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めとお

女性という一括りを攻撃するつもりもないし、
NOを言える強さを否定するつもりもないけど、
報復を常とした多数という暴力に変わっていく恐ろしさを前にして
「近づきたくない」とおもうだけ。

なにが地雷でなにが沸点なのかわからないチンピラに
素直な感覚で近づきたくないのと、
私の中では感覚がよく似ている。




「私もだ」という集団圧力に対して
「私は変われるはずだ」だそうです。

件の原因を肯定などしないけれど
集団として巨大な力の可能性を知った当事者が
その言論をどのように扱うようになっていくか、
私個人は懐疑的です。

「これで人を殴っても誰も怒らないんだ」
という武器を持った集団は恐ろしく思います。

また、この集団は
「改心してその輪に加わると赦され、
 同じような武器を与えられる」のだとか。

「変われる」が
「変わってみせる」の意志ではなく
「変わりますからゆるしてください」と
赦しを請う言葉にされそうで怖いです。


性という
現実的に二値で扱われる属性に対して
正義と悪が結びつくなんて、
社会分断の極めつけに見えます。
(ここ最近は恣意的にこの分断を変えて正義を保っているようですが…。


怖い時代が来たなと、素直に思う。
…なんていうと
「後ろめたいことがあるからだろ」
っていうんでしょうけど。

報復の有無の基準が明確な境界線を持たず
被害者に対して全権的なアドバンテージがある
「ハラスメント」という魔法の言葉によって
恣意的に決められてしまうというのが恐怖。

意味不明で怖いチンピラ、と言うのはこれ。
正義の忖度を強いられ

まるで宗教と、魔女裁判と、変わらないじゃないか。
と寒気を感じる。


私は後ろめたいことなんてないつもりだけど
「相手がそうだと主張すれば
そうだということになるのだろう」場面は
幾らか過去にある。
あくまで普通に接しているつもりであったとしても。

「今迄男が虐待してたんだからこの仕打ちは当然」
と言われて
その非はない(つもり)なのに
窮屈な社会で生きることを強制されるのには不当感がある。

相手側に完全なアドバンテージがある土俵になんて
のぼりたくない。

私は今は本当に、女性に近付くのが怖い。



男が滅んで女だけで世代を繋げるようになって
女だけの社会になればきっと平和になるんだろう。


男と言うだけで疎まれる
もう少し絞れば、
女性にとって価値ある男性でなければ疎まれる。


冒頭に書いた通り
この恐怖感に男女の境界は本質的には関係ない
でも磁石の様にほっとくとやたらと近付くので
はた目から見ていて
その境界の漸近を無視なんて出来る訳がない。



これは非難前提で言いますが
今回の騒動の元々の起点となった発言者たちは

美女たちです。

言いたかないけど、
あんたらその特権的な武器使ってその立場になってさ
だのにいざその武器を白羽撮りされたら
「その行為は卑劣だわ!」って暴挙に出てるように見えるんだわ。

これが
「私達は見た目の不細工さを理由に不当な圧力を受けた」
ってところを起点にしたムーブメントなら
あんまり個人的に反感はなかったかもしれない。

で、今はどうかっていうと
男女は関係ない、「NOと言うための戦い」だ。
みたいなところに何食わぬ顔で拡大して
その恣意的なルール変更を
見えないようにしているように感じられてしまう。


だから、気持ちが悪く思えてしまって
近付きたくないんだ。

その輪に入ったとして
一体何を契機に突然自分が爪弾かれて
状況のわからない内に虐げられる側にされるのかわからない。
だったら最初から触れない方がいい。

そうだ、
私がこうしたムーブメントに感じてしまう恐怖感は
いじめのそれだ。

元々は被害者なのだ、と言われそうだけど
その報復行為をやっぱり看過したくない。

かかわると
とばっちりがきそうにしか思えない。




だからせめて女になりたい、幾らかは楽になるだろう。
もしくはこの社会から消えてしまいたいと思うことがある。


人間としてひねくれている奴の思想でした。

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