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【携帯】泥

WindowsMobileがもう終わったので
RaspberryPiで何とかならんかともがいたのですが
あれこれと環境構築に時間を取られ過ぎて、
目的のSS執筆に着手できず空白時間がそろそろ許容できない状態になったので
仕方なくもう携帯電話とタブレット両方を一気にAndroidに変えました。

二つ合わせて2万円強という糞安ペアですが使ってみた感想。

「何この安定感!」
「何このコスパ!」

私の場合モバイルデバイスに求める用途が
文章執筆なので偏っていると言えば偏っているんですが
もともとそんなに特殊なものだとは思ってないのですが…

文章の記述なんて
現代の携帯電話やタブレットデバイスのカタログスペックに書いてある処理能力なら
鼻で嗤うような作業だと、思っていたんですよ。
だってファイルサイズなんてどんなにいったって
1MByte行かないんですよ(行く場合もありますが

でも出来ないんですよ。

今迄自宅で書く以外の環境は
(私は基本家では書きませんが)

WindowsCE
ガラケー(Windwos7搭載携帯)
iPhone+iPAD
WindowsMobile+Windows8.1タブレット
RaspberryPi(時間的猶予がなく頓挫)
Android携帯+Androidタブレット

と遷移してきたわけですが
ただテキストファイルを書くだけでもかなり熟慮して選ばないといけない。

なんかひでーなっとくいかないんですよね……

CPUにもメモリにもギガとかのってて、
なんでただのプレーンテキスト1メガ程度の編集できないのか。

WindowsMobileを選択したのが本当に致命的な大ミスでした。
触ってみた経験的なところだけ言えばいい経験だったと言えなくもないですが
その間のQOLの駄々下がりったら半端なものではありませんでした。

WindowsMobileを使ったことのない人、
「スマホなんて名に選んだって大して違わんのにQOLだなんて大げさな」
って思うでしょ?
わたしもそう思ってたんです。
甘い。まじで。
あれは使った人間にしかわからない絶望感がある。
MS社に不信を抱くレベル。


で、今回生まれて初めてAndroidに触ってみることにしたというわけです。


まあ文章を書くところに戻りますと。

アンドロイドで文字を書く環境としては割とベーシックな環境に落ち着いたんじゃないかと。

「ハルナアウトライン」
「Dropbox」
「Jota+」
「Google日本語入力」

特に変な環境はないので語るべき事は無いですね。
本当はAtokにしようかと思ったんですが
今はやめときます。

全製品パスポート化されるらしいことなので
一旦その後の動向を待ちます。

また
手持ちのタブレットが、「MediaPad T2 8 Pro」(の中古)なんですが
こいつが、
ハードウェアキーボードを接続しても
ソフトウェアキーボードを画面から消すことが出来ないという欠陥を抱えている。
Androidのバージョンが一個古いためみたい。

「Google日本語入力」ではなく
別のIMEである「nicoWnnG IME」だけは、
IMEソフト側から能動的にソフトウェアキーボードを消すオプションが入っているんですが
他のものにはない。
Android側のアップデートで対応されているので
IME側で対応することはもうないでしょう。
「nicoWnnG IME」にしなかった理由は…
なんだったかな、艦橋検討中に何か問題があったからやめたんだけど
もう忘れてしまった。

Androidの事不勉強な中で環境構築したから
今もう一度見直したら「nicoWnnG IME」にするかもしれません。

まあそれにしても、「Atokお試し版」を試したところ
やっぱりソフトウェアキーボードは消せなかったので
どのみち不完全を我慢して使うのならお金を払うところでもないかなと
一旦やめました。

ただ、
Atokのサイトを閲覧していると
AtokForAndroidのpro版になると
わざわざ物理機ボードのサポートが記載されているんですよね。
もしかするとPro版は
能動的にキーボードを消すオプションが乗っかってるかもしれないのですが…
なんかそこまでこだわる気にもなれなかったので
「Google日本語入力」にしました。


SS執筆、なんて
小説の執筆とかシナリオ作成
みたいに大それたもんじゃないのですが
一応目に入ったのは、
「JotterPad」だったんですが
アウトラインの管理が気に喰わなかったのでやめました。
枝の管理はディレクトリで行うっぽいのが、あんまり。
外部連携が効くのかは確かめていません。
なんだかポートレイトで使うことが前提っぽく思えたのもやめた理由です。
(私は携帯電話にも物理キーボードを付けてランドスケープで使用しています)

タイプライタースクロールするのは魅力的だったのと
ハルナアウトラインはクラウドと直接連携できないんですが
その他の部分で「ハルナアウトライン」が圧倒的でした。

ハルナアウトラインは
今まで使ったアウトラインエディタの中で一番使いやすいかもしれない。


外部連携でJota+に連携して使っています。
Jota+はカスタマイズ性が高く
私のお気に入りの「黒バックに緑文字」にできる。
検索や置換など不足なし。

外部連携は
iPhoneやiPadで、
iTextEditorとAtokPadを連携していたのと
同じ感じでした。
アプリの切り替え時に注意しないとデグレする。

ハルナアウトラインの.holファイルを
Dropboxに保存して、
携帯電話とタブレットの間、
最終的にはデスクトップと連携しています。

Dropboxに.holファイルをいちいち保存するのだけは手間だなあって思います。
特にDropboxからローカルにエクスポートするとき
同名のファイルを上書きしてくれないし、
どうしますかとの問い合わせもなく
勝手に末尾に(n)を付けられるので
いちいち旧ファイルを削除してリネームする必要があります。
これはdropbox側のクソ仕様だなと思いました。


とりあえず、
android携帯+AndroidタブレットでSS1本かけたので、
目下このまま行こうと思います。



はあ、それにしても
WindowsMobileを脱出できたことで
非常に心穏やかになれました。
めでたしめでたしです。
急な出費はきつかったですが…。

【レイマリ】幻想的攻撃的選択

色々あったんですが、まあ、なんかアレです。
辛いですね、生きるのは。


以下、アーカイブ
続きを読む

【漫画】本田鹿の子の本棚

本田鹿の子の本棚-暗黒文学少女篇-
の紙媒体を買ってきました。電子版は知らない。

前のエントリで書いた
みくまりの谷深
と一緒に買ってきた本です。

もうこの表紙を見た時点で
「ああ、これ好きなやつかも」
って思う。
悪くいうと「売る気ねー表紙」。
でもそう言うの買う私。


何時もは帯買ったら即捨てるんですけど
(私は本にいちいちカバーを付けて保存しないし、
 カバーしてないと帯は邪魔)
帯に
「130円」とかいうハンドラベラーで付けた値札のフェイクが付いてて
面白くてちょっと捨てるのをためらった。
でも1000円でした(


「みくまりの谷深」と一緒にかったんですが
こっちのはギャグ。

絵柄はなんとなく
伊藤潤二とか池上遼一とかその辺を想起する
……までに時間がかかる。

お父さんが娘の本棚を覗き見して
その作品(架空の作家の架空の本に掲載された架空の作品)
を短く映像付きで紹介する、
というテイのオムニバスなんですが
各話他の作家の絵柄をオマージュしているので
本編?が本人の絵柄で進む場合を除いて
本人の絵柄が最初と最後しか出てこない。

ちなみに本人の絵柄と思われる絵柄、
私好きな奴です。
この絵柄でギャグって、
ミツルギとかティラミスとかの系譜か?
(ちなみに両方とも読んではいない)


もうなんかよくわかんないですけど
この本すごい好き。

「うわー、うちの娘なんかすごい本読んでるんだな…」

「これは自作しおり…
 この本でそこまでノれるの!?こういうのすきなの?!」

と娘の「「「どーでもいい」」」一面をみてショックを受けてる
(しかもその本から「「「無駄に」」」プロファイリングできるくらい視野が広い)
お父さんすごくいい。

異世界転生もののラノベみながら
「へー、サメも異世界転生していいんだー
 シャークトルネードとか異世界と繋がったら大惨事だなー」
とかゆってるお父さんすごくいい。

 
私の語彙が貧困で伝えらんないんですが
鹿の子ちゃんが可愛い(本の中には一言も台詞なし)。

なんかあれよね。
むっつりサブカルよりのオタクなんだけど
根は常識人でむっつりぐあい隠して生きているみたいな
まあ鹿の子ちゃん指して
暗黒文学少女って副題ついてるんだろうけど。


あとはまあゴキブリ嫌いの一心で
七英雄ならぬ十三英雄つくっちゃう
デス子ちゃんかわいい。

そういえば前に見てた
「ニュクスの角灯」もリイド社だったな。
私ここの作風好きなのかも。

ニュクスの角灯はギャグではありません。
そういえば4巻いつ出るの?

なんかこんな本ばっかり読んでるから
途中で突然刊行されなくなる本っていうのも
慣れっこではありますが。


とりとめもなく終わり。

【漫画】みくまりの谷深、少女終末紀行

東方でSSを書くようになってから
引き寄せの法則と言うのが本当に感じられて怖いです。
オカルト的な意味ではなくて
人間、アンテナが立つと目ざとくなるうえに
バイアスが凄い。



知人に
「木島日記ってのがみこうくん好きそうだよ」
と勧められているので
本屋に行ってあったら買ってみようと思った。

「あー、ヨルムンガンドの人がなんかまた書いてるな!これは買……
 ……なんだろFateの流れあたりにおもねってる雰囲気がするからパス」

と、
ファンからぶち殺されそうな感想を持って買うのをやめました。

Fateが嫌いなわけではないですが、まあ
「めんどくさくてやってられないオタク」
と別の友人からさじを投げられる程度なので。
あんまり直す気もないし。



で、木島日記をさがしていると
みくまりの谷深」とかいう本が2冊並んでいる。
どうも2巻で完結らしい。
帯には民俗学とかそういう言葉が躍っていて
(私は帯の言葉は一つも信用してないのでアテにはしてない
 こんかいも帯には「民俗学ホラー」とかかいてあるけど
 読み終わってみればホラー要素は全然なかった。
 精々ミステリくらい。
 ミステリと言う言葉はあまり好きではないのだけど。)

「ふーん。なんかおもしろそう。2巻で完結ってのもいいな」
てなことで購入。

これは個人的な経験則なので一般論ではないですが
私は5巻以内に終わる漫画の方が好きみたいです。
濃いまま終わるっていうか。
でも1巻おわりは打切作品がまじってきて
そう言うのは消化不良のまま終わったりするので
2~5くらいが安定感あるっていう印象です。

(みくまりの谷深に限った話をすれば、
 ちょっと内容量に対して分量が足りてなくて
 4巻くらいにして欲しかったなと思うところはあります)




【みくまりの谷深①②】

まず、女の子の絵柄が、
私の小さい頃の少女漫画の匂いが凄い。
90から00年ぽさを新しめにミックスした「におい」。
この時点で鼻血が出る。好き。

それとは別に、背景がめっちゃ細かくて綺麗。
私はこの漫画家を知らないので
アシが描いてるのかどうかはわかりませんが
表紙の絵に背景と人物の分離が見えないので
一人で書いているんだろうなと思いました。憶測ですが。

「エンブリヲ」という作品で名を知られた人のようですが
私はこの作品を知りません。
でも読んでみたくなった。


絵柄の力の入れ抜きの落差が大きいのと
女の子とそれ以外の差も大きいので
あわない人は違和感を感じるかもしれません。


世界観の匂いが、
諸星大二郎短編作品に漂ってるそれ。
くらくらです。好き。

諸星大二郎を意識してから見ていると
みせゴマ以外の力の抜き方とかは
結構同じ方向性かも知れない。


「みくまり」の単語自体は
サムライ7で覚えたんだったかな。
何もしないヒロインちゃんが
「みくまりの巫女」って呼ばれてて
井戸を探し当てたりしてた記憶がある。

その後、
個人的に東方でSS書くようになって
勉強してるうちによく見るようになった単語ですね。

早苗にそういう像を被せようかなとか
水関連ならにとりがどうかなとか
かっぱといえば人が妖怪を孕むはなしとか
ぐだぐだとかんがえて
それを昇華するつもりで1本長いのを書いています。
本当は「東方人里合同」で出すつもりでしたが
現状は人的資源の問題で頓挫しています。


とか思ってたら
この「みくまりの谷深」も河童のお話でした。

人間観点では
みくまり≒河童
の構図を引いている
(読んでいればそれは人間の恣意的見解だということはわかる)
けど
そこには被差別民とかまつろわぬ民とかの要素が
深くは語られないけど出て来てて
ニヤリとさせられる。

序盤で人間が殺しちゃう「みかぼし」ちゃん。
(日光に弱いのに
 日焼けマシーンに突っ込んで全身やけどで殺すとか
 マジでエグイ発想ですぜ…)

単に「みくまり」≒「河童」構図で考えると
みかぼしの名前が浮いてしまうのだけど
そこに被差別民とかまつろわぬ民のイメージを薄く被せると
「みくまり」という集団の印象がぼんやりと見えてきます。

そこに水棲類人猿説とか
文化的境界に発生する特殊な人類(混血)の話とか
ほんとに一瞬だけ出してくるのが
にやりとさせられつつももったいないなあって感じです。

みかぼし、やと、
被差別民、まつろわぬ民、辺りは
東方では諏訪にかかるところもあって勉強していた単語ですね。
ああん気持ちいところ突っついてくるなあって
個人的にイキそう。


隠里に住む
旧文化を色濃く残す人たちと
現代日本人の殺し合い
っていう切り取り方しても好き。

そういうシーンが
「みくまりの谷深」にもあるし
かなりショッキングで
クライマックスに来てるのだけど
そういう作品ではないと思うし
あってほしくないなとも同時に思う。



〇〇ニュータウン
を舞台にするのはこの手の話ではもう鉄板でしょうか。
境界性の文化人類学なんかによく出てくるモチーフを
おとし込むには
これ以上にフィットする舞台は現代日本にはないきがする。

ってのは
もう今書いてる前述の河童SSではない
別のリグルSSも
そういう舞台にするつもりでいたものだから
かなりギャーってなってます。
引き寄せの法則怖い。





私はあんまり漫画をたくさん読む方ではない
(小説はなおのこと読まない)
のでその小さな経験から言ってしまうのは
誤解を招くかもしれませんが

・諸星大二郎の作品諸々
 (妖怪ハンターや暗黒神話あたりの時代)
・士貴智志の「神・風」
・星野之宣「ヤマタイカ」

辺りが自分の読書経験から導引されました。

上記作品は古いものばかりですね。

本当に私は最近の漫画より
昔の作品の雰囲気が好きなんだろうと思います。
最近のは全然わかりません。

最近になって古いのを買っているので
「昔オタクだった」というよりは
「現在時点で昔の作品を好きなオタク」って
クソめんどい奴ですね。

前述で
高橋慶太朗の新作を蹴っているのと
根底にあるのは同じです。

最近の漫画で好きになって
そのままそこそこの業績挙げたのって
少女終末紀行くらいだなあ。

絵が可愛いのもそうなんですが
描かれてる世界が好きでした。
「ディストピア」とか
「誰もいない舞台」とかというより
あの絵が描くからって感じですかね。
すごく線が細い可愛い絵で
エグイ過去の残滓を書いてるって感じ。

たま http://tamaxxx.egoism.jp/
とかと同じ雰囲気。
あとは
耽美だけど破滅的なデザインのドール作家全般みたいな。
ちょっと詳しくないからパッと名前出てこないんですが…
こういう感じ http://bigakukenkyujo.jp/blog-entry-64.html

少女終末紀行の見開き絵面に
こういう雰囲気を感じてる人は
多くはなかろうと思いますが…。
私の中ではこんな感じを
さらに思い切りポップにした世界観です。
ディストピアが根底にあるのはその通りなんですが。

だからアニメ化されてしまって
「のんびりディストピアを描いた作品」
みたいに言われてしまうのだろうなってのは
ちょっと「うーん」って思うので
……アニメは見てません。



話を少しだけ戻すと
「かわいいかわいい」でない作品って
色んなものを読み重ねていくと、
全然関係ない作品同士が
元ネタとかモチーフとか知識系で
どっかでつながることがある。
その接続が私は気持ちよくって
読めば気持ちいいし、
今後もつながる末端になるって
循環に陥ってる感じですね。
きもちいい入力ループ。




話を戻すと、
「みくまりの谷深」は
表紙買い
(私は
 漫画は基本的にネット情報なしで本屋に行って
 その場で買う。
 表紙の絵がいいとかより、なんだろう
 絵柄の時もあるし雰囲気の時もあるし
 なんか「あ、これ好きそうだ」
 っていうのと
 「ああ、こういうやつは結構です…」
 っていう直感だけで買います。
 ので正確には表紙買いではないのかなと
 思いますが…)
した中でかなり当たりでした。

あとは障害児の扱いについても
私的に思うところがあって
たまに聞く
「昔は産婆さんが障害児を取り上げたときは
 ”きゅっとやって”死産だったことにした」
というのと河童の関連も
いずれ調べてみたいと思っていたところで。

それをして
「谷深」を「やみ」と読ませるタイトルは
きっと後から感じを当てたのでしょうけど
こういう言葉遊び好きなので
ここもきゅんとしたぽいんとです。

ここ1カ月くらいで
えせ表紙買いした漫画が
あと3冊ほどあります。
いずれも気に入ったので

また
レビューにもならない
よもやま話でも
エントリにしようかなと思います。





話を一番最初に戻すと
木島日記ですか?
あったんですが、
どの位置づけのものなのかよくわからない
超分厚い脚本全集みたいな佇まいのが
1冊どんとあったのですが
何かこれは最初に読むやつじゃないなって感じたので
一旦パスしました。
何だったのかわかりません。

本の裏辺りに
「柳田國男と折口信夫の仕分け対決」
とかいう一文が見えて
「……これは文豪なんたらとかと同じ類では?
 もしくは自分の持論とか概念とか思想とかを特殊能力にして戦うとか
 あれだ、一歩間違うと西尾維新と交わるやつなのでは?」
と思いました。この予感は外れていて欲しい。
学術的な討論シーンを指していて欲しい。

1冊小説を借りてるんですがまだ最初の方しかよんでません。
文章読むの本当に遅いですというか苦手です。
でも出だしの語り口が好き過ぎそうな感じがするので
腰を入れて読める時間が来るのが楽しみでなりません。

【日記】抽象画の展覧会「単色のリズム」を見てきました

勤務先の近くで面白そうな展示会をやっていたので
ふらりと寄ってきました。

単色のリズム-韓国の抽象


よかったとかわかったとかってのはさっぱり程遠いんですが
面白かったです。

そういえば随分前に友人にポロックの展示会に連れてってもらったことがあるのだけど
その時と似た感覚でした。
「抽象画」と言う括りでくくると同じところだから、と乱暴に言えばその通りかもしれませんが。

何を思ってこれを書いたのかとか
なんでこういう表現しようと思ったのかとか
これって無限に執筆重ねられるのにここで完成にした理由は何だろうとか
想像できないものが沢山あるんですが

出来上がって展示されてるものは
「これ自体はマチエールなんじゃないのか…?」みたいなものもあって
制作とはなんなのだろうなあとふわふわと考えながら見ていました。

出来上がりの絵面自体はいずれもミニマルなものなので
どちらかと言うと技法そのものが制作なんじゃないのかと感じるところもあって
「絵画ってなんなんだろう」とか。

思い切り寄って見て
「溶かした紙を支持体に貼ってこそいでる…?」とか
「ああ、これって裏から絵の具押し出して表側でヘラで潰してるのか」とか
「下地をこの色で塗り潰した上からこっちの色を重ねてる?」とか
「ここマスキング剥がしたときの一部残ってるw」とか
どうやってこの不思議な質感を出したのかを想像しながら見て回るのも楽しかったです。

韓国の画家コレクションなので、
韓紙という素材がよく現れてましたが
乾くと合皮みたいな質感、溶かしきるとパテみたいな質感、ボール紙みたいな性質
があるのかな、といった感じで、
面白い素材なのかな。

アナログ絵の場合は、
「書く方」ではなく「書かれる方」も重要なのだというのは感じていましたが
これは顕著な例を見たかなと思います。

韓紙の他には普通通りにカンバスとか、麻布とかありました。
和紙ってのもあった。
まだ大戦前の作品では
日本に美術を習いに来てる韓国人もいたのらしいのを見て
ちょっと今の状態を残念に思います。
そのころは今ほど敵愾心はなかったのかもしれません。


抽象画とか現代美術とかを見ると
そもそも〇〇とは、みたいなところが揺らぎます。
でもその作品を〇〇の枠の中に組み入れているのも
やっぱり業界の権威だったりするので
じゃあやっぱり〇〇ってここにいるべきなのいないべきなの
って急に放り出されたような感覚になりますね。


自分で何かを作るとき
何をもってこれを〇〇の枠の中に入れ、
どのタイミングでこれで完成ですというのか。
わたしは制作と言うのが開始当初からゴールを見据えて始まるわけではないと思っている節があるので
こうした作品群を見ると、何かを問いかけられているような気分になります。

もう少しまともな物を作れるようになってから吐くようなセリフでおこがましいですが。



あとはまあ
見てきた作品が最近の制作ばかりではない
(私が生まれる前のものとかもあったので)
ので当然かもしれませんが
デジタル作品は一つもなかった。
そして、基本、でかい。

やっぱ現物としてそこに存在して
とにかく巨大である(絵としてはありがちなサイズでもモニターとしては巨大)
のは、それだけで作品に説得力があるなあって。

これがデジタルで書かれたCGだったら
ひとつも面白くない絵ばかりだっただろなって思います。

とにかく
・具象ではない(正確には、非具象と抽象はちがうようですが)ものを
・この巨大なサイズで
・手で描いて
・それが目の前にある
というのはすごい。


私個人としては最近は
制作は、
品質以外に、手間そのものも価値になるのではないかなあ
と考える様になりました。
同じ柄の繰り返しでも、デジタルコピーではなく手で同じものを書いているとか
ただの縦線の繰り返しでも全部手で書いているとか
そういう、
「うわ、まじかよ、キチガイか(誉め言葉」
っていうところ。

見てきた抽象絵画はミニマルな絵が多かったんですが、
それらに共通してたのは手書きによる揺らぎが美しさになっていたということです。
多分コピーでやった方が圧倒的に整然と作れるんですが
そうじゃないことに美しさがあった。
多分それが「透けて見える手間への価値観」
みたいなもんなんだろうなって思います。

まあそれって自分が徒にでも絵を描いているからで
見てるだけの人にはもしかしたら価値のない揺らぎなのかもしれませんが。


それにしても美術館とかの展示を見ると疲れます。
あと私はモノを食べるのが遅いし本を読むのが遅いのと同じように
こういうのを見て回るのも遅いようです。
大した大きな展示会ではないんですが全部見て回るのに1.5Hくらいかかりました。
出た頃にはへとへとでした。

無印良品のデザインが好きな人には
概ね当たりの展示会だと思います(雑