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【村紗/ぬえ】未恋ある魂

なんかテンションが低くて、多分
絵にせよ文にせよ何にせよ
しばらく何も成果物らしいものを作っていないから
かなと思って
一晩作業なので一念発起というほとじゃないですが
鞭打って突っ切りました。

モ殺の水面下ラプソディは
メンヘラちゃんの心中ものっぽく見えなくもないですが
それをドストレートに真正面から呼気交換プレイで書いてみたいなと
思うだけなら思っていたので
やってみた次第。


以下アーカイブ



「好き」
「知ってる」
「初めて言ったんだけど」
「……知ってるよ」

 なんで、なんてことは聞かなかった。
 気持ちが知られていたことは不覚だったが、逆に私のほうも鵺に想い人がいることは知っていから。鵺が今でも誰かに思いを寄せていることは、今は呪符に可逆圧縮しているが、鵺が宝物のように大事にし、いざとなれば頼る弓の存在が、それを示している。

「この地に摂津源氏はいない、藤原の忘れ女がひとりいるだけ。平安を抱いている人は誰もいなくって、じゃあぬえは何を待っているの」
「何も待ってないよ。聖の阿闍梨には、封印を解こうと協力した仲間がこれだけ沢山いたってことだし、この地でそのまま迎えてくれたんだろうけど、私にはそれがいないって、それだけ。」
「そんな寂しいこと」
「寂しいなんて言ってない。ああやって皆に助けられたことを、姐御は「わたくしは幸せ者です」と言っていたけど、だから、私は単に「幸せではない」というだけさ。それは、不幸じゃない。私以外のみんなが楽しそうにしているのは気に喰わないけどね」

 世間はそれを、不幸、というのではないのだろうか。
 でも私には、幸せの定義を弄んでみたり、幸せの許容パラメタとそれぞれの値への言語のマッピングについて議論するつもりなんかさらさらなかった。だってそれは、今私が抱いている感情には1幸福単位だって関りがないことだから。

「誰も私を待ってなんかいないし、私ももう誰かを待ったりなんてしていない。そんなの、みんなそうでしょ。運命の人を待って、待ってくれている、なんて、そんなのは取り立てて幸福な人だけ。」

 姉御の復活に際して彼女が取った行動は、正直言えば妨害でしかなかった。それなりに複雑な心境があったらしいことは知れていたし、こう言っては何だが私もそうで、毘沙門天を掲げる仏徒組とは半歩程交われない部分がある。先輩面をされたりという事は無い、そんなケツの穴の小さい人たちなんか誰もいないのだ、でもこちらの気が引けるかどうかは別の話だ。

「でも、これが仮に不幸だからといって、不幸な私だって昔は誰かを好きになったり、そいつと傷つけあったり、したことくらいあるよ。でもそういう過去を不幸だからって切り捨てる気にはならない。それなりに、今を気に入っているんだ。アイツがもういないことも含めてね」

 うみのなき こえにこしかた あしとしり きみわかつみの つきならなくに

「……ぬえって歌詠めるんだ」

 風流だね、と付け加えても、鵺は答えない。きっと、「だれか」に教わったのだろう。巧いのかどうかは私にはわからない。
 男らしい歌だな、と思った。体がバラバラになるほど、と男に恋焦れ待つ女の体で歌われているが、どことなく男を責めるようで、男女を逆にしてもなお通じる情緒がある。どうしてこんな場所に来たのかと嘆くのは、やっぱりこの船と行動を共にすることに、いくらかの不満が現れているいうにも見えた。鵺が「誰か」に詠んだ歌なのか、「誰か」が鵺に詠んだ歌なのか、私には知れない。

「正体不明を通さずに、心地よく生きていけるなんて、私にしちゃ上等な結末だもの。アイツがいないってそんな小さなことを、思い出以上の何かに膨らませてまで抱えているつもりはないよ」
「だったら」

 だったら、と言ってから、それ以上の言葉は飲み込んだ。恋心はとっかえひっかえ、ではない。次の恋心が前のそれを押し出すことはあるが、そうなるとは限らない。想い人がいなくなったなら、さっさと次の恋人を、私はそんな尻軽な感情を求めているわけではなかったし何より、鵺にそうあってほしいと思ってもいない。それは彼女に私を好いて欲しいという気持ちとは別物だ。

「今、ここ、に気持ちの平安を感じているのは、せんちょだってそうでしょ?」

 ラムを兼ねたバルバスバウに腰を下ろして膝を抱くように座る鵺は、そう付け足した。私もその横に降りる。ははあ、ここは確かに、腰をおろしてゆったりできるのに、船上からでは全く見えない。姿をくらまし行方不明を装った内、いくつかはここにいたのだろう。

「でも、もういない人を好きだなんて、そんなのどうしたって救われないじゃない」

 たとえ鵺が言うように彼女が今に満足していたとしても、私はこれっぽっちも満足できない。あなたが幸せならそれでいい、なんて、そんな姐御みたいに悟ったような台詞は、今の私にはまだ言えない。

「アイツとのことで誰かに救いなんて、私は求めてないから。仏教がどんなに優れた宗教だろうと、この感情を救ってくれるものじゃない。所詮、代替品を与えてるに過ぎない。飴を取られて泣きじゃくる子供に、飴は我慢しろと風車を与えてあやしてるようなもんだ。……なんて、ここでこんなことを言うと、姐さんにぶん殴られるかな」

 殴るかもしれないけど、もしかしたら困ったように説法を始めるかもしれない。
 これは私の独断だけれど、姉御が説法をするときは、そもそもその問いに姉御なりの絶対的な確信が「ない」ときだ。相手を説得する体で、自分を言葉と概念と理想の海に沈めてごまかしている。絶対的な信念があるときは、鵺の言う通り、いきなりぶん殴られる、あのにこにこ顔のまま。私や鵺の様な、元々素行不良だった門下は特にそうだ。
 それでも鵺の言葉に「説法を」と思ったのは、姉御が仏門に片足残しながら外道(この世界では魔術と呼ばれていて、仏門にいるときの様な禁忌感はないようだ)に手を出しているのは、きっとそれ自体がその証左なのだと思ったからだ。実際、姉御が行使する「法力」のほとんどは、多分に「魔術(仏法的には外道)」にあたる。
 私が陸に引き摺り上げられた挙句今は空の上で船頭をしているのは、元いた場所でのどんな供養も調伏も効果がなかったのに、あの人の言葉には光を見出したから。それは、単に仏法の持つ救いの力ではなかったろう。

「ぬえは、強いね」
「強くない。正体不明を演じていた時もそうだし、強くないからこそいろんなものを諦めて、ふわふわと不定のままでいた。今もそう。でも、何もかもが救われるだなんて、そんな都合のいい世界がどこにあるのさ? せんちょだって、そういうに折り合いをつけたから、船を沈める幽霊から船を導く幽霊に、転身したんだろ。それとも、姐さんなら、何もかも光で満たしてくれると思った? そうじゃないでしょ」
「ちがう、けど」

 違うけど、それと、鵺が不達の恋を続ける理由も違う気がする。うまく言えないけど。

「せんちょのことは嫌いじゃない、すげえいいやつだって思うし、可愛いしね。それに、さっき言ったみたいだから、この先もせんちょと同じ船で行けるのは「幸せなことだと思う」。でも……ごめん」

「これからどうするの」
「これから? 姐さんに追い出されなきゃ、ここにいさせてもらうつもりだけど」

 この舟ってば乗り心地いーし、なんて茶化して言うけど勿論そんなことじゃない。

「違う、それじゃなくて」

 私が言うと、小さく黙ってしまう鵺。わかっていて答えを違えたのに、と言いたげに。

「感情の供養とでも、いえばいいのかな。いいや、そんなキレイなもんでもないか」
「じゃあ、なに?」

 少し自嘲したように口角を上げて、バルバスバウの上にひっくり返るようにして、ちょうど船の行く先に広がる際限のない空を眺めるのにちょうどいい傾斜で、実際にそうして障害物もなければ道標も何もないひたすら空と雲海の間に広がる雲平線(だってここは地上でもないし水上でもないのだから)に向けたように、不思議と落ち着いた口調で、言う。

「私はまだこの『未練』を弄んで生きてみたいのさ」







「せ、せんちょ、何のつもり」

 何のつもりだろうか。私にもよくわからない。ただ、「本性」が出てしまったのかもというのが安易で説得力のある言い訳だろうか。自分でもよくわからなかった、ただ、鵺が「未練」を語って私を拒否したのを認識した瞬間、体が勝手に動いていた。
 私は彼女の手を取って立たせ、まだ何事かと不思議にしているその猶予につけ入る。

――転覆:道連れアンカー

 バルバスバウの上で手を引いたまま、その後方には足場はない。彼女の体は船の外へ強引に引っ張りだされた姿勢のまま、私と一緒に落下していた。
 すぐさま下方に向けてアンカーを放つと、そこはもう空ではない。

「!!」
「ようこそ、水面下へ、ぬえ」

 雲海を航く船から転落して、しかし雲も空をもすっ飛ばしてここはもう、幻想郷の下界のどこにも存在しない「海」。水面に激突する衝撃なんてものはない、飛沫も波も上がらず突如として海中へ転移する。弾幕用ではない通常の「道連れアンカー」は、それ自体が海中へのワームホールを開く術なのだ。

 鵺が気泡を吐き出しながら、手を伸ばした。まだ光を透く水面は、鵺の手が求めるのとは逆、冷酷に揺れながら、みるみる遠ざかっていく。
 もう片方の手は、私の腕を強く掴んでいた。痛いくらいに、彼女の長い爪が私の腕の肉に食い込むくらいに強く。爪先が食い込んだ肉も痛いし、握りつぶされるのじゃないかという位に強い握力のせいで、腕の骨まで軋んで痛みで神経が悲鳴を上げている。でも、その痛みが大きければ大きいほど、私は、昂っていた。
 だが、鵺はすぐに私の腕から手を離した。私がここのまま沈降するつもりだとわかったのだろう、彼女一人でここから浮き上がろうとする。

「どうして手を離すの?」

 水中で自由の利かない鵺の動きなんて、私にとってはバケツの中で右往左往するボウフラの様なもの。それを掬い取るのも、そのまま沈めてしまうのも、バケツの水ごと捨て去ってしまうのも、私にとってはバケツを覗き込む子供のように容易いことで、子供の様に、冷徹にそれを出来る。
 鵺は色んな生き物やその組み合わせに姿を変転させながら、何か水の中で有利に動ける姿を模索している。だが、そのいずれも、こんな深い水面下で自在が利くものではない。

「地上の「正体不明」じゃ、どんなにしたって、無理でしょ」

 獅子、蝙蝠、猩々、山犬、大蛇、鴻、次から次へ姿を変えるがいずれにしても偽物なのだ、その姿の何分の一だって力を持っていない、鵺自体が強力な妖怪ではあっても姿が水に適していない以上事態を打開なんかできなかった。私はそうして足掻く彼女の腕へゆうっくりと手を伸ばして、容易にそれを捕まえて見せた。
 私に足を掴まれた鵺は、気泡を口から漏らしながらめちゃくちゃに足を暴れさせるけど、無理。そんな風に酸素を無駄に使っちゃって、大変なのに。
 私は掴んだ足を引き寄せて、彼女の細い腰を掴み、胸の辺りに手を這わせて肩を抱き、彼女の耳元で説得の言葉を囁く。

「私から、離れちゃだめだよ、ぬえ?」

 なるだけ優しく笑いかけたつもりだったけど、鵺は笑い返してくれなかった。それどころか怖いものを見るような目で私を見る。どうしてそんな目で見るの?
 道連れアンカーは船を停泊させるためのものじゃない。こうして誰かを沈めるための、超効率の錘だ。流体抵抗を極小にした錨の沈降速度はあらゆる水中運動体のそれを凌駕する。それに結ばれた私の体と、それと、私が「にがさない」と決めた相手は、暗く氷点下の水底へ引きずり込まれて沈んでいく。もう、水面は見えない。遥か彼方に小さな光の点としてうっすらと見えるだけだ。
 目を見開いて、私に何事かと問うような視線を呉れる鵺。そんなの、決まっているのに。

「ね、ぬえ。そんな悲しい恋をいつまでも引き摺ってるのは、ダメだと思う」

 こっちを向いて。
 上に向かって必死に水を掻こうとする鵺の両腕を取るが、振り払われる。無駄なのに。

 もうアンカーヘッドは安定沈降速度に到達していた、つまり、最大沈降速度だ。
 およそ地上に存在し海底へ沈みゆく通常の物質の質量と形状では、水の抵抗と浮力に阻まれ沈降速度は比較的遅いところで頭打ちとなる。だが各種アンカースペルで形成される錨の、無暗に巨大な質量(質量自体はアンカーヘッドよりも鎖のそれの方が大きくなるが)と低減された流体抵抗環境下での沈降速度上限は、一般的な物質のそれよりも遥か高速を保つ。
 私がまだ鎖の延長を継続しているから沈降速度は精々この程度で済んでいるが、鎖の延長を停止して沈降を錨任せにしたとき術者の私は除いて鵺がどうなるのか、想像したくはないが、想像に難くない。
 精々地上の動物をモディファイした程度の化け物にしか変化することのできない鵺では、もはやどう足掻いたって手遅れだ。物理的な頑強さはさすがのものだ、水圧自体は全く堪えていないようだが、もしこの場で私を殺しても、この深海に放り出され次の呼吸を得る前にこと切れるだろう。

「苦しい?」

 一方の私は地上と何ら変わりがない。そういう存在だから。むしろ空の上より遥かに自由だ。
 私はみるみる呼気が漸減していく鵺に向かって、もうもう一度笑いかける。鵺の表情は、勿論、必死のそれだ。口を閉じ鼻からの呼気漏も避けながら、彼女は血走った目で私を見ている。その表情は何だろうか。疑問か。命乞いか。恨みか。殺意かもしれないし、罵倒する言葉の反芻かもしれない。でもそれらのいずれでもダメ。私が欲しいのはそれじゃない。

「ね、苦しい? 苦しいなら、一回だけ、頷いて見せて?」

 一回だけ、頷く鵺。うん、しってる。

 笑いかけてあげると、彼女の目が絶望の色に蝕まれていく。その目を覗き込むようにして、私は彼女の頬を両手で挟んだ。額に口付けてからもう一度見ると、恐怖か、絶望か、何かよくわからない感情に濁った眼が私をぼんやりと見ていた。

「ねえ、今のぬえ、すごくきれいだよ。すごくかわいいよ。たべちゃいたい」

 彼女から離れて、少し下から鵺の体を見上げるように仰ぐ。
 外では跳ねっ返り気味の黒髪が水に揺られて大きく舞い、変化の源泉たる漆黒に魔印の縫い込まれたワンピースは肌にぴっちりと貼り付いて彼女の華奢な体を浮き彫っている。白い太腿が暗い深海でまるでそれ自体発光しているみたいに綺麗に輝いて見えた。
 ほっそりとした小柄な体。細い腰回り。彼女の持つ芯の強さとは、真逆の体つき。硝子細工みたいで折れそうで、いっそ折ってしまいたくなる。小さく膨らんだ胸を貼り付いた黒衣が強調している。水中に放り出された彼女の体は地上で歩いているのともベッドの上に横たわっているのとも、空を飛んでいるときの戸も全く違う。誰からもどこからも支えを得ていない状態、完全に脱力して、ふわりと浮かんでいる。小さくて、でも強い鵺。
 周囲に発光性の深海生物が現れた。エビ、クラゲ、極小のプランクトンも、この深海では無数の星のように光る。疑似餌であったり威嚇であったり目眩ましであったり、その目的は様々だが、その無数の光に彩られ、深海の水圧中で潰れ掛けながら揺蕩う鵺の体。
 深海にも適応した私の目なら捉えられる水面から届くほんの僅かな光を背にし、周りに無数の星を纏って漂っている彼女の姿は、何て美しい水死直前体だろうか。死んでしばらくした死体はこうではないし、死ぬ前にもがいている無様もこうはいかない。わずかな一瞬にしか見ることが出来ない、完全。

「……」

 水圧に押されてその内側では肺の萎縮が起こっているに違いない。鵺の心臓の拍動はほぼ潰れて縮退し、末梢への血流を制限して脳と一部の内臓にのみ血液を循環させるギリギリの生命活動維持に切り替わっている。
 私は鵺の体を抱き締めた。末端は既に冷たい。心臓だけがほんのかすかに、とく……とく……と脈打っているが、それも弱弱しい。末端の冷たさは急速に彼女の全身に回り、すべてを冷やしてしまうだろう。呼気の足らない肉体組織は、急激に死んでいくだろう。
 深海に抱かれて生きている者などほとんどいない。最初からここにいて、死ぬまでここにいる、さみしい存在達だけだ。私と……ねえ、鵺、あなたもそうでしょう。一緒だよ。
 彼女の目は徐々に薄く閉じていく。完全に閉じられる事は無いが、朦朧としているだろう意識の前で、私はもう一つ。

「苦しい? でも、私なら、「あげられる」よ? ぬえの「その人」は、助けてなんかくれない。私だけ。」

 水圧で半分くらいにまで委縮した彼女の肺の中まで、すべてが水に満たされる前に。私は自分の肺を「空気で」膨らませる。
 彼女の目の前で口を開け、わざとらしく気泡を大きく漏らして見せた。何度も。何度も。ごぼごぼと音立てて大量の気泡が上の方へ吸い込まれるように昇っていく。
 もうフィジカルだけでもっている、そしてそれも窒息寸前で潰える寸前、呼気欲求が振り切れている鵺の目の前で。何度も気泡を吐き出して、空気を無駄遣いして見せる。

「ねえ、ぬえ。私を求めてよ」







 私は鵺に口付けた。舌で唇を押しのけて歯を割り、すかさず唇と唇を吸い合わせる。柔らかい鵺の唇の感触を覚えて、私の心臓は彼女のそれと真逆に激しく踊った。
 鵺の唇はもう冷たい、でもその分、感じる。
 私の心臓は酒精の様に熱い血液を全身に送って来た。鵺が呼気を欲しているのと同じくらい、いやそれ以上に、私は鵺の唇を欲していたから。沸騰するほどの興奮、全身がふやけそう。
 彼女の口の中に入り込んでいた水を吸い出して飲み込み、代わりに肺から空気を送り込んでやる。鵺は、私が与えた空気を死に物狂いで吸い込んだ。私の肺の中身が勢いよく鵺の中に流れ込んでいく。
 吸い出されて収縮する肺、引っ張られる横隔膜。その感触が、下半身に直結した。
 彼女の胸が溢杯になったのだろう勢いよく吸い込む口の端から、入りきらない気泡が溢れ出てきた。それでも吸い込もうとする鵺の必死さに、私は酸欠以外の理由でくらくらしてしまう。

 かわいい、かわいい。
 それに、私を、求めてる。

 私は鵺の口の中に舌で合図してから、唇を離す。彼女は与えられた空気を一粒の泡沫でも漏らさないように固く口を閉じている。水圧で圧縮した彼女の肺に入る空気の容量は私のそれよりも遥かに小さくて、肺もそのままに水中で無尽蔵に呼気を成せる私の、ほんの半分も受け取れない。

「ふふ、おいしい?」

 空気を受け付けた彼女の体に、一気に生気が戻る。だが当然それがどうしてなったのかわかっているのだ、鵺は縋るような目で私を見る。さっきまでは私を振り払おうとしていた手が、今度は私を離すまいと強く掴んでいた。さっきと同じく、痛いほど。私を繋ぎ止めようと必死だ。その様子が、背筋に甘い電流を流す。熱を帯び始めていた下半身に油を注ぎ、あふれた油は、加熱されて、割れ目から滲み始めていた。

「今度はそれを、頂戴」

 もう一度口を付けて、今度は彼女の呼気を受け取る。少しだけ酸素が減り、二酸化炭素と水蒸気が増えた、彼女の体温になった呼気が、鵺が、私の中に入ってくる。
 何度かに一回、酸素濃度を調節して(というか単に自分の呼吸をして)返してやる。新鮮な空気は彼女にとって最後の命綱だ。必死の形相で吸い付いて来た。

 私の胸が鵺で膨らむ。
 私の肺胞が鵺を取り込んで、体中を巡る。
 私の身体中が鵺を求めて鵺を代謝して、そしてまた戻ってくる。

 私は、昂るままに左腕を鵺の腰に回して抱き寄せ、右手で鵺の手を掴んだ。そして、すっかり濡れてしまっている自分の股間に、鵺の指をあてた。

「んっっ……」

 思わず声が漏れる、びりびりするくらいの快感が身体中を駆け巡る。鵺から受け取った呼気が身体中を巡っている最中に、鵺の指がアソコを撫でている。

「ぬえ、ぬえっ♥」

 そうしている間に再び呼気が不足した鵺の口に向かって、私はまた自分の呼気を吹き込んだ。呼吸の絶え絶えな鵺は、必死に私の口に吸い付いて、私の肺から鵺と混じった私を受け取っていく。

 鵺が、どうしようもなく、私を求めている。どうしようもなくだ!

 そう思うと、股間が疼いて堪らなかった。掴んだ鵺の手を、自分の手で動かして股間に擦り付ける。鵺はそれが何なのか理解していないだろう。性的な知識がないわけではないだろうが、呼吸に必死な彼女にその余裕はないだろうし、こんな状況で性的に興奮を覚えるなんてことも彼女には全く想像できないだろう。
 私自身も初めてだ、SinkerGhostとしてもう何百人も溺死させてきた過去に、こんな風にシたことは一度もない。

 鵺、だけ、だ。

 また、彼女の吐息を、一粒も漏らさずに肺の中に受け取る。体温を取り戻しつつある鵺の呼気は、どんどん熱くなって、それほどの温度でもないにも拘らず、興奮に加熱されて、私の胸の中を焼く。熱は全身を駆け巡るのと、臍の下の奥に流れるのと、半々。体中を巡る鵺の熱は、化学反応を起こしてもっと熱く、そして肺へ戻ってくる。
 身体中を巡る鵺の熱を、息を止めて暫く味わうのが心地いい。その間、私は掴んだ鵺の手を細かく動かして、股の間で強く挟んで、手淫に耽った。

(きもちいい……身体中に、ぬえを感じるっ♥)

 水中でも漏れてくる粘液が、鵺の指の合間を漏れ出てくるのが、指先に感じられた。自分でも考えられないくらい感じてる。鵺と肺で、体中の血管で、細胞で、セックスしているなんて。

 鵺が、私に抱き着いて来た。やだ、それ、凄い……。

 鵺が抱き着いて来たのは、呼気を求めてだ。でも私にはそれで十分。
 私は、体中で使い古した私自身を、彼女の中に注ぎ込む。鵺はそれしか受け取るものがない。今の彼女にとって、私の息が、私が、全てなのだ。

 すごい勢いで口を吸われた。いいよ、私を、あげる。好きなだけ持って行っていいよ。

 キュロットを下ろしてショーツをずらし、私はもうなりふり構っていられなかった。彼女が呼吸を返してくる間に、私は鵺の指を淫裂に押し込んでいる。彼女の指を、自分の指で押し込む。長い爪が肉に引っかかるし、彼女は呼吸に必死で指の先まで強張っている。愛撫なんて全然望むべくもなかったけれど、それでも私のあそこは鵺の指をぎゅうぎゅう締め付けているし、そこからせり上がってくる熱も電流も、全部が脳髄を甘く蕩かせていく。

「ほら、早く頂戴」

 呼吸に必死な鵺の表情を、私は同じ高さにいながら遥か高みから見くだす。呼吸を与えている。彼女が私を求めるままに私が私を与えてやっている。優越感。恍惚の表情を止めることが出来ない私を、鵺がどう見ているだろうかなんて、関係がなかった。鵺が私を求めているという事実それだけが、私の第一義だった。
 鵺の口に吸い付いて、彼女の肺から無理やりに呼気を奪う。目を見開いてやめてと訴える鵺を、私は最高の快楽を以て見ていた。
 空気をすっかり抜かれた鵺の肺。窒息に悶える彼女は気付いたのだ、私がここで、オナニーに耽っていることを。私の満足が、この「海溝」にあることを。彼女は私の中を掻き混ぜてきた。
 酸素を下さい、下さい、と、必死の形相で私のアソコを愛撫してくる。

「んっっ、ああっ♥ いいっ、ぬえ、上手……それに、はげしっ……んっ♥」

 知識はあっても、彼女自身自分ですることはあっても、人の溝を探ることなどないだろう。愛撫が肉的な弱点を責めてくるなんてことはなかった。でも、鵺が私のアソコに、そんなに必死に奉仕してくるなんてシチュエーションは、精神的には完全に弱点だった。

「いい、ああ、いいよおっ、ぬえ、ぬええっ!」

 愛撫に酔いしれたまま彼女に呼気を与えるのを忘れていたものだから、彼女はしびれを切らして私の口に吸い付いて来た。手で私の股間を弄り続けるまま、文字通り吸い付く、キス。

(あは、ごめんね、あげるよ。私を、いっぱいあげる)

 気道を解放して、彼女が求めるままに呼気を与える。鵺はもうその体勢から私を離すまいと左腕でがっしり私を抱き締めてきた。

 唇をくっつけたまま、息を吸って私を取込み、鵺自信を私の中に吐き出す。
 私は鵺を胸いっぱいに取り込んで、私自身を彼女の中に注ぎ込む。
 私と鵺を、鵺と私で交換する。
 でも、鵺は私がいないと、死んじゃう。ひっし。

(ぬえ、もとめて、もっと私を求めて♥)

 左右の太腿をきゅっと締めると、彼女は私が求めるところを悟ってか、愛撫を続けてくれた。

(上からも下からも鵺を感じる、やばい。これ、やばい♥)

 鵺が欲しくて思い切り吸い込めば、彼女は私を欲して思い切り吸い込んでくる。
 そうして私の中の鵺が少なくなって淋しくなると、私はもう一度鵺を吸い込んだ。
 また空虚になった彼女の肺が、必死に私を求めてくる。私は与える。

 その口授が私の股間への奉仕によって続けられているのだと知って、鵺の手マンがよりねっとりと、的確に私を責めたてる動きに変わってくる。
 ほぐれた膣内を、押し込み撫でるように。鵺もそこが好きなのかな、おなか側に指を擦り付けるみたいに、おへその下の辺りの壁を擦られる。そこ、私も好きだよ♥
 ぞくぞく、子宮の辺りから快感が際限なく沸き上がってくる。
 堪らない、鵺が私を想って、私を満足させるために、必死になっているのだ。
 可愛くって、たくさん酸素をあげちゃう。
 ちゃんと愛撫してくれるなら、彼女が苦しくなる前に次の呼気をあげる。

「いいよ、ぬえっ♥ じょうず♥」

 ご褒美に空気をあげるだけで、鵺は必死になって私を悦ばせようとしてくる。彼女がどんな心境で私を愛撫しているのかなんて、関係ない。
 彼女の指が私を悦ばせようとしてくれる。彼女の体は私なしじゃ生きられない。
 その二つの事実だけで、どんどん高まっていく。

(やば、キモチよすぎ、るよおっ♥ イキそ……っ)

 登り詰める欲求を耐え切れなくて、再び彼女の指の上から自分の指を重ねる。自分が欲しがっているところに鵺の指を導いて、押し込み擦る動きをすると、鵺はその動きを覚えて執拗にそこを撫で擦って来た。

「ふごふっ♥ んんっ、はっ♥ いい、いいっ、ソコっ♥」

 私があられもなく声を上げて、それと共に呼気を泡にして噴き出すと、彼女は必死の形相で私の口に吸い付いて来た。教えた肉欲弱点の責めを続けながら、私の口を必死に吸ってくる。
 私は、絶頂前の興奮に熱を帯びた浅くて細かい呼吸になっている。吸ってくる鵺の口に、それをそのままぶつけた。
 息苦しさに苛まれながらもぎりぎり与えられる酸素の中で、彼女は私への奉仕を続ける。
 私は吸いたいままに彼女の肺を吸い上げ、吐き出したいままに彼女の胸を膨らませる。
 私は彼女の肺を風船のように弄んで、膨らませたり縮めたりした。彼女が吸い上げるのも制止して自分の中の鵺を味わい、彼女が吐き出すのも我慢させて彼女の呼吸欲を高めさせた。一気に吸い込んでやると彼女は白目を剥き、また一気に注いでやると寄った目のまま私にぎゅうぎゅうと抱き着いて愛撫をくれる。
 つまり彼女の呼吸と命を弄んで、そして。

(はあ、イクっ、ぬえ、イクっ、ぬえでイクよぉっ♥)

 最後のスパートでは、彼女の呼吸は関係なかった。
 私が吸い、私が吐き、吸い、吐き、彼女の呼吸はどこにもない。私がするのに無理やり合わせさせる。
 彼女を想いやる余裕なんて、イく前のスパートの中にはなくて。なのに、彼女の指は律儀に私の海溝を掘り抉っていた。

(イク、いくいくイくぅっっ♥)

 胸の中に来た鵺の呼気で達したのか、股間から登ってくる快感で達したのか、よくわからない。私は呼吸なんて不自由していなかったけれど、酸欠みたいにクラクラして意識が飛びそう。キモチよ過ぎ。ばちばち後頭部が火花を散らしていて、下腹部が沸騰している。
 湯が沸いたのを見て火を消したときみたいに、オーガズムに達してから徐々に徐々に、快感が引いていく。
 それでも鵺をこのまま抱いていたいと思う気持ちは、当然、引くことなんてなかった。







 オーガズムに揺蕩う間も、彼女は、まるでベッドサイドで事後のキス交換をするみたいに、ガス交換を求めてきた。私はふわふわと気持ちよく揺れながらそれに応える。

「ぬえ、ねえ、「好き」ってゆって。私がいないとダメだって」

 私は満を持してその問いを投げかけた。
 答なんてわかってる。今更選択の余地なんてないのだから。鵺だってそれをわかってるはずだ。
 私はまた、彼女の前で口を開けて空気を無駄遣いして見せる。

 ほら、私を欲しいと言えば、私はいくらだって鵺に、あげる。

 でも、彼女からの返事はなかった。
 なんで?
 だって無理じゃん。私がいなかったら鵺、ここで死ぬよ?

「空気、要らない? ねえ、ぬえ?」

 声、震えた。
 自信がないんだ、当たり前。それでも突っぱねられたら、私はどうすりゃいいんだ。

「ぬえ? ねえ、ぬ」

 彼女の腕が、私を抱き締めてきた。指が体を這い回って、私を愛撫してくる。
 そのまま口付けられて……でも。

 でも違う。
 それじゃ、違う。
 鵺は、答を避けた、私が必要だって体で示しながら、言葉で好きだというのは避けた。

 それが答?

 ふふ、あはは!
 でも無理だよ。無理に決まってるじゃん!

「そんなにそいつのことが好きなのなら、「そいつのところに行けば」いいじゃない。出来ないでしょ? 出来ないでしょ!? ほら、私から、受け取ってよ。私なら、ぬえを生かしてあげられるから。好きって言ってくれるだけで、ぬえ、生きられるよ?」

 彼女が口を吸ってくるのを、私は拒絶した。あげない。そんな鵺には、あげない。

 だが、彼女は応じなかった。
 そいつのところに行けばいい、という言葉が、彼女を固めてしまったのだろうか。鵺の口吸いが止まった。

 我慢できなくなればまた私を求めるだろうと思って黙ってみていたけれど、彼女はもう、私の口を吸いに来なかった。

(え。なんで。なんでさ。どうして?)

 私が呼気を上げなければ、彼女はそう長くはもたない。十分かそこいらで、彼女の体温は下がり心拍も減り、みるみる死へ近づいていく。それでも私を求める様子はなかった。

「ぬ、え?」

 彼女の目は優しく開かれていて、この海の深い闇の中にまるで何かを見出しているように、視線は投げられている、私の、背後のほうへ。死んではいない、でも。
 そこに何もいないことは私にはわかっている。でも、鵺はきっとそこに何かを見出していて。その満足そうな表情は、決して私では与えることのできない何かを、そこから感じている証拠だった。

 私は彼女に口付けて、無理矢理呼気を送り込もうとした。私への依存を復活させるために。
 でも鵺は、私からの給気を完全に拒絶した。
 私から口付けても、酸素は彼女の口の端から漏れて遥か遠くの水面へ小さく消えていく。
 何度口を付けても、彼女の舌が私を拒絶した。何度やっても。舌で口の奥まで押し開けてから息を吹き込んでも。何をしても、喉を締めて吸気しない。

 彼女は全ての空気を、放棄していた。

「死ぬんだ? ふうん、死ぬんだ!?」

 それが彼女の答えだった。
 私より、あいつを、選ぶのか。それが答か。
 生きるより、死ぬのを選ぶのか。それが答か。

 なにそれ、さっきまでの言葉、全部嘘じゃん。
 頭の中がぐるぐるぐる回って、まともな思考は遠心力でどこかにすっ飛んでいった。私はこれっぽっちも酸欠なんかじゃないのに、何かに焦っていて、思考が止まっていて、理性が失われていて……求めていた。そして、支離滅裂に爆発する。

 私は、鵺に、何を求めている?

「何が「今にそれなりに満足してる」さ。嘘ばっかり! ふざけんな! 全然満足してないじゃん! 今より昔の方が良かったと思ってるんでしょ!? そうやって死んだら、昔の「だれか」のところに行けるとか甘ったれた事考えてんでしょ!? 冗談じゃない、私の知ってるぬえはそんな燻った事、絶対言わないよ!」

 は? 何言ってるの私。

「そんなぬえ、かっこわるい!」

 殺すほどの目には晒しているけど、殺したかったわけじゃない。殺したいわけじゃないけど、死なすほどの目に遭わせないと、折れないと、思ったから。
 理性に幾ら問いかけたって、それが好意に繋がるなんてこれっぽっちも思えないのに、それでも「すき」の一言を私に向けさせたかった。死ぬよりは、そのたった一言を選ぶだろうと思ったから。
 そのむちゃくちゃさは、今は自覚している。でも、いざ目の前で私よりも死、いや、誰か知らないけれどもうこの世にはいない想い人を選んで、生を放棄しようとする鵺を前にして、今度は本当に死んでしまえと思った。

 捨てられたと思ったから?
 違う。
 違うんだ。そんなのじゃない。
 だったら、なんだ。
 だったら、その手前までは私は、鵺にどうあってほしかったのだろう。

 もうそんな整合性なんか問える程、私の理性は働いていなかったのかもしれない。感情は何を求めたのか、それももうわからない。
 むちゃくちゃだ。自分でも何考えてんだかわかんない。何も考えてないのかも。私は愚かなのだろう。沈降を制御できなくなった錨、自分もろとも沈めるか、そうでなければ途中で鎖をぶった切るしかない。愚かな、感情だ。錨を失って、船は、停泊も許されずふらふらと行先を失って流されていく。

 私は、どこに行く?

「そんなかっこ悪いぬえ、見てらんない! さっさと死んじまえ!」

 それでも口を出た言葉が泡と同じでもう取り戻せないように、私が死ねと言い放ったのをもう聞き届けてしまった、鵺は。

 私に向かって中指を立ててきた。
 当然か、とも思った。

 でも表情が、笑っていた。
 いっつも私に見せる、明るい顔。

 意味わかんないよ。私も意味わかんないけど、鵺も意味わかんない。
 なんで笑ってるの。
 
 なにそれ。
 なにそれ。なにそれ。なにそれ。

「なにそれ!! ふざけんな、ぬえの、ぬえのばかやろう!!」

 ああもう、私が死にたいよ。なにこのメンヘラ女。







 この悪戯の事は、まだ姉御には知られていない。知られたら、船頭を降ろされるどころか浄滅させられるかもしれない。
 でも、鵺は何とか目を覚ましてくれたし、してしまったことは、言いに行くつもりだ。

 私の目の前で、ぱんついっちょになって、薄いブラと真っ黒の服をバルバスバウの先っちょに引っ掛けたまま、ついさっき沈没する前にそうだったように、彼女は膝の上にもう片方の足を、頭の上で腕を組んで枕を作って、寝転がっていた。
 私はその逆側で体育座りでちっちゃくなっている。
 鵺の視線は、こっちを見ている。私は、見ることが出来ていない。

「せんちょ」
「……」
「せんちょってば」

 どの面下げて返事をすればいいのかわからない。でも黙ってここから立ち去るのも気が引けた、しばらく無言のまま、気持ちを落ち着かせて自首までの心の整理をさせて欲しいのに。

「怒ってないから」
「うそだ」
「うそだけど」
「うううう」

 当たり前だろ、ともう一人の私。

「怒ってるけど、殺したいとかぶん殴りたいとか、そこまでは」
「うそだ」
「うそだわ」
「うううううう」
「ぶん殴りたい。けど、殺したいなんて思ってない」

 じゃあ何で殴んないのさ。いいよ、鵺の本気パンチもらったら、私なんて一瞬で粉微塵だもん。

「あのときさ」
「どのとき」
「私に死ねっつったとき」

 ああ……。

「どすんって、きた」
「ごめん、ぬえが何言ってんのかわかんない。私は何やってんのかわかんない。死にたい」

 取り憑く島くらい出してくれよ、という鵺。死にたがってる(?)私に構わずそのまま、言葉を続けた。

「「そんなかっこ悪いぬえ見たくない、さっさと死ね」ってさ。もうかすかに聞こえただけだったけど、あれ、結構堪えたんだよ。息が出来ないのより、よっぽど」
「はあ?」

 はあ? とは、その通りだった。私の行動も意味不明だが、彼女の感想も意味不明だ。いっそ本当にぶん殴ってくれれば気持ちよく消滅できるかもしれないのに。

「「なにに」未練があるのか、自分でも全然、決着なんかできてなかったって。思い知らされた」
「……しらないよ、そんなこと。もっと怒れよ」

 いつも飄々としていて、くねくねと真髄から軸をずらしながら生きているのに、そうやって真正面から衝突を避けている彼女の軸は、常に驚くほど強い。頑固と言えばそれきりの言葉で終わってしまうが、単に頑固であるならあのしなやかな正体不明は成し得ないのだから。
 私が彼女に惹かれていたのは、その捉え処のない強さだった。
 だから、あんな風に、既にこの世にいない人のために自棄に沈んでいく彼女を、どうしても許せなかった。大好きな鵺が、あんなふうにバキバキに折れてしまう様が、怒りに震えるくらい、許せなかった。
 そうさせてしまおうとしたのは、私自身なのに、なんて身勝手だろう。

「何で助けたの?」
「何でって」

 彼女に笑顔で中指立てられて、私はなぜかいろんなものが吹っ切れて、結局彼女を引き上げてしまった。助けた、という言葉が適当とは思えないけど、殺さなかった理由を問うているのだろうか。
 それは、好きだから。……なんて青臭すぎて言えないし、事ここに至ってはまともな言葉に変換できるその他適切な感情の名前が見つからない。私は口ごもる。

「私を生かしておいても、きっとせんちょのことは好きにはならないよ。」
「死にそうになったって、ならなかったでしょ」
「そおんなことないよお、嘘でも「村紗、好き」って言えば助けてくれるかなって」
「嘘ばっか」
「うん、嘘」

 結局一言だってそんな素振りは見せなかったし、剰え鵺は私なんかよりも、死んでも「誰か」を選ぶと見せつけてきた。
 それなのに、そんなのかっこわるい、とぶつけてやると今度は私に笑いかけたのだ。中指立ててたの、よく意味わからないけど。

 これ以上の敗北、ある?

 ああ、そっか、何かわかった気がする。

「こっぴどくフラれたから、かな」
「え?」
「「何で助けたの?」って。」
「何それ。普通は逆じゃない?」
「まあ、そう思う」

 わけわかんないね、せんちょって。
 そう言って、けらけらと笑い飛ばす。
 私がどうしていいのかわからないでいると、私の横に来て、ほら笑えよう、とデコピンされた。
 目の前に鵺の胸があって、手痛い敗北を喫しても、それでもまだ視線がこれを求めてしまう私が情けない。視線に気づいた鵺は、苦笑いしていた。

「女同士」
「ほっといて」
「なんか、せんちょのそーいうとこ、可愛いと思うよ。色々抜きにして」
「そんな安っぽい慰めの言葉、今更要りませんよーだ。なにさ、色々抜きにして、って。全部抜いてんだろ」

 舌を出してあかんべーしてやると、こいつ、とぺちんと頬を一発殴られた。

「せんちょの気持ちはよーくわかった」
「だから、そんな安っぽい慰」
「せんちょの気持ちが安くないこともさ」
「……」

 そいう言う風に言われたら、どうしようもないじゃん。

「でも」

 ほらね。翻す。わかってるよ。

「私まだ、未練を消せないよ。まだ、まだしばらく。まだまだ。」
「いい、わかった」
「ごめんね」
「謝んないで。それでいいの。わかったんだ。私が好きなのは、私を好きじゃない、ぬえなのかなって」

 喫した大敗と、そこから得たものは、そんな小さな小さな諦めで。
 いや、こんなことは、最初から分かっていたのか。鵺の体を借りて、私は自分の決着をつけただけだった。

「だから、いいんだ。全部、私のわがままだから」

 私が言うと、鵺はちょっとの間だけ、黙っていた。そっちの方を見ることは出来そうになかった。彼女がどんな表情で黙っているのか、見るのは怖くて。

「それじゃ」

 ちょっとの間だけ、置いて、それから。妙に明るい声で、鵺は切り替えしてきた。

「それじゃあ、わがままなのは、私の方じゃないか。結局何も変わらないままで、せんちょに押し付けてんの、私の方じゃん。ズルいなあ、それ」

 急に立ち上がって、腰に手を当てて。そろそろ乾いたかななんて、バルバスバウの先端で風にそよいでいるブラと服をひょいと剥がして、よしよしと着直した。
 私がようやく彼女を見ると、彼女はもう、いつも見ている彼女の姿に戻っていた。何もかも。

 そんな風にされちゃったら、私も、元に戻るしかなくって。
 私の恋心も、元通り、だ。

「……っはは、そうだね。あーあ、ぬえはわがままだあな」
「はあ? ちょっ、それはひどいって!」

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