちすぎて」
「は?それでイったの?」

 黙る椛。
 赤かった顔がもっと真っ赤になって、口を尖らせている。顔に自分の精液が塗りつけられているのに。

「本当に、童貞の子供みたいねえ。あははは」

 笑い飛ばしてやる。いきり立って逆襲にくるかと思ったがそれはなく、代わりにまだ勃起が続くペニスを淫唇に、控えめにこすりつけてそっちをせがんでいる。

「……絶倫牝犬」

 そう言ってザーメン臭匂い立つ椛の顔にキスをする。と言うよりはその精液を嘗める。私のマン汁も混じっている。二人のエキスが解け合ってるとおもうと、その臭いにひどく興奮した。

「ください」
「えっ」

 それを口に溜めてから飲み込もうとしたとき、急に彼女の顔が寄ってきて、唇が割られた。舌が私の口をかき回し。飲下しようとしていたそれを、舌で掻き出して持って行かれてしまう。

「んっ!ふ、ん……」
「ちゅ、くちゅ、んく――こくん」

 精液と愛液、そして追加された私の唾液の混ぜ汁を、うっとりと目を閉じて歯で噛んでいる。自分の唾液も存分に混ぜ、ぐちゅぐちゅそれを攪拌してから、再び口を開ける。
 むわ、と籠もった異臭が漂い始めた。ベロを出して口を大きく開け、鼻をふんふんと鳴らしながら私を見る目はすっかり欲情色に染まっている。口から溢れ出た臭気も再び一飲みにして、それを飲み下そうとしている。が。

「っにヒトのモン勝手に持って行ってるのよ、ゲス」

 私は、ぷわ、と空気を取り込んで飲み込もうとしていた椛を押し倒してそれを取り返す。右手で椛の、細いのに鋼みたいな腕をぎゅうと握って、左手で灼けた肩を押す。伝わる筋肉の流れに、腰の根本をジンジン熱くしながら、さっきやられたみたいに彼女の口を割って舌を差し込む。
 まだ飲み下していなかったそれを、思い切りバキュームしながら舌で掻き出して口に入れてゆく。

「ぶっ、じゅ、じゅるっ!んみ、じっ!ん、ふぁっ……んく、じゅっ」
「ふぁ、ん!っぷ、ちゅっ、ゃさ、まぁっ、つぴゅっ!」

 吸い上げた、もうなんだかわからない液体を、椛はまた奪還しようとして吸付き、舌を入れてくる。口の中の形のないものを奪い合いながら、その量はお互いの唾液でどんどん増えていって口から溢れだした。
 下になっている椛の口の端からだらだらこぼれたそれを、頬から舌で嘗め上げるみたいにして掬い取って戻す。舌と舌でお互いの口を犯し合い、舌を絡め合って、歯と歯茎と口の奥を愛撫する。キスなんかじゃない。

「ふーっ、ふ、っ、は、ぁ」
「はっ、ちゅ、ふはっ、ん」

 鼻では呼吸量が足りない。お互い女としての慎みなんか忘れて、音が鳴るくらい鼻息を荒くしている。口は塞がっているから。本当に苦しくなったときだけ、少し口を離して息をつくが、その一瞬でも中身がこぼれてしまってもったいない。
 どば、と音が鳴りそうなほどたくさん漏れてしまうが止めることは出来ず、こぼれたものを唇でお互いの顔にぬったくりあう。もしくは多くなりすぎたそれを口からわざと相手の顔に。

 べちゃ、じゅる、どろ

 私の手は彼女の慎ましい胸を、ちょうど乳首を中心にして円を描くように撫でていた。だが乳首どころか乳輪にも指を触れない。ゆっくり、揉むと言うよりはやはり撫でると言った方がいいくらい。彼女はそんな私の生ぬるい愛撫に業を煮やして、さっきのようにきつく胸を掴んできた。少しだけ爪を立てた指が、乳頭の中央のすぼまりをほじり、指をぴんと伸ばして掴み取りみたいにぎゅうと握りつぶしてくる。指と指の間から乳肉がはみ出して、下品。

「だから、つよす、ぎっ」

 勃起した乳首を捻り出すみたい、生クリームでも絞り出すみたいに、おっぱいを握られる。ただでさえつんと上を向いて自己主張しているのに、そんな風にされたらすごくやらしく見える。
 椛はその先を唾液でべちょべちょになった口に含み、音を立てて吸い、唇でこね、舌で嘗め回し、前歯で甘噛みする。強く握り潰されて繊細に嘗め上げて。緩急ある胸愛撫で翻弄される私。体の力が抜けて膝が抜けると、落とした腰に彼女の勃起ペニス。
 もう余裕なんてない。一言の言葉もなく奥まで一息に挿入した。

「んっ」
「ふひゃ!」

 椛のカリ高ペニスが一気に一番奥のいりぐちのところまで届いて、それにがっつりとぶつかる。びりびりした感覚が広がってゆく。これが神経に着床して快感に化学変化する。でもそれを待つ気はなかった。快感に変容して全身に回り出す前に。

「あや、ひゃ、まっ!んひ、だめっはげしすっ」
「声を出す暇が、あった、ら、ぁっ!こし、腰つかいなさ、ひぃいっ!」

 胸を揉んでいた手はすぐに私の臀部をがっしりと掴み、その力で私は彼女の気が済むまで決して逃げられない形に捕まえられた。逃げる気なんて、もう、彼女の手に捕まる前から快感に雁字搦めにされていて、ほんの欠片だってないのだが、彼女の細腕に秘められた尋常ならざる腕力は、私を補食する獣のそれそのもの。私はその腕の、その脚の、そんな様に、やはり捕らえられてもいて。
 絶対逃げる気なんかない。逃げるくらいならここで喰い殺されたっていい。それくらい、この肉体に溺れていた。

「そう、よ、堪え性のない、勃起ぃちんぽぉぉほぉっ、好きな、好きなだけっだけ私にぶち込みなさいっ、んひいぃいっ!そう、そうよぉっ!もっと、もっと激しく!私を喰い殺すのでしょう!?」
「あや、さ、みゃ!んっ!エロすぎ、あやしゃまの体、えろすぎですぅっ!おっぱいおっきくて、なのに腰は折れそうに細くって、太股もふくらはぎも、すらっとしてるのにむちむちエロくて!この体とセックス出来るなら、なんにも、ふひぃ、なんにもいらにゃい!最低っ、文さまなんかにむちゅぅになってる、最低っ!最悪ですぅっ!」

 お尻に指の形に傷跡が残るくらい強く掴んで、もはや私では自由の効かないそれに、椛はがつんがつんとペニスを抽挿してくる。一突きごとに子宮の入り口を抉る深さ。カリが肉壁を一気に擦り上げて、もはや締まりがいいとも言えないそれをさらに押し広げる。
 抜けるときには、媚肉襞がひっかかれて白っぽくぬめる淫蜜がびちゃびちゃ弾け飛んだ。とにかく絶頂へ駆け上りたい二人の息がぴったり合って。
 彼女が腕にぐっと力を入れて奥を抉るときは力を抜いて、一番奥までそれが突き刺されば私がきゅっと締め付けながら腰を引く。それを。

「おく、奥までえぐれへぇ……!んひ、ふぅううっ、ふーっ!がっつんがっつん、でかちんぽにつらにゅかれひぇ!んっほ、ほぉおぉおォお゛おおお゛オおっ!」
「ぬ、けう、にゅけるときっ!ぉ、ぉおんっ……抜けるとき締めるの、だ、めでひゅ!ちんぽにっ、ちんぽにおまんこびらびら!ざらざらぬるぬる!全部からみ、ちゅいてへぇ……」
「泡立ってる!んひ、んっひぃぃいいぃ!椛の反り返りちんぽで、マン汁ぷくぷく泡立っちゃってるっ!きもちいい、すぐ、っは、んぅぅうううっん!すぐキちゃううっ!犬っ、犬なんかの体にぃっ!最低っ、悔しいっ、きもぢいぃいっいい゛いィいい゛イいいぃん!」
「すいついてくる、あやさまの、奥に奥にってっ私、もう抜け出せなくなってゆっ!このおまんこにちんこぶちこめないなんて考えらりぇないのおお゛おぉおおっ!みて、いまにみてへっ!あやしゃまのエロまんこなんて、私のチンポケースにひぃっ!んっひ、にくちんぽけーしゅにすりゅんだかりゃあァ゛ああぁアあぁぁ!」

 ぶぽっ、ぐぶっ、と、それが次の命をつなげる尊い高位という面が主であることなど微塵も感じさせない、汚らしく響くぬめる空気の攪拌音が、私と椛の下劣な言葉の応酬にも負けないボリュームで部屋にこだましていた。せっせと敷いた布団はもう全く用をなしていない。何かわからない液体にまみれ、シーツも掛け布団も吹き飛ばしてクッションとしての敷き布団と枕だけが取り残されている。
 私と椛は、二つ折り重なって互いに貪りあう淫らがヒトの形を持っただけのものに堕ちていた。

「ん、ひうっ!イく……イっちゃうぅぅう!犬ちんぽぶち込まれた、けだものも顔負けの発情まんこぉ、本気汁垂らしまくりの欲求不満まんこ、子宮の入り口ごりごりさりぇへ、んへえええェぇぇ゛え゛えぁア゛あ、あああ゛ン!キちゃう、キちゃうのぉおぉおぉっ!はひ、はっひぃいいいぃい、んっふううぅぅう!椛なんかに、いいようにアヘさせられるなんて、最悪、最悪ぅっ!犬なんかに、犬なんかにぃぃいいぃいぃ!!でも、でもだめぇ!このちんぽ最高なの!んっは、プライドとかザーメン欲しさにながれちゃ、ったぁ……!イきまんこになりたくて、アクメまんこに犬ザーメン欲しすぎて、おっ、おふぉおおおおん!ひっ、はぅ!腰っ、掴んで、もっと、がっつんがっつん奥までえぐっへぇぇえええん!」
「わら、しっ、もぉっ!こんどは、こんどは文さまっ、先に、イっへくりゃは……んふ、んぎひいっ!わらし、さっき、しゃっきもうイっひゃかりゃ、つっちゅぎはぁっっっ!ずるい、じゅるいれす!いっへ、いっへええエえぇぇェ!でる、で、ちゃぁあっ!やはくいってくりぇないひょっ、また、まひゃわらし、しゃきにっ!んひ、ふっひぃいいぃいぃん、今度は、今度はさっきとはちが、っうの、しゃっきみたいに我慢もらしザーメンと違うのっ!ちんこ、あやしゃまに見られただけで反り返っちゃう堪え性なし勃起ちんこ、爆発しちゃっ、臭いザーメンぶちまけちゃぅっ!」

 ぐじゅっぐじゅっ!粘液をかく音が落下するように加速してゆく。粘りけのある水音に、性器付近の肉同士が打ち合う乾いた音とそして互いの性欲を煽る正気とは思えぬ言葉、あがったまままだあがり続ける浅く短く激しい息遣いが混じり合う。
 何かの儀式であるような、混沌とした統一感が姿を現した。私と、椛の、絶頂へ駆け上がる足並みがぴったり合った感じ。単調な腰遣いでは飽きるが、二人の間に流れる申し合わせたような変調は、まるで音楽のそれのように唐突なのに言外なシンクロ。お互いの四本の足、八本で器用に階段を上りながら天国を目指す一体感。飛躍。膨張して、翻る。

「はっ、はぁっ!ひ、ふひ、い、イぐ、イぐぅっ!」
「わた、ひ、ひん!んっひ、わらひもっほおぉ!」

 感覚と感情とが言語と理性を巣立って茹だりはじめた。近い。もうすぐ。後はここから

「っひ、ぃひゃあア゛あぁ゛ァぁああ゛ぁん!れゆ、でりゅでゆ゛れゆれひゅぅ゛う!」
「んぐぅ゛!んっほ、ひ、ひぃぐ、イ゛ゅぅぅ……!っ!っっ!!」

 とん、と飛び上がって、墜ちるだけだ。

『んぉぁああア゛あ゛あァぁあぁ゛い、イく!いぐぅぅう゛うウう!!ぉぉおぉお゛んっ!ひひひゃぁぁアああああ゛ァぁ゛ぁあ!』

 椛が、私の中心で爆発した。既にトップギアフルスロットルベタ踏み状態だった私の子宮エンジンに、ピストンしまくりの肉棒から不正ガソリンが注がれる。量なんか考えてない。真っ白などろどろ生臭いザーメンガソリン。私のニンフォマニアエンジンの内燃を火消ししようというくらい、たっぷりこってりの白濁燃料が、でもそれがどんなに大量に注がれても火が消えなんてしない。エンジンの中どころか精液ポンプも加圧ペニスもまともな燃焼なんて考えてなくて、ウテルス内燃機関も熱量なんて考えてなくって、あるならあるだけ出るなら出るだけ、全部全部全部。

「キてる、きてっるりゅぅぅっ!椛の子種汁、いぬザーメン、中にぃっひ!子宮ちょくしぇ、んっほォぉおオお゛おっっ゛!もっと、もっろぉぉ!真っ白こってりザー汁、子宮が精液水風船になるまりぇ、だひ、らひっへぇ゛ぇエえ゛っぇん!」
「どまりゃ、なひぃっ!ざーめんっ、っタマん中でざーめん製造フルペースっ、んひゅァぉお゛ぉオぉお゛おん!でも、れもぜんじぇんおヒつかないのぉ!しゃせっ、射精勢いすごしゅ、でしゅぎへぇっ!しぇーしとまんにゃぐへ、んっほ、ぐひぃいぃっ!文さまんを、あやしゃま孕まへ、はらましぇるまで、射精とまりゅぃまひぇん!らめ、ちんぽ、ちんぽからでてきゅ、せーしだけじゃなきゅへ、なかみ、わらしのなかみビュッビュでひゃうぉおおぉオ゛ぉおお゛ォ゛ォおおお゛ん!!」

 射精が始まってからも彼女のピストンがおさまることはなかった。 びゅるびゅると肉幹の中に迸る勢いを響かせ、エラを思い切り張ったまま鈴口をぱっくり広げたペニスから、興奮で上がった自身の体温で少し固まりを作ったヨーグルトみたいな精液をどばどば私の中にぶちまけながら、それでも膣の入り口付近から子宮の入り口付近までを、こすりつけて往復する。
 擦り付けられる膣壁、突き刺さる膣口からは、溢れて零れ出す真っ白い精液に混じって赤い血が滲んでいる。私が処女だったのではない。彼女の抽挿が激しいのとそれが堅く大き過ぎるのが原因で、私の肉が擦り切れているのだ。でも、そのひりひりちくちく痛いのすら、芯に届く快感に化ける。周りがどう見てるのか知らないが、もともとマゾっ気がある方だとは思っていたが、こんな痛みも快感になるなんて。……椛と寝てから初めて知ったことだった。

「射精しながら、っ、ひんぅ!射精しながらへこへこ腰っ、ちんこ腰っ!ふって、がつがつって、エロ犬っ!めしゅえろいぬぅっふ、ん、ひぉおぉおお!まんこふくらみゅ、せーし出力高すぎっひぃぃいい!」
「とまん、っふ、っふ、っふぅううっ!とまんにゃ、しゃせ、こし、とまりまひぇ……ほ、ほんとに、ちんこかっ、ら、ちんこから内臓でひゃう!なかみでんぶおしだひゃれるううう!」

 射精量自体が多いと言われる白狼天狗だが、椛のような一分も二分も続く射精が普通だとは思えない。妊娠させるというよりも、その放出によって自分のものだという証を埋め込むような。
 そんなものに、下等な四つ足天狗の野蛮な性行為に籠絡されて堪るか。と思うがこの快楽にはもう抗えそうにもなかった。

「こんにゃ、こなセックス、レイプ専用っ!こんなのレイプ専用のちんこ、ザーメン、射精ピストンアクメへっ!和姦なんてできないでしょ、この性的下等種ぅっ!」
「レイプ、っ?あやさ、まレイプされひゃいんでふ……ひ!ひぐ、ぃ!お、お、っオっほ、ひぅぃい゛いいィ゛イぐ!うしょ、うしょれしゅ!ごめんなひゃ、しめ、しめちゅけ、らめ!イくの収まりかけへひゃのに、また、まひゃ、アヘっ。アヘりまくりにもどっ、もうらめ、らめ、もういけまひぇん、いけない、イケないっ!は、はっひ、ん、ふ、っふぅ、うそぉ、これもうしょぉお……イく、またイく、また雌犬ちんぽびゅっびゅしまひゅ、レイプとか、あやしゃまがっ。あやしゃまがしひぇるじゃなぁぁぉぉぉォお゛おオおおっっほお゛ほぉおオ゛おおん!」

 暴力的とさえいえるセックスは、白狼天狗の間では普通なのだろうか。興味があるわけではなかったが。とかく、椛が私を罵倒しながらも私に欲情していることに気づいて誘ってやったところから始まったこの関係には、満足して……いるはずもなかった。
 やがて射精を終えた椛が私の上に倒れ込んでくる。あれだけ山を行き来し、鬼には及ばぬものの神通力で肉体能力を飛躍させれば川を曲げ地を穿つ程度造作もない白狼天狗がここまで疲弊するのだから、こっちの体が保っているはずもない。
 私の体はもう疲労でぴくりとも動かない。

「射精して……さっさと気ぃ失うなんて、最っ低」

 オーガズムから降りてきた今、動かない体中は軋んで痛みを発している。千切れた膣の痛みはただ忌避する痛みに戻り、何より私の上で小さな死から帰らないままの椛は、苛々する不快な白狼天狗の一人に戻っていた。
 眠い。絶頂を極めた後の開放感とある種の満足感、そして問題から目を背けたい思いが、私を眠りへと誘う。
 この状態を、どうやって打開しよう。私の上で横たわる元凶は、今や心地よさそうな寝息を立てている。でも、その問題から逃げることもできないで、私は

「寒い」

 ぎしぎし痛い腕を伸ばして明後日の方に飛んだ掛け布団を掴み、それをさっきまで私の上で暴れていた奴にかぶせて当面目を背けることにした。







 これが、「山」か。男は感嘆にも似た思いで辺りを見回した。
 神聖不可侵だと人は言う。恐怖が怪奇だ禁忌だと、里から地続きであるにも拘わらず、他の誰もが踏み入れようとしない。
 見上げれば天高く突き出た山頂。雲の上にある神秘と我々を繋ぐ階のごとし。清水は山から沸き出、我々人を潤す。時に怒り、火を噴き、土の津波をもたらす。無為に踏み入れればその怒りに触れるのだとか。
 天と地を繋ぐ故、そこは天でも地でもない。使いの鳥、守護者の熊、監視者の狼。満たす草木、歌う虫。甘い空気、祓う風、濯ぐ川。何もかもが透明な神秘性に満たされている。
 音を絡め枝を寄せ葉を被せる木々達は、余りに鬱蒼と密で、山の輪郭をかたどるその薄皮一枚下にこのような別世界を秘匿していたとは、夢にも思っていなかった。

「これは、すごい。でも」

 大樹の幹に支えられた枝葉の天井に守られるように、苔蒸し落ち葉積もる地面。確かに清澄な神々しいまでの空気に満たされているというのに、何か落ち着かない。この草の陰に、朽ち木の向こうに、荒れ岩の隙間に、何かこの空気とは相容れないものが住み着いていてその目玉をこちらに向けているように、彼は感じていた。
 ここはヒトの来るべき場所ではないという、ヒトならざる者からの声だったのだろうか。その神秘性が、その向こうで牙を研ぐ妖しさが、山から人を遠ざけていた何かの「におい」であったとしても、だがそれは、人が山に入ってはならない理由には今一つ足りないと、幾らかの訝しさを以て歩みを進める。
 それは、警告としてはあまりにも空気然としていて、少なくとも彼には声として聞こえてはいなかった。

「神の使いが現れるか。妖怪が現れるか。もしくは、そのどちらも実はないか、か」

 たとい、そうであったとしても。こんな豊かな土を、手つかずにしておくのはもったいない。里ではたびたび干魃も、それによる飢饉も起きる。そのたびに大勢の死者が出て、そこに神様の救いの手はなかった。ここを段々畑にでも出来れば、いくらか救えただろう。四年前に里を干上がらせた天の仕業を思い、それを前にして為す術もなく飢え渇いて死んでいったものを思い出し、男は歯噛みする。

「皆が畏れて入らぬ山も、実は何ら変わらぬただの山だとすれば」

 とりあえずあのてっぺんまで登ってみよう。
 膝を叩いて再び立ち上がったその姿を、白狼天狗と鴉天狗一対に見られていると、彼はまだ気付いていなかった。







「こんな深部にヒトがいるなんて」
「精神力が強い人間か、感受性が弱い人間か。どちらにせよ、もはやテリトリはアテにできないな」

 山も深く、そこは本来ならヒトが入り込むような場所ではない。だというのに男が一人、ふらふらとあちこちを眺めるようにさまよっていた。
 スクは鞘に収まったままの、身の丈ほどもある青竜刀に手をかける。が、私にはそのヒトがどこにいるのかさえわからない。それを見抜けるのは、彼の千里眼あってのことだった。

「殺すんですか?」
「俺は白狼天狗だ」
「不可分論者です」
「個は関係ない」

 遠くを見たままの彼の瞳はそのヒトの能力と装備を見極めているようだった。

「全く丸腰か。どこかの禰宜のようだが、やはり不用心に迷い込んだだけのようだな」

 私はヒトという存在を殊更養護するつもりはない。迷い込んだだけで殺されるのは不憫だなどと考えるつもりも、毛頭無い。ただ、殺したくもない人間を殺すスクは、何を思うのか。それだけが気になっていた。

「殺さずとも、威嚇して外に送り出せばいいのでは」
「殺してから、威嚇のために外に送り出す」

 とん、と、肩に乗せた青竜刀を抜きつつ、落ち葉の地面を蹴って跳ぶ。次の瞬間、スクの姿はヒトの向こう側に立ち、ヒトの姿は豆腐のように真二つになっていた。

「しまった。綺麗にやりすぎた」

 彼が舌打ちしたのを聞いてから、ヒトの体が血を流して上げてどさりと倒れ、私はその傍へ寄って死体の様子を確認する。
 切り口は袈裟懸けに一筋、迷い無く一閃。衣服も皮膚も肉も内臓も骨も、一息に一太刀で真っ二つに両断されている。切り口が小さければ飛沫を上げる流血も、これだけ断面が大きければ溢れるに留まる。
 いかに天狗といえど、術も使わず純粋な腕力だけでこれだけの威力を見せるものは、山にはそういない。鮮やかの一言に尽きた。

「綺麗な死体。これでは白狼天狗の仕業に見えませんね」
「皮肉るなよ」

 刀を鞘に収めながら、スクはそのヒトだったものを拾い上げて歩き始めた。

「霊歌社の禰宜だ」

 襟に縫い込められた八卦に陰陽を描いた印章を指して言う。

「もう名も聞かぬ神社の、もはや用もなさぬ分社ですか。まだ禰宜や巫女がいるんですね。山にはずけずけ入ってくるのに」
「山の混乱を見ろ。山の外もだ。新顔はぞろぞろ増えているし、それによって収拾がつかなくなってるところもある。何事かあって八雲はマヨヒガに籠もって出てこないともきく。そろそろ博麗が『まともな』巫女を輩出していてもおかしくない」
「博麗ってそういうものなんですか?普段から霊験を発揮していればヒトとヒトならざるものが安易に溶けたりしないのに」
「博麗は、この世界のものぐさな自浄機能だ。八雲が設置はしたが、既に半分は管理下を離れて自律している。」
「自浄」

 という言葉が嫌いだった。
 そんなものがあって、そんなもので済むのなら苦労しない。

「それ、どこに返すんですか?」
「だから、霊歌社が妥当だろう。少し荒らした死体の方がよかったかもしれないが、まあ、これはこれで怖がるだろう」

 摘むみたいにしてヒトの死体を抱えて歩き出す。

「警邏は射命丸に任せた。俺はコレを置いて、報告してくる。」
「心得ました。」

 では、とコースに戻ろうとしたとき、再び呼び止められた。

「いや、やはり手伝って貰おう」
「死体運びですか?」
「そう、だな」

 霊歌社へ禰宜の死体を運ぶ。と思っていたが、結局死体を運んだのはスクで、人知れず死体を社の中に放り込んできたのもスク。私は一体何のために付いていったのだかよくわからなかった。
 確かに。ヒトを斬り、それを抱えて山を下り、ヒトに見つからずに里の中の社に忍び込んで死体を置いて戻ってくる。その一連を全く滞りなく出来たのは、私が手を出さなかったから、であったかも知れない。私がいてもいなくても変わらない。白狼天狗であるスクが私を育てるために連れる意味がわからない以上、やはりこの行為の意味もわかりはしなかった。わかったのは、普通ならば一仕事であるこの作業を、散歩にでも行くような手軽さでこなし、事もなさげに返ってきたことだけだった。
 山へ戻って来るなり、スクは小さく溜息をついて、呟く。

「さ。この後が一番面倒だ。」

 事の顛末を大天狗長会議に報告に行かねばならないのだ。
 大天狗長会議はそのメンバーの殆どが鴉天狗で占められている。不可分論が意志であり、分離論的行為である人斬りと見せしめは、それにそぐわない。報告に行くスクが針の筵に逢うことは明らかだった。

「本当に」
「うん?」
「本当に、スクが不可分論を掲げ直すことで、他の白狼天狗は火の手を上げるでしょうか」
「……上げるさ。白狼天狗って言うのは、そう言うバカばかりなんだよ、オレも含めて」
「スクは違うのでしょう?」
「同じさ。あいつらの義理を、裏切れない」

 そう言ってすたすたと天魔宮へ向かう。
 幸いなのは、会議の意志としては不可分論が動かぬメインストリームではあるものの、それを決定事項として明確に打ち出す声明を発表していないところだった。何らかの政治的意図があるのかも知れないが、それ故に白狼天狗、もとい分離論者はぎりぎりのラインで、独自の判断の下に動いても表だって強く罰せられることはなかった。非常に居づらい空気が漂うことに変わりはないのだが。
 しばらく歩くと山の頂上付近に木々が切り開かれた空間が広がり、そこに真白い天魔宮が姿を現した。大理石を基調に建造された、天狗の執政府庁とも言える建造物。大きく開かれたその口は何者も受け入れるが如き大きさだが、許可なき者は通さないという荘厳さも兼ね備えている。
 見た目は美しいこの天魔宮だが、私は嫌いだった。どうにも顕示欲が強すぎる気がする。これほどに純白であると、逆に嫌味にさえ感じられるのだ。
 その白さは、血統の良い白狼天狗の白であり、一部の高位の鴉天狗の白でもある。潔癖すぎる意識を体現したようなその白壁が、酷く無機質で病的にさえ見えるのだった。

「さぁて、いきますかね」

 天魔宮の前で更にもう一度溜息をつくスク。大天狗長であるスクは、天魔宮へも顔パス。ここから先に進むのに特に面倒はない。それでも私は、ぴたり、歩みを止めてしまう。

「あの」
「どうした?」
「私は、ここで」
「何故」

 何故って、私みたいな下っ端は恐れ多くて入れないからに決まっているじゃないか。自分のような低俗な血筋の、真っ黒な鴉天狗がおいそれとは入れる場所ではない。勿論スクにくっついて入ることは可能だが、一人で入ろうものなら摘み出されるだろう。下手をすると天魔宮を汚した罪とかで罰せられるかもしれない。
 
「こんな建物の一つや二つ、お前の翼があれば何の障害でもないだろう。お前をここに立ち入らせるために、警邏を放ってつれてきたんだ。」
「ですが、翼とか、そう言う問題では」
「そう言う問題なんだよ。ほら、来いって」

 スクは私の手を取ってぐいと引っ張る。軽々と私の体を引き寄せてそのまま門の中へずんずんと進んでゆく。歩幅が大きくて合わず、曳かれる度にバランスを崩して、真意のしれないスクの横顔を、見上げた。
 私の手を取ったスクの手は、大きくて力強くて。見上げる顔は精悍で頼もしく、自信と思慮を兼ねていて、眩しい。たったそれだけのことなのに、酷く胸が高鳴って顔が熱い。ばかだ。まるで子供のようではないか。

「す、スク」

 引かれる手。骨ばった粗野な、力強い手。見上げるもスクはまっすぐ前を見ていて、その表情は窺い知れない。
 バカな夢を見るな、私。シンデレラストーリーでも妄想しているのか?もう、白狼天狗の時代は終わったんだ。その実力者に認められたところで。そもそもスクが私にどこまで信用を置いているかなんて。私なんか足元にも及ばないことにも変わりはなくて。
 この人が、この手が、私をこの黒から救い出してくれるのではないか。そんな淡い期待が、胸の奥に芽生えていた。それが、思い上がった感情でしかないことを、承知していても。

「オレから、離れるな」

 そのまま、視線もくれずに言う。

「確かに、お前が入れるような場所じゃあない。血筋、任務、色々もあってお前はもう危険な立場にいる。天魔宮は、少し危険かもしれないな」

 さっき私が一人で警邏にいこうとしたときに呼び止めたのは、そういう意味もあったのかもしれない。

「だ、だったら」
「それでも」

 まっすぐに円議席へ向かう足を止めるスク。私は再び彼のことを見上げるが、やはり顔を向けてはくれなかった。それが薄情故ではないことくらい、わかる。だが、何を考えているのだろう。
 そのまま、彼は言葉をつなげた。

「それでも、お前には、そんなものに囚われずに駆け抜けて欲しい。よく見ろ。いや、建物じゃない。そこにいるあいつ、あの部屋でふんぞり返ってる奴、これから会いに行くいけ好かないオヤジ。今まで汚い立場にいたお前は、天魔宮の中のことを俺なんかより知っているだろう。」

 そこにいるあいつ、と指さしたのは大天狗長の一人アガタの秘書で、同時にアガタとは恋仲。アガタが不当な方法で塩の権益を牛耳るその実務を行っている。その部屋は山伏天狗を束ねる大天狗の執務室。彼は私有地の一角でケシの栽培をを行い、部下の山伏天狗に捌かせている。そしてこれから報告に向かう大天狗長はカラフミ。会議の議長を務める最有力の大天狗長だが、実は極度のマゾヒスト。
 他にも、同じ鴉天狗の実力者同士密かに反目している派閥や、分離論を裏で支持する鴉天狗もいる。人には言えない性癖を満たすために私を使うやつもいるし、個人の怨恨を執務に影響させるところも見ている。それぞれが社会的地位が高く、影響力が小さくはない人物達で、私が、汚い仕事を請け負ったり、対象にしたりした人物達。
 奴等は皆、私の事など取るに足らない存在だと考え、実際にそうそうではあるのだが、それ故いつでも消せると考えている。私は相手から必要な情報を引き出す道具でしかなく、私は内部の肥溜めを引っ掻き回すための、ある意味での共有物になっているのだろう。

「言ってしまえば、俺がお前を部下にして連れ回しているのだって、スキャンダラスなんだ。今入ってきた入り口が真っ白だとすれば、お前は真っ黒な天魔宮の裏口の姿を、知っている。おそらくこの天狗社会で、誰よりな。」
「だからといって、私には」
「何もできないなどと思うな。だからこそ、白狼天狗と鴉天狗の立場逆転が成ったのだろう?」

 この人は、自身は白狼天狗だというのに。これほどのリベラリスト、鴉天狗にはいない。

「黒い翼を呪うなら、まだ黒がくすんでいる証拠だ。何者にも塗り潰せない黒になれ。お前の黒が、この白い宮殿を闊歩する日は、そう遠くないはずだ。」

 何者にも塗り潰せない黒……。

 ハンマーで頭を殴られたら、痛いに違いない。いや、それくらいの衝撃だった。白く白くと教えられ、信じ、それに向かって生きてきたはずなのに、自分の黒さが武器になるだなんて、考えたこともなかった。

「スクは、そんな真っ黒な天狗を連れて、またここに、来てくれますか」
「もちろんだ。むしろ、誇らしいね」

 わたしは、やられていたのかも知れない、もう、この時点で。

「だから、お前の黒が熟すまで、オレの傍に、いろ」







 消される。
 私のような下鴉は、任務に失敗しただけでも使い捨ての道具のように抹消される。生きる証拠、生きる凶器、生きる証言、生きる罪状。生かしたままにしておくだけでリスクなのだから。
 大天狗長スクを籠絡しろという命は、まったくもって巧く行く気配がなかった。愚直な性格の者が多い白狼天狗だから、そういうやり方には弱いだろうというのが上の意見で、それにはかつて、概ね私も同意だった。
 だが実際に接してみると、スクに限ってはそんなことはなくて。まっすぐな芯は見えるのにそれを覆い隠す衣が陽炎のようにそれの実体をぼかしてしまうのだ。
 そして今や、私自身がそれを巧くやろうという気を失ってさえいる。

「お疲れさん。どうだ射命丸、この後一杯」
「明日も朝からですよ?私はスクのようにお酒強くないんですから」
「何を言ってるんだ。天狗たるもの酒も干せずにどうするんだ。」
「白狼天狗の常識を鴉天狗に求めないで下さいよ……」

 私がスクの取り込みに手間取っているのは、上も気付いている。だが、よもや私が落とされているとは思ってはいないだろう。
 別に彼が「たらし」という訳ではない。相性が悪かったのだ。いや、よかったのだ。

「わかったわかった。お前は飲まなくてもいいから肴につき合え」
「それも生殺しですよね」

 一杯。確かに彼はそういったがそんなことで済む筈がない。彼は本当に浴びるように飲む。酒を飲むというよりは、酒屋を飲むといった方が適切だろうというくらい。だから、私が多少飲んだり飲まなかったりしたところで全体の量は大して変わらないし、多少飲む程度でいいと、そうである以上は私とて下戸というわけでもなく、結局は二人で飲み明かすのだった。
 酒屋で棚の端から端までを指さして、こっからここまで、とゆってそれを抱えて持ち帰る。肴は塩だけ。たまに川魚を用意することもあるがどのみち一瞬でなくなってしまうのだから変わりはなかった。殊、今の時期にあっては、色づいた椛を肴に飲めるらしい。私は昼間でないと無理だが、そこは彼の千里眼故と言うところだろう。

「ほうら、飲め」
「結局飲まされるんです」
「いやか?」
「……わかっているくせに」

 私は完全に彼に酔わされているというのに、彼自身にその自覚はなくて。例えば私が今まで男や女をたぶらかしてきたのと同じように彼も私を弄んでくれるのなら、それがアルス・アマトリア実践の延長みたいな滑稽なものであったなら、私にも立つ瀬のようなものがあったかもしれない。でもそんなことはなくて。私は純粋に彼のことを好いてしまっていて、彼はそんな私を、少し持て余しているようだった。

「奥さんは大丈夫なんですか?」
「さあな」
「こんな若い娘と一緒に朝まで飲まれたら、気が気ではないんじゃ」
「そうだなあ。やはり帰るか」
「や、いやだぁ、飲みましょうよー」
「妻のことは気にしなくていい。ウチは亭主関白だからな。それに、娘ほど年の離れた女に、そんなまちがいを起こすと思うか」
「へえ。でも、こういうの、どうですか?」

 私は彼の太い腕にしなだれかかるみたいにしてその腕を取り、大して大きくもない胸にその手を重ねさせる。

「おいおい」
「私は、本気ですよ。」

 酩酊状態とは都合のよいもので、感情はデフォルメされ、発言は極端になり、だがそれらすべての裏付けは基本的には認められず、酔っているから、の一言で片づけられる。それはそれは都合のよいもので、任務的な駆け引きよりも、スクの家で待つ女性との駆け引きである行為すら、その真意を覆い隠してしまうことができた。隠し切れていたのかは、甚だ疑問だが。

「鴉天狗と白狼天狗じゃ家族の構成が違うことくらい知っているだろう」
「『私、二号さんでもかまわないわ』」
「軽々しくそういうことを言うな。」

 スクが更に杯を煽る。並々と湛えられた酒が喉に流れていくのを追いかけるように私はスクの口を吸い、酒染まりの唾液を注いだ。
 大きい。彼の巨躯はそれは逞しいというのを越えている。あぐらをかいて酒を浴びるその口を貪るのに、私は立って少しかがむ程度。手を置いた肩などまるで岩のようで、目をつむって触れればそれが肉だとは決して思うまい。

「ん……っ、スク、すくぅ……」

 この巨大な肉体に天狗随一の速度と他に類を見ない千里眼が秘められているなんて、チート過ぎる。私が彼に虜にされたのは、その強烈すぎる「男」性のせいだった。こんな強靱な肉体。筋肉。ごつごつして骨ばった体。だのにスマートな能力と、まっすぐで深いひととなり。鴉天狗にはこんな人、いない。
 口づけながら、腰をくねらせて彼を誘う。酒で思慮が欠けているせいか、それともそれが私の本音なのか、はてまたその両方か、彼の体に触れているだけで私の雌はすっかり目を覚ましてその気になっていた。

「二号、も無理だ。妻はもう六人いる。射命丸、そんなので、スパイが務まるのか」
「とうにやめました。」

 白狼天狗は一夫多妻で大きな家族を構成している。もちろん妻は白狼天狗であって、他の種族から取るようなことはない。本妻は一人で、家族の中では主人に次いで強大な力を、特に家庭内ではそれをも凌ぐ実力を有するらしい。
 私は、本妻だろうが妾だろうが、同じ種族で彼と親しい仲でいれる全ての白狼天狗に嫉妬していて、もっというと、彼女たち全員に喧嘩を売ってしまいそうですらあった。

「やめられるものか。消されて、終わる。」

 そう。
 私は、消されるだろう。

 だが、そんなことはもはやどうでもよかった。
 振り返ったところで悪くない人生だと言えるほどにもまともではない人生を歩んできた。こんな穢れた体に、羽根が白くなる可能性も見えないような底辺の私に、先のことを考える程のバイタリティがあるわけでもなくて。
 私を刺客だと見抜いているスクだが、それでもうるさい小バエえか何かだとしか思っていないのだろう。私が幾ら仕掛けても全部真正面から弾き返してしまうのだ。
 そんな強さがたまらなく魅力的で。燃え尽きてもいい火遊びというのは、まさにこういう事なのだろう。いつの間にか任務の事なんて忘れて、いや、無視して、私はすっかりとスクに入れ込んでいた。
 もはや抱くとか取り込むとかそんなことはどうでもよくて、その「強さ」の中に溺れたかった。強さこそ、私が欲しくて欲しくてずっと願い続けていたことで、それさえあればいろいろに私を縛る惨めな鎖から抜け出せると思っていて、それでもそれを手に入れることが出来なかった手の届かない宝石のようなものだったのだから。その中で一瞬でも溺れられて消されてしまうのなら、本望とは言い難いが、そこでやっと「悪くない人生だったかな」って思えるような気がして。

「んっ、ちゅ、すくぅ……」

 抱かれている。
 本当は抱かないといけないのに。

「君達鴉天狗が見下す犬が、そんなにいいのか?」
「いい、ですっ、スクっ、もっと、もっとぉっ」

 体まで使ったやり方で、巧く行きそうにないのは、初めてだった。セックスでリードを許すのも、固く閉ざしていたつもりの気持ちを奪われるのも、どちらも初めてで、片方でもダメになりそうだったのに、両方だなんて。

「禿げた鴉どもの差し金、なんだろう?」
「ちがい、ますっ。私、ほんとに」

 しかも私の真意をおそらく知った上で、遠ざけるどころか部下として懐に入れてきたのだから、こちらも変に動けなくなって。周辺への工作も出来ずに、ガチンコで駆け引き勝負するしかなくなったのだ。
 それでも可能な範囲で準備は周到に行った。自分の気持ちは完全に塗り潰して、彼を思う自分を作り上げる。でもやがて自分の気持ちを塗り隠す必要がなくなってしまったところに、もう敗北は見えていたのだ。
 そして、それを必死に否定する自分が、我ながらなおのこと滑稽であった。

「ほんとにスクのことが好きなの」

 私の言葉を聞いてか聞かずか、いや、聞いていたからこそなのだろう、スクは私の言葉を遮って声を被せてきた。

「もうすぐ、子供が産まれるんだ。実は初めての子供でなぁ」

 一夫多妻社会を採る白狼天狗では、こと、雄の白狼天狗にとって、誰が産むかということに大きな意味はないだろう。それはしかし、鴉天狗、つまり私に対しては別の意味を持っていて、その二つの微妙な差を踏まえて、スクは私にそう言ったのだ。
 スクにとって私はやはり重たかっただろうか。最初私を部下に指名したのは、確かにスパイを牽制する意味があったのだろうとは思うが、そこから余計なものがついて来すぎたのは確かだった。
 スクは私の方を見ながら、私の目を見ないで言う。ああ、この仕草は彼から受け継がれたものなのか。
 私も、決断を迫られているのだろう。ガキの私も、いい加減ヤキが回っていることに気付かざるを得なかった。

「既に、名前も決まっていてな」

 スクと随分と近づいた今では、本名も教わっている。だから、子供に付けようと言う名前を、私はその日から一度も忘れたことがなかった。

「男の子だったら、楓。女の子だったら、椛。どうだ、いい名前だろう」
「……陳腐な、名前ですね」







 やがて、女の子が産まれたという話を耳にした。私はそれきり家族のことについて話を持ち出すことはなくて、そうであればスクも同じく、進んでそんな話はしない。
 犬走椛。
 それは、もはや運命だったと言わざるを得ない。私にとってはもとより、生まれる前から、彼女にとっては。
 それは、彼女にとっては呪いにも等しかっただろう。







 今になって振り返れば、あれは本当に恋だったのか、怪しいものだ。幼い個体によくあるという、憧れと恋の錯誤でしかなかったのかもしれない。若い頃に、そう言う情操的なところに落ち着いている余裕がなかったからか。
 私が生まれた頃は、鴉天狗と白狼天狗の抗争がまだ拮抗状態で、それまで水面下に潜んできた鴉天狗が少しずつ政治的な利を獲得していった時代。私みたいな「黒い」鴉天狗は、下っ端の兵隊として何らかの形でその抗争に加わっていたものだ。何とか、「色を薄く」したくて。
 腕力が強いわけでも特別術が巧いわけでもなかったけど、動体視力と速度に少々の才があった私は、真っ先に機動性を生かした戦闘技術の教育を施されて。
 でも鴉天狗が白狼天狗に勝るには戦闘じゃないって言う風潮が浸透してったものだから、悪くはなかった容姿を理由に、いや、きっと「真っ黒だね。いや、至って普通。問題ないよと言われたあの」血統も手伝ってのことだろう、私は自分の速さよりも相手を早くイかせる技術を「教わる」ことになった。色の薄い鴉天狗達、相手に。
 抗争、といっても陣を構えて殴り合う訳じゃない。他の天狗種族もいたし、もっと言うと天狗以外にもたくさんの妖怪が住まうこの山全体の秩序は、最低限取り繕わなければならない。鬼のいなくなった今、いくらかの神族を除いて天狗が最大の勢力だったが、それでも天狗内部が瓦解するとその立場も危うい。白狼天狗と鴉天狗は同じ天狗として一つの意志決定機関である会議に従いながらも、常に水面下で争い続けていた。今も、それが続いている。
 それが、椛が私を憎む「一つの」理由であり、私が彼女を嫌う「一つの」理由だ。

「ふう」

 椛が帰った後の寝所の惨事を見て、深い溜息をつく。湯浴みをしてから戻れば、この部屋の臭いの酷さに顔をしかめざるを得なかった。

「あいつ、本当に何も片付けないで帰りやがった」

 ふと、布団の片隅に散った彼女の白い毛の束が目に付いた。きっとヨガりまくって私も椛もなくなっていたときに、私が毟ってしまったものだろう。私はそれを指で摘み、部屋の片隅で揺れる灯火に透かしてみてみた。
 真っ白。混じりけのない、雪のような白。これが、椛の血筋の良さの象徴だ。あの人の血を受けている、証拠だ。
 没落種族の豪族の娘。私のような雑草にも劣る血筋では、かつて白狼天狗が高みにいた頃のようなヒエラルキーのままでは、絶対に椛とは口さえ利けまい。姿を見ることさえ出来なかったかもしれない。それが徐々に拮抗してきて、私がスクの下に付くことになって。そうして知り合ったのが、あの犬走椛だった。

「忌々しい」

 その毛を火の中に放り込む。タンパク質の焼ける嫌な臭いが鼻につく。

「真白い毛でも、こんなにも臭いじゃない。なにが、何が……!」

 めちゃくちゃになった布団に膝を突いて、崩れるようにへたり込む。何が血統だ。あいつが蝶よ花よと綺麗な水で育てられたのに比べて、幼くは泥水を啜り、成長しては血を啜り、一昔前からは今だって精液を啜って生きている私に、何の差があると言うんだ。
 見ろ、今やその下等な黒い血統の鴉天狗に、純白の白狼天狗、しかも由緒正しい貴族の娘が……!
 だが。

「今度は、あの娘なの?つくづく、愚かね、私」

 白い毛並みを殺せば、自分の黒い羽は浄化されると教わり、その通りにしてきた。いっこうに色の薄くならない羽に疑惑を抱いて握った刃を、彼に止められたのだ。

「なんであなたは、私を受け入れたの。なんで、なんで」

 その疑問は確かに私を苛むものだったが、疑問そのものは私の逃避が生み出した言葉に過ぎなかった。







「スク!ご無事で!?」

 山の大木にもたれかかっているスク。無事には、見えなかった。

「射命丸か」

 物音を聞いて青竜刀を握る手に力をこめたスクだったが、私だと知るとそれを緩めた。
 私は傍に寄って、彼の体の傷を確認する。酷い傷だ。刀傷と術による傷が入り混じっている。複数人に襲撃されたのだろう。

「まさか、身内に裏切られるとはなあ。何もかも台無しだ」
「鴉天狗がやるならまだ話はわかりますが、なんで、なんで白狼天狗同士で、こんな。ばか、まるでばかじゃないですか……!」

 議会に従って不可分論を前に安穏と大天狗長の地位にいるスクを、白狼天狗の一部の血気盛んな若い者達が逆賊と称して襲撃したのだ。気を抜いていたスクはまったくもろに彼らの攻撃を受け、しかしその上でそいつらを振り切ってここまで逃げてきたらしい。
 騒ぎを聞きつけた私は慌ててやってきた。何かあったらスクの盾になろうだなんて考えていた私を、まったく嘲笑うかのようなタイミングの出来事。私はまたも無力だった。
 服を脱がせて手当てをするが、もともと治療系の術など巧く扱えない私では、限界があった。この事態を予測して持ってきた水、消毒薬、包帯や絆創膏はあったが、スクの負った傷はそれでは追いつきそうにない。消耗しきっているせいか、元々驚異的な自然治癒力を持つ白狼天狗にも拘らず一向に治癒が始まる気配もなかった。

「動かないで下さい」

 立ち上がろうとするスクを制止する。

「こりゃあ、無理だなあ」
「弱気を言わないで。スクらしくないですよ。とりあえず追っ手は払ったんですよね?近くに私の個人的な協力者の家があります。そこへ」
「違う、体の方がだよ」
「そ、そんなことは」

 私は医者ではないから詳しいことはわからない。白狼天狗の体のこともわかりはしない。それでも、この状況が確実に危険な状態である、否、もはや手遅れであることは一目ですぐにわかった。
 破れた腹から内臓の一部が零れている。上半身の数箇所に、焼き鏝でも貫いたような焼けた穴が開いている。左太腿は抉れ落ち、左腕に至っては既に元の場所にはなかった。私が見つけた頃には、赤い水溜りが出来上がり、それは今も少しずつ広がっている。
 時間の問題、というよりは、これで生きているのが不思議なくらいだった。

「結局」
「喋らないで。助けが、きっと」
「守ってやれなかったなあ」

 えっ

「それは、こっちの、せりふ、です」
「ふざけろよ。ただの小鴉風情が、俺を守るつもりだったか」
「ええ、ええ!守るつもりでした!惚れた相手を守りたいと思って、何が悪いんですか!議会がスクを消しにかかってきたら、私は絶対に戦うつもりでした!スクと一緒にいるために私が消されるというのなら、一片の後悔だってありませんでした!好き、好きだから……!!」

 はは、とスクは小さく笑う。

「なんだろうなあ、お前を一目見て、やられたんだろうな。泥の中でもがいてる、黒くて小さなひよっこを、俺なんかがどうにかできると思ったのが間違いだったんだろう。もっと辛い目に遭わせてしまったなあ。俺は、お前を守りたかったんだよ、射命丸。……お前を最後の最後まで抱かずにいたのは、失敗だったかな」

 悲壮感を塗りつぶしたい冗談は、しかし下地を覆い隠せていない。

「だったら、今、抱いて下さい」
「殺す気かよ」
「何言ってるんですか。こうしてくれるだけで、いいんです」

 私は血だらけのスクの右腕の下に肩を通して、その胸に体を預ける。熱い。まさに死に行く体だというのに、白狼天狗の体とはこれほどに熱い、力強い。愛おしい。

「ごめんなさい。あんなこと言いましたけど、何も、力になれませんでした」
「それはまだ、わからんさ」
「そう、そうですよね」
「違う。俺が望んでるのは、白狼天狗の社会的地位の安定と、白狼天狗と鴉天狗との確執の解消だ。俺個人の命のことなんか、もう諦めてる。」

 スクの目の焦点が合わなくなってきた。体は熱さを残しながらも、徐々にその強さを失っているようだった。

「お前が俺を守れなかった代償に」
「……はい」
「お前を守らせてくれないかなあ」
「え?」

 殺してくれよ。

 耳を疑う。
 いま、なんて……?

「殺してくれと、言ったんだ」
「苦痛から逃げるなんて、スクらしくない……!」
「違うって。ああいや、痛いのが、辛くないというと、嘘だがなぁ」
「じゃあ、駄目です。」
「お前は、俺の首を持っていくんだよ。元々、そういう役回りなんだろう?」
「人の話を聞いていませんね?私はスクを」
「それはもう、無理だと、わかってる、だろう」

 スクは、もう、助からないだろう。私は、彼を、守れなかったのだ。

「よくも守ってくれなかったな。詫びにお前を守らせろ。」
「わけ、わかんないですって……」
「俺の、首を持っていけば、大手柄だ。お前はスパイの任務を全うしただけでなく、百数十年に渡る種族間抗争に、終焉の皮切りをもたらした者として、議会でさえ無視できない力を持つようになる。これからお前はどんどん大きなコトを、成し遂げて、でかいやつらの影を掴んで、すぐに真っ黒い翼で、あの真っ白い宮殿を自由に行き来できるようになる。」
「私に、ひたすら闇の道を歩かせる気ですか」
「そうでなければ、死ぬ気、だったのだろう?だったら、俺を守るつもりだったなら、俺の魂も抱えて、お前の好き勝手に、お前の生き方に便乗させてくれよ、射命丸」
「そん、なの、卑怯、ですっ!自分を殺して分離論を説いていたのを、今更後悔して、それを私に押し着せようっていうんですか!」

 生き延びて自分でやれ!といいたかったが、だんだんと、スクの声が小さくなっていく。いよいよもう、終わりが近いのか。
 いやだ!私がスクの代わりに生きるなんて、意味ない!私じゃなくて、彼が、生きて、もっとやることがあるだろうに……!

「もう、辛いんだ。痛みが命にまで回りきる前に、芯を抉り取ってくれないか」
「スク、いやです、死ぬなんて!私が生きてるのは、今だってスクのおかげなのに、もっと私に背負わせるつもりですか!」
「たの、むよ。このまま死ぬより、おまえのてでしにたい。ほれたやつの、てで」

 動きが鈍くなってきたスクの唇に、キスをする。血の味しかしないのが、一層悲愴を呼ぶ。弱々しく舌で応えてくれるスク。これで、これで、最後だ。最後。

「好きです」
「おれもだ」







 その日は珍しく椛の方からねだってきた。突然うちに押しかけてきたときには、肉食獣そのもののぎらついた眼光で、それでも眉を寄せて切ない顔をしながら、スカートの下で既にペニスを勃起させていた。

「抱かせ、て」

 切羽詰ったように声を震わせて、扉を開けた私に掴みかかってくる。来る途中に食べていたのか、囓り賭の梨がぽとりと投げ出される。が、そんなこと気にも留めないで、彼女は私にかぶりついてきた。

 このまま押し倒される……!

 いつもの彼女なら(いつもの私でも)このまま後ろ手にぎりぎり扉を閉め、その場で相手の体を貪るようなそんな状態で、だが椛は私が首を縦に振るまで踏み止まっていた。痛いくらい指を私の肩に食い込ませ、荒い息遣いを必死に整えようとして、興奮と足りない酸素に顔を真っ赤にして目を潤ませた椛は、堪らなく私を昂ぶらせる。

「あやや?発情期?」
「ちがっ、います」

 そんなに苦しそうな顔で性欲を抑えなければならないのに、これでも発情期ではないというのか。そもそも白狼天狗からは発情期という生理的機能は失われつつあり、現在では何十年に一度しか現れないと聞く。それに、彼らにとって発情期という機能は恥ずべきものとして捉えられているらしく、周囲としてはそれに触れてやらないのが一つのマナーとなっていた。そうである以上、椛自身が否定したのであれば、それ以上追及すべきではないだろう。

「い、いん、ですか?だめ、なんですかっ?」

 鬼気迫った表情、を伏せ、私の肩をぎりぎりと掴んだまま顔を下げた姿勢で、問う。今までみたいに、無理やり押し倒して犯さないのか。

「いちいち聞くのね」
「だ、って」

 腹が立った。
 相手に対する思いやりなど、私と椛の間には要らないと、最初からの申し合わせだったはずだ。私達は、ただお互いの体で好きにマスターベーションする。お互いを気遣う必要なんかなく、抱きたいときに抱き、格別の事情がない限りはそれを受け入れる。ただただ、体のセックスが欲しいからと、お互いに結んだ淫らな紳士協定だったはずだ。そして、それが守られているからこそ、逆に言うのであれば、お互いの気持ちを蔑ろにし続けているからこそ、私達の関係は安定していた。
 それで、巧くやっているところだった。
 だというのに、こいつは。

「ふざけないで。あなたがそんな態度だと、私が面倒くさいでしょう。私があなたに抱かれたくなったとき、いちいち『抱いて』なんて言わなきゃいけないなんて、ぞっとしないわ」

 それに、万万が一、相手を、椛を私が、大事に思ってしまうことがあったりしたら。
 恐ろしかった。それだけは、あってはならない。
 彼女は、スクの、犬走柾の娘、犬走椛なのだから。
 私が初めて愛した、そして、私が殺した、白狼天狗。
 椛はまだそのことを、知らない。

 そうであっても、私が彼女を求め、彼女の求めに私は応じるというこの関係は、酷く甘ったれたものだった。私は、椛にスクの面影を感じているのだ。白い毛並み、硬い筋肉、誇りと気高さ、ある意味での奔放さ。とうとう彼には抱いてもらえなかったこの悔恨を、彼女で代用としているのだ。自分で殺しておいて。
 私は、酷い女だ。

「文、さまっ!」

 私が強姦を強要すると、彼女はそれに乗じてその場で私を組み敷いた。土間にそのまま突き倒されて四肢を絡めとられる。シャツは引き千切られ、一緒に毟り取られた下着が地面に打ち捨てられた。囲炉裏の墨が弾ける音と、椛の荒い吐息だけが部屋を色付ける存在感。
 私は彼女のなすがままに、痛くない程度に姿勢を保ち、萎えない程度に抵抗し、襲える程度に隙を見せ、椛の欲求を受け止める。荒々しい彼女の肉欲は和姦には程遠く、それゆえに剥き出しの彼女で。
 そう、それでいい。私を、思う存分汚して頂戴。
 もちろん私も椛を貪りはするが、こうして形だけでも、赦しを乞おうという自分が、とても卑屈な存在に思える。
 破けたシャツから出た乳房を、椛は乱暴に吸う。先端を潰すくらいに強く噛み、かと思えばそのざらざらの舌で優しく舐めあげて。椛に強姦(ではないのだが)されているというシチュエーションに、私の体は悲しく反応を示した。椛の行為が気持ちいいのか、償いにもならない代償行為を捧げる自分に酔っているのか、椛にスクを見ているのか。
 もはやいずれでもよかった。
 土間の地面の土に擦りつけられる背中。ひんやりとした感触だが椛の行為は激しくて、徐々にそれは擦り傷になってゆく。ひりひり痛く、それでも止まることのない椛の激しい愛撫。背中に走るざりざりとした感触は血を滲ませ沁みるほどにもなるが、椛は、そして私までも、それでも構わないと互いに体を擦り付けあう。
 痛みと快感に挟まれ、椛とスクに挟まれ、土くれと白い毛並みに挟まれ、その間で揉みくちゃにされる自分自身に、私は快感を覚えていた。

「もみ、じっ、いいわ、もっと、激しく」
「こんな風にしても、濡れるんです、ねっ!」

 椛は私のスカートを破り捨て、ショーツの上から私のクレヴァスをなぞる。椛の指と布の感触に加えて、ぬるりと滑る液体の感触がある。椛の言うとおり、私は、感じていた。

「濡らして、やってるのよ、あなたが入れやすいように。我慢してないで、さっさと、出せば?」

 刺激というよりシチュエーションにくらくらと感じている私は、なおも椛を挑発する。薄ら笑いと見下したような目で彼女を見るが、その実、私の体は煮え滾り、次に椛から与えられる刺激を待ちわびていた。

「減らず口を」

 ずぶん!

 低く小さく呟いた椛は、ヴァギナを擦っていた指を三本、束ねて一気に私のそこへぶち込んできた。

「~~~っ!!」

 前触れなく襲い掛かる深い刺激に、私は椛の背中に腕を回して、ぎゅうううっ、と思い切り抱き付いてしまう。小さなオーガズムが腰の奥でぷちぷち弾けていた。瞼の奥がかちかち明滅して、子宮が本気になる。

「っは、ひ、もみ、じぃっ!」
「文さま、き、きつっ」

 抱きつく力が強すぎて、椛が悲鳴を上げるが、それも満更でもない様子。そのまま椛の指は私の秘所を無遠慮にかき回し始めた。

 ぐぼっ!ぐじゅっ!

「んひ、っひぃぃいいいっん!深っ、はげ、しひぃっ!」

 膣壁に傷が付くくらい乱暴に、子宮口に指が届くくらい深く、愛液が泡になって飛び散るくらい激しく、椛の指は私を追い詰めてゆく。

「ほら、もっとイってください?」
「ひっ、んうぅっ!だっめぇへっ!イってるとき、に、掻き回すの、なしっ!」

 いよいよ四本目が挿入されて、掌に近い大きさを淫裂にぶち込まれる。それでも土間の地面で、私は手だけで何度も絶頂を味わい、切なく椛を求める声を撒き散らしてしまった。

「欲しいですか?これ」

 私の上に乗りかかった椛が、指で掘り広げられてひくつくあそこにスカートの下で硬くなっているペニスを宛がい、前後に擦る。溢れる淫蜜が竿を湿らせて滑りがよくなると、私の股間を擦るスピードはよりいっそう速くなった。

「ちょ、ちょうだいぃっ、椛の犬ちんぽ、いれてっ」

 私も腰を揺らして彼女のペニスを擦るリズムを強くすると、椛の方も徐々に余裕がなくなってきたようで、スカートを脱ぐのもショーツを下ろすのも煩わしいといわんばかりに、スカートをたくし上げてショーツは半下ろしの状態のまま、無言で挿入してきた。

「んっは、ぁっ!きた、きたぁん」
「~~~っ!あっつ、ぬるぬる、きもち、ぃ……」

 火花が弾けるみたいな感覚に振り回される私と、ペニスの先から力がするすると抜き取られていくようにだらしない顔の椛。重なり合った腰を貪りたくて、私は椛の腰に足を絡めて捕まえる。ばちばちと跳ぶ快感はまだ続いていて、抱きつく上半身もそのまま。私は体中を椛に絡めて思い切り強く椛にしがみ付くみたいになっていた。

「エッチのときだけは、可愛いですよね、あやさまっ……!」
「う、うるひゃ、いっ!んふ、んっふぅううっ!奥、奥の入り口小突いてるっ、椛のチン先、一番オク来てるぅっ!」

 足を絡め全身に被り付くみたいに椛に抱きつく姿勢のまま、私は彼女のペニスをしたから扱き下ろすみたいに、下から腰を振った。

「んぁ、ぁっ、ほぉおおぉぉんっ!文さまの肉襞、ヌルまんこ、すごっ!何回ぶち込んでも、ぜんぜんあきないっ!熱くて、ざらざらなのにぬるぬるでっ、ちんぽとけゆ……せーしすいだされるぅっ!」
「ほら、だしな、さっい?射精しに、きたん、でしょぉっ!?たまったザーメン、私の中に吐き出したくて、それであんな必死な顔で私のところに来て……布団も敷かずに土間で私を押し倒して、強姦してるんでしょうっ?!だったら、だったら思い切り出しなさいよっ!ザーメン、吐き出したくて溜まってたこってりザーメン、私の中に、欲しがって本気になってる子宮に、どぷどぷ溢れるくらい射精すればいいじゃないっ!」
「そんな、そんなこといって、文さまが、欲しいんでしょう?まんこの奥に、私の臭い精液、溜まって行き場がなくて吐き出し捨てるしかない生ゴミザーメン、沢山注いで精液便所にして欲しいんでしょう?!」

 椛の腰使いが早く激しくなってきた椛の射精が、近い。私は、私の体は、それが早く欲しくて、欲しくて、欲しくて堪らなくて、肉摩擦が強くなって自分が追い詰められることも厭わず、お尻に力を込めて、淫裂を締め付けながら腰を振る。

「ほっ、ひ、ひいんっ!カリが、まんこえぐるっ!すごっ、すごいぃっ!」
「し、しまるっ!おまんこキツイですっ!うごけ、にゃ……動いたら、動いたら、で、でちゃ」

 唇をかんで射精を我慢している椛。それを乱れ崩したくて、私は下半身に力を入れたまま、腰を振り上げて私に突き刺さるペニスをきつく扱き上げる。

「お、おぉおおっ!っほ、んひいぃいいっ!だめ、だめだめだめだめですっ!あっというま、あっという間に私のペニスいっちゃ、文さまにどぷどぷ注ぐだけの早漏ペニスになっちゃ……」
「だしな、さい」

 頭を抱き寄せて耳元で囁き、その耳を甘く噛んでやると、ぴくんっ、と小さく椛の体が跳ね、そのまま下半身以外が脱力する。

「~~ぅっ!」

 下半身が私にのしかかったまま強張り、硬さを保ったままのペニスが私の中で暴れ回りながら、一番奥の深いところに精液をだぼだぼと注ぎ込んでゆく。

「ん、ふっ、っう!きた、椛のザーメンきたぁっ!おしっこみたいにすごい勢い、大量っ!!」
「はーっ、ぁ、んっひ、でひゃ、でひゃったぁ」

 焦点の合わない目をゆらゆらとさせて、もみじは私の上でふるふる震えている。

「なに、満足して、るのっ?」
「んひぇ?」

 射精が終わりかけた頃を見計らって、私は再び椛のペニスを搾る。精液でぐじゅぐじゅになった膣はぬめりにぬめって、一度アクメに押し上げられたペニスを攻め殺すには十分だった。

「!?だっ、だめ、いっへ、いっへるとき、らめっ!イってるときに扱き重ねるの、だめへえっ!」
「もっと、もっとよぉっ!もっと犬ザーメン頂戴っ!まだ、まだまだでるでしょう?!」
「休ませ、少し休ませてくださ、んひ、ひっぎ、おおおおぉぉおおん!でる、奥に溜まったザーメン、搾りでちゃうっ!いきっぱなし、つらいですっ、ゆるし、あやさま、ゆるしへええええっ!脚、脚ほどいへっ、にげらりぇない、腰に脚からまっへ、イキちんぽがきゅうきゅうまんこからにげられないいいぃいっ!ちんぽ、ちんぽ管閉まらなくっ、閉まらなくなって、ザーメン垂れ流しになっちゃいましゅうううっ!!」

 私の上で逃げられず、肉壺の中に精液を注ぎ続ける椛。舌を垂らして涎を撒き散らしながら、アヘり声を上げてイキまくっている。快感から逃げられない椛は体をびくびくと痙攣させながら、やがて力なく私に抱き付いてくる。私が腰を振るたびに、椛のそこはしかし脱力を許されずに、勃起と絶頂と射精を強制され続けた。
 方や、常に椛のエグい剛直で抉られ続ける私のまんこのほうも、限界ぎりぎりだった。子宮は膣の方へぐぐっと降りてゆき、大量に注がれる白濁粘液を取り込もうと別の生物のように性欲をあらわにしている。太い竿と高いカリにごりごりされる膣壁は、襞を容赦なく削り上げられて洪水みたいにマン汁を噴出している。がりっ、と奥を抉られると、私も声を失って首を伸ばし、アクメに身を震わせながらも、もっともっと椛の子種汁が欲しくて失神手前で踏み止まっては、彼女の肉棒を攻め続けた。
 やがて私の意識を手放さざるを得ないくらいにイキ重ねて消耗し、脚が緩んで椛の脱出を許してしまう。

「っ!っは、やっ、やっと、満足、ですかっ?あや、さま、の本気、ヤバ過ぎですっ……」

 引き抜く、というよりは体をごろりと私の上からよけて抜けてしまったみたいな格好で、接合が離れた。

「もみじ、ちんこ、まだ元気……」

 土間に仰向けに倒れて肩で息をしている椛だが、精液と愛液でてらてらと濡れ滴るペニスは、未だに点を指して屹立していた。

「も……むり、ですぅっ」
「そう?わたし、は……まだ、椛が、欲しい、わ」

 私は窓の傍まで這いずっていき、笑う膝で起き上がる。椛のほうにお尻を向けて、ぱっくり椛のペニスの形に穴の開いたまま閉じていない淫部を、指で更に大きく開いてそこを見せ付ける。
 びちゃびちゃ、とおびただしい量の半固形精液が、まんこの中から溢れ零れた。股の下に淫らな白い水溜りを作り、太腿から膝にかけても幾筋にも広がって淫らな川が流れる。むわっと愛液と精液の混ざった匂いが広がって、そこに椛の視線が釘付けに。

「そこ、なしっ!」

 半ば自棄、みたいな雰囲気で、椛はそれを後ろから抱え込むみたいにして抱く。窓ガラスに上半身を晒して、バックから椛に犯されるわたし。
 挿入される椛のペニスは、まったく衰えを見せず、それどころかさっきと違う体位でのセックスで、違うところを刺激されて私は再び肉欲に喘いでだらしなくアヘる。
 一回射精を終えたペニスは耐久力が上がる、だなんてことはなく、まだ彼女のオーガズムは落ち着いていなかったのか、椛のペニスはバックから一番深いところまで貫いたところで、再び大量の精液を噴出した。

「んお、っほおぉぁん!すごい、まだこんなに、出るなんてえっ!」
「しぼられっ、最後の一滴まで、ザーメンバキュームされるっ……!あやさま、あやさまとのせっくす、最高、ですっ!!」
「私も、わらひもぉっ!もみじとおまんこするの、らいしゅきぃいっ!」

 男に抱かれても、こんなに気持ちがいいことはなかった。椛のセックスはとにかく荒々しくて、力強くて、私を呑みつくすような雄雄しさがある。私が彼女の体を好きで好きで堪らない理由とそのまま同じ。

「んっ、は、ぁっ……文、さまぁっ!はーっ、はーっ」

 私はガラスに乳房を押しつけたまま、後ろから椛の射精を受け止める。外はもう真っ暗だが、部屋の中は煌々と明かりが灯っていて、外に誰かがいれば私の喘ぐ姿は丸見えだが外に誰かいるかどうかは全く見えない。そんなスリルの中でバックから無遠慮に叩き付けられる剛直。どこで覚えてきたのかケツ穴に指までねじ込まれて。椛の腰遣いにされるがままに淫らなダンスを披露して、彼女の射精の勢いを子宮に感じながら私もオーガズムに身を委ねた。
 椛がたっぷりと私の中に精液を注ぎ込んだ肉ホースをずるりと抜き去ると淫裂から再び白い滝が落ち、私はびくびくと身を震わせながら窓際に崩れ落ちた。







「っ、はっ、はっ……」

 アクメの波がなかなか引かない。窓辺に崩れ落ちた私の上に、椛が落ちてきた。私よりも少し小さいくらいなのに、筋肉質のその体は、驚くほど重い。

「重い、ってば……」

 セックスが終わると、驚くほど憎たらしくなる。いや、憎たらしくあたるように、無意識に思考回路を修正している気がした。

「あ、あや、さま」

 朦朧と視線を泳がせる椛だが、すぐにふらふらと立ち上がって私を抱きしめる。

「っな……」
「ごめんなさい、背中、擦っちゃって。私、ちょっと強引過ぎました」

 そういって土間の地面で擦れて傷になった私の背中を、優しく舐め始めた。それと同時に、彼女は装束から懐紙を取り出して、私の股間を優しく拭く。

「随分、紳士的になったものね?」
「文さま」
「なに?」
「誰か、好きな人でもいらっしゃるんですか?」

 私の方を見ないまま、小さく呟いた。
 はあ?なにを、何を言っているんだ。

「なんか、セックスしてるとき、視線が私の横をすり抜けて、私の後ろに要る誰かを見ているようでした。誰か、いい人がいるんでしたら、こんな関係、続けても」

 いるに、いるに決まっているだろう!
 それは、あなたの父親だ!私が殺した、あなたの父親その人だ!
 断じて、断じて椛、あなたじゃない!
 腹が立つ。今更そんなこと、無知とはいえ、無性に腹が立つ。

「ふざけないで!何だってあなたにそこまで気を遣われなきゃいけないのよ!?」
「なっ」
「いちいち面倒くさいのよ。あなたも、私も、ただセックスしたいだけなんだから。私の中に入っていいのは、その犬ペニスだけよ。心まで入り込もうなんて、ごめんだわ。」
「っ。人が気を遣ってやれば、そんな仕打ちですか。まったく酷いですね」

 ああ、何を取り乱しているんだ、私は。
 椛に彼の姿を重ねているのは、自覚している。だが、それをこんなに露骨に感じてしまうのも変であるし、それを掠めた椛の言葉に、これほど過敏になってしまう自分も、何かおかしかった。
 そう。
 心を切り離して体だけのセックスをしていれば、平気だと思っていたのに。
 彼女から見れば、私は昔からいる姉みたいな叔母さんみたいな存在で、まだよもや私がスクを殺したなどとは思っていないだろう。何故か彼女は私に欲情し、私もまた彼女に欲情し、今までこんな関係を続けてきた。
 そうしてセックスを繰り返すうちに、肉の割れ目だけでなくて心の溝まで埋まりかけるなんて、まさか思っていなかった。今まで交渉術のひとつとして寝たことは何度もある。それでも、こんな不安定な気持ちになったことはなかった。最後まで寝てくれなかった、彼を除いて。

「ごめんなさい。言い過ぎたわ。でも、私とあなたは、そういう関係じゃ、ないでしょ?」
「鴉天狗と白狼天狗っていうことですか?」
「それもあるけれど。体は合っても気が合わないでしょう。」
「わざと合わないように、してるくせに」

 ぞくっ。
 この子、どこまで見えて……?
 椛の目が、鋭く光っている。瞳孔がナイフの刃のように尖り、私の方を見てはいるが、私のどこを見ているのかまったくわからない。顔か?目か?息遣いか?心の中か?何もかも、か?
 いつか暗室で現像した彼女の写真。写真の中からさえこちらを見抜こうという彼女の千里眼が、本当に私の最奥までを覗き込んでいるかのようだ。

「もちろん、父様を殺した鴉天狗は、憎いです。絶対に見つけて、殺してやる。でも、それを抜きにすれば、私が鴉天狗を嫌う理由って、そんなにないような気がするんです」
「鴉天狗は実力もないのに、口八丁で白狼天狗を追い落とし、今はあなた達を抑圧しているわ。目に見えない差別が、椛、あなたにだって及んでいるでしょう?」
「でも、でも、それで憎み返していても、何も変わらないと……。それに」
「それに?」

 少し、言い淀んで、椛は唾を飲み込む。そして、さっきまで射抜くように私を貫いていた視線を逸らして、それを伏せて口を、開いて。

「種族とか、色とか、関係ないって、教えてくれた人が、いるんです」
「大天狗長スク」
「違います。父様は、犬走柾は、結局、白狼天狗のために動くことを選び、結局何もなしえなかった。一部の仲間からは忌み嫌われてさえいます。父様のことは、尊敬はしていますが、そのことを私に教えてくれたのは、他の人です」

 この先を、聞いては、いけない。

「椛、終わりにしましょう、そんな重い話は」
「私に、それを教えてくれたのは」
「椛」
「あやさ」
「椛!!」

 しん、と無言が部屋を支配した。余りに大きな声で彼女を制止したので、椛自身驚いた顔をして私を見ている。無理もない、確かに私がその言葉を拒否するだろう可能性はあるかもしれないが、そこまで強く否定する理由は、彼女には予想もできないだろう。

「ごめん、なさい。私の、見当違いだったんですね」

 最悪だ。
 最悪の事態だ。
 だが、予想できなかったわけじゃない。体を許して、それ以来幾度となく求め合ってきた時点で、覚悟すべきだったのは、私自身よくわかっていたはずだ。それでも、ずるずると引きずってこの関係を続け、やめる勇気を持てなかったのは、私自身が、彼女に、椛に、好意を持っているからだ。
 なんという尻軽女か。親子二代に渡ってだなんて。
 でも、それも、これで終わりだ。
 心を切り離して、事実を隠していれば、せめて体だけでもつながれると思っていたけれど。所詮は私の独善でしかなかった。
 こうなってしまった以上、隠し続けるわけにはいかない。

「椛。ひとつ、いいことを教えてあげる。これを知ったら、今口に出しそうになった世迷言なんて、綺麗さっぱり吹っ飛ぶわ」
「え……?」







「今まで、よくも騙し通して……。私をこけにして楽しかったですか」
「騙してないわ。隠していただけ」
「同じだ!!」

 椛の体が変化する。鋭い牙が口の端から伸び、四肢を支える筋肉は鋼となった。瞳は吸い込まれそうな漆黒。あらゆるものを見抜く千里眼は、スクから受け継いだものだった。
 椛は、私を殺すつもりだ。当たり前だ。長年探し続けていた父親の仇が、まさか今まで何度も体を重ねてきた相手だとわかったなら、誰だって殺したくもなる。

「やるの?」
「さっさと準備しろ、鴉天狗」

 椛は青竜刀と盾を構え、私に準備を促した。
 椛の手にしている青竜刀は元々スクのものだ。その切れ味は昔何度も目の当たりにしている。あの怪力を受けて大地まで切り裂き、そのくせ全く刃こぼれしない。名は知れてはいないが、おそらく魔剣の類だろう。
 あの刀身は椛には甚だ長過ぎる気がするが、そもそもカイトシールド並の大きな盾を持っている時点でスクとは戦闘スタイルそのものが異なるのだろう。そもそもあの小さな体であれほどの巨剣を扱うこと自体が、白狼天狗の怪力を物語っている。一撃でもまともに食らえば、無事では住むまい。
 椛とやりあったことは一度もない。戦闘シーンを見たこともない。白狼天狗の性質上、現在は武装そのものが規制されていて、白狼天狗が本気の戦いをすること自体が幻想郷の異変と同等だった。
 一方の私は、扇に一本下駄といつもどおりの装備。ただ、椛とやりあうのにこのままではまともに戦えないのは明白だった。私は大きく翼を羽ばたかせ、翼を起動することにした。本気の鳳翼は百年以上振りだ。

「あなたでは、私の速度を捉えられない」

 呼吸を整えて、背筋を反らせる。背中に二筋のイメージを固め、それを解放するように背を丸める。
 ずざあっ、と乾いた摩擦音が響いて、天に向けた背中からいつもの羽に加えて二枚の翼が突き延び、空高く聳える。それがゆっくりと左右に広がって、空を横一文字に裂いた。さらにいつも使っている二枚の翼もそれにあわせて拡大し、巨大な二対四枚の翼となる。

「なんだって……?大天狗並じゃないか。しかも、ここまで真っ黒な翼は見たことがない」
「幻想郷最速、ご堪能あれ」

 ふざけろ!
 椛が叫んで青竜刀を掲げて突進してきた。が、遅い。確かに並かその上程度の相手なら、捉えられるだろうが。青竜刀は空を切る。刃の衝撃波が体を掠めた。空中で振り下ろされたにも拘らず、一振りで地上の大木が軒並み薙ぎ倒され、地面には竜がのたうったような裂け目が走る。
 でたらめな破壊力。だが、当たらなければどうということはない。
 
「話にならないわ。スクの方がよほど強かった」

 剣撃をかわして椛の方を見ると、その姿がない。

「へえ。上かしら?」

 微弱な空気の流れがその存在を知らせてくれていた。
 全く私の真上に椛はいて、落下のスピードを使った袈裟切りを仕掛けてくる。

「ご明察」
「そんなもの、まともに食らうわけにはいかないわ」

 私はベーリングを召喚し、攻撃が成立する前に椛の体ごと吹き飛ばそうとした。しかし。

 ばちんっ!

 何か破裂音が聞こえたかと思うと、ベーリングは霧散し、椛は全くスピードを殺さぬまま落ちてくる。

「なにっ!?」

 急加速でぎりぎり回避を試みる。椛の青竜刀が目の前を通過し、何本か髪の毛が散った。

「運のいいヤツ」
「ベーリングが、何故」

 そのまま一旦よりも低高度へ下がる椛。私はそのまま上空に留まり、風の障害壁を展開して奇襲を防ぐ。
 さほどの速度もなく、大味な攻撃。だが今の危機は否定できない。
 まず一瞬姿が消えたのは、隠形の術か。姿を消した後高速で私の頭上に移動したのは、通常の飛翔とは違う高速移動。そして、最後、ベーリングが効かなかったのは、何だ。弾幕での相殺だろうか。
 ともかくわかったのは、椛は単純パワー型に見せかけてはいるが、実態は「パワープレイの出来るマルチプレイヤー」だと言うことだ。遠距離攻撃の有無がまだ解らないが、恐らく用意はしてあるだろう。
 椛は一定の距離を保っていた。彼女は何処にいても私の一挙手一投足を捕捉する最強のレーダー、テレグノシスを持っている。むやみに仕掛けることさえできなかった。

「防戦一方ですか?」
「当ててから言いなさい」

 あの破壊力、当たれば私の負けだ。

「大口を叩けるのも、今の内」

 再び追い上げるように突撃。圧縮空気の障壁を展開して進行を阻む。
 右か、左か。

「そんな小賢しい手にのるか!」

 椛は青竜刀を大きく振りかぶり、飛水断ちに薙ぐ。
 並の物理攻撃なら弾き返す圧縮空気壁が、水平に断たれて刃の衝撃波が迫る。左右もなにもなく、もろとも断ち切られた。鬼に匹敵する怪力は伊達じゃない。

「むちゃくちゃだわ……」

 とはいえ、あの程度の速度では恐れるに足らない。
 大振の青竜刀の行動後ディレイを突いて、一気に距離を詰める。椛が次の一太刀を構える前に懐に入り込み、空いた脇腹に掌底をぶち込む。

「っ……!」

 吹き飛ぶ椛。そのまま地面に叩き付けられる、と思わせて、私は風を利用して加速し、それを追い抜いた向こうで更にそれを迎え撃つ。完全にバランスを崩している椛は為す術もなく再び私の射程距離に入り込み、今度は一本下駄の蹴りを背中に食らわせる。今度こそ吹き飛ぶ椛。

「かっ、はっ!」
「トロい」

 背骨が砕けたと思ったが、さすがに鋼の肉体は柔ではないようだ。吹き飛ばし中に受け身を取り、接地ぎりぎりで体勢を整える椛。くるりと

「まだだぁっ!!」

 四方に弾幕を展開し、更にその中央めがけて剣を振るうと、巨大な刀身を分けたような広範囲の弾幕が生じ、迫ってきた。それを追うように椛自身の突撃。
 私はひらりと身を翻してその隙間を縫い、再びゼロ距離へ潜り込む。刀を武器にしている以上近接型かと思ったが、大型の得物の性質上、中距離が得意らしい。それをカバーするための術や弾幕が多いのも、正解といえる。だが、その程度で私を墜とそうなどとは、笑止。密着距離に入ってしまえば、椛のスタイルは小回りが利かない。

「ちょこまかと!」

 密着距離範囲ごと切り裂くように刀を薙ぐが、その下をかいくぐって胸元に入り込み、縦真一文字に真空の刃を生じてぶち込む。妖怪程度なら真っ二つ、椛であっても無事で済む筈はない。だが。
 
 ばちん!

 再び何か破裂音がして空刃は霧散した。ベーリングのときと同じだ。

「また……?!」

 効果があるなら畳み掛けるところだが、攻撃が失敗する以上、くっついているメリットはない。私はいったん距離をとることにした。かくん、と垂直に降下して死角に入ってから距離をとるはず、だった。

「させるか」
「なっ」

 読まれていた?
 私が行く先にぴったり合わせるように、椛の刀身が伸びる。アウェイの一瞬を捉えて中距離に固定するつもりだ。
 私は引き剥がすか密着するかの二択を迫るために、竜巻を称し座せ椛への直撃を狙う。が、またしても弾けるような音を立てて、霧散した。

「風は、効かない」

 それに乗じて盾を前に構えてチャージをかまして来る椛を回避すると、回避方向を読まれたように剣撃。スウェイバックで間一髪それを避けると、そのまま突きが迫る。大きく後退して距離をとろうとすると、ずらした筈の軸にぴったり合った弾幕が飛んで来る。定石どおり弾に重ねて剣撃をおいてくるつもりが見えたので疾風風靡でグレイズと迎撃をかねると、椛の体は疾風風靡の飛行距離端辺りで待ち構えていた。

「!」
「ハぁッ!」

 行動後ディレイを斬撃で拾われそうになり、とっさに翼でガード。霊力の塊である翼は椛の攻撃を受けても耐えられはするが、代わりに大量の霊力を削られてしまった。
 それでも防御硬直が極小で済んだのと、椛の振りが大きく隙が大きいのを見、残った霊力で天狗ナメシ。瞬時に背後に回り、隙だらけの後方から真空の刃をぶち込んでやる。
 が、再び破裂音とともに無効化される。
 椛は慣性を殺してこちらに向き直る。盾を前に構え、剣の切っ先を頭上に掲げて、布石の弾幕を展開する。
 なん、だ?
 行動が、頭の中を読まれているみたいに、ことごとく見抜かれる。軸ずらしの方向と角度、あげく疾風風靡の終了地点までばれていた。

「見えますよ、文さまの、すべて」

 椛が不敵に口角を上げ、犬歯を剥いて笑う。

「その、目」
「そうです。文さまの頭の中、全部お見通しですから」

 千里眼とは、まさか心まで読むのか?でなければ、あれほどの読み、あり得ない。

「速いにゃ速いですが」

 弾幕が展開しきったところで、再び突進。
 馬鹿正直に真正面からの突入に、私は疾風扇を浴びせる。回避経路には圧縮空気の壁を設置し、たとえ両断しようとも疾風扇はそのディレイを撃ち抜く。グレイズに備え、扇を構えて直進飛翔で重ねる。
 が。
 ぱんっ、とやはり乾いた破裂音とともに疾風扇は掻き消える。グレイズであれば、と扇の横薙を入れるがガードどころか盾の向こうから既に青竜刀の太刀筋が見えていた。

「くっ、なぜ……!」

 飛翔からの打撃を諦め、とっさにキャンセルして真上方向へ疾風風靡。椛の斬撃は空を切った。その隙を狙って、圧縮した突風を下方へ打ち出して椛へぶち当てようとするが、こともあろうに椛へ届く前に、彼女が一瞥しただけで霧散してしまう。

「速いにゃ速いですが、だんだん慣れてきました。それに、いくら速くても、未来には追いつけない。何もかも、お見通しですよ、文さま?」
「ブラフね」
「どうでしょう?でも、ここまで持ちこたえられてしまうとは、思ってませんでした」
「そのまんま、お返しするわ、その科白」

 ブラフとは、到底思えなかった。椛に実戦経験があるとは思えなかったし、私はそれなりに修羅場を渡ってきたつもりだ。だというのに、私が入れたのは、最初の連撃だけで、それ以降は完全に無効化されている。もちろん私も当たってはいないのだけど、彼女にあの程度の打撃がどの程度ダメージとして聞いているかは甚だ疑わしい。椛の強さは、得体が知れなかった。

「どうしました?」
「いいえ。わくわくしてきたわ。こんなのは、久しぶり」

 私は、試しに一発、拡散風魔を放ってみる。

「無駄ですよ」

 椛は微動だにせず、ガードモーションさえ取らない。迫る風魔は、やはり、ぱんっ、と音を立てて散った。
 消えるその一瞬、椛の盾が小さく光るのを、私は見逃さない。盾だけではない。籠手、靴、アクセサリ、服の一部も、そして椛の体自身に紋様のような筋が浮かび、それが仄かに光を放っていた。

「精霊付与(エンチャント)」
「そういうことです。文さまの風魔は、効きません」
「いくら属性防御を上げたところであそこまでの」
「体中、対風装備だとしたら?」
「……火炎や氷冷を使う相手はどうするのよ」
「父様を殺した奴は鴉天狗だってところまでは知っていた。だから、それだけを、昔からそれだけを見てきた。他なんて、どうだっていい。鴉天狗さえ、文さまさえ倒せるなら!」
「シルバーバレット戦術(極メタ)か……」

 風を操る鴉天狗だけに焦点を絞り、他の属性、相手をまったく無視した自己育成。風単一属性が無効化されるまでにそれを進めるとは、即ち、他の属性に対して無防備以下、余計な被害を被ることを意味する。こと戦闘を得意とし、それを生甲斐にする白狼天狗において、極わずかな存在しか相手にできないような成長方針は、愚の骨頂とも見える。
 だが、椛はそれでよかったのだろう。仮に自分の敵がどのような相手なのかわかっているのなら、ただただそれだけを相手にするのであれば、シルバーバレット戦術は、最高の道だ。

「人生をフイにするほどに、私が憎い?」
「ええ。でもある意味幸いだったかもしれません。その相手が、まだ生きていてくれて……!」

 椛の体中の毛が逆立ち、牙がいっそう鋭く剥ける。白い四肢は輪をかけて太く硬くなった。彼女を取り巻く空気が、風もないのに彼女を風上として四方に流れる。椛の放つ殺気が、大気をも震わせていた。
 さらに、三日月に尖った瞳孔は私の微弱な動きさえも敏感に捉えようとしている。
 弾丸を放つ椛。この時点で私は試されていた。上か、下か、左か、右か。どっちにであれ、回避運動という隙を作らされる。とっさの癖で左側に回避すると、既に椛の刀が襲いかかってきていた。袈裟懸けの太刀筋を、太刀筋に対して垂直方向に体を反らせてぎりぎり回避する。そのまま風魔を喚び、攻撃ではなく距離を取るための移動に使う。
 後退して体勢を整えようとするが、どんなに振り切ろうと左右に移動を振っても、椛はべったりと付いてきて丁度中距離を維持して剣撃を繰り出してくる。そのたびにぎりぎりでの回避を強いられ、私は防戦一方に陥ってしまった。

「くっ……」

 いっそ近づいてさっきのように打撃を入れようとするも、暖簾を押すみたいにふわりと距離を維持され、前方飛翔の隙を拾われそうになってしまう。何をしようとしているのか、一瞬だけ早くそれを読まれて先回りされてしまう。

「速さには自信があるんじゃないんですか?」

 椛の青竜刀が徐々に私を追いつめる。だが、私とてそれで終わるわけにはいかない。
 兜割りの一撃を、肩を引いてかわすと盾のチャージ。私はその盾の縁をキャッチして逆さまに身を翻し、頭上に逃げる。頭上を取ったところで脚を首に絡めて締め、関節を極める。

「っぐ!」

 そのまま飛翔の推進力を上げる。椛の体を上方に持ち上げ、そのまま地面目がけて下方加速。

「はあっ!」

 接地ぎりぎりのところで自分は垂直方向転換で巡航軌道へ脱出。椛の体はそのまま岩場の地面に激突し、轟音が巻き起こる。接地地点は小さなクレータとなりその威力を物語っている。アレを頭から喰らってまともに生きてるはずがない。が。
 椛は立ち上がって、ぺっ、と血を口から吐き捨てて再び青竜刀と盾を構える。確かに上半身は激突の衝撃で服は破れて傷ついてはいるし、額から血は流れているが、その程度で大した損傷はないように見えた。

「どんな体してるのよ……!」

 前方に跳躍。追い打ちを試みる。が、椛は弾幕を展開した上で中距離を維持し、弾幕を回避した私を下方から切り上げる。上半身を反らせてそれを回避し、そのまま宙返りで頭上を取って空対地疾風風靡。椛はそれを盾で防ぎ、小回りの効く柄の部分で打撃を入れてきた。しゃがんでそれを頭上に交わし、胸元に潜り込んで顎の下からエルボー。流石に回避できないと踏んで、ヒット直前に歯を食いしばる椛。

 入った!

 が、顎の下から肘鉄がクリーンヒットしたにも拘わらず、椛は怯みもせずに、あまつさえにやりと笑って、私の頭目がけて頭突き。

「っがあっ!」

 もろに額に貰った私の目から星が散り、一瞬視界が奪われる。その隙を拾われまいと一旦飛び退いて仕切り直そうとする。ハイパーアーマーの発動でダメージ負けして一旦素直に引く、と見せかけて、後跳躍から再びスライディングで密着距離へ。椛はしかし、そのフェイントを全く読み切って、ふわりと距離を取り、スライディングの終了後ディレイ目がけて、刀を地面に突き刺して地走りを置いてくる。

「ちっ」

 地を裂きながら迫る衝撃波を飛翔で回避すると、追うように跳躍に昇り袈裟斬り。振り下ろされる刃をふわりと手でいなして、その横をすり抜けてゼロ距離へ。ペンに擬した棒手裏剣を瞬時に取り出し、握って首元に突き立てる。しかし椛の顎が牙を剥いて開き、手裏剣の先端を歯で噛んで受け止める。なんとそのままガリッと手裏剣をかみ砕いてしまう。

「なによそれっ?!」

 離れようとする動きを読まれて、盾を離した左手で、右腕を捕まれた。

「しまっ……!」

 そのまま掴んだ腕目がけて青竜刀が振り下ろされる。このまま振り下ろされると私の腕は草の葉でも切るように体とお別れだ。
 私は捕まれて固定された腕を支点にして体を逆さまに翻し、右足の下駄の裏で振り下ろす勢いが付く前に刀を止める。そのまま左膝を曲げて椛の側頭部に膝蹴りを入れる。

「く、あぐっ!」

 椛の手が離れ、ホールド状態から解放される。
 が、距離を取ろうとした動きを更に悟られ、急突進してきた椛の肩タックルをもろに鳩尾に貰ってしまう。

「っ!!ぐ、っ」

 だめだ。
 手数は五分にやり合っているが、一撃の重さが全然違う。スタミナや打たれ強さもだ。ここまでで、私のダメージは相当なもの。対し、彼女の傷は、投げの傷でさえもう治りかけていた。
 これが、白狼天狗の力なのか?天狗社会で、通常戦力としてさえ枷をはめられる力。スクもそうだった。彼だけが特別なのだと思っていた私が浅はかだったか。
 エンチャントで得意な戦術を封じられ、心を覗かれるような先読みで速度さえ殺される。

「どうしましたか?はやく、早く続きをしましょう?さあ、さあ、さあさあさあ!」

 まさに肉食獣の表情で、残忍な笑みを貼り付けた顔で、戦闘を楽しむ笑い声を潜ませて、再び青竜刀と盾を構えて私を誘う。
 あの目が、鋭く、私を射抜く。赤く鋭い瞳。
 目。テレグノシス。
 はた、と私は極当たり前のことを見落としていることに気付いた。

(そうか。今までの妙な『読み』は、読心ではない。呼吸と、筋の動きの機微まで全て把握した上での『反応』なんだ)

 ここではないどこかには、心を読む妖怪がいるという。だが、心を読めたところで、自身の身体能力が高くなければ、速さにも力にも対抗できない。それだけでは最強足りえない。だが、椛はどうだ。心を読む必要もなく、相手の動きの一挙一動を瞬時に判断し、圧倒的な肉体能力でねじ伏せる。まだ見てはいないが、あれほど強力な風エンチャントを身にまとうのなら、おそらく中程度のアクセラレーションも心得ているだろう。
 これほど恐ろしい相手がいようか。
 大天狗並の力を自負してはいる私だが、腕力や純粋な破壊力に劣る私は、風に頼るところが大きい。それが一切無効化されるとなると、立ち回りを返る必要がある。
 椛の手の内は大体わかった。その上で、椛の能力を正当に評価するなら、これで切り抜けられるはずだ。これがダメなら……私は次の手を打たなければならない。
 私は地上に降り、体中の力を抜いて構えを解く。四枚の翼も地面に下ろし、力なく枝垂れさせた。

「諦め、ではないんでしょうね、文さまのことですから。だとすると、さしずめ無形の位ってところですか?」

 私は何も答えずに、椛の方を見つめる。
 椛はそれきり黙って盾と剣を構え、私の呼吸の一つまでを見逃さずに監視し始めた。
 私は体を弛緩させたまま一切構えもせずただ棒立ちのまま。
 しばし。
 無言のまま、しばし時が過ぎる。動きを見切ることに長けた椛にとっては、自ら仕掛けるよりは後の先を狙った方が分はいいのだろう。全く仕掛ける気配のない相手に、椛もむやみに仕掛けてはこない。
 私は待った。この瞬間に椛が仕掛けてこれば、動かざるを得ず、この静寂も無駄になる。だがそれをこらえ、ただただ、椛の方が焦れを溜め込んでいくのを、待つ。長ければ長い方がいい。所謂、『溜め』にも近い時間を、椛が動く前、だが出来るだけ引き延ばしたそのときを引き出す、チキンレース。
 先に折れたのは、椛だった。無理もない。元々私を殺しに来たという能動的意識を持って対峙しているのだ。それに、彼女は、まだ若い。一回りどころの差ではない年齢と経験の差が、その焦れの差になって現れる。売れた彼女は間違いなく仕掛けてくる。溜めの成立した私に向けて、まっすぐに。
 私はそのときに焦点を合わせて、だが全く力を抜いたまま椛を見る。

「そう、手なんて、実は無いんですよね?ね?あははっ!」

 焦れ、折れ、動いた。
 椛が青竜刀に手をかけ、ほんの一拍、置いたときだ。

 次の瞬間。
 椛は私の背後にいた。

 椛が私を抜いたのではない。
 私の呼吸、視線の動き、わずかな筋の動き、それを一つとして逃さず見ていた椛を、私が、抜いたのだ。

「なっ……!」

 私の扇の一閃が、椛の脇腹を深く抉った。風による真空判定も使わない、ゼロ距離での純粋な直接斬撃。

「ぐ、ああっ!?」

 椛の横っ腹がぱっくりと裂けて、血が吹き出す。

「ま、前運動が、見えなかった、だって?いや、見えていた、動いた瞬間は見えていた、見えていたのに、反応できないなんて……!」
「速すぎて、ついてこれなかっただけじゃないかしら。所詮は子犬ね?」
「く、そおっ!」

 椛は地上へ落下し、すんでのところで受け身。隠形の術で姿を隠そうとするが、止まらない出血がそれを許さない。

「無拍子……っ!?しかもあの距離で、地対空で?あり得ないっ!」
「幻想郷最速を嘗めないで頂戴。あの程度の距離、一歩も同じだわ。私の扇は、あなたの射程外から、十分届く。」

 引きの運動を、千里眼にさらすことなく、ね。そう付け足してやる。
 椛は白狼天狗持ち前の驚異的な治癒力で出血を止めるが、しばらくまともに動くことは出来ないだろう。致命傷ではないが戦闘の継続には著しい影響が出るはずだ。

「畜生っ!!」

 冷静さを失った椛の攻撃は、悲しいほどにつまらなかった。太刀筋はぶれ、反応も甘い。私から仕掛けなくても隙だらけの攻撃を向こうから仕掛けてくる。それをただいなして反撃しているだけで、ノーダメージで椛にダメージを蓄積していけた。
 一撃で、ここまで形勢が変わるか。
 サシとはそういうものであることは知っている。ほんの小さなきっかけをして、形成が全く入れ替わる。だが、これほどに露骨とは。そういう逆転で攻勢を奪われるのは、そう、精神的に弱い者によく見られる傾向だ。
 椛は、まだ、若い。いや、幼い。
 やがて、致命的な隙を見せた椛を蹴りで上空に打ち上げ、その軌道を先回りして再び空中投げを喰らわせると、先ほどのように威勢よく起きあがる姿は、もう見られなかった。
 地べたに這い蹲って、私を射殺そうという視線を向ける椛。だがその瞳の奥の闘争心の炎は、既に消えかけている。そして視線以上の抵抗も出来ないでいた。私は無防備に彼女の方へと歩いてゆく。
 私が数歩踏み出すと、椛は、ずる、と後ずさる。無拍子を見せつけたからか、無防備に近づくだけでも警戒しているようだ。だが、そんなことよりも私が失望したのは、彼女が後ずさり気持ちが逃げているその「後退」事実だった。
 もう一歩、もう一歩と近づくと、徐々に後退が増え、私を射抜く視線までいつの間にか弱々しく揺らいでいる。だが私から目を離すことが出来ず、その手だけが落とし、傍にある筈の刀を探して情けなく地面をまさぐっていた。視線は、私の全てを捉えようという攻撃的なものから、単に恐怖で離すことが出来ない弱弱しく、しかし必死に私の全身を捉える臆病なものへ変化してしまっていた。

 これが。
 これが、あの人の、あの人の血を引く者か。
 これが今までずっと、コンプレックスを抱いて、押しつぶされそうになっていた、白い血統なのか。
 途中までは流石と思っていたが、一撃、ただの一撃ですっかり怯んでしまうなんて。
 今まで椛にスクを重ねていたことが急にばからしく、そして酷く情けなく思えてしまった。

「椛」
「っ」

 すっかりと目が怯えている。
 犬走椛は、死んだのか。
 死んだのか。
 純白の高潔は、死んだのか。
 死んだのか

「スクは」

 熱い。胸が。

「スクは」

 熱い。目が。鼻の奥が。喉が。

「私は昔から、こんなものに、打ち負かされていたのか」

 痛い。胸が。心が。自分自身の過去が。

「私の知っているスクは」

 胃の奥から、熱くて気持ちの悪いものが、逆流してくる。気持ちと胃液が混じった汚泥が。

「私の知っているあなたのお父さんは、スクは、そんなに情けない様は見せない!一人で十数人の白狼天狗の刺客を退け、死ぬ前まで、わた、わたし、がとどめをくれるまで、真っ直ぐだった!弱音なんか吐かなくて、自分が死ぬって言うのに、私を、まもる、だ、なんて……あの人、は」
「ど、どういう、こと」
「今のあんたは、スクの娘なんかじゃない!ただの、ただのへたれた一匹の犬だ!!大天狗長スクの、面影すらない!!私の知ってるスクの娘なら、そんな、そんな情けない顔をする、するはずが……!」

 めちゃくちゃだ。
 悲しいのか。悔しいのか。
 怒りか。失望か。
 殺意か。愛情か。

 私は椛の前髪を掴んでその顔を上げさせ、目を覗き込む。

「このテレグノシス。スクの瞳。とてもじゃないけど、とてもじゃないけどあんたになんか、今のあんたになんかやれない!!私が貰っていこうか!?」
「ひっ」
「怯えか、怯えているのか!?たった、たった一撃、でかいのを貰っただけで、もう再起不能か!!ふざけるな!ふざけるなぁっ!!私の、私の過去を、私の気持ちを、私のスクを、愚弄するな!!真っ白い白狼天狗なんだろう?!スクの娘なんだろう?!だったら、だったらもっと……もっと抵抗して見せろ!!私をねじ伏せて、いつも言うようにこの真っ黒の翼を、引きむしって見せろ、純白の高潔が、お前に備わっているのなら!!」

 そこまで叫んで、私は。
 泣いていた。
 情けなかったのか。
 悲しかったのか。
 よくわからない。
 ただただ、名前のある感情を経由せず、心臓から直接目に血管がつながって、感情を濃縮した血みたいな涙がだくだくと押し出されて溢れていた。

「いみ、わかんな」
「わかって、たまるもんか……!お前なんか、スクの娘でも、私が気を許しかけた相手でも、何でもない!私を食い殺すと粋がっていた、あの白狼天狗は、どこにいったのよ?下っ端のくせに私を押し倒して抱くような、めちゃくちゃな天狗は何処に行ったのよ?私の気持ちは、何処に行けばいいのよ?!こんなクソガキに、私は乱されていたって言うのか!!」

 椛は黙っている。

「椛!目の前に仇がいるのよ!私を殺すためだけにエンチャントまで揃えて、ずっと仇のことだけ考えていたのでしょう?!なのに、何よ、何よ、何よその様は?!死んでも私を殺せばいいじゃない?!そんな甘いものだったわけ!?椛の、スクへの思いは、その程度だったって訳!?あんたなんか、彼の娘じゃない。どっかその辺で拾った野良犬なんでしょう。彼が私をそうしたように、哀れに思って拾っただけの!」
「ち、ちがう」
「何が違うのよ?そうやって地べたに這い蹲って、闘志さえ失ったあんたのどの口が!どの口が『違う』っていうのよ!?ねえ、ねえ!?」
「違うっ!!私は、私だって、私だって父様のことが、大好きで、尊敬していて!父様みたいになりたくて!!父様を殺したやつを、絶対、絶対許さないって……!!」

 椛の瞳が、再び燃え始めた。

「口だけね。もういいわ。スクの魂は、やっぱりあの時に私が授かった。あんたのところになんか行かなかったんだわ。」
「ちがうっ!!鴉天狗なんかに、黒い翼の鴉天狗なんかに、文さまなんかに父様の魂は、渡さない!!」
「でも、残念。スクの魂は今、私のところにあるの。私が、彼にとどめを刺したから。彼は私に命を託して、そうして私のとどめを受け入れたのよ!彼の命は、私が、この手で刈り取ったのだから」
「そんなはずがあるか!父様がお前なんかに託しただなんて、勝手な話をでっち上げるな、思い上がるな、鴉天狗!!」

 椛の刃が、再び命を取り戻して私を襲う。
 なんだろう、その太刀筋の鋭さが、酷く、酷く安堵を誘った。そうして私に殺意を向ける彼女の姿に、笑みがこぼれそうになるほどの安心感を覚える。
 だが、椛は。その刀を私に向けることなく、地に投げ捨てた。そして燃えるような瞳を剥き出しにして、私へのさっきを渦巻かせる如くまき散らした。

「父様、申し訳ありません。この忌むべき恥ずべき忘れるべき血を、今、目覚めさせます。お許し下さい。」

 それは父への謝罪のようにも聞こえたが、それ以上に何かの呪文のようで。
 それを言い終わると、椛は四つん這いになったまま、体を震わせている。

「狼憑(リカントロピ)……」

 白狼天狗の、失われた生態の一つ。ひとの姿を犠牲にして、肉体能力を飛躍的に向上させる、防衛本能だった。白狼天狗が高等知能と社会性をもち、野性的な生態を恥ずべき過去の本能として捉える傾向が生まれたためか、大昔は誰もが入れたこのモードに今は純白の毛並みを持つ一部の白狼天狗しか起動できなっているらしい。白狼天狗達自身、この状態を恥ずかしいものだと思っているらしく、これを見せる相手は、必ず食い殺すという伝承があるほどだ。天狗社会では、この姿を取った白狼天狗は、もはや天狗ではないというレッテルさえ貼られてしまう。
 勿論、椛ほどの高潔な血統であれば、リカントロピに入れるのは、不思議ではない。ただ、道徳的観念に結びつけ、それを忌避し、すすんでやろうとしないだけ。
 四つん這い状態の椛は、まさに本物の狼の如く全身を純白の毛に覆われ始めた。口は裂けてそれを前に突き出し、牙がずらりと並ぶ顎から長い舌、そして常温でも湯気になるほどの熱い息を吐き出している。人間大だった体が、今やすっかり巨大な狼に変化していた。こうなった白狼天狗は、鬼でさえ手を抜けない相手だという。

「食い、殺す」

 猛獣。その一言に尽きる。それが今の椛だ。
 だが、こうなってくれたことに、私は喜んでいた。
 こうだ。これこそが、白狼天狗。スクの娘。

「いいわ、椛。あなた方白狼天狗は呪っているかも知れないけれど、私は、その姿がこそ、白狼天狗の誇りだと信じている。それでこそ、それでこそ、大天狗長スクの血を受け継ぐ者よ」

 私は心底嬉しかった。
 心が躍る。まるで小さい子供がプレゼントを抱えて飛び回るあの感じのように、私の気持ちは弾んでいた。椛が狼憑(リカントロピ)に入ったのが、最高に、嬉しい。楽しい。そして。

「でも、それ、あなただけのものじゃないのよ。私も、スクの魂を受け継いでいるのだから……!」

 私も椛と同じように、扇を納めて地べたに這い蹲り、小さく呪を切る。

「まさか、鴉天狗が」
「その、まさかよ」

 体中が痛い。
 元々白狼天狗のような強靱な肉体を前提とした変化術だ。私のような体にはそもそも無理がある。それでも、私は狼憑(リカントロピ)を起動しなければならない。特有の術式が解読さえ出来れば、起動は可能だ。ただ、それが白狼天狗の生態に特化したもの故、かなり手を入れる必要がある。改変は、しかしそれでいて彼の魂を失うことない程度に抑えなければならなかった。
 椛の姿が屈強な狼であるのに対し、私は少し細くしなやかでバネのある姿になる。狼と言うよりは豹のような。これが術式改変の落としどころ。
 骨が軋む。この姿でいるだけで、体中の筋が切れて、切れる傍から再生していくような。血流が多すぎるのか、頭がガンガン痛い。その代償に、飛躍的な身体能力の増大を得る。
 椛のリカントロピがどういうものなのかは解らない。ただ、私は無理に体に定着させている為か、長くこの姿でいることは出来なかった。

「さあ、椛。殺すのならば、この姿の私を殺しなさい?スクの命を背負って、彼の魂を引き継いだ、この姿の私を!さもなければ……私が食い殺すわ」
<それは、私のものだ!>

 対峙する、白い狼と黒い豹の姿の、椛と私。
 豹の姿になった私を前に、椛は小さく言霊を紡いだ。

「レイビーズ……バイト」

 それは元々は、椛が弾幕の名前としてスペルカードにしていた言葉だったが、弾幕が展開されることはなかった。代わりに椛の目が狂気を孕み、元々荒々しく猛っていた体が、更に禍々しく変化する。全てを見抜く瞳は狂気に濁り、あの状態では恐らくテレグノシスは使用できまい。但し、それを捨てても余りあるほどのパンプアップが、見ているだけでも理解できた。
 体中に霊力の刃を纏い、口から漏れる障気だけでも命に関わる。裂けた口は更に深く、歯の鋭さはもはや刃物。鋼の体毛は逆立ち、刃どころか弾幕さえ弾き返す鎧であると同時に、突き刺す槍となった。
 ひゅっ、地面を蹴って天高く跳躍すると、飛び立った後の地面が、一瞬だけ遅れて抉れる。そのまま私目がけて急降下。霊力の刃が邪魔になる樹木や岩を豆腐のように切り裂いて迫ってきた。

「ばかげたパワーだわ」

 私は姿勢を低く、地面すれすれの高さのまま木々と岩場を縫うように回避し続ける。
 一歩ごとに周囲が丸裸の砕けた岩場と化し、くるりと尻尾を水平に薙ぐと一面更地に変わる。上空を取るが、彼女は四肢を強く地面に突いて気を放つ。全身の毛が無数の地対空ミサイルとなって上空の私を迎え撃った。身を翻して着地するもそれはしつこく追尾してきて、地面か木か、もしくは私に突き刺さるまではパッシブホーミングを止めようとしない。
 逃げてもじり貧。追尾弾と椛自身から繰り出される霊気の刃をかいくぐり、彼女の懐へ。たんっ、と後へ飛び退く椛を、それを上回る速度で追いかけてその喉元にカマイタチの刃を繰り出す。
 空気が歪む音が響き、命中部分が切り裂かれる。やはり、この状態ではエンチャントは無効化されている。
 だが、その傷は瞬時に癒え、何もなかったかのように私に迫ってきた。
 椛が周囲の空気を一気に吸い込み、天をつんざく咆哮を上げた。

「っ!」

 ただの音ではない。
 空気の振動を媒介に紡いだ魔術回路の効果を伝播する、立派な魔術だ。こめられた効果は、破砕。彼女を中心としたでたらめに広い範囲にあるあらゆるものが、一瞬で砂になり、空気の振動そのもので吹き飛ばされて消えた。後に残ったのは、何もない、砂漠のような更地。
 私はとっさに対防壁を展開してそれを防ぐが、体の表面の一部の浅い部分が風化してしまう。やはり、リカントロピは私の体には合わないようだった。

「悔しいけど、私、この姿あんまり得意じゃないのよね。……次で終わらせるわ」

 リカントロピを維持する魔術回路の隙間を縫うように、もう一つの回路を起動する。
 背を丸め、踏みしめる脚で地を掴み、競合する体内魔術の形成に暴れるマナを抑え付ける。体中が沸き立つように熱く、痛く、気を抜けば四散するかと思うほど。息が出来ない。気を失う前に、起動を完了しなければ。
 狼憑になって軽くなった背中に、再びイメージを固める。霊力でマナを固定して、再び鳳翼を展開。人の姿にそれを負ったときのように、しかしそれとは違う格段に巨大な翼。黒豹の姿に真っ黒い四枚の翼を背負う姿を具現化して、展開が終了した。乱れかけた息を整える。
 鳳翼の展開による風を操る能力の増強、敏捷性の飛躍的向上。そして、狼憑状態の肉体能力の向上。この変異能力こそ、真っ黒い翼で表向きただの新聞記者でしかないはずの私が、不当に高い権力を得ている、一つの理由だった。白狼天狗ではない私は、この発動を制限されておらず、手段のためには安易にこの姿を取ることが出来た。見たものは、誰一人、生きてはいないが。
 もう、長いことしていなかったけれど、椛がリカントロピを見せた時点で、予感はしていた。これが、彼女への礼儀だ。

「狼憑で、鳳翼、だと……!?」
「これが破られたら、私の負けよ。椛、私を、超えてみなさい。私とスク、ともにあるこの姿を!」

 狼憑状態では致命的にカバーできない空中も、この姿なら縦横無尽に飛び回れる。黒い弾丸となって、椛の体に打撃を加えては再び離れるヒットアンドアウェイ。ただしそれを高速で留まることなく繰り返すことで一連化し、離脱時の仕切り直しも許さない。ただただ私が攻め続ける独壇場。いわば幻想風靡の上位スキルだが、名前はない。名前を付けるほど、使うことがないからだ。
 椛の迎撃が全く間に合わない速度。治癒能力を上回る速度でその体を切り裂いてゆく。
 純白の槍を突き立てて防御しようとするが、加速度と風の加護を受けた私の攻撃は、防御を易々と貫く。
 所詮、この程度か。
 純白の純血、高潔で高貴な白狼天狗にも、技術次第で、黒い鴉天狗が、勝てる。いや。ちがう。私はここで椛に勝ち、自分と、自分の過去と、その因縁に決別しなければならない。勝てる、ではない。勝たなければならないのだ。私がこの黒を誇るために。
 今や遺言となったスクの言葉。椛もまた彼への矜持を以て私を倒そうとしている。別の正義を振りかざすではなく、同じものを見ながら殺し合う、なんと愚かか。
 そうとわかっていても、伏せたジョーカーは開かれてしまったのだ。もう、避けられなかった。

「なんて、速度……」

 私の狼憑と鳳翼の複合発動に流石の椛も驚きの色を隠せない。

「どうする、犬走椛。このまま削り殺してやろうか?」
<私は、負けない。負けるわけには!白狼天狗と、父様の誇りにかけて、あなたを倒す!>

 反撃もままならない状態に追いやられた椛は、何かを決意したように反撃を止め、私に向き直った。四本の脚で地面を踏みしめ、まさに仁王立ちの姿勢で、天に向けて咆哮。空気どころか、周囲の木々を振るわせる轟音を響かせる。一吠えで空気が震動を以て凍り付き、それはスペル発動の宣言だった。

「栄光ある白狼天狗は天狗社会の高きを排斥され、謂われのない迫害を受け続けた。家を失った嘆きを、今、果たすべし。父を失った悲しみを、今、果たすべし。居場所を失った臥薪嘗胆の思いを、今、果たすべし。私は、負けるわけにいかない。……エクスペリーズカナン」

 前足を揃えて天を突くように咆哮する姿勢のまま、椛の姿が固まる。その姿の色が急に彩度を失い、石のように無機質な、微動だにしない立像へ。完全に石像となった。

「なに……?」

 訝しく見ていると、その石と化した姿にヒビが入り、天を突く石像の頭がぼろりと落ちる。その切断面に、新たに真っ白い毛並みが。しかし狼の姿が再生するのではなくその中に何かがひしめき動いているようにせめぎ合って中で激しく流動するまま。
 そして、それがぞわり、と溢れだしてきた。少し這い出すところまでは徐々に、しかしある程度が出たところで、それは爆発的に吹き出した。
 太く長い、輝く白い毛並みを持った、首。それはもはや狼ではなく、龍の顔立ち、そして長い首もまさに龍と言うに相応しかった。それが出たところで、狼の石像はもはや木っ端微塵に砕けている。生まれ出る首の太さが既に、狼の大きさを飲み込めるほどで、それが石像の中から現れたのだ。

「龍、ですって……!?」

 しかも変化はそこで終わらない。もはや失われた元の狼の石像。何もない空間から吹き出すように現れる巨大な龍は、一匹ではないように思えた。いや、一匹だが、頭が九つ。九つの別々の頭が一本の尻尾にまとまった九頭の龍。

「八岐大蛇……いや、九頭龍おおかみ?!」

 その巨体は、雲を喰い破り山をも絞め殺せるほど。
 彼女……いや、あの姿ではもう自我も変容しているだろう。言葉を解しているかどうかも危うい。だがその代りに得た……あれはもはやセルフBUFFの域を超えている。別の何かに、成り代わったという方が妥当だろう。それほどの圧倒的なパワー。九頭龍が身じろぎしただけで足場も空気も揺らぎ、私はまともに立っていることすら出来なかった。
 稲妻。火炎。大風。障気。岩石。溶岩。何もかもが同時に巻き起こり、防御しきれず。余りに濃密な同時攻撃に回避も出来ない。
 頭の一つが私を噛み砕こうと接近してくる。それを回避すると雷。霊撃で弾いて凌ぐともう一つの首が炎。風で追い返す。が、勢いが足りない。天狗道の開風を発動してようやく防ぐと、それを軽く凌ぐほどの大風が私を横から殴りつけた。

「っぐ」

 風とは思えない。全身が巨大な鉄の塊で殴りつけられたみたいな衝撃に、吹き飛ばされる。
 受け身を取り、マクロバーストを足場にして向き直るが上下左右四方から首が襲いかかってくる。天孫降臨の道標でそれをはじき飛ばすが、ダメージはない。
 他の首が襲いかかってくる間を縫って、猿田彦の先導で打撃ダメージを狙うが、全くその体には弾き返されてしまう。尻尾での迎撃を回避し、人間禁制の道で攪乱を狙うが全く意味がなかった。
 炎が左右から迫り回避を試みるが、別の軸を持った雷が私を打った。
 もろに雷の直撃を受けた私は、よろける。そこを狙って炎、風、水。尻尾の追撃。

「ばけ、もの……」

 だめだ。
 何をしても全く歯が立たない。
 打撃も、術も、スペルも、まったく効果がない。

「そう、か。忘れてたわ、あなた、ホンモノ、だったわね……」

 複数の頭が私に迫る。
 もう、私の変化は限界だった。姿を維持するだけで精一杯で、動き回ることが出来ない。

「くや、しいな……結局ホンモノには、血には、白には、勝てないのかしら」

 さっき諦めるなと椛を怒鳴りつけた私だったが、もはや人のことは言えない。
 だが、こんな化け物相手に、どうしろというのだ。
 スクですら至らなかった境地に、椛は至っているじゃないか。
 それも、私を殺すという目的を力にして。

 変化が、解ける。元の弱々しい、今の椛から見れば全くごま粒のような人の姿。
 そのまま空中で棒立ちの私の翼を、各々顎が噛みつぶす。噛み千切らず、そのまま私を空中に固定する。もう二つの顎が、私の脚に噛みついた。
 翼も脚も、もはや機能しない。
 空中に磔になった私の真ん中を目がけて、中央の一番力強い首が、迫る。

 これで、終わりかしら

 その一瞬に、色々なことが頭を巡った。走馬燈というヤツか。
 泥をすすっても生き延びた小さい頃の記憶。白狼天狗との抗争のコマに使われた日々。ゴミのような人生だった。
 スクに拾われ、彼に恋するまでは全く死んだような人生だった。
 彼に恋してからも、焼けるような人生だった。
 彼を手にかけ、椛と仮初めの関係を築き、気付けば離れられなくなっていた自分には呆れるしかなかったが、それでも。

「あなたに殺されるなら、悪くないかな」

 いよいよ顎が迫り、食いちぎられる。
 死を覚悟したそのときだった。

 ぴたりと九頭竜の動きが止まる。

「な、に?」

 私を磔にしていた顎が力なく緩み、私は落下する。風魔を起動しようとしたが、もはやその力もなくて、地面に強く打ち付けられた。
 痛みをこらえながら仰向けに椛の姿を見ている。微動だにしない。私ももう動くことが出来ず、幾ばくかの時間がそのまま流れ去った。
 私が上半身で這って動ける程度に回復したところで、ふと椛の龍の体が崩れてきていることに気付いた。少しずつ、少しずつ、砂のようにさらさらと。

「椛も、変化限界だったってこと……?」

 やがて雷や炎で気圧が変化したせいか、急に大きな風が巻き起こった。それに吹かれるように、巨大な九頭の龍が砂になって霧散する。
 その中央から、あの小さな椛の体が現れて、地面に落下した。

 今なら、殺せる。
 今やらないと、次は、勝てない。

 ずるずると上半身で体を引きずって椛の側へ行くと、気を失った椛の姿。仰向けで意識を失っている。傍には、彼女の、いや、スクの青竜刀の刃の破片が転がっていた。
 私は、それを、手に取る。
 考えている暇はない。彼女が意識を取り戻す前に、これを喉にでも胸にでも、突き立てれば、私の勝ちだ。
 私の

「……」

 私は、無防備に晒け出されている喉元目がけて、その刃を

 がきんっ!

 振り下ろせなかった。

「何で、外すんですか」
「何でかわさないのよ」

 刃は首を逸れ、肩の上辺りの岩を抉ったところで止まっている。
 最初から意識はあった、そう言わんばかりの椛を前にして、しかし私に絶望感はなかった。むしろあるのは。
 
 とどめを、あの日のようにとどめを刺さずに済んだ安堵感。
 
 あの日、スクの首を切り落とした感触が、その映像が、それらをパッケージした血塗られたプレゼントボックスのような記憶が、脳裏にフラッシュバックした。
 今、その辺にまき散らされているのが、椛の血ではなくて、良かった。たとえ、今度死ぬのが、私であっても。スクの魂は、正しく彼女に引き継がれていたのだとわかった今、後悔はない。

「殺せなかったわ。最っ低。情が、移っていただなんて。」

 急に、惨めさがこみ上げてきた。
 何を、何を私はやっているのだろう。何を私はやりたいのだろう。
 椛をどうしたいのだろう。椛にどうあって欲しいのだろう。
 私はどうなりたいのだろう。私は。
 私は。
 涙が零れそうになるのを、でもそれがもっと惨めで。
 そんなのを椛の前で見せるのがもっともっと惨めで。

 岩に突き立てられていた刃を返して、私はそれを自分に向けて思い切り突き立てようとした。
 が、それさえも叶わない。
 刃が突き刺さっていたのは私の喉ではなく、伸びた椛の掌だった。

「なっ」

 そしてその刃が貫通した掌とは逆の手を、椛は私の頭に乗せ、私はそのまま頭を抱き寄せられた。



 ――キス



 お互いに血の味しかしない。心地よさなんてなくて、体中の痛みの方が勝っている。
 血の味のするキス。抱え込んで締め切った思い出を浮かび上がらせて。
 私の中で下らない邪魔をしてくれる色んなものを吹き飛ばすのには十分過ぎて。

「何で、殺さなかったんですか」
「……手元が、狂っただけよ」
「じゃあ、今のキスも、手元が狂っただけと言うことにして貰いましょうか」
「なによ、それ」

 ああ、だめだ。
 気付いてしまった。
 いや、とうに気付いていたけど目を背けていたことに、ぐいと無理矢理顔を向けさせられて、瞼を抉じ開けられた感じ。
 私、種族とか血とか、スクがどうのとか、下らないことを言い訳にしてただけだ。
 ただ体を貪っているだけのつもりだったのに、やられているのは私の方で、気のないそぶりをするのに精一杯だったんだ。梳くに々ことをしてきて、だのに、死ぬ間際に私に胸中を語ったスクと、私は同じじゃないか。
 気持ちを隠して、立場とか、過去とか、クソ溜めにでも捨てるべきしようのないことに拘って、言えなかったんだ。
 轟々と吹き荒れる風の中にあって、ぽたり、ぽたりと、椛の掌を貫いている刃を伝って地が滴る音が、妙に響いた。それに刻まれる静かなリズム。それが一つ、一つ、色を落とすたびに、熱い鋼が氷を溶かして行く。
 今、言わないと。皆既日食みたいに一瞬だけぴたりと合致して、ほんの今だけ開かれた鍵が向こう側、いやこちら側を剥き出しにしている今、それを吐き出さないと。いや、それを他でもない私が、頭の悪い鳥が、ふと希望の記憶を探り当てたみたいに、望んでいる。

 言おう。厚く脆い鎧を脱いで、何も脱いで、薄皮さえ剥いた、生の。

「椛」

 彼が生きて言えなかった、言葉を、私は、言う。

「好き」

 椛は、ふい、と顔を逸らして、小さく呟いた。

「何を今更。そんなの、そんなの昔からです」

 文さまが仇だなんて、どうしてこんな……
 椛はそう漏らして、私の代わりに泣いていた。







「もう、歩けるわ」
「嘘ですね」
「うそじゃ、ない」

 椛ほどの自然治癒力のない私は、椛に担がれて山を下りていた。それでも、いつまでもそうしているわけにもいかない。
 私は彼女の胸を飛び出して歩こうとしたが、私の脚は私の体重を支えきることは出来ず、再び膝から崩れる。

「っぐ」

 太股から下はさっきミンチになったばかり。翼もまた然りだ。関節から曲がっただけまだ幸いだったとさえ言える。

「いわんこっちゃない。大人しく」
「くや、しい、わ」

 椛は無理矢理私を抱き直し、再び歩き出した。
 しばらく無言が続いた。お互いに、何を言えばいいのかわからなかったのだ。
 互いに殺しあったあと、互いにそれに失敗して、今は一緒にいるだなんて、どこを切り取って何を今の感情だと言えばいいのかさえ、わからない。お互いの殺意を疑うのに十分な結果をして、しかし、踏み出して行使した力は生半可ではなかった分、どうしてもどうすればいいのかわからなかった。
 でも。

「好きな人に抱いて貰ってるんだから、少しは可愛らしくしていたらどうなんですか」

 こっちから好きと言ってしまった以上は、ぐうの音もでない。
 私がぷすぷすと何事か言いたげに、でも言えないでいると、椛が歩みを止めた。

「こっから先、道が険しいんで。ちゃんと捕まってて下さい」
「えっ、ええ」

 私が返事をするや否や彼女は、そっちは道じゃないだろうと思っていた方へ一目散に山を下る。獣道の一本どころか、まともに根を下ろした大きな草木もないほど切り立った斜面を、落ちているのか降りているのかさえ区別が付かない速度で、下ってゆく。

「も、椛、」
「近道なんです。飛べればもっと近いのはわかってますけど、生憎翼はSoledOutなもので」

 この子は。

「落とさないでよ?」
「途中下車したければいつでも」
「遠慮しておくわ」

 翼の再生は遅々として進まない。こうして『脚』があるなら、非常に癪だが甘える他ない。
 抱かれた腕の中から見える景色は、めまぐるしく変化した。荒々しく人を寄せ付けない岩肌は、しかし椛の健脚をして川のように流れ、背の低い草木の波に身を返す、椛は魚のようであり、これが川ではなく空と雲であるなら、椛は鳥に違いなかった。
 これだけの速度と跳躍落下を繰り返しながら、抱えられた私と言えば、その衝撃は全く感じない。全て椛の体が吸収しているようだった。何というバネだろう。そうして止まることなく、まさに風を切る鳥のように進む椛。自分の翼で飛ばずにこの風を感じるのは、もう思い出せもしない大昔以来だった。

「文さま、そろそろ、飛べますか?」

 と、椛が全く速度を緩めぬまま問いかけてきた。人と話をするのにこっちの目を見るのは感心だが、頼むから今は前を見て頂戴。
 ちなみにさっき噛み砕かれた翼は、まだせいぜい飛べる程度でしかない。が、無理だというのも癪だったし、彼女がそう言うからには、そろそろ椛の方も私を抱えて走るのにも飽きたと言うことだろう。
 椛の成長に感傷を覚えていた私だが、それもここまでと言うことだ。

「飛ぶくらい、出来るわ」
「じゃあ、お願いしますね」
「えっ、どういう」

 いみ、と繋げる前に、椛と、彼女に抱かれている私の体が、ふわりと浮いた。
 背の高い木々のそれを一跳びに越え、椛は崖を飛び出していたのだった。まるで空を飛んでいるときのように高い。翼のない者がこれほどに高く飛べるのを、私は素直に凄いと感じた。
 ふとその一瞬に、私を抱いて跳躍した椛の顔。抱かれた位置からだと丁度見上げる形になるその表情は、どことなく笑っているようにも見える。見る角度のせいで偶然そうだったのかも知れないが。

「はやく」
「へっ?」
「はやく飛んで下さい?落ちますよ?」

 そういうこと!?
 私は慌てて翼を展開する。まだ強さに不安があるが飛ぶことは出来るだろう。
 私の体は翼に支えられ、すうっと、水平移動へ。

「って、椛?」
「ひでー。落っことしやがった」

 抱かれている方が急に浮力を得て、抱いている方がそれにくっついていられるはずもない。
 落下が始まり、見る見る小さくなる椛の姿。

「なにやってんのよォ!?」

 慌てて落下姿勢に入り直す私。風魔を噴かせ、落下速度に更に加重をかけて椛を追いかけた。
 手を伸ばす。指の先まで、寸分の余裕無くぴんと張って、彼女の体を追いかける。彼女の方も、落下中体を捻りながら、私の方へ手を伸ばす。
 私が追いかけなかったらまた大怪我をするんだろうに。何を考えてるんだ。
 よく考えてみたら、狼憑は解除されているのだから彼女も飛翔できるのではないか……?
 一瞬よぎった疑問を、しかし敢えて意識の隅に追いやった。なんて言うか、椛が私を試しているような気がして。彼女の挑発に乗らないのは、癪に障る。そんなひねくれた理由をつけて、私は彼女を助けることに専念した。
 落下の加速に追いつくのは、幾ら私でも至難の業だ。私が加速できる能力は一定であるにも拘らず、落下速度ときたら累乗的に増えて行くものだから、段々と距離が縮まらなくなっていく。なけなしの霊力全てを加速度に乗せ、彼女を追いかけた。
 重力に引かれてその加速に身を委ねる椛の顔は、ああもう、ばかじゃないの、この子、凄く、楽しそう、これ以上なく、私が見た中で一番、楽しそうに笑っていた。
 あと少し、もう少し……!
 うんと伸ばした私と彼女の指先が、互いに求め合うみたいに軸を合わせようとしながら。
 射程に入った!掌を振って彼女の手を掴もうとするが、空を切る。
 もう一度。
 空振り。
 焦る。
 もう一度!
 空振り。

 見ると、彼女の手は、全く動いていない。私の手にあわせるつもりがないかのように。
 だが、知ったことか。私が、私が、そうしたいだけだ!

 届きそうと掌を開いて、掴む。
 空を握る。
 早くしないと、激突する。

「そんなにブレられると、掴み返せないですって」

 実際にそんな言葉を吐く時間はなかったはず。でも、そんな風に彼女に言われた気がして。
 そうか、軸を一定に保っていたのは、彼女の方だった。私はいつもブレまくって、ただ暴れていただけだったのかも知れない。椛は常に一つの視点をしっかり固定して、ずっと何かを見てきたんだ。それは、過去かも知れないし、自分自身のことかもしれないし……私のことかもしれない。

「言われなくても、わかってるわよ!!」

 ブレる手をとめて、彼女が据えている一本の軸を見抜く。そして、それめがけて、今度こそ!

 ぱしっ

 来た!
 一瞬、彼女の手も、こちらに向けて動いたような気がした。風の性かも知れないし、気のせいかもしれないし、本当にそうかもしれない。
 やっとの思いで掴んだその手を、強く、強く、強く握って。離さない、二度と離さない。
 何かと何かを勘違いさせられている感じがしたけれど、敢えて深く掘り下げないでおくことにした。その方が、きっと、楽しい。気持ちいい。幸せ。

「っぐ」

 喜びもつかの間、落下速度に乗り切ったところからの復帰に加えてもう一人分の体重を支えなければならない状態。再生しかけの翼には負荷が過ぎる。翼から背中にかけてが軋み上がった。
 緩やかな軌道変更では間に合わない。風魔を断続的に設置し、クッションと軌道変更に費やす。減速はその次。急な減速は物理ダメージとなって襲い掛かってくるからだ。
 山際の斜面にすれすれ接しそうなところをぎりぎりで軌道修正しながら、もう少しで復帰というところへもって行く。腕か羽が、もげそうだ。
 そして、ある一点を超えると、ふわり、と落下加重を感じなくなる。やっと、飛行姿勢を保つことが出来た。

「よっし!」

 軌道を上方に据えて、次に現れた山の崖をすうっと上昇して回避する。
 ほぼ垂直に上昇。高度をどんどん上げる。
 もう何かに激突する恐れなんかなかったんだけど、これはまあ、単に私がはしゃいでるだけだ。
 雲に突っ込み、ほとんど何も見えないそれを上に貫く。
 開けた視界は、雲海に太陽を乗っけた、まあ、私には見慣れた光景ではあるのだけれど。
 でも、椛はそうでもないようだ。翼のない者の飛翔ではこの高度まで辿り着くことは出来ない。
 目をきらきらさせながら雲海の更に上を飛ぶ光景に見とれている椛に、私は少しだけどすを聞かせた声で問いかける。

「で、なんか言うことあるんじゃないの?」
「空、綺麗ですね」
「落とそうか?」

 腕を緩めると、わわわわわ、って慌てて椛が抱きつく腕を締める。いい気味だ。

「小さい頃」

 ぽつり、と彼女が胸の中で呟いた。

「一回だけ、文さまにこうして抱えて飛んでもらったことがあるんです。覚えてないでしょうけど」
「生憎と」
「ですよね」
「これでもないかってくらい鮮明に覚えてるわ」
「えっ、そ、そうですか」

 何のことはない日常……でもないか、私にとっては。
 椛がどこかへ言ってしまったから探してくれとスクに頼まれて見つけた帰りだ。あのスクのうろたえ様は今でも傑作。
 私が『犬走椛』を目にしたのはその日が初めてで、ああ、目元が似てるな、とか、なかなか言うことを聞かないのが憎たらしかったり、そこがまたスクを彷彿とさせたりで酷く複雑な心境で彼女を抱きかかえて帰った記憶がある。
 何よりも、幼いにも拘わらず、早くも犬走としての自覚を持っているようで、決して泣き言の一つも言わずに私について来たのは、ただただ感心するばかりだった。

「私の方が驚きよ。あんな小さい頃の記憶があるの?」
「実はあんまり。ただ」
「ただ?」
「そのとき、酷く感動したのだけ、覚えてるんです。空を飛ぶって、術じゃなくて翼で飛ぶのって、こんなにも気持ちいいことなんだって。それが出来る文さまが、スーパーマンに見えた」
「ははっ。それどころかこの雲の中に住んでるやつだっているのに。さすがに小さい頃は、誰でも可愛いものだわね」

 ごめんなさい

 小さく、耳元で聞こえた。

「文さまを抱えて山の中を走ってる間にもう一回、それを感じたくなっちゃったんです」

 子供っぽいところは妙に子供っぽいんだよな、この子は。

「で、どうなの、大人になって再体験した感想は?」

 私に抱きつく腕をぎゅっと強く締めて、椛は

「やっぱり、スーパーマンです」
「は。あんな龍に化ける子が、何を言ってるのやら」

 あれは向こう六百年はもう使えないんです。それでとどめを刺し損なっちゃうんだもんなー。
 そうぶつぶつ漏らしているが、その声色は本当に嬉しそうで。

「今度からは、いちいち六百年に一度の大技を見せてくれなくても、言ってくれば飛んであげるわよ。こうして抱かれるのが嫌じゃなければね」
「あー。それはかなり躊躇いますね」
「やっぱり落とそうか」
「い~や~」

 とふざけて、今度は両手両足を大の字に離して開く。でも残念。今度は私がちゃんと抱き抱えているのだから。
 全く落ちる気配のない様子を確認してから、改めて私の首に掛かる腕に力がこもる。落とされそうになって慌ててしがみついているのとは違って。

「じゃあ。気が向いたら」
「ええ。気が向いたらね」

 雲海の地平線が、沈みゆく陽光の橙に染まっている。前も後ろも右も左も、見渡す限りに何もかも、何一つ、私達を邪魔しない。
 とは言っても、ここは高い空の上。足下に広がる雲は足場として役に立たない。今はただ、目の前にある問題の一つを乗り越えただけだ。

「私、スクに、真っ黒になれ、誰にも染め返せない黒に、って言われて、それを頼りに生きてきたわ。それは、それでよかったと思っている。今こうして私が私であるのは、そう言う生き方を選択できたからだって思う。でも、今だって、あなたのその真っ白が、羨ましいの。本当に。私の黒は、もう、いくら洗っても落ちない。薄くもならない。もう、真っ黒なんだもの。清く正しい射命丸、なんて、本当滑稽だわよね。こんなに汚れているのに。羨ましいわ、あなたの純潔が。とても、羨ましい。」

「翼が、私も欲しいなって思ってました。あの日の、さっきの文さまみたいに自由に飛べる翼が。でも、さっき文さまを抱えて走っているとき、こういうのもいいなって、思ったんです。文さまが高く飛ぶなら、私は地べたを駆け抜ける。そういう違いも悪くないって。」
「そう、よね。きっと、私達は、今のままでいるべきだわ。それが一番、素敵なことよ」

 はい、と椛は可愛らしい笑顔を輝かせて、そして、付け加えた。

「それに、文さまにはずっとスーパーマンでいて貰わないと」
「それは重いわね」
「ダイエットしますから」
「そうじゃないってば」

 重いですよ、私は。
 首っ玉にぎゅうとかぶりついたまま、耳元に言葉が置かれ、私は彼女の額に自分の額をこつんとあてて、確かにね、と言い返す。
 椛の方は悪びれる風もなく、尖った犬歯を出して、ただあの雲海の向こうにあるものにそっくりな笑顔をこぼしていた。







「なんか」
「うん?」
「私達、初めてじゃないですよね?」

 椛は掛け布団を掴んで胸元に寄せ、前を隠している。もう何度も、いや、何十回も、それも恥も外聞もないようなセックスを重ねてきているどの口がそんなことを言うのか。

「え、ええ、たぶん」

 と、言う私の方も、実は最後の下着一枚をなかなか脱げないでいた。ブラまではとれたのだけれど、ショーツを脱ぐ手が止まってしまう。自分では、脱げない。
 なんだこの気恥ずかしさは。
 椛の体重を感じ、肌の密着に震えるだけで、じゅんと濡れている女陰。いつもならそれを恥ずかしげも無く椛の顔の前に晒し、舌での愛撫を強要するところなのに、それが出来ない。
 椛を目の前にして欲情はしてる。同じように椛の方もペニスは勃起し、下半身を隠している布団は盛り上がっているものの、それ以上の何かを求めるのを躊躇っているようだった。

「す」
「えっ?」
「好き同士のセックスって、ど、どきどきします、ね」

 思い切って口を開いた、という風な椛だが、その声はだんだんとしおれて小さくなり、視線も私から逸れて俯いてしまう。
 そんな風にされたら、私まで、もらっちゃうじゃない!

「好き、同士……」

 お互いの気持ちをちゃんと確認して、カラダだけが目的じゃないとわかってからするセックスは、これが初めてだった。だからか、本当、その、自分で言うのもなんだけれど……初心になっちゃってて、カラダが求める刺激をキモチが臆病になって躊躇ってる。

「あ、文さま、処女、みたい。あは」

 私のことを茶化そうとする椛だが、残念、巧くいってないわ、それ。そんなに切なそうな顔をして、目がとろんとしちゃって。

「椛こそ、女の体を初めて目にしてどうしていいかわからない童貞っぽくなってるわよ?ん?」

 子犬のようだ。上目遣いで潤んだ目をこちらに向けて、頬を上気させている。耳が垂れて、しっぽがぱた、ぱた、と動いている。なによこれ、かわ、いい。

「わ、わかってますよ!でも、なんか、急に恥ずかしくて……文さまのおっぱいって、こんな、えっちな形してましたっけ?」
「えっ!そ、そんなの、知らないわよ」

 あーもうっ、なによそれっ!そんな風に言われたら、変に、恥ずかしいじゃない!
 娘とはいわないが、姪っ子くらいには年の離れた相手に、それも、いままでさんざ悪態を吐いていた相手に、今は、急に、恥ずかしい。
 布団は椛に取られているので、手を胸元に寄せて、隠す。隠して、しまう。見られているのが堪らなく恥ずかしかった。

「きす、キスしましょうか」
「そう、そうね」

 一番ライトで、でもきもちいい、性行為。とりあえずそれから入るというのは、名案よ、椛。
 すすすす、と寄ってくる椛。掛け布団が近くに来たので、ついついその端を付かんで自分の体を少しでも隠そうとしてしまう。

「あや、さま」
「もみじ」

 え、えっと、あれ、キスするとき、手ってどうすればいいのだっけ。ただ下に降ろしてたら適当って思われちゃいそうだし、だからって、えっと、どこかに触る?前、前えっちしたとき、どうしてたっけ、あれ、あれ?
 気が動転する。キスしようってだけで、心臓が肋骨をノックしすぎ。そんなにアピールされても出すわけには行かないの。いよいよ椛の顔が近付いてきて、えっと、体は正対すればいいかしら。手、そう、手。えっと、彼女に触れていたほうが……?どこ触ればいいの!?肩とかにおいておけば。
 とりあえず椛の肩に手を置くと、びくんっ、と椛の体が跳ねた。

『ごっ!ごめんなさい』

 二人同時に謝る。

「い、嫌だった?」
「びっくりしただけです」

 なによこれ!本当にガキの初体験みたいじゃない!

「手」
「え、ええ」
「手、握ってください」

 椛が躊躇いがちに手を差し出してきた。私はそれを掴んで、包むようにしながら指を伸ばす。
 椛の手は、女の子としては、すこし、ごつごつしているかもしれない。その力強さが、私の胸をぎゅっと鷲掴みにして離さない。指同士を絡めて、二人でひとつの握り拳を作ろうとすると。

「文さまの手、綺麗、ですね」

 私の手を見て、椛が自分の手を引っ込めようとするのを、私は強く握って阻んだ。

「何で逃げるの?」
「私の手、みったくない」
「どこが?」
「文さまみたいに、綺麗じゃないです。指短くて太いし、爪割れてるし」
「で?」
「で、って」

 椛の手を握ったまま、それを口元に寄せて、キスしてあげる。

「あぅ」
「何が嫌なのか知らないけど、私がこの手を好きな理由には全くかすりもしないわね」
「りゆう?」
「椛の手、ってこと」

 なんですかそれぇ、とぷすぷす湯気を上げて俯く椛。ゆった自分も顔から火が出そうに恥ずかしかった。
 でも彼女はそれきり逃げようとしなくなって、きゅっと強く握ってやると、椛のほうからも握り返してきてくれて。

「手、って、気持ちいいんですね」
「そうね。私も、驚いてる」

 指先から掌、そしてまた指。指の側面と腹では得られる感覚が違って、強く握ったり力を緩めたり、絡める指を擦り合わせたり。すごく、気持ちがいい。

「知らなかった。手って、性感帯だったのね」
「そう、ですね……」

 椛の目がゆらゆら潤んで私を見つめている。吸い込まれそう。いや、吸い込まれる――
 口を寄せて、やっとキス
 ……って

「目ぇ閉じてよ!」
「あ、えっ、え?」

 慌てている椛。ぎゅっと目を瞑って、そのまま
 がきんっ!

「いった!」
「いたっ」

 唇を合わせるつもりだったのに、当たったのは前歯同士で。

「お、おちついてよ」
「え、え、ええっ、はい」

 ああもう、なにこれひどい。キスひとつまともにできないなんて、どんだけお子様なのよ、私達。

「もういっかい」
「はい」

 ゆっくりと近付いてくる椛。握った手に力がこもって、なぜか緊張してしまうお互いを励ましあっていた。近く、近くなるにつれて瞼が下りて。私も目を瞑って唇に唇を乗せた。
 椛の柔らかい唇。ふに、と私のそれを受け止めてくれて、すごく気持ちいい。
 そのまま、舌を入れようとしたけど、なんか、やっぱりできなくて、本当に触れるだけのキスが、離れた。

「ふうっ」
「はあっ」

 息、止めちゃってた。
 唇が離れてからも、視線は今しばらく離れずくっついたまま。私はだんだん気恥ずかしくなって、視線を逸らせてしまう。額を額にこつん、ってやってごまかした。
 椛の布団を私は半分もらって、いつの間にか一緒にひとつの布団で包まっている。結局二人とも内側にいると裸が丸見えなんだけど、ぴったりくっついてると逆に見えないし、それに、あったかいし。

「あやさま」
「うん?」
「すきです」
「私も」
「私の方が好きです」
「そんなことないわ。私のほうがずっと好き」
「まーた口だけなんですから。私のほうが絶対たくさん好きです」
「へえ、じゃあどれくらい好きなのか、見せて頂戴?」

 なにこれ。なにこれ!なにこのこっぱずかしいやりとり!?
 でも、椛とだったらいいかな、なんて、ああ、ばかみたい。

「どれくらい、って」

 椛が困った顔できょろきょろしている。

「えっと、こ、これくらい!」

 椛は私に抱き付いてきて、ぎゅーっと強く腕を締めてきた。

「このまま、くっついちゃいたいくらい、離れたくないくらい、です」
「くすっ、なによ、それ?」

 私は抱き付いてきた椛の前髪を掻きあげて、そのおでこにキスをしてあげる。
 少し跳ね返り癖のある真っ白い髪。椛そのもののようで、昔は憎憎しく自分を説き伏せていたけど、ううん、やっぱり愛おしい。その髪に手櫛を通して梳いてあげると、くぅん、と本当に子犬の声が洩れてきた。心地よさそうに目を細める椛。
 正直にゆって、椛を好きだと思う感情の中に、スクへの想いが未だにこびり付いている。さっきの手もそうだ。昔から椛の力強いところに惹かれているのは、未だにスクへの好きを消化できていないから。椛に重ねてしまっているから。でも、きっと、それはそのうちに消えてしまうだろう。椛自身の強さのオリジンを、私はきっとまた、好きになる。

「ごめんね」
「なにがですか?」
「お父さんのお下がりで」

 この言い方は、椛に失礼だったかもしれない。でも。
 椛は視線を私と同じ高さに合わせ、まっすぐに返してきた。

「私は、父様を超えなきゃいけないんです。白狼天狗としても、文さまの隣にいる者としても」
「ナマゆってんじゃないわよ」

 なによこの子。可愛いと思えば、すごく頼もしいことゆってくれちゃって。
 どきっとさせられた悔し紛れに頭の上でぴこぴこ動いている椛の耳を、指で挟んでいじってやる。

「むう、いつまでも子ども扱いしないでください」

 ぱしっ、と手を払われてしまった。
 頬を膨らませて顔をぷいと背ける。ほらほら、そういう可愛いところが子供なのよ。

「まだまだひよっこよ、私から見ても、スクから見ても。悔しかったら、立派な大人なところ、見せてよ?」
「わ、わかってますよ。まずは金権政治に成り下がっている天狗社会を」
「違うでしょ」
「えっ」

 私は椛の手を取って、自分の胸に導いた。

「今、私達、何してるんだっけ」
「あ、その」

 今更乙女ぶらされる現象はまだ消えていないけれど、愛欲はやっぱり、ある。

「かっこいいところ、見せてみなさいよ、椛」
「あっ、あや、さま」

 ずるいなあ、私。何となく自分からできないからって、相手からして欲しいなんて、卑怯。
 椛の体が、段々前のめりになって
 そのまま私を。
 組み敷いた。
 でも、やさしくだ。
 椛は私の上に乗って、屈むようにして、私の顔を覗き込む。

「今度はちゃんと、私のこと、見てくれますか?」
「えっ?」
「今までは私じゃなくて、父様を」
「椛のことを見ていなかったわけではないわよ。でも、大丈夫。今度は椛から、目を逸らさないわ。」

 そう言うと、椛は両の手で私の頭を挟むようにそっと抱いて、唇を重ねてきた。

「んっ、ふんっ、っ、あや、さま」
「ちゅっ、んく、ぁむ……」

 キス。でも、さっきまでと違う。昨日までと同じ、互いの口を貪るキス。
 のってきた。戻ってきた。
 彼女のこと、好きなのに変わりはない。大切に扱いたい。優しくしたいし、そうね、たまには優しくされたい。でも、そんなのは、えっちの快感の次。やっぱり私達は、元々こうやってつながった仲だ。変な意味で、焼け木杭に火、みたいなもの。
 彼女の体重は完全に私の上に乗り、再び降りてくる唇。差し込まれる舌、流れ込む唾液と吐息と、彼女の欲情。私の劣情。

「はむ……っちゅ」
「んっ、ぁむ、んふぅ」

 椛の舌って長くて、凄くキスがうまい。舌が絡め取られて、根本の方まで反則的、ってか反則。奥歯の奥まで届くなんて、あ、喉まで、舌で喉まで犯されるなんて、凄い。

「んむ、ぐっ、くふ」
「んっむぅ……っちゅ、くちゅ」

 ぷ、は、と音と、湯気が上がりそうなほどに加熱した息を吐いて、口が離れる。
 頭がくらくらする。食道の入り口まで愛撫されて、息がうまくできなかったせいで酸欠でぼーっとしたところに椛が傍にいて気持ちいいのが入り込んできて。頭の中が一気に椛で埋まる。
 椛もすっかりその頬を名前通りの色に染め、くりくりよく動く瞳をふんわりと潤ませている。

「はぁっ、はーっ、はぁっ」
「あやさま、いいかお……かわいい」


「な、生意気」

 かわいい、などと形容された私は照れ隠しに少し乱暴な手つきになって。彼女の下をすり抜けて、四つん這いの彼女の後ろをとった。

「今日は私が犯してあげる」
「えっ、それは」

 前に一度だけ、『椛に挿入れた』ことがある。彼女はちゃんとイケてたし、私も滅多にしない挿入で凄く気持ちよかったけど、行為自体について、椛は思いっきり嫌がっていたので、それ以来したことがない。

「椛に、挿入れたいの」

 後ろから、椛の小さく引き締まったお尻を撫でて静かに言うと、彼女は何も言わずに膝を突いた脚を広げて見せてくる。

「椛、イヤじゃない?」
「元々、相手のことなんて考えないって申し合わせてたのに。なのに文さま、あれ以来挿入れようとしてこないじゃないですか」
「あ、あんなに嫌がられたらこっちも萎えるってだけよ」

 それは確かに嘘ではなかったが、椛に挿入れたいと思ったことは数え切れないくらいある。犯されたいと思った回数に比べれば、微々たる数ではあるが。

「今は、嫌じゃ、ないです」

 そう言う椛の表情を、こちらからでは伺い知ることができない。甘えてしまっていいのだろうか。

「しないんですか?」

 大して長い時間ではなかったはずだが、その間を焦れるように、椛が急かしてくる。欲しい、と言うよりは、とどめを刺すなら早くしろと言う感じで。
 私は黙ってしゃがみ込む。

「椛、お尻、もっと高くあげなさい」
「は、はい」

 くくっと尻が高く上げられて尻尾が揺れる。私はその少し堅い桃の手を添えた。椛のお尻をぱくっと開いて、その間に隠れた、少しセピア色に染まった穴に口を寄せる。

「んひゃ!?あ、あやさま?し、舌」

 この間やったときは濡らした指で無理矢理こじ開けるみたいに広げて、ペニスをつっこんだ。ただ挿入したかった自分の肉欲をぶつけただけで。
 でも、今は、うう、こっぱずかしいのだけど、違う。
 唾液を口に溜めて、それを舌で椛の菊門に塗り広げてゆく。真ん中の穴を舌の先でつんつんつつくと、ひくひく動いて反応を示してきた。

「ん、は……あやさま、そんなとこに、口なんて」
「ふふ、少ししょっぱいわね」
「ふあっ!?」

 椛は、びくっと体を跳ねさせて、腰をくねらせるが、私はそれを逃がさない。お尻の穴がきゅっとすぼまり、尻尾がピンと立って、彼女の羞恥を物語っている。

「ちゃんと拭いている?」
「ふ、拭いてますよ!洗ってます!!」
「そう」

 実際にはそんな味なんてしない。ただ、椛を恥ずかしがらせられればよかった。

「……嫌がらないのね?きもちいいの?」

 椛は答えない。表情も見えないここからでは、でも、小さくなってふるふると震えている彼女の様子はどうしようもなく劣情を掻き立てた。
 私は椛の穴周辺だけではなく、なだらかな曲線を描くお尻の表面にキスを塗したり、足の指の間やふくらはぎに手を這わせ、太腿の内側を舌でなぞったりして、彼女の快感を混乱させる。何処が気持ちいいのか解らなくしてやることで、逆に気持ちよいと感じていない場所にも快感を錯覚させるのだ。

「嫌がっていた割りに、前のときもちゃんとイっていたし、ほら、今だってキモチイイのでしょう?」
「わかり、ません」

 椛の声は、少し掠れている。
 菊の皺の奥にまで唾液をしみこませるみたいに、念入りに口付けする。舌で円を描くみたいに周囲を撫でて、放射状に皺を伸ばし、時折中心を少し押し込む。
 左手は尻肉を優しくなで回して、右手は足の指から太腿までをさらさらと触ってあげる。
 おしりに口付けている私からは、椛が悶えて、頭を左右に振ったり、枕に顔を押しつけて何かに耐えるようにしているのがよく見えた。彼女の手はシーツをぎゅっと握り、時折それが緩んでぶるっと震えたり。尻尾はしおしおとしなだれているが、時折根元が少し跳ねる。

「椛、いつもみたいに、声、出していいのよ」

 椛は、私の問いかけに対して頭を振って答えた。枕に顔を押しつけたまま、声を殺しているようだ。

「お尻で感じるのが、そんなに恥ずかしい?私のは何度も犯したくせに」

 そう言うと、うう、と声が漏れてきた。やはり感じては、いるらしい。
 私は、右手の愛撫をやめ、その指を口に含んで唾液をたっぷり塗す。椛の方も私が何をしているのか察しているらしく、少しお尻に力が入って緊張を示していた。
 指がふやけるまで湿らせてからにしてあげたかったけれど、そんな悠長にしている忍耐は私の方にはなかった。人差し指を、椛の聞く門に宛がう。
 あ。
 爪が伸びたままなのに気付き、鎌鼬でそれを切る。取りあえず右手の爪だけを綺麗に切り落として、その濡れた人さし指を、椛のすぼまりへ。

「力、抜きなさいね」

 私が言うと、セピアのすぼまりがおずおずと緩んだ。私はそれを舐めて唾液を塗しながら、ゆっくりとほぐすように指先を埋めてゆく。
 右手の末節までがぬっぷりと埋まったくらいで、常に唾液を乾かさぬように垂らし続けたまま入り口で前後させる。可愛いすぼまりが、指に押されて引っ込み、引かれて膨らむ。

「ん、ふぅっん」
「いいわ、柔らかい。」

 奥の方まで指を入れて腸液を導きたいが、焦りは禁物。時折巾着袋の口のように堅さを取り戻す入り口を、ちゃんと解きほぐすまで。それは、私のものはここに入っても平気だという、信用を、椛に、椛のお尻に、教え込む作業に他ならない。
 異物じゃない。気持ちよくなれるもの。解け合えるもの。一つに、一緒になれるもの。
 くちっ、くちっ。静かな水音を鳴らして、椛のお尻は溶けてゆく。
 第一関節をのみ込んで、中節の中程までが彼女の中に入り込んでいった。そのままの状態で、第一関節を曲げて側面を少し刺激してやると、流石に少し、入り口が堅く反応した。だがそれもすぐに、ごめんなさいと申し訳なさそうに、また緩まる。可愛い。その可愛いらしく緩んで私を受け止めようとするアヌスを、指の脇から舐めて愛でる。
 少し、中から濡れてきたかな。味がしてる。
 と、椛が顔を上げて、消え入るような声で、言った。

「あや、さま」
「痛い?」
「いえ。その、もっと、平気です」

 だから、もっと。と体で答えるように、椛の尻穴はくくっと緩んだ。代わりに指が届いている内側の柔肉が、ふわりと指を包み込んで圧迫してくる。

「イキってはだめ。力を抜くの。椛を、傷つけてしまうわ」
「は、はい」

 私を受け止めようという、彼女の努力がいじらしい。
 んっ、っと小さく漏らしてしばらく後、指を包み込んでいた柔らかな圧迫感も薄れていった。
 すうっと抜けた堅さと、彼女の言葉を信じて、私は人差し指を更に奥へ差し入れた。椛が力の抜き方を覚えたことと、もう第一関節を通過しているせいで、そのままずぶずぶと第二関節を飲み込んでその奥までを受け入れた。

「一本目、入りきったわよ」
「は、はい……」

 椛の声は震えていて、息も少し荒くなっている。
 奥まで入った人差し指を、なるべく内壁に強い刺激を与えぬように、ずるずると抜く。挿入れるときは緩めようと力を抜いてもどうしても反応してしまう括約筋も、抜くときの反応は違う。排便の際に慣れたその無意識が、指の滑りをよくしていた。

「っ、ふ」

 ゆっくりと、焦らすようにゆっくりと、人差し指を抜いていく。第二関節のところで一旦止め、椛に優しく語りかける。

「少しだけ、力を入れて」
「え、はい」
「少しだけよ。入れすぎたら、傷ついてしまうから」

 さっきまでとは逆の指示に、しかし素直に従う椛。きゅっとすぼまりと強くする花弁を感じたところで、第二関節をゆっくりと抜く。その抵抗がなくなったところで、椛が脱力する前に一気に第一関節まで抜き戻した。

「ん、っは、あっ!」

 枕に顔を埋めていた椛が、首をがくんと上に跳ねさせて叫んだ。その後は枕に墜落することなく、ゆらゆらとたゆとうように少し俯き気味のまま。

「上手よ、椛。お尻もしっかり濡れてきたわね」

 抜き去った人差し指にはねっとりと腸液が絡み付き、私の指をいやらしくテカらせている。私はそれを、椛に聞こえるようにわざと音を立てて嘗めた。そして、指が抜けてひくついているアナルに、再び口付けて、舌を、中心の緩んだ穴へ。

「椛のアナル汁、おいし」
「や、あっ」

 さっきとは違って少し奥まで進入できる。ほんの入り口ではあるが、内部に差し込んだ舌を動かし、舌でほじってやると、椛のそこは、一度教えただけにも拘わらず今度も素直に力を抜いて私を受け入れた。
 少しぬらつく腸液が、舌にとろりと絡まる。私の舌は椛のように長くないのでこのくらいが限度だが、それでも椛の羞恥と快楽の境界は十分に溶けたようだった。
 浅い息を押し殺しながらも、さっきまでは逃げ腰だったお尻が、今はすっかりと私の指や舌を待ちわびている。その中心のセピア花は、すっかりと解れて常に人差し指程度の口を開けたままになり、中の柔肉が顔を覗かせていた。

「椛のお尻、かわいくなってきたわよ。ちゅっ」
「あやさま、変な、感じ」

 いい傾向。
 私は腸液で濡れたそこが乾かぬ内に、再びその穴に指を入れる。一本くらいならもはや楽に抽挿でき、ぬちぬちと音を立てる肉菊は奥から蜜を溢れさせた。一番奥まで挿入したところから焦らすように指を抜くと、指だけでなく椛の体からはするすると力が抜けて弛緩し、立っている膝も少し震えている。

「椛、抜くときは、どうするのだった?」

 私が問いかけると、指が抜ける直前のところできゅっと尻穴がすぼまる。

「もう一度ね」
「はぃ……」

 抜けた指にはねっとりと蜜が絡み付いている。その指で閉じたアナルをつつくと、椛はそれを、くぱ、と広げて指を誘った。
 彼女自身によって広げられた後穴に、私は。

「う、んっ?!」
「力を抜きなさい」

 人差し指だけではなく、中指も一緒に差し込んでやる。人差し指とアナルは彼女の蜜で、中指は自分の唾液で、しっかり濡れている。これくらい解れているなら、二本目もいけるだろう。
 中指と人差し指がそれぞれ頭だけ埋まった状態。私は再びそこに口を寄せて舌を延ばし、唾液の潤滑油を注ぎ続けると同時に、
縁を舌で愛撫して緊張をほぐす。
 くん、くんっ、と時折緊張を示す菊門だったが、やがてぱっくりと口を開けて指をするすると飲み込んでいく。直腸の柔肉は二本の指を心地よい締め付けで迎えながらもその侵入を妨げず、最奥からはとろとろの蜜を湧き上がらせて、それを助けた。

「はっ、ん、ふぅっん、ど、どれくらい、入って……」
「人差し指と中指を、全部飲み込んでしまったわ。素敵なケツ穴よ?」

 私の言葉を聞いてか聞かずか、椛は枕に顔を押しつけて、両手でその枕を抱いている。怯えた子犬のような、可愛らしくも嗜虐を刺激するその様子に、私は打ち震えた。早く、早く挿入れたい。椛の体なら、何日にも渡る拡張調教は必要ないだろう。このまま指を増やしていけば、今晩中にはアナルセックスが可能な立派な尻オナホになる。あとは、それを頻繁に使ってあげるだけだ。
 生唾が、喉を下った。椛のけつまんこ。彼女がそれでイき狂う姿を想像すると、まだ発現させていないはずの私の肉幹が、びくん、と跳ねて涎を垂らしたような錯覚を覚える。
 椛のアナルにずっぷりと入った二本の指を、ゆっくりと捻る。中で指が回り、締め付けて絡み付いていた腸壁肉が擦れる。肉門も捻られて、そしてそれらは腸蜜のぬめりに助けられて元に戻る。それをゆっくりと何度か繰り返して、直腸内の肉をほぐしてゆく。

「はっ、ふーっ、んっ、ふぅっ!ぁっふ」

 段々椛の声が大きくなってきた。しかしそれは苦痛の声ではない。戸惑いと快感の入り交じった悩ましい艶声。
 中が解れてきたところで、中指と人差し指を交互に上下に蠢かせる。直腸内に空洞が広がって空気が入ると、それは時折小さくも淫らな音を響かせる。

「わかる?中、広がっているわ」

 枕の中でこくこくと首を上下に振る椛。中ほどで大きく動かし、奥では小さく、それを敢えてほんの少し肛門に負荷がかかるように角度を変えながら続けと、股の下の方では、椛のペニスはすっかり勃起して固くなり、へそに向かって反り返っていた。

「おちんちん固くしちゃって。お尻で感じているのね?もう嘘はつけないわよ?体は正直なんだから。」
「んーっ、ふっ、ふーっ、んぅうっ」

 椛は枕を噛むみたいにその中で羞恥の喘ぎを上げ、頭を左右に振って見せる。耳を倒し、尻尾を弱々しく振る。いい反応だわ。本当に、かわいい。
 ひとしきり指を動かして、直腸をすっかりととろかせた指を、引き抜く。すっかりと蜜になじんで、少し動かすだけでも空気と粘液が混じり合う淫らな音を弾けさせるようになっていた。

「椛、一旦指を抜くわよ。どうするのか、覚えているわね?」

 私が優しく囁いてやると、椛は、こくん、と小さく頷いた。
 ほんの少し膝を浮かせたと思うと、拳一つ分だけ更に股を大きく広げて、それに備える。
 なんていじらしい仕草。
 私は空いている方の手で尻たぶを優しく撫で回してあげる。
 くっ、くっ、と腸肉の締まりが引き戻す範囲で抜くように力を入れて椛に合図すると、すうっと下半身全体の力が弛緩するのがわかる。流石、体を操ることに関しての素質は抜群。
 準備が出来ただろう頃合いを見計らって、指を抜く。
 ずるっ、ずるっ、と二本まとまった太さが、抜け出る。時折引っかかるのは椛が力の具合をはかりかねて締めすぎているから。それを感じては少し緩め、直腸肉との摩擦に反射的に締めては緩め、少し締めて、をランダムに繰り返す。
 指に感じた刺激を、自らのペニスに想像する。いや、想像できない。きっと気持ちよすぎて、すぐに射精してしまうだろう。胸が高鳴る。

「はっ、はっ、あやさま、ちゃんと、出来てますか?」
「ええ、いいわ。力の入れ過ぎにだけ気をつけるのよ。」

 力がかかりすぎていると思ったら、私の方も指を止める。それを感じれば椛もちゃんと力を抜く。セックスはコミュニケーションだなんて、今でなくてもいいことを、今感じてしまった。
 第二関節が二つとも抜けたところから一気に抵抗がなくなり、腸液のぬめりを残して指がお尻の穴から、にゅるん、っと抜ける。

「んぅっ!」

 悲鳴にも近い声を上げる椛の尻穴は、一段と大きく広がっている。柔らかく広がり始めた菊門、ゆったりと包み込む内壁。二本の指の注挿もすぐに慣れ、同じように三本目の指に慣れさせる。

「辛くない?」
「っ、はい、平気です」

 椛のお尻には、三角に束ねられた私の人さし指、中指、薬指が入っている。それを中で曲げたり広げたりすると、中の肉は柔軟にその形を変えて心地よい締め付けを見せていた。
 この柔らかい穴を、早く、味わいたい。いつもは椛からつながってくるけれど、今は、私から椛の中に入って、私からつながりたい。椛が、欲しい。
 柔らかなお尻の感触に肉棒を埋めて、椛の体温を感じながら快感に溺れたい。椛の奥に私の精液を注いで、私で染めたい。
 三本の指を椛のお尻に出し入れしながら、息を荒くしてしまっていた私に、椛が呟いた。

「もう、平気ですから」
「えっ」
「ですから……いれてください」

 椛はこちらを見ないまま、その言葉を発している。表情を窺い知ることは出来ない。勿論回り込んで確認することは出来たが、それも、野暮な、気がした。

「最初の時みたいに、乱暴でも平気だったんです。今、こんなにして貰えて、き、気持ちよくって、だから、大丈夫です。文さま、我慢してますよね」

 そうだった、私から椛の表情は見えないが、椛から私は、見えているのだった。彼女のお尻をなで回しながら、物欲しそうにしていたのも、もしかしたら股間に現れかけているペニスの様も、見られていて。
 顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。

「見て、いたのね」
「はい」
「ずるいわ」
「はい。だから、ズルをしたから、おしおき、してください」
「そんな安っぽい言い訳、要らないわよ」

 微笑ましい。それでも椛なりに気を遣ってのことなのだろう。
 じゃあ、そうさせて貰うわ。そう言って、私はお尻から指を抜いてそのアナル蜜に濡れた指先を椛の鼻先に近づけてやる。

「でもどうせ、これからは目を背けていたのでしょう?」

 目の前も、ぬらぬらと光る指をひけらかされ、目を背ける椛。
 私はそれを許さず、もう一息鼻先に近づけ、あまつさえ顔に塗りつけてやった。

「ちゃんと見て。これが、あなたのお尻の愛液よ。私を気持ちよくしてくれるの」
「ひゃ、や、あぁ」

 随分長い間穴をいじっていた甲斐もあり、それなりの太さには対応できそうな気もする。後は、椛の素質次第、というところもありそうだった。
 私は、出現させたペニスを二度、三度と、椛の尻液で濡れた手でしごいて、準備する。私自身から溢れた先走りもあって、私のそれはすっかりと潤滑油にまみれ、椛のひくつく穴に挿入されるのを待っている。

「力を抜くのよ?」

 そう言って、ゆっくりと、椛の中へ、私自身を埋めてゆく。
 亀頭が肛門のリングに締め上げられながら掘り進み、それが雁首を通り抜けた辺りで抵抗が緩む。

「んっ、ふ、ぁあっ!は、入りましたか?」
「もうすこしよ」

 まだ少し、の間違いだったが、そうは言えなかった。
 私の言いつけ通り、力を抜くよう努めている椛の腸膣は、きつく締め付けながらも掘り進めば受け入れる柔軟な性器だった。
 亀頭までを飲み込んだ後は、比較的スムーズに入り込んでゆく。勿論多少慣らしただけで拡張開発されていない椛のアナルは私の怒張を受け入れるだけで、もはや張り詰めてシワ一つなく伸びきっている。挿入はまだ中ほどで、これから根元にかけて更に太くなるのを考えると、少々の不安が残った。
 だが、椛の後膣はぐねぐねとうねり、柔らかな感触が挿入されている肉幹を膣とは違った包み込むような滑らかな締め付けで迎え入れてくれる。最後まで挿入せずとも、十分に気持ちいいかもしれない。挿入はこの辺までにしておいて、この浅い部分で前後に擦ろう。そう思って後ろに引き抜く。
 椛はやはり私の教えに忠実に、肛門に力を入れて締め付けを増してきた。だが、少し強すぎる。指よりも太いせいで加減がわかっていないのだろう。一旦止めて、力を抜くよう促す。が、一向に弱まらない。

「椛、力を入れすぎよ。ちんぽは指より太いのだから、なれないうちは、抜くときのりきみは」
「最後まで入れてください」

 私の言葉を遮るように、椛が言った。

「全部、入ってませんよね?ちゃんと、して、ください」

 また見ていたのだろうか。そうでなくても、最後まで入ったとは確かに伝えていない。

「でも、これ以上は」
「やぶけても、いいですからっ!」
「えっ、でも」
「痛いよりも、文さまが欲しいって気持ちの方が、大きいんです。お願いします。最後まで」
「椛……」

 椛は最後まで、完全な結合を、望んでいる。
 きっと性感ではなくて、結合の実感が欲しいのだ。つながっている、という、一番深くまでつながっているという、事実。
 私も、そうだ。射精したいのではなくて、椛の中に入りたい。
 私は引き抜こうとしていた腰を押し出して、より深い挿入を試みるものの、そうしてしまっていいものか未だに迷いをぬぐえない私に対して、椛が

「意気地なし」

 と煽ってくる。
 ええ、そうだわ。私は今、どうかしている。今までなら相手の、椛のことなんて考えないでぶち込んでたでしょう。でも。
 今は、逆にそれができない。
 情けない話だけれど、ここに来て、椛への庇護欲が勝ってしまった。

「や、やっぱりちゃんと開発してから」
「じゃあ、私がやります」

 強く言い放った椛は、中途半端に刺さったままのペニスを抜き去って、起き上がってから逆に私を組み敷いた。
 仰向けにされ、ペニスを天に向けて勃起させている私の上に、椛が馬乗りになる。

「やっぱり、鴉天狗なんて、口だけ」

 今の私は、そういわれたところで反論できない。苦々しく椛の顔を見上げると、そこには、涙を流して泣いている椛の顔があった。
 少し怒った顔で、涙を流しながら、私を見つめている。

「えっ、なん、で」
「文さまがしてくれないからです!私は、あやさまとつながりたいのに!!いくじなし!よわむし!!」

 椛は無造作に私の肉棒を掴んで、自分の菊座にあてがった。そのまま、無理に押し込むように、腰を落としてそれを飲み込んでゆく。

「もみ、じ」
「んっ!うぅっ……、っぁあっ!」

 騎乗位アナルセックス。椛には、まだ……。
 半分よりももう少しまで飲み込んだところでとまってしまう。入り口が狭くて、太さがつっかえているのが、わかる。だが椛は、立てた膝を前にずらして、重心を一気に後方に。

「椛!だめ!!」

 私のペニスの上に座り込むように、無理矢理の挿入。ぶち、と何かが切れる音が、肉棒伝いに響いた。私のそれはすっかりと彼女の中に飲み込まれてはいるが、椛のペニスが全く萎えたままであるところを見ると、今彼女がなにも言わずに沈黙しているのは、きっと、激痛に耐えているのだろう。無理なアナル挿入は、おなかの中からの裂割感と圧迫感、そして痛みを伴う、大きな苦痛になる。両肩を抱くようにして俯いたまま押し黙った、いや、内部からの圧迫感でうまく声が出せないだけかもしれない、その苦痛が、今椛を襲っているのだ。
 
「もう、無茶をして。大丈夫?」

 椛は何も言わないまま、どさりと私の上に倒れこんでくる。お尻とおちんちんがつながっているのに、何かキスするときみたいに顔が近くて、浅い息を繰り返す涙目の椛に、結局キスしてしまう。
 上体を寝かせたことで挿入は少し浅くなり、彼女を襲う苦痛も和らいだようだ。

「入り、ました」
「ばか。痛かったら、意味ないじゃない」
「あります。つながったことに、意味が、あるんです」
「……そうね」

 それでも痛みにぎゅうぎゅうと締め付けてくるアナルは、椛には悪いけれどすごく心地よくて。だが腰を動かすわけにはいかないもどかしさをこらえながら、彼女の頭を撫でてやる。
 性感ではなく、一体感が彼女には必要で、そうであるなら、今は私の肉欲は押さえつけておこう。彼女が満足してくれるなら、それでいい。
 でも、椛は欲張りだった。

「文さま。動いてください。」
「むりでしょう」
「無理じゃ、ないです」

 また、膨れっ面になる椛。
 椛は私にイけというのだ。自分の体で、ちゃんと気持ちよくなれと。愛おしいけれど、少しだけ、困ってしまう。

「じゃあ私が動きますよ?」
「ああ、わかった、わかったから」

 私がわかったといったことに、耳と尻尾をぴこんと立てて喜ぶ椛。
 また無茶をするようでは気が気ではない。私は椛をなだめながら体勢を変える。激しく摩擦するだけがセックスの快感じゃないって、教えてあげようと思う。

「ちゃんと、文さまもイってくださいね?」
「私はいつでもイけるのよ。椛が未熟なだけでしょう」
「ぅぅ」

 私は椛を横たえ、横向きに寝かせる。その上から覆いかぶさるみたいに椛を抱いてやると、くすぐったそうに笑った。
 
「あせらないでね」
「えっ、はい」

 私は椛の片足を持ち上げて、自分の肩の上に乗せる。大股開きになった椛の真ん中が、あられもなく晒されたペニスはしおれたまま、さっき無理な挿入をしたアナルには、少し血がついていた。
 右手にたっぷりと唾液をたらして、それを私の肉幹に塗り広げる。先走りが洩れてきたらそれも混ぜてローションに。十分に濡れたところで、少し痛々しい様相を呈するアナルへゆっくりと埋めてゆく。

「んうっ」
「痛い?」
「平気、ですっ」

 一番根元までが、何とか入った。もしかしたらさっきの傷口が広がっているかもしれなかったが、椛はそれでも構わないというのだろう。
 挿入したペニスの先端の位置を合わせ、こりこりとしこった部分に沿え、挿入を終了する。
 小さく引くつかせる程度に刺激を送る以外、私は前後に動いたりはしなかった。

「文さま?」
「しばらく、このまま」
「ええっ、そんなんじゃ」
「いいから。目を瞑って、そのままリラックスしていて」

 という椛を諭し、コリコリした奥を小さく押しながら、数十分の沈黙。その間私は彼女の体を優しくなでたり、名前を呼んであげたり、愛の言葉を囁いてあげたり。
 変化を感じ始めたのは椛自身の方で、んっ、と小さく声が漏れ出した。お尻のなかはひくひくと痙攣をはじめ、それが始まっているのを示している。素敵。椛ってば素質あったのね。

「あ、あやさま、なんか、くすぐったくなって」
「大丈夫、そのままいなさい」

 腸膣が蠢くにあわせて、ペニスの先端が先を押す力をほんの少し断続的に変えてやる。ほんの、ほんの少しだけくっと押してやったり、優しくこりこりとなでてあげたり。最奥の蠢動はより強く大きくなって、椛の感覚にも大きな変化をもたらした。

「っは、あや、さま、なんです、か、これっ?」
「よくなってきた?」

 私がペニスで刺激しているのは、前立腺。強く押しすぎないように、でも長い時間マッサージしてあげる。

「あ、ひっ、なに、なにっ!?くるっ!?おかし、おかしいですっ!何も、何にもしてないのに、私、おちんちんおっきくもなって!」

 痙攣は体中へ広がっていく。ドライオーガズム初体験の椛には、何もかも驚きだろう。

「んあ、っ!あ、あひ、ひいぃっ!?イく、おちんちんの付け根の奥の辺りが、あつくてっ、そっからキモチいいっ!きもちいいのにっ!勃起しないよおっ!!イク、っすごくっ、おっきいの、クるぅっ!!っは、あ、あ、あ、ああああぁあっ!!!!!」

 始まった。
 ドライオーガズムの大波が、椛を飲み込んでいくのがわかった。彼女の体がびくんびくんと跳ね回り、痙攣を繰り返し、悲鳴と嗚咽にも聞こえる快感の喘ぎを撒き散らしながら壮絶にアクメしている。

「っはっ!~~~~っ!!ほ、ぉっほぉおっ!いっ、いっへゆ……おちりでいってへえぇぇっ!おしりの奥っ、いちんちんの中のほうっ!!あつい、あっついの、むずむずして、ばくはちゅ、きもちいいの、ばくはちゅしゅゆううううん」

 その波は大きく、しかも射精のように一瞬ではない。射精中に更にペニスを扱き挙げるような連続でもない。そのオーガズムは、継続。未体験の法悦が、数分に渡って続くのだ。

「すっごぉおおお、お、お、ぁ、ああっん!おわら、おわらないっ!イキ波ひかにゃい!!アクメ、アクメしっぱなしっ!!あやさま、あやさまぁっ!こわい、こわいよぉおっ!」

 ぶるぶると震えながら、私に救いを求める椛の手を、握り返してやる。ドライオーガズムで強張った彼女の手は、私の手を本当に握りつぶしてしまいそうな位に力んでいて、私は痛みに苦笑いしながら前立腺への緩慢な刺激を続けてやる。

「あやさ、あやさまぁっ!けつあくめ、ケツアクメしてるのにっ!私、私、しゃせいしへなひれすっ!イってるの?わたし、イっへるんですか?んほ、んっほおおぉおおっ!は、ひぃっ!?かっへに、かってぇに、腰の奥がイき続けちゃう!ひ、ひっいぃ!お、おおおんほおおおっ!!しゃせいしてないのに、わたひ、いっひゃ、いっひゃっへるうぅううううっ!」

 ぐんっ、とひときわ大きなそりを見せた椛の背が、そのままゆっくりとおりて、痙攣も治まる。お知りから抜き取ったペニスは射精していなかったけれど、椛がこんなに気持ちよさそうにドライオーガズムでもだえる姿を見て、私は満足だった。

「あや、しゃま……」

 満足そうな表情の椛が、ゆるゆると腕を伸ばして私を誘っている。
 椛の傍に寄り添うように体を横たえると、射精どころか勃起もせずにアクメにいたった驚きと感動で、椛がくしゃくしゃにした顔を寄せてきた。

「どうだった?」
「今の、すごかった、です」

 キスをせがむ彼女に、口付けのご褒美を上げて、優しく頭をなでてやった。

「初めてでイけるなんて、素質あるわ。なんて陳腐な言葉を送ろうかしら」
「そ、素質って」

 顔を赤くして俯く仕草が堪らなく愛らしくて、頭を胸元に持ってきてぎゅーと抱いてしまう。
 椛は私の胸の中で腕を伸ばして、私の股間をまさぐる。が。

「あ、あれ」
「残念。私のは本物ではないから。一応アクメも射精もできるけれど、道具みたいなものよ。」
「じゃあ、あやさまは、まだイってないんですね」
「嫌にこだわるのね。えっちして、つながることの方が重要だって言ったのは椛でしょう?」
「そんなので満足できる人だとは思ってませんでした」

 いたずらっぽい顔で、甘い憎まれ口を叩く椛。

「そりゃあ、満足ではないわよ。どこかの子犬が、まだまだスキル不足なものだから」
「それは、追々身に付けますっ。でも、文さまも満足しないと、イヤです」
「まあ、椛があんなアヘ顔晒して前立腺アクメしちゃってるの見られて、結構満足してるのよ?」
「そ、それとこれは、べつですっ」

 がばっ、と私の上に覆いかぶさる椛。ペニスはいつの間にかギンギンに勃起して臨戦態勢のまま、私のおへそ辺りに先端を主張していた。

「さすがは犬ね。なんて回復力」
「文さまをイかせるためですからね」

 椛の手が私の秘裂を撫ではじめたところから、第二ラウンド開始。

「もう、濡れてますね」
「誰かさんがすこぶるエロい映像を見せてくれたからね」
「今度は文さまが、喘ぐ番ですよ」
「へえ、楽しみ」

 私の両脚を割り広げられて、淫裂を曝け出させられる。その中心にはもう硬くなった椛のペニスが擦りつけられていた。少し上から擦り付けられただけで、私のだらしないヴァギナは少し黒く色付いた皺肉をはみ出してしまう。
 私のそこにペニスを擦りつけながら、椛の方は淫蕩な笑顔を浮かべた。

「相変わらず、いやらしい」
「椛こそ、腰振っちゃって。ちんこ擦るの気持ちいいんでしょ?」

 椛は何も答えないまま、私のすっかり溶けた雌割にペニスを挿入してきた。
 太い。それに、熱い。途中までは笑っていた椛だったが、私の上にのしかかって雄槍を挿入する頃にはすっかりと肉食獣の顔つきに変わり、私を押さえつける体重、腕、手、そして射抜く視線は何もかもが私を捕らえて犯す意思に満ちていた。椛の持つ強烈な牡性が、私のスイッチを切り替える。

「ああ、椛、素敵」

 椛が押さえつける腕に、自らの腕を絡みつかせて、その逞しい様を体に受け止めてしまう。私はあっという間に一匹の牝となり果てて椛の前に肉欲を捧げる。

「文さま、動きますよ」

 私は言葉で答える代わりに、椛の体を包むように脚を絡ませてその様を挑発した。椛は挿入をいっそう深く進め、彼女のペニスの先端は私の最奥へと届いていた。子宮口をぐりぐりと押して私の性感を刺激してくる。

「あやさまぁ、おまんこの中、つやつやですね。使い込んでるとは思えないです」
「えっ」

 椛の視線は私の目の中に注ぎ込まれている。だが、彼女の視界には。

「今、文さまのおまんこのなか、見てるんですよ。私のペニスが文さまのマン肉掻き分けて入っていくの、見えますっ」
「っちょ、な、何見てるのよっ?」
「すっごいえっちです。おシルでぬるぬるしてて、私のちんぽきゅうきゅう締めてるんです。うわぁ、動きがいやらしいっ……」

 椛は私を犯しながら、その『実際の光景』を自身の千里眼で見、それを逐一報告してくる。

「ああん、文さま、そんなにきゅんきゅん締め付けたら動けないですよ?文さまのおまんこは、左利き、ですね。左側のお肉がすっごく動いてます。」
「も、椛、そんなところ」
「恥ずかしいですか?」

 答えを聞かずに、唇を貪られた。
 恥ずかしい、わよっ!そんなところ、自分で見たこと、ないもの。
 今まで寝た男の数なんて、数が知れない。若い頃の任務で、その教育で、何十種類ものペニスを受け止めて、精液を飲み込んで、何度堕胎したかもわからない。それは子孫を宿す器官ではなく、娯楽としてのセックスを楽しむための、もはやただの快楽性器になっているのだから。
 そんな、汚いところ、椛の前では一切隠しおおせないなんて。
 あの日寝て奥に付いた傷跡は残っていないだろうか。ラヴィアのように使い込んで色が変わったりしているのではないか。そもそも形が変わったりしていないか。椛に犯されて、物欲しそうに蠢いたりしてしまうのではないか。
 秘密が、ばらされるみたいな、恐怖にも似た羞恥。

「んっ、ちゅっ、ぷあ。文さま、いい顔です。そんな恥ずかしそうにしている文さま、初めて見るかも」
「変なところ覗くのは、やめなさっ……んっ!」

 私が反論しようとすると、彼女の極長ペニスで最奥を抉られて脱力させられる。

「子宮口、ぐりぐりしたら、少しパクついてますよ?すっごいいやらしいです。普通こんなところ、ぴったり閉じてるのに。文さまのは、ここも、えっちな器官なんですね?」
「や、やめ」

 椛の顔が見られない。そんなところ見るなんて、反則よぉ……。

「動きますね?」

 椛の腰が、徐々に前後に、徐々に速く動き始める。

「うわ、抜いたときに肉襞絡みついて……ぷるぷるしてます。入り口の出し入れなんて初めて見ましたけど、未練たらしくよく伸びてくっついてきてるんですね、この肉ビラ。膣が食み出してるみたい。」

 ゆっくりと焦らすみたいに引き抜かれる肉杭。私のまんこ肉は椛のカリに絡み付いて引き伸ばされている。それを、その光景を、椛は直に見ているのだ。

「うわ、おツユ垂れた。ぬるぬるマン汁、おまんこのはみ肉の間からどろどろ出てきてますよ?入り口は若干使いすぎで黒いのに、中はこんなにエロいサーモンピンクだなんて、本当にいやらしいんですね」
「やめ、やめてよぉ」

 椛のペニスは今度は再び深く突き入れられ、太くて長い牡矛がまた私を貫く。

「さっき私が入っていたところ、またぷっくり膣肉で埋まってます。いくら掘っても充血肉厚マン肉が、常にちんぽ扱きのためにスタンバイしてるんですね。ほら、少し奥に進んだら、ぬるぬるがはやくはやくって動いて、そのたんびにヒダヒダのあいだにメス汁、溢れてきてますよ。うわ、膣の中で糸引いてる……えっろ……」
「い、いやあっ……もみじ、意地の悪いこと、しない、んひゃあっ!ひっ、ひぃいっん!!ふうっ、ふううっん!!」

 椛の実況は、映像では私にはわからないが、実際に膣の中から伝わってくる感触が、それが本当であることを訴えている。
 私が十分に羞恥に悶え、抵抗の意思を失ったのを見計らって、椛はピストンを更に加速させた。
 陰部同士がぶつかる、ぱんっ、ぱんっという音に加えて、マン汁をだらだら垂らす雌唇が空気を呑んでそれをペニスで撹拌される汚らしい淫音が響く。椛の荒い息遣いに、そして、恥ずかしくて訳が分からなくなっている私の声。

「いや、いやぁっ!おまんこ見ないでっ!はあっ、ん、ひんっ!淫乱膣の、中なんて、みっ、見ないでえっ!椛のちんぽに、ちんぽ、ちんぽっ!んほ、は、はげしっ!腰はげしいっ!!ちんぽに貫かれて、おいしそうに涎垂らしてるところなんて、見られたらあっ!」
「見て欲しいんですね?」
「ちが、ちがうわよぉっ!!っひ、抉れ、おまんこのおく、子宮の入り口、えぐりぇえへええ!」

 椛の言葉が、耳から入って、脳みそで映像化される。きっとこんな風に、いやらしい肉が、椛に犯されて悦んじゃってるんだ、って快感と、音と、妄想が、同時に私を追い詰めてくる。

「あ、あやさまっ!すごい、いつもより、締まってますっ!子宮の入り口ノックしたら、膣内全部喜びまくって、んっ、んはぁ、しま、しまっるぅ……!あ、あはぁあ、ちんぽとまんない、文さまの肉壺がっつんがっつんするの、とまらないひいぃっ!子宮口うっすら開いてる、あいてるぅっ!文さまの子袋、がばがばですねっ!犯して欲しいんですね、ですねっ!?」
「ちが、ちがうっ!そんなんじゃ、子宮なんてそんなトコじゃ」

 そんな、ところに、なっちゃってるんだ。
 わかる。
 椛にピストンされると、もっともっとって、子宮が降りてく。
 そんなところまで、椛には見抜いちゃってる。

「ずるい、ずるいわっ!そんな能力、ずるいぃっ!私の恥ずかしいところなんて、ぜんぶ、ぜんぶつつぬけじゃない!!んひ、そ、そうっ、いま、今ちんぽがずぼずぼしてるところとか、それをおまんこが欲しがり状態で飲み込んでるのとか、んほぉ、ほおおおんっ!えっちすぎる私、椛に丸見えなのぉっ!!」
「あ、文さま、決闘中は私の目なんかものともしなかったのに、今は思う壺ですっ。はっ、ん、この、入り口、ほじっちゃおうかな、文さま、半開きの子宮口、二個目のおまんこ、ほじっちゃっていいですか?ねえっ、いいですか?いいですよねっ?」

 椛は私の答えなんか聞かずに、その長いちんぽをごりごりと奥に押し付けてくる。

「さっき文さまがお尻いじってくれたみたいに、少しずつ、広げていきますね。ん、あはぁっ、や、やだ、周りの肉がこぞって私の亀頭に絡みついてくるのぉっ!あ、ひ、っ!子宮のおクチ、つんつんするだけで、亀頭擦れるっ!マン汁溢れてぬるぬるだから、きもちぃいいいいっ!子宮のおクチと、ちんぽのおクチがエロキッスしちゃってる、もう、半開きのここに強く押し付けて、私射精、しゃせいしたら、全部、一滴残らず子宮の中にストライクですっ!でも、でも、ほじっちゃう、ほじっちゃいます!文さまが私のおちんちん、子宮で飲み込んでくれるまで、拡張、拡張開発して、開発、うんっ、んぅうう、ひ、あ、あぁあんっ、だめ、だめだめえっ!やっぱりだめなの、だめですあやさまあ!私、私我慢できませんっ!入れちゃいますね、無理矢理ごりって、子宮挿入しちゃいますね!?いきますよ、いきますよ?文さま、子宮挿入イきますよっ!!」

 椛のペニスは、正確無比に私の子宮口の中心を狙って押し付けられた。そのまま、がりがりと残酷なほどの力で私の奥を、掘り進んで行く。子供を生んだこともないそこが、大きくこじ開けられてゆく。

「あ、があぁっ!!ひ、も、もみじひいいぃいっ!きてる、キてるうっ!椛のちんぽ、私の大切なところこじ開けて、犯してきてるのぉっ!!あ、んっほ、ひぎ、んっ!い、いわれなくっても、見られなくても分かるわ……いま、今亀頭の半ばでしょ、そうでしょうっ!だってわかるわ、何十回も膣の中で覚えた形だものっ!!んっ、うぅううっ!押し広げてる、私の子袋、おかされてるぅぅぅっ!んは、はあっつ、進んでる、進んでいるわ、椛のちんぽ、少しずつ入ってきてる。っぐ、んあぁあっ!いま、いま亀頭おわった、でしょ!?今カリのくびれたところ、でしょぉっ!子宮口が銜え込んじゃったんだから、もう、もうぬけないんだからぁっ!!」

 椛の顔が、私の目の前にある。その目が、私の目を射抜くように見ている、が、ああ、そうなってるのね。左右の瞳孔の開き方が違う。右目で私がいやらしく喘いで悶えているのを見ながら、左目で私の恥か強いところを見て、両方で私の、私の恥ずかしい姿をっ……!

「あ、ああっ!カリ首、がっちり、がっちり銜え込まれちゃ……でも、でもいいですっ、このままおくまで、おくまで入れちゃいますからっ!あやさまの子宮の中、綺麗。真っ赤でぬらぬらの壁と、奥の方に卵の工場……ここに、ここに直接精液ぶちまけますね!あやさまの、大事なとこに直接、直接精液注入っ!ふぅうっ、子宮口緩んできてます。ちんぽの幹の部分、太くなってくのに、ぬめぬめ飲み込まれていっちゃいますよ?んっ、んぐ、ふぅっ!もうちょっと、もうちょっとで、んんんんっ!と、届きました、届きましたよおっ!私のちんぽの先っちょ、文さまの子宮の奥の壁にちゅっちゅしてますっ!おしこんで、もっとおしこんでえへえっ!ああ、子宮口もうわたしのペニスの形に伸びきってぱつんぱつんですねっ!すごい、あやさまのエロ子宮すごいっ!ちんぽの先っちょ、子宮の中の真っ赤なお肉でごしごししごいちゃ……ほおぉおおおっ!んほぉおっ!ひ、ひんっ!しゅ、しゅご、しゅごひぃいいっ、子宮内壁で亀頭擦りしゅごいいぃいいっ!根元は子宮口でがっちりしめられへ、さきっちょがふわふわ子宮肉でオナホなんて、さいこうですううっ!」
「ぎ、ひぎ、っいいぃいっ!もみじ、らめ、子宮オナホにしちゃらめへええっ!おなか、お腹ボコおってっ、椛のちんぽ型にお腹膨らんじゃ、んぎ、ひいいぃいいっ!でもっ、でもいいっ、私感じてるわっ!子宮の奥でおまんこよりかんじてりゅの!もっと、もっとぉぉっ!もっとしきゅうぐりぐりしへええっ!」
「あやしゃま、淫乱っ、子宮で感じるなんて淫乱っ!すき、そんな文さま大好きですっ!好き、好き、好き好き好きっ!!好きです、文さま、大好き、大好きなんですっ!私、ずっとずっと前から、大好き、大好きでっ!今も好きで好きで好きで堪らないです!大好き大好き文さま、文さま、あやさま、あやさまっ!好き!すき!すきすきすきすきすきっ!!」

 そ、そんなに好きを連呼されたら、こんなにアヘってるところに、好き好き言われたら、次から好きって言われるだけで感じるようになっちゃうじゃないっ!

「あ、あやさま、危険日ですか?今日、赤ちゃんできちゃう日ですかっ!?注いじゃいますよ、さっきイったけど出なかった溜まりザーメン、お腹いっぱいにぶちまけちゃいますから!子宮の中で直接っ、精液直接注入っ!あやしゃま、産んで、私の子種であかちゃんうんでくださいぃっ!」
「ひっ、んほ、ぁ、あはああっ!き、危険日よっ!今日排卵日なのっ!精子欲しがり卵が、雄エキス求めて出てきちゃう妊娠予約日なのっ!いま、今膣内射精し、ううん、子宮内注精なんてされたら、いっぱつ、いっぱつよぉおおおっ!」
「はあっ、はああっ、鴉が犬の赤ちゃん産むんですよ?いいんですか?いいんですかっ!?だめって言ってももう射精ちゃいますけど、膣内で思いっきり射精しちゃいますけどっ!」
「いい、いいの、もみじ、種付けしてっ!犬ザーメンで種付けしてえっ!うむ、うむわっ!椛の赤ちゃんうむのぉおっ!」
「で、でますよっ、ザーメンでますっ!射精しちゃいますぅっ!!あ、あ、ああああああああんぉおあああああああっっっっっっっっ!」

 膣内射精よりももっと深いところに、椛の吐精の勢いが響く。肉壁を叩きつけるほどの勢いで、しかしそれはすぐに感じられなくなった。完全に精液で満たされたのだ。がっちりと椛のペニスをくわえ込んだ子宮口は、精液を外に漏らしづらく栓をされていて。お腹の膣内に精液の圧迫感さえ感じる。

「お、ごぉ、ぉ……しゅ、ごぉ、ひ……絶対、じぇったひ、にんひんっ、妊娠確じちゅぅっ……ほお、ほっおおおおおぉぉぉおん」

 その圧迫感と、椛に子宮の奥まで犯された感覚、そしてその中で椛がアクメを迎えたという事実が、私をオーガズムへと導いた。
 椛はその後もしばらく射精を継続し、私の上に跨りながら、遠吠えのような喘ぎを上げている。
 そうか、さっきドライやったから、射精量が半端ないのね。

「あは、あはは、あやさま、子宮が、せーしでふくらんじゃってる……凄い、しゅごいでしゅううっ……私のザーメンで、お腹パンパンっ、素敵、すてきぃっ!みえましゅ、みえましゅよおっ!文さまのたまご、今私のザー汁虫に四方八方から寄ってたかって集団レイプされてますっ!」

 椛の射精痙攣が落ち着いて、私がイき終えた辺りで、椛は腰を引き始めた。

「あ、あやさま、さいご、最後の見せ場ですよぉっ。わたし、ちんぽ抜きますから、子宮に栓してる犬ちんぽぬきますからっ、どうなるかわかりますよね、ね?」
「え、だ、だめ、そんな」

 私の制止も聞かず、椛は子宮からペニスを引っこ抜こうとする。だが。

「あ、ひ、あやさま、子宮口、緩めて」
「で、できるわけ」

 亀頭の終わり際、雁首との縫い目の辺りのくびれが、子宮口に引っかかって抜けない。椛は、奥に入れ直したり、角度をつけたり色々してみるが、また摩擦で快感を生じて射精を加えただけだった。

「はーっ、はーっ、も、もうでませ、ん」
「ちがうでしょ、ぉっ!ぬ、ぬいてっ!もう、イき疲れたわよおっ!」

 椛は、でも、と呟いた後、意を決したように、力を込める。
 そして一気に、引き抜いた。

「ひっ」
「お、ごぉっ」

 抜けた、その瞬間。

「また、またいきゅううううぅぅうん!思いっきり雁首しごきあげられひぇ、子宮口オナホでまたでひゃうううううっっっっ!」
「射精、子宮射精しひぇりゅうううん!お腹の中ぱんっぱんに溜まったザーメン、おまんこから噴き出し射精っ、しゅご、しゅごいいきおいっ!噴出摩擦で、またアヘっちゃうのぉぉおおおおっ!!んほおおおおおおおおおぉぉぉおおおっ!!」

 最後の最後で特大のオーガズムを味わって、私達の『二度目の初めて』は幕を閉じた。







「何用だ。ここはお前のような下種が来る場所ではないぞ」

 天魔宮に用事があって久しぶりに足を運んだ。
 滅多に来ない場所ではあるが、たまに来た時でもこうして真正面から入ることはほとんどない。いつも私を利用しようとするふざけた禿げ鴉の部屋に窓なり何なりからするりと潜り込んでやるのだが、今日はなんとなく気分が違った。
 気分、とは、何のことはない。椛との関係が、少しだけほどけたというだけのことだ。
 私は誇り高い白狼天狗の娘に完全に彼女に打ち負かされ、しかしそうなることで、彼へのひとつの弔いを終えた気がしていた。
 あの日私にこの翼を黒く黒く塗り込めることを踏み出させた言葉。それをくれた椛の父親、元大天狗長スクこと犬走柾。あの場所を、久し振りに訪れたくなって。

「おい!聞いているのか?!」

 つかつかと廊下を進む私を、白種の鴉天狗が止めようとする。が、私はそんなものを気にはしない。もう、気にする必要なんかない。いよいよ彼の手が私の肩に触れて、私を強引に天魔宮の外へ押し出そうとしたので仕方なくそれを払う。

「あなた。色だけで私を判断している?」
「なに……」

 若そうな天狗だった。正義感に燃え、理想を振りかざし、持て余したエネルギーをそこに注ぎ込んでしまう。嫌いではないのだけれどね、若さのエネルギーって。
 私がマイナスにはたらかせたものを、彼はプラスにはたらかせている。それだけの違いだ。

 おい!

 奥のほうからもう一人の天狗が現れる。私を掴んでいる若人の姿を見て、その天狗はあわてて彼を私から引き剥がした。

「でも、こいつ、黒の癖に。しかもただの新聞屋って」
「いいんだ。そいつは。放っておけ。」
「な、何故ですか!?」
「痛い目にあいたくなかったら、そいつには触れるな。見なかったことにしておけ」

 おそらく私が何者なのか知っているのだろう彼の先輩は、私に一瞥だけして。

「ふふ、ありがとう」

 彼は何も言わず、苦々しい顔だけを見せて奥へ消えていった。彼に連れられていく若い天狗は、わけもわからぬ様子。
 彼は後で、先輩から何を教わるだろうか。私の不可侵性をあらわす、痛い武勇伝みたいな話を吹き込まれるだろうか。私が声を出せば、大天狗の一人や二人動かせると、真実味のない風説を聞かされるだろうか。種族も色も関係なく渡り歩いては、各方面の情報的緩衝役となっているなんて馬鹿げた噂を吹き込まれるだろうか。
 残念だけど、そういう話のほとんどは、本当だ。
 これが椛でも「白狼天狗が」などと言われてやはり天魔宮には入ることもできまい。白狼天狗の権力は、たとい貴族であっても、もはやそこまで失われたのだ。
 自分の黒い姿が色濃く映し出されるほど磨かれた寒気がするほど真っ白い床を踏み鳴らして、長い廊下を歩く。公園でも観光地でもない天魔宮内を歩く者などほとんどいないが、それでも稀に行き交う、ここに立ち入ることを許された真っ白い天狗達は私を遠巻きに見て避けて歩いていた。
 他の場所ではそんなことはないが、やんごとなき(笑)天狗達ばかりがいるここではこそ、私は特異な存在なのだ。私がそんな存在だということは、逆にこんな場所でしかわからない。ここにいる者であっても、知らない方が多いのも確かだ。黒い天狗がここにいるということが、とにかく奇異なのだ。
 と。大天狗長円議室への道のりの中ほどで、私は歩みを止めた。ここが、スクが私の手を引いて言葉をくれた、あの場所。

「私、自由に空を飛べるようになりました。ここにも、自分一人で入れます。スク、あなたと、あなたの娘の、おかげで」

 スクがそうしてくれたように、私はいつか、椛をここにつれてくるんだ。針の筵でも堂々とここを通り抜けられたスクが黒い鴉天狗を連れてきた様に、今度は黒いけどここを堂々と歩ける私が白狼天狗をここに連れて来る。

「それで、償いにさせて下さい」

 あの頃の私のスクへの惚れっぷりを考えると、まあ笑ってしまうほどにそれは先の話のようにも思えた。強さだって椛の方が上で、そうであればまたひどい思い上がりかもしれない。

「歴史は繰り返すというけど、まったく同じ歴史なんてあるものか。何も変わらないという奴は、神様か、それとも、何も見えてないただのバカだわ」

 変えてみせる。
 誰にともなくそう言い置いてから、私は、踵を返してその場を後にする。
 いかに汚い道を歩もうと、椛には、この道を真っ直ぐに歩かせたい。自惚れにも近い、椛が聞けば唾を吐きかけられそうな目標が、今の私にはあった。
 天魔宮を出ると、見慣れた白い毛並みの天狗が私を待ち構えていた。
 少しふてくされたような表情で、見つめると言うよりは睨み付けるような、かといって鋭いというわけでもない目で私を見ている。

「ただの新聞記者なのに捜特権持ちって、訳わかんないんですけど」
「あら。意外と耳が早いのね。目と手だけかと思っていたわ。あったほうが取材に便利なのよね~」
「手は早くありません。文さまに言われたくないですね」

 私が今日天魔宮に来たのは、彼女の言う捜特権の証、特捜査権証印を受け取るためだった。
 捜特権とは、天狗と協定を結ぶ種族全体に及ぶ権限であり、警察検察双方の長官とほぼ同等で、事実上大天狗以上しか持ち得ない超法規特権である。それをある尊い(私にすればただのエロジジイだが)天狗にねだって取り付けたから、受け取りにきたのだ。当然、超法規特権故、授与の手続きなど存在しないない。固有魔術紋のデータと髪の毛一本を上層部に提出し、肩に小さな印を刻むだけ。これで天狗社会の法規で禁じられた、どんな場所にでも、私は入り込むことができる。
 だが、私はその特権を天狗社会の事件解決のためだけに使う気なんて、さらさらない。汚い手を使って手に入れた権限を、汚いこと以外に使うつもりなんて、毛頭ない。濫用してこれを私に授けたエロカラス天狗に後悔させてやるのも一興といえば一興だったが、想像して鼻で笑ったところで満足したのでやめた。

「文さま。あなた、何者なんですか?まだ何か、隠しているんですか?」
「あなたとの間のことは、洗いざらい話したわ。他の事はそのうちに、教えてあげる。全部。真っ黒な私がそこに堂々と入っていけるように、白狼天狗のあなたも、そうね、スクと同じように大天狗長にはなれるかも?私の持っている全てを、あなたに、いずれ」
「別に……要りません」

 ぷい、と顔を逸らす椛。この素直じゃない様子は、種族間とか、親の敵とか、そういうんじゃなくて、この子の性格なのだろう。そう思うと、ちょっと、可愛い。
 要らないというのなら、本当は継承などするべきではないのかも知れない。彼女には知って欲しくない、決して知って欲しくないものも、私の経験にはごろごろしていて。泥と血と精液を啜った惨めと、撃ち打たれ失う痛いを、知って欲しくはない。汚い仕事でこうまでなった私を、継がせるべきではないのかも知れない。だがそれは、私が判断することではないだろう。そんな独善を、彼女は良しとしないはずだ。

「で、椛。あなた、こんなところで何してたの?嫌いなんでしょ、ここ?」
「はあ!?文さまがここにいろって言ったんじゃないですか!」
「あら、そうだったっけ?それだって、嫌ならどっか別のところにでもいればいいじゃない。どこにいたって見えるんでしょ?」
「なんて無責任な!ちゃんとここで待っていたのは、文さまがあんなこと言うから……」
「あんなこと?」

 はっ、と椛は口を噤むが、遅い。

「何言ったかしら」
「忘れたなら、もういいです」
「なに?何よ?」
「わ、『私から離れるな』って、言うから」

 私、そんなことを言ったのか。彼と、同じ言葉を。
 本当に、同じことを繰り返したいのだろうな、私は。
 自嘲とも、可笑しいとも取れない笑いが、口をついて漏れる。

「そう、そうよね。悪かったわ。待たせて。」

 まったく。椛が呆れた様に呟いた。

「で、待たせておいて、これからどこに連れて行こうって言うんですか?」
「当代博麗と、綾椿家外縁の霧雨家の当主候補が、いい感じらしいの。この霧雨って家が、系譜こそ外縁になっているけど、調べてみると、実態は直系なのよね。途絶えたと伝わる純系の綾椿家に、つい最近まで男子の血があったなんて。」
「またパパラッチですか」
「歴史は繰り返す、ほんの少し変わりながら。もしかしたら伝承しか残っていない霊歌社の本復興も有り得る。ああ、でも綾椿の隠れ血統も、時期当主は女だったっけなあ。放蕩娘で家にも帰らないとか聞いたし……。うーん、都合よく人間でも辞めてくれないかなあ」

 私の虚実入り交じったゴシップ妄想に、はあ、と椛が再び呆れた溜息。

「これがまた面白いのよ。八雲の動きも怪しくって。どうやら八雲と博麗の、古の因縁が再起したらしくてね。これは面白いことになるわよ」
「面白い、ですか?」
「ええ。おもしろいこと。そうでなければ、おそろしいこと。」

 難しいことはわかりません、とつぶやく椛に、私は喝を入れる。

「椛。私の相棒になったのなら、いろいろと大変よ?そんな様子ではいけないわ。この幻想郷は平和の皮をかぶった火薬庫。火の気を一つ一つ消しながら、いつ破裂するとも知れない爆弾を解除する必要がある。あなたには、それを手伝ってもらわなければいけないわ。」
「爆弾?」
「そう。そろそろまともな博麗の巫女が輩出されている筈だから、彼女と協力して脅威を取り除いていくの。でもその博麗の巫女自体にも、爆弾が仕掛けられている。八雲、綾椿、その他の博麗にまつわる因縁を、次の巫女は一身に請け負ったかのような存在になっているでしょう。だからその爆弾を、一等見事に解除しなければならない。そうでなければ、この世界は、あっという間に消滅するわ」
「はあ。そのための捜特権ですか」
「まあ、それに使えないこともないけれど」

 実感が沸かないか。無理もない。

「とりあえず、八雲の引き篭もりは由々しき事態だわ。折角降臨する『まともな博麗の巫女』を、八雲の怠慢でスポイルされては堪らない。」
「後輩教育、ちゃんとしてくださいよ?正直全然わかりません。」
「わかってるわよ。言ったでしょう?私の持ってるもの、全部、あなたに伝えるって」

 行きましょう。そう言って、思い切って椛の手を取ってみる。あの時スクがしてくれたみたいに。

「えっ」

 一瞬戸惑いの声を上げ、少しの間私に手を委ねたままにしていた椛だったが、やがてふいと払われてしまう。
 あやや。まだ早かったかな。

「文さま、遅いです」

 振り払って前を行っていた椛が、怒った風な仕草で私を呼ぶ。

「じゃあ飛んでもいい?」
「駄目です。背中に乗っけてくれるならいいですけど」
「夜に私の上に乗るのなら、幾らでも」

 椛が真っ赤な顔で岩を投げてきたので、私は笑いながらそれをかわして彼女に追いついた。

「ちょっとぉ、危ないわね。あなた、あれから急に乙女になったんじゃない?」
「文さまこそ。あれからあれから更に人を怒らせるのが上手になりましたね?」
「ふふ」
「けっ」

 吐き捨てる様に言葉を切って、それでも隣同士を歩く。今はまともに視線さえ交わさないが、夜は吐息どころか体も交えるこんな二人を、スクはどう思うだろうか。
 ことあるごとに、やはりどうしてもスクのことが脳裏に浮かぶ。椛を前にしてそれは彼女に失礼だろうと思いながらも、いまだに彼女に対してスクの面影を重ねているところがあるのは、否めない。
 それでも、繰り返される歴史はほんの少しだけ変わっているのと同じように。そうやって見つめる彼女の中に、時折椛らしい椛の姿が見えたりするのが、そして、その彼女らしさに対して、スクへの恋心と同じくらいに、いや、すでに燃え尽きた後のそんなものに比べて、今まさに燃え盛るこの気持ちはきっとそれを超えていて。つまり、スクという存在を抜きにしても、私は。

「ねえ」
「はい?」
「ちゃんと、好きになっても、いい?」
「ごめんですね」
「無理しなさんなって」
「うっさい、離れろ!」

 私が被さるように肩に手を回すと、やはりそれは振り払われて、彼女は私の腕の距離を離れる。
 顔を赤くしたままの椛が、前を歩きながら付け足した。

「文さまが担ってる問題のこと、全然わかんないですし、それは追々ってことですけど」
「ええ」
「色とか種族とか、分離論とか不可分論とかって、私達で解決してしまってもいいんですよね?」
「へえ、吹くわね?」
「自信、ありますよ」

 そう言って立ち止まる。そこに追いついた私に、振り返りざま、キスをしてきた。







「今まで通りで」

 急激に状況が変化したことを受けて、私は椛にこれからどうするかを問うた。
 椛はというと、色々と考えるのが面倒だとか、今更仇とかゆっても仕方ないしとか、エッチきもちいいしとか、なんだかんだ付け足した上で、そう答えた。
 だが、少しも今まで通りなんかではなかった。
 口では突っぱねられるが、私は椛をきちんと好きだし、椛も今までとは違う意味で私を好いてくれているのが解る。
 表面的な『今まで通り』なんて、笑ってしまうけれど、まあ私達にはそれでもいいかもしれない。
 いつか、なんかの切っ掛けでまた、変わるかも知れない。私達が無理でも、きっと私達を見た他の誰かが、その壁を乗り越えてくれる。
 少しずつ変化しながらも、歴史が繰り返すというのなら。こうしてまた向かい合えたあなたと、今度こそ。
 もしまた種族の違いが、色の違いが障害になるというのなら。幾度輪廻を重ねても、いつか出会ってそのときに、それまでの過去を並べた盤の前で向かい合って、全て語り合おう。
 どんなに長い歴史であっても、あなたには、語り尽くせるだろう。
 山の夜は、深い。

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